電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです6 死闘! 間宮アイス争奪戦 中編
空気が最悪なクソ提督鎮守府物語の続きです。
1話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2666
2話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2672
3話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2679
4話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2734
5話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2808
6話前編 http://sstokosokuho.com/ss/read/2948
6話中編 http://sstokosokuho.com/ss/read/2975
6話後編 http://sstokosokuho.com/ss/read/2977
金剛ファンからの苦情は受け付けておりません。
扶桑「これは、竹刀?」
赤城「竹刀ですね」
電「ど、どうでしょう。これなら皆さん、いい勝負ができると思ったのですけれど」
私が持ってきたのは、広場に転がっていた2本の竹刀でした。
竹刀はもともと、剣術の稽古における木刀に代わる練習用具として作り出されたそうです。
木刀は強く当てれば骨折、打撲などの大怪我に繋がりますが、竹刀は強く打ち込んでも痛いだけで、稽古中の事故を防ぐことができます。
スポーツ勝負としては少々荒っぽいかもしれませんが、これなら怪我なく、公正な実力勝負ができるのではないでしょうか。
隼鷹「いいね、剣道試合! みんな艦娘なんだから剣道くらいできるっしょ?」
赤城「まあ、艦娘として当然ですね」
伊勢「私も剣道はわりと得意なんだよね~。知ってた?」
金剛「Yes! 金剛もそれくらいの武術は心得てマース!」
電「……そうなのですか?」
私も艦娘ですが初耳です。剣道のルールも何となくしか知りません。
山城「艦娘だって要は軍人ですから。電さんはご存じないんですか?」
電「ご存知ないのです……」
扶桑「電ちゃんはまだ駆逐艦だからしょうがないわよ。大きくなったらきっと武術全般を教わることになると思うわ」
赤城「じゃ、勝負はこれで決まりですね。竹刀での1対1の決闘、ということで」
山城「でも、防具がありませんね。どうしましょうか」
赤城「別にいらないんじゃないですか? 当たっても大怪我するわけじゃありませんし」
扶桑「まあ、そうね。ルールはどうする? 普通の剣道の試合と同じでいいかしら」
隼鷹「でもさー、判定とかめんどいじゃん。もう当たったら負けってことにしよーぜ」
金剛「それに賛成ネ! ルール無用の戦いの方が、私の実力を発揮できるネ!」
竹刀は気に行ってもらえたようで幸いです。皆さんノリノリで試合の準備を始められました。
一時はどうなることかと思いましたが、この調子だと平穏無事に終わってくれそうです。
扶桑「じゃ、竹刀を相手に当てたら勝ちにしましょう。弦の側は当てても無効。当然、竹刀を掴む行為は反則ね」
隼鷹「対戦方式はトーナメント勝ち抜け式でいいかな?」
赤城「それだと6人いますから、1組だけは2回しか戦わなくていいことになりますね」
扶桑「まあ、それくらいの運要素は許容しましょう。いいわよね、山城?」
山城「ええ、お姉さま。私たちが勝てばいいんですから!」
そうしてクジ引きの結果、対戦表はこのようになりました。
┏━山城
┏┫
┃┗━隼鷹
┏┫
┃┃┏━赤城
┃┗┫
┫ ┗━伊勢
┃
┃ ┏━扶桑
┗━┫
┗━金剛
これは……至極順当な組み合わせに見えなくもないですが、3戦目が曲者です。
犬猿の仲の扶桑さん、金剛さんが初戦で当たる形になりました。波乱が起こるとすれば、間違いなくここです。
金剛「ハッハー! 好都合ネ、最初から扶桑をぶっ潰せるデース!」
扶桑「私も嬉しいわ。早い内からあなたに膝を着かせることができるだなんて」
山城「お姉さま、珍しく運がいいですね! 2回勝てば優勝……いえ、私が2回勝ちますから、お姉さまは金剛さんを倒してくれるだけで構いません!」
隼鷹「ふっふーん。そうはいかないよ? 1回戦の相手はあたしだからねー」
伊勢「よーし頑張ってくるからね!」
赤城「戦う回数が多い方の組み合わせになってしまいましたか……まあ、仕方がないですね」
扶桑「それじゃ、試合開始の合図は電ちゃんにお願いするわね」
電「あ、はいなのです」
山城「一旦アイスは返しますね。優勝者が決まるまで預かっておいてください」
改めて間宮アイスの入ったクーラーボックスを首から提げます。どうやら私は審判役をしなければいけない流れですね。
もうここまで来たら、平穏無事に終わってくれればそれでいいです。審判でも何でもやりましょう。
それでは早速、第一試合を始めたいと思います。
第一試合:山城 VS 隼鷹
隼鷹「さーて、久々に本気出そっかなー」
山城「お姉さま、では行って参ります!」
扶桑「頑張ってね、山城! 無理はしたらダメよ?」
第一試合は山城さんと隼鷹さんです。ハッピーラッキー艦隊においてはそこそこ常識のあるお2人なので、突拍子もないことは起こらないでしょう。
互いに竹刀を持ち、開始線に立ちます。両者とも中段の構えを取りました。
電「それでは……始めっ!」
山城「たぁああああーーー!!」
隼鷹「やぁああああーーー!!」
両者、かけ声と共に正面から激しく打ち合います。カン、カンと立て続けに快音が響き、何度も竹刀と竹刀がぶつかり合います。
金剛「ハッハー、2人ともなかなかやるネ!」
扶桑「山城、頑張って! 気を抜いたらやられるわよ!」
伊勢「2人とも強いねえ。大丈夫、私もあれくらいやれるから!」
すごい、すごいです。激しい打ち合いにも関わらず、私には何だか普通にスポーツをしてるかのような平和な光景に見えます。
どうやら剣道の心得があるのは本当だったようで、両者とも一歩も譲らない展開が続きました。
打ち合い、突きを弾き、鍔迫り合っては離れてまた打ち合います。
山城「隙あり!」
隼鷹「あいたっ!」
そしてとうとう勝敗が決しました。突きにいこうと隼鷹さんの竹刀が下がった瞬間を見切り、肩に袈裟斬りを浴びせた山城さんの勝利です。
山城「やった! やりましたわ、お姉さま!」
扶桑「おめでとう! さすが山城ね、勝つって信じていたわ!」
隼鷹「あちゃー。あそこで飛び込んでくるとは、やるねー山城」
ケガもなく、第一試合は普通に終わりました。全てこんな感じで終わってくれるといいのですが……
続いて第二試合です。
第二試合:赤城 VS 伊勢
赤城「それじゃ、やりましょうか」
伊勢「行ってくるね? 応援よろしく!」
皆さんが間宮アイスを賭けて「6人」で勝負をしようと言ったとき、私は内心ホッとしていました。
最近のハッピーラッキー艦隊の雰囲気を考えると、伊勢さんがいないことにされていてもおかしくなかったからです。
5人トーナメントで1人がシード枠、という流れにならず、伊勢さんが仲間に入れてもらえて本当に良かったと思います。
ただ、見ないふりをしてきましたがどうしても気になることがあります。誰からも口を利いてもらえない、というのは今までどおりなのですが……
伊勢「ん? 大丈夫、本当に自信あるから! 期待して待っててね?」
伊勢さん、さっきから1人で見えない誰かと喋っていませんか?
電「では……始め!」
ともかく、試合開始の合図をしまし、
赤城「キェエエエエーーーー!!!」
伊勢「ふぇっ!?」
電「ひっ!?」
瞬きする間に勝敗は決しました。
視界から消えたかと思うほど素早い赤城さんの踏み込みの直後、響き渡る竹刀が弾けたかのような破裂音。
それは赤城さんの唐竹割りが、伊勢さんの額に直撃した音でした。
伊勢さんの頭が割れたんじゃないかと心配になるほどの、凄まじい一撃でした。
山城「お姉さま、今のは……!」
扶桑「ええ。予想はしていたけど……やはり、赤城は相当できるわね」
一撃。たった一撃で、誰もが理解しました。赤城さんがとてつもなく強いことを。
電「伊勢さん! 大丈夫ですか!?」
慌てて伊勢さんのもとに駆け寄ります。あれだけの一撃なら、竹刀とはいえ無事では済まないかもしれません。
伊勢「う、うう……痛たた……」
電「伊勢さん、しっかり。私がわかりますか?」
伊勢「……うん。わかるよ、日向」
電「はい?」
伊勢「ごめんね、負けちゃって……日向に間宮アイス、食べさせてあげたかったのに」
電「あの、私は電ですが」
伊勢「大丈夫よ、ちょっと頭が腫れただけだから。もう、日向ったら心配性なんだから」
あ、ダメですこの人。頭を打ったからかどうかはわかりませんが、とうとう「いない姉妹艦を呼び続ける病」を発症してしまいました。
しかも、かなり重度です。後で提督さんに報告し、疾病措置を取ってもらわないといけません。
電「えーじゃあ、伊勢さん。あっちで休んでましょうね。あんまり動かないようにしてください」
伊勢「うん、わかったわ。ありがとう日向」
伊勢さんを木陰に移動させておきます。その表情は、今まで見たこともないくらい安らいでいました。
未だ鎮守府に日向さんは未着任です。心の拠り所がない伊勢さんにとって、こうなることが一番幸せだったのかもしれません。
赤城「伊勢さん、大丈夫でしたか? 少し強く叩きすぎちゃったんですけれど」
電「えー大丈夫……です、はい。命に別状はないのです」
赤城「そうですか、なら良かったです」
隼鷹「いやースゴイな赤城! さすが一航戦ってやつ?」
赤城「いえいえ、あんなの大したことないですよ。闇雲に思いっきり振り下ろしたら、たまたま当たったんです」
なぜそんなバレバレの嘘を平然と吐くことができるのでしょうか。あの一撃には殺気さえ感じられたというのに。
赤城さんはきっと、勝つためなら相手がどうなろうと知ったことではないでしょう。次の赤城さんの対戦相手の方が心配です。
しかし、それでも大したことにはならない気がします。次の試合に比べれば。
今から始まることを考えれば、ここまでの対戦は全て前哨戦だったと言ってもいいでしょう。
第三試合:扶桑 VS 金剛
金剛「あのポンコツな妹にお別れは済ませてきたデースか? 今日がお前の命日デース!」
扶桑「何を勘違いしているのかしら、死ぬのはあなたのほうよ? 墓標にはR.I.Pの他になんて刻めばいいかしら。Loser? それともBitch?」
金剛「ハッ! 今のうちにほざいてるがいいデース! すぐのこの竹刀をお前のアナルに突っ込んでヒーヒー言わせてやるネ!」
扶桑「そんなに興奮して、紅茶が切れたんじゃない? 私が飲ませてあげましょうか。煮えたぎったやつを、肛門に直接注ぎ込んであげるわ」
開始前から壮絶な舌戦が繰り広げられています。この試合ばかりはまともに終わる気がしません。
もう2人とも、間宮アイスのことなんてどうでもいいんじゃないでしょうか。目の前の相手を倒せればそれでいい、そんな気迫が伝わってきます。
隼鷹「いやーこの試合は面白くなりそうだなー。酒でも飲みながら観戦したいぜ」
山城「お姉さま、ファイトー! 負けないでー!」
舌戦を終えて対峙した両者は開始線につくと、視線で相手を殺そうとするかのように激しく睨み合います。
おそらくはお2人とも、同じことを考えているのでしょう。「絶対に相手を無事では済まさない」と。
金剛「さあ扶桑、死ぬ準備はできたデースか?」
扶桑「あなたの死を悼む準備ならいつでもできているわよ?」
電「……お2人とも、スポーツマンシップに則ったプレイをよろしくお願いします」
一応声を掛けましたが、相変わらずの視殺戦が続いています。まあ無駄な努力ですよね。
もう止めることはできません。因縁の第三試合、開始です。
電「始め!」
金剛「ウオラァアアアーー!!」
扶桑「たぁあぁぁぁぁぁーー!!」
合図の瞬間、両者一気に間合いを詰めました。竹刀が激しくぶつかり合います。
続けざまに快音が鳴り響き、壮絶な剣撃の応酬が始まりました。
突き、斬り上げ、面打ち、胴薙ぎ、次々と攻撃が繰り出されますが、互いに防御に入る気配はまったくありません。
まるで攻めで攻めを潰すかのような、息もつかせぬ攻防。本気を出した両者の実力は完全に拮抗していました。
山城「お姉さま、攻め手を緩めてはいけません! 攻め続けることで相手に隙を作るんです!」
隼鷹「ひゃーすげえや! 2人ともやるぅ! 赤城はどっちが勝つと思う?」
赤城「わかりませんね、これだけの好勝負ですから」
電「確かにいい勝負なのです。お2人ともすご……あれ?」
その瞬間まで、わたしはこの激しくも高度な打ち合いに目を奪われ、興奮さえ覚えながら観戦していました。
一体どのタイミングからでしょうか。いつのまにか私の目に、不思議な光景が映っていました。
いやいや、こんなはずはないです。ありえません。錯覚だと思いたいのですが、あまりにもはっきりと見えています。
電「あ、あの……! これ、おかしくないですか!?」
隼鷹「なに? 電ちゃん、どうかしたの?」
赤城「おかしいところはどこにもないですが」
電「いやいや絶対おかしいですよ! だってほら! ほら!」
私は闘っている最中の扶桑さん、金剛さんの方を必死に指差します。なんでこの人達は平然と見ていられるんでしょうか。
隼鷹「なんかおかしなところある?」
赤城「私にはわかりかねますね」
電「よく見て下さいよ! ルールが変わってるじゃないですか!」
隼鷹「んー? あ、ホントだ」
赤城「ああ、確かに。あの2人、いつ竹刀を捨てたんでしょうか」
そうです。今や両者とも竹刀を持っていません。それにも関わらず、闘いは続いているのです。
金剛「オラオラオラオラァ!」
扶桑「チィイイッ! フンッ!」
竹刀すら持たず、2人は何度も拳を振り上げ、目の前の相手めがけて躊躇なく放ちます。
私の目には、素手の殴り合いを繰り広げる扶桑さんと金剛さんの姿がまざまざと写っていました。
電「いいんですか、これ!? 止めないとダメでしょう!」
隼鷹「うーん、でもさあ。殴っちゃダメなんてルール、最初に設定してないしなあ」
赤城「介者剣術において当て身は基本ですし、このままでもいいんじゃないですか?」
電「そんな無茶苦茶な!」
隼鷹「じゃ、今からルール追加しようぜ。テンカウント制がいいかな?」
赤城「この際バーリ・トゥードルールでいいじゃないですか。KOとギブアップのみを決着ということで」
隼鷹「まあそのほうがわかりやすいか。じゃあ電ちゃん、ルール追加ってことでよろしく」
電「ええっ!? で、でも……山城さん、いいんですか!? こんな闘い、扶桑さんが危な……」
山城「お姉さま、脚を止めちゃいけません! 動いてサイドに回りこんでください! 下からのアッパーに気をつけて!」
電「的確に指示飛ばしてる!?」
あらためて殴り合う2人を見ると、ただ単に拳を振り回しているわけではないことに気づきます。
激しく殴り合っているように見えて、その実、ここまで有効打は互いに一発も浴びていないのです。
金剛さんは両手で頭部のガードを固め、背を丸めて目まぐるしく上半身を揺らしながら、扶桑さんの顔めがけて次々とフックやアッパーを放ちます。
対する扶桑さんは両手を手刀のようにして八の字に構え、巧みにパンチを捌きながらフットワークを使い、回り込んで拳を鋭く突き出します。
電「あ、蹴った! 扶桑さんが蹴りましたよ!」
隼鷹「おっとこれは金剛、うまいこと肘でブロックしたな」
赤城「しかしなかなか鋭いミドルキックでしたね。扶桑さんの流儀は空手のようです」
隼鷹「金剛はボクシングだな。立ち技の攻防は互角ってところか?」
赤城「ええ。ですが、やや扶桑さんが押され気味ですね。金剛さんのスピードにどうにか付いて行っているという感じです」
隼鷹「相手がボクシングなら、扶桑はもっと蹴りを使って攻めたほうがいいんじゃないか?」
赤城「確かに、ボクサーを相手にするなら蹴り、特にローキックを使ってフットワークを潰し、ミドルやハイキックでダメージを与えるのがセオリーでしょう」
赤城「ところがそうもいかないんですよ。あの金剛さんのファイトスタイルが曲者です」
隼鷹「あの妙な構えは何なんだ?」
赤城「ピーカーブースタイルです。背中を丸めて顔面をがっちりとガードし、ウェービングを多用してパンチを躱すインファイトのスタイルです」
赤城「厄介なのは、このスタイルは相手の懐に潜り込んでパンチを打つんですよ。ほら、下からのアッパーやフックが多いでしょう?」
隼鷹「本当だ。ジャブやストレートはほとんど打たないな」
赤城「というより打てないんですよ、距離が近すぎて。扶桑さんも、突きや蹴りを出せてるのはフットワークで回り込んだ直後だけです」
隼鷹「なるほど! 間合いが潰されるから、ある程度相手との距離が必要な蹴り技は使えないということか!」
赤城「そうです。さて、扶桑さんはこの状況にどう対処しますかね」
山城「お姉さま、ピーカーブーの弱点はボディです! ボディに打てば当たります!」
隼鷹「お、セコンドの指示を聞いて、扶桑がボディブローを打ち出したぞ」
電「セコンド!? 山城さんセコンドなんですか!?」
赤城「的確ではありますが、おそらく金剛さんはボディを打たれる覚悟を最初から決めています。あるいは裏目に出る可能性もありますね」
隼鷹「なるほど。さあ、未だに一進一退の攻防が続き……おっとここで扶桑選手のミドルキック!」
電「選手!?」
隼鷹「しかし金剛選手、これもブロック! さすがに防御が固い!」
赤城「扶桑さんは隙あらば蹴りを打ってきますね。それを防ぎきる金剛さんもさすが、といったところでしょうか」
隼鷹「さあ、再びパンチの応酬です。扶桑選手、ボディブローを入れていきますが、金剛選手に効いている様子はありません!」
電「なんで敬語になってるんですか!?」
隼鷹「未だスピード衰えぬ金剛選手のパンチ、扶桑選手これをバックステップで躱す! おっとここでハイキィィィック!」
隼鷹「しかし金剛選手、またしてもこれをブロック! 動きを読んでいたか?」
赤城「読んでいたわけではないんでしょうが、さすが金剛選手です。良い判断ですね」
隼鷹「それはどういうことでしょうか、解説の赤城さん」
電「解説の赤城さん!?」
赤城「先ほど、扶桑選手はミドルキックを2度放っていますね。おそらく、これはハイキックを放つ布石だったんですよ」
電「ナチュラルに解説始めてる!?」
赤城「空手の中段蹴りは、相手から見ると咄嗟に上段、下段との見分けがつきにくいんですよ」
赤城「相手の初動を見て中段だと思ってボディをガードしたのに、読みが外れて頭に蹴りを入れられてしまうのは珍しいことではありません」
赤城「金剛さんは常に頭をガードしていますから、それを下げさせてハイキックを入れるために、扶桑さんはミドルを2度狙ったんです」
隼鷹「しかし金剛さんは読んでいたかのようにハイキックを防ぎましたね?」
赤城「おそらく、2度のミドルキックは反射で防げたんだと思います。そこで金剛さんは、次にハイが来る可能性を考えた」
赤城「ミドルなら当たっても耐えられますが、ハイキックならダウンを奪われるかもしれない。金剛さんは、ミドルを受ける覚悟でハイをブロックしたんです」
隼鷹「なるほど! 扶桑選手の鋭い蹴りは見てからだと避けられない、だからヤマを張ったというわけですね!」
赤城「そういうことです。扶桑さんはあのハイで決める気だったでしょうから、ここから試合が動くかもしれません」
隼鷹「あ、確かに扶桑選手、さっきより打ち込まれる頻度が増えています。金剛選手は俄然勢いを増しています!」
赤城「扶桑さんは最初にハイを放つべきでしたね。そうすれば金剛さんはミドルを捨てて頭を守る、そこにミドルキックを打てば形勢は変わっていたでしょう」
隼鷹「さあ金剛選手のラッシュが止まらない! おっと今のフックはレバーに入ったか? 扶桑選手の表情が苦痛に歪む!」
隼鷹「扶桑選手のフットワークが鈍った! これは危険だ、金剛選手にチャンスが訪れます!」
隼鷹「しかし扶桑選手も終わらない! この状況からでも果敢に突きを……か、カウンタァァァーー!」
隼鷹「金剛選手のフックが扶桑選手の顎に直撃! これは効いているぞ!」
赤城「順突きの出鼻に合わされましたね。痛いカウンターを貰ってしまいました」
隼鷹「扶桑選手がふらつく! 金剛選手は畳み掛けを狙い……おっと扶桑選手、クリンチだ! 辛うじてクリンチで逃れます!」
赤城「いえ、これは金剛さんに誘い込まれましたね。彼女、決めに掛かってますよ」
隼鷹「お、金剛選手が扶桑選手を抱きかかえるように……じゃ、ジャーマンスープレックスゥゥゥゥーー!!」
隼鷹「まさかのレスリング技が飛び出しました! このダメージは深刻だ!」
隼鷹「いや、まだ扶桑選手は終わっていない! なんとか立ち上がり、距離を取ろうとしています!」
隼鷹「しかし金剛選手がそれを許さない! 自ら組みに行きました! 服を掴んで強引に引き倒す!」
隼鷹「おーっと金剛選手、マウントポジションを取ったぁーー!! 扶桑選手、絶体絶命です!」
赤城「ここが勝負の別れ処ですね。果たしてここで決まってしまうのか、それとも……」
隼鷹「さあ金剛選手のラッシュ、ラッシュ、ラッシュ! 猛烈なパウンドが雨あられと振り下ろされる!」
隼鷹「扶桑選手は必死にガードを固めます! 防戦一方! ここから逆転のチャンスはやってくるのか!」
山城「お姉さま、心を折ってはダメです! チャンスは必ず巡って来ます、落ち着いて対処してください!」
隼鷹「セコンドの声にも焦りが見られます! 解説の赤城さん、ここから扶桑選手の逆転というのはありえるんでしょうか?」
赤城「普通なら難しいですが、案外ありえるかもしれませんよ」
隼鷹「お? それはどういった理由でしょうか」
赤城「よく見てください。扶桑さん、あの体勢でパウンドパンチを浴びながら、ほとんどクリーンヒットされてないんですよ」
隼鷹「あ、本当ですね! 扶桑選手、ガードを固めつつ腕でパンチを捌いています! 大きなダメージはまだ受けていません!」
赤城「あの逆境にあっても冷静な証拠です。対して金剛さんは少し熱くなりすぎですね。あれだけ連続して攻撃すれば、そろそろスタミナが切れてくる頃です」
隼鷹「たしかに、いささか金剛選手のパンチスピードが鈍ってきました。おっとここで扶桑選手が動いた!」
隼鷹「金剛選手の襟を掴んで引き込みました! 背中に腕を回しての完全な密着状態! これではパンチが打てない!」
山城「そうですお姉さま! そこからブリッジをして! 脇を蹴ってサイドに転がって……そう、そうです!」
隼鷹「なんと扶桑選手、体勢を入れ替えました! 今度は金剛選手に対し、扶桑選手がマウントポジションを取っています!」
赤城「これがマウントポジションの弱点ですね。一昔前に比べて、今やマウントは絶対ではありません。返しの技術というものが確立されているのです」
隼鷹「さあ今度は扶桑選手にチャンスが訪れる! 金剛選手は果敢に下からパンチを放ちますが、やはりこの体勢では威力がありません!」
隼鷹「おっと扶桑選手、金剛選手の腕を取った! ガードを引き剥がすようにして、今度は扶桑選手が鉄槌打ちを入れていく!」
隼鷹「今のは顔面にモロに入った! 扶桑選手、冷徹に拳を振り下ろします! 金剛選手の顔がみるみる朱に染まる!」
赤城「さすが扶桑さん、チャンスになっても冷静です。このまま決めてしまうかもしれません」
隼鷹「さあ今度は扶桑選手、両手で金剛選手の腕を取った! これは関節を狙っているのか!?」
赤城「アームロックですね。これは決まりそうです」
隼鷹「金剛選手が身を捩って逃れる! かなり苦しそうな表情だ! 扶桑選手の脚が胴を挟んで動けない、これは逃げ切れないか!?」
隼鷹「いや、金剛選手が強引に扶桑選手を引き寄せた! 片手で扶桑選手を抱き込む! 先ほどと同じ展開になりました!」
隼鷹「金剛選手、がっちりと扶桑選手を捕まえて動きません! ダメージの回復が狙いか!?」
赤城「ついでに切れたスタミナの回復もしたいのでしょうが、どちらもできないでしょうね」
隼鷹「お、それはなぜですか、解説の赤城さん?」
赤城「扶桑選手の左手を見てください。ただ金剛さんを押しのけようとしてるわけではありませんよ」
隼鷹「あ、扶桑選手の左腕が、金剛選手の首の上にのしかかっています!」
赤城「ワンハンドチョークと呼ばれるものですね。これで試合が決まることはありませんが、体重を首に掛けられていますから、気道は締まります」
赤城「この状況であれをやられると、相当苦しいでしょう。ダメージとスタミナは回復するどころか、むしろ蓄積するでしょうね」
隼鷹「なるほど! 金剛選手、どうやら腕を外そうと再び身を捩っていますが、腕が外れない! これは文字通り苦しい展開だ!」
隼鷹「ここで両者、抱き合ったまま転がりました! 再び体勢が入れ替わる! 今度は金剛選手がマウントを取るか!?」
赤城「それはありませんね。今のは扶桑選手が誘い込みました」
隼鷹「おっとこれは……一見、金剛選手が上になっていますが、その腰には扶桑選手の両足が固く巻き付いています!」
隼鷹「これはガードポジション! 扶桑選手が狙っていたのはこの展開か!?」
赤城「立ち技では金剛さんでしたが、寝技では扶桑さんに一夕の長がありますね。となると、彼女はあの体勢からでも決められる技を持っています」
隼鷹「さあ金剛選手も反撃に移ろうとする! 得意のパンチを果敢に打っていきます!」
隼鷹「しかし届きません! 扶桑選手、脚で金剛選手の体をうまくコントロールしています! 金剛選手攻められない!」
隼鷹「それに金剛選手の動きにキレがありません! やはりスタミナの回復はできなかったようです!」
赤城「この体勢で金剛さんにできることはありませんね。とにかく脚を外さないといけないのですが」
隼鷹「金剛選手、今度はボディを打ちに行った! しかし拳に力がない! 扶桑選手にもダメージは感じられません!」
隼鷹「ここで金剛選手が腕を取られた! 扶桑選手の脚が上へと跳ねる!」
隼鷹「脚が首にかかった! これは……決まったぁぁーーー! 三角絞めだぁぁーー!!」
隼鷹「これは完全に極まっています! 金剛選手の顔が赤く染まる! 外せない! 外せません!」
隼鷹「いや、金剛選手も終わりません! なんとそのまま立ち上がった! 取られた右腕が扶桑選手ごと持ち上がっていく!」
赤城「力づくで地面に叩きつける気ですね。ああなったら、外すにはそれしかありませんから」
隼鷹「なんという力、なんという執念! 金剛選手、とうとう片手一本で扶桑選手を持ち上げた! このまま叩きつけが決まるか!?」
隼鷹「あっと扶桑選手が脚を入れ替えた! 首から脚が外れます! 両足が金剛選手の前へ!」
隼鷹「なんと三角絞めから、一瞬で腕ひしぎ三角固めに移行したぁーー! 今度は肘関節が極まっています!」
赤城「三角絞めなら首や背筋も使えますが、あれは全体重が肘にかかることになります。これは持ち上げられませんね」
隼鷹「ああっ、持ち上がっていた腕が下がっていく! 叩きつけは失敗! みるみる肘が逆方向に曲がっていく!」
隼鷹「あーっとここで金剛選手! タップ、タップだー! 金剛選手、屈辱のタップアウトォーーー!!」
隼鷹「試合終了ォォ! 死闘を制したのは扶桑、扶桑型戦艦一番艦、扶桑だぁーー!!」
隼鷹「序盤の不利な展開を冷静に対処! 扶桑選手が逆転勝利をもぎ取りました!」
赤城「素晴らしい試合でしたね。金剛選手にも勝てるチャンスは何度もあったのですが」
隼鷹「勝敗を分けたのは、やはりグラウンドでのテクニックでしょうか?」
赤城「それもありますが、金剛さんはテイクダウンを取る際、扶桑さんに十分なダメージを与えていました。あそこで決まっていてもおかしくはなかったでしょう」
隼鷹「やはり最初のマウントポジションがターニングポイントだったということですね」
赤城「はい。チャンスに熱くなってしまった金剛さんと、ピンチにも冷静さを保った扶桑さん。このメンタルの違いが勝敗を分けたのだと思います」
隼鷹「扶桑選手の勝負強さは凄かったですね。マウントを取られたとき、誰もが彼女の負けを予想したと思います」
赤城「そうですね。寝技に自信があったというのも大きいでしょうが、それでもあそこから状況をひっくり返すのはなかなかできることではありません」
赤城「扶桑選手の最大の武器は、空手技でも寝技でもなく、あの心の強さなのかもしれません。」
赤城「対する金剛さんはショックを受けているでしょうね。スタンド勝負では圧倒できていたのに、自ら誘ったグラウンドの攻防で敗北する結果になりましたから」
隼鷹「しかし、金剛選手も序盤は非常に良い動きを見せていました。今後、経験を積めば化けるかもしれませんね」
赤城「はい。彼女の再起に期待です」
隼鷹「それではこれを持って、UKF(Ultimate 艦娘 Fighters)2015 トラック泊地大会を終了いたします!」
隼鷹「実況はわたくし隼鷹、解説は赤城さんでお送りいたしました。次回、UKF無差別級最強トーナメントでまたお会いしましょう!」
赤城「ご視聴ありがとうごさいました」
(C) Ultimate 艦娘 Fighters Japan運営委員会 2015
電「なんで勝手に終わらせようとしてるんですか!? 赤城さんまで!」
隼鷹「ああ、ごめんごめん。なんかそういう流れだと思ってさあ」
赤城「私としたことが、つい乗せられてしまいました」
電「乗せられてるっていうかノリノリで解説してたじゃないですか!」
いつの間にか別の世界線に移動したのかと思いました。UKFって一体なんですか。
山城「お姉さま、おめでとうございます! 山城は必ずお姉さまが勝つって信じていました!」
扶桑「はぁ、はぁ……ありがとう山城。ちょっと危なかったけど、あなたのアドバイスのおかげで勝つことができたわ」
山城「そんな、勝てたのはお姉さまの実力です! さすが私のお姉さま!」
金剛「くっ……Shit,Shit! なんで私が負けたネ!? 最初は勝っていたはずデース!」
扶桑「金剛、あなたは勝ち急いでしまったのよ。あの程度の状況に心を乱すだなんて、あなたもまだまだね」
金剛「扶桑……これで終わったと思うなデース! こんなの、たまたま運がよかっただけデース!」
扶桑「不幸姉妹である私にそれを言うかしら? あなたも焼きが回ったものね」
金剛「うっ……」
扶桑「『運命の女神は待つことを知る者に多くを与えるが、急ぐ者にはそれを売りつける』……たとえ運にせよ、あなたの負けに変わりはないわ」
扶桑「そこで私たちが間宮アイスを美味しく食べるところでも見ているのね。あなたは砂でも食べてなさい」
金剛「ぐっ、うぐぐぐぅ……!」
さすが扶桑さん、死体蹴りを欠かしません。闘いの果てに友情が芽生えるとか、そういう展開はないようです。
ともかく、これで問題の第三試合が終わりました。無茶苦茶な内容でしたが、後に引く混乱もさほどありません。ルール変更はありましたが。
私的にはもうお腹いっぱいです。今のが決勝戦だったらよかったのですが、残念なことに、今のですらトーナメント第一回戦なのです。
赤城「それでは山城さん、始めましょうか。準備はできていますか?」
山城「……ええ、やりましょう」
どこにあったのか、扶桑さんと金剛さんが放り出した竹刀を両者とも手に持っていました。
そうです、まだ試合は残っているのです。
第四試合:山城 VS 赤城
扶桑「山城、無理はしないで。次は私なんだから、気楽に行きなさい」
山城「そんなこと言わないでください、お姉さま。あんなに格好いいお姉さまの姿を見せられたんですから、私にも格好つけさせてください」
扶桑「山城……」
山城「大丈夫です、勝算はありますから」
山城さんはそう言いますが、正直なところ、山城さんに勝ち目があるとは思えません。
確かに山城さんも、隼鷹さん相手にはかなり良い動きをしていました。しかし、赤城さんが見せた動きとは比べ物になりません。
薄く微笑む赤城さんを、山城さんは開始線からしかと見据えます。その目に恐れはなく、勝負を捨てている様子はまったくありません。
山城(赤城さんが伊勢さんとの試合で見せた動き……赤城さんは強い。まともにいけば、私じゃ到底敵わないかもしれない……)
山城(ならば打ち合わなければいい。私の作戦は、泥仕合に持ち込むこと!)
開始の合図を待たず、山城さんは構えを取りました。腰を落とし、重心を落とした中段の構えです。
隼鷹「あたしとやったときの構えと違うな。何か狙ってるのか?」
扶桑「山城のことよ、きっと作戦があるはずだわ」
山城(開始直後に、心臓へ平突きを放つ。赤城さんは間違いなくそれを躱すか弾くでしょう)
山城(私はそのまま勢いを止めず、胴タックルを仕掛けてテイクダウンを取る。剣術勝負ではなく、グラウンド勝負なら勝機がある!)
山城(それにお姉さまはさっきの闘いで疲れている。もし私がストレート負けになって、そのまま赤城さんと闘えば確実に不利だわ)
山城(仮に勝てないにせよ、グラウンド勝負で泥仕合に持ち込めば赤城さんを疲れさせることができる)
山城(そして、そのぶんお姉さまは休むことができる。そうすればきっとお姉さまが勝つ!)
山城(最初の平突きからの胴タックル、これを確実に決める!)
電「それでは……始めっ!」
山城「―――たあっ!」
合図と共に山城さんが飛び出しました。赤城さんの胸元めがけて、剣先がまっすぐ突き出されます。
赤城さんはそれを躱しました。横に、ではなく。前に。
山城「!?」
直後、山城さんの体が叩きつけられるように地面へ沈みます。一本、というよりそれは、KOに近いものでした。
山城「な……何が……」
赤城「電さん。これ、私の勝ちでいいですよね。それとも、トドメを刺したほうがいいですか?」
電「い、いえ! 赤城さんの勝ちです」
扶桑「や、山城! しっかりして!」
山城さんの頭に打ち付けられたのは、竹刀の柄でした。
きっと山城さんには何が起こったかわからなかったでしょう。見ているこっちも咄嗟に理解できない攻防でした。
山城さんの突きに対し、赤城さんはわずかに身を反らして剣先を躱しながら、同時に前へ踏み込みました。
山城さんとの間合いがゼロになったとき、赤城さんはまるで杭を突き刺すような勢いで、竹刀の柄を山城さんの頭頂に振り下ろしたのでした。
山城「お、お姉さま……ごめんなさい、ふがいない姿を見せてしまって……」
扶桑「いいのよ。あなたはよく頑張ったわ、ここで休んでいなさい……仇は取ってあげるから」
山城さんを腕に抱いたまま、扶桑さんが赤城さんに視線を送ります。
怒りさえこもった扶桑さんの視線を受けて、赤城さんは静かに微笑みました。
赤城「どうします、扶桑さん? もう少し休んでから始めますか?」
扶桑「いいえ、結構よ。すぐに始めましょう。山城、竹刀を預かるわね」
山城「お姉さま、ダメです……せめて休んでからでないと……」
扶桑「大丈夫、疲れてなんかないわ。そこまでお姉さまはやわじゃないもの」
山城「でも……あっ」
扶桑さんはそっと顔を近づけて、山城さんの頬にキスをしました。山城さんの顔が桃色に染まります。
扶桑「安心して見ていなさい。お姉さまは必ず勝つ。西村艦隊の誇り、見せつけてくるわ」
山城「お姉さま……」
山城さんをそっと抱き起こし、扶桑さんは竹刀を片手に開始線へと歩いていきます。最強の一航戦、赤城さんと戦うために。
ついに決勝戦が始まります。変に盛り上がっているので忘れそうになりますが、これは間宮アイスを賭けたトーナメントです。
間宮アイスの行方が、この試合でついに決まるのです。
続く
ありがとうございました。
なんだこれ…なんだこれ!?