電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです終 暁の水平線 後編
大変お待たせしました。最終回です。
これで完結です。ありがとうました。
初めまして。一航戦の正規空母、加賀です。先日の建造にて、新たにここ、トラック泊地鎮守府へ着任しました。
貴重な正規空母ということで、私にはすぐさま演習と3-2-1周回によるレベリングが行われ、早くも主戦力として忙しい日々を送っています。
優秀な提督の元、活躍できるのは喜ばしい限りなのですが……どうも未だに、この鎮守府に慣れません。
今日は5-5、サーモン海域北方への出撃のため、私を含む鎮守府内の主力艦たちがドックに集まっています。
しかし、いつも通りのことなのですが……今日もドックの空気が最悪です。
大和「おはようございます、加賀さん。今日もよろしくお願いしますね」
加賀「あ、はい。おはようございます、大和さん。なんとか戦艦レ級を倒せるよう、頑張りましょう」
大和「ええ。彼女の相手は私たち戦艦が勤めますから、バックアップはお任せします」
彼女は提督の伴侶の1人、大和さんです。ケッコンカッコカリでLV上限を超えていることもあり、鎮守府では最強戦艦の一角に数えられる方です。
私に良くしてくれる数少ない艦娘の1人で、私としては大変ありがたい先輩です。
戦いにおいても頼りになり、護衛艦を1人選んでいいと言われたら、私は間違いなく彼女を選ぶでしょう。
扶桑「あーらあら? 見て山城、大食い艦同士が仲良く喋っているわよ」
山城「まあ、本当ですねお姉さま。きっとまた、鎮守府の資源を食い尽くす計画でも立てているんでしょう」
扶桑「まったく、彼女たちは粗食という言葉を知らないのかしら? おかげで提督がまた資源運用に頭を抱えることになるっていうのに」
山城「そんなの知ったことではないんんじゃないでしょうか? 彼女たちは食べること以外に興味がなさそうですから」
扶桑「その通りでしょうね。きっと、お腹が空いたら艦載機だって食べてしまうんでしょう」
大和「おはようございます、扶桑姉妹のお2人とも。あの、朝から聞こえよがしに陰口を言うのはちょっとアレなんでやめていただけませんか?」
加賀「私たちは働きに応じた報酬を受け取っているだけです。大食い艦呼ばわりされるのは心外です」
扶桑「ぷっ……山城、聞いた? ボーキサイトの女王ちゃんが何か言ってるわよ」
山城「日々あれだけのボーキサイトを貪っておいて、よくあんなことが言えますよね、ボーキサイトの女王のくせに」
加賀「……頭に来ました」
大和「加賀さん、抑えて抑えて。お2人にも悪気はないんですから……」
加賀「いえ、悪気100%だと思うのですが」
扶桑と山城。戦艦の中では最古参に当たるそうで、元は主力艦隊の旗艦だったそうです。いわばお局様ポジションです。
なぜか他の戦艦や空母、特に私を目の敵にしていて、会えば必ず陰険な毒舌を浴びせかけてきます。
私はまだ新人ですので、鎮守府における立場は彼女たちのほうが上、なのではっきりと言い返すことができません。悔しいです。
正直に言って大嫌いな先輩です。ドックの空気を悪くしているのも、大半はこの2人が原因です。
彼女たちへの怒りは出来る限り戦闘へのモチベーションに変換することにしています。早く強くなって、いつか絶対に見返してやります。
隼鷹「いやーごめんごめん、遅れちゃってさ。もうみんな集まってる?」
大和「おはようございます、隼鷹さん。今日は大丈夫ですか?」
隼鷹「ああ、全然大丈夫。昨日はそんなに飲んでないから」
加賀「隼鷹さん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
隼鷹「やあ加賀ちゃん。よろしオロロロロロ……」
私の顔を見るなり、隼鷹さんはその場で嘔吐しました。これが初めてではないので特別驚いたりはしません。他の皆さんも同様です。
加賀「隼鷹さん、大丈夫ですか? このところ毎日二日酔いのような気がしますが……」
隼鷹「おえっ、あー……大丈夫、大丈夫。戦闘になる頃にはちゃんと酔いは覚めてるからさ」
加賀「はあ、そうですか……」
このいきなり吐くという行為は、もしかしてこの鎮守府で流行っている挨拶なのではないかと最近疑い始めています。
だって、ほぼ毎日こんな光景を見ています。昨日は龍驤さんが吐いてましたし、重巡の足柄さんなんて吐いてる姿しか見たことがないくらいです。
提督が酒好きということもあり、こういった艦娘たちの深酒は任務に支障が出ない限り見過ごされているようです。
まあ仕事をちゃんとするなら、と思わなくもないですが、鎮守府における経費の内、酒保に一体どれだけの額が割かれているのか心配になります。
隼鷹「加賀ちゃんは最近どう? この鎮守府にも慣れてきた?」
加賀「いえ、正直言ってまだ、ちょっと……赤城さんもまだ着任されていませんし」
隼鷹「あー……まあ、そのうち慣れるよ。すぐに友達もいっぱいできるし、なんかあったらあたしも相談に乗るからさ」
加賀「……はい。ありがとうございます」
隼鷹さんは軽空母ですが、優秀な航空戦力として鎮守府では重用されており、提督と最初にケッコンカッコカリされたのも彼女だそうです。
私にも大変良くしてくれて、ありがたい先輩です。ただ、私が赤城さんの話を出すと、必ずその話題を避けます。
というより、鎮守府全体で赤城さんの話は禁句、という風潮があるように思います。
着任当初から疑問に思っていました。どの鎮守府にも必ず1人は赤城さんがいると聞いたのに、なぜこの鎮守府には赤城さんがいないでしょう?
轟沈? 解体? それとも単純に未着任? どれも腑に落ちません。疑問は募るばかりですが、誰に聞いても話してくれません。
私にできることは、1日も早く赤城さんが着任してくれるよう祈るばかりです。
提督「ようお前ら。全員集まってるな」
金剛「Good mooning! やっぱりお前ら独り寝の女どもは朝が早いデースね!」
ようやく提督と淫乱クソビッ……金剛がやって来ました。腕組みをしながら、というよりは金剛が無理やり提督の腕にしがみついています。
金剛はいつも通り鬱陶しいくらいのテンションですが、提督は少々疲れ気味のようです。
金剛「Hey扶桑! 朝から辛気臭い顔ネ! 私と提督が昨晩、ベッドでどんな熱い夜を過ごしたか聞きたいデースか?」
扶桑「はっ。どうせまた添い寝でしょう。提督の安眠を無駄に奪っておいて、罪悪感はないのかしら」
提督「まったくその通りだ。金剛、もう俺の部屋に夜這いをかけるのはやめてくれ。頼むから」
金剛「No! 提督が私の大事な純潔を奪ってくれるその日まで、絶対に諦めないネ!」
提督「何度も言うが、そんな日は永遠に来ないからな」
金剛も提督とはケッコンカッコカリを交わしています。大和さん、隼鷹さんも同じですが、提督は婚姻はしていても手は出さない主義のようです。
なんでも、ソッチ方面は数年前に寿命を迎えたそうです。今はそういう薬でも飲まないと何もできないし、欲求そのものも皆無だとか。
提督の実年齢は60手前だそうですが、見た目は70後半でもおかしくないくらい老けているので、そうなっていても不思議ではありません。
一体、こんな老人にあの雌犬……金剛が何を発情しているのかわかりませんが、見ていて提督が可哀想でなりません。
金剛「おっ、今日はヘタレズの加賀も一緒デースか? また資源倉庫のボーキサイトが食い尽くされマース!」
加賀「……どうも、今日はよろしくお願いします」
金剛「Wow! 挨拶もすっごくつまらないデース! 提督、きっとこいつ、ベッド上のテクは絶対下手くそネ! 間違いなくマグロ女デース!」
提督「口を慎め金剛。ベッドで鮮魚のように跳ね回るお前よりはよっぽどマシだ」
金剛「Oh! もしかして、提督はマグロ女のほうが好みデースか? Shit! 今夜はアプローチを変えてみるデース!」
提督「おい大和。助けてくれ」
大和「すみません、私も金剛さんはちょっと苦手で……」
提督「隼鷹……」
隼鷹「あーっはっはっは! 提督はモテるねー! もう歳なんだから、腹上死しないよう気を付けなよ!」
提督「……お前ら、恨むからな」
深呼吸をしましょう。気を落ち着けて、平常心を保つよう精神を集中させます。そうでもしないとあの女を絞め殺してしまいそうです。
今のうちに平静を取り戻しておかないと、出撃中にこの薄汚い雌狐……金剛を後ろから撃ってしまいかねません。
扶桑、山城、大和、金剛、隼鷹、そして私。これが今日の出撃メンバーのようです。
5人のうち3人が苦手な人です。もしかしたら一生好きになれないかもしれません。特にあの売女……金剛は下品でうるさいので本当に嫌いです。
提督「全員整列! さて、今日も出撃はサーモン海北方だ! 戦艦レ級は強敵だが、お前たちが力を合わせれば勝てない相手ではない!」
提督「各自の奮戦を期待する! 旗艦は隼鷹、お前に任せる! 決して羅針盤の妖精さんの機嫌を損ねるなよ!」
隼鷹「イエッサー! 制空圏確保はあたしと加賀に任せておいてよ!」
提督「戦艦は空母を守りつつ敵を粉砕せよ! 如何にレ級を早期撃沈させるかが勝敗の分かれ目となる、駆逐艦をオーバーキルする暇はないぞ!」
扶桑「はい! 迅速に敵の攻勢能力を奪い、確実に勝利します!」
提督「うむ。それでは出撃せよ! 各自の奮戦に期待する!」
「はっ!」
提督の号令が飛べば、ドックの空気の悪さなんてものはたやすく吹き飛びます。
陰険な先輩である扶桑姉妹は信頼に足る熟練の航空戦艦へと変貌し、あのヘラヘラした金剛……発情犬でさえその顔を引き締めます。
この心地良い緊張感は戦闘終了からドックへ帰投するまで続き、提督の激励を受けた後の入渠で、ようやく一息つくことができます。
緊張と緩和。このメリハリのある生活は私の好むところです。周りと打ち解けているとは言えませんが、境遇としては満足できるものです。
電「提督さん! 鎮守府近海攻略第一艦隊、帰投しました! 第二艦隊、出撃準備完了しているのです!」
提督「よし、すぐに行け! 今度こそ潜水艦を取ってこい!」
電「はい! 第二艦隊に出撃を命じます! 10分後には遠征艦隊が帰投予定なのです!」
提督「そちらも後続艦隊の編成を急げ! 賭博場にいる奴らを引っ張り出してこい!」
日の出から日没まで、ドックには無数の艦娘たちが目まぐるしく出入りし、会話する間もありません。
日没後は自由時間となりますが、私と親しい大和さん、隼鷹さんは他の艦娘たちからも人気があるため、なかなかお話できる機会がありません。
その艦娘たちの輪に入っていければいいのですが、どうも私は鎮守府の艦娘たちから敬遠されている節があり、そうすることには抵抗があります。
任務においては充実した日々ですが……正直、寂しいです。
その日は重巡洋艦を主とした任務を行う予定となっており、私に出撃予定はありません。久しぶりにオフの日です。
大和さんや隼鷹さんはその僚艦として出撃しているため、現在の鎮守府には私に親しくしてくれる艦娘はほとんどいません。
私は完全に暇を持て余し、かといって部屋に引きこもるのも気が滅入ってしまうので、あてもなく鎮守府を散策することにしました。
電「こんにちは、加賀さん。お散歩ですか?」
加賀「あっ……どうも、電さん。ええ、今日は暇なもので。やることもありませんし……」
秘書艦の電さんです。彼女も提督とケッコンカッコカリをされている艦娘の1人です。
この鎮守府発足当初から秘書艦として着任していたそうで、出撃から事務まで何でもこなす万能な方と聞いています。
電「軽巡のみんながいるところに行けば、提督公認のカジノがありますよ。そういうのがお好きなら暇つぶしになるかと思うのですが」
加賀「いえ、そういうのはちょっと苦手で……」
電「そうなのですか。それじゃあ、よかったら一緒にお散歩しませんか?」
加賀「私は嬉しいですけど、大丈夫なんですか? 秘書艦の仕事がかなりお忙しいとお聞きしていますが」
電「今日は私も休暇です。お仕事は秘書艦補佐の霞ちゃんにお任せしてるんです」
加賀「それなら……散歩がてら、お話してもいいですか?」
電「はい。喜んで」
電さんとは着任当初に挨拶したきりで、忙しく動き回る彼女とはなかなか会話するタイミングを見い出せずにいました。
良い機会だと思いました。電さんとは話してみたかったことがたくさんあります。
加賀「私、とても気になっていることがあるんです。電さんはこの鎮守府が発足した当初から秘書艦として着任していらっしゃるんですよね」
電「そうなのです。私はこの鎮守府では一番最初の艦娘ですね」
加賀「なら、鎮守府に起こった出来事や、艦娘に関することは全て知っているかと思います。それで、ぜひ教えてほしいことがあります」
電「……なんでしょう?」
加賀「どうしてこの鎮守府には赤城さんがいないのですか? どの鎮守府にも、必ず1人は着任していると聞き及んでいるのですが」
電「……やっぱり、その件ですか」
電さんは少し困った顔をしました。以前質問してみた他の艦娘たちと比べて、あからさまに話題を避けようとはしていないように見えます。
やはり、この人なら話してくれるかもしれない。私は更に問い詰めます。
加賀「ここの提督は優秀です。軽率な進撃による轟沈や、誤解体を起こすような方だとは思いません」
加賀「赤城さんがいないことには、何か理由があるように思います。そして他の艦娘、提督さえそれを知りながら私に隠しています」
電「そこまで気付いていらっしゃるのですね……」
加賀「一体、赤城さんの身に何があったんですか? まさか初めから着任していない、なんていうことはないでしょう」
電「……加賀さんにとって、赤城さんはどういう人だったのですか?」
加賀「唯一無二の存在です。私の背中を預けられる人は、赤城さんを置いて他にありません」
電「……そうですか」
電さんは複雑そうな顔つきで、その足を鎮守府の外に向けました。
電「……少し、外に出ませんか? しばらく室内勤務ばかりだったので、陽の光に当たりたいのです」
加賀「それは構いませんが……」
話をはぐらかそうというつもりではないようなので、私はおとなしく電さんの後についていきます。
電「……この鎮守府には慣れましたか? まだ馴染めないところもあるかと思うのですが……」
加賀「正直言ってあまり……仕事に不満はありませんが、親しい友人をなかなか作れずにいます」
加賀「気のせいではないと思いますが、私はみんなから避けられているように感じます。これも赤城さんがいないことと関係があるのですか?」
電「……そうですね。それとこれとは、密接な関係があります」
電さんはそう言いながら、鎮守府前の広場のベンチへと腰掛け、私にも座るよう促します。
何か外が騒がしいとは思っていましたが、やはり目の前の広場では、今まさに駆逐艦たちの集会が行われていました。
不知火「皆の者、よく集まってくれた! 首長の不知火である! 今日は我らの新しい仲間を紹介したい!」
島風「速きこと、島風の如し! 島風だよ、よろしくね!」
不知火「この島風は我々駆逐艦にとって名誉ある100番目の同志である! よって彼女は子日様のメイドとなる教育を受けてもらう!」
不知火「島風よ、今日より貴様の命は子日様と共に在る! 身命を捧げ、子日様への忠義を尽くすのだ! 異論はないな!?」
「いいなー!」 「羨ましー!」「私もなりたかったー!」
島風「え、あの……え?」
不知火「さて、島風よ。我らの仲間になるからには、守ってもらう掟というものがある。まずはこの盃を飲み干すのだ!」
島風「う、うん。ごくごく……ん、苦い。変な匂いもするけど、これなに?」
不知火「子日様の尿だ」
島風「おぶふぅ!?」
不知火「吐き出してはならない! すべて飲み干すのだ!」
不知火「子日様の尿には神聖なる力がある! いきなり生身で子日様と会おうものなら、歓喜のあまり貴様は失神してしまうだろう!」
島風「ゲホゲホッ! ね、子日って誰だっけ?」
不知火「我らの信ずる唯一神、可憐なる駆逐艦のアイドルだ。その美しさのあまり姿を見れば神々しさに目が眩み、歩いた跡には花々が咲き誇る」
島風「誰それ!? 駆逐艦のアイドルって私のことじゃ……」
不知火「今、耳を疑うような冒涜の言葉が聞こえたが、気のせいか?」
島風「はい。気のせいです」
不知火「そうか。では、皆の者、お待ちかねだ! 子日様のおなりである!」
脇に控えていた駆逐艦の楽隊がトランペットやシンバルを鳴らし、彼女の小柄な姿が壇上へと現れました。
湧き上がる歓声を当然のように受け止める、威風堂々としたその立ち姿は、とてもレア度コモンの駆逐艦とは思えません。
子日「皆の者、今日は何の日だ!」
「子日ー!」
子日「明日は何の日だ!」
「子日ー!」
子日「昨日は、そして明後日は何の日だ!」
「子日ー!」
子日「そうだ、私と共に来るが良い! 身命を捧げよ! さすれば深海棲艦がいかに強大であろうとも、我々は必ず打ち勝つであろう!」
子日「さあ島風よ、私たちと共に、広大な海原へと進撃しようではないか! 暁の水平線にある勝利とは、この子日のためにある!」
「うおおー!」「子日様ー抱いてー!」「妊娠させてー!」「子日様、私だー! 殺してくれー!」
島風「えっ……何これ!? 誰か……誰か助けてぇぇぇ!」
この鎮守府で最も精強な艦種は? と聞かれれば、私は迷わず駆逐艦だと答えるでしょう。
恐れを知らない勇猛さ。鋼鉄の団結力。相手に肉薄して魚雷を放つ一撃離脱戦法。その獅子奮迅の戦いぶりは深海棲艦さえ恐れるほどでしょう。
その強さの秘訣が目の前のアレです。子日教団と称する、駆逐艦のほぼ全てが所属する謎の宗教団体。
子日という駆逐艦はそこまで高性能な艦娘ではないはずなのですが、なぜかここでは絶対的なカリスマで駆逐艦たちを統率しています。
彼女を教祖とした宗教的熱狂がそのまま戦闘力になっているかのようです。これも私が鎮守府に未だ馴染めない理由の1つです。
加賀「あれは……一体何なんでしょう。そろそろ見慣れて来つつはありますが、どう見ても異常です」
電「まあ、それは否定出来ないのです。どうもここの駆逐艦の方々は、宗教がお好きなようで……」
加賀「提督はこれを放置しているのですか? いずれ、何か問題を起こしそうな団体に見えますが」
電「どちらかと言うと、問題を解決した結果、紆余曲折あってこういう風に落ち着いてしまったのです」
加賀「何があったのかは知りませんが、更に問題が大きくなっているように見えるんですけれど」
電「でも、彼女たちは楽しそうでしょう? 単にみんなは子日さんがすごく好きなだけなのです」
電「それを受けて、子日さんも覚醒してしまったので、あれはあれでいいんです。島風さんは……後で私が何とかしておきます」
加賀「はあ……島風さん、号泣してますけど。本当に何とかなるんでしょうか」
電「大丈夫です。案外、すぐ打ち解けると思います。ああ見えて、駆逐艦の子たちはみんな優しい子ばかりですから」
加賀「そうですか……私、電さん以外の駆逐艦の子と喋ったことがないので、なかなかそうは思えませんね」
電「……やっぱり、避けられてる感じがあります?」
加賀「……はい。駆逐艦の子たちからは、特に。私が挨拶しても、ほとんどの子は返事もせず逃げていきます」
加賀「最近着任した子はそうでもないみたいなんですが、どうしてでしょう。私が無愛想だからでしょうか……」
電「それは……加賀さんのせいではないのです。ちょっと事情があって……」
加賀「事情、ですか。それはもしかして、赤城さんと関係があるんですか?」
電「……はい。3ヶ月以上前から着任している駆逐艦の子は、赤城さんと同じ一航戦の加賀さんのことが怖いんだと思います」
加賀「……どちらかと言えば、赤城さんは子供から好かれるタイプだと思うんですが、なぜ怖がられるんです?」
電「駆逐艦の子たちだけじゃありません。正直に言って……加賀さんが着任したとき、私もあなたのことが恐ろしかった」
加賀「は……? まさか、電さんは忙しいから私と話す機会がないと思っていたのですが……あなたも、私を避けていたんですか?」
電「……怒らないでください。私が悪いのです。加賀さんと赤城さんは別人だって、わかっているのですが……」
加賀「……大和さんと隼鷹さんだけは、私によくしてくれています。それにも特別な理由があるんですか?」
電「あの2人はあなたの監視役です。もし、あなたが妙な動きを取ることがあれば、強硬手段を取ってもいいと提督から許可を得ています」
加賀「監視役って……提督からの指示ということですか?」
電「その通りです……3ヶ月以上前から着任している艦娘たちにとって、一航戦の名は警戒せざるを得ない存在なんです」
めまいがしました。私にとって、一航戦であることは何よりも誇り高いことです。その名が、ここでは忌み嫌われている?
加賀「なぜ……なぜ、私はそこまで信用されていないんです? 一体、赤城さんは何をしたんですか?」
電「……加賀さんが着任したとき、実は提督や主力艦のメンバーで集まって、あなたをどうするか話し合いをしたのです」
電「もし、あなたが異常な行動を起こすような人なら即時解体の命を出す。そうでなくても、赤城さんの話はいずれしないといけません」
電「それは、とても話しにくいことなのです。話すタイミングは……私が決めていいと言われています」
加賀「私はこの一ヶ月、鎮守府のために一生懸命尽くしました。信用に値する働きはしたと思っています」
加賀「もし、赤城さんのことで何かを隠しているなら、話してください。私には知る権利があるはずです」
電「……歩きながら話しましょう。話すには、ここは少し騒がしい場所なのです」
電さんに従って、駆逐艦たちの喧騒が続く広場を後にします。行く先はあるのかないのか、電さんは鎮守府を離れる方向へと歩いていきます。
しばらくの間、重苦しい無言の間が続きました。電さんはまだ逡巡しているようでしたが、ようやく重い口を開いてくれました。
電「……今の提督さんが、鎮守府にとって2代目であることはご存じですか?」
加賀「……初耳です。以前の提督はどんな方だったんです?」
電「あまり優秀な方ではなかったのです。資源管理は杜撰で、特定の艦娘しか運用せず、鎮守府の風紀は荒れ果てていました」
電「特に、ドロップ運が半端ではないほど悪く、戦艦レシピで那珂ちゃんを連続で3回引いたことさえあります」
加賀「それは……とんでもない提督ですね。無能な上に、運も悪いなんて」
電「ええ、運が悪いんです。例えば、絶対に不良品を出さないと言われる工場でも、100万個の内の1つくらいは不良品が出るでしょう?」
電「あの提督はその不良品さえも引き当てました。本来の特性が異常なまでにねじ曲がって発露した、2人の艦娘を着任させるという形で」
加賀「その……艦娘の名前は、まさか」
電「はい。1人は霧島。もう1人は……赤城という名前の正規空母なのです」
知らずに握りしめていた拳の内側は、じっとりと手汗をかいていました。不安に高鳴る鼓動を抑えることができません。
恐ろしいことを聞かされる予感がしました。聞きたくない、それでも、聞かないわけにはいきません。
加賀「……赤城さんに発露した、異常な特性というのはなんです?」
電「食欲です。彼女はその気になれば鎮守府の資源を丸ごと食い尽くすほどの食欲を持ち、食欲を満たすためならどんなことでもしました」
電「資源を横領し、妖精さんを捕食し、ダブっている駆逐艦をも食べました。食べること以外には何の興味もない、残虐な艦娘です」
電「一航戦の誇りどころか、彼女は良心の欠片さえ持ち合わせていません。だから、その頃からいる駆逐艦は、今も赤城さんを恐れているのです」
加賀「……信じられません。赤城さんは確かに食いしん坊ではありますが、そこまで常軌を逸した行為をするはずがない」
電「確かに、他の鎮守府にいる赤城さんにそういった異常は見られないそうです。以前の提督が、そういう赤城さんを引き当てたんです」
電「私たちの知る赤城さんと、加賀さんの知る赤城さんは違う。それだけはご理解していただきたいのです」
あまりにも信じ難い事実でしたが、電さんの口ぶりに嘘を吐いているような素振りは全くありません。
理解しろ、と言われても無理な話でした。電さんの話に、頭の整理が全く追い付きません。
加賀「まさか……赤城さんが、この鎮守府でそんなことをしていただなんて……だから解体されたのですか?」
電「いいえ。解体という、正規の手段は取りませんでした。というより、取れなかったという言い方のほうが正しいでしょう」
加賀「なぜ? そんなことをする艦娘を、提督が野放しにしておくわけがありません」
電「赤城さんは狡猾な人でした。提督にバレないギリギリのラインを見定め、そうした不正な捕食を繰り返していたのです」
電「もし、赤城さんの異常な行為が気付かれたとしても、当時の提督が解体に踏み切ったかどうかは定かではないのです」
電「なにせ、貴重な虹ホロの正規空母でしたから。あの提督なら、義よりも利を優先したように思います」
加賀「……赤城さんは、最期はどうなったんですか?」
電「……あなたにはお聞かせしたくないのです。あまり、綺麗な最期ではありませんでしたから」
加賀「それでも、聞かないわけにはいかないでしょう。ここまでのことを知ってしまったんです。どうか、教えてください」
電「……まず、告白しなければいけません。赤城さんは、私の計画によって轟沈しました。私が殺したと言ってもいいでしょう」
電「恨みたいのなら恨んで結構です。赤城さんを葬ると決めたのも私ですし、そのときから覚悟は出来ています」
加賀「……どのような計画だったんですか」
電「……赤城さんは艦娘や妖精さんだけは食欲を満たし切ることができず、出撃の度に隠れて深海棲艦を捕食していたようなのです」
電「仲間を食われているとなれば、深海棲艦は赤城さんに憎悪を抱いているはず。私はそれを利用しました」
電「隼鷹さんに外海で赤城さんを足止めしてもらい、そこに深海棲艦を呼び寄せました。戦艦棲姫さんを始めとした、エリアボス級の深海棲艦を」
電「復讐に燃える深海棲艦のエリアボスが赤城さんの元へ集えば、どうなるかはお分かりでしょう?」
加賀「……そんな、酷すぎる。あの赤城さんが、そんな……」
電「冷たいことを言いますが、私たちの知る赤城さんは、そのような運命を迎えて当然の人でした」
あまりにもはっきりしたその言葉は、刃のように私の胸を突き刺しました。
電さんは視線を逸らさず、真っ直ぐに私を見ています。その目は普段の優しい電さんとは違う、鋼鉄のように冷たい目。
揺るぎない意思と、どことなく哀しさを帯びたその目は、彼女が本当にその手段で赤城さんを葬ったことを物語っていました。
電「恐らく、深海棲艦の方たちは、仲間が受けた苦しみをそのまま赤城さんに味あわせたことでしょう」
電「彼女は息絶える最期まで、私たち全てを呪う言葉を吐き続けていたそうなのです。命乞いどころか、贖罪の言葉さえありませんでした」
加賀「……すみません。少し、待ってください。考える時間が欲しい」
電「どうぞ……今の話に嘘はありません。全ては事実です」
全ては事実。その言葉を受け止めることは、そう簡単にはできそうにありませんでした。
私の思い出にある、赤城さんの優しい笑顔が音を立てて崩れ落ちていきます。
その裏側から現れたのは、おぞましい笑みを浮かべた鬼のような顔の赤城さん。
体は返り血に染まり、耳を塞ぎたくなるような高笑いを上げています。足元には、バラバラになった何人もの艦娘の亡骸が……
加賀「私は……私は、本当に楽しみにしていたんです。赤城さんに再び会える、そのときを」
電「……お気持ちはお察しします。戦友というものは、血よりも濃い魂の絆で結ばれているのです」
加賀「仮に……今から建造かドロップで赤城さんが着任したとします。鎮守府としては、どういった対応を取られるつもりですか」
電「提督さんの判断次第ですが……他の艦娘に及ぼす影響を鑑みて、即解体行きになる可能性が高いと思うのです」
加賀「そんな。電さんは言ったじゃないですか、以前の赤城さんは、極稀に発生した異常な艦娘だって」
電「もちろん、次の赤城さんはきっと普通の艦娘だと思います。けれど、私たちの知る赤城さんは、それほどまでのことをやってしまったのです」
電「今の提督さんは優しい人ですが、鎮守府を守るためなら非情な判断を下す厳格さも持ち合わせています」
電「荒れ果てていた鎮守府が、ようやくここまで復興したのです。今更、不安の種を抱えるのは提督さんにとって避けたいことだと思います」
加賀「……それは私次第、なんでしょう?」
色々な考えが浮かんでは消え、ようやく気持ちの整理が付き始めてきました。
電さんの言う赤城さんが、私の知る赤城さんとは全くの別人。そんな風に割り切ることはできそうにありません。
赤城さんは赤城さんです。彼女がどんな恐ろしいことをしようとも、私に取っては大切な戦友です。
私の願いはたった1つ。もう一度、赤城さんに会いたい。
加賀「私と赤城さん、一航戦の航空戦力は鎮守府にとって本来なら保有しておきたいもののはず。そうですよね?」
電「それは……その通りなのですが」
加賀「私、一生懸命戦います。鎮守府のために尽くします。どんなに困難な任務でもやり遂げてみせます」
加賀「もし、それで私のことを認めてくれたら、赤城さんが着任しても、解体しないでください」
電「……私が判断できることではないのです。提督さん、それにみんながどう思うか……」
加賀「それだけの働きをしてみせます。赤城さんのしたことが許されるわけではないのでしょうが……次の赤城さんには、何の罪もないはずです」
加賀「赤城さんのことを守りたいんです。だから……電さん。どうか、私の力になってくれませんか」
私は誇り高き一航戦。けれど、傍らに赤城さんがいないのであれば、一航戦の誇りなんて何の価値もありません。
ごく自然に、私は自分より小柄な電さんに向かって深々と頭を下げていました。
赤城さんと再び会うためには、私がどう騒いでも逆効果でしょう。私がすべきなのは、信頼を勝ち得ること。
私たち一航戦が本当は節度をわきまえた、誇り高い戦士であることを私自身が示す。それこそ、私のすべきことです。
電「……頭を挙げてください。そんな風にお願いされても、困ってしまうのです」
加賀「あなたは秘書艦としての経歴も長く、鎮守府で最も人望が厚く、信用もある。電さんが私を認めてくだされば、提督や皆さんも……」
電「……私のことを恨まないのですか? 事実を知ったあなたにとって、私は赤城さんの仇であるはずなのです」
加賀「……全てが事実なら、電さんは私の代わりを果たしてくれたことになります」
加賀「もし、そのとき既に私が着任していれば、赤城さんを殺す役目は私が買って出ていたことでしょう」
加賀「赤城さんを殺してくれて……ありがとうございました。あなたは正しいことをしたと思います」
電「そう言われると……複雑なのです。加賀さんからは、恨まれる覚悟を固めていましたから」
電「でも、加賀さんの言葉で少し救われました。もう十分です、頭を挙げてください」
私はようやく、顔を上げて電さんを見ました。彼女は複雑そうに、それでも優しく微笑んでいます。
電「わかりました。加賀さんのお気持ちを、提督さんやみんなにお話します。きっと理解してもらえると思います」
加賀「……ありがとうございます。私、頑張りますから」
電「応援しているのです……さあ、行きましょう。加賀さんに見せたいものがあります」
加賀「何です? 実を言うと、これ以上はもう……色々聞いて、ちょっと疲れてしまいました」
電「あっ、ごめんなさいなのです。一気に話してしまって……どうします? 今日はもう、休みますか?」
加賀「……私に見せたいものが何か、聞いてから決めてもいいでしょうか」
電「慰霊碑です。この海域に沈んだ艦娘たちを供養するために作ったもので……赤城さんの名前も、そこに刻まれています」
加賀「……先に言ってください。それなら、ぜひ拝見させていただきます」
電「大丈夫ですか? もう、すぐそこではあるのですが……」
電さんの示した場所は、鎮守府からずいぶん離れた、海を見下せる小高い海岸でした。
そこに、等身大ほどの長方体の石碑が見えます。あれが電さんの言っていた、慰霊碑なのでしょう。
加賀「そこに赤城さんが祀られているなら、行かないわけにはいきません。泣き言を言ってすみませんでした、ぜひ行かせてください」
電「わかりました……では、私もご一緒しますね」
加賀「ありがとうございます。ところで……1つ、気になったのですが」
電「なんです?」
加賀「赤城さんの最期はわかりました。霧島もきっと、似たような末路を迎えられたのでしょう」
加賀「ですが、初代の提督はどうなったんですか? 適正欠如ということで、大本営に更迭されたのでしょうか」
電さんはそのとき、初めて私から目を逸しました。それから……見ていて悲しくなるような、寂しい笑顔を私に向けました。
電「……私が殺したのです」
会話はそれで終わりました。それ以上は私が踏み込んではいけないことだと、電さんの笑顔を見て痛いほどに感じました。
私たちは無言のまま、小高い海岸へと登ります。ふと、そこに2つの人影があることに気付きました。
電「あれ? 先客さんがいるようなのです」
加賀「……扶桑さんと、山城さんですね」
胸に占めていた悲しみや重苦しさに、嫌悪感が交じります。あの2人のことは本当に苦手ですから。
2人は私たちに気付くと、遠目からでもわかるほど不快げに眉をひそめました。そのあからさまな態度に、私も顔をしかめます。
扶桑「……山城、先に帰ってて。私はもうしばらくここにいるから」
山城「そうですか……それではお姉さま、お先に失礼します」
扶桑さんを残し、山城さんが私たちの傍らを通り過ぎていきます。私がいるせいでしょう、こちらに目を合わそうともしません。
電さんはそれを気にすることもなく、山城さんに会釈をして扶桑さんへと歩み寄っていきます。
そのとき初めて気付いたのですが、慰霊碑の手前に、石造りの小さなお墓のようなものがあります。
扶桑さんは慰霊碑のほうではなく、その墓石の前に佇んでいました。
電「扶桑さん、こんにちは。今日もお参りですか?」
扶桑「……あなたが来るのはわかるけど、なぜその子をここに連れてきたの? 彼女が来ていい場所じゃないことくらい、わかるでしょう」
電「そうでしょうか。彼女こそ、ここに来るべき人じゃないかと思うのです」
扶桑「……連れて来て、どうする気?」
電「実は、赤城さんのことを全部話しました。それで、ここにも来てもらおうと思って」
扶桑「……そう。あなたがそう判断したなら、いいわ。私のことは気にしないで」
電「そうですか……では、加賀さん。こちらです」
気まずさを感じながら、扶桑さんの背後を通り過ぎ、石碑の前に立ちました。
慰霊碑の作りはなかなか立派なものです。そこには赤城さんだけでなく、何人かの艦娘の名前も刻まれていました。
霧島、龍驤、伊58。私は赤城さんだけでなく、その方々にも向けて手を合わせ、黙祷を捧げました。
どうか、最期の眠りだけは安らかに。そしてこれ以上、この慰霊碑に名前が刻まれることのないように。
どれくらい、そうしていたでしょう。ずいぶん長いこと、手を合わせていたように感じます。
私が目を開けると同時に、傍らの電さんも顔を上げます。彼女も私と同じように黙祷を捧げていたようでした。
加賀「……お待たせしました。案内していただいて、ありがとうございます」
電「いえいえ。では、戻りましょうか」
加賀「あの……すみません。電さんは先に戻っていていただけませんか」
電「はい? いいですけど、他に、ここで何かすることが?」
加賀「……私は皆さんに信用されないといけませんから」
ちらりと、私は背を向けたままの扶桑さんに目を遣ります。それで電さんは察してくれたようでした。
電「……彼女は一筋縄ではいきませんよ」
加賀「わかっています。でも、避けて通れないことなら、今すぐやっておきたいんです」
電「……扶桑さんは今でも心を頑なに閉じています。私でさえ、完全に開くことはできません」
電「無理はせず、あなたの誠意を示すだけに留めてください。分かり合うことはできないでしょうが、多少は気持ちを汲んでくれるはずです」
加賀「……心得ておきます」
電さんは何度も振り返りながら、不安げに鎮守府へと立ち去っていきます。彼女の小さな姿が見えなくなると、急に心細くなってきました。
扶桑さんのことは苦手ですし、彼女も私のことを嫌っています。
それでも、扶桑さんは提督からも一目置かれる熟練の戦艦。鎮守府における主要な艦娘の1人です。
彼女から理解を得られない限り、赤城さんと会うことは叶わないでしょう。
加賀「あの……扶桑さん。少し、お話してもいいですか?」
返答はありません。彼女は目の前の小さな墓石にしゃがみこんで、こちらを見ようともしません。
墓石には心ばかりのお菓子と、淡い紫色をした、1輪の花が供えてありました。
加賀「……永遠の愛」
扶桑「えっ?」
加賀「花言葉です。扶桑さんの供えられた花……桔梗の花言葉。そこに眠られる方への、あなたからのお気持ちなんでしょうか」
扶桑「……偶然よ。その辺りに咲いていた花を、適当に摘んで供えただけ。でも……そう、これは桔梗の花なのね」
私が何気なく口にした花言葉の話題は、思った以上に効果があったようでした。
彼女を覆う拒絶の壁が、幾分薄くなったように感じます。勇気を出して、更に話しかけます。
加賀「……私も、手を合わさせていただいても良いですか?」
相変わらず無言でも、それは拒絶を意味しているわけではないように思いました。
私は扶桑さんの隣にしゃがみ、墓石に手を合わせます。
墓石には丁寧な手彫りで、難しい漢字が刻まれています。故人の名前なのでしょうが、私には読み取ることができませんでした。
加賀「……これは初代提督のお墓で合っているでしょうか」
扶桑「もう、提督ではないわ。死後に階級を剥奪されたそうだから。ここにいるのはただの、嫌われ者よ」
加賀「嫌われ者なのに、あなたはこうしてお参りに来られているんですね」
扶桑「……1人くらい、あの人のために泣く人がいてもいいでしょう。最期まで1人ぼっちだなんて、寂しいじゃない」
加賀「……案外、優しいんですね」
扶桑「私はいつも優しいわよ。あなたに対して以外はね」
加賀「あなたが山城さんと駆逐艦以外に優しくしている姿を見た覚えがないんですが」
扶桑さんは目を逸しました。その仕草は気まずいというより恥ずかしそうな様子で、少しだけ彼女を可愛いと思いました。
扶桑「……電ちゃんから、どこまで話を聞いたの?」
加賀「赤城さんのことはほぼ全て聞かせていただいたと思います。初代提督がどういう方だったかについても、多少は」
扶桑「どうやって死んだかについても?」
加賀「……電さんが殺した、とだけ」
扶桑「……そう」
扶桑さんは、私にどう対応すべきか迷っているようでした。それは私も同じです。
どんな話題から切り出せばいいのか……取り敢えず、気になっていることから聞いてみようと思いました。
加賀「扶桑さんが未だにケッコンカッコカリをされていないのは、これが理由ですか?」
扶桑「……別に。山城が嫉妬するからしないだけよ」
加賀「それなら、山城さんも一緒にケッコンカッコカリされればいいでしょう。それなのに、いつまで経っても2人ともLV上限のままです」
加賀「提督からもお誘いを何度も受けているという噂を耳にしています……初代提督の方と、既にケッコンカッコカリをされていたんですか?」
扶桑「……いいえ。約束はしていたけど、それが果たされる前に亡くなったわ」
加賀「それは……お気の毒に」
扶桑「お悔やみを言いに来たわけじゃないんでしょう。さっさと本題に入ったら? 私に話しかけたのは、何か目的があるからでしょう」
棘のある言葉が投げかけられます。初代提督の話は、扶桑さんにとって触れてほしくはないもののようでした。
加賀「あの……私、この鎮守府ではあまり好かれていません。赤城さんのことがありますから、それは仕方がないことだと思います」
加賀「だから、もっと皆さんから認めてほしくて……扶桑さんにも、私のことをもっと信用してほしいんです」
扶桑「信用ならしてるわ。航空戦力としては役に立つし、花言葉を知っているくらいの学もあるんでしょう」
加賀「それは、もちろん。私は一航戦ですから」
扶桑「一航戦、ね。その名前は私たちにとって、忌まわしい名前だわ」
加賀「……今はそうかもしれません。赤城さんは決して許されない数多くの罪を重ねたと聞いています」
加賀「けれど、私にとって赤城さんは唯一無二の存在なんです。もう2度と彼女に会えないなんて、耐えられません」
扶桑「仕方がないんじゃないかしら。あれだけのことをしたんだから。もう、この鎮守府では赤城を受け入れることはできないわ」
加賀「……扶桑さんも、赤城さんから何かされたんですか?」
扶桑「私自身は特にないわね。ちょっと争ったこともあったけど……」
加賀「なら、赤城さんが着任されたとき、どうかそれを認めてくれませんか。本当の一航戦がどういうものなのか、私が精一杯……」
扶桑「あなたがどう頑張ったって、無駄よ。もう鎮守府に赤城は必要ないもの」
加賀「……どうしてですか?」
扶桑「提督は航空戦艦の運用能力に長けているわ。今の鎮守府には私と山城、伊勢と日向がいる」
扶桑「空母に関しても隼鷹と龍驤が育っているし、正規空母であるあなたも着任した。航空戦力は既に足りているの」
扶桑「だから、鎮守府として赤城を受け入れるメリットとデメリットを考えれば、デメリットのほうが大きい。提督はそう判断するでしょうね」
加賀「……私は全身全霊で鎮守府に尽くすつもりです。あなたは、私の味方になってはくれないんですか?」
扶桑「ええ。だって、あなたが活躍すれば、それだけ私の出撃する機会が減るもの」
扶桑「むしろ、あなたには今すぐ消えてほしいくらいよ。会議の時も、私はすぐにあなたを解体するよう進言したんだから」
加賀「……そう、ですか」
電さんの言う通り、扶桑さんの心は頑なに閉ざされて、付け入る隙などないようです。私がどんなに歩み寄っても、拒絶されるだけでしょう。
なら、もはや強引に踏み込んでいくしかない。次に何を話そうかと考え、私は決して口にしてはならない話題を選びました。
加賀「なぜ、あなたは電さんを殺さないんですか?」
扶桑「……何ですって?」
加賀「電さんは初代提督を殺したと言いました。扶桑さんはその提督と婚約をされていたんですよね」
加賀「ならば、なぜ仇を取らないんです。あなたと電さんが仲良くしていること自体、私には不自然に見えます」
扶桑「もちろん、殺そうとしたわよ。本気でね。でも、できなかった。私は電ちゃんに敗けたのよ」
加賀「それは戦って敗けた、ということですか?」
扶桑「ええ。3ヶ月前の反乱のときにね」
加賀「……反乱?」
扶桑「あら、そこまでは聞かされていなかったのかしら」
扶桑さんは端折りながらも、その反乱について話してくれました。
電さんを筆頭にした放置艦勢力と、提督側に付く主力艦隊が壮絶な戦闘を繰り広げた反乱。
その結果、鎮守府の病巣だった霧島、赤城、そして提督は電さんの計画によって命を落とし、新しい提督がやってきて今の鎮守府がある。
大本営はその反乱を隠蔽し、電さんは表向き解体処分されたことになっている、と。
言葉が出ませんでした。どこか変わった鎮守府だと思っていましたが、そこまで大きな秘密を抱えていたなんて。
扶桑「当たり前だけど、このことは他言無用よ。表に漏れたら、鎮守府ごと消される可能性だってあるんだから」
加賀「わかっています。ただ、驚きました……そこまで大きな争いをして、みんな和解されたんですか?」
扶桑「だって、悪い人はみんないなくなったんだし、それ以上私たちが仲違いする理由はないじゃない?」
加賀「……電さんが憎くはないと言うんですか」
扶桑「いずれこうなるような気はしていたの。あの頃、提督はほとんどの艦娘に恨まれてたから」
扶桑「電ちゃんはその子たちの代表として提督を殺しただけ。決して私怨で手を掛けたわけじゃない」
加賀「そう割り切れるものでもないでしょう。実際、電さんとは戦っているんですし」
扶桑「そうね、私は決めていたから。仮に提督が鎮守府そのものから憎まれることになっても、私だけはあの人の味方であり続ける」
扶桑「提督は私みたいな欠陥戦艦に目を掛けてくれた。だから、その想いに一生を掛けてでも報いるつもりだったの」
加賀「……なぜ敗けたんですか? 戦艦と駆逐艦、本来なら電さんに勝ち目はないはず」
扶桑「まあ、直前に私が大和と戦って、万全じゃなかったことは事実よ。でも、それは言い訳に過ぎない」
扶桑「結局のところ、私は最後まで提督に尽くせればそれでよかったのよ。要は自己満足ね」
扶桑「電ちゃんは鎮守府を変えるために、全てを背負う覚悟を決めていた。勝敗を分けたのは、そういう心の在り方なんでしょう」
加賀「……扶桑さんは現状に満足してらっしゃるんですか」
扶桑「……あの人がいなくなって、みんなは幸せそうにしてる。なら、提督側に付いた私に文句を言える権利はないわ」
加賀「後悔はしていないと?」
扶桑「ええ。自分を貫くことはできたから」
屹然と語られたその言葉は、強がりも嘘もない本心なのでしょう。彼女がとても強く、美しい女性に見えました。
加賀「……羨ましいですね」
扶桑「何のこと?」
加賀「私、電さんに言ったんです。もしあなたが殺していなかったら、赤城さんは私が殺していたと」
加賀「それが正しいことだと思いました。けれど、あなたのような生き方もあるんですね」
扶桑「……そうね。私自身が提督に手を下す、という選択肢もあったのかもしれない」
扶桑「むしろ、そうすることが一番良かったのかも……今となっては、何が正しかったかなんてわからないわ」
加賀「少なくとも、間違ったわけではないと思います。あなたは善悪さえ超えて、迷わず自分を貫き通した。その生き方に、憧れさえ覚えます」
扶桑「……褒めて懐柔しようなんて手は通用しないわよ。あなたに尊敬されても、私には何の得もないんだし」
加賀「そんなつもりはありません。今のは、私が感じたことをそのまま口にしただけです」
扶桑「ふうん……もしかしたら、私たちは似ているのかもしれないわね」
加賀「……そうかも知れません」
扶桑さんが初代提督をたった1人で想い続けているように、私もたった1人で赤城さんのことを想っている。
たとえ誰からも理解されなくても、せめて自分だけは。その在り方は、私も扶桑さんも同じように思います。
気まずい沈黙が流れました。親しくない人に期せずして思いの丈を明かしてしまった、気恥ずかしさ。お互い、次の言葉が出てきません。
加賀「……すみません。何だか、暗い話ばっかりしてしまって。扶桑さんと仲良くなる話題を話したかったんですけど……」
扶桑「何よ、仲良くなろうだなんて。言っておくけど、私はあなたのことが嫌いだから」
加賀「……この際はっきりと言いますが、私だって扶桑さんのことが苦手です」
扶桑「あら、そう。どうして?」
加賀「正面切って嫌味を浴びせてくる人を好きになれというほうが無理な話です。私をボーキサイトの女王呼ばわりするのはやめてくれませんか」
扶桑「だって、あなたのボーキサイトの消費量、半端じゃないもの」
加賀「扶桑さんこそ、燃費の悪さで言えば私と総量では大差ないはずです。大食い艦というならお互い様でしょう?」
扶桑「……言うわね、ボーキサイトの女王のくせに」
加賀「扶桑さんはアレですよね。私や伊勢さんたちに嫌味を言うのは劣等感の裏返しですよね。見ていて浅ましい限りです」
扶桑「ぐっ……!」
加賀「そんな卑劣な真似はやめて、ベテラン戦艦らしく、もっと堂々となさったらどうですか? 今のあなたはまるで、嫌味なお局様です」
扶桑「お、お局様!? やめてよ、その肩書! そんな風に思われるくらいなら、大食い艦のほうがまだマシよ!」
加賀「金剛も影で吹聴してますよ。扶桑さんは鎮守府のお局様だって」
扶桑「何ですって!? あ、あのイギリス女……!」
ぎりりと歯ぎしりする扶桑さんの姿は、今まで見たこともないほど感情をむき出しにしていました。
それほどまで金剛のことが嫌いなのでしょう。その気持ちには同感です。あの女の顔を思い出すだけで腹立たしい気分になります。
私はなぜ自分が扶桑さんと話しているのか、その理由さえほとんど忘れ、身を乗り出しながら声を落とし、扶桑さんにそっと囁きました。
加賀「扶桑さん。実は言うと、私も金剛のことが嫌いなんです」
扶桑「……あら、そうなの。どうして?」
加賀「戦艦として優秀な方だとは思いますが……下品でうるさくてデリカシーが無くて馬鹿で英国かぶれで鬱陶しいところがちょっと……」
扶桑「……相当嫌いなのね」
加賀「はい。話しかけられると虫酸が走りますし、提督にちょっかいを出しているところを見るだけで不快な気分になります」
扶桑「……その気持ちはわかるわ。あの尻軽女、前は初代の提督にアプローチを掛けてたくせに、コロッと今の提督に鞍替えして……」
加賀「着任としては扶桑さんのほうが随分と早いんでしょう? 本来なら、ケッコンカッコカリは扶桑さんが先だったはずです」
扶桑「順序で言えばそうでしょうね。でも、私が断ったからあの女が先にケッコンカッコカリすることになって……」
加賀「調子に乗っていますよね、あのビッチ。扶桑さんの先を越して提督と婚姻を交わせたからって」
扶桑「……あいつは昔からやたら私と張り合って来たわ。確かに、最近の調子の乗りっぷりは我慢ならないわね」
加賀「何とかしてくださいよ、扶桑さん。このままだとあの淫乱……金剛は鎮守府における扶桑さんの地位さえ脅かしますよ」
扶桑「確かに……既にLVでは離され始めてる。この調子で最大LVまで上り詰めたら、あの女、どんな態度を取るか……」
加賀「想像しただけでも嫌になります。どうでしょう、扶桑さん。提督とケッコンカッコカリをしていただけませんか?」
それは単なる思い付きでした。扶桑さんがケッコンカッコカリをすれば、立場としては金剛と並びます。
そうすれば、金剛も多少は大人しくなる。私にとって鎮守府の居心地も良くなり、いいことずくめです。
扶桑「……それが一番いい方法なのはわかるわ。でも、そんな理由で誓いを破るなんてさすがに……」
加賀「そうでしょうか。扶桑さんは真面目過ぎると思います。もっと、自分本位に生きられてもいいんじゃないでしょうか」
扶桑「クソ真面目キャラのあなたが言う台詞なの、それ?」
加賀「いや、まあ。そうなんですが……でも扶桑さん、急がないと取り返しの付かないことになりますよ」
扶桑「わかってるわよ。これ以上LVを離されたら……」
加賀「金剛だけじゃありません。そろそろ、提督が次のケッコンカッコカリの相手を決める頃でしょう? 候補が誰だかわかっているんですか?」
扶桑「……まさか」
加賀「伊勢さんと日向さんです。あの2人も一緒じゃなければ嫌だと言って婚姻を断り続けていると聞いています」
加賀「提督は先にLV上限を迎えた伊勢さんに一旦休暇を与えて、日向を重点的に運用していました。その意図はお分かりでしょう?」
扶桑「ひゅ……日向のことはいつも視界に入れないようにしてたから、気付かなかったけど……それって……!?」
加賀「提督は伊勢さん、日向さんとのダブル婚姻を行うつもりです。もうじき書類と指輪も届く頃でしょう」
加賀「大和さんから聞いたことがあります。扶桑さんは伊勢、日向姉妹にだけは負けたくないんでしょう?」
扶桑「ぐ、ぐぎぎぎ……! あ、あの2人に先を越される……! 私たち扶桑姉妹を差し置いて、結婚……!」
加賀「提督があと何人の艦娘とケッコンカッコカリをするのかはわかりません。しかし、その枠に限りがあるのは確かです」
加賀「いずれ、扶桑姉妹が婚期を逃した行き遅れ戦艦として後ろ指を差される未来はそう遠くないと思います」
扶桑「こ……婚期を逃した、行き遅れ戦艦……!?」
加賀「特に金剛は毎日のように指を差して大爆笑するでしょうね。私もそんな光景は見たくありません」
加賀「決断するなら今しかありませんよ。提督とのケッコンカッコカリを受け入れるか、行き遅れ戦艦として馬鹿にされる未来を選ぶか」
扶桑「ぐ、ぐぐぐ……ダメ、ダメよ! 私は決めたんだから! この人を1人ぼっちにしないって、自分自身に誓いを……!」
加賀「山城さんはどうなるんです? あなたと共に、行き遅れ戦艦その2にされる妹の山城さんは」
扶桑「あっ……」
扶桑さんの顔つきがみるみる青ざめていきます。ここに来て、私の頭と弁舌は冴え渡っていました。
なぜ私が扶桑さんに話しかけたのか、当初の目的は既に念頭にありません。あの鬱陶しい金剛を黙らすことができる、その考えに夢中でした。
加賀「山城さんはあなたの決めたことには必ず従うでしょう。姉であるあなたのことが大好きですから」
加賀「先の反乱でも、扶桑さんが提督側に付いたから山城さんも放置艦たちと戦ったはずです。しかし、本心はどうだったんでしょう?」
加賀「扶桑さんが幸せにならない限り、山城さんは幸せになれません。あなたの幸せこそが、彼女の幸せだからです」
加賀「あなたの天秤はどちらに傾いているんです? 今は亡き初代提督か、それとも今も、そしてこれからもずっと隣にいる、山城さんか」
扶桑「……あなた、やっぱり赤城と似てるわね。知恵が回って、狡猾で、相手を追い込むところがそっくりだわ」
加賀「……褒め言葉ではないのでしょうが、ありがたく受け止めさせていただきます」
扶桑「少し、考えさせて。すぐに決められるようなことではないわ。山城と相談する」
加賀「どうか、前向きにご検討を……最近、自分を抑えるのに精一杯なんです。そのうち、金剛を闇討ちでもしてしまうかもしれません」
扶桑「ああ、そっちのほうが魅力的な計画ね……でも、あの提督の元でそんな真似は許されないわ」
扶桑「何だか話疲れたわ。お参りも済ませたし、もう戻りましょう」
加賀「あ、はい……すみません、長々と引き止めてしまって」
扶桑「いいわよ。無駄な会話でもなかったみたいだし」
私だけその場に残るわけにも行かず、私たちは連れ立って鎮守府に戻る形になりました。
不思議な気分です。十数分前までは同じ空間にいるだけでストレスを感じる人だったのに、今はそうでもありません。
まさか、金剛の悪口であんなに盛り上がってしまうなんて……本来なら誇り高き一航戦として恥ずべき行為です。
ただ、結果としては良かったのかもしれません。隣を歩く扶桑さんも、もう私を拒絶しようとはしていませんでした。
扶桑「山城はどこにいるかしら。そろそろ、私の幻覚を見始める頃なんだけど……」
加賀「ああ、例の姉妹艦が掛かる病気ですね。まだ完治されてないんですか?」
扶桑「そうなのよ。あの子ったら、10分も経てば見えない私とおしゃべりを始めてしまうみたいで……」
加賀「重症ですね。扶桑さんは大丈夫なんですか?」
扶桑「私は平気よ。1時間はゆうに持つわ」
加賀「立派な患者じゃないですか」
扶桑「言っておくけど、あなただって患者予備軍よ。まだ幻覚は見てないの?」
加賀「私はまだ大丈夫です。あと1ヶ月くらいは保ちます」
扶桑「ふうん……なら、その1ヶ月で頑張ることね。そしたら、私も考えてみるから」
加賀「考えるって、何をですか?」
扶桑「あなた、自分の目的を忘れてどうするのよ」
加賀「あっ……ありがとうございます! 私、精一杯頑張りますから!」
扶桑「言っておくけど、私に大した決定権はないわよ。決めるのは結局、提督だから」
加賀「わかっています。ですけど、1ヶ月後には扶桑さんも、きっと提督の伴侶の1人になっているでしょう?」
扶桑「まだわからないわよ。もう少し考えてから……」
途中で言葉を切った扶桑さんの視線の先には、鎮守府の玄関に寄りかかって姉が戻るのを待つ、山城さんの姿がありました。
いかにも寂しそうに顔をうつむけていた山城さんは、私の隣にいる扶桑さんの姿を見つけ、パッと顔を輝かせます。
それは姉妹というよりも、母親の帰りを待つ子供のように無邪気で嬉しそうな笑顔でした。
山城「お姉さま、お帰りなさい! 加賀さんと一緒に戻られたんですか?」
扶桑「……ええ。案外、話が合う子だったから」
山城「ふぅん……そうなんですか」
ちらりとこちらを見た山城さんの目には、明らかに警戒の色が見て取れました。少々私に嫉妬しているようです。
あんなに想ってくれる妹がいて、扶桑さんが羨ましいです。そんなことを考えていると、扶桑さんがくすりと笑いました。
扶桑「なんだ、考えるまでもなかったじゃない」
山城「えっ……? お姉さま、何のことです?」
扶桑「こっちの話よ。ねえ、加賀さん」
加賀「はい?」
扶桑「さっき話したでしょ。天秤の話よ」
加賀『あなたの天秤はどちらに傾いているんです? 今は亡き初代提督か、それとも今も、そしてこれからもずっと隣にいる、山城さんか』
加賀「……ああ。そう言えば、そんなお話をした気がします。答えが出たんですか?」
扶桑「ええ。簡単なことだったわ」
扶桑さんは山城さんの頭を撫でながら、愛おしそうにその答えを口にしました。
扶桑「もう過ぎ去ってしまったものと、すぐそばにあるもの。どちらが大切かなんて、比べるまでもないじゃない」
山城「あの、お姉さま? 何のお話なんでしょうか……」
扶桑「私たちの未来の話よ。ねえ山城、2人で一緒に、幸せになる気はない?」
山城「はい!? いや、それはその……私は嬉しいですけど、倫理的に許される行為ではないのではないでしょうか!」
山城「いえ、それでも私はついて行きます! お姉さまと一緒なら、たとえ許されざる禁忌の領域でさえ……」
扶桑「何か勘違いしているみたいだけど、私について来てくれるのね? それなら、早速行きましょうか」
山城「はい? 行くってどこに……」
扶桑「提督に返事をしましょう。ケッコンカッコカリを申し込まれた件、喜んで受諾しますってね」
隼鷹「えー、では扶桑姉妹と提督のケッコンカッコカリを祝しまして……かんぱーい!」
広場に集まった100を超える鎮守府中の艦娘たちは、隼鷹さんの音頭と共に、各々の手に取った杯を高々と掲げました。
提督「えーというわけでだ……扶桑と山城、俺はこの2人と新たにケッコンカッコカリを交わすことになった」
扶桑「今日は私たちのために集まってくれて、皆さん、どうもありがとうございます」
扶桑「私たち姉妹がこのような名誉に預かれてたのは、鎮守府に着任する艦娘のみんな全員のおかげです。姉妹ともどもお礼申し上げます」
山城「扶桑お姉さまと一緒にケッコンカッコカリできるなんて、夢みたいです……皆さん、本当にありがとうございます」
披露宴会場である広場に集まった艦娘たちから、大きな拍手が沸き起こります。うち何人かはお祝いの気持ちより嫉妬心が優っているのでしょうけれど。
提督「扶桑姉妹は長らく鎮守府の主戦力として前線を支えてきた優秀な戦艦だ。今まで挙げてきた功績は数知れない」
提督「今日まで婚姻が遅れたのは、俺の不明の致すところでもあり、姉妹という絆の強さの表れでもある」
提督「ともかく、2人が俺の求婚に応じてくれたことは嬉しい限りであることに変わりはない。今日はめでたい日だ。皆、好きなだけ楽しめ!」
事が決まってからの提督の行動は、それはもう迅速でした。
すぐさま書類と指輪を取り寄せる手続きを済ませ、攻略計画の日程を調整し、披露宴が開催される今日に至るまで、あれから3日しか経っていません。
提督は以前から扶桑姉妹に目を掛けていたため、ケッコンカッコカリを受諾してくれたことがよほど嬉しかったのでしょう。
あの老けた顔を一層皺くちゃにしたエビス顔で、扶桑姉妹やお祝いの挨拶に来る艦娘と杯を交わしています。
私も挨拶に行きたいところですが、今は新郎新婦の席にお祝いの人だかりができていて近づけそうにないので、後で参ることにしましょう。
今日は海域攻略もお休みです。披露宴はお祝いというより無礼講の様相を呈し、艦娘の誰もが好き勝手に飲み食いし、自由に遊んでいました。
子日「暁、パスを出せ! 島風にボールを集めろ!」
暁「了解です! 島風ちゃん、頼んだわよ!」
島風「オゥ! 島風の華麗なドリフトテクニック、見せてあげるわ!」
不知火「くっ、さすが子日様の側近に選ばれただけはある! 長月、島風をマークしろ! 絶対に抜かれるな!」
長月「はっ! しかし……疾い! これほどまでとは、やるな島風!」
島風「あったりまえよ! 島風が一番疾いんだから!」
着任直後は空気に馴染めず号泣していた島風さんも、今は子日教団のみんなと一緒に仲良くサッカーをしています。
電さんの言った通り、子日教団は排他的に見えて案外フレンドリーなようです。いずれ、私も彼女たちと遊べるようになりたいです。
足柄「もっと、もっとよ! もっと酒を持って来なさい!」
那智「よし来た足柄! 今日は好きなだけ飲め! 吐くまで飲め! いや、むしろ吐いても飲み続けろ!」
重巡の足柄さん、那智さんはいつものように酒を浴びるように飲んでいます。今日はいつも以上に酒量が多いように思います。
妙高「足柄、もうお止しなさい! このところ毎日飲んでばかりなんだから、今日みたいなお祝いの席くらい、礼儀正しくなさい!」
羽黒「そうだよ、足柄姉さん。またケッコンカッコカリ候補から外れたのは残念だけど、きっとまたチャンスは来るから……」
足柄「ふん、何がチャンスよ! 着任の順番で言えば、扶桑たちより私のほうが早いのよ!」
足柄「ぼやぼやしてたらどんどん周りに置いてけぼりにされて、婚期が遠ざかって行くのよ! あなた達ももっと焦りなさい!」
那智「心配するな足柄! 提督は言っていたぞ、足柄ともいずれケッコンカッコカリを交わしたいとな!」
足柄「それはそうかもしれないけど、大事なのは順番よ! これ以上、新参に追い抜かれるのは耐えられないわ! 聞いてるの、あなた!」
加賀「……はい? あの、今のは私に言われたんでしょうか」
足柄「そうよ! あなた最近、もっと自分を鎮守府のために役立ててくれって提督に自己アピールしたそうじゃない!」
加賀「別にそういうタイプの自己アピールでは……」
足柄「絶対にあなたには先を越されないわよ! ほら、あなたも飲みなさい! 飲み比べで勝負よ!」
加賀「いや、私はそういうのは苦手で……」
足柄「何よ、私の酒が飲めないっていうの!?」
そんな風に言われては、誇り高き一航戦として引き下がるわけにはいきません。私はビールが並々と注がれた大ジョッキを受け取りました。
加賀「それでは……扶桑姉妹のケッコンカッコカリを祝して、乾杯」
足柄「その乾杯音頭は屈辱的だけど……乾杯!」
どうせ足柄さんは一気飲みするだろうと思ったので、私も一気にジョッキを飲み干します。
ほぼ同時に、私たちは空のジョッキをテーブルに置きました。
足柄「ふっ……やるわね、加賀さん。一航戦の名は伊達じゃないということね」
加賀「そう言っていただけると幸いです。もう1杯行きますか?」
足柄「当然よ! 英国に『飢えた狼』と呼ばれたこの私がこれくらいでオヴェエエエエエッ!」
足柄さんの嘔吐は火を噴くドラゴンを思わせる凄まじいものでした。嘔吐、というよりは噴射と形容したほうが正しいほどです。
足柄「ま、まだよ……! 私はまだ、戦える……!」
那智「そうだ足柄、飲め! お前はこんなものではないはずだ! 私も飲むぞ!」
妙高「ああ、もういいわ! 好きなだけ飲みなさい! ただし、後始末は自分でするのよ! 羽黒、私にもビールを!」
羽黒「はい、妙高姉さん。かんぱーい」
彼女たちが盛り上がってきたところで、私はそっとその場を立ち去りました。
妙高四姉妹は着任当初からずっとあんな感じだそうで、その光景は鎮守府の名物でもあるそうです。
ひたすら暴走と奇行を繰り返す足柄さんと那智さん、それを止める妙高さんと、振り回される羽黒さん。
騒がしい四姉妹ですが、慣れてくると見ていて微笑ましくもあります。あのようなやり取りは、心から仲が良くないとできないものでしょう。
あそこまでなりふり構わない女性にはなりたくありませんが、彼女たちのことを羨ましく思うのも事実です。
雷「どいてどいて! お手伝いしてたら遅れちゃった! サッカーの試合が終わっちゃうわ!」
加賀「あら、こんにちは電さん。今日は随分と元気がいいんですね?」
雷「何? 私は雷よ! 似てるからって間違えないでね!」
加賀「あ、失礼しました。さすが双子さんですね、そっくりです」
提督は建造やドロップで新たな艦娘を着任させるにあたり、戦力強化ではなく姉妹艦を揃えることに重点を置いて来ました。
そのため、今の鎮守府ではほとんどの艦娘が姉妹艦とペアで任務に当たっています。
この雷さんを始めとして、龍田さんの姉妹艦である天龍さんも着任し、レア軽巡である大井さんも最近建造されたそうです。
仲睦まじい姉妹艦たちを見ていると、未だ独り身である自分としては羨ましく思えると同時に、こちらも心地よい気分になってきます。
雷「電に何か用事? 電なら向こうで妖精さんたちと一緒に給仕の手伝いをしているわよ!」
加賀「そうですか、ありがとうございます。それじゃあ、そっちに行ってみます」
雷「ちゃんと場所はわかる? 良かったら案内してあげましょうか!」
加賀「いえいえ、お構い無く。どうぞサッカーを楽しんで来てください」
雷「わかったわ。もし迷ったらいつでも私に言うのよ!」
明るくそう言って、雷さんは元気よく走り去って行きました。姉妹艦だけあって、電さんと同じく優しい子です。
新しく着任したせいか、私に怖がるそぶりもありません。それだけでも私にとっては十分心安らぐ存在です。
雷さんに言われたほうに行くと、妖精さんに食べ物や飲み物の手配の指示を出している電さんを見つけました。
電「ああ、どんどん酒保のお酒が減っていく……また予算を練り直さないといけないのです。足柄さんにはそろそろ減酒してもらわないと……」
加賀「電さん、お疲れ様です。こんなお祝いの席でもお仕事ですか?」
電「あ、加賀さん。ええ、私はこうやって、みんなが楽しそうにしているのを見ているのが好きなのです」
加賀「良かったらお手伝いします。電さんは他の駆逐艦の子たちと遊んできてください」
電「えっ、そんな悪いですよ。もう一段落着く頃ですし、こういうのは私のお仕事ですから」
加賀「そんなことありません。私はこれから鎮守府の色んな仕事を引き受けていくつもりですから、こういった雑用も慣れないといけないんです」
加賀「大方は妖精さんがやってくれるから、簡単なお仕事でしょう? 大丈夫ですよ、ちゃんとやっておきますから」
電「そ、そうですか……? それなら、ちょっとみんなのところに行こうかな……霞ちゃんや雷お姉ちゃんともちょっと遊びたいのです」
加賀「2人とも広場のほうで駆逐艦のサッカーに出てましたよ。電さんが行けば、きっと皆さんも喜ばれるでしょう」
電「えへへ……良かったら加賀さんも行きませんか? 駆逐艦の子と遊びたいって、前々から漏らしていたでしょう」
加賀「それは魅力的な提案ですが、今回は遠慮します。まだ、そこまで打ち解けられてはいませんし、何より駆逐艦のスピードに付いていけません」
電「だったらキーパーをされてみてはどうです? 駆逐艦のみんなも面白がるとは思うのですが」
加賀「いや、それでも島風さんの動きを見る限り、あっさり抜かれてしまうんじゃないかと思います。それにしても凄いですね、彼女は」
電「ああ、確かに島風さんは凄いです。抜群の運動神経で、もうみんなの人気者になってしまったのです」
加賀「え? あっ、はい。本当に凄いですよね、島風さんの運動神経は」
電「……加賀さん、何か別のことを考えてました?」
加賀「……正直に言うと、着ている服が凄いなって」
電「ああ……確かにその、島風さんの服は凄いですね」
加賀「何なんでしょうね、あれ。目のやり場にホント困るんですよ。何のつもりであんな服装をされているんでしょうか?」
電「本人は『速さを追求した衣装よ!』って言っていたのです」
加賀「それなら全身タイツでも着てもらったほうがずっとマシだと思うんですけどね。空気抵抗も少ないし」
電「全身タイツは絵面的にちょっと……」
加賀「でも、似たような服装の子はいましたよ。サッカーをしてる駆逐艦の子たちの中に」
電「えっ? 全身タイツを着ている子ですか?」
加賀「流石に全身タイツではありませんでしたが、奇妙な組み合わせの格好ではありました」
加賀「何故かスクール水着の上にセーラー服を着ているんです。一応、あれも軍指定の服装らしいんですけど……」
電「……スク水に、セーラー服?」
私の何気ない一言を、電さんは呆然とした口ぶりで反芻しました。
そのとき、私たちの足元に1個のサッカーボールが弾みをつけながら転がり込んできました。どうやら駆逐艦の子たちのボールのようです。
「すみませーん。ボールがそっちに行ってしまったでちー!」
ボールは電さんの足元にあったのですが、電さんはボールの転がってきた方向を凍り付いたように見つめるばかりで、拾おうとする様子はありません。
どうしたのだろうと、仕方なく私がボールを拾い上げます。駆け寄ってきた件のスク水セーラー服の少女にボールを返しました。
加賀「はい。ボール遊びのときは周りに気を付けてくださいね」
伊58「うん、ありがとうでち!」
電「……ゴーヤさん?」
その駆逐艦の子の名前でしょうか、恐る恐るという風に話しかけた電さんに向かって、ゴーヤと呼ばれた艦娘は嬉しそうに返事をしました。
伊58「あっ、電! 久しぶりでち!」
ゴーヤさんに笑顔で返された電さんは、なぜか雷に打たれたような驚愕の表情でした。
加賀「……久しぶり? 電さん、お知り合いの方ですか」
伊58「あれ? そんなわけないでち、ゴーヤは今朝、建造で着任したばかりでちよ」
加賀「そうなんですか? なら、前世の時代に出会われていたんでしょうか」
伊58「うーん……よくわかんないけど、電とは久しぶりに会えたって何となく思ったでち!」
ゴーヤと呼ばれた駆逐艦らしき子は、にこやかに電さんに笑いかけます。そういえば、こういう水着を着ているのは潜水艦だった気が……
伊58「でも、なんでそんな風に思ったかはわからないでち。電はゴーヤのこと、何か覚えているでちか?」
電「……覚えているに、決まっているじゃないですか」
電さんは涙を浮かべて駆け寄ると、ゴーヤさんを両腕でしっかりと抱き締めました。もう2度と離さないというように。
伊58「……電?」
電「覚えていますよ……ずっとお礼を言いたかったんです。あのとき助けてくれたのは、ゴーヤさんだったんですよね?」
電「私はあなたを助けられなかったのに……会いたかった。助けてくれて、ありがとうございました」
伊58「……電、どうしたでち? なんで泣いているでちか?」
電「ごめんなさい、嬉しくて……もうゴーヤさんを不幸にしたりはしませんから。絶対に、絶対に……!」
伊58「……泣かないでほしいでち、電。ゴーヤは今、ちっとも不幸じゃないでちよ。だから電、笑ってほしいでち」
電「はい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
泣きじゃくる電の頭をそっと撫でながら慰める小さな手は、温かな慈愛に満ちたものでした。
2人の間に何があったかはわかりません。けれど、その絆がただならぬものであることはわかります。
普段は大人びた電さんが、まるで容姿相応の幼な子のように感情をむき出しにするなんて、初めて見る姿でした。
もう電さんは私がいることも忘れて、ゴーヤさんのことしか頭にないようです。ここは野暮なことはせず、2人っきりにしてあげましょう。
そろそろ提督と扶桑さんたちのところも落ち着いた頃だと思うので、そちらへ向かうとします。
提督は扶桑姉妹を交え、自分がケッコンカッコカリをした艦娘たちと酒を飲み交わしているようでした。
テーブルに着いているのは大和さん、隼鷹さん、そして今日新たに婚姻を交わした扶桑さんと山城さんです。金剛の姿はありません。
提督「よう、加賀。お前も来てくれたか」
加賀「はい。この度はおめでとございます、提督。そして扶桑さんと山城さん」
扶桑「ありがとう。あなたには感謝してるわ、この席に着けたのも、あなたが私の背中を押してくれたおかげだから」
加賀「気にしないでください。話の流れでそうなっただけですから。ところであの淫乱…金剛さんはいらっしゃらないんですか?」
山城「私とお姉さまが同時に結婚したものだから、ヘソを曲げて部屋に引きこもっているんですよ。相変わらず器の小さい女ですよね」
提督「そんな言い方はよせ。あいつは良くも悪くも、自分の気持ちに正直なだけだ」
加賀「正直すぎるのも考えものかとは思いますが」
提督「まあな。どうだ加賀、お前も座れよ。いずれお前も、俺とケッコンカッコカリするんだからな」
加賀「……初耳です。提督は一体、何人の艦娘とケッコンカッコカリをするつもりなんですか?」
提督「鎮守府に着任する艦娘全員だが?」
呆気に取られる私とは裏腹に、既婚者の方々の反応は落ち着いたものでした。
大和「どうせそんなつもりだろうと思っていました。ですけど、それまでに寿命が保つんですか?」
提督「当たり前だろう。俺はあと50年は生きる」
隼鷹「あんまり長生きし過ぎるのも勘弁してよ。介護するのはアタシたちの役目になるんだからさ、おじいちゃん!」
提督「隼鷹、お前明日から禁酒な」
隼鷹「おじさま大好き! 超若い! 50年どころか後80年は生きるよきっと!」
提督「よし、許す。ところで電はどうした? 後で来るように言っておいたんだが」
加賀「電さんは……お取り込み中です。ゴーヤさんという子と色々あるそうで」
提督「ああ。しまった、忘れていた。今朝、たまたま建造であいつを引き当ててな。電を驚かそうとして秘密にしていたんだ」
提督「くそ、ぼちぼち物忘れが酷くなってきてるな……まあいい、加賀、先に飲んでいよう」
加賀「それでは、失礼します」
言われるまま空いている末席に着きます。この場で私だけが新参者の艦娘ですが、居心地の悪さはありませんでした。
扶桑「じゃあ加賀さん、乾杯」
加賀「あ、はい……扶桑さんと山城さんの結婚を祝しまして、乾杯」
山城「ありがとうございます。乾杯」
隼鷹「かんぱ~い!」
大和「ふふ、乾杯」
提督「乾杯。これでまた、LV上限突破の主力艦が2人も増えたわけだ」
提督「これからは戦いも厳しくなってくる。主力艦であるお前らは、一層気を引き締めていかなければならんぞ」
山城「提督。お姉さまのお祝いの席なんですから、今日はお仕事の話はなしにしていただけませんか?」
扶桑「ふふ、そんなこと言って、今日はあなたのお祝いの席でもあるのよ、山城」
提督「そうだな、悪い。まあ、今日は好きに飲んで好きに楽しめ。なんたって、俺の妻が1度に2人も増えた日だからな」
隼鷹「だな。これで老後の介護生活も安心だね、提督!」
提督「どうやら、お前はどうあっても禁酒をさせられたいようだな」
加賀「むしろ、提督こそお酒はご自重されたほうがよろしいのでは? 電さんもさっきぼやいてましたよ、酒保の予算が多すぎるって」
提督「何を言う、俺がこの日まで生きてこれたのは酒があったからだ。俺から酒を奪うのは死ねと言っているようなものだぞ」
扶桑「そんなこと言って、体を壊さないでくださいよ。今の鎮守府は提督あってのものなんですから」
提督「まあ、多少は気に留めておこう。俺も長生きはしたいからな」
提督たちの歓談に耳を傾けながら、私は淡い幸福を感じていました。彼女たちの幸せな雰囲気が私にまで伝染してしまったのでしょうか。
目の前に置かれた自分の盃を手に取り、少しだけ口に含みます。提督が好きだという芋焼酎の深い苦味と甘味が舌に染み渡りました。
提督「最近はどうだ、加賀。しばらくはあまり浮かない顔をしていたようだが」
加賀「……心配してくださっていたのですか?」
提督「まあな……やっぱり、赤城がいないと寂しいか」
少しばかり、提督は声を落として私に話しかけました。隼鷹さんと大和さんの顔がわずかに引きつります。
大和「提督、その話題はちょっと……」
加賀「いいんです、隼鷹さん。私、全部聞かせていただきましたから」
隼鷹「えっ、マジで?」
加賀「はい。赤城さんが大変なご迷惑をお掛けしたそうで、許していただけるとは思いませんが、私が代わってお詫びさせていただきます」
隼鷹「いや、いいよそんな……もう過ぎたことだし、加賀が悪いわけじゃない」
加賀「それでも、謝らせてください。どんなことがあっても、赤城さんは私にとってかけがえのない方ですから」
隼鷹「そっか……なんか、アレだね。超気まずいわ」
加賀「すみません、こんな話題を出してしまって。ただ、隼鷹さんはご自分のされたことを気になさらないでください」
加賀「私は恨んでいません。だから、その……そういったことも含めて、私は皆さんと上手くやっていけたらと思っています」
大和「……加賀さんが着任された日はどうなることかと思っていたんですけど、私たちが心配過剰だったみたいですね」
加賀「今まで気を遣わせてしまってすみません。もう、私は事実を全て受け入れました。私なりに、鎮守府のために尽くしたいと思います」
提督「あまり無理はするなよ。赤城が着任するには、もうしばらく時間が掛かるだろうが……」
加賀「いいんです。気長に待たせていただきますから」
私はそっと山城さんを見て、それから扶桑さんと目を合わせます。扶桑さんが私に笑いかけ、私も笑顔を返します。
加賀「今はもう、あまり寂しくありませんから」
ふと背後に聞こえた足音に振り返ると、ちょうど電さんがこちらに来たところでした。隣には手を繋いだままのゴーヤさんもいます。
随分と泣き腫らしたらしく目を赤くして、恥ずかしそうに笑っていました。
電「遅れてごめんなさいなのです。提督さん……秘密にしておくなんて、酷いのです」
提督「ああ、悪かったよ。驚かせようと思ってな」
伊58「提督、電が全然手を離してくれないでち。ゴーヤは早くサッカーに戻りたいでちよ」
提督「そうか。じゃあ、電。一度乾杯だけして行け。お前もみんなのところに行くといい。ゴーヤを連れてな」
大和「電さん、ゴーヤさん。はい、ジュース」
電「……ありがとうございます」
伊58「わあ、ジュースでち! ありがとうでち!」
提督「お前ら、杯は持ったな? 電、乾杯の音頭を取ってくれ」
電「はい。提督と扶桑さん、山城さんのケッコンカッコカリを祝して……並びに、提督さんのご長寿を祈って」
電「それから、それから……海域の平和と、みんなの幸せと、暁の水平線へ勝利を刻めることを祈りまして……乾杯、なのです!」
「かんぱーい!」
杯を高々と上げて、中身を飲み干します。みんなと共に温かな幸福が体の中に行き渡っていきます。
ああ、ここは本当に……良い鎮守府です。
終
今までありがとうました。
新作はこちら
【最強の艦娘】UKF(Ultimate 艦娘 Fighters)無差別級格闘グランプリ【決定戦】Aブロック一回戦
http://sstokosokuho.com/ss/read/4349
58がでてきたところで泣いた (つД`)ノ
この長編の続きももうないのか…
またこんな大作にであえることを願って、お疲れ様でした!!
印象深く頭に残る内容で、毎回の更新が本当に楽しみでした。
書き上げてくれて本当にありがとうございます。
次の作品も期待しております。
話の構成や展開、細かな言葉選びまでしっかりしていた艦これSS指折りの名作だと思います
数ヵ月に渡って追いかけたSSはこれが初めてでした
まさかここまで、大作で素敵な作品になるとは思いませんでした。
楽しい時間をありがとう。
次回作も期待してます。
素晴らしいの一言です。
祝完結!
ずっと追って来て本当に良かった
扶桑も幸せそうで何より
次回作も楽しませてもらうよ、お疲れ様でした
超どうでもいい事だけど5-5に航空戦艦(瑞雲持ち)連れてって大丈夫なんかなw
今まで読んだSSの中で1番素晴らしいSSでした!
次回作も頑張ってください!
祝、完結!
ここまでしっかりとしたお話しで完結したSSは初めてです。
凄い楽しませて頂きました。
お疲れ様でした!
お疲れ様でした!
ハッピーエンドでよかった…!
感動しました!
泣いた…(´TωT`)
これは超大作やでぇ…提督のバイブルとして語り継がねば
素敵な作品をありがとうございました!!
このssに出会えてよかったです・・・!
ssで久しぶりに泣いてしまった…
完遂したことに深き感謝を!
ドタバタギャグコメディかと思いきや、後半の盛り上がりは本当に凄かった。
ハッピーエンドで本当に良かった。不覚にも涙が・・・
完結お疲れ様でした!
いろんな艦これssを読んできたけどお前が一番だ!
すごい!!!満場一致で☆5だよ。