2016-07-03 00:55:27 更新

概要




前大会
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451576137/

本大会
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1464611575/


※注意事項
・一部に過激な暴力表現、グロテスクな描写を含みます。予めご了承ください。
・特定のキャラクター、及び国家、人種、格闘技を貶める意図がないことをご理解ください。
・あなたの嫁が顔面を割ったり割られたり、あるいはもっと酷いことになる恐れがあります。ご注意ください。
・一部に著しいキャラクター崩壊が見受けられます。ご容赦ください。


※階級について
艦種を実際の格闘技における重量階級に当てはめており、この作品内では艦種ではなく階級と呼称させていただきます。

戦艦級=ヘビー級

正規空母級=ライトヘビー級

重巡級=ミドル級

軽巡級、軽空母級=ウェルター級

駆逐艦級=ライト級


前書き


UKF無差別級トーナメント特別ルール一覧

・今大会は階級制限のない無差別級とする。階級差によるハンデ等は存在しない。
・今大会のルールは限りなく実戦に近く、公正な試合作りを目指すために設けられる。
・ファイトマネーは1試合につき賞金1000万円の勝者総取りとする。
・試合場は一辺が8m、高さ2mの金網で覆われた8角形のリングで行われる。
・試合後に選手は会場に仮設されたドックに入渠し、完全に回復した後に次の試合に臨むものとする。
・五体を使った攻撃をすべて認める。頭突き、噛み付き、引っかき、指関節等も認められる。
・体のどの部位に対しても攻撃することができる。指、眼球、下腹部、後頭部、腎臓などへの攻撃も全て認める。
・相手の衣服を掴む行為、衣服を用いた投げや締め技を認める。
・相手の頭髪を掴む行為は反則とする。
・頭髪を用いる絞め技等は反則とする。
・自分から衣服を脱いだり破く行為は認められない。不可抗力で衣服が脱げたり破れた場合は、そのまま続行する。
・相手を辱める目的で衣服を脱がす、破く行為は即座に失格とする。
・相手に唾を吐きかける、罵倒を浴びせる等、相手を侮辱する行為は認められない。
・武器の使用は一切認められない。脱げたり破れた衣服等を手に持って利用する行為も認められない。
・試合は素手によって行われる。グローブの着用は認められない。
・選手の流血、骨折などが起こっても、選手に続行の意思が認められる場合はレフェリーストップは行われない。
・関節、締め技が完全に極まり、反撃が不可能だと判断される場合、レフェリーは試合を終了させる権限を持つ。
・レフェリーを意図的に攻撃する行為は即座に失格となる。
・試合時間は無制限とし、決着となるまで続行する。判定、ドローは原則としてないものとする。
・両選手が同時にKOした場合、回復後に再試合を行うものとする。
・意図的に試合を膠着させるような行為は認められない。
・試合が長時間膠着し、両者に交戦の意志がないと判断された場合、両者失格とする。
・ギブアップの際は、相手選手だけでなくレフェリーにもそれと分かるようアピールしなければならない。
・レフェリーストップが掛かってから相手を攻撃することは認められない。
・レフェリーストップが掛からない限り、たとえギブアップを受けても攻撃を中止する義務は発生しない。
・試合場の金網を掴む行為は認められるが、金網に登る行為は認められない。
・金網を登って場外へ出た場合、即座に失格となる。
・毒物、および何らかの薬物の使用は如何なる場合においても認められない。
・上記の規定に基づいた反則が試合中に認められた場合、あるいは何らかの不正行為が見受けられた場合、レフェリーは選手に対し警告を行う。
・警告を受けた選手は1回に付き100万円の罰金、3回目で失格となる。
・罰金は勝敗の結果に関わらず支払わなくてはならない。3回の警告により失格となった場合も、300万円の罰金が課せられる。

・選手の服装は以下の服装規定に従うものとする。
①履物を禁止とし、選手はすべて裸足で試合を行う。
②明らかに武器として使用できそうな装飾品等は着用を認められない。
③投げ技の際に掴める襟がない服を着用している場合、運営の用意する袖なしの道着を上から着用しなければならない。
④袖のある服の着用は認められない。
⑤バンデージの装着は認められる。







大会テーマ曲

https://www.youtube.com/watch?v=7IjQQc3vZDQ


明石「皆様、大変長らくお待たせいたしました! これより第3回UKF無差別級グランプリ、Bブロック1回戦を開催いたします!」


明石「実況はお馴染みの明石、解説兼審査員長には香取さんをお越しいただいております!」


香取「香取です。大会日が遅れてしまってごめんなさいね。運営スタッフを代表してお詫びいたします」


明石「本日の日程はBブロック1回戦の計4試合、加えてエキシビションマッチ1戦目の合計5試合を執り行います!」


明石「このBブロックで初戦敗退した選手は、そのままEVマッチ出場候補者となります! その点も踏まえて、試合結果にご注目ください!」


明石「それでは、さっそく第1試合に移りたいと思います! 赤コーナーより選手入場! 立ち技格闘界、最強候補の一角がいきなり登場だ!」





試合前インタビュー:榛名


―――対戦相手の翔鶴選手は立ち技最強の代名詞でもあるK-1王者ですが、意識するところはありますか?


榛名「肩書に興味はありません。私が追い求めるのは実戦の中での強さ。スポーツ格闘技で得た称号なんて、私にとって意味のないものです」


榛名「グローブを着け、ルールに縛られた勝負で知れる実力などたかが知れています。K-1の舞台で証明される最強などあるわけがありません」


榛名「ただし、私が興味を持っていないのはK-1に関してです。翔鶴さん個人に対しては大いに興味があります」


榛名「翔鶴さんとは、彼女がまだ新米だったときに戦いましたが、その頃から他のファイターとは一線を画するものを秘めていると感じていました」


榛名「K-1王者になるべくしてなったのは間違いないでしょう。その実力を疑っているわけではありません」


―――以前、榛名さんはUKFで翔鶴さんと対戦され、判定勝ちを収められています。今回も勝てる自信はありますか?


榛名「勝つことはできます。ただ、以前と同じ過程になるかはわかりません」


榛名「翔鶴さんが強いことは知っています。私とどちらが強いのかは、戦いが終わればわかることです。ただ、彼女がどう戦うのかが問題です」


榛名「なおも彼女は、私の打撃を避けないか否か。私の空手を受け切って勝てるつもりでいるのか、そのことが今から気になっています」


―――もし翔鶴選手が試合で打撃を避けなかったとしたら、どうなさいますか?


榛名「どちらにしても勝敗は変わりません。勝つのは私です。しかし、私にとって好ましい試合にはならないでしょう」


榛名「そもそも、それが試合と呼べるものにはなるかどうかもわかりませんし、やりたくもありません。昔から試し割りは嫌いでしたから」


榛名「どう戦うのかは翔鶴さんの自由ですが、できることなら、動かないものを一方的に壊すような真似を私にさせないでいただきたいものです」




榛名:入場テーマ「GuiltyGearX/Holy Orders (Be Just or Be Dead)」


https://www.youtube.com/watch?v=FUn8sSi6d0c




明石「地上最強の空手! この私がいる限り、決してその看板を降ろさせはしない! 空手こそ、最強の格闘技なのだ!」


明石「研ぎ澄まされた五体はまさに凶器! 岩をも穿つこの打撃、受けられるものなら受けてみるがいい!」


明石「立ち技格闘界、真の王者とは私のことだ! ”殺人聖女”榛名ァァァ!」


香取「実戦空手の第一人者、榛名さんね。彼女ほど打撃に特化したファイトスタイルを持つ選手はそうはいないわ」


香取「総合格闘に挑むにあたって、榛名さんは最低限の組み技すら持ち合わせていない。ひたすら空手の技だけで勝ち進んできたファイターよ」


明石「今日も赤帯を締めての登場ですね。空手界からの正式な段位の認定は一切受けていないとのことですが」


香取「榛名さんは強すぎて、空手界から事実上の追放処分にされちゃってるものね。フルコンの試合で何度も相手を殺しかけちゃったから」


香取「空手は競技化によって世界に広まり、競技化によって最強と呼ばれた牙を失った。榛名さんはその牙を未だに研ぎ続けている数少ない空手家よ」


香取「瓦を割るために巻藁稽古をする空手家はまだいるでしょうけど、本気で人に打ち込むために巻藁稽古してるのは彼女くらいのものでしょう」


香取「その気になれば瓦20枚は容易く割ってみせる拳は凶器そのもの。まともに受ければどこで受けたって致命傷を負うわ」


香取「ストライカーとしての立ち回りは赤城さんのほうが上かもしれないけど、打撃の強さという点では榛名さんに軍配が上がるんじゃないかしら」


明石「空手にもいくつか流派がありますが、榛名選手はどこの流派の空手を学んでいるんでしょうか?」


香取「最初は伝統派の空手に属していたそうだけど、すぐに剛柔流の道場に移り、そこで事実上の破門を受けてからは沖縄空手に傾倒してるみたい」


香取「沖縄空手には、空手道が競技化される以前の特色、つまりは空手が戦場格闘技だった頃の技が根強く残っているわ」


香取「更に榛名さんは古流空手の技だけでなく、現代空手で生まれたフットワークも扱える。まさに空手の集大成と言える選手でしょう」


明石「多方面から実力の高さを評価されている榛名選手ですけど、戦績としては7戦5勝2敗とそこまで優れたものではないように見えますね」


香取「榛名さんは強すぎて、試合が組みにくいのよね。UKFに契約した当初から、トップファイターにさえ対戦を避けられていたくらいだし」


香取「赤城さんでさえ榛名さんとの試合は避けたって噂よ。赤城さん本人は絶対に認めないでしょうけど」


明石「もしも赤城選手が榛名選手に負けるとすれば、立ち技最強ファイターの通り名を事実上奪われることになりますからね」


香取「そうね。そういうわけで、榛名さんは戦績こそ少ないけど、試合を組みさえすれば大抵の相手には完勝できるわ。トップファイター相手にもね」


香取「敗北を喫したのは最強の艦娘と言われる長門さん、本物の達人である鳳翔さんの2人だけ。あの2人は格が違う実力者だもの」


香取「武道家である榛名さんにとって、敗北は死に等しい。2度に渡る敗北というのは、榛名さんにとって耐え難い重みを持つんだと思うわ」


香取「それでも彼女がグランプリのリングに上がるということは、もう2度と負けるつもりはない、ということなのでしょう」


香取「たぶん、優勝候補の1人ね。赤城さんや長門さんさえ恐れさせたその打撃、もう1度見られると思うと楽しみだわ」


明石「ありがとうございます。それでは、青コーナーより選手入場! 新たなるK-1チャンピオンに輝いた、不死身のファイターの登場です!」




試合前インタビュー:翔鶴


―――この度はK-1グランプリを制してのチャンピオンベルト獲得、あらためておめでとうございます。


翔鶴「ありがとうございます。ベルトを貰ったときは本当に嬉しかったです。今まで苦しい鍛錬を重ねてきた成果をやっと出せた、と思いましたから」


翔鶴「ただ……嬉しかったのは最初だけで、最近はだんだんと悩むようになってきました。このベルト、本当に価値のあるものなんでしょうか」


翔鶴「このベルトは前王者だった赤城さんが返上したもので、以前に私は赤城さんと3回試合をして、3回とも負けています」


翔鶴「立ち技界真の王者と言われてる榛名さんにも私は負けています。私は最強と呼ばれる方々に勝っていないのに、王座に着いてしまったんです」


翔鶴「それって、どうなんでしょうか。周りの方はどう思われているんでしょうか……K-1王者になってから、毎日不安で仕方がないんです」


―――今日の対戦相手は先程言われた榛名選手ですが、特別な思いなどはありますか?


翔鶴「対戦カードが榛名さんに決まって、ホッとしました。赤城さんか榛名さん、どちらかの方と早いうちに戦いたいと思っていたんです」


翔鶴「今の私は、K-1王者である自分に疑問を感じています。でも、立ち技最強候補と言われる榛名さんに勝てば、その疑問はなくなります」


翔鶴「榛名さんは間違いなく強いです。今の私は自分が強いかどうかさえ自信がないので……戦って、それを確かめたいと思っています」


―――榛名選手の打撃も避けないつもりでしょうか?


翔鶴「……たぶん、皆さん勘違いされていらっしゃいます。私は意地やプライドから相手の打撃を避けないわけじゃありません」


翔鶴「そういう戦い方しか知らないんです。だから、私は打撃を避けないんじゃなくて、単に避けられないんです」


翔鶴「だから、榛名さんの打撃も避けません。甘く見ているつもりはありません。それ以外、勝つ方法がありませんから」





翔鶴:入場テーマ「Norther/Death Unlimited」


https://www.youtube.com/watch?v=EUUo9crSdf8




明石「K-1のベルトを引っさげ、不死身のファイターがUKF再臨! 数々の強敵と死闘に臨みながら、打撃によるダウン経験、なんとゼロ!」


明石「どんなに打たれても下がらない! どんなに打たれても倒れない! 後退のネジが外れた、不壊不倒の超人がここに存在する!」


明石「立ち技格闘界の新たな最強候補が、艦娘最強の舞台に挑む! ”ウォーキング・デッド” 翔鶴ゥゥゥ!」


香取「今日も不幸な顔をしてリングへ向かうのね……金剛さんを倒してK-1王者になったときはあんなに嬉しそうだったのに」


明石「私もあんなに嬉しそうな翔鶴選手は初めて見ました。今日は今まで通りの不幸オーラを発しての登場ですけど」


香取「半端な格闘評論家にケチを付けられて、傷付いちゃったのかしら。赤城さんとも榛名さんとも戦わずに得た、K-1ベルトに価値なんてないって」


明石「事実、翔鶴さんは以前にその2人と対戦されて、どちらにも勝てていませんね。明石さんはどう思います?」


香取「それは以前の話でしょ。あの頃の翔鶴さんは伸び盛りの新人ファイター、今は試合経験を積んだ、れっきとしたトップファイターよ」


香取「翔鶴さんは試合を重ねる度に着実に強くなっていったわ。以前に負けたからと言って、今も翔鶴さんがあの2人より弱いとは限らない」


香取「そもそも榛名さんだって赤城さんとは戦ったことがないんだし、そんな批判は机上の空論でしかないのよ」


香取「少なくとも、翔鶴さんはUKFに次いで選手層が厚いK-1では一番強いということ。それだけは揺るぎない事実よ」


明石「翔鶴選手の流儀はミャンマーラウェイというあまりメジャーではない格闘技ですね。一般にはムエタイと混同されがちのようですが」


香取「同じ東アジア発祥だし、似てるのは間違いないわね。元は同じ拳闘術だったものが、それぞれの地域で独自の発達を遂げたみたい」


香取「ムエタイとは兄弟関係に当たるラウェイだけど、近代ルールを取り入れたムエタイに対し、ラウェイはより古流拳闘に近い形を残しているわ」


香取「主な相違点は3つ。首から下への頭突きが認められていることと、スタンドからの投げ技が認められていること」


香取「何より最大の特徴は、グローブを着用せずに荒縄を手に巻いて試合をすること。つまり、ほとんど素手同然で打ち合いをするのよ」


香取「世界中を探しても、これほど過激なルールで試合をしている格闘技は他にないわ。ラウェイは地上で最も過酷な格闘技と言えるでしょう」


明石「フルコン空手も素手で打ち合いをしますが、顔面への打撃は禁止ですよね。ラウェイは顔面への打撃もありなんですか?」


香取「ありよ。それこそが最も過酷な格闘技と言われる所以ね。しかも、素手の攻撃っていうのはボクシングみたいにガードできないのよ」


香取「盾になるグローブがないから、素手のパンチはガードをすり抜けて当たるわ。だから、ラウェイの選手はガードを捨てて打撃を受けに行くの」


香取「翔鶴さんのファイトスタイルはまさにラウェイそのものよ。打撃を一切避けず、自ら受けに行って打点をずらしながら受け切る」


香取「打たれながらも打ち返し、前へ前へと出て相手を打ち負かす。まるで重戦車みたいな戦い方よね」


香取「関節技や寝技への対処が苦手っていう欠点はあるけど、最近はとにかく殴りまくって強引に抜け出す、っていう形で対応できているわ」


香取「もっとも、今回はその点は考えなくても良さそうね。相手は組み技なんて1つも持っていない、空手家の榛名さんなんだし」


明石「となるとこの試合、間違いなく打撃戦になると見ていいんでしょうか」


香取「と言うより、それ以外は有り得ないわね。翔鶴さんの打撃以外の技はせいぜい首投げくらい、榛名さんに至っては空手技一辺倒だもの」


香取「共に打撃特化のファイトスタイルである以上、打ち合いになるのは必然よ。それも、真正面からのね」


明石「……翔鶴選手は、今回も榛名選手の打撃を避けないんでしょうか」


香取「避けないでしょうね。前大会のエキシビジョンマッチでは、最強の一撃と言われる夕立さんの必殺技さえ、翔鶴さんは避けなかったわ」


香取「翔鶴さんの戦い方は良く言えば真っ直ぐ、悪く言えば不器用なの。躱しつつ打ち返したり、間合いを計りながら戦うような器用さは持ってない」


香取「前へ前へと突き進む。翔鶴さんの戦術はたったそれだけ。たとえ相手が最強の空手家、榛名さんであっても、翔鶴さんは前へ出るしかないわ」


明石「以前の対戦もそうでしたよね。結果は翔鶴選手が手数で押されての判定負けでしたが」


香取「終盤は何で立っていられるか不思議なくらいボロボロだったわよね。はっきり言って、完全に打ち負けてたわ」


香取「翔鶴さんは今回も同じ戦い方をするでしょう。榛名さんがそれにどう応えるかはわからないけど……概ねは同じ流れになるんじゃないかしら


香取「前に出る翔鶴さんと、それを迎え撃つ榛名さん。先に打ち負けたほうが敗北するっていう、ある意味では我慢比べみたいな試合になると思うわ」


香取「徹底的に削り合って、最後まで立っていることができたほうが勝つ。こんなにわかりやすい勝負はないわね」


明石「どちらが有利、不利かは特にないと思われますか?」


香取「……不利なのは翔鶴さんと言わざるをえないでしょう。彼女の打撃を受け切る戦法は、榛名さん相手に使うにはあまりにも無謀だから」


香取「前に出て打点をずらしながら受ける、っていうのは打撃の威力を無効化するんじゃなく、2,3割ほど威力を減衰させてるに過ぎないの」


香取「急所を外させてるからKOはなくても、当たってはいるんだから痛いしダメージもある。翔鶴さんはそれをただ耐えているだけなのよ」


香取「鈍器による殴打を生身で受けることはできないように、榛名さんの打撃はどこで受けても致命傷になり得る。普通なら耐えられるはずはないわ」


明石「でも……翔鶴選手は判定負けした試合でも、榛名選手の打撃を受け切った上で、ただの1度もダウンしませんでしたね」


香取「そうね。確かに翔鶴さんは打ち負けたにも関わらず立ち続けていた。けど、あのまま戦っていたとしても勝機は薄かったでしょう」


香取「今回の試合は、前回の続きになるかもしれないわ。時間制限もなく、判定もない。どちらかが完全に動けなくなるまで、勝負は終わらないから」


香取「翔鶴さんは打撃でダウンしたことは1度もない。ルールの上では翔鶴さん有利と言えるかもしれないわね」


香取「だけど、相手は打撃最強候補の榛名さん。翔鶴さんは最後まで立っていることができるのかしら」


香取「真っ向勝負を仕掛けるに違いない翔鶴さんに、榛名さんはどう応えるのか。そこが一番の見所になるんじゃないかしらね」


明石「ありがとうございます。さあ、両選手リングイン! 屹然と対戦者を見据える榛名選手に対し、翔鶴選手は伏目がちに対峙しています!」


明石「気圧されているわけではなさそうですが……あっ、翔鶴選手が顔を上げました! 戦いに挑む者とは思えない、穏やかな表情です!」


明石「静かな闘志が両者の間に渦巻いています! ここから始まるのは、壮絶な打撃の死闘! 果たして、最後まで立っているのはどちらなのか!」


明石「全身凶器の空手家、榛名は不壊不倒の超人、翔鶴を打ち倒すことができるのか! それとも、ダウン経験なしの連続記録が更新されるのか!」


明石「この試合、我々は立ち技最強の一端を垣間見る事になるでしょう! ゴングが鳴りました、試合開始です!」


明石「まず出て行くのは翔鶴……いや、榛名選手が先にリング中央へ躍り出た! これは……左手を突き出し、右拳を引いた正拳突きの構え!」


明石「挑発に近い、あからさまな誘いです! コンクリートの壁をもぶち抜く正拳突き、これを受けられるかという、翔鶴選手への挑戦だ!」


明石「遅れて翔鶴選手がリング中央へ歩み出る! 中段に構え、迷いのないベタ足でゆっくりと榛名選手に近付いていく!」


香取「……まあ、翔鶴さんはそれしかないものね」


明石「躊躇なく榛名選手との間合いを狭めていきます! まさか、受けるというのか! 一体、翔鶴選手に恐怖心は……いったぁぁぁぁぁ!」


明石「りょ、両者相討ちです! 正拳突きと右ストレートが同時にクリーンヒット! まともに入りました! 顔面から鮮血が飛び散ります!」


明石「共に大きく体勢が崩れる! ダブルKOか!? いや、どちらも倒れはしません! ふらつきながらも、辛うじて踏み止まった!」


明石「骨が砕けるような拳を食らいながら、両選手ともダウンしません! 体勢を立て直しながら、同時に拳を振り上げた!」


明石「鉤突きと左フックが交錯する! これもクリーンヒットォォォ! 同じように両者がぐらつく! しかし、倒れはしない!」


明石「ノーガードの殴り合いです! まるで榛名選手が翔鶴選手のスタイルに合わせるような……今度はハイキィィック!」


明石「またもや相討ち! 互いに側頭部が揺さぶられ、大きく崩れます! 先に立て直すのは……翔鶴選手だ! 榛名選手が出遅れた!」


明石「ぼ、ボディへのアッパーカット! そしてローキック! 顔面へ膝ぁぁぁ! しょ、翔鶴選手が打撃で押し勝った!」


明石「頭を抱え込んで、もう一度膝蹴り! これはブロックした! 榛名選手、どうにか押しのけるも翔鶴の打撃が止まらない!」


香取「榛名さんも負けず嫌いだから、意地を張り過ぎてしまったわね。これはちょっとまずいかも……」


明石「左ジャブ、からの右エルボー! これも入った! 榛名選手が滅多打ちだ! 足元がぐらついている! かなりのダメージを受けています!」


明石「トドメのハイキィィック! これは……入らない! 肘でブロックしました! 榛名選手、初めて打撃を防御します!」


明石「更に翔鶴選手が前に出る! 追撃の右フック! 榛名選手、これを手刀で弾き落とした! 防御に回って体勢を立て直そうとしています!」


明石「続く左フックも廻し受けで捌く! 前羽の構えで防御を固め、距離を取ろうと榛名選手が後退! それを翔鶴選手は許さない!」


明石「下がる榛名選手を追うように猛然と前進! 前蹴り! 十字受けで止められた! 右ミドルキック! これも挟み受けで止められました!」


明石「榛名選手が回復しつつあります! 翔鶴選手が左ジャブ、右ストレートと追撃を繰り出しますが、これらも手首で弾かれる!」


明石「序盤の攻防から一転、翔鶴選手の打撃がまるで通らなくなりました! 鉄壁の如き空手の防御術! 着実に回復の時間を稼いでいます!」


明石「もはや打ち合いには付き合わない! 翔鶴選手の打撃を的確にガードし、傾いた形勢をどうにか元に戻していきます!」


香取「打ち負けたから防御に回った……っていう感じじゃなさそうね。最初だけ相手の流儀に付き合ってあげた、ってところかしら」


香取「ちょっとダメージを受け過ぎた気もするけど、ここからが榛名さんの本気。空手の全てを使って倒しにかかるわ」


明石「左フックを手首で弾く! と、同時に足払いを掛けた! 翔鶴選手がややバランスを崩した隙に、榛名選手、大きく距離を取ります!」


明石「構えを前羽から天地上下の構えに移しました! 更に息吹によって呼吸を整えています! 乱れていた呼吸を回復させました!」


明石「顔面からはかなりの流血が見られますが、余力は十分残っている! ここからが本当の勝負だ! 翔鶴選手も再び前進します!」


明石「距離を一気に詰め、ワンツーパンチ! どちらも捌き落とされました! 防御から一転、榛名選手の鉄槌打ちが鎖骨に振り落とされる!」


明石「しかし翔鶴選手は止まらない! 打撃を意に介さず、前へ出て左の肘打ち! 榛名選手、これを回り込むような運足で回避!」


明石「躱し様に、首を狙った手刀が放たれた! 翔鶴選手、これも避けない! 普通なら昏倒必至の一撃が入りました!」


香取「急所を外して受けてるわね。と言っても、痛みは相当なはずだけど……」


明石「迷わず翔鶴選手は反撃! 間合いを詰めて右、左のフック! 手首を使ったパリィで捌かれます! 榛名選手、やや押され気味に後退!」


明石「下がる榛名選手に対し、追撃のミドルキック! 肘でブロックされました! 体勢を立て直したいのか、榛名選手がまた下がります!」


明石「おっと、今度は翔鶴選手、追いません! 足が止まりました! 少々スタミナを使い過ぎたのか、呼吸がやや乱れてします!」


明石「構えた腕も下げてしまいました! 珍しい光景です! 翔鶴選手はスタミナにも優れているはずですが、明らかな疲れを見せています!」


香取「これは……痛みが限界を超えたせいね。てっきり、榛名さんは防御主体に立ち回っているんだと思ってたけど、そうじゃなかったみたい」


明石「痛み、ですか? 確かにだいぶ打ち込まれはしていますが、打たれ強い翔鶴選手にとって、これくらいは……」


香取「そうね、頭やボディに対するダメージはそうでもないでしょう。深刻なのは、手足に感じている痛みのほうじゃないかしら」


明石「手足? 腕や足に打撃をもらうような場面はなかったようでしたが……」


香取「原因は榛名さんの手首や肘による受けよ。空手の受けには、防御と同時に相手を攻撃する受け方があるの」


香取「手首の骨が突き出た部分や、肘、手刀を使った受けがそれよ。体の角で打撃を受けることで、逆に相手へダメージを与えるのよ」


香取「榛名さんの廻し受けは、防御技ではなく一種のカウンターなのね。翔鶴さんの手足、よく見たら切り傷があるじゃない」


明石「あっ、確かに! 翔鶴選手の手足に、擦過傷のような流血箇所がいくつも見受けられます! これが榛名選手の受けによる傷なのか!」


明石「攻め手が止まったのは、この傷の痛みによるもの! 頭や胴は打たれ慣れていても、手足そのものへのダメージは直接動きに響きます!」


明石「榛名選手は相手のダメージを観察するかのように、距離を取って構えています! 自分からは仕掛けていかない! 待ちに徹しています!」


明石「どうする、翔鶴選手! 彼女のファイトスタイルは前進あるのみ! しかし、このダメージでは……いや、前に出ます!」


明石「休憩は終わりとばかりに、再びベタ足で距離を詰めていく! やはり、翔鶴選手は前に出て攻めるしかない! 榛名選手が迎撃の体勢を取る!」


明石「先に榛名選手が仕掛けた! 中段回し蹴り! やはり避けない! 翔鶴選手、無理やり前へ出て右フック! カウンター気味に当たりました!」


明石「しかし榛名選手、瞬時に立て直した! 腕刀であごを打った! 翔鶴選手は揺るがない! 左の肘打ち! 榛名選手、スウェーで回避!」


明石「肘が掠ったのか、額をカットされました! かなりの出血です! だが、血を拭う暇はない! 心臓を狙った正拳突きが放たれる!」


明石「まともに入ったぁ! が、下がらない! お返しの右ストレート! 榛名選手、手首で捌いた! 手首の角を使った受け技です!」


明石「更に榛名選手、踏み込んで頭突き! 額で受けられました! そのまま首相撲の体勢です! 翔鶴選手が頭に肘を振り落とした!」


明石「榛名選手、頭部から更に出血! 反撃に同じ肘打ちを鎖骨に突き刺した! 骨折狙いの一撃です! しかし翔鶴選手、びくともしません!」


香取「今のはまともに入ってるわよ。鎖骨にヒビくらい入ったんじゃ……」


明石「構わず翔鶴選手、ボディへ膝蹴り! 負けじと榛名選手も膝を繰り出す! ここで翔鶴選手、首投げを敢行! 投げが決まったぁ!」


明石「密着状態から綺麗に投げました! 榛名選手、テイクダウン! そのまま翔鶴選手が流れるようにマウントポジションを取った!」


香取「翔鶴さんって、あんなに投げが上手だったの!? 思ってたより器用じゃない。あるいは、榛名さん対策をしてきたのかも……」


明石「榛名選手、対応が遅れました! やはりグラウンドの攻防は不慣れなのか! 空手には寝てからの攻撃技はありません、この状態はまずい!」


明石「対する翔鶴選手はがっちりと馬乗り状態をキープ! K-1王者に関節技はない! やはり翔鶴選手、パウンドを繰り出しました!」


明石「とにかく殴る、殴る! 容赦なく拳を落としていきます! 榛名選手は防戦一方! ひたすらガードを固めています!」


明石「ここに来て形勢は一気に翔鶴選手へ傾いています! 辛うじて致命傷を避け続けている榛名選手ですが、何発かのパンチは当たっている!」


明石「翔鶴選手はボディへのフックも交えながらパウンドを入れていく! 榛名選手、マウントから抜け出せない! もはやこれまでか!」


香取「……えらく無抵抗に殴られてるわね。腰を使った跳ね除けも、下からのパンチもない。何か狙ってる……?」


明石「また1発、まともに入った! 更に1発、フックが頭を大きく揺らしました! ダメージが確実に蓄積されています!」


明石「もう1発フックが入ったぁぁぁ! 遂に殺人聖女が落ちるのか! 翔鶴選手がトドメに……ここで榛名選手が跳ね起きた!」


明石「さ……刺したぁぁぁ! ぬ、貫手です! 左鎖骨の下を狙った二本貫手! 比喩ではなく、文字通り指を皮膚が貫いている!」


香取「出た……! 実現不可能とされた、空手最強の武器。それを榛名さんは、実戦で使えるまでに……!」


明石「鎖骨下に走る、腕の神経を直接切り裂かれました! この一撃を狙っていたのか! 翔鶴選手の左腕は完全に機能を停止しました!」


明石「神経を傷付けられる、この激痛は半端じゃない! 翔鶴選手の攻め手が止ま……止まらない!? 構わず右で殴った!!」


香取「嘘でしょ、発狂レベルの痛みのはずよ!?」


明石「貫手は左鎖骨下に刺さったまま! それを翔鶴選手、意に介さず右腕でパウンド! 流石に不意を突かれたか、榛名選手まともに食らった!」


明石「パウンドで前に出たせいで、更に傷口から血が吹き出した! それでも翔鶴選手が止まらない! もはや左は捨てたとばかりに殴る、殴る!」


明石「榛名選手も殴られてばかりではない! 二本貫手に捻りを加えた! 神経を完全に引き千切りました! しかも、更に深く突き刺す!」


明石「ようやく耐えかねたのか、翔鶴選手が貫手を外しに掛かった! 指を狙って右肘を振り落とす! それより早く、榛名選手が手を引いた!」


明石「同時に跳ね起きて頭突きぃぃぃ! もろに入りました! わずかに仰け反った翔鶴選手の顔面に掌底! 翔鶴選手を突き飛ばしました!」


明石「榛名選手、マウントポジション脱出! 今一度息吹で呼吸を整えます! やはり空手家榛名、スタンドで決着を付けるつもりです!」


明石「跳ね除けられて体勢を崩した翔鶴選手、ゆっくりと立ち上がります! 左腕はだらりと垂れ下がり、その指先から血が滴り落ちています!」


明石「呼吸も荒く、限界に近いダメージを受けています! もはや立っているのがやっとなのではないでしょうか!」


香取「痛いわよね……翔鶴さんの打たれ強さは、脳内麻薬の分泌でも、痛覚の遮断でもない。ただ単に、我慢しているだけなのよ」


香取「痛みとダメージへの耐性が人一倍あるだけで、痛いものは痛いし、疲弊もする。翔鶴さんはそれを精神力で耐えているに過ぎないわ」


香取「動けなくなるときは必ず来る……その瞬間は、もうそんなに遠くない」


明石「榛名選手が構えます! 天地上下ではなく、拳を固めた上段の構え! このまま一気にトドメ刺すつもりです!」


明石「対する翔鶴選手、動く右腕だけを上げて応える! 打ち合う気です! 右腕1本で榛名選手と打ち合う気だ!」


明石「あまりに無謀な挑戦です、ダメージ差は明らかに翔鶴選手のほうが大きい! おまけに左腕は神経を切られ、もう指一本動かない!」


明石「それでも翔鶴選手、自分から前に出た! 躊躇なく間合いを詰める! 自ら死地に飛び込もうというのか! 榛名選手はどう応える!」


明石「迷わず迎え撃った! 右ストレートと正拳突きが同時に放たれる! ま、またも相討ちぃぃぃ! 拳が顔面を叩き合いました!」


明石「榛名選手はおろか、翔鶴選手もまったく打撃の威力が失われていない! 両者、大きく体勢を崩した! どちらが先に立ち直れるか!」


明石「わずかに翔鶴選手のほうが早い! が、左が使えないぶん出遅れた! 榛名選手の左鉤突きが先にヒット! 脇腹に入りました!」


明石「しかし翔鶴選手、踏み止まった! 腕ごと叩き付けるような右フック! 廻し受けで止められました! これで右腕にもダメージが入った!」


明石「続けざまに榛名選手の虎爪による面打ち! いや、これは熊手打ち!? 掌底を横から顔面に打ち付けました!」


香取「競技空手にはない、危険技の1つよ。フックみたいに脳震盪を狙うんじゃなく、頬骨を砕くための一撃。これはさすがに……」


明石「翔鶴選手の口から歯が数本飛び散りました! こ、これは本当に骨折したのでは! 出血も……殴り返した!?」


香取「まだ動けるの!?」


明石「またも右フックで反撃! これは榛名選手、こめかみにもらってしまいました! わずかによろめいたところに、翔鶴選手の回し膝蹴り!」


明石「続けてローキック! これも入りました! ダメージというより、驚いた様子で榛名選手が後退します! 翔鶴選手がそれをゆっくりと追う!」


明石「歩みのペースは明らかに序盤と比べて遅い! だが打撃の重さだけは落ちていない! 榛名選手も今の攻防でかなり体力を消耗したようです!」


明石「まさに後退のネジが外れた戦いぶり! 前に出る以外のことは知らない! ゆっくりと間合いを詰める翔鶴選手を、再度榛名選手が迎え撃つ!」


明石「翔鶴選手のミドルキック! 榛名選手、蹴り足に対し垂直に肘を突き入れた! これは痛い! 足へカウンターの肘打ちです!」


明石「骨に響く一撃だったはずです! しかし翔鶴選手は下がらない! 踏み込んで右ストレート! カウンターの鉤突きが入ったぁぁぁ!」


明石「大きくあごが揺さぶられました! 翔鶴選手、ダウ……いや、立ち直りました! しかし、更に側頭部へ上段回し蹴りぃぃぃ!」


明石「これも完全に入っています! 横へつんのめるように翔鶴選手が崩れる! だが、立て直した! 倒れない! まるで倒れません!」


香取「翔鶴さん……もう、意識がないんじゃないの?」


明石「不死身の名は伊達ではありません! 幽鬼のような立ち姿で、なおも榛名選手目掛けて前進する! その姿、まさに歩く死人!」


明石「歩いてはいますが、目が虚ろです! 足取りもどこか危うい! これは、既に意識がないのかもしれません! 無意識で戦っているのか!?」


明石「榛名選手も戦慄したような表情を浮かべています! しかし、翔鶴選手がまだ立ち向かおうとしているのは事実! ならば、迎え撃つまで!」


明石「首を狙った手刀打ち! 入った! が、止まらない! 翔鶴選手、踏み込んで飛び膝蹴りぃぃぃ! 榛名選手のあごを打ち抜いた!」


明石「追い打ちにボディへ前蹴り! よろめきつつ榛名選手が後退! それを翔鶴選手はゆっくりとした足取りで追う! 目は虚ろなままです!」


明石「まさに本能だけで戦っている! 刷り込まれた戦いの記憶だけを頼りに、意識のないまま榛名選手へ向かっていきます!」


明石「今にも倒れそうなのに、なぜでしょうか、翔鶴選手が倒れることが想像できない! この想いは榛名選手にもあるはずです!」


明石「再び間合いが近付いていきます! 先に仕掛けたのは榛名選手! 上段回し蹴りです! またもや側頭部にクリーンヒット!」


明石「ぐらりと前のめりになった翔鶴選手、そこからむくりと上体を起こした! 倒れない! もう、何をしても倒れないとしか思えない!」


香取「翔鶴さんが、ここまで怪物じみてたなんて……!」


明石「本能のままに翔鶴選手が打撃を放つ! 右ストレートです! 榛名選手、腕刀で逸らした! 同時に、正拳突きのカウンターァァァ!」


明石「みぞおちに突き刺さり……いや、違う! 正拳突きではない! 貫手です! まっすぐに揃えられた指先が、翔鶴選手の水月に刺さっている!」


明石「文字通り、刺さっている! 抜いた! 尋常ではない量の血が滴り落ちます! 明らかに内蔵まで傷が達している!」


明石「まさしく致命傷を受けた翔鶴選手、何の反応も示しません! 傷を庇うことも、打ち返すこともせず、ただ立ち尽くしている!」


明石「今度こそ意識が……!? 動いた! 前に出ます! まだ動いている! 翔鶴選手はまだ生きています!」


明石「足元に血だまりを作りながら、翔鶴選手が死の道を歩きます! 一体、何がここまで彼女を突き動かすのでしょうか!」


明石「まさか本当に不死身だとでもいうのか! 再び拳の間合いに入った! 翔鶴選手が仕掛けます! 右ストレートォォォ……?」


香取「……とっくに限界だったのよ」


明石「こ、拳は当たりましたが……触れただけです! もう、スピードも重さもない! ただ力なく腕を突き出しただけです!」


明石「続いて右フック! これも榛名選手の頬に触れただけ! 今や翔鶴選手は炎の消えた蝋燭! 最期の灯火さえ、とうに燃え尽きているのです!」


明石「それでもなお、倒れることだけは拒否しています! 蹴りを出そうとしても、足を上げることさえできない! 翔鶴選手はもう戦えません!」


明石「ようやくそのことに気付いたレフェリーが試合を止めようと……いや、榛名選手が構えた! ただ静観していた榛名選手が構えを取った!」


明石「スタンスを広くとり、大きく右拳を引いた! これは……何をする気だ! まさか……せ、正拳突きぃぃぃ! 渾身の突きが入ったぁ!」


明石「演舞や試し割りでしか見られない、大きく振りかぶった正拳突きが顔面に炸裂! 翔鶴選手がとうとう、リングに倒れ伏しました!」


明石「ゴングが鳴りました! 試合終了です! 恐るべき試合を目の当たりにしてしまいました! 翔鶴選手、生涯初のダウンKO負けです!」


明石「桁違いの打たれ強さを誇る翔鶴選手を、脅威の空手技で徹底的に打ち負かしました! 勝者は榛名選手、榛名選手です!」


明石「やはり、立ち技格闘界真の王者はこの空手家なのか! その多彩かつ必殺の打撃、果たして超えられる者は現れるのでしょうか!」


香取「以前にも増して、榛名さんは更に凄みを増したわね……そりゃあ誰だって戦いたくないわけだわ」


香取「それに、おそらくだけど……榛名さんはもっと早く試合を終わらせることもできたんじゃないかしら。ここまでダメージを負うこともなく……」


明石「榛名選手は……最初は本気で戦っていなかったということですか?」


香取「あれはあれで本気なのよ。翔鶴選手の流儀に本気で付き合ったからこそ、こういう試合展開になったんだわ」


香取「貫手を使える場面は他にもあったはず。それをしなかったのは……えっと、幻覚かしら。嘘よね?」


明石「はい? なっ……何だ!? しょ、翔鶴選手が起き上がった! 今、担架で運び出されようとしていたところです! 翔鶴選手が立ちました!」


明石「か、構えています! 唯一動く右腕を上げて、ファイティングポーズを取っている! 目は虚ろながら、榛名選手を探している!」


明石「ちょうど榛名選手もリングを降りるところでしたが、彼女も驚愕の表情を浮かべています! まさに死人が起き上がったかのような光景です!」


明石「ふらふらとリング中央へ歩いていきます! これは……もう目が見えていないようです! 榛名選手を見つけられません!」


明石「榛名選手、凍り付いたように動くことができない! 翔鶴選手は……あっ、再び倒れました! もう……もう、起き上がりません!」


明石「お、恐ろしいものを見てしまいました! 鍛錬や執念すら超えた、妄執の領域! 死してなお、翔鶴選手は敗北を拒否したのです!」


明石「負けてもなお、不死身の名が伊達ではないことを示しました、翔鶴選手! まさか、K-1新王者がこれほどの底力を秘めていたとは!」


明石「しかし翔鶴選手は1回戦敗退! 榛名選手という大き過ぎる壁を前に、死闘むなしく玉砕という形に終わりました!」


香取「とんでもないわ……もし、K-1が時間制限なし、判定なしのルールだったら、本当に赤城さんにさえ勝っていたかもしれないわ」


香取「惜しい選手が初戦落ちになったわね……でも、翔鶴さんはきっと諦めないわ。またいずれ、もっと強くなって榛名さんに再戦を挑むでしょう」


香取「そのときは……どうなるのかしら。ともかく、どちらも素晴らしいファイターだったわ」


明石「はい、まさに死闘と言うに相応しい、凄まじいファイトでした! 両選手の健闘を讃え、皆様、今一度拍手をお願いします!」









試合後インタビュー:榛名


―――初戦を突破した喜び、というのはありますか?


榛名「……ありません。むしろ、とても苦々しい気持ちでいっぱいです。あんな戦いは、私の望むものではありませんでした」


榛名「翔鶴さんも途中でわかっていたはずです。私の打撃は受け切れるようなものではないと。もっと早く終わらせることだってできたんです」


榛名「それに気付いてほしかったから、彼女の打撃に付き合ったのに……なんて愚かな。悲しいほどに愚かな人ですよ、翔鶴さんは」


―――戦ってみて、翔鶴選手のことをどのように評価されますか?


榛名「愚直の一言に尽きます。あの戦い方で私に勝てる可能性なんて、万に一つもない。それは翔鶴さん自身も理解するところだったはずです」


榛名「それでも、彼女は最後の最後まで私に向かってきました。まるで死に場所探しているのに、死に方がわからないような、哀れな有様でした」


榛名「やはり、翔鶴さんは普通のファイターとは根本から違う。あれはもう、勝ちたいという意志すら超えた何かを求めているような気さえします」


榛名「何度戦っても、私の敵ではありませんが……また彼女は戦いを挑んでくるでしょうね。きっと、同じ戦い方で」


榛名「そのときに私はどう応えるべきなのか……目の前の戦いに集中したいのに、今はそのことばかりが頭にちらつきます。とても腹立たしいです」


―――翔鶴選手に向けてのコメントなどがありましたら、お願いします。


榛名「……グランプリは私が優勝します。それから、再戦はいつでも受けます。これだけ伝えてくだされば十分です」






試合後インタビュー:翔鶴


―――試合のことはどこまで覚えていますか?


翔鶴「私はよく記憶が飛ぶんですけど、今日は珍しく全て覚えています。試合に負けたことも、それを認められなかったことも」


翔鶴「悔いはありません。私にしてはよく食い下がれたと思います。榛名さんには最後まで付き合っていただいて、ありがたく思っています」


翔鶴「勝てないのは何となくわかっていた気がします。だけど、自分がどこまで行けるか試してみたかったんですよね」


翔鶴「感想としては、思ったより行けました。負けたことは悔しいですけど、今はそれくらいで満足しようかと思います」


―――なぜ、あそこまで立ち続けることができたんですか?


翔鶴「なぜ、と聞かれても……私は立って前に出る戦い方しか知りません。他にやれることがないから、そうしただけです」


翔鶴「こういう風に答えると、だったらなぜ戦うのかっていう質問になってきますよね。実は、私にもその答えがわからないんです」


翔鶴「どうして、私はここまで頑張って戦うんでしょうか……その答えを知るために戦っている気もしますし、永遠にわからない気もします」


翔鶴「たぶん、答えが出るまで私は同じことを繰り返し続けるんだと思います。ただ前に進むだけです。後ろに答えはないと思うので」





明石「1試合目から衝撃的な内容となりますが、まだまだBブロック1回戦は始まったばかり! この後に3試合も控えております!」


明石「次なる第2試合は、どのような死闘になるのでしょうか! 赤コーナーより選手入場! ブラジリアン柔術が、戦艦級王者奪還を狙います!」



試合後インタビュー:伊勢


―――今までUKF出場を見送られてきたのはなぜでしょうか?


伊勢「うーん、日向が先に参戦して勝ち続けてたから、私はその応援をしていたいなって思ってたの。日向が最強になるなら、それでよかったから」


伊勢「でも、ブラジリアン柔術の解析が進んでからは勝てなくなってきたのよね。おまけに、長門さんっていう最強のファイターまで出てきちゃって」


伊勢「日向は柔術にボクシングを組み合わせることでどうにかしようとしてたけど、それでも厳しいみたい。だから、私の出番かなって」


―――自分よりも強い、と日向選手から太鼓判を押されていますが、ご自身はその言葉をどう受け止められていますか?


伊勢「もちろん、そうじゃないかしら? そもそも日向に関節技や寝技を教えたのは私なんだから!」


伊勢「練習でも、日向に負けたことは一度もないのよ! あの子は総合格闘家としては強いけど、ブラジリアン柔術家としてはまだまだよね」


伊勢「やっぱり最強はブラジリアン柔術! 打撃よりもサブミッション! 今日は対戦相手の骨をバッキバキにしちゃうわよ!」


―――打撃にはどう対処されるおつもりですか?


伊勢「まあ、ちょっとくらいなら打ち合ってもいいかな。でも殴り合いは好きじゃないから、即行でサブミッションに持って行くわ!」


伊勢「半端な打撃は私に通用しないわよ? そのまま手足を折っちゃうから! 仮に反応のいい相手でも、こっちには秘策が……」


伊勢「あっ、これは秘密だったわ。とにかく、打撃で攻められても問題ないってこと! どこからでも掛かってきなさい!」




伊勢:入場テーマ「Cradle Of Filth/Cthulhu Dawn」


https://www.youtube.com/watch?v=o4iJJceQmkI




明石「Fist or Twist!? もちろんTwist! サブミッションこそ至高にして最強、つまり最強はブラジリアン柔術だ!」


明石「掴んで折る! 捻って折る! 投げて倒して絞め落とす! 寝技だけに留まらない、ブラジリアン柔術の真の脅威がここにある!」


明石「関節破壊のスペシャリストによる、骨折ショーの始まりだ! ”東洋のクラーケン”伊勢ェェェ!」


香取「初代戦艦級王者、日向さんの姉である伊勢さんね。寝技、関節技では並ぶ者がいないほどのテクニックの持ち主よ」


香取「まだ戦績は3戦3勝と少ないけど、どの試合も一瞬で関節を極めての圧勝で終わらせているわ。日向さんより強い、っていうのは本当みたいね」


明石「ファイトスタイルとしては寝技中心というより、どこからでも関節技、絞め技に繋げられるサブミッションハンターといったところでしょうか」


香取「そうね。日向さんがスタンドの攻防をボクシングで補おうとしていたのに対し、伊勢さんは柔術の技をより極めることで対応しようとしてるわ」


香取「パンチが来れば腕を巻き込んで折り、蹴りが来れば足を取ってテイクダウンに持ち込む。打撃への対処はかなり研究してるようね」


香取「とりあえず、伊勢さんに掴まれたら即、折られると思ったほうがいいわ。彼女は人体の関節構造を知り尽くしているから」


香取「どの関節がどれくらいの可動域を持ち、どの方向に曲げれば折れるか。伊勢さんにとって人体はガラス細工よりも壊しやすい代物でしょう」


香取「対戦相手は彼女と組み合うわけには行かないわね。とにかく掴まれないよう、打撃で立ち回るのが賢明な戦法じゃないかしら」


明石「逆に、組み技を用いない立ち技系のトップファイターに対しては、伊勢さんはどのように攻めるのでしょうか」


香取「うーん。半端な打撃なら、打ち込んできた手足を取って関節技に繋げるんでしょうけど、トップクラスの打撃はどうするのかしらね」


香取「伊勢さんはそのレベルの選手とまだ戦ってないから、見てみないとわからないわね。たぶん、相手に仕掛けさせるんじゃないかとは思うけど」


香取「少なくとも、対策は練ってきているはずよ。スタンドの攻防で上手く立ち回れないと、総合格闘で勝てないのはよく理解してるはずだから」


香取「あとは相手次第かしら。今日の対戦相手は初参戦の方だから、まずは様子見から入っていく形になると思うわ」


香取「断言できるのは、最後は関節技か絞め技で終わらせるということ。相手が組み技からどう逃げるのかも見どころじゃないかしら」


明石「ありがとうございます。さあ、それでは青コーナーより選手入場! 中国拳法の秘技が今、実戦の舞台に上がります!」



試合前インタビュー:隼鷹


―――ご自分についての選手紹介に対して怒っているとのことですが、どういった点が気に入らなかったんでしょうか。


隼鷹「いやね、あたしも悪かったとは思うよ。あんまり技を調べられたくなかったから、自分の流派を隠しておいたりしてさ」


隼鷹「でもさあ、あの紹介はなくない!? 何だよ、飲めば飲むほど強くなるって! あたし、酔拳使いじゃないから!」


隼鷹「だいたい酔拳だって本当は酒なんて飲まないし! あれは動きが酔っ払ってるように見えるってだけだから! 映画の影響受け過ぎだよ!」


―――試合前なのに、飲んでないんですか?


隼鷹「当たり前だよ! 酒飲んで強くなるわけないじゃん! あたしだって試合前は禁酒するよ! 終わった後は浴びるほど飲むけど!」


隼鷹「いい? あたしの流派は太極拳! ほらここ! 陰陽魚のネックレス! 陰陽=太極図! つまり太極拳! ほら、ピンと来たでしょ?」


隼鷹「……なんでピンと来ないんだよ! どんだけ私にアルコールのイメージ抱いてんの!? なに、差し入れの酒? だから今は飲まないって!」


隼鷹「何だよ、人をアル中扱いして! あったまきた! 絶対試合で圧勝して、そのイメージを払拭してやるよ!」


―――対戦相手はブラジリアン柔術の伊勢選手ですが、どのように戦いますか?


隼鷹「何だよ、もう酒の話題終わりかよ! そっちが振ってきた話題なんだから、勝手に終わらすのやめろよ! せっかくテンション上げたのに!」


隼鷹「まあいいけど……んー、別に対策はしてないよ。柔術がどんなのかは知ってるから、いつも通りにやればいいだけでしょ」


隼鷹「気を付けるのは引き込まれないようにすることくらいかな。関節技はあたしも使えるし、展開によっちゃ寝技で勝負するかも」


隼鷹「あーでも、初戦から擒拿術は見せないほうがいいかな? できれば打撃で片を付けたいね。ま、どうにかなるんじゃない?」




隼鷹:入場テーマ「布袋寅泰/BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」


https://www.youtube.com/watch?v=VogWfA4zesA




明石「酔いどれ軽空母、禁酒を課してリングに登場! 酒を飲むのは試合に勝ってから! 正真正銘シラフで戦いに臨みます!」


明石「その流派は中国拳法の代表格、太極拳! 深遠なる柔の拳は、実戦においてどのような技を繰り出すのか!」


明石「勝利の祝杯を上げるのはこの私だ! ”酔雷の華拳”隼鷹ゥゥゥ!」


香取「常識的に考えて、お酒を飲んで戦えるわけがないわよね。何となく隼鷹さんならやりそうな気はしていたけど」


明石「運営側も『どうせ酔拳使いなのに何で隠してるんだろう』くらいに思っていたそうですが、思い込みだったみたいですね」


香取「お酒好きだから酔拳っていうのは安直な予想だったわね。それに、本当の酔拳は既に継承が途絶えていて、実態は失われているみたい」


香取「対して太極拳は未だに受け継がれ続けている、中国拳法の中でも名の知られた流派の1つね。名前くらいは誰でも聞いたことがあるはずよ」


明石「一般のイメージとしては、やっぱり健康体操の印象が強いですよね。実際、そういう方向で世界に広まったわけですし」


明石「というか、中国拳法自体が実戦性を疑問視される格闘技の代表格ではないでしょうか。型ばかりで戦いには使えないんじゃないか、と」


香取「体操としての太極拳や、中国拳法の表演舞を見る限りではそう思わざるを得ないわよね。あんな動きが実戦で有効なわけがないもの」


香取「表舞台で戦っている中国拳法家も少ないし、多くの人は思うわよね。中国拳法は実際には弱い、真剣勝負なら簡単に倒せると」


香取「そう考えている人は、まんまと中国拳法家の策略に引っ掛かっているの。中国拳法の演舞はむしろ、弱いと思わせるのが目的なのよ」


明石「それは、一般的な武術の演舞とは逆の目的ですが……なぜ、わざわざ流派の評判を落とすようなことを?」


香取「『大巧は巧術なし』という中国のことわざがあるわ。本当の名人は、あからさまに技をひけらかすような真似はしないということよ」


香取「中国拳法は全般的に秘密主義。強さを誇示するのは実戦のときで十分。表向きには決して真の実力を明かすことはないわ」


香取「演舞に見られる実用性のなさそうな技は、大抵が演舞用に改変されてるの。へんてこに見える蹴りが、実は急所を蹴り潰す技だったりするのよ」


香取「そうやって実力を隠し、真剣勝負では容赦なく敵を叩きのめす。そもそも中国拳法って、他民族との戦争に勝つために育まれた武術なんだし」


香取「今でも中華系マフィアは用心棒や殺し屋として、カンフーの使い手を雇っているそうよ。中国拳法の実用性は、やっぱり実戦で発揮されるのね」


明石「……映画の話ですよね?」


香取「現実の話よ。中国の武術に、日本みたいな高尚な精神はあんまりないもの。ブルース・リーだって、よく映画で人を殺しているでしょう」


香取「中国拳法の実態はそんな感じよ。華やかで神秘的なのは表向きの顔。民族間の殺し合いで磨かれた、実戦的な血生臭さが本当の顔なんでしょう」


明石「では、隼鷹選手が使う太極拳にも、そういった側面があると?」


香取「もちろん。健康体操として知られる動きは太極拳の隘路、いわゆる武術の型ね。それを体操として変形させたものに過ぎないわ」


香取「太極拳の隘路なんて、武術を学ぶ上での入り口の、その手前にある入口みたいなものよ。体操の動きから太極拳の本質は決して測れないわ」


香取「実際には私も見たことはないけど、本当の太極拳はゆったりした動きではなく、激しい全身運動を伴う攻撃的な武術らしいわ」


香取「動きは素早く、一撃は重く、状況に応じて多彩な技を繰り出す。技の体系には関節技も含まれるみたいね」


明石「隼鷹選手がちらっと口にしていた、『擒拿術(きんなじゅつ)』というのがそれでしょうか?」


香取「ええ、中国拳法では関節技のことを擒拿術と呼ぶの。発剄なんかと並んで、中国拳法における高級技と言われているわ」


香取「この擒拿術を扱えるか否かで、中国拳法家を自称する人の実力が測れると言っても過言ではないでしょう。実戦に関節技は必須だもの」


香取「隼鷹さんは擒拿術を使えると言っていた。それが嘘でないなら、拳法家としての実力は本物と見て間違いないでしょうね」


明石「ブラジリアン柔術VS中国拳法という図式のこの試合ですが、予想としてはどのように見られますか?」


香取「予想はしづらいわね。伊勢さんが組み技を狙ってくるのは間違いないけど、隼鷹さんがそれにどう対応するかよね」


香取「太極拳士が本気で戦うところは私も見たことがないの。どんな技を使うかもはっきりとわからないから、予想のしようがないわ」


香取「順当に考えれば、やっぱり打撃で攻めるんじゃないかしら。中国拳法は全般的に打撃中心で組み立てられているはずだから」


香取「何にせよ、面白い勝負ね。表舞台での強さが実証されているブラジリアン柔術と、なかなか表舞台には出てこない中国拳法家が戦うのよ」


香取「普段は見られない技が色々見られるんじゃないかしら。どちらの戦い方にも注目したいわ」


明石「ありがとうございます。さて、両選手がリングインしました! どちらも自信満々の笑みを浮かべて睨み合っています!」


明石「共に己の必勝を確信している! 果たして、どちらの笑みが先に消えるのか! ゆっくりと互いのコーナーへ戻っていきます!」


明石「視線を切らない隼鷹選手に対し、伊勢選手はセコンドの日向選手と何か話しています! 姉妹で講じた作戦でもあるのでしょうか!」


明石「ブラジリアン柔術と太極拳、果たしてこの戦い、どのような技が飛び出すのか! ゴングが鳴りました、試合開始です!」


明石「両者、同時にコーナーからリング中央に歩いていきます! 伊勢選手は開手を脇に置き、腰を落とした組み技狙いの構えを取ります!」


明石「隼鷹選手も同じく開手! 左は上段に、右は胸元に備えたオーソドックスな太極拳の構えです! まずは睨み合う形になりました!」


明石「どちらも相手に仕掛けさせたい様子です! 円を描くように動いて、共に間合いを計り合っています! 先に仕掛けるのはどちらか!」


明石「動いたのは伊勢選手! 牽制気味のローキックで内腿を狙った! 隼鷹選手はこれを受けつつ後ろ回し蹴り……いや、違う!?」


明石「蹴りではなく、体を反転させてキックを両足で挟んだ! そして、テコの原理で捻じりを加える! 伊勢選手があっさりとバランスを崩した!」


香取「何あれ、立った状態での蟹挟み!?」


明石「まさかの展開です、伊勢選手が先にテイクダウンを取られた! 流れるように隼鷹選手が寝技に向かう! 足首固めを狙っています!」


明石「しかし、寝技の攻防は伊勢選手の本領! 素早く身を反転して技を外しました! ガードポジションに移行し、隼鷹選手を引き込みに掛かる!」


明石「隼鷹選手はこれを逃れて立ち上がり……なんだ? 立ったと思いきや、自ら脇に倒れ込みました! サイドポジション狙いか……蹴った!?」


香取「あの体勢から、旋風脚!?」


明石「倒れ込みつつ蹴りを放ちました! 伊勢選手の脇腹に命中! 思わぬ体勢からの蹴り技です、完全に不意を突かれました!」


明石「かなりダメージがあったようです、転がって距離を取った! グラウンド戦を諦め、一度立ち上がります! 伊勢選手、早くも呼吸が荒い!」


香取「胴体の急所の1つ、腎臓を蹴られたわ。多くの格闘技で狙うことを禁止されてるくらい、打たれると危険な箇所よ。伊勢さんにはまずい展開ね」


香取「初っ端から面白い技を見せてくれるじゃない、隼鷹さん。伊勢さんはここから、どうにか状況を盛り返さないと行けないわ」


明石「序盤の攻防は隼鷹選手が制する形になりました! これが太極拳、これが中国拳法! わずかな攻防で、早くもその脅威を見せつけました!」


明石「共にスタンド状態に戻りました! 表情の険しい伊勢選手に対し、隼鷹選手は余裕の笑み! 先に笑みを消されたのは伊勢選手となりました!」


明石「太極拳が踊り拳法でないとわかった今、伊勢選手はどう仕掛ける! 開手に構えを取り、慎重に間合いを詰めていきます!」


香取「もう牽制目的でも打撃は使えないわね。さっきの二の舞いになりかねないから、伊勢さんはどうにかして相手を捕まえるしかないわ」


香取「タックルで行くか、打撃を捉えるか……難しいところね。隼鷹さんが何をしてくるかわからないから、伊勢さんも慎重にならざるを得ないわ」


明石「再び間合いの測り合います! どちらも仕掛けない! 今の時点で優勢な隼鷹選手も、なかなか自分からは攻めようとしません!」


明石「ここで伊勢選手が踏み込んだ! 左手を掴みに掛かりました! しかし隼鷹選手、トラッピングを敢行! 手を掴ませません!」


明石「しかし、構わず伊勢選手が前へ出る! 真の狙いはクリンチで打撃を封じることか!? 組み合いの状態になりました!」


明石「この体勢も伊勢選手の土俵です! まずはテイクダウンを狙う! 腰投げを仕掛けます! だが隼鷹選手、するりと脇に抜けてしまった!」


明石「しかも、逆に伊勢選手の腕を取っている! 関節技を掛ける気です! これは脇固め!? スタンドからの脇固めを狙っています!」


明石「関節技で遅れを取るわけにはいかない! 伊勢選手、素早く振り解きました! 脇固めからは抜けたものの、クリンチも外されてしまいます!」


明石「またもやスタンド状態! 予想以上に隼鷹選手の関節技が上手い! 伊勢選手が苦戦を強いられています! サブミッションが決まらない!」


香取「中国拳法の恐ろしさは臨機応変な体の使い方だってことは知っていたけど、ここまでできるなんて……!」


明石「攻めあぐねている伊勢選手に対し、今度は隼鷹選手から間合いを詰めていきます! 仕掛けた! 右の崩拳突きです!」


明石「伊勢選手、躱しつつ腕を取った! 逆転のチャンス! 即座に関節技へ……放した!? 違う、打撃が入った! この至近距離で!?」


香取「まさか、寸勁!?」


明石「悶絶しながら伊勢選手が距離を取る! ボディに大きなダメージを受けたようです! 原因は、至近距離から放たれた左の崩拳です!」


明石「威力の大きい打撃は、普通だとある程度の距離が必要です! しかし、さっきのは距離が近過ぎる! あれはまさか、発勁による打撃!?」


香取「そうみたいね。中国拳法に発勁は実在するわ。剄とは即ち力の流れ、発勁は背中の筋肉から発する力を、全身で自在に発揮させる技術よ」


香取「カンフーは力の流れをスムーズにするため、無駄な筋力をつけない。小柄な拳士でも、達人ともなれば崩拳一発で背骨をも折ってしまうそうよ」


香取「さっきの一撃は、姿勢が完全じゃなかったからあの程度の威力で済んだみたいだけど……今更ながら、隼鷹さんは本物みたいね」


明石「状況は刻々と伊勢選手に対して不利になりつつあります! 打撃は通用しない! 密着状態でも、発勁による打撃の危険がある!」


明石「ダメージは大きいものの、まだ十分に余力はある! 苦しげだった表情も、徐々に闘志が戻ってきています!」


明石「初代戦艦級王者の名を取り戻すため、負けるわけにはいかない! ここからが本当の勝負! 伊勢選手、勇気を持って前進します!」


明石「それを待ち構える隼鷹選手! その立ち姿には、何を仕掛けられても対処できるという自信が漲っています! 伊勢選手、ここからどう出る!」


明石「ジャブのフェイント! そこから瞬時に腰を沈めて足へのタックル! 躱されました! 隼鷹選手、ひらりと脇へ逃れます!」


明石「逃れると同時に、横から膝を踏み潰すようなサイドキック! 伊勢選手、よろめきながらもクリーンヒットは回避しました!」


明石「向き直るなり、即座に胴タックル! これも躱した! 間合いの取り方が絶妙です! 円を描くような軌道で、無駄なく回り込んだ!」


明石「そして足が振り上がる! 斜め上からの踵落としです! 腕でブロックしました! 片足立ちになった隼鷹選手目掛けて、再度タックル!」


明石「決まったぁ! 隼鷹選手、テイクダウン! 執念でタックルを決めました、伊勢選手! ようやく反撃のチャンスを……なっ!?」


香取「あの体勢から、関節技!?」


明石「隼鷹選手が逆に関節技を仕掛けた! 腕ひしぎ三角固めです! 蹴り足をそのまま腕に絡めました! 恐るべき対応速度です!」


明石「まさか、この展開を読んだ上で蹴りを繰り出したのか!? 技の継ぎ目を感じさせない、完璧なタイミングでした!」


明石「しかも、相手は関節技のスペシャリスト、伊勢選手です! ブラジリアン柔術家の伊勢選手が関節技で圧倒されています!」


香取「まずいわよ、三角固めに抜け技はない。このままじゃ……!」


明石「徐々に技が完全に極まりつつあります! 伊勢選手、絶体絶命! 抜けられるか! ここで脱出できなければ……抜けた、抜けました!」


明石「強引に腕を引き抜いての脱出です! やはり純粋な力では軽空母級と戦艦級! 技ではなく力の差で関節技から脱出です!」


明石「脱出するや否や、伊勢選手またもやタックル! 攻め続けることで活路を見出そうというのか! しかし、これも躱されてしまいます!」


明石「隼鷹選手、位置取りが抜群に上手い! 動きが速いわけではなく、一挙一動が実に正確です! タックルが通用しません!」


香取「天才的だわ……組み技系格闘技は、自分の中心軸に相手を引き込まないと技を掛けられない。その射程から、最低限の動きで逃れてるわ」


香取「タックルは通らない、打撃は無理、クリンチも危険……伊勢さんの勝つ手段なんて、もうほとんどないじゃない」


明石「反転して即タックル! やはり躱された! 躱し様にハイキックが炸裂! 伊勢選手、辛うじて肘でブロックしました!」


明石「まさか、隼鷹選手がこれほどとは! 優勝への期待さえ掛けられていた、伊勢選手が圧倒されています!」


明石「どうにか致命傷は免れていますが、伊勢選手の攻撃は通らず、隼鷹選手が一方的に攻め続けています! しかも、隼鷹選手はノーダメージ!」


香取「……隼鷹さんがまだ伊勢さんを仕留めてないのは、技を隠してるからだわ。初戦であまりたくさんの技を見せたくないのよ」


香取「それくらいの余裕を持って隼鷹さんは戦ってる。それでも伊勢さんに勝てると踏んでるんだわ。それほどまでに隼鷹さんは強い……!」


明石「伊勢選手にはあまりにも苦しい展開! 一体、ここから逆転のチャンスはあるのでしょうか! 隼鷹選手は虎視眈々とk」




※放送が中断されました。しばらくお待ち下さい。



※現在、グランプリ会場内にて電源異常が発生。完全停電により放送、および試合が中断されています。復旧までしばらくお待ち下さい。




明石「……あっ、点いた! 明かりが点きました! 復旧作業が終了したようです! いやーびっくりした! いきなり真っ暗になるんですから!」


香取「何よ、雷でも落ちたの? そんな天気でもなかったのに……設備の故障? そんな不手際で試合を中断させないでほしいわ」


明石「申し訳ありません、突然の停電により、放送及び試合が中断してしまいました! 両選手には一時、待機の形を取っていただいております!」


明石「電源設備に異常は見られないようなので、これよりコーナー際からの仕切り直しになります! まもなく再スタートです!」


香取「伊勢さんとっては幸運だったわね。休む時間ができたから、少しは回復できたみたい。呼吸も落ち着いたようね」


明石「不測の事態により、実質的な第2ラウンド! 伊勢選手の逆転なるか! ゴングが鳴りました! 試合再開です!」


明石「やはり伊勢選手は腰を落としたタックルの構えです! 隼鷹選手も太極拳の構えでゆっくりと歩みを進めます!」


明石「相手の回復の度合いを計っているのか、隼鷹選手はやはり自分からは仕掛けない! 伊勢選手が近付いてくるのを待っています!」


明石「伊勢選手、どうやら誘いに乗るようです! 間合いを詰め、フェイントを交えながらタイミングを伺っている! そして一気に踏み込んだ!」


明石「しかし隼鷹選手は躱す! 円の動きでするりとタックルから逃れ……あっ!? ぱ、パンチです! 伊勢選手が右フックを繰り出した!」


香取「うそ、打撃!?」


明石「振り向き様の右フック! 隼鷹選手は驚きつつもトラッピングで捌きました! 反撃の掌底! が、これを伊勢選手、スウェーで回避!」


明石「回り込もうとする隼鷹選手に対し、伊勢選手が先回りした! フットワーク!? 左ジャブを放った! 隼鷹選手、防御が間に合わない!」


明石「軽微ながらも、初めて隼鷹選手にダメージが入りました! 立て続けに右ストレート! これも隼鷹選手の頬を掠めた!」


明石「明らかに伊勢選手の動きが変わりました! 積極的に打撃戦を挑んでいる! ボクシングの動きで太極拳の技術に対抗しています!」


明石「まさかの打撃に不意を突かれたか、隼鷹選手が後退! しかし伊勢選手は追いすがる! 左フックからのショートアッパーを繰り出しました!」


明石「隼鷹選手、これにトラッピングで対応! カウンターを試みますが、伊勢選手のペースが速い! 反撃の隙を与えません!」


香取「……伊勢さんって、こんなにボクシングができたかしら」


明石「変則的なフットワークから、素早いパンチが繰り出される! それらを隼鷹選手、次々と捌く! そしてカウンターァァァ!」


明石「顔面へ掌底が叩き込まれました! 伊勢選手が大きく後方によろめく! しかし、立て直した! まだ伊勢選手は動けます!」


明石「右、左へと不規則に動きつつ、左フック! これは読まれていた! 隼鷹選手、ダッキングで回避! 同時に足元へ水面蹴り!」


明石「伊勢選手がバランスを崩す! が、フットワークで持ち直しました! 追撃を避けて一旦距離を取る! しかし、すぐに攻めへ転じた!」


明石「ジャブから入ってショートアッパー! だが当たらない! 隼鷹選手がボクシングの打撃に慣れてきました! スムーズに捌かれます!」


明石「それでも伊勢選手は攻める! 右フック、と見せかけた胴タックル! 決まったぁ! ここでとうとう、隼鷹選手からテイクダウンを奪った!」


香取「えーっと、うん。さすがだわ。打撃に集中させておいてからのタックル、熟練の試合巧者ぶりね」


明石「隼鷹選手がガードポジションに入る! が、伊勢選手のパスガードのほうが速い! 一息にマウントポジションに持って行きました!」


明石「千載一遇の好機です! ここは確実に決めたいところ! まず伊勢選手、パウンドを落とした! 隼鷹選手がガードを固めます!」


明石「ガードした腕を素早く捉える! アームロックに掛かった! ここでもパワー差が浮き彫りになります! 隼鷹選手、外し切れない!」


明石「しっかりと逆関節を取った! これは極まっ……蹴った!? 隼鷹選手、マウントを取られた状態から蹴りを繰り出しました!」


明石「足を振り上げ、つま先で伊勢選手の後頭部を叩いた! わずかに伊勢選手の意識が途切れる! その隙を突き、隼鷹選手、脱出!」


明石「一旦離れようとする隼鷹選手を、意識が戻った伊勢選手が追いすがる! グラウンドから逃しはしない! 足への低空タックルです!」


明石「か、踵落としぃぃぃ! 頭頂部へまともに喰らいました! タックルは勢いをなくし、伊勢選手がマットに手を着きます!」


明石「追撃の耳打ちだぁぁぁ! これはイヤーカップ!? 掌底を耳に打ち込まれました! おそらく、鼓膜が破壊されてしまった!」


明石「だが、なおも伊勢選手は動いています! 朦朧とする意識のまま、隼鷹選手の足に組み付こうとしている! しかし、隼鷹選手が足を引いた!」


明石「真正面からの蹴り上げぇぇぇ! サッカーボールキックがあごを打ち抜いた! 浮き上がった頭に、ダメ押しのハイキィィィック!」


明石「側頭部を蹴り抜かれました! 音を立てて伊勢選手が崩れる! 立てない! 立てません! もう、身動き一つ取れない!」


明石「失神が確認されました! 試合終了! ダークホースが現れました! 勝者は太極拳士、隼鷹選手! 脅威的な強さです!」


明石「ブラジリアン柔術VS中国拳法の戦いは、中国拳法に軍配が上がりました! 戦艦級王者奪還を狙う、伊勢選手を技術によって圧倒!」


明石「ボクシングの攻防に惑わされる場面もありましたが、終始一方的な試合展開! 中国拳法の恐ろしさをまざまざと見せつけました!」


香取「強いわね……あれだけ余力を残して勝利するなんて、とんでもない実力よ。ここまでできるとは思わなかったわ」


香取「隼鷹さんは凄まじく強い……という話は置いておいて、明石さん。もう気付いてるでしょう?」


明石「……まあ、はい。途中から、あからさまに伊勢選手の動きが変わりましたよね」


香取「ええ。停電になって試合を再開した直後からね。なんだか伊勢さん、髪の毛がちょっと短くなったと思わない?」


明石「ものすごく思います。ついでに、セコンドの日向さんは髪が少し伸びました」


香取「そうよね……今、担架でリングから運び出されてるのって……伊勢さんじゃなくて、後ろ髪を結んだ日向さんよね」


明石「で、リング下でオロオロしてるのが髪を降ろした伊勢さんですね。いやあ、こうして見ると全く同じ容姿なんですね」


香取「本当ね。打撃も傷跡が見えないボディにしか受けてないし、髪の長さと雰囲気でしか見分けられないわ。戦い方の違いは一目瞭然だったけど」


明石「ボクシングの打撃からテイクダウンに繋げる戦法も、まるっきり日向選手ですもんね。停電のときに入れ替わったんでしょうか」


香取「元々、そういう作戦だったんじゃないかしら。停電を仕組んだのも伊勢型姉妹と考えるのが妥当ね」


香取「日向さんと伊勢さんは、同じブラジリアン柔術でもはっきりとタイプが分かれてるのよ。主に組み技への入り方の違いね」


香取「伊勢さんは組み付く、タックル、相手の打撃を取るという形で技に繋げる。これはこれで完成度は高いけど、欠点が存在するわ」


香取「打撃技がほぼない、という点ね。隼鷹さんみたいに間合い取りと打撃のレベルが高い選手だと、どうしても苦戦を強いられてしまうのよ」


香取「関節技に偏重した代償みたいなものかしら。その点、日向さんはボクシングの打撃もできるバランス型。欠点らしい欠点はないわ」


香取「伊勢さんのような一点特化の強さは薄れるかわりに、どんな相手とでも順当に戦える。2人は姉妹だけど、異なった強さを持つのよね」


香取「組み技偏重型の伊勢さんと、バランス型の日向さん。対戦相手を見極めて、相性の良さそうなほうがリングに上がる作戦だったんでしょう」


香取「事前予想が外れた場合は、苦肉の策として停電を起こし、髪型を変えて入れ替わる。ダメージも帳消しになるし、勝ち上がるには良い作戦ね」


明石「ルールブックには明記されてませんが……反則ですよね?」


香取「書くまでもないことだもの。この手段で勝ち上がられてたら困った事態になってたけど……負けたものはしょうがないわね」


明石「……実質的に、隼鷹選手は2人分のトップファイターを相手にし、そして完勝したということになりますね」


香取「ええ。仮に伊勢さんがあのまま戦っていても、最初から日向さんがリングに上ったとしても、隼鷹さんの勝利は揺るがなかったでしょう」


香取「隼鷹さんは発勁の打撃を1度しか使わなかったわ。一流のファイターを技を隠したまま勝つ余裕があるほど、彼女は強い」


香取「まだまだ見せてない技は多そうだわ。この先の試合で、真の実力が明らかになってくるでしょうね」


明石「そうですね……あっ、日向選手……じゃなくて、リング下にいた伊勢選手が運営スタッフに連行されていきます。事情聴取をされるみたいです」


明石「波乱づくめの内容でしたが……まあ、いい試合でしたよね! 2人……じゃなくて、3人の選手の健闘を讃え、今一度拍手をお願いします!」




試合後インタビュー:隼鷹


―――対戦者が入れ替わったことには気が付かれていましたか?


隼鷹「そりゃあすぐ気付くよ。だって、全然戦い方が違うんだもん。いやー驚いた! 双子ってあんなにそっくりなもんなんだね!」


隼鷹「つーか姉妹揃って、なかなかやるね! あたしに擒拿術から発勁まで使わせるなんて、そうそうできるもんじゃないよ!」


隼鷹「面白い勝負だった! そんで勝った勝った! これで酒も解禁だぜ! ファイトマネーで高い酒をたらふく飲んでやるよ!」


―――まだ技を隠されているようですが、次の試合に向けて何か……


隼鷹「うるせー! こっちは丸一日も禁酒してるんだ! もう酒宴の予約も入れてるんだから、邪魔すんな! あたしは酒を飲みに帰る!」


隼鷹「さあ、今夜はドンペリ飲み放題だ! 可愛い子ちゃんも侍らせて、酔い潰れるまで飲み明かすぜ! じゃあね!」


(隼鷹選手の帰宅により、インタビュー中止)





試合後インタビュー:伊勢(?)


―――日向選手ですよね?


伊勢(?)「な……何言ってるのよ! 私は伊勢よ! ほら、髪型が違うじゃないか! あっ、間違えた。髪型が違うじゃない!」


―――容姿以外は全部違うのでバレバレですよ。


日向「……そうか、そんなに違うものなのか。良い手段だと思ったんだが、やっぱりこういうのはバレてしまうものなんだな」


日向「いや、提案したのは私だよ。伊勢が赤城対策に悩んでいたからね。ほら、赤城は組み技系格闘家の天敵のようなファイトスタイルじゃないか」


日向「今から伊勢が打撃を身に着けるのは無理だから、こういう作戦を取ったんだ。私たちは双子だし、髪型を変えればバレないと思ってたよ」


日向「私自身、赤城にリベンジする良い機会だからね。試合中に入れ替わるのは、万が一の保険のつもりだったんだ」


日向「まさか初戦でその作戦をつかうハメになって、しかも負けるなんてね。いやあ、踏んだり蹴ったりだ。実に口惜しいよ」


伊勢「ごめんなさい、日向……私がダメなせいで、こんな不正に付き合わせることに……」


日向「ああ、伊勢。いいんだよ、私が言い出したことなんだ。最終的に試合で負けたのも私だし、伊勢が責任を感じる必要はない」


日向「また2人で一緒にやっていこう。これで全てが終わったわけじゃないんだ、次の機会に頑張ればいいさ」


伊勢「うん。ごめんね、ごめんね……」


(取材陣が空気を読んで退室したため、インタビュー中断)




明石「知られざる強者の出現をはじめ、波乱だらけの第2試合となりました! やはりこのBブロック、一筋縄ではいきません!」


明石「続く第3試合にも、知られざる強者が登場します! 赤コーナーより選手入場! 日本武術の結晶がグランプリに挑みます!」






試合前インタビュー:古鷹


―――他流試合は初めてとのことですが、緊張はされていますか?


古鷹「少しだけ……こういうところで戦うのには慣れてませんし、不安もあります。でも、大丈夫です! 鍛錬は毎日欠かさずやってましたから!」


古鷹「もちろん、実戦を想定した鍛錬ですよ! 古流は型ばかりで役に立たないってよく言われますけど、そんなことはありません!」


古鷹「古流柔術はれっきとした戦場格闘技ですから、きちんと実用性があります! どんな相手とだって戦える、最高の武術です!」


―――グランプリへの出場を決意された理由を教えていただけますか。


古鷹「古流の強さを世間の方々に知ってもらうため、っていうのも大きいですけど、やっぱり私自身が出たかったのが1番の理由です!」


古鷹「古流柔術の継承者は、その膨大な技を受け継ぐために人生の大半を費やし、そして1度も実戦の場で技を使うことなく生涯を終えます」


古鷹「それは本来、喜ばしいことなんです。世の中が平和になり、武術で争いを解決するような時代ではなくなったっていうことですから」


古鷹「だけど、私には耐えられませんでした。培ってきた技術が本当に正しいのか、本当に実戦で使えるのか……どうしても確かめたいんです!」


古鷹「私たちの戦い方は皆さんの目にはつまらないように映るかもしれません。ですが、柔術とは相手を倒すのではなく、制する技なんです!」


古鷹「対戦者の方には怪我をする前にギブアップをしていただきたく思います。わざわざ無駄に傷付く必要はないはずですから」


古高「あ、別に甘く見ているわけじゃありませんよ! 活殺自在っていうのは、そういうことなんです!」




古鷹:入場テーマ「鬼武者3/Main Theme」


https://www.youtube.com/watch?v=0vcTztElcSQ




明石「柔道、合気道、ブラジリアン柔術! あらゆる格闘技の源流となった、日本武術の集大成がついに現代のリングへ上がります!」


明石「勝つということは、打ちのめすことと同義ではない! 一切の流血なく、敵を制する武の真髄をここにお見せしよう!」


明石「活殺自在の古流柔術、その神秘のベールが明かされる! ”銀眼の摩利支天” 古鷹ぁぁぁ!」


香取「面白い流儀の選手が出てきたわね。リングで戦える古流柔術家なんて、もう現代にはいないと思っていたわ」


明石「古鷹選手は『竹内流』という、古流柔術の中でも最古に位置する流派に属しているそうですね。発祥は江戸初期とのことです」


香取「一応はそうなってるけど、実は柔術がいつ、どこで生まれたのかは諸説あって、未だにはっきりしないのよね」


香取「竹内流の発祥は、開祖が謎の山伏から技を伝授されたのが始まりだそうよ。つまり、技術そのものは更に以前から存在していたということね」


香取「最も古い記述は古事記の『国譲り』ね。建御雷神と建御名方神という神様が力比べをするんだけど、ここの描写が柔術として解釈できるのよ」


香取「『手を葦の若葉を摘むように握り潰して投げた』っていう部分、これは古流柔術でいう逆手投げを神話的に説明したものじゃないかしら」


香取「歴史上に現れてからは400年だけど、一部の技術集団だけで伝承されてきた期間を考えると、あるいは1000年を超す歴史を持つのかもね」


明石「非常に伝統のある格闘術ということになるわけですが、やはり様々な発達を遂げてきた現代格闘技の前だと苦しい戦いを強いられるのでは?」


香取「どうかしらね。古流柔術は世界の数ある古武術の中でも、2つの特異な点を持っているわ」


香取「まず1つは、相手を殺傷せず無力化することに重点を置くところ。ここまで平和的な武力解決を目指す武術は他に例がないわ」


香取「甲冑組打ちの流れを組む危険な技もあるけど、基本は相手を動けなくする固め技がメインよ。合気道、柔道にもその理念が受け継がれてるわ」


香取「その独特の理念は他の武術にはない革新的な技の数々を生み出し、そのいくつかは軍隊格闘術にまで取り入れられているくらいよ」


香取「もう1つの特異な点なんだけど、これが不思議なのよね。普通、技術っていうのは時代と共に発展していくものじゃない?」


香取「古流柔術の場合はそれが逆。時代に現れた直後に全ての技の体系が完成して、それから時を追うごとに失われていったのよ」


明石「それは……確かに普通の格闘技と逆ですね。数百年前の技術のほうが、今よりむしろ発達していたということですか?」


香取「ええ。現存する奥義書を紐解いてみると、江戸時代初期から中期のあたりで、現代で使われている技のほとんどが出尽くしているの」


香取「特に投げ技、関節技において、現代格闘技にあって古流に存在しない技はないと言ってもいいくらい。それほど古流柔術は完成されていたの」


香取「そこまで発達した技術がなぜ失われてしまったかというと、これは流派継承のシステムに問題があるのよね」


香取「古流柔術は門下の内弟子にしか秘伝、奥伝の技を明かさないの。1つの流派にある膨大な技の体系を、ほんの数人だけが次世代に受け継ぐのよ」


香取「継承者が少ないと、どうしても個人の癖や才能の偏りで技が変質し、あるいは形骸化してしまう。そうして古流は少しずつ弱体化していったの」


香取「大衆に広く門戸を開いた柔道の出現は、衰退の最中にあった古流柔術にトドメを刺したわね。数多くの流派が柔道によって一掃されたわ」


香取「今や、古流は技を絶やさないためだけに伝えられている伝統芸能に近いものになったわね。伝承者が少なすぎるのよ」


香取「実戦的に教えてるところはほとんどないんじゃないかしら。古鷹さんは、未だ戦場格闘技として古流を学んでる数少ない継承者の1人みたいね」


明石「古鷹選手はどの程度、古流の技を継承しているんでしょう。話を聞くと、ほとんどが歴史の中で失伝しているようですが」


香取「少なくとも、柔道と合気道に伝わっている中で使えない技はない、と古鷹さんは言っていたわ」


香取「柔道と合気道は、古流柔術の膨大な技の一部を限定的に使っているに過ぎない。それらを全て使いこなすとしたら、とてつもないことよ」


香取「それらだけじゃなく、古流には投げたり固め技に入るために相手を崩す当身技、つまり打撃も技の体系に含まれるはず」


香取「戦場格闘技なんだから当然よね。技の多彩さにおいては、ずば抜けたバリエーションを持っていると見ていいでしょう」


香取「その膨大な技をリング上でどんな風に使いこなすか、重要なのはそこよね。それは試合を見てみないとわからないわ」


明石「ありがとうございます。さあ、それでは青コーナーより選手入場! 駆逐艦級王者に輝いた、今大会最軽量級選手の登場です!」




試合前インタビュー:吹雪


―――駆逐艦級グランプリ優勝者としての今大会出場ですが、意気込みをお聞かせください。


吹雪「まあ、私が駆逐艦級王者になったのは当然の結果ですよね。今までは夕立に邪魔されてきましたけど、どう考えても私のほうが強いですし」


吹雪「ていうか、艦娘で一番強いのが私ですからね。駆逐艦級なんて小さい枠組みで満足するつもりはありません。無差別級でも私は最強です」


吹雪「このグランプリでも必ず優勝しますよ。するっていうか、優勝するのが当たり前、みたいな? 私より弱い選手しか出場してませんからね」


―――対戦相手の古鷹選手についてはどう感じていらっしゃいますか?


吹雪「えーっと、古流柔術の継承者でしたっけ? 竹内流とかいう、超マイナーな流派の。流儀からしてカビ臭い感じですよね」


吹雪「ああ、どんな武術かは知ってますよ。あれでしょ? あの、公園で戦うと絶対に負けないけど、リングだとデタラメに弱いってやつでしょ?」


吹雪「違いましたっけ? あ、そっか。武器もいるんですよね。素手だと噛ませ犬にもなれない、三下未満のポンコツ武術でした」


吹雪「いやー初戦で弱そうな方と当たってラッキーです。楽して勝てるに越したことはありませんから」


―――ギブアップは早めに申告してほしいとの古鷹選手からの忠告ですが、どのように受け止められますか?


吹雪「わあ、カッコいい! 試合でどんな無様な目に合うか知らないでいると、そんなに恥ずかしい戯れ言が吐けるんですね!」


吹雪「それとも、アレですか? 自分はは弱っちくて勝てそうにないから、どうかギブアップという形で勝ちを譲っていただけませんかってこと?」


吹雪「何を勘違いしてるんでしょうね。相手にギブアップを求めるくらいなら、端からリングに上がってくるなって話ですよ」


吹雪「無論、彼女のお遊びに付き合う気はありません。あなたが学んできたのは、ただの役立たずな伝統芸能だってことを思い知らせてやります」




吹雪:入場テーマ「聖剣伝説Legend of Mana/The Darkness Nova」


https://www.youtube.com/watch?v=Elu5LoFiiXE




明石「駆逐艦四天王最強! 最軽量級の王者に輝き、次なる目標は無差別級王者! 体躯に似合わぬビッグマウスは、留まるところを知らない!」


明石「強さに階級など関係ない! 戦艦だろうと何だろうと、誰が相手でも打ち倒す! 負けたときの言い訳でも考えておくがいい!」


明石「最強の駆逐艦は、無差別級でどこまで行けるのか! ”氷の万華鏡”吹雪ぃぃぃ!」


香取「新たに駆逐艦級の王者になった吹雪さんね。夕立さん、島風さん、不知火さん全員に勝っての王者だから大したものだわ」


明石「駆逐艦四天王と言われる選手たちですね。どの選手も無差別級試合を経験しており、階級差をひっくり返せる実力の持ち主です」


香取「その中でも、やっぱり吹雪さんが一歩抜きん出たみたいね。吹雪さんは体格、パワー以外の弱点がまったくない選手だもの」


明石「吹雪選手は本当に何でもできますよね。柔道家を投げて、空手家を殴り倒して、ボクサーにカウンターを決めたこともありました」


香取「それを可能にするのは、やっぱり練習量でしょうね。メディアでは大口ばかり叩いてるけど、ジムでは誰もが尊敬するくらいに真面目らしいわ」


香取「今の実力に妥協せず、とことん自分を追い込んで強さを追求する。口の悪さに反して、ファイターとしては最高の精神を持っているのよ」


明石「吹雪選手の流儀はクラヴ・マガ、イスラエル発祥の軍隊格闘術ですね。何でも、『世界最新のセルフ・ディフェンス・システム』だとか」


香取「最新であることは間違いないわね。今、こうしている間にも、クラヴ・マガの技術は常に進化し続けているんだから」


香取「クラヴ・マガには色々な理念があるけど、最も重要視されているのは実用性。実戦で如何に効率的に戦えるかということを追求しているの」


香取「空手や柔道を実戦で使うには何年もの歳月を必要とするけど、クラヴ・マガなら数ヶ月から1年で実戦に対応できる技術が身に付くわ」


香取「短期間で強くなるという点で、クラヴ・マガ以上に優れた護身術はないと言ってもいいでしょう。もちろん、底が浅いってわけじゃないわ」


香取「クラヴ・マガは初心者にはシンプルな技だけを教え、熟練度が増すにつれて学ぶ技術のレベルを上げるシステムを取っているの」


香取「吹雪さんのレベルは最高位のブラックベルト。あらゆる技を使いこなし、どんな局面でも実力を発揮できることを表してるわ」


明石「非常に汎用性の高い格闘術というわけですが、他の武術と比べて、何か特色と言えるものは何かあるんでしょうか」


香取「一番大きな特色は防御テクニックかしら。通常の武術が生物としての本能を抑制しようとするのに対して、クラヴ・マガは本能を活用するの」


香取「顔に向かって飛んで来るものを避けたり、手で防ごうとする自然な条件反射をテクニックに応用し、即座に反撃へ転じるよう訓練するのよ」


香取「防御と攻撃は同時に行わなければならない、というのがクラヴ・マガの考え方。吹雪さんの戦い方も、この基本理念に則ってるわ」


香取「膨大な練習量によって研ぎ澄まされた反射神経はまさに神速。1手仕掛けられる間に2手、3手と次々に技を繰り出して相手を翻弄する」


香取「目まぐるしいほどに多彩な技で戦うその様は、まさに万華鏡。艦娘一と言われるテクニックは伊達じゃないわ」


明石「となると、今回のこの対戦、勝敗の分かれ目はどちらのテクニックがより優れているか、ということになってきますね」


香取「そうなるわね。しかも、古流柔術は歴史ある伝統武術、クラヴ・マガは伝統を廃した最新鋭のセルフ・ディフェンス・システムよ」


香取「いわば、図式は伝統VS最新。中世で既に完成の域に達していた古流柔術か、今なお改良され続けているクラヴ・マガか」


香取「どちらも豊富な技の持ち主だから、テクニックの応酬になることは間違いなさそうね。階級差なんて、2人にはあってないようなものでしょう」


明石「力量としては今のところ互角と思われますか?」


香取「今のところはね。戦い方を見ないと何とも言えないけど……この時点で判断するなら、分があるのは吹雪さんのほうかもしれないわね」


香取「格闘技は近代の競技化によって、飛躍的な進歩を遂げているわ。フットワーク、ガードポジション、左ジャブの重要性なんかがそれよ」


香取「古流の技にそれらはなく、現代格闘術の粋である吹雪さんはそういった小技を熟知してる。それらを有効に使えば、優位に立てるかもね」


香取「かといって、現代格闘術になく、古流にのみ存在する技だってあるかもしれない。少なくとも、技が勝敗を分けるのは間違いないでしょう」


明石「ありがとうございます。さて、両選手がリングインしました! 頭1つ分の身長差がある古鷹選手を、吹雪選手が傲然と見上げています!」


明石「体格の不利など恐れるに足らず! 古鷹選手は透き通るような瞳で小さな挑戦者を見つめています! その内側にはどんな想いがあるのか!」


明石「両者、視線を切らないままコーナーに戻ります! 切れ味鋭い殺気を放つ吹雪選手に対し、古鷹選手は達人然とした落ち着いた振る舞いです!」


明石「最新格闘技VS古流柔術、勝利の天秤はどちらに傾くのでしょうか! ゴングが鳴りました、試合開始です!」


明石「颯爽と飛び出していくのは吹雪選手! 開手のファイティングポーズを取り、フットワークを使って間合いを詰めています!」


明石「対する古鷹選手、古武術らしくベタ足で歩み出ます! 正中線を隠した霞の構えを取りました! 両手は吹雪選手と同じく開手!」


明石「腕は水月に置かれています! 見た限りでは日本拳法に近い構えですが……吹雪選手のフットワークに対し、足さばきで対応しています!」


香取「霞の構え、でいいのよね。剣術と同じく、横向きに構えて急所を隠してるわ。下腹部や顔面への攻撃はなかなか通らなさそうね」


明石「どちらもまずは様子見か……おっと、やはり先に仕掛けるのは吹雪選手! さすが駆逐艦級王者、アグレッシブに攻めます!」


明石「ジャブフェイントからのローキック! 古鷹選手、正確に間合いを見切って後退! ローキックは空振りに終わりました!」


明石「しかし、吹雪選手の攻勢はこれだけでは終わらない! ローキックの勢いのまま、跳び後ろ回し蹴り! これは左手でブロックされました!」


明石「どうやら吹雪選手は打撃主体で攻める作戦のようです! しかし古鷹選手、その打撃を的確にディフェンス! なかなか鋭い打撃反応です!」


明石「構えをニュートラルに戻した吹雪選手、間髪入れずにバックスピンキック! 古鷹選手、左手でキックの軌道を逸らして回避!」


明石「そのまま足を捉えようとする動きを見せますが、素早く足を戻されました! 防御はできても、技には繋げられません!」


香取「たぶん、吹雪さんは古流柔術の技体系を調べた上で試合に臨んでいるわね。古流にない技を意図的に選択して攻めてるように見えるわ」


香取「それを防御できている古鷹さんのほうも、現代格闘技を調べてきてるのかも。だけど、即座に固め技に繋げられるほどじゃないみたいね」


明石「吹雪選手は休まず攻め続けます! ローキックと同時にレバーブロー! どちらも左手で捌き落とされます!」


明石「回転の速い吹雪選手の攻撃に、古鷹選手も難なく対応しています! しかし、未だ自ら攻める気配はありません!」


明石「待ちに徹する古鷹選手のディフェンスを、攻め続けることで吹雪選手は突破を図る! フットワークを交えつつ、今度は前蹴りを放った!」


明石「霞の構えでは躱しにくい、膝を狙った下段前蹴り! 古鷹選手は騎馬立ちで受け止めますが、これはやや膝に衝撃が響いたか!」


明石「続けてローキック! 足を浮かせて受けますが、巻き付くような蹴りが内腿に入った! 平手打ちのような叩き付ける音が聞こえました!」


明石「コツを掴んだのか、吹雪選手の打撃が当たるようになってきました! 細かい打撃で末端から徐々に切り崩していくつもりのようです!」


明石「こうなると、守勢に回っている古鷹選手が不利になります! 隙を見せない吹雪選手を前に、耐久力を少しずつ削られていく!」


香取「古流の欠点であるフットワークのなさを突かれているわね。駆逐艦級のスピードで不規則に動き回られると、攻撃を躱し辛いんでしょう」


香取「反面、ガードは固いから吹雪さんも決定打に欠けるわね。下手に飛び込むと固め技に繋げられるし、この試合、ちょっと長引くかも」


明石「吹雪選手の攻勢が続きます! 左ジャブ、そしてハイキック! どちらも左手で捌かれました! 中段より上への打撃がなかなか通りません!」


明石「再び左ジャブ、からのローキック! 蹴りが太腿に入った! やはり下段が弱点なのか、ローキックを防げない!」


明石「下段蹴りを嫌ってか、古鷹選手が後退! それを追って吹雪選手の左ジャブ、バックブロー! どちらも間合いを見切られました!」


香取「ローキック以外は全然当たらないわね。でも、メインの狙いは足みたい。注意を逸らすために上体への攻撃を続けてるんでしょう」


香取「いくら吹雪さんが最軽量級でも、あれだけ太腿に蹴りを受ければじわじわと効いてくるはず。そろそろ古鷹さんも動かざるを得ないわね」


明石「ローキックに突破口を見出したか、吹雪選手、更に足を攻める! 右のローキック! 1歩引いて構えをスイッチした! 左のローキック!」


明石「続けて下段後ろ回し蹴り! 変化を交えつつ絶え間なく攻め立てます! 古鷹選手、やはり防ぎ切れない!」


明石「足さばきも鈍っているように見えます! 追い打ちを掛けるように右のローキック、これはフェイント! 本命は左のロー……足を取った!?」


香取「あっ、動きを読まれた!」


明石「古鷹選手がローキックの蹴り足を掬い取った! 吹雪選手、テイクダウン! 即座に古鷹選手が関節技を仕掛ける! ひ、膝十字だぁぁぁ!」


明石「まるで型稽古のように、スムーズに技を決めました! 吹雪選手が関節を極められてしまった! しかし、寝技も吹雪選手にはお手の物だ!」


明石「素早く転がって技を外しました! 逆に古鷹選手の足首を脇に抱え、ヒールホールドを狙う! 状況はグラウンドの攻防に移行しました!」


明石「古鷹選手も対応が速い! 瞬時に肩を蹴って足を抜きます! それと同時に、吹雪選手がパスガードに掛かる! 寝技で仕留めるつもりだ!」


明石「マウントを狙う吹雪選手に対し、古鷹選手はガードポジションに近い動きを見せています! 胴の間に足を入れ……あっ、足を腕に絡めた!?」


香取「あれは、オモプラッタ!?」


明石「ブラジリアン柔術で言うオモプラッタ、柔道での腕ひしぎ膝固めです! 膝を起点に、吹雪選手の右腕を極めています!」


明石「古流柔術にはこんな技まであるのか! 意表を突かれた吹雪選手、再び関節技を極められてしまいました! ここから抜け出せるか!」


明石「身を捻って技を外そうとしますが……ダメです、古鷹選手も同時に体勢を変えた! 吹雪選手が足でうつ伏せに組み伏せられています!」


香取「まずいわ。あれを完全に極められたら、動かせる箇所がない。極められてない腕も相手に届かないし、下手に動けば折られるわ」


明石「吹雪選手がまるで身動きが取れない! これ以上、古鷹選手は力を入れようとしません! これぞ活殺自在の状態なのか!」


明石「このまま動きがないと、レフェリーに戦闘不能と判断されてしまいます! どうにか抜けられるか、それともここで終わってしまうのか!」


明石「動いた! 極められてない左腕が伸び上がりました! 狙いは古鷹選手の顔面! 虎爪で顔を引っ掻きました!」


香取「えっ!? ちょっと、あの位置から顔まで届くはずないのに……!」


明石「指が眼に触れたようです! 古鷹選手の体勢が崩れた! 拘束の緩む一瞬を突いて右腕を引き抜く! 吹雪選手、脱出!」


明石「一旦距離を取っています! どうにか関節技から逃げ……って、あれ!? み、右腕が力なく垂れ下がっています!」


明石「よく見れば、右肩の位置が明らかに下がっている! 脱臼です! 吹雪選手、肩の関節を脱臼してしまいました!」


香取「自分から外したわね。あの位置から左腕で古鷹さんに攻撃するには、そうやって体の可動域を広げるしかなかったのよ」


香取「これで右は死に腕と化したわ。左腕一本じゃ、使える関節技も限られてくるから、大きく戦い方が制限され……何してるの?」


明石「なんだ!? 吹雪選手がマットに右腕を着きました! 肩の外れている右腕です! 一体、何をする気だ!」


明石「は……嵌め込んだ! 肩の関節を無理やり押し込みました! 表情ひとつ、うめき声ひとつ上げず、脱臼した肩を元に戻しました!」


明石「悲鳴を上げてもおかしくない激痛だったはずです! 吹雪選手、右腕を回してノーダメージをアピール! この行為さえ相当痛いはず!」


明石「何という精神力、何という負けず嫌い! 自ら肩を外し、そして嵌め直す! 古鷹選手、棒立ちのまま呆気に取られています!」


香取「さすが、としか言いようがないわね。吹雪さんがギブアップなんてするわけがなかったわ。腕をねじ切られたって敗北を認めない子よ」


香取「活殺自在の状態に置いてギブアップを促す、という戦い方は綺麗だし、尊敬すべき姿勢だけど、吹雪さんには通用しそうにないわね」


明石「まるで何事もなかったかのように、吹雪選手が構えを戻します! 元気にフットワークを踏みつつ、躊躇なく間合いを詰めていく!」


明石「古鷹選手も再び霞の構えを取ります! 表情には未だ動揺が色濃く残っている! こんな奴がいるはずない、そう言いたげな表情です!」


明石「そんな動揺にも構わず、吹雪選手が迫ってくる! ここから古鷹選手はどう攻め……胴タックル!? ふ、古鷹選手がタックルを仕掛けた!」


香取「これは……戦い方を変えた! 甲冑組討ちに切り替えたわ!」


明石「吹雪選手がタックルを切り損ねた! どうにかガードポジションでディフェンスを……古鷹選手が拳を振り上げた! て、鉄槌打ちぃぃぃ!」


明石「顔面へ拳が落とされる! 吹雪選手、辛うじて身を捻って躱します! が、そのまま古鷹選手が襟を掴む! 身動きを封じて再びパウンド!」


明石「今度は掌底打ちです! これは、虎爪による目潰しも狙っている! 吹雪選手は腕でブロック! その腕を古鷹選手が捉える!」


明石「ガードポジションのまま、腕の逆関節を取ろうとしています! 肘が捻じり上げられている! 吹雪選手、体を捩って技から抜けます!」


明石「が、背後を見せた吹雪選手に対し、古鷹選手が裸絞めを敢行! 咄嗟に手を挟んで絞めを回避します! だが、絞め付けから抜けられない!」


明石「ここで吹雪選手、腕に噛み付いたぁぁぁ! これには古鷹選手も堪ったものではない! 絞めを解いて立ち上がり……投げたぁぁぁ!?」


明石「腕に噛み付かせたまま、吹雪選手を宙に舞わせた! これは、合気の回転投げ!? 吹雪選手をリングに叩き付けました!」


香取「合気の呼吸力!? ここまでの技量を……!」


明石「しかも古鷹選手、間髪入れずに踏み付けたぁぁぁ! どうにか跳ね起きてこれを回避しました、吹雪選手! 受け身を取っていたようです!」


明石「駆逐艦級王者は転んでもただでは起きない! そのまま足へタックル! ああっ!? よ、読まれていた! 体捌きで躱されました!」


明石「し、しかも……古鷹選手の右手には、吹雪選手の右手の指が握られている! 古流柔術の真骨頂、指関節を極められてしまいました!」


香取「古鷹さんは完全に戦い方を切り替えてるわ。平和的なギブアップ狙いじゃなく、戦場格闘技としての、仕留めるための戦いに……!」


明石「吹雪選手が体勢を取り直します! 両者、対手のような形で対峙! 握手にも見えるこの状態、その本質はまったくの逆!」


明石「古鷹選手は指を折る気です! その瞳、試合前とは打って変わって氷のように冷徹です! 折ることに躊躇はない!」


明石「捻ったぁぁぁ! が、それに合わせて吹雪選手が跳んだ! 折れていません! 動きを同調させて骨折を回避しました!」


明石「今度は更に大きく捻る! 同時に吹雪選手がマット上を回転! また折れていません! 脅威的な身のこなしと反射神経です!」


明石「それでも古鷹選手は容赦しない! 指を掴んでの逆手投げぇぇぇ! また吹雪選手が宙を舞った! そして、華麗に着地! 折れていません!」


明石「新体操ばりの運動能力です! しかし、これは死のダンス! 一挙一動間違えれば、指という最大の武器を失ってしまうのです!」


明石「それにしても、急所攻撃にまったく躊躇いを見せない、この非情なる戦いぶり! 序盤の古鷹選手とは別人と見紛うほどの容赦の無さです!」


明石「もはや無血勝利など狙っていないのは明らか! 相手を破壊してでも勝とうという気迫がひしひしと感じられます!」


香取「……兵法の極意は戦わずして勝つこと。血を流さず勝利を得られるのは理想だけど、現実でそう簡単にいかないからこその理想なのよね」


香取「武術とは勝つために作り上げられたもの。負けて面目を失うくらいなら、相手を殺してでも勝ちを掴み取る。それが武術の本質よ」


香取「古流柔術家、古鷹さんはその辺を十分理解してるみたい。もう、ギブアップを求める気はないでしょう。殺し合いのつもりで戦いに臨んでるわ」


明石「今度は小手投げです! 指を引っ張りながら腕を抱えて投げた! 吹雪選手、相手に逆らわず綺麗に投げられました!」


明石「そして着地! ノーダメージです! 指も折れていない! コンマ1秒単位で古鷹選手の動きに反応しています!」


明石「致命傷こそ免れているものの、状況は吹雪選手の窮地に変わりありません! どうにかして指関節から抜け出さなければ、勝利はない!」


明石「古鷹選手は何としてもこの状況から仕留めたい! 再び指を思いっきり捻った! 吹雪選手、懐に沈み込むようにして骨折を避けます!」


明石「だが、古鷹選手が更なる捻りを加えた! その動きに従って、吹雪選手がマット上に転がる! 手首の関節を極めようとしています!」


明石「吹雪選手が立ち上がれない! そのまま古鷹選手、踏み付けたぁ! どうにか腕でブロックしますが、衝撃を殺し切れません!」


明石「もう1度踏み付け! 更に転がって回避します、吹雪選手! 同時に素早く立ち上がる! まだ指は折れていません!」


明石「危うい綱渡りが続きます! 身体的なダメージはないものの、吹雪選手はその額にびっしょりと冷たい汗を掻いています!」


明石「極限の集中を強いられるこの状況、もう長くは持ちません! 一刻も早く状況を打開しなければ、勝機はない!」


明石「古鷹選手、今度は指を引き込んだ! 両手を使って折るつもりです! 両手を使われれば回避のしようがない! 吹雪選手、どう動く!」


明石「引き込まれると同時に踏み込んだ! ば、バックエルボー炸裂ぅぅぅ! 高速で身を翻し、古鷹選手のあごに肘を打ち込んだぁぁぁ!」


明石「わずかに意識が飛んだ刹那に指を引き抜く! 吹雪選手、とうとう指関節から脱出! 即座に古鷹選手を仕留めに掛かります!」


明石「あご目掛けて追撃の飛び膝蹴りぃぃぃ! 更に古鷹選手の意識が遠のく! そのまま首を固めた! フロントチョークを仕掛けています!」


明石「足で胴を挟み込み、腕もしっかりと首に絡めています! 完全に極まったぁ! 吹雪選手、窮地からの逆転に成功しました!」


香取「あの状況で、よく冷静さを保ち続けられたわね。まさに氷のような、いえ、鋼のような精神力だわ」


香取「技量はわずかに古鷹さんが上かもしれないけど、どうやら精神力の差で吹雪さんが勝ったみたいね」


明石「完全に極まったフロントチョークに返し技はありません! 古鷹選手、直立の姿勢を維持していますが、落ちるのは時間の問題です!」


明石「動かせる両腕も、吹雪選手の道着を後ろに引っ張るだけ……ん? 何でしょう、親指を背中に突き立てるような……あっ!?」


香取「放した!? 吹雪さんが、あの状況から……!」


明石「吹雪選手が絞めを解きました! というより、まるで落下するように体を放しました! 体勢を崩しながらマットへ着地!」


明石「まるで避難するかのように吹雪選手が距離を取ります! 吹雪選手が目前の勝利を手放すなんてことは有り得ない! 何が起こった!?」


香取「骨法……? 今の、脊髄へ指を突き立てているように見えたわ。古流にはそんな技まで……!」


明石「勝負はほぼ振り出しに戻ってしまいました! 共に構えを取り直します! 吹雪選手はフットワーク、古鷹選手は霞の構え!」


明石「改めて吹雪選手が仕掛けます! フットワークで回り込みつつ、まずは左ジャ……カウンターァァァ!? ちょ、直突き炸裂ぅぅぅ!」


明石「古鷹選手、まさかの拳撃を繰り出しました! 右の直突きです! 忘れていました、古流の技体系には当身、打撃技も含まれる!」


明石「吹雪選手が大きく後方に吹き飛ばされました! こんな形で階級差が現れるとは! 重巡級の拳をもろに食らってしまいました!」


香取「木板の5、6枚は打ち抜きそうな突きだったわ。吹雪さんは……たぶん、脱力して受けてる。大げさに飛んで、後ろに衝撃を逃がしたのよ」


香取「でも、ダメージは深そうね。どう足掻いても吹雪さんは最軽量級。階級差のある打撃を何発も耐えることはできないわ」


明石「追い打ちを掛けようとする古鷹選手ですが、跳ね起きた吹雪選手を見て足を止めます! まるで何事もなかったかのような振る舞いです!」


明石「ですが、顔の大きなアザはダメージの深さをまざまざと物語っている! これ以上、打撃を受けることはできません!」


明石「再びフットワークを始める吹雪選手! 古鷹選手も迎撃の構え! 勝負はここからだと言わんばかりの緊張感です!」


明石「古鷹選手はどう攻める! 直突きか、あるいは仕掛けさせての固め技か! 吹雪選手、真正面から一気に距離を詰めた!」


明石「先に古鷹選手が動いた! 直突きです! 対する吹雪選手、跳びつき腕十字だぁぁぁ! 完璧にタイミングを読んで腕を捉えました!」


明石「腕に吹雪選手をぶら下げ、マットに古鷹選手が引きずり倒されていく! 吹雪選手は躊躇なく折る気だ! その前に技から抜けられるか!?」


明石「ぬ……抜けられない! タップ、タップが入りました! 古鷹選手のギブアップです! レフェリーがギブアップを確認しました!」


明石「試合終了! 劇的な幕切れを遂げました! 熾烈なテクニックの応酬を制したのは、駆逐艦級王者、吹雪選手です!」


明石「古流柔術の底知れぬ技の数々を臨機応変に対処し、最後は鮮やかに終わらせました! 古鷹選手、屈辱のギブアップ!」


明石「まさか自身がギブアップすることになるとは! 古流の奥伝、秘伝を以ってしても、吹雪選手のテクニックを超えることはできませんでした!」


香取「真っ向から切って落とした、って感じね。吹雪さんらしい勝ち方だわ。古鷹さんの技術に正面から打ち勝ってしまったわね」


香取「古鷹さんの技はもっと底がありそうだったけど、それは吹雪さんも同じ。どちらも底なしのテクニックの持ち主だったわ」


香取「勝敗を分けたのは、やっぱり吹雪さんの精神力かしら。本当に負けるのが嫌なのね。あんなに痩せ我慢をしてみせる必要もなかったでしょうに」


香取「これで吹雪さんは、グランプリ優勝への道へ大きな一歩を踏み出したわ。最軽量級の無差別級制覇、有り得るかもしれないわよ」


明石「どちらの選手も驚嘆すべき技の数々を見せてくれました! 皆様、両選手の健闘を讃え、今一度拍手をお願いします!」




試合後インタビュー:吹雪


―――戦ってみて、古鷹選手はどう感じられましたか?


吹雪「想像通りでした。古流柔術なんてあんなもんですよ。でも、なかなか面白かったですね。倒し甲斐のある相手ではありました」


吹雪「テクニックもそこそこあるみたいでしたね。まあ、私ほどじゃないですけど。もっと早く終わらせることもできましたよ」


吹雪「1つ忠告するなら、指捕りはまずかったんじゃないですか? 柔術家が指を取るのは負けフラグだって、昔から相場が決まってるんですよ」


―――指関節を極められたときはピンチだったように見えましたが、あのときはどういう気持ちでしたか?


吹雪「別に何も? 余裕ですよあんなの。相手に合わせて動けばいいだけなんですから、何も難しいことなんてありません」


吹雪「古鷹さんの動きも合わせやすかったですし、踊ってるのと同じですよ。アドリブでフォークダンスに付き合ったようなものです」


吹雪「何なら、もう1回やりましょうか? 今度はもっと複雑に捻ってもらっても構いません。1万回やっても折られない自信がありますから」


―――これで1回戦突破ですが、心境をお聞かせください。


吹雪「当然の結果です。私が初戦で落ちるなんて、宝くじの1等に10回連続で当たるよりも有り得ない確率ですよ」


吹雪「ていうか、1回戦だろうと決勝だろうと、私が負けること自体有り得ませんから。2回戦も私が勝ちます、間違いなくね」


吹雪「負けたらリング上でストリップでもしてあげますよ。今の発言、言質として記録しておいてください。何があっても私は負けませんから」





試合後インタビュー:古鷹


―――敗因は何だったと思われますか?


古鷹「なんていうか……何でしょう? ギブアップしちゃったのは事実ですけど、気持ちで負けたわけじゃないんです」


古鷹「技量でもそんなに差があったようにも思いませんし……でも、腕を極められたとき、もう絶対に勝てないって確信しちゃったんです」


古鷹「ただただ、普通に負けました。あんなに強い子がいるんですね。まだ負けたことが受け止め切れません……」


―――途中から戦い方が攻撃的なものに変わりましたが、どういう心境の変化だったのでしょうか。


古鷹「……私が甘かったんです。もっと早く気付くべきでした。吹雪さんがギブアップするなんて、絶対に有り得ないことだったんです」


古鷹「戦ってみたからわかります。彼女は本当に命を賭けて戦っているんです。負けることは、彼女にとって死よりも重いんだと思います」


古鷹「だから……私も命を賭けて、殺すつもりで戦いました。それでも勝てなかったんですけど……凄いなあ、あそこまでやったのに勝っちゃうんだ」


古鷹「今日は勉強になりました。負けたのは悔しいですけど……古流への信頼を捨てるつもりはありません! 私も、もっと頑張ります!」





明石「強者が散り、更なる強者が勝ち上がる! Bブロック1回戦、とうとう最終試合となります!」


明石「最後の試合を締めくくるには、やはり彼女しかない! 赤コーナーより選手入場! 絶対王者、ついに登場です!」






試合前インタビュー:長門


―――今大会では3連覇への大きな期待が寄せられていますが、自信の程をお聞かせください。


長門「自信はあるが、慢心はしていないつもりだ。今までの全ての試合を見た。前回より更に強力な選手が集っているのは間違いない」


長門「初戦を突破した者たちは全員、私をも倒しうる実力者たちだ。ここから先の戦いは厳しいものになるだろう」


長門「それでも優勝するのは私だ。最強の名を譲り渡すつもりはない。どんな相手であろうと、全力で戦う。そして勝つのは常に私だ」


―――今までの試合を見られて、特に警戒している選手はいらっしゃいますか?


長門「特別というのはないな。初戦を抜けた選手は皆、警戒すべき存在だ。甘く見れば足元を掬われることは間違いない」


長門「何より、今は目の前の戦いに集中したい。相手は重巡級王者の足柄を瞬殺したと聞く。よほどの実力がなくては、できることではない」


長門「そういう意味では、誰よりも羽黒を警戒しているな。1回戦で私が敗北を喫するなど、あってはならないことだ」


長門「羽黒には悪いが、全身全霊で行かせてもらう。手加減はできそうにない。私も負けたくはないからな」




長門:入場テーマ「クロノトリガー/魔王決戦」


https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=1y_DS691Vhc#t=48



明石「第1回、第2回無差別級グランプリ優勝! 誰も疑いようのない最強の艦娘が、三度グランプリの舞台へ上がります!」


明石「打、極、投、全てが究極! 未だ敗北を知らぬ無敗の戦艦は、3連覇という前人未到の偉業を成し遂げることができるのか!」


明石「UKF無差別級絶対王者が今、全選手の前に立ち塞がる! ”ザ・グレイテスト・ワン”長門ォォォ!」


香取「とうとう出てきたわね。デビューから連勝記録を重ね続けている、無敗の王者。長門さんは間違いなく最強の艦娘でしょう」


明石「今のところの記録では、45連勝中ですね。その中には扶桑、榛名、武蔵選手といったトップファイターも多数含まれます」


香取「この記録は永遠に破られることはないかもしれないわね。彼女ほど完成されたファイトスタイルの持ち主はそうそう輩出されるものじゃないわ」


香取「もし強さを総合点で表すなら、長門さんはどの選手よりも高い点数を叩き出すでしょう。パワー、テクニック、そして精神面。全て完璧だもの」


明石「非常に高い総合力で知られる長門選手ですが、明石さんとしてはどの点を最も脅威に感じられますか?」


香取「やっぱり、精神面でしょうね。彼女の試合経験において、追い込まれる場面は少なからずあったわ。でも、彼女は常にそこから逆転しているの」


香取「長門さんはどんな逆境に追い込まれても、決して揺るがない。格下の相手にも油断しない。どんな局面でも100%の実力を発揮できるわ」


香取「格闘技術や身体能力も総じて一流だし、戦う相手には堪ったものじゃないわね。どこを探しても付け入る隙がないんだから」


香取「弱点もなければ攻略法もない。精神面も崩せないとなると、いよいよ手の付けようがない相手よね」


香取「長門さんを倒せるとしたら、純粋な強さを持つ選手だけでしょう。それに最も近かったのが武蔵さんだったけど、彼女でさえ勝てなかったわね」


明石「武蔵選手も破格のパワーとテクニック、そして精神の強さも併せ持つファイターでしたが、あと一歩のところで敗北されてしまいました」


香取「その一歩がどうしても長門さんに届かないのよね。いわゆる越えられない壁、ってやつかしら」


香取「大淀さんは『途方もない絶壁』と表現していたわね。その壁を突破できる選手こそが、長門さんを倒す者になるんでしょう」


香取「少なくとも、生半可な相手に長門さんが遅れを取ることは絶対にない。それだけは断言できるわ」


香取「勝てるとしたら超一流の選手のみ。今日の対戦相手がどうなのかは……まだわからないわね。実力がほぼ未知数の選手だから」


明石「ありがとうございます。それでは、青コーナーより選手入場! 妙高型姉妹より、漆黒の死神が姿を現します!」




試合前インタビュー:羽黒


―――初戦から長門選手というのは不運な組み合わせのように感じられますが、ご自身はどう思われていますか?


羽黒「別に……誰でもいいです。出場すること自体、私は嫌だったので……本当は誰とも戦いたくありません。もちろん、長門さんともです」


羽黒「ジークンドーだって、妙高姉さんの言いつけで学んでいるだけだったんです。たまたま足柄姉さんに勝ったから、こんなことに……」


羽黒「出場したのは、妙高姉さんに出ろって言われたからです。妙高姉さんは怖いです。戦うのは嫌ですけど、怒られるのはもっと嫌なので……」


―――なぜ戦うのが嫌なのですか?


羽黒「だって、自分から傷付け合うようなことをするなんて、おかしいじゃないですか。戦うのが好きっていう感覚、私には理解できません」


羽黒「戦うのは怖いし、痛いし、相手の人を傷付けるのも嫌いです。今日は早く終わらせて帰りたいです……」


―――長門選手への対策などは講じられていますか?


羽黒「何もありません……今日のことはなるべく考えないようにしていましたから。長門さんのことも、よく知らないんです」


羽黒「格闘技の試合は、痛そうだから観ていられないんです。それなのに、私自身が出ることになってしまうなんて……」


羽黒「でも……妙高姉さんが怖いので、試合には出ます。できればすぐギブアップしたいんですけど、ギブアップはするなって言われてるので……」


羽黒「どうすればいいんでしょうか……とにかく、早く試合が終わってくれれば、それでいいです」




羽黒:入場テーマ「Enemite/ - The Head - Stream - River Of Death」


https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=7SvPlLdV8Xg




明石「出場が内定していた重巡級王者、足柄選手がまさかの野試合で瞬殺! その相手とは、同じ妙高型姉妹の末妹! 事実上の重巡級王者です!」


明石「不吉な風が吹き荒ぶ! 冥府の死神を思わせる、その不穏な気配は何を意味するのか! 今、隠された実力が明らかになる!」


明石「妙高姉妹の死神は、絶対王者に死を告げることはできるのか! ”黒死蝶”羽黒ォォォ!」


香取「足柄さんを倒しての出場ね……足柄さんに加えて、妙高さんからの推薦もあったから彼女の出場枠が決まったわ」


香取「でも、大丈夫なのかしら? 2人の重巡級王者に推薦されたなら出すしかないのはわかるけど……」


明石「香取さんは運営スタッフとして羽黒さんと顔を合わされたそうですね。どのような様子でしたか?」


香取「なんていうか……やる気がない、強くなさそう、その2つを踏まえた上で、それ以上に戦うのに向いてないって印象だったわ」


明石「……やる気がない、強くなさそう、戦うのに向いてない……ですか? ファイターらしからぬ三拍子が揃ってるんですけど」


香取「でも、そう感じたのは事実よ。彼女は根本的に争いごとが好きじゃないの。学校のクラスに1人はいる、地味で気弱な女の子って感じだったわ」


香取「別に気弱な自分を変えたくて格闘技を始めた、ってわけでもないみたい。強い弱いじゃなく、そもそも戦えるようにすら見えなかったわ」


明石「香取さんは以前に、『本物の達人は見ただけでは強さがわからない』とおっしゃっていましたけど、それに該当する可能性は?」


香取「足柄さんに勝った、っていう前情報があるから、その可能性も捨て切れないけど……私は何も感じなかったわ」


香取「油断させるための演技をしてる、ってわけでもないと思う。ほら、今だってただただ憂鬱そうに花道を歩いてるわ」


明石「うわっ……なんか、処刑台に上がる死刑囚みたいな雰囲気ですね。やる気がないどころの騒ぎじゃなさそうです」


香取「でしょ? 普通の人がリングへ戦わされることになって、全てを諦めてるような表情よ。あの憂鬱さ、演技で出し切れるものじゃないわ」


明石「……でも、羽黒さんは野試合で足柄さんを倒してるんですよね」


香取「……そうなのよね。足柄さんや妙高さんがそんな嘘を吐くメリットは1つもないし、本当のことだと思うけど……どういうことかしら?」


明石「多重人格、とか?」


香取「まさかそんな……いえ、あり得るのかしら。実例はあるそうだし……何にせよ、予測の域を出ないわ。やっぱり、試合を見てみないとね」


明石「羽黒選手もまた、足柄選手と同じジークンドーの使い手だそうですね」


香取「そう聞いてるわ。武術家としてのブルース・リーが中国拳法と決別し、ボクシング、シラット、フェンシングの技術を取り入れた近代格闘術よ」


香取「ベースとしては詠春拳の形を多少残しているけど、実態は別物ね。伝統や型を廃し、実戦性と運動力学的な合理性を特に重視しているわ」


香取「特に注目すべき技は、リードストレートかしら。ボクシングのストレートとフェンシングの突きを参考に作られた、ジークンドーの主武器ね」


香取「利き手を前に構え、足腰の捻りを加えて最短最速で拳を突き出す。ジャブの速度とストレートの威力を併せ持つ、最高のパンチよ」


香取「ジークンドーの技体系は、このリードストレートを主軸に組み立てられてるわ。実戦における想定タイムは、わずか6秒」


香取「合理的に、最速で戦いを制する。路上格闘において、ジークンドーは最も優れた武術の1つに数えられるでしょう」


明石「そういえば、羽黒選手はしきりに『早く終わらせたい』と言っていましたね。それって、短期決着を狙っているってことでしょうか?」


香取「どうなのかしら。長門さん相手に、そんな自信過剰な発言をするタイプとはとても思えないけど……単に早く帰りたいだけなんじゃない?」


明石「えーっと……この試合、どう予想されますか?」


香取「長門さん相手に、ジークンドーがどういう技を見せるか……って話をしようと思ってたけど、そんな次元じゃなそうね」


香取「そもそも、羽黒さんは何者なのか。なぜ妙高さんたちは彼女の出場を推したのか。それ自体が見どころなんじゃない?」


香取「私にはそれ以上、何も言えないわ。Bブロックの最終試合なんだし、一方的な展開で終わるのは避けてほしいわね」


明石「……ありがとうございます。さて、両選手リングイン! 屹然と王者の風格を表す長門選手に対し、羽黒選手、まったく目を合わせない!」


明石「まるで叱られた子供のように俯いています! 本当に彼女は戦えるのでしょうか! 会場に、別の意味での不穏な空気が漂っています!」


明石「長門選手はいつもと全く変わりなし! 獅子は兎を狩るにも全力を尽くす! 油断も同様も一切見受けられません!」


明石「とうとう視線を交わさないまま、両者コーナーへ! この試合、まったく予想が付きません! どのような展開になってしまうのでしょうか!」


明石「今、ゴングが鳴りました! 試合開始と同時に、長門選手がリング中央へ進み出ます! いつものオーソドックススタイルの構えを取ります!」


明石「羽黒選手はコーナーから1、2歩進んだところで歩みを止めました! その場で構えます! 利き手を前に出す、ジークンドーの構えです!」


明石「両者、大きく距離を取って対峙! 長門選手は相手がもっと前に出てくるのを待っている様子ですが、羽黒選手はそれ以上進み出ない!」


明石「これは仕掛けさせたいという意図があるのか、それとも単に近寄りたくないだけなのか! 羽黒選手、未だ実力の全容が明かされません!」


香取「見た感じ、後者の意図でしょうね。実に嫌そうな顔をして構えを取ってるわ。長門さんに近寄ってほしくもないみたい」


香取「でも……構えは堂に入ってるわ。ジークンドーの構えとして、前後へ均等に体重を掛けた正三角形の立ち方も様になっているし」


香取「それにしても、嫌な感じを出してるわね。長門さんも、あんな感情を向けられたのは初めてなんじゃない?」


明石「あんな感じ、とは、具体的にどういうことですか?」


香取「なんて言ったらいいか……ゴキブリを見るような嫌悪感を長門さんに向けてるわ。殺意にも似た、粘ついた敵意みたいなものを感じるの」


香取「試合前と比べて雰囲気が変わったわね。でも、やっぱり戦いたくはなさそう。このまま試合が終わればいい、って思ってるんじゃないかしら」


明石「確かに羽黒選手、生理的嫌悪に近い眼差しで長門選手を見つめています! とにかく近寄らないでほしい、とでも言いたげだ!」


明石「しかし、それでは試合にならない! 長門選手、前進! 待つことを止め、絶対王者が自ら攻めに行きます!」


明石「羽黒選手は動かない! 逃げることも、迎え撃とうとする気配もない! ただ、距離が狭まるごとに嫌悪の強さだけが増していきます!」


香取「戦意がない相手でも、リングに立った以上は長門さんは容赦しないわよ。ジークンドーの技も長門さんは知ってるし……えっ?」


明石「さあ、いよいよ射程距離に入ります! おっと、ここで長門選手が前のめりに……はい? えっと……えっ、あれ!?」


香取「う……嘘でしょ」


明石「な、な、何が起こった!? 長門選手がダウン! ダウンです! 糸の切れた操り人形のように、突如として前のめりにダウンしました!」


明石「動かない! まさか、失神している!? 羽黒選手は動いていません! 構えを取ったまま……あっ、今、その構えさえ解いてしまいました!」


明石「羽黒選手は何もしていないはずです! まさか、試合終了!? レフェリーも驚いた様子で……起きた!? 今、長門選手が跳ね起きました!」


明石「一気にコーナー際まで距離を取りました! 王者らしからぬ動揺を浮かべています! 長門選手自身、何が起きたか理解していない!?」


香取「……リードストレートだと思うわ。それしか考えられない」


明石「はい? それはつまり……羽黒選手の打撃により、長門選手がダウンしたということですか? でも、我々の目には何も……」


香取「ハンドスピードが速過ぎたのよ。目に映らないほど速い……しかも、コンマ1秒にも満たない、長門さんの意識が逸れる瞬間を狙って打ったの」


香取「私にも、羽黒さんが構えをニュートラルに戻す動きしか見えなかったわ。でも、彼女は確かに突きを放っていたはずよ」


香取「羽黒さんはリードストレートの一撃で長門さんをダウンさせた……事実のはずだけど、私にも信じられないわ。そんなことが可能なの?」


明石「あっ、ようやく長門選手が動揺から立ち直りました! 再びファイティングポーズを取り、羽黒選手に接近していきます!」


明石「羽黒選手は……なんだ? 構えも取らずにレフェリーのほうを見ました! これは、試合続行の必要性を確認しています!」


明石「さっきのダウンで終わりじゃないのか、と尋ねているようです! 確かに先の場面、羽黒選手がトドメを加えれば間違いなく終わっていた!」


香取「でも、レフェリーストップは掛かっていなかった。それより早く長門さんが起きた以上、まだ勝負はついていないわ」


香取「長門さんがルールに救われるような日が来るなんてね。羽黒さん、一体何者なの……?」


明石「迫る長門選手を見て、実に嫌そうな様子で羽黒選手が再び構える! もう1度両者が射程距離に……なっ! また長門選手が打たれました!」


明石「わずかにですが、私の目にも見えました! 恐ろしく初動の少ない、超高速のリードストレートです! 一直線に長門選手のあごを射抜いた!」


明石「長門選手、大きく後方にぐらついた! どうにか片膝を着いて完全なダウンは免れます! 羽黒選手、追撃はしません!」


明石「まさか、こんな光景を目にする日が来るとは! 長門選手が見下されています! 嫌悪に満ち満ちた眼差しが、王者を見下ろしている!」


明石「もう立ってこないでほしい、と訴えかけるような眼差しです! しかし、それだけは応じられない! 長門選手が再び立ちます!」


香取「……長門さんから打撃でダウンを取るなんて、武蔵さんクラスが全力を尽くして1度取れるかどうかってくらい難しいはずなのよ」


香取「それを、大した攻防もなく2度までも……あの子、どういう次元の強さなの……!?」


明石「長門選手、構えを切り替えました! ボクシングのピーカーブースタイルに近い、徹底的にあごをガードした構えです!」


明石「リードストレートを警戒しているようです! 先よりも慎重に、少しずつ長門選手が距離を狭めていきます! 今度は長門選手から仕掛けた!」


明石「拳の射程外からローキック! か、カウンターァァァ!? 羽黒選手、フットワークで躱した! 同時に右フックを鮮やかに決めました!」


香取「そんな、リードストレートだけじゃないの!?」


明石「ガードの隙間を潜って拳があごに炸裂! 長門選手、3度目のダウン! 膝が崩れ落ち、両手をマットに着いてしまいました!」


明石「羽黒選手はやはり追撃はしない! 何だこいつは! 絶対王者相手に、格の違いを見せつけるような戦いぶりを披露しています!」


明石「すぐには立ち上がれない長門選手、それを見下ろす羽黒選手! ありえない事が起きています! 長門選手が圧倒されている!」


香取「……攻撃に移る瞬間だけ、羽黒さんから爆発するような殺気を感じたわ。おそらく、彼女は瞬発的な動きに優れているんでしょう」


香取「それだけじゃなく、相手の機微を読んで後の先を取るのも抜群に上手い。武術家が何十年も掛けて到達する技を、彼女は既に持っているんだわ」


香取「天才どころの話じゃない、異次元の存在よ。妙高姉妹は、こんな隠し玉を持っていたっていうの……!?」


明石「ようやく長門選手が立ち上がります! また構えを変えました! 右で側面、左であごを守っている! 腕を完全に防御へ徹する構えです!」


明石「度重なる脳震盪のせいか、額には玉のような汗が浮き出ています! やはり回復し切れるようなダメージではありません!」


明石「それでも、負けるわけにはいかない! 王者としての矜持、ファイターとしてのプライド、負ければ全てを失う! 負けることは許されない!」


明石「長門選手、前進! 羽黒選手も構えます! 相変わらず嫌悪に満ちた表情です! 一体、武の神はどういうつもりでこいつを生み出したんだ!」


明石「射程のわずか手前で対峙します! 長門選手、仕掛けない! 羽黒選手から仕掛けさせようとしています!」


明石「後の先を取られるなら、向こうから仕掛けさせるまで! 不動のプレッシャーで羽黒選手に圧力を掛けています! 羽黒選手、どう出る!」


明石「やはり動かない! どうあっても自分からは動きたくな……動いた!? リードストレートがぐんと伸びた! 長門選手の顔面に命中!」


明石「あごではなく、人中を狙われました! 長門選手が後方によろめく! が、踏み止まった! この程度で倒れるわけにはいかない!」


明石「長門選手が構えを取り直す! 先ほどと同じ防御の構えで接近し……またリードストレート! 眉間に打ち込まれてしまいました!」


香取「……速過ぎる! タイミングもスピードも、これ以上ない完璧さだわ。長門さんがまったく反応できないなんて……!」


明石「仕掛けても、仕掛けさせても打ち込まれる! しかも、ことごとく急所をピンポイントに! 長門選手が太刀打ち出来ない!」


明石「再びバランスを崩した長門選手ですが、闘志だけは折れていない! もう一度ファイティングポーズを取りました!」


明石「もう顔面を守ってはいません! 打ちたいなら打ってこい! 覚悟を決めたように、手負いの王者が再び歩を進める!」


明石「羽黒選手、ますます嫌悪を露わにしながら構える! この時点で、羽黒選手は指一本長門選手に触れられていません! まったくの無傷です!」


明石「それでも勝ってみせる! 長門選手は幾度となく逆境を覆して来ました! これが過去最大の逆境だとしても、必ず覆してみせる!」


明石「長門選手、左ジャブを放った! カウンターのリードストレート! 顔面に直撃するも、下がらない! 長門選手、自ら受けに行った!」


明石「強引に前へ出る! 右のローキックだ! これが決まれば……カウンターァァァ!? 下段のサイドキック! 伸び切った蹴り足を狙われた!」


香取「こんなことが……!」


明石「膝を踏み抜くようなサイドキックが、完璧な正確さで決まりました! 膝があらぬ方向に折れ曲がる! 靭帯を断裂しました!」


明石「長門選手、転倒! 脳震盪ではない、利き足を折られての転倒です! 絶対王者が崩れ落ちる! こんな馬鹿な!」


明石「片足を失えば、戦闘能力の8割以上を削がれます! 踏ん張りが効かないため、打撃技は使用不可! できるのはせいぜい組み技くらいです!」


明石「その組み技でさえ、相手が近付いてこなければ使えない! 羽黒選手が自ら近付く訳はない! 長門選手、絶体絶命の窮地に立たされました!」


明石「なおも羽黒選手は追撃しない! もう勝負は着いたとでも言いたげな、不快そうな顔つきをしています! 王者に対し、あるまじき不敬です!」


明石「ここから逆転できる可能性は皆無! し、しかし……長門選手が立ちます! 痛みを堪えながら、死力を振り絞って立ち上がった!」


明石「片足のままファイティングポーズを取っています! まだ諦めていない! 足を折られても、闘志は未だ折れていません!」


明石「勝負は終わっていない! これに対し、羽黒選手は……構えを取らない! あらぬ方向へ歩き出しました! どこへ行く気だ!?」


明石「向かう先には審判員席があります! 羽黒選手、フェンス越しに何かを審判員席に話しています! 自分の勝利を懇願しているのか!?」


明石「しかし、まだ長門選手はギブアップしていない! 戦闘続行の意志も十分! 勝負はこれから……ちょっと、嘘! ゴングが鳴った!?」


香取「め……滅茶苦茶だわ、こんなの」


明石「し……試合終了! 試合終了です! 勝者は……勝者は長門選手! 長門選手の勝利となります! 羽黒選手が試合を棄権しました!」


明石「羽黒選手の試合放棄により、長門選手、勝利! 勝利ですが……こんな勝利があっていいのでしょうか!」


明石「長門選手、体力の限界か、再び崩れ落ちました! 急所に幾度となく打撃を受け、片足を折られ、そのダメージは深刻です!」


明石「立つことすらできない勝者を尻目に、無傷の敗者が足早にリングを降りていきます! 長門選手に目を向けることすらしません!」


明石「何とも後味の悪い幕切れとなりました! 敗北に限りなく等しい勝利です! 連勝記録こそ守られたものの、無敗神話はここに崩壊!」


明石「崩壊というより、ただただブチ壊しにされました! 無敗神話も、王者の矜持も、羽黒選手はそれら全てを破壊していきました!」


明石「誰もが越えられなかった絶対的な存在、長門選手という絶壁を、いとも容易く打ち砕いてしまった! それでいて勝利を捨てて去っていきます!」


明石「逃げるように会場を後にする、あの化物は一体何なんだ! まるで通り魔にあった気分です! 悪夢なら今すぐ覚めてほしい!」


香取「残念ながら……現実よ。長門さんがリングで敵わない相手が存在するなんて、夢にも思わなかったわ」


香取「才能があまりにも飛び抜けてる……技量にまったく精神面が伴っていないわ。勝とうとする意欲すらなく、長門さんを圧倒したのよ」


香取「最後には精神力で勝った長門さんがルール上での勝利を得たけど……あれを本当に勝利と呼んでいいのか、私にはわからない」


明石「一応、長門選手は1回戦を勝ち抜きですが……苦い出だしになってしまいましたね」


香取「ええ、本当に……怪物じみた選手はこれまでに何人か出てきたけど、羽黒さんこそ、本当の怪物なのかもしれないわ」


香取「勝ちたくもない、戦いたくもない、それなのに最強。理屈と常識からかけ離れた、異端のファイターよ」


香取「組み合わせの抽選で、最大の外れクジを引いたのは……長門さんだったわけね。嫌な結果になってしまったわ」


明石「まったくです。なんともしこりが残る、Bブロック最終試合でした……」




試合後インタビュー:長門


―――試合結果をどう受け止められていますか?


長門「……すぐには気の利いた答えが出せない。考える時間をくれ……だが、私は敗北したと思っている」


長門「手も足も出ない、という経験をしたのはいつ以来だったか……ここまで来てそんな目に合うとは、さすがに思っていなかったな」


長門「あのような奴が存在するとはな。ずいぶんと長く最強と呼ばれてきたが、私も自分自身を見返す時期に来たようだ」


長門「とにかく、今は考える時間が欲しい。取材もこれくらいにしてくれ」


―――では最後に、初戦を勝ち抜かれた今の心境をお聞きしてもよろしいでしょうか。


長門「……そうか、そうだったな。悪いが、その質問には答えられない」


長門「運営の責任者を呼んでくれ。話がある。青葉、お前はもう出て行ってくれ」


(長門選手の取材拒否につき、インタビュー中止)








試合後インタビュー:羽黒


―――勝利は目前の状況でしたが、なぜ棄権されたのですか?


羽黒「なんだか、嫌になってしまって……長門さん、全然諦めてくれないじゃないですか。何度打ち込んでも立ち上がってくるんです」


羽黒「もう無理だってわかってるのに……私は傷付くのも、傷付けるのも嫌いです。あれ以上はどうしても戦いたくありませんでした」


羽黒「続けていても、戦いにすらならなかったと思いますし、もういいかなって……あそこまでやれば妙高姉さんも許してくれるはずですから」


羽黒「あっ、でも、あれって私のギブアップになるんでしょうか。ギブアップはするなって言われてたのに……やっぱり怒られるのかな、私」


―――今までどんな鍛錬を積んで来られたんですか?


羽黒「大したことは何も……妙高姉さんの言いつけを守ってきただけです。辛かったけど、サボると怒られるので……」


羽黒「妙高姉さんに怒られるのは、何よりも怖いんです。だから、ずっと言いつけ通りに鍛錬してきました」


羽黒「一緒に鍛錬を始めた方は、みんな途中で逃げ出したり、自殺未遂をして破門されたりして、私だけが残りました。すごく寂しかったです」


羽黒「私も辞めてしまいたいんですけど……妙高姉さんが怖いんです。こんなこと聞かれたら、また怒られるかな。やだなあ……」


羽黒「もう、良いですか? 今日は疲れました。試合も終わったんですし……早く、帰らせてください」






明石「えー、ということで……Bブロック1回戦、これにて終了となります! しかし、本日の日程はこれだけではありません!」


明石「何だか変な空気になってしまいましたが、先程のことは一旦忘れましょう! 気を取り直して、これよりエキシビションマッチ、1戦目です!」


明石「まずは赤コーナーより選手入場! まさか選ばれるとは思わなかった! 崖っぷちアイドルに、再チャンス到来です!」












試合前インタビュー:那珂ちゃん


―――エキシビジョンマッチの出場者として選ばれたときの心境をお聞かせください。


那珂「とっても嬉しかったです! もう2度とUKFには呼ばれないと思ってたので……通知が来たときには泣きそうなくらいでした!」


那珂「ファンのみんな、応援してくれてありがとー! 那珂ちゃん、精一杯頑張るよー! 絶対に負けないから!」


那珂「会場の皆さんには、最高の試合をすることを約束します! もう不正はしません! 正々堂々戦って、勝ちます!」


―――対戦相手の大淀選手はどのように感じていらっしゃいますか?


那珂「これって、チャンスですよね? 軽巡級王者の大淀さんに勝てば、那珂ちゃんが事実上の軽巡級王者ってことになりますから!」


那珂「実力は那珂ちゃんよりずっと上かも知れませんけど……やる前から諦めるようなことは、もう2度としたくないんです!」


那珂「どんなに実力に開きがあっても、全力で食い下がります! ギブアップするようなことは絶対にしません!」


那珂「絶対に勝ちます! その上で、面白い試合をします! 那珂ちゃんはアイドルで、プロレスラーですから!」


那珂「これが那珂ちゃんにとって、正真正銘の最後のチャンスです! 絶対に、絶対に掴み取ります!」




那珂:入場テーマ「那珂ちゃん/恋の2-4-11」


https://www.youtube.com/watch?v=WSK0YPi6SJs




明石「試合が盛り上がればそれでいい、そんな甘い考えは捨てた! プロレスラーは本当は強いということを、今度こそ証明しよう!」


明石「本戦では不正の限りを尽くして赤城に食い下がるも惜敗! 今日はクリーンファイトでの完全勝利を目指します!」


明石「崖っぷちから這い上がる、最後のチャンスだ! ”堕天のローレライ”那珂ちゃぁぁぁん!」


香取「良かったわね、那珂ちゃん。まさかエキシビジョンマッチ出場者に選ばれるなんて、本人が一番びっくりしてるでしょう」


明石「ファイト内容そのものは問題のあるものでしたが、『勝利への強い執念に感動した』との思わぬ反響に応えての選出ですね」


明石「那珂ちゃんの名誉のために言っておきますが、この選出には関係者への賄賂等は一切行われていないことを保証させていただきます」


香取「もうないとは思うけど、買収対策もしておいたわ。今日のレフェリーを務める妖精さんは全員、熱烈なBEBYMETALファンで固めてあるから」


香取「選民思想の強いBABYMETALファンなら、どんな形で那珂ちゃんに頼まれても絶対に贔屓しないわ。公正なジャッジをしてくれることでしょう」


明石「……わざわざアイドルの名前を出す必要はあったんですか?」


香取「より信頼性が高まると思ったから……とにかく私が言いたいのは、この試合での那珂ちゃんの不正は絶対に有り得ないということよ」


香取「運営側の対策は万全だし、那珂ちゃん自身も今日の試合はクリーンファイトでいきたいと思っているはず。前回のような波乱はないわ」


香取「ダンスで培った高い運動能力を持ち、奇襲を得意とするルチャドーラ。那珂ちゃん本来の戦い方を見せてくれるんじゃないかしら」


明石「前回はフェイントでしか使いませんでしたが、空中殺法も見ることができるでしょうか?」


香取「可能性は高いわ。那珂ちゃんはできる限り面白い試合をしたいと考えてるはずだから、フィニッシュはぜひとも空中技で決めたいでしょうね」


香取「この試合は那珂ちゃんにとって、グランプリ本戦と同じか、それ以上の価値を持つはず。ここで注目されれば、芸能界復帰は一気に早まるもの」


香取「試合に勝つ作戦だけじゃなく、盛り上げる算段も入念に練ってきてるんじゃないかしら。そこは期待していいと思うわよ」


明石「ぜひ頑張って欲しいですね。本戦では相手が悪かったこともあり、那珂ちゃん本来の魅力を出し切れたとは言えませんでしたから」


香取「……そうね。そうなんだけど……問題なのは、今日の対戦者が赤城さん以上に相手が悪い可能性がある、ってところなのよね」


明石「あっ……」


香取「やってみなければわからないけど……ファイターとしてのタチの悪さは筋金入りだから。那珂ちゃん、大丈夫かしら……」


明石「……ありがとうございます。では、青コーナーより選手入場! こちらも本戦では実力を発揮しきれなかったファイターになります!」




試合前インタビュー:大淀


―――那珂ちゃんのことはファイターとしてどのように評価されていますか?


大淀「私とは真逆のタイプですね。試合をあくまでエンターテイメントと捉えているみたいで、勝ち負けにはあまり拘ってないようです」


大淀「……と、いうのが以前の那珂ちゃんへの評価です。赤城さんとの試合を見て、考えが変わりました。いやあ、大変勉強させてもらいました」


大淀「レフェリーの買収は盲点でしたね。私もやれば良かったです。おそらくはもう運営に対策されて、通用しなくなっていることが口惜しいですね」


大淀「あそこまでルールと環境を利用して勝ちに行ったファイターは那珂ちゃんが初めてでしょう。先駆者として、惜しみない賛辞を送ります」


―――勝てる自信はありますか?


大淀「以前チラっと発言しましたけど、私にとって那珂ちゃんは絶好の獲物です。ああいう選手は一番やりやすいタイプですね」


大淀「1回戦の試合は全て観ましたが、やっぱりグラーフ・ツェッペリンさんが私には最悪の相手でした。彼女以外なら誰でも勝てる自信があります」


大淀「羽黒さんでも私なら勝てますよ。技量は規格外ですけど、メンタルはお豆腐並の脆さみたいでしたから、そこを突けば簡単に崩せるでしょう」


大淀「那珂ちゃんも似たようなものですね。彼女は思ってることが表情に出やすいんですよ。何を考えてるか、対峙すれば手に取るようにわかります」


大淀「もちろん、以前の那珂ちゃんとは違うことは理解してますよ。彼女は試合を盛り上げるだけじゃなく、勝利に徹する戦い方もするでしょう」


大淀「でもですね、勝利に徹する戦い方なら、私のほうが数段上です。そのことを、試合の中で教えて差し上げましょう」




大淀:入場テーマ「Silent Hill/Opening theme」


https://www.youtube.com/watch?v=w2cK8mOG4Q8




明石「本戦ではドイツの怪物ファイター、グラーフ・ツェッペリンに為す術なく惨敗! 真の実力を発揮することができませんでした!」


明石「リング上の殺し屋にとって、怪物退治は専門外! 私が標的とするのは飽くまで同じ艦娘ファイター! 彼女の本当の脅威が明らかになる!」


明石「殺人コンピューターの計算能力、今日こそ発揮なるか!? ”インテリジェンス・マーダー”大淀ォォォ!」


香取「彼女は組み合わせで運がなかった選手の1人ね。グラーフさんは本当に相性最悪の相手だったから、まったく持ち味を出せなかったわ」


香取「純粋な格闘技術だけで、よくあそこまで張り合ったというべきでしょう。今日こそは本領を発揮できるといいわね」


明石「確かに、大淀選手が得意とする先読みや心理戦はほとんど見られませんでしたね。データ戦術もまるで通用しませんでしたし」


香取「結局、ビスマルクさんのデータはほとんど役に立たなかったものね。何を考えてるのかわからないから、心理戦も仕掛けようがなかったわ」


香取「大淀さんは相性の良し悪しがはっきり出てしまうのが弱点ね。今日の試合にその心配はしなくても良さそうだけど」


明石「……大淀選手は以前、断言していました。『那珂ちゃんなら絶対に勝てる』……と」


香取「その発言には自信はもちろん、実力と実績が伴っているわ。大淀さんはね、那珂ちゃんみたいな人間味のあるファイターを潰すのが得意なの」


香取「大淀さんの勝利パターンは概ね3つの工程があるわ。相手のやりたいことを潰す、選択肢を減らす、誘導して罠に誘い込む、この3段階」


香取「卓越した技量を持つ大淀さんなら、方針さえ掴めれば大抵の動きを封じられるわ。そこから相手がどう方針を変えるか予測し、それも潰す」


香取「そうやって取れる行動の選択肢を減らし、一本道へと追い込む。そこに本命の罠を張って、トドメを刺すのが大淀さんの戦法ね」


香取「この戦法にハマったファイターは、本当に何の見せ場もなく敗北するわ。大淀さんが対戦相手にひどく嫌われるのはそれが所以よ」


香取「グラーフ選手のような怪物級には通用しないみたいだけど、そういった例外を除く9割のファイターには間違いなく通用するわ」


明石「……どう考えても、那珂ちゃんは『例外』のファイターではありませんよね」


香取「そうでしょうね。赤城戦を経て勝ちに徹する戦い方を経験したとはいえ、大淀さんにはやりやすいファイターであることに変わりはないわ」


香取「運動能力では那珂ちゃんのほうが高いと思うけど、テクニックや戦術眼、攻め方の豊富さは大淀さんが大きく上を行っている」


香取「仮に那珂ちゃんが勝利だけに目的を絞ったとしても、勝率は赤城さんと同じくらい低いでしょう。前回みたいな不正を使ったとしても一緒よ」


香取「大淀さんは仕掛けられる不正手段すら、臨機応変に勝利へ繋げられる。その点では赤城さん以上に厄介な相手でしょうね」


明石「……那珂ちゃんが大淀さんに勝つには、どのような戦い方をするべきかと思いますか?」


香取「難しいわね……心理戦で大淀さんに勝とうとするのは厳しいでしょう。奇襲も逆用される恐れのほうが大きいわ」


香取「勝算があるとすれば、どうにかして正面対決に引き込むことね。運動能力で勝る那珂ちゃんなら、まともに当たれば押し勝てるかもしれない」


香取「もしくは、大淀さんの勝利への固執を逆手に取れるかもしれないわ。同階級で負けたとなれば、彼女は軽巡級王者という最大の肩書を失うから」


香取「大淀さんに掛かるプレッシャーはいつにも増して大きいはず。勝ちを急いで選択ミスをする可能性はゼロじゃないわ」


明石「そういえば、大淀選手は不動産の売買に失敗して、多額の借金があるそうですね。ファイトマネーを手に入れないと生活が危ういとか」


香取「らしいわね。王者の肩書が有名無実と化し、ファイトマネーさえ手に入らないとなると、大淀さんは是が非でも負けるわけにはいかないわ」


明石「……今、ふと思ったんですけど、金銭のやり取りによる八百長って有り得ると思います?」


香取「ああ、那珂ちゃんが大淀さんにお金を渡して、勝たせてもらうんじゃないかってこと? ない話ではないわね。お互いの利益は一致するわ」


香取「でも、それは不可能なの。以前にも那珂ちゃんは大淀さんに八百長を持ちかけたらしいけど、要求額が大きすぎて成立しなかったそうよ」


香取「当たり前よね。大淀さんに勝ちを譲ってもらうなら、勝った場合のファイトマネーに加えて、戦績に黒星が付く補償金も要求されるもの」


香取「この試合は勝てば2000万円、プラス軽巡級王者の名を売り渡す形にもなるから……大淀さんは億に近い額を要求してくるでしょうね」


明石「億、ですか……欲深い大淀選手なら、それくらいは吹っかけてきそうですね」


香取「那珂ちゃんはグランプリ出場選考の工作でかなり私財を消費してるから、そんな額は払えないわ。だから、八百長は成り立たない」


香取「実力差を考慮して、那珂ちゃんも八百長を視野に入れた工作をしたかったでしょうけど、実弾がないんじゃどうしようもないわね」


香取「お互い、勝てば得るものは大きく、負ければ全てを失う。那珂ちゃんは不正に頼らず大淀さんと戦わなければならないわ」


香取「とにかく那珂ちゃんは慎重に、冷静に攻めることね。できれば大淀さんから攻めさせるのが理想よ……できればだけど」


明石「那珂ちゃんがどれだけ作戦を練ってきているかが勝負の分かれ目……ということになりますかね」


香取「そうね。那珂ちゃんと同じく、大淀さんもこの試合は何が何でも勝ちたいはずよ。熾烈な戦いになりそうね」


明石「ありがとうございます。さあ、両選手がリングインしました! 余裕が見受けられる大淀選手に対し、那珂ちゃんは闘志満々の表情です!」


明石「お互いにとって、この試合は天王山! 負ければ那珂ちゃんは再起の機会を失い、大淀選手は王者の面目を失う! どちらも負けられません!」


明石「大淀選手は軽巡級王者の肩書を守り抜けるのか! 那珂ちゃんは大番狂わせを起こせるのか! 負ければ全てを失う戦いが今、始まります!」


明石「ゴングが鳴りました、試合開始! 颯爽と飛び出していくのは那珂ちゃん! やや腰を落とし、中段に拳を構えてステップを踏んでおります!」


明石「打撃、タックル、何でも来いという気合の入ったこの構え! 対する大淀選手は……? どうしたのでしょう、近寄ろうとしません!」


明石「コーナーからは離れましたが、構えも取らずフェンス際をゆっくりと歩いています! これには何の意図が……えっ、ちょっと!」


香取「……何してるの?」


明石「お、大淀選手がフェンスを掴んで登り始めました! フェンスを掴むこと自体は認められていますが、登るのは反則です!」


明石「あっという間に天辺まで登ってしまいました! 攻撃から避難しているわけでもない、不可解な行動です! ここでレフェリーからの警告!」


明石「フェンスに登るのは膠着を誘発させる行動であるため、ルール違反となります! 大淀選手に警告1回、100万円の罰金が課せられました!」


香取「大淀さん……あなた、まさか」


明石「レフェリーの指導を受け、大淀選手がフェンスから降ります! 大淀選手はあと2回の警告で失格負け! コーナー際からの再開です!」


明石「再開のゴングが鳴りました! 那珂ちゃんは不可解そうな表情を浮かべながらも、同じように構えを……えっ、また!?」


香取「やっぱり……!」


明石「大淀選手がまたもやフェンスを登り始めました! 再び試合が中断されます! 大淀選手に2回目の警告が出されました!」


明石「これで勝敗に関係なく、大淀選手には計200万円の罰金が課せられます! 経済難の大淀選手にはあまりに痛い出費のはず!」


明石「しかも、あと1回の警告で大淀選手は失格負けです! 那珂ちゃんも驚いている様子! 一体、大淀選手は何を考えているんでしょうか!?」


香取「ここまでやるとは思わなかったわ……大淀さんは、序盤から早くも那珂ちゃんの選択肢を潰したのよ」


明石「選択肢を潰した? 選択肢が減って不利になったのは大淀選手のはずじゃ……」


香取「大淀さんと那珂ちゃんは目的が違うのよ。ただ勝てばいいと思ってる大淀さんに対し、那珂ちゃんは面白い試合をして勝たなきゃいけないの」


香取「『面白い試合をして勝つ』のは那珂ちゃんにとって絶対条件よ。試合内容を評価してもらわなければ、勝ち負けに関わらず復帰の道はない」


香取「もし、ここから試合が膠着して、両選手に警告が出されれば大淀さんが失格になって、那珂ちゃんは勝つ……でも、それじゃ意味がないのよ」


香取「大した攻防もなく、相手の失格で得た勝利を誰が評価するかしら? 那珂ちゃんが欲しいのは端金じゃなく、評価と人気なのよ」


香取「大淀さんはそれを理解して、先手を打った。試合が全く盛り上がらず終わるという、那珂ちゃんにとって最悪のシナリオを提示することでね」


明石「……そういうことですか。普通に戦って負けることも、面白くない試合で勝つことも、那珂ちゃんには結局同じことだから……!」


香取「そう。ここから先、那珂ちゃんには自分から攻める以外の選択肢がないのよ。大淀さんを失格にさせないためにね」


香取「相手のやりたいことを察して潰し、選択肢を減らす。試合開始数十秒で、大淀さんは早くも勝利工程の第2段階へ状況を移行させてしまったわ」


明石「しかし、勝つためとはいえ、まさか金銭面で困っている大淀選手が自ら罰金200万円を払うような真似を……」


香取「そこが大淀さんの恐ろしいところよ。彼女は徹底した合理主義者。勝率を上げるためなら、どんな行為でも躊躇なくやってのけるのよ」


香取「元々9割の勝率を、200万円払って10割に近付けるくらい、造作も無いことでしょう。勝てば差し引きで1800万円貰えるんだから」


香取「ここから、那珂ちゃんにはかなり苦しい展開になるわよ。心理戦で上を行かれた挙句、空中殺法も実質的に封じられてしまったわ」


香取「那珂ちゃんの空中殺法は、フェンス際に追い詰められた状態から、壁を足場にしないと繰り出せない。つまり、相手に攻めさせる必要があるの」


香取「大淀さんはそれもわかって、決して自分からは攻めないでしょう。あらゆる面で不利なこの状況で、那珂ちゃんは自分から攻めるしかないわ」


明石「……一切の攻防がないまま、那珂ちゃんは早くも不利な展開に追い込まれました! このままだと、試合が尻すぼみで終わってしまう!」


明石「焦りの表情を見せる那珂ちゃん! それを見てほくそ笑む大淀選手! 何たる狡猾さでしょう! これが軽巡級王者の戦い方だ!」


明石「再びコーナー際からの再開となります! あと1回の警告で大淀選手は失格! それは那珂ちゃんにとっても絶対に避けたい展開です!」


明石「大淀選手が失格負けにならないよう、那珂ちゃんは攻めることを強いられる形になります! ここから大淀の術中より抜け出せるでしょうか!」


明石「3度目のゴングが鳴った! 試合再開です! もう1度ゴングが鳴るとき、それは勝敗が決定したときに他なりません!」


明石「那珂ちゃんは腰を低めに落とした、ややタックル狙いの構え! 対する大淀選手、開手のヒットマンスタイルで臨みます!」


明石「もはや待つことに意味はない! 那珂ちゃんが仕掛けます! 初手は右のロー……いや、先に大淀が仕掛けた!?」


明石「蹴り足を狙った下段へのサイドキック! ローキックが形になる前に止められました! 那珂ちゃん、反射的に後退します!」


明石「やや距離を取り、そこからバックスピンキックを繰り出した! 大淀選手、またサイドキック! 今度は軸足を狙った!」


明石「バランスを崩され、バックスピンキックが不発! よろめきながら再び距離を取る那珂ちゃん! 完全に動きを読まれています!」


香取「初動を見切られてるわ。たぶん、過去の試合映像から動きのクセを把握されてる……」


明石「それでも那珂ちゃんは攻めるしかない! 今度は左のローキック! ダメです、足を引かれてスカされました!」


明石「続けざまに足を狙ったタックル……それより先に大淀選手、大きくバックステップ! タックルの射程から難なく逃れます!」


明石「タックルの勢いのまま、那珂ちゃんが突っ込んだ! 左右のフック連撃! パリィであっさりと捌かれてしまった!」


明石「まだ那珂ちゃんは攻め立てる! 再びタックル……違う、前転からの浴びせ蹴りだ! しかし躱され……大淀が踏み付けに行ったぁぁぁ!」


明石「那珂ちゃん、踏み付けを腕で受け止めた! そのまま大淀がパウンドを狙う! ここで那珂ちゃん、カポエラキィィック!」


明石「が、大淀選手はバックステップで回避! 蹴りの勢いで立ち上がることには成功しましたが、那珂ちゃん、起死回生の奇襲は成功ならず!」


明石「大淀選手に動きを見切られているのは明らか! しかし、攻め手を止めるわけにはいかない! なおも那珂ちゃん、果敢に攻める!」


明石「飛び込んで右フック! スウェーで回避……と、同時に軸足を刈られた! 那珂ちゃん転倒! 大淀選手が再びパウンドを仕掛けます!」


明石「1発、顔面に入った! もう1発はブロック! 那珂ちゃん、素早くガードポジションに入ってディフェンス! パウンドから逃れます!」


明石「大淀選手、ガードポジションには入っていかない! 1発入れただけで早々に距離を取ります! グラウンドには付き合いません!」


明石「止む無く那珂ちゃんが立ち上がります! 目の下に大きなアザを作ってしまいました! ダメージは……いや、間髪入れず那珂ちゃんの追撃!」


明石「またもやタックルです! 大淀選手はバックステップで……あっと、那珂ちゃんが1歩深く踏み込んだ! これはタックルではない!」


明石「大淀選手のあごを狙った、中段からせり上がるような頭突き! 入るか! ダメだ、頭を抑え込まれた! しかも膝蹴りが入ったぁぁぁ!」


明石「那珂ちゃんの顔面に膝が入りました! 更に膝蹴り! 頭部のガードを固めるも、今度はボディを狙われました! みぞおちに膝が命中!」


明石「もう1発ボディへ膝! 那珂ちゃん、胸を突き飛ばすようにして大淀選手から距離を……ここで追撃のフィンガージャブだぁぁぁ!」


明石「すんでのところで躱しました! 那珂ちゃん危うし……ではない! 指が掠めてしまった! 左目に薄っすら血が滲んでいます!」


明石「顔に膝を入れられ、左目の視力も大きく削がれました! 良くない状況です、どう攻めても、ことごとく撃ち落とされる!」


明石「とうとう攻め手が止まってしまいました! 呼吸は乱れ、表情には焦りが見えます! もう那珂ちゃんに打つ手はないのか!」


香取「大淀さんの勝利工程、第2段階が終わろうとしてるわ。相手が攻めざるを得ない状況を作って、まともに攻めても通らないことを見せつけた」


香取「那珂ちゃんが取れる選択肢は、もう一か八かの思い切った攻勢に出るしかない……そこに罠が仕掛けてあるとわかっていても、やるしかないわ」


明石「その、一か八かの攻勢というのは、具体的にどんなものだと思われますか?」


香取「そうね、技量では勝てないことはもうわかってるから……相討ち覚悟で体力勝負を掛ける、ってところかしら」


香取「つまるところ、ノーガードの殴り合いよ。とにかく前に出て大淀さんのテクニックを潰す。ほら、那珂ちゃんが構えを変えるみたい」


明石「あっ、本当です! 赤城戦で見せたものと似た、左の拳を真っ直ぐ突き出した構えを取りました! 間合いを測っているようです!」


明石「大淀選手の周囲をゆっくりと回りながら、浅いローキックを放つ! 入りはしませんが、おそらくこれは膠着をさせないためのものでしょう!」


香取「呼吸を整えつつ距離を計算してるわね。理想の間合いは、肘打ちが当たる至近距離より少し手前ってところかしら」


香取「フックとショートアッパー、振りかぶったパンチしか使えない微妙な間合いね。そこからならテクニックは関係なく……ちょっと、嘘でしょ?」


明石「那珂ちゃんの消極的なローキックを嫌ってか、大淀選手が後退! 間合いを測らせないつもりか……あっ!? ふぇ、フェンスに手を掛けた!」


明石「またフェンスを登ろうとしています! 自分から失格負けを選ぶ気か!? 慌てて那珂ちゃんが飛び出し……ろ、ローリングソバットォォォ!」


明石「那珂ちゃんの必殺技、フェンスを足場にしたローリングソバットを大淀選手が繰り出しました! 那珂ちゃんの顔面にヒットォォォ!」


明石「完全に不意を突かれてしまった! 試合展開にこだわる那珂ちゃんの弱みに付け込み、大淀選手が奇襲に成功! なんて汚い王者なんだ!」


香取「相手の回復を待つほど、大淀さんは甘くなかったわね……今のは那珂ちゃんが悪いわ。大淀さんが失格負けを選ぶわけないんだから」


香取「でも、わざわざ那珂ちゃんの得意技を使うのは悪意を感じるわね。精神面を崩しに掛かってるわ」


明石「大きく後方に蹴り飛ばされた那珂ちゃん、ふらつきながらも何とか立ち上がります! だが、そこに大淀の魔の手が迫る!」


明石「ボディ、いや顔面へリードストレート! 那珂ちゃん、まんまとボディへのフェイントに引っ掛かった! 高速の拳がクリーンヒットォォォ!」


明石「立て続けに膝関節へサイドキック! 那珂ちゃんが大きく崩れた! 今度は脇腹への回し蹴り! これも入ってしまいました!」


明石「打撃のラッシュを逃れて、那珂ちゃんがクリンチを試みる! が、小外刈りを仕掛けられてしまった! 那珂ちゃん、テイクダウン!」


明石「大淀選手がパスガードを狙いますが、那珂ちゃんの対応が早い! 即座にガードポジションの体勢に入りました!」


明石「やはり大淀選手、ガードポジションの攻防には付き合わない! さっさと離れ、那珂ちゃんが立ち上がるのを待っています!」


明石「どうにか立ち上がった那珂ちゃんですが……ダメージは深刻! 顔面へかなりの打撃をもらい、対する大淀選手は全くのノーダメージ!」


明石「それどころか、まともに触れることすら出来ていません! まさか、両選手の技量にここまで開きがあるとは!」


香取「心身共に動きを見透かされてるわ。やっぱり、序盤で選択肢を狭められてしまったのが大きく響いてるわね」


香取「那珂ちゃんは打たれ強いタイプのプロレスラーじゃない。これ以上ダメージを負う前に、状況を打開しないと勝ち目はないわ」


明石「さあ、やはり大淀選手は自分からは攻めない! 那珂ちゃんが仕掛けてくるのを虎視眈々と待ち構えています!」


明石「あらゆる手段が封じられてしまったこの状況から、那珂ちゃんはどう攻める! 既に息は荒く、フットワークを踏む余力も残っていない!」


明石「ただ、その目だけはまだ諦めていない! ここからどうする! おっと、1歩後退しました! 大淀から大きく距離を取ります!」


明石「手招きをしています! そっちから攻めてこいという挑発! 那珂ちゃん、ここへ来て相手に仕掛けさせることを選択しました!」


明石「考えてみれば、ここで膠着による両選手への警告が出されたとき、一番困るのは他でもない大淀選手! 3回目の警告は失格負けです!」


明石「膠着を起こしたくないのは那珂ちゃんだけではない! 大淀選手が心理戦を仕掛けられています! さあ、大淀はどう応じる!?」


香取「……その手段はタイミングが遅かったわね」


明石「大淀選手が仕掛けます! フィンガージャブ、からの下段サイドキック! 膝より更に位置が低い! 足の甲への踏み蹴りです!」


明石「那珂ちゃん、フェイントのほうに反応してしまった! 足の機動力を削がれます! しかし、ここで下がるわけにはいかない!」


明石「前に出て右フック! 大淀、カウンターで迎え撃ったぁぁぁ! 視力を奪った左目の死角からの、右フックによるクロスカウンター!」


明石「ぐらついたところにボディへのサイドキック! 急所の下腹部に入ったぁぁぁ! 那珂ちゃん、悶絶しながら転倒!」


明石「大淀がすかさず踏み付けに行く! だが、悶え苦しみながらも那珂ちゃん、転げ回ってこれを逃れる! 大淀の射程から逃げます!」


明石「フェンス際で立ち上がりました! 呼吸と共に肩が大きく上下し、もう体力が限界に近い! 大淀選手、トドメを刺しに距離を詰める!」


明石「まずはフィンガージャブのフェイント! 那珂ちゃん、バックステップでこれを避け……いや、跳んだ! フェンスを足場にしました!」


明石「一発逆転の必殺技が繰り出される! 那珂ちゃんローリングソバッ……一本背負いィィィ!? あ、足を抱えて投げ落とされました!」


香取「読まれてたわね。フェンス際に追い込んでやれば、間違いなく得意技を出すと踏んでいたんでしょう」


明石「空中殺法、敗れたり! 受け身は取ったようで、ダメージそのものはありません! 那珂ちゃん、素早く立ち上がります!」


明石「立ち上がり様に、大淀のハイキィィィック! 側頭部へ命中! 那珂ちゃん、ダウン! 今度こそトドメを刺そうと大淀が迫る!」


明石「パウンド! 踏み付け、踏み付け! 那珂ちゃん、地べたを転げ回って回避! まさに逃走というに相応しい、なりふり構わぬ逃げ方です!」


明石「大きくよろめきながら、ようやく距離を取って立ち上がりました! 大淀選手も仕方なく追撃をやめ、構えをニュートラルに戻します!」


明石「頼みの空中殺法が破れた今、那珂ちゃんに勝つ手段は残されているのか! 表情にも、闘志より疲労の色が目立ってきました!」


香取「ダメージを受け過ぎたわね。動きのキレが明らかに落ちてる。もう真っ向勝負は不可能、奇襲作戦もことごとく潰されてる」


香取「大淀さんの勝利パターンは最終段階に入っているわ。ここまで来ると、もう那珂ちゃんに勝機は……」


明石「既に那珂ちゃんは自分から仕掛けられる余力すらない! 大淀選手、ここは決めに掛かるか! 再び自ら仕掛けます!」


明石「フィンガージャブ、からのローキック! まともに膝へ入りました! 那珂ちゃんの反応が明らかに鈍い! もう動く力さえないのか!」


明石「更にローキック、続けてフィンガージャブ! 今度はフェイントではない! 目を突きに行った! 那珂ちゃん、これは辛うじて回避!」


明石「だが、後退する足を狙って大淀のサイドキック! 完全に立てなくするつもりです! 徹底的に機動力を削ぎ落とそうとしている!」


明石「ここで那珂ちゃんが反撃に出る! 蹴り足を狙った低空タックル! が、読まれていた! 顔面へ迎撃の膝蹴りが入ったぁぁぁ!」


明石「まだ那珂ちゃんは動けています! ダメージにも構わず足を取ろうとしている! しかし、動きにキレがない! 意識が飛びかけています!」


明石「大淀選手は素早く足と腰を引いてタックルを切った! そのまま上半身を抱え込む! 腕ごと首を抱き込んで絞め技を掛けました!」


明石「これは、スピングチョークです! 三角絞めの要領で頸動脈を締め上げている! と、とうとう終わらせに掛かったぁぁぁ!」


香取「大淀さんはタックルに罠を張っていたみたいね。打撃で弱らせれば、最後の反撃はタックルで来ると読んでいたんでしょう」


香取「スピングチョークは落ちるまでに時間の掛かる絞め技だけど、抵抗を少なくするために体力は削ってある。全部、大淀さんの思い通りね」


明石「完全に動きを封じられ、那珂ちゃん、抜けられない! ここで落ちてしまうのか……ん? 何の音ですか?」


香取「何? 金物でも落ちたような……あっ!?」


明石「な、なんだ!? 那珂ちゃんがチョークから抜け出した! 落ちていません! 即座に大淀の足を掬い上げる! あ、足を取ったぁぁぁ!」


明石「間髪入れずにヒールホールドへ移行! 速い! 大淀選手の対応が間に合わない! おっ……折ったぁぁぁ! 足首が折れ曲がりました!」


明石「大淀選手、左足首を骨折! 残る右足で那珂ちゃんを蹴りつけ、なんとか距離を取ります! 大淀はもう、フットワークを使えません!」


明石「蹴られた那珂ちゃんも、立ち上がることすら難しいほど体力を消耗しています! ですが、ここへ来て大逆転のチャンスを掴みました!」


明石「しかし、解せません! あの状態から、なぜ那珂ちゃんはチョークから抜けられたのでしょうか! 技は完全に入っていたはずです!」


明石「落とす前に相手を放してしまうほど、大淀選手は甘いファイターではない! 一体あのとき、何が起こったのでしょうか!」


香取「……たぶんだけど、那珂ちゃんは絞められているときにタップをしたのよ。大淀さんの体のどこかを、軽く手のひらで叩いてね」


明石「それは……つまり、ギブアップをするフリをしたということですか? まさか、大淀選手がそんな子ども騙しに……」


香取「ええ、引っ掛かるわけはないわ。本来の大淀さんなら、不意討ちの危険性を考えて、相手がタップしても念のため絞め落としておくはず」


香取「だけど、レフェリーストップが掛かれば話は別。既に警告を2回受けてるんだから、3回目は何としても回避しなければならなかったのよ」


明石「レフェリーストップ? 別にレフェリーは何の対応も……あっ、あの金属音って、もしかして……」


香取「ええ。これも推測だけど、那珂ちゃんはタップするフリと同時に、何らかの合図を観客席に送ったんじゃないかしら」


香取「合図と同時に、観客席にいる那珂ちゃんの支援者が金属音を鳴らす。聞きようによってはゴングのようにも聞こえる音だったでしょう?」


香取「試合終了のゴングが鳴ってからの加撃は反則になる。咄嗟に絞めを緩めたところを、那珂ちゃんは最後の力で反撃したのよ」


明石「この展開は、那珂ちゃんの仕込みによるものだということですか?」


香取「そうでしか有り得ないわ。まあ、調べても証拠は出てこないでしょうけど。大淀さんが後で証言したって、言い訳にしかならないもの」


香取「これは最後の保険でしょうね。大淀さんの巧みな試合運びのせいで、那珂ちゃんは用意していた本来の作戦をほとんど潰されてしまったはず」


香取「クリーンファイトでの勝ち目がなくなった場合に、大淀さんから何としても勝利をもぎ取る最終策。この作戦だけは上手く行ったみたい」


香取「あとは大淀さんにトドメを刺すだけなんだけど……それだけの力がまだ残ってるのかしら。大淀さんも、まったく動けないわけじゃないのよ」


明石「あっ……那珂ちゃんが立ち上がります! 足元が覚束ない! やはり体力の限界です、もはや那珂ちゃんを立たせるのは勝利への執念のみ!」


明石「立ち上がることのできない大淀選手は、体の右側を上にしてガードポジションを取りました! 残った右脚で下から蹴りつけようという体勢!」


明石「片足を壊されたからといって、勝利を譲り渡すほど軽巡級王者は甘くない! こちらも勝利への執念なら負けていません!」


香取「大淀さんは盛んにローキックを繰り返していたから、那珂ちゃんの足には相当なダメージが蓄積してるはずよ」


香取「あと1、2回蹴られれば、根性のあるなしに関わらず立てなくなる。それよりも先に、那珂ちゃんは決めるしかないわ」


明石「よろめきながらも、那珂ちゃんが大淀へと近付いていく! 大淀も横向きのガードポジションのままにじり寄って行きます!」


明石「足へ一撃入れれば大淀選手の勝利! その前に大淀選手を仕留められれば那珂ちゃんの勝利! 一瞬の攻防が両者の命運を分けます!」


明石「互いに体を引きずるようにして、徐々にお互いの射程へ近付いていきます! 共に満身創痍なこの状況から、勝利を掴むのはどちらだ!」


明石「大淀が動いた! 足を狙ったキック……と、跳んだぁぁぁ! 那珂ちゃん、最後の力を振り絞っての空中殺法ぉぉぉ!」


明石「垂直ローリングソバットォォォ! 那珂ちゃんの全体重が大淀の側頭部を踏み抜きました! 大淀選手、脳震盪により失神!」


明石「ゴングが鳴り響きました! 試合終了です! まさか、まさかの大逆転! 軽巡級同士の死闘を制したのは、アイドル那珂ちゃんです!」


明石「心理戦と技量で圧倒されるも、最後の最後で勝負をひっくり返しました! 勝因は他でもない、飽くなき勝利への執念でしょう!」


明石「立つことさえままならない体で、決め技は得意の空中殺法を見せてくれました! 大淀選手は事実上の王者陥落です!」


明石「軽巡級王者としての狡猾さと恐ろしさを存分に披露してはくれましたが、那珂ちゃんの捨て身の策に引っ掛かり、惜しくも敗北!」


明石「那珂ちゃんは軽巡級暫定王者に輝きました! 大番狂わせです! 那珂ちゃん、芸能界復帰へ大きな1歩を踏み出しました!」


香取「不正に近い策だったとはいえ、あそこから逆転できる精神力は大したものよ。まさに執念で勝利をもぎ取ったというべきでしょう」


香取「大淀さんは間違いなく物言いを付けてくるでしょうけど、残念ながら判定は覆らなさそうね。かなりグレーなところだから」


明石「報告ですけど、那珂ちゃんの支援者らしき人を審判員の妖精さんが見つけたそうです。あの音は金属製の水筒を床に落としたときのものだと」


香取「落としただけにしてはやけに音が大きかったけど?」


明石「まあ、実際には叩き付けたんでしょうけど……証拠がないんですよね。たまたまタイミングよく水筒を落とした、と言い張ってるみたいで」


香取「当然、那珂ちゃんとの繋がりがわかるものは持ってきてないでしょうしね。詳しく身元を調べれば怪しいところは出てくると思うけど」


香取「それ以前に、水筒を落とした音をゴングと聞き間違えたのは大淀さん自身なのよね。だからどっちにしろ、判定は変わらないわ」


明石「音が似てるって言っても、聞きようによってはですからね。大淀選手もあんな状況でなければ聞き間違えなかったでしょうし……」


香取「自分から警告を2回受けたのは、大淀さんにとっても賭けだったのよね。そこからは反則に対して過敏にならざるを得ないのよ」


香取「そもそも、那珂ちゃんの最後の策は成功率の高くない、信頼性に欠けるものよ。大淀さんが引っ掛かるかは運次第だったんじゃないかしら」


香取「運営の対策やファンからの期待もあって、露骨な不正ができる状況じゃなかったのよね。だからあの程度の仕掛けしか用意できなかったんだわ」


香取「運頼みに近い最後の保険と、予想もしなかった大淀さんの反則。2つの要因が重なった結果、あの逆転劇が引き起こされたんでしょう」


香取「幸運に救われたのは間違いないけど、最後に命運を分けたのは、絶対に諦めない那珂ちゃんの闘志じゃないかしら」


香取「いくら大淀さんが抗議しても、この試合の勝者は那珂ちゃんに変わりないわ。軽巡級暫定王者として、今後もUKFでは起用させていただくわね」


明石「審査員長の香取さんのお墨付きもあり、勝者は間違いなく那珂ちゃんです! 死闘を繰り広げた両選手に対し、今一度拍手をお願いします!」




試合後インタビュー:那珂ちゃん


―――あの逆転の直前に、不正行為と捉えられかねない部分があったとの指摘がありますが、どう受け止めていらっしゃいますか?


那珂「……那珂ちゃんの口から真実を言うことはできません。ただ、応援してくださったファンの方々には申し訳ない気持ちでいっぱいです」


那珂「本当なら、誰も文句のないクリーンファイトで勝ちたいと思っていました。同階級なら、全力で行けば勝ち目はある、その考えが甘かったです」


那珂「大淀さんは想像以上でした。那珂ちゃんの作戦は全部見透かされていて、正面からの攻防でもまるで歯が立ちませんでした」


那珂「あそこまで勝利に徹底してるなんて……今日、那珂ちゃんが勝てたのは運が良かったからに過ぎないと思います」


那珂「しかも、あんな手段を使って……でも、あれですよね。勝ちは勝ち、ですよね?」


那珂「つまり那珂ちゃんが今の軽巡級暫定王者……ってことですよね? それでいいですよね!? 那珂ちゃんが、軽巡級最強ってことで!」


那珂「やったぁ! これから、UKFでは間違いなく使ってもらえますよね! 那珂ちゃん、トップアイドルへ返り咲きのチャンスをゲットしました!」


―――えっと、不正疑惑に対するコメントは……


那珂「ありません! もう開き直ります! 那珂ちゃん、そういう感じのキャラで売り出していきたいと思います!」


那珂「清純系腹黒アイドルって受けると思います? プロデューサーさんと相談しなくちゃ! 作る曲の方向性も変えていかないと!」


那珂「これから、忙しくなるぞ―! 那珂ちゃん、ファンのみんなのために頑張っちゃうんだから!」





試合後インタビュー:大淀


―――試合結果には納得されていますか?


大淀「していませんね。なんと言われようと、私は断固抗議します。個人で調査団を作ってでも不正を追求しますよ」


大淀「あれが那珂ちゃんの仕込みであることは間違いありませんからね。必ず証拠を掴んで、私の戦績から黒星を消させていただきます」


大淀「勝負とは、リングの上だけで行われるものではないんですよ。何なら香取さん率いる審査員団との直接対決になったって構いません」


大淀「私は論戦でも艦娘最強を自負していますからね。最終的にはUKFのルールを改変してでも、試合結果を覆してみせますよ」


大淀「マスコミを巻き込んで、那珂ちゃんにパッシングをするのもいいですね。世論を利用すれば、かなり私が有利に……」


―――失礼します、運営スタッフのものです。試合中の反則行為による罰金の徴収に参りました。


大淀「……えっ? あっ、えっと……早くないですか? こういうのって、1ヶ月くらい後に支払うものじゃ……」


―――大淀選手には本日分を除いて700万円分にも及ぶ罰金の未払いがあり、今まで支払いをはぐらかされてきました。

   それらを合わせた合計900万円全てを徴収してこいと、大会運営委員長からの厳命です。今すぐ、こちらの小切手にサインをお願いします。


大淀「いや、ちょっと……無理です。900万円も口座にお金ないです……小切手にサインしても、不渡りになると思うので……」


―――その場合、駐車場に止めてある大淀選手のフェラーリを差し押さえさせていただく形になりますが、よろしいですか?


大淀「……勘弁してください。まだローンが残ってる新車ですし、もう私、外車にしか乗れないんです。安い国産車だと乗っただけで発疹が……」


―――支払えないというのなら仕方がありません。こちらには契約書もあり、法的にも問題ありません。あのフェラーリは差し押さえます。


大淀「あの、土下座するんで許してください。1週間、1週間待ってください。その間にどうにかお金を工面しますから、どうかお慈悲を……」







明石「……香取さん。大変なことになりました」


香取「なに? 大淀さんが罰金を払えなくて、押し込み強盗でも働いたの?」


明石「そんな微笑ましい話題じゃないんです……長門選手が2回戦進出を辞退しました」


香取「……なんですって?」


明石「試合結果が不服だそうです。あれが自分の勝利だとは絶対に認めないと……」


香取「羽黒さんは試合を放棄したのよ。内容がどうあれ、判定は長門さんの勝利で間違いはないはずよ」


明石「ルールは関係ない、とのことです。判定で勝利が認められたとしても、2回戦への出場は断固拒否するとの意志を表明されています」


香取「……説得は無理そう?」


明石「無理でした。陸奥選手や、武蔵選手にまで来てもらって説得したんですが……長門さんの意志は固いです」


明石「この大会で、もう長門さんはリングへは上がりません。無理やり上げさせようとするなら、引退も辞さないとまで発言されています」


香取「そう……仕方がないわね。何となく、こうなる気がしてたわ。絶対王者と呼ばれる身として、譲れないプライドがあるんでしょう」


香取「でも、困ったわ。リザーバーなんて用意してないわよ。繰り上げで羽黒さんを2回戦進出にするのは……できないでしょうね」


明石「ええ、無理です。羽黒選手にも交渉しましたが、こちらも断固拒否されました。2度とリングには上がりたくないそうです」


明石「運営側で協議した結果、エキシビジョンマッチの候補者の中から、適格者を代理出場させようという決定があったんですけど……」


香取「適格者ね……一番その資格があるのは、前回準優勝の武蔵さんだけど、彼女は出ないでしょう?」


明石「はい。真っ先に交渉しましたが、断られました。武蔵選手の目的は扶桑選手を優勝させることですから、自分が出場しては目的がブレると……」


香取「じゃあ、妙高さんは? 羽黒さんの代理っていうことで筋は通らなくもないでしょう」


明石「そちらにも断られてしまいました。そもそも、エキシビジョンマッチに出る事自体、渋っていた方ですから……」


香取「……それじゃあ、もう適格者なんていなくない? 鳳翔さんは絶対に出ないでしょうし、他に候補なんて……」


明石「いるじゃないですか、もう1人……戦績は少ないにしても、誰も疑わない実力を持つ、戦艦級のトップファイターが」


香取「……誰?」


明石「もう気付いてるんじゃないですか? 前大会では脅威的な強さで3回戦出場を果たし、今なおカルト的人気を誇る、彼女ですよ」


香取「まさかとは思うけど……彼女を本戦に参加させるなんて、正気?」


明石「運営側は既にゴーサインを出しました。後は審査員長である香取さんの承諾があれば、彼女が2回戦よりリザーバーとして出場します」


香取「……本気なの? 彼女が前大会でどれだけのことをしたのか、運営は忘れているわけじゃないでしょう?」


明石「放送コードギリギリになるのは覚悟の上だそうです。長門選手の代役なら、これくらい話題性のある選手でないと務まらないとの判断です」


明石「私もあまり気は進みませんが……判断は香取さんにお任せします」


香取「……大会の成功を考えれば、生半可な選手は出せない。その点では、確かに彼女以上の適格者はいないかもしれないわ」


香取「いいでしょう。手続きはしておくから、すぐに発表の準備に取り掛かってちょうだい」






明石「えー皆様、お疲れ様でした! これをもって、本日の日程は終了となります!」


明石「エキシビションマッチのリクエストは、後ほど改めてアンケートフォームをご用意します! そちらに投票をお願いします!」


明石「前回のアンケートで入った票数は無効になるわけではなく、両方を加味した選出になるかと思われます! ご了承ください!」


香取「それでは、さようなら……と行きたいところだけれど、運営側から重要な発表があるのよね」


明石「……はい。本日のBブロック1回戦、第4試合の勝者は長門選手となっております。この判定には変わりありません」


明石「しかし……勝負としては敗北していたというのが長門選手の意見です! 敗北した自分が、2回戦に進出するわけにはいかないと!」


明石「これは長門選手自身の強い希望によるものです! よって……長門選手は1回戦勝ち抜きとなりますが、2回戦には進出しません!」


明石「となると、Bブロックの最終枠に空きが生じる形になり、急遽、エキシビションマッチ候補者の中からリザーバーを選出することになりました!」


明石「最も妥当と思われた武蔵選手、妙高選手は出場を固辞しました! しかし、UKFには最終兵器とも言える選手を1人、保有しております!」


明石「発表します! Bブロック2回戦、最終枠のリザーバーとして……”ベルリンの人喰い鬼”ビスマルク選手の出場が決定しました!」


明石「ビスマルク選手は事実上のシード出場となりますが、前大会の戦績を踏まえ、それだけの実力は備わっているものと判断されました!」


明石「これは決定事項です! よって、2回戦の対戦カードは以下の通りとなります!」




Aブロック


戦艦級 ”不沈艦” 扶桑 VS 正規空母級 ”緋色の暴君” 赤城


戦艦級 ”黒鉄の踊り子” 戦艦棲姫 VS 正規空母級 ”キリング・ドール” グラーフ・ツェッペリン


Bブロック


戦艦級 ”殺人聖女” 榛名 VS 軽空母級 ”酔雷の華拳” 隼鷹


駆逐艦級 ”氷の万華鏡” 吹雪 VS 戦艦級 ”ベルリンの人喰い鬼” ビスマルク


エキシビションマッチ2戦目(ファイトマネー3000万円)


出場者未定




明石「以上がリザーバー出場を踏まえた2回戦の対戦カードとなります! あらためてご確認ください!」


香取「吹雪さんが割りを食った……ってわけでもないかもね。長門さんか、羽黒さんか、ビスマルクさんのどれかって言われたら、全部嫌だもの」


香取「しかし、えらいことになったわ。これで怪物クラスの海外艦が3人も出場することになってしまったわ」


明石「ええ、なんでこんなことになってるのか……決勝が海外艦同士、というのは何としても避けたいところではあります」


香取「まったくね……UKFファイターたちの実力を信じましょう。長門さんが消えた今、誰が勝って誰が落ちるか、完全に予測不能になったわ」


香取「ここから先は超一級の選手しかいない。壮絶な戦いになるでしょうね」


明石「さて……では、これにて運営からの発表を終えたいと思います! お付き合い、ありがとうございました!」


明石「次回放送日は追って告知させていただきます! 今度は延期がないよう、しっかりハッパをかけておきますので」


香取「お願いね。それじゃ、今日はこのへんで……また次回お会いしましょう」


明石「はい、また次回に! 2回戦放送日にお会いしましょう! さようなら!」





―――『4人』の怪物が勝ち上がった2回戦。長門が消えた今、この怪物たちの暴虐を止められる者は現れるのか。


―――次回放送日、現在調整中。



後書き

アンケートフォームをご用意しました。リクエストはこちらからお願いします。アンケートにもご協力ください。

https://docs.google.com/forms/d/14NcVM0nud_QF89S-9AdDpga-g0VVkBNBWr-OwUkkdc0/viewform


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1: SS好きの名無しさん 2016-07-03 15:40:02 ID: 4Wq5BniU

ブッキー…死ぬなよ…
あと羽黒ちゃんのテーマがぴったり過ぎて乾いた笑いが出ました

2: SS好きの名無しさん 2016-07-03 21:10:49 ID: Ju3Z4f32

吹雪ちゃんリョナられてしまうん?

3: SS好きの名無しさん 2016-07-21 20:29:56 ID: kNkL2HN9

ゲキアツすぎる展開に初戦から一気読みしてしまった!!
続きにきたい!!

4: SS好きの名無しさん 2016-08-01 21:03:53 ID: gv--KD6P

通常のオクタゴンでも一辺約5m。設定は8m。内容は熱いのだけど距離感が合わないのが残念


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