2019-01-28 00:58:30 更新

前書き

短編です。
夢野久作要素はありません。

また、誤って消してしまったので再投稿です。





「残った敵は?」




第三水雷戦隊の一人を務めた艦娘、川内。



彼女は夜闇を僅かな灯りで照らし、僅かな弾薬と最早戦う余力を残さぬ身体、満身創痍の仲間と共に立ち尽くす。





「…目の前にいる奴らで終わり、みたいです」



「そりゃあ、たまんないね」





思わずにやける。


成る程、その報告は『残存戦力無し』『相手は余力を残している訳では無い』という意味ではある。



だが、目の前の雲海の様な数の害獣を前にし、『これで終わり』とは。



まるで直ぐにでも終わらせてしまえるような。

そんな表現にしたのは、偵察を行った艦のせめてものジョークか否か。




「…撤退。それしか無いね。…でも」



「…それが出来れば、良いんですが」




誰がどう見てもそれは無理であろう。



無謀という言葉ですら言い表せぬ。

蛮勇ですらない。最も近い言葉は『自害』。


このまま撤退するというのはつまり、そういう事だった。




「でも、だからといって突っ込んでいって、皆が死ぬっていうのは駄目だよ。せっかくの楽しい楽しい夜戦が台無しになっちゃうもん」



「…提督にもきっと怒られてしまいますね」



「はは、あの人は口煩いからねえ」




さて、軽口の間にも雲海は彼女らへと近づく。彼女らを仕留めんとするため。彼女らを一人残らず殲滅し、敵の戦力を確実に削りとる為。



嗚呼、その圧倒的なまでの物量の差。


それはまるで津波に引き潰される小舟のような。


抗うべきもなき、その数の蹂躙を。

彼女達はただ受けるしか無いのである。



…普通なれば。




ちらり。川内は仲間たちを振り返る。


もう一度、ちらり。横にいる吹雪を見る。


も一つじろり。敵を見据える。


最後にぎらり。夜を睨む。



嘲るように煌めく三日月。

死神が彼女らを憐れむ唄を歌っているようだった。




(嗤えるものなら、嗤ってみろ)




心で一言、啖呵を切る。



自己の命を護りたいという本能を。

この瞬間、狂った意地が優った。




「吹雪。他の娘らを連れて帰投。出来るよね」



「…え?出来ます、けど、何故…?

川内さんがしてくれるんじゃあ」



「私?…私は誰かを導くなんて柄じゃないよ。

私が出来るのは、殿を務める事と–––」



夜戦だけ。




そう言う彼女の目を見て、吹雪は背筋が凍る。


これが本当に、あの川内なのか。否、これこそ彼女であり、今それを知っただけか。

では、私が知っていた彼女は何だったのか。




そのどれも言葉に出来ず、代わりに一言。




「…無事、帰ってきて下さい!」




返事は返って来なかった。

元より求めていなかった。



それを交わす言葉の最後とし、吹雪は、その仲間を拠点へと戻すべく。戦友と共に戻るべく疾走り出した。



ただ最後に。


自ら死地へ赴いた…殿を務めた彼女の頬を。

その頬の雫を。三日月が照らした様な気がして。



吹雪は、それを川内に…本人に確かめたい。と。


強く、そう思った。









「…『命捨てがまるは今』なーんて。

柄にも無く、そう思っていたんだけどな。



さて、武器を鑑みる。



魚雷。残数不足。

砲弾。無駄撃ち厳禁。

指。動いて、抉れる。

足。蹴って、隙は作れる。

顎。噛んで千切れる。


頭は爽やか、心は風。


心は冷静、身体は熱く…と続けたかったが。

冷たい夜風に当たり続けた身体だ、お世辞にもベスト・コンディションとは言えない。


だがまあ、ベストでは無いのが闘いだろう。


そう自らに言い聞かせ、目を閉じる。



…ふと。

最後の吹雪の一言がフラッシュ・バックする。




「…もー、あんな事言われたら、生きて帰りたくなっちゃうじゃん」




死神の憐憫は雲に隠れ、今や無い。何かの間違いで、共に敵群も消えてしまわないかと願ったが、叶いそうもない。



さて、そうしていると。

深海共が帰投して行く仲間を追おうとする。

一人足りとも逃がさない。成る程、当然の事だ。




そう、だからこそ。殿(しんがり)が居る。




雷火の如く。追った敵を砲で撃ち飛ばす。


川内に向けられるのは敵意、害意、殺意。

それらが綯い交ぜに成った視線。


川内はそれを悠然と受け止める。



今の火撃の目的は『コイツをどうにかしないと退いていく奴は追えない』と。そう思わせる事。


どうやら、それは成功した。




「ツれないなぁ… あんな娘達を追うなんてつまらないでしょ?それよりも…」




通じないだろう言葉を語りかける。


幸いにも、敵は何かを読み取ってくれたように此方へと武器を向ける。


挑発の意図が伝われば充分だ。




さあ、後はある一言を言うのみ。



彼女はその一言を最後に、正気と狂気の境目を曖昧にすると。…そう、決めていた。





川内は、言う。







「…さあ。私と、夜戦しよ?」








嗚呼、彼女は闘いに狂う。

闘いに、血風に、闘争の時相に、自ら狂う。



狂った女は顔を上げ、血を巻き上げる。

硝煙を、弾薬を、肉を撒き散らして進む。



望んで狂った女は、手足を捥がれても闘う。

虐殺こそが産まれた意味でもあるかの様に。



楽しい、楽しい。待ち望んだ夜の戦。

口を歪める。三日月が、そこに移ったように。




笑う、笑う。




狂人は、笑う。







終わり


後書き

以上です。

かっこいいシンカイスレイヤー=サンを書きたかっただけでした。


この再投稿の前に評価をして頂いた方々、本当に申し訳ございません。


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SUEKJさんから
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このSSへのコメント

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-: - 2019-01-24 17:28:19 ID: -

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2: ウラァー!!ハラショー!! 2019-07-09 06:10:19 ID: S:Uz1YA7

狂人は笑う。狂ったように笑う。
狂ったように戦い、殺す。


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-: - 2019-01-24 17:28:50 ID: -

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