2021-12-16 20:04:44 更新

概要

八幡「全て腐ってるようにしか見えなくなってしまった」完結済み の、別ルート
キャラの捏造あり


 全てが変わってしまった日の前夜、私は夜更かしをした。

 ヒッキー…比企谷 八幡が事故に遭ってから、私達の周りの環境は凄く変わってしまった。


 ピピピッ!!ピピピッ!!


結衣「うるさい」カチッ


 私、由比ヶ浜 結衣は最近早起きだ。少し前だとギリギリまで寝ていたが、不眠症ということもありいつも6時頃に目が覚める。

 外はまだ夜明けなので薄ら暗いが、サブレを連れて公園まで散歩する、それが私のモーニングルーティンである。


サブレ「キャンキャンッ!!」


結衣「なんだ、サブレも起きてたんだ」


サブレ「くぅーん?」


結衣「ちょっとだけ待ってね、着替えるから」


 着替える前に、洗顔とボサボサになった髪を整えるに洗面所に向かう。

 しかし、偶に洗面台の鏡に映る自分の顔に対して偶に嫌な気持ちになる時がある。


結衣「ひどい顔」


 目元が全体的に暗く目も虚だ、原因は不眠症もあるが、学校で空回りした明るい振る舞いもあるだろう。


「消えてくれ」


 しかし、1番はヒッキーに言われた一言が何度も何度も未だに私の脳内で再生される。鬱陶しいとは言われても、存在を否定された事はなかったからだ。

 それ以降、私の気分は落ち込んでいくなか、一方で彼の周りに新しい人たちが集まるようになり、私は彼に対して自然と距離を置くようになった。

 それでも、友達であり片想いの相手である以上、無視は出来ず遠目で見守るしか出来なかった。そんな自分が悔しくて、嫌いになりそうになる気持ちにさせられる。


結衣「たった数ヶ月前なのに」


 そう遠い過去のことでもないハズのみんなと一緒にいた記憶が、まるで数年も前のような感覚に襲われる。

 そう感じてしまうほどに、周りの環境や関係が変わってしまったのだろう。


結衣「もう、私はヒッキーの隣に立つ事も出来ないの?」


 ポロリッと目から一滴、流れ落ちる。


サブレ「ひゃん!」


 サブレが心配してか、私の足元まで擦り寄ってくる。


結衣「あぁ、ごめんね。今から行くから」


 私は、さっさと洗顔を済ませて髪を整えると、制服に着替えサブレの散歩に向かった。



…………公園…………………


  天気は、どんよりとした曇が覆いかぶさって気持ちの悪い空をしていた。

 今日はいつもと違って、サブレがよく便をした事もあり帰る時間が遅くなってしまった。

 このままでは遅刻するが、いつも気分が浮かないので自主休校でもしようかと考えていると、反対車線の遊歩道で機嫌が悪そうな女子高生が歩いて来た。

 こんな天気なのだから偏頭痛なのだろうかと、考えているとサブレが彼女の来た道に向かって走り出した。


結衣「ちょっ、どうしたのサブレ!?」


サブレ「ひゃんっ!」


 私はサブレに引っ張られるように、走っていくとそこには遊具がある公園だった。

 サブレは、その数ある遊具の中でも滑り台の方に向かって唸り出した、なにかあるのだろうかと忍足で近寄ってみると人影らしき影が見えた。


結衣「ひっ!」ビクッ


 人影に対してビクついたが、人影の頭部から一本の線が生えていたので恐る恐る覗き込んでみると


ギシッ……ズッ……


 首に縄をくくってぶら下がっているヒッキーの姿だった。


結衣「ダメだよ!!ヒッキー!!」ダッ!


結衣「だめぇええええ!!!」


ギリッ…ギシッギシッ


 私は咄嗟にヒッキーに対して抱きしめるようにして、首にくくられたロープを必死に引っ張った。運が良かったのか、ロープは劣化が進んでおり音を立てると、ブチっと切れヒッキーの体は私に倒れかかった。


結衣「はぁはぁ」


 私はヒッキーの身体を抱き寄せた。すると微かながら心臓の音が身体に伝わり、息がある事を確認できた。


結衣「ヒッキー…」ギュッ


 彼の身体は細くて脆そうだった。そのまま強く締めると折れてしまいそうな程に、弱々しかった。そして身体の周りには挫傷の痕がびっしりと植え付けられており、まるで虐待を受けているかのようだった。、

 

結衣「なんで、なんでこんな身体になっちゃったの…」


サブレ「きゅーん」


八幡「死ぬ事も出来ないのか」


結衣「ヒッキー!!」


八幡「その声は由比ヶ浜か」


結衣「そうだよ!!」


八幡「なぜここにいる」


結衣「そんな事より!何をしようとしてしたの!?」


八幡「何をしようがお前には関係ない」


 相変わらず吐き捨てるかのように、突き放されてしまった。


結衣「残された小町ちゃんの事を考えたことある!?」

 

 咄嗟に出た言葉が近親間との事だった、本当はもっと言いたい事があったが、あまりの突然の出来事だったので、言葉に出来なかった。


八幡「余計なお世話だ、それに小町は優秀だから1人でもやっていけるし、俺みたいな自分の身の回りの事ですら完璧に出来ないロクでなしがいない方がいい」


結衣「どうして、どうして自分の事を吐き捨てるように言うの」


八幡「見てわからないか?こんなボロ雑巾のような身体」


 彼の言う通り、暴行を受けたかのような酷い身体だった。どう見ても転んだりしてついた傷ではないのは一目瞭然であり、酷い有様であった。

 そんな今にも消えてしまいそうな彼を見て、涙が止まらなかった。彼は何も悪い事していないのに、どうしてここまで酷い目に遭わないといけないのだろうかと。

 私は咄嗟に、文字通りに消えてしまいそうな彼を抱きしめようとしたが、彼の患っている病状を思い出し、後一歩の所で踏みとどまった。


結衣『感覚も異常がある事を思い出して踏みとどまったけど、ここで何もしなかったら後悔しそうな予感がする・・・』


 時刻は既に8時半を超えており、遅刻は確定であった。そんな中、私はあえて傷だらけの彼を抱きしめた。ここで彼と別れたら一生後悔する気がする、そう考えると遅刻なんてどうでもよかった。


八幡「っ!?は、はなせ!」


 案の定、突然の感触に彼は慌てふためいていたが、私はそんな抵抗する彼の身体を強く抱きしめた。


結衣「ヒッキー、多分今感じている感触はすごく気持ちが悪いと思う。でも私って馬鹿だからこういう事しか出来ないの…」ヒック


八幡「お前…」


 彼の頭を、自分の胸に抱き寄せ頭を撫で続けた。彼は何も言わず抵抗をやめて、私に身体を預けてきた。


結衣『すごく小刻みに震えている…』


 預けてくれたという事に対して嬉しい反面、よほど彼の心の中は疲弊しきっていたのだと思うと辛かった。


 空は相変わらずどんよりとしており、広い雲に囲まれていた。それと同じくらい底知れぬ闇に、多分ヒッキー1人だけじゃ迷ってしまいそうなるけど、これからは私も一緒に光射す方へ、ぶつかっては抱き合って弱さ分け合って行こうと、心の中で誓った。



 あれから数分後、小雨だった雨が本降りにへと変わり、彼もサブレも風邪をひいては洒落にもならないので、私はヒッキーを連れて自宅に戻ることにした。


八幡「ここは・・・」


結衣「私の家だよヒッキー、とりあえず先に服を脱いでお風呂に入っちゃって!」


八幡「いや由比ヶ浜、お前の家なのだからお前が先に入るべきだ」


結衣「何かたい事を言ってるの、私の事はいいから先に入ってきて!私は濡れたサブレの毛を乾かさないといけないから!」


八幡「わかった」


 ヒッキーは渋々と重い足腰を上げて、風呂場に向かおうとするが玄関から出たあたりで固まりだした。


結衣「どうしたの?」


八幡「場所がわからない」


結衣「あ、そうか」


 私は、彼の白杖を引っ張りながら風呂場にへと連れて行った。彼は後遺症で見えるものが全て変形して見えるせいでアイマスクしているのだが、そんな状態では見えなく当然である。


結衣「それじゃ私は外に出ているから、風呂から出たら呼んでね」


八幡「お、おう」


 本当は背中を流してあげたかったけど、彼の感触と視覚の事を考えると、1人にさせてあげるのが1番だと思った。

 風呂場から、シャワーを浴びる音が聞こえると雨で濡れた彼の服を、ハンガーにかけ別の部屋に移動させると乾燥機をかけて乾かせる。


結衣「所々に血が付着している・・・」


 滲みになってしまっては落とすのが大変なので、彼のシャツと肌着を洗濯機に入れ代わりに私の服を脱衣所の籠に入れておいた。

 ヒッキーの体格から見て、私の服のサイズでも十分着ることは出来るだろう。


サブレ「きゃん!」


 毛並みが乾いたサブレは、身体を震わせると腹を空かせたのか、ハァハァと声を出しながら近寄って来た。


結衣「そうか、お腹が空いちゃったんだね、今日はお父さんもお母さんもいないから」


 いつもは母親が仕事に出る前に、タイマー式の機能がついた鍋にドックフードを入れて置くのだが、今日は私の帰りが遅いことから、私に任せていったところだろう。

 洗濯機のスイッチを入れると、台所の隅っこに置いてあったドックフードの袋を持って、サブレに餌を与える。

 丁度時刻は既に9時半を超えており、1時間目の授業が始まっており、自宅の固定電話には不在着信が貯まっていた。恐らく、無断で休んだ事に対してのことだろう。


結衣「学校、1日ぐらい休んでも問題ないよね」


 学校は休むとして、ヒッキーのことはどうしたものだろうかと頭を悩ませる。

 彼の病状は、視覚と感触だけではなく食感や味覚も異常をきたしていることは随分と前に医者から聞いた事を覚えていた。

 なので、食事を取らせようと思っても返って彼にとって良くないのではないかと、いい案が思いつかない。


結衣「とりあえず食事は後で考えよ、それよりバスタオルと救急箱を用意しないと」


 そうどうこうしている内に、風呂場の方からシャワーの音が聞こえなくなったので、もうそろそろ上がるのだろう。

 私は早々と彼の身体を拭くためのバスタオルを持っていく、まるで亭主関白な夫を持つ妻ようだ。


結衣「ヒッキー、脱衣所にバスタオルを置いているから身体を拭くのに使って」


八幡「すまない」


結衣「拭き終わったら呼んでね、傷を消毒するから」


八幡「そこまでしなくてもいい」


結衣「言っておくけど、ヒッキーが拒否ったとしても押さえつけて消毒するからね」


八幡「え、なにそれ怖い」


結衣「愚痴を言っている隙があったら早く拭いて」


八幡「由比ヶ浜、お前そんなキャラだったか?」


結衣「・・・私は私だよ」


 私はバスタオルを置いて、脱衣所から出てドアの前で待つ事にした。

 もう少し駄々をこねると思っていたが、思ったより素直に言った事に従っていた。


八幡「拭き終わったぞ、流石下着は履いているが問題ないだろう」


結衣「終わった?今から入るけどアイマスクは付けたよね?」


八幡「大丈夫だ」


 私は一応ノックをしてから中に入った、自分の家なのにまるで他人の家のようだと頭の中でよぎったが、彼の身体を見るとそんな事なんてどうでもよくなった。


結衣「ヒッ!?ど、どうして」


 ヒッキーは何も言わなかった、明らか怪我で出来た傷ではない。もっと鋭利なもので強く殴られている傷だろう、擦り傷というよりか挫傷に近い。


結衣「誰にやられたの!?」


 そう問い掛けても彼は何も答えなかった、言いたくないのか、もしくは言えない事情でもあるのか分からないが、ヒッキーの身体は少しながら小刻み震えているかのように見えた。

 それは間違いなく彼の心は疲弊しきっているのだろう、口や態度ではごまかせたとしても身体は正直なのだから。


結衣「先に手当てするから、傷に染みるかもだけど我慢してよ」


 私はピンセットでコットンを掴むと、消毒液をかけて膿んで化膿している箇所を重点的に消毒していく。

 痛覚は機能しているのだろう、消毒する度に身体がビクッと反応していた。打撲などは湿布などを貼り付けて対処した。


結衣「はい終わったよ、よく頑張りました」


 彼の身体は包帯に巻きに巻かれて、まるで交通事故に巻き込まれたみたいな状態になった。

 大袈裟だと思うかもしれないが、傷が多すぎて一つ一つ絆創膏を貼っていくよりか、こちらの方が効率がよかった。


八幡「まるで子供扱いされている気分だ」


結衣「それもDVを受けている子供みたい」


八幡「・・・それより、お前学校は?取り巻き達が心配するぞ」


結衣「その学校より、ヒッキーの方が大切だよ」


八幡「は?なんで」


結衣「言わないと分からない?」


八幡「同情のつもりか?するだけ損だ」


結衣「ヒッキーがそう思うのならそう思えばいい、私は私で勝手にするから」


八幡「・・・やっぱり変わったよお前」


結衣「そうかもしれないね」


八幡「かもしれないって」


結衣「過去の私も、今の私もひっくるめて私なんだよ」


八幡「そうか」


結衣「でも、昔も今も変わってないこともある」


八幡「馬鹿なところか?」


結衣「好きだという気持ちだよ、ヒッキー」


八幡「・・・は?なにが?」


結衣「貴方のことが好きなのヒッキー、これでもわからないと言わせないよ」


八幡「いや、どうしてそうなる」


結衣「理由なんて必要?」


八幡「お前、ナイチンゲール症候群って知っているか?」


結衣「知ってる、患者を介護している内にその患者に対して好意を抱くことでしょ?さっきも言ったけど、事故に巻き込まれる前からヒッキーの事が好きだよ」


八幡「・・・そういうことなら、俺のために死ぬことも出来るよな?」


 彼は声のトーンを下げて一言呟く。


結衣「もちろん、だけどみんなによろしくと伝えてほしいかな」


八幡「っ、どうしてそこまで即答できる」


 彼の質問は、私にとっては簡単であった。今までの行いを振り返ってみると、どういう意図で動いているかだなんて簡単に予想がついた。


結衣「もういいんだよ、ヒッキーはやり終えたんだよ」


八幡「やり終えた・・・」


結衣「今まで自分の事を顧みず沢山の人を救って来たんだよ、もう楽になってもいいんだよ」


 実際、彼の学生生活は激動であったに違いない、ある時は学園祭を成功させるために会えて嫌われ者を勝手に出て、またある時はクラスメイトの叶わぬ恋路の為に好きでもない相手に告白までした。

 そして、今回の事故と後遺症といい彼は自分の身体と心を擦り減らしてきた。


八幡「そうか、いつの間にやり終えていたのか」


 彼は、そう呟くとスッと肩の力を落とし頭を下ろした。涙を流しはしなかったが、深い溜息を吐き握り拳を作っていた。


結衣「ヒッキー、今日は私の家で泊まってもいいよ。小町ちゃんには伝えて置くから」


八幡「なぜお前の家に泊まることになるんだ?」


結衣「いいじゃん!久々に会ったんだし!」


八幡「・・・」


結衣「なんなら学校に行かなくても」


八幡「それは流石にダメだろ、確かに体育は面倒だが」


結衣「クラスメイトに殴られに行くの?もしかしてドM?」


八幡「好きで殴られに行く訳ないだろ」


結衣「やっぱり学校でやられているんだ」


八幡「っ、」


結衣「ヒッキーの割にはベタな手に引っかかったね、それに体育の授業があるのは女子だけで男子は保健の授業、この事だけで充分絞れる」


八幡「してやられた訳か」


結衣「ごめんなさい、騙すつもりじゃなかったけど、どうしても知りたくて」


 私はどうしても許せなかった、彼に暴行している連中の事を。


八幡「それで知ってどうする気だ?」


結衣「どうもこうもないよ、ヒッキーが普通の学校生活が送れるようにする。かの、友達として当たり前の事をするだけ」


八幡「今、彼女と言いかけなかったか?」


結衣「友達って言い換えたからいいじゃん!てかヒッキーから答え聞いてないし」


八幡「今日答えないといけないか?」


結衣「まぁ、ゆっくり考えてもいいよ。ゆきのんの事もあるもんね」


八幡「雪ノ下は関係ないだろ」


結衣「そう?向こうはどうか知らないけど」


八幡「馬鹿いうな、アイツは優秀だ」


結衣「私は?」


八幡「馬鹿丸出しだ」


結衣「馬鹿じゃないよ!・・・プッ」


八幡「なんだ?」


結衣「いや、なんだか懐かしいなって」クスッ


八幡「確かにな」フッ


 この時、微かに彼の口元の口角が上がった気がした。それだけで私は嬉しいかった。



…………………学校…………………


 来ない、来ない、来ない、

 そう私は頭の中で連呼していた、私の中で比企谷は悪その物であった。

 あの文化祭以降、私は彼に対して殺したい程憎い存在であり、彼が事故に遭った際は心の中で歓喜に沸いた程である、

 しかし、あんな捻くれ者のハズの彼は周りの人間に心配されていた。私の時は不向きもしなかったのに、この違いはなんだと思えば思うほど理由が見つからなかった。


相模「ちっ、ちっ、」


 そこで、この溜まりに溜まった鬱憤を彼にぶつけてやろうと決めた。

 しかし、ひ弱な私1人でやるには限度がある。そう思った私は、何かに上手くいってない者、または現場に不満がある者にアプローチを掛けることにした。


「今日は特段に機嫌が悪そうだな」


 この見た目分かるぐらいガタイのいいゴリラみたいな男は、柔道部で補欠組から抜け出せないでいた。体格はよくても柔道としてのセンスは皆無らしく、顧問が気をつかって補欠にしたという。


相模「まぁね、それは貴方も同じでしょ?」


「わかってるくせに」


 でも、そんな三流にも使い方次第では役に立つこともある。


相模「もし何かあった時は守ってね」ニコ


「当たり前だ」


 このような男は、異性との接触に疎い場合が多い。その隙間につけこめば、手玉に取ることなんて容易いことである。


相模「それじゃあ、取り敢えず明日から葉山君に気をつけてながら、結衣の動向を監視するのよ。」


「何かあるとすれば、そこしかないだろう」


相模「そうとも限らないわよ、川崎やあの後輩も可能性がある」


「川崎・・・」


 私にとって、結衣より川崎の方が厄介であった。彼女は結衣以上に、後先を考えずに行動するところがある。

 武闘派である彼女は、下手すれば柔道部の彼よりか手練れな可能性もある。


相模「彼女には妹と弟がいたよね」


「おい、何をする気だ」


相模「単純に聞いただけよ、なに?私が幼い子を痛ぶる趣味の持ち主だとでも?」


「そうは思ってないが、そこまで行けば取り返しつかないところまで行くことになる」


相模「取り返しがつかない?既に遅いわよ」


「・・・かもな、だが倫理的に」


相模「誰のおかけで今の貴方があって?」


「っ、てか誰か先生にチクらないか?」


相模「大丈夫、何も問題ないわよ」


 私は深く深呼吸すると、目で周りを見渡した。すると、皆別の事をしながらチラチラと視線を感じる。恐らく私が何をするか動機を見計らっているのだろう。


相模「自分だけ逃げようだなんて考えないことね、他の人も例外じゃないわ。貴方達は私達のしてきた事を知っているのに対して黙認してきた訳だし、同罪だという事を忘れないようにね」


 今現在のクラスの現状は、葉山サイドや一部を除いて、私達の行いを知っておきながら黙認しているのだ。

 私が怖い?それもあるが、大半は自分の罪から逃げているからだろう。もしバレた時に、自分達も処罰の対象になるかもしれないと考え出したら最後、例え彼に対して何もしていなかったとしても、何かしたかもしれないと疑心暗鬼に襲われる。

 案の定、クラスメイトの大半は顔色を悪くさせて視線を外した。


相模「ね、問題ないでしょ?」


「お、おう」


 一部以外、誰も私に対して抵抗しようだなんて考えない。この完全掌握したような感覚が、たまらなくなっていた。


相模「でもしばらくは偵察に徹した方が身の為ね、生徒会のはぐれ者にやらせるか」


 この体制がいくら万全だとしても、もしもの事がある。それに川崎や結衣の存在がある限り状況がひっくり返る可能性が高い。


……………………………………


一色「・・・ほぼ間違いはないと思うんですけどね」


 私は、異様な雰囲気が充満している先輩のクラスを廊下で溜まっている生徒達に隠れて監視していた。

 ここ最近、一部の生徒が不振な動きをしているかどうか、監視カメラで確認し報告をしないといけない訳だが、明らか不審な動きがあったので、私は対象のクラスを調査していた。

 監視カメラに映っていた生徒をピックアップさせると、このクラスにいることが分かった。本来なら生徒会全員で動くような事案だが、あえて私単独で動かせてもらっている。

 何故か?敵はどこにいるかわらないからだ、油断していて後ろからズドンだなんて洒落にならない。それに相模という女子生徒が主犯で何かしているのは、証拠がないが確信を持っている。


一色「正直言って、面倒臭いですけれど周りの人達の話を聞いていればあの人、先輩の事を死ぬほど恨んでいるらしいし、深く掘り下げる必要がありますね」

 

川崎「アンタ何してんの?」


一色「っ!?ちょっと後ろから急に話しかけないでくださいよ!ビックリしますから!」


川崎「すまない、余りにも不振な動きをしているからつい」


一色「そんな風に見えました?」


川崎「私から見ればね、もっとも不振な奴は他にもいるが」


一色「恐らく私と同じ事を思っていると考えてもいいですか?」


川崎「だろうな、学校に来てない比企谷も気になる」


 この人になら話してもいいかもしれない、そんな事を私の脳裏で過ぎった。人手は多い方が助かるし、少なくとも会ってから間がないけど彼女のことは信頼できると直感で感じた。


一色「まだ授業まで時間ありますし、少し話しませんか?」


川崎「ん?別に構わないが」


一色「それでは生徒会室まで」


 私達2人は生徒会室まで足を運んだ、本来なら生徒会室の利用には、一応元生徒会長の城廻先輩の許可がいるが、今回は特別に使わせて貰うことができた。


川崎「まさか私が、生徒会室に入る時が来るとは思わなかったよ」


一色「そうでしょうね、先輩には無縁と言っていいほど縁がありませんから」


川崎「それ、貶しているのか馬鹿にしているのかどっちだ」


一色「取り敢えず、この部屋に外部からの邪魔が入りません。マスターキーも存在しませんので」


川崎「そこまでして、よっぽどの事なのだろうな」


一色「そうですね、あれこれ考える前に見てもらった方が早いでしょう」


 私はノートパソコンを開き、監視カメラに捕らえられた映像を再生させた。

 

川崎「これは私のクラスがある階の廊下か、夕陽が差しているところを見る限り夕方か」


一色「そうです、一見なにもなさそうですが確りと見ててくださいね。放課後で人気がない廊下にあら不思議、運動部員と相模さんの姿が映っていますね」


川崎「こんな時間にこいつらは何をしていた」


一色「そして後ろからつけ来ているのが、戸塚先輩ですね」


川崎「戸塚?」


一色「そこから先送りにしますね、するとボロボロになった戸塚先輩の姿が映し出されています」


川崎「アイツらの仕業というわけか、しかしこれだけじゃ証拠不十分じゃないか?」


一色「これだけだとそうです。しかし、監視カメラは一つだけではなく、複数各所に設置されているもんです」


 私はエンターキーを叩き、画面を別の映像に切り替える。場所は体育館裏にある搬入口であり、時刻は先程と同じ時間帯であった。


川崎「これは・・・」


 そこには、暴行し終えて帰ろうとしている彼らの姿が映し出されていた。


一色「恐らく戸塚先輩の怪我は、彼らの仕業で間違いないと思います。しかし、これでもまだ不十分です。」


川崎「犯行現場を押さえたわけではないからか。」


一色「ご名答、悔やまれるのは一部の監視カメラが老朽化で使い物にならないことですが、そもそもどうして戸塚先輩が被害を受けなければならなかったのかも疑問が残ります。何か理由があったと見て間違いないでしょう、彼らにとって不味い何かを目撃されたとか」


川崎「吐かさせるか?」


 彼女は腕袖をめくり上げるが、この場合は先に手を出した方が負けだという事は分かっていたので、私は彼女の拳を掴み止めた。


一色「それより、私達がどうするべきか考えた方がいいですね。先に戸塚先輩と会うべきかと思いますが、生憎私は先輩の連絡先を知りませんので川崎先輩、アポの程をお願いしてもいいですか?」


川崎「わかった、集合は放課後でも大丈夫か?」


一色「そうですね、私は委員会の定例会がありますので5時半ごろにカラオケでも大丈夫ですか?」


川崎「ここでもいいのでは?」


一色「カラオケでも問題ないですね?」


川崎「・・・わかった」


一色「決まりですね、なんとしても今日中に聞き出さなければいけないので」


川崎「何かあるのか?」


一色「今月末の土日に備品整理があります、いらない素材ゴミの破棄のついでに、校舎全体で清掃に入りますので、そこまで引きずると証拠などが消されてしまう可能性があります。」


川崎「それは厄介だな、今日21日だから約1週間半という事か」


一色「そうです、あまり時間がありませんので」


川崎「了解、LINE・・・いや、電話で連絡する」


一色「?まぁやり方は任せますが」


川崎「もう少しで午後の授業が始まる、定例会?が終わったら連絡してくれ」


一色「その前に川崎先輩の連絡先を知りませんので、この際交換しておきましょう」


川崎「言われてみればそうだったな」


 私は手慣れた手付きでLINEのQRコードを表示させるが、肝心の先輩はイマイチわかっていないみたいで時間がかかっていた


一色「先輩、ホーム画面に戻ってもらってLINEのアイコンを長押しするとQRコードリーダーという欄が表示されますので、そこをタップしてもらうと簡単に自分のQRコードがでますよ」


川崎「本当だ、時間がかかってしまってすまない」


一色「いいですよ、この裏技知っている人少ないですから」


 無事に連絡先の交換を終えると、私たちは各教室にへと向かった。


………………………………………………………


14:00頃 


 丁度、昼頃だろうか私はヒッキーの昼食を用意していた。

 最初の頃こそ料理の出来は壊滅的であったが、今では人並みにまでは出来るようになったと思っている。

 もちろん、彼の病状を忘れた訳ではない、だが痩せ細った身体を見てしまっては無視できない。


結衣「ヒッキーもうそろそろ出来るからね」


八幡「さっきも言ったが、俺の味覚も食感も死んでいるし身体が受け付けないから吐くぞ?」


結衣「もう!何度もその事は聞いたから言わなくてもいいの!」


八幡「頑固な奴だな、でも今の方が由比ヶ浜らしいぞ」


結衣「そう?」


八幡「さっきのお前は、何処となく」


結衣「怖かった?」


八幡「自覚はあるんだな」


結衣「私自身思っているんだから、ヒッキーも同じ事を思っていてもおかしくないよ」


八幡「俺がお前を変えてしまったのかもな」


結衣「うーん、それはないんじゃないかな?」


八幡「え、多重人格?」


結衣「多分そういうことじゃなくて、今までの私は無理をしてきたんだと思うの」


 私はフライパンに入ったパンケーキをひっくり返しながら、淡々と話を続ける。


結衣「かと言って演じてきたかと言われたらそういうわけでもなく、ガス抜きが出来ていなかったのかなって」


八幡「それでさっき、全て本物と言ったわけか。でもなんでそのガス抜きが出来るようになった?」


結衣「私もわからないの、でも切っ掛けなんてどうでもいいじゃん、このパンケーキみたいに半生の部分とふっくらと焼けている部分があるけど、結果的には両面に焼き目がついて同じになるんだから」


八幡「なんだか、賢くなったみたいに見えるけど恐らく錯覚だろう」


 終わり良ければ全て良しとは言ったものだ、今までの私は全て綺麗であればいいと思っていたが、人間の汚い部分が見え隠れするクラスを見てきて、どうでもよくなったのだ


結衣「トゲある言い方は相変わらず今も昔も変わらないよね」


八幡「俺はお前と違って、いつも通常通りだからな」


結衣「ある意味でヒッキーは強いかもね、はいパンケーキの出来上がり!上手に出来た!」


八幡「そうか、焦げだらけじゃないのか?」


 その言葉に少し傷ついた、見えるものが全て異形に見える彼には仕方がないことだが、ちゃんと綺麗に焼き上がったパンケーキをしっかりと見てほしかった。

 そしてなにより、味覚障害のせいで私が焼き上げたパンケーキの味や食感もまともにわからないのだ。番辛いのはヒッキーだということはわかっているつもりなのに、私の眼には涙が溜まっていた。


八幡「由比ヶ浜?」


結衣「ん?」


 今言葉を返してしまっては、泣きそうになっている事が声でバレてしまう。なので、反応だけ返すことにした。


八幡「いや、返事が返ってこないからどうしたのかと」


結衣「ちょっと考え事をしてて」


八幡「?そうか」


結衣「てか吐いてもいいから、何か口にしないと駄目だよ」


八幡「・・・小町の手料理で十分だ」


結衣「手料理?」


八幡「そうだ、妹が作った飯を吐くわけにいかないだろ」


 その時、私は嘘をつかれているのかと疑ったが、よくよく考えればブラコン認定されるぐらいの妹好きの彼の事を考えれば、無理矢理でも飲み込むだろうかもしれないという推測が頭の中で過った。


結衣「なら私の手料理も食べてよ」


八幡「あの、さっき十分って」


結衣「それだけじゃ足りないでしょ」


八幡「・・・わかった、食べればいいんだろ」


 ヒッキーは、アイマスクを取るとナイフとホークを持ってパンケーキを食べ易いように切り分けていく。

 今頃、彼の目にはパンケーキではなく異形の物として見えているのだろう。そこ証拠に、パンケーキをホークで刺すと肩と腕が震えていた。


結衣「バターとメープルシロップはかけてあるから」


 私は、ヒッキーの視界に入らないように物陰に隠れて伝えた。


八幡「お、おう。ありがとう」


 ヒッキーは軽くお辞儀をし、パンケーキを口の中に入れる。すると、予想はしていたがやはり嗚咽し吐きそうな表情を見せる。

 しかし、ヒッキーは吐かず口の中で咀嚼し飲み込みだした。


結衣「ヒ、ヒッキー!?」


 ヒッキーの目は赤く充血していたが、もう一口と一口とパンケーキを口の中へ運ばせる。


八幡「上手に焼けるようになったじゃないか」


結衣「!?どうして」


八幡「確かに俺の目にはパンケーキとは程遠い肉塊に見える、だが色や状態によって見え方が変わることに最近気がついた」


 ヒッキーは咳をしながらも説明し続ける。


八幡「小町の飯を食べる際、焼き物を失敗した時は都市部の港にへばり付いている、まるで藻屑のような色をしているが、上手に焼けた時はバナナのような黄色に変わる。今回のパンケーキは、それに近い色だった」


 気がつけば話の途中から、私の目から自然と涙が溢れ出ていた。

 

八幡「残念ながら味はわからないが、折角作ってくれた物を無駄にするわけにはいかないだろ」


結衣「ヒッキー・・・」


八幡「こんな肉塊だらけの世界でも、気持ちは歪まないだろう」


 いつもならヒッキーの性格上絶対言わない臭い発言だが、彼が患っている病の事を考えると説得力がある。

 そして、嫌な顔を一つせずパンケーキを綺麗に食べ切り、アイマスクをつけ直す。


八幡「ご馳走様。」


結衣「ヒッキーっ!!」ギュッ


八幡「うおっ!?あ、お前いきなり」


結衣「ありがとう・・・食べてくれて」


八幡「お、おい、そんな大袈裟な、それに普通感謝するのは俺の方じゃね?」


結衣「食べ切ってくれただけで十分」


八幡「まるで、好き嫌い激しい子供が頑張って嫌いな食べ物を食べた事に感動している親バカみたいだな」


結衣「それに近いかもね」


八幡「・・・」ポリポリ


 なんだかヒッキーは、何か言いたそうな表情を浮かべるが、何も言い返さず右手で頭皮をかいていた。

 すると、食器が倒れた音だろうか、台所の方から物音が響き渡った。


結衣「何か倒れたみたいだから、ちょっと見てくる」


八幡「おう」


 その時、いつも見慣れた台所のはずなのに何故か空気が重々しか感じた。この不気味さのせいなのか、自然に私の足運びも重くなりゆっくりと歩み寄る。


結衣「・・・何かいる」


 私はその場にあったヒッキーの白杖を手に取り、周りを見回す。


結衣「そんな事になるなら剣道部や槍術部に入っとくべきだった」


 ササッササッ


結衣「っ!?」


 一瞬だったが、何かの影が私の背後を横切った。何かの見間違いだと本来なら疑うだろうが、サブレのボールが転がっている時点で確信へと変わった。


「コ縺輔l縺ェ縺�%縺ィ縺ァ縺ゅk縲」


結衣「ひっ!?」


 左側の物陰から肉塊のような物が飛び出してきたが、私は運良く交わす事が出来た。

 間一髪とは正にこの事を言うのであろう。しかし、肉塊は台所の上に乗っかるとウネウネと動き出し触手のようなものが何本か肉塊から飛び出した。


結衣「うっ!?」


 あまりにも気持ち悪さに、私は吐きそうになったが隙を見せてはいけないと察したので、頑張って耐え抜いた。


「エ蜷医↓逋コ逕溘@縺セ縺吶」


 肉塊の化け物は、この世の物とは思えない声を発すると、目玉のような物を伸ばし私の方見つめ出した。


八幡「この声は沙耶か」


結衣「え?」


 後ろを振り向くと、ヒッキーが後ろで立っていた。まだ目にアイマスクをつけているが、ゆっくりとこちらに歩み寄って来る。


八幡「由比ヶ浜、俺の後ろに下がってくれないか?」


結衣「う、うん」


 私は言われた通りに彼の背後まで下がったが、依然として私は白杖を構えたままの体制でいた。すると、ヒッキーはアイマスクを外しだし肉塊の化け物まで歩き出した。


結衣「ヒッキー!?」


八幡「大丈夫だ由比ヶ浜、俺がいる限りアイツは何もしてこないはず」


結衣「アイツ?ヒッキーはあの化け物を知っているの!?」


八幡「化け物か、なるほど、お前にはそう見えるのか」


結衣「え?」


「ソ譁・ュ怜喧縺代@縺ヲ縺・∪縺・!!」


八幡「そうか、それよりお前実体化出来たんだな」


「!!」


 私には分からないが、彼らには意志の疎通が出来ているようだ。私は未だにこの状況が理解出来ず、頭が痛くなるほどだ。


結衣「ちょっと意味がわからない」


八幡「逆の発想だ由比ヶ浜、お前には化け物に見えるかもしれないが、俺の目には人間として見えるということだ」


結衣「そのようね、それは認めるけど肝心なアイツの正体は教えてもらってない」


八幡「その前に、お前キャラがブレているぞ」


結衣「そりゃこんな事が目の前で起これば混乱するに決まってるじゃん!」


八幡「そりゃそうか、アイツは沙耶と言って俺が唯一まともに見える存在だ。今まで夢の中や脳内に直接語りかけてくるぐらいだったが、まさか実体化するとは」


「ィ縺ェ繧九%縺ィ縲√≠繧九>縺ッ縺昴?」


結衣「それで何を言っているの?」


 その瞬間であった、沙耶と呼ばれている化け物は私に向かって飛び掛かってきた。私は瞬時の出来事に対応できずそのまま倒れ込み、そのまま乗っかられた。


八幡「由比ヶ浜!?」


結衣「そっち振り向かないで!」


八幡「っ!?」


結衣「私の姿は人間であってほしいの、化け物の姿として見られたくない!」


「!!」


 肉塊の化け物は、触手の先を尖らせて私の眉間を貫こうとしてきたが、私は咄嗟に白杖で肉塊を薙ぎ払い、レジ袋の中に入ってあったドライアイスをぶっ掛けた。


「!!???」ブシュ


 どうやら化け物の弱点は冷気のようで、肉塊の全身から煙を放出させ、肉汁のようにあふれる緑の粘液は魚の腐ったにおいがする。


八幡「沙耶っ!?」


結衣「ヒッキーにはどんな姿で見えているか分からないけど、アレは化け物!!人間じゃないの!!」


八幡「っ、そ、そうだが」


「峨〒隱ュ縺ソ霎シ繧薙‼︎‼︎‼︎」


 肉塊の化け物は煙を放出させながら、奇声を発声すると無数の触手を広げて威嚇し始めたかと思うと、こちらの出方を見ているのかそのまま膠着状態が続いた。


八幡「前にも似たような事があったらしい、だが今回は私の味方は誰もいないと言っている」


結衣「私の味方?」


「喧縺代@縺ヲ縺・∪縺」


八幡「以前、俺と同じような病状に襲われた青年と一緒にいたらしいが、その時は一緒に助けてくれて衣食住を共にしたらしい。」


結衣「それと今回と、どう関係があるの」


八幡「どうやら、横やりしてきた女に殺されかけたらしいが、その時青年は女を殺して私を守ったらしい」


結衣「・・・だったら、今もその青年と一緒に過ごせば良かったんじゃない、どうしてヒッキーに付き纏うの」


「繝峨〒隱ュ縺ソ霎シ繧薙□蝣エ蜷医」


八幡「貴女には関係のない事、そんなことより私は八幡の味方、それは貴女と同じ共通点。だから彼の為に養分となれ・・・っておい!」


 どうやらこの化け物は、ヒッキーに取り憑いていて、養分を得ようとしていることがわかった。

 普通の食事が受け付けないのであれば、逆の発想であの化け物が主食としている物だと食べる事が出来るというわけだ。

 

八幡「言ったはずだ、俺はお前みたいに食人族になるつもりはない」


「ュ怜喧縺代@縺ヲ縺・∪縺」


 私から見て肉塊の化け物でしか見えないが、何処となく乙女的な感情を持っているのだろう、飛び出た目玉は悲しそうな雰囲気を感じた。


結衣「汚らしい風景、腐った臭い、吐き気を催す味、気持ち悪い触覚…全部が異常で狂った世界の中でヒッキーは生きている、でもそれは貴女も然りということね」


「!?」


結衣「貴女を女の子として見てくれるのは、前の青年とヒッキーだけで、それまで孤独な世界を生きてきた」


八幡「由比ヶ浜?お前」


結衣「いいよ、ヒッキーにはどんな姿で見えているかわからないけど、私も貴女の事を女の子として意識する、ヒッキーにとって唯一の理解者みたいだし」


「・・・」


 肉塊の化け物は、その場で固まった。


八幡「変な人。そんなこと言い出したの、あなたが初めて、だとよ」


結衣「そうなんだ、でも手伝ってほしい事があるの」


 携帯で言いたいことを記入し終えると、私はヒッキーにアイマスクを着けさせてから、肉塊の化け物の目の前まで歩み寄り見せつけた。

 

「ュ怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝ウ」コクッ


 何を言っているのか全くわからないが、とりあえず了承してくれたようだ。


八幡「利害は一致しているから問題ない、でもこちらとて裏切るような行為があれば容赦しないだと」


結衣「望むところ、私の名前は由比ヶ浜 結衣って言うの、貴女は沙耶ちゃんでいい?」


「」コクッ


 すると、沙耶は触手を伸ばしてきた。恐らく握手のつもりだろうと、私は安易な考えで手を伸ばした瞬間、触手の先端が突然鋭利になり私の眉間に突き刺してきた。


結衣「ぐふっ」


八幡「どうした由比ヶ浜!」


 不思議な気分だった、眉間を刺されたというのに痛みを感じなかった。唯々脳内に様々な情報が入り込んでくることを感じる。


??「大丈夫八幡、何も危害を与えてないから」


 突然女の子の声が雑音と共に肉塊の方から聞こえてくる、その声は段々と鮮明に聞こえてくるようになった。

 そして、刺されて10秒程だろうか眉間から触手は外され、ふと顔を上げると長いストレートの、緑とも黒ともつかない色髪でやや動物耳の様な癖っ毛で染み一つない白いワンピースを着た、成人前かと思わせるぐらい幼い容姿の女の子が、台所にポツンと座っていた。

 

沙耶「これでようやく対等に話せるようになったと思う」


結衣「もしかして、私の脳内何か入れた?」


沙耶「うーん、入れたというより干渉しただけかな」


結衣「そんな事が出来るならヒッキーの病状も治せるんじゃない?」


 すると沙耶は、少し眉間にシワを寄せ困ったような表情を見せた。


沙耶「それは・・・」


八幡「代償?」


沙耶「そう、さっき結衣にやった認証変換ぐらいなら容易いんだけど、八幡を元に戻すといった大きな変化はそれなりの代償を必要とするの、この世界の言い方をするならば生贄ね」


八幡「それはつまり、誰かに上書き保存するということだな」


沙耶「正解!」


八幡「・・・」


 ヒッキーは困った表情をしているが、私からすれば簡単な事だと思った。何故ならば、その生贄は彼に暴行を働いている奴に被って貰えばいいのだ。

 そのまま、犯人がわかったとしてソイツを警察に突き出したとしても、犯人が未成年であれば、院に詰められたとしても数年後には出所する事は私自身、法律とか詳しくないけどわかっていた。

 ここまで追い詰めておいての代償にしては、余りにも軽すぎる。なので法で裁けないのであれば別の手を考えればいいのだ。


結衣「沙耶ちゃん、実体化出来るのに制限時間とかあるの?」


沙耶「いや?」


結衣「だったらヒッキーを暴行している人物を知っているんじゃない?」


沙耶「うん知っているよ、でも私ではどうする事も出来ないの、相手は複数いるんだから」


八幡「沙耶、余計な事を喋るな」


結衣「余計な事って何!?このままヒッキーが殴られている事を見過ごせと言うつもり?」


八幡「そうだ!」


結衣「なに意地をはっているの?これだけ一緒に過ごしてきて、ヒッキーが考えている事がわからないとでも思った!?」


八幡「」


結衣「複数だから?クラスの目?私を舐めないで!!そんなの関係ない!」


沙耶「でも聞いてどうするつもり?」


結衣「罪を償わせる、それなりの代償を払わせるだけ」


沙耶「・・・前と比べて、随分と性格が変わったね」


結衣「前?」


沙耶「一度だけ結衣に会ったことがあるよ、八幡の身体を使って」


結衣「?・・・もしかして、病院の」


沙耶「そう!あの時は馬鹿そうで抜けてるイメージがあったけど」


結衣「うーん、でもあの時と今とそんなに変わってないよ?」


沙耶「そう?別人に見えるけど」


結衣「どんな私でも、本人なのには変わりないから」


沙耶「まるで哲学だね」


結衣「ただ、メリハリはつけるようにはなったかな」


八幡「仲良くしてもらうのは結構だが、結局なにをするつもりだ」


結衣「別に、夕飯どうしようかなって」


八幡「話の流れ的に絶対そうにはならないだろ」


沙耶「細かい事を気にするような男はモテないよ」


八幡「別にモテたいと思った事ない」


結衣「沙耶ちゃんは何を食べるの?」


沙耶「私は、そこらへんにいる動物を食べれたらそれでいいの」


結衣「サブレに手を出したらわかってるよね」


 私は台所に置いたあった包丁を向け、冷酷な目で見つめた。


沙耶「も、もちろん、結衣のペットには手を出さないよ」


結衣「そう、ならいいよ」ニコ


沙耶「結衣って時々怖いところあるね」ボソッ


結衣「そんな事ないって!ねぇヒッキー?」


八幡「俺の事を某日記所持者みたいな呼び方をするな」


結衣「何を言っているのかわからないけど、わかるように説明しろし!」


八幡「わからないならいい」


結衣「なんだか馬鹿にされた事だけはわかるよ」


八幡「感がよろしい事で」


沙耶「話を戻すけど、後のことは2人で話をしたいから八幡はそこで待ってもらえる?」


八幡「一応釘を刺しておくが、由比ヶ浜におかしな事をするなよ」


沙耶「逆に私が殺されかねないからね、パスで」


結衣「人を殺人鬼みたいに言わないでよね!」


 沙耶はその場で立ち上がると、私の部屋に向かって歩き出した。私はその後に続くように一緒に向かった。


結衣「それで話は?」


沙耶「犯人は複数いる、実行犯とサポート役で別れてね」


結衣「そう、犯人が誰か教えて欲しいんだけど」


沙耶「教えて、あいつらに罪を償わせると?」


結衣「その沙耶ちゃんが言ってた生贄でね」


沙耶「それを説明する前に、どうして私と彼の繋がりを説明しないといけない。」


結衣「どうせロクでもないことなんでしょ?」


 沙耶は流石に目を閉じると、淡々と語り出した。


沙耶「結衣の知っての通り、彼は事故に巻き込まれて身体に大きな損傷をうけた。

 その事故によって、脳に大きな傷を受けた彼は、後遺症により今の状態になった。そこまでは、理解していると思う」


結衣「続けて」


沙耶「さっき結衣が言った通り、私は脳をいじる事が出来る。それは勿論、彼の脳を正常にする事も可能だよ」


結衣「その為には生贄がいるって事でしょ?」


沙耶「本当は生贄なんて、なくても元に戻す事は出来る」


結衣「!?」


沙耶「でも、治してしまったら、私はまた孤独になってしまう・・・」


結衣「それで、生贄なんて重いワードを付け加えたわけね」


 経緯は、何となくだがわかった。ヒッキーは常に斜に構えて物事を偏見的に見る高二病的な考えを持っているけど、他人を巻き込む様な事をしない性格だ。

 彼は、間違いなくこの手法で元に戻ろうとしないだろう。


結衣「貴女の考えはわかった、でもね私もヒッキー本人も元に戻りたいと思っているの」


沙耶「それはそうだろうけど、私は」


結衣「悪いけど貴女の事情なんて、私達には一切関係のない事なの。でも、治して貰うには貴女の力が必要なのも事実。

 だから、お互いに利害が一致していないといけない、貴女が望む事は何かな?」


沙耶「一緒に共」


結衣「共存なんて出来ないよ?貴女がいる限り、ヒッキーは前に進めない」


沙耶「・・・」


結衣「でもね、普通に治して貰おうとも思ってないの。今は、あのままの方が都合がいい」ニヤッ


沙耶「え?」


結衣「私は、ヒッキーを自殺まで追い込んだ奴らを許さない。報いは受けてもらわないとね」


沙耶「さっきから思ってたんだけど、結衣は八幡の何?」


結衣「私??ヒッキーの友達だよ?今はね」ジトッ


沙耶「友達ねぇ、その友達の為にどうしてここまで出来るの?」


結衣「私はヒッキーの事を好き、勿論異性として。だから、ヒッキーの弊害になっている、今の病状を取り払おうとしている。これの何が問題あるの?」


沙耶「それは表向きの口実じゃなくて?本当は別の目的があるんじゃないかなって」


結衣「どう思うかは貴女の自由だよ沙耶ちゃん、でもこの話は貴女にとっても利がある話だと思うんだけど、だって、貴女は人肉を食べることができる訳なんだし」


沙耶「要約すると、貴女は犯人に復讐したいわけね」


結衣「そう、貴女は人肉という食料を得る訳」


沙耶「この話、私が納得すると思ったの?」


結衣「どうだろうね、私は同意してくれると思ってるんだけどなぁ」


沙耶「・・・とりあえず、お互いの考えがわかったからこれでよしで」


結衣「私は一歩も退くつもりはないから」



………………………………………………………


放課後 某カラオケ店


 空が薄ら暗くなり、街灯も電気がつき始めた頃。私と戸塚は、街中にあるカラオケ店内で一色を待ち続けていた。


戸塚「にしてもこの面子は、なんだか違和感あるね」


川崎「まぁ、よっぽどの事がなければ接点の無いからね」


戸塚「だから川崎さんに声をかけられた時、少しビックリしたよ」


川崎「連絡先を交換してやり取りもしているんだから、別に身構えなくても」


戸塚「それはそうなんだけどね」


 すると、いきなりドアが勢いよく開きだした。


一色「お待たせしました!!」


戸塚「一色さんお疲れ様です!」


川崎「思ったより早くに終わったんだな」


一色「そうですね、会議と言っても連絡事項の確認と、文化部の活動報告書の回収でけでしたので」


戸塚「運動部は先週でしたしね」


一色「それでは、まず最初に一曲歌いましょうか!」


川崎「何!?そんな呑気な事をしてる場合か!」


一色「川崎さん、これからはこの3人で動く事になるんですよ?親睦を深めておかないといけませんよ!」


戸塚「ハハッ、なんだか一色さんらしいね」


一色「それじゃ!私から歌いまーす!あいみ○んのマリー○ールド!!」


戸塚「僕もSe○yZoneを入れよっ」


 ここで初めて、カラオケに行っても歌えるようしておこうと思った瞬間であった。


戸塚「はい、川崎さんの番だよ!」


川崎「お、おう」


一色「川崎さんが何を歌うのか気になる!」


川崎「そ、それじゃ、X J○PANを」


一色「ふーん、なんだか意外ねヘヴィメタ系なんて」


 そして私は、まだ歌えるヘヴィメタを歌い続けた


川崎「乱れた愛に流され!!」


一色「なんだか凄くリアリティがあるんですけど・・・」


戸塚「まるで超高校級の軽音学部みたいだ」


 それから歌い終わり、話は本題に入る事になった。戸塚が怪我をした真相を確認する為に、私達はメモをとりながら紐解いていく。


一色「あの場にいたのは、貴方と先輩と加害者3名ということね。」


川崎「その前に、現場にいなかっただけで共犯者がいる。あの日、私はあるクラスメイトの男子から先生に呼ばれていると言われたが、実際は誰も呼んでいなかったのだ」


一色「あら、川崎先輩もなんですね、私も生徒会の男子から城廻先輩が呼んでいると嘘をつかれましたので」


川崎「まさか、学校を嫌がったのは」


一色「そう、共犯者が把握できていない今、リスクが高すぎるからですよ」


戸塚「そうですね、でも少なくとも、相模が主犯格なのは間違いないよ」


一色「まずは、そうである証拠を集めないと。戸塚先輩の証言だけでは不充分ですから」


川崎「何か他に証拠はないのか?」


戸塚「証拠・・・そうだね、2人になら大丈夫だと思うから教えるね」


一色「証拠??」


戸塚「これを聞いてほしい」


 すると戸塚は、机の真ん中に自分のスマートフォンを置くと、真っ暗な背景の動画を再生し始めた。

 なにやら物音やら雑音がするが、しばらくすると人の声が聞こえだした。


《幸い今日は体育館は改装工事の為に体育館のクラブ生は休み、それにこの時間帯は作業員もいないの、だから騒いでもバレない


《こらっ!大人しくしてろ!


《ドサッドサッ…ドスドスドス…ガサガサ…


《…おわった?


《あぁ、終わったよ…ほら?完全に目が逝ってる


《ドサッ!!


《あーあ、忠告したのにね…コソコソしているから何をするのか、あえて泳がしていたら…やってくれたわね


《は…はちまん…ゲホッ


《と、戸塚…おまえ


《そうね、次あの2人と一緒にいたら…戸塚も同じ運命にしてあげる


《でも比企谷、アンタは直ぐに忘れるでじょ?だから書いてあげる♬


《な、何をする気だ……いぎゃぁあああ!!!


《懐かしいでしょ?彫刻刀よ?


 動画はここで途切れていた、ここまでの証拠があれば充分だろう。それより、私は人間の皮を被った外道共に対して憤りを感じていた。

 もし目の前に、アイツらがいれば問答無用で締め上げていただろう。


戸塚「これだけじゃないよ、彼の傷がどれぐらい酷いのか、写真で撮影しておいた」


 戸塚はスマホを横にスワイプさせると、画面に傷だらけになった比企谷の上半身が写し出された。

 数多くの挫傷に打撲、いじめの域を超えているであろう怪我に、私は胸糞な気分になった。

 それに対して、一色は顔色を変える事なく写真を拡大したりして冷静に分析している。その精神力に違和感を感じつつも、私も彼女に見習って写真を確認した。


一色「証拠としては、充分すぎる。このスマホを持って学校より警察へ提示すれば、事態はスムーズに進み加害者は法的に裁かれるでしょう」


 これだけの証拠があれば、言い逃れは出来ないので、有罪は避けられないだろう。

 しかし、戸塚の厳しい表情は変わる事は無かった。


戸塚「いや、裁かれると言っても加害者が未成年である以上、喰らっても少年院に5.6年とかそこら辺、過ごしたら名前を変えて社会復帰するのがみえているよ。僕私なにも知りませんでしたで、何不自由の無い生活をする綺麗な色になる」


川崎「ならどうする、制裁するか?」


戸塚「いや、社会的に潰す方がいいよ、今の時代SNSという便利なツールがあるんだから」


一色「確かにSNSは拡散しやすいけど、もし問題があった場合、戸塚先輩が捕まる可能性だって」


戸塚「百も承知だよ、八幡が苦しんでいるのにアイツらは何も報いを受けない方が、僕的には許されないかな。正しい者が尊重され悪人は罰せなければならい、そうであるべきで、彼女らはドス黒い色の世界で罪を悔いるべきだ」


川崎「あくまで徹底的な正義を貫くというわけか」


 まるで『人間は正しくなけりゃあ生きる価値なし』をモットーに、苛烈かつ過激に正義を貫く硬骨漢のよう、戸塚の目は真っ直ぐと前に向いており、自分が考えに迷いなんてものは無いのだろう。


 それに対して私は、腹を括っているのだろうかと、ふと考えてしまった。

 私の身にもし何かあれば、京ちゃんや大志はどうなる。勿論、両親がいるので経済的に問題はないのだが、今回の件はアイツらには関係のない事であり、迷惑をかけたくない。

 そう考えてしまった、しかし、それは同時に比企谷を見て見ぬ振りをする事と同義だ。彼には大きな返しきれない借りがある。


一色「なるほど、見た目の割には狂犬を中で飼っていますね。そっちの方が人間らしくて、大変結構だと思います」


川崎「アンタもそう思うわけ?」


一色「どうですかねぇ、私は戸塚先輩と違って直接なにかされた訳ではないので、本来は過度な介入はするべきではないけど」


川崎「けど?」


一色「なんだか、物事が上手く事に進み過ぎて不気味なんですよ。そもそも、今回の件は城廻先輩から依頼で、監視カメラを見なければ分からなかった事なわけですし」


戸塚「その依頼内容は?」


一色「よくある話ですよ、生徒が変なことしてないかの確認です。この学校に風紀委員会のんてありませんので、生徒会が確認する事になっているの」


川崎「なるほどな」


 一色が言っている事も一理ある、確かに物事がまるで軌道に乗るかのように進んでいる。気にしすぎと言われれば、それまでだが疑問に思っておいて損はないだろう。

 

戸塚「にしても城廻先輩の権力は強いんだね」


一色「まぁあれでも元生徒会長ですからね」


川崎「元生徒会長・・・監視カメラ・・・まさか」


一色「どうかされました?」


川崎「いや、アンタの前に監視カメラを確認したのは誰かわかるか?」


一色「?そうですね、確か城廻先輩でしたっけ?」


川崎「確か城廻さんは生徒会から一歩引いているのではなかったのか?」


一色「そうなんだけど、なんせ人手不足ですから手伝ってもらっているんですよ」


川崎「そうか、監視カメラには、一部老朽化して使い物にならない物があるっと言っていたが、アイツらが事前に知っている可能性はないか?」


一色「そんな事ないですよ!確かに身内にいる可能性はゼロではないですけど」


川崎「あのパソコンはノートパソコンだ、持ち運びに適している」


戸塚「そういえば、一色さんって生徒会長に推薦されていたよね?」


一色「当時は乗り気じゃなかったけどね」


川崎「なるほど、確かにアンタの性格上敵を作りやすいという訳か」


一色「え、なに、いきなり罵倒されたんですけど」


川崎「生徒会内で"奴ら"がいるかもしれない」


戸塚「奴ら、ですか」


川崎「今回の件、実行犯だけではなく他に協力者がいるはずだ、今割れているメンバーだけの犯行の場合だと情報に限りがあるし、もっと早くにバレていると考えるのが妥当だろう」


一色「生徒会に、内通者がいると考えた方が自然という訳ですね」


川崎「組織の長であるアンタには悪いが、あくまで可能性論としてゼロではないということだ、それに自分でも内部にいるかもしれないと言っていたじゃないか」


一色「痛いところに突いてきますね。事実確認をしていない以上、適当な事は言えません。ですが、私も野放しにするつもりはありません」


川崎「戸塚に悪いが、奴らを制裁するのは後回しだ。」


戸塚「大まかな今後の流れとしては、実行犯の周りにいる人間をピックアップし、黒い人間を割り出していくで大丈夫だね?」


一色「それでいいと思います。」


川崎「だが、私達は顔が割れている以上、少なくとも目の前では何もしないだろう。そこでだ、潜入捜査ということでどうだ?」


一色「潜入捜査ですか?」


川崎「そう、協力者を確保する。心配するな、私に考えがある」




………………………………………………………


雪乃「……」ペラッ


 静かだ、部室の中には私以外誰もいないのだから当たり前である。

 しかし、静かな空間にいるのだから読んでいる小説の内容が頭に入りやすいハズなのに、不思議と胸騒ぎが収まらない。


雪乃「……」ペラッ


 誰もいない部室、それは今に始まった事ではないのはない、むしろ今までが煩すぎたのだ。

 胸ばかりに栄養が入った脳カラ娘に、屁理屈しか取り柄のない陰湿な男、今考えればロクな人間がいなかった。


雪乃「………」チラッ


 周りを見渡せば、2人が座ってあった椅子が空いてあった。すると、薄らと彼らが座っていた光景がぼんやりと脳裏に浮かび上がってくる、しかし、その光景は戻る事はない。


雪乃「……どこで間違えたのかしらね」


葉山「それ、俺にも考えさせてくれないか?」


 後ろを振り返ると、練習用のユニホームを着た葉山の姿があった。


雪乃「…いつからそこにいたの、練習しなくてもいいのかしら」


葉山「ついさっきだよ、顧問に呼び出されてグラウンドに戻る途中、君達の部室を覗いたら君が今にも消えそうな感じがしてね」


雪乃「覗き見とは肝心しないわね」


葉山「それは謝るよ、でもヒキタニ君は俺のクラスメイトだから無視するわけにはいかない」


雪乃「流石クラス一の人気者で、文武両道の俗に言うイケメンリア充と呼ぶにふさわしいスペックの持ち主ね」


葉山「少しトゲのある言い方だね、そういうところも君らしいよ」


雪乃「あら、事実を述べたまでよ?何か頼まれた際に他人に頼んで解決させるといった無責任な行動するとか」


葉山「俺に対する印象はよく分かった」


 葉山は溜息を吐きながら呆れた表情をみせた、それをしたいのは私の方なのだが、面倒くさいので無表情を貫き通すことにした。


葉山「比企谷と何があった」


雪乃「何もないわ、強いて言うのであれば元の関係に戻ったぐらい」


葉山「そう、彼に突き離されたわけか」


 ハッと馬鹿にしたような感じで笑う声で、私を見つめてきた。貶しに来ただけなら帰って欲しい。


雪乃「不愉快だから1秒でも早く私の視界から消えてくれないかしら?」


葉山「今日はよく喋るね、感情的になるなんて珍しい。それよりも、ヒキタニ君の事を教えてくれないか?」


雪乃「貴方に教えてどうなるのかしら」


葉山「それは内容によるかな」


雪乃「・・・」


 もしかしたら葉山は、今の状況を教えたら彼の事を救ってくれるかもしれない。しかし、それは逆も然りであり、何も葉山がグルでない可能性は否定出来ないからだ。


雪乃「信頼が出来るかどうかも分からない相手に教える気はないわ」


葉山「まさか疑われてる?俺は」


雪乃「聞こえなかったかしら?信頼できるかできないかの話をしているの」


葉山「なるほど、そういうことね。それなら、君も同じじゃないかな?」


雪乃「どういうこと?」


葉山「彼に信頼されていないから、今も一緒にいてくれないんじゃないかなってね」


雪乃「どうしてそれが言い切れるの?」


葉山「根拠とかそういったものはないけど、そう思っただけさ」


 正直、痛いところをついてきたと思ってしまった。以前に彼に突き飛ばされてしまった分、説得力がある。


葉山「もしかして図星だった?」


雪乃「それは本人が決めることで、私がどうこうすることではないわ」


葉山「それもそうだね、だけどヒキタニ君のクラスメイトとして伝えるけど、このままだといつか彼は大きな道を踏み外してしまうかもしれない」


雪乃「言われなくとも分かってるから大丈夫」


葉山「彼だけではなく、周りを巻き込む事になっても?」

 

雪乃「今でも充分巻き込んでいるじゃない」


葉山「君が考えていることは想像できるけど、俺が考えている事は、彼からではなく第三者が何かしらの動きをするんじゃないかって踏んでいる」


雪乃「・・・誰かの口から聞いたことかしら?」


葉山「いや、これは俺の推測であって君の好きな根拠なんてものは遠い話さ、川崎さんが誰かと一緒にいるなんて考えられなかった、彼と仲良くなるまでは」


雪乃「そういえば、学校で彼女の姿を見るようになったわね」


葉山「それだけならまだ良いんだけど、登校する際は決まって必ずヒキタニと一緒だ。

 川崎さんは常に不機嫌そうな表情で人を寄せ付けない雰囲気を放っている以上、様々な憶測が飛び交っているが、見る限りに関係性はまるでボディーガードだ」


雪乃「それで川崎さんが何かすると?馬鹿馬鹿しい」


葉山「そうか、でも君も俺もヒキタニや彼女の気持ちはわからない、違うか?」


 彼の言い分は正論であり、的確であった。それに対して、言い返す余地も無く私はただ無言を貫き通した。


葉山「とにかくにも何か起こってからじゃ遅い、早急に事態の改善をしなければならない」


雪乃「何を改善するつもり?」


葉山「クラス全体が、彼のサポート体制を構築すること。勿論クラスメイトが、彼に対してヘイトがある以上生半可な気持ちじゃ厳しいのは百も承知だ」


雪乃「理想は立派ね、でもそれは彼にとって良い事とは限らないわ」


葉山「彼の性格ならそうだろう、でも少なくとも悪いことにはならない」


雪乃「それは貴方の考えよね?私は、何も分からない以上何もするべきではないと思うけれど」


葉山「案外冷たいんだね君は」


雪乃「あらそう?彼の側にいた私ならではの考えなのだけれど」


葉山「なら何故さっきあんな事を呟いた」


雪乃「さっき?」


葉山「どこで間違えたのかしらってね、このままじゃ駄目だってことぐらい、自分でもわかってけど、プライドが邪魔して自分を肯定したいだけじゃないか?」


雪乃「喧嘩売ってるの?」


葉山「仕掛けてきたのはそっちだって事を忘れるなよ」


 少し昔に、西部劇の映画のワンシーンでカーボーイが銃の早撃ちする場面を見た覚えがあった、もちろん早撃ちなんてしたことがないが、恐らく今の雰囲気はそれに近いものがあるのだろう。

 まるで1秒1秒が、数分に感じるほど長く感じお互いが見つめ合っている。

 すると、夕焼けが雲の隙間から差し込み、教室が明るく照らされると同時に、もの数秒間が静寂に包まれた空間にカラスの鳴き声が響き渡る。


葉山「・・・まぁいいや、俺は部活に戻るけど次に会う時は良い答えを聞ける事を祈っているよ」


 葉山は、壁にもたれていた身体をゆっくり起こすと、教室を後にした。

 彼が出て行ったことによって、張り詰めた雰囲気からは解放されてたが、心の何処かで引っかかる物を感じた。


雪乃「・・・肯定か」


 悔しいが、今にも思い返してみると、苦しんでいる彼を私は何かしてあげれただろうか?いくつかの選択肢はまだ残されているかもしれないけど、私自身その選択肢を選ぶことを拒んでいるのではないかと。


 学力テストでは常に学年1位。勉強のみならず運動神経も並外れて良く、楽器等もでき家事もできるというステータスに踊らされていた演者。

 自分が決めた道を歩いていくだけ、そんな道が見えなくなってしまった。

 いや、そんなものは元よりなく、贋作でしかない。私は見た目こそ石橋だが、崩れたら奈落、そういう橋を大きい足音を響きかせて渡っていたのだ。

 いつも出来ているつもりで、わかっているつもりでいただけと自分でもわかっていたはずなのにと、自己嫌悪に陥る


「奉仕部ってのは奉仕させる部活だろ」


「俺が奉仕されてどうする」


 思い返せば最後に彼に言われた時から、今にも崩れそうにも脆くなっていたのだ。

 

平塚「随分と意地悪な言い方をするのだなアイツは」


雪乃「平塚先生、いつから」


平塚「信頼がどうこうってところから」


雪乃「ほぼ最初からじゃないですか」


平塚「とりあえず時間は大丈夫か?」


雪乃「まだ下校時間ではないはずですが」


平塚「そういう意味じゃなくてだな、話がある」


 平塚先生の表情は、いつもより深刻そうであった。


雪乃「・・・わかりました」

 

 先生は教室のドアを閉め、比企谷君の席に座った。彼の椅子は出口から手間にあるので、何も意図はなく座ったのだろう。


平塚「先程、警察署から我が校の生徒が自殺未遂を起こした可能性があると連絡があってな」


雪乃「そう、なんですか」


平塚「詳しく説明すると、今日の早朝、ある公園にて首を吊ろうとしている我が校の制服を着た男子を監視カメラにて映っていたらしい。その公園の管理会社が監視カメラの定期検査した際に判明したとのことだ」


雪乃「それをどうして私に」


 先生は私の問い掛けを無視して、そのまま会話続ける。どうして私にこの話を持ち掛けたのか、まだ話の先を聞いてないが、予想が嫌な方向へと進んでいく。

 わざわざ私に伝える訳は?その疑問と同時に比企谷君の姿が思い浮かぶ。


平塚「管理会社は、まずこの事を警察に通報し監視カメラのフィルムを警察に渡した。しかし映像の画質が粗かったため、フィルムを鑑識に回したところ」


 すると先生は少し顔を伏せ始めた、丁度前髪が降りて表情が見えにくくなっていた。

 しかし、中々次の言葉が出てこない、やめてよやめてと心の中で叫んだ。


平塚「そこに、比企谷の姿があった」


 恐れていた事態が起きてしまったことに、私の中の石橋が完全に音を立てて崩壊した。今まで無いぐらい泣いた、今まで無いぐらい人前で泣いた。

 先生は、私を落ち着かせようとそっと抱き寄せたが、先生も嗚咽はせずとも眼に涙が溜まっていた。


平塚「落ち着け雪ノ下、何も未遂で死んだわけじゃない。比企谷は生きている。」


雪乃「ちがう、ちがう、彼に対して助けてあげれなかった、」


平塚「雪ノ下・・・お前だけじゃ無い、私も同じだ」


雪乃「同じ・・・そんなわけない」


平塚「雪ノ下?」


雪乃「私は、奉仕部で殆どの時間を比企谷君と一緒にいました。いち教員と訳が違います」


平塚「いち教員か・・・」


雪乃「あ、その、」


 言い過ぎたと思ったその頃には、既に遅く先生の表情は悲しそうであった。


………………………………………………………


 夜中 千葉県内 某公園


平塚「今日は冷えるな、本当に」


 私は、比企谷が自殺未遂をした現場である公園に来ていた。あの後、雪ノ下を家まで送り私は警察署まで行き、事情聴取を受けた。

 本来なら、本人及び保護者と共に話して、どうしてこのような行為に及んだのかを紐解いていくのだが、現実はそうならなかった。

 自殺未遂した彼が、行方不明だということだ。長男が、自殺未遂をした。この事実を警察から家族の元に伝えられたが、妹の小町が、自分の兄が夜になっても帰宅していない事を伝えられた。

 ことが事なだけに彼の両親は、捜索願を提出し千葉県警は近辺の捜索を開始した。それと同時に警察は監視カメラの映像が一部で途切れている事に気が付き、付近の監視カメラにも、同時刻に途切れている事から更に不審感が高くなり事件性が増すこととなった。


 公園現場には、テープがはられており、部外者の私には入られないようになっていた。

 周りを見て回ると、遊具の近くに自殺に使われたと思われる紐が落ちており、鑑識が指紋を採取しているところを見ると、まるで刑事ドラマのようであった。


平塚「・・・ちっ」


 遊具を見ていると、監視カメラで見た比企谷の首吊り姿を思い出してしまう。

 このままでは、どうにかなってしまいそうだったので、公園の駐車場に停めていた、自家用車である赤のアストンマーチンに戻りタバコに火をつけた。


「やっぱり静ちゃんも来てたんだ」


平塚「陽乃・・・どうしてここに」


陽乃「比企谷君の事でね」


平塚「昔からそうだ、陽乃はなんでも知っているな」


陽乃「なんでもは知らないよ、知っている事だけ」


平塚「なら知っている事は何だ?」


陽乃「静ちゃん、そこは講談社に怒られそうな発言は辞めろってツッコムところだよ」


平塚「すぅーっ、ハァー、どんな状況でも取り乱さない所、流石というべきか」


陽乃「それはどうだろう、そう見えるだけかもしれないよ」


 私は、タバコを深く吸い副流煙を夜空に向けて吐きながら放課後の雪ノ下 雪乃を思い出していた。私や陽乃は、彼女と違い成人した大人だ、大人である以上如何なる事があったとしても、決して取り乱したりしてはいけない。

 だが、そのようなルールは誰が決めたのだろうか?大人でも感情的になってもいい時はあるはずだと思い、深くタバコを吸い続ける。


陽乃「雪乃ちゃんじゃないけど、私は私なりに責任を感じているんだけどね」


平塚「そう・・・」ハァーッ


陽乃「私、昨日の夕方に彼と会っていたの」


平塚「ッ!?」ポロッ


 私は予想外のカミングアウトに、思わず咥えていたタバコを落としてしまった。


陽乃「仕事帰りで暇だった私は、車窓から外を眺めていると比企谷くん姿が見えたから、暇つぶしに声をかけたの」


平塚「あいつはどんな感じだった」


陽乃「順を追って説明するから、焦らないでよ静ちゃん。私は彼を車に乗せて暇つぶし相手になって貰うつもりだったのだけれど、彼の身体は何かに震えているようだった」


平塚「そりゃあ、目が見えない状態でいきなり車に乗せられたら何事かと思うだろ」


陽乃「なんだろう、こういう怖さより世の中から逃げ出したいとか?そう、薬がきれたジャンキーみたいな感じ?」


平塚「おい、いくら陽乃でも私の生徒を薬物依存者扱いされるとキレるぞ」


陽乃「例え話だよ、本気でそう思ってないって!あと、彼の身体は傷だらけだったよ」


平塚「それは、アイマスクの生活になれていないからじゃないのか?」


 私がその言葉を発した瞬間、陽乃は眉間にシワを寄せて表情が強張った。


陽乃「雪乃ちゃんも静ちゃんも、どうして比企谷くんの事をそんなに関心がないの?」


平塚「なんだって?」


陽乃「あんな傷、道に転けるだけで出来た傷なんかじゃない、明らか鋭利で硬いもので出来た傷だったよ」


平塚「わかっていたのならどうして」


陽乃「病院に連れて行かなかったのか?って言いたいんだよね?偉く自分の事を棚に上げるじゃない」


 陽乃が言いたいことは、言葉にしなくともすぐにわかった。どうして、ここまでになるまで放っておいたのかと言いたいのだ。


平塚「何も、そういうつもりで言ったわけじゃない。私は、怪我人が目の前にいれば助けてあげるべきじゃないかと、ごく普通の事を言っている」


陽乃「静ちゃん?まさか私が、怪我だらけの比企谷くんを放ったらかしにする冷酷な女だと思ってる?」


平塚「まさか、自分の教え子を疑う訳がないだろ。私は、比企谷と会ってからどうしたと聞いている」


陽乃「・・・結果的に言うと、比企谷くんは私がどうこうする前に、ドアを開けて車から逃げ出したよ。勿論、私は助けようとしたけどショックが勝ってしまって硬直してしまったの」


 陽乃は少々眉間にシワを寄せたまま、淡々と話し出した、目こそ合わせないものの嘘をついている様には見えなかった。


陽乃「想像出来る?彼の方から虫が出て来るなんて事を!!」


平塚「虫??」


陽乃「虫は虫でも食用なんてモノじゃない、あれは・・・ミミズとかそういう類の」


 彼女の声は、段々弱々しくなっていくが、私に説明するために口を動かす事を止めようとしない。最初こそ問いただそうとしたが、それではまるで、弱い者虐めでもしているかのような気持ちになり、ただひたすらに聞き手に回った。


平塚「誰かに虐められていると見るのが妥当か」


陽乃「単純に考えたらね、でも今はそれより彼の身柄が一番先決じゃないかな」


平塚「そうだな、アイツが行きそうなところといえば・・・」


陽乃「共通点を探してみるとか?」


平塚「共通点?」


陽乃「そう、今日一日彼の身の回りでいつもと違う動きをしているとか」


平塚「・・・由比ヶ浜が欠席していたが、親からも同じ連絡が来ていたから、本当に体調が悪かったんじゃないか?」


陽乃「どうかな、ガハマちゃんの親絡みとなれば話は変わってくるんじゃない?」


平塚「・・・確認するのは、明日にでもしよう」


………………………………………………………


 早朝未明


ピピピッ!! ピピピッ!!


結衣「うるさい」カチッ


 いつものように、鳴り響くデジタル目覚ましを止める。時刻は6時03分、いつもならサブレを散歩に連れて行く時間なのだが、今日は普段と違い特別な日なので、普段とは違うモーニングルーティンとなる。


八幡「スカァー」


 私のベットの隣で、ヒッキーがイビキをかきながらグッスリと眠っている。こうして見てみると、まるで同棲しているかのようにも感じる。


結衣「えへへっ」


 私は、人差し指でヒッキーの頬を突っついてみる。彼は、寝言を言いながら寝返りを打ちそっぽを向いた。

 ずっとこうしておきたいと、私は幸福感で溢れていた。


八幡「ん、もう朝か」


 突っつき過ぎたのか、彼は瞬きをしながらすかさずアイマスクを付けた。


結衣「おはようヒッキー」


八幡「・・・そうか、俺は昨日あの後、由比ヶ浜の家に泊まって・・・小町にはお前から伝えたんだよな?」


結衣「うん、連絡はしておいたから」


八幡「そうか、そういえばお前の母ちゃんは」


結衣「今日は早くに出て行くって言ってたよ」


八幡「・・・俺さ、目を覚ました時に毎回思う事があるんだけど」


結衣「ん?何かな」


八幡「今までの事は全部夢オチで、実は事故のあった前日に目が覚めて元通りってな」


結衣「っ、」


 ヒッキーの何気ない言葉が、私に重く乗しかかった。そもそも、ヒッキーがここに来る事を望んでいなかった。何故なら事故に遭わなかったらここに来る必要がなかったからだ。


結衣「ごめんなさい」


八幡「え?」


結衣「私、ヒッキーの気持ちも知らないで一人で浮かれてた。今こうして一緒にいる事が幸せに感じてしまった」


八幡「・・・別に、いいんじゃね?どう思うかはお前の自由だし」


結衣「それでも、ヒッキーを元気付けるつもりが私一人で浮かれていただけだし・・」


八幡「・・・俺は嬉しかったけどな」ボソッ


結衣「え?」


八幡「とにかく、お前が負い目を感じる事はないって話だ」


結衣「やっぱりヒッキーはヒッキーだよ」


八幡「なにそれ貶してるの?馬鹿にしてるの?」


結衣「ううん、内緒」


八幡「はっきりしないな」


結衣「乙女心はそんな簡単なモノじゃないの!」


八幡「そういうもんか」


 ヒッキーは欠伸をしながら、ムクッと布団から起き上がり、手探りで布団を畳んでいた。

 そんなヒッキーを眺めながら、私はパジャマを脱いでタンスからブラジャーを取り出す。


結衣「・・・」


 下着を手に持ち、上半身裸のままヒッキーの前に立ってみた。もちろん、彼はアイマスクをしているので私の格好を知る由ない。


結衣「何をしてるんだろ、まるでヒッキーの言うビッチみたいじゃん」ボソッ


 私は溜息を吐きながら、ブラジャーを着ける


結衣「んっ、キツッ」


八幡「何が?」


結衣「ブラジャーのサイズがキツくなってきたの、ワンサイズ上げないといけないかな」


八幡「おまっ、何男の前で着替えてんだ!やっぱりビッチか!!」


結衣「違うよっ!それにヒッキーには見えないんだから別にいいでしょ!?」


八幡「そういう問題じゃない」


結衣「もう、小さい男の子は周りから嫌われるよ?」


八幡「既に嫌われているんですが、それはどうしたらいいんですかね」


結衣「その嫌われ者の事が好きな私も、またどうしたらいいんですかね」


八幡「質問を質問で返すなよ」


結衣「・・・私は何があっても、ずっとヒッキーの側にいるからね」


八幡「・・・」


 この言葉に対してヒッキーは、何も言わなかった。でもそれでいい、拒絶さえされなければ私は彼の側に居続ける。


結衣「だから、勝手に消えないでね」ギュッ


 私はヒッキーの服の袖を、引っ張り呟いた。昨日の朝みたいに今にも消えそうな彼を、二度と見たくないのだ。


八幡「・・・考えたらやっぱりおかしいだろ、どうしていきなりこんなに」


結衣「おかしいよ!」


八幡「え、」


結衣「おかしい程、私はヒッキーが好きなの」


八幡「っ」ビクッ


 その時、彼の身体は小刻みに縦揺れだした。これはどんな気持ちの表れなのか、なんとなくだがわかるような気がした。


八幡「す、き?」ビクッ


 彼は、その場で膝から崩れ落ちた。後ひと推しで彼は落ちる。


結衣「それぐらい、ヒッキーと一緒にいたいの」


 アイマスクの下から、何かが落ちる物が見えた。今まで見下され、排斥され続けた彼の本音が溢れ出したのだろう。

 そんな彼を、私は優しく抱きしめた。触感に異常がある事は百も承知のうえでの行動であった。


八幡「不思議だ、触感は気持ち悪いのに嫌悪感を全く感じない。由比ヶ浜の鼓動を感じる」


結衣「後は私に任せて、ヒッキーの身体は私が戻して見せるから」


八幡「うぅ・・・」


 ヒッキーは、黙って私の背中に腕を回して抱き締め返してくれた。私の問い掛けに答えてくれたと思うと、嬉しくて仕方が無かった。


結衣「よしよし・・・」ナデナデ


 今思えば、あの時に気が付いて本当によかった。数分ズレていれば、既に手遅れになっていたかもしれない。

 そう思えば思うほど、運命的なモノを感じていた。これからは彼を苦しませないし、それを邪魔するモノは徹底的に排除すればいい。


結衣「だからねヒッキー、しばらくの間は自宅にいてね。外は危ないから」ナデナデ


八幡「あぁ」


 ヒッキーの様に、今まで自分一人で背負って生きてきた人間は、縋れる物があれば縋り続ける。甘さや優しさという蜜は、彼にとって強烈な中毒性のある薬となる。


八幡「ゆ、ゆいが」


結衣「結衣、でいいよ」ニヤッ


八幡「そんな関係じゃないだろ」


結衣「結衣って呼んで、そうじゃないと嫌だよ」


八幡「んな、、、ゆ、結衣」


結衣「うんっ」ドキッ


 私は有頂天になっていた、他人に冷たく正論しか言わない男だったヒッキーが、なんでも私の言う事を聞いてくれている。

 スタンドフィルムミラーには、丁度不気味な笑みを浮かべている自分の顔が写し出されていた。 とても人様の前に出れるような表情ではなかったが、その場にいるのは私とヒッキーの二人だけ、何も問題なんてない。

 

結衣「私は学校行かないと行けないから、大人しく待っといて!昼ご飯は用意してあるからレンジで温めて食べてね」


 昨日のうちに、昼用に作っておいたのだ。


八幡「俺も学校に」


結衣「何を言っているの?さっき自宅に居てと言ったばかりだよ」


八幡「いや、それは放課後とかの話だろ?」


結衣「ヒッキー、自分の今の状態わかってる??学校が一番危ないんだよ?それはヒッキーが一番わかっているはずだよね?」


八幡「それでも流石に二日連続は不味いだろ」


結衣「それじゃ聞くけど、今歩いている道に別れ道があって、石橋と錆びついた橋の内、態々錆びたい橋に渡る?」


八幡「それは状況に」


結衣「行く訳ないよね?ヒッキーは私の言う事を聞いてさえしてくれれば、危険な目に遭う事が無いの!」


八幡「なにそれこわい」


結衣「そうかな?ヒッキーにとって私は都合の良い女だと思うけど?衣食住を無償で提供しているし、身の回りの世話までしてあげてるんだから」


八幡「・・・」


 彼は何か言いたそうだったが、口を閉じて何も言わなかった。


結衣「ヒッキーは何もしなくても大丈夫だから」


 私はそう言い放ってから、サブレを連れてその場を後にした。

 すると、ドアの開いた先に沙耶が少し笑を浮かべながら立っていた。私は、少し不穏な雰囲気を感じたので、サブレを廊下に離すと、ゆっくりドアを閉めた。


沙耶「結衣って、見た目の割には怖いことをするのね」


結衣「そう?私は間違った事はしてないと思うけど」


沙耶「側から見れば、今やっていることは監禁に近いけどね」


結衣「保護といってくれない?まるで私が悪者みたいじゃない」


沙耶「そこまで言ってないよ、ただ裏に潜めている"モノ"は穏やかじゃないかなって」


結衣「・・・いつから見てたの?」


沙耶「さぁね、結衣の言う"いつ"はいつからなのだろうね」


結衣「どうも、貴女は腹の中を見せないタイプみたいね」


沙耶「それはお互い様じゃないかな、中身だけなら結衣の方がよっぽど化け物地味ているよ」


結衣「類は友を呼ぶってことかな」


沙耶「呉越同舟にならない事を願っているよ」


結衣「それは私もだよ」


 私は、笑みを沙耶に見せながら玄関に向かったサブレを追いかける事にした。

 玄関には、既にサブレが尻尾を振って待っていたので、私はいつものモーニングルーティンのように靴を履いてドアを開けた。


サブレ「ワンッ!!?」


結衣「どうしたの?そんなに驚いて・・・あ、そうか、髪を括ってないから驚いたのね」


 自宅から出て直ぐの交差点に、鏡が設置されており丁度自分の顔が写っていた。


結衣「いつもと違うけど、まぁいいか」


 少し、いつもと違うように見えるが、別にサブレが拒絶しているわけではないので問題はないだろう。


サブレ「ハァハァ!!」


 サブレは、いつもの様に元気に走っている。すると、いつもの公園に辿り着いた。昨日、ヒッキーが自殺を図っていたところである。


〈ざわ・・・ざわ・・・


 公園の敷地内には、スーツを着た人や警察官がうろついており、周りの道路にはパトカーと黒ピカリとしている自動車が停まっていた。


結衣「どうしてこんなに警察が・・・」


 私はキョロキョロと周りを見渡すと、電柱に監視カメラが数台仕掛けられていた事に気がついた。


結衣「なるほど、それで気がついたわけね」


サブレ「ワンッ!ワンッ!」


 いきなりサブレが大きな声で吠え出したので、私はサブレが見つめている目線の先を追ってみると、そこには見慣れた人が訪れていた。


結衣「ゆきのん??まだ朝早いのにどうして」


 時刻は6時半過ぎなのに対して、ゆきのんは制服姿で来ていた。学校の登校の途中で寄った割には早すぎる時間帯だ。


結衣「ということは、ヒッキーの事は既に学校側に伝わっていると考えるべきかな。いや、もしくは・・・」


 学校に伝わっているのであれば、恐らく学校に行けば親しい人間という事で、取り調べが行われるだろう。警察や先生に少し不穏な雰囲気を見せれば、ヒッキーの存在を変に勘づかれる可能性がある。

 だが、何かしらの行動をしないといけないのも事実だ。


結衣「どうするかは帰りながら考えるとして、今はここから離れる事が先決ね」


 私は丁度右上の電柱に設置されている監視カメラを見上げると、サブレを連れてこの場を後にした。


結衣「少なくとも、何が何でもヒッキーとゆきのんを会わせるわけにはいかない」


 丁度朝から良いことがあったのに、彼女のせいで台無しになるところだった。


結衣「いたっ」


 私は無意識に、親指の爪を噛んでいたようで深爪になって真っ赤になっていた。


結衣「ゆきのんは特に気を配らなきゃ」


 私とゆきのんとの関係、全ては約三週間前までに遡る。あの時から、私の心の声がようやく聞こえた気がした。


…………………………………………………………


約三週間前 奉仕部 部室


結衣「やっはろーっ!!ゆきのん!!」


 私は放課後になり、勢いよく部室のドアを開ける。いつもだと先に部室にいるのは、ゆきのんだと決まっていたが、部室には誰も来た形跡がなく、今日だけ私が一番乗りだった。

 

結衣「あれ?ゆきのんが遅れるなんて珍しいこともあるんだね・・・ま、スマホでもいじってよ」


 そうやってのんびりとスマホをいじっていると、気が付いたら既に来てから30分が経過していた。

 それほどの時間が経過しているのに対して、誰も来る気がしない。

 私は、根拠は無いがただならぬ予感を感じていた。

 すると、部室のドアが静かに音を立てて開いた。


結衣「あっ、ゆきのん!やっはろー!!」


雪乃「あ、由比ヶ浜さん・・・」


 私は何処となく元気のないゆきのんを見て、何かあったのかを察した。


結衣「あれ、ゆきのん?元気ないね?」


雪乃「あのね、由比ヶ浜さん、伝えないといけない事があるの」


結衣「え?」


 いきなりかしこまってどうしたのかと、私は少し不穏な雰囲気を感じつつ、近くにあった椅子に座った。ゆきのんも、近くにあったパイプ椅子に腰掛けると、少し下向きだった顔を上に上げた。

 すると、ゆきのんの目は少し充血している様に見えた。


雪乃「まずはこれを見てほしいの」ピラッ


 差し出されたプリントを、私は何も考えず受け取った。裏面無字だったが、受け取った時に触った部分は凹凸状になっていた事から、何か書き足されているのだろうと推測できる。

 言われた通りに、四つ折りにされたプリントを開けると、そこには退部届という文字が印刷されており、氏名欄に 比企ヶ谷 八幡 という名前が記載されていた。


結衣「これ、どういうことゆきのん!?、」


雪乃「先程、彼とすれ違った時に渡して行ったわ」


結衣「そんな、勿論ゆきのんは引き止めたんだよね!?」


雪乃「もちろん止めたわよ!!でも・・・」


結衣「ゆきのん・・・」


 ゆきのんは、これ以上喋ろうとしなかった。そりゃそうだ、もし自分が彼女の立場なら、同じ事になっていただろうから、私から何も言えなかった。


結衣「わたし、ヒッキーを追いかける!」


雪乃「ゆ、由比ヶ浜さん!?」


 私は、部室から飛び出し急いで下駄箱に向かった。ゆきのんも、私の後に続く様に飛び出したが体力がないので距離を離してしまった。


結衣「ヒッキーっ、何処にいるの!?」


 私は校舎内を走り回った、何回か教師に廊下を走るなと注意されたが、そんな事どうだっていいから彼を見付けないといけないと思った。


戸塚「あれ、こんなに急いでどうしたの?」


結衣「さいちゃん!ヒッキーを見なかった??」


 テニス部のユニホーム姿で、トイレから出てきたさいちゃんに声を掛けられた。私は縋る気持ちで、ヒッキーの目撃情報を知りたかったのだ。


戸塚「え?八幡ならさっき職員室前で平塚先生と話した後、雪ノ下さんと話していたよ?」


結衣「本当!?ありがとう!!」


 私は無我夢中に、職員室に向かって階段を駆け上がった。すると、職員室がある廊下の先にゆきのんとヒッキーの後ろ姿をチラッと見えた。

 その時、何故かわからないがその場で立ち止まり物陰に隠れた。


雪乃「ふざけないで!!そんな言い方、貴方が使命から逃げることが出来ても、私達はいい迷惑でしかないわよ!」


八幡「俺は、お前達のことを考えての答えを出したつもりだ」


雪乃「そういう勝手な思い込みが間違っているのよ!」


八幡「そっくりそのまま返してやる」


雪乃「嫌よ」


八幡「そうかよ、そもそも俺が退部しようが自由のはずだ」


 何を言い争っているのだろうか、ただゆきのんが感情的になっているところ、初めてみたかも知れない。


雪乃「そうね、だから最初から退部を止めたわけじゃないの」


八幡「なに?」


結衣「は?」


 その時、私は思わず声に出てしまった。幸い2人には聞こえていないようだが、突拍子もない事に思わずビックリしたのだ。


雪乃「私は貴方に、今まで何度か助けてもらったわ。自覚していないと思うけど」


八幡「全くしていないし、助けたつもりもない」


雪乃「幸い由比ヶ浜さんはここにはいない、だからここで言ってくわね」


 え、なに、今から何を伝えるつもり?そんな事を心の中で叫んでいた。今にも飛び出してしまう方がいいのだろうか?それとも大人しくするべきなのか?そんな選択肢が頭の中によぎった。


雪乃「私は貴方の事が好きよ、異性として」


八幡「っ、」


結衣「え?」


 唐突の告白であった。そして、一瞬にして私の頭の中は真っ白になった。


雪乃「今、貴方が困っているので有れば助ける。高校を卒業したら、仕事に着いて出世し貴方を支え続ける。私にしか出来ない事をする」


八幡「そう、か、俺がもしこんな身体じゃなかったら受け入れていたかもしれない」


雪乃「今じゃ駄目なの?」


八幡「こんな身体になってしまってはな」


雪乃「それを支えて!」


八幡「すまん、今はそういう事を考えれそうにない」


雪乃「由比ヶ浜さんのこと?やっぱり」


結衣「っ!?」


雪乃「やっぱり身体なのね、あんな胸ばかりに栄養がいった脳空」


八幡「そうじゃない、むしろお前は理想的な方だ」


雪乃「ならどうして・・・」


 ヒッキーは、白杖をついて廊下の曲がり角を曲がり、私の前を通り過ぎた。ゆきのんは追いかけようとしなかった、それは私も同じだったが、同時期に頭の中にあらゆるモノが崩れていく事を感じていた。


結衣「完璧なハッピーエンドなんてない」


 考えるのは何故?流れ切った文字の跡。いつか枯れて思い出になっても、せめて最後の一つぐらい。

 あらゆるものが、湧き出てきたのだ。私の黒い部分が


      裏切り


結衣「あぁ、あほくさ」ボソッ


雪乃「っ!?誰かいるの?」


 素の声が出てしまったからか、流石に雪ノ下に

聞こえてしまったようだ。この際だ、構いはしない、私は曲がり角から姿を見せた。


雪乃「ゆ、由比ヶ浜さん、、、」


結衣「ヒッキーと話は出来た?」


雪乃「は、話?退部のことは説得しているところで」


結衣「そんな話してないでしょ、こちとら全部聞こえたうえで聞いてるんだから、有りもしない事を言わないでね」


雪乃「由比ヶ浜さん?」


結衣「・・・まぁ、話難いよね。自分だけ幸せになろうとしていたなんて、口が裂けても言えないものね」


雪乃「そんなつもりじゃ」


結衣「脳空なんでしょ?私は」


雪乃「っ、」


 雪ノ下は罰が悪そうな表情をして、私から目線を外した。


結衣「胸ばっかりに栄養がいった脳空、別にいいんだけどね事実だし、アンタみたいに頭良くわけでもスマートな体型じゃないよ」


雪乃「そんな」


結衣「別にそこに対して何も思ってないよ、問題なのは裏切ろうとした事」


雪乃「裏切りってまさか」


結衣「前に約束したよね?私達は裏表の無い友達だって」


雪乃「忘れる訳ないわ、今度は私達が互いに助け合うと」


結衣「だったら、以前から私の気持ち知ってたよね?なんで急に奪おうとするの?」


雪乃「奪うだなんて由比ヶ浜さん、比企ヶ谷君はモノじゃないわ」


結衣「話の腰を折らないでよゆきのん、アンタがやっている事は略奪というんだよ」


雪乃「そもそも比企ヶ谷君とそんな関係じゃ」


結衣「ゆきのん、これからヒッキーと話しかけないでね」


雪乃「嫌よ」


結衣「え?」


雪乃「私の行動まで口出してくるのはやめてもらえるかしら」


 雪ノ下は吐き捨てるように言い放つと、何言っているのかと言いたそうに、私の目を睨みつけてきた。


雪乃「勿論由比ヶ浜さんの気持ちはわかっているわ、別にそれは悪いことだとは思わない。でも、それは私も同じ気持ちなの、そればかりは譲れないわ」


結衣「同じなんかじゃないよ、ゆきのんは自分の事しか考えてない」


雪乃「まさか貴女から言われるとは思わなかったわ」


結衣「私はヒッキーを、奉仕部に引き止めたいと思っている。だけど、ゆきのんは奉仕部より自分との関係を大事にしているんだよ?」


雪乃「由比ヶ浜さん、何を勘違いしているの?彼が奉仕部に残ることが本当に正しいとは限らないわ、それは彼が決めることなの」


結衣「あー、もう面倒臭いなやっぱり」


雪乃「由比ヶ浜さん?」


結衣「このキャラもいい加減疲れるわ」


 この時、気のせいか雪ノ下の表情が少し怯えているように見えた。


結衣「頭が良い癖に、地頭は悪いんだよねゆきのんは」


雪乃「唐突に随分な言われようね」


結衣「これだけ私達お互いに意見を言って、お互い折り合いができないのなら、分かり合える事はないって言ってるの」


雪乃「驚いたわ、貴女の口からそんな言葉が出てくるなんてね、以前から行動が読めないところはあったけど」


結衣「まぁとにかく、隠れてないで出てきてください、先生?」


雪乃「先生?」


平塚「・・・まさかバレていたとはね」


雪乃「平塚先生・・・」


結衣「私が一番危惧しているのは、目の前にいる泥棒猫みたいな頭でっかちより、平塚先生貴女です」


雪乃「っ、」


平塚「おいおい、えらい雪ノ下にジェラシーを剥き出しているじゃないか」


結衣「平塚先生、ヒッキーにとって先生は完璧な理想図なんですよ。先生も満更でもない感じですし」


平塚「そうなのか?確かに、私は婚活パーティーに行っても追い出されるような女だ。だが、自分の生徒に手を出す程落ちぶれていない」


結衣「ドライブデートは楽しかったですか?」


平塚「っ!?」


結衣「何も知らないとでも思っていたんですか?相手に見る目が無いとか言われて、トキめいていたじゃありませんか?」


雪乃「先生?その話は本当ですか?」


平塚「本当に君は何でも知っているんだな、そういうところをもう少し勉強に活かしてくれないか?」


結衣「何でも知らないですよ、知っている事だけですから」


平塚「逆にここまで知っているのであれば、今のアイツに何が必要なのか分かっているんじゃないか?」


結衣「解りませんよ、それは本人しか知らない事ですから。私がしようとしていることか、ゆきのんがしようとしていること、どちらかが間違っているかもしれないし、もしくは両方かもしれません」


平塚「その考えでいくのなら、雪ノ下の考えが一番筋が通ってるんじゃないか?本人のやりたいようにさせた方が良いだろ」


結衣「親しく無い人なら私も同じ選択してます。でも、今のヒッキーにも同じ事をしても良いかといえばそうではない。私は、ヒッキーを守るために行動する」


雪乃「それは結果として、彼の行動を束縛しているに繋がらないかしら、由比ヶ浜さん?」


結衣「貴女の意見なんてどうだっていい、私は私なりのやり方でやる」


平塚「だと言っているが、お前はどう思っているのだ?」


八幡「俺ですか?」


平塚「お前以外に誰がいる」


雪乃「この際だからハッキリした方がいいわ、貴方は何をしたいの」


結衣「ちっ」


八幡「…俺は」


雪乃「忖度なんて必要ないわよ、貴方の問題なのだから」


結衣「…」


八幡「俺は唯、由比ヶ浜に監視されたくはない、だがお前みたいに一方的に指図されたくもない、自分のことは自分で決めたい、それの何が悪い」


雪乃「別な指図しているつもりは」


結衣「ヒッキーがそう思っている時点で、貴女の意識関係なしにしていると同じ事よ。」


八幡「ということで、俺は帰る」


 そういいながら彼は、その場を離れていった。


結衣「…ヒッキー、いつでも頼ってきてね」


雪乃「比企谷君…」


平塚「ま、アイツにとって一番辛い時期なんだろうから、出来たら協力して支えてやってくれないか?私も出来る限りの事はする」


結衣「先生、協力なんて出来ませんよ?」


平塚「由比ヶ浜、そんなこと言っている場合じゃないだろ」


結衣「今のヒッキーを、支えてあげるのは当然です。ですが、先生も見ていた通り、ゆきのんと私では考え方が根本的に違います。それではかえってヒッキーに悪影響だと思いません?」


雪乃「由比ヶ浜さん…さっき言った事は悪かったと思っているわ、でも今は」


結衣「そうやって、周りを踏み台にして自分だけ前に出ようとする所、ゆきのんらしいよね」


平塚「由比ヶ浜!!」


結衣「そういうところ、大っ嫌い」


………………………………………………………


 今思い返せば、少々大人げなかったかもしれないが、それから私は演じることを止め、素を出す事にした。

 周りからは、由比ヶ浜 結衣という人間の変わりように心配する声もあったが、私自身この性格が由比ヶ浜 結衣であり、以前の私も、同じく由比ヶ浜 結衣という人間でもある。


結衣「ま、後悔なんて無いから別にいいんだけどね」


 ゆきのん、雪ノ下 雪乃には前からモヤモヤとした気持ちがあったが、それが何かわからなかった。しかし、あの時にモヤモヤの正体がわかった気がした。

 そうだ、今まで私は雪ノ下 雪乃に嫉妬や恋敵のように見ていたのだと。でも、それは過去での事であって、今となっては自尊心によって塗り固められたロボットでしかない。


 そんなことを思っていると、前の道先にある中央交差点に赤く目立った車が信号待ちしていた。

 別に車に対して興味なんてないのだが、目立つ色なので自然に車に対して目を向けていると、車窓の先にある運転席に平塚先生の姿があった。


結衣「先生がどうしてこの時間に・・・」


 信号が青に変わった瞬間、車は急発進して直進して行った。警察がいれば間違いなく切符を切られていたであろうが、肝心なのはそこではなく学校とは正反対の方向に向かっていたという事だ。


結衣「少し不穏な感じはするけど、考えたところでわからないし仕方がないよね」


 私は引き続き、散歩の続きを始める事にした。


………………………………………………………


 学校郊外


戸塚「うん、来てみたら分かると言ってたけど、これはちょっと予想外だったよ」


一色「私は知らない方ですけど、わざわざ朝早くから呼び出して悪いことしたと思ってます」


川崎「そう、海老名 姫菜」


海老名「私もまさか急に呼び出してくると思わなかったですけどね、誰から連絡先を聞いたの?」


川崎「クラスのLINEグループに、私も入っているのだから知ってて当然だろう」


海老名「あれ、いつの間に」


川崎「私もアイツみたいに影が薄くなってきたのかもな」


戸塚「多分それはないと思うよ」


海老名「それで、3人よってかかってくるほどの用事ってなにかな?」


川崎「少しの間だけクラス全体を監視してほしい」


海老名「監視?」


一色「生徒会の仕事の一環として捉えてもらって結構です、勿論謝礼は弾みます」


海老名「謝礼なんて難しい言い方するね、まさかお金でも持ってくる気?」


一色「本音ではそれでも構わないのですが、生徒会長でもあり学生である以上、流石にまずいですので、何か要望でも有ればお聞きしますが」


海老名「…そうだね、それじゃ男子数名と数日間の間だけ、美術室を借りさせてもらってもいいかな?」


一色「美術部と掛け合いますが、因みに何をされるつもりですか?」


海老名「そんなの決まってるじゃない!」


戸塚「嫌な予感がする…」


海老名「男子と男子との裸体絡み合いスケッチを」


一色「え?」


川崎「おい海老名、別にお前の好みに口出すつもりは無いが」


海老名「あら、さきさき私は施設予約と数名男子だけを連れて来てくれたらそれでいいんですよ?割と好条件じゃないですか?」


川崎「本当にスケッチだけで終わるとは思えなが、私の気のせいか?」


海老名「人を変態を見る目で見ないで欲しいな」


一色「わ、わかりました・・・可能な限り手配しましょう」


戸塚「でも生徒会的には不味いんじゃ」


一色「何をするにも犠牲は付き物です、ですが約束事として、この事は内密でお願いします」


海老名「そうだろうね、こんな事がバレたらスキャンダル物だよ」


一色「ご理解の程よろしくお願いします」


川崎「それで、お前たちのグループで変な動きはないか?」


海老名「答える前に、腑に落ちない事があるんですよ」


川崎「なに?」


海老名「そもそも今回の件、生徒会の仕事としての依頼なら、どうして貴女達2人が出てくるのかなって」


戸塚「それは・・・」


海老名「目の前にいる後輩ちゃんだけならまだ筋が通っているけど」


川崎「私も戸塚も関係のある要件だからじゃ駄目か」


海老名「・・・ふーん、ま?そういうことにしといてあげる」


川崎「ならさっさと話せ」


海老名「さきさき、私と仲なんだからもっと丁寧に言ってほしいな、なんだか寂しいな。でもそだね・・・優美子や戸部もそうだけど、君たちが思っている事をするような人達じゃないよ」


一色「えらく肩を持つんですね」


海老名「学年違いの君は知らなくても当然だと思うけど、君たち2人は分かるはずだよね?」


川崎「言いたい事は分かる。だが、私からすればお前達の関係がどうであろうが関係が無い話だ」


海老名「優美子がそんな器用な事が出来るわけが無いじゃない」


川崎「それは、あくまでお前の感想でしかない、あったことを話せば良いだけだ」


海老名「まるで、尋問みたいな聞き方だね」


川崎「こっちはアンタの変態趣味に付き合ってやるんだ、文句は無いだろ」


海老名「そう言われるとね・・・ま、相変わらずいつも通り変わった事なんて無く中身のない話しかしてないわよ」


川崎「葉山はどうだ?」


海老名「え?」


戸塚「川崎さん、葉山君は何もしないと思うけど」


川崎「私は一番疑ってるけどな」


海老名「それはどうして?」


川崎「八方美人だからだ」


海老名「なるほど、確かに彼はそんなところがありますね」


一色「そうなんですか?」


川崎「あくまで私の感想だから、真相は分からないけど何か腹黒い物を内に隠している気がする」


海老名「私の知るところは、何も分からないけど一応気を配っておくことにするよ」


戸塚「・・・って、言っているけど」


一色「そうですか、分かりました。また何回かお尋ねするかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」


海老名「あ、そうそう」


一色「?」


海老名「比企谷君は元気?」


川崎「まさかアンタの口からアイツの名前が出て来るとは思わなかった」


戸塚「まぁまぁ、悪気があって言ったわけじゃ無いんだし」


川崎「私達もわからない、逆にアンタなら知っているとでも?」


海老名「まさか、君たち最近比企谷君と仲良くしてたみたいだから」


一色「仲良くしていたと言ってもいいのかわかりませんが、それ相応には」


海老名「私が思うに、ここ最近の彼、ひどい目して、なんでここにいるのって感じ」


戸塚「ちょっと待って!八幡の目を見たの?」


海老名「逆に何で見ないの?」


一色「それは、彼の病状のために」


海老名「なるほど、そう言う事ね、あ、心配しなくても比企谷君の目に異常があったとかそんな事はないから安心して」


川崎「・・・そうか」


 妙な雰囲気になる中、学校のチャイムが鳴り響く。何とも言えない空気を一掃するに、丁度いいタイミングだったと言える。


戸塚「時間も時間だし、また分かり次第連絡してほしいな」


海老名「はいはい了解、そっちも私の要件を忘れないでね」


一色「なんとか期待に添えるよう努力します、私は校内放送の仕事がありますので、皆さん自分の教室に戻ってください」


 そう言うと、一色は一足早くこの場から離れた。戸塚は残った二人に目配りし、自分達も戻ろうとアイコンタクトをしていた。


海老名「私たちも、そろそろ教室に戻りますか。あ、でも私達一緒に戻ったら違和感があるから先に戻っておきますね」


川崎「そうしてくれると助かる」


海老名「ハイハイ、それじゃ後でね」


 こうして海老名も離れ、残ったのは二人だけになった。


戸塚「で、どう思う?」


川崎「その前に、自己紹介をして貰おうか」


戸塚「え?」


川崎「そこに隠れているのわかっている、相模さんよ」


戸塚「んなっ!?」


 すると、物陰から赤々とした髪をなびかせて相模が姿を表した。


相模「いつからバレていたのかしら、相変わらず不気味な奴ね」


川崎「アンタみたいな性悪女に言われたくはないがな」


戸塚「ど、どうしてここに」


川崎「監視をつけていたからだろうな、私はこう見えて他人からの視線には敏感なんでね、直ぐに気がついた」


相模「まさか、そこまで気が付いているとはね、恐れ入ったわ」


戸塚「全部筒抜けだったのか・・・」


相模「恐らく私の予想だけど、既にネタは掴んでいるのでしょうね?今でも私をあげようと思ったら出来る状況だと思っているのだけど」


川崎「率直に言うと今直ぐにも詰めてやりたいところだけど、それは今のタイミングじゃないから見逃してやる、だからさっさと教室に戻りな」


相模「へぇ、妙に大人しいのね」


川崎「どうせアンタの事だ、何か対策をしていると踏んでいる。そうじゃないと態々姿を見せないだろう、それに今はアンタに構ってる暇なんてない」


相模「アンタ、何を考えているのよ」


川崎「もう一度言うぞ、早く教室に戻れ。私は虫の居所が悪いんだ」


相模「・・・ま、殴られたくないし、ここは貴女に言われた通り立ち去るとしようかしらね」


戸塚「ちょっ、まって」


川崎「そのまま行かせてやれ」


戸塚「え?いいの?・・・川崎さん」


川崎「今何かしら仕掛けても、あの余裕振りは何かあるんだろう」


戸塚「そうなの?」


川崎「恐らくトカゲの尻尾切りをするのが落ちだろう。戸塚、また召集があれば教えてくれ、私はもう少し調べたい事がある」


戸塚「でも今からホームルームが!」


川崎「何かあれば教えてくれ、私は戻って調べる事がある」


戸塚「それは僕にも話せない事なの?」


川崎「戸塚、今のこの状況だと誰が敵なのかわからない、無闇に口を滑らさないこと、いいね?」


戸塚「わかった・・・でもなんだか嬉しいよ」


川崎「なにが?」


戸塚「だって僕にこういう事を言うって、それなりに信頼してくれてる事だよね」


川崎「まぁ、共通の仇相手だし」


戸塚「それでもいいんだよ」


 こう言いと、彼は笑みを浮かべ教室へと戻って行った。


川崎「なんだろう、不思議な気分だ」


 改めて面と向かって言われると、何処かこそばゆく感じた。ただ同時に、相模の行動に対して何かしらとんでもない隠し玉を持っている可能性があるとも感じていた。

 恐らく、私が裏取りをしようとしていることも彼女はわかっているだろうし、何も対策無しに目の前に現れる訳がない。

 

川崎「従来のやり方では通用しない、なら別口を探す必要があるな」


……………………………………………………


昼ごろ


 時刻は13時前、丁度昼食の時間帯である。街の喫茶店などにはサラリーマンの人達や、大学生だと思わしき人達の姿がチラホラと目立つ。

 そんな場所時間帯に、女子高生がいれば間違いなく通報されそうだが、このご時世そこまで厳しくない。

 大人らしい身体をしていれば、コスプレだと思われる事だってある。


結衣「それにしてもやる事ないな〜」


 途中までは通学路を渡って学校へ向かっていたのだが、どうも特に理由があるわけではないものの、学校に行くことに抵抗感があった。

 しかしながら、何もしないままだと時間の無駄なので、近くの書店によることにした

 その書店は稲毛海岸駅の中なのに対して、品揃えは悪く普通に数ヶ月前の雑誌が並んであったりと、本屋としてはどうなのかと思う程だ。

 しかし、中は意外に広く向かい側の駅のターミナルにまで繋がっていた。


結衣「ん、これは」


 普段、見る事もない地方雑誌の一面に目がとまった。

日付からみて1ヶ月以上前の雑誌であり、少し埃が被っている時点で、誰がこの雑誌を買うのだろうかと疑問に思う。

 その内容は、この駅の近くにある大型ショッピングモール付近で起きた、居眠り運転による事故に関するものだ。


結衣「これってもしかして、ヒッキーが巻き込まれた事故の・・・」


 周りを見渡すが店内には誰もいない、私はその雑誌を立ち読みする事にした。

 流石地方雑誌という事もあってか、事故の詳細を細かく書かれていた。

 事故を起こしたタンクローリーの運転手から企業名、火災の範囲や監視カメラに映り出されていた物など多岐に渡る。

 その中に、気になる見出しがあった。


結衣「タンクローリーの爆発は意図的に仕組まれていた?」


 当時、警察や消防は、タンクの上部に突出している安全弁等の附属品が、転覆の衝撃で損壊し、そこから流出したプロパンガスがなんらかの原因で引火爆発したものであり、タンク本体は破裂していない。この点から、以前に改正された「高圧ガス取締法施行規則」に保安対策上の重大な不備があったと発表したが、本件は事故だけに収まらないと書かれていた。

 液化石油ガスはプロパンとブタンの混合物で、少量のプロピレンやブチレンなども含まれる。

 通常は刺激臭のするエタンチオールを混合し、漏洩した際に発見されやすいようにしているのだが、データによると、1キログラムの液化石油ガスのエネルギーは約4万6100キロジュールで、1キログラムのTNT火薬の爆発によるエネルギーは約4200キロジュール。

 そのため液化石油ガス1キログラムが完全燃焼した際のエネルギーは、TNT火薬約10キログラムのエネルギーに相当する。

 一方で、手榴弾1個にはTNT火薬が約50グラム含まれる。言い換えれば、家庭用の満タンのガスボンベ1本の爆発によるエネルギーは手榴弾3000個分に相当し、2階建ての建物を破壊できる。

 なので、本来ならあの状況であれだけの規模で収まるわけがないとしている。


結衣「なんだか無理矢理感がするし、読んでも仕方がないか」


 根拠の無い戯言だと私は思い、雑誌を元の位置に戻した。すると、何故か雑誌の表紙に飾られている事故当時の写真に目がとまった。


結衣「どうしてここに・・・」


 その写真に小さく映り込んでいた人物に、驚きを隠さずにいた。


結衣「これ、ただの交通事故なんかじゃない」


 私はすかさず、この雑誌を手に取り会計を済ませた。雑誌は一冊しかなかったからということもあるが、誰にも見せたくなかったのだ。

 ヒッキーを不幸に陥れた、本件の真相と犯人を私の手でと。


結衣「あれ、店員さんは?」


 周りを見渡したが、それらしき姿はどこにもいなかった。早く調べたいことがあるのにと思っていると、手に取っていた雑誌に値札が付いていない事に気がついた。


結衣「そういえば値段はいくらぐらいするんだろう」


 確認の為、元のあった場所に戻ると、そこには無料カタログという文字があった。どうやら料金は必要ないようなので、私は雑誌を鞄の中にいれると、そのまま店を後にすることにしたが


結衣「あれ、ドアが開かない」


 故障中なのか自動ドアが開かないので仕方がなく、遠回りして向かい側のターミナルにまで行くことにした。


 外に出るとやけに騒々しか感じた、サイレンの音が響き渡らせているせいだと直ぐにわかった。

 千葉県のこの街は、都市部までとはいかないが、まだ栄えている方なので別にサイレンの音は珍しくない。

 

結衣「こんなにうるさかったら頭が回らない、家に帰ろ」


 ここまで来るのに歩き疲れたので、一駅分ではあるが電車に乗ろうと券売機に行くが、何故かタッチパネルが反応しない。

 またこのパターンかと思ったが、電光掲示板に運行見合わせ中と表示されていた。


結衣「ついてないな、歩いて帰ろ」


 空はどんよりとしていたが、雨はまだ降っていない。しかし、何か大事なことを忘れているような気がした。決して忘れてはいけない、大事な何かを忘れている。

 

ファンファン……


 何度も警察車両が私の横を通り過ぎた、何かあったのだろう。救急車がないところを見ると、もう過ぎてしまった事件だったのだろう。

 てか、どれくらい掛けて私ここまで来たんだろう。


 そして、空から何か降り出した。


結衣「雪?」


 雪が降り出した、季節外れもいいところである。そんな事を思っていると、周りの人達が冬服なのに気がついた。

 しかし、私は夏服の制服を着ているが全く寒さを感じなかった。


結衣「タイムスリップ?いや、そんなはずないか」


 環境の突然の変化に、私は理解が出来なかった。


結衣「でも何故か大切な事を忘れている、それは確かな事」


 そして確信する、嘘か誠か手前で信号待ちをしているエステマのサイドミラーに私の姿は無かった。


結衣「そっか、私は夢を見ているんだ。どこで寝たんだろう、早く夢から覚めないとヒッキーが待ってる」


……………………………………………………


 物事は突然訪れる。本当にそう思う。あの事故から数ヶ月がたった。外はどんよりとしており、全体的に白かった。そんな中、私は千葉県警の警察署内にいた。


「大体わかったよ…それではもう一度聞くが」


 本当に何度目なのか分からなかった。


「平塚静…貴女は先のタンクローリー火災事故と生徒自殺未遂など等、被害者生徒や周りの生徒と近しい教員だったという」


平塚「はい…私はそう認識しています。」


 目の前には刑事が座っている、これはいわゆる事情聴取というやつだ。


「ふむ、それについては我々も目下調べも進めてある。それでは、加害者の生徒の事も知っているね」


平塚「はい」


「確か、主犯の少女の名前は"相模南"だったね?」


平塚「はい」


「安心していい、少女は未成年だ。何があっても世間に名前が公表されることはならない」


 しかし、少女Aと世間から煽られることになるのは目に見えていた。


「それに他の主犯も同じ事が言えるが、一個人だけで今回の事にまで発展しない。関連するものは別として扱う、まぁ君には関係のない事だけどね」


 なんだ、何が目的なのだろう。相手は歳をとったベテラン刑事だ、何か揺さぶりを掛けているのだろう。


「たしかに気持ちは察する。この事件は、類稀にみないような、そう奇妙極まりない事例だ。それに彼、比企谷君は一体どんな人物だったのか非常に興味深い」


平塚「彼は植物の様な人間でしたが、周りには恵まれていたと思います」


「ふむ、まるで観葉植物みたいだな」


平塚「観葉植物ですか、あれはサンスベリアですね」


「サンスベリア… 有害物質を吸収分解するという」


平塚「彼は罵倒や誹謗中傷という、有害物質を吸収していました。しかし、彼はそれ以上の重みを背負っていましたから。」


「誹謗中傷…昔はともかく、今はれっきとした犯罪行為としてみなされている。彼が誹謗中傷の被害にあっていると知っているのであれば、もっと早くに対処出来たはずだ、何故それをしなかった。教職の貴女には止めさせる責任があっただろう」


 刑事が言っている事はごもっともだった。もっと事前に対処していれば、最悪の事態は避けられたのかもしれない。


平塚「仰る通りだと思います。」


「済んでしまった事だから仕方がないとして、本件の本質はまた別にある」


平塚「はい…」


「行方不明であった比企谷君と由比ヶ浜さんだが、どの様な人間だったのか詳しく教えてくれないか?」


平塚「そうですね、比企谷はともかく由比ヶ浜は明るく天真爛漫という言葉にピッタリな人柄でした。彼と彼女は同じ部活動に所属しており、最後まで仲良しでした。」


「そうなのか?一部の生徒からは最後の方では周りの人間関係が変わったと証言しているが?」


平塚「私は教師です、クラスメイトでもなければ担任でもありません。」


「そうだったな、すると彼と彼女の中は終盤辺りで変化があったのかもしれない」


 変化があったと言うべきなのか、私が知っているのは雪ノ下と一悶着があったぐらいだ。


平塚「で、どうされるつもりですか?」


「なにが?」


平塚「本件は全て解決したではありませんか、それに今の私は総武高校の教員ではありません」


「確かに貴女の行動一つで、結果は変わっていたかもしれないが、何も辞職する必要はなかったんじゃないか?」


平塚「それは私なりのケジメです」


 嘘はついていない。


「そうか、だが貴女が言う本件は何を指している?」


 本件という曖昧な表現に、刑事は探りを入れて来た。どうやら、警察はまだ解決したとは思っていないようだ。


「黙っていたらわからないだろ、と言いたいが当然ながら立場などと関係なしに黙秘権は存在する。なので何も言わなくてもいい。」


平塚「焦ったいですね、刑事さんは私に何を聞きたいんですか?」


「知っている事を全てだね、我々は貴女の傷をえぐるのが仕事じゃないので、勘違いしないで欲しい」


平塚「…少し一人にしてくれませんか?」


「わかった、今日は帰ってもらっても構わない。もし話す気が起これば、以前に教えた電話番号にかけて来てくれ」


 刑事は軽く会釈すると、胸ポケットからタバコを取り出してこの場を離れていた。

 

平塚「全くお前と言う奴は、どこまで私に世話をかけさせるんだ」


 数ヶ月前………………………………


平塚「最近、本当に喫煙者ら肩身が狭いな」


 気温が上がってきて、そろそろ梅雨入りしそうな空色を眺めながら、タバコを吸っていた。


平塚「こんなんだから婚期を逃すんだろうな」


 ため息をつきながらタバコの吸う、それがいつものルーティンである。それを誰かに見られる事はまずない、喫煙者なんて私しかいないのだから。


八幡「何らしくない事を言っているんですか」


平塚「え?比企谷?」


八幡「はい、比企谷です」


 どうしてここにいるのか、彼がタバコを吸うような人間じゃないことはわかっているが、一応誤解を招く可能性があるので、ここから出ていかせようと考えていると


八幡「大丈夫です。ここは先生以外に来ることはないですから」


 彼はそういうと、夕焼けを見つめていた。よくみると、彼の目元にいつもあるはずのアイマスクはなく裸眼の状態であることに気が付いた。

 彼の素顔なんて久しぶりにみた気がした。


平塚「お前、マスクは」


八幡「先生、空はなぜ青くて、夕焼けはなぜ赤いのか、疑問に思ったことはありませんか?」


平塚「え?」


八幡「そもそも、光は、太陽から降り注ぐ電磁波の一種で、その中で人が目で感じることができる波長のものを"可視光線"というらしいです。」


平塚「なんだ比企谷、先生である私に授業か?」


 私の問いに対して、彼はただ夕焼けを眺めながら淡々と語りかけてきた。


八幡「可視光線は、波長の短い方から紫・藍・青・緑・黄・橙・赤の順の虹の七色で、太陽から届く可視光線は、すべての波長が重なると、ほぼ白になるらしいです。」


平塚「それでは、なぜ空が青く見える?」


八幡「それは、波長の短い青の光は、空気の分子などにぶつかると早く散乱して空に広がるからですよ」


平塚「ふーん、だが日の出や日没のときに空が赤や橙に見えるのはなぜだ?」


八幡「太陽の高度が低くければ低いほど、光が空気の層を斜めから差し込むため、大気の中を通る距離が長くなる。それは波長の短い青い光は、早い時点で散乱し、目に届く前に消えてしまうから。波長の長い赤や橙の光だけが届き、今みたいな色に見える」


平塚「それで、その夕焼けの色がどうしたんだ?そんなロマンチストな人柄でもないだろ」


八幡「先生、質問いいですか?」


平塚「質問を質問で返してくるな、でも答えてやってもいい、なんだ?」


八幡「今の空は、先生の目には何色に見えますか?」


平塚「何色って、青色に見えるが」


 すると、彼はニヤッと笑みを浮かべた。


八幡「人の目は、細かな色の区別をつけることができるが、すべての動物が、この7色を見分けることができるわけではない。」


 なるほど、そういうことか


八幡「そう意味では、人間の特権なのかもしれませんね。同時に、俺はまだ人間みたいです」


平塚「お前、そんな事を考えていたのか」


八幡「こんなに狂った世界に唯一残された娯楽ですよ、それより先生はタバコですか」


平塚「それ以外に何がある?でも、お前が言う夕焼けの空を眺めるのも悪くないな。」


八幡「え、あ…」


平塚「ずっとここに居てやりたいが、生憎私は仕事が残ってあるからなぁ」


八幡「一人で平気です」


平塚「黄昏れたい時って一人だと寂しいって聞くじゃないか、私はいつも一人だから常に寂しいが」


八幡「一人に慣れているので大丈夫です」


平塚「私がそうしたいから言っているのだ」


八幡「こういうの、童貞にはドキマギしちゃうので、やめてください」


平塚「ふーん、お前にも可愛い所があるじゃないか」


 すると彼は照れくさそうに、そっぽを向いた。こうして彼をからかってみると、やっぱり反応からして彼は彼のままなんだなと感じる事が出来た。

 確かに変わったことも多いが、変わらなかった事もあって少し安心した。


八幡「先生」


平塚「なんだ?」


八幡「俺にもタバコをください」


平塚「教師である私によく頼んだなお前、てかそもそも吸ったことないだろ」


八幡「はい、ですが先生のタバコだから意味があるんです」


平塚「ふっ、まるで戦場に行く前の兵士みたいなことを言うんだな」


八幡「はい」


平塚「馬鹿な事を言ってないで早く帰りな」


八幡「馬鹿なことですか」


平塚「大人をからかうなと言っている」


 さっきの仕返しのつもりだろうかと最初は思ったが、その割にはどうも冗談に聞こえなかった。彼が言う事には全て意味があることぐらい、今までを振り返ればわかることである。単純にいきがってタバコを吹かしている連中と訳が違う。


平塚「・・・とりあえず3年経っても私のタバコが吸いたいなら、会いに来い」


八幡「3年後ですか、それまで生きてますかね俺は」


平塚「私はお前の病状を詳しく知らないが、結局のところは自分の気持ちに左右されることも多い」


 彼は黙って夕焼けを見つめていた。


平塚「・・・なんだ、お前の病気もいずれは治るんだろ?」


八幡「治るわけないでしょ、病気じゃないんだから」ボソッ


平塚「なんか言ったか?」


八幡「あ、いえ、そうですね」


 今思えば、この時の私は彼の事について断片的にしか知らなかった。味覚障害や視覚障害があるとは聞いていたが、クラス内で起きているいじめや彼の周りの人間関係などは全く認知していなかった。

 知っていたら何をしていたか、それはわからないが結局のところのつまり既に遅かったのだ。


平塚「何事にも前向きに考えることだ、比企谷」


八幡「先生らしいですね」


平塚「教師だからな」


八幡「違います。”先生”としてではなく”平塚 静”らしいという意味です」


平塚「なっ・・・いつの間に口が上手くなったな」


 正直、不意を突かれてしまった。というより今を思い返してみれば、以前も似たような場面があった。


・・・いや、そりゃ相手に見る目がないんですよ。


 あの時は、鳩が豆鉄砲を食ったような感じになった事を覚えている。


平塚「いや、前からうまかったな」


八幡「ちょっと何をいってるかわからない」


平塚「なんでさ」


八幡「俺が口が上手かったら今頃ボッチになってるわけがないでしょ」


平塚「もうボッチではないだろう、いくら退部したとは言え雪ノ下や由比ヶ浜がいる」


八幡「同じクラスの由比ヶ浜はともかく、雪ノ下には会う事はそうないと思いますよ」


平塚「たとえそうだったとしても、今は以前のお前じゃない」


八幡「・・・」


平塚「もっと他人を頼れ」


八幡「でも俺の病状は誰にも理解されないでしょ、全部が肉塊だらけの世界なんて想像したことすらないはずです」


 おそらく彼の本音だろう、私からがいくら彼が見えている世界を想像したところで、どこまでの規模なのかすら分からないのだ。


八幡「俺も俺でよく生きていると思っています。普通に考えたら、こんな世界に放り出されたら気が狂ってとっくに自害してそうなものです。」


八幡「この、豚の贓物をぶちまけたような光景が、学校の外の景色だという事は理解は出来ている。それに周囲の肉塊たちは実は人間であるという事もです」


 彼は周囲を見渡しながら淡々と話し出した。それに足して、私は聞き手に周るしかない。


八幡「校舎の壁の色は?」


平塚「そりゃ白だ」


八幡「勿論白一色だ。間違ってもこんな臓器みたいな色で塗ったりしない。」


八幡「つまり、おかしいのは俺の方だ。」


平塚「・・・」


八幡「とはいえ、俺に執刀した医師に恨む気持ちはないです。彼らは俺の命の恩人である事には変わりはないですし、あんな大事故に巻き込まれて五体満足で済んだ時点で儲けものだって事も。要するに、俺は運が無かった。それだけのことに尽きる。」


平塚「お前、そんな事を思って」


八幡「俺と同じ治療を受けて、脳障害になった患者もいるという。つまりは俺もそういう失敗例の一人というわけです。生半可な精神症などと違って治療法もない、なんでさっき言っていた根性論とか、そんなレベルの問題じゃないんです。」


 すると彼は、突然手に持っていた白杖を外に放り投げた。白杖は、回転しながら草木に当たると枝分かれした部分に引っ掛かった。


平塚「おい!いきなり何をするんだ!人に当たったら大変だろう!」


八幡「人?あれが人ですか?すみません、俺には木も人も同じ肉塊にしか見えないんですよ」


 彼の乾いた目に、私は何も言えなくなってしまった。


八幡「現在進行形で視覚異常は、徐々に悪化していっているんですよ。それに、等々人の声までもが人間の言語からかけ離れてきているんです。聴覚まで奪わてしまったら、他に逃げ道は無く、この世界に慣れるしかないんです」


八幡「そんな世界に希望なんてありますか?」


………………………………………………………………現在に戻る


 警察署を後にすると、底冷えする寒さに体が震えあがった。


??「寒そうだね」


平塚「うん?陽乃?」


陽乃「静ちゃんお久しぶり~熱燗飲む?」


平塚「そんな気分じゃないことぐらいわかるだろ」


陽乃「そうだね、警備している警官がチラチラとこっち見てるもんね」


 警官はバツが悪そうに目線をそらした、そりゃ警察署前で酒を持ってたら嫌でも見るだろう。


平塚「それで何の用?」


陽乃「場所、変えよっか」


 私は言われるがままに、陽乃に引っ張られるように居酒屋へと連れて行かれた。


「いらっしゃい!」


陽乃「今から二人行けます?」


「奥のテーブル席へどうぞ!」


陽乃「ありがとうございます!それじゃ行こうかっ」


平塚「お、おい」


陽乃「生二つ!!」


 陽乃は私の気も知らないで酒を注文しだした、なにかあったのは一目瞭然であり私は溜息を吐いた。


陽乃「まぁ、乾杯したいところだけど、もう一人呼んであるんだ」


平塚「一体だれを呼んだんだ?」


陽乃「そんな警戒しなくても大丈夫だって!おっ来た来た!入って!」


??「おひさしぶりとでも言うべきですか、先生」


平塚「君は確か」


海老名「2年F組の海老名 姫菜です」


平塚「どうして君が」


陽乃「これから話すことに関係あるからに決まっているじゃない」


 教職を止めて一番最初のに会う生徒は限られているはずなのに、予想外な人物となった。しかし、未成年を大人が居酒屋に連れ込むなんて何を考えているのか、そもそも私自身酒を飲む気分ではない。


平塚「帰る」


 その場で私は立ち上がると、陽乃は冷たい目で私を見つめていた。


陽乃「落ち着きなって静ちゃん」


平塚「未成年を連れてくるなんて何を考えている」


陽乃「単刀直入に言うと今回の件は、全てこっちが抑えたわ」


平塚「抑えたって、何を」


陽乃「決まっているじゃない、今警察が血眼になって捜査している事だよ」


平塚「!?」


陽乃「少しは聞く気になったんじゃないかな?」


平塚「・・・それで」


陽乃「静ちゃんは、あの件は自分が何もできなかったからという自負か責任で、教職を辞職したんだよね」


 数か月前、県内の某所で火災が発生。火災後からは二人の遺体が発見され、DNA検査の結果、比企谷 八幡と由比ヶ浜 結衣の者だと分かった。練炭が発見されたことから、一酸化炭素中毒による心中練炭自殺とされた。

 警察は自殺の経緯を探る為、学校内で聞き込み捜査した。結果。自殺は過度な虐めによるものとして、リーダー格の相模が逮捕されることに至った。


平塚「仕組まれていた?」


海老名「そうです、全てはあのタンクローリー事件から仕組まれていました」


平塚「馬鹿言うな!あんな事故を意図的に起こせるわけがない!」


海老名「確かに相模には不可能でしょうね」


平塚「相模以外に誰がいるってことか?」


海老名「一人いるじゃないですか、親が弁護士で多方面に顔が利く人間が」


平塚「葉山 隼人か」


陽乃「ご名答、彼こそがもう一人の加害者」


 陽乃の事を信用していないわけではないが、彼の名前を聞いたときは何かの冗談かと思えた。確かに、経済力や影響力といった背景を考えれば、決して不可能ではない事でもある。


平塚「でもどうして彼なんだ、不可かどうかより、そもそも犯行動機なんて見当もつかないが」


陽乃「そりゃそうだよ、彼の意思による犯行じゃないからね」


平塚「というと?」


海老名「そもそも、あのタンクローリー事故から仕組まれていたんですよ」


 そういうと彼女は、通学鞄からプリントアウトされた保管記録閲覧請求書と記録書を取り出した。


平塚「裁判記録なんて閲覧できるのか?」


陽乃「何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができるって刑事訴訟法53条1項に記載されているんだよ。だから確定した刑事裁判の記録については、専門家や警察官でなくても原則として閲覧することが出来るんだ。」


海老名「確定した刑事裁判の記録は、検察庁において保管されています。そのため、刑事裁判の確定記録を閲覧したい場合は、検察庁に閲覧の申立てをしたらいいんですよ。」


陽乃「そんなことより、お察しの通りこの裁判記録はタンクローリー事故の裁判記録なんだけど。相手側の弁護士の名前は彼の父親になっているの」


平塚「確か彼の父親は、陽乃のところの顧問弁護士だったはず」


陽乃「そうだよ、それに私の父親は地方議員。だから、今回の事は選挙区内での出来事だったこともあってか、よく二人で会ってたわ」


平塚「だがそれだと偶々だったとしか思えないが」


海老名「これだけでしたら、誰もが彼に対して不信に思いません。ですが、この写真を見て欲しいんですよ」


 裁判記録の下に、モノクロ印刷された一枚の写真が隠れていた。


海老名「この写真は、彼の実家にあったものです。」


平塚「これは!?」


陽乃「ある地元のカメラマンが撮影した写真なんだけど、その写真は事故当時の監視カメラには映っていない視点から撮られた一枚なんだ」


 タンクローリーが横転し逃げ惑う人々を捉えた一枚なのだが、その人込みの中に葉山の姿があった。身体の向きが人の流れと逆方向を向いており、現場を確認しているようにも見える。


平塚「だけど、今回の事故の原因は赤信号を無視して暴走した一台のタンクローリーが分離帯と衝突し横転したと、彼に何か出来たと思えない」


陽乃「したんじゃなくて確認しに来たんでしょ」


平塚「確認?」


陽乃「その場に誰がいるのか」


平塚「え?」


陽乃「そして、彼の父親に依頼したのは加害者側の企業ではなく元請けの建設会社の社長」


 ここまで聞かされた時点で、険しい表情をしている陽乃の口から教えられるまでもなく、本当の黒幕がわかった。


陽乃「地方議員でもある私の父親よ」


平塚「どうしてそうだとわかったんだ?」


陽乃「解っていると思うけど、政治家ってのは汚職や疑惑は命取りになるの」


平塚「賄賂とか?」


陽乃「代表的なものと言えばそうね、今回の場合はそういった政治家としてはなく別の顔として問題があった」


 そういうとカバンの中から、Patを取り出し当時の都市開発計画の資料を開いた


陽乃「数年前千葉郊外再開発地区の一部に、経済成長期時代に不法投棄されていた有害汚染物質がインフラ整備をしてた際に発見された。当時開発に関与していた父は、目の前にある問題をもみ消し、強引に議会を通してgoサインを出した。そして、その見返りとして一画の土地を持っていた不動産会社に多額の賄賂を受け取っていた。その不動産会社も、再開発の話がなくなれば倒産する可能性だってあった、そこで倒産専門弁護士を通して顧問弁護士であった葉山の父親が仲介に入ったわけ」


平塚「それと今回の事で、なんの関係があるんだ?」


陽乃「最近、私立の保育園校庭の池の魚が大量死している事が判明し水質検査の結果有害物質が検出された、おまけに千葉市の放射線モニタリングポストに、いなげの浜周辺で反応があると報告が入った。原子力規制庁は原子力発電からによる放射線物質のリークは確認されていない事から、矛先は問題の保育園周辺との関連を疑われた。行政が避難指示を出す線量値ではないにしろ、軽微とはいえ放射性物質の案件とし問題は自治体レベルではなくなった。勿論霞ヶ関でも大慌てとなったらしいわよ」


海老名「当時衆議院予算委員会でも触れられていましたね」


陽乃「それで今回の事とどう関係があるか何だけど、直接的には全くもって関係なかったわ。彼に政治的な影響力もどこかの不動産会社の息子でもないからね。でも事故現場近辺にいた人間に、当時開発に大きくかかわっていた検査員がいたの、その人は国会で証人喚問として要求されており、ベラベラと喋られたら地検特捜部に動かれる可能性だってあった。もしそうなれば、顧問弁護士で既に多額の賄賂を受けていた葉山の父親も無事では済まない。そもそも当時、倒産専門弁護士を通してこの再開発の案件を持ってきた本人でもあったから尚更でしょうし」


平塚「まさか、アイツはそれに巻き込まれただけ・・・」


陽乃「そう巻き込まれた、それだけならよかった。もちろん事故があった現場は黒煙や砂煙が舞い上がり混乱を極め当時の状況を細かく覚えている人なんていない、そう思われていたんだけど」


平塚「それって川崎のことか?」


陽乃「その妹ちゃんのことね、京華ちゃんは彼に助けて貰ったときの事を忘れていたんだけど、彼の死が引き金となったのかハッキリと思い出したみたい」


海老名「それについては私から説明しますね、本当は本人の口からの方がいいでしょうけど、まだ保育園児の女の子に何度も惨劇のことを思い返させるのも酷ですから。ですが、その話の前に前置きとして話さないといけない事があります。」


………………………………数か月前


 川崎さんたちに依頼されてから数日が経った、正直なところ今回の事は適当にするつもりだった。だけど、調べてみると本当に曇り空でも積乱雲みたいに問題が山積みになっている。

 なので、個人的に調べていると、かの有名な雪ノ下雪乃の姉さんでもある陽乃さんに会った。

最初は腹の内も見せない人だと思ったが、利害の一致に伴い情報共有した。確証はないとはいえ私の周りはきな臭い人間だらけだと実感する事となった。


三浦「なにボケーっとしてんのよ」


海老名「え?」


三浦「さっきから上の空だし、らしくないじゃん」


海老名「そうかな?私結構ボーっとしてると思うよ」


三浦「海老名ぁ、自分で言うのはどうかと思うけど」


葉山「ったく、面倒な」ボソッ


三浦「隼人?なんか言った?」


葉山「え?何も?」


 改めてよく見てみると、彼はよく顔に現るなとつくづく思う。さっきだって何に対してかは解らないけど、イライラしてる。でも逆に表情を作ることも上手だ、優美子が話しかけた瞬間、とっさに甘いマスクに切り替えたんだから。


戸部「え?マジで?ハヤトくんなんかいった?」


 ・・・彼みたいに解かりやすい性格ならいいんだけど、優美子は何かと自分の芯はしっかりしていて努力家だ


海老名「そういう意味では比企谷君は全くわからないなぁ」ボソッ


葉山「っ?」


三浦「ヒキオがどうかしたの?」


海老名「いやぁ、最後の最後まで彼の事わからなかったなって」


三浦「いやー、アイツの事はどうでもいいっしょ」


葉山「だがヒキタニ君が欠席しだして随分とたつ、また病気が悪化したか」


海老名「え?比企谷君って病気にかかってたの?」


三浦「あれじゃん、事故に巻き込まれて」


海老名「あーそのことね」


戸部「それ言うならユイもきてないじゃん」


葉山「それも気になるな、何かに巻き込まれてなければいいが」


海老名「そうだね~、困る人もいそうだし」チラッ


相模「なんでこっち見るのよ」


海老名「別に~偶々~」


三浦「アンタ、なんか裏でコソコソしてるみたいだけど、私達に何かしたら容赦しないから」


海老名「優美子、口癖がちがうよ~」


 少し引っ掛けてみたけど、ここまでわかりやすいものなのか?隠す気がないね相模さん。


三浦「なんか腹が立ったもん」


葉山「まぁまぁ落ち着いて、あっそうだ今日は久々に四人で飯でも行こうか!」


戸部「あっハヤトくん悪ぃ!今日はバイトだわ」


三浦「なんだ残念、海老名は?」


海老名「私は大丈夫だよ」


葉山「それじゃ3人だな、戸部はまた埋め合わせするよ」


戸部「あざっす!」


海老名「でも私は先に行くところがあるから後で合流するよ」


三浦「え?そうなの?」


海老名「少し用事あるの、優美子でもナイショ」


三浦「とかいってまた本でも物色するつもりでしょ」


海老名「ちょっと人を変態みたいに言わないでよ」


三浦「いやいや、あんたの趣味は特殊なんだから」


葉山「それじゃ終わったら連絡してくれ、場所を伝えるから」


海老名「りょーかい」


 とはいっても行くところは決まっているけどね


………………………放課後………………


海老名「とはいってもここに来たところなんだけどね」


 ここは、彼が自殺を図ったとされる公園。でも不思議だ、ここに何かある気がする。


結衣「どうしてここにいるのかな」


海老名「やっはろー結衣」


 ほら何かあったじゃない


結衣「誰かの指示というわけじゃないみたいだね」


海老名「んー、私個人的に来たんだよ」


結衣「ヒッキーに用があってきたんじゃないの?」


海老名「流石結衣!察しがいいね!会わせてよ!」


結衣「なんで会わないといけないの?」


 こりゃ少し雲行きが怪しくなってきたぞ、下手にお手付きをしたらどうなるかな


海老名「逆に何で結衣が決めてるの?会う会わないは彼が決めることだよ」


結衣「ヒッキーは優しすぎるから、多分自分が置かれている状況を考えて相手に合わせると思う」


海老名「とかいって本当は自分だけのものにしたいだけなんじゃない?」


結衣「は?」


海老名「あ、でも安心して結衣、別に結衣の世界を壊すつもりはないから」


結衣「何…その目、私が異常だって言いたいの?」


海老名「そのつもりはないよ、でも比企谷君とは別の曇り方をしてるなって」


結衣「曇り方かぁ、みんな曇ってるじゃない」


海老名「そうだね、みんな曇ってるよ。比企谷君に対して行き過ぎた虐め、それに対して誰も止めようとしないし我知らず。あんなマインドコントロールのような環境、聖人でもない限り制止しようとしないよ」


結衣「・・・」


海老名「結衣も同じだよ、貴女も私も比企谷君の事より自分を優先したんだし」


結衣「違っ」


海老名「違わないよ、もしかしたら結衣より私の方が彼の事を理解してるのかもしれないね」


結衣「そんなわけないでしょ、姫菜は」


海老名「そんなに断言するなら彼の事を真っ正面から向き合ったらどうかな?」


 なんでそんな事を言ったんだろうって頭の中で思っていた、別に彼の事を好きでもないのに。同種だと思ったから?別の何かかな?分からないけど、言わないと気が済まない。そんな感じだ


海老名「あ、勿論言葉通りだよ?彼の病状の事関係なしに目を見つめた事ある?」


結衣「・・・」


海老名「にしても結衣は随分と強欲になったね、比企谷君はどうなのかな変わりたいのかな」


結衣「変わってほしいし、もっと見てほしい。でも姫菜も変わったね、なんだか、てかいつか比企谷君って呼ぶようになったの?確かヒキタニ君呼びだったよね?」


海老名「呼び方はともかく、変わったように見えたのなら、私に対する見方が変わったという事だよ」


結衣「そうなのかな、でも心配しないで、多分姫菜が思っているような事はしてないから」


海老名「そっか、それなら安心かな」


結衣「でもヒッキーの事は何があっても守る」


 たとえ目が曇っていたとしても、それだけはしっかりと軸が光が差しているんだね


海老名「私は比企谷君と結衣がどういう道を歩むのか解らないけど、尻拭いだけはしてあげる。ちゃんと後悔がないように」


結衣「どうしてここまでしてくれるの?友達として?」


 その問いかけに対して、私はニッコリと笑ってあげるとその場を後にした。結衣も私を呼び止めようとしなかった。


海老名「既に私が入り込む隙間なんてないなぁ、なんだろ不思議な気持ち」


 これは失恋というものだろうか、いやそういうピンク色なものじゃない。これは青い色かな?


海老名「もう既に遅いけど、早く探究すれば変われたかな」


 これはもう一度会ってみるしかないね、彼に


ピッ!

 

 だから、もう少し時間をもらうね結衣


………………………………………………


ピンポーン!


八幡「はい、どなたですか」ガチャ


海老名「久しぶり比企谷君、うん、ちゃんと生きているみたいね」


八幡「え?なんで海老名さんが」


海老名「まぁそりゃそうなるよね、どう?私はどう見えている?」


八幡「いや、結衣から聞いたんじゃないのか?」


海老名「さらっと名前呼びかぁ、でも残念ながら君のお姫様からは何も聞いてないよ」


八幡「・・・可愛く言うならベトベター、悪く言うならBEETだ」


海老名「ほんとわかりやすいね、でも私から見ればみんな中身は同じ化け物だよ」


八幡「会って早々哲学的な事を言い出すんだな」


海老名「きみの中身は何を宿しているのかな、あ、話の続きは外でしたいね」


八幡「は?なんで」


海老名「さっきから見られている気がするんだよね、ここは悪霊でも住んでいるのかな」


八幡「大丈夫大丈夫、例え灰色の世界でもここにはエクソシストも死神代行もいないから」


海老名「そっか、それなら大丈夫か」


八幡「そうだよ、俺はスタンド使いでもなければホムンクルスでもないからね」


海老名「そっか、さっきから何を言っているのか全く分からないけど」


八幡「それでどこに行くつもりだ?」


海老名「そうだね、てか私を見ても驚かないんだね」


八幡「もう見ちゃったからね」


海老名「ちなみに私は何色に見えている?」


八幡「どうして色を気にするんだ?」


海老名「深い意味はないよ、さぁ答えて」


八幡「ロイヤルブルーだ」


海老名「他の人も同じ色に見えたりするの?」


八幡「いや、人それぞれだな。でも大半は黄緑色や無彩色系が多い」


海老名「なるほどねありがとう」


 ロイヤルブルーは、食事や生活環境など物質的な側面に難航している事や、それに対して逃避願望があるなどの意味がある。他には他者とのつながりを避けたい、より深い真実、学問などを探求したいなど。恐らく彼の目は単純に幻影を見えているのではなくて、彼がその人に対してどのような目で見ているのかを色で表している気がする。

 あくまでも根拠のない推測だが、もしそうであれば彼が抱えている精神的なものが見えてくるのではないかと考える事もできる。

基本的に黄緑色や無彩色は、陰鬱、沈静、絶望、苦みなどいったマイナス的なイメージを持った色であり、それらが大半なのであれば彼の心はすさんでいるのだろう。

 というより、私の事をこんな印象を持たれていたのかと思ったが、あながち間違ってない気がして複雑な心境になってしまった。


八幡「てか、海老名さんとサシで話すのは初めてだな」


海老名「言われてみればそうかもね、比企谷君からすれば私なんか眼中になさそうだもん」


八幡「いや、そんな事は・・・ないとも言えないか」


海老名「認められたら地味に傷付くなぁ」


八幡「それこそ俺なんかに何を思われようかどうでもいいでしょ」


海老名「うーん、どうでもいいような相手に態々家を訪ねたりしないでしょ」


八幡「という事は何か用か?葉山に何か頼まれたのか?」


海老名「そういえばまだ言ってなかったかな」


八幡「君が話をそらしたからでしょうよ」


海老名「そうだね、誰かに頼まれた訳でもないけど。私が君に対して興味がわいた切っ掛けはあるかな」


八幡「なんだ、そのはっきりしない言い方」


海老名「川崎さんに頼まれちゃってね、比企谷君の近辺調査を」


八幡「なんで川崎がそんな事を」


海老名「彼女だけじゃない、あのちんちくりんの生徒会長や戸塚君もね」


八幡「あいつら・・・」


海老名「君は自分が思っている以上に、周りの人に好かれている事を自覚したほうがいいよ」


八幡「どうだろうな、自己満足かもな」


海老名「え?」


八幡「メサイアコンプレックスのように、自尊心の低さを他者を助けることからくる自己有用感で補償しているだけじゃないか」


海老名「小難しい事はよくわからないけど、もしかして裏切られるのが怖いの?」


八幡「裏切られるもなにも裏切られる人もいなんですが」


海老名「もしかして過去に似たような事でもあったのかなって」


 勿論、過去に何があったのかも調べさせてもらった。幼少時から友達ができず、周囲に存在を軽んじられ、裏切られたりしたなどの経験からトラウマを抱えており、他人からの好意を信じられない性格になったことも。女嫌いであり、女子にたいして強い警戒心と猜疑心を抱いていることも。

 

八幡「やっぱり腹黒いな女だな」


海老名「折本 かおりの事を言っているのかな?それとも私?」


八幡「あいつと会ったのか?」


海老名「話したことも顔を合わせたこともないけど、比企谷君とは何かあったんでしょ?葉山君から聞いたけど中学校が同じだそうね」


八幡「・・・」


海老名「ま、過去の事を問い詰めても本来の目的とは関係ないし、本題に入るけど事故当日何をしていたの?」


八幡「なにって、俺は川崎とその妹と一緒にいたけど」


海老名「事故の瞬間も?」


八幡「なんでそんな事をお前が知りたがるんだ?関係ないはずだろ」


海老名「うーん、だって私の事を一番知っているのは比企谷君だけだもん」


八幡「え?」


海老名「私の趣味だけじゃなく、素の部分」


八幡「・・・そうか、でも海老名さん、態々危険を冒す必要はない。自分に置かれている、現在のような心地よい環境は久しぶりなんだろ?それが壊されるかもしれないんだ」


海老名「そうだね、でもどんなに心地よい環境でも毒物があれば一気に腐敗汚染されるんだよ」


八幡「毒物・・・なるほどそういうことか」


 洞察力に優れている比企谷君のことだし、私が思っている事を察したんだろう。それがあっているかどうかは分からないが大体は合っているだろう。彼はそんな人間だ


海老名「だからさ、事故当時の事を出来るだけ教えてほしいの」


八幡「とは言っても、誰が居たかなんて知らないし覚えてもない」


海老名「何人かもわからない?」


八幡「いや、それははっきりと覚えている。俺の後ろに川崎の妹がいて、反対車線には女性の人が死んでいた。完全に、肉塊になっていたから即死だろう。歩道側はサラリーマンが血を吐いて倒れていたが、何かを一点に見つめていたように見えた。」


海老名「その妹さんは君が庇ったんだね」


八幡「あぁ、幸いな事に怪我も無かった。だから安全なところに行くように指示を出した、歩道を沿って走り抜けろと伝えた。」


 なるほど、という事は川崎さんの妹に会わないといけないか。その時は既に事故の関連に、葉山君の父が関わっている事は陽乃さんから聞いていた。しかし、関わっていたとしても深い所までは全然解らないのが現状であった。


八幡「今思ったんだけど、なんで俺がここにいる事が分かったんだ?」


海老名「簡単な話で、君の家に行ったところでいない事は、平塚先生や川崎さん達の様子を見ればわかる。そして、結衣の実家だけどその線もない。それはさっきと同じで平塚先生が先に動いていると見たほうが自然、でもまだ見つかっていないという事は別の所に隠れている。もちろん警察の捜索は始まっているから近辺にはいない、だからといって高校生二人がアパートとかに住めるはずがない。」


八幡「・・・」


海老名「それにしてもここは大学生が多いね、近くに大学があるからかな」


八幡「そりゃ駅も近いからな」


海老名「ふふっ、でも今回はこれぐらいにしておくよ」


八幡「え?」


海老名「時間は有意義に使わないとね」


 本音はもう少し話していたかったけど、少し不穏な予感がした。こういう時の予感って、根拠はないけど大抵は的中するものだ。


海老名「そうそう、今日は工事現場の作業が激しいから遠回りして帰ったほうがいいよ」


八幡「・・・何かの警告か?」


海老名「そうかもね、さっき結衣と葉山君と優美子が鉢合わせになったらしいけど、何やら揉めたらしくて、同時に反対方面から雪ノ下さんの姿も確認したみたいで鉢合わせになるかもって」


八幡「・・・それは面倒な事になりそうだ」


海老名「介入しようなんて考えたら駄目だよ、君が入ることで状況はもっと悪化すると思うから何もしない事」


八幡「そうかもしれない・・・だが、」


海老名「ここが正念場だよ」


八幡「・・・わかった」


 なんとか説得して迂回させることに成功したが、優美子からの連絡によると接触まで数分も掛からない。場所はここから直ぐの郵便ポスト前だったはず、どうしてわかるかって?私が雪ノ下さんを呼び出したからね。


海老名「これで何かが発展するといいけど」


………………………………


現在


平塚「アンタよくこんな危ない橋渡ろうと思ったね」


海老名「確かに危ない橋ではありましたが、収穫もありましたよ」


平塚「まて、その前になんでお前はこれほどまでに危険を冒して探りを入れたんだ?」


海老名「平穏を取り戻したいからじゃだめですか?」


平塚「それは答えになってないだろ、お前の行動は周りをかき乱しているようにしか見えない」


海老名「それも仕方がない事です、あくまで動作などは積み木でしかないんですよ」


平塚「積み木?」


海老名「積み木の頂にあるのが目的な訳です、それ以外に何もありませんよ」


平塚「・・・それでどうなったんだ?」


海老名「率直に申し上げて、第三者から見ればこれほど傑作な事はないですよ」


平塚「なんだって?」


海老名「ま、話を続けますから」


………………………………


 私は先回りをして現場に到着していた、ここは人通りのない一方通行であり隠れるところは全くない。なので私は事前にこの周りの土地を調べて、隠れるのに最適なところを調べた。


海老名「無人の民家の中庭だよね、ここならまず見つからない」


 家主は当の昔にいなくなっており、この土地は行政が解体するという事で話が進んでいる。なので誰にも迷惑はかけていない、法律面では怪しいが・・・

 すると足音が聞こえてくる、もうそろそろ時間だろう。


雪乃「ここでいいのかしら、どうしてここに呼び出したのかしら」


 呼び出し人は勿論私ではなく、戸塚くんの名前を使わせてもらった。彼には悪いけど、一番無害なイメージのある人物からの連絡が効果があるのは鉄則である。

 後は彼女と接触するだけ、そう思っていると塀の隙間から周り角から接近してくる結衣の姿があった。


結衣「今日は運が悪い、面倒な事ばかり起きるわ」


 葉山君と接触したせいか、心底ダークな感情に切り替わっていた。そんな彼女の姿に気が付いたのは雪ノ下さんからだった。


雪乃「あなた、そんなところで何しているの」


結衣「・・・今日は厄日だわ」ボソッ


雪乃「最近学校を休んでいるそうじゃない、体調不良には見えないけど」


結衣「えへへ、ちょっと色々あってね。ゆきのんと会うのは久し振りだね」ニコっ


 恐ろしいほどの切り替わりようだった、なるべく当たり障りのないように演技をしているのだろう。


雪乃「そうね、あの時以来ね」


結衣「あの時以来だね」


雪乃「・・・」


結衣「ヒッキーは元気にしているよ」


雪乃「えっ!?今なんて」


結衣「今は私達一緒にいるの」


雪乃「まさか貴女、監禁して」


結衣「知ってるでしょ、ヒッキーが自殺しようとしたこと」


雪乃「・・・えぇ」


結衣「それを一番最初に見つけたの私なんだよ」


雪乃「っ!?」


結衣「ほっておけるわけないじゃない」


雪乃「確かにそうかもしれない、けどそれを学校や警察、彼の親族に連絡したのかしら?」


結衣「ヒッキーが嫌がったの、それに凄く震えていた」


雪乃「そうだとしても、最初は先にするべきことがあるわ」


結衣「相変わらず都合のいい性格してるね、ゆきのんは」


雪乃「何ですって?」


結衣「私と同じ立場だったとしても、同じことが言える?」


雪乃「・・・何が言いたいの」


結衣「ゆきのんは正当化しているだけ、自分が無力だって事を否定して」


雪乃「勝手な事を言わないで、それに貴女に言われなくても無力だと実感している。私だって辛いのよ」


結衣「一番辛いのはヒッキーだよ、ゆきのん」


 彼女は諭すように言った


結衣「ヒッキーの周りには誰にもいない、ゆきのんとは違う」


雪乃「彼がそう言ったのかしら?」


結衣「・・・」


雪乃「彼が思っていようが貴女が思い込んでいようが、2人の周りだって沢山いるわ。貴女達が見ようとしないだけ」


結衣「それじゃどうしてクラスメイトの皆や周りの人は彼を助けようとしなかったの?」


雪乃「少なくとも私は助けようとしたわ、それに」


結衣「ゆきのん、この際周りの事はどうでもいいの、全部貴女がほっておくのがいけなかった」


雪乃「何を言っているの、今は貴女が彼と一緒にいるでしょ?」


結衣「ここまで来るのに何度すれ違ったと思っているの!?入院中の時だって何度拒絶されたとおもっているの!!何度諦めかけたと思っているの!?私がどんな思いをしてきたか全然わかってないくせに!」


雪乃「勝手な事言うな、そんなこと私のせいじゃない」


結衣「あの人の頭にはずっと、ゆきのんがいるの」


雪乃「適当な事を言うな、証拠に彼は貴女を選んだ」


結衣「違う!ヒッキーはゆきのんの事を忘れたことはなかった!」


雪乃「なら何故私はあの時!振られたのよ!!」


結衣「貴女が何もしなかったからでしょ!!」


雪乃「何よ!私がせいだっていうつもり!?」


結衣「それ以外に何があるのよ!?全部貴女が臆病なのがいけないんじゃない!?」


雪乃「ここまで言うのね、あの時好き勝手に言った貴女が、そこまで言うのね」


結衣「そっちこそ勝手な事を言わないで、彼の気持ちを独り占めしてたくせに悲劇のヒロイン面しないでよ!!」


雪乃「っ!!」


 パッチーンっと、頬を叩いた音が鳴り響いた。まぁ、そういう事になるのは当然の出来事だろう。何故ならお互い同じ人を想っているのだから、ヒートアップもするだろう。


雪乃「ご、ごめんなさい・・・私そんなつもりじゃ」


結衣「ッ!!」


 ドカッ!!っと今度は重たい音が鳴り響いた。明らかに平手打ちの音ではなく、これは拳で殴った音だった。


雪乃「ゆ、由比ヶ浜さん?」


結衣「やっぱり私は、貴女を許さない」


雪乃「それはこっちの台詞よ!」


葉山「やめないかっ二人とも!!」


 丁度結衣に追いついたのか、葉山君たちの声が聞こえてくる。


三浦「ちょっと何してるのよ!!」













 


 







 















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2021-04-02 23:15:12

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1: SS好きの名無しさん 2021-04-02 23:16:09 ID: S:YTpVs_

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