電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです終 暁の水平線 前編
ずいぶん間が空いてしまいましたが、ようやく更新できました。後編は現在再編中ですので、もう少しだけお待ち下さい。
最終章です。
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トラック泊地鎮守府より緊急支援要請
大本営の方々、今日までの度重なる海域攻略の遅れにつきまして、秘書艦の電が提督に成り代わり深くお詫び申し上げます。
これ以上の作戦の遅延が許されないことは承知の上ではありますが、この度は誠にお聞き苦しいご報告をせざるを得ないことを慙愧の念に堪えません。
最初に申し上げますと、当鎮守府の提督はすでにこの世の人ではありません。
秘書艦であるこの電は鎮守府にてクーデターを起こし、その過程で提督を殺害するに至りました。
私こと電は鎮守府発足当初から秘書艦として提督と共に着任し、鎮守府運営に関して他の艦娘の誰よりも深く関わってまいりました。
鎮守府運営は当初こそ順調に行われていたものの、まもなく提督の資源管理の粗雑さ、艦種特性への無知などが露呈し始めます。
また、提督は運の要素にも恵まれず、建造、羅針盤において思うような結果が出ない苛立ちが鎮守府運営の杜撰さに反映されていたのだとも思います。
海域攻略はあっという間に滞り、鎮守府には運用されないまま放置された艦娘で溢れかえっておりました。
鎮守府運営の失敗した最も大きな原因として、提督の無計画な建造、開発、および度重なる大型艦建造の実施が挙げられます。
運に恵まれなかった提督は膨大な資源の消費に見合う成果を得ることができず、戦力増強どころか慢性的な資源の枯渇に悩まされることになりました。
提督は駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦を戦力として軽視し、戦艦、空母のみを主戦力として海域攻略に投じておりました。
そのため、出撃後の補給、修理にも大量の資源が必要となり、資源不足は海域攻略を遅らせた直接の原因となっておりました。
枯渇した資源の回復のため、提督は私の朋友である伊58を使った単艦オリョールクルージングを試みております。
この際、伊58は能率性向上のために提督から多量の神経系薬物を投与されており、その副作用と中毒症状に人格さえ変わるほど苦しんでおりました。
結果として伊58は後日、オリョールへの出撃中に薬物による精神錯乱が原因と思われる轟沈を遂げております。
資源確保の方策とはいえ、提督の伊58に対する非道な仕打ちは私にとって許しがたく、この頃から提督への強い不信感を抱くようになりました。
更に、任務報酬として着任していた赤城なる正規空母、これは尋常な艦娘ではありません。
提督の監督不行き届きを良いことに、その度し難い食欲を持って鎮守府の資源を横領し、時には妖精さんや艦娘まで捕食する始末。
加えて金剛型の霧島なる戦艦、表向きは淑女然としている彼女も、その本性は狂犬というに相応しい凶悪さを秘めておりました。
霧島は裏で姉妹であるはずの金剛に性的なものを含む暴力行為を度々行い、表では佳人を装って提督を誘惑、鎮守府の権力を握ろうとしておりました。
私はそれらの罪業に気付きつつも、赤城、霧島から脅迫を受けていたこともあり、提督に報告、相談する義務を怠り、何ら対策を講じずにおりました。
しかしながら、彼女たちの所業はあまりにも目に余るところがあり、鎮守府の風紀も悪化していく一方です。
提督の鎮守府運営力も一向に成長の兆しが見えず、もはや提督の指示に私が従い続けること自体が害悪であるようにさえ思えました。
そうした環境に日々鬱憤を募らせていた私は、「電号作戦」という名の計画を立案します。
私がその作戦によって達成しようとした目的は、赤城、霧島、提督の殺害、ひいては鎮守府そのものの破壊です。
簡単に作戦内容を説明致しますと、まずは鎮守府内に燻っている放置艦たちを焚き付けて、主力艦隊との大規模な内乱を引き起こします。
その混乱に乗じて、私が霧島、赤城、提督の3名を殺害するというものでした。
霧島に関しては、事の起きる前に赤城と内輪もめを起こさせることに成功し、その結果、霧島は赤城によって密かに捕食されました。
自身の策略の成功に気を良くした私は、更に電号作戦の実行に踏み切ります。
私は放置艦たちに「主力艦隊が放置艦の解体処分を提督に進言している」という流言を吹聴し、彼女たちを扇動して鎮守府への反乱を起こさせました。
混戦の中、私は戦闘によって負傷した赤城を背後から襲撃して亡き者にし、執務室に逃げ込んでいた提督も、部屋に押し入って射殺しております。
程なくして主力艦、放置艦の内戦は両者相討ちという形で収束し、鎮守府内の艦娘、その実に9割が大破という事態に見舞われております。
初めは作戦達成に感じ入っていた私ですが、今になって我に返り、強い後悔の念が押し寄せて来ております。
私の個人的な鬱憤によって引き起こされた拙い復讐に、これ程多くの艦娘を巻き込んでしまったことはもはや悔悟し切れることではありません。
当鎮守府では資源が欠乏し、また明石も未着任であるため、大破した戦艦1隻修理するのもままならぬほどです。
誠に身勝手なお願いではございますが、どうか鎮守府復興のための緊急支援を送っていただきたく存じます。
誤解を招かぬよう申しておきますが、この度の反乱は私こと電が1人で企てたことであり、責任の所在も私1人にあります。
他の艦娘たちはその被害者であり、私の口車に乗せられて行動しただけに過ぎません。
主力艦隊だけでなく、放置艦たちも私利私欲ではなく、仲間や鎮守府を守ろうとして戦ったという事実を心にお留めいただけるようお願い致します。
彼女たちが私の姦計に乗せられたのは、むしろその清廉潔白さによるものであり、今後も海域の平和のために大きく役立ってくれるかと思います。
提督を殺害し、赤城と霧島をも殺め、数十に及ぶ艦娘を大破させた罪、電の身1つで償いきれるものではないかもしれません。
しかしながら、他の艦娘に罪はないのです。重ねて申しますが、この反乱の責任は電1人にあり、彼女たちは私が利用しただけに過ぎません。
罪のない艦娘への処罰は正義に反し、戦力としても大きな損失を招くはずです。
私への処分はいかようなものでも謹んで受ける覚悟でございますので、どうか彼女たちの免責を、ならびに救援を何卒、何卒お願い致します。
トラック泊地鎮守府 秘書艦 暁型4番艦 電
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救援のための艦隊が鎮守府に来たのは、電号作戦が失敗に終わり、私が緊急文書を大本営に送った3日後の事でした。
空は青々と晴れ渡っていて、雲ひとつありません。燦々と輝く太陽がまるで私をあざ笑っているかのようでした。
私はドック脇の沿岸にて、救援艦隊を出迎えます。見慣れない艦娘たちがドックから上陸する中、1人の艦娘が私の元に訪れます。
長門「大本営より命を受け救援に参った、横須賀鎮守府第一艦隊の旗艦、長門だ。お前が件の電か?」
電「そうです。この度は当鎮守府の救援のためにご足労頂き、ありがとうなのです」
長門「挨拶はいい。大本営に送られてきたという緊急文書を私も目を通したが……あれは全て真実か?」
電「はい。私が提督、ひいては鎮守府に対するクーデターを画策し、その結果としてこのような現状を引き起こしています」
予想通り、80近い数の艦娘の修理は莫大な資源の消費を必要とし、私たちだけで全員を助けるのは到底不可能でした。
この反乱の責任全てを私が被り、大本営に救援を求める。全員を助けるためには、それが一番確実な方法でした。
電「処分はどのようなものでも受ける覚悟ですが、その前にみんなを助けていただきたいのです」
長門「今、明石をドックに行かせている。資源もかなりの量を持ってきた、そちらの心配はもうしなくていいだろう」
電「そうですか、よかった……」
安堵に胸を撫で下ろします。これで肩の荷がようやく1つ降りました。
大破艦の中には、どうにか応急処置だけはできたものの、これ以上放置すれば生死に関わるほどの深手を負っている艦娘もいます。
その子たちも、みんな助かる。それがわかっただけで、私には十分過ぎる救いでした。
長門「それより、自分の心配をするがいい。私は大本営と横須賀の提督より、ここで起こったという反乱の実態究明の任を授かっている」
長門「私がここで得た証言や事実により、お前の処分が決定される。私に対して嘘は許されない、いいな?」
電「ええ。全てをお話します。まずは何から聞きたいですか?」
長門「そうだな……その前に、まずは提督の遺体を検分後、引き取らせてもらう。遺体はどこに安置している?」
電「執務室です。といっても、もう荼毘に付してありますけど」
長門「なっ……貴様、勝手に火葬したのか!? ここの提督が華族の出であること、知らなかったわけではあるまい!」
長門「華族ともなれば、火葬するにしても様々なしきたりや慣習がある! それに習わず荼毘に付すなど、それだけで厳罰ものだぞ!」
電「だって、仕方がないじゃないですか。ご存じないかもしれませんが、死体というものは腐るんです。1日だけで随分と腐臭を放っていました」
電「あなた方の到着がいつになるのかもわかりませんし、防腐処理の準備もない以上、そうするしかなかったのです」
電「それとも、酒保の冷凍室にでも入れておけばよかったですか? そんなわけにもいかないでしょう」
長門「……お前、本当に暁型4番艦の電か?」
電「そうですけど、何か?」
長門「うちの鎮守府にも電はいるが……電はそんな目はしていない。お前の目はまるで……」
電「何です?」
一瞬、長門さんは私に恐怖したように見えました。彼女の瞳に映る私は、一体どれほど醜く映っているのでしょうか。
ただ、そこまで興味はありません。自分がすでにどうしようもないほど汚れていることくらい、わかっていますから。
長門「……うちにいる電を考える限り、今回の件はとても信じられるものではなかったが……お前の目を見て考えが変わった」
長門「文書の内容がどこまで真実かはまだ知らない。だが、お前が並の駆逐艦でないことだけはわかる」
電「そうですか……それはどうも。これで私の処分を提案するときに、良心が痛まなくて済むようになりましたね」
長門「……ふん、覚悟はできていると言っていたが、自分がどんな目に合わされるかわかっているのか?」
電「さあ。解体以上のことをされたいなら、どうぞ煮るなり焼くなりお好きに。もう私はやりたいことをやりました。この世でしたいことはありませんから」
長門「お前のやりたかったこととは何だ。全てをぶち壊しにすることか?」
電「ええ。提督も殺せて胸がスッとしました。ただ、みんなを巻き込んだことだけは後悔しています」
長門「これ程の事態を引き起こしておいて、仲間の身の心配か。まるで念仏さえ唱えれば極楽に行けると思っている偽善者だな」
電「ふふ、文書を読んでわからなかったんですか? そうです、私は偽善者なんですよ。自分さえ楽しければ、あとはどうでもいいんです」
長門「……大した器だな。ここまでの悪行を成し遂げ、なおかつそのような口を利ける艦娘など、どの鎮守府を探してもそうはいまい」
長門「処分されるには惜しい人材だ。こんな事をしでかさなければ、有能な艦娘として名を残していただろうに」
電「ぷっ……くす、くっくっく……面白い冗談ですね、それ」
長門「……確かに今のは冗談だ、半分はな。仮に有能でも、反乱を起こすような艦娘に席を用意する鎮守府はないだろうからな」
電「違いますよ。面白かったのは、もう半分の方です」
長門「なに?」
電「私が有能? 馬鹿馬鹿しい、私ほど無能な艦娘はいないでしょう」
吐き捨てるように私はその言葉を口にし、胸の内は苦々しさでいっぱいになりました。
有能だなんて、冗談でも言われたくない。それは私にとって侮辱以上の侮辱でした。
長門「私はそうは思わないがな。反乱を引き起こすには相応の力がいる。私怨とはいえ、それをやってのけたお前は……」
電「やめてください!」
思わず叫んでしまったことに、長門さんだけでなく私自身も驚きました。自分の大声で頭の中がガンガンします。
私はむしろ、自分の罪を糾弾し、責めてほしかったのです。そうでもしてもらわないと、この自己嫌悪からは逃れられないでしょう。
電「……すみません、今は後悔してることなのです。そういう話はやめてくれませんか」
長門「……そうか。なら、もう言うまい。ここからはお前を軍規違反の戦犯として扱おう」
電「ええ、そのほうが気が楽です」
私のやったことは全部失敗しました。こんなはずじゃなかった。無能という言葉は、結局は私へと返ってきたのです。
鎮守府を今より良くしようとしただけだったのに、そのために汚れ役を引き受ける覚悟もあったのに、そんな事では足りませんでした。
足りなかったのは私の力。もっと私に勇気があれば、もっと早くから行動を起こしていれば、こんな結果にはならなかったのに。
全ては遅すぎたのです。私という無能な秘書艦は何もかも台無しにして、今はその責任を果たすためにここにいるのです。
明石「あのーお取り込み中すみません。ここの艦娘の修理についてなんですけど」
長門「明石か。ドックの様子はどうだ?」
明石「いやあ、酷いもんですよ。まるで大破艦の魚市場です。よっぽど激しい戦闘が行われたんでしょうね」
明石「特に大和さんと扶桑さんの損傷が大きくて、修理ができそうにないんですよ」
電「そ……そんな! 助からないんですか!? お願いです、みんなの命だけは助けてください!」
顔から血の気が引いていきます。誰かが犠牲になるのであれば、ここまでした意味がなくなってしまいます。
明石「ああ、いえ。そういうことじゃなくてね、単に持ってきた資源が足りそうにないってだけで」
長門「なんだ、あの量でも足りないのか? 困ったものだな……」
明石「大和さんの修理は相当な量の鋼材を持って行きますからねー。それで、資源の追加を要請してもらいたいんですけど」
長門「わかった。提督に連絡しておく」
電「……2人は助かるんですね?」
明石「もちろん。他に損傷の大きい方は隼鷹さんや足柄さんですけど、そっちも命に別状はありません」
電「そうですか……ありがとうございます」
長門「お前に礼を言われる筋合いはない。同じ艦娘として、助け合うのは当然だ」
電「……その通りですね。明石さん、どうかみんなをよろしくお願いします」
明石「あ、はい。大丈夫ですよ、工作艦の明石はこういうときのためにいますからね」
長門「では、そろそろお前の話を聞かせてもらおう。こんなところで立ち話も何だ、鎮守府の中に案内してもらいたいのだが」
電「わかりました。どうぞこちらに……」
長門「おい、待て。どうした?」
電「はい? 何でしょう」
長門「鼻血が出ているぞ。どこかでぶつけたのか?」
電「あ、本当ですね。すみません、おかしいな……」
袖で鼻血を拭うと、血は止まるどころかむしろ、蛇口を捻ったようにボタボタと滴り落ちてきました。
ぶつん。頭の中でスイッチの切れるような感じがして、直後に私の視界は真っ暗闇に落ちます。何かに体がぶつかる衝撃を感じました。
長門「お、おい! どうした、しっかりしろ! 明石! 明石、来てくれ!」
明石「えっ!? ど、どうしたんですか、その子!」
ぐわんぐわんと長門さんの声が頭の中に響きます。どうやら私は何かにぶつかったのではなく、地面に倒れたようでした。
立とうとするのですが、地面がどこにあるのかわかりません。手足の感覚さえなく、まるで意識だけが暗闇の中に浮かんでいるみたいです。
明石「ちょっと……この子、大破状態じゃないですか! この傷で今まで動き回っていたんですか!?」
長門「まずいぞ、出血が止まらない! 急いでドックへ運ぶぞ! 明石、手伝え!」
明石「待って、頭を揺らさないで! 脳に損傷があるのかもしれません! 下手に動かしたら、二度と目を覚まさなくなりますよ!」
長門「じゃあどうしろと言うんだ! ここで修理を始めるのか!?」
明石「長門さんは頭を持って! 慎重に、ゆっくり持ち上げるんです! ゆっくり、ゆっくり……!」
近くにいるはずの2人の声がどんどん遠ざかって、言っていることの意味もわからなくなります。
もう何も感じません。暗闇に浮かぶ意識さえ徐々に薄れていき、私そのものが消えてなくなっていくみたいでした。
長門「おい、死ぬな! 明石、必ずこいつを助けるぞ! 勝手に死なれてはかなわん!」
明石「わかっています、頭をしっかりと支えて! 慎重に運ばないと……」
長門「おい……こいつ、息をしていない! 脈も止まった! まずい、まずいぞ!」
明石「長門さん、手伝って! 今すぐ心肺蘇生を!」
長門「くそっ! おい、戻ってこい電! 息をしろ! 息をしろと言っているんだ!」
意識が途絶える最後の瞬間、ひとつだけ、たったひとつ浮かび上がったその感情だけが、どうしても消えてくれませんでした。
───寂しい、と。
Down……Down……Down……
沈んでいく。目を開けると、私は水底へと沈んでいく途中でした。はるか遠くの水面から、温かい陽の光が降り注いでいます。
ああ、綺麗。宝石みたいです。でも、もう私には決して手の届かない場所にある。
体が沈んでいくにつれ、差し込む光も徐々に遠ざかっていきます。暖かな水は刺すような冷たさを帯び、その感触にどこか懐かしさを覚えます。
そう。それはかつて潜水艦ボーンフィッシュの魚雷を受けて、体を2つに裂かれながら海底へと沈んだ記憶。
艦娘にとって、死とは初めての事ではありません。私たちは2度目の生を受けてこの海を駆り、そして今、元いた場所へと還っていくのです。
電「……寂しい」
思わず口にしたその言葉は、刃のように私自身の胸を突き刺しました。こうなる覚悟はできていたはずなのに、泣きそうなほど辛いのです。
海流に揉まれて、水面を仰いでいた私の体が海底へと向けられます。何も見えないほど、その先は真っ暗でした。
いいえ、違います。暗闇の中で、確かに蠢く2つの影があります。
霧島「……ハハハハッ! お前もこっち側かよ、ざまぁねえな! 早く来いよ、金剛の代わりに可愛がってやるからよぉ!」
赤城「さっさと来てくださいよ。私、お腹が空いちゃって……電さんって、美味しそうですね。まずは手足から、いいですか?」
もしかしたら、提督も探せばどこかにいるのかもしれません。それとも、私たち艦娘とは違う場所にいるのでしょうか。
どちらにしろ、私が行き着く場所は彼女たちと同じ。もうみんなに会うことは永遠にないでしょう。
寂しくて泣きたいのに、涙さえ出ない。まるで私には悲しむ権利さえ許されないかのようでした。
電「最後に……霞ちゃんに会いたかったな……」
溢れ出そうな想いを胸の内に閉じ込めて、固く蓋をしました。もう2度開かないように。
できないなりに、最後にやれることはやったつもりです。あとはみんなが幸せになってくれるよう、祈るばかりです。
もう1度空を仰ぐと、すでに陽の光は小さな点にしか見えません。辺りは暗く、海水は氷のように冷たいのです。
2度浮き上がれない海底まで、あとわずか。私は目を閉じ、体を包む冷たい海流に身を任せました。
電「……さよなら」
全てを受け入れた瞬間、私の体は何者かに抱き止められました。
きっと海底に引きずり込まれるのだと、覚悟してぎゅっと目を閉じます。しかし、そうではありません。
体が上へと向かっていく。強い水の抵抗を感じます。それは私が急速に浮かび上がっていることを意味していました。
電「え……?」
何が何だかわかりません。そんな戸惑いもお構いなしに、私を抱きかかえる何者かは、海流を切り裂くようにぐんぐんと水面に向かって泳いでいます。
目を開くと、あんなに深かった周囲の闇はどこにもなく、強い光が差し込んでいます。肌を包む水も温かい。
水面に浮かぶ陽の光はもうすぐそこでした。もう、2度と手の届くはずのなかった光。
水しぶきを上げて海面に顔を出し、私は思いっきり呼吸をしました。空には雲ひとつ掛かってない、まばゆい太陽。
燦々と輝く陽の下で、私は確かに彼女の姿を見ました。
伊58「でち!」
電「……ゴーヤさん!」
布団を払いのけて跳ね起きたとき、そこには誰もいませんでした。
呆然と目の前を見つめ、天井を見上げます。見覚えがあるこの風景、紛れもない自分の部屋です。
大和「……電さん?」
聞き慣れた声に、傍らへと目を遣ります。目を丸くして私を見つめる、その顔は他でもない、戦艦の大和さんです。
大和「……私の事がわかります?」
電「……はい。大和さん、なのです」
大和「失礼ですけど、ご自分の名前は言えますか?」
電「暁型4番艦、電です。雷ちゃんじゃないですよ」
大和「……よかった、よかった! やっと目を覚ましてくれたんですね!」
大和さんは目を潤ませ、私のことを強く抱きしめました。この抱きしめられる感覚、どこかで覚えがあります。
夢の中で、こんなことがあったような……脳裏に焼き付いたはずの笑顔は、嘘のように溶けて、記憶から消え去って行きました。
今は何を思い出そうとしていたのかさえ見当がつきません。何か、大切なことを忘れてしまったような……
大和「もう、無茶して……あれから1週間も寝たままだったんですよ。2度と目を覚まさないかと思ったじゃないですか」
電「……ごめんなさいなのです」
大和「どうして修理を受けないまま、動き回っていたんです? 駆逐艦なんですから、それくらいの資源はあったはずでしょう」
電「だって……まだ傷で苦しんでいる子がたくさんいるのに、私だけ修理を受けるわけにはいかないじゃないですか」
大和「逆でしょう? そういう子がいるから、電さんこそ元気になって助けてあげないと」
電「そうですね……その通りです。迷惑掛けて、ごめんなさい」
大和「あ、すみません。怒ってるんじゃないですよ? 電さんが目を覚ましてくれて、私、本当に嬉しいんです」
大和「第一、謝らなくちゃいけないのは私のほうです。本当にごめんなさい、電さん」
電「何の事です?」
大和「あれだけ大口叩いたのに、私ったら扶桑さんに負けちゃったでしょう? それで電さんが扶桑さんと戦う羽目になってしまって……」
大和「すごいですね、あの扶桑さんを倒してしまうなんて。私より電さんのほうがよっぽど強かったみたいです」
電「そんな、大したことじゃないですよ。扶桑さんはあのとき、すでに瀕死でしたから。大和さんとはほとんど引き分けみたいなものだったんでしょう」
大和「そう言ってくださると、少し気が楽になります。結局、私はあまりお役に立てませんでしたから、そのことがずっと気になってて……」
電「待ってください、大和さん。今はどういう状況なんです?」
窓の外を見ると、すでに夜も更けた頃のようでした。
私がこうして自室の布団に寝かされ、大和さんも健在。その様子に特別不審なところはありません。
あれから、鎮守府はどうなったのか? 意識が鮮明になるにつれ、その疑問はどんどん膨らんでいきます。
電「みんなはどうなったんです? 横須賀からの艦隊は? 大本営は私にどういう処分を下したんです?」
大和「まあ、ちょっと待ってください。1週間も寝てらしたんですから、順を追って話さないと」
大和「まず最初に、みんなは無事です。横須賀からの救援艦隊は大破艦全ての修理を終え、元の鎮守府へと帰られました」
大和「ほら、扶桑さんにこっぴどくやられた私も元気そうでしょう? 重症だった隼鷹さんや足柄さんも、ばっちり修理してもらいました」
電「そうですか……よかった」
大和「次に、今回の反乱に対する大本営の決定なんですけど……なんとですね、全部お咎めなしになりました」
電「はあ?」
自分でもどうかと思うくらい間抜けな声が出ました。それほど大和さんの答えは耳を疑うものだったのです。
反乱を起こして華族を殺したとなれば、世が世なら一族郎党根絶やしにされても不思議ではありません。それが、お咎めなし?
大和「信じられないでしょうけど、本当なんです。電さんも私たちも、実質的な処分は何もありません」
電「そんな馬鹿な……大和さんたちはともかく、私まで何もないなんて絶対におかしいのです」
大和「私も驚いたんですけど、事実なんです。ま、それも色々と後ろ暗い話があるんですけど」
電「どういうことです?」
大和「まず提督なんですけど、華族なのは本当でした。ただし、私たちの認識とは少々違ったみたいです」
大和「彼の家柄は華族の中でもかなりの名家で、貴族院へ入れば必ず上層部の席を約束されるほど、その名は高かったそうです」
大和「提督はそこの末子で、なんというか……落ちこぼれだったそうです。あまりご家族からは愛されていなかったみたいですね」
電「……そうなんですか?」
大和「ええ。電さん、提督を荼毘にして骨壷に収めたでしょう? それが大本営に引き取られたんですけど、なんと戻ってきました」
電「戻ってきた?」
大和「ご家族から受取拒否されたみたいなんですよ。そんな家名を汚すような人間の遺骨を墓に入れるわけにはいかないって」
大和「仕方ないからうちで弔えって大本営に言われて、今は扶桑さんが建てた小さなお墓の中に収めています」
電「そんな……いくらなんでも、可哀想じゃないですか。ご家族からも見放されるだなんて……」
大和「どうやら、提督はご家族にとっても、大本営にとっても目の上のたんこぶのような存在だったみたいですね」
大和「大本営も貴族院も、彼の扱いには困っていたようです。こんなことは言いたくないのですが……死んでくれて好都合というのが本音なんでしょう」
電「……まさか、それを理由にお咎めなし、なんてことはないでしょう」
大和「もちろん。そういう事で、華族からの怨恨を買うようなことはありませんでしたが、向こうには世間体というものがあります」
大和「それで、今回の件に大本営がどういう決定を下したかって話題になるんですけどね」
大和「ほら、この反乱って外から見たら『ボンボンの提督が無能さ故に艦娘の信用を失い、内乱を起こされた挙句に殺された』ってなるじゃないですか」
電「確かに……間違ってはいないのです」
大和「そういう事が外部に漏れると世間体が非常に悪いという話になったそうなんですよ。大本営にとっても、華族にとっても」
大和「能力に欠ける人間を提督にした大本営も責任を問われるし、そういう人物を輩出した華族も信用を失う、と。上層部でそういう話になったそうです」
大和「だから、まるごと揉み消しちゃおうと。つまり反乱自体がなかったことになりました」
電「……それなら、なおのこと私たち全員を解体するはず。人の口に戸は立てられないって言うでしょう?」
大和「その通りだと思うんですけど、この鎮守府ってただでさえ海域攻略が遅れてるじゃないですか」
大和「また一から艦娘を建造し直すとなると、膨大な時間と資源を消費します。それも大本営にとってよろしくなかったそうです」
大和「よく考えたら、私たちが他の鎮守府と接することって、今回みたいな例外を除けば演習くらいじゃないですか」
電「そうですね……演習でも相手と会話する機会はほとんどないのです」
大和「でしょ? だから厳しく箝口令は出されているんですけど、実質的な処罰はありません。いわば執行猶予みたいなものですね」
大和「もし外部に漏らしたら全員解体、演習以外の外部接触も禁止。これだけです。おとなしくしていればOK、ということです」
電「……私にも、何もないのですか?」
大和「それなんですけどね。公的な処分はありません。だって、反乱自体がなかったことになっているんですから。処罰者が出るのはおかしいでしょう?」
電「それは表向きの話ですよね。私たちは危険分子として、何らかの見せしめになるようなものが必要だったはずなのです」
大和「ええ。どうやら長門さんは電さんをかばうような報告をしたそうなんですけど、それでも大本営は電さんを解体処分することに決めました」
電「なら……これから私は解体されるということでしょうか」
大和「いいえ、そんな事はありません。電さんはすでに解体されたことになっていますから」
電「……される、ではなくて、されたことになっている?」
大和「ええ。今、この鎮守府には新しい提督が来ています。その人は結構話のわかる方で、そういうことにも協力してくれるんですよ」
大和「先日、また長門さんが来て、その提督は電さんを解体処分した書類を提出しました。もちろん、電さんはここで寝てたんですけど」
電「長門さんは確認しなかったのですか? 私が本当に解体されているかどうか」
大和「それは悪魔の証明になるじゃないですか。解体されたなら、もういないってことですから」
大和「もし、また大本営から視察の人が来たら、電さんは素知らぬ振りをしていればいいんです。私は最近建造された電です、ってね」
大和「こうして全部解決しました。反乱はなかったことに、関係者は口止め、首謀者は書類上の解体。尾を引くようなものはありません」
電「……新しい提督はどういう人なのですか」
大和「これがですね、聞いてくださいよ。もう60前のおじいちゃんなんです」
電「そんな、定年退職前じゃないですか。この鎮守府は窓際部署代わりにされたということなのですか?」
大和「私もそう思いました。実際に会ってみると、本当は70超えてるんじゃないかってくらい老けてて、これは大本営に見放されたかなって思いました」
大和「でも、そうじゃなかったんです。その人すごいんですよ、何でも、元は実戦経験もある立派な海兵さんで、勲章だっていくつも持ってるんです」
大和「着任してからまだ5日しか経ってないんですけど、もう3箇所の海域攻略に成功しました。資源にもかなり余裕を残しています」
大和「今、この鎮守府に放置艦なんて1人もいませんよ。みんな何らかの仕事に駆り出されて大忙しです。物凄いパワフルなおじいちゃんですよ」
電「そうですか……いい人が来てくれたんですね」
大和「ええ、いい人です。ちなみに秘書艦は電さんに代わって私がやってるんですけど、これがまた難しいんですよ」
電「そうですか? そんなに複雑なことはないと思うのですが……」
大和「いいえ、私はこういう仕事に向いてないですね。第一、この鎮守府には電さん以外、秘書艦の経験がある艦娘がいないんですよ」
大和「だから、誰も勝手がわからなくて。電さんには元気になり次第、私のやり損ねてる仕事を手伝ってもらうことになりますからね?」
電「あはは……寝てる暇もないのです」
話しているうちに、胸につかえていたものが取れていくような開放感を覚えていました。
私が寝ている間に、いろんな事が上手く行ったみたいです。まるで、最初から私なんていらなかったみたいに。
もう私がすべきことはないように思いました。秘書艦の仕事だって、大和さんはいずれ覚えます。私がやる必要はありません。
電「今、何時です? 提督さんはもう寝てらっしゃるのでしょうか」
大和「提督ですか? あの人は夜遅くて朝早いタイプなのでまだ起きているとは思いますが……」
大和「1週間ぶりに起きて、いきなり提督に会います? 電さんに会いたいって子は、行列を作って待ってるんですよ」
電「……すみません、先に提督さんに会わせてください。お話したいことがあるので」
大和「どうしてもっていうならいいですけど……じゃ、呼んできます」
電「いいです。私が直接行きますから」
布団から起き上がり、ふらつく足で床に立ちます。1週間寝ていた割には上手く歩けそうでした。
大和「ちょっと、無茶しないでください。病み上がりなんですから、安静にしてないと……」
電「大丈夫ですよ、これくらい。それじゃ、行ってきます」
大和「待ってください。執務室まではついて行きます。それくらい、いいでしょう?」
電「……いいですけど」
大和「それじゃあ、行きましょう。あ、だっこしてあげましょうか」
電「いえ、大丈夫です。歩けますから、大丈夫ですから……」
過保護なお母さんのように寄り添う大和さんに連れられて、私は執務室へと向かいます。
向かう途中、反乱の爪痕を色濃く残す鎮守府は、すでに大部分の修繕が進められているみたいでした。
大和「すごいでしょう、これ。これも提督が指揮してるんです。暇してる艦娘を総動員して」
大和「キス島攻略が終わってから、駆逐艦隊は工作隊と化してますよ。毎日誰かがトンカチを振るってます」
電「もう随分と復興が進んでいるんですね。あれだけの被害を出したのに……」
大和「やっぱり大本営からの救援資源が大きいんですけど、それ以上に新しい提督の指揮が頼りになるってのがありますね」
大和「色々とありましたけど、結果としてはいい形になったんじゃないでしょうか。それでいいじゃないですか、ね?」
電「……はい、そうですね」
強引に同意を求めるような大和さんに、戸惑いながらも返事をしてしまいます。
大和さんでさえ、気付いているように感じました。私たちが失敗したということを。
その埋め合わせは大本営と、優秀だという提督がやってくれて、私たちにできたことはありません。
それは結局、私たちが無力だったということを証明しているような気さえしました。
電「……ここまででいいですから、大和さんはもう休んでください」
大和「えー? 嫌です、一緒にいさせてください。いいじゃないですか、おとなしくしてますから」
電「提督さんと2人だけでお話したいので……すみませんが、お願いします」
大和「初対面のおじいちゃんと2人っ切りって心細くありません? 私がついていてあげますよ」
電「いえ、本当に大丈夫です。大丈夫ですから、お願いします」
大和「……どうしても提督と2人で?」
電「はい。申し訳ないんですけど、大和さんには聞いててほしくありません」
大和「そうですか……残念です」
随分と食い下がりましたが、とうとう大和さんは折れて立ち去っていきます。何度も、何度も私を振り返りながら。
2つ、大和さんに聞いていなかったことがあります。1つは新しい提督自身が、私の事をどう思っているのか。
それは私自ら問わなければいけないことだと思いました。そして2つ目は、私が提督を殺したことについて。
大和さん自身、その話題を避けているように感じました。私にとってはありがたいことです。それは私1人だけで向き合わなければならないことですから。
執務室の鍵はまだ修理されていないようです。扉をノックすると、しゃがれた男性の声が内側から聞こえました。
提督「入りな。開いてるよ」
電「……失礼します」
私を出迎えたのは、古木のような老人でした。髪も口ひげも白く染まり、柔和な表情を浮かべる顔には年輪のように濃い皺が刻まれています。
大和さんの言う通り、年齢の割に老けて見えます。それでも、全身から発する生命力には何ら衰えを感じません。
その深い皺はこれまでの人生がどのようなものだったのかを物語っているようで、不思議な存在感のある人でした。
提督「ようやく起きたか。初めましてというべきだろうな」
電「ええ。初めまして、提督さん。元、秘書艦の電です」
提督「ああ、よろしく。俺がこの鎮守府の新しい提督だ。挨拶はこの辺でいいだろう」
提督「お互い、色々と話したいことはあろうが、まずはそちらからだ。何か聞きたいことはあるか?」
電「では、お聞きします。あなたがこの鎮守府の提督として選ばれた理由は何ですか?」
提督「まあ、一言で表すなら捨て石だな。俺はもうこの歳だ、後方勤務をやっていたんだが、今回の件で上からお達しが来てな」
提督「海域攻略の遅れている鎮守府があって、そこにいる艦娘は反乱を起こすような問題児ばかりだと。まともなやつでは提督を務められない」
提督「希望者もいないし、そこで俺に白羽の矢が立った。俺は有能だが老い先短い。最悪、また反乱騒ぎで死なれても大して痛手にならないわけだ」
提督「俺がここに来た理由はそんなところだな。こんな老兵を前線に引っ張りだすとは、大本営もよほど余裕がないと見える」
電「下手を掴まされたと思っているのではないですか? 面倒な仕事を押し付けられたと」
提督「正直なところ、それは思っているし、事実だ。大本営はこの厄介な案件に対し、有効な打開策を持ち得なかった」
提督「杜撰な作戦を出して前線の兵士に奮戦を期待する。大本営は昔からずっとそうだ。今回も同じ事だよ」
電「そこまで大本営の意図がわかっているなら、なぜそんなに平然としているんです? 捨て石になっても構わないと?」
提督「そんなつもりはない。俺はもう40年も海軍省の軍人をやっている。こういう命令にどうすればいいのかは大体わかっているのさ」
提督「お前たちとは上手くやっていきたいと思っている。おそらくこいつは俺にとって最後の仕事だ、有終の美を飾りたいね」
提督「なに、悪いようにはしない。そうすれば、お前たちも早まった真似はしないだろう? お互いのために手を取り合って行こうぜ」
食えない人だと思いました。掴みどころがなくて、善にも悪にも染まってない。だけど、悪い人ではない。
前の提督とは違う。これで十分な気もしましたが、まだ私は新しい提督さんを計りかねていました。
電「1つ、大事なことを聞かせてください。提督さんはなぜ大本営に従って戦ってきたんです?」
提督「そんな愚問を聞かれるとは思わなかったな。なぜなら、俺が愛国者だからだ」
提督さんはわざとらしく驚いて見せて、さも当然というように答えました。
提督「俺はこの国が好きだから、無茶な命令にだって応えるし、死ぬような役目だって引き受ける。そうしてたまたま生き永らえた結果、ここに来た」
提督「最後の戦場としては悪くない場所だ。俺が必ずこの海域の平和を取り戻してやる。お前たちと一緒にな」
堂々としたその風格は、小柄な老人だとは思えません。提督さんがとても大きい人に見えました。
電「では次に、私が起こした反乱についての意見を聞かせてください」
提督「それか。最初に言っておくが、あの緊急文書がでたらめなのは見た瞬間にわかった」
電「……どこに不備が?」
提督「まあ、何というか。俺には支離滅裂に見えた。常人が必死こいてイカれた極悪人の振りをしているような感じだったな」
提督「詳しいことは大和たちから聞いている。赤城や霧島、前の提督がどんなやつだったのかもな」
電「だから私の解体を偽造するのにも協力したんですか?」
提督「それは少々事情が異なる。正直に言えばだ、俺は大本営に言われるまでもなく、お前を解体処分するつもりでいた」
提督「与えられた情報が少なかったからな。この件に関して、1人くらいは重責を負う者がいるべきだと思っていた」
提督「なら、その役目はお前が最も相応しい。それは自覚しているんだろう」
電「ええ。それをなされなかったのはどうして?」
提督「簡単だ。お前を解体すれば、間違いなく暴動が起きる」
電「……大げさです。そんな事はありえないでしょう」
提督「そうは思わないな。今、うちで一番働いているのは駆逐艦だが、そいつらはお前こそ自分たちの盟主だと主張している」
提督「今は素直に俺の言うことを聞いているが、お前を解体すれば、あいつらは間違いなく暴れる。他の奴らもそれに倣うだろう」
提督「もう1つは、もっと合理的な理由だ。他に秘書艦を務められるやつがいない」
電「……そんなに難しい仕事じゃないでしょう? 大和さんはいずれ覚えますし、どうしてもダメなら他の艦娘に任せればいい」
提督「ところがだ、誰一人秘書艦の仕事をやりたがらない。お前が起きたとき、きっと大和がそばにいただろう?」
電「はい……彼女はずっと私を看病してくれていたのですか?」
提督「そうでもない。お前の看病は何人かが代わる代わるやっている」
提督「さっきあいつがお前のところにいたのは、仕事をサボってたんだ。あいつは自ら立候補したにもかかわらず、秘書艦の仕事をやる気がない」
電「そんな馬鹿な。大和さんは真面目な人なのです」
提督「大和の意図はわかっている。お前を秘書艦に復帰させるためさ。だからわざと使えない秘書艦を演じている」
提督「他の艦娘たちも秘書艦の任は断固として拒否している。というわけでだ、電。お前には改めて、俺の秘書艦をしてもらいたいんだが」
電「……嬉しい申し出ですが、お断りします」
提督「なぜだ? まあ、駆逐艦隊のリーダーをしてくれるなら、それでもいいが」
電「それも辞退させていただきます。私はもう、この鎮守府で何もする気がありません」
提督「なんだ、ストライキか? 聞きしに勝る問題児だな、お前は」
電「そうではないのです。提督さん、お願いがあります」
提督「なんだ?」
電「私を解体処分してください」
ずっと決めていた私の言葉は、驚くほどすんなりと喉から出てきました。
この提督さんは優秀で良い人だと思います。きっと鎮守府を正しい方向へ導き、みんなを苦しめるようなことは決してしないでしょう。
なら、もう私がここにいる必要はありません。
私の言葉で、提督さんに驚いた様子はありません。柔和な顔を少ししかめて、私から目を離しません。
提督「お前は書類上の解体が済んでいて、もう反乱の件は解決している。なのに、それを望むのはなぜだ?」
電「私は赤城、霧島、提督の3人を殺しました。その罪を償いたいのです」
提督「その話もここの艦娘から聞いた。人喰い空母に、暴力戦艦、そして鎮守府を荒廃させた無能な提督。殺されても文句は言えない連中だ」
提督「お前は汚れ役を買って出た。軍人の俺からすれば、よくやったという感想だがね」
電「提督さんはそうでも、私にとっては違います。殺人者としてこれ以上、生きていたくありません」
提督「そうか? 言っておくが、ここの艦娘たちは事情を知っていながらお前の事を慕っている。そいつらの好意を無下にする気か?」
電「……申し訳ないとは思っています。ですが、もう私は耐えられないのです。自分が背負っている、罪の重さに」
提督「大和の話をしたが、あいつがさっきお前のところにいたのは別の理由がある」
電「どういうことです?」
提督「俺はまだ、この鎮守府にいる艦娘から信用されてない。以前のろくでなしが随分とやらかしたからな」
提督「大和は未だに、俺が密かにお前を解体する気ではないかと見張ってるんだ。お前と俺、常にどちらかのそばについて離れない」
提督「つまりは、監視だな。あいつが秘書艦を買って出たのもそれが目的だろう」
提督「大和はお前を守っている。その気持ちを汲まずに解体されたいと?」
電「……大和さんは罪悪感を持っているんです。私を守り切れなかったと」
電「私がいなくなれば、その気持ちからも解放されるでしょう。大和さんは強い人ですから」
提督「そうかな? 俺がお前を解体したと知った瞬間、大和はもう1度クーデターを起こす気でいるように思えるがな」
電「……なら、遺書でも書いておきましょうか。私は自分の意志で解体されたと」
提督「その程度で収まるとは思えん。早い話が、お前を解体したとき、鎮守府には百害あって一利なしというわけだ」
提督「俺も今や、お前を解体する気はない。その必要がないからな」
電「私が怖くないんですか? もし、私があなたを信用しなくなれば、また以前の提督みたいに殺してしまうかもしれませんよ」
提督「そんな事は起こらない。俺はあいつのようなボンクラじゃないし、お前は本来、人を殺せる器じゃない」
電「横須賀の長門さんからは反対の事を言われました。あなたの目が曇っているんじゃないですか?」
提督「確かに、今のお前は野良犬のような目をしている。進んで孤独になろうとし、いざとなれば噛み付いてくるだろう」
提督「だが、理由もなしに噛み付くような狂犬ではない。お前が提督を殺したとき、何かしらの差し迫った状況があったはずだ」
提督「気持ちはわかるが、思いとどまってもらいたい。お前は必要とされている」
電「……申し訳ありません。私にはもう、その資格がないのです」
電「私の背負った罪は決して消えないでしょう。汚れた身でみんなの元に戻るなんて、許されることではありません」
電「どうか、私を解体してください。私はこの鎮守府に必要ありません」
提督「……そうか。どうしてもと言うなら、仕方がないな」
やれやれというように、提督さんは深いため息を吐きました。
提督「解体日はいつがいい? 最後に会っておきたい相手くらいはいるだろう」
電「いいえ、今すぐで構いません」
霞ちゃんたちに会いたい。その気持ちはすでに、心の奥底に蓋をして閉じ込めてあります。
殺人者になった自分を霞ちゃんに見せたくない。私はこのまま、誰にも会わずに消え去っていくべきなのです。
提督「せっかちなやつだな。言い残す言葉もないのか?」
電「何も。みんなには、提督さんからよろしく言っておいてください」
提督「……まったく、困ったやつだ。今すぐで構わないと言ったな。本気か?」
電「ええ。別にご一緒されなくても構いません。秘書艦として何度も艦娘の解体は経験しています。やり方はわかっていますので」
提督「……そうか。なら、勝手にするがいい。どちらにしろ、俺は解体室に行くことはできない」
電「……もしかして、脚がお悪いのですか?」
提督「そんな事はない。俺の体は健康そのものだ。解体室に行けないのは別件でな……なあ、電。1つ俺と約束をしないか?」
電「……今更約束なんて。何を言っているんですか?」
提督「まあ、約束というよりは賭け事だ。お前が今から自らを解体するというなら、それでもいい」
提督「だが、もしお前の気が変わって解体をやめ、ここに戻ってきたら、秘書艦の仕事を引き受けろ。どうだ?」
電「無意味な約束ですよ、それは。そんな事は起こりませんから」
提督「そう思うか? 俺はそうは思わない。お前は案外、視野の狭いやつだな」
電「……何の事を言っているのですか」
提督「直にわかる。さあ、行って来い。お前はきっとここに帰ってくるよ」
電「……そのご期待に沿うことはありません。さようなら、提督さん。短い間でしたが、お話できて良かったです」
提督「返答はしないよ。今夜はもう一度、お前と話すことになるだろうからな」
私は提督さんの思わせぶりな言葉に応じることはなく、黙って執務室を出ました。
提督さんは私が臆病だとでも思っているのでしょう。この決意は氷のように冷たく固いというのに。
大和「本当に行かれるんですか?」
電「……大和さん。盗み聞きなんて、趣味が悪いですね」
大和「すみません。どうしても心配だったものですから」
さほど悪びれる様子もなく、大和さんは私に自然な笑みを向けました。
どうやら大和さんは、ずっと執務室の扉で聞き耳を立てていたようです。なんとなく、それは予想していたことでした。
電「……今まで私なんかについて来てくれて、ありがとうございました。みんなによろしく言っておいてください」
大和「お礼なんて。私が勝手にやったことですから」
電「私の決めたことは、きっと大和さんの気持ちを裏切ることになるでしょう。それは申し訳なく思っています」
電「それでも、私の事は止めても無駄です。本当は大和さんにも、今は会いたくなんてなかったんですから」
大和「……そうですか。ふふ、でもね。私、実は今、とても安心しているんです」
電「……安心って、どういうことですか?」
大和「お2人の話は大体聞かせていただきました。だからもう、私が心配していたことはなくなったんです」
大和「私は止めません。どうぞ電さん、行ってください。きっとあなたはここに戻ってきますから」
電「どうしてあなたまで、そんな事が言えるんです?」
大和「あなたが知らないことを私は知っているからです」
大和さんはいたずらっぽい笑みで、もう立ち去ろうとしている私に手を振りました。
大和「どうぞ、行ってらっしゃい。私は提督からサボリのお叱りを受けて来ますから。電さんが戻られる頃には、それも終わっているでしょう」
電「……もう会うことはないと思います」
大和「いいえ。私も待っていますから」
私を送り出す大和さんに、別れの哀しい雰囲気などは何一つありません。なぜそれほどまで、私が自分を解体しないと確信しているのでしょう。
疑問を抱えながらも解体室へと向かいました。大和さんや、みんなの気持ちはわかります。だけど、これは私にとって避けて通れないけじめなのです。
解体室のほうへ歩いて、5分経ちました。10分。20分。私はまだ歩いています。
歩き疲れたわけでもなく、その歩みは止まりました。頭を抱えて、壁に寄りかかります。
電「……どうして?」
解体室が、見つからない。
私ほど鎮守府の構造に通じている艦娘はいないはずです。その私が解体室への道のりで迷うことなんてありえない。
確かに鎮守府内はあちこち修繕されていて、閉鎖されている部屋もあり、今までとは通路の光景も異なる点は至る所にあります。
それでも、解体室を見つけられないことなんて起こるはずがない。もう一度、解体室があるべき場所へと戻ってみます。
電「確か……確かにここのはずなのに……」
鎮守府の部屋、施設は全て把握しています。解体室はここにあるはずなのです。
だけど、そこにあるのはただの壁で、扉なんてどこにもありません。何もない、ただの壁……
電「……あれ?」
その壁を斜めから見てみると、解体室のあったところだけが少しだけ盛り上がっています。
隣の壁を拳で叩くと、コンクリートの硬い感触が伝わってきます。盛り上がった部分を同じように叩く。コン、と木板の軽い響きが返ってきました。
よく見れば、他の壁と比べて、そこだけペンキが塗りたてです。これは一体……
霞「あら、見つけちゃったの? 結構念入りに隠したつもりなんだけど、さすが電ね」
電「あっ……か、霞、ちゃん……!?」
背後から私に声を掛けたのは、他でもない霞ちゃんでした。
その顔は見たこともないほど無表情で、何を考えているのかわからない目つきでジッと私を見ています。
霞「新しい提督に建物の修繕作業を命じられたときにね、チャンスだと思って、みんなで突貫作業でこれをやったのよ」
霞「扉を外して、ベニヤ板で蓋をして、壁と同じ色のペンキを塗ってカモフラージュしたの。提督が鎮守府の構造を把握する前にね」
霞「だから今の提督は、解体室がどこにあるかすら知らない。私たちが隠してしまったから」
電「な……なんで、そんな事を」
霞「だって、あの提督があんたを解体する気だったらどうするのよ? それでまた私たちが暴動なんて起こしたら、今度こそ厳罰だわ」
霞「だから、そもそもこの鎮守府に解体室はありません、ってことにしちゃったの。あとは全員でシラを切ればいいだけ。簡単でしょ?」
電「わ……私は……もう、みんなに合わせる顔が……」
霞「電。さっき起きたのよね。体は大丈夫? めまいとか、調子が悪い感じはない?」
電「は、はい。それはないですが……」
霞「そっか。なら、平気ね」
そう言ってにっこりと笑う霞ちゃんを、なぜだか私は心底恐ろしいと感じました。
霞ちゃんが歩み寄ってくる。逃げ出したい。でも、逃げてはいけない。そう思って、脚が動きません。
彼女が私の前に立ったとき、気が付いたら、私は床にへたりこんでいました。頭がぐわんぐわん揺れて、頬が熱いくらいにジンジンします。
最初は何が起こったのかわからず、霞ちゃんが私に平手打ちをしたのだと気付くのに、たっぷり十数秒は掛かりました。
手加減のない、本気のビンタでした。
霞「立ちなさい」
電「は……はい」
ありありと怒りの篭った命令に、抵抗することなく立ちます。今まで感じたどんな恐怖よりも、今の霞ちゃんが恐ろしく感じました。
霞「……私との約束を破ったわね」
電「や……約束って?」
霞「言ったじゃない! 無事に戻ってくるって、私と約束したでしょ!」
間近で怒鳴られて、心臓が縮み上がります。まるで厳しい母親に叱られる幼子みたいに、私は何も答えられず、ただただ震えました。
霞「怪我はしてないって私に嘘吐いて、無理に動き回って、その挙句にぶっ倒れて生死をさまよったのよ、あんたは!」
霞「私とした約束を忘れてたんじゃないでしょうね!? それとも、最初から破るつもりだったの?」
霞「だとしたら、絶対に許さない。本当にそうなら、絶交よ!」
電「そ……そんなつもりじゃなかったのです。あのときは資源が限られていたから、私は平気だと思って……」
霞「本当でしょうね。約束を無視したんじゃないの?」
電「ち、違うのです。違うから……絶交なんて、言わないでください」
頭の中が真っ白でした。ただ霞ちゃんが怖くて、口をついて出たのは許しを請う言葉でした。
霞ちゃんとの約束を破る。それは私にとって、最も許されない罪だったのです。
霞「そう……ならいいわ。ところで、なんで解体室を探してたの?」
霞ちゃんはようやく笑顔になって私に聞きました。全てを見透かしているような、そんな笑顔です。
電「あ、あの……提督に解体室がないって言われて、それで私が探して……」
霞「あら、そうなの。なんだ、私ったら勘違いしちゃったわ。私、てっきり電が勝手に責任を全部背負い込んで、自分を解体するんじゃないかって」
電「えっ……えっと……その」
霞「あーよかった。もし、そんな事をするつもりだったら、それこそ即絶交してたところよ。心配して損したわ」
電「あ、あはは……そんなこと、するはずないじゃないですか」
霞「そうよね? ねえ……電」
電「何……ですか?」
一歩、霞ちゃんは私に歩み寄りました。温かい吐息が掛かるほどの距離。優しげな目が私を覗き込みます。
霞「ありがとう。あいつらがいなくなって、みんなせいせいしてるわ。おかげでこの鎮守府もずいぶん居心地が良くなったと思うの」
電「えっ……」
霞「みんな、そう言ってるわ。ま、あんただけの手柄じゃないんだけどね。私たち、みんな共犯者だから」
電「きょ、共犯者って……」
霞「1つ、忘れないでね。もしも、あんたが解体されるようなことになったら、この鎮守府は空っぽになるから」
霞「だって、あれはみんなでやったことだもの。罪を償えっていうんなら、私たち全員が償うべきだわ」
電「そ、そんな事はないのです! あれは私が……」
霞「それはあんたが決めることじゃないの。私たち、全員が考えて、そう決めたの」
みんなの顔が次々と浮かびました。隼鷹さんや足柄さん、大和さんに、扶桑さん。不知火さんや子日さん、駆逐艦のみんな……
そして目の前の霞ちゃん。彼女の言葉をどう受け止めればいいのか、私にはわかりませんでした。
呆然とする私を面白そうに見つめると、霞ちゃんは安心したように大きなあくびをしました。
霞「そういうことだから。じゃ、私は寝るわ。クソ提督にこき使われて、疲れてるの」
電「は、はい……おやすみなさいなのです」
霞「あんたも早く寝るのよ。病み上がりなんだから、もうしばらくは安静にしてなきゃね。それじゃ、おやすみ」
言いたいことは全部言ったというように、霞ちゃんはどこか満足気に立ち去って行きました。立ち尽くす私を残して。
まず何から受け止めればいいのでしょう。まだ脳が本調子ではないのか、私はぼんやりと塞がれた解体室の壁を見上げていました。
それから、ふらふらと歩き出し、行く場所を決めていたつもりはないのに、気が付いたら執務室の前にいました。
ノックもせずに扉を開けると、談笑していた提督さんと大和さんが私のほうを向いて、それからにっこり笑いました。
提督「よう。誰に会った?」
電「……誰にって、どういうことですか?」
提督「道すがら、誰かに会っただろう。それが誰だったか聞きたいんだが」
電「……霞ちゃん、でした」
大和「ね? 言ったとおりでしょう、提督」
提督「ちっ。ローテーションからして扶桑だと思ったんだがな。いいだろう、大和。サボりの罰はなしだ」
電「あの、すみません。これが何なのか、どなたか説明を……」
提督「ん? 説明なんていらないと思うんだがな。言っただろう? お前は視野が狭いと」
提督「先の反乱はお前だけのものじゃない。この鎮守府、全ての艦娘が参加していたんだ」
提督「ならば、お前がお前なりの答えを出したように、他の連中も自分の答えを出した。それがさっき、お前の見てきたことだ」
電「……提督さんが解体室に行けないと言ったのは、純粋に場所がわからなかったから?」
提督「場所以前に、今の解体室はあってないようなもんだろう?」
提督「駆逐艦どもにやられたよ。まさか奴らが『拙速は巧遅に如かず』ということを心得ているとは」
提督「お前より先に、またドロップした那珂ちゃんを解体しようとしていたんだがな、どの艦娘に聞いても『うちに解体室はない』と言いやがる」
提督「そんなはずはないと鎮守府中を歩き回って、見つけたのは明らかに何かを隠したような怪しい壁だ。ここまで行動が早いとは思わなかった」
提督「俺は解体縛りをやるつもりはないから、いずれあの壁は撤去するにしても、しばらく時間が掛かるだろう。作業にではなく、信頼を得ることにな」
電「……私が誰かに会ったのを知っていたのはなぜです?」
提督「鎮守府の構造を覚えるために、俺はよく建物内を散歩するんだ。すると、あの壁の付近で特定の艦娘に頻繁に出くわす」
提督「メンツは霞、隼鷹、扶桑、足柄、不知火、子日。もしくは駆逐艦の誰か。すぐに気付いたよ。ああ、こいつら。ここを見張っているんだな、と」
電「なんで……なんでみんなは、そんな事を」
提督「わかりきったことをなぜ聞くんだ? お前にいなくなってほしいやつなんて、誰一人いないからだよ」
それはあまりに重すぎる言葉でした。私はみんなに黙って、消えてしまうつもりだったのに。
提督「頬が腫れているな。霞のやつにシバかれたか?」
電「……はい」
提督「ははっ、いい気味だ。友達をほったらかしにしていなくなろうなんて奴は、シバかれて当然だ」
大和「提督。そんな言い方はないかと思いますが」
提督「ああ、悪いな。だが電。はっきり言っておく、お前は責任の取り方というものを根本的に間違っている」
電「私は……間違ってなんか……だって、私はみんなを傷付ける結果を引き起こしました。それに、3人もの命をこの手で……」
提督「確かに、お前は全てにおいて失敗したかもしれない。その過程で大きな罪を犯したことも間違ってはない」
提督「だがな。これはお前1人の問題じゃない。そう、霞から言われなかったか?」
電「それは……その」
提督「お前が命ある者を殺したのは事実だ。死人が生き返らない以上、殺しという罪は生きている限り永遠に背負い続けなければならない」
提督「それを言うなら、俺も人殺しだ。戦争に行って、何人も敵を殺している」
電「……え?」
提督「敵であっても、人を殺すのは嫌なもんだ。国や仲間を守るためとはいえ、その罪は消えない。時々、殺したやつの顔が夢に出てくることだってある」
提督「だが、俺はその罪を1人で背負っているわけじゃない。同じ隊にいた上官、そして戦友。そいつらと共に罪を背負い、そして生きてきた」
提督「なあ電。お前はどう思う? お前の周りには、その背負い切れない責任や罪を、一緒に背負ってくれる仲間がたくさんいるように見えるんだがな」
大和「もちろん、私もその1人ですよ。電さんに全部抱えさせるなんて真似、この大和は絶対に許しませんから」
電「で、でも……私にそんな価値はないのです。私は無能で、やることは全部失敗ばかりで……」
提督「ああ、そうか。じゃあ、もっと簡単に言ってやる」
提督「ここの艦娘はみんなお前が大好きだ。だからいなくなってほしくないと思っている。それで十分じゃないか?」
電「あっ……」
いつからでしょう、私の頬には温かい涙が幾筋も伝っていました。
自分が嫌になります。さっきまで、あんなに自分を責めていたのに、提督のたった一言で救われた気分になるなんて。
電「わ、私は……いていいんですか? この鎮守府に、これからも、ずっと……!」
提督「当たり前だろう。俺もそうしてもらいたい。ここにいる大和がまったく使えない秘書艦だからな」
大和「お役に立ててなくてすみません。でも、大丈夫ですよ。電さんは優秀ですから」
提督「そうだな。さて、そろそろ答えを聞かせてもらおう」
提督さんは柔和な笑みを少しばかり引き締め、真摯な瞳で私をまっすぐに見つめました。
提督「電。改めて、お前をこの鎮守府の秘書艦に任命したい。引き受けてくれるか?」
もはや迷う理由はどこにもありませんでした。涙を拭いながら、提督の視線に応えます。
電「……暁型4番艦、電。秘書艦の任、僭越ながらお受けさせていただきます」
提督「よろしく頼む。さて、これから忙しくなるぞ」
電「わかっています。ここがいい鎮守府になるよう、私も頑張ります」
提督「お前、まだ寝ぼけているのか。何を言っているんだ?」
電「……えっと、真面目に答えたつもりなんですけど。何かおかしな事、言いましたか?」
提督「ああ、言ったとも。ここは最初から、いい鎮守府じゃないか」
ぽかんと提督さんの顔を見つけました。今はともかく、ずいぶん前から空気が最悪だったここが、良い鎮守府?
提督「俺がここに着任して、私利私欲で動いている艦娘を1人も見た覚えがない。皆が皆、お前や仲間のためを思って動いていた」
提督「あいつらは知っているんだ。お前が自分たちのために汚れ役を買って出たことを。そして、その想いに全力で報いようとしていた」
提督「ここにはそんな優秀な艦娘が揃っている。ならば、ここは良い鎮守府に間違いないじゃないか」
それはきっと、私が今まで一番欲しがっていた言葉でした。
以前の提督がやったことの中で一番許せなかったのは、気に入った艦娘以外、見向きもしないということでした。
みんな、いい子ばかりなのに、使えないからといって放置する。もしかしたら、それこそが私に反乱を起こさせた最大の理由だったのかもしれません。
なのに、この提督さんは言ってくれた。この鎮守府の艦娘は、みんな優秀だって。
私が目指した良い鎮守府は、最初からここにあったのです。
電「あっ……ありがとう、ございます。そうです、ここはとっても……良い鎮守府なのです……」
もう迷いはありません。私は海域の平和を取り戻すため、全力で戦います。提督さんと、たくさんの仲間たちと共に。
私たちは全員で力を合わせ、この暁の水平線に勝利を刻むのです。
次回、完結
後編はそこまでお待たせすることはないはずです。
これぞ大作です、この内容で劇場番にして欲しい。
お疲れさまなんだよ、素晴らしい大作だ
大天使でち公で泣いた
待ってたぜ!
後編が楽しみや
後編…
イヤな予感がする…
やっときましたね
劇場版待った無しですね^ ^
後編が大どんでん返し的なBadになりませんように
これでハッピーエンドじゃなかったら(#・∀・)おこだよ!
アカギドーラ復活はやめて、ぞくぞくするでち。