2021-03-14 07:21:32 更新

概要

プリュムに、不器用に心配されたかった

注意

二次創作にありがちな色々
ちんちくりんのドクター




日課というのは中々変えられないものだ


最初は嫌々だったり、馴れないこともあったはずなのに

根付いてしまった習慣を、今では呼吸をするように繰り返している


「…ん」


朝か…


目を覚ましたプリュムが、一つ伸びをした後、さっと頭を振って立ち上がる

念の為と、セットしていたタイマーが鳴らなくなってどれくらいがたっただろう?


「なんかロボットみたいね」とは、いつかドクターに言われた言葉だった


決まった時間に目を覚まし、定まったルーチンワークを正確に片付けていく

なるほど、そこだけ切り取れば機械じみていると言われるのも分かる


もう少し、ベッドに名残惜しさを感じて見せれば、少しは可愛げも生まれるのだろうか?

例えばドクターの様に「後5分」なんて、寝ぼけ眼に口にしたりして…


「明日は、起きる時間を5分早めて見ましょうか・・・ん?」


口にして感じる違和感


何かがおかしい


その早起きに一体何の意味がある?


時間が差し迫った状況で、なおかつルーズでいるならまだしも

慌てて飛び起きて、着の身着のまま飛び出して…そういう人も確かにいるが


ありえない…


染み付いた護衛の在り方は、その体たらくを認めなかった

時間に遅れるのはもちろん、護衛対象を待たせて良いはずもない

5分前行動ですら、まだ遅いかもしれないっていうのに


「不毛ですね…」


結局、結論はこの一言に尽きた

いくらドクターに機械みたいだと言われたって、遅刻や寝坊がプラスになる事態なんてそうあるはずもなく

もっと自由に…肩の力を抜くにしたって、もう少し別のやり方もあるだろう


無駄な思考の間にも、身体は勝手に朝の準備を進めていた


顔を洗い、身だしなみを整えて

服を着替え終わる頃になると、丁度お湯が沸き上がる


眠気覚ましに、インスタントのコーヒーと、ビスケットのような軽い食事を済ませ


「ふぅ…」


コーヒーの香りが鼻から抜けていく

慣れ親しんだ朝の匂いに包まれて、今日の予定を反芻する頃には、部屋の扉は閉まっていた





ドクターの護衛に付く日は決まって、彼女を起こす所から始まる


「おはようございます、ドクター。朝ですよ、そろそろ起きて下さい」


渡されていたカードキーを使って鍵を開け、暗い部屋に明りをつけた


ベッドの上が小さく揺れている


明るくなった部屋から目を背け、目深に布団を被るドクター

近づいて、その小さな肩を揺すってみても、嫌がるように布団の奥へ引っ込んでしまった


「あと…ちょっと…5分くらい良いでしょう?」


信じましたよ、最初のうちはね

そのくらいの余裕はあったし、急に明るくなった部屋に馴れるまでの時間と思えば可愛いものだ


カッチ、カッチ、カッチ…


それからキッカリ5分後、時計が針を進めたのを確認して

「ドクター…」もう一度声を掛けて身体を揺する


「だから5分って…」

「その5分後です。もう起きて下さい」

「…いや」

「いやって…ドクター…」


随分と直接的なぐずり方だった

言葉にもならない うめき声よりは、余程わかりやすくて結構なものだが



一度、アンセルにも聞いてみた


ドクターが朝起きない理由について、低血圧だったりするのかと?

それならそれで、ゆっくりと起きれるように対策も考えようとしたのだが


「ああ、叩き起こしていいですよ。甘えているだけですから」


呆れたような表情でバッサリと、医学的に問題はないと断言されてしまった


となると問題は起こし方だ


声を掛けても揺すっても、それで効果があるなら苦労もなく

ならばと、ドクターの5分は一体何分なのかと、しばらく様子を見た日には

アーミヤさんを避雷針代わりにして、ドーベルマン教官の雷から、身を隠すドクターを見ることになった

もちろん、時間通りに連れてこれなかった自分にも、お咎めなしともいかないのが護衛の辛い所ではある


やはり布団を剥ぎ取るしか…


しかし、それも気が咎めた


もう少し穏便に、とはいえコレと言った方法も思いつかないまま立ち尽くしていると


「こらーっ、ドクターっ!」


急に開いた扉と、飛び込んでくる元気な声


「またプリュムを困らせて、ちゃんと起きなきゃダメって言ってるでしょ!」


構えたフライパンとお玉をガンガンとカチ鳴らし、グムがズカズカと部屋に踏み込んできた


また、間に合わなかったかと嘆息する前に道を譲り

私と代わった彼女が、ドクターの布団を引っ剥がすのがほぼ同時に行われる


「だってグム、私まだ眠いのよ…」

「なぁに? 夜…遅かったの?」


最後の抵抗と、ドクターは布団にしがみつく

そこにもしもの可能性を感じたのか、グムの声音も少しだけ柔らかくなるが

「ううん。いつもどおり」と、事も無げにドクターが首を振ってみせると、怒ったグムに布団を奪われていた


どうしてそこで 正直になれるんだろう?


グムの気遣いに頷いておけば、後少しは寝られそうなものなのに

枕に埋めた顔を、わざわざ横に振ったせいで、首根っこを掴まれてしまっている


「やー」とグズるドクターの抵抗虚しく

助けを求める視線から目を逸らしている内に、そのままズルズルと洗面所まで引きずられていった


「ほら、顔も洗って歯を磨く。それともシャワー浴びる? お湯出そうか?」

「いい…大丈夫よ」

「じゃあ、グムは朝ごはん作ってるから、ちゃんと着替えるんだよ」

「ふわぁい…」


その姿はパワフルでいて甲斐甲斐しい

面倒見が良いとは、グムのために用意された言葉なんだろうと思えてくる


「どしたのプリュム? 先にコーヒーでも淹れようか?」

「いえ。私は済ませてきましたので、お構いなく」

「…またビスケット?」

「ええ、まぁ…」


不満げな問いかけに気圧されて、曖昧な頷きを返してしまう


ビスケットとは言うが、中身は殆どレーションだ

下手な食事よりも余程栄養はまかなえるので

心配はしなくても大丈夫だと、伝えていた つもりだったのだが


「じとー…」


しかし、曖昧な返事が余程に不満だったのだろう

その纏わりつくような視線を前に肩身が狭くなり、自分まで首根っこを掴まれてしまいそうな気分になる


「じゃあ食べて。今作るから待ってて」

「そんな、手間を掛けて頂かなくても…」

「二人分も三人分も変わんないよ。栄養足りてりゃ良いってもんじゃないんだからねっ」

「あ、はい…」


何もは言い返せなかった

グムの迫力に、ただただ気圧されたしまったというのもあるし

だんだんと出来上がっていく朝食の香りに、押し込んだはずの食欲が引き出されてしまってもいた



「…ふぅ」


慣れ親しんだ朝の香りが鼻から抜けていく

いや、しかしこれは…本当に同じものだったとは思えない出来栄えだった


自分は一体、今まで何を流し込んでいたんだろう?


カップに口をつけ、舌で味わい、飲み込んだ後一息つく

およそ10秒にも満たない時間の間に、グムの愛情とも言える 気遣いや優しさが伝わってくる


それをコーヒーと言うにはカフェオレに過ぎて、カフェオレというにもまだ白い


けれど、ミルクの柔らかさに包まれながらも、しっかりと残るコーヒーの風味

苦味や酸味といった棘もなく、口に残る甘い余韻が名残惜しかった


物足りない…と、思う人もいるかも知れない


その強烈な苦味や酸味がないと、飲んだ気にならないだとか

ただの目覚まし代わりだと割り切って、私のように雑多な朝食を流し込む為だとか


「いい匂いはするのに、なんでこんなに不味いのかしら」


渋い顔をしたドクターが、ダバダバと砂糖とポーションを流し込んでいたのを思い出す

それを見咎めたグムが、おんなじように渋い顔をしていたのも



ドクターの為だけのコーヒー


その甲斐甲斐しさたるや、一口含めば身に染みて伝わってくる


ぐびぐびぐび…ごっくん…


「ぷはぁ…」


コーヒーを飲み干したドクターが大きく息を吐き出した

美味いとも不味いとも、続く感想は得に無く。だからといって、グムもそれは求めない


だって見れば分かるから


満足そうに頬を緩めた表情に、それを聞くのも野暮だろう



「毎日、大変ではありませんか?」


食事の合間にグムに聞いてみた


きっと自分ならパン一枚を焼くのも続かない気がする

ビスケットの手軽さに馴れてしまうと、朝からというのは いちいち億劫にも感じてしまう


「んー? まぁ、たまには めんどっちぃ時もあるけどさ。私一人だったら、もっと手を抜いてるとは思うよ?」


プリュムみたいにねと、からかい混じりの苦笑を交えながら

それでもと、続いた言葉は優しさに溢れていた


「でも、ドクターが美味しそうに食べてくれるから。それだけかもしれないけど、それでも結構頑張れるもんなんだよ」


くすぐったそうにグムは笑顔を浮かべていて、そんな彼女の笑顔に惹きつけられる自分がいた


思い返せば、調理の合間の鼻歌も、ドクターを叩き起こした時にだって

笑ってないのが不自然なくらいに上機嫌にも見えた


だからだろうか?


毎朝、どれだけ私が声を掛けてもドクターが起きてくれないのは

それがグムの楽しみだと、ドクターも分かっていてやっているのなら

私は随分と差し出がましいことを していたのではないかと不安になる


「すみませんグム。迷惑を掛けてしまい…」

「迷惑? なんのこと?」

「朝食だとか…。それに、本当は自分でドクターを起こしたかったのではないかと…」


しかし、それも的はずれだったようで


きょとんと、不思議そうな顔をしていたグムの表情が、まるまると膨れていった


「なに? グムは朝からお玉叩いて喜ぶような女の子に見えるわけ? プリュムには?」

「いえ…みえません」

「よろしい」


膨れていた頬から息を吹き出し、クスリとグムは微笑んだ


「まったくもう。プリュムまでフェンみたいな事言いだして、びっくりしちゃったよ」

「ああ、彼女は…そうですね」


それだけで察するには有り余る

なにも愛情表現がフェンみたいなものだけとは限らないのだし


少し、引きづられてしまったか


あの過分な愛情を見ていると、普通の感覚というのが分からなくなりそうだ


「そ・れ・と…」

「はい?」


わざわざ言葉を区切って、グムがビシッと指先を向けてくる

思わず目が点になり、勢いに押されて身体が少し引けてしまった


「朝食、いらない時は言ってよね」


それが誤解でないとするのなら

これから毎日、朝食を用意してくれると言っているようなもので


「いえ、何もそこまでお世話になるわけには。気になるというなら、外に出ていますし…」

「じー」

「ですから…」

「じとー…」

「あの…」

「がるるるるるるぅぅぅぅ…っ」

「えぇ…」


唸られた…


あまりにも強引に「はい」意外の答えを聞かない姿勢を見せられる


「ダメよプリュム。グムの前でお腹をすかせたらこうなるんだから」

「ですが、ドクター…」

「大人しく丸々太らされるといいのよ」

「失敬なっ。それはドクターが他で おやつばっかり貰ってくるからでしょっ」


見かねたドクターが声を掛けてくれるものの

それは助け舟というより白旗で、遠回しに諦めろと言っていた


「遠慮意外の理由があるなら言いなさい。グムもそこまで聞かない子ではないのだから」

「へ? なにかあるの、プリュム?」

「…」


それは…ないな


強いて言えば、ルーチンワークを壊されるのを嫌う、自分の性質の悪さくらいなもので

この状況で、それが理由になると思えるほど楽観的でもいられない


「はい…お願いします」


頷いてしまった。というより、頷くより他はなかった

笑顔を取り戻したグムの頭の中には、きっと明日の献立が渦を巻いているのだろう


「あ、嫌いなものがあったら先に言ってね?」

「嫌いなものですから? それなら…」

「あーっ、ダメよプリュムっ。そんなこと言っちゃいけないわっ!」


慌てたドクターに口をふさがれる


「弱点なんか教えたりしたら、毎朝なにを混ぜらたもんかっ、小癪なことをされるのよっ」

「小癪なもんかっ。好きなものだってちゃんと出してるでしょっ」

「好きなものに嫌いなものを混ぜないでって言ってるの。つまみ出すのも面倒なんだからっ」

「ドクターの好き嫌いが多いからだよっ。食べられるものが多い方が良いに決まってんじゃん」


まあ、大体の事情は分かった


何気なく嫌いな食べ物を教えたが最後、あの手この手で嫌いなものを出されたんだろう

ドクターの嫌がりようを見るに、グムの苦心も伺えるが

それに限って言えば、彼女の手間を増やすことはなさそうだ


「大丈夫ですよ、私は。嫌いなものなんて特には、出されれば何でも食べますし」

「ほら、ドクターもっ。プリュムを見習わないと、格好が付かないでしょう」

「待って。待ちなさいよ、グム。あの言い方、何かがおかしいわ」


噛み付いてくるグムを一旦制して、ドクターは 伺うように私を見上げてくる


「じゃあ、なに? プリュム。あなた、好きな食べ物は何かしら?」

「好きな…ですか? それは…コーヒーと、ビスケット…でしょうか?」


質問の答えとしては不適当な自覚はある

私だって、好んでそれを食べている訳でもない


手軽で、手っ取り早いから、取り敢えず口にしているだけ


しかし、自分の食生活をいくら振り返っても

コレ以上に食べているものなんか特になく、なにかの機会で美味しいと思う事もあるが

それが自分の食生活に組み込まれることもなかった


自分でもなかなかの無頓着ぶりに呆れるほどだが


それを聞いたグムの心境は、それどころでは無かったようだ


「ねぇ、プリュム…。今日の料理…グムのご飯どうだった?」

「はい。美味しかったと思います、ごちそうさまでした」

「あー…もー…」


がっくりと…


ドクターに噛み付いていた勢いも無くして項垂れるグム

反射的に手を合わせてしまった私との対比は、きっと珍妙な物に映ったことだろう


「これ一番めんどうやつだー」


そこまで言われるのも流石に気にかかるが

行き先を聞いて「どこでも」と、返されるくらい手間だと考えれば、分からないほどでもない


「とりあえず、私の好きな物から出してみましょうよ?」

「うん…そうだね。お菓子ばっかりになっちゃうけど」

「うふふっ、やったわ。明日の朝が楽しみね」



それから連日、振る舞われるグムの手料理は美味しかった

大味なメインディッシュから、気の利いた小皿まで、特に不満もなく頂ける

もちろん私に遠慮があったわけもなく、ただ思ったままに「美味しいです」と、伝えていたつもりだったが


「ぐぅ…ダメかぁ…」


しかし、グムの表情は浮かないままだ

好きも嫌いも、甘いの辛いと、口酸っぱく注文するドクターに比べれば、確かに私の反応は淡白に過ぎるんだろう


難しいものだ…


よくある料理の批評に習ってみようとも思ったが

舌っ足らずな私に、美味い意外の感想が出る訳もなく


日を重ねる程に、グムのレパートリーだけが増えていった





ゆったりとした朝食を終え、プリュムは朝の会議へとドクターを送り出す


道中、面倒くさいだなんだのと、ぶつくさ言っていたドクターも

アーミヤさんの顔を見るなり駆け出していってしまい、急に片手が空いてしまった


退屈というより心細いのか


手持ち無沙汰に抱えてみたのは寂しさで、自分でもなんでこんな感情を持て余しているのかが分からない

ドクターを心配しているつもりで、ドクターの事ばかり考えて、ドクターがいないとイマイチ張り合いが出ない


それはまあ、あの 幼い容姿に、余計な庇護欲が湧いてしまうのもあるのだろうけど


仕事に私情を挟むだなんて、私は一体何をやっているんだろう?


これではフェンの事をとやかく言えたものではないし

それではまるで、持て余したこの感情の正体は…


「…」


思い浮かべたのは、笑顔か寝顔か…

ふくれっ面も悪くはないが、それでもやっぱり穏やかにいて欲しいとは願う


しかし、そんな当たり前の願いほど、なかなか叶わないもので



「べーっだっ!」


扉が開くと同時に飛び出してきたドクターが

振り返りざまに、向こうの誰かに舌を出してみせている


「行きましょプリュムっ」

「え、ドクター…? 良いのですか、会議は…?」

「良いのっ。私はお役御免なのだわ、知ったこっちゃないんだから」


おかえりなさい を言う間もなく手を取られると、そのまま引きづられそうになる


「ちょっと、ドクター…」


慌てて顔を出したアーミヤさんにも、ドクターの足が止まることはなく


「もう、ケルシー先生っ…どうしていっつもドクターをいじめるんですか」

「知らんよ。まあ、子供は遊んでいるのがお似合いじゃないか」


大きな子供と、見たまんまの子供に挟まれて、溜息を付いた少女が一番大人に見えるのは不思議ものだった


「あの…ドクターをお願いしますね」

「それは…はい。お任せを…」


状況に置いていかれる私と目があったアーミヤさんが 「あはは…」と苦笑を浮かべると、軽く頭を下げてくる

苦笑いを溜息に変えて、しょんぼりと戻っていく背中を見送れないまま、私も私でドクターに引きずられていくしかなかった



「まったく、まったくなのよ。ケルシーったらすぐ私のこと子供扱いしてくれて」


分かりやすく憤慨しながら、ズカズカ先を歩いていくドクター

その背中になんと声を掛けたら良いものかと思案して

選んだ言葉は、当たり障りのないフォローだった


「ケルシー先生もドクターの事が心配なだけでは?」

「なぁに? プリュムはケルシーの肩を持つのね」

「そういう訳では…。ただ…」


むすっと、頬を膨らませたドクターが、背中越しに見上げてくる

見るからに不満そうな視線。次の言葉を間違えれば、そのまま置いていかれてしまいそうだった


「興味のない人に注意はしないでしょう。耳が痛いのだって、ドクターに自覚があるからでは?」

「…つまんない答え」

「すみません」


そう言いながらも、先に行ってしまうことはなく

不満そうに膨らんでいた頬からは、空気が抜けていった


一応、納得はして貰えたらしい


ドクターの言うように、つまらない正論では、その不満までも解消させられはしなかっただろうけど


「でも、どうだかね? ケルシーにとって利用価値はあるんでしょうけど、私には…」


随分とひねくれてしまっている


ドクターを子供扱いする割に、ケルシー先生も大概だ

そう思うのなら、もう少し分かりやすく接して上げれば良いものを


アーミヤさんのジレンマも、今なら少し分からないでも無い気がしていた



でも、どうしてか…


あれはあれで正しいようにも見えてしまう


ケルシー先生にあしらわれて憤慨するドクターと、泣く泣く仲裁に入るアーミヤさん

よく出来た三角形。昔からあの3人はああしていたのではないか


それをドクターに伝えても、きっと嫌なそうな顔をするのだろうけど

その想像は少し可笑しくて、少しだけ寂しい気がした


可哀想…だとでも言いたいのだろうか?


一人、そんなことさえ忘れてしまっているドクターが、取り残されている様に見えるだなんて


酷い上から目線だ


あまりの高さに目眩がしそうで、慌てて目を瞑って自分の足元を確かめていた



「ねぇプリュム?」


ぴたり…


呼ばれて目を開くと、ドクターの足が止まっていた


「前から思っていたのだけど…」


不思議そうに、私を見上げてくるドクターを見つめ返す


内心、自分勝手な感傷を悟られたんじゃないかと、不安にドキドキとしながらも

その問いかけは、まったくの別物だった


「どうして プリュムは いつも私の後ろを歩いているの?」

「どうしてって…それは…ドクターが先に歩いていってしまうから…」

「そうじゃないわ。今はそうだけど、いつもではないでしょう?」

「それは、はい…。そうですね…」


一瞬詰まった言葉に、慌てて思いついたのは

その方が護衛しやすいからといった程度の答えだった


ドクターの全身を視界に入れながら、何時でも庇える距離でいて、後ろからの奇襲や狙撃は体を張って止められる

と、理屈を説明すればそうなるのだが、あまり この子を横に置いておきたくない理由は別にもあった


「私と手を繋ぐのがそんなにイヤ?」

「いえ、そういうわけでは…」


悲しそうに揺れる視線から目をそらすと、ちょっとした罪悪感に胸をチクチクと啄まれる


「私と…その、お喋りするのが嫌だったのかしら?」

「違います違いますっ。これは、ただ…この方が守りやすいからで…」


じわり…


浮かんだ涙に、通りすがりの視線が集まってくる

ドクターの涙は、私を悪者にするには十分で、何もは言われないまでも軽い非難の視線は避けられない


「だったら…守ってくれるのなら、そばにいてくれないと…」


一歩…


開ていた距離に、ドクターが踏み込んでくる

伸びてきた手は、私の手ではなく、遠慮がちに外套の端を捕まえると、ぎゅっと握りしめてきた


「あ…う…」


その姿は酷く曖昧で頼りなく、いつもの笑顔がまるで嘘のよう


いや、実際それはそうなんだろう


無理をしていないわけがない


何も分からないまま、ドクターの名前で担ぎ上げられて

助けてくれる友人たちさえ、戦場に送り出す


上手くやらなければ余計に誰かが傷ついて、下手を打てば自分の身さえ危うい中

それでも まともでいろっていう方が、きっと正気ではないはずだ



外套を掴む小さな手


白くなっている指先をそっと解き、自分の指を絡めていく

腰を落とし、ドクターに視線を合わせて抱き寄せた


そのまま、その小さな体から震えが抜けるまで、背中を擦り、頭を撫で続けながら


「だって、ドクターったら、見ていないとすぐどこかに行ってしまうじゃないですか」


理由は様々だが、とかく興味を惹かれるとそのまま足が向いていく

護衛中に片手が塞がるのを嫌ったならば、やっぱり後ろからでも視界に収めているしかなくて


「あー、それね。あれよ…えーっと、そうっ、かくれんぼよ、かくれんぼ」


その自覚があったのは意外だった


私に抱きしめられながらも、誤魔化すようにドクターはそっぽを向いてしまう


「それにプリュムは目が良いのだから。少しくらい平気でしょう?」

「ありがとうございます。ですが、自重をして下さい…。正直、ドクターが見えなくなるのは怖いです」

「…心配してくれているの?」

「当然でしょう」

「そう…そっか」


ごめんなさいプリュム


優しい声だった

見た目相応に可愛らしい謝罪の言葉が、素直に私の胸に響いてくる


でも…だからって…


「あの、外套の下に入るの、止めてもらえませんか?」

「でも、此処が一番安全なのよ?」

「歩き辛いって言っているんですよ。それに…とても、見られています…」


それで聞いてくれる訳もなく

余程そこが気に入ったのか、しばらくドクターは私の側から離れてはくれなかった






ドクターに纏わりつかれながら、プリュムが皆の所に戻ると


「あ、エステルー♪」


潜っていた外套の下から飛び出したドクターが

たたっと、エステルのもとに駆け寄っていってしまっていた


「…」


納得がいかない…


舌の根も乾かぬうちに、そう思ったのは私の我が侭では無いはずだ


あるいは やきもちとも言い換えれば少し気恥ずかしい感じもするが

どうしても、胸に溜まる もどかしさが拭いきれないでいた


「そんなだから、見える所に居て欲しいっていうのに…」


一人こぼした愚痴は、ドクターの背中に届くことはなく

じゃれ付き始めた二人を眺めているうちに、薄ぼんやりと周囲に散っていった


「ねーねーエステル、アレやってアレやってって」

「え…いいけど。ちゃんと捕まっててね? ぎゅっとだよ? いい? うん、じゃあ…えいっ!」


エステルの大きな角に手を掛けたドクターが、そのままひょいっと持ち上げられていた

きゃーきゃーと上がる歓声に、ゆらゆら揺れる小さな体

いかにも危なっかしい気もするが、ドクター一人の体重でエステルの重心がブレる訳もなく

次第に大きくなる揺れ幅に合わせてエステルが首を振ると、放り投げられたドクターが彼女の背中に落っこちていった


「おっ…ととっ…ふぅ」


落ちてきたドクターを背中で受け止め、大きな尻尾を駆使して支えきる

しがみついてくるドクターを一瞥して、一息いれたエステルの周りからは、パチパチと小さな拍手が向けられていた


馴れたものだなとは思う


少し前までのエステルは、あんなにも誰かの視線を気にして人を避けていたっていうのに

今では送られた拍手にはにかんで見せるまでにはなっている


これもドクターが構い続けた結果なんだけど


なのだけど…なんだろう?


ドクターにしがみつかれているエステルの表情が、イヤにだらしなく見えるのは?


あれではまるで、人目を気にしなくなったというより

ドクター意外見えていない…というのは言い過ぎでも、過剰に関心が向いてるのは確かなはずだ


依存が良いとは言わないが、引きこもっているより何倍もマシなのは確かで

そんな良し悪しを測りかねている私は、一体フェンの目にはどう映ったものだったのか


「羨ましいんですか?」


ニコニコと、私に声を掛けながらも、浮かべたその笑顔は、私ではなくじゃれ合っている二人に

もっと言えばドクターに向けられていた


「いえ、そういう訳では…。楽しそうだな、とは思いますが」

「そうですか? 私は羨ましいですけど」


笑顔こそは崩さない

けれど、そこには確かなヤキモチが見えていて、崩れない笑顔が逆に怖い


「そういう割に、混ざりにはいかないんですね?」

「あはは。そう思いますよね、やっぱり…。でもですよ?」


考えても見て下さいと、指を立てて見せるフェン


エステルと遊んでいるドクターを見れるのは今しかないんです

もちろん独り占めにはしたい。ですがそれは、ちょっとの時間と少しの我が侭で何時でも出来ますからね


エステルと遊んでいるドクター、マトイマルに頼られているドクター

ジェシカをからかっているドクターに、グムに餌付けをされているドクター


それにプリュム、あなたの気を引こうとしているドクターも


何処をとっても可愛らしくって


「目を離すのが勿体ないと思いませんか?」

「いえ、思いませんが…べつに」


「え…」と、フェンの顔から笑顔が消える

ちょうど吹き消されたロウソクの様に表情が消え、意味がわからないといった表情はきっとお互い様のはずだった


それよりも、フェンの言葉が気にかかる

ドクターが自分の気を引こうとしているだなんてのは考えても見なかった


まさかと思いつつも、そのままフェンに問い直してみると、余計に呆れた顔をされてしまう


「いえ、もちろん。ドクターが寂しがりの甘えん坊なのは理解しているつもりですが、何も私じゃなくてもですね…」

「はぁ…朴念仁ですか、あなたは?」


盛大な溜息とともに肩を落とされる

なにか言われるとは思っていたが、自分の察しの悪さが、まさか朴念仁と評される程とは思ってもみなかった


「いいですか? そのドクターが、甘えたくもない相手を四六時中隣に置くわけが無いでしょうに」

「それは…」


そうかもしれないが


けれど、唐突にかくれんぼをはじめたり、外套に潜り込んできたりと

私を困らせて楽しんでいる節もあり、それは単にドクターにとって私が…


「覚えはありますよね?」

「ありますが。そう考えればというだけで…なにもドクターがそうだとは…あ、いえ何でもありません」


その、あまりの表情に二の句が告げなくなってしまった

それを言ってはまずい、それを口にしてしまえば勢い余ったフェンの中できっと何かが切れていたはずだった


「よろしい…」


大げさに頷くフェン


その仕草はおどけているようではあったけれど、視線は真っ直ぐに私を見つめたままだった





そのまま遊び始めたドクターを皆に任せ、プリュムは一人になって考えていた


護衛を続ける気があるのならと…


置かれた前置きに、真面目な顔をしていたフェンの様子が重なっていく


「よく見ていて上げて下さい。あの子は…ドクターは、アレで一人じゃなんにも出来ませんから」


アレで…ですか


そうは言われても、一人なら一人で、あの子は何でもしてしまいそうな気配もある

頭が良いい、器用で飲み込みも早い。人の顔色を伺うのにも長けていて

欠点らしい欠点は、我慢弱いのと、体力的な事くらい


だからこそ、私の様な護衛も必要なんだろうけど


イマイチ自信がない


ロドスの中でなら、そもそも一応程度。やっているのは、ほとんど話し相手か遊び相手みたいなもので

ケルシー先生や、ドーベルマン教官達にとっては、確実になる鈴くらいな認識だろう


かといって戦場に出れば私一人では手に余るし。プライベートではグムの様な甲斐甲斐しさも持てていない


「参りましたね…こんなことで悩むなんて」


ロドスでも、誰かの護衛を続けていれば

余り悩まずに、余計なことは考えなくても済むんじゃないかと思っていたが


いっそ、フェンが羨ましい


ドクターに名前を呼ばれただけで、あんなにも嬉しそうにして

悩みなんてきっとドクターに関すること以外に無いんだろうと思うのは、流石に失礼なのかどうなのか


「まあ今は…あまり人のことも言えませんが」


だめだ、余計なことしか思いつかない


手すりに寄りかかり、外の空気に答えを求めてみたものの

荒野から吹き付けてくる風は、何も教えてはくれなかった





エステルに戯れ付きながら、ドクターが一通り皆と遊んで回った後

気づけば、プリュムの姿が見当たらくなっていた


今日は一緒に居てくれるって話だったのだけど


珍しいこともあるものね


プリュムが一緒に居てくれる日は、それこそ何処にでも付いてくるのに


今日はどうしたのかしら? 


まさかの反抗期だなんて、そんな可愛らしい理由なら良いのだけれど



そのままきょろきょろと辺りを見回して

ようやく見つけたプリュムの姿は、窓の外、デッキの上に佇んでいた


「プリュム? プリュムってばー」


こっそりこっそり近づいて、わっと脅かそうとはしたんだけれど

私の気配に気づくどころか、声を掛けても いちいち反応が薄い

服を掴んで揺さぶって、ようやく はっとこっちを見るくらいには、物思いに耽っていたみたいだった


「え、あ…ドクター。すみません、もう良いんですか?」

「良くはないでしょう? 今日は一日一緒に居てくれるって言ったじゃないの」

「いえ、その…みなさんと遊んでらしたので…」


まただ、そんな事を言うときのプリュムは決まって私から距離を取る

物理的にというよりは、仕事ですからみたいな言葉で、垣根を作られるのはすこし寂しい


「仲間外れにする気はないのよ? プリュムも一緒に遊びましょうよ。エステルにぶら下がるのとっても楽しいんだから」

「興味はありますが…流石に身長が」

「あ、それもそうね。うふふっ、ちいっちゃくって得することもあるものだわ」

「そう、ですね…」


さて、プリュムの悩みはなんだろう?


余程なんでもない事だったのなら、いつもみたいに後ろに立ってくれても良い頃合いなのだけれど

何がそんなに気にかかるのか、不安そうな顔をして私の様子を伺ったままだった


「なぁに? 私に見惚れてどうしたの?」

「あ、いえ…。いやっ、そうではなく、ドクターはちゃんと可愛いと思います、が…」


プリュムの顔が面白い


バツが悪そうに視線を逸らしたかと思えば、聞き逃した言葉の端を慌てて捕まえてくる

かと思えば言葉尻は急に小さくなって、彼女を見上げていた私と視線が重なっていた


「なぁに? 何でも言ってみて?」


流石に過大評価だと自分でも理解している

それどころか むしろ逆。分からないことの方が多いくらい

なにせ、自分のことですら覚えていないんだもの。そんな私に、一体なにが分かったものか


それでも、私はプリュムを見上げてこういった


彼女がいつも私を守ってくれるみたいに、つまらない悩み一つくらいからならと

私にだって出来るんだから、そう思ってもいなきゃ彼女のドクターで居て上げられない気がしていた


「あなたのドクターは何でも知ってるのよ?」





そういう時のドクターは決まって大人びて見えていた


たぶん、悪い意味で…


小さな胸をはり、背伸びをして見せて、震える足を身体を、見えない所で堪えている

そんな無理を自分がさせているのだと思えば、気に病むなというのも難しいが

ここで誤魔化した所で、きっと余計な心配をさせてしまうだけなんだろう


「私は、ドクターの護衛でいて良いのでしょうか?」


率直な疑問だ


混ざりっ気のない不安を、子供のようなドクターに、子供みたいに口にして


「誰かに何かを言われたの?」

「いいえ」


強いて言えばフェンにだが

しかしあれは、私を叱責する言葉ではなかったはずだ


「私が何かをしてしまったのかしら? 我が侭には付き合いきれないだとか?」

「自重はしてほしいですが、それも違います」

「大丈夫よプリュム。あなたは良くやってくれているわ。って言ったら聞いてくれる?」

「たぶん、聞けません…」


自分で答えておいて情けなくなる


ドクターが良いと言ってるのに、勝手にへこたれてるんじゃ、愛想をつかされてもしょうがない


「ふぅん…そうね」


一息いれて頷いて「それじゃあ…」と置かれた前置きの後


「プリュムは私のことは好き?」

「もちろん、嫌いなわけは…」


理屈でないなら心情に。そんな素直な質問に、一応の頷きを返してみたものの


「…」


しかし、その先は突き刺すようなドクターの視線に口を縫い付けられてしまった


「好きかどうかを聞いているの。嫌いを基準にしないでちょうだい」

「うっ…」


言葉に詰まる。ドクターの言い分はもっともだ


好きの答えが、嫌いではないでは、あまりにも曖昧過ぎる

社交辞令的な逃げの一手は、リップサービスにすら足りてはいないだろう


「言わなくては…ダメ、でしょうか?」

「言わなくてもいいけれど。私は聞きたいわ」


ドクターの視線が真っ直ぐに見つめてくる


すでに分かりきっている答え合わせに期待を寄せられると

からかわれているような くすぐったさに、頬が緩んでしまいそうになる


「す、すき…なんだとは、おもいます」


告白をしてしまったようなに面持ちに、体温が一段と上がるのを自覚する


遅れてくる恥ずかしさ


ドクターの瞳に映る自分を見てられず、堪らず目をそらしてしまった


「えぇ…それだけなの?」


つまらなそうにドクターは唇を尖らせる

私の精一杯に対して、ありありと不満の不の字を表にしていた


流石にカチンとはくる


人の気も知らないではこのことで、知られている分尚たちが悪い


「でも、ドクターのそういう所は苦手かもしれませんね」


やり返すつもりで少し乱暴に、ぶっきらぼうにそう言って、今度は私のほうが唇を尖らせてみせた


「ふーん? それじゃあ、プリュム。あなたは私のどういう所が好きなのかしら?」

「うっ…い、言えませんよそんな…」


しかし、単純な口喧嘩では、やっぱりドクターに分があるようで


アンセルのように、適当にあしらえるほど口が上手くもなければ

フェンのように、両手に余るほどの好意を並べる度胸もない


「ドクターの方こそ…一体私の何がそんなに…」

「まぁ、質問に質問で返すだなんて…」


気恥ずかしさに繋がる沈黙は、降参に等しく

ドクターに手番を渡してしまった時点で、私の負けは決まってしまったのかもしれない


「好きな所だっけ? 真面目なところとか?」

「そんな、差し障りのない理由でなんて、誤魔化されませんから」

「そのくせ考えるのは苦手なものだから、私生活がルーチンワークに陥りがちなところとか?」

「うっ…」

「それを嫌って、馴れないことしてちょっと失敗しちゃう不器用なところとか?

 ああ、最近はグムの朝ごはんが楽しみになってきている所とかも可愛いわね」


「ま、待って下さい…私が、どうして楽しみだなんて」

「だってプリュム。最近、コーヒーの匂いしなくなっているもの」

「あ…いや、それは…ですね…」

「それにね、プリュムって、好きな物は好きな人に合わせるタイプでしょう?

 まあ、自分の好きなものが曖昧なせいで、せめて好きな人の好きなものから好きになろうって事なんだとは思うけど

 あんまりにも健気過ぎて、愛おしくなっちゃうわ」


「そんな事は無いはずです…私にだって…」

「最近プリュムがドクターの好きなおやつばっかり買っていくって、購買のクロージャお姉さんが教えてくれたわ

 おかしいわね? ここ最近、私、プリュムから おやつを貰った覚えはないのだけど?」

「それは…たまたま、持ち出すのを忘れていただけで…」

「まあ、プリュムが物忘れだなんて大変だわ。ええ、ええ、良いのよ、そういうことだってきっとあるはずでしょうし」


まだあるんだろうか? いつまで続ける気なんだろう?


たんに、ほんの少しだけ、ドクターが照れて口ごもりはしないかと

そんな軽い気持ちで譲った回答権は、予想以上に私の心を削り取っていった


私以上に私のことを知っているんじゃないのか?


私生活なんて既に丸裸で、隠し事を隠す意味なんてありゃしない

ここまで知られてしまって、それでもなお続く言葉は


「それにね? 一番大好きなところは、私の心配をしてくれる事

 私を甘やかしてくれる所、私に甘えさせてくれる所」


そんな風に言われてしまうと、私に拒む理由なんて何処にもなくなっていた


「それでプリュム? 護衛を続けて良いんでしょうか? だったっけ?」

「うっ…」


今、それを言うのはズルい気がする


こんなにまでされて、今更他の人に変わってもらおうなんては思わないけれど


「だって、ドクター…一人でも平気そうじゃないですか…あ、いえ…なんでも…」


そんなにまで言われると、ふいに甘えたくもなってしまう


「そんなことはないのよ」って、いつもの調子で甘えて欲しくなっている自分に気づき

慌てて閉じた口の隙間から漏れた弱音は、ドクターの目を丸くしていた


「平気な訳がないわ。私は誰かに甘えてないと不安でしょうがないもの

 そのためだったら何でもするし。そうじゃなかったら、きっとなんにもやる気は起きないわね…きっと」


随分と不純な動機だが

お陰で「アレで一人じゃ何も出来ませんから」と、フェンの言いたかった事も分かった気がする



温かい


ドクターが身体を預けてくる


不用意に、無警戒に、不用心に、私が嫌がるなんてまるで頭にもなく

そうすることが当たり前の様に甘えてくれている


「ねぇ、プリュム…。少しお顔が遠いのだわ」


手を伸ばされ、招かれるまま視線を合わせると背伸びをしたドクターの顔が近づいてくる


ちゅっ…


頬に重なる感触は温かく、湿った水音と一緒に離れていった



一瞬の空白、遅れてくる心臓の高鳴り


かぁっと熱くなった顔色は、しかし「ごめんなさい…」と、続いたドクターの言葉に冷やされていた


「少しだけ嘘かも…。ほんとはね…許して欲しいだけなのかもしれないわ」


誰もいないデッキの上で、誰にも聞こえないような呟きは風に流されていく



「それじゃあプリュム、また後でね」


意外なほどあっけなく、何事も無かったようにドクターは身体を離していた

たたっと響く軽い足音に、遅れて伸ばした指先はすり抜けて

向こうに消えていく小さな背中は、いつもよりも儚げに見えてしまう


指先で頬をなぞる


残った唇の感触はまだ温かく、去り際のドクターの言葉は胸の内にこびりついていた


「フェン…聞こえていましたか」


多分そうだと思い込み、一人になった筈の場所で声を掛けてみると


「いいえ、私は何も」


ひょっこりと尻尾を出した人影は、いつもの笑顔を湛えていた





その後、プリュムがドクターに追いついたのは日が暮れてからだった


「それで? 何をやっていたの? 随分と遅かったじゃない?」


ドクターの部屋でお風呂を借りて

上がった私を見つけたドクターが、まってましたと話の種を咲かせてくる


「少し…フェンに絡まれていたんですよ」

「ああ…。見ていたのね、きっとまた変な誤解をしてたんでしょう?」

「それは、まあ…」


誤解か…


あの言葉をフェンが聞いていたとして、それに一体何を誤解したものか

どうにも、私には知らないふりをしたようにしか見えなかったし

あの動揺のなさは、前々から感づいていた風にも見えた


もう少しだけ、踏み込んで話をしてみようか?


悩む私の代わりに、フェンはあくまでいつも通りに振る舞って


「あ、勘違いしないで下さいね? 先にドクターにキスをされたのは私なんですから」


やっぱり…なにか変な誤解をしているのに間違いは無かった



「せっかちなのも可愛い所ではあるんだけどねぇ」


ベッドに転がりながら、物憂げに言葉を溢すドクター


「可愛い…ですか? 私には危うくも思いますが」

「それも間違いではないけれど。悩みすぎて動けないよりは、良いこともあるものよ」


気づけば、その視線は私を見つめていた

暗に私のことを言っているのだと指をさすような視線

それを受け取って尚、動かない私に呆れたのか


やがて、ドクターは大きく息を吐いていた


「もう良いわ」

「あの…すみません」


反射的に謝ってしまった

けれど、そうなってもまだ、ドクターが私に何を望んでいるのかが分からない


「良いのよ。理解を求めるから誤解が生まれるのだわ。言葉はハッキリと伝えるものね」


ベッドに転がっていたドクターが、肘をついて身体を起こす

居住まいを正すにしてもあまりにも雑でいて、それもそのはず


「プリュム、勤務時間は終わっているはずよ? 朝までそこにいるつもり? 私を一人にしないでちょうだい」


こっちに来いと、一緒に寝てと、つまりはそう受け取って良いのだろう

かなり強引な言葉だが、そうでも言われなければ、きっと私は朝までベッド脇で待機していたのは確実で


ただ、そこまで言われても まだ、私は何処にも動けないでいた


いいのでしょうか?


その戸惑いは罪悪感にも近く、護衛にかこつけて勤務時間外にまでドクターを独占しているような

あまつさえ、一緒の布団で…同衾とか…あんまりにも ふしだらな気さえする


「あの、いえ…その、わたしは…」


ただでさえ言葉の形を成していない言い訳を口ごもり、いいたい事がまるで伝えられていない

そもそも、何が言いたいのかすらハッキリとせず

そんな私の態度に業を煮やしたドクターは、 むすっと表情を変え、みるみると不機嫌になっていった


「プリュム…一緒に寝て。一人じゃ寂しいの」


ハッキリとした言葉だ


他に疑いようのない言葉に、胸ぐらを掴まれたような気分になる

これを振りほどこうというのなら、こっちもハッキリと否を突きつけるしか無いのだが


どうしてかな


このまま引きずり込まれたい誘惑が、私から抵抗する気を奪っていき

頭の中は、想像したドクターの体温で一杯になっていく


「ねぇ、プリュム。何がそんなにイヤなのよ? 気がかりでもあるのかしら?」


気がかり?


そんなものは


あるとすれば躊躇いで


それを一つの言葉に変えたなら


「だ…だって、恥ずかしい…です」

「…」


何を間違ったんだろう?


ドクターから表情が消えていた


拍子抜けしたみたいに目が点になり、膨れていた頬から不満が消えていく

読み取れなくなった表情は、呆れたようにも怒ったようでもあって

次の瞬間「もういい」って、興味を無くされることに怯える自分を見つけてしまっていた


「プリュム…」

「…はい」


それも自業自得か


せっかくの機会を、しょうもな羞恥心でふいにして

一段と冷めたドクターの声に身をすくめ、視線を落とした私は判決を待つ虜囚の気分だった


「めーれー。こっちに来て一緒に寝なさい」

「へ…?」


けれど、待っていた言葉はより強く、私の期待を引っ張り上げる


「ま、まってっ、私、だって、勤務時間外って…」

「は? そんなの残業に決まっているでしょう?」


上っ面だけの否定の言葉は あっさりと、その上辺を一蹴されてしまう

横暴だと唱えたところで意味はなく、そんな理不尽、護衛をしているのなら珍しくもなかった



手をついたベッドが沈み込む


空いた一人分の隙間に残ったドクターの体温が 手の平に伝わってくる


「あの…」

「めーれー」

「はい…」


やっぱりと、言いかけた口は、有無を言わさず閉ざされた

ここに来て、まだ逃げ出そうとしている。私はこんなにも女々しかったのかと

きっとフェンならノーモーションで布団に潜り込んでいるだろうに


いや、そもそも、こんなやり取りすら発生してはいないはずだ


ドクターが好きっていうだけで、私と彼女はそんなに違うものなのか…



ベッドに横たえた視界が揺れる


ドクターの手が甲斐甲斐しく伸ばされて

私に布団を掛け直すと、それで逃げ場がなくなった


鎖で繋がれた様に、鍵を掛けられたみたいにして


私に許されたのは、布団の中で大人しく寝ることだけ



もぞもぞと、ドクターが体を寄せてくる


温かい…


布団の中では少し熱いくらいでも、今はそれが心地よかった


私の胸に顔を埋めたドクターを、抱きしめることも出来ないまま

宙ぶらりんと、中途半端に腕が固まってしまっている


手を繋いで歩いたことも、外套の下に潜り込まれたこともあったのに

それが布団の中に変わっただけで、どうしてこうも緊張するのか


抱きしめてしまいたい


そんな風には思うのに、別に嫌がられもしないと分かっているのに


少し濡れた髪の感触が胸元に広がっている

立ち上る石鹸の香りと、その中に混ざるドクターの匂い

息を吸う程に胸いっぱいに広がって、妙な高揚感に喉をつまらせた


甘えるように服の端を掴みながら、ドクターが胸元に頬を寄せてくる


広がる小さな吐息がくすぐったい


このまま思いっきり抱きしめて、ベッドの上をゴロゴロと転げ回りたい

あんまりにも無作法な欲望だった。子供じみているとさえ思いながら


ようやく、私の指先はドクターに触れていた


もう少しで抱きしめるくらいの勇気も溜まりそうな気がする中


「プリュム…心臓がうるさい」

「ごめんなさい…」


でもだって、そんなこといわれてもしょうがないじゃないですか


ふっと、胸元をくすぐっていた吐息が揺れる


まるで笑ったような加減は、やがて小さな寝息に変わっていった





気づいたら朝だった


胸元で眠るドクターを抱きしめることも出来ないまま一晩を過ごし

やがて、疲れ切った心臓がようやく落ち着きを取り戻した頃


「おはよードクター、もう朝だよー」


入ってきたグムの元気な声に、はっと身体を起こす


不味いと思った


こんな所誰かに見られたらと、気が気でなくなり

慌ててドクターの肩を揺すっては見たものの

「まだ朝でしょう」だの「後5分だの」まるで起きる気配もない


どころか、私が焦れているのを楽しんでいる雰囲気さえあって

その間にもグムの足跡は どんどんと近づいていた


「あれ、プリュム?」


顔を覗かせたグムが不思議そうに首を傾けたのも束の間で、すぐにいつもの調子を取り戻す


「早くドクターを起こしなよ? グムは朝ごはんの用意しちゃうから」

「あ、はい…。いえ、あの…何もは言わないのですか?」

「何って…? お寝坊さん?」

「それは…そうですね、おはようございます」

「はい、おそよー」


行ってしまった…


手をひらひらとさせながら、キッチンに歩いていくグム

残された私は、何処か釈然としない気持ちを抱えたまま、再びドクターの肩に手を掛ける


「起きているんでしょう、ドクター…」

「ふふっ。プリュムったら、あんなに慌てて何を恥ずかしがっていたの?」

「…」


その時、私は初めて、ドクターの布団を引っ剥がす勇気が持てていた



ーおしまいー




おまけの没シーン供養


ドクター「アンセルくんアンセルくん。アンセルくんは私の何処か好きなのかしら?」

アンセル「そんなの、私の言うこと全然聞いてくれない所とか、もう大嫌いですね」

ドクター「…好きな所聞いてるのに。どうしてそんな悲しいことを言うのよ」

アンセル「ほら、行きますよドクター」

ドクター「え、ちょっとアンセルくんってば、まってよ、まちなさいって」


プリュム「…あれは?」

フェン 「ああ、あれですか? それ以外は大好きだって言ってるんですよ」

プリュム「難しいものですね。嫌われたりしそうにも思いますが」

フェン 「分かっててやってますからね、あれで」



ドクター「フェンっ、ねぇフェンったら。フェンは私のどこか好きなの?」

フェン 「笑顔でしょうか? 泣き顔もいいですね。ふくれっ面も魅力的ですし。この間アーミヤさんから逃げてたのも可愛かったです

     ジェシカに責任を押し付けといて知らん顔する所とか

     毎朝カーディと抱き合ってる所も、見ているだけでドキドキしてしまいますね、それから…」


ドクター「ま、まって、フェン。なに? ちょっと怖いわよ、愛が重たいのだわ」

フェン 「嫌だなぁ。コレくらい抱えてくれない寂しいじゃないですかぁ。重いだなんて言わないでくださいよ」

ドクター「え、あ、うん…ごめんなさい。え、でも…やっぱり重くはない?」

フェン 「普通ですって、みんなコレくらい考えてますって」

ドクター「そう、かしら…?」


プリュム「…あれは?」

アンセル「病気です、放っておいて下さい。プリュムもああはならないように」

プリュム「それは…はい」




グム  「せめてさぁ…。もっかい食べたいとかないの?」

プリュム「では、これと同じものを」

グム  「んあっ!? そんな事言うと毎日コレだよっ、飽きたっても聞いて上げないんだからっ」

ドクター「止めなさいよ、グム。そんな事しても、ルーチンワークの質が上がるだけなのだわ

     というか、私がごめんなのよ」

プリュム「嘘は…言っていないのですが」

グム  「じゃあ、昨日のやつにするって言ったら?」

プリュム「構いませんよ? 十二分に美味しかったですし」

グム  「もうっ、ありがとうっ! でもっちがうっ!」

プリュム「むぅ…」



後書き

最後までご覧いただきありがとうございました

前日:



翌日:


このSSへの評価

このSSへの応援

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください