もう勇者やめていいですか?32
オリジナルss 経験の差、窮地に陥る
クレハ「……!!」
突然の言葉に驚きを隠せずにいた。何故ならその言葉はクレハにとって図星の中の図星だからだ。
そう、神法が魔法に強いのは明白だが、所詮それだけなのだ。
いくら神法が強かろうが相手との戦闘経験の実力差が離れていれば容易に対処することなど可能である。
クレハは記憶を失った後の3年間、戦いとは無縁のところで育った故に戦闘経験など無に等しい。いくら神法が優れていようとも、それだけで勝てるほど甘くはない。
この短時間でクレハにエリアスは重い一撃を入れた。それは揺るぎない事実だ。
エリアス「確かにお前の神法は強い、真正面から撃ち合っても勝てっこねぇよ」
クレハ「……」
エリアス「まずさっきので確信したぜ、お前は近接戦闘技術が空っきしだ。まぁ遠くからしか神法を撃ってこないからまさかとは思ったがな」
クレハ「くっ…」
エリアス「俺を固有魔法がただ使えるだけの三流魔法使と一緒にすんなよ、強ぇ魔法使や冒険者なんて吐いて捨てる程殺してきた…今更神法が使えるだけの戦闘経験皆無のクソガキに負けるはずねぇだろぉが?」
その通りである。今まで戦いのたの字もしてこなかった人間が戦場に身を置いている者に勝てるはずがない。
それはさっきの出来事で身を持って体験したことだ、これが現実…偽りはない。
エリアス「それでも神法ってのは厄介には変わりねぇな、今の一撃で腕の骨一つ砕けねぇとは。はは!まぁその方が嬲りがいがあるけどなぁ!」
クレハ「……!」
大方言い放った後、有無を言わずに全速で距離を詰め始めて来た。
このままでは追撃を許してしまう…なんとか止めなければ!
痛みが走る腕をなんとか堪えて立ち上がる。右手に持っている神剣を使い、神法を展開した。
クレハ「炎仙花!」
迎撃に炎の花びらを撃ち放つがエリアスの大柄な体格に似合わず細かな動きでそれを避けながら着実と近づいてきた。
エリアス「甘い甘い!!甘すぎんだよクソアマが!!」
再び零距離へと追い詰められエリアスは右拳を振りかぶる。
近接戦闘能力は皆無なのは自覚している、でも二度も大人しくやられるほど私はバカじゃない。さっきは咄嗟のことで反応できなかったけど、今なら十分対応できる。
クレハ「棘火!」
エリアス「あぁ…!?」
今まで使ってた炎の棘とは違い、それは細く鞭のようにしなりながらエリアスの右腕全体に巻きつき縛り動きを止めた。
エリアス「チッ、こんな使い方まで…!?」
クレハ「芍炎!!」
続けて剣先から大量の炎を噴き出し包み込む。
エリアス「ぐわぁぁぁぁぁ!!!???」
神炎に包まれたエリアスはその中で無理やり自身に黒炎を纏い一目散に抜け出した。
エリアス「ぐお、くそが…炎の固有魔法使であるこの俺でも神法の炎に対抗できねぇとは…!」
間一髪のところで攻撃を退けることができた。これでもう迂闊には飛び込めないはずだ。もう単純な近接攻撃は止められる…さっきの場面でそれを理解しただろう。
エリアス「なるほどな、戦闘技術は皆無だがセンスがないわけじゃねぇか…チッ、めんどくせぇなぁ」
エリアスはため息をつき、先ほどまでしていた相手を見下すかのような目を不意にやめてしまった。
エリアス「もうちっと遊ぼうかと思ったがもういい…やめだ」
周りの空気が突如ガラリと変わり、邪悪な魔力が膨れ上がっていく。これは気のせいなのだろうか、元々規格外だったエリアスの魔力が…更に高まっていっている。
クレハ「…!!?」
違う、気のせいなんかじゃない。明らかに魔力が増えていっている!?
まさか、今まで全然本気ではなかった?
エリアス「見てな、炎にはこういう使い方があるんだよ」
エリアスの背中から黒炎が噴き出す。炎の噴き出す勢いを推進力として利用し一瞬で距離を詰められた。
エリアス「おらぁ!!」
クレハ「っ…ぐうっ!?」
真正面から飛んでくる拳を神炎を纏った両腕だけで受け止める。当然威力に抗えず後方に飛ばされてしまう。
クレハ「いっ……!棘火ッ!!」
神法で炎をクッション代わりとして壁にぶつかるまえになんとか発動させることができた。
クレハ「うっ…はぁ、はぁ…」
速すぎる…防御が間に合わずまともに受けてしまった。受け止めた箇所の腕の痛みが徐々に増していく。
クレハ「痛い…けど…!!」
今は痛みに打ち震えてる場合じゃない、少しでも時間を…
クレハ「…あれ?」
いない…さっきまで目の前にいたエリアスの姿がどこにもら見当たらない。痛みに気を取られたとはいえほんの一瞬、消えるはずが…
エリアス「おせぇよ」
クレハ「…!?がっ…!」
いつの間にか背後に回りこんでおり、黒炎を纏った拳を振るわれまた軽く吹き飛ばされてしまう。
エリアス「はっはっはっ!!どうしたどうしたぁ?反撃してみせろよ!!」
クレハ「っっっ…!!」
次々と黒炎を打ち出し、なんとかそれを神炎で迎撃してはいるが、それに気を取られてエリアスの近接攻撃をくらう…その際には必死に防御は施してはいるがダメージがないわけではないので、流石に身体が限界を迎えているのを感じた。
このままでは近いうちにやられてしまう…何か手を打たなければ…!
エリアス「ほら、受け止めてみろよ!!」
エリアスの拳から膨大な黒炎が溢れ出る。それが一気に収縮し、一つの塊と化す。
エリアス「大黒炎<メラドエクリシス>ッッッ!!」
クレハ「これはさっきの…!くっ!」
こちらも神剣に神力を込めて、神炎を生み出す。
クレハ「蓮獄ッッッ!!」
互いの炎がぶつかり合い、先ほどと同じく対消滅していった。煙が舞い、不覚にもエリアスの姿を見失ってしまった。
クレハ「魔力探知…」
エリアス「はっ、おせぇよ」
クレハ「なっ…!!?」
エリアスの場所を探るべく魔力探知を使ったが、気づいた時には既に真横にいて片手で首掴まれ持ち上げられた。その際に咄嗟に神剣を離し、地面に落としてしまう。
エリアス「はっ、無様だな神剣の使い手」
クレハ「が…ぐっ…!」
首を絞められているため息が細々としか出来ず上手く声が出せない。なんとか振り解こうとエリアスの腕を掴むがびくともしなかった。
これは、まずい…ここからどうすればいい?
危機的状況に瀕していた。首を掴まれ自身の腕力では引き剥がせず、このままではやられるのは目に見えていた。しかしエリアスは首を絞めあげるだけでそれ以上はしてこなかった。
たがそれがなんだというのだ、ここで仮に神法を使って牽制し振り解いたとしても次はどうする?さっきの一瞬の動きにまるで反応できなかった自分ではまたこうして捕まるのがオチだ。最悪反感を買って即座に殺されてしまうかもしれない。
打開策が…思いつかない。
エリアス「俺はよぉ」
そんな思考を巡らせているとニヤケながらエリアスがそう呟く。
エリアス「ここで神剣が手に入ればそれでよかったんだよ、なのにお前らは無駄に抵抗しやがって…だから今こんな目に遭ってんだぞ?」
クレハ「っ…」
何を言っているんだこの人は…そっちが最初に襲って人を沢山殺してきたくせに…!
クレハ「あ…たは…」
エリアス「あ?」
首を絞められながらもあまりにも理不尽な言葉に我慢できずに無理やり声を出す。
クレハ「貴方は…人の命を、なんだと…思っているん、ですか…!!」
エリアス「人の命だぁ?…くく、はっはっはっ!!!あの騎士団長といい頭がおめでてぇやつしかいねぇな!!」
クレハ「っ…!!」
エリアス「あの騎士団長にも言ったが、俺は弱者をこの圧倒的な力で潰すのが快感なんだよ。俺が弱者の命の選択権を握る、俺が選ばれし存在なんだよ!!」
その瞳は狂気に満ちていた。まるで自分のその考えが絶対であるかのように、迷いのない言葉だった。
…ダメだ、この人は最初から話の通じる相手ではなかった。やはりこの人は、敵でしかない。この世に存在してはいけない者だ。
クレハ「っ…!!!」
体内の神力を増幅させ、一点に集中させる。今の段階ではどう足掻いても勝てない、だけど一つだけ方法がある。今ここで、それを使うべきだ。
エリアス「ふん、神剣がなきゃ神法が使えないんじゃ何もできないか。このまま燃やしてやろうか?」
クレハ「…?」
待て、何を言っているんだこの人は。確かに剣は手放してしまったが何故それで神法が使えないという結論になる?
クレハ「…!」
そうか、この人は未だに私のことを神剣の使い手だと思い込んでいるんだ。そして神法は神剣の力でしか発動できないと思っている。
実際は私自身が神剣であり、神力の源である神核は体内にあるのでそんなことはないのだがどうやらこの人は勘違いをしてしまっているらしい。この神剣の姿をした細剣は私の本来の姿の力を具現化したものにすぎない。神法を上手く扱うためには確かに必要だがなくても使えないというほどではない。
付け入る隙は、あるかもしれない。
クレハ「神剣を、渡したら」
エリアス「あ?」
クレハ「神剣を渡したら…この場は退いて、くれます、か…?」
エリアス「……」
エリアスにそう提案を持ちかけると怪訝そうな表情でこちらの顔を窺う。
やがて軽く微笑み掴んでいる首を更に強く締め上げてきた。
クレハ「がっ…!?」
エリアス「神剣を渡すのは当然だろーが。だがそれじゃ俺の気は治まらねーんだよ、せめてお前1人でも殺さねーとなあ?」
ダメだ…どう足掻いても逃してくれはしないらしい。だがこれでいい、最初から見逃してもらうつもりなどないのだから。
ここで確実に仕留める…神力を全放出させ、この人と共に自爆する!
どうせ死ぬくらいなら…タダで死んでやるものか!!
読んでいただきありがとうございます
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