「この気持ちを言葉にするのなら」
はあ、と。息が白い。
ポケットに入れた手をふと動かしてみる。
くぐもった体温で温まっていた手はしかし、それでもかじかむ。
だが寒さにかじかむ手とは裏腹に、その軍人の
脚は揚々と、ある場所に向かう。
ほんの少し熱を帯びる顔の古火傷をざらりと掻き、提督はただ向かう。
着いた場所は寂れた公園。
三ヶ日という事もあり、人っ子一人居ない。
一つだけ、人影を除いて。
自分も待ち合わせより結構早めに来たんだが。誰に言い訳するでもなく言った。それに反応してその人影はひょこりと動き、近づく。
「こんにちは。
…あけましておめでとう!」
そういってその少女はわざとらしく丁寧に、頭をぺこりと下げる。格好はもこもこと暖かさに比重を置いた服装に見えた。それでも鼻が赤らんでいる。随分と待たせてしまったのかもしれない。
「…どれくらい先に来たんだ?」
「え。ぼ、僕も来たばっかりだよ」
ぎくりと、音が聞こえるように。
気まずそうにそう答える。
「時雨は、本当に嘘をつくのが下手だな。はは」
「で、でも。そんなに待ってないよ?本当だって!」
まるで責められたようにあたふたと応対する少女を見てつい、にやつく。
「さ、行くか。
ここでずっと居るのもくたびれるだろ」
「…うん。そだね」
二人は並んで歩き出す。
今日は三ヶ日。
今日は、二人で初詣に行くのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
やっぱりと言うべきか、酷い混雑だった。
でもまあ、想定の範囲内だったと思う。
どうやってもこの時期は混むだろうし、それを覚悟でここに来たんだから。
「はぐれないように、ね?」
そう言って手を出して、握りあう。
僕は何というか…よく出来たなぁ、なんて思ったし、精一杯の強がりだった事を感づかれてしまわないか、ちょっと不安だった。
それについて、気づかれちゃったかはまあ分からないけど。
ともかくとして手を繋いで。お賽銭を入れて、手を離して、礼をして、また、繋いで。
少しだけ歩いた。ちょっとだけでも混雑がゆるいところに出ようと。
「本当はくじでもと思ったが…
すごい列だな。どうする?」
「まあ一年に一度の事だし。
折角だから並ぼうか」
「…そうだな。まあ、こういう時間もいいか」
「あ、ちょっと待ってて。並んでていいから」
そう言って、また少し手を離し、
ある方向へ歩く。
「?大丈夫か。
迷うかもしれないし、ついて行こうか?」
「ううん、大丈夫。
離れてても、提督の場所はわかるから」
「え?……ああ、背丈って事か」
「ふふ、そういう事!」
つい綻ぶ顔を、まあ、君にならいいかなんて思って、そのままにそう言う。
君の顔が赤いのは寒いからか、それとも少しは僕に魅力を感じてくれたからかな。二つ目だったら、嬉しいかも。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「お待たせ!」
そう言って、思ったより早くに時雨は戻って来た。その両手に、一つづつ紙コップがある。
その独特の匂いと色を見て、それが何かを分かる。成る程、甘酒か。何処かで配られていたのを見かけて、持ってきてくれたのか。
「おお、さんきゅ。
身体も冷えてたし、丁度いいな」
ほんのちょっぴり、誇らしげにする時雨の頭をつい癖で、撫でる。
嬉しそうに、目を細めてはにかんでいる所を見ると、こっちまで変に口角が上がる。
「そういや甘酒って、大丈夫か?
ほら、酒弱いだろ」
「あはは、確かに凄く弱いけど、これくらいなら平気だって。心配性なんだから」
そう、からからと笑われる。
一度、酔った彼女に心臓に悪い真似をされたからか、つい敏感になってしまう。だがあの乱れ様を見たら誰だってこうも過保護になる筈だ。
「…まあ、ならいいんだが」
釈然としないまま、一つのコップを受け取る。
一つ、手が空いた。
…………
…その手を、取った。
びくりと驚いたように動いたが、そのまま握る。一瞬、二人とも黙り込む。
「…えっと。
多分もう、はぐれないと思うんだけどな」
「…俺がしたいからやってる。
もし嫌なら言ってくれ」
「それ、ずるいよ」
握り返す力と、熱さを感じる。気を紛らわすように、コップを呷る。つい勢いよく飲みすぎて、火傷しかけた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「そう言えば、時雨はどんな願い事したんだ」
色々な要因で火照った顔を、ちょっと落ち着けようとしてる時、ふと提督が質問する。
「んー、秘密。
言ったら叶わないって言うでしょ?」
「ふむ、確かに言うな。
…でも一人くらいになら、平気かもしれん…」
「無いよ、そんなルール。
残念だけど諦めてください」
しーっと、指を口の前に置いて言う。
やってからちょっと恥ずかしくなって、誤魔化す為に甘酒を口にする。あちち、火傷した。
「そういう古賀くんは、何を願ったの?」
「…じゃあ俺も秘密だな。
もしもそれのせいで叶わなかったら困る」
「あはは、よっぽど叶えたいんだね」
「ん…まあ、な。
そういう貴様はどうなんだ」
「え…うーん、叶えたいけど。
今でも半分叶ってるみたいなものだから」
「?」
僕の願いは一つ。
誰かさんと、出来れば一緒に居られるように。
きっとそれは、ずっとは敵わない願いだ。
彼の性分からして、いつかきっと何処かへ行ってしまうと思うし、きっといつか……
…それでも、僕なんかには勿体ないくらいに、
今は君がいる。今は、それが嬉しい。
こんな事、面と向かって言えるはずもない。
それこそ願いが反故になる事が怖いし何より、
恥ずかしすぎるもの!
だから、お茶を濁す。こう言って。
「お互いに、叶うといいね」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
さて、ようやく長い列が目の前から無くなって俺たちの番が来た。いよいよ日も落ち、冷え込んで来たので、ありがたい。
ガラガラと取って、せーので開ける。
さあ、どうだ。
「「げ」」
意図せず被った声に、つい横を向く。
きっと同じように横を向いたんだろう、時雨と目が合った。別に合図をしたわけでもなく、手のひらの紙を見せ合う。
どちらも、凶だ。
「…く、くく」
「ぷっ、はは」
目を細めて、二人してつい笑う。
せめて片方が良い結果なら、片方を笑い物にする事もできただろうに。いや、結果笑えているならいいか。
それに、この結果が俺たちらしいのかもしれない。
凶の中に、それでも幸せを見つけて、それでも笑顔でいられている俺には、ちょうど良い。
「…『待ち人来たらず』だってさ。
あはは、幸運かもね」
「?」
「あ、ほら…だって。もう、いるじゃない。
だから、新しい待ち人が来ないって事は、一緒に居られるって事かな、なんてさ」
「…なるほど。そういうのもアリか」
「あ、馬鹿にした?」
「いやいや、これは本気で感心してるんだ」
そうだ、間違いなく本心。
何が吉で何が凶か。それを決めるのはきっと自分なんだろう。彼女はいつも、大切な事に気づかせてくれる。
ならば過ぎた一年の締めくくりと新しい一年のスタートを兼ね、自分が幸せか。考えてみようか。
目の前の、おみくじを見てころころと表情を変える少女を見て思う。
俺は今、幸せだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
帰路に着く二人。
とうに日は落ち、光源は外灯と星灯だけだ。
先程までは同じく帰路に着く参拝者が周りを喧騒に埋めていたが、今は見渡す限りには二人しか居ない。互いの帰るべき場が近くなるにつれ、少しずつ二人の会話は少なくなる。
名残惜しむ、この時間の楽しさを殊更に味わうように。想いの氾濫を受け止めるように。
「ねえ、今日楽しかったね」
「ああ、本当に」
そう、少ない言葉を交わして。
「なあ、時雨よ」
「うん?」
「好きだ」
「僕も。…好きだよ」
そうだ。
この気持ちを言葉にするなら、これしかない。
掛け替えない、では伝えきれなくて。
愛している、でもまだ足りなくて。
そも、言葉にしてしまえば陳腐になりそうで。
だから、表せるのはこの一言だけだろう。
この一言で、足りてしまうのだろう。
「それじゃあ、またな」
「…うん、またね」
一年が終わり、また始まる。
めくるめく過ぎ去る時間をただ、君という煌めきに気づけたそれにただ、幸せを感じる。
すーっと、息を吸った。
おわり
くっそド遅刻な初詣です。
正月が…終わってる…?
このSSへのコメント