もう勇者やめていいですか?30
オリジナルss 紅き慈愛の炎は悪魔を祓う。
瓦礫の陰からあのエリアスという目的を聞き、気持ちに迷いが生じる。
私を…正確には私の力を狙っていることでこんなことになっているのだと知り、聖堂襲撃の光景が脳裏に浮かぶ。
クレハ「私のせいだ…私のせいでまた…」
もう自分のせいで他人を巻き込むのは避けたかったのに、運命はそれを許さないかのように無情に事は進む。
クレハ「っ…ここで、私が出れば…」
ここで私が名乗り出れば、エリアスという男はこれ以上この街を襲わずに帰ってくれる…それはカイゼルさんも理解しているはず。
それなのにカイゼルさんは惚けたように私の事を秘匿した。その真意はわからないがカイゼルさんのことだ、純粋に私を守るために隠したんだということはわかる。
クレハ「……」
カイゼルさんが素直に差し出してくれれば、こんなに考えないで済んだのに…私が犠牲になるだけで済んだのに…
どうしてあなたは…あなたたちはそんなに…
エリアス「ほらほらぁ!どーしたよ!?こんなもんか!?」
カイゼル「くっ…!」
エリアスが拳から次々と黒炎を生み出しカイゼルさんに放っていく。黒炎に晒された地面や壁はあまりの炎の熱に溶けているのが見えた。かなりの温度だ。
エリアス「俺を斬り伏せるんじゃなかったか?あぁ?」
カイゼル「…ならば、これはどうだ!閃風ッ!」
剣を地面へ振り抜き土煙を巻き起こした。それはエリアスの視界を塞ぎその隙にカイゼルさんは背後に回り込み剣を振り下ろす。
カイゼル「っ!?」
エリアス「甘いな…騎士団長!」
エリアスは黒炎を勢いよく足元から上へ噴出させ炎の鎧を作り出しそれを防いだ。そして黒炎の塊をカイゼルさんに直接叩き込む。
カイゼル「ぐわぁぁぁぁぁ!!!!?!?」
黒炎に包まれ勢いよく燃え盛り、身に纏っている鎧が徐々に焼けていく。
カイゼル「ぐぅっ…!凪風ッ!!」
燃え盛る炎の中カイゼルさんは剣を鞘に納め再び瞬時に抜剣した。すると風の膜を作り出され黒炎は跡形もなく消え去った。
カイゼル「はぁ…はぁ…」
炎をかき消したのすごい…だけど鎧は所々黒く焼き焦げ息も上がっていた。
エリアス「ほぉそれか、あの爆発で使った技は。まさか俺の炎もかき消すなんてな…それにその胴の鎧、魔力を込めると身体の表面に防御壁でも纏えるのか?火傷すら防ぐなんてな。すげぇすげぇ、感心しちまうぜ」
なるほど…一瞬とはいえ岩も溶かすほどのあの黒炎に包まれて無事でいられたのは魔法の鎧のおかげか。あれが無ければ今頃カイゼルさんは…
エリアス「だがそれも所詮悪あがき、さっきのでだいぶ魔力を消費したようだな?もう一度やったら…同じように防げるか?」
カイゼル「この…!」
…無理だ、カイゼルさんの魔力を感じるにさっきのでほとんど使い果たしてしまった。あの黒炎を防ぐことはもう出来ないだろう。
万事休す、もはや逆転の勝機すらない。
エリアス「さて…念のためもう一度聞くけどよ」
すぐに黒炎を放つと思いきや、なぜかエリアスは一拍置いた。
エリアス「聖堂にいた女の居場所を吐く気は…ねぇんだな?」
初っ端言っていた問いかけをもう一度呟く。実力差を見せつけられた今、最初とは状況が違う。
だが息を切らしながらもカイゼルさんも軽く嘲笑う。
カイゼル「ふっ…知らないと言っているだろう?」
エリアス「はっ、そうか…まぁそう言うよな…」
カイゼルさんは当然のように惚けた態度を取った。こうなりゃ意地でも言わないぞとばかりに。
どうしてそこまで私を…お人好しにも限度というものがある。このままではカイゼルさんの命は長くは保たない。すぐに殺されるのが目に見えている。
クレハ「……」
考えろ…考えろ私。この状況、どうやったら覆せる?
やっぱり私が名乗り出る?でもそれじゃあカイゼルさんが身を挺して隠した意味がなくなる。でもこれ以上見過ごすこともできない。
クレハ「…そういえば」
ずっとあのエリアスという男の使う黒炎を見てきたけど、普通の色の炎ではないので最初見たときは炎の姿をしたまったく別の魔法だと思っていた。例えば触れたものを消滅させる、とか。固有魔法は人智を超える魔法が多いと大神官さまから聞いていたのでまさかとは思ったけど…
あの炎を見るにかなりの熱量を持っているけど性質は炎と同じように見える。固有魔法の中には基本属性を極限まで高めたものもあるとかなんとか…もしもあの炎が炎属性を元に生まれた固有魔法ならば、もしかしたら勝機があるかもしれない。
けどその方法は、大神官さまの言いつけを破ることになる。それは今の私にとって1番迷うべき事だ、他の人にはくだらないと言われるだろうが私にはとても大事なことなんだ。
どうすれば…私はどう行動すればいいの…!
エリアス「そういえば、小天使隊が戦ってる時人の魔力が動くのがわかったな、確か…」
エリアスが徐ろに指をある方向に示した。
エリアス「あの王城の方、もしかして街の住民はあそこにいるんじゃねぇのか?」
カイゼル「…!?お前まさか…!!」
エリアス「はっ…」
カイゼルさんが何かに気づきエリアスに近づこうとするが黒炎が激しく燃え盛り熱風が吹き荒れ足を止めざるおえなくなっていた。
あの場面であの言葉…間違いない、これは…
エリアス「お前自身を痛めつけても死んでも居場所を吐きそうにないからな。もしかしたら街の住民を消し炭にすればいいんじゃないかとな?」
カイゼル「くそっ…!やめろ!!」
とうとう見境なくなってきたのか、街の住民にまで手を出すと発言した。
エリアスの魔力がどんどん膨らんでいき黒炎も更に激しく燃え上がる。ここから魔法を放つつもりなのか。
あの王城には防護結界が張ってあるが、この莫大な魔力を持つ魔法を受けてはたして耐えられるだろうか。否、耐えられるとは思えない。
仮に耐えられたとしてもエリアスがいる限りこの街に平穏が訪れることはない。それはカイゼルさんもわかっている。
もはや一刻の猶予もない…覚悟を決めるときが、来たのかもしれない。
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ーーーーー
エリアス「さぁどうするよ?これでもあの女の居場所は教えないか?」
ものの数秒もしないうちに王城へと魔法が放たれるだろう。それは避けては通れない運命、救うべき道は自力でカイゼルさんがあの男を倒すか、私が自ら打って出るか。
前者の場合はほぼ不可能…現に黒炎の熱で生み出された熱風で近づけもできないようだ。これでは倒すなんてものはとても出来そうにない。
そして後者は賭け…あの男の魔法が本当に炎そのものならば、なんとか出来るかもしれない。けれど、逼迫した状況下でも私の心は未だ決意が揺らいでいた。
後者を選んでしまえば、大神官さまの言いつけに背くことになる。そんなことか、と言う者がほとんどなのはわかっている。それでも私にとってはかけがえのない人の言葉なんだ、そう簡単に割り切れない。
でも…思うところはある。大神官さまは私に力を出来る限り隠してくれと言っていた。力を使うな、ではなく敢えて隠してくれと。
意味なんてないのかもしれないが、大神官さまの言葉を思い返すと、もしかしたら覚悟の問題なのかもしれない。
あの時、結界の内側で震えて見ることしか出来なかった私…あんな惨めな思いは、もうしたくない。
もう目の前で人の命が奪われるのを見たくない。
もう…めそめそ泣いて待っているだけの恥知らずでなんていられない。
だとすれば後はもう、己の心の覚悟のみ。後悔が嫌なのなら、自分自身で変えなきゃいけない。
クレハ「…よし」
大神官さま…私は覚悟を決めます。今私が出ればこの先、安寧の生活は望まれないことでしょう。苦渋の決断も多々あるかもしれません。
でもここでなにもやらずに後悔はしたくない、私のせいで誰かを失うのは見たくない。だから…ごめんなさい、大神官さま。
私は初めて…貴方の言い付けを破ります。
ーーーーー
カイゼル「うおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
熱風が巻き起こる中、カイゼルは足の鎧に魔力をありったけ込めて脚力を強化する。地面を踏み込み、剣を構えて無理やり熱風の中を掻き進んだ。
あまりの熱に鎧が溶け始めているのがわかったが、後先考える暇はない。
エリアス「へぇやるじゃん。でも無駄だ」
カイゼル「なっ…!!?」
更に黒炎が燃え上がりその熱だけで周りの地面も溶けだした。熱風も更に激しくなっていき、脚力強化したはずの足でさえもこれ以上近づけなくなった。
カイゼル「くっ…!!」
エリアス「はっはっは!!やっぱり最高だなこの瞬間は!!」
エリアスは高々に笑い、そう言い放つ。
エリアス「俺はさ、好きなんだよ…こういうの」
カイゼル「なにがだ…!」
エリアス「だからさー…こういう自分が選択権を握ってる状況がたまらなく好きなんだわ」
カイゼル「…!?」
エリアス「人を殺すも生かすもこの俺の選択次第!弱者を圧倒的な力でねじ伏せるこの快感ッ!!くぅ〜!!たまらねぇよまじでっ!!」
もはや人の心など微塵も感じられないこの発言に、カイゼルの内心は殺意が抑えきれなくなっていた。
エリアス「弱者は強者に沙汰される、極々自然のことだよな」
カイゼル「このっ…!」
エリアス「さぁてそろそろ1発かましとくか、へへ」
その内心を察した上で、エリアスは煽りの言葉を畳み掛ける。
エリアス「恨むなら弱者に生まれたことを恨み、不甲斐ないこの騎士団長を恨むんだな、リーネの住民共ッ!!」
カイゼル「っ、やめろ…!」
もちろんそんな言葉など届くはずもなく、エリアスの拳に黒炎の渦が集まりだす。その渦は肥大化し、近くにいるだけでも体が焼けるような熱さを感じる。
エリアス「いくぜ…獄炎…!」
カイゼル「やめろォォォォォォォォォォ!!!!」
決死の覚悟でも止めることが叶わず、黒炎の渦が放たれようとした直前、横方からエリアスに向かって何かが飛んできた。
カイゼル「…!!?」
エリアス「あ?」
それは黒炎をぶつかって包みこむように広がり、燃えていった。
カイゼル「炎…?」
そう、飛んできたのは炎の弾丸らしきもの。それが黒炎にぶつかり燃え広がったのだ。だがこれまでと違うのはその炎は黒炎ではないことだ。
そして驚くべきことはその炎は黒炎に当たったのに関わらずなお消えることなく燃え続けていること。あの黒炎は固有魔法、少なくとも汎用魔法の炎では太刀打ちできないはず。
それになんだか…あの炎は普通とは違う、そう、あれは…優しい炎…
エリアス「なんだ?炎魔人と呼ばれるこの俺に炎の魔法を打ち込むなんてな、バカなのか?」
エリアスも突然の攻撃にすかさず攻撃を止めたみたいだ。一時凌ぎだがなんとか危機は回避できたらしい。
エリアス「まったく、こんな炎なんて…あ?なんだこの炎、消えない…!?」
相変わらず黒炎の表面をあの炎が覆っていた。エリアスがなにかをしているみたいだが一向に消える気配がない。
エリアス「どうなってんだよこれ…あ?」
カイゼル「…!」
炎が飛んできて呆気に取られていたが、ふと炎が飛んできたであろう横方に目を向けた。
そこには先ほどまではなかった人影が見えた。
長い赤髪でその髪と同じ瞳の色をし、神官のローブを身に纏った1人の少女…
カイゼル「く…クレハ殿!?」
王城に避難しているはずの彼女が、何故かこの場にいた。
その姿をエリアスも確認し、笑みが溢れる。
エリアス「は…ははは…はははははは!!!!!ようやく見つけたぞ聖堂にいた女!!まさかそっちから出てきてくれるなんてな!!?」
狙いを見つけたとばかりに歓喜に満ちた笑い声を上げる。
クレハ「……」
すると彼女は右手に持っていたあるものをエリアスに向ける。
あれは…剣だ。だがいつも騎士団で使っている汎用的な剣ではなく細身がかった形をしていてその刀身は緋色に帯びていた。
あの剣はレイピアというものだろう。刀身を細くし、斬ることよりも突くことを重点とした武器だ。
だがあんな武器を彼女が持っているところを見たことがない。聖堂の荷物の中にはあのようなものはなかったし、もちろん彼女の手荷物の中にもあのような剣はなかったはずだ。
どこからあんなものを…
エリアス「おい女!そこでじっとしてろよ?今お前を…」
クレハ「…芍炎<しゃくえん>」
エリアスの言葉に被せるようになにやら呟いた途端、黒炎を包んでいた炎の威力が増していった。
エリアス「あ?なに無駄なことしてんだ?俺に炎は…なっ!?」
その包んでいた炎が徐々に規模が広がり、その内側にある黒炎を"消していった"。
…わけがわからないだろう。自分も半信半疑だ、だが事実、炎が炎を飲み込んでいっているのだ。
エリアス「なんだこの炎は…ま、まさか、これは…ぐわぁぁぁぁぁ!!?」
やがて黒炎を全て飲み込みおそらくクレハが放ったであろう炎がエリアスを包み込み燃えていった。その際に炎の熱さからか、エリアスが悲鳴を上げた。
エリアス「ぐわぁぁぁぁぁ…!!く…くそがぁぁぁ!!!」
無理やり体から黒炎を放出し、クレハの放った炎をなんとか退けたみたいだ。
エリアス「はぁ、はぁ…」
まるで焼き焦げたみたいにエリアスの体から煙が噴いていた。そしてここにきて、初めて息切れしているところを見た。
だけどこれはおかしい…エリアスは炎の固有魔法を持つほどの者。同じ炎属性の魔法が効くとは思えない。
固有魔法保持者は単に特別な魔法が使えるだけではない。その道を極めたが故に身につく耐性のようなものがある。
例えばエリアスみたいな炎属性を極めた魔法使ならば、あらゆる熱に対抗できる耐性を持っているはず…仮にクレハの炎があの黒炎を上回っていたとしても、ここまでダメージを受けるだろうか。
カイゼル「クレハ殿…貴殿は一体…?」
クレハ「……」
クレハは剣を構えていた腕を下ろし、ゆっくりとカイゼルに近寄っていった。
クレハ「ごめんなさいカイゼルさん。いてもたってもいられなくて、ここまで来てしまいました」
カイゼル「……」
彼女は謝罪の言葉を告げて、そのまま続けて話す。
クレハ「そして…これもごめんなさい、私は自分の正体を隠していました」
更に謝罪の言葉を重ねる。やがて彼女がエリアスとカイゼルの間に立ちはだかる。
エリアス「くっ…」
エリアスは彼女を敵と認識したのか、今までとは違う、敵意を向けてきた。
その敵意の視線に臆することなく、彼女は自身の正体を告げる。
クレハ「私の……私の本当の名前は、朱紅葉<あけもみじ>」
彼女の周りに炎が渦巻いていく。
そしてその右腕から、炎を模した刻印が浮かびあがった。
クレハ「悪魔を祓いし、炎の神剣です」
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