2020-01-29 18:51:41 更新




はあ、と。息が白い。

ポケットに入れた手をふと動かしてみる。

くぐもった体温で温まっていた手はしかし、それでもかじかむ。


だが寒さにかじかむ手とは裏腹に、その軍人の

脚は揚々と、ある場所に向かう。


ほんの少し熱を帯びる顔の古火傷をざらりと掻き、提督はただ向かう。


着いた場所は寂れた公園。

三ヶ日という事もあり、人っ子一人居ない。

一つだけ、人影を除いて。


自分も待ち合わせより結構早めに来たんだが。誰に言い訳するでもなく言った。それに反応してその人影はひょこりと動き、近づく。



「こんにちは。

…あけましておめでとう!」



そういってその少女はわざとらしく丁寧に、頭をぺこりと下げる。格好はもこもこと暖かさに比重を置いた服装に見えた。それでも鼻が赤らんでいる。随分と待たせてしまったのかもしれない。



「…どれくらい先に来たんだ?」



「え。ぼ、僕も来たばっかりだよ」



ぎくりと、音が聞こえるように。

気まずそうにそう答える。



「時雨は、本当に嘘をつくのが下手だな。はは」



「で、でも。そんなに待ってないよ?本当だって!」



まるで責められたようにあたふたと応対する少女を見てつい、にやつく。



「さ、行くか。

ここでずっと居るのもくたびれるだろ」



「…うん。そだね」




二人は並んで歩き出す。



今日は三ヶ日。

今日は、二人で初詣に行くのだ。




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やっぱりと言うべきか、酷い混雑だった。

でもまあ、想定の範囲内だったと思う。

どうやってもこの時期は混むだろうし、それを覚悟でここに来たんだから。



「はぐれないように、ね?」



そう言って手を出して、握りあう。

僕は何というか…よく出来たなぁ、なんて思ったし、精一杯の強がりだった事を感づかれてしまわないか、ちょっと不安だった。


それについて、気づかれちゃったかはまあ分からないけど。

ともかくとして手を繋いで。お賽銭を入れて、手を離して、礼をして、また、繋いで。

少しだけ歩いた。ちょっとだけでも混雑がゆるいところに出ようと。



「本当はくじでもと思ったが…

すごい列だな。どうする?」



「まあ一年に一度の事だし。

折角だから並ぼうか」



「…そうだな。まあ、こういう時間もいいか」



「あ、ちょっと待ってて。並んでていいから」



そう言って、また少し手を離し、

ある方向へ歩く。



「?大丈夫か。

迷うかもしれないし、ついて行こうか?」



「ううん、大丈夫。

離れてても、提督の場所はわかるから」



「え?……ああ、背丈って事か」



「ふふ、そういう事!」



つい綻ぶ顔を、まあ、君にならいいかなんて思って、そのままにそう言う。


君の顔が赤いのは寒いからか、それとも少しは僕に魅力を感じてくれたからかな。二つ目だったら、嬉しいかも。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





「お待たせ!」



そう言って、思ったより早くに時雨は戻って来た。その両手に、一つづつ紙コップがある。


その独特の匂いと色を見て、それが何かを分かる。成る程、甘酒か。何処かで配られていたのを見かけて、持ってきてくれたのか。



「おお、さんきゅ。

身体も冷えてたし、丁度いいな」



ほんのちょっぴり、誇らしげにする時雨の頭をつい癖で、撫でる。

嬉しそうに、目を細めてはにかんでいる所を見ると、こっちまで変に口角が上がる。



「そういや甘酒って、大丈夫か?

ほら、酒弱いだろ」


「あはは、確かに凄く弱いけど、これくらいなら平気だって。心配性なんだから」



そう、からからと笑われる。

一度、酔った彼女に心臓に悪い真似をされたからか、つい敏感になってしまう。だがあの乱れ様を見たら誰だってこうも過保護になる筈だ。



「…まあ、ならいいんだが」



釈然としないまま、一つのコップを受け取る。

一つ、手が空いた。



…………



…その手を、取った。


びくりと驚いたように動いたが、そのまま握る。一瞬、二人とも黙り込む。




「…えっと。

多分もう、はぐれないと思うんだけどな」



「…俺がしたいからやってる。

もし嫌なら言ってくれ」



「それ、ずるいよ」



握り返す力と、熱さを感じる。気を紛らわすように、コップを呷る。つい勢いよく飲みすぎて、火傷しかけた。




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「そう言えば、時雨はどんな願い事したんだ」



色々な要因で火照った顔を、ちょっと落ち着けようとしてる時、ふと提督が質問する。



「んー、秘密。

言ったら叶わないって言うでしょ?」



「ふむ、確かに言うな。

…でも一人くらいになら、平気かもしれん…」



「無いよ、そんなルール。

残念だけど諦めてください」




しーっと、指を口の前に置いて言う。

やってからちょっと恥ずかしくなって、誤魔化す為に甘酒を口にする。あちち、火傷した。



「そういう古賀くんは、何を願ったの?」



「…じゃあ俺も秘密だな。

もしもそれのせいで叶わなかったら困る」



「あはは、よっぽど叶えたいんだね」



「ん…まあ、な。

そういう貴様はどうなんだ」



「え…うーん、叶えたいけど。

今でも半分叶ってるみたいなものだから」



「?」




僕の願いは一つ。

誰かさんと、出来れば一緒に居られるように。


きっとそれは、ずっとは敵わない願いだ。

彼の性分からして、いつかきっと何処かへ行ってしまうと思うし、きっといつか……


…それでも、僕なんかには勿体ないくらいに、

今は君がいる。今は、それが嬉しい。


こんな事、面と向かって言えるはずもない。

それこそ願いが反故になる事が怖いし何より、

恥ずかしすぎるもの!



だから、お茶を濁す。こう言って。




「お互いに、叶うといいね」




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さて、ようやく長い列が目の前から無くなって俺たちの番が来た。いよいよ日も落ち、冷え込んで来たので、ありがたい。


ガラガラと取って、せーので開ける。

さあ、どうだ。



「「げ」」



意図せず被った声に、つい横を向く。

きっと同じように横を向いたんだろう、時雨と目が合った。別に合図をしたわけでもなく、手のひらの紙を見せ合う。


どちらも、凶だ。



「…く、くく」


「ぷっ、はは」



目を細めて、二人してつい笑う。

せめて片方が良い結果なら、片方を笑い物にする事もできただろうに。いや、結果笑えているならいいか。


それに、この結果が俺たちらしいのかもしれない。

凶の中に、それでも幸せを見つけて、それでも笑顔でいられている俺には、ちょうど良い。



「…『待ち人来たらず』だってさ。

あはは、幸運かもね」



「?」



「あ、ほら…だって。もう、いるじゃない。

だから、新しい待ち人が来ないって事は、一緒に居られるって事かな、なんてさ」



「…なるほど。そういうのもアリか」



「あ、馬鹿にした?」



「いやいや、これは本気で感心してるんだ」




そうだ、間違いなく本心。

何が吉で何が凶か。それを決めるのはきっと自分なんだろう。彼女はいつも、大切な事に気づかせてくれる。



ならば過ぎた一年の締めくくりと新しい一年のスタートを兼ね、自分が幸せか。考えてみようか。


目の前の、おみくじを見てころころと表情を変える少女を見て思う。



俺は今、幸せだ。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





帰路に着く二人。

とうに日は落ち、光源は外灯と星灯だけだ。


先程までは同じく帰路に着く参拝者が周りを喧騒に埋めていたが、今は見渡す限りには二人しか居ない。互いの帰るべき場が近くなるにつれ、少しずつ二人の会話は少なくなる。


名残惜しむ、この時間の楽しさを殊更に味わうように。想いの氾濫を受け止めるように。



「ねえ、今日楽しかったね」


「ああ、本当に」




そう、少ない言葉を交わして。




「なあ、時雨よ」



「うん?」



「好きだ」



「僕も。…好きだよ」




そうだ。

この気持ちを言葉にするなら、これしかない。



掛け替えない、では伝えきれなくて。

愛している、でもまだ足りなくて。

そも、言葉にしてしまえば陳腐になりそうで。


だから、表せるのはこの一言だけだろう。

この一言で、足りてしまうのだろう。



「それじゃあ、またな」



「…うん、またね」



一年が終わり、また始まる。

めくるめく過ぎ去る時間をただ、君という煌めきに気づけたそれにただ、幸せを感じる。



すーっと、息を吸った。






おわり


後書き

くっそド遅刻な初詣です。

正月が…終わってる…?


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2021-01-22 16:00:49

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