2023-03-01 19:53:18 更新

概要

艦これの世界軸で、転生物を本気で書こうとおもったので書いてます。ブラック鎮守府ものです。


前書き

終わり良ければ総て良し!の精神で書いているので、かなりシリアスなお話になりますが、最後は全員幸せになると思うのでよろしくお願いします。
百年振りにこういうの書くので、至らぬところは多いと思いますがどうぞお付き合いください。



艦隊これくしょん、艦これ。


それは、今では一躍有名になった大人気ソーシャルゲームの名称だ。


それに登場するキャラクター、加賀


かの有名な真珠湾攻撃にも参加した、日本空母である。


その彼女が、俺の目の前に立っていた。


「あなたが必要なんです。無理なお願いとはわかっています、ですが…どうかお願いします」


そして、彼女は俺に対して頭を下げた。






〈第一節〉転生


俺は、いわゆる社会のゴミである。


特にやりたいことも無く、やるべき使命も見当たらず、気づけば大人になっていた。


そんな男がまともに就職できるはずもなく、底辺ブラックで肉体を壊す日々。


しかし、そんな俺にも一つだけ楽しみがあった。


それが、艦これをすることである。


長年プレイしていたのもあって、ゲームのキャラクターたちへの愛着も大きくある。


どうも現実と二次元の区別はしてしまうたちで、嫁だとかとは呼べないが間違いなく全員のことが好きだ。


艦これは、実在した艦船を美少女に擬人化し、その少女たちと共に戦うゲームである。


そして、今日も今日とて自宅に帰って、艦これをしようと思た矢先の出来事であった。


自宅の扉を開けると、そこには加賀がいた。


といっても、ゲームの画面などでは無く3Dで存在していたのである。


そして、冒頭に戻る。


正直、興奮と困惑で頭がパンクしそうである。


ずっとこがれてきた存在が三次元という触れ合える場所にいる事実。


しかし、その喜びを表情に出すには、あまりにも加賀の表情が曇っていた。


「えっと、あの、日本語分かりますか…?」


結果、俺はとんでもなく頓珍漢な質問を投げかけてしまったのであった。



ー閑話休題ー



とりあえず、加賀さんにお茶を出し居間で待機してもらい、自分は荷物を片付けるために奥の部屋に隠れる。


俺はどうするべきだろうか?ツイッターにでもかき込むか?でも、それこそ大騒ぎになったら加賀さんと話が出来なくなるかもしれない。


というか、そもそも女性を自宅に招いたことなんてある訳も無く、どうすればいいのかわからなかった。


俺にある知識と言ったら、ハーレムアニメなどで学んだすけべぇなハプニングの起こしかたくらいである。


とりあえず、無人の部屋で大きく深呼吸。


上着を脱いで、俺は居間に戻った。


居間には、姿勢よく正座した加賀さんが座っている。


駄目だ、もう自分でも状況がよくわからんくなって来た。寝ようかしら。


「突然押し掛けてしまい、申し訳ありませんでした。しかし、ここで待つのが一番確実だと思って待たせていただきました」


仰々しい敬語に、思わず面食らう。


それにしたって、どういうわけだろうか?彼女の言い分だと、まるで…


「俺に用があるんですか?」


「はい、私は貴方を仲間のもとに連れて行くために来ました」


丁寧な口調で誘拐宣言をされてしまった。


仮にも俺だって男なので、そう易々と連れていかれる気は無いが…艦娘の設定を考えるに、恐らく俺では抵抗できないか。


とりあえず、今は状況把握に勤しむべきであろう。


「えっと、貴方は加賀さんで間違いないですよね?」


「私のことを存じているのですね、流石は精霊適正者です」


褒められた…のだろうが、生憎なんの話をしているのか皆目見当がつかない。


もしかして、夢でも見ているのだろうか。もう寝ようかなやっぱ。


「信じていただけるかはわかりませんが、私はこことは別の世界から来ました。貴方を私たちの世界に招くために」


加賀さんが軽く俯きながら言う。


正直、信じる以外に選択肢はそもそもないのだが、触れるのはよしておこう。


ここまで凝っていて、実はコスプレイヤーさんでしたとかってことも無いであろうし。


「私の世界では、提督適正者がもう残っておらず…艦娘のみで言うのは憚られますが、非人道的な行為をする提督が増えているのです…」


その言葉を聞いて、俺は脳裏にやっと一つの答えを見つけ出した。


そう、これは異世界転生の導入だ。


叶うまいと思いながらも、ずっと夢に見続けてきた異世界転生。


その機会が俺の身にもやって来たのだ。


「そこで、私は妖精さんの力を借りて一日だけ世界を渡り、貴方のもとに訪ねたのです」


心臓の鼓動が高鳴る。


夢にまで見た、異世界への誘い。


「もちろん、貴方の意思は尊重させていただきます。私も尽くしますが、命の保証もできなければ、この世界に戻れる可能性は限りなく低いです」


バツの悪そうに語る、学生時代から見てきたキャラクター。


「ですが、私たちにはあなたが必要なんです、どうか…どうかお願いします」


「少し、考えさせてほしい」


夢にまで見た光景だというのに…


俺は首を縦に振れなかった。


そして、その時に見た加賀さんの表情が酷く俺の目にこびりついた。



ー閑話休題ー



俺は、加賀さんを居間に残したまま、奥の部屋に戻っていた。


艦これは、ゲームだ。


画面の中の少女たちは、俺がどんな風貌をしていても文句なんて言わない。


それどころか、そもそもやり取りが出来ない。


だが、異世界では違う。


考えてしまった、もし俺の大好きなキャラクターたちに否定されたら?


そもそも、俺なんかが言ったところで無駄なんじゃないか?と。


考えだしたら止まらない、自分の失敗だとか後悔が俺の思考を肯定してくる。


どうせ異世界に行って後悔するくらいなら、今加賀さんにだけ失望された方が幾分かマシだ。


ふと、さっきの彼女の表情を思い出してしまった。


思いつめた顔、あんな表情を生き物は出来るのだと、初めて知った。


もう一度、彼女にあんな顔をさせるのか?と、自分の良心が問い詰めてくる。


だが、彼女の願いを叶えたところで俺には家族がいる。


家族以外にも、この世界に関係を持った人たちがいる。


それを切り捨てるのか?


頭が爆発しそうだった。


外の空気でも吸うとしよう、このままじゃ頭がおかしくなる。


そう思い、居間に戻る。


加賀さんとは視線を合わせないようにしよう、なんて考えた時だった。


居間にはこの世の物とは思えない、扉のようなゲートのようなものが出来ていた。


SAN値チェックをしないで済んだのは、そこに入ろうとする加賀さんが俺に笑顔を向けていたからだった。


「申し訳ありません、無言で去るのも失礼かと思いましたがやはり無理な話だったと思い直しました。どうか今日のことは夢だったとでも思っていただけると幸いです」


その笑顔は、さっきの悲痛な表情よりも、よっぽど心が苦しくなるものだった。


自分もきっと限界で、どうしようもなくて異世界なんていう、手段に頼っただろうに。


彼女は、どこまでも俺のために行動してくれている。


空母加賀は、俺が初めてゲーム内で出来る、いわゆるガチャで狙って引いたキャラだ。


その性能はさることながら、クールないで立ちに惹かれた。


ゲーム内とはいえ、指輪すら渡した程に、思い入れのあるキャラだ。


その彼女が、俺を必要だと言ってくれた。


俺のくだらない人生を、彩ってくれた彼女らに今報わずにいつ報うのだろうか。


気がつけば、足は動いていた。


「な、提督。これに入ったらっ」


これが、俺が人生で初めて提督と呼ばれた瞬間だった。






目が覚めれば、そこは獣人やエルフが闊歩する…


というはずもなく、俺が降り立ったのはなんてことない廃倉庫だった。


目の前には、驚いた顔をして固まっている加賀さんがいる。


ゲームではこんな表情は実装されてなかったな。なんてしょうもない思考が頭をよぎる。


「貴方は…自分がなにをしたのかわかっているの…?」


驚きのせいで敬語が外れ、聞きなれた口調になっている。


まぁ、一方的に聞きなれているだけなので、ストーカーにでもなった気分だが。


「だって、加賀さんが俺のこと必要だって言ったんじゃないですか」


「それはそうだけれども、貴方はもう…あの世界に…」


「やっちまったことはもう仕方ないですよ、ただ俺はこの世界のことをなにも知らないので、教えてくれると嬉しいです」


先ほどまでよりかはマシだが、悲観的な表情をしている加賀さんに笑顔で応える。


良くも悪くも、自分の意思で来たのだから、今更彼女を責める気は更々ない。


「えと、なにから説明しましょうか…まず、貴方には提督と言われる、私たちの指揮官の立場についていただきます」


加賀さんの説明に静かに耳を傾ける。


端的に言ってしまえば、今後は提督として鎮守府で職務に当たってもらうことになるとのことだ。


職務内容に関しては、加賀さんが手取り足取り教えてくれるらしい。


「それで、貴方に着任していただく鎮守府なのですが……」


説明の終わり際、加賀さんが歯切れが悪そうに押し黙る。


彼女が横を向いたので、そちらに視線を向けるとそこには古ぼけた建物が何棟か並んでいた。


「すみません、提督不在の間は所属艦娘以外の鎮守内への侵入は禁止されていまして、このような風貌に…」


分かりやすくいうなれば、一昔前の学校という雰囲気だろうか。建物自体は立派であるが、荒れ放題になっている。


さらに、全体的に人気が無いどころか、幽霊屋敷のような雰囲気を漂わせている。


「結構、おおきいんですね…」


「はい、鎮守府と一言に言いましても、いくつかの施設が集まってできているので」


「ここの…指揮官?俺が?」


「そうなりますね」


想像していたよりも、現実味のない話に、思わず間抜けな声が出る。


部署の中でも下っ端の下っ端だった俺が、指揮官と言われても実感が一ミリもわかない。


まぁ、現実味なんてものはここに来た時点で死に切っているのではあるが。


「そして、所属する艦娘も引き継ぎになるのですが…この鎮守府は前任の方が殺されているんです…」


「戦死したってことですか…?」


「いいえ、その…」


加賀さんが言い淀む。


どれほどえげつない死に方をしたのだろうか、それを自分も経験するのかもと考えると、初めて自分の行動の大胆さに気づかされた。


息を飲んで、続く言葉を待つ。


「前任の提督を殺したのは、艦娘なんです」


その言葉を聞いた瞬間、俺は目の前が真っ白になった。



ー閑話休題ー



さて、俺が今聞いたこの鎮守府の話を要約するとしよう。


この鎮守府はそれなりに歴史のある場所らしく、設備や配属されている艦娘はとても充実している。


いや、ここはしていたという方が正しいだろう。


前任の提督は、艦娘への態度がとても酷く、明らかに目に余る行動なども多々あったという。


しかし、前に加賀さんから聞かされていた通り、この世界では提督になれる人間。


すなわち、妖精の可視及びコミュニケーションが出来る人間が大幅に減っている。


原因としては、深海棲艦の知能の向上により、鎮守府が集中的に襲撃されてしまったからだそうだ。


また、その報道を規制できなかった結果、危険な職であるという認識が強まり、兵役を行っていない日本では、志願者すら少ないとのこと。


何故、こんな説明をしたかというと、上記の理由により大本営側も、誰かれ構わず採用するといったような形になっており、人格者のみを選抜出来ていないのである。


「そして、この鎮守府の前任提督は…あまり、艦娘の立場である私からは言いにくいのですが…」


「クズだったってわけですか」


「………」


加賀さんと話していて分かったのは、この世界では明らかに艦娘の立場が弱いということだ。


最初は、提督候補であるから丁寧に接してくれているのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。


艦これオタクとして、様々な二次創作を触ってきた身である俺には違和感で仕方無いが、これはそうであると納得するしかないであろう。


「それで、艦娘に殺されたっていうのは?」


「はい、前任の提督は彼女たちに非人道的な行為を繰り返しました。その結果、本鎮守府の赤城さんが提督を弓で射貫き、殺害しました」


自分の中で空想の存在でしかなかったものが、あまりにも生々しい物語を語るもので、頭が痛くなる。


非人道的行為なんてものを深堀する気も無いが、殺されるほどとはなにをしたのだろうか。


俺の世界では考えられない。


「とりあえず、最初は執務室に向かうとしましょう。それで一つだけお願いなのですが、絶対に私の傍を離れないことを約束してください」


加賀さんは俺の手を取り、強く言った。


その姿があまりにも真に迫っていて、異性と手を握るなんて経験を喜ぶ余裕は無かった。






古びた鍵を、加賀さんが明ける。


俺は舐めていたかもしれない、現実というものを。


視界に映ったのは、ぼろぼろの状態で倒れ込む、画面越しによく見た少女たちだった。


思わずそちらに向かおうとする俺を、加賀さんの手が引き留める。


彼女の表情もまた、怒気に満ちていて、噛みしめる唇からは血が出ていた。


「申し訳ありません提督、許可いただければ私が彼女たちをベッドに寝かせてから再度お入りいただくことも……」


「入渠は提督命令でしか出来ないんですよね?」


「あ、はい。その通りですが、一体どこでそんな知識を…」


「今はそんなことより早く執務室に行きましょう。彼女たちを一刻も早く入渠させないと」


加賀さんは俺の目を見て頷いてくれた。


鎮守府の中は、文字通り地獄だった。


足が竦んで動けなくなりそうだったが、加賀さんの力強い手が俺を導き続けてくれた。


「加賀さん…?その人は誰ですか?」


聞きなれない声が聞こえた。


声の主は、短い白髪で片目を隠した少女。


そう、浜風であった。


「申し訳ありません、浜風さん。今はまだ…」


「人間ですか…?」


その声は、酷く歪な声で一瞬人の声かどうかわからなかった。


厳密に言えば人の声では無いのだが、そんなことは今はどうでもいいであろう。


刹那、浜風さんが突撃してきた。


その速度は明らかに人間より早くて、俺は走馬灯まで見えた気がした。


しかし、直後には視界に浜風さんの姿は無く、加賀さんが俺の前に立っていた。


「申し訳ありません提督、すこし避難していてください」


鬼気迫る台詞に、一目散に後ろに走り出す。


男としてみっともないことは理解している。だが、相手は少女といえども戦闘少女。


あそこでかっこつけたところで、その場で死んではい、おしまい。ってなるのがオチだ。


加賀さんの心配とかはもう、してる余裕が無かった。


そもそも、仕事帰りでここに来たため、お腹も減れば睡魔も襲い始めている。


俺は、既にこの世界に来たことを後悔し始めていた。



ー閑話休題ー



どれくらい走っただろうか。


年甲斐もなく走ったせいもあってか、息が苦しい。


とりあえず、その場に座り込み呼吸を整える。


すると、すこし遠くから足音が聞こえた。


さっきの浜風さんの反応が頭に過ぎる。


あれは、俺を殺そうとしていたのだろうか?


自分が死にかけたことを、初めて自覚し体が竦む。


恐怖に支配された体は、とうに主導権を俺から奪い去っていた。


「ここにいたんですか、提督」


視界に映るのは、見覚えのある黒髪の女性。


「良かった、加賀さんも無事だったんですね」


加賀さんの無事と同時に、俺は自分自身の無事に安堵の息を吐いた。


「こちらです、着いてきてください」


そそくさと歩き出す加賀さんの後を追う。


彼女の服は少し破けていて、明らかに場に不相応な言葉とは理解しているが、かなりセクシーだ。


浜風さんを落ち着けるのにかなりの苦労をしたのだろう。


「さっきはありがとうございました、お陰で助かりました」


「いいえ、気にしないで」


加賀さんはこちらを見向きもせずに言う。


一体どうしたのだろうか、先ほどとまるで別人…


恐ろしい思考が頭をよぎる。


そして、俺の足は止まってしまった。それが愚策と気づいていたというのに、恐怖が歩を止めさせた。


「勘が良いのね、本当はもう少し目立たない場所が良かったのだけれど」


視界にいた加賀さんが消える。


瞬間、鈍痛が全身に響く。


俺の体は地面に組み付されていた。


痛い。


平凡な人生を送っていた俺にとって、こんな痛みは初めてだった。


我慢できるはずもなく、目から涙が溢れ出す。


痛みを口にして、少しでも軽減したいと思いはするが、背後にいる〈死〉という概念が、喉を上手く動かさせてくれない。


「赤城さんが身を挺してまで、この静寂をくれたの。だから、邪魔を…


言葉が途中で止まった。


そして、俺の上にいた加賀さんの重さと気配が消える。


俺の視界の奥には、弓を構えた加賀さんがいた。


そして、その姿を隠すように鮮血が俺の視界を奪う。


「提督、ご無事ですかっ」


俺のよく知る加賀さんが、俺のもとに駆け寄ってくる。


振り返るのが怖い。


「こ、ころしたのか…?」


「腕を射抜いただけです、この程度では艦娘は死にません」


恐る恐る後ろを向くと、肩を抑えた加賀さんの姿があった。


「邪魔をしないで欲しいものね、私たちはこれ以上を求めない。誰からも酷い思いをしないで済む、この静寂が欲しいだけ」


「それなら言葉で伝えて欲しいものね。貴方のやり方は間違っているわ」


「綺麗ごとを言うなッ」


一瞬だった。


奥から突っ込んできた加賀さんを、目の前の加賀さんが組み伏す。


「私の練度は80、貴方では敵わない」


組み伏せられる加賀さんは、俺を見ていた。


殺意に満ちた顔で、俺の目を見ていた。


「お願い、私の命はどうでもいい。これ以上あの子たちを傷つけないで、私はどんな仕打ちでも受けるわ…だから…」


殺意に満ちた目は、いつしか迷子の子供のように弱々しいものになっていて…


「お願いだから、赤城さんが生きていた意味消さ無いで…」


懇願する声は、今にも消え入りそうなか弱いものだった。



ー閑話休題ー



加賀さんは加賀さんを気絶させ、その場に寝かせた。


同じ顔の二人だもので、もう自分でも何が何だか分からなくなって来た。頭がおかしくなりそうだ。


「申し訳ありません、私がお傍を離れたせいで」


「いいですよ、俺が怖くて離れちゃったのが悪いんです。加賀さんは傍を離れるなって言ってくれてたのに」


「貴方は…不思議な人ですね」


「へ?」


「いえ、私のミスを叱咤することなく庇うような厚意まで。まるで私を人間のように思ってくれているようで」


この台詞で、色々と納得がいった。


この世界では、艦娘は人間といより兵器の認識なのだと。


いくつかの二次創作などでこういったものを読んできたが、実際に体感してみると絶望感が凄かった。


いや、もっとわかりやすく言おう。単純に胸糞が悪い。


「気にしないでください、俺はそういう風に思うのが普通だと考えているので」


「えっと、そうでしたか。わかりました」


加賀さんは少し困ったように納得してくれた。


そして、ようやく件の執務室に着いた。






執務室は片付いていた。


というか、そもそも物が無かった。


あるものといえば、脇に置かれている棚と、正面にある机と椅子である。


「なんていうか、質素ですね」


「そうですね、前任の提督が亡くなった際に、私物などは遺族の方が引き取られたはずですので」


遺族という言葉は、死亡という言葉よりも人が亡くなったことを痛感させる気がした。


一体、誰が悪いのだろうか。


そもそも、前任の提督はどうしてこんなことをしたのだろうか。


本筋からそれていく思考を、顔を振ることで隅に置く。


「とりあえず、入渠ですよね。資材などはどうなってるんですか?」


「それでしたら、こちらの資料に…って…どうして、こんなに…?」


驚いた様子の加賀さんの後ろから、ファイルのようなものを除く。


そこには、膨大な量の資源が記載されていた。


そして、俺はそれに既視感があった。


そう、ゲーム内で俺が集めた資源である。


まさか死ぬ気で回っていた7-4や3-2Bマスがこんなところで役に立つとは…


「申し訳ありません、恐らく大本営側の記載ミスだと思いますので、確認してきてもよろしいでしょうか?」


「えっと、俺も一緒に行った方が良いですかね…?その、一人はちょっと、まぁ、怖くて…」


顔が熱い。


この歳になって、一人が怖いなんて台詞を吐く日が来ようとは…


「それでしたら問題ありません、執務室は提督が許可した艦娘しか出入りが出来ませんので」


「あ、そうなんですね。だったら確認お願いします」


「行って参ります」


足早に執務室を出ていく加賀さんを見送る。


大きく息を吐き、立派な椅子に体を預ける。


体感的には、夢を見ているような気分だった。


しかし、さっきの痛みは本物だった。


机の引き出しを開けてみる。


中身はもちろん空だった。


体の力が抜ける。


そして、俺の意識は完全に失われた。






目が覚める。


座って寝てしまったらしく、体が痛い。


左上を見て時計を確認しようとするが、そこには時計は無く…


加賀さんがこちらを向いて立っていた。


「あばをえべ!?」


「おはようございます、提督。提督の疲労に気づかず、申し訳ありませんでした」


「いや、俺こそ寝ちゃってごめんなさい…っていうか、ずっと待ってたんですか…?」


窓からは日が差し込んでおり、明らかに長い時間が経過したことがわかる。


「はい、艦娘は睡眠を必須としていませんので」


絶句する。


そして、痛感する。


彼女たちが自分とは違う存在なのだと。


それが、俺には少し悲しかった。


「それで、報告なのですが資材の量に間違いはない上、不安に思い大本営に確認を取ったのですが…不備はないとのことです」


不思議そうな顔で頬を掻きながら、加賀さんはそう報告してくれた。


小声で、日本のどこにこれほどの資源が…なんて言っていたが、聞こえなかったことにした。


「待たせておいて申し訳ないんですけど、入渠指示ってのはどうすればいいんですかね?」


「はい、それでしたらこちらの書類に艦娘の名前と印鑑を頂ければ」


「すぐにやります、バケツ…ってあります?」


「え、バケツでしたら恐らく掃除用具入れの方にあると思いますが…?」


「あ、えっと、高速修復材です」


「そちらも大本営から支給されています。使用してくださるのですか?」


「五人ずつしか入れないんですし、早くやっちゃった方が良いかなと思いまして」


「五人ずつしか…?」


「あ、もしかして…何人でも入居できる感じですか?」


「全員同時にとはいきませんが、ある程度の人数は可能かと」


「そうでしたか、とりあえず高速修復材は使いましょう。ここにチェックいれればいいんですかね?」


「はい、それで問題ないです」


会話を切り、資材情報のファイルに一緒にファイリングされていた艦娘の名簿を確認する。


そして、書類に書こうと意気込んだが、ペンを持っていない。


「その、加賀さんペン持ってます?」


「こちらをお使い下さい」


「ありがとうございます」


ペンを受け取り、名前を書く。


人に見られながら文字を書くというのは、なんだかちょっとやりづらくて変に丁寧に書いてしまう。


「その、提督。僭越ながら質問させていただいてもよろしいでしょうか?」


「構わないですよ」


「提督は鎮守府のことをどちらで知ったのでしょうか?妖精さんは提督が元いた世界には艦娘や深海棲艦はいないと聞いていたのですが…」


返答に困る。


ゲームをプレイしていたんですよ!とは言いにくい。


若干心苦しいが、ここは嘘で切り抜けるとしよう。


「妖精さんとあったことがあるんです、あっちの世界で。それで別世界の話ってのを聞いたことがありまして」


「なるほど、それで私の名前などもご存じだったんですね」


「ははは、実はそうなんですよ…」


罪悪感を文字を書くことに集中して誤魔化す。


そして、一抹の不安が芽生えた。


「あの、もし入渠指示を出して全員が本気で襲い掛かってきたら…加賀さん対処できないですよね…?」


「その点は安心してください。提督の命に従い入渠した時点で、提督に命令権が与えられますので自衛は出来るはずです。入渠を拒む艦娘も現れるかもしれませんが…」


「命令可能な艦娘で対処できるってことですね、そんな手段を取らないで済むことを祈りますが…」


命令権、あっちの世界では色々な創作で見てきた。


令呪だったり、ギアスだったり、昔は手に入れた時を想像してエッチなことを考えていたりもしたが、いざ実際に手に入れるとそんな勇気は俺にはないらしい。


そして、ふと疑問が生まれた。


「でも、そんなものがあるならどうしてここの提督は艦娘に殺されたんです?」


「演習の際に別の鎮守府の赤城さん同士で入れ替わり、提督の殺害に及んだため、命令権が機能しなかったんです」


「その、赤城さんはどうなったんですか…?」


「解体されました。二人とも」


息を飲む。


解体、それは即ち処刑だ。


そう、ここはそういった出来事がまかり通る世界なのだ。


しかし、ここで一つ疑問が浮かんだ。


「あの、加賀さんは一体どこでその話を…?話せない事情とかあるなら無理には聞かないですけど、よければ教えてくれたら嬉しいです」


「それに関しては凄く簡単な話ですよ、私がその共謀した赤城さんの鎮守府に所属していた加賀であるからです」


やらかした。と思った。


完全に地雷を踏みぬいたという自覚もあれば、それを悟ったうえで気の利いた言葉を考えられるほどの甲斐性は俺にはなかった。


しばしの沈黙の後、加賀さんが続ける。


「私の所属していた鎮守府は規律を重んじた、とても厳しいところでした。それ故に、赤城さんはこの鎮守府の話を聞いた時に、何かできることは無いかと考えたのだと思います」


淡々と続ける加賀さんの表情は変わらない。


これはあくまでゲーム知識であり、実際のところは分からないが、赤城と加賀の関係性というのはとても強い絆で結ばれているはずだ。


「私は事の顛末を聞かされた時、赤城さんが救おうとしたこの鎮守府を、私が亡き彼女のためにどうにかせねばと考えました」


その表情に色は無く、まるで機械のようだった。


妙な悪寒が背中を走る。


「それで、今回特別に任を受け、提督候補の捜索及び鎮守府の立て直しを許可いただけました。もちろん、それなりの戦果の報酬として」


目の前にいるのは、間違いなく俺と年はそう遠くない少女だった。


女性というにはあどけなく、しかし女の子というには大人びている。そんな一人の少女。


だが、その背後に大きな大きな闇を見た気がした。


情けないことに、それが俺には怖かった。


「ですから、提督には本当に感謝しているんです。貴方がいなければ私は自分の使命の足掛かりすら得られなかった」


「悲しくないんですか…?辛く…ないんですか…?」


だから、俺がこんな無意味な質問をしたのは許して欲しいと思う。


俺の質問に、加賀さんは驚いたように一瞬固まる。


そして、瞳から涙が溢れ出した。


「悲しくないわけ……ないじゃないですか…」


最低だと思う。


でも、静かに泣いている彼女の姿はどこまでも美しくて。


どこまでも、人だった。


そして、その姿に…


俺は安心感を得てしまった。



ー閑話休題ー



不躾な質問の謝罪をし、再度今後の方針の話に戻る。


とりあえず、全艦娘の入渠許可書を書き終え、館内アナウンスで連絡することにした。


加賀さんは直接声を掛けて恩を売るのも良いと言ってくれたが、名前を書いて判を押した程度のことで恩を売るというのも気が引けた。


マイクテス、マイクテスなんて言いたくなるが今はやめておくとしよう。


『鎮守府内の全艦娘の入渠許可を出しました、損傷のある艦娘は入渠をお願いします』


自分の声が館内に響き渡るのは、若干気恥ずかしいが慣れるしかないだろう。


「提督としての初仕事、お疲れ様です」


「この程度で初仕事っていうには大袈裟な気もしますけどね」


「いえいえ、これで正式に貴方は私の提督です。どうぞ敬語は外してください」


「正式にって言ってもまだまだ加賀さんに教わらないといけないことばかりですから、そう簡単には外せませんよ」


「しかし、上官に敬語を使われてしまってはこちらの立場がありません。どうぞ、ご検討の程をお願いしたいです」


「だったら、加賀さんも外してください。そうすればお互い様ってことで解決ですよ」


「それが命令でしたら、以後そうします」


「あー、えっと、命令というかお願いなんですけど…」


「お願い?」


加賀さんは可愛らしく首を傾ける。


後ろ髪を掻きながら考える。


命令とお願いの違いというのは、どういった風に説明すればいいのだろうか?


「その、端的に言えば拒否権のある命令って言えばいいのかな…加賀さんが従うかは自分で決めて欲しいっていうか…」


「提督がそういうのなら、私は私の判断で敬語を外すわ。すぐにとはいかないけれど」


「俺もそうさせて…そう出来るよう努めるよ」


思わず出てしまった敬語に、頬を掻きながら誤魔化す。


加賀さんは優しく微笑んでくれた。


これから始まる提督生活というのは、きっと楽なことばかりではないだろう。


そもそも、同じ屋根の下に俺を殺そうとする輩が多くいる時点で前途多難である。


ただ、加賀さんの笑顔を見て、少しはこの世界に来てよかったかもなと思えた。





同日、しばらく後。


加賀さんがおもむろに執務室の棚を漁りだしたと思ったら、隠し通路が現れた。


近未来的なギミックに口を開けていると、加賀さんが悪戯っぽい笑顔で


「素直なリアクションは、嬉しいものね」


と言われてしまった。


不覚にも可愛かったので、許すとしよう。


そこから本館を出て、案内されたのはもう一つの建物だった。


そこまで大きな建物では無く、暖簾には居酒屋鳳翔と書かれている。


俺はここをよく知っている。


「あら?鎮守府内に居酒屋があることには驚いてくれないのね。少し残念です」


「え、あ…驚きすぎて、感情がついてきていないって感じ?」


「そうは見えないけれど。とりあえず、私が中を確認してくるから、ここで待っててください」


そう言って、加賀さんは暖簾を超えて店内に入っていった。


中から話声が聞こえたかと思うと、加賀さんが帰ってきて俺に入るよう促した。


「あら、こんな姿でごめんなさい。お初にお目にかかります、私は航空母艦鳳翔と申します。不束ものですが、よろしくお願いします」


「おお、えっと、こちらこそよろしくお願いいたします」


突然飛んできた礼儀正しい挨拶に、思わず深々と頭を下げて応じてしまう。


店内のカウンターに立っていたのは、鳳翔さんだった。


知ってるのはもちろんゲームキャラとしてなので、会うのは初めてである。


「あの、鳳翔さんは俺っていうか、人間に敵対意識とか無いんですか?」


「ええ、私はそもそもあまり戦力として期待されていなくて、ここで留守を守り続けていただけなので」


「留守を守るってのは、その、ずっとお一人でですか?」


「はい、鎮守府に娯楽施設を建造するのは義務ですが、使用頻度などに関する規定はありませんからね。ここでは娯楽などを提督が艦娘に禁止していたので」


太陽のように明るい笑顔が、今の俺にはかえって気味が悪かった。


それだけの仕打ちを受けておいて、どうしてそんなに笑っていられるのだろうか?


「でも、折角初めてのお客さんが来たんですから、私も腕が鳴ります!なんでも注文してください!」


鳳翔さんがそう言うと、加賀さんがそっと俺にメニューを渡してくれる。


そして、ゆっくりと頷いてくれた。


今の俺に出来ることは、彼女にここにいる意味を与えることくらいだと噛みしめ、おにぎりを注文する。


「わかりました!早速作ってきますね!」


元気に鳳翔さんがキッチンに戻っていくのを見送り、頭を抱える。


「大丈夫ですか?」


「俺は大丈夫だよ、ただこれがデフォルトの世界観っていうのは…いくらなんでも…」


俺は生粋の艦これオタクである。


すなわち、艦娘が大好きな気持ちの悪いやつなわけで、性癖とかを抜きにすれば基本的には艦娘には幸せになって欲しいと願っている。


それがどうだ、この世界は。


想像を絶するような世界設定、俺一人がどうこうできるような問題じゃない。


「どうか勘違いしないで欲しいのだけれど、娯楽をしっかり取り入れている鎮守府も多くある。ここは…違うようだけれど」


「そのことが知れただけで大分救われる、俺はもっともっと現状を把握しないといけなさそうだな」


最初に出された茶を飲みながら、大きなため息をついた。






おにぎりで腹を満たし、店を後にする。


鳳翔さんが最後に「また来てくださいね」と寂しそうな顔で言っていたのが、酷く胸に刺さった。


そして、俺と加賀さんは工廠に向かっていた。


理由は単純明快で、


「提督の身を守れる艦娘は多い方が良いと思います、資材に余裕もありますし建造で偏見の育っていない艦娘を増やすのはどうでしょうか?」


という加賀さんの提案に俺が乗ったからだ。


この世界での建造がどういうものなのか興味はあったので、かなり乗り気だ。


まぁ、まさか工事現場で活躍する車たちがガシャガシャするわけではないだろう。


加賀さんの案内でしばらく歩くと、前の世界で写真で見た工廠と同じようなものに着いた。


似てはいるが、規模が小さい。


扱う存在の大きさを考えれば、当たり前のことではあるが。


「あ、加賀さ…ん?えっと、どこの加賀さんでしょうか、それに…あなたは…?」


工廠に入ると、かなり汚れてはいるが、見覚えのあるキャラクターがいた。


「混乱させてしまってごめんなさいね、私はここの立て直しに派遣された加賀。そして、この方がこの鎮守府に着任された提督よ」


「へ?提督…?あ、えっと、こんな姿で申し訳ありません。私は工廠を任されている明石というものです」


勢いよく挨拶をしてくれた明石は、俺に向かって敬礼をしている。


反射的に敬礼を返しそうになるが、意味もよくわかってないのでとりあえず落ち着く。


「こちらこそ、その、よろしくお願いします」


丁寧に頭を下げて挨拶を返す。


敬礼してるやつと頭を下げている奴という、異文化交流のような構図になってしまった。


軽く咳ばらいをし、明石さんに向き直る。


若干もじもじしている様子で、彼女もやはり人間に対して不和を抱いてるのだろうと推測できる。


とりあえず、警戒心を解くところから頑張ってみよう。


「えっと、明石さんは入渠とかしなくて平気なんですか?その、自発的に避けてたら申し訳ないんですけど」


どうも腰が低くなってしまう。


異性との会話なんてのは前の世界でもほぼほぼしてなかったから仕方ない。なんて脳内で言い訳をする。


「あ、その、私は汚れてるだけで、損傷はほぼないので、えっと、他の子に譲ってあげた方が、いいかなって」


えへへ、なんて言って頬を掻く明石さん。不覚にも可愛いとか思ってしまったが、これじゃ目標を一ミリも達成できてない。


「そうだったんですね、その、これから俺が提督をしていくんですけど、なんか要望とかそういうのあります?」


「へ?」


本気で驚いたような声、その反応に背中を冷たい汗が走る。


なにかミスっただろうか、目の前で考え込んでしまった明石さんに思わず言葉を重ねそうになる。


そもそも、警戒心を解く方法が物を与えるくらいしか思いつかない俺は、救いようがないかもしれない。


「その、もし良ければ、工具を新調いただけたら、その、嬉しいです」


そう言って、明石さんはボロボロの工具を見せてくれた。


職人の工具には、血や汗に涙といったものが沁み込むというが、そのレベルじゃない。


壊れかけのパーツを継ぎ接ぎ、どうにか使えるようにした、といったような感じだ。


所々から感じ取れる、ここの待遇の悪さに頭が痛くなる。


「それくらいならすぐにでも、執務室に戻り次第注文しときますね」


「えっと、その、ありがとうございます!」


明石さんの笑顔に心が痛くなる。


俺は当然のことをしただけで、感謝されるようなことをしているわけじゃないというのに。


「提督、本題の方に入ったらどうでしょうか?」


「あ、そうだった。明石さん、建造をお願いしたいんですけど、今って可能ですか?」


加賀さんに諭され、明石さんに質問をする。


明石さんは「少し待ってくださいね」と言って工廠の奥に消えた。


明石さんの背を見送り、加賀さんに視線を向ける。


「どうかした?」


「いや、特になんでもないけど。別世界に来たんだなって実感が沸き始めて」


この世界に来てから、約半日の時間が過ぎていた。


ここまでくると、徐々に思考も落ち着いてくるもので、どうしても、もう二度と会えない人などがいる事実に気づいてしまう。


別に俺の家族は毒親でもなければ、一般的な家庭であり、きっと俺がいなくなれば心配するであろう。


そこまで考えて、ポケットに入っているスマートフォンの存在に気づいた。


慌てて電源を入れてみる。


バッテリーは満タンであったが、残念なことに圏外になってしまっている。


「それは?」


ふいに俺が取り出したスマホに、加賀さんがきょとんとした顔で訪ねてくる。


「これは、俺の世界で主流の電話だよ。いろいろできるんだけど…


そこまで言って、俺は即座にスマホの電源を切った。


そう、俺は生粋のオタクである。


であるため、メモ帳などに様々な艦これの攻略をメモしてあるのである。


異世界はスマートフォンと共になんて、どこかで聞き覚えのあるフレーズが脳内に過ぎった。


「えと、あの、お話し中すみません。大丈夫ですか…?」


加賀さんと中途半端な状態で停止していると、偉く腰を低くした明石さんが声を掛けてきた。


その予防線の張り方が、まるで自分を見ているような気がして少し後頭部が痒くなる。


「あ、大丈夫ですよ。建造の方、出来そうですか?」


「は、はい。少し時間はかかりますが、出来そうです」


「では、一人お願いします。終わったら執務室に来るようお伝えください」


「わ、わかりました!」


明石さんに建造依頼をし、工廠を後にする。


加賀さんは終始、俺が再度ポケットに入れてしまったスマホが気になって仕方ないようで、ずっとそっちを見ていた。



ー閑話休題ー



工廠を後にした俺たちは、人通りを避けて、執務室に戻ってきていた。


俺は入渠ドッグに向かおうとしたのだが、『完治した艦娘に複数人でかかられては、命令権があれど不意打ちなどがあるやもしれないわ』と加賀さんに諭されて戻ってくることにした。


短時間で色々なことがあった。


体感的にはもう三日ほど経過した感じではあるが、実際は睡眠時間含めて十五時間がいいところである。


「提督、そろそろ疲れたんじゃない?一度鎮守府の外で休憩したらどうかしら」


不意に加賀さんから魅力的な提案が出てくる。


「いや、やめとくよ。心配してくれてありがとう、その気遣いだけで十分休まる」


少しばかり格好をつけて誘いを断る。


実際には、単純にここから一度出てしまったら、もう戻ってくる度胸が出ないような気がするからでしかない。


俺は主人公でもなければ、ヒーローでもない。ただの灰被りすらしなかった一般人だ。


今だって震える足を強引に押さえつけている。


だから、目を背けてはいけないのだ。


それに、俺なんかよりよっぽど、ここにいる艦娘たちの方が…


瞬間、耳をつんざくような甲高い音が部屋に響いた。


「…ッ!?」


声にならないような音が口から漏れ出す。


「そんな、いくらなんでも早すぎる」


焦ったような声に顔を向けてみれば、加賀さんが怒っているような、悔しがっているような表情を浮かべている。


「提督、敵深海棲艦の攻撃です。私に出撃命令を」


その一言で、俺にはもう、足の震えを抑える力すら、失われていた。






〈第二節〉敵襲


「私に出撃命令をお願いします」


鬼気迫る表情で言われた言葉に、思わず表情が強張る。


ここで彼女に出撃命令を出すというのは、死地に俺が彼女を送るということだ。


それで死んでしまったら?そもそも、こんな年端もいかぬ少女を何故戦地へ?


そんな思考が判断を鈍らせる。


しかし、こうしている間にも深海棲艦はこちらに接近している。


「………頼みます、加賀さん」


「ええ、任せなさい」


そう言って部屋を後にする彼女の後姿は、あまりにも勇ましかった。


でも、それ故に、俺には死を覚悟した背に見えてしまった。


一人になった部屋で頭を抱える。


俺に出来ることは無いのだろうか、どうしてこんなにも俺は無力なのだろうか。


この部屋を出て、今からでも彼女の背を追うべきだろうか。


そう考えた途端に、もう一人の彼女…あの加賀さんに向けられた殺意がひやりと背中を撫でる。


近くに加賀さんがいない俺は、きっと艦娘である彼女たちにとって、枝を折る程度の労力で亡き者に出来るのであろう。


扉の奥に、明確な死のイメージが広がる。


怖い、どうして俺が、そもそも俺には関係のない話じゃないか…


そんな、情けない言い訳が頭に過ぎる。


でも、過ごした時間は一日にも満たないのに、俺を必要だと言ってくれた彼女の言葉が呪いのように頭から離れない。


扉を開けたところで、お前が死ぬだけだぞなんて、幻聴が聞こえる。


ドアノブに手をかける。


呼吸が早くなる、目に力がこもり、涙が零れそうになる。


「死にたくねぇなぁ」


扉を開ける時に、震える口から出た言葉は、覚悟の言葉でもなく


そんな情けない願望だった。








後書き

モチベがあるので更新更新
ポンコツ提督の続きも書きたいんだけどね、下書き消えちゃったんだよね('ω')


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