はめつでふらぐ
ルインとデミスに拾われた少女の何でもないお話
デッキ構築中に思いついたなにか
しずく…どこかの終わった世界でルインとデミスに拾われた少女
ルイン…言わずも知れた破滅の美神
デミス…悪名高い終焉の覇王
それは宇宙の片隅か、次元の狭間に浮かぶ箱庭でのこと
しずく「ルインさま、ルインさまっ」
ルイン「何だい、しずく? いけないよ、もう寝る時間ではないか」
しずく「ちがうもんっ。まだちょっと、あと少しだけ大丈夫なんだから」
ルイン「ふむ」
少女に言い返され、ルインは時に気を向ける
確かにそれは少女の言うとおりで、約束の時間までに長針が針を伸ばすには些かの猶予はある
屁理屈に値する程度の言い逃れではあったが、ルインには それが少女を拒む理由にはならなかった
ルイン「良いだろう。おいで しずく」
手元の砂時計をひっくり返し、駆け寄ってきた少女を膝の上へと招き入れると
ルインは少女に話の続きを促した
しずく「えっとね、えとね。ルインさまに確かめたいことがあるの」
ルイン「また、何が気になったんだい? 君の疑問は常々ではあるが」
しずく「うんっ。ルインさま は昔、ご自分のことを「オレ」とか「ボク」って呼んでたってホントなの?」
ルイン「…それは」
純真に笑顔を向けてくる少女にルインは言葉を詰まらせた
誤魔化すのは簡単だ。しかし、それが真実である分たちが悪い
いつかの昔に葬ったと思っていた自分の黒歴史が、どうして今になって掘り返されていたものか
ルイン「デミス、だね?」
しずく「正解っ。流石だわルインさま、私の事は何でも分かってしまうのねっ」
ルイン「まあ、そうだね。キミは分かりやすいから…」
もちろん少女がそういった趣きなのは確かだが
彼女の境遇を考えれば、その必要の無いほどに答えは決まりきってしまう
ただそれも、向けられた信頼を裏切る理由にはならず、湧き上がる葛藤とともに喉の奥へと飲み込んだ
しずく「じゃあじゃあ。私も自分の事を「オレ」とか「ボク」って呼んだら、ルインさま見たくなれるのかしら?」
ルイン「やめて、やめなさい、やめるんだ」
しずく「えー…」
そのキラキラの笑顔を曇らせてまでも、ルインは少女の狂言を止めざるをえなかった
何が悲しくて、自分の黒歴史を見せつけられなければならないのか
それが自分を慕っての事なのは嬉しくもあるが、なればこそ、振り返った時に同じ苦悶を味あわせたくはなかった
ルイン「良いかい、しずく? 私の様になりたいのなら、お転婆はほどほどにするんだ」
しずく「でも、ルインさまは…」
ルイン「だからだよ、だから分かるんだ。後で困るのはキミなんだ」
しずく「…はい。わかったわ、わかりました、ルインさま」
ルイン「うん、良い子だね」
しずく「えへへ…」
頷いた少女の頭をなで、髪を手櫛で梳いてやると、気落ちした顔がすぐに綻びだす
寝る前でもなければ、お菓子の一つでも上げたくなる仕草だが
そう考える自分は、なかなかに甘くなったものだと、つられて微笑んでしまっていた
しずく「あ…」
少女が小さく声を上げると、ちょうど時計の砂が落ち切る頃合いだった
ルイン「そうだ、しずく。すこし、昔話をしようか?」
しずく「でも、ルインさま…」
ルイン「いいさ。たまには夜ふかしもするものだろう」
しずく「まあ、ルインさまったらいけないんだから」
ルイン「キミが眠いのなら、また今度にするが?」
しずく「いいえ。ばっちりよ、目なんてすっかりさえてしまったわ」
ルイン「そうか。じゃあ、眠くなるまで話をしよう」
そうして、ルインはつらつらと語りだす
それこそ、自分がまだ「オレ」だとか「ボク」だとか言ってた頃の話まで
ー
しずく「デミスさま、デミスさま」
デミス「む…。娘か、何ようか? もう、就寝刻限は大分に過ぎているぞ? 眠れるぬのならばルインにでも…」
しずく「いいえ、ちがうの、ちがうんです。今日は夜ふかしをしても良い日なの。ルインさまが良いっていうの」
デミス「で、あるか」
懐っこく足元に駆け寄ってくる少女を、デミスはただ見下ろしていた
この少女がなにを考えているのかが分からない。ルインの様な姿見ならばそれも分かるが
およそ、悪魔のような相貌の自分に臆せぬ理由が検討もつかない
嫌う理由はないが、しかし触れれば壊してしまいそうな少女の容姿を前に、デミスは頭一つも撫でられないでいた
しずく「それでね、それでね。デミスさまに聞きたい事があるの」
デミス「聞こう」
しずく「うんっ。えっとね、昔ルインさまとお付き合いしてたってホントなの?」
デミス「むぅ…。それは、ルインか」
しずく「せいかいっ。流石デミスさまだわ。私の事はなんでもお見通しなのね」
デミス「…」
分からいでか。私とお前とルインしか居ないこの場所で
自分たちの過去などと、他の誰から斯様な事を聞けるというのか
だがしかし、それを口にして少女の信を裏切るほど、デミスも野暮ではなく
輝かしい笑顔を前に、些か視線を逸らすに留めていた
しずく「ねぇねぇ。どうしてお別れをしてしまったの? 今はもう好きじゃなくなってしまったの?」
デミス「ルインは、なんと?」
しずく「それが酷いのよ。肝心な所は教えてくれないんだから「考えてごらん?」だってさっ。分かるわけないのだわそんな事」
デミス「そう、か」
口を滑らせた自分に非があるとはいえ、少女が持たされた手土産に返す言葉が見つけられず
デミスは寡黙なままに、少女の愚痴に相槌だけを返していく
しずく「やっぱり、デミスさまも教えてはくれない?」
デミス「好きだとて。知られたくないこともある。娘よ、お前にもあるのだろう?」
しずく「むぅ、それは。おやつをつまみ食いしたことを言っているのかしら」
デミス「で、あろう」
しずく「あ、でもルインさまにはっ」
デミス「目こぼされているのだ。娘よ、今はそれに甘えておくがいい」
しずく「はい…。ごめん、なさい」
デミス「良い。些事である」
砂時計が零れるような沈黙が二人の間に流れていく
息苦しくはないがこそばゆい
叱られた子がそうするだろう仕草を前に、デミスは掛ける言葉が見つけられずにいた
しずく「あのね、デミスさま。デミスさまは、ルインさまの事お嫌いですか?」
デミス「むぅ…」
普段の少女らしからぬ遠慮がちな言葉を前に、デミスは一つ目を閉じる
一言と、言ってしまえば伝わるだろうその言葉も
プライドか、昔には持て余していたそれは、未だデミスの心に引っかかりを作っていた
デミス「己が心に聞け。娘よ、それが答えだ」
しずく「おのって、自分の? それは、だって…そんなこと…」
分かりきった答えに 少女は首を傾げ、不思議そうな顔をしてデミスを見上げていた
デミス「さあ、もう良い時間だ。娘よ、休むが良い」
しずく「あ、はい。おやすみなさい、デミスさま…」
その可憐な唇から、良からぬ問いかけが掛かる前に
言葉と態度とで、デミスは少女の背中を押していた
ー
ルイン「しずくは?」
デミス「寝かしつけたよ」
ルイン「寝かしつけたって、アンタが? 子守唄だけでも泣かせそうなもんだけど」
デミス「不可解だがな。アレは私を恐れてはいないよ」
ルイン「懐いているのよ。今度、名前の一つでも呼んで上げなさい」
デミス「むぅ…」
唸るデミスの前に、小さなグラスが差し出される
透明なグラスに赤く赤い酒色が揺蕩って、芳醇な香りが立ち昇ってくる
ルイン「飲むでしょう?」
デミス「貰おう」
乾杯と、お互いのグラスを軽く小突き合わせると、甲高い音が響く
ゴクリ…一息に赤い酒を飲み干して、吐いたため息には酒の色が移っていた
『さて』
どちらでもなく一息ついて、グラスを置いて立ちがる
それは行儀の問題が、ただの礼儀作法か
肩が触れ合うような二人の距離が、一歩分離れたかという間合いに
『ふんっ!』
裂帛の気合
ルイン「ぐはっ!」
デミス「ぬぅっ!」
同時に伸びた拳が二人の顔面に突き刺さった
ルイン「あの子に良くも余計なことをっ教えてくれたもんねっ!!」
デミス「どの口が言う。おしゃべりは治らぬかっ」
ルイン「その偉そうな喋り方が鼻につくっ!」
デミス「軽々しい物言いが気に入らぬっ!」
続けて2発、重ねて3発
殴り合いは正しく喧嘩に発展し、それは夜どうし続いていった
ーおしまいー
廃墟。そう、何もかもが終わった場所
その施設も建物も、そうであったと示すばかりで、ここには何も残っては居なかった
しずく「ルインさま、ルインさま。コレは何かしら?」
ルイン「ああ、サイバードラゴンの残骸だね」
しずく「ドラゴン? おとぎ話に出てくるようなの?」
ルイン「よく知っているね。ただし、これは機械仕掛けだが」
しずく「機械の? ゼンマイでも巻けば動くのかしら」
ルイン「さてね? 探してごらんよ?」
本気とも冗談ともつかない少女の言葉にルインは肩を竦めてみせると
少女はそれに手を伸ばしていた。その感触は冷たく、触れた指先は茶色に煤けてしまう
しずく「ダメね…びくともしないわ」
ルイン「どうかな。しずく、これで触れてごらん?」
しずく「それは? カード? なにも…描かれてはいないけれど」
言われるままに、受け取ったカードを朽ちた機龍に触れさせる
しかし、変わらない様子に少女の首は傾いたまま「ねぇ?」と口が開きかけた時だった
しずく「へ? あ、なんか出てきた、これは…この子と同じ? サイバー・ドラゴンって」
浮かび上がった絵柄に目を丸くして
ただそれだけの事に「すごい、すごい」と少女は全身で喜びを表していた
デミス「ぬぅ…」
ルイン「デュエリスト…素質はあるみたいだね」
デミス「で、あろうよ。でなくば…」
ルイン「喜ぶべきか、嘆くべきか」
デミス「押し付けるものでもあるまい」
ルイン「それはそう」
喜ぶ少女とは裏腹に、それを眺めていたデミスとルインの表情には影がさす
しずく「あ、でもこれ、この子…そっか、えーっと…ここに、あるのかしら?」
ルイン「しずく。勝手に遠くに行くものではないよ?」
しずく「分かっているわ、ルインさま。すぐそこなんだから、意地悪を言わないで」
ルイン「意地悪を言っているわけでは…。そんな所に何があるっていうんだい?」
瓦礫の中を踏み分けながら、かざしたサイバードラゴンのカードに導かれるように足を進めていく
ガサゴソと、何かの設備の上で足を止めると、今度はルインからもらった空のカードを掲げてみせた
しずく「ルインさま、デミスさま。見てて、見てて? 魔法カード発動「パワー・ボンド」!」
ルイン「なっ!」
デミス「ぬっ!」
その瞬間、少女の背後から朽ち果てていたはずのサイバードラゴンが動き出した
1体、2体、3体と、軋む体を強引に動かし、動力から火花を散らしながら、それでも出力を上げていく
赤熱する装甲は、浮いた錆までもを溶かし尽くし、3体のサイバードラゴンのプログラムが切り替わる
変形、合体、融合…
放出される膨大なエネルギーは光となり。その輝きの中から白銀の影が姿を表す
しずく「うわぁ…すご…」
感嘆と漏れた言葉は一雫。その力強い輝きに少女は目を奪われる
だが、慌てたのはデミスとルインの方だった
収まりのつかない力の本流が暴走寸前にまで差し掛かり、周囲の瓦礫さえも吹き飛ばしていく
もちろん、少女の体でそんなものに耐えられる訳もなく
安々と吹き飛ばされると、すってんころりんと何かの角に頭を打つ前にルインに庇われた
デミス「ふんっ!」
光を遮るように、デミスが戦斧を振るう
そして、終焉の力を炸裂させると、サイバー・ドラゴンがまた元のガラクタへと返っていった
ルイン「怪我はないかい、しずく?」
しずく「え、あ…はい。ありません、ルインさま…。でも、ルインさま、お顔に傷が…」
ルイン「良いんだよ。このくらいは構わない、が…」
デミス「娘よ。そのカードは与ろう」
返事も待たず、デミスの太い指先は少女の小さな手からカードを奪い去っていく
しずく「あ、デミスさま…」
デミス「…」
しずく「いいえ。何でもありません、ごめんなさい」
デミス「良い。些事である…」
とは言ったものの、少女の目には涙が浮かび
残ったサイバー・ドラゴンを握る指先は微かに震えていた
ルイン「ちょっと、デミス。何も取ることはないだろう?」
デミス「玩具は選ぶべきだ。アレに火遊びには早すぎる」
ルイン「過保護かい?」
デミス「ぬぅ…。貴様に言われるか、が…」
デミスとて、その顔に思う所はある
泣き顔なんて似合わない。陳腐な言葉ではあるが、それは正しい
やがて、観念したかのように、少女に向けていた背中を裏返すと
デミス「娘よ。コレを…」
しずく「デミスさま? これ…は?」
デミス「機械じかけの龍。ソレよりは扱いやすかろう」
しずく「…どら、いとろん? ふぁ、ふぁ…ふぁふにーる。あ、動いた…」
少女の呟きと同時に天空に刺した影は、母艦とも要塞とも呼べる巨大な龍だった
しずく「うわぁ…おっきい」
高く高く、空を見上げ、背筋が曲がるほどに少女は それに見入っていた
ルイン「意外と、何でも良いのかしらね?」
デミス「力に惹かれるわ、幼子の性質よ」
ルイン「それはそう…。まあ、デミスにしては気が利く。確かにアレなら私達も手伝ってやれる」
デミス「扱えればの話だが、な」
ルイン「まぁ、そこは…」
彼女の努力次第だろうと
ギリシャ文字を頭に浮かべながらこんがらがっている少女を眺めながら、ルインは微笑んでいた
ーおしまいー
レイ「くやしいなぁ…」
そうは思っても、涙を流す余力もなく、レイは戦場の片隅で倒れていた
瞼が重い。今目を閉じたら…と、頭では分かっているのに
ゆっくりと狭くなっていく視界が心地よく、諦めに身を委ねてしまいそうになっていた
しずく「お姉ちゃん?」
レイ 「え…? きみ…は?」
閉じかけていた視界に差し込んだ影
体を揺すられて、それでも億劫で、張り付きそうになる瞼を開くと、見知らぬ少女に覗き込まれていた
しずく「わたし? わたしはしずく、しずくだよ?」
レイ 「えっと…ちが、そうじゃ…なくて」
しずく「?」
不思議そうに首を傾げる少女
頭がうまく働かない、別に名前が聞きたかった訳じゃないのに
なんで? どうして?
キミみたいな女の子が、こんな戦場の只中にいるのかって思うけど、それも違う
レイ「あぶない、よ。早く向こうに…ね?」
腕をあげようとして、それもままならない。指先がピクリと動いてそれっきり
しずく「お姉ちゃんは?」
レイ 「私は、少しお休み…。ごめん、一人で行けるよね?」
しずく「・・・」
唇に指を当て、少女は何処か遠くを見つめていた
すでに向こうも戦火に包まれているのかと、レイが不安に思っていると
しずく「休んで、それからどうするの?」
レイ 「ははっ…。きっついこと言うなぁ、キミは」
子供ながらの残酷な質問だと思った
戦って、戦って、それでもダメで。守れなくて、助けられなくて、動かないと行けない場面で動けない
休んだ後に待っているものは何もなく。それを思えば乾いた笑いしか出てこない
しずく「ねぇ、お姉ちゃん? もう一度、世界をやり直してみたくはない?」
レイ 「なに、それ? 魔法みたい」
しずく「魔法? ええ、そうねっ。だって、わたし、魔法使いのお使いなんだもの」
レイ 「ふふっ…。そっか、魔法使いのお使いか」
笑ってしまう
あまりに無邪気過ぎて、冗談とすらも思えない
子供がヒーローごっこをしているように、少なくとも この子にとってはそれが真実なのだと分かってしまう
レイ 「ほんと…。もう一度、出来たら良いけど」
しずく「うんっ、いいよ。まかせて、お姉ちゃん」
大きく頷いて少女は立ち上がる
これで向こうにいってくれるならと、レイが安心を吐き出していると
少女はその場で、天を仰ぎ見たまま声を上げていた
しずく「ウェイクアップ! ファフニール! コード・メテオニス発動! 承認!」
それを魔法の呪文と言うには余りにも機械的すぎた
少女の前に浮かび上がる5枚の札。それが連鎖的に輝きを増すと次々に天へ昇っていく
流れ星
薄れるレイの視界に映る流星群。それは、瞼の裏に焼き付くほどに綺麗だった
ー
不思議な場所だった
光源も無いのに暗くはなく、夜でもないのに星空が広がっている
石造りの神殿にも思える建物は、その見た目に反して冷たさはなく、いっそ快適でさえあった
まるで宇宙に浮かんだ箱庭のみたい
子供心に興味を抱いた事はあったけど
いざ目の前にしてみると、見知った星座も見つけられずに
レイは一人、宇宙への興味よりも、知らない場所に放り出された不安の方が強くなっていた
ルイン「ホームシックかい?」
レイ 「いえ…そういうんじゃ」
現れた女神に、レイは外から中へと視線を戻す
未だに信じられない。あの流星群の後、この女神様が世界をひっくり返しただなんて
まるで砂時計を動かすみたいに言うものだから、それを信じるのにも少々時間がかかってしまった
ルイン「どうしてもと言うなら。向こうの自分を殺して入れ替わればいい」
そうした人は少なくはないというように、女神は肩を竦めてみせる
レイ 「やめておきます。それをしたらきっと…私は、また奇跡に頼ってしまう、と、思うから」
ルイン「懸命だね」
そして、そうした人の末路は大概がロクでもないものだと言うように微笑んで見せた
レイ 「どうして?」
ルイン「君を助けた理由? それとも君の世界を滅ぼした理由のほうかい?」
レイ 「あんな女の子を巻き込んでる理由です」
ルイン「驚いた。この期に及んでまだ人の心配ができるんだね」
レイ 「…」
茶化す女神に無言で返す
内心は女神様が驚くほどの理由ではないと首を振りながら、先の答えを促した
ルイン「デュエリスト。君も見ただろう?」
レイ 「利用して…」
ルイン「否定はしづらい。が、勘違いしないで欲しい。これでも親心くらいはあるつもりだ」
レイ 「親心?」
ルイン「愛ってやつさ」
レイ 「愛…ねぇ」
疑うか…。しかし、そんな猜疑心は、思い浮かべた少女の笑顔に否定された
この女神とあの魔神。二人を追いかける少女の笑顔は紛れもなく本物で
ルイン「だからさ、こんなお願いもしたくなる」
そう言って、微笑む女神の口からでた言葉は、なんの変哲もないお願いだった
ー
立ち去るレイの背中が見えなくなった頃、デミスは深く息を吐き出した
デミス「ぬぅ…」
ルイン「不満かい?」
デミス「害にならんとも限らぬ」
ルイン「そうかい? 必要なことだと思うけど?」
デミス「心など、下手に育てた所で」
ルイン「ああ、そういう。てっきり、レイの事を気にしてるのかと思っていたよ」
デミス「良い、些事である…」
ルイン「まあ、そうだね」
もとより歯牙にも掛けてはいないと
見送っていたように見えたデミスの視線は、その背中を見てすらいなかった
ルイン「だが、私達に言われるままというのも。それはそれで不憫だろう? 不幸でなくてもさ」
デミス「ぬぅ…」
唸る魔神に、微笑む女神
ここにきて「親心」だと嘯いた女神に、魔神は返す言葉がなくなっていた
ーおしまいー
しずく「もうっ! なんなのよっ、あのシロカブト!!」
あと一発、そう思った矢先に現れた白い彫像に攻撃を阻まれ
少女は分かりやすく地団駄を踏んでいた
白い騎士、あるいは天使のようにも見える その彫像の力は
他の彫像たちにも波及して、今や少女の従える魔神と女神の力を上回る程になっていた
しずく「もういいっ! こうなったらもっかいデミス様の力を使ってっ」
デミス「ならん」
しずく「なんでよっ!」
ルイン「何でもだ。もうライフが無いだろう」
しずく「じゃあじゃあっ、ルイン様がぶっ倒してくれるんですかっ!」
ルイン「出来ればやっている。が、まずは口が悪いよしずく」
しずく「お口の話は後っ。今はアレをどうにかするのが先でしょうよっ!」
ルイン「やってご覧よ?」
しずく「むぅぅぅぅっ」
わがままな娘にそうするように、ルインが肩を竦めてみせると
少女はますますと頬を膨らませ、大理石の床をかち鳴らす
レイ 「落ち着いて、しずくちゃん。ようは、あの台座をぶっ壊せば良いんでしょ?」
しずく「出来るの? レイおねえちゃん?」
レイ 「出来ますよって? ていうか、キミは時々お姉ちゃんを甘く見るよね?」
しずく「だってー」
レイの指摘通りに、少女は含みのある顔を作る
レイ「だってじゃない。ちょいちょい生意気なるよねキミは」
舐められている、とまで言うまい
単に、甘えられているんだ。コレくらいで私は怒らないって
そう思えばこそ、レイの溜飲は下がりこそすれ、でもやっぱり思う所はある
ごっこ遊びか、ままごとだったとしても
年上として、姉として振る舞おうと言うなら、それなりの威厳は欲しい所だ
ここは一つ、頼れるところを見せて
「きゃーお姉ちゃんカッコいいっ」くらいは言わせてみたいと
レイは自分で思うよりも単純な理由に身を投げていた
レイ「閃刀起動-エンゲージっ! X-004ハヤテっ!!」
レイが刀を起こすと、緑色の鎧に身を包む
そして、その視界、覗き込むスコープの先に、件の台座を捉えると
一つ…
指先を置いた引き金を絞り込んだ
ガラガラと彫像たちが崩れていく
物言わぬ彫像たちの動きが止まり、訪れた沈黙は違和感を残しながらも自然に還っていった
しずく「もう…動かない?」
動きの止まった彫像の一つを、少女がつま先で突く
コツンコツンと硬い音が響かせて、しかしそれっきり、彫像が動く気配なかった
おっかなびっくり…
好奇心と警戒と、色んな感情に揺れる少女の小さな背中
その姿は誰が見ても愛らしく、同時にとある感情を呼び起こすには十分だった
レイ 「わっ!」
しずく「きゃぁぁっ! え、なに、やだやだっ、お姉ちゃんっ助け…」
レイ 「あはははははっ。 ごめんごめん、冗談だって」
突然に、レイが声を上げて少女の肩を掴むと
驚いた少女は、ひっくり返りそうな勢いでレイに抱きついていた
しずく「デミスさま、デミスさま。アレとって、アレ」
デミス「…」
少女に言われるまま、デミスは転がっていたメガリスの台座を拾い上げる
そのまま右に左に、くるくる回し、ぐっと少女が顔を近づけてくると、少しばかり上へとずらす
デミス「使えるか?」
しずく「何に?」
デミス「知らぬ。デュエリストの考えることよ…」
しずく「んー。でもコレを使ってわざわざデミスさま達を呼ぶのもなぁ…」
真横になるほど少女が首を傾げ、台座の裏側を覗き込むと
しずく「あ、でも穴はあるんだ…」
デミス「穴?」
しずく「ええ…どっかに繋がって…。いいえ、違うわ…あなたは? そう…こうすればいいの?」
何かに気づいた少女が、メガリスたちをカードへと写し取ると、改めてその効果を発現させていた
ルイン「上手くやっているようだね?」
レイ 「あはは。まあ、嫌われちゃいましたけど」
デミスと二人、崩れたメガリスたちを調べる少女の背中は
しかし、ピクリともレイを見ようとはしなかった
ルイン「はははっ。可愛いじゃないか、思ってもないことを口にして」
レイ 「そうだけど。仲直りする方の身にもなってよ」
ルイン「君が子供じみた真似をするからだよ。自業自得だな…」
レイ 「でしょうけど…」
深々と、レイが後悔のため息を吐く代わりに、その向こうでは少女が高らかに声を上げていた
しずく「メガリスフールと、オフィエルで、オーバーレイネットワークを構築っ
回れ、回れ、くるくると、かわりばんこにグルグルと、エクシーズ召喚!」
回転を始めたメガリスの台座が崩れ、広がり、輪になって
開いた時空の穴へと、2体のモンスターが光となって吸い込まれていく
そして、そこから大きな光が噴き上がり、一瞬、視界が白く焼け付くと
しずく「フレシアの蠱惑魔」
現れたのは大輪の花と、その上にちょこんと乗っかる一人の女の子の姿
花びらと同じ色をした髪を弾ませて、視界に少女を捉えるとニコリと微笑んでみせた
レイ 「どうして…。石像から植物が出てくるんですか?」
ルイン「しらないよ。デュエリストのやることさ…」
ーおしまいー
しずく 「しーずーくー」
フレシア「し…ず…く?」
しずく 「そうそうっ。それが私の名前よ」
フレシア「~♪」
巨大な花びらの上、少女が二人手を取り合ってはしゃいでいる
その姿はさながら、絵本の1ページを切り取ったようにも見えた
ただし、その花びらがやたらと毒々しいことと
同じ髪色をした少女の反応が、イマイチ機械的なことを除けばだが
やめさせるべきだろうか?
閃刀に手をかけたまま、二人の様子を眺めていたレイは、正直に気が気では無かった
ルインの言うように、あの花の少女が疑似餌だというのなら
今この瞬間にも、パックリと開いた花びらに 彼女が飲み込まれないという保証はない
それを承知の上で、放置しているルインの気も知れたものじゃないが
だからといって、楽しそうにしている彼女の目の前で引き剥がすのも気が引ける
レイ「優柔不断…ね」
そんなんだから失敗したんだろうか
自然と零れてくる自嘲を飲み込んだレイは、指先に触れる閃刀の感触確かにしていた
ー
しずく「すぅ…すぅ…」
草木のベッドだなんて、メルヘンな事は言うまい
蠱惑魔の上で寝るなどと、そこはもう棺桶と大した違いもありはしなかった
フレシア「し…ず…く…。しずく、はぁ…はぁぁ…」
たどたどしい言葉遣いと荒い息
花びらの少女は恍惚と、寝入る彼女に食指を伸ばす
穏やかな寝顔に指が触れ、寝息の零れるその顔に少女の唇が近づいていった
レイ 「そこまで…。それ以上動いたら斬る」
フレシア「…」
卑怯か? まあ、卑怯だろう
背後から、その細い首筋に刃を向けるのは正しくはない
笑顔を貼り付けたまま、振り返った花びらの少女を見下ろしながら
それでもレイは、自分の甘さに辟易をしていた
どうしてそのまま首を刎ねなかったのか…
彼女の身を案じてなどと、言い訳こそ立つが、それで納得が出来るものでもない
レイ 「あんまりその子を悲しませないで…って、通じてんのかな、コレ」
フレシア「…」
ただのモンスターに何を言ったものかと頭を掻いて
一瞬、レイの気が緩んだ隙きに、花びらの少女はその笑みを深くする
ぱっと、穴が開く
レイの足裏から、底が抜けたような感覚が警報となって伝わると同時に
大きく開いた落とし穴に飲み込まれていく
レイ「でしょうねっ! イーグルブースターっ!!」
奈落へと続く穴が閉じるその前に、全力でそこから飛び出すと
レイ「閃刀起動ーエンゲージー X-003カガリ。術式起動、アフターバーナー!!」
赤い炎の鎧を纏い その出力を全開にして、レイは上空から花びらの少女へと斬りかかる
しずく「レイ…お姉ちゃん?」
レイ 「っ!?」
だから優柔不断だって言うのに
一連の騒ぎに気づいた少女は、寝ぼけ眼をくすぐって、むくりと起き上がる
このまま行けば首は取れる。けれどそれは、少女の前で友人の首を刎ねるに等しい
そんな事…そんな真似は…
それを知ってか知らずか、眠たげな しずくを庇うように、花びらの少女はレイに背を向けていた
ー
しずく「だーめっ! デミスさま止めてったら!! みんな怖がっているでしょうっ」
ずんっと、花園へ踏み込もうとしたデミスを前に、少女が大手を広げて通せんぼをしていた
レイ 「良いの? 止めなくて」
ルイン「どっちを?」
レイ 「いじわる…」
微笑むルインの仕草はまるで、決めきれなかったレイをからかうようでもあった
ルイン「いや結構。あの子がデミスに逆らってまで、我を通すなんて予想以上じゃないか」
レイ 「だからって」
ルイン「キミも、存外と過保護なものだね?」
レイ 「過保護なもんですか…」
面白がっているのか、なんなのか。女神の考えることにレイは唇を尖らせた
だけど、しかし。しずくの意思に反してまで、自分の安心を優先しようとしたのはどう言い訳をしたものか
結局、何を言い返す事も出来ずに、レイは強引に話題を逸らすことにした
レイ 「ていうか…。なんか、増えてない? あんなに居たっけ?」
ルイン「うちの娘は約束は守る子なんだ」
レイ 「『ちゃんと面倒みるからっ』だっけ? 見すぎでしょう…」
ルイン「はははははっ」
しずくの後ろには、先刻の花びらの少女と…その後ろに、その影に、見慣れない蠱惑魔の影がちらほらと
そながらその花園は、見た目の華やかさに反して地獄みたいな場所になっていた
一歩踏み込めば瞬間に、どうなったもんか想像さえもしたくない
デミス「退け、娘よ…。流石に捨て置けん」
レイ 「ダメだったらっ。みんな良い子にしてるのにっ」
デミス「ぬぅ…」
もはや是非も無しか。引かぬ しずくを前にして
デミスが一つ唸ると、その小さな体に太い手が伸ばされた
フレシア「っ!」
巨大な魔神の手が、小さな少女に伸びていく
そのいかにも危機感を煽りそうな絵面に、花びらの少女はカッと目を開くと
デミス「ぬっ!」
瞬間、デミスの巨体がぐらつき、唐突に開いたその穴に下半身が飲み込まれていく
しずく「あ…」
レイ 「…っ」
ルイン「あははははははっ」
唐突に、視線が重なったデミスを前に
しずくは驚いて目を丸くして、レイは噴き出しそうになった口元を抑える
そこへ、はばかることのない女神の笑い声がその場に響いていた
ーおしまいー
最後までご覧頂きありがとうございました
以上、マスターデュエルのソロモードをクリアした後の感想のような妄想でした
このSSへのコメント