2021-02-27 03:32:31 更新




明石。

いつだって彼女は勤勉で、良くやってくれる。艤装の整備に物資の補給、兵站の殆どを熟すのみでなく、母港全体の士気の上向にも様々な手を尽くしてくれる。


各陣営の風習に合わせた行事に、それらに関連した衣装など。その藹々とした平和は私たちが守るべきものを見失わせないでくれている気がするのだ。


『毎度ありにゃ〜♪』


…まあ、多少商売っ気が過ぎるというか。些かがめつく感じてしまう時もあるが、そういった事もまた必要なのだろう。多分。恐らく。




長々と独白し、つまり何だ、と言われると。



「どうです?この姿に癒されましたか、指揮官?」



ローンのパーティ・ドレスを用意した明石には感謝しか無いという事だ。


彼女の陣営である鉄血の、イメージカラーである黒を基調にしたドレスに、鉄の飾りと血の色の線。そして、布を纏わない肩部や太腿。

露出が多すぎるのでは、と思う反面、その肌からは目が離せなくなってしまっていた。


それを気まずく思いながら、癒された旨を伝える。

少しずらした視線の中に、彼女がするりと入ってくる。灰を思わせる様な白い肌が目を突いた。



「それなら遠慮せず、もっと見ていいんですよ?指揮官はいつも疲れていますから」



慈愛に満ちたその声と笑顔が私を包み込む。両の手が触れる。いつもは鉄の爪に覆われたそれはほんのりと体温を与えてくれる。

いつでも頭部を挟み潰せるような膂力はそこには無く、ただ玉に触れるような優しさだけが頬を撫ぜる。


永遠にこの空間に留まっていたいような気持ちもあったが、はっと正気を取り戻す。用があったのだ。

咳払いで気を取り直し、彼女に渡すべきものを渡した。




「うん?どうしました?

これは…」



怪訝な目が段々と見開かれていく。

渡した物は、鍵だった。



「…あら…」



聖母のような慈しみのみが有ったその顔に、一筋、獰猛な光が差した。






……





パーティが終わって夜も暮れる中、私は指揮官と共にある場所へ向かっていました。

その先は、この掌の内にある鍵の使われる場所。指揮官が私に渡してくれた場所。それだけで、どこであろうと付いていってもいいようなそんな気持ちになっていました。例え、どんな事をされてもいいような。



そこは、随分と洒落た部屋でした。豪奢で綺麗な内装に広い部屋。ふわふわした様な匂いに、少し暗めの光。漆喰の箪笥に一人用のベッド。

かなり無理をしたのではと聞くと、困った様に、しかし少しだけ自慢げに笑った。



「慣れないパーティと、衣装で疲れただろう。今日は此処で休むといい」



そう、私に言ってくれました。

成る程、確かに。

ドレスを着る事は新鮮で、指揮官や皆の心を少しでも癒す事も出来た。その事に私はとても満足だった。けれど確かに少し、着られてしまっているような感覚を感じていたかもしれません。


あと、少し。

平和すぎて、面白みが無く、とも。


平和である事は、とてもいい。皆が笑顔で、指揮官が笑顔で。私もそれを見て、笑顔になれる。それが幸せでない事は、無い。


なのに、何かが渾々と溜まってゆく。

心の中で、澱の様に仄黒く、穢れたものが。


指揮官はそのどちらもの心を、きっと理解してくれたのでしょう。だからこその、疲れただろうという、この空間を提供してくれた。



何かを慈しむ心。

何もかも壊してしまいたい心。

その、どちらも貴方は私に与えてくれる。

そしてそのどちらとも満足させてくれる。


歓喜と期待に打ち震え、私は寝台に乗る。

12時を越えたピンヒールは脱ぎ捨てて、祭りの余韻と共にドレスを剥いだ。残るは薄い肌着だけ。さあ。指揮官。



なのに、そんな期待と裏腹に、指揮官は私からするりと目を逸らしていました。軍帽で眼を隠して、まるで何事も無かったように。




「…私は、部屋に戻る。

ローン。君は、一人で満喫してくれ」




そんな事まで、ダメ押しに言って。


…酷く裏切られた気持ちになりました。勝手に舞い上がって、浮かれたのは私だけですか?そんな心を言いはしませんでした。でも…


私の顔を見て、指揮官が困った様に、くすりと笑う。



「そんな顔をしないでおくれ。

むくれていても、君は美しいが」



そう言われて、自分の頬に手を当ててみる。無意識に、膨れ上がってしまっていました。


でも。不思議と、それだけ。

例えば、指揮官が他の娘と仲睦まじくしているような瞬間を見た時のような。指揮官が他の娘の話題を出した時のような、激情は浮かんでは来ない。これはどうしてでしょう。

少なくとも、私を見てくれてるから?



そんな事を思っている内にも、指揮官は一人で帰ってしまう支度だけを済ましていく。

扉の前に立ち、私に背を向ける。


ああ、本当に私をこのまま置いていってしまうつもりなんですね。


そう思うと、ふつふつと心が沸き立つ。

彼の想いはわかっている。それを蔑ろにしたくは無いという事も、疑いようの無い私の本音だった。


でも、もう片方の本音が、指揮官に悪戯をしたくて堪らなくなっていた。

身体を動かしはしない。

代わりに、ただ、言葉だけを背中に掛ける。

きっと、それだけで十分だから。




ー良いんですよ。

私なら、指揮官の全てを受け止めます。




貴方だって我慢しているでしょう。

それを、揺さぶられてしまっているのだから。




ー『そういった事』を。

全く思っていなかった訳ではないでしょう?




そう言った途端。指揮官から、ぞくつくような、ぴりとした雰囲気が滲み出る。肌がぴりつくような感触。むせ返るような獣臭。それに、背筋がぞわぞわするような快感を得る。


やっぱり、やっぱり。

私を滅茶苦茶にしてしまいたいんでしょう。

ぐちゃぐちゃに引き裂きたいんでしょう。


触れていいんです。

滅茶苦茶にしていいんです。

引き裂いて下さい。

その全てを、受け入れます。

受け入れさせて欲しいんです。

貴方が、私の全てを受け入れたように。


とどめのように。私はベッドから立ち上がって、扉の前の背中に近付く。

襲い掛かってしまいたい気持ちを必死に抑え込んで、ゆっくり。

さあ。互いに全てを暴く夜を過ごしましょう。その慈愛も、劣情も、暴力性も、何もかも。




「…来ないでくれ」




ぴたり、と止まる。

私の動きも、指揮官の全ても。


たった一言でしたが、強い意志を感じさせる言葉でした。絶対に曲げないという強い意志。


そして、生唾を呑んでから、指揮官は改めて言葉を発しました。背中を向けたまま。




「君を傷つけたくないんだ」




ああ。


がっかりしたような、それすらも嬉しいような。そんな、気持ちになりました。


貴方だって思っているくせに。

貴方も私と同じ事をわかっているくせに。

同じを、想い続けているくせに!


私は、貴方にならいくらでも傷を付けて貰っても構わない。貴方なら、私をどれだけ傷物にしまっても構わない。貴方がこの心に残り続けてから、私はずっとそう想っているのに。


ああ。だからこそ、でも。

それだから、判ってしまうんです。

それでも傷ついてほしくない気持ちが。

貴方には、例え私由来であっても傷の一つすらついていて欲しくないような、その気持ち。


貴方には埃すら積まない綺麗な場所にいてほしいような愛着が。愛する貴方には、私にすら傷をつけられて欲しくない。綺麗で元気で健全で。そんな貴方で居て欲しいという、欲。


私が指揮官を癒やしてあげたいと思うように。

彼もまた、私を癒そうと考えている。

それなのに、彼は私と共に居てくれはしない。

それこそが私の傷が癒える最低条件なのに。


本当に、本当に悔しくて。

貴方の手足を捥いででも此処に居てほしい。

でも、指揮官の気持ちがわかりますから。

通じ合っている事は確かだから。

そんな事は、出来ません。



それでも、どうしても口惜しくて最後に一言。負け惜しみのように、こう言った。




ーもし、『思い直し』て此処に来たなら。

いつでも、歓迎しますよ?




歯噛みの音が聞こえた。

本能を取り締める音。理性の音。

今回は、それを聞けただけ満足としましょう。



少し乱雑に扉が開け、閉められる音。

ああ。行ってしまった。



ぼふんと、ベッドに枕を投げる。

柔らかいそれは僅かに跳ねて、身を横たえる。



「…指揮官の、馬鹿」



そんな、幼児のような語彙だけが私の口を突いて出てしまった。




後書き

以上です。
今回はゆるふわ成分多めです。


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