うどんを美味しくないと思った日
ミリオンライブ二次創作物。
SS速報が死に体なのでこちらに投稿の場を移して行くつもりです。
アイドル失恋物です、要注意。ドラマシアター時代の作品のダビング版となります。
私、最上静香はうどんが大好物だ。
母の話では赤ん坊の頃の私に初めて離乳食でうどんを食べさせた時、今まで見たこともないほど大はしゃぎしたらしい。
そのせいなのかどうか、私はとにかく事あるごとにうどんをねだっていた気がする。
風邪の時やテストで100点をとったご褒美。誕生日のお祝いに、小学校の卒業式に中学の入学式。
私がアイドルデビューをした時、同級生の男子から「最上がアイドル?あいつはうどん屋になるんだと思ってたけどな。」なんて言われた事まであるくらいだ。
そんな私にだって、うどん以上に大切なものはちゃんとある。
アイドルのお仕事はもちろんだけど。両親や学校の友だちや、今の事務所で出会った星梨花をはじめとする沢山の仲間たち。未来や可奈、杏奈にひなた。それからまあ、志保だって一応。
頼れるーとは言いきれない人もいるけど―年上のお姉さん達に、それから千早さんのような尊敬する先輩達。
それから、それから──
「あ、プロデューサーだわ。外で見つけるのは初めてかも。そういえば今日はオフだって言ってたわよね」
日曜日の午前中。早目のレッスンが終わって、何となく劇場近くの商店街付近まで足を運んだ時。車道を挟んだ向かい側の歩道で、見慣れた姿を見つけた。
いつもぼんやりしていて、いい加減で言ったことをよく忘れて。
自分の事は放ったらかして、アイドル達の事ばかり考えていて。
だから、いつもつい目で追ってしまう。放っておくと、何をするか分からない人だから。
そんな人を偶然外で見つけたら、つい追いかけてしまうに決まっている。だって、もしかしたら他のみんなに迷惑をかけるような事が起きたりするかもしれないから。
心の中でそんなことを考えながら、私はプロデューサーをずっと見ていた。向こうは私に気づくことなく、いつものようにどこを見ているのか分からない感じでのんびりと歩いている。
「だらしのない…」
心の中でそう呟く。あれで本番前にみんなへ声を掛けたり、テレビ局なんかに行くと堂々としてきちんと話をしたりするから不思議な人だ。
プロデューサーはどこに行くのだろう。単に用もなく一人でブラブラしているだけのだろうか。もしそうなら、あまり良いことでは無いと思う。せっかくのお休みなら、もっと有意義な事に使うべきだ。
声を掛けてはいけないだろうか。いや、担当アイドルなのだ。別に悪い事をするわけじゃない。
そうだ。もし本当に用事が無いのなら、一緒に何かをするのはどうだろう。映画の撮影の参考になるようなカフェに行くとか、運動不足だと言ってたからテニスをするというのもいいかもしれない。
いや、決してデートとかそういうものではなくて。アイドルとして、プロデューサーの体調やプライベートを心配する事は何もおかしな事じゃない。だから、その。
誰に向かっての言い訳なのか、私が心の中であれこれ言っているうちもプロデューサーは歩いていく。少し早くなっただろうか、見失わないようにと私も早足になった。
どうしよう、いつ声をかけようか。とりあえず向こうの道まで渡らないと。横断歩道はどこだっけ。
頭の中にこの辺りの道を思い浮かべていると、プロデューサーの動きが止まった。そして。
「あれは…?」
向こうからやってきたのは、やっぱり見覚えのある女性だった。彼女もプロデューサーに気づいたのか、早足で彼に近づいていく。
立ち止まった二人はそこで少し話をした後、歩き出した… 手を、繋いで。
「………」
分かっては、いた。彼が私を選ぶ事は絶対に無い。だからいつか、必ずこんな日が来るのだと、密かに自分に言い聞かせてもいた。
けれども実際に見たその光景に、私は打ちのめされて、しばらく何も考えられずにその場にじっと立ったままだった。
「……静香ちゃん?静香ちゃんよね。こんな所で何してるのよ」
どれくらいそうしていたのだろう。気が付くと私の目の前には同じ事務所のアイドルが立っていた。
「莉緒さん。お疲れ様です」
「お疲れ様ですじゃないわよ、どうしたの、こんな所にぼーっと立ったままで。何かあったの?」
「…いえ。別に何も」
今は正直、誰かと話をしたい気分ではない。
「何にもないわけないでしょ、そんなに青い顔して…あ。もしかして、プロデューサー君達がデートしてるとこ見ちゃった?私もなんだけど」
「……」
「あちゃあ。プロデューサーくんも、もう少し場所を選びなさいよね、全くもう…」
誰にも言わないでいたこの感情を、莉緒さんはとっくに見抜いていたらしい。やっぱり大人の人には分かるのだろうか。
「よし!こういう時は飲みに、は駄目よね。美味しいものでも食べに行きましょ、奢ってあげるわ」
「………そうですか」
一人になりたい気分だったが、莉緒さんに余計な心配をかけるのも申し訳がない。仕方なく、着いていく事になった。
「さあ、何が食べたい?なんでもいいわよ、この辺りって何のお店があったかしら」
そういう事なら、私はやっぱり。
「うどん、になるわよね。まあ静香ちゃんならそれで当然か」
「いいじゃないですか、好きなんですから」
ここは私がアイドルになった頃、初めて一人で入ったお店だ。味もそうだけど、落ち着いたお店の雰囲気がデビューした時の不安や緊張を全部吹き飛ばしてくれたような気がして、それ以来ずっと特別な時なんかに利用するようにしている。
「初恋は実らないものと決まっているの。私もね、小学校の時、担任の先生に…」
「失恋はしておくものよ?イイ女になる為にはそれも必要な事よ、必ずいい経験になったって思える日が来るわ」
「今はとてもそう思えないでしょうけどね、いつかまた、あの人みたいに大切に思える人が現れるから…」
私を慰めようとしてくれているのだろう。頼んだざるうどんにも手を付けないまま、莉緒さんは延々喋り続けている。
それを聞くともなしに聞きながら、私はひたすらにうどんを啜った。
莉緒さんの言っている事は本当なのだろうか。この体験もいつかは良かったと思えるようになって、そしてまたいずれ、あの人みたいに大切な人が現れて。
とてもそんなふうには思えない。だけど、世の中の大人というものはそうやって生きているのだろう。
だとしたら、私もそうならないといけない。これを良い経験にして、いつか何かの役に立つような、素敵な思い出にして。あの人が悔しがるくらい、綺麗な女性になって。
そうだ。ひょっとしたら、プロデューサーがあの人と別れて、私と再開する。そんな未来だってあるかもしれない。
色んな事を考えていたけど、この時私が一番心に残って、ショックだったのは。
この日のうどんはちっとも美味しくなかったという事だった。
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