2019-04-14 19:09:58 更新

概要

買い物から帰る途中で地割れが発生し、海風が転落してしまい・・・


「これとこれに、後はこれですね。」


海風が籠を持って品物を入れて行く。


急遽、村雨に買い出しを頼まれ、海風は近くのスーパーに赴いていた。


「これで全部ですね、清算してすぐに戻らないと。」


海風はレジに向かう。



「もう少しで店に着きますね。」


道なりを進みながら、海風は片方の手に袋を、もう一方の手におつりを手にしていた。


余ったおつりはお駄賃として貰って良かったので、海風は喜んでいた。


「このお金で、帰りに江風と山風のお菓子でも買いましょうか。」


そう思いながら、店へと戻る海風だったが、


「!? 何ですか、この揺れは?」


急に海風を軸とした周囲が突然揺れ始めて、


「地震? すぐにうつ伏せにならないと!」


すぐに体を地面に下げて地震が治まるのを待つ海風、


「・・・お、治まった、の?」


幸いにも、地震と思われる災害はすぐに治まり、


「良かった・・・早く村雨さんの店に。」


そう思って、一歩踏み出した瞬間、


「!? えっ、何!?」


海風の周囲の地面が突然割れて、


「きゃああああっ!!!!」


海風は割れた地面の中に落ちてしまう。



「海風、遅いわね~。」


村雨が心配そうな顔をする。


「買い物する場所はそんなに遠くは無い筈なんだけど・・・」


いつもなら10分前後で帰って来れる時間のはずが、今日に限って1時間経っても戻って来ない。


「何か事件に巻き込まれたのかしら・・・まさかそんなね~。」


そう思っていると、


「村雨の姉貴! 大変だよ!!」


江風が血相を変えてやって来る。


「ちょっと、どうしたの江風? 落ち着いて!!」


江風は何故か焦っていたため、村雨が何とか落ち着かせる。


「大分落ち着いた? それで、何かあったの?」


村雨が質問すると、


「さっき近くの道で地割れが起きたんだよ!」


江風が説明する。


「地割れ? 確かにさっき大きく揺れたわね。」


店内にいる状態でも、揺れを確認できたようだ。


「それで・・・その場を見た人の話だと、1人転落したって言ってた!」


「何ですって! それは大変じゃない!」


村雨は驚き、


「ただ・・・その割れた地面の近くに・・・ううっ。」


江風は何故か急に泣き出し、


「? どうしたの江風? 何泣いているのよ?」


村雨が聞くと、


「こ、これが・・・割れた地面の側に落ちてて・・・」


江風が持っていた物・・・それは、


「それって・・・海風が使っていたハンカチ・・・まさか、嘘でしょ!?」


村雨は目を疑う。


・・・・・・

・・・



「ううっ・・・」


海風は割れた地面の底であろう場所で目が覚める。


「・・・ここは、どこですか?」


周囲を見回すも、暗闇でほとんど何も見えない。


「確か、大きく揺れた後に地面が割れてしまって・・・」


徐々に思い出して行き、そして気づく。


「私、落ちてしまったんだ。」


海風は今の状況をようやく理解する。


「どうしよう・・・すぐに助けを、呼ばないと。」


そう思って立ち上がろうとするも、


「!? 痛い!」


突如襲い掛かる激痛に、海風は片方の手で押さえる。


「・・・・・・」


押さえている腕は、だらんと垂れて動かせない・・・どうやら転落のせいで、折れてしまったらしい。


「ううっ・・・」


海風は痛みを堪えて、何とか立ち上がり、


「誰かいますか? 誰か助けて下さい!!」


海風は上に向かって何度も叫ぶ。


「助けて下さい!! お願いです!! 聞こえますか・・・誰か助けて下さい!!」



何度も叫ぶも、上も暗闇に覆われていて、上空の空が全くと言っていい程見えない・・・


かなり深い層まで落ちてしまったようだ。



「誰かー!! お願いです!! 助けて下さい!!」


それでも、海風は諦めずに何度も助けを求めた。


・・・・・・


地割れが起きた事で、すぐに隊員や調査班が派遣され、辺り一帯立ち入り禁止になり、


「ちょっ!? 道を開けてくれよ!」


江風が振り切って地割れに近づこうとする。


「こら、君! ここは危険だ、この場から去りなさい!」


隊員たちに止められ、それ以上近づけない。


「姉貴が・・・姉貴が! その中に落ちたかもしれないんだよ!!」


江風は必死に訴えるも、


「それはこれからの調査で明確にする、君は大人しく家に帰りなさい!!」


江風の意見など聞きもせず、隊員らに連れて行かれる江風。


「離せよ! 姉貴が死んだらどうするんだ!? 手を離してくれよ!!」


江風は抵抗するものの、その場から離されてしまった。


・・・・・・


「助けて下さい!! お願いです、助けてー!!」


海風は何度も何度も助けを呼ぶが、


「助けて・・・ううっ。 お願い、助けて・・・」


いくら助けを求めても、相手の声すら帰って来ない・・・次第に海風は疲れてきて、


「はぁ、はぁ・・・も、もう声が、出ません。」


長時間叫び続けたせいで、海風は喉を傷めてしまう。


「な、何か・・・せめて、水でもあれば。」


そうは言っても、周りは光の無い完全な暗闇の世界・・・海風は身をかがめ、手を伸ばしながら慎重に行動する。


「! これって確か。」


海風は何かを掴む。


暗闇で目が利かないが、海風には覚えがある・・・買い物で頼まれた、”ミネラルウォーター”である。


「本当は駄目ですが・・・」


海風はキャップに辛うじて手を掛けると、力を入れて開ける。


「無事に地上に出られたら、必ず弁償します。 ですから、許して下さい! 村雨さん!」


そう言って、海風は開けたミネラルウォーターを飲んだ。


・・・・・・


海風が行方不明になってから2日が経過して、


「いつになったら、姉貴を見つけてくれるんだよ!!」


江風が涙目になって調査班に叫ぶ。


「落ち着きなさい! 君のお姉さんがこの中に落ちたって言う証拠は何も無いだろう?」


江風を落ち着かせて、意見する。


「でも、でもぉ! 姉貴が帰って来なかった事なんて今まで一度も無かったし! それに側に姉貴のハンカチが落ちてたんだよ!」


江風の必死の訴えに、


「はいはい、それはこの修復が終わったらゆっくり捜索するから、君はお家に帰りなさい。」


江風の話を無視した挙句に修復の話をし出す。


「だから! この中をちゃんと調べたの! 姉貴がいないって分かるの!? 調べてもいないのに勝手に修復なんて!」


江風はまた叫び出し、


「やれやれ、この子を連れて行ってくれ。 修復の邪魔だ。」


警備員が江風を強引に連れて行く。


「ちゃんと調べてくれよ! もう2日も経っているんだよ!!」


江風の訴えも空しく、連れて行かれてしまう。


「ふぅ・・・おい、早くその場所を埋めろ!」


江風がいなくなったことを確認すると、何故か作業を速める責任者。


「埋めてしまえば、証拠は残らない。 気の毒だが、お姉さんは助からないよ。」


そう言って、作業員に指示をする。


・・・・・・


「ふぅ・・・ふぅ・・・」


暗闇の地下深くで海風が細い息を上げている。


「・・・・・・」


いくら声を出しても誰の耳にも届かない、そして体力を無駄に消費する余裕がない状態である。


辛うじて買い物の帰りに転落をしたため、最低限の水と食料はあって飢えを凌ぐことは出来た。


「・・・?」


海風が何かに気付く。


「風・・・風が通っています、ね?」


目を閉じていてもわかる・・・海風の周囲に風が吹いているのが。


「でも、私が落ちて来た上からではありませんよね?」


風向きは上と言うより、海風がいる場所から左向きに吹いている様に感じて、


「! もしかしたら抜ける出口があるかもしれません!」


海風は僅かな希望を持って、重い足取りで歩いて行く。


・・・・・・


「提督、どうですか?」


村雨が無線機を持って連絡を入れる。


「うん、中は広い空洞だね。 何十年も土が形成されていた形跡も無ければ人の手で埋めた形跡もない・・・


 恐らく空いた穴にただ蓋をした程度の修復のようだ。」


深夜、隙を見て穴の中に飛び込んでいた提督。


「軽巡の子から探照灯を借りて正解だったな~。」


借りた探照灯を付けると、空洞は明るく照らされて、


「待っていろ海風、お前は必ずオレが助ける!」


そう思いながら、徐々にひもを伝って深部に降りて行った。



「ふぅ・・・ふぅ・・・」


海風が転落して、もうすぐ3日になろうとしている。


「だ、誰か・・・」


海風が急に苦しみ始める。



暗闇や閉鎖空間に長時間(70時間以上)いると、人間は発狂すると言われている・・・当然艦娘も例外ではない、



「誰かいませんかー! お願い、返事をして! 私の声を聞いてぇ!!」


いるはずのない相手に向かってただ叫び続ける海風。


「誰かぁ・・・お願い・・・頭が痛いし、寂しくておかしくなりそう!」


海風は頭を押さえて地面にうずくまる。


「頭が痛い・・・誰か助けてぇ・・・誰かぁ。」


海風はただただ叫び続ける。



「海風! どこにいるんだぁー!」


探照灯で照らしながら海風を探す提督、


「ん、これは?」


提督が何かを見つける。


「・・・買い物で頼んだ水と果物の残骸、やはり海風はこの場所にいたんだな。」


提督は確信すると、再び辺りの捜索を始める。


・・・・・・


「はぁ、はぁ。」


壁にもたれ掛る海風。


「だ、誰も声を聞いてくれない・・・私はもう、助からないかも。」


海風は歩く気力も、生きる気力も失いかけており、


「ごめんなさい村雨さん、私・・・頼まれた物を勝手に食べてしまいました。」


飢えで仕方がなかったとはいえ、許可なく食べた事に申し訳なく思っていた海風。


「風の方向を頼りにここまで来てみましたが・・・何も見えません、光すらも。」


海風にはもう”絶望”と言う言葉しか残っていない。



しかし、海風の目の前には出口と言える一筋の光が見えていた。


もう少し進めばこの暗闇から抜け出せるはずである・・・


だが、ずっと暗闇で目の利かない空間に長時間留まっていたため、海風は目を上手く開けられなかったのだ。



「・・・提督。」


海風はふと、昔を思い出す。


・・・・・・

・・・



それは、高難易度の海域攻略任務で、海風が旗艦として任命された時の事。


「提督、海風はこの任務を達成出来る自信がありません。」


敵には空母と戦艦がいるにも関わらず、こちらは艦種が”駆逐艦のみ”と言う過酷な条件を出されていた。


しかし、それでも提督は、


「海風なら大丈夫、責任感もあるし仲間想いだから、的確に皆に指示が出来るはずだよ。」


提督は海風を信頼していた、


「・・・・・・」


それでも、海風は自信が無く表情も暗い。


「海風、顔を上げて。」


「・・・・・・」


提督の言葉に海風は顔を上げる。


「まだやってもいないのに、そんなに落ち込んでどうする? しっかりしろ海風!」


「・・・・・・」


「1人でも中大破したらすぐに撤退しろ。 ゆっくり休んで、それからまた再挑戦すればいい。」


「・・・はい。」


海風は徐々に自信を取り戻して行く、


「そうだなぁ、何ならオレも一緒に出撃しようか?」


「!? ええっ!?」


「オレは戦えないけど、鼓舞か囮位は出来るぞ(笑)。どうだ、そうするか?」


「い、いえ! それは流石に、駄目です!」


笑いながら語る提督と焦る海風・・・いつの間にか、不安が綺麗さっぱりなくなっていて、


「よし、いつもの海風に戻った。 じゃあ旗艦頑張れよ!」


「は、はいっ! 頑張ります!」


海風も思わず苦笑いして、敬礼をする。


・・・・・・

・・・



「提督って、よく突拍子も無い事を言う人でしたね・・・」


提督の事を思い出す海風。


「「何かあったらオレが必ず助ける!」っていつも言っていましたね。」


海風は顔を上げて、


「提督の言葉は信じています、でも流石に今回は無理、ですよね?」


ここは海上でも鎮守府内でもない・・・地下深くのただ暗い世界である。


「寒いです、体も冷えてきて・・・眠くなって・・・」


今度は寒さで意識が失い掛けていた、その時だ。


「やっと見つけたぁ~。」


海風の目の前に聞こえる人の声、


「!? 誰ですか?」


海風の質問に、


「誰って、オレだよ。 提督だよ。」


探照灯を持った提督がその場にいた。


「!? 提督!? ど、どうしてここに!?」


海風は信じられない様子で、声を出す。


「どうしてって、前に言わなかったっけ?」


提督は海風に向かって改めて言う。


「「海風に何かあったらオレが必ず助ける」って。」


そう言って、海風を抱き上げる。


・・・・・・


「て、提督。」


海風が弱々しく口を開く。


「ん、どうした?」


提督の言葉に、


「ご、ごめんなさい・・・またご迷惑をお掛けして・・・」



提督に迷惑を掛けまいと、生活していた海風だが、今回もまた提督が助けになる事態になり海風は申し訳なく思っていた。


「いいんだよ、海風はよく頑張った。」


提督は全く気にもしていない。


「それに・・・村雨さんから頼まれた食べ物にまで手を出してしまって・・・」


「いいんだよ、また買えばいいじゃないか。」


「・・・・・・」


「今日まで本当によく頑張った、誰の助けも無いのに1人で耐えて・・・海風は偉いぞ!」


提督の慰めに、


「あ、ありがとう・・ござい・ます。」


そう言って、気を失ってしまう海風。


「・・・早くこの場所から出ないと。」


そう言って、提督は海風を担いだまま出口と思われる道へ急ぐ。



「ふぅ、何とか出られたな・・・」


しばらく進み、光が徐々に強くなって行き、辿り着いた場所は店から少し離れた浅瀬だった。


「早く、海風の手当てをしないと!」


すぐに店に戻る提督。



「どう? 海風は?」


店に着き、すぐに手当てをした後、安静に寝かせた提督。


「呼吸は落ち着いています、大丈夫のようです。」


村雨が隣で看病をしてくれていた。


「海風姉・・・」


江風も側で見守っている。


「オレは夕食でも作ってくる、何かあれば呼んでくれ。」


そう言って、提督は部屋から出て行く。


・・・・・・


それから数日後に、海風は目を覚ます。


「海風姉! 良かったぁ!」


真っ先に喜んだのは妹の江風だ。


「江風、それに村雨さん・・・」


「目が覚めて良かった! 本当に心配したのよ!」


江風以上に心配だった村雨が言葉を荒げる。


「す、すいません。」


海風は謝る。


「いいのよ、とにかく無事でよかったわ。 まだ完全に治りきってないから! この部屋でゆっくり休んでいなさい。」


「・・・はい、ありがとうございます。」


そう言って、安静にする海風。



「何かあったら連絡するから、江風は鎮守府に戻りなさい。」


既に夜になっていて、駆逐艦の門限が迫りつつあり、


「うん、分かった! じゃあ姉貴を頼むよ、村雨の姉貴!」


江風は手を振って、店から離れる。


「さてと、そろそろ暖簾を取って扉を閉めて、と。」


村雨は店を閉める準備を始める。


・・・・・・


それから更に数日が経ち、


海風の体調は徐々に良くなり、村雨もほっと一安心する・・・が、



「海風! ねぇ海風! しっかりして!」


深夜になると、部屋から海風の叫び声がするようになり、


「うわぁぁ・・・ああああ!!!!」


村雨が何度も起こそうとするも、海風はただ叫び続ける。


「はっ! はぁはぁ・・・」


やっとの事で目覚めた海風からは大量の汗が流れていて、


「大丈夫? ずっと叫んでいて、うなされている様にも見えたけど?」


村雨の言葉に、


「はぁはぁ・・・だ、大丈夫です・・・心配かけてすいません。」


海風は謝り、少し落ち着いた後、また床に着く。



この状態が毎日のように続き、村雨は海風を連れて明石のいる工廠場に向かった。


・・・・・・


「体は特に異常はありません、となると・・・」


明石は海風にいくつか質問し、海風はそれに答える。


「成程、恐らく海風さんの症状は心身的な症状ですね。」


「心身的、ですか?」


「はい、長い間ずっと暗闇の場所に1人でいたんですよね? それが原因で、暗い部屋や深夜の時間帯になると


 その記憶が蘇り、苦しんでいると思われます。」


「・・・・・・」


海風は無言のままだ。


「どうすれば海風の症状は治りますか?」


村雨の質問に、


「そうですね・・・海風さんの気持ちの問題なので、海風さん自身がどうすれば克服出来るのかは、


 私には分かりません・・・力になれず申し訳ありません。」


明石は2人に謝る。



心に負った傷・・・体に受ける傷と違って、そう簡単には癒せないだろう。



本当なら海風を鎮守府に帰らせる予定だったが、


「もう少しこの部屋で安静にしてていいわ、そのままでは出撃や遠征に支障をきたすでしょうから。」



任務中に暴れたり叫んだりしたら、それこそ仲間に迷惑が掛かる。


村雨はせめて海風の心が癒されるまでは部屋に住ませようと決心する。



「ごめんなさい、村雨さん・・・」


海風は申し訳なく思いつつも、村雨の厚意に感謝をしつつ安静にする、


しかし、海風の症状は一向に治る気配が無かった。


・・・・・・


「大丈夫、海風?」


村雨は心配で海風に何度も声を掛ける。


「はい、海風は・・大丈夫・・で・す。」



そう言うも、海風からは笑顔が無くなり、顔もやつれている・・・とても辛そうだ。


「・・・・・・」


最近では症状が酷くなったのか、全く眠れない状態まで続いている。



食事中でも、


「ご馳走様です・・・」


海風は箸を置いて、手を合わせるが・・・椀のご飯は全く減っていない。


「ちょっと、全然食べていないじゃない? もっと食べて体力を付けないと!」


村雨が促すも、


「ごめんなさい・・海風、食欲が無くて・・・」


そう言って、部屋に戻る海風。


「・・・・・・」


提督は海風を見つめる。


・・・・・・


「海風、ちょっといいかな?」


提督が部屋に入り、


「あっ、はいっ。 どうしました提督?」


提督の前で正座をして応じる海風。


「いつもどんな夢を見ている?」


「? 夢、ですか?」


「うん、あれだけ叫んでうなされている様子をみると、とても怖い夢を毎日見ているんじゃないかなぁってね。」


「・・・・・・」


海風は少し沈黙した後、


「何も無いんです。」


「? 何も無い?」


提督は海風の言っていることがよく分からない。


「夢の中でいくら歩いても、いくら見回しても・・・助けを求めても、いくら叫んでも・・・何も起きないんです。」


「・・・・・・」


「遠くに僅かに点の様な光があって必死に進んで行くのですが・・・徐々に私が暗闇の底に沈んでいくのが分かって・・・


 必死で叫んでも抗えずに、そのまま闇に取り込まれている様な夢を見ます。」


「・・・毎日?」


「はいっ、毎日です。」


海風は力無く答える。


「ごめんなさい、私はそろそろお休みします・・・おやすみなさい。」


「ああ、ごめん。 じゃあおやすみ。」


そう言って、部屋から出る提督。



深夜、海風の叫び声がして提督が再び部屋を訪れる。


「おいっ、海風! 目を覚ませ!」


提督が海風を揺すって起こそうとする。


「はぁ、はぁ、はぁ。」



呼吸も荒い・・・恐らくまた暗闇に呑まれる夢を見ているのだろう。


「・・・・・・」


見ると、海風の腕が震えているのが分かり、


「おい、海風! オレはここにいるぞ! 心配するな、海風は1人じゃない!」


提督が海風の手を握ってあげるが、海風には何の変化も無い。


「・・・やっぱりそうか。」


何かに納得した提督は、再び海風を揺さぶる。


「おいっ、海風! 起きろ! 起きるんだ!!」


提督の叫びに、


「はっ! ・・・て、提督?」


いつものように、大量に汗を流した状態で目覚める海風。


「はぁはぁ・・・ううっ。」


苦しいのか辛いのか、海風は泣き出す。


「よしよし、海風は何も悪くない、だから泣くんじゃない。」


提督は海風を抱きしめる。


・・・・・・


翌朝、


「私と同じ、ですか?」


提督から言われて首を傾げる村雨。


「うん、村雨にも”あの時”が近づくにつれて、眠れなくて苦しんでいた時と今の海風の状態が似ている・・・いや、全く同じだね。」


「・・・・・・」


「だから、海風にも”お守り”を渡せば改善されるかもしれない。」


「成程・・・では何をお守りとして渡すのですか?」


村雨の問いに、


「ただ、今回の海風の場合は村雨の時と違ってかなり重度の症状だと思う、村雨の一時的な”あの時”ではなく、


 永遠に苦しみが続いているから、ペンダント等では効果は無いかもしれないね。」


「・・・・・・」


「何かもっと、”海風にとって確実に安心出来るお守り”が必要なんだけど・・・」


提督は何故か村雨を見る。


「それで、提督には心当たりがあるのですか?」


「うん、でもそれには村雨の了承が必要なんだ。」


「? 私の了承、ですか?」



夕方、


「海風、ちょっといいかな?」


再び部屋に入る提督。


「あっ、はいっ。 海風に何か御用ですか?」


昨日と同じく提督の前で正座をする海風。


「今日からこの”お守り”を渡すから、それを身に付けたまま寝て見て。」


そう言って、提督は海風にある”お守り”を渡す。


「・・・提督、これって。」


海風は驚く。


「指輪・・・」


渡されたお守りは、提督が嵌めていた指輪で、


「まぁその・・・”お守り”として渡すだけだからね、あくまで”お守り”としてな。」


「・・・・・・」


「うん、とにかくこれを嵌めて見て。 これで海風の症状が治ることを祈るよ。」


そう言って、提督はそそくさと部屋から出る。


「・・・・・・」


海風は指輪をしばし見つめた後、自分の指に嵌める。


「・・・・・・」


嵌めた指輪を見て、


「綺麗。」


ずっと元気も無く、笑顔が消えていた海風が一瞬笑顔になり、


「・・・もう寝ましょう。」


海風は灯りを消し、深呼吸をして就寝する。


・・・・・・

・・・



”またいつもと同じ、暗闇の空間”



「誰かいませんかー? お願い! 返事をして下さい!!」



”いくら叫んでも、誰も返事をしない、いくら走っても出口が見つからない”



「!? いやぁっ!! 嫌だぁ!!!!」



”私の全身を覆う黒い闇・・・次第に無数の手に変わり、私自身を暗闇の底へ引きずり込もうとする”



「嫌だぁ!! 止めてぇ!! 誰か助け・・・ごぼごぼっ、はぁっ! ごぶごぶっ!!」



”まるで、海の底の様に水の中に入っている感覚・・・私は沈むの? 私は死ぬの?”



「・・・?」



”いつもならここで意識を失う私・・・でも、今日だけはいつもと違う光景を見る”



「あれ・・・左手だけが・・闇に染まっていない?」



”左手だけ・・・左腕までは闇で覆われているのに、左手の部分だけは浸食が止まっている?”



「・・・・・・」


海風は何かに気付き、手袋を取ると、


「・・・指輪?」


海風の左手には指輪が嵌めてあり、闇は指輪の輝きを嫌っているようにも見えた。


「・・・・・・」



”そう、この指輪・・・提督が”お守り”として私にくれた大切な指輪・・・”




”・・・・・・”




”・・・提督?”




”提督って・・・! そうです!!”




”提督から頂いた大切な指輪!! 海風が眠る前までずっと一緒にいてくれました!!”



海風が叫ぶと、闇が徐々に海風の体から離れて行き、



”提督・・・私には大切な提督がいます!! ああっ・・・提督の、提督の声が・・聞こえます!!”



海風は覆っていた闇を払いのけ、必死に声のする方向に向けて走り出す。


・・・・・・

・・・



「う~ん、はっ!」


海風は目を覚ます。


「・・・・・・」


目覚めた時には、大量の汗はかいていなく、やつれた表情でもない・・・海風は苦しみから脱したのだ。


「・・・・・・」


克服出来て嬉しかったのか、苦しみから解放された安心感からか・・・海風の瞳から涙がこぼれ落ちていた。



「おはよう、海風。」


既に提督が起きていて、


「・・・その表情からして、昨日は問題なく寝られたのかな?」


「は、はいっ・・・あの、提督。」


海風は嵌めていた指輪を取ろうとするが、


「あっ、まだいいから。」


提督は海風を止める。


「・・・・・・」


「昨日も言っただろう、それは”お守り”だって。 昨日は良かったかもしれないけど、また起きる可能性だって


 無いとは言い切れないだろう?」


「・・・・・・」


「完全に症状が治ったら返してくれればいいから、それまでは海風が持って置いて。」


「・・・は、はいっ。」


提督に言われ、海風は指輪を嵌めたままにする。


・・・・・・


その後も、深夜に叫び声もうなされる事も無くなり、海風は恐怖を克服したようだ。


無事に鎮守府に戻って、少し経った後、


「いらっしゃいませ~♪ あら、海風じゃない。 どうしたの?」


店に海風が来店して、


「提督はいますか?」


海風の質問に、


「残念だけど、今買い出しに行ってるわよ。」


「そうですか・・・」


海風は少しがっかりして、


「もしかして、指輪を返しに来たの?」


村雨の質問に、


「・・・はい、私の症状も改善されたので、そろそろお返ししようと思って。」


そう言って、指輪を外そうとしたところで、


「そのまま嵌めていればいいんじゃない?」


「? えっ?」


海風は一瞬、村雨の言っていることが分からなかった。


「海風も鈍いわね、提督がわざわざ”お守り”と言って、どうして指輪を渡したのか気づかなかったの?」


「・・・・・・」


「提督はずっと前から海風の気持ちに気付いていたのよ。」


「!!」


海風は驚く、


「それでも提督は「重婚する気は無いから」と私に言っていたけど。」


「・・・・・・」


「でも、提督の事が好きな艦娘は他にもたくさんいるでしょうから・・・私だけが独占しようとも思っていないから。」


「・・・・・・」


「私に気を遣っていたのかもしれないけど・・・海風は提督の事が好きなんでしょう?


 だから、それについては私も否定はしないわ。」


「・・・・・・」


「だからその指輪は嵌めていて、提督も海風の気持ちに答えた上で指輪を”お守り”として選んだのだからね♪」


村雨の言葉に、


「・・・分かりました。 海風、この指輪を大切にします!!」


そう言って、海風は店から出て行く。



村雨と海風・・・姿、性格は違うも似た者同士である。


・・・・・・


その後、海風は鎮守府から出て村雨の店で働くことを決意する。


自分の想いが叶ったのか、それとも提督と村雨を支えて行きたいと思ったのだろうか・・・


村雨は海風の願いに快く承諾し、今は3人で店を切り盛りしている。



海風が転落してしまったあの場所はその後、海風の証言から転落事故の事実が認められ、


江風の証言からも明確な調査不足と証拠隠滅を計ろうとした責任者は実質有罪、


あの場所は今は立ち入り禁止となり、早急な修復作業に取り込んでいた。







  




「提督と海風3」 終











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2019-03-23 03:18:55

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2019-03-23 03:18:48

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1: SS好きの名無しさん 2019-04-07 02:28:21 ID: S:tVUqNa

指輪のせいなのかデビルブリンガーな海風を想像してしまった(汗


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