北上「罪と罰」
北上さん短編です。
ドストエフスキー要素はありません。
(横恋慕が罪なら、この苦しさは罰なのかな?)
知らぬ間に落ちているのが初恋なのだと、誰かが言っていた。それを小馬鹿にしていた自分が、今はただ羨ましい。
私がここに…この鎮守府に着任したのは、大井っちより結構遅れての事。
だから、着任した時は凄かったなぁ。秘書艦として居た大井っちが飛んでくるんだもの。練度に差もあったし痛かったのなんの。
それを見て困ったように苦笑する提督も、その顔に浮かぶ喜色を隠しきれてなかったね。
着任して暫く。
出撃や訓練の日々をここで過ごしていく内に、色々な事が分かっていった。
在任してる艦娘の数。
いつもカツカツの燃料。
食堂の利用についてのルール。
提督の人柄、苦悩。
そして、大井っちの練度が100を超えている理由。左手に光る鈍色の指輪。
大井っちの一番が既に私では無い事。
…それがショックだったかって?
ううん、全然。むしろそれは、親友として心から嬉しい事だった。
私に囚われている大井っちは見てて痛々しく、辛かったし、そう思っている私を大井っちは当然喜んでもくれなかった。だから、もう私は彼女の枷にならない事を分かった時は素直に嬉しかった。
それもあってね。この鎮守府に来て暫くは、本当に幸せだったんだ。
気のいい同僚、美味しいご飯。
吹っ切れた様子で、明るい親友。
愚痴のように、私に惚気る親友。
うぶで気弱だけど、実は根性のある提督。
優しく、私なんかにも気遣ってくれる提督。
お人好しで、私達が傷つく事に傷ついてる提督。
無理した時は本気で怒る提督。
いつも困ったような顔をしてるけど、たまに見せる笑顔が素敵な提督…
……いつからだっけな。
いつも隣にいる大井っちにじゃなく、あの人に…
提督に目がいくようになったのって。
言い訳にしかならないけど…
…気が付いた時には、もう手遅れだった。
もうすっかり私は、甘くて苦い、決して抜け出せない泥沼に嵌まり込んでしまっていた。
嵌った泥沼から、抜け出せなくなっていた。
…泥沼から、抜け出したくも無くなっていた。
この感情を自覚しちゃったのは、提督と大井っちの…いわゆる、夫婦の営みを。偶然見た時。
夜、喉が渇いて起きて、水でも飲もうとした時に見てしまった。
その時私が抱いた感情は、申し訳なさでも、見てはいけない所を見てしまった気恥ずかしさでも無く、只ドス黒い感情だった。
嫉妬、憎悪、憤怒… …他には言葉が思いつかないけど、取り敢えずそういう感情。
最初はそんな感情を抱く自分に困惑した。いけない事だと思って、寝床に戻って深呼吸とかもして、心を落ち着かせようとした…
でも、落ち着けなかったや。
…その時はっきり解っちゃった。
私は提督が好きなんだ。
もうケッコンしているとか、愛の発露の現場を見たとか、親友への裏切りとか、そんな事じゃどうしようも無いくらいに。
理屈と論理と倫理じゃあ抑えきれないくらいに、理不尽なくらいに、提督が好き。
好きになってしまった。
…そして同時に解っちゃった。どうしようも無いくらい、この愛は届かないって事も。
初恋は甘酸っぱいなんて大嘘だよ。苦くて苦しくて辛くて…そんな事、今はどうでもいいか。
ともかく、その日は一晩中泣き明かした。
たはは。翌日皆に心配されちゃったよ。
それからは、今迄がウソみたいに辛かった。
地獄って言ってもいいかな。
それまでタブーとして封じ込めていた想いが、自覚を境に押し込めきれなくなった。
それと同時に、親友を裏切っている背徳感、親友の恋人への横恋慕の罪悪感。
大井っちと自分を比べ、優っている所を見つけ優越感に浸る私自身への自己嫌悪。
それはまるで壊れた蛇口みたいに。
そんな風にマイナスの感情が吹き出していって。そんな考えをする自分が只々嫌で。
それが無意識に分かっていたのか、大井っちは私に少し警戒しているみたいだった。
前みたいな惚気は言わなくなり、やけに他人行儀になっていった。
僻んだ私の被害妄想かもしれないけれど、目の前で提督といちゃつく事も多くなった様な気がするんだ。
どんどん、どんどん。
どんどんと、どんどんと、どんどんと。
私から離れ、提督を私から離し。
私も大井っちから離れて行く。
そしてだんだん、だんだん。
私の親友への想いは、黒いモノヘ変わっていった。
…不思議だなぁ。
愛情と憎悪はこんなに簡単に入れ替わるんだね。
そんなある日。
夜中、眠れずにいる提督が、同じく眠れずにいた私と鉢合わせ。で、ちょっと話をした。
提督は、疲れてるみたいだった。
他の子とあまり会話をするな、北上とは特に…
なんていう、無茶な要求。
その他の、異常な束縛。それに心労を感じているようだった。
頭の中で何かが切れる音が一つ、して。
私は、困った様に笑うその唇に、唇を重ねた。
頭を抑え、舌を絡めた。
………
気を浮つかせ、倫理に背かせる。浮気、不倫。それは間違いなく罪だ。救いようの無い、罪業だ。
ならそれをした私に、いつかまた罰がくるのかな?
救いようの無い罪にはそれ相応の、救いようの無い罰が下される?
「ねえ、提督」
…それでもいい。それでもいいから、今はただ、この甘い罪に溺れていたいんだ。
未来の無い…いや、始まってすらない関係だとしても。それでも今は幸せなんだ。
だから、私は…。
「私、貴方の事が好きだよ」
………
「……そう。」
おわり
以上です。
可愛い娘は曇ったらより可愛いと思うんです。
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おおおおおおお!?なにこれ!良いです!最高です!
こんくらいどろっどろなのが欲しかったんです!
辛いな。