松輪「白馬で王子様」
短編です。
お祭りの雰囲気は未だに好きです。
私はずっと、怖かった。
何かが怖いというより、何もかもが怖かった。誰かと話す事も戦う事も自分より大柄な男の人と話す事すらも。
だから司令とはまともに話した事は無かった。
報告や択捉ちゃん達に付き添ってならば話せたけど、それが本当にまともに話したと言えるだろうか。
そんな怯えっぱなしの自分が嫌で、嫌で。
だから鎮守府の近くでお祭りをやるのだという事を聞いても、最初は乗り気にならなかった。
海域を取り戻す事が出来た事をお祝いしての、地元の人たちが行う夏祭り。それすら怖く感じていた。
屋台が出すだろう食べ物に惹かれたというのも少しはあったかも。でも行く気になったのは、ひょっとしたらそんな自分を変えられるかもしれないなんて思ったから。
だからその時、私は後悔していた。
多くの人で賑わう夏祭りは、一緒に来ていた姉妹達から私をあっという間に置き去りにしてしまった。
喧騒の中、必死に名前を呼ぶ。
でも、声はかき消されて誰の耳にも届かない。
何度か試してみても無駄だった。今になって考えると、私の声がとても小さかったからというのもあるのだろう。
周囲の人は往来で立ち尽くす私を殊更に責めたりなどはしなかったけど、関わり合いになろうともしてくれなかった。
目の前にはただただ無機質な人混みが続いているのみだった。
目の前が暗くなるような感覚がして、足を止める。足がすくんで絶望感に襲われる。
そして、目の奥から涙がこみ上げてくるのを感じた…その時。
「あーっ!松輪、みっけた!」
頭の上から声がかかる。その声は聞き覚えがあったけれど、その時の私は困惑していて、てっきり白馬の王子さまかと思ってしまった。
顔を上げると、そこには佐渡ちゃんが。
…そしてその下に佐渡ちゃんを肩車している、司令が居た。
「なっ!言う通りだったろ?
きっと、松が泣いちまってるって!」
「いやいや、良く見ろ。泣いてなんかないさ。
ほら、ちゃんと出来てるものな?」
そう、話しかけられて。一気に情報が入ってきてパニックになっていた私は、咄嗟にコクコクと二回頷いた。それを見ると彼は嬉しそうに破顔した。
「よし、偉いぞ。
ほらな佐渡。これで綿飴は一個だけだ」
「ちぇーっ、賭けは負けかー。せっかく松の分も買ってやろうと思ってたのに」
「ああ、なんだ。そういう事だったのか?
ならそう言ってくれれば良いのに。仕方ない、ここは三つ奢ってやろう」
「お、やりぃ!
あまりのもう一つはこの佐渡様の分だよな!」
「いいや、俺の分さ。
ついつい食べたくなってしまった」
そう、頭の上の佐渡ちゃんと話してから司令は。優しく微笑んだまま私にそっと手を伸ばした。
「さ、一緒に行こう。
択捉達と合流出来るまで手伝うから」
おずおずと、ゆっくりにしかその手を取ることが出来ない私を、それでも司令はにっこりと笑いながら待ってくれた。
ようやくその手を取ると、
ゆっくりと握って包み込む。
「さあ佐渡、松輪。お前達二人の特権だ。
合流するまで好きな物を食べるといい」
「!マジかよ!
んじゃ焼きそばとたこ焼きと!あと…!」
元気いっぱいに注文を話す佐渡ちゃん。
私が何も言えないで固まっていると、司令は握った手をほんの少しだけ強く握って。
そして、何も言わずにいてくれた。
「…その、あ、甘い、ものを」
「そうか。なら、あんず飴なんてどうだ。
べたべたになるかもしれないけど、甘いぞ」
そのまま私は司令にあんず飴をいただいた。
甘かったはずだけど、味を覚えていない。
その後私達は何とか択捉ちゃん達に合流する事が出来た。
皆心配してくれてたようで、でも皆で探したらそれこそまた迷子が増えてしまうからと悩んでいたところ、司令が通り掛かり、声をかけてくれたのだという。
そうして、気を取り直し姉妹達と一緒に祭りを楽しもうという少し前。私が一人になったその一瞬。司令に改めてお礼を言おうとすると、彼はまた少し笑って言う。
「お礼なら俺じゃなくて他の皆にな。
俺はただ手伝っただけだ。佐渡が頭の上から探さなきゃ見つけられなかったし、そもそも皆が頼まなければ俺は何もしなかった」
だから礼なら皆に。そして出来るなら、このお祭りを一生懸命楽しんでこい。
そう言って私の背中をポンと押すと司令は人混みの中に去っていった。
私は、今度は択捉ちゃんたちとはぐれてしまわないように急いで後を追った。
鼓動が弾んだのは走ったからと、始めは思った。
……あの時、私を見つけてくれた時。
王子様だと思った、あの時。
乗った佐渡ちゃんが王子様ならきっと、司令は白馬だったのだ。
王子さまと一緒じゃなくても、私をきっと見つけ出して連れ帰ってくれる、そんな白馬。
初恋だった。
私は白馬に恋をした。
おわり
以上です。
択捉型もガチ…良い言葉だ…
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