2021-01-08 17:06:43 更新

概要

アークナイツをやってみた、今回はただの妄想

注意

二次創作にありがちな色々
ちんちくりんのドクター





パンッ!…パンッ!…パンッ!


射撃場なんだから射撃音が聞こえるのは当然で、しかし、それはまあ熱心に続いていた


銃を構えたジェシカの隣で、鼻歌交じりでパネルを叩くドクター


「赤上げて♪ 青上げて♪ 赤下げないで、青上げない♪」


射撃音に混ざる雑な相槌は、いつしか歌声に変わり

嫌がらせのように、ターゲットを出し入れして遊んでいた


「しゅーりょー」


パンッ…と、最後の一発がターゲットを掠めると、ジェシカは構えていた銃を下ろした


「ジェシー…また余計な事を考えていたのね? あなたの悪い癖よ?」

「うっ…ごめんなさい…」



射撃の結果にドクターと顔を寄せ、その不甲斐なさに謝るしか出来なかった


余計なことと言われればその通りだ


引き金を引く瞬間まで ごちゃごちゃと…


銃の扱いは正しいのか? ターゲットは合っている? 射線は通っている? 他に障害は?


それから…それから…ドクターが煩い…


そうして積み重なった誤算は遅れになり、遅れた分だけ結果がズレる


「まあ…散々フランカ達に言われたんでしょうから、私からはとやかく言わないけども」

「うぅぅぅ…」


返す言葉もない。事実その通りで、未だに直せていない自分の不甲斐なさに泣けてもくる

だってドクターが煩かったからは、言い訳にならず

そもそも、静かな戦場なんてないんだから、あの程度の雑音はスルーできなきゃ切りがない


「貸してみて?」


また考え込んだ私の悪癖を狙ってか「あっ…」と、言ってる間にもドクターの手に銃を掠め取られていた

どこで覚えたんだろう? 自分の油断が手伝ったとはいえ、驚くほどに綺麗な動きだったが

驚いたのはそこまでで、銃を構えた小さな手はとてもじゃないが危なっかしい


「ドクターっ、危ないですってっ」


だから考えすぎだと言われるんだ

とりあえずでも、ドクターには似つかわしくない凶器を取り上げるほうが先なのに

言葉の変わりに遅れて伸びた手は、しかし、銃声によって遮られてしまう


パンッパンッパンッパンッ…!


「ふっ…」


最後に、揺れる煙に息を吹きかけて、格好をつけるドクターを横目に

また、余計なことを考えてしまっていた


早い…


驚くべき思い切りの良さに目が点になってしまう

単純な射撃速度なら私以上で…でも、その精度は最悪だった


「どうかしらっ、ジェシー?」


そんなキラキラした目で感想を求められても困る

だって、全弾外れてるどころか、その一発は人質に当たっていた


「どうって…その、人質にあたっちゃってるなーって」


おっかなびっくりオブラートに包んで言えたのはその程度で

しかし、その程度の配慮では全くに意に返されなかった


「あらほんと。しかも頭じゃない…死んだわね、あれは」

「殺したらだめじゃないですか…」


そこで、ようやくと銃を取り返し、その調子を確かめる

特に問題はなし。たまたまたか、偶然か、どっちにせよ扱いに問題はなかったようで


「どこで使い方を?」

「説明書を読んだのよ? 暇だったもの」


そこに目を向ければ、自分の荷物から引っ張り出されたであろうマニュアルが、いつの間にか転がっていた


「・・・。ドクター? 少し良いですか?」


自分でも、何を考えていたのやら

もう一度ドクターに銃を握らせると、その小さな手に自分の手を重ねていた

支えるように手を添えて、もろもろの姿勢を直していくと、それなりに見栄えはしてくる


「これでいいの?」

「はい、そうです。隙間なく、しっかりと握ってください…。それと、片手では絶対に撃たないで…」

「ええー。そっちの方がカッコいいのに」

「格好だけで弾は飛びませんから…肩壊しても知りませんよ?」


時折、茶化しはするものの、意外と素直に自分の言うことを聞いてくれていた

最後にトリガーに指をかけさせて「どうぞ…」と、耳打ちすると、迷うこともなく撃鉄が落ちる


パンッ…!


ぱっとドクターの顔が華やいだ


結果はど真ん中


どうして、さっき打倒した人質の横を狙ったのかは分からないが

再びの弾丸は、過たずにターゲットの頭部を撃ち抜いていた


「…怖くはないんですか? ドクターは…」

「怖い?」


分からないと、傾げた首が答えだった

ドクターの頭の中には、外したら嫌だなとか、暴発したらどうしようとか

そんな不安はすっぽ抜けているみたいで、仮にもその不安を口にしようものなら


「その心配性はジェシーの良い所でもあるんだけどね…」


それを卑屈だと悪く言う代わりに、ドクターは「いい?」と、小さく指を立てていた


「引き金を引けば弾は出るのよ、こんなもの。そんな当たり前に いちいち疑問を挟まないの」

「当たり前って…。銃の扱いは結構難しいんですよ? ドクターはそんな…簡単そうに使っちゃいましたけど」

「お手本なら あなたが一杯見せてくれたじゃない。それにね…」


銃を下ろしたドクターが、何気なく体を預けてくる

それは子供が戯れついてくるようでいて、その何でも無い体重は私の胸元に収まる程に軽かった


無垢な視線に見上げられ、それが にぃっと嫌味に染まると


「ジェシーに出来て私に出来ない訳がないのだわ」

「…」


流石にむっとした

なんか偉そうにしている いつもの分も合わせて腹立たしい


私だって、遊んでいたわけじゃないし…


そんな、ちょっと上手に撃てたからって、私が支えてないと真っ直ぐにも飛ばせなかったくせに


「…なにがそんなに楽しいんですか?」


頬を膨らませている自覚はあった

それでも、視線を逸らしてしまったら、何かに負けたような気がして

見上げてくるドクターのほっぺを捕まえると、そのまま両手で挟み込んでいた


ふに…


むにむに…


むにゅぅ…


グローブ越しにも伝わる柔らかさ

もち肌とか言うんだろうか? 開けた指先には、それがしっとりと吸い付いてもくる


グローブを着けているのがもったいない

素手で触っていられたら、それはそれで変な気持ちよさが期待できそうだ


いつもだったら、もう少しそうしていても良かったかも知れない

そのうち嫌がったドクターに噛みつかれるかも知れないが、それはそれ

けれど、今の私は機嫌が悪いんだ。いつもは可愛らしく見える笑顔も、今だけは小憎たらしく


ぎゅっと…


挟んだ両手に力を込めると、なんなく潰れた ほっぺがドクターの笑顔を崩していく


「ぷふっ…」


思わず笑ってしまった

ブサイクに潰れた顔が絞られて、そのまますぽっと抜け落ちる


2歩・3歩と距離を取り、くるっと振り返ったドクターには、私のご立腹が移っている様だった


「もうっ! 戻らなくなったらどうするのよ」

「あははは…。ごめんなさい…」


苦笑いとごめんなさい

一応の仕返しも済んだことで、流石に気も落ち着いてくる

これ以上ドクターをいじめても、棚に上げた自分の卑屈が落ちてきそうで怖い


「…でも良かった」


崩れた笑顔を直したドクターが、真っ直ぐに私を見つめていた


「あれでも怒らなかったらどうしようって思ったもの。張れる意地があるのは良いことだわ」

「心配…してくれたんですか?」

「お節介だった?」


その言葉に、ただただ首を振る

気にしてもらえるのは嬉しい。自分すら信じきれない私を、信じて、頼って、甘えてくれる


その信頼は重いか?


うん、軽くはない


けど、そのくらい背負えない自分なんかもっと嫌だ


「ねぇ、ジェシカ。 いっぱいいっぱい上手になって、そしたら また私にたくさん教えてね」

「はい…。がんばりますっ」


ドクターから銃を受け取って、もう一度と構え直す


パンッ…!


気のせいかな。少しだけ、引き金が軽くなっていた





今日の訓練を終えて、ドクターと手を繋ぎながら部屋に戻る途中

ふと出来た余裕は、ジェシカの意識をドクターに向けさせていた


ドクターの事が良くわからない

最初から不思議な子ではあったけど、こうして近くにいるようになっても謎は深まるばかりだった


「それでフェンったら、また走ってちゃって、困ったものなのよ」


言うほど困っているようには見えなくて、それでも膨らむ頬は見た目相応には可愛らしい

ただ、それを可愛らしいと思った分だけ、時折見える、達観した仕草に言葉をなくしてしまう


あの後だって、子供が友達の心配をしてはいけない? とか言ってくるし


そう言われてしまえばそれまでで

一つ、返す言葉があるのなら、子供はそんな事言わないんだよなぁって



「ねぇ、ジェシー? なんか変な人がいるわ、不審者なのよ」


繋いでいた手を引かれ、顔を上げた時には、ドクターの部屋の前に着いていた

ただし、その部屋の前には、ドクターの言う所の変な人がいて

実際、うろちょろと、右往左往する姿は挙動不審に違いない


大きな角と、太い尻尾


その持ち主は、どれだけ厳しいのだろうと思えば、ただの少女のようにしか見えず

私より高い身長も、おっかなびっくり縮こめていては、必要以上に小さく見えて仕方ない


でかい小動物


随分な第一印象だとは思う。けれどそれが、私がエステルを見た時の初めての感想だった


「ああ、彼女ですよ。アーミヤさんが会って欲しいって言っていたのは」


一応はアーミヤさんに聞いてみた。なんで家なんですかって

「だって、ロドスで一番自由な所じゃないですか」と

多分その認識は正しく、何も言い返せすに、苦笑いをするだけの自覚もあった

まあ、一番の不安は、そんな私の苦笑を羨ましそうに見ていたアーミヤさんの内心の様な気がするが


「ふふっ、良いわジェシー。見ておきなさい? 私が威厳の出し方ってのを教えてあげるんだから」

「え?」


何を? と、止めるまもなく

たったか たったか駆けていく後ろ姿は楽しげで、どうみたって悪戯をする前の子供のように見えてしまう


「フリーズっ! 動かないでっ!」

「ひぃっ!?」


その牽制はドクターにしては大きな声でいて、しかし、威嚇と言うには可愛らしい

それでも、後ろから急に大声を出されれば誰でもそうなるように

びくっと背筋を伸ばしたエステルは、震えが止まるほどに硬直してしまっていた


「あなた、お名前は? 目的はなぁに?」

「あ、あの…エステルって…私、アーミヤさんに言われて、ドクターに…その…ごめんなさい…」

「ようの無いことを ぺらぺら喋らないのっ」

「え…? だって…いま…」

「良いから、そのまま両手を上げてこっちを向きなさい。 良い? ゆっくりだからね?」

「は、はい…」


言われた通りに手を上げて、言われるがままにエステルは振り返っている

それは私も見ていたし、何もおかしなことはしていなかったはずなんだけど


「動かないでって言ったでしょっ!」

「そんなぁ…わたし、どうしたら良いんですかぁ…」

「動かず、騒がずよっ。それでいてこっちを向くの」

「むりだよぉ…」


理不尽だ…


そんな事、私だって出来やしないのに

にっちもさっちも行かなくなって、今にも泣き出しそうになっているエステルがとても可愛そうに思えてくる


あれが威厳の出し方なら、参考にはならなさそうだ


そりゃ、矛盾する命令を出して、部下を困らせるタイプの人もいるけれど

ドクターのはなんかそう、間違った映画の知識を真似しているようにしか見えなかった


「ふぅ…」


一息ついて頭を切り替える

ホルスターに手をかけて、安全装置が働いているのを確認した後、銃口を床に逸らしつつ声を上げた


「動くな! 手を上げろ!」


敵に向かってするように、精一杯の勇気を振り絞って睨みを効かせると

固まったドクターと、泣きそうなエステルの視線が集まってくる


「まあ、なんてこと…。クーデターなのよ、飼い犬に手を噛まれたのだわ」

「命令をしているのは私だ。発言は許可していないぞ」


クーデターか、確かにそういう事になるのかもしれない

だけど、それを言ってるドクターに危機感はまるでなく

それを聞いてる私でさえ、笑いそうになる口の端を堪えるのが大変なくらい


銃を向けつつ、ゆっくりと壁に手を伸ばす


カードキーをスリットに通し、部屋の扉を開ける

「部屋に入れ、お前もだ」エステルに向かって、アゴを使い部屋の奥を指し示した


発言が許可されてないせいだろうか?


がくがく と、必要以上に頷いたエステルが、太い尻尾を引きずりながら、部屋の中へ入っていく


ずる…ずる…


正直、この尻尾を振り回されたら だいぶ不味いんじゃないかと思う

ほら、根元の方なんて、ドクターのお腹周りより太くも見えるし


いま暴れられたら、ドクターを庇いきれるだろうか?


ゆっくり、ゆっくりと、進んでいくエステル

次第にドクターから離れてはいるものの、それでもまだ尻尾が届く距離ではある


余計な不安が最悪の想定に変わり、ぞっとするような光景は冷や汗になって頬を伝う


ガンッ!


突然の音に、反射的に銃口を向けてしまう

安全装置に指がかかり、すぐさま撃鉄を叩き起こす


馴染んだ動作は、自分が考えるよりも早く射撃の体勢を作り上げ

最後の引き金を私に預けてくる。が、それを引くよりも先に、安全装置を止め直す方が先だった


「いたたっ!?」


何の音かと思えば、部屋の入口でエステルがその大きな角を引っ掛けていた

不慣れな重さにバランスを崩し、痛みに揺れている姿はなんとも頼りない


さて…なんて言葉をかけようか?


「ごめんなさいごめんなさい」と、平身低頭で、自ら袋小路に入っていくエステル

ドクターからすれば「カモがネギを背負って、厨房に入っていくわ…」と不穏極まりない感想らしいが


一歩…


ドクターと一緒に部屋に入ると、閉じた扉の音に怯えるエステルの姿が、ありもしない犯罪の予感を漂わせていた





「もう、ジェシーがあんまり脅かすから、怯えちゃってるじゃない」

「威厳みせてやるーって、自分で始めたくせに…」


それも、いつものことだ


良くわからない理由で、分からないまま私のせいにされていた

まあ、今回に限って言えば片棒を担いだ自覚もあるから、例には漏れるんだろうけど

自分は悪くありませんと、しれっとしていられるドクターの図太さも大概だ


「まあ、ジェシーったら私のせいにしようというのね?」

「べつにぃ…そうは言いませんけどぉ…」


何してるんだろう私


ドクターと張り合うみたいにしちゃって

思わず唇を尖らせては見たものの、その後の事をまったく考えていなかった

どうせ負ける口喧嘩を吹っかけて、そんなに言い負かされたかったのかな


「ダメよ? 責任を取れるのが大人というものなのだわ。それが一人前というものよ」

「だったら、ドクターがお手本を見せてくださいよ。もう子供じゃないんでしょ?」


ひと目がないせいだろうか?


思いの外 口がすべる

こんな事、フランカ先輩達にも言ったこと無いのに、ましてドクター相手だなんて

お互いの立場を考えればとんでもないが、それで悪い空気にもならないのが不思議だった


「しようのないジェシカ。良いわ、見ていて? きっと上手に出来るんだから」

「上手にって…ドクター?」


何をするつもり? と、言いかけて、それを口にする前に

たたっと、軽い足取りでドクターがエステルの隣へ駆け寄っていく



部屋の隅


エステルが自分の尻尾を抱えて縮こまっている

揺れる視線は逃げ場を探しつつ、私達の立てる物音一つにも びくびくと萎縮してしまっていた


「エステル…お姉ちゃん?」


そんな彼女の下に、ひょこっと顔を覗かせたドクターが、上目遣いに覗き込む

声音を数段落とし、いつものお転婆を引っ込めた代わりに、出てきたのは薄幸の美少女といった有様だ


「ごめんね? ジェシカも悪気があったわけじゃないの…ただ、私の事が心配だっただけで…許してくれる?」


うわぁ…


そう、声を出さなかった自分を褒めてあげたい


自分で始めた部分を背中に隠し、私の責任だけを抱えて盾に使っている

あるいはエステルがまともな精神状態だったなら

その背中のものはなんですか? とも気づいたかもしれないが


怯えきった彼女にそれは難しく、まして、先に謝ってきたのが儚げな女の子で

健気にも、精一杯に誰かを庇う姿を見せられては、それ以上の追求もしづらいだろう


「え? ううん。大丈夫…だよ? ちょっと、あの、びっくりしちゃっただけだから…」

「ほんとう? 怒ってない?」

「怒ってない、怒ってないよ。だから泣かないで…ね?」

「優しいんだね、エステルは…ありがとう」


花のような笑顔とはよく言うが、今のドクターもまさしくそんな笑顔を浮かべていた

未だ不安に揺れるエステルの手を取り、儚げに、ふわりと揺れる様なその笑顔は


「すずらん かな…うん」


ほんとなら、桜とかって言っても上げたいんだけど、あの笑顔には裏がありすぎる



「それで? エステルお姉ちゃんは、私に何か御用なの?」

「え? あ、うん…あなたにっていうか、ドクターさんって何処かな?」

「うん、私がそのドクター。Dr・しずく だよ?」

「え…うそ…? あ、ごめんなさいっ、わたし知らなくって…」


気持ちはわかる。私も最初にそう言われた時は、あんな感じだったのを覚えている


「良いのよ、みんな驚くんだから。エステルみたくびっくりするの」


その反応が楽しかったのか、得意げに体を揺らすドクター


「さあ、エステルお姉ちゃん。ごようはなぁに? 何でも言ってみて? 聞かせてみてちょうだい」


まだ、おどおど と、落ち着かない様子ではあったが、支えながらもエステルの口は開いていった






「~♪」


アーミヤが鼻歌交じりでキッチンに立っていた


たっぷりの牛乳を鍋の中でかき混ぜながら、程よく温まった所に はちみつを流し込む

1回・2回、ダマが残らないようによく混ぜて


少し甘いかな?


けど、それで丁度いい

そのくらい甘いほうがドクターは…しずくは好きだった


「しずくー、出来ましたよー」


カップに2つ、出来上がったホットミルクを注いで部屋に戻る


ベッドの上では しずくが寝っ転がっていた

時間も時間だし、流石に眠いのかなって心配にはなったものの、甘い はちみつの匂いが届いのか

ぱっと体を起こすと、テーブルに滑り込んでくるくらいの元気はあるようで安心した


「ふふっ…」


勢いよくホットミルクに食いつく しずく

案の定、口の周りには白いひげが着いてしまって、そんな 子供な姿が愛らしくてたまらない


後で良いか…


どうせ、今ひげを拭っても、すぐに生え変わるだけだろうし

飲み終わった頃にでも、拭いてあげればいいだろうと、しずくを眺めながら 私も自分のカップに口をつけ始めていた


「それで、アーミヤ? 私に何か御用なの?」

「なにかって…用がないと呼んじゃいけませんか? しずくとおしゃべりしたいは、用になりませんか?」


一通り満足したのか、カップを置いた しずくが首を傾げて聞いてくる

しかし、少しばかり悲しい物言いに、私の心はちょっと拗ねてしまっていた


「そうは言わないわ、そうじゃないのよアーミヤ。可愛らしく拗ねないでちょうだい、私はちゃんと大好きだから」

「はーい。ごめんなさい」


悪びれもせずに言う ごめんなさい は、少しくすぐったい


ただ、その言葉が聞きたかった

しずく の気持ちが自分に向いているのかを確かめたかっただけだって


そんな事を言ったら、面倒くさい女の子みたいに思うけど

ゆっくり話す時間も作らないと いけない身の上には、どうしても欲しい言葉というものはある


「でも、そうですね。用があったというのは正しいです」

「そりゃ、夜のホットミルクで釣るぐらいだもの、どうしても話したかったのでしょうね」

「あはは…。アンセルさんには悪いですけど…」

「良いのよ、私に小言を言うのも仕事なのだわ」


だからって、あまり夜ふかしを させたくないのは私も一緒だ

名残惜しいが、適当に雑談を切り上げると、本題を切り出した


「エステルさん…どうでしたか?」

「そうね。ジェシカより控えめな子がいるなんて思わなかったわ」


予想はしていたのだろう


私の質問に、悩むでもなく返ってくる答え

控えめというのも控えめで、エステルさんのそれは臆病とも言えるぐらいだと思う


「そうですね。ただ、彼女の場合は…」

「あの角? 見られるのをとても嫌がっていたわ、隠せるサイズじゃないのも不幸だし。鉱石病ってのは、ああもなるものなの?」

「珍しいとは思います。ああも大きく形質が変わるというのは」

「そう…。角くらい、マトイマルだって立派なのがあるのにねぇ」

「そう思えたら良かったのでしょうけど。元々の性格が災いしましたね」


病は気から…


どこでも言われることだ


エステルさんの体の部分

病状のコントロールこそ難しくは無いものの、それも彼女の協力があってこそだ


孤独は人を弱くする


変わってしまった自分を恐れて、このままひと目を避け続ける生活を送らせる訳にはいかない


「あの…しずく?」


恐る恐るでしょうがないが、聞かずにもいられない

合わせた指先で くだを巻き、手癖のように内心の不安を誤魔化していた


「なぁに? 『また面倒を押し付けるのねアーミヤ』とか言われると思った?」

「そんなこと…」


あっさりとお見通しか


くすくすと、からかうように笑った しずくは、笑顔のままに私を見つめ続けている

たぶん、白状するまでずっとそうしているつもりだ

恥ずかしさと くすぐったさに、いつまでも耐えられる程 私の頬は冷たさを保ってられなかった


「いえ、嘘です…ちょっとだけ思いました。でも、ちょっとですよ? そんな本気でなんか…」


言い訳の一つも覚束ず、熱くなっていく頬の重さに下を向かされる


「でも、困ったわね。甘やかすの得意ではないのだけれど」

「そうですか? 皆さん結構、好きか…いえ、自由にしてらっしゃいますけど…」

「それはそうよ。私が「好き勝手」しているんだもの、そのくらい許して上げないと」

「うう…せっかく言い直したのに…」


優しさを返して欲しい、とんだ無駄骨だ

私が言い直した部分を事さらに強調するんだもの、気を使ったこっちが恥ずかしい見たいじゃない


「まあ、任せておいてアーミヤ。甘えん坊は、甘やかし方も知っているものだわ」

「なんか、可愛くない言い方ですね」

「そんな私は嫌い?」

「…」


ずるい…


とは言わなかった


好意を知られている以上、どうせ何を言っても私の負けだ

反撃の芽があるとすれば、たまには甘やかしてと、童心に返るくらいだが


流石にそれは恥ずかしい、理性の尻尾が邪魔をする


「アーミヤ、この後は?」

「いえ、今日はもう…。暇を作るくらいなら そのまま休めってケルシー先生にも言われましたし」

「そう。それじゃあ、ゆっくり出来るわね」


テーブルから離れたしずくが、そのまま私のベッドに潜り込む

何のつもりかと眺めていると。布団の隙間から 顔を出し


「おいで、アーミヤ。今日はずっと一緒なのよ、夢の中でも お喋りしましょう?」


嘘を付きました


理性なんてありえません、恥ずかしいなんてでっち上げです


しずく からの誘いは、あまりにも魅力的で、保護者ぶってる自分は理想でしかありません


「ねぇ、しずく? そんなこと言って良いんですか?

 やっぱ無しはダメですよ? あなたは床で寝ても嫌なんですから…

 冗談なら早く言ってください…じゃないと、私…無理かもしれません」


がたがた と、体が震えている

たまらず口元を抑えて、溢れそうな何かを堪えるのに必死だった


「何度でも言ってあげるわアーミヤ「おいで」って「今日は一緒に寝ましょう」て」

「じゃ、じゃあじゃあじゃあ…っ。好きって、大好きって言ってくれますか?」

「それはイヤ」

「あ、はい…ごめんなさい…」


流石に調子に乗りすぎたか

口調も態度も変わらないまま、やんわりと拒否されると流石に悲しくなってくる


とぼとぼと、それでもベッドに近づく頃には どきどき と、おっかなびっくり しずくの待っている布団に潜り込む


「しずくは…意地悪です」

「そう? それでも私は アーミヤが大好きよ?」

「うっ…」


本当に意地悪だ


お預けされたと思ったら、不意に言葉にされて

拗ねていた自分が笑顔になるのを止められない

顔は どんどん にやけてくるのに、さっきついた悪態のせいで、素直に受け入れられない自分がいる


「好き、アーミヤ大好き。私の可愛いアーミヤ、ずっと一緒にいてね? 一人にしたら嫌なんだから」


私の頭を抱えながら、ゆっくりと欲しかった言葉を耳に届けてくれる、心に響いてくる

頭を撫でられるのが恥ずかしい。子供扱いされてるみたいで嫌なのに、止められるのはもっと嫌だ


「好き、好き、大好きだよアーミヤ」


しずくの体を抱き寄せる

その優しい声に包まれながら、くしゃくしゃになった顔を隠すように彼女の胸元に顔を押し付けて


気づけば、そのまま眠りに落ちていた






ドクターの部屋の前、その近くの曲がり角でエステルがうろちょろとしていた

そっと角から顔を覗かせて、誰もいないのを確認してから ほっと息を吐く

その姿があんまりにも不審に映ったのか、たまさか通りがかったオペレーターに大丈夫かと問われる始末


「だっ、大丈夫、全然 大丈夫ですから…はい」


疎かになっていた背後の気配

突然の声に飛び上がり、慌てて取り繕っては見せたものの、また一人になると立ち往生を繰り返す


ドクターが私を呼んだ理由はなんだろう?


なにか悪いことをしたんだろうか? まあ、私、こんな見た目だし…

そんな不安を誤魔化すように自分を詰れば、これ以上もないくらいの諦めが、予防線に変わっていく


何を言われても大丈夫、最初から期待なんか無いんだから


よしっと、覚悟の代わりに項垂れて、部屋の呼び鈴を押そうとした時だった


ボタンでも押し間違えたのだろうか?

気づけば勝手に扉が開き、入り口に立っていたドクターに見上げられている


「へ?」

「へ? じゃないわよ。エステルは何をやっているの?」


間の抜けた私の声が気に触ったのか、ぷくっと頬をふくらませるドクター


「ごめんなさい、ごめんなさいっ。ちょっと、遅くなっちゃいました…?」


何が不満にさせたんだろう?

わからないけど、謝れる理由はコレくらいだった

「朝になったら来てちょうだい」と、不透明な指示は、思ったより遅くなったのかと不安を誘う


「遅くはないわ、なってはないけど。だって、ずっとカメラに映りっぱなしだったのよ?」

「あ…」


言われて気づく。流石にそこまで気は回っていなかったと

監視カメラからずっと見られていたとすれば、確かに自分の動きはとても不自然だったろう


「早くいらっしゃい。また誰かに見られるのも億劫なのでしょう?」

「う、うん…失礼しまぁす…」


流石にこの部屋の主か

私なんかより全然ちっちゃいのに、後ろ姿だけでも堂々として見える


「はぁ…ぁぅ」


ドアが閉まると同時に、息を吐いていた

人目が遮られたことの安心は、肩の力を抜かせるには十分で

それでもやっぱり、目の前の女の子の視線が私の喉を詰まらせていた


見られているのが恥ずかしい


こんな大きな角、絶対変に思われちゃう


隠しきれない大きな角は、その重さだけで自分の心が潰されてしまいそうだった


「あの、ドクター。私になにか…?」


沈黙が訪れるのは耐えきれず、早く要件を済ませようと言葉を繋ぐ


「うん、今日はエステルに護衛をお願いしようかなーって?」

「ご、護衛って…私が?」


驚きに重なって問い返しても、答えは変わらずに「うん」と元気な頷き


「でも…私なんか、無理だよぉ…」

「エステルはとっても強いって、みんな褒めているわよ?」

「それは…一人だったからで、誰かの護衛だなんて…」

「そっか…」


情けないとは思うけど、諦めたようなその言葉に安心してしまった自分がいる

それでもやっぱり、ドクターの護衛だなんて私には無理だと思う

他に強い人達なんて一杯いるのに、私なんかがしなくたって困りはしないじゃない


「じゃあ、一人で行きましょうか。仕方のないことなのだわ」

「一人でって…何処に?」

「これでもロドスの顧問だもの、お飾りでもね? 肩書が必要な場面は多いのよ」

「え…っと? いってらっしゃい?」


じっと、ドクターが私を見つめている

扉の前までは歩いていったけれど、そこから先にはまるで進もうとしていない


名残惜しそうに、後ろ髪惹かれるように私を見つめ続け


「あ、ごめんね…私もすぐに出ていくから」


それはそうかと気づいたつもりで、慌てて部屋から出ていこうとした時だった


きゅっ…


尻尾の先を捕まえられた

そう大した力でもなかったけれど、突然の引っ掛かりにバランスを崩した私の足は止まってしまう


「今日ね…アーミヤはダメなんだって。他の子も忙しいの…」


振り切れない…


尻尾を掴んでいた力は弱くなり

するっと指の先から溢れても尚、私はドクターから距離を取れずに立ち止まっている


「でも…それ、私じゃなくても…」

「怖い人は嫌。エステルがいい…」


どきっとした


さっきまで気丈に振る舞っていた女の子が、肩を落としている姿は胸が締め付けられる

ドクターなんて呼ばれて、大人の人たちに紛れて仕事をするというのは

とっても大変なんだろうって、私なんかじゃ想像がきっと出来ないくらいに


しかも、周りに頼れる人がいないっていうのは


怖いよね…寂しいよね…一人ぼっちなのは…


その感傷だけは痛いほど胸に染みる

私だって、好きで一人でいるわけでもないのに…

それを、分かってしまうから。今ドクターを一人でほっぽり出すことだけは、どうしてもし切れなかった





「ありがとうエステル。お陰ですんなり言ったわ」

「…別にいなくても良かったような気がしたんだけど…」


結局、ドクターの仕事に連れ回されて、私がやった事といえば、その隣で佇んでいるだけだった

言ってしまえば虚仮威しで、悪く言うならただのカカシ

「怖いなら目でもつぶってなさい」とまで言われ、実際にそうしていた時もあった


「そんな事無いのよ? 私一人じゃどうしたって子供扱いされてしまうもの」

「ほとんど言い負かしてたのに?」

「手間の問題ね。私はアーミヤみたいに我慢強くはないもの」


なんだかなー…とは思う


相手の人、私のこと見たらびっくりしちゃってて…

ああ、手間ってそういう事かな。最初に一発ぎゃふんって言わせて置きたかったんだね

役に立てたんならそれでも良いけど、あんまり素直には喜べないよ


「じゃあ、ドクター。その、私はもう良いかな?」

「え、やだぁ…」

「やだぁって…」


一応の断りを入れて、立ち去りかけたその一瞬

また、尻尾の先を掴まれていた


振り払おうと思えば簡単だ


軽く払うだけで解くことの出来る程度の力でしか無い

あんまりにも弱々しくって、変に力を入れると怪我をさせてしまいそうなぐらい


「今日は一緒にいてくれるっていったじゃない…」

「それは…お仕事の話で…」

「仕事がなきゃ一緒には居てくれない?」

「うぅぅぅっ…」


見上げてくる視線が、抉るように私の心に突き刺さる

とても、さっきまで大人を言い負かしていた女の子の言葉とは思えなかった


やりづらい…


良心とか庇護欲とか罪悪感とか、年下を無視できない年上の心情をこれでもかと付いていくる

いま此処でエステルお姉ちゃんとか言われたら、根本から折れてしまう自信があって


「お願い、エステルお姉ちゃん…」

「もう…わかったよぉ…」


ドクターはその心境をよくご存知だった



付いて行った先で連れ回されて、気づけば誰かの部屋に足を踏み入れていた


柔らかい草の匂いに包まれて、甘い花の香りに誘われる

勝手知ったるなんとやらか、ドクターがとっ散らかした靴を直しながら部屋に上がると


「あ、きれい…」


目に飛び込んできたままが口から溢れる


何に心を奪われたんだろう


綺麗に彩られた花の色か。それとも、それを飾ったその女の人にか

部屋の中心で、飾られた花を前にして、ただ静かに座っているその人は

まるで、書画から切り出したように絵になっていた


「マトイマルっ」

「あ、ドクター。だめだよ…邪魔したら…」


目を奪われていたせいか、反応が遅れてしまった

その人の名前を呼んで駆け出していくドクター

掴み損ねた手は空を切り、かといって、知らない部屋の人の中にまで押し入っていく度胸もない


無遠慮に、あるいは馴れた風に飛び込んで

膝の上で勝手に丸くなるドクターの姿は、なんか懐いた猫の姿を思わせた


「…」


怒られるだろうかと、一瞬身構えるも、不思議なくらいに反応が薄い

膝の上に乗ってきたドクターを、受け止めるでも追い払うでもなくて

無感動なほどの視線がドクターを認めると、ゆっくりとその髪を梳き始めていた


1回…2回…3回…


撫でる度にドクターを大人しく していく指先は魔法のようで

そのうちに、ごろごろ と気持ちよさそうに喉を鳴らし始める


奇妙な空間だった


彩られた花と綺麗な女の人

それだけで完成されていた一枚の絵に、無遠慮に割り込んだドクターは誰が見たって余計でしかないのに


なんでだろう?


綺麗なばっかりだった絵に、柔らかさが加わったような不思議な見え方がしてきていた


「んあ…ドクター? なにしてんだ?」

「甘えているのよ。もっと撫でてちょうだいな?」

「そうか」


どうして疑問を挟まないの?


マトイマルさん? が、ようやくとドクターの存在に気づいたようだったけど

それにしたって、言われるままに頭を撫で続けているのが不思議でしょうがない


「なぁ、ドクター。どう思う?」


そのうち、ドクターの頭を撫でていたマトイマルさんの意識が、ゆっくりと 飾られた花に向いていた


「ふつう」

「普通かぁ」


その評価は意外と厳しい

私なんかにはただ綺麗だなって思うのに、なにがそんなに不満なのかが分からない


「赤青黄色、確かに綺麗だけど。こんなもの誰が飾ったって綺麗なものよ」

「ふむ、その心は?」

「もっとあなたの色がみたいの。あ、マトイマルの作品だって分かる方が良いわ」

「我輩のってか…そうだなぁ…」


その不満の正体は、私には少し難しく聞こえた

ドクターが言うほどに、綺麗に飾れるなんて私には思えなかったし

私なんかがやった所で、お花が勿体ない気もしてくる


「…マトイマル?」


マトイマルさんが、飾られた花の中から一輪を摘み取り、ドクターの髪に差し込んでいた

不思議そうに見上げるドクターに、そのまま笑顔を咲かせてみせると


「我輩のドクター」


意外だ。ドクターの顔が赤くなっちゃってる


でも、気持ちはちょっと分かるかもしれない


あんな綺麗な人から花を飾られて、私のものだーって言われたら…

そういうのはちょっとだけ…子供っぽいかもしれないけれど、憧れちゃうのは自分も同じだった


「もう、恥ずかしいわマトイマル、照れてしまうのよ。でもね、忘れていない…?」



花が一輪、ドクターの指先に摘まれていく

そのままマトイマルさんの髪に差し込まれ、彼女を綺麗に飾り付けると


「マトイマル…。あなたも、私のものなんだから」

「ドクター…」

「マル…」


ぎゅぅ…


自然を向かい合った二人は、そのままお互いを抱き寄せる


何を見せられているんだろう…私は…


綺麗な女の人と、可愛い女の子が抱き合っている

それだけでも絵になるのに、今にも花が咲き乱れそうな空気は、私の目を泳がせていた


やり場に困る、見ている方が恥ずかしいのに、目を離すのが勿体ない


ずっと見ていたい気もするし、邪魔をするのも悪い気がして

障子 一枚 襖の向こうから、こうやって見守っているくらいが丁度いい立ち位置にも思える



「んで、お前さんは どうしてそんな遠くにいるんだ?」


気づけば、マトイマルさんがこっちを見ていた

部屋にも入らず、覗き込んでばっかりの私を不思議そうに見つめてくる


「照れ屋なのよ、エステルは。許してあげて」

「ふーん」


納得はしたように鼻を鳴らし、それでも残った疑問はマトイマルさんを立ち上がらせたみたいだった


そっとドクターを横に置き、こっちに向かってくる足音は静かなもので

ほぼ無音と言っていいそれは、足音の代わりに衣擦れの音を近づけていた


ブレもなく、真っ直ぐに近づいてくるマトイマルさん


半開きだった襖をガバっと開き、顔を覗かせていた私を部屋に引きずり込んでくる


「おー、思ったよりデカかったな」


そのまま捕まえられて、ひょいっと持ち上げられた私は、首根っこを捕まえられた猫みたいに揺れていた


「はなしてぇ…ゆるしてぇ…」


つま先が畳を擦り、揺らした尻尾がそれを毛羽立たせていく


「そんな悲しい声出すなよ。一緒に花飾ろうぜ」

「いいよ、私なんかが…もったいないって…」

「なんかってことはないだろ。それこそ自分がもったいないって」


さっ…どかっ、ぺたん…


ドクターが引いた座布団の上に、尻もちを付いたみたいに降ろされる


「あぅ…」


あまりの展開についていけずに、声を漏らしていると


そっと、髪に花を差されていた


「え、あの…これ…」

「これで我輩のエステルだな」

「ぁぅっ…」


そういって、屈託なく笑うマトイマルさんの顔を見ていられなかった

眩しいし恥ずかしい。告白みたいな言葉と一緒に渡されたお花の扱いに困ってしまう


「マル。それじゃエステルが届かないわ、少ししゃがんで?」

「ああ、悪い悪い」


言われるままにマトイマルさんが膝をつくと、すぐ横に彼女の顔が近づいてくる


「さあ、エステル? マトイマルにも渡してあげて? 綺麗に飾ってあげるのよ?」

「え、私別に、そんなんじゃ…」


ドクターに花を押し付けられて、隣にはマトイマルさんの顔が近くにあって

ドキドキと一緒に高まっていく期待感は、断れる雰囲気を掠れさせていく


「わ、わたしから…です…」


おっかなびっくり恥ずかしながら

その綺麗な髪の隙間に花を一輪差し込んでいた





貰った花を持て余す


捨てるのも忍びなく、かといって枯らしてしまうのは心が痛む

揺れる花びらにマトイマルさんの笑顔を重ねて、その横顔に胸が鳴っていた


「はぁ…」


吐き出した横恋慕に落ち込みそうになる

ドクターとマトイマルさん…割り込む余地なんか何処にも…いや、割り込みたいわけじゃ

そもそも、恋とかそういうのでもないし…かっこいいなって思ったくらいで


「どうだった? 私のマトイマルは?」

「その…かっこいい人だなっては、思いました」

「そうでしょうそうでしょう」


嘘を付いてもしょうがなく、思ったことは率直に言う

けれど、どうしてそれでドクターが得意げなのはかは良くわからない

まあ、好きな人を褒められて、嫌になる人もいないかっては思うけど


「でも、そうじゃないのよエステル?」

「そうじゃないって? 美人とか、綺麗とかって言う方がよかったのかな?」

「それも違う。のろけ話は良いのよ、そんなの分かりきったことだわ」

「のろっ…べつに、惚気けてなんか…」


しかし、誰かの感想を伝えるのに、カッコいいだの美人だのと、それは確かに惚気けているようで


「角があったでしょう? 大きなの?」

「あ…それは…」


見たくもなかった自分のトラウマに横槍を差されていた


「気になった? 変に思う?」


一つずつ、確かめるようなドクターの言葉に何度も首を振らされる

そのうちに、ドクターのいいたい事も分かっては来るけれど


「でも、私とマトイマルさんじゃ…ぜんぜん違うもん」

「同じじゃ困るわ。だって、エステルにも いっぱい良い所があるはずだもの」

「…たとえば?」


まるで拗ねた子供だ

それで何かを返されて、本当に信じられるだろうか?

優しいって言われても お人好しなだけで、可愛いって言われてもドクターの方がそう見える


「さあ?」


しかし、返ってきたのは予想外で、しーらないっと首を振るものだった


「さあって…そんな…」

「だって、昨日の今日あったばかりじゃない? 何を分かれというのよ?」

「はい…それはそうだとおもいます…」


まあまあに正論だ、むしろ気休めが無いだけ真摯といえる

ただ、その気休めに噛みつこうとした自分が急に恥ずかしくなってくるだけで


「エステル、少しかがんで? 手が届かないわ」

「?」

「私ね、一つ分かったことがあるの」



言われるままに腰を落とすと、ドクターの手が伸びてくる

そっと髪に触れ、飾っていた花を直されると、可愛らしい笑顔を咲かせていた





ジェシカが廊下を歩いていると

窓を鏡代わりにして、しきりに自分を見つめ直しているエステルを見つける


何をしているんだろ?


その様子は、そんな感想を抱くには十分だった


一人ファッションショーと言うには変わらない衣装だけど

やっぱり、目につくのは頭に飾られた一輪の花かもしれない


「そんな、似合うかな?」


足を止めずに近づいていくと、独り言も聞こえてくる

意識は鏡の向こう側、私が近づいてきていることなんて気づきもせずに


いや、意識的に気配を消している意地悪な自分もいるんだけど

そこは、言わなければバレないことで、言わなくたって良いことだ


「似合ってるんじゃないですか?」

「ひゃわぁっ!?」


期待通りに驚いて、しかし思ったよりも跳ね上がったエステルの尻尾が、私の鼻頭を掠めていく


「あ、あああああ、じぇ、じぇじぇ、ジェシカさん…ごめんなさい、ごめんなさいっ、ゆるして撃たないでぇ…」


全面降伏だ


私が何をしたというのだろう?


精々、尻尾の先が鼻を掠めたくらいで、この世の終わりのような顔をされても困る


「はぁ…ドクターに何を言われたんですか」


嘆息…


そりゃ、ドクターにのせられてちょっと声を上げたこともあったけど

そこまで怯えられると、流石に気まずいし、今後を思えば誤解は解いておきたかった


「え、ドクターに…? うん、その、お花似合ってるって…」


まあ、良いか…


聞きたかったのは私の悪評の方だったが

何を思い出したのか、急にしおらしくなるエステルに水を差すのも気が引ける


「でも…変だよね? 私なんかが、お花なんて…ぜんぜん…」

「似合ってるって、私は言いましたよ? それとも、誰かに変って言われたんですか?」


ぜんぜん…って、その先の言葉は容易に想像が出来るものだった

わざわざ言わせる必要もない。口にすればするほどに、自分に染み付くばっかりで良いことなんて何も無いんだから


「ううん。みんな似合ってるって…可愛いって…でも…」

「気を使って貰ってるだけかも?」

「うっ…」


すっごい分かりやすい


振り返れば自分もそこにて、そして今も引きずって歩いてる感傷だ

心配性ねと、ドクターは可愛らしく言うけれど

追い詰めれば、ただただ不甲斐ない自分がいるだけで、それを認めたくない私は変に躍起になっている


そんなことないって言っても、きっと届きはしないだろう


「そうですね。そういう人もきっといると思います」

「だよね…」


むしろ


こうして頷かれる方が、いくらか楽になれるのを私は知っていた

だからって、いつまでもそのままじゃ辛いばっかりだ


努力が届かない時もある、見た目の好みなんて人それぞれで


しょんぼりと、俯いたエステルの手は頭の花へと伸びていく


「外しちゃうんですか、それ?」

「だって…」「すとっぷ」


私なんかが…


言わせるもんか

その自虐はいつまでたっても止まらない、苦しいのを別の痛みで誤魔化しているだけだ

それでも自分に自信がなくて、それならもう別の理由を見つけるしかなかった


「ドクターは?」

「へ?」

「他の誰かはどうでもいいです。ドクターは似合ってるって言ってくれたんでしょう?」

「それはそうだけど…」


お世辞だって思う?

気休めだって?

ただのご機嫌取りだって?


重ねる問いに、エステルは一つずつ首を振って見せていた


「違うよ。ドクターは全然そんなんじゃ…っ。だって、あんなに綺麗に笑ってて…私…」


本当に…ドクターは人に甘えるのばっかりは上手で困る


可愛がられ方を知っている

気の引き方を知っている


裏を返せば、甘えさせ方も知っているんだろう

求められたような可愛さは、庇護欲をくすぐられてしょうがない


それは、エステルも一緒だったようで


子供の視線から真っ直ぐに そう言われて、それを疑う様子は微塵もない


「『そう、似合ってたのに…残念だわ』って、言われて耐えられる自信はありますか?」


ドクターの言いそうな事を、精一杯に口調を真似てエステルに問いかけてみる


「うっ…」


想像したな。言葉をつまらせましたね

その最低限の罪悪感でも、取っ掛かりには十分で、さらに畳み掛けることにした


「良いんですか? 残念がりますよ? 悲しそうな顔をさせてしまうかもしれません

 せっかく似合うと思ってプレゼントしたのに? 似合うって、可愛いってあんなに喜んでいたのに」


ねぇ?


我ながら意地悪だ

きっとドクターの口癖が移ったんだろう

そういう事にしてしまえ、その責任くらいは彼女がとっても良いはずだ


「だっ、だめだよぅ、ドクターをいじめたら、泣かせるなんて絶対…かわいそう」


少し言い過ぎたかもしれない


内気な子に限って、想像力は豊かだったりするものだし

しかし、それだけ想像力が働くなら後は簡単だ。ドクターにだって懐かせた責任くらいはある

多分に、そのつもりで籠絡したんだろうし、明日にはきっと「私のエステルー」って憚りなく言ってそうな気はする


「じゃあ、頑張ってドクターを笑顔にしてくださいね? じゃないと私も悲しいですから」

「うっ…。が、頑張ってみるね…」


弱々しい返事だったけど、今はそれで構わない

その最初の一歩が、頭の花飾りを直す程度のことだったとしても

それだけでも、エステルにはきっと大変なことだろうから





アーミヤの長い耳にも、エステルの噂話は届いていた

雰囲気が変わったと。耳を澄まさなくたって、聞こえてくる程度には話題になっている


やっぱり、ドクターに預けて正解ではあった


エステルさんの表情も、思ったよりも早く解れてきていて

この調子なら、人目を嫌がって孤立する心配も無くなりそうで安心する


「どうですか? エステルさんの様子は?」


任務の途中

落ち着いた戦況の合間を縫ってドクターに話しかける


「なぁに? 誰かが私のエステルを悪く言っていたのかしら?」

「私のって…またそういう事を…」


まったく、すぐに自分のものしたがるのはドクターの悪い癖のようにも思うけど

この場合はそれが功を奏したのか

無理矢理でも、強引にでも、エステルさんに着けられた名札は、彼女の居場所を確かにする効果はあったらしい


「いいえ、誰も悪くなんて言っていませんよ。むしろ、可愛くなっとか、明るくなったって声が多いです」

「そうでしょうそうでしょう」


まるで自分が褒められたみたいにドクターは頷いている

気持ちは分かる。私だって、ドクターが褒められた同じように嬉しい


でも、どうやって?


浮かび上がってくる当然の疑問

あれだけ人目を避けていたエステルさんを?

甘やかすにしたって彼女から甘えてくるなんては思えないし


「どんな魔法をつかったんですか?」

「魔法ね…そうかも知れないわ。誰にでも唱えられる簡単な呪文なのよ」


悪戯に笑ったドクターが、唇に指を当てて私に唱えてみせたのは


好き…


ただそれだけの言葉だった



それは、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいの、猫っ可愛がりぶりだった


訳もなく名前を呼んで、何かに付けて好きっていう

顔を合わせれば可愛いと、綺麗な声だと一緒に歌い、おやつを貰えば半分こ

尻尾を見れば戯れ付いて、しがみついたままのドクターが、各地で目撃されてもいた


極めつけは、あの日のファッションショーか


ドレスで着飾ったエステルさん

頭には花飾りを、尻尾の先にはリボンを巻いて、まるで絵本の中のお姫様

本人は恥ずかしそうにはしていたけれど

ドクターに手を引かれて、あちこち歩いている姿は何処か楽しそうでもあったそうな


「それから何度も言ったのよ。エステルの事が大好きだって」


構って構って構い倒されて、きっと自己嫌悪に陥る暇もなかったはず

「私なんか…」って言おうものなら「それでも好き」と上書きされる


エステルは私のことは嫌い? 私の言葉は信じてくれない?


そう言って寂しそうにするドクターを相手に、彼女の性格上NOとも言えず

まだまだ曖昧だっただろうドクターへの感情は、半ば強引に染められていくようなものだった


これもある種の刷り込みなんだろう


逃げ道を塞いで、選択肢を潰して、捕まえた顔を真っ直ぐに見つめ続ける

最後には、私以外のことは考えなくていいとばかりに、余計な隙間を埋め尽くしてでも



「私だって、しずくの事大好きなんだけどなぁ…」


それでは私も呪文を唱えよう


あえてドクターの事を名前で呼んで

最近エステルさんばっかりで、構ってくれないしずくの興味を私に引くための素敵な呪文を


「だめよアーミヤ。また後でね」

「ぇぇぇ…なんで、ですか…」


しかしお預けを食らった

MPでも足りなかったのかドクターは私に「好き」って返してくれなかった


「だってアーミヤすぐ ふにゃってするじゃない。作戦中よ、使い物にならなくなるのは困るのだわ」

「じゃあ拗ねます。イジケてやるんだから…」


我ながら子供っぽい我が侭だ

きっと明日になれば、恥ずかしくなってしょうがないのは分かるのに


「ジェシカ。そろそろ行くわよ、エステルを迎えに行きましょう」

「え、はい? …ん? 良いんですか? アーミヤさんを放っておいて?」

「良いのよジェシー。好きは使い捨てではないのだから」


ぴょんっと、ドクターが瓦礫の上を跳ねながらエステルさんのいる方へと向かっていく

我が侭が過ぎたかな? ドクターが呆れるくらいなんて、どれだけ子供っぽかったんだろう


「甘えん坊のウサギさん? 上手に出来たら、またたくさん褒めてあげるわ、だから今は頑張って見せて」


去り際のドクターが残した言葉は、私の心のウサギさんが跳ね回るには十分な響きだった

たくさんは一杯で、一杯は一晩中に、また一緒に寝てもらえるのだと、思い出した心地よさが体中を駆け巡る



「ジェシカさん、ドクターをお願いしますね」

「あ、はい…それはもちろん…」


キリッとしてらっしゃった


ドクターを追いかける私に声をかけつつも、その手はすぐに次の仕事に移り、とても上手にやってみせている


それは、確かにいつものアーミヤ代表って感じなんだけど

さっきまで普通の女の子をしていたばっかりに、そのギャップはあんまりにも酷すぎた






あらかたの敵を薙ぎ払い、持ち場を制圧したエステルが一息付いていると


「エ・ス・テ・ルー♪」


弾むような声だった


能天気と言えるほどに明るい声音に

はっと顔を上げ、声の主を確かめるまでもなくドクターの下へ駆け出していた


「ドクターっ!? ダメだよ、こんなところまで来たら危ないって」


些細な瓦礫は蹴っ飛ばし、もつれそうになる足を強引に前に出す

そうまでもしても、ドクターの足取りは危なっかしい。何かの拍子で怪我でもされるのが怖くてしょうがない


なに? ドクター? アイツが…


しかし、私の心配は悪い方に転がってしまう

声に反応したように、潜んでいた敵兵がドクターの姿を認めると、次々と姿を見せ始める

もうヤケなんだろう。ここでドクターを倒せばどうにかなるって、見境が無くなっているみたいだった


「ごめんなさいジェシカさんっ、私…っ」

「それは後でっ。ドクターが私が、エステルは周りをお願いっ」

「うんっ」


走ってくる猟犬には目もくれず、ジェシカさんに任せると、その後ろで固まっていた兵士の群れに突っ込んだ

嫌っていたはずの大きな角もこの時ばかりは頼もしい

盾にも矛にもなるそれを向けたまま、重装兵の盾も意に返さず、力任せに角を叩きつける


「うおっ!?」


盾越しにも動揺が伝わってくる


受け止められこそしたものの、ぶつけた衝撃に浮足立ち体勢が崩れたみたいだった

それならと、角を振り上げ、相手を更に押し込む

たたらを踏んだ重装兵との間にできた、一人分ほどの隙間を埋めるように、勢いを付けた尻尾をねじ込んだ


正面にばっかり向けられていた盾

その横合いから急に飛んできた太い尻尾の一撃に、重装兵が吹き飛んでいく


巻き込まれた兵士の何人か崩れ落ち、震わせた手足で距離を取ろうと足掻き出す

果敢と言えば聞こえは良いが、恐怖を悲鳴でかき消しただけの突撃は無謀でしかなく


真正面に振るわれた剣を、そのまま角で受け流す


吸い込まれるように体勢を崩した相手の首に肘を落とし

聞こえた悲鳴を蹴っ飛ばすように足を出した


一人の犠牲の間にも、周囲から敵の手が伸びてくる


腰を屈め、構わず尻尾を振り、敵の足を払う

向いた先で、剣先の内側に入り込み、振り下ろされかけていた腕を、相手の体ごと、角で抑え込むと


「放さないんだからぁぁっ!」

「うぉぉぉぉぉっ!?」


屈めていた体を一気に持ち上げて、掬い上げる上げるように投げ飛ばす


ドサッ…


後ろで誰かが崩れ落ちた音を他人事のように聞いていた


別に相手が誰でもどうでも良かったんだ

私の後ろにドクターがいる。それが一番大事なことで、それだけの理由で、誰の一人も通せない


ドクターに怪我なんかさせられない、ドクターに怖い思いなんかさせられない、ドクターは私が守るんだ

好きだって、可愛いって、またたくさん褒めて貰うんだから、あなた達は邪魔なんだよ


「ぐるぅぅぅぅぅっ。がーおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


想いは言葉にならず。馴れない雄叫びは、それでも敵の出鼻をくじく

その隙きに距離を詰め、角ばっかりを警戒していた相手の死角から、突き上げるように尻尾の先を捩じ込んだ


掠れるような悲鳴を引きずりながら、先端に引っ掛けたままの敵を放り投げる


不用意に避けた敵を体当たりで突き飛ばし

飛んできた矢を尻尾で払うと、瓦礫を尻尾で弾き飛ばして黙らせた


伸ばした手は、未だ目を丸くしているのろまな相手の胸倉を掴み上げ


ぐっ…


引き寄せた体は意外なほど軽く、粗末な防具の上から角の先がめり込むと、声もなくして崩れ落ちていく


「ば、化け物っ!」


誰かが私に向かって叫んでいた


そうだよ? そうれがどうしたの? 今更そんな言葉じゃ動かないよ

それで皆を、ドクターを守れるんだったら、私は何にだってなってやる


決めたんだから…


「くそっ! ダメだっ、引くぞっ!? 相手にしてられるかっ」


同時に、火炎瓶が投げつられ、広がった黒煙に乗じて、何本かの矢が飛んでくる


「っ…」


痛いな…


適当に打ち払ったつもりでも、その一本が頬を掠めていた

でも、ドクターに当たってないならそれで良いや

そのまま逃げてくんだったら興味はないし、二度と来んなって思うくらい


苛立ちをそのままに、だんっと、尻尾を瓦礫に叩きつける

「ひぃっ!?」と上がる悲鳴だけを置いてけぼりにして、兵士たちの気配が遠ざかっていた





「あははははっ」


ドクターが大口を開けて笑っていた


「もう…そんなに笑わないでよぉ」

「でも、がおーって…ふふっ。エステルったら、全然怖くないんだもの…」


衝動的に叫んだとは言え、結構な大声が出てたらしく

あの時の拙い咆哮は、バッチリとドクターの耳に届いていた様だった


「はずかしいよぉ…」

「ええ、ええ…。ごめんなさい、私の為に頑張ってくれたんだものね」


おいで?


優しく伸ばされた両手に誘われるように、ドクターに顔を近づけると


そのまま頬を撫でられた


馴れないくすぐったさがもどかしい

恥ずかしいやら嬉しいやらで、どんな顔をしていいかもわからない

ただ、やたらと緩む頬が変な顔を作ってないかと、それだけが心配だった


「エステル、私の可愛いエステル…」

「ぁぅ…」


されるがまま、気の済むまで、ドクターに褒め倒される

なんか言おうとして言葉にならず、染み付いていた口癖を忘れていることに気づく


私なんかが…


いつから言わなくなったんだろ?

つい最近のはずなのに、もう随分昔のような事に思えてくる

以前は滑るように動いていた口も、今となってはぎこちなく、その代わりにドクターの名前を沢山呼ぶようになっていた


「ううん。ドクターが無事で良かった。ドクターがいるから、私は…。ドクターがたくさん褒めてくれるから…わたし」


私…わたしって、何を言おうとしたんだろ?


その先が思い出せない


頬に触れた柔らかい感触のせいで、頭が真っ白になっている


キス? キスなの? ほっぺにするのはキスに入るの?


傷口が舌先にくすぐられている、残った痛みがしびれ始め、妙に熱くって仕方がない


「跡になったら大変だもの。後でアンセルくんに診てもらいましょうね」

「う、うん…」


悪戯に笑うドクターの視線のせいだと思う、いつもより胸がドキドキしているみたいだった






プロファイル更新



最近のエステルは明るくなった

「私なんか…」と謙遜する代わりに、照れ笑いを浮かべる機会も増えている

これもドクターの熱心なケアの結果なのは間違いない


ただし、「ドクターが…」と口にする機会が増えたのには留意したい


短期的には、エステルの心の安定に寄与するのは確かだが

あまりに依存するようなら、折を見て、彼女の自立を促す必要がありそうだ



ーおしまいー



おまけの没シーン供養


Dr 「メランサちゃんっ、あっそびましょっ♪」

MLT「うん。いらっしゃいドクター。エステルさんも」

STL「あ、あの…私お邪魔じゃ…外で待ってるから…」

Dr 「ダメよエステル。今日はあなたを キレイ キレイにしてやるんだから」

MLT「そういうわけだから…諦めて?」

STL「え、え?」


MLT「…まずは髪から、かな? 隠したいのは分かるけど…ドクター、髪留め取ってもらえる?」

Dr 「お花のやつでいーい?」

MLT「いいよ、ドクターの好きなので」

STL「あ、髪は…だって…」

MLT「動かないで…」

STL「はい」


MLT「ドレスは…」

Dr 「メランサちゃん、メランサちゃん。尻尾にリボン巻いても良いかしら? きっと可愛いと思うのよ」

MLT「良いかもね。任せるよ、ドクター」

STL「あのぅ…」

MLT「動かないで」

STL「はい」


Dr 「角はそのままなのね?」

MLT「うん。すこし、ギャップが有るくらいで良いと思う。じゃあ、最後に…香水は…」

Dr 「それ…鼻つまみ者にされるやつだわ」

MLT「それはドクターが掛けすぎるから…。気分が落ち着く物のほうが良いかな…」

STL「香水って…私には…」

MLT「動かないで」

STL「はい」


Dr「それじゃあ行きましょうか、エステル」

STL「いくって何処に?」

Dr 「決まってるじゃない、見せびらかしによ」

STL「無理だって、ダメだって、絶対みんなに笑われるから…」

Dr 「良いエステル? 私が可愛いって思うの。可愛いあなたを見せびらかしたいのよ、私のだってね」

STL「そんなの…ドクターまで変に思われて…」

MLT「それは、もう手遅れだから…多分平気」

STL「ぇぇぇぇ…」

Dr 「それで? まだあるの、エステル?」

STL「もういいよ…好きにしてよ…」

Dr 「良い子。それじゃあ、行ってくるわねメランサちゃん」

MLT「うん。服はプレゼント…貰ってくれると嬉しい…。それじゃあ、行ってらっしゃい」

STL「あ、はい…ありがとう。あ、ドクター引っ張らないで…」


Dr 「みてみて、これ私のエステルなの。可愛いでしょう?」

STL「やめてドクター、みんな困って、恥ずかしいよぉ」





Dr 「まーとーいーまーるーっ!」

STL「へ? ドクターなにを?」

Dr 「だって、あいつら私のエステル化け物呼ばわりしたのよ…許せないじゃない」

STL「いいよ、私は全然平気だから…」

Dr 「優しいのねエステル。いいわ、あなたはそのままでいいの。そんなエステルを私にも守らせて? ね?」

STL「ドクター…」


JSC「騙されてる…それ、騙されてますよ、エステル…」


JSC「良いんですか。やりすぎてまたアーミヤさんに怒られたら…」

Dr 「良いのよジェシカ。アーミヤが怖くて怨念返しが出来ますかって。だって悔しいじゃない」

JSC「分かるけど…」


AMY「それで、ドクター。廃墟を更地にした感想は?」

Dr 「すっきりしたわっ」

AMY「…」

Dr 「いたいいたいいたいたいっ。でもだって、マトイマルがっ」

AMY「自分のって言うなら面倒くらい見てくださいって、いつもいってますよね?」

Dr  「エステルー、たーすーけーてー」

STL「あの…アーミヤさん、そのへんで…」

AMY「アンセルさん、エステルさんの怪我もお願いできますか?」


STL「あの、あの…ドクターが」

ACL「良いんですよ、ほっとけば。アレくらい良い薬です」

JSC「…バカに効くと良いですけどね…」

ACL「言うようになりましたよね…同感ですが」


後書き

最後までご覧いただきありがとうございました

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