川内「狂人は笑う」
短編です。
夢野久作要素はありません。
また、誤って消してしまったので再投稿です。
「残った敵は?」
第三水雷戦隊の一人を務めた艦娘、川内。
彼女は夜闇を僅かな灯りで照らし、僅かな弾薬と最早戦う余力を残さぬ身体、満身創痍の仲間と共に立ち尽くす。
「…目の前にいる奴らで終わり、みたいです」
「そりゃあ、たまんないね」
思わずにやける。
成る程、その報告は『残存戦力無し』『相手は余力を残している訳では無い』という意味ではある。
だが、目の前の雲海の様な数の害獣を前にし、『これで終わり』とは。
まるで直ぐにでも終わらせてしまえるような。
そんな表現にしたのは、偵察を行った艦のせめてものジョークか否か。
「…撤退。それしか無いね。…でも」
「…それが出来れば、良いんですが」
誰がどう見てもそれは無理であろう。
無謀という言葉ですら言い表せぬ。
蛮勇ですらない。最も近い言葉は『自害』。
このまま撤退するというのはつまり、そういう事だった。
「でも、だからといって突っ込んでいって、皆が死ぬっていうのは駄目だよ。せっかくの楽しい楽しい夜戦が台無しになっちゃうもん」
「…提督にもきっと怒られてしまいますね」
「はは、あの人は口煩いからねえ」
さて、軽口の間にも雲海は彼女らへと近づく。彼女らを仕留めんとするため。彼女らを一人残らず殲滅し、敵の戦力を確実に削りとる為。
嗚呼、その圧倒的なまでの物量の差。
それはまるで津波に引き潰される小舟のような。
抗うべきもなき、その数の蹂躙を。
彼女達はただ受けるしか無いのである。
…普通なれば。
ちらり。川内は仲間たちを振り返る。
もう一度、ちらり。横にいる吹雪を見る。
も一つじろり。敵を見据える。
最後にぎらり。夜を睨む。
嘲るように煌めく三日月。
死神が彼女らを憐れむ唄を歌っているようだった。
(嗤えるものなら、嗤ってみろ)
心で一言、啖呵を切る。
自己の命を護りたいという本能を。
この瞬間、狂った意地が優った。
「吹雪。他の娘らを連れて帰投。出来るよね」
「…え?出来ます、けど、何故…?
川内さんがしてくれるんじゃあ」
「私?…私は誰かを導くなんて柄じゃないよ。
私が出来るのは、殿を務める事と–––」
夜戦だけ。
そう言う彼女の目を見て、吹雪は背筋が凍る。
これが本当に、あの川内なのか。否、これこそ彼女であり、今それを知っただけか。
では、私が知っていた彼女は何だったのか。
そのどれも言葉に出来ず、代わりに一言。
「…無事、帰ってきて下さい!」
返事は返って来なかった。
元より求めていなかった。
それを交わす言葉の最後とし、吹雪は、その仲間を拠点へと戻すべく。戦友と共に戻るべく疾走り出した。
ただ最後に。
自ら死地へ赴いた…殿を務めた彼女の頬を。
その頬の雫を。三日月が照らした様な気がして。
吹雪は、それを川内に…本人に確かめたい。と。
強く、そう思った。
「…『命捨てがまるは今』なーんて。
柄にも無く、そう思っていたんだけどな。
さて、武器を鑑みる。
魚雷。残数不足。
砲弾。無駄撃ち厳禁。
指。動いて、抉れる。
足。蹴って、隙は作れる。
顎。噛んで千切れる。
頭は爽やか、心は風。
心は冷静、身体は熱く…と続けたかったが。
冷たい夜風に当たり続けた身体だ、お世辞にもベスト・コンディションとは言えない。
だがまあ、ベストでは無いのが闘いだろう。
そう自らに言い聞かせ、目を閉じる。
…ふと。
最後の吹雪の一言がフラッシュ・バックする。
「…もー、あんな事言われたら、生きて帰りたくなっちゃうじゃん」
死神の憐憫は雲に隠れ、今や無い。何かの間違いで、共に敵群も消えてしまわないかと願ったが、叶いそうもない。
さて、そうしていると。
深海共が帰投して行く仲間を追おうとする。
一人足りとも逃がさない。成る程、当然の事だ。
そう、だからこそ。殿(しんがり)が居る。
雷火の如く。追った敵を砲で撃ち飛ばす。
川内に向けられるのは敵意、害意、殺意。
それらが綯い交ぜに成った視線。
川内はそれを悠然と受け止める。
今の火撃の目的は『コイツをどうにかしないと退いていく奴は追えない』と。そう思わせる事。
どうやら、それは成功した。
「ツれないなぁ… あんな娘達を追うなんてつまらないでしょ?それよりも…」
通じないだろう言葉を語りかける。
幸いにも、敵は何かを読み取ってくれたように此方へと武器を向ける。
挑発の意図が伝われば充分だ。
さあ、後はある一言を言うのみ。
彼女はその一言を最後に、正気と狂気の境目を曖昧にすると。…そう、決めていた。
川内は、言う。
「…さあ。私と、夜戦しよ?」
嗚呼、彼女は闘いに狂う。
闘いに、血風に、闘争の時相に、自ら狂う。
狂った女は顔を上げ、血を巻き上げる。
硝煙を、弾薬を、肉を撒き散らして進む。
望んで狂った女は、手足を捥がれても闘う。
虐殺こそが産まれた意味でもあるかの様に。
楽しい、楽しい。待ち望んだ夜の戦。
口を歪める。三日月が、そこに移ったように。
笑う、笑う。
狂人は、笑う。
終わり
以上です。
かっこいいシンカイスレイヤー=サンを書きたかっただけでした。
この再投稿の前に評価をして頂いた方々、本当に申し訳ございません。
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狂人は笑う。狂ったように笑う。
狂ったように戦い、殺す。