2015-10-05 03:35:47 更新

概要

次々と倒れていく艦娘たち。


前書き

大変お待たせしましたしました。



足柄「電ちゃん、私たちの相手は予定通りでいいの!?」


電「はい! 餓狼艦隊は山城さんを、大和さんは扶桑さんをお願いします!」


那智「金剛はどうする! まさか、電が相手をする気か!?」


電「そうするしかありません……もう彼女を止められるのは私しかいないでしょう」


赤城さんを隼鷹さんに任せ、最大全速で鎮守府へと航行する私と大和さん、それに餓狼艦隊こと妙高四姉妹。


今や鎮守府は主力艦である扶桑さん、山城さん、金剛さんの奇襲を受け、大混乱の最中にあります。


私たちはその3人を速やかに打破しなければなりません。扶桑さんは大和さん、山城さんは餓狼艦隊となれば、私の相手は当然、金剛さんです。


大和「しかし、機動力が制限される屋内戦では、火力と装甲に勝る戦艦が圧倒的に有利です。魚雷も使えないし、駆逐艦の電さんでは……」


電「大丈夫です。残っている駆逐艦隊と合流して、力を合わせればきっと勝機はあります」


電「それに……もう一刻の猶予もありません。私たちが1人でも敗北すれば、艦娘全員が解体されてしまいます」


大和「……私にはまだ信じられません。提督がそこまでするだなんて」


足柄「そういえば、提督は一体どこに隠れているの? まだ見つかってないんでしょ?」


那智「今なら提督を捕らえれば、戦況はこちらに大きく傾くぞ。電、どこか思い当たる場所はないのか?」


電「……捜索中にどこへいたかはわかりませんが、今は鎮守府の中にいると思います」


大和「鎮守府内に? でも、そこは駆逐艦隊と金剛さんが戦闘中では……」


電「金剛さんに鎮守府内をある程度掃討させてから、中に入ったんじゃないかと思います。何より、入り口に扶桑さんがいるのが気になります」


足柄「それは駆逐艦の退路を断って殲滅するつもりじゃないの?」


電「提督は駆逐艦を戦力として重視していません。戦艦を2人も割いてまで殲滅する理由はないはずです」


電「だから扶桑さんは駆逐艦を逃さないためではなく、これ以上誰も通さないために入り口を守っているのかもしれません」


大和「提督を守るために……ですか。まさか扶桑さんがこんな計画に加担しているだなんて……」


足柄「まったくだわ! 彼女には見損なったわね!」


妙高「自分たちさえ良ければそれでいいということでしょう。私も失望しましたわ」


羽黒「扶桑さんはときどき意地悪だけど根は良い人だって思ってたのに……許さない」


妙高さんたちの言う通りなのかもしれません。ですが、私にはどうしても腑に落ちないのです。


金剛さんはともかく、扶桑さんがこんな計画に心から賛同しているのでしょうか? 


いくら提督に付き従う扶桑さんと言えども、これほどのことを何の躊躇いもなく実行できるほど、彼女が冷血な人だとは思えないのです。


もしかしたら、扶桑さんにも迷いがあるかもしれません。あるいは説得に応じてくれる可能性だってある。


足柄「見えてきたわ! 鎮守府はもうすぐよ!」


大和「あっ……鎮守府から火の手が! ドックにも煙が……まさか提督は、鎮守府そのものを破壊する気ですか!?」


電「ここまでやるなんて……!」


赤城さんが言っていた通り、提督はこの内乱を深海棲艦の襲撃と偽って報告するつもりでしょう。


ならば、主要部を除く施設にもある程度の被害を出していたほうが報告にも真実味が出る。おそらくはそういう魂胆なのです。


一度鎮まった怒りが再びメラメラと燃え上がりつつあるのを感じます。鎮守府は提督だけのものではないのです。


電「……急ぎましょう!」


ここまでの道のりで予想通り10分弱の時間を消費しています。今や鎮守府に残された後方戦力は風前の灯火です。


鳴り響く爆音、砲撃音。距離はそう遠くありません。ドックを守る龍田さんたちが、山城さんに対して必死の防戦を繰り広げています。


木曾「キ、キソー! やられたでキソー!」


龍田「木曾! くっ……もう動けるのは私だけ……!」


山城「もう降参してください! 私に勝てないのは最初からわかっていたはずです!」


龍田「誰が降参なんてするもんですか、このシスコン! そろそろお姉さまの幻覚が見え始める頃なんじゃないの!?」


山城「あなただけにはシスコンなんて言われたくありません! 第一、あなただって天龍さんの幻覚を毎日見てるじゃないですか!」


龍田「はあ? 天龍ちゃんならあなたの砲撃を食らってそこに浮かんでるじゃない!」


龍田「私の可愛い天龍ちゃんを傷つけた報いは絶対に受けさせてやるわ! 覚悟しなさい!」


山城「そこに浮かんでるの北上さんですよ!?」


電「龍田さん! お待たせしました!」


龍田「遅いわよ! 美味しいところだけ持って行く気!?」


山城「電さん……! 本当だったんですね、電さんがこの反乱の首謀者だっていうのは!」


電「山城さん、あなたは自分が何をしているのかわかっているのですか!? このまま提督に加担すれば、どんな結果になるのかを!」


山城「……私が従うのは提督じゃありません、お姉さま唯一人です! お姉さまがやると決めたなら、私はどこまでもついていくだけです!」


山城「その邪魔をするというのなら、電さんであろうとも容赦はしません! お姉さまに立ち塞がる者は全て山城が沈めます!」


足柄「悪いけど、あなたの相手は電ちゃんじゃないわ、この私たちよ!」


那智「貴様らに主力艦隊の座を奪われた、餓狼艦隊の力を見せてやる! かかってこい、山城!」


山城「出たわね、餓狼艦隊! あなたたち変態四姉妹に山城が負けるもんですか!」


妙高「私たちも変態に入ってるんですの!? この2人と一緒にしないでいただけるかしら!」


山城「変態、変態、拷問魔、ヤンデレの四姉妹でしょう! そんな人たちに主力艦が務まらないのは当然です!」


羽黒「ヤンデレ呼ばわりされた……もう許さない! 山城さん、覚悟!」


山城「覚悟するのはそっちよ!」


接近する餓狼艦隊に向け、山城さんの主砲が放たれます。立て続けに4発。餓狼艦隊は素早く散開し、かろうじて躱します。


那智「おおっと! はははっ、今のは危なかったな!」


足柄「そう、これよ! 危険が肌をかすめるこの感覚! これこそ私が本当に欲していたものだわ!」


足柄「私は戦場に帰ってきた! ただいま戦場! おかえりなさい足柄! 今、私は本当の自分に戻れたんだわ!」


那智「だが、まだ足りん! どうした山城、どんどん撃ち込んで来い! 主砲をこちらに向けろ! 残っている瑞雲も全て出せ!」


那智「本気で殺しにかかってこい! 私たちを感じさせろ! はははっ、全身がうずいて仕方がない!」


山城「この戦闘狂! お望み通り、山城が沈めてあげます!」


足柄「ええ、その意気よ山城! それでこそ、沈め甲斐があるってものよ!」


足柄「戦場に帰ってこれた、本当の自分も戻ってきた、それでもまだ、私は勝利を手にしていない!」


足柄「あなたを倒し、私たちは勝利を掴みとってみせる! 来なさい山城、私たちが餓狼艦隊よ!」


久方ぶりの戦場。士気高揚する餓狼艦隊は、その名の通りに飢えた狼のごとく山城さんに襲いかかります。


山城さんとはいえ、数十に及ぶ軽巡、重巡を相手にしたならば多少なりとも損傷を受け、弾薬、燃料も大きく消費しているはず。


そして相手は戦場に狂喜乱舞する餓狼艦隊。彼女たちなら、山城さんに勝てる!


妙高「電さん、大和さん! ここは私たちが引き受けます、どうぞお行きなさい!」


電「はい、どうかご武運を!」


大和「勝てると信じています、妙高さん!」


妙高「当然です! さあ行くわよ、羽黒!」


羽黒「はい、姉さん!」


山城さんを妙高四姉妹に任せ、私と大和さんはドックを通過し、上陸します。目指すは鎮守府。急がなければなりません。


龍驤『電ちゃん、ちょっと待ちいや!』


電「龍驤さん? 私たちは今から鎮守府内への突入を試みます。そちらの状況は?」


龍驤『うちらは沿岸に退避して瑞雲を引き付けとるけど……そんなことより、なんで隼鷹ちゃんを1人で残して来たんや!』


電「……あの状況ではそうするしかありませんでした。それに、残ったのは隼鷹さんの意志です」


龍驤『せやかて、どう考えても無茶やで! タイマンで赤城に勝てるわけがない! 今だってもう、隼鷹ちゃんが完全に押されとる!』


電「龍驤さん、赤城さんのところに偵察機を飛ばしたままなんですか!?」


龍驤『当たり前やろ、隼鷹ちゃんを放っておけるわけないやん! ああっ、彗星が! まずい、もう艦載機の半分を落とされとる!』


予想すべきことでしたが、まずいことになりました。


隼鷹さんの勝ち目が薄いことは最初からわかっています。まずいのは、これから起こることを龍驤さんが見てしまうかもしれないということなのです。


私は大和さんに聞こえないよう、声を落として通信機の向こうの龍驤さんに語りかけました。


電「……龍驤さん。赤城さんのことは、隼鷹さんに託すしかありません。偵察機を戻してくれませんか」


龍驤『そんなことできひん! 艦載機が1機でも必要なのはわかるけど、隼鷹ちゃんを見殺しにするような真似、うちにはできんで!』


電「……わかりました。偵察機はそのままでも構いません。でも、龍驤さん。ひとつ約束してください」


龍驤『約束? どういうことや?』


電「隼鷹さんは必ず勝ちます。ただし、その過程で信じられないことが起きるでしょう。そのことは龍驤さんだけの秘密にしてください」


龍驤『……何が起こるんや?』


電「それは言えないのです。ただ、絶対に誰にも話してはいけません。いいですか?」


龍驤『……ようわからんけど、わかった。うちは隼鷹ちゃんの戦いを見届けてええんやな?』


電「はい。どうか応援してあげてください。隼鷹さんは、龍驤さんのことが大好きですから」


龍驤『……うん、おおきに。じゃあ、そっちも頑張りや』


通信は静かに切れました。隼鷹さんと別れてから十数分が経過しています。もうそろそろ、「E2F計画」はその姿を見せるはずです。


大和「龍驤さんと何を話されたんですか? 内緒話のようでしたけど……」


電「いえ、隼鷹さんを残してきたことを非難されただけです。事情を説明して、龍驤さんにも理解していただきました」


大和「そうですか……あっ。電さん、下がってください」


電「えっ?」


私の前に立った大和さんの肩越しに見えたのは、こちら目掛けて猛然と襲い来る瑞雲の群れ。


それらは次の瞬間、鳴り響く対空砲火により木っ端微塵になって姿を消しました。


大和「ふう。大丈夫ですか?」


電「は、はい……流石です、大和さん」


大和「いえいえ……今のは扶桑さんの瑞雲ですね。どうやら、こちらを捕捉したようです」


電「……扶桑さんに勝てますか?」


大和「もちろん。私を誰だと思っているんです?」


その微笑みには揺るぎない自信と信念があります。扶桑さんは熟練の主力艦。勝機があるのは大和さんだけです。


私たちがたどり着いた鎮守府の前に、扶桑さんは待っていたかのように屹然と立ち構えていました。


その表情にあるのは確固たる決意。迷いなど露ほども感じられません。


扶桑「……来てしまったのね、電ちゃん。それに大和さん」


電「扶桑さん……そこを通してくれませんか。提督が何をしようとしているのか、あなたは知っているはずです」


扶桑「ええ。だから電ちゃん、大和さん。降伏しなさい。あなたたちだけは解体を免れるよう、私から提督にお願いしてあげるわ」


電「……あなたはこんなことをする人じゃない。どうしてそこまで提督に付き従うんです?」


扶桑「私はあの人の伴侶なの。従うのは当然でしょう」


電「提督はこんな非道を行うような男なのに、なぜ? 提督が華族の出だからですか?」


扶桑「そのことは昨晩、この作戦を聞かされたときに初めて提督が私たちに教えてくれたことよ。提督の出自は関係ないわ」


電「なら、どうして! あんな男に扶桑さんが尽くす価値なんてない! 提督は扶桑さんの気持ちを必ず裏切ります!」


電「いいえ、すでに1度、扶桑さんのことを裏切りました! それを気付いていないわけじゃないでしょう? 提督は扶桑さんが愛するに値しません!」


扶桑「……それでも私は、提督を愛しています。この気持ちをあなたに理解してもらうつもりはないわ」


電「そんな……!」


扶桑「ここはどうあっても通さない。通りたければ、私を倒していくことね」


大和「では、その言葉通りに。やっぱり説得は無理みたいですね、ようやく私に出番が回ってきました」


悠然と進み出たのは、海軍最強と名高い至高の戦艦、大和さん。


扶桑さんの引く死線の領域に、大和さんは事も無げに踏み入りました。


大和「電さん、扶桑さんの脇を抜けて鎮守府に入ってください。彼女は私にお任せを」


扶桑「大和さん、耳が遠いのかしら? ここは通さないって言ったのよ」


大和「扶桑さんこそ、寝ぼけているんですか? 私を前にして余所見をする危険を冒そうだなんて、随分と余裕なんですね」


大和さんは柔らかに微笑み、扶桑さんの視線に険しさが増します。向かい合う2人の戦艦は、今や砲塔を向け合って対峙していました。


大和「行ってください。彼女の様子だと、やはり提督がいるのはここみたいです」


電「……はい、お願いします! 勝ってください、大和さん!」


大和「もちろん。大和は負けませんから」


大和さんを後に走り出し、扶桑さんの側を通り過ぎます。扶桑さんは私に目もくれず、正面から視線を外しません。


扶桑さんとは戦いたくなかった。彼女が優しい人だということを私は知っているから。


でも、もう戦いは避けられません。私は全てを大和さんに託します。


電「どうか負けないでください、大和さん……!」


戦いを始めようとする戦艦2人を背に、私は今や地獄と化した鎮守府へと足を踏み入れました。









大和「……運命を感じませんか、扶桑さん?」


扶桑「言ってることがわからないわね。どういう意味かしら」


大和「私とあなた、お互い日本の名を背負う戦艦同士です。あなたとは一度、ゆっくりお話してみたかったんですけど、機会に恵まれませんでした」


扶桑「でしょうね。私はあなたのことを避けてたもの」


大和「そうなんですか? ちょっとショックですね、どうしてそんなことをしてたんです?」


扶桑「たとえ名前の由来は同じでも、あなたと私はあまりにも違いすぎるわ」


扶桑「あなたは帝国海軍の最新技術を結集した、世界に名だたる最高峰の戦艦。片や私は、時代に置き去りにされた惨めな欠陥戦艦」


扶桑「ずっとあなたが羨ましかった。私はきっと、あなたみたいになりたかったんでしょうね」


大和「……そこまで評価していただいて、恐縮です。私にとって、扶桑さんは偉大な先輩ですよ」


扶桑「お世辞なんていらないわ。私たちの道は分かたれた。お互い、もう敵同士よ」


大和「……負けませんよ。正義は私たちにある。あなたを倒し、提督の悪行を止めます」


扶桑「正義なんて言葉に興味はないの。私はただ、自分の信じたものに命を賭けるだけ」


大和「……教えてくれませんか? 扶桑さんがそこまでして信じているものとは、一体何なんです?」


扶桑「言いたくないわ。その気持ちは私の心に秘めた一輪の薔薇、人に見せびらかすようなものじゃないの」


大和「そうですか……残念です。では、あなたを倒してからゆっくりうかがいます」


扶桑「できるものならね。でも、戦う前に1つだけ教えてあげる」


大和「なんです?」


扶桑「……扶桑の名にかけて、あなたにだけは絶対に負けたくない」


それはまるで、自分に言い聞かせるかのように。性能において遥か上を行く大和に向け、扶桑は揺るぎない覚悟を口にした。


たとえそれがどれほどの覚悟であろうとも、動じる大和ではない。微笑みを崩さぬまま、大和はその言葉を正面から受け止めた。


大和「大和型1番艦、戦艦大和。僭越ながら、お相手させていただきます」


扶桑「扶桑型1番艦、航空戦艦扶桑。挨拶はこの辺りにして、始めましょうか」


大和「ええ……勝負です、扶桑さん!」


扶桑「かかってきなさい! たとえ大和が相手でも、この扶桑は決して引きはしない!」


轟音が鳴り響き、2発の砲弾が交差する。大和と扶桑、日本の名を背負う2人の戦艦の果たし合い。


鎮守府の命運をも超えた、互いの誇りを賭けた決闘がここに幕を上げた。








霞「……離しなさいよ、不知火! 足手まといになるつもりはないわ!」


不知火「何をおっしゃいます! 霞様を置き去りにするなど、電様に顔向けができませぬ!」


霞「私はまだ戦える! 私のことはここに置いて行って。ここで金剛を足止めするわ!」


不知火「そんな、無茶です! もはや砲弾も尽きかけ、立つのがやっとではありませぬか!」


不知火「今、長月が他の動ける者を指揮して金剛を釘付けにしています。援軍が来るまで、霞様は安全な場所に!」


霞「嫌よ! もう戦力だってほとんど残ってないのよ! あんなにいた仲間が、もう数人しかいない! それなのに、大人しくしてろって言うの!?」


不知火「くっ……もう誰も残っていないのか! 子日様ともはぐれてしまった……くそっ! こんなことでは……!」


電「不知火さん! 霞ちゃん! 無事ですか!?」


鎮守府内は予想以上に酷い有様でした。金剛さんがところかまわず主砲を放ったのでしょう、そこら中に砲撃の痕があり、燃えている箇所もあります。


至る所に大破して力尽きた駆逐艦たちが倒れ伏しています。血潮が生々しく壁に飛び散り、目を覆いたくなるような惨状です。


ですが、目を逸らすわけには行きません。傷つき倒れた仲間たち。この状況を作り出した責任は私にあるのです。


責任を果たさなくてはならない。私は不知火さんと、その肩に寄りかかって辛うじて立っている、傷だらけの霞ちゃんに駆け寄りました。


霞「電……ごめん、ダメだったわ。私たちはほぼ全滅。金剛を足止めしてる連中も、今頃はもう……」


不知火「申し訳ありません! 提督さえ未だ見つからず、この不知火がいながら……!」


電「2人とも、自分を責めないでください。作戦が漏れることを想定していなかった、電の責任です」


不知火「そんな、電様が悪いわけでは……!」


電「後のことは私が引き受けます。不知火さんは霞ちゃんと一緒に、安全な場所に避難していてください」


先程から鳴り止まない轟音が鎮守府に響いています。一方は外から、もう一方は内から。後者の聞こえる方向に金剛さんがいるはずです。


霞「まさか電……金剛と直接戦うつもりなの!? いくらあんたでも、屋内で戦艦相手じゃ……!」


電「サンダーボルト艦隊は十分な働きをしてくれました。すでに金剛さんは疲弊し、弾薬の残りもわずかなはずです」


電「大丈夫です、任せてください。金剛さんなんて、私の敵ではないのです」


不知火「で……でしたら、ぜひ不知火をお供に! 弾除けくらいにはなるはずです!」


電「言ったでしょう? 不知火さんは霞ちゃんを守っていてください。お願いなのです」


もう誰にも傷ついて欲しくない。それは本当の気持ちですが、同時に1人で戦艦に挑むという拭いがたい恐怖も、抑えようもなくこみ上げてきます。


それでも、ここから先は私1人で戦わなくてはいけないのです。これ以上みんなを巻き込めません。


不知火さんは苦悩の顔を上げ、口惜しそうにゆっくりと私の言葉にうなずきました。


不知火「……かしこまりました。行きましょう、霞様」


霞「電……あんた、ちゃんと無事に帰ってくるんでしょうね! 帰ってこなかったらタダじゃ済まさないわよ!」


電「もちろんです。絶対に帰ってきますから……待っていてください」


霞「……嫌よ。あんた1人を行かせて、待つだけなんてできない」


霞ちゃんの目が潤んでいたのは見間違いではなかったと思います。それは初めて見る、霞ちゃんの涙でした。


釣られて私まで泣きそうになりましたが、今はそんなときではありません。霞ちゃんのためにも、私は勝たなければならない。


電「霞ちゃん……こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい。ここからはどうしても、私が戦わなければいけないのです」


霞「……電、帰ってきてね。約束よ」


電「はい、約束です」


不知火「……さあ霞様、こちらへ」


2人に見送られながら、私は金剛さんを目指して通路を進みます。内から聞こえる砲撃音はもう、鳴り止んでいました。


私の武器は戦艦の装甲を貫けない12.7cm連装砲、陸上では手榴弾代わりがせいぜいの61cm四連装酸素魚雷。そして2つの強化型艦本式缶。


火力は乏しく、機動力も屋内では発揮できない。当たり前に考えれば勝ち目なんてありません。それでも、勝つしかない。


金剛「……誰かと思えば、電ちゃんじゃないデースか。思ったより来るのが早かったネ」


電「……金剛さん、随分と好き勝手やってくれましたね」


とうとう金剛さんとの接敵。その足元には、ぴくりとも動かない長月さん、白雪さんたちが転がされています。


ここからが正念場。うるさいくらいに心臓が早鐘を打ち、私はそれを悟られないよう、ゆっくりと深呼吸をしました。


電「金剛さん。あなたは自分が何をやっているのか、理解しているんですか?」


金剛「当然デース。反乱分子を一掃してからまとめて解体し、提督と一緒に一からやり直すネ」


電「もうあなたが提督にこだわる必要なんてないでしょう。今更、扶桑さんから提督を奪おうなんて考えてるわけじゃないんですし」


金剛「……霧島が行方をくらましたのはきっと訳があるはずネ」


その瞳は相変わらず暗い影がかかっています。かつての威勢の良さは影も形もありません。


金剛さんの瞳に影を落とすもの、それは霧島さんに対する恐怖にほかなりません。


金剛「万が一、提督が権力を奪われるなんてことになったら、霧島のしてきたことが全部水の泡になるネ」


金剛「そしたら、あの子の怒りの矛先は私に向くネ。それを思えば、ほかの艦娘をみんな解体するくらいどうってことないデース」


電「そっ……! そうなん、ですか」


それは予想していなかった絶好のチャンス。これを逃すわけにはいきません。


電「すみません、一旦待ってください。金剛さん、面白いことを教えてあげましょうか?」


金剛「電ちゃんには悪いけど、待つ暇なんてないデース。さっさと駆逐艦を全滅させて、解体室に持って行かなくちゃいけないネ」


電「いいえ、きっと金剛さんは聞きたい話だと思いますよ……実はもう、霧島さんはこの世にいません」


金剛「……何を言ってるデースか? そんなわけないネ」


電「事実です。霧島さんは私が殺しました」


金剛「……What?」


その暗い瞳が驚愕に見開かれます。当然でしょう、こんな話題を金剛さんが聞き逃がせるはずもありません。私たちの勝利はもう、すぐそこにあります。


電「一昨日、金剛さんたちが入渠して、霧島さんと赤城さんだけがドックに残っていたのを覚えていますか?」


電「そのとき、私は補給資源に細工をしたんです。といっても、2人の補給資源を同じ場所に用意したっていう、ただそれだけなのですが」


電「先に補給に来た霧島さんは、これ幸いとばかりに2人分の補給資源を全て食べてしまいました。そこに後から来た赤城さんがやってきたんです」


電「自分のご飯を横取りした相手を、あの赤城さんがどうするか……ここから先は、言わなくてもわかりますよね」


金剛「まさか……霧島は赤城に食べられたっていうんデースか!?」


電「その通りです。何なら、赤城さんに確認してみます? どんな味だったか、克明に教えてくれると思いますよ」


金剛「そ、そんな……それじゃ、私はどうすればいいんデースか!?」


戸惑う金剛さんの姿はまるで、繰り人を失った操り人形のように哀れなものでした。


彼女はどれほど酷いことを霧島さんにされたのでしょう。一度壊されてしまった心は、もう元には戻らないのでしょうか。


電「あなたがどうすればいいのか、それは私が決めることではありません。ただ、できれば武器を降ろしてほしいのです」


電「たとえ姉妹といえど、霧島さんの仇を討つような義理はないでしょう? 金剛さんが私たちに付けば、それで解決します」


金剛「で、でも……そしたら、私まで提督に解体されてしまうのデース!」


電「私たちは提督から鎮守府における権限を奪うために戦っています。私たちが勝てば、そんな心配はしなくて済むのです」


電「一緒に来てください。金剛さんが力を貸してくれるなら、これほど心強いものはありません」


金剛「……提督から権限を奪ったら、その後はどうするデースか?」


電「合議制の鎮守府を作るつもりです。誰が偉い、というのはなくなります。みんな平等な鎮守府こそが私の目標です」


金剛「……そうデースか」


仔うさぎのように怯えていた金剛さんの体から、震えが引いていきます。暗い影を落としていた瞳にも光が戻りつつあります。


金剛「……電ちゃん。私がなんで扶桑から提督を奪いたかったか、わかるデースか?」


電「……いいえ。略奪愛への願望、ってやつですか?」


金剛「違うネ。私はただ、1番になりたかっただけデース」


その瞳にはかつての光を超えるほどの輝きが爛々と光っています。もう、1人では歩くことすらできない、操り人形の金剛さんはいません。


扶桑さんから提督を奪うことに執心していた、あの金剛さんが今ここに舞い戻りました。


金剛「扶桑のことはずっと気に入らなかったネ。私より先に着任して、私より強くて、あいつに勝ちたいってずっと思ってたデース」


金剛「平等な鎮守府? Fucking Christ. そんなもの、私は望んでないネ。私が欲しいのは1番の座ネ!」


金剛「電ちゃんの望む未来を私は望んでいないネ! もし私の望みが叶うとするなら、それは電ちゃんたちを倒した先の未来にあるデース!」


金剛「空っぽになった鎮守府で、私は1番に返り咲くデース! 霧島さえいなければ、あとは扶桑だけネ!」


金剛「Sorry、電ちゃん。私はやっぱり、提督の側に付くネ! 電ちゃんも他の駆逐艦のように、吹き飛ばしてやるデース!」


電「……そうですか、残念です。なら、私から言えることは1つだけです」


金剛「何デースか? 遺言くらいは聞いてやるネ」


電「では、お言葉に甘えて……今なのです!」


子日「てーいっ!」


金剛「がっ!?」


金剛さんの頭部に直撃したのは、わずか数mの距離から投擲された61cm魚雷管。


推進器が動かなくとも、直に投擲することはできる。弾頭に衝撃が入れば信管が作動し、起爆する。私の目の前で、金剛さんは爆風に飲み込まれました。


子日「ね……ねねねねね、子日だよぉ……!」


電「子日さん、ナイスです! 奇襲は成功ですよ!」


子日「や、やったよぉ! 子日、みんなの仇を討ったよぉ!」


金剛「ひ、卑怯デース……! 後ろからいきなり攻撃するなんて……」


電「ごめんなさいなのです、金剛さん。でも、あなたは私たちの仲間を大勢傷つけました。これでおあいこにしましょう」


硝煙の中で膝を付く金剛さんに向けて、私は12.7cm連装砲の照準を合わせます。間髪入れず、とどめの砲撃を放ちました。


手に伝わる砲撃の振動。魚雷ですでに致命傷を負っていた金剛さんは、避けることもできずに私の砲弾を受け、そのまま崩れ落ちました。


金剛「ガハッ! む……無念、デース」


子日「い……電ちゃぁーん! 怖かった、怖かったよぉ!」


電「子日さん、よく勇気を出してくれました。もし子日さんが助けてくれなかったら、正直なところ危なかったです」


金剛さんと会話を始めた直後、私は驚愕しました。その背後に恐怖でがくがく震えながらも魚雷を片手に忍び寄る、子日さんの姿があったからです。


あの時点では、まだ金剛さんを説得できる可能性が残っていました。


金剛さんを出来る限り会話に集中させ、私の狙いを察した子日さんは、その間に奇襲するのに最適な位置へ移動しました。


金剛さんがどういう人か、私は着任のときから知っています。彼女はそう簡単に私たちの味方になってくれるような人ではないのです。


説得に失敗したとき、子日さんが勇気を振り絞ってくれるかどうかは賭けでした。そして、子日さんは期待に応えてくれました。


子日「ううっ……ひっく、ひっく……でも、みんなやられちゃった……提督も見つからないし、これからどうしよう……?」


電「後のことは任せて下さい。不知火さんと霞ちゃんが向こうにいるはずですから、子日さんもそっちに合流してください」


子日「で、でも……電ちゃん、1人で行くの? だったら私も……」


電「いいんです。もう鎮守府内に敵は残っていませんし、子日さんは十分活躍してくれました」


電「戦艦を撃沈させるなんて、武勲章ものですよ。明日から、子日さんは駆逐艦たちにとって本当のスターです」


子日「す、スター? 私がスター? なにそれ、カッコいい!」


電「はい、ではスターの子日さん。後ほどお会いしましょう」


子日「うん! 頑張ってね、電ちゃん! スターの子日、応援してるね!」


ご機嫌に子日さんが去るのを見届けて、念のため金剛さんがもう完全に動かないのを確認します。これで厄介な相手を1人片付けました。


私がやるべきことは、あと1つ。提督の拿捕です。


電「さて、と……きっと提督はあそこに……」


龍驤『電ちゃん、電ちゃん! 大変や! お願い、助けて!』


電「りゅ、龍驤さん!? 何があったんですか!」


龍驤『だ、ダメやった……隼鷹ちゃんは赤城に負けた! このままやと、隼鷹ちゃんが!』


電「……待ってください。隼鷹さんと赤城さん、他には何も見えませんか?」


龍驤『何もあるわけないやろ! もう隼鷹ちゃんに戦う手段は残ってへん! 助けに行かんと!』


電「……そんな、まだなの!?」


あれからもう20分近く経過している。想定していた時間はとっくに過ぎているのに、何も起こっていない!?


震えるほどの焦燥がこみ上げてきます。まずい、このままじゃ赤城さんは倒せても、隼鷹さんを助けられない!


まさか、失敗? そんなはずはない。もう1分1秒の猶予もないのに、なぜ未だに現れないの!?


龍驤『あああっ! や、やめろやぁ! ちくしょう、やめてくれ! 嫌や、こんなの嫌や! 隼鷹ちゃん、隼鷹ちゃん!』


電「……お願い、早く!」


この状況から私ができることはなにもありません。貴重な時間が刻一刻と過ぎていく。何もできずに待つことは耐え難いほどの苦痛です。


私はその時が来るのを、無駄とは知りつつも必死に祈りながら、ただ待つしかありませんでした。








バリバリ、グシャグシャ、バキバキ、ゴクン。


寄せては返す波の音と、飛び交う艦載機のプロペラ音に混じり、不快な咀嚼音が海面に響いた。


100を優に超えていた艦載機も、今や大半が海中に没し、飛んでいるものは50と少し。その中に、隼鷹が操る艦載機の姿はどこにもない。


赤城「……失礼。早いとは思いましたが、先に頂いてしまいました」


隼鷹「げほっ……う、ああっ……」


赤城「ま、かなり頑張ったほうだと思いますよ。飛行甲板に少々傷を入れられてしまいましたし、敢闘賞くらいはくれてやってもいいでしょう」


赤城「まったく、あなたが無駄に頑張るから、余計にお腹が空きました。すぐに指先から頭まで、残さず食べてあげますからね」


赤城は隼鷹の首を掴んで持ち上げたまま、血に濡れた唇を愉快そうに歪めた。その体に大きな損傷は見当たらない。


力なく持ち上げられる隼鷹の、その右腕は肩から先がなくなっている。その部位はたった今、赤城によって食い千切られたばかりである。


腕だけではない。左目は潰れ、胴体には抉った孔のような深い傷がいくつも刻まれている。その呼吸は今にも途切れそうなほどか細い。


流れ落ちる血が少ないのは、すでに体内の血をあらかた流し切ったから。その光景は誰が見てもわかる、勝者と敗者の姿だった。


戦闘は終了した。赤城が敵を仕留めたならば、これから始まるのは他でもない、食事の時間である。


隼鷹(……赤城の損傷は小破未満。落とせた艦載機は3割程度……飛行甲板も健在か……ちくしょう)


隼鷹(対して、こちらの艦載機は全滅……飛行甲板も失った。もう……体の感覚さえ、ろくにない……)


隼鷹(龍驤、ごめん。仇は……取れなかった……)


赤城「さあて、それではお楽しみと行きましょう。次はどこを食べられたいですか? 足? それとも耳なんていかがです?」


赤城「あ、それより先に、あなたの負け惜しみでも聞きましょうか。食べ始めると、苦痛でそれどころじゃなくなりますからね」


隼鷹「お……お前の……」


赤城「はいはい、なんでしょう。遺言でもいいんですよ。あんまり長いと忘れちゃうので、簡潔にお願いしますね」


隼鷹「お前の……負けだ……」


弾けるように赤城の片腕が奔った。その拳が隼鷹の胴へめり込む。それは傷口を狙った、より苦痛を与えるための残酷な拳打。


隼鷹「ぐああああっ! げほっ、げほっ……!」


赤城「ふふ、すみません。イラっとしたもので。でも、そのジョークは少し面白そうですね」


赤城「どうぞ、続けて? 私を笑わせることができたなら、あなたを食べるときに多少は優しくしてあげられるかもしれませんよ?」


隼鷹「がはっ……こ、この計画を考えたのは、あたしじゃない……電ちゃんだ……」


赤城「……電さんの計画? 電号作戦のことを言ってるわけではないんですよね。なら、初耳です。それは何なんですか?」


隼鷹「へへ……お前も見てただろう? あたしが、電ちゃんから通信機を受け取るところを」


赤城「ああ、そういえば見ましたね。これでしょう?」


赤城は無遠慮に隼鷹の胸元をまさぐり、件の通信機を取り出した。そのまま、それを紙細工のようにくしゃりと握り潰す。


赤城「スイッチはすでに入っていたようですね。どこに通信していたんです?」


隼鷹「違うよ……本当は、そいつは通信機なんかじゃない」


赤城「……なんですって?」


隼鷹「それは電ちゃんが通信機を改造して作った……ビーコンだ。スイッチを入れることで電波を発信し、合図と目印、両方の役割を果たす」


隼鷹「あたしの引き受けた役目は……お前を引きつけて孤立させ、できる限りその場に釘付けにし、時間を稼ぐこと。たったそれだけだ」


隼鷹「まともにお前へ挑んだのは、あたしの意地だ……後はビーコンを頼りにここへ来る、あいつらがやってくれる」


赤城「……あいつらとは誰です?」


にわかに赤城の表情から余裕が消える。笑みすら浮かべる隼鷹の口ぶりには、でまかせではない確信がありありと見て取れた。


赤城「答えなさい、誰が来るんですか?」


隼鷹「あたしたちの『友達』さ……あたしと同じく、お前を殺したいほど憎んでる」


赤城「……私の知ってる人ですかね」


隼鷹「知ってはいると思うよ。ただ、初対面のはずだ」


赤城「謎かけは嫌いです。誰が来るのか、はっきり答えなさい。さもないと、痛い目に合わせますよ」


隼鷹「ははっ……だったら、自分の目で確かめてみたらいいじゃん。もう、お前の後ろに来てるぜ」


赤城「……なんだ、聞いて損しました。そういうことですか」


赤城は深い溜息をつくと、隼鷹をより高々と宙に持ち上げた。首を掴む指に更なる力が入る。


獲物を食らう前にその息の根を止めるような慈悲など、赤城にはない。首に食い込んだ指は、単により大きな痛みを与えるためのもの。


隼鷹「がっ……! ぐお、あああっ……!」


赤城「後ろを向かせて、その隙に何かするつもりだったんでしょうが、古臭い手です。今のあなたには、唾を吐くことさえできないでしょうに」


むしろ、赤城は食らう前に獲物を執拗に痛めつける。食物に対する感謝などない、食欲と嗜虐心を同時に満たす、おぞましい陵辱行為。


赤城「さあ、苦しみなさい。痛みに悲鳴を上げなさい。頭と心臓は最後に頂きます。その息の根が絶えるまで、たっぷりと可愛がってあげますからね」


隼鷹「うぐっ……あ、あっ……!」


赤城という名の人喰い鬼がその口を開く。鮫のような犬歯と、石臼のような奥歯。隼鷹の肉を待ちわびる赤い舌は、すでに唾液でたっぷりと濡れていた。


赤城「あなたには、ご自分の腸が引きずり出される様をその目でご覧頂きましょう。痛くて苦しくて、素敵な光景だと思いますよ。それでは、頂きます」


ぞっとするような笑みを浮かべて、腸を引きずり出そうと赤城は隼鷹の腹に口を寄せる。


その動きはぴたりと止まった。


赤城を止めたのは突如として背後に出現した、気配というにはあまりにも圧倒的な存在感。


艦載機さえ気付かなかった、途方もない「怪物」が今ここに姿を現した。


隼鷹「……遅かったじゃん」


赤城「貴様……誰を呼んだ!?」


赤城に振り返る間は与えられなかった。轟音が鳴り響き、至近距離で三連装砲が放たれる。


1発は隼鷹を捉えていた右腕を引き千切り、1発は飛行甲板を吹き飛ばし、もう1発は赤城の脇腹をかすめ、その身を削ぎ落とした。


赤城「ぎっ……ギャアアアア! ば、馬鹿な! ありえない、なぜだ! なぜ、貴様がここにいる!」


隼鷹「ははっ! そんなの自分の胸に聞いて……あ、どうも」


赤城の手を離れ、崩れ落ちる隼鷹の体は、もう1体の「怪物」により抱きとめられた。その怪物は隼鷹を覗き込み、ニタリと恐ろしげに笑った。


一月あたり3,4人。それは電が自分の記憶と、提督のいい加減な書類を頼りに算出した、赤城が鎮守府の艦娘を食べるペースである。


これに出撃後の補給と、資源倉庫からの盗み食い、それに妖精さんの捕食も加える必要がある。


かといって、いずれもその量は提督が気付かないギリギリのラインを決して超えないはず。そう考えると、これらは思ったほど大した量にならない。


資源の横領は、日ごとにせいぜい駆逐艦が建造できる程度。妖精さんも数が減ったとは言え、目に見えて激減しているわけではないのだ。


電は考える。あまりにも少な過ぎるのではないか?


赤城はその気になれば鎮守府の資源をまるまる平らげるほど、底なしの食欲を持っている。たったこれだけの量で満足できていたのか?


あるいは、日頃から空腹を我慢していた? 


それはないと思われる。赤城は空腹になればあからさまに不機嫌になる。補給を抜かれたとき以外、そんな赤城を見たことはめったにない。


ならば、他に何かを食べていたと考えるのが自然である。だとすると、一体何を食べていたのか?


隼鷹「考えてみれば簡単なことだった。お前は飛んでるものは艦載機だって食うし、歩いてるものは艦娘や妖精さんだって食う!」


隼鷹「なら、目の前を『泳いでるもの』をお前が見逃すはずはない! 数が減ったってあたしたちにはわからないしな!」


赤城「くっ……!」


隼鷹「食ってたんだろ? 夜戦の闇に乗じてか、砲戦時の硝煙に紛れてかは知らないが、お前は密かに『あいつら』を食っていた!」


隼鷹「だけど、あたしたちにはバレなくても、『あいつら』はそれを知っていた! 仲間が何人も生きたまま食われてるってな!」


隼鷹「戦いで沈むことは承知していても、食われることまでは承知しちゃいない! 『あいつら』はお前に復讐する機会を待ち望んでいた!」


隼鷹「なら、目的はあたしたちと一致する! そうしてあたしたちは互いの因縁を一時忘れ、絶対にありえない協力関係がここに結ばれた!」


隼鷹「全てはお前を倒すため! そうだろ! 『深海棲艦』!」


戦艦棲姫「ソウ……赤城、私タチハズット、アナタヲ殺シタカッタ」


戦艦レ級「……ヒヒッ!」


彼女たちは海底に棲んでいる。艦載機の目も届かない海面下より浮上した、艦娘の艤装とは全く異なるその威容。


言わずと知れた深海棲艦のエリアボス、戦艦棲姫。そして数多くの鎮守府を恐怖に陥れた海の悪魔、戦艦レ級。


艦娘の天敵である深海棲艦。その中でも選りすぐりの怪物2人が、今まさに赤城へ殺意を剥き出しにしていた。


赤城「馬鹿な……貴様ら、血迷ったか! 深海棲艦と手を結ぶとは!」


隼鷹「お前のイカレっぷりは血迷ってるどころじゃないからな。こっちもそれなりの手段を取らせてもらったよ!」


隼鷹「それに、昔から言うだろ? 『敵の敵は友達』ってな!」


赤城は深海棲艦を食べている。それを確信していた電は、霧島を葬り、放置艦勢力をまとめ上げたその夜、1人密かに海面へと降りた。


向かった先は深海棲艦の領域。非武装で交戦の意志がないことを示した電は深海棲艦のボスの1人、戦艦棲姫との接触に成功する。


話は事も無げに進み、一夜にして密かな協定が結ばれた。全ては電の予想通り、深海棲艦は食われた仲間の復讐をする機会を望んでいたのだ。


赤城を共通敵とした深海棲艦との同盟。それこそが「E2F(the Enemy of my Enemy is my Friend)計画」の全貌である。


戦艦棲姫「ヨクモ今マデ、私タチノ同胞ヲ辱メテクレタワネ。今度ハ私タチガ、アナタノ四肢ヲ引キ裂イテアゲル」


戦艦レ級「ヒヒッ……死ヌガイイ! 散々苦シメラレタ後デネ!」


赤城「おのれ……驕るなよ深海棲艦! 穢れた海の怨霊ごときが!」


赤城「たとえ飛行甲板を失っても、艦載機はすでに飛び立っている! 貴様ら戦艦2匹程度を相手取り、遅れを取る赤城ではないわ!」


赤城「右腕なぞくれてやる! 貴様ら全員、この赤城の腹に収まるがいい!」


戦艦棲姫「大シタ自信ネ……私タチニ勝テルトデモ思ッテイルノ?」


赤城「当たり前だ、一航戦の赤城を舐めるなよ! 下等な虫けらの分際でこの赤城を傷つけた、その報いを受けるがいい!」


空母棲鬼「ホウ……ソレハ楽シミダナア。一航戦ノ実力トヤラ、是非トモ体験シタイ」


赤城「なっ……何だと!?」


防空棲姫「アッハハハ……! 遊ンデアゲル。空ヲ飛ンデルアナタノ飛行機、全部撃チ落トシテアゲルカラネ」


赤城「ば……馬鹿な! 空母棲鬼、それに防空棲姫だと!?」


港湾水鬼「貴様ヲ殺ス役目、タッタ2人ダケニ任セルハズガナイダロウ?」


駆逐棲姫「ミンナ、オ前ヲ憎ンデル! 苦シンデ死ンダ仲間タチト、同ジ思イヲサセテヤル!」


北方棲姫「オ前ダケハ、許サナイ……!」


泊地棲鬼「地獄ヘ堕チルガイイ、私タチノ責メ苦ヲタップリト味ワッタ後デナ!」


水底より次々と姿を現した、深海棲艦のエリアボス8体。それはまるで、絶望を形にしたような光景だった。


赤城「こ……こんな馬鹿な! ありえない、こんなことが起こるはずがない!」


戦艦棲姫「鎮守府ノ隼鷹トヤラ、遅クナッテ悪カッタワネ。ミンナガ赤城ヲ殺シタガッテタカラ、集マルノニ時間ガ掛カッタノ」


隼鷹「いいよ、気にしてないから……ははっ、壮観だね。まるで深海棲艦のオールスターじゃん」


1体ですら手を焼く一騎当千の怪物たちが同じ海域に集った。目的は1つ、憎き赤城に報いを受けさせるために。


一航戦の赤城がどれだけ強かろうと、この状況に勝機などあろうはずもない。すなわちそれは、赤城の命運がついに尽きたことを意味していた。


戦艦棲姫「サア、覚悟ハ出来タカシラ? 抵抗スルナラ、ソレモイイデショウ。戦闘ト呼ベルモノニハナラナイデショウケド」


赤城「おのれ……おのれえええ! 征け、艦載機ども! この薄汚い海のゴミクズを討ち滅ぼすのだ!」


戦艦棲姫「フフ、馬鹿な女ネ……ヤリナサイ」


空母棲鬼「了解シタ。艦載機ヨ、行ケ!」


防空棲姫「砲撃開始! アッハハハ!」


戦艦棲姫の言う通り、それは戦闘と呼べるものではなかった。


圧倒的物量の対空砲と艦載機による、一方的な殲滅。熟練の攻撃隊といえども、この絶望的な戦力差を覆せるほどではない。


赤城の艦載機が全滅するまでに、掛かった時間はわずか1分。空母が艦載機を失う、それは戦場で丸裸にされたも同然であった。


戦艦棲姫「呆気ナカッタワネ。サテ、ココカラガ本番。時間ヲ掛ケテ、ユックリト処刑シテアゲルワ」


赤城「ぐおおおお! おのれ……おのれ隼鷹、ここまで赤城を陥れるとは! 決してこのままでは済まさんぞ!」


隼鷹「へえ、済まさなかったら、どうなるっていうの? 今から地獄に堕ちるっていうのにさ!」


赤城「この赤城がおとなしく地獄に収まる器だと思うなよ! 私は必ずや黄泉の淵から這い上がり、再び貴様らに災いをもたらすであろう!」


赤城「たとえ地獄に堕ちようとも、私は獄卒さえ食い殺し、地獄の蓋をもこじ開ける! その暁には貴様らも、深海棲艦も、全てを喰らい尽くしてくれる!」


赤城「海を駆ける者どもよ、震えて待つがいい! この赤城が再び天を覆うその時を! それまで決して、我が名を忘れるでないぞ!」


隼鷹「へっ、やってみろ! 化けて出てきたら、また叩き落としてやる! 今度は下水道にでもな!」


港湾水鬼「ヨクシャベル空母ダ。マズハ舌ヲ引キ抜コウ」


駆逐棲姫「モウ手足ハ必要ナイワ。引ッ張ッテモギ取リマショウ」


泊地棲鬼「ソノ前ニ爪ヲ全部剥ガシ、指ヲ折ロウ。出来ルダケ苦シメテヤル」


北方棲姫「ソレガイイ。私タチノ仲間ガ受ケタ苦シミハ、コンナモノジャナイ」


赤城「きっ、貴様ら! 触るな、下等で穢れた海の化け物どもめ! その汚い手でこの赤城に触るな!」


赤城「や、やめろおお! 覚えておれ、この恨みは必ずや晴らし……ギャアアアアア!」


赤城「ぐぁああああっ! おのれえええ! 貴様ら全員、呪われるがいい! これで勝ったと思うなよ!」


赤城「死ね、死ね、死ね! 呪われろ! 餌の分際でこの赤城を辱めた罪業、必ずや償わせてくれる!」


赤城「うぉおおお! 皆、滅びるがいい! 全ての者どもに絶望と災いを……ぎっ、ぐぎゃああああっ! うぎゃああああっ!」


深海棲艦に弄ばれながらも、赤城の口から贖罪の言葉が出ることはない。食料に謝る言葉など、赤城は持ち合わせていないのだ。


この世の全てを呪う赤城の断末魔は、遠洋にまで届くほど激しく、醜く、その残響は消え残る呪詛のように、青い海へと響き渡った。







龍驤『な……何ちゅうこっちゃ。あの赤城が、まるでボロ雑巾みたいに……』


電「……よかった」


深海棲艦の方々はギリギリのタイミングで間に合ってくれたみたいです。隼鷹さんが助かって、本当によかった。


霧島さんを亡き者にしたときのような、拭いがたい罪悪感はありません。相手があまりにも化け物じみているせいでしょう。


戦いが終わったら、高名な祈祷師の方でも呼んでお祓いをしてもらいましょう。赤城さんに祟られるなんて堪ったものではありません。


龍驤『うわっ、あいつ戦艦レ級やないか! 隼鷹ちゃんをお姫様抱っこして、こっちに向かって来よるで!』


電「龍驤さん、出迎えに行ってくれませんか? 今日だけは、深海棲艦は私たちに攻撃してきません」


龍驤『わ、わかった……そりゃ、こんなこと皆には言えんわな。深海棲艦と同盟してたなんて……』


1日限りの深海棲艦との同盟。たとえ赤城さんを倒すためとはいえ、こんな艦娘としての禁忌を犯すような真似を皆は理解してくれないでしょう。


だけど、私は思うのです。深海棲艦にだって心はある。現に彼女たちは惨たらしく殺された仲間の仇を取ろうと、怒りに燃えていたのです。


赤城さんという規格外の存在があったとはいえ、こうして手を取り合うことだってできました。


もしかしたら、深海棲艦とだって仲良くなれる未来があるかもしれない。私はそう考えています。


龍驤『よかった、無事とは言えへんけど、隼鷹ちゃんも生きとる……赤城を倒したら、残るはあと3人やな』


電「いえ、金剛さんはもう倒しました。あとは扶桑さん、山城さんだけですね」


龍驤『ホンマか!? なら、勝ったも同然やで! 山城も餓狼艦隊に翻弄されとるし、扶桑も大和が圧倒しとる! 勝利は目前や!』


電「ええ……ですが、終わってはいません。私は提督を捕らえに行きます。隼鷹さんのことをお願いします」


龍驤『よっしゃ! レ級はちょっと怖いけど、ちゃんと隼鷹ちゃんを受け取ってくるさかいな! 提督のことはよろしく頼むで!』


意気揚々と龍驤さんは通信を切りました。私もようやく、ホッと一息つきます。


戦いに流れというものがあるなら、確実にこちらへ傾いています。もうすぐ、私たちは鎮守府を取り戻せる。


それには、提督を捕らえなくてはいけません。彼のいる場所はわかっています。根拠はありませんが、確信に近い予感がありました。


わずかな休憩を終えて動き出した私の足は迷いなく進み、階段を最上階まで上り、間もなく執務室の前へとたどり着きました。


扉の中央には、駆逐艦の突入時のものであろう、大きな穴が穿たれています。もう扉としては仕切り程度にしか機能していません。


部屋の中からは、カリカリと書き物をする音がかすかに聞こえます。私はまるでいつも通りのように、その扉を開きました。


提督「……電か。悪いが、お前の仕事はもうないんだ」


電「そのようですね、提督。何をしているんですか?」


提督「なに、今回の件の報告書をな。鎮守府を急襲され、艦娘の大半を失ったとなると、書かなきゃいけない報告書も結構な量になる」


提督「今からやっておかないと、大本営から来る支援が遅くなる。何なら、手伝うか? 今なら謝れば許してやらないこともない」


電「……驚きましたよ、提督が華族の出身だったなんて。どういう理由で鎮守府に着任したんです?」


提督「ああ、それか。うちは結構な名家でな、俺はその末子だ。つまりは一族の中で一番地位が低い」


提督「貴族院に入っても兄弟たちと比べて、大した役職はもらえそうにないんでな。それで海軍省に入ることにしたんだ」


提督「海軍省の、特に鎮守府の提督とくれば、地位は高くないが人気役職だ。戦死の危険もなく、経歴の箔付けには丁度いい仕事だ」


電「はあ、名を挙げて兄弟を見返したかったとか、そういう理由なのですか?」


提督「そんなところだな。ある程度の勲功を上げたら辞めるつもりだったんだが、なかなか上手く行かないものだな」


電「一からやり直すんですってね。具体的にはどういう計画をお持ちなんですか?」


提督「そうだな、今回の失敗は放置艦を増やしすぎたことが原因だ。次は鎮守府の締め付けを強化しないといけない」


提督「金剛あたりに、鎮守府内の憲兵でもやらせてみるか。反抗的な艦娘を処罰し、風紀を引き締める。これで次は上手く行くさ」


電「ふうん……何を根拠に上手く行くと思っているんです?」


提督「別に。次は優秀な艦娘を建造できるよう、祈るしかないな。今の鎮守府は無能な艦娘ばかりだ」


電「ぷっ……あは、あははははっ!」


提督「……何がおかしい、電」


電「あははっ……だって提督、その言葉はあなたにそのまま返ってくるんですよ」


装填済みの12.7cm連装砲塔を静かに持ち上げ、その照準を提督へと向けました。胸の内には、真っ黒な感情が激しく渦巻いています。


電「なぜ、あなたの鎮守府経営がこんなことになったか教えてあげましょうか? それは、あなたが無能だからです」


提督「……なんだと?」


電「艦種それぞれの活用法もわからない。資源運用も無計画。艦娘たちの気持ちなんて考えたこともない。いつも自分のことばっかり」


電「愚鈍で学習能力のないあなたに、これ以上、鎮守府で好きにはさせないのです。あなたから全ての権限を奪い取らせていただきます」


提督「何を馬鹿な。ここは俺の鎮守府だ、何をしようと俺の勝手だ」


電「あなたの鎮守府じゃない! ここには私たち、艦娘がいるんです! あなたは私たちを何だと思っているんですか!」


提督「お前たちは俺の言うことだけ聞いていればいいんだ! そんなこともできないやつは、全て解体する!」


電「私たちは生きている! あなたの道具でもおもちゃでもない! ここまで愚かな人だとは思わなかった……!」


提督「だったらどうする気だ? その砲で俺を撃つか?」


電「……最初は撃つつもりはありませんでした。ですが、今は違います」


提督「でまかせだな。お前に俺を撃てるわけがない」


電「……試してみますか?」


提督「いいだろう、やってみろ」


様々な感情が沸き起こりました。怒り、憎しみ、恐怖。呼吸が乱れ、提督に向けられた照準がわずかにブレます。


それらは全て、胸のうちに渦巻く真っ黒な感情に飲み込まれていきます。それは次第に黒く冷たい塊となって、心の奥底へと沈みました。


もう震えてはいません。静かに息を吐き、引き金に指を掛けます。躊躇いも、迷いも、恐怖も感じません。


あるのは、この冷たい感情だけ。私は照準越しに、しかと提督を見据えました。


電「……さようなら」


狙いは正確でした。確かな意志を持って放たれた砲弾は、大気を切り裂きながら提督へと真っ直ぐ突き進みます。


ほんの一瞬の出来事。提督の命を奪うはずだった砲弾は、鋼鉄の装甲によって食い止められました。


伊勢「うっ……あぅうううう……!」


電「いっ……伊勢さん!? そんな、どうして!」


目を疑いました。横から飛び込んで提督の盾となったのは、ここにはいないはずの伊勢さんなのです。


電「そんな……一体今までどこに!?」


提督「始めからずっと執務室にいたぞ。部屋の隅で膝を抱えて、黙りこくってじっとしていたがな」


提督「伊勢には命に変えてでも俺を守るよう言ってある。こいつは思ったより優秀みたいだな」


伊勢「あっ、あっ……あう……ひゅ、ひゅう、が……日向……」


電「……様子がおかしい!? 提督、あなたは伊勢さんに何をしたんですか!」


駆逐艦たちが見つけられなかった提督の居場所。それはきっと、伊勢さんのいた隔離病棟だったのです。


あそこには今、伊勢さん以外の入院患者はおらず、ほとんど忘れ去られた場所です。駆逐艦たちも思い当たることができなかったのでしょう。


しかし、今はそんなことを考えている場合ではありません。伊勢さんの様子がどう見ても尋常ではないのです。


提督「伊勢はまだ病気が治っていなくてな。一仕事できるよう、薬を処方してやったんだ」


電「薬……まさか、ゴーヤさんに与えたのと同じモノを!?」


伊勢「ひゅ、ひゅ、ひゅ……日向は……日向は、どこ……?」


提督「言っただろう、伊勢。日向は反乱軍に捕らえられた。やつらを全て撃沈しなければ、日向は取り戻せない」


提督「目の前の電は反乱軍の首謀者だ。こいつを仕留めれば、日向が解放されるかもしれないぞ」


伊勢「うっ……うううううっ! ひゅ、日向、日向!」


電「伊勢さん、しっかりしてください! 提督の言葉に耳を傾けてはいけません!」


これは、暗示? 催眠? ゴーヤさんの使っていた薬とは違う。何らかの薬物により、提督が伊勢さんを操っているのは明白です。


伊勢さんの虚ろな瞳に、狂気の光が爛々と灯ります。それはまるで、怒り狂った猛獣。伊勢さんの艤装、その全ての砲塔が私に向けられました。


提督「行け! 殺せ!」


伊勢「日向を……日向を返せぇえええっ!」


電「くっ!?」


伊勢さんの主砲が扉を粉微塵に吹き飛ばします。爆風に押し出されるように、私は執務室を飛び出しました。そのまま通路を全力で走り出します。


伊勢「待てぇええ! 日向を返せ、返せぇええ!」


電「これは……まずい! まずいのです!」


戦艦とは思えないほどの健脚で、伊勢さんが猛追してきます。たとえ病魔に犯されていても、その戦闘力が健在なのは明らかです。


まさか、伊勢さんが戦線に出てくるなんて思いもしなかった。これは完全に計算外、全ての均衡が狂いかねない!


主力艦隊から外されたとはいえ、伊勢さんは主力戦艦の1人。その実力は金剛さんと同等か、あるいはそれ以上です。


私が金剛さんと相対することに自信があったのは、第一に魚雷と機動力があるから、第二に精神的な弱みを突けるからでした。


ここでは魚雷も使えない、機動力も十分に発揮できない、今の伊勢さんの状態では説得も通じない。これじゃ、まるで勝ち目がない!


伊勢「うぅうう……死ね! お前を殺し、日向を取り戻してやる! 待っててね日向、必ず……私が助けてあげるから!」


電「ど、どうすれば……戦っても勝ち目がない、逃げ場だってないのに!」


下手に屋外へ逃げれば、伊勢さんの標的は大和さんか、餓狼艦隊へと向けられる可能性があります。


今は優勢でも、伊勢さんが敵側に加われば状況は一変する。かといって屋内を逃げ回っていれば、避難している霞ちゃんたちに危険が及びます。


電「……私がやるしかない!」


装甲を貫けない12.7cm連装砲。手榴弾代わりがせいぜいの61cm四連装魚雷。そして2つの強化型艦本式缶。


私にある武器はたったこれだけ。この武器で伊勢さんを倒す、そうしなければ私たちは勝てない!


怖気づきそうな心を奮い立たせ、なけなしの闘志を燃やします。子日さんだって金剛さんを倒した。なら、私にだってできるはず!


電「こんな形で終わるわけにはいかない!」


こちらに向けられた35.6cm連装砲に対し、私が伊勢さんに向ける12.7cm連装砲はあまりにも心もとない。それでも引くわけには行きません。


伊勢「うう、うぐうう……日向ぁ! もう少し、もう少しだからね! こいつを殺して、あなたを助けるから!」


電「伊勢さん、ごめんなさい! ここで倒れるわけにはいかないのです!」


2つの強化型艦本式缶をフル回転させ、伊勢さんの砲撃に備えます。準備は出来ました。心構えも終わった、後は伊勢さんを倒すだけ。


伊勢「電ぁ……日向を返せぇえええーー!」


電「勝負です、伊勢さん!」


作戦も勝機もない。たとえ無謀でも、絶対に負けられない。この戦いに全ての命運が掛かっています。


元主力艦隊、航空戦艦、伊勢さん。あなたを倒し、私たちは未来を手にするのです!




続く


後書き

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2015-10-05 16:57:58

SS好きの名無しさんから
2015-10-05 12:15:37

SS好きの名無しさんから
2015-10-05 11:02:33

SS好きの名無しさんから
2015-10-05 07:38:31

SS好きの名無しさんから
2015-10-05 04:22:54

このSSへのコメント

8件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2015-10-05 04:12:28 ID: voXSOb3s

深夜まで待ってた甲斐があったぜ。
クズ提督は電ちゃんに天誅して欲しいが、扶桑と山城見てるとあちら側につかざるを得ないジレンマ。
我が嫁扶桑に幸あれ!
続き待ってるよ!

2: SS好きの名無しさん 2015-10-05 07:40:53 ID: RrrwaDX-

更新お疲れ様なのです!
まさかの「E2F計画」にwktkが止まらない…!
次も楽しみに待ってます!

3: とある原潜国家 2015-10-05 15:53:07 ID: 35Ua1AD-

58……クスリ…うっ、頭が

4: SS好きの名無しさん 2015-10-05 16:42:02 ID: MCklaSn-

すごく面白いです。最近のssでは一番。最近、深海棲艦と仲良くしてるような描写が多くて艦これの世界観が壊れつつある中、この作品は理にかなっていて、よく出来てると思います。

5: SS好きの名無しさん 2015-10-05 16:58:28 ID: 8GS_9gyj

最高!

6: SS好きの名無しさん 2015-10-06 01:23:16 ID: GP9f4W-I

伊勢…間宮アイス編で赤城を怒らせてから見かけなかったからてっきり喰われたものとばかり思ってたが…
E2F計画はイカれた作戦とは言ってたけどむしろ胸熱だったわ!

7: SS好きの名無しさん 2015-10-06 02:04:06 ID: nYoQtAQF

赤城がまるで某ルカブライトのようであった
合掌

8: SS好きの名無しさん 2015-10-07 00:36:44 ID: fkFYsgHN

金剛と糞提督は仮に作戦成功した後、
ラスボス赤城をどう処理するつもりだったのかw
(まあ何も考えてないんだろうけど)


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1: SS好きの名無しさん 2015-10-31 15:56:32 ID: BY2kJY82

この内容でアニメかして欲しい。


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