2015-09-23 04:33:31 更新

概要

クソ提督の空気が最悪な鎮守府にも終わりが近づいてきました。


前書き

電号作戦、始動です。


足柄「妙高姉さん、ちょっとビンタしてくれない?」


那智「丁度いい。私にも頼むぞ、妙高」


妙高「何ですの? あなた方まさか、とうとうそっちの趣味に目覚めて……」


足柄「そういうんじゃないわ。ほら、私の手を見てちょうだい」


妙高「あら、もう爪が生えそろったんですの? さすがに回復が早いわね」


足柄「そっちじゃなくて、もっとよくご覧なさいな」


差し出された足柄さんの手は一見何の変哲もないようですが、よく見ると指先が小刻みに震えています。


足柄「私がどうして震えているかわかる?」


妙高「武者震いかしら」


那智「違うな。私も指先が震えるのだが、武者震いでも、ましてや臆しているわけでもないぞ」


足柄「あら、那智も? やっぱり私たち気が合うわね」


妙高「で、何で震えているんですの?」


那智「はっはっは。言ってやれ、足柄」


足柄「ふふん。これはね……アルコール中毒による、禁断症状よ」


足柄さんは得意げな顔で、まったく自慢にならないことを言いました。


那智「……酒が飲みたい」


足柄「一滴でもお酒が飲めるなら、指一本くらい引き換えにしたっていい……」


妙高「なるほど。2人とも、お立ちなさい」


妙高さんに促され、2人は言われるがままに長机の席から立ち上がり、堂々とした顔つきで妙高さんの前に向かいました。


那智「いいか、遠慮はいらん! 親の仇のつもりでやれ!」


足柄「いっそ殺す気で来なさい! それくらいが丁度いいわ!」


妙高「もちろん、そのつもりです。歯を食いしばりなさい」


タイヤでも破裂したかのような快音が2度。足柄さんと那智さんは頬を真っ赤に腫らし、満足げな表情で席に戻りました。


那智「いやあ、さすが妙高のビンタだ! やはり禁断症状を止めるには激痛によるショックが1番だな!」


足柄「私も震えが止まったわ。これで体調は万全ね!」


羽黒「あの……姉さんたち、本当に大丈夫なの? 妙高姉さんに20時間くらい拷問されたって聞いたけど……」


妙高「訂正しなさい、羽黒。しつけの間違いです」


那智「はっはっは! 心配するな。指の骨を全部折られたときはいっそ殺せと思ったが、あれしきでへこたれるほど、私たちはヤワではない!」


足柄「私も生爪を1枚1枚剥がされたときは生まれてきた事を後悔したけど、今じゃいい思い出よ! もう痛みは友達みたいなものね!」


妙高「あなた方のその異常なメンタルの強さ、一体何ですの?」


大和「いやあ、さすが元主力艦隊の艦娘は精神構造からして一味違いますね」


電「あのお2人は元々ちょっと頭がおかしいのです」


龍驤「はっはっは、姉ちゃんたちオモロイな! うちとお笑いでコンビ組まへんか!」


不知火「……失礼だが、そなたの名はなんだ?」


龍驤「うちか? うちは龍驤ちゃんやで!」


不知火「聞かぬ名だ。霞様はご存知でしたか?」


霞「いいえ。驚いたわ、まだ教団に入ってなかった子が他にいたなんて……」


不知火「まったくです。龍驤、こちらの方は霞様、そして不知火だ。これからよろしくな」


龍驤「おう! なんや、えらいフレンドリーやな!」


霞「あんた、変わった制服着てるわね。セーラー服っていうより陰陽師みたいな……」


龍驤「せやろか? 隼鷹ちゃんの服も似たようなもんやで?」


不知火「龍驤は砲戦と雷撃戦、どちらが得意だ? その引き締まった体つきからして、雷撃戦と見たが」


龍驤「いや、うちどっちもでけへんのやけど」


霞「なら、爆雷か機銃? どっちにしたって穿った性能なのね、あんた」


不知火「まあいい。では龍驤、そなたを電様直属部隊『サンダーボルト艦隊』の一員として迎え入れよう。この血判状にサインを……」


龍驤「……まさかとは思うけど、あんたら、うちを駆逐艦ってことで話進めてへんか?」


霞「そうだけど、それが何?」


龍驤「うちは軽空母や! なに見た目で判断しとんねん!」


不知火「馬鹿な、何を言っておるのだ! そのちんちくりんな姿形、どこからどう見ても駆逐艦のそれだろう!」


龍驤「誰がちんちくりんや! 人をパタリロみたいに言いよってからに! ちんちくりんやから駆逐艦ってわけでもないやろ!」


霞「誰がちんちくりんよ! ぶっとばすわよあんた!」


龍驤「逆ギレしよった!?」


龍田「はいは~い。遅れてごめんね? 龍田会、到着したわよ」


木曾「キソー!」


電「お待ちしていました。龍田さん、やはりドックは開きませんでしたか?」


龍田「ええ。赤城さんは結局姿を見せなかったわ。私たちだけじゃ鍵を開けられないし、諦めるしかないわね」


電「そうですか……では、予定通りの作戦で行きます。皆さん揃いましたし、これより『電号作戦』の会議を始めたいと思います」


龍田さんが席に着き、同時に思い思いに会話していた人たちもぴたりと話すのをやめました。


元潜水艦専用部屋に集った、十数人に及ぶ放置艦勢力の主要者。決して交わることのなかった艦娘同士が同じテーブルについています。


不知火さん率いる元アカギドーラ教団。軽巡の龍田会、その債務者の軽空母。かつての主力艦である妙高四姉妹率いる重巡の旧餓狼艦隊。


これが意味するところは、鎮守府の80を超える艦娘の、実に9割以上が同じ旗の下に集ったということです。


電「皆さん、今夜はお集まりいただきありがとうなのです。私たちの発案した『電号作戦』への賛同、改めて感謝します」


足柄「お礼を言いたいのはこっちよ! 戦場へ返り咲くチャンスなんて、もう2度と巡ってこないと思ってたわ!」


龍田「このまま一生遠征要員として使い潰されるなんてたまったもんじゃないもの。大和さんの誘いは渡りに船だったわ」


大和「ありがとうございます。一緒に頑張りましょうね」


不知火「しかし、驚きました。電様だけでなく、大和様までがクーデターを企てていたとは」


大和「私にもいろいろ思うところがありましたから。このままでいたくない、っていう気持ちは皆さんと同じです」


大和さんは元々、今は亡きゴーヤさんの単艦オリョクルによってかき集められた資源により建造、運用されてきました。


ゴーヤさんがいなくなり、資源を賄えなくなった提督は大和さんの運用計画を凍結し、彼女は鎮守府でやることがなくなりました。


龍田会の賭場で暇を潰しながら、頭の中にはかつてゴーヤさんから放たれた言葉が絶え間なく反芻していたそうです。


ゴーヤ『お前がここにいるのは誰のおかげか分かっているでちか? ゴーヤのお陰でち!』


ゴーヤ『お前を建造したした資源も、お前が食い散らかした資源も! 全部ゴーヤが集めてきたものでち!』


ゴーヤ『それなのに! ゴーヤを見て何食わぬ顔で立ち去ろうだなんて、ふざけてるでちか!』


ゴーヤ『ゴーヤに感謝するでち! 這いつくばって足でも舐めるでち! お前はそれくらいのことをして当然でち!』


大和「私、なんであんな酷いこと言われなくちゃいけないんだろう、私はなんでここにいるんだろう、ってずっと思ってたんです」


大和「心の中がずっとモヤモヤしてて、耐えられなくなって電さんに相談したんです。そしたら、電さんも似たような想いを持っていることを知りました」


大和「電さんと話して、鎮守府はこのままじゃいけないと強く思いました。変わらなきゃいけない、そのためには私たちが行動しなくちゃいけない、と」


大和「ここに集っている皆さんも同じ考えだと思います。力を合わせて、この鎮守府を変えましょう」


那智「もちろんだ! 共に戦うのは久しぶりだな、龍田、木曾!」


龍田「重巡が主力だった頃以来ね。あの頃みたいに、また魚雷を撃てるようになりたいわ」


木曾「キソソソソ! もうすぐ軽巡の天下がやってくるでキソ! ほったらかしにされた恨みを晴らすでキソよ!」


足柄「重巡だって負けていられないわ! 再び餓狼艦隊の名を天下に轟かせるのよ!」


龍驤「うちらもやるで! 借金とギャンブルの負の連鎖から抜け出すんや!」


祥鳳「龍田さん、ボーキの返済をチャラにしてくれてありがとうございます! 抱いてください!」


鳳翔「質に入れた艦載機も帰ってきました! 2度と手放すような真似はしません!」


龍田「潜水艦狩りができるようになるなら、あれっぽっちのボーキどうでもいいわ。それより、あんたたちにはきっちり働いてもらうわよ?」


不知火「憎きアカギドーラ、いや赤城を倒しましょう! 奴の餌食になった仲間たちの仇を!」


霞「ていうか私、駆逐艦の幹部扱いなの? まあいいけど……電がやるなら、私も力を貸すわ。提督のことはずっと気に入らなかったしね」


電「みんな……ありがとうなのです」


鎮守府への不満を持った放置艦たちは今や1つに団結し、同じ目的のために一斉に立ち上がりました。


それを純粋に嬉しくも思いますが、同時に発起人としての責任もより重くのしかかります。この作戦は必ず成功させなければなりません。


電「それでは、先日お話したとも思いますが、改めて『電号作戦』の概要、及び現在の状況をご説明します」


電「もう周知の事実ではありますが、先日新たな主力艦として配属された戦艦、霧島は暴力的思想と狡知に富む凶悪な艦娘でした」


電「彼女の鎮守府を支配しようという目論見は主力艦隊を大きな混乱に陥れましたが、彼女はもうこの世に存在しません」


電「彼女はこの鎮守府において最も凶悪な艦娘、赤城との諍いを起こし、結果として赤城に捕食されました」


不知火「まさか戦艦まで平らげてしまうとは……本当に恐ろしい奴です」


龍田「あの人ならそれくらいやるでしょうね。やろうと思えば、戦艦も駆逐艦もお構いなしよ」


足柄「落ち着いたお姉さんぶってるのに、そこまでとんでもない奴だったとはね。驚いたわ」


霧島さんが赤城さんに食べられるよう、仕向けたのは私だという事実は伏せてあります。そのことは大和さんを含め誰にも話していません。


知られないほうがいい、という私の判断ですが、それは自身の罪から目を背けたいという私の弱さも表れているのでしょう。


ともかく、大事なのは霧島さんによって未だに主力艦隊の混乱は後を引いていること。そして倒すべき敵はあと2人だということです。


電「提督は赤城の凶行に気付いていません。本日、主力艦隊は通常の出撃を取りやめ、突如として消えた霧島さんの捜索に駆り出されました」


電「当然ですが、成果はありませんでした。また明日、今度は軽空母隊による偵察飛行を含めた、更なる捜索活動が予定されています」


電「霧島の空けた枠には一時的に私が加入し、主力艦隊は外海まで捜索範囲を広げることになっています」


電「主力艦隊が鎮守府を離れ、外海に出る。このときこそチャンスです」


私と大和さんによって考案された電号作戦は、大きく分けて4つの段階に分かれます。



1.放置艦全勢力との共闘


2・提督の拿捕


3.主力艦隊の無力化


4.鎮守府における主権の奪還



第一段階である、「放置艦全勢力との共闘」はすでに達成されています。


駆逐艦のほぼ全てが所属するアカギドーラ教団の解体に成功してしまえば、後はスムーズに事は運びました。


賭場でくすぶっている龍田会の龍田さんも、奇行を繰り返す旧餓狼艦隊の足柄さんも、また出撃したいという想いは同じです。


大和さんという大きな後ろ盾もあり、どちらも説得は容易でした。龍田会にボーキを借りている軽空母たちも、龍田さんの仲介もあり参戦します。


今や軽巡、重巡、駆逐艦、軽空母のすべてが私たちの味方です。すでに鎮守府そのものを手にしたと言っても過言ではありません。


ですが、問題は第二、第三段階です。この段階は順番が入れ替わる可能性もありますが、どちらにせよ、ここで当作戦の成功の可否が決まります。


電「明日、私たちは一斉に行動を開始し、提督の手から鎮守府を奪い取ります。いえ、取り戻すのです」


足柄「ついにこのときが来たのね! 戦場と勝利が私を呼んでいるわ!」


龍田「具体的にはどんな計画になっているのかしら?」


電「はい。まず、主力艦隊が出撃した後、龍田さんは軽巡、及び餓狼艦隊以外の重巡を率いてドックを占拠してください」


電「それから私たち全員が艤装を装備し、不知火さんは駆逐艦を率いて提督の拿捕に向かってください」


不知火「了解しました。ところで、拿捕の際に手荒なことはどの程度許されるのでしょうか」


電「そうですね……艤装の使用は威嚇に留め、出来る限り無傷で捕らえてください。抵抗するようなら、多少の無茶は構いません」


霞「つまり、抵抗するなら蹴ったり殴ったりはOKってことね?」


電「はい。無用な暴力はあってはなりませんが、提督を逃しては意味がありません。その判断はお任せします」


足柄「提督の拿捕、か……ちょっと複雑な気分ね。以前は私にも目を掛けてくれていたのに……」


那智「あんなチンカスのことなど忘れろ、足柄! 眠れぬ夜に火照る体を持て余すなら、高雄か愛宕をあてがってやる!」


妙高「高雄と愛宕はあなた方の性欲処理係じゃありませんわよ? そんな口が利けるなんて、まだしつけが足りないようですわね」


那智「くっ……受けて立つぞ! 親指締めでもファラリスの雄牛でも耐え抜いて見せる!」


妙高「それはともかく、足柄。提督への未練は捨てなさい。私たちをこんな境遇に追いやったのは提督なのよ?」


羽黒「そう、そうよ! 大破目的で出撃させられた恨み、絶対に晴らしてやるんだから!」


足柄「……そう、そうよね! もう迷わないわ、提督討つべし! 私の恋人は常に戦場なのよ!」


那智「その意気だ足柄! 提督を捕らえた暁には、私たちが妙高にされたものと同じメニューの拷問をやつに与えてやろう!」


電「あの、捕虜への拷問は禁止されているので、それはやめてほしいのです」


皆さん、やはり提督への恨みは根深いのです。放置され、好き勝手に扱われた恨み。あらゆる不満、鬱憤が提督に向けられています。


提督の拿捕が成功すれば、最悪そのままリンチに発展しかねないでしょう。そのときは、私は提督を守る側に立たなくてはなりません。


ここまではそう難しくはないでしょう。問題は次の段階です。


龍驤「提督を捕まえたら、それで終わりってわけにはいかへんのか?」


電「……やはり無理でしょうね。やはり主力艦隊との対決は避けられません」


提督を捕らえても、それでこちらに主権が移るわけではありません。権力とは、常に暴力と共にあって初めて成立するのです。


主力艦隊の無力化。これこそ「電号作戦」における最大の難関であり、私たちがなかなか作戦を決行できなかった理由でもあります。


鎮守府における艦娘の9割を味方に引き入れていても、それは頭数の話であって、戦力としては別問題です。


味方の大半は実戦経験すらない放置艦であり、主力艦との戦力差は天と地ほど開きがあります。


単に鎮守府で反乱を起こしても、最悪、扶桑さん1人で簡単に制圧されるでしょう。鎮守府の主権を奪うには、主力艦隊の無力化は絶対条件です。


龍田「赤城さんが盗み食いのために倉庫へ忍び込むのに便乗して、艤装を運び出す計画も失敗したものね。いい考えだと思ったんだけど」


木曽「残念でキソ。もし艤装を奪えてたら、主力艦隊も何もあったもんじゃないでキソ」


大和「まあ、そう簡単にことは運びませんよね」


ドックを開けられるのは提督と主力艦隊旗艦の扶桑さん、あとは不正な手段を使える赤城さんだけです。


もし私たちだけが艤装を装備している状況を作れれば、無血勝利の可能性もありました。


その計画が立ち消えになった今、私たちが艤装を得られるタイミングは主力艦隊の出撃後、開いたままのドックに押し入るしかありません。


龍驤「思うんやけど、提督を人質にすればええんやないか? それやったら向こうさんも抵抗できひんやろ」


電「いいえ。扶桑さんたちはともかく、赤城さんは止められません」


龍田「でしょうね。私たちに主権が移った後に自分がどうなるか、あの人はすぐに理解するはずだわ」


龍田「きっと提督を殺してでも抵抗するでしょう。扶桑や金剛をあの手この手で焚きつけてね」


電「その通りだと思います。主力艦隊の無力化とは、同時に赤城さんの抹殺も目的としています。彼女はどうあっても生かしておいてはいけません」


解体か監禁されることがわかっていながら、赤城さんが降参する可能性は皆無です。どんな手段を使っても生き残ろうとするはずです。


彼女を生かせば、鎮守府の資源は食い尽くされ、艦娘たちをも手に掛けるでしょう。それだけは阻止しなければなりません。


不知火「憎き赤城を打ち倒すときですね! 我々全員で主力艦隊に挑むのですか?」


足柄「それは無茶でしょ。実戦経験のない子まで扶桑や赤城に挑ませる気? こちらの被害が増えるだけだわ」


電「はい。私たちは戦力を厳選し、精鋭のみで主力艦隊に当たります」


キス島攻略のためにLVを引き上げられたと言っても、駆逐艦が戦艦に立ち向かうのはさすがに無理があります。


軽巡では数少ない実戦経験者の龍田さんや球磨型姉妹も、主力艦相手には厳しいものがあり、駆逐艦、軽巡艦は主戦力から除外されます。


よって、主力艦隊に当たるこちらのメンバーは重巡である旧餓狼艦隊の妙高四姉妹、そして大和さんが主になってきます。


大和「戦いに関しては任せてください。ようやく私の出番ですね」


足柄「私たちもやるわよ! 餓狼艦隊の力を見せるときね!」


那智「燃えてくるな! 戦いに勝つそのときまで禁酒だ!」


大和「……ただ、赤城さんや金剛さんはともかく、扶桑さんをこちらに引き入れるのはやはり無理ですか? 今なら不可能ではないと思いますが……」


電「私もそう思ったんですが……彼女の心は想像以上に固いみたいです。作戦が知られるリスクを考えると、彼女を引き入れるのは不可能です」


霧島さんの謀略により、提督は一時期、完全に扶桑さんを見限りました。それは彼女も感じていたことでしょう。


それにより扶桑さんの心が提督から離れれば、彼女とセットで山城さんもこちら側に引き入れることができ、作戦はより容易になっていたはずです。


しかし、それは甘い考えでした。霧島さんが消えたことを好機と見たのか、今日の扶桑さんは意気消沈する提督を必死に支えようとしていました。


扶桑さんは提督を見限っていません。彼女と相対することはもはや避けられないでしょう。


大和「正直、扶桑さんと戦うのは少し心が痛みます。彼女はいい人ですから」


電「……私もです。ですが、目的を違えてしまいました。扶桑さんは必ず私たちの前に立ちはだかります」


大和「なら、扶桑さんの相手は私に任せてください。大和の名にかけて彼女を倒します」


足柄「となると、私たちの担当は山城ってところかしら? 4人がかりになるのはちょっと気が引けるけれどね」


那智「そうも言ってられん。戦艦を相手にできるのが我々だけだとしても、1対1では手に余る。4人がかりでようやく山城の相手になるだろう」


妙高「厳しい戦いになりそうですわね。金剛さんはどうするのですか?」


電「金剛さんは……私が引き受けます」


霞「ちょっと、あんた主力艦隊に当たるメンバーに入る気!? 無茶よ!」


電「無茶なのはわかっているのですが……大丈夫です、勝算はありますから。魚雷なら戦艦にも通りますし」


実は、当初の作戦において、私は金剛さんを焚きつけ、扶桑さんと同士討ちさせる予定でした。


ですが、霧島さんによって、金剛さんは別人のようにおとなしくなってしまいました。今の彼女に扶桑さんへ食って掛かる意欲はないように見えます。


反面、それは実戦での精神的な弱さにも繋がるはず。今や金剛さんに戦う理由はありません。あるいは戦いの中で説得できるのでは、と考えています。


仮に正面から戦うことになっても、私には61cm四連装酸素魚雷と、ゴーヤさんの遺した2つの強化型艦本式缶がある。勝機は十分にあるはずです。


足柄「扶桑は大和さん、山城は私たち、金剛は電ちゃん。となると……やっぱり問題は赤城ね」


那智「制空権を奪われた中での戦いはこちらが圧倒的に不利になる。正規空母である赤城の存在はでかいな」


大和「そうですね。私の対空火力にも限界がありますし……」


隼鷹「心配はいらないよ。赤城のことはあたしが抑える」


そのとき、終始黙りこくっていた隼鷹さんがようやく口を開きました。


足柄「じゅ、隼鷹! あんた、いたの!?」


大和「ああビックリした。隼鷹さんもこちらの主要メンバーなんですから、もっと発言してくださいよ」


隼鷹「ごめん。別に話すこともなくてさ」


隼鷹さんはあの日から何かの決意を秘めたように、めっきり無口になりました。その決意が赤城さんを倒すことなのはあまりにも明白です。


私たちは各勢力に声を掛けると同時に隼鷹さんにも話を持ちかけ、彼女は主力艦隊と戦うことを承諾してくれました。


龍驤「隼鷹ちゃん、赤城を抑えるって本気か!? うちらは軽空母で、相手は一航戦の正規空母やで!」


隼鷹「心配すんなって。あたしは並の軽空母じゃない。主力艦隊じゃ最古参なんだぜ? 赤城にだって負けないさ」


足柄「そりゃ、LVは高いんでしょうけど……相手は赤城よ? LVが倍あっても心もとないくらいじゃない?」


隼鷹「大丈夫だって。あたしは制空権が奪われないようにするだけさ。後はそれぞれが自分の相手をやっつけてから、みんなで袋叩きにすればいい」


那智「ああ、そうか……それなら何とかなりそうだな。隼鷹が奮戦してる間に、我々が勝負を決めればいいだけだ」


大和「隼鷹さん……本当にいいんですね? 赤城の抑えが必要なのは重々承知していますが……」


隼鷹「おうよ。あいつだけは自分でぶん殴ってやらなきゃ気が済まないんだ。むしろ、機会を与えてくれてお礼を言いたいくらいさ」


電「……では改めて、隼鷹さん。赤城さんの相手をお願いします」


隼鷹「ああ。任せといてよ」


赤城さんはとてつもなく強い。その力は大和さんを持ってしても戦力差を埋められないほどです。


彼女の存在により、私たちはずっと作戦決行を見送り続けてきました。隼鷹さんの参戦こそが、「電号作戦」の決行を可能とした本当のきっかけです。


先日に発覚した事実。隼鷹さんの友達だった1代目の龍驤さんは、赤城さんによって密かに食べられています。


龍驤さんの仇を討ちたい隼鷹さんと、私たちの目的は一致します。こうして貴重な航空戦力である隼鷹さんの協力を得ることに成功しました。


足柄「つまり、相手は扶桑、山城、金剛、赤城の4人。こちらは全員で7人の精鋭艦隊で挑むわけね」


電「はい。数はこちらのほうが上ですが、戦力としてはほぼ互角です。ギリギリの戦いになるかと思いますが……」


那智「はっはっは、その先は言わなくていいぞ! 我々の獅子奮迅の活躍に期待するがいい!」


大和「そうですよ、電さん。何なら、私が扶桑さんと金剛さん、両方引き受けてもいいんですよ?」


足柄「私たちの獲物には手を出さないでよ、大和さん! 久しぶりの戦いなんだから!」


大和さんも、餓狼艦隊も頼もしい限りです。この人たちを頼って本当に良かった。


赤城さんも心配はありません。私には極秘作戦である「E2F計画」がありますから。


龍田「ねえ、私たちはドックを占拠して、それで終わり? さすがに楽すぎるんじゃないかしら」


電「龍田さんの軽巡と重巡の方々には重要な役割があります。万が一、私たちが主力艦隊を倒し切れなかったときの保険です」


龍田「保険? どういうことかしら」


電「私たちは戦況が不利だと判断したら、打倒ではなく消耗させるための戦い方に切り替え、その後に一時退却します」


電「そのとき、主力艦隊を補給と修理のためにドックへ戻るよう仕向けます。龍田さんたちにはそれを待ち構えてもらいます」


龍田「なるほど、追い込み漁の要領ね。弱って逃げて来たところにみんなで魚雷を一斉掃射、って感じでいいかしら?」


電「その通りです。一応戦闘になると思いますので、予め戦うメンバーをそちらで選抜しておいてください」


龍田「わかったわ。ふふ、久しぶりに魚雷が撃てるのね。楽しみだわ~」


足柄「ま、出番はないでしょうけどね。なぜなら、私たちは勝利するから!」


龍田「遠慮しなくていいわよ? ぜひ私たちにも獲物をおすそ分けしてほしいわ~。トドメを刺すだけの役目なんて、とっても美味しいじゃない」


電「あ、もし私たちが補給を受けに来たら、そのときは普通にドックへ入れてくださいね?」


龍田「わかってるわよ。うっかり誤射なんてしないわ」


龍驤「うちらは? うちらは何をしたらええんや?」


電「軽空母の方々には、対主力艦隊のサポートをしてもらいます」


電「主力艦隊が捜索活動に出撃したら、大和さんと餓狼艦隊の皆さんは艤装を着けて、私たちの後を追ってもらいます」


電「龍驤さんたちは偵察機で私たちを見つけ、進行ルートを大和さんたちに伝えてください」


龍驤「わかったで! ナビゲートがうちらの仕事やな!」


電「はい。その他、不足の事態に備えた哨戒も行っていただきます。例えば、赤城さんの艦載機が鎮守府を急襲する、とか」


祥鳳「そのときは何とか抵抗してみせます! この質から帰ってきた九七式艦攻で!」


鳳翔「サポートと留守番は任せてください! 軽空母だってやるときは、やるのです!」


大和「よろしくお願いします。これで主力艦隊の無力化も何とかなるでしょう。それが終われば、後は仕上げだけですね」


電「はい。その後に、提督から鎮守府の指揮権をこちらに譲渡してもらいます。それで『電号作戦』の全ての目的は完遂されます」


足柄「鎮守府の主権を譲り受けたら、それからどうするの? 電ちゃんが提督の座を引き継ぐのかしら」


隼鷹「あたしはそれでいいよ。電ちゃんなら信頼できる」


不知火「不知火たち駆逐艦もそれに賛成です。ぜひ電様に鎮守府を治めていただきたい!」


電「いえ、私にそんなつもりはありません。できれば合議制にしたいと思っています。各艦種から代表者を選出して……」


那智「それはつまり、皆の意見を取り入れた鎮守府運営をしようということか?」


龍田「私が潜水艦を狩りたいって言えば、聞き入れてもらえるようになるの?」


電「はい。うまく行かないことも多いと思いますが……それが一番いい形になるんじゃないでしょうか」


大和「合議制ですか……いいですね、それ。私もそれに賛成です」


龍驤「うちらもそれに賛成や! 今の鎮守府やったら文句すら聞いてもらえへんもんな!」


霞「ふうん……そんなことまで考えてたんだ、電。さすがだわ」


電「えへへ……照れるのです」


もしも叶うなら、その合議制の鎮守府には提督も参加してほしいと私は思っています。


あの人が心を入れ替えて私たちに協力してくれるとしたら、それはとても心強く、喜ばしいことではないでしょうか。


隼鷹「でもまあ、まずは作戦を成功させてから、だな」


電「そうですね。皆さん、どうかよろしくお願いします」


大和「頑張りましょう。もう、不満を抱え込む必要はなくなります。言いたいことは言えばいいんです。そんな鎮守府にしましょう」


足柄「ええ。もう酒浸りの日々とはおさらばよ!」


那智「ああ! 腕が鳴るな!」


龍田「賭博運営も高利貸しにも飽きたわ。また潜水艦を狩れるなら、なんだってするわ」


木曾「キソー!」


龍驤「盛り上がってきたで! 軽空母の力、見せたるわ!」


不知火「不知火たちも微力ながら尽力します!」


霞「私は電が提督でもいいんだけど……電がそうしたいっていうなら仕方ないわね。私も頑張るわ」


電「……ありがとうなのです。皆さん、いい鎮守府にしましょう」


作戦会議は満場一致のもとに閉会し、後は夜明けを待つばかりになりました。


決戦は明日。その前に、話しておかなくてはならない人がいます。


電「隼鷹さん、ちょっといいですか?」


隼鷹「ん……何?」


みんなが自室へ戻っていく中、私は言葉も交わさずに立ち去ろうとする隼鷹さんを呼び止めました。


電「赤城さんの抑えになってくれるという話ですが……本当は、そんなつもりないんでしょう?」


隼鷹「いやいや、何を言ってるのさ。そうじゃなかったら、あたしは何をするつもりだっていうの?」


電「私の考えでは、隼鷹さんは直接赤城さんと決着を付けたいんじゃないかと思っています」


隼鷹「……バレてた? そうだね、正直に言うと、あたしは赤城と真っ向から勝負するつもりさ」


電「その場合、勝率はどれくらいですか?」


隼鷹「んー、LVはあたしが勝ってるから3,4割ってとこかな」


電「……隼鷹さん、本当のことを言ってほしいのです」


隼鷹さんはしばし目を泳がせていましたが、諦めたかのように大きくため息を吐きました。


隼鷹「……わかったよ。実を言うと、勝率は1割もない。相手は正規空母だし、艦載機の性能も赤城のほうが上だよ」


隼鷹「だけど、どうしてもあいつだけはこの手で倒したいの。頼む、あたしにチャンスをくれ。無茶は承知の上だ」


電「……赤城さんは強いです。まともに戦って、隼鷹さんが無事で済むはずはありません」


隼鷹「それでもいい。あたしは龍驤の仇を討ちたいんだ。そのためならなんだってやるさ。電ちゃん、頼むよ」


電「……なんだってやる、それは本当ですか?」


隼鷹「本当だけど……それが何?」


電「隼鷹さん、私は赤城さんを確実に倒せる計画を持っています。『E2F計画』と言います」


隼鷹「いーつーえふ計画? なにそれ、赤城を倒せんの?」


電「はい、間違いなく。その計画の過程で、隼鷹さんは赤城さんと真っ向から戦う機会を得られます」


電「以前から赤城さんを倒すにはこれしかないと思っていましたが、協力者の存在が必須でした。隼鷹さんなら、その役目を担えるはずです」


電「もし、隼鷹さんが心の底から赤城さんを倒したいなら、この計画に協力してほしいのです」


隼鷹「……そうだね。あたしが赤城と戦って負けたら、作戦そのものに響く」


隼鷹「いいよ、計画に協力する。内容はどんな感じなの?」


電「その前に……約束してください。この計画は誰にも知られてはいけません。赤城さんを倒した後もです」


電「私と隼鷹さんだけの秘密計画です。もし計画の中身を聞けば、後戻りはできないと思ってください。それでもいいですか?」


隼鷹「……もちろんさ。赤城を間違いなく倒せるんでしょ? なんだってやるよ、あたしは」


電「それでは……耳を貸してください」


隼鷹「お、用心深いね。なになに? ふむふむ……あ、今のとこ聞き間違いだわ。もう1回言って?」


電「いえ、多分聞き間違いではないのです……ごにょごにょ」


秘密計画と聞いて、隼鷹さんはかすかに目を輝かせていました。本来の好奇心旺盛な性格が刺激されたのでしょう。


計画は単純なものです。わずかに表情が戻った隼鷹さんの顔は、1分後には完全に凍りついていました。


隼鷹「……それ、マジで言ってるの?」


電「はい。マジで言ってます」


隼鷹「いや、でも……なんていうか、さすがに反則じゃない?」


電「あの人はそれくらいやらないと倒せませんよ」


隼鷹「そうかもしれないけど……第一、不可能だって! 準備はどうすんのさ? もう時間なんてないんだし、絶対無理じゃん!」


電「実は、もう全部済んでます。隼鷹さんの返事だけが最後の仕上げです」


隼鷹「嘘でしょ!? 一体いつの間にそんな……マジかよ、ちょっと考えさせて」


隼鷹さんは頭を抱え、葛藤を始めました。おそらくは自分自身の価値観と。


確かに、この計画は傍から見ても正気の沙汰ではないでしょう。私自身はそうは思っていないのですが。


しばらく考え込んだ挙句、ようやく隼鷹さんはうつむいていた顔を上げました。


隼鷹「……そうだよね。赤城は倒さなきゃいけない。そのためには手段なんて選べない」


隼鷹「もう1度確認するけど、準備は終わってるんだよね?」


電「はい。あとは隼鷹さんが協力してくれれば」


隼鷹「わかった、あたしも覚悟を決める。で、具体的には何をすればいい?」


電「少し難しいかもしれないのですが……」


私たちは短い話し合いを終え、「E2F計画」の実行準備は全て整いました。


これで赤城さんの対策は万全です。彼女が食事をすることはもう2度とないでしょう。


全ての憂いを絶ち、私たちも朝を待ちます。作戦決行の、そのときを。












扶桑「おはよう、電ちゃん。今日もいい天気ね」


電「そうですね。おはようなのです、扶桑さん、山城さん」


山城「はい。おはようございます、電さん」


翌朝。早めにドック入りすると、扶桑さんと山城さんもすでに到着していました。


提督の姿もあります。今日は珍しく早起きのようですね。


提督「電も来たか……今日はまた霧島の捜索をしてもらうから、頼んだぞ」


電「はい。ところで、出撃しないと更に海域攻略が遅れますが、いいのですか?」


提督「ああ、そのことはいい。もう大丈夫だ」


何が大丈夫なのかまったくわかりませんが、いいでしょう。あなたの遅れは、私たちが取り戻してあげますから。


赤城「おはようございます。朝ごはんはどこですか?」


金剛「Good Morningデース……」


隼鷹「うぃーす。おはようさん」


龍驤「おはようさん! よーし、今日は頑張るでー!」


私たちに続いて、他のメンバーと軽空母の方たちも早々にやってきました。


赤城さんはいつも通り、金剛さんは目が死んだまま、隼鷹さんは先日より少しだけ元気です。


私も隼鷹さんも、内心の緊張を隠しているのは同じでした。作戦を気取られなよう、普段通りに振る舞わなくてはいけません。


提督「では、ハッピーラッキー艦隊は北方の外海で霧島を捜索してくれ。軽空母たちには近海を捜索してもらう」


扶桑「了解しました。必ず霧島さんを探し出してきます」


提督「ああ、頼んだぞ」


これといった会話もなく、私たちは軽空母隊と共に出撃しました。ドックの外には龍田さんたちが控えています。


ドックと提督は龍田さんや不知火さん、霞ちゃんたちがうまくやるでしょう。成功の可否は私たち、実戦部隊に掛かっています。


内海で軽空母と別れ、外海に赴く私たちに会話はありません。昨日から、皆さんはひどく無口です。こういう空気もあまり好きではありません。


扶桑「……ねえ、みんな。ちょっといいかしら」


赤城「何ですか、扶桑さん?」


先頭を航行していた扶桑さんが提案と共に立ち止まり、私たちもその足を止めました。


扶桑「このまま、まとまって探しても効率が良くないでしょう。どうかしら、みんなで分かれて霧島さんを探すというのは」


電「え? でも……」


山城「いいですね、そうしましょう。じゃあ、山城は北東へ行ってみます」


赤城「それじゃ、私はこのまま進んで北側を探しましょう。艦載機を飛ばせば、広範囲を見渡せると思いますし」


金剛「なら、私は北北西あたりを探してみるデース」


扶桑「私は東に行こうかしら。隼鷹さんと電ちゃんは西側をお願いできる?」


隼鷹「いいよ。じゃ、あたしは北西、電ちゃんは西。それでいい?」


電「あ、はい。わかりました」


扶桑「では、1時間後にこの場所で落ち合いましょう」


好都合でした。主力艦隊が分散してくれれば、私たちは各個撃破を狙うことができ、勝率は飛躍的に高まります。


でも、意外でした。扶桑さんは霧島さんを本気で捜索する気なんてないと思っていましたから。


……いえ、そういうことではないのです。私は言われた通り西に進みながら、得体の知れない胸騒ぎを感じていました。


頭上に聞こえたプロペラ音に空を仰ぐと、飛んでいるのは隼鷹さんの偵察機です。すでに私を見つけ、こちらへ向かってきているようです。


隼鷹「やあ。予想外だね、こんな形になるなんてさ」


電「はい。ですが、これは私たちへ有利に働くはずなのです。ここで待機して大和さんたちを待ちましょう」


私は懐に隠し持っていた通信機を取り出し、周波数を確認してスイッチを入れました。


電「龍驤さん、電です。応答願います」


龍驤『こちら龍驤やで。今から偵察機を飛ばすとこやけど、どないしたん?』


電「予定変更です。扶桑さんの提案で、私たちは個別に分かれて霧島さんの捜索をすることになりました」


龍驤『なんやて? それやったら、もうみんなバラバラになっとるんか?』


電「はい。隼鷹さんは私と一緒です。北に3km進んだところから、扶桑さんは東、山城さんは北東、赤城さんは北、金剛さんは北北西です。追えますか?」


龍驤『任せとき! 全員バッチし捕捉したるからな!』


隼鷹「おう。頼んだよ、一反木綿」


龍驤『…………一反木綿!? それうちか!? うちのこと呼んだんか! ビックリしたわ、誰が妖怪レベルの胸の薄さや!』


隼鷹「はっはっは! やっぱり面白いな龍驤は。ま、よろしく頼むよ」


龍驤『わかっとるわ! 見とき、いつか改装して、隼鷹ちゃん以上の巨乳になったるさかいな!』


可哀想な捨て台詞を残し、龍驤さんはキレ気味に通信を切りました。隼鷹さんはどこか満足気です。


隼鷹「ああ、龍驤と話すと癒やされる……ちょっと落ち着いたよ」


電「……やっぱり、隼鷹さんも緊張してるのですか?」


隼鷹「そりゃあ、ね。赤城と戦うって考えると……怖いよ、やっぱり」


電「……すみません、一番大変な役目を押し付けてしまって」


隼鷹「いいって。あたしがやりたいって言ったんだしさ。ほら、他のみんなにも通信入れなきゃ」


電「あ、そうですね……龍田さん? そちらは順調ですか?」


龍田『こちら龍田よ。ドックはすでに制圧して、みんな艤装を装備したわ。大和さんたちも出撃済よ』


電「わかりました。後は万一の時に備えた迎撃準備だけよろしくお願いします」


龍田『わかってるわ。今、各艦の配置決めをしてるところよ』


木曽『キソー! 龍田姐さん、那珂ちゃんが自分をセンターにしろってうるさいでキソ!』


龍田『ああ、じゃあ那珂ちゃんがセンターでいいわよ。何気に軽巡最古参の実戦経験者なんだし……じゃ、こっちも忙しいから後でね』


電「はい、よろしくお願いします」


隼鷹「順調そうだね。大和たちはどうかな?」


電「連絡してみます。大和さん、聞こえますか?」


大和『聞こえますよ。順調に航行中です。状況は聞きました、そちらの正確な地点はどこですか?』


電「当初のルートから西へ15度ほど逸れた地点です。そこで隼鷹さんと待機中です」


足柄『見て! 私、海の上を走ってる! もう2度と立つことはないと思ってた、この大海原で!』


那智『ははははっ、最高だ! 酒なんて飲んでる場合じゃなかったな!』


妙高『ちょっと、はしゃぎ過ぎですわよ! 本番はこれからなんですよ!』


羽黒『待っててね提督、この後はあなたの番だから……うふふ』


大和『聞いての通り、餓狼艦隊も絶好調です。なるべく早めに合流しますね』


電「えーと、はい。お待ちしています」


隼鷹「足柄たちは嬉しそうだな。放置されてしばらくだもんね」


電「ええ。これから先は存分に戦っていただきましょう」


隼鷹「さて、あとは提督の拿捕さえうまくいけば、だな」


電「はい……不知火さん、そちらの状況を教えてください」


不知火『こちら不知火、現在は執務室の前です。扉は施錠されています』


不知火『あらかじめ周囲を見張っていたのですが、ドックから帰る提督を見た者はいないようです。一通り探しましたが、どこにも見当たりません』


電「……提督を誰も見ていない?」


不知火『はい。あとはこの執務室だけです。扉を破壊してもよろしいですか?』


電「問題ありません。お願いします」


不知火『かしこまりました……霞様、許可が下りました! やってしまってください!』


通信機の向こうから爆音、続けて執務室に雪崩れ込む駆逐艦たちの鬨の声が聞こえ、それは次第に静かになっていきました。


霞『……ちょっと、どこにも提督がいないわよ! あんたたち、ちゃんと見てたの!?』


不知火『そんな馬鹿な……確かに見張っていたのに、提督はどこへ消えたのだ?』


電「不知火さん、落ち着いてください。執務室に隠れる場所はありませんか? 窓から逃げた様子は?」


不知火『どちらもありません。隠れられる場所もなく、窓は内側から施錠されています』


隼鷹「……あたしたちの動きを察知された?」


電「かもしれません……不知火さん、鎮守府内をくまなく捜索してください。浴室から工廠、隅から隅までです」


電「ここからは提督の抵抗が予想されます。駆逐艦は3人1組で、周囲の警戒を怠らないよう指示してください。ドックは龍田さんに連絡してみます」


不知火『かしこまりました! どうかご武運を!』


電「はい、ありがとうなのです……龍田さん? ちょっと問題が出てきました」


龍田『問題? こっちは那珂ちゃんがセンターの正確な位置で騒いでるけど、そっちは何?』


電「不知火さんからの報告で、提督が見当たらないそうです。ドックに提督が隠れていそうな場所はありませんか?」


龍田『提督が? うーん……倉庫も一通り見たし、ないと思うわよ? 一応探してみるけど』


電「よろしくなのです。念のため、警戒は怠らないようお願いします」


龍田『わかったわ。龍驤たちにも偵察機で探させたら? 何なら私から言っておくけど』


電「それでは、頼んでいいですか? 鎮守府周辺を哨戒している偵察機で、上空から提督を探すようお願いしてください」


龍田『ええ。じゃ、もし見つけたら連絡するわね』


通信が切れ、静寂が訪れます。悪い予感が胸のうちから去りません。


扶桑さんの思わぬ提案。見つからない提督。何かがおかしい、何かが……


隼鷹「あんまり考えすぎるのもよくないよ、電ちゃん」


電「隼鷹さん……」


隼鷹「あたしたちは多少の無茶を承知で作戦に参加してるんだ。不足の事態だって覚悟してる」


隼鷹「何が起こったって、それごと叩き潰すくらいの意気込みでいなきゃ。ほら、大和たちも見えてきたぜ」


電「……そうですね。ありがとうなのです」


大和「お待たせしました。異常はありませんか?」


電「はい。鎮守府では提督が未だに見つからないそうですが……作戦に変更はありません」


足柄「見つからない? 変ね、あの人はいつも執務室に引きこもってるはずでしょ。まさか、逃げられた?」


那智「それでも問題はないだろう。すでに鎮守府は我々の手にある。どこへ逃げても、いずれ探し出されるだろうさ」


大和「それに、私たちが主力艦隊を倒せば、提督の権力なんてあってないようなものですよね。行きましょう、電さん」


電「はい。頼りにしています。そろそろ龍驤さんたちが主力艦隊を補足することだと思うので、通信してみますね」


龍驤『電ちゃん? あの、龍驤やけど……』


電「龍驤さん? 主力艦隊は見つかりましたか?」


龍驤『それなんやけど……赤城は見つけた。他のやつが見つからん』


電「見つからない? 扶桑さんたちの航行速度を考えれば、もう艦載機が追い越しているはずだと思うのですが……」


龍驤『それや……おかしいねん。もう扶桑たちがいるはずの地点をとっくに追い越してんねん』


龍驤『多少脇道に逸れてるとしても、3人とも見つからんのはありえへん。あいつら、どこを航行しとるんや?』


電「……そのまま捜索を続けてください。赤城さんはどこですか?」


龍驤『そう、赤城や。赤城はそこから1時の方向にまっすぐ言った地点におる。おるんやけど……』


電「どうしたんです?」


龍驤『……様子がおかしい。あいつ、何もしとらへん。艦載機すら飛ばしてへん。ただ突っ立っとるだけなんや』


龍驤『あいつの向いとる方向は……電ちゃん、あんたらのおる地点にドンピシャや』


電「……え?」


悪い予感は確信に変わりました。どくんと心臓が跳ね、冷たい汗が背筋を伝います。


足柄「……隼鷹。周囲の偵察を」


隼鷹「もうやってる。あたしたちの周りには誰もいない。包囲されてるわけじゃなさそうだよ」


那智「そうだとしても……作戦は察知されたと見たほうが良さそうだな」


大和「電さん、判断を任せてもいいですか。大和はあなたに従います」


電「……少し待ってください」


赤城さんは私たちの動きに気付いている。扶桑さんたちはどこに? 提督を見つけた連絡もまだありません。


ここからどう動くかで全てが決まる。引き返す? でも、もし作戦を知られているなら、引き返すのは相手の思う壺なのでは?


様々な思考がぐるぐると頭の中を回っています。それでも、結局私たちに選択肢はないのです。


電「……赤城さんを倒しに行きましょう」


私の言葉に、皆さんも静かにうなずきました。


賽を投げられました。もう作戦通りには行きません。ここからどんな目が出るか、どんな結果になるか。私たちの奮戦次第です。


電「……緊急通信です。作戦は察知されています。各艦、臨戦態勢を取り、単独行動は控えてください。繰り返します、作戦は察知されています」


龍田『……了解。ドックの迎撃準備は終わったから、このまま臨戦態勢で待機するわ』


不知火『了解です。我々は提督の捜索を続けます。どうかご無事で』


霞『……気を付けてね、電』


龍驤『わかったで。攻撃機をいつでも飛ばせるようしとくわ』


隼鷹「……行こう。どっちにしろ、赤城は倒さなきゃいけないんだ」


大和「単身で待ち構えているのも疑問が残ります。もしかしたら、私たちの動きを全て察知しているわけではないのかも」


妙高「あなた方、いいわね? ここからが正念場ですわよ」


羽黒「大丈夫です。最悪、私が盾になりますから……」


足柄「馬鹿なことを言ってるんじゃないわよ、羽黒。まだまだ大破するには早過ぎるわ」


那智「そうだ。赤城を倒しても、あと3人残っている。お前に欠けられては困るぞ」


私を除いて、臆する人は誰もいません。彼女たちこそ、選び抜かれた本当の精鋭です。


電「航行を再開します。単縦陣形を取り、大和さんは先頭に。哨戒のため、隼鷹さんは最後尾に着いてください」


大和「わかりました。大和が皆さんを守ります」


隼鷹「周囲はしっかり見張っとくよ。奇襲なんてさせないからね」


隊列を組み直し、私たちは1時の方向へと直進しました。赤城さんの待ち構える地点に向けて。


大和「……隼鷹さん。周囲にはやはり異常はないですか?」


隼鷹「ああ、何もない。いや……見えてきたよ、赤城のお出ましだ」


足柄「赤城はどんな様子かしら」


隼鷹「龍驤の言う通りだよ。こっちを向いて突っ立って……くそ、あいつ笑ってやがる」


大和「……すぐに笑えなくしてあげましょう」


艦隊は速度を上げ、徐々にその海域へと近付いていきます。


空には隼鷹さん以外の艦載機はいません。とうとう、目視できるほどに赤城さんに接近しました。


表情がわかるほどに近付かれても、赤城さんに動揺はなく、ただ穏やかな微笑だけを浮かべています。


赤城「……どうも、こんにちは。こんなところで、皆さんピクニックですか?」


電「とぼけるのは止してください、赤城さん。私たちの動きにいつから気付いていたんですか」


赤城「さあ? 私たちの提督は聡明なお方ですから、事前に察知しても不思議ではないでしょう」


電「酷い皮肉ですね。私たちを待ち構えていたのはどういうつもりです?」


赤城「実はですね、私は提督から説得の命を受けてここに立っているんです」


赤城「提督はこの事態を深く悲しみ、同時にお怒りです。今からでも遅くはありません。武器を収め、鎮守府へ戻りなさい」


赤城「あなた方は鎮守府の貴重な戦力。おとなしく従うなら、皆さんの身の安全は保証されるでしょう」


電「そんな言葉を私たちが聞くとでも思うんですか?」


隼鷹「今からぶっ殺されるってのに、ずいぶんと強気だなあ、赤城。寝ぼけてんの?」


大和「私もいるのに、ちょっと傷ついちゃいます。赤城さんは健啖家だそうですね。私の46cm砲弾、食らってみませんか?」


赤城「なるほど。皆さんはあくまで提督に反旗を翻す、それがあなた方の総意と見てよろしいですか?」


足柄「あったり前よ! もうあんな人の下ではやってられないわ!」


那智「主力艦隊以外の艦娘はすべて提督に反抗する! もはや提督に従うのは貴様らだけだ!」


電「そういうことです。私たちはもう2度と提督に従いません。今ここで、あなたには沈んでいただきます」


赤城「……くっくっく、あなた方は悪手を選んだ。せっかくこちら側へのチケットを渡してあげたのに、自ら破り捨てるなんて」


赤城「後悔しても知りませんよ? 従わないなら、私はあなた方への死刑宣告人となるのです」


電「どういう意味です?」


赤城「提督から悲しいお知らせがあります。あなた方は全員、今日付けで鎮守府をクビになりました。私たち主力艦隊以外、全員です」


足柄「はあ? この人、何を言ってるのかしら」


赤城「提督にとって、それはそれは辛い決断だったでしょう。私たち以外、全ての艦娘の解体処分を決意されるだなんて」


赤城「鎮守府はさぞかし静かになるでしょうが、孤独を感じる暇はありません。残された私たちは提督と共に、1から新しい鎮守府を築くのです」


那智「こいつ頭がおかしいぞ。悪い物でも食べたんじゃないか。フナムシとか」


赤城「今のうちに減らず口を叩いておきなさい。すぐに皆さん提督に解体されて、喋れなくなりますからね」


電「何を馬鹿な、そんなことできるはずありません。キス島攻略だってまだだし、遠征もしなきゃいけないのです」


大和「提督が暗愚な方なのは知っていますけど、そこまで血迷っていらっしゃるとは思いませんね」


赤城「ふふ、あなた方は知らないんですよ。提督は華族の出身なんです」


電「……は?」


華族? 赤城さんの口にした単語を理解するのに数秒を要しました。その意味するところも。


那智「おい、カゾクとはなんだ。ファミリーか?」


隼鷹「……日本でいう貴族だよ。わかりやすく言えば、生まれつきすごく偉いんだ」


赤城「そういうことです。鎮守府を任される提督にしては、少々無知無能が過ぎると思いませんでしたか?」


赤城「それもそのはず、彼はコネで海軍省に入り、コネで提督になったんです。海域攻略が遅れても、直接のお咎めはなかったでしょう?」


赤城「大本営さえ、華族の後ろ盾がある提督には強く出られないのです。だから反抗的な艦娘を全て解体、なんて無茶もできる」


電「そんな……いくらなんでも無茶苦茶です! 鎮守府の艦娘を丸ごと解体だなんて、大本営が許すはずない!」


赤城「真実を報告するわけないじゃないですか。 大本営には深海棲艦の急襲を受けた、とでも言えばいいでしょう」


赤城「そうすればお咎めもなく、救援資源だって来る。有象無象の駆逐艦や軽巡ごとき、また建造し直せばいいんです


赤城「あなた方が消えたって、私たちには何の問題もありません。さようなら皆さん。鎮守府は私たちに任せて、あなた方は資源になってください」


赤城さんのしゃべっていることが、まるで違う世界の出来事のように聞こえました。


私たち全員を解体? 提督は華族出身で、全てを1からやり直す? そこに私たちの意志が介在する余地はないのです。


なんて身勝手。提督は一体私たちを何だと思っているのか。沸々と怒りが込みあがってきます。


電「そんな……そんなことが許されると思っているのですか!」


赤城「許す? それは強い者だけが持つ特権です。弱者であるあなたたちに、その権利はないんですよ」


隼鷹「……お前、まだ自分が強い気でいるわけ? 状況をよく見ろっての」


大和「提督が何をしようとも、あなたは私たちの手で葬られるという事実は揺るぎません。覚悟はいいですか?」


赤城「くくっ、あはははっ! 馬鹿な人たち。この会話でさえ、あなた方は我々の作戦の手の内だというのに」


電「……何ですって?」


赤城「さあ、そろそろ始まる頃です。魔女は釜戸に焚き木を入れ、鎮守府という大釜はぐつぐつと混沌に煮え滾るでしょう」


赤城「大釜をかき回すのは他でもない。扶桑、山城、金剛。それでは、悲鳴を聞かせていただきましょう」


電「一体何のつもり……」


龍驤『電ちゃん、大変や! えらいこっちゃで!』


電「龍驤さん!? 一体どうしたんですか!」


龍驤『扶桑たちが……扶桑たちがこっちに現れよった! 問答無用で見境なしに攻撃してきよる! こいつら、今まで一体どこにおったんや!?』


電「な……何ですって!?」


龍驤『あかん、あいつらの瑞雲に九六式艦攻じゃ太刀打ちできひん! 制空権を奪われてしもうた!』


龍田『こちら龍田、元気いっぱいの山城が襲いかかって来たわ! どうなってるのよ!?』


木曾『キソー! 那珂ちゃんがやられたキソ!』


龍田『くそ、あっという間に5人も大破したわ! 今は球磨型姉妹が相手してるけど、長くは保たないわよ!』


電「こんな、こんなはずじゃ……不知火さん! 提督はまだ見つからないのですか!」


不知火『こちら不知火、鎮守府内に金剛が侵入! すでに部隊の3分の1が壊滅、外に出ていた者たちとも連絡が取れません!』


電「不知火さん、みんなを連れて外に出てください! 屋内じゃ駆逐艦の機動力が発揮できない!」


不知火『ダメです、建物入り口に扶桑が陣取っています! 外は瑞雲が包囲し、窓から逃げても狙い撃ちされます! 完全に包囲されました!』


電「……やられた、作戦が全部漏れてる! 」


扶桑さんたちは最初からこれを計画していた。艦隊が分かれたとき、扶桑さんたちは見えなくなってから、すぐに鎮守府へと転進したのです。


軽空母が偵察機を飛ばし始めた頃には、その偵察範囲をくぐり抜け、すでに鎮守府の間近で待機していた。


おそらくは堤防や岩礁の影に身を潜めて。付近を哨戒し、提督を探す偵察機もそんなところまでは見ません。こんな事態は想定していないから。


完全にしてやられた。私のせいだ、私が判断を誤ったばっかりに!


後悔も怒りも通り越した、叫び出しそうなほどの激情。頭に血がどくどくと上り、今にも破裂しそうです。


赤城「くっくっく。いい顔をしますね、電さん。策士、策に溺れるってやつですか」


電「なぜ……なぜ私たちの作戦を知っているんです! あなたたちに知る手段はなかったはずなのに!」


赤城「反逆者が足元を掬われる原因なんて、いつの時代も同じでしょう? 私たちには内通者がいるんです」


電「内通者? そんな……そんな馬鹿な! 私たちから内通者なんて出るわけがない!」


赤城「電さん、あなたは本当に甘い。多少は兵法を学び、作戦指揮を気取っても所詮は小娘の浅知恵。集った者共も結局は烏合の衆に過ぎない」


赤城「あなたは私の資源横領も、間宮アイスの盗難にも気付いた。それなのに、なぜ私が鎮守府の鍵を開けられるのかを考えなかったんです?」


赤城「私がピッキングでもできると思っていたんですか? それがあなたの甘いところ。内通者とは、あなた方の最も身近に存在していたのです」


赤城さんは背中に手をやると、背負った矢筒の中から「彼女」を見せびらかすように私たちの前へ差し出しました。


隼鷹「お、おい……あれは、妖精さんのエラー娘!?」


足柄「近頃見ないと思ったら、赤城のやつが捕まえていたっていうの!?」


赤城「そう、このエラー娘は鎮守府の妖精さん全ての頂点に立つ、いわば妖精王とでも言うべき存在です」


赤城「妖精さんは鎮守府のそこかしこへネズミのようにはびこり、あらゆる雑務を任され、仕事のために様々な場所へ入る権限を持っています」


赤城「鎮守府における妖精さんの利用価値を私は初めから気付いていました。この子を捕らえてから、妖精さんは私の意のままです」


赤城「倉庫の鍵を開けさせ、資源を運び出すこともできる。間宮アイスが注文されたことを聞き出し、密かに奪うこともできる」


赤城「この作戦のことも妖精さんから聞き出し、私が提督に伝えました。ま、ギリギリのタイミングでしたけどね」


赤城「妖精さんの様子がおかしいことに気付かなければ危なかった。きっと、この子たちはあなたたちに私を倒してほしかったんでしょう」


赤城「目の前でお仲間を3匹ほど食い千切ってあげたら、ようやくしゃべってくれました。『電号作戦』と呼ばれるものの全てをね」


電「あなたは……どこまで腐っているのです! 罪のない弱者を虐げて、何とも思わないのですか!」


赤城「ふふ、弱者ならではの質問ですね。お答えしましょう、とても楽しいですよ、私は」


上機嫌にそう答え、赤城さんは手に持ったエラー娘さんを無造作に私たち目がけて放り投げます。


それをどうにか大和さんが受け止めました。エラー娘さんは怯えるように大和さんにしがみつき、泣きじゃくり始めます。


赤城「その子は邪魔なので返してあげます。なに、また捕まえればいいです。他の妖精さんを痛めつければ、すぐ見つかるでしょうから」


大和「よしよし。エラー娘さん、可哀想に……赤城さん、あなただけは許せない。なんとしてもここで沈んでもらいます」


赤城「あら、鎮守府は放っておいていいんですか? 戦艦3人を相手にできるような後方戦力はあなた方に存在しないでしょう」


足柄「大和さん、悔しいけどあいつの言う通りよ! 今ここで戦ってはダメ!」


那智「冷静になれ! 赤城は我々を挑発し、ここで足止めするつもりだ!」


大和「で、でも! このまま、この人を見過ごすことなんてできません!」


そうです、私たちは急いで鎮守府に戻らなくてはなりません。そうしなければ、鎮守府にいるみんなが全滅してしまいます。


だけど、赤城さんを放置するわけにはいかない。もし赤城さんまで鎮守府に攻めてきたら、それこそ絶対絶命です。


赤城「ま、それでもいいなら相手になります。皆さん、まとめて掛かってきていいですよ」


大和「舐めないで! 護衛艦のない空母1隻に、この大和が遅れを取るとでも思っているんですか!」


赤城「随分と自信をお持ちのようですが、あなたは前世を考慮しても、演習以外ではろくに実戦経験のない新米戦艦に過ぎないんですよ」


赤城「対して、この赤城はあらゆる修羅場を潜り抜けてきた百戦錬磨の一航戦。あなた方全てを相手にしようとも、私に敗北はない」


赤城「それとも、私を置いて鎮守府に戻ります? だったら私も鎮守府のほうへ行こうかしら」


赤城「ねえ、電さん。あなたの友達の駆逐艦、霞さんって言うんですか? あの子はとっても可愛くて……とても美味しそうですね」


電「……霞ちゃんに手を出したら、お前を殺してやるのです!」


霞ちゃんの名前を出されて、私の中で何かが振り切れるのを感じました。


この人だけは許せない。この人だけは生かしておけない。必ず、この場で沈めて……!


隼鷹「落ち着けよ、電ちゃん、大和。赤城の相手はあたしだって決めてただろ」


頭の上に温かい手が置かれ、その安心感に昂っていた感情がすっと冷えていきます。


隼鷹「……電ちゃん。あいつの様子からして、あたしたちの計画までは漏れてないと思わない?」


私にしか聞こえないよう、隼鷹さんがそっと顔を近づけます。その冷静な口ぶりに、私自身も急速に落ち着きを取り戻しました。


電「……はい。そのはずです。あれだけは、私と隼鷹さん以外、妖精さんですら知らないはずです」


隼鷹「そっか。じゃあ、始めよう。通信機をちょうだい」


電「……わかりました」


私は味方との連絡用の他にもう1つ、別の通信機を取り出し、スイッチを入れて隼鷹さんに渡しました。


電「……無理はしないでください」


隼鷹「ああ。心配しないでよ」


私の頭に置かれていた手が離れ、通信機を受け取って懐に収めます。それから、隼鷹さんは私たちの中から大きく前へ進み出ました。


隼鷹「赤城はあたしが何とかする。みんなは全速力で鎮守府に戻るんだ」


大和「じゅ、隼鷹さん、赤城と一騎打ちを挑むつもりですか!? いくらあなたでも、無茶です!」


足柄「私たちが助けに戻ってこれる保証だってないのよ! やっぱり全員で赤城を……」


隼鷹「ダメだ! もうずいぶんと時間を無駄にしてる。迷ってる暇も、選択の余地もない!」


隼鷹「任せとけって。赤城を倒す秘策だってある。な、電ちゃん?」


電「……はい。では隼鷹さん、この場をお任せします! 御武運を!」


隼鷹「おうよ! さあ、早く行け!」


電「はい! 皆さん、鎮守府に転進します! 急いで!」


大和「わ、わかりました! すみません隼鷹さん、お願いします!」


足柄「……絶対生きて帰ってくるのよ、隼鷹! やられるんじゃないわよ!」


那智「もし帰って来なかったら、お前の隠してる酒を全部飲み干してやるからな!」


隼鷹「ははっ、そいつは困る! 絶対帰ってくるから、あたしの酒にだけは手を出さないでよ!」


隼鷹さんを1人残し、私たちは鎮守府へと最速で航行します。赤城さんが追撃してくる気配はありません。


私たちが戻るまで、約10分。それまで、みんなには何としても持ちこたえてもらわなければなりません。


電「こちら電です! 龍田さん、私たちは全速力で鎮守府へ戻ります! 到着まで約10分、そちらの状況は!?」


龍田『もう球磨型姉妹も動けるのは木曾だけよ! 実戦経験のある連中はみんなやられたわ!』


龍田『こうなったら総力戦よ! 意地でも私たちで山城を沈めてやるわ!』


電「早まらないで! 10分あれば援軍に行けるんです、それまで時間を稼いでください!」


龍田『時間を稼ぐたって、どうするのよ! もうまともに戦えるのは私と木曾くらいしか残ってないのよ!』


電「山城さんの弱点はスピードです! 側面と背後に回って狙いを定まらせないようにしてください! 軽巡の速度ならやれるはず!」


電「正面からは撃ち合わなければ付け入る隙はあります! 瑞雲の雷撃にだけは気を付けて!」


龍田『はいはい、わかったわ! ほら高雄、愛宕! ついて来なさい、私と一緒に出るわよ!』


高雄『ええっ! 私たちもですか!?』


愛宕『あの、私たち演習すらしたことないんですけど!』


龍田『黙りなさい肉ダルマども! 赤城さんに食われる前に、私があんたたちを食ってやるわよ!』


高雄『すみません、出撃します!』


愛宕『食べないでください!』


龍田『それでいいのよ。どうせ艤装を着けてるんだから死にはしないわ! 大破するなら、魚雷と砲弾を吐き出してから大破しなさい!』


鬼軍曹と化した龍田さんなら、ドックは何とか持ちこたえられるはずです。問題は鎮守府で包囲されている駆逐艦たち。


電「不知火さん! まだ無事ですよね、応答してください!」


不知火『不知火です! ただいま霞様の部隊が金剛と交戦中! 何とか金剛を食い止めています!』


不知火『不知火は動ける者ををかき集め、部隊を再編制中! これより支援に向かいます!』


電「なら、通路を利用してゲリラ戦を仕掛けてください! 倒すことは考えず、とにかく撹乱して時間を稼いでください! お願い、持ちこたえて!」


不知火『かしこまりました! 皆の者、聞こえたな! 行くぞ、サンダーボルト艦隊の真の力を見せるのだ!』


電「あとは……龍驤さん! 艦載機はまだ残っていますか!」


龍驤『かなり落とされたけど、まだ半分は残ってるで! でも制空権を取り返すのは無理や!』


電「取り返すのが無理なら、せめて瑞雲たちを引きつけて、みんなが狙われないようにしてください! 偵察機を囮にしても構いません!」


龍驤『わかった! やれるだけやったるわ!』


電「よし、これで時間を稼げる……それまでに私たちが戻れば!」


大和「ええ、まだ負けてはいません! 逆転はここからです!」


今や電号作戦は鎮守府すべてを巻き込んだ内戦に発展し、完全に後手に回った私たちには、もう取り返しがつかないほどの被害が出ています。


それでも、諦めるわけにはいきません。もし私たちが負ければ、提督は私を含め全ての艦娘を解体処分する気でいます。


私たちの肩には、鎮守府の艦娘全ての命運が掛かっているのです。


電「提督……私たちの鎮守府で、これ以上あなたの好きにはさせないのです!」







電たちが争乱の鎮守府へと向かう中、もう1つの戦いが火蓋を切ろうとしていた。


悠然と佇むのは栄光の第一航空戦隊、初代旗艦。正規空母、赤城。


対するは第四航空戦隊、商船改造空母、隼鷹。


赤城「ふふ……みんな行ってしまいました。自ら捨て駒を買って出るなんて、あなたらしくもないですね」


隼鷹「1つ聞いていいか。何でお前は囮の役を引き受けたんだ? 鎮守府のほうに行けば、どさくさに紛れて食事ができるだろ?」


赤城「ええ、そっちも魅力的でしたけどね。実を言うと最近、初期レベルの駆逐艦の味にも飽きてきたんです」


赤城「もしかしたらご存知かもしれませんけど、霧島さんを消したのは私なんです。ちょっと理由があって、彼女を食べちゃいました」


隼鷹「ああ、知ってるよ。お前は心底イカれた奴だよな」


赤城「失礼ですね。私はただ、お腹が空いてるだけ。そして好き嫌いをしないだけです」


赤城「でもやっぱり、美味しいものが食べたいじゃないですか。あの霧島さんは今まで食べた艦娘では一番美味しかったんです」


赤城「戦艦と駆逐艦ではここまで旨味が違うのかと驚きました。あるいは、LVが多少なりとも上がっていたせいかもしてません」


隼鷹「なるほどね。つまりお前は、あたしたちの誰でもいいから、主力級のやつを食ってみたかったというわけ?」


赤城「そうなんです。一番食べたかったのは大和さんですが、彼女の相手は正直なところ少々骨が折れます」


赤城「本気で戦うとお腹が空きますから、彼女は後でゆっくり頂きましょう。あなたが残ってくれてちょうど良かった」


隼鷹「残念だけど、お前に食われてやる気はない。逆に、お前を魚の餌にしてやる」


赤城「ふふ、強気なところが可愛らしいですね……そうだ、せっかくだから私が食べた龍驤さんのお話でもしてあげましょうか?」


隼鷹「……いらないよ。その汚い口から、龍驤の名前を出すな」


赤城「遠慮しなくてもいいんですよ。実を言うと、彼女の肉はあまり美味しくなかった。肉付きが悪くて食べるところが少なかったんです」


赤城「でも、泣き声はとても可愛らしかった。恐怖と苦痛こそ最高の調味料。それを加味すると、彼女はとても美味しい子でした」


赤城「最初に手足を食い千切って、それから内蔵を頂きました。艤装を付けてたからなかなか死ねなくて、ずいぶん苦しがっていましたね」


赤城「ずっとあなたの名前を泣きながら呼んでいましたよ。『隼鷹ちゃん、隼鷹ちゃん助けて』って……ふふ、本当に可愛かった」


隼鷹「あー……やっぱり話してくれてありがとう。なんかこう、頭ん中に火が着いたわ」


隼鷹「お前を殺す。たとえ髪の毛1本になってでも、お前の息の根を止めてやる」


赤城「それは叶いません。なぜなら、あなたは髪の毛1本残さず、私に食べられてしまいますから」


隼鷹「え、お前って髪の毛まで食べるの? だったらもう何でもいけるじゃん。虫とかゴミでも食べてれば?」


赤城「言ったでしょう、美味しいほうがいいって。あなたは肉付きもよく旨味も乗っていて、とても美味しそうです」


隼鷹「お前のバカ舌に美味しいかどうかなんてわかるわけないじゃん。砂と砂糖の区別もつかないんじゃない?」


隼鷹「カレー味のうんこと、うんこ味のカレーの話があるけどさ。お前はただのうんこをカレーって言って出されれば喜んで食べそうだよな」


赤城「……ずいぶんと舐めた口を聞きますね。軽空母の分際で」


隼鷹「あ、やっぱりうんこも食べるの? あーっはっはっはっ! すげえや、一航戦の誇りもクソもないな!」


赤城「……馬鹿な女だ。私を怒らせさえしなければ、食われる苦しみは多少なりとも和らいだろうに」


赤城の空気が変貌する。殺意と呼ぶにはあまりにも禍々しいその圧力に、隼鷹はわずかにたじろいだ。


それは生物としてあまりに原始的な、絶対的捕食者を前にしているという恐怖。


赤城「……腹が減ったな」


赤城がゆっくりと手を広げ、空を覆い尽くしたのは総数82機の艦載機。


熟練の攻撃隊が全機発艦し、隼鷹を嘲るかのように、赤城の頭上を周回し始めていた。


赤城「貴様の死に墓はいらない。天国行きの免罪符も、地獄を渡る六文銭も必要ない」


赤城「その肉体も、魂も! 全てこの赤城が食らってくれる! 貴様の死後に安寧は訪れないと知れ、隼鷹!」


隼鷹「残念だったな、お前はもう何ひとつ食えなくなるんだよ!」


応じて隼鷹も艦載機を発艦させる。総数、66機。数も、性能も、練度も赤城には遠く及ばない。


だが、それでも引くわけにはいかない。隼鷹はこみ上げる恐怖を押し殺し、艦載機たちを赤城へと放った。


隼鷹「行け! いつまでも思い通りにはさせないからな、赤城!」


赤城「痴れ者が! 下等な軽空母の羽虫のごとき艦載機で、この赤城に触れられると思うなよ!」


本性をさらけ出した赤城に慈悲はない。鬼の形相を隠すこともなく、赤城は艦載機たちに迎撃の名を下す。


赤城「食事の時間だ、艦載機ども! 飛び交う虫けら共を叩き落とし、あの女に第一航空戦隊の恐怖を刻み込むのだ!」


赤城「一切の希望を捨てよ、隼鷹! 貴様が挑むは連合軍さえその名を恐れた一航戦の赤城!」


赤城「矮小な商船改造空母ごときがこの私に牙を剥く、その愚かさを知るがいい!」


赤城「絶望を味わえ! 戦いの果てには貴様の手足をもぎ取って、生きたまま食らってやろう! 貴様は泣き叫びながら死んでいくのだ!」


隼鷹「泣き叫ぶことになるのは……お前だ、赤城!」


懐にある作動させたままの通信機。「E2F計画」の鍵となるそれのことなど、隼鷹はすでに念頭にはない。


電の極秘計画が着々と進行する中、赤城と隼鷹、正規空母と軽空母の熾烈な戦いは幕を開けたのだった。




続く


後書き

ありがとうございました。


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1: SS好きの名無しさん 2015-09-21 18:42:58 ID: a8QjwOhr

準鷹負けんな

2: とある原潜国家 2015-09-21 19:48:00 ID: 0tQixQKW

なぜ華族が提督をやっているんだ…?何にせよ、これは盛大に報道されるだろうな。奴は揉み消すつもりなんだろうが……無理だろう

3: SS好きの名無しさん 2015-09-22 03:29:53 ID: mmDesV5K

そういえば、でち公の話からこうなったのを忘れてたわw

4: しょちあ 2015-09-22 04:49:30 ID: 1P_aWx7Q

待ちきれないでち

5: SS好きの名無しさん 2015-09-23 01:45:50 ID: _9aTStkc

続きはよ~

6: SS好きの名無しさん 2015-10-02 02:55:18 ID: 2CdZWtk_

治外法権レベルの華族だと皇室か八咫烏ぐらいしか思いつかんw
というかボンクラ提督よりRPGのラスボスみたいな赤城の正体が気になる…

7: SS好きの名無しさん 2016-07-20 17:47:06 ID: zWMOrROf

パリは燃えているか


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