もう勇者やめていいですか?34
オリジナルss 大気を震わす雄叫びと共に光は降り立つ
クレハ「そんな…人が悪魔になったの…?」
悪魔の姿はそれぞれ違うが人と似ている外見をしている悪魔は総じて賢い傾向にある。それが上級悪魔…知性を持ち、あらゆる魔法を使いこなす人類の脅威の筆頭となった悪魔だ。
ただ悪魔というものは本来魔王の血から生まれるもの…言わば魔王の分身体みたいなものなのだが、魔王自体は過去に勇者が既に討伐済みのはず。それに人が悪魔になるだなんてどの文献にも書かれていなかった。もしかしたら記憶を失う前の自分だったら知っていたかもしれないが、その点においては今は然程重要ではない。
今問題なのは…
「コロ…ス…」
この悪魔化したエリアスをどうやって倒すか。
「ゼンブ…コロスッッッ!!!」
クレハ「!!」
身体全体から黒炎を噴き出し力任せに前方へと放ってきた。
クレハ「い、棘火ッ!」
大きな棘の炎でなんとか黒炎を食い止めるが…
クレハ「ッッッ!!」
もはやその威力は神法でも抑えるのがキツくなっていた。
これ以上真正面から受け止めてたら…保たない!
クレハ「カイゼルさん!横に逃げて!」
カイゼル「…!」
後ろにいたカイゼルにそう呼びかけ、同時に黒炎から逸れるように横へと退避した。
カイゼル「クレハ殿…あれは一体…」
クレハ「…どう見ても悪魔、ですね。原因はわかりませんが、おそらくあの人が何かしたんでしょうね」
カイゼル「勝てるのか、あれに…」
クレハ「……」
さっきまでの状況なら勝てると即答できていただろう、だけどこれを見た後だと難しい…いや、私たちだけで勝つのは無理かもしれない。
どうする…天葛の陣が破られたということはこれまで効いていた神法も決して有効打にはならない、今の私の実力ではあそこまでの邪悪な魔力を祓えない。
この状況を打開するには…私やカイゼルさんだけでは力が足りない。
クレハ「…よし」
一か八か、賭けに出よう。残ってるありったけの神力を凝縮して、今放てる最大の神法をぶつける。
倒せるかはわからないけど…この方法しか思いつかない、なら…やるべきだ。
クレハ「カイゼルさんは離れててください、あれに私の全力の神法をぶつけます!」
カイゼル「それは、すぐに放てるのか?」
クレハ「…え?あっ、いや…」
すんなり下がってくれるかと思いきや問いを投げつけられてしまった。
クレハ「いえ…少し時間が…」
カイゼル「なら、その時間くらいは稼いでみせよう」
クレハ「で、でもカイゼルさん…!」
待て、と言わんばかりに手の平をこちらに向けてくる。カイゼルさんは軽く微笑み、剣の柄を強く握り直した。
カイゼル「クレハ殿だけに頼るのは、筋違いなのでな。最終的に頼ってしまうのは間違いないのだが…まぁ、ここは私に任せてくれ」
クレハ「……」
その気になれば私を置いて逃げることも出来るのに、いくら国のためとはいっても命を落とすかもしれないのに…なんて人なんだろうか。
その気持ちを無下にすることなんてもはやできない、それにある程度隙がないと成功しないのも事実、ならばカイゼルさんに頼るしか…ない。
クレハ「わかりました、でも無茶だけはしないでください」
カイゼル「わかっているさ、私もこんなところで死ぬつもりは毛頭ないからな!」
クレハ「では…お願いします!」
カイゼル「ああ…!」
カイゼルの鎧に魔力が集まりそれぞれの部位が光りだす。
カイゼル「全能力強化…これが最後の魔力だ」
「ぐぐぐぐ…ゼンブ…」
カイゼル「ゆくぞ炎魔人…覚悟しろッッ!」
悪魔へ向かって駆け出し、刃を向ける。これまでとは違い、より邪悪な魔力に包まれたエリアスにはもう並の攻撃は通じないことはカイゼルさんも勘付いているはず…ならば今やることと言えば一つしかない。
カイゼル「閃風ッ!!」
剣身から放たれた突風は悪魔の身に纏う黒炎へと衝突したが、何事もなかったかのように軽くかき消された。だがエリアスの気を引くには十分の牽制だったようだ。
「グ…ググ…!」
案の定標的をカイゼルさんへと定めたみたいだ。エリアスが私の視界へと入らないように、カイゼルさんは背後へと回り込むように駆け出す。
「グアァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
理性を感じずがむしゃらにエリアスは黒炎をばら撒いていく。ひとつひとつの炎弾は軽く地面を灰にし穴を開けるほど強力だが、狙いが定まっていないのか幸いにもカイゼルさんは最低限の動きで対応できているみたいだ。
クレハ「……」
最後の神力を練り上げている最中、同時にエリアスを観察していて気づいたことがある。
1つは悪魔へと変化を遂げた時、急激に魔力が膨れ上がったこと。魔力は外的要因…他者から魔力を分けてもらったり、魔力薬で補給など以外ではその場で増やすことはできない。つまりエリアスのこの魔力量は元々体内に存在していたということ。ただこの魔力量は人間が持てる魔力を遥かに凌駕している…と思う。魔族か、それこそ純粋な悪魔でもなければこんな…
…いや、このことも十分に謎なのだが今注目すべきことは2つ目だ。
それは、悪魔化したエリアスの理性がどこかおかしいことだ。たしかにすごい魔力量、そして更に強化された固有魔法の黒炎はとても厄介なのだが、カイゼルさんに簡単に誘導されたり、何故か黒炎をばら撒いたり、直情的な行動が目立つ。
もしかしなくてもエリアスは、悪魔化して自我を失いかけているのではないか…?
だからと言って厄介なのは変わらないのだが、おかけで難なく特大の神法を当てられそうだ。
クレハ「カイゼルさん!」
カイゼル「…!!」
準備が出来たので、必死に誘導しているカイゼルさんへと呼びかける。それに気づいた彼はこくりと頷き、私の前へとエリアスを誘導させるように立ち回る。
「グゥゥゥ…コロス…コロス…」
クレハ「させません…!!」
神剣を上へと掲げ、神炎をエリアスの頭上へと凝縮させる。
クレハ「神法、大蓮獄ッ!!」
蓮獄とは比にならないほどの巨大な神炎の塊をエリアスを押しつぶすかのように放たれた。
「グゥゥゥ…!!?!?」
黒炎を纏っていたエリアスも流石にこれには無視できないのか、必死に押し返そうとはするがそれも虚しく、やがて神炎へと包み込まれた。
クレハ「どうか…これで終わってくださいっ…!」
「グガァァァァァァァァァ!!!!!!」
「!!?」
神炎に包まれる中で、突如エリアスが奇声を上げる。その際に黒炎が燃え広がり、徐々に神炎を侵食しているようにみえた。
クレハ「っ…!!」
そんな…まだ魔力が上がるの!?底知れないにも程がある!
いくらなんでも非常識すぎる。でも、こんなところで負けるわけにはいかないんだ…ならばすることはただひとつ。
クレハ「はぁぁぁぁっ…!!」
更に神力込めて押しつぶす!今あるありったけの神力を全部注いで、トドメを刺す!
「ググググググ……!!!」
クレハ「ッッッ…!!!!」
お互いの炎が競り合い、拮抗し続ける。やがてその膨大な炎の質量に耐えきれず、暴発し始めた。巨大な火柱を上げ、周りに轟音と高熱が広がる。近くにいた2人も、その衝撃に思わず身を竦めた。
火柱は徐々に治まり、地面が焦げた匂いと空気が焼けたような感覚が仄めく。目を開けて周りを見てみると、炎が散らばってしまったのか微かに燃えている箇所があった。それでもあのくらいならなにもせずとも自然と消えてしまうはずだ。
クレハ「っ…はぁ…」
体内の神力をほぼ使ってしまったためか、身体に疲労感が伴い膝をついてしまう。呼吸が少し乱れてはいるが、倒れるなんてことはなかった。
カイゼル「無事か…!?」
隣にいたカイゼルさんが私の容態に気づき、声をかける。
クレハ「大、丈夫です。それよりも…」
カイゼル「ああわかってる。やつはどうなったんだ…?」
クレハ「わかりません、ちょっと神力の使いすぎで上手く魔力探知できなくて…」
そう口にしながら、土煙の先にいるだろうエリアスに目を向ける。次第に土煙は風に流され、その姿が露わになる。
そこには地面にうつ伏せになるように横たわり、身体の表面が焦げ付いたエリアスが力無く倒れていた。
カイゼル「やった…のか?さっきまでの異様な気配は感じられないが…」
クレハ「……」
…確かに、未だにぴくりとも動く様子はない。けど本当に倒したという確証もないため、どうしても警戒心は解けなかった。
それに…本当に倒したのならば、悪魔の身体であるエリアスはこんな焦げただけで済むのだろうか…やはり念のため魔力探知すべきだ、神力を更に限界まで絞り出せばそれくらいは…
「……グァァァァァァァァァ!!!!!!」
「!!!」
「!??」
突然の奇声に面くらい、一瞬思考が停止してしまう。だがその小さな隙が命取りになってしまった…エリアスは起き上がり、黒炎の渦をこちらに放ってきていたのだ。
それに気づいた時にはもう眼前へと迫っていた。神力を使い果たし、精神も疲弊しているところへのこの状況。防御どころか攻撃を躱す余裕もなかった。
カイゼル「っ…させるかッ!!」
横にいたカイゼルさんがいち早く動き、私の前へと立つ。そして鞘に納められた剣の柄を握り、黒炎を掻き消したあの技の構えをとる。
カイゼル「風な…ぐっ…!?」
技を放とうとするが、一瞬身体の動きが止まってしまう。当然だ、連続戦闘の末に格上の実力を持つ悪魔を数分引き付けていた。カイゼルさんの身体はもうとっくに限界を迎えているはず。
それは彼自身も承知の上なのだろう、だがそんなものはお構いなしと言わんばかりに歯を食いしばり、震える足と腕を抑えながら全力で剣を抜き放った。
カイゼル「くっ……!!風凪ッッッ!!!」
放たれた剣閃は風の膜を生み出し黒炎を受け止める。だけど一瞬痛みで身体の動きを止めたせいか、技の完成度が落ちてしまっていた。
カイゼル「くっ…ぐぁぁっっ!!!??」
クレハ「カイゼルさんっ…!!」
全てをかき消すことが出来ずに黒炎の爆破の衝撃を受けてしまう。
カイゼル「っ…はぁ…」
なんとか意識はあるみたいだが今のダメージで身体の限界を迎えてしまったのだろうか、息を切らし立ち上がることさえできずにいた。
カイゼル「すまんクレハ殿…どうやら限界みたいだ…」
クレハ「…っ!」
…どうする?カイゼルさんはもう動けない、私も神力が残っていない。ここから2人が…いや、この街を守りきるには、どうしても後一歩足りない。
「ググググググ…」
エリアスが傷ついた身体を震えながら起こし、こちらに近づいてくる。あっちももう余力はないはずなんだ、後一つ…後一つなにか決定打があれば…
ゆっくりとエリアスが近づき、やがて目の前まで迫ってきていた。心なしかその表情は不敵な笑みを浮かべているように見えた。
なにか…なにかないのか、この状況を打破するなにかが…!なにもないのか…私はまた、目の前でなにも守れずに失うのか…このまま、死んでしまうのか…
…もしも…もしもこの世に奇跡や希望があるのなら…私にもう一度その光が照らしてくれるのならば…
脳裏にある人物が浮かび上がる。それはあの絶望の淵から助け出してくれた一つの光。それが本当に希望の光などというのであれば…
クレハ「もう一度…もう一度助けてよ…!この街のみんなを助けるために…!!」
歯を食いしばり、目に涙を溜め心中を吐露する。
クレハ「お願い…助けて…カレンッッッ!!」
「ググググググァァ!!!!」
エリアスの拳に黒炎が集まる。数秒もしないうちに放たれ、私は消し炭になるのは免れないだろう。ついにここで…終わってしまうのか…
全てを諦めた、ここで終わるのだと。だけど…
光は突然に、やってくる。
「……グワァァァァァァァァ!!!!!!」
「ア…?」
クレハ「っ…??」
上空から大気を震わすような咆哮が響き渡ってきた。それは忘れもしない、あの聖堂襲撃の際に何度も聞いた恐怖の象徴…
クレハ「炎…竜…!?なんでここに!?」
そう、炎竜だ。神官さまたちを何人も葬ってきた災厄の生物。
あんなのが参戦してきたら勝てる勝てないなどという次元の話じゃない…確実にこの街は滅びる。
「ガ…ガガ…」
カイゼル「…!」
炎竜の咆哮につられたのかエリアスは上空を見上げたままでいた。その隙を見逃さず、カイゼルさんはすかさず攻撃を放つ。
カイゼル「風迅大一閃ッッッ!!」
「グオ…グアアア!!?」
剣から放たれた風圧をもろに受け、エリアスは後方に吹き飛ばされる。が、大したダメージを与えられたわけではなく、すぐに立ち上がり注意はこちらに向いてしまった。
クレハ「カイゼルさん!このままじゃ…!」
このままじゃこの街は滅ぶ…そんな時だというのに何故だろう…カイゼルさんが心なしか笑っているようにみえる。
言っては悪いが絶望的なこの状況下で気でも狂ってしまったのか、それでもそれは仕方のないことかもしれない。こんな場面、絶望しない方が無理…
カイゼル「私はな、存外視力には自信があってな」
クレハ「…はい?」
なにを言い出すのかと思えば自身の目の良さをいきなり語ってきた。一体それがなんだと言うのだろうか。
そんな疑問を浮かび上げながらもカイゼルさんは話を続ける。
カイゼル「あの炎竜を見て、最初は何もかも終わったと思ったが…ふふ、あれを見て、安心感の方が勝ってしまった」
クレハ「いや…意味がわかりま…ん?」
そう言いかけた時、魔力探知に何かが引っかかる。反応先は上空、そして2つ。更に驚くべきは…その1つの魔力反応が知っている魔力だったからだ。
恐る恐る上空を再び見上げる。そしてその姿を見て、私は…無意識に笑みを浮かべた。
「…ロア!あのでかいのに一撃頼むっ!!」
「任せるですッッッ!!」
上空にいた小さい方の獣耳の生えた少女が身の丈以上のある大槌を振りかざしエリアスに向かって突き進んでいく。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!!!」
「グッ!?ガァァァァ…!???!?」
クレハたちに注意が向いてたからか、エリアスは身構える暇もなくその獣耳少女の大槌を頭からまともに受け、そのまま地面へと思い切り叩きつけられた。地面は激しく割れ、その振動が一瞬全体に揺れ渡る。
更にそれに続きクレハの目の前に1人の少女が着地した。白髪の髪の毛先は黒く染まり、腰には以前は持ってなかったロングソードを模した神々しい雰囲気を纏った剣を携えていた。
カイゼル「…以前といい、また間がいい時に来たな」
カイゼルさんがそう口を開く。それを言われた少女はははっと軽く笑い立ち上がる。
「間が悪いの間違いだろ。なんにしても、無事で良かった」
少女はこちらに顔を向け、ニッと笑い腰にある剣を抜き放つ。
「…遅れてごめんな、また辛い思いさせたな」
クレハ「…っ」
そう優しい口調を投げられ、今まで我慢していた想いが一気に溢れてきた。
涙を目頭いっぱいに溜めたがなんとか堪え、目を手で拭う。
彼女は私が泣きそうになっているのを察してくれたのか、これ以上こちらを見ることをやめ前へと向き直る。そして前を向いたまま言葉を告げる。
グレン「後は…俺たちに任せろ」
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