2016-06-13 01:48:21 更新

概要


前大会
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451576137/

本大会
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1464611575/


※注意事項
・一部に過激な暴力表現、グロテスクな描写を含みます。予めご了承ください。
・特定のキャラクター、及び国家、人種、格闘技を貶める意図がないことをご理解ください。
・あなたの嫁が顔面を割ったり割られたり、あるいはもっと酷いことになる恐れがあります。ご注意ください。
・一部に著しいキャラクター崩壊が見受けられます。ご容赦ください。


※階級について
艦種を実際の格闘技における重量階級に当てはめており、この作品内では艦種ではなく階級と呼称させていただきます。

戦艦級=ヘビー級

正規空母級=ライトヘビー級

重巡級=ミドル級

軽巡級、軽空母級=ウェルター級

駆逐艦級=ライト級


前書き


UKF無差別級トーナメント特別ルール一覧

・今大会は階級制限のない無差別級とする。階級差によるハンデ等は存在しない。
・今大会のルールは限りなく実戦に近く、公正な試合作りを目指すために設けられる。
・ファイトマネーは1試合につき賞金1000万円の勝者総取りとする。
・試合場は一辺が8m、高さ2mの金網で覆われた8角形のリングで行われる。
・試合後に選手は会場に仮設されたドックに入渠し、完全に回復した後に次の試合に臨むものとする。
・五体を使った攻撃をすべて認める。頭突き、噛み付き、引っかき、指関節等も認められる。
・体のどの部位に対しても攻撃することができる。指、眼球、下腹部、後頭部、腎臓などへの攻撃も全て認める。
・相手の衣服を掴む行為、衣服を用いた投げや締め技を認める。
・相手の頭髪を掴む行為は反則とする。
・頭髪を用いる絞め技等は反則とする。
・自分から衣服を脱いだり破く行為は認められない。不可抗力で衣服が脱げたり破れた場合は、そのまま続行する。
・相手を辱める目的で衣服を脱がす、破く行為は即座に失格とする。
・相手に唾を吐きかける、罵倒を浴びせる等、相手を侮辱する行為は認められない。
・武器の使用は一切認められない。脱げたり破れた衣服等を手に持って利用する行為も認められない。
・試合は素手によって行われる。グローブの着用は認められない。
・選手の流血、骨折などが起こっても、選手に続行の意思が認められる場合はレフェリーストップは行われない。
・関節、締め技が完全に極まり、反撃が不可能だと判断される場合、レフェリーは試合を終了させる権限を持つ。
・レフェリーを意図的に攻撃する行為は即座に失格となる。
・試合時間は無制限とし、決着となるまで続行する。判定、ドローは原則としてないものとする。
・両選手が同時にKOした場合、回復後に再試合を行うものとする。
・意図的に試合を膠着させるような行為は認められない。
・試合が長時間膠着し、両者に交戦の意志がないと判断された場合、両者失格とする。
・ギブアップの際は、相手選手だけでなくレフェリーにもそれと分かるようアピールしなければならない。
・レフェリーストップが掛かってから相手を攻撃することは認められない。
・レフェリーストップが掛からない限り、たとえギブアップを受けても攻撃を中止する義務は発生しない。
・試合場の金網を掴む行為は認められるが、金網に登る行為は認められない。
・金網を登って場外へ出た場合、即座に失格となる。
・毒物、および何らかの薬物の使用は如何なる場合においても認められない。
・上記の規定に基づいた反則が試合中に認められた場合、あるいは何らかの不正行為が見受けられた場合、レフェリーは選手に対し警告を行う。
・警告を受けた選手は1回に付き100万円の罰金、3回目で失格となる。
・罰金は勝敗の結果に関わらず支払わなくてはならない。3回の警告により失格となった場合も、300万円の罰金が課せられる。

・選手の服装は以下の服装規定に従うものとする。
①履物を禁止とし、選手はすべて裸足で試合を行う。
②明らかに武器として使用できそうな装飾品等は着用を認められない。
③投げ技の際に掴める襟がない服を着用している場合、運営の用意する袖なしの道着を上から着用しなければならない。
④袖のある服の着用は認められない。
⑤バンデージの装着は認められる。




大会テーマ曲

https://www.youtube.com/watch?v=7IjQQc3vZDQ





明石「皆様、お待たせいたしました! これより第3回UKF無差別級グランプリ、Aブロック1回戦を行います!」


明石「実況はお馴染みの明石、解説兼審査員長には香取さんをお呼びしております!」


香取「香取です。副審査員長の鹿島もよろしくね」


明石「本日の日程はAブロックの計4試合、その後にエキシビジョンマッチの出場候補者が発表されます!」


明石「エキシビジョン候補者には本日のAブロック、およびBブロックの1回戦敗退選手も含まれるので、それも踏まえて試合結果にご注目ください!」


明石「前回の開幕イベントでご覧になった通り、今大会の対戦カードはランダム抽選によって組み合わせを決めております!」


明石「好勝負を引いた選手もいれば、ハズレとも言えるカードを引いてしまった選手もおります! 集った群雄16名、うち4名が今日消える!」


明石「結果は終わってみなければわからない! 最初の運命の分かれ道となるAブロック1回戦、これより開幕です!」


明石「それでは第1試合を始めさせていただきます! 赤コーナーより選手入場! 彼女がいなければ、このグランプリは始まらない!」





試合前インタビュー:扶桑


―――無差別級グランプリに参加するのは、この大会が最後になるとの話を伺いましたが、それはどういうご理由でしょうか。


扶桑「山城とそんな約束をしてしまいまして。今回のグランプリ参加にも、あの子はずいぶんと反対してたんです」


扶桑「前回も、前々回も私は途中で負けましたから……そのときの私の姿が、あの子にはひどくショックだったんでしょうね」


扶桑「どうしても私の参戦を認めてくれなくて、色々話し合った結果、これを最後にするって条件で山城を納得させました」


扶桑「それでも、結局最後には山城を泣かせてしまったのですけど……あの子には心配かけてばかりですね、私」


―――優勝できる自信はありますか?


扶桑「あります。今の私は、以前よりずっと強い。もう誰にも負けない自信があります」


扶桑「私は1人で戦っているわけではないんです。山城と、そして最も長門さんに近い実力を持っている、武蔵さんが私の側にいます」


扶桑「ずっと武蔵さんと鍛錬を繰り返してきて、最近、ようやく武蔵さんに勝てるようになりました。だから、長門さんにも勝てます」


―――武蔵さんとはどのようなトレーニングを積まれてきましたか?


扶桑「詳しくは秘密ですけど……組手がほとんどでした。あらゆるケースを想定した、実戦形式の練習をとにかく繰り返してきました」


扶桑「私は要領が悪いので、武蔵さんには随分と手間を掛けさせてしまって……彼女には感謝してもし切れません」


―――最後に大会への意気込みをお願いします。


扶桑「……今まで何度も敗北を繰り返して、ここまで来ました。これ以上、私に敗北は必要ありません」


扶桑「どんな相手にも私は負けない。このグランプリは、私にとって最後の戦場です。必ず、優勝を勝ち取ります」




扶桑:入場テーマ「Chthonic/Broken Jade」


https://www.youtube.com/watch?v=heF_NPJbv8Y




明石「前々大会準優勝! 前大会3回戦進出! 伝説的な名勝負を演じながらも、優勝にはわずか及ばず! しかし、未だ闘志の炎は消えていない!」


明石「目指すは最強! 諦めを拒絶し、弛まぬ研鑽と克己の道を歩み続けた不屈のファイターは、最後の舞台で栄光を手にすることができるのか!」


明石「勝利と奇跡は、己の力で掴み取る! ”不沈艦”扶桑ォォォ!」


香取「いきなり扶桑さんの登場ね。彼女はグランプリの挑戦に関しては、これで最後にする覚悟を決めているみたい」


明石「それは、この大会が終わったら引退するということなのでしょうか?」


香取「そこまで明言はしていないけど、少なくとも、仮に第4回目のグランプリが開かれたとしても、彼女はそこに参加しないということ」


香取「この大会を自分にとっての最後の挑戦にするつもりでしょう。だけど、それは彼女の戦いへの意志が薄れたからってわけじゃないわよ」


香取「これを最後にするということは、自分自身へのけじめなんだと思うわ。負けても次がある、なんてことを考えたくないんでしょう」


香取「扶桑さんは、この大会に己の全てをぶつけてくる。優勝への意気込みは出場者の中の誰よりも強いわよ」


明石「そうですよね。それに扶桑選手は今大会に向けて、前大会準優勝者の武蔵さんをスパーリングパートナーとして練習に打ち込んできたそうです」


明石「その過程で、武蔵さんに実戦形式の練習試合で勝ったとか……実力は以前より遥かに増している、と考えるべきでしょうか」


香取「間違いなくそうね。扶桑さんは試合を重ねる度に強くなってきたわ。あの武蔵さんに勝ったとなれば、長門さんにも大きく近付いたということ」


香取「扶桑さんは空手と柔道をバックボーンにしたファイトスタイルだけど、フットワークが苦手という欠点を抱えていたわ」


香取「対して、武蔵さんはフットワークにおいてトップクラスの技量を持つ。武蔵さんがフットワークを扶桑さんに教えないはずがないわよね」


香取「もしかしたら、ボクシングテクニックの一部も伝授したかもしれないわ。扶桑さんの戦い方は、以前と比べて少なからず変化してるでしょう」


明石「空手、柔道に加えてボクシングですか。技のバリエーションが大きく広がったと考えるべきですかね」


香取「そうね。ただ、扶桑さんは空手家でも柔道家でもなく、ましてやボクサーになる気もない。強くなるための手段として学んでいただけよ」


香取「扶桑さんの強さは技やフィジカルよりも、やっぱり精神性と戦略眼。どんな逆境でも冷静に状況を判断し、常に最善手を選び抜く」


香取「そういう戦い方において、技の選択肢が増えたのは大きな強みね。足回りの弱点まで消えれば、もはや扶桑さんに不安要素はない」


香取「扶桑さんはどんな相手にだって十二分に戦えるでしょう。たとえ、相手がデスマッチの王者となった最強の柔道家でもね」


明石「ありがとうございます。さて、続いて青コーナーより選手入場! 無冠の帝王が前大会の屈辱を晴らしにやってくる!」



試合前インタビュー:大和


―――しばらく山篭りをしていたとのことですが、そういった修行を経て、何か自分自身への変化はありますか?


大和「色々ありますが、なんて言えばいいのか……執着心がなくなった、というのが一番大きな変化でしょうか」


大和「以前の私は勝ちたいと思って戦っていました。山に篭ってみて、そういう気持ちは勝負において邪念に繋がることに気付いたんです」


大和「勝利に執着するからこそ、戦いの最中で勝ちを実感した瞬間、隙が生まれてしまう。前回の長門さんにはそのせいで敗北しました」


大和「今の私にそういう気持ちはありません。いえ、勝ちたくないっていうわけではないんですよ」


大和「ただ、勝負に臨む以上、勝つのは当たり前というか……もう何があっても負ける気がしないんです」


大和「相手がどう動くのかもよく見えますし、自分が何をすべきかも自然にわかります。いえ、思うより先に体が勝手に動くと思います」


大和「自分の負ける姿がどうしても思い浮かびません。何だか不思議な気分です」


―――対戦相手の扶桑選手にはどう見られていますか。


大和「とても強い方だとは思います。ただ、私ほどではありません」


大和「彼女も柔道を嗜んでいるとお聞きしていますが、少なくとも、私にその技は通用しないと思っていただきたいですね」


大和「この大会では、自分がどの領域にいるのか確かめにきました。扶桑さんに勝てば、その一端がわかるように感じています」




大和:入場テーマ「大神/太陽は昇る」


https://www.youtube.com/watch?v=aH8HIebZlyg




明石「最強の格闘技とは柔道なり! 今ここに、最強の柔道家がそれを証明しにやってきた! デスマッチ王者、UKFに再挑戦!」


明石「無冠の帝王に2度目の敗北は有り得ない! 全てのファイターを投げ落とし、汚名返上を果たしてみせる!」


明石「実戦柔道の恐怖、今一度思い知れ! ”死の天使” 大和ォォォ!」


香取「初戦から大物同士の対戦ね。前回は初戦敗退だったとはいえ、大和さんは組み技において絶対的な技量の持ち主よ」


香取「総合格闘における組み技の重要性は誰もが知るところ。着衣ありとなれば、これほど彼女に有利な舞台はないでしょう」


明石「長門選手に敗北後はしばらく山に篭って修行してきたそうですが、印象の変化などは見られますか?」


香取「そうね。以前にも増して落ち着いているというか……悟りを開いた、って感じかしら」


香取「とても穏やかに見えるのに、立ち姿にまるで隙がないわ。行住坐臥、常在戦場っていう言葉がぴったり来るわね」


香取「精神面において、更に上の次元に到達してしまったんじゃないかしら。こういう相手はかなり厄介よ」


明石「以前は一瞬の隙を突かれて敗北、という形でしたが、そういうことはもう有り得ないということになりますかね」


香取「まずないでしょう。慢心や動揺を誘う戦術は通用しないんじゃないかしら。柔道の欠点である、打撃対策も万全でしょうし」


明石「元々大和選手は、打撃を投げや関節技に持ち込むのが得意でしたよね。長門選手もその点で苦戦されました」


香取「ええ。どんな選手でも、打撃技を放つ瞬間は姿勢が崩れる。大和さんはその瞬間を狙って投げ技を繰り出すわ」


香取「当然、組み合うのもまずいわね。道着の掴み合いになれば、間髪入れずに投げられると思ったほうがいいでしょう」


香取「普通の格闘家は相手の体勢を崩してからでないと投げられないけど、大和さんは投げる動作がそのまま崩しになっているの」


香取「だから組めば即、投げ落とされる。投げ落としを耐えても、柔道には寝技、固め技も豊富にある。グラウンドも大和さんの土俵ね」


香取「大和さんは実戦柔道の使い手だから、投げるときは受け身が取れないよう頭から落とすし、極めれば即折りにくるわ」


香取「文句なしの強敵よ。UKFでの実績が少ないとはいえ、勝つ見込みのある選手はごく一部の実力者に限られるでしょう」


明石「扶桑選手も柔道の技を使いますが、それらは大和選手には通用しないと見るべきでしょうか」


香取「そりゃあそうでしょう。柔道の段位で表わせば、扶桑さんと大和さんじゃ2つか3つくらい違うはずよ」


香取「扶桑さんは組み合うわけにはいかないわね。この試合で重要なのは間合い取りよ。いかに距離を置いて、近付かずに戦うかがポイントね」


明石「となると、構図としては打撃対組み技、ということになりますね」


香取「というよりは、そうならざるをえないでしょう。技量で上を行かれている以上、扶桑さんは組み技を捨てて、打撃勝負に出るしかないわ」


香取「扶桑さんの打撃とフットワークがどれだけ成長してるかが勝機の分かれ目ね。ボクシングって、柔道家相手には最適な格闘術だし」


香取「空手もそうだけど、特にボクシングは常に中距離の間合いを維持して戦うもの。そう来られると、大和さんにはやりにくいはず」


香取「引きが速くて腕を取られにくいジャブも有効ね。もっとも、扶桑さんが本当にボクシングをできるかどうかはまだわからないんだけど」


香取「扶桑さんのことだから、色々作戦は立てているでしょう。どういう風に攻めるのか、私もとても楽しみだわ」


明石「ありがとうございます。さあ、両選手がリングイン! 静かな視線で相手の表情を伺っております!」


明石「奇しくも古代日本の名を背負う者同士の対決! 共に優勝への期待が大きい選手でもあります! 激戦にならないわけがない!」


明石「初戦から会場も沸いている! そんな歓声も意に介さず、両者は平静を保ったままコーナーに戻ります!」


明石「不屈の戦艦と柔道王、強いのはどっちだ! 今、その答えが明らかになる! ゴングが鳴りました! 第1試合、開始です!」


明石「先に出て行くのは大和選手! ゆったりとした足取りで開手を前に出しました! 柔道の右自然体の構えを取ります!」


明石「少し遅れて扶桑選手もリング中央へ! 今までと構えが違います! 軸足を変えたサウスポーの……えっ、嘘でしょ!?」


香取「……ちょっと、扶桑さん。何を考えてるの?」


明石「な……なんと! 扶桑選手、開手で構えた! 大和選手と同じく右自然体! 柔道の構えを取っています!」


明石「これが意味するのはつまり……大和選手と柔道で勝負を挑むという意思表示か! あまりに無謀な選択です!」


明石「平静を保っていた大和選手も、少々驚いた表情を見せています! まさか、自分に柔道で挑もうとする者が存在するとは!」


香取「もしかしたら、罠かもしれないわね。扶桑さんが本気で柔道で勝てると思ってるとは考えにくいわ」


明石「さすがに警戒しているのか、大和選手は前に出ません! 対する扶桑、躊躇なく前進! 大きく間合いを詰めました!」


明石「拳の射程をあっさり越えて、いつでも掴み合いに入れる距離まで近付いてしまいました! 共に構えは維持したまま!」


明石「お互いに技を掛け合える間合いですが、ここに来て扶桑選手の動きが止まった! 自分からは仕掛けようとしません!」


明石「明らかに大和選手に仕掛けさせようとしています! 掴んでこいと誘っている! 投げてみろと挑発しているかのようです!」


香取「一度掴まれたら、もう逃げられないわよ。叩き付けられて、寝技に持ち込まれて極められるわ。何を狙っているの……?」


明石「大和選手も動きません! これは警戒せざるを得ない! いくら技量で上回るとはいえ、この誘いに乗るのは危険だ!」


明石「至近距離で対峙してから、30秒が既に経過しています! どちらも動かない! 根比べの様相を呈してきました!」


明石「一体、両者にはどのような思惑と葛藤があるのか! 極限に張り詰めたこの空気、破るのはどちらだ! 扶桑か、それとも大和か!」


明石「動いた! 大和選手です、大和選手が襟を掴む! そのまま払腰……肘打ちィィィ! 扶桑が肘を振り下ろしました!」


明石「襟を掴みにきた手を狙った肘の打ち下ろし! 大和選手、寸でのところで襟を放して回避! 一旦距離を取ります!」


明石「これが狙いだったのか、扶桑選手! あえて掴ませ、懐に肘を落とし手を砕く! 柔道家最大の武器を奪う、非情なる作戦です!」


香取「利き手を壊されれば、柔道の技はほとんどが使用不可になるわ。柔道家対策としては最も理に適ったものね」


香取「だけど、さすがに読まれてたみたい。ここからはどうするのかしら」


明石「仕掛けた罠は不発に終わりました! 大和選手は再び右自然体の構えを取ります。もう同じ手は通用しない!」


明石「扶桑選手、次の一手は何を打つ! これは……またしても右自然体!? なおも柔道を構えを取りました!」


明石「一体何を考える、扶桑選手! あまりにもあからさまな誘いに、大和選手もわずかに顔をしかめた! 真意を図りかねているようです!」


明石「距離を詰めてくるのはやはり扶桑! 先ほどと同じ、至近距離まで一気に近付いてきました! 同じことをするつもりか!?」


香取「そんなわけがない……少しだけ扶桑さんの考えが読めてきたわ。心理戦に持ち込むつもりね?」


香取「次の一手を相手に考えさせて、本来の実力を発揮させないようにしてるんだわ。でも、大和さんにそんな小細工が通じるかしら」


明石「再び至近距離内で睨み合いが始まりました! 先ほどは敢えて手を出した大和選手、次はどのように行動するか!」


明石「あっ、掴みにいった!? いや、フェイントです! 掴むふりをしただけ! 扶桑選手、反射的に肘を振りかぶってしまいました!」


明石「またもや同じ罠、しかも中身を暴露されてしまった! 純粋な技量だけでなく、試合巧者としての格まで大和は上だというのか!」


明石「苦しい展開になりました、扶桑選手! 小細工は通用しない! 作戦の切り替えが求められる状況です! 今度はどう攻めていく!」


明石「……またも右自然体!? 3度に渡って柔道の構えです! これは不可解! もう小細工は通用しないと証明されたはず!」


明石「扶桑選手が意味もなく不可解な行動をするはずはない! しかし、我々ではその意図を察することはできそうにありません!」


明石「理解できる者がいるとすれば、他でもない対戦相手の大和選手! ここまで来ると、もはや構えに対する驚きはまったく見られません!」


明石「静かな瞳で扶桑選手を見つめている! 心を見透かすような目です! やはり、彼女だけは扶桑の考えを読んでいるのか!」


香取「……オオカミ少年の原理を狙っているわけではないでしょうね。あまりに安直すぎるし、そんなに浅い考えをしてるはずがない」


香取「ただ惑わそうとしてるだけなのか、別の何かを狙っているのか……大和さんを見誤っているんじゃないでしょうね」


明石「やはり扶桑選手からは動かない! どう出る、大和! あっ……手を降ろした! 大和選手が構えを解いた!?」


明石「構えを解いたまま、1歩前進! これは……今度は逆に大和選手が挑発しています! 襟を掴んで投げてみろと誘っている!」


明石「扶桑選手は接近を嫌うかのように1歩後退! だが、即座に大和選手が詰めてくる! 次はお前の番だとでも言いたげです!」


明石「逆に心理戦を仕掛けられる側になってしまいました、扶桑選手! 実質、主導権を握られている! この状況をどう打開する!?」


香取「ここが勝負の分水嶺になるわね。扶桑さんが正しい選択をできるか否かで、全ての趨勢が決まるわ……!」


明石「どうする扶桑! この挑発にどう応える! う……動いた! 扶桑選手、掴みに行かず左の直突きを放った!」


明石「不意を突かれたか、大和選手、ボディに食らってしまった! 腰が引けて崩れたところに、扶桑が入り込む! 投げる気だ!」


香取「……あの直突きは入っていないわ! 腰を引いて受け流されてる、投げてはダメ!」


明石「襟を取った! 体を沈み込ませて一気に投げ……あっ!? 投げ技じゃない! ず、頭突きを食らわせたぁぁぁ!」


香取「まさか、全部作戦!?」


明石「体を沈ませたところから、立ち上がり様に頭頂部で大和選手のあごを突き上げた! こ、これは効いている! 大和選手の構えが崩れた!」


明石「そ、そして今度こそ投げたぁぁぁ! 背負い投げ炸裂! 扶桑選手、柔道王大和を投げ落としてみせました!」


香取「ここまで読んで……いえ、違うわ。きっと何パターンも作戦を立ててたのよ。扶桑さんは相当準備をして試合に臨んでる……!」


明石「マットに叩きつけられた大和選手! 受け身は取れたようですが、扶桑選手の攻撃が終わっていない! 関節技を仕掛けにいきました!」


明石「う、腕十字です! これが極まれば勝利はほぼ確定! 一気に逆関節を伸ばしに掛かる! が……大和選手、さすがに対応が速い!」


明石「瞬時に腕をクラッチして防御! そのまま一気に身を捻る! なんと、するりと腕十字から抜け出してしまいました!」


明石「逃すまいと扶桑選手が迫りますが、大和選手のほうが速い! 扶桑に覆い被さった! 逆にサイドポジションを奪ってみせました!」


明石「柔道王、恐るべし! ここまでグラウンドの攻防が磨かれているとは! 形勢は一点、大和選手に傾いております!」


香取「やっぱり技量差があり過ぎるわ。腕を折って柔道技を封じたかったんでしょうけど、関節技を仕掛けるのは悪手だったみたいね」


明石「大和選手がまず狙うのはアームロック! 扶桑選手、腕を取らせまいとポジションを移動させますが、その動きも大和は読んでいる!」


明石「寝技の攻防は大和選手の本領! 簡単には逃しません! 扶桑選手の抵抗を捌きつつ、とうとう腕を取った!」


明石「一気に逆関節を捻じり上げる! 腕を折らせまいと、扶桑選手は大和に合わせて身をよじる! 辛うじて骨折を免れています!」


明石「何とか寝技から逃れ、立ち上がりたい扶桑! しかし大和はそれを許さない! 体勢をマウントポジションに移しました!」


明石「状況は刻一刻と扶桑選手にとって不利になっております! 大和選手、即座に絞め落としに掛かった! 奥襟を取った両手絞めです!」


明石「頸動脈がみるみる圧迫される! 扶桑選手危うし! 絞めから逃れようと、腕を押しのけようとしていますが、やはり離してはくれない!」


香取「……下から殴らないの? 何かおかしいわね……」


明石「しかも、その腕を大和選手に取られた! 両手絞めで決めきれないと見るやいなや、即座に腕十字に移行! 扶桑の腕を折りに掛かる!」


明石「いや、ギリギリで扶桑選手の反応が間に合いました! 技を掛けられる前に体を反転! 腕は取られたままですが、立ち上がることに成功!」


明石「だが腕を離してもらえない! な、投げたぁぁぁ! 秘技、山嵐! 伝説の柔道技が炸裂してしまったぁ!」


明石「マットを揺るがす勢いで叩き付けられました、扶桑選手! しかし、まだ動ける! マウントを取らせまいと、ガードポジションの構え!」


明石「なっ!? 大和選手、寝技に入らない! 腕を取って扶桑を引き起こしました! ダメージが深いのか、扶桑選手は抵抗できない!」


明石「無理やり立たされる形になってしまいました! やはり、組み技では圧倒的力量差! 扶桑選手が問題になりません!」


香取「扶桑さんのディフェンスが上手いから、寝技で仕留め切るのが難しいと判断したのね。投げ落としで体力を削る気よ」


香取「頭から落とされなくても、あれだけの勢いで何度も叩き付けられればすぐに限界が来る。まずい状況だわ」


明石「また組み合いになりましたが、扶桑選手の足元が危うい! 大和選手に押され、ふらつくように1歩後退! また投げたぁぁぁ!」


明石「隅落とし、またの名を空気投げ! 再びマットに叩き付けられてしまいました、扶桑選手! しかも、また大和が引き起こしに掛かる!」


明石「トドメを刺すにはまだ早いというのか! 死の天使の名は伊達ではない! 完全に動けなくなるまで、何度でも投げ落とす気です!」


明石「扶桑選手の体力が限界に近い! 踏ん張りすら効かない様子です! しかし、まだ眼は死んでいない! 勝負を諦めてはいません!」


明石「今度は扶桑選手が投げに掛かった! 大外刈り! ダメです、足をスカされた! 続けて背負い投げ! 引き手を外されて失敗!」


明石「逆に大和が再び投げたぁぁぁ! 背負い投げ炸裂! 背負いとはこう投げるのだと言わんばかりに、一気呵成に叩き付けました!」


香取「扶桑さん、この攻防って……!」


明石「そして柔道王、冷酷に扶桑選手を引き起こす! もう扶桑選手は立つことすらままならない! 無抵抗に引き起こされてしまった!」


明石「勝負となれば、相手に慈悲など掛けはしない! これがデスマッチを制した実戦柔道家の恐ろしさなのか! 終わりの刻が近付いている!」


明石「また組み合いに持ち込まれてしまった! もう扶桑選手には投げに耐える体力は残っていない! これで終わってしま……はい!?」


香取「さ、作戦だったのね……!」


明石「しょ、ショートアッパーが入ったぁぁぁ! 至近距離からのアッパーカット! 見事に大和のあごを打ち抜きました!」


明石「しかも1発では終わらない! ロシアンフック炸裂ぅぅぅ! これもあごを捉えた! 大和の体がぐらりと崩れる!」


明石「更に左ジャブ、右フック、アッパー、バックブロー、! そしてトドメの右ストレートォォォ! ら、ラッシュが全て命中ぅぅぅ!」


明石「柔道王が崩れ落ちる! 仰向けに倒れ、まったく動きません! その姿を確認し、扶桑選手が残心を取る!」


明石「れ、レフェリーが大和選手の失神を確認しました! 試合終了! 完っ全なるKO! こ、ここまで鮮烈な逆転劇が起きるとは!」


明石「衝撃の結末となりました! 勝ったのは扶桑選手! もはや限界かと思われた局面で、とんでもないラッシュを見せました!」


明石「不沈艦の名は伊達に非ず! どんな逆境でも、どれほど傷を負っても勝利を掴み取る! これこそが奇跡の戦艦、扶桑!」


明石「不意を突かれたか、全ての打撃をまともに食らってしまいました! 大和選手、惜しくも敗北! 汚名返上は果たせませんでした!」


香取「大和さんはまんまとやられてしまったわね。こんな作戦を立てる扶桑さんもどうかと思うけど、見事に術中へハマってしまったみたい」


明石「作戦、ですか? 私には、扶桑選手が最後の底力で勝ったように見えたのですが……」


香取「本来の大和さんなら、あそこまですんなり打撃を貰わないわよ。この試合に向けて、打撃対策は万全だったはずよ」


香取「だけど、やっぱり大和さんを倒すなら打撃しかなかったみたい。扶桑さんはその打撃を確実に決めるために、入念な布石を打っていたのよ」


明石「……そういえば、途中から扶桑選手は、真っ向から大和選手に柔道勝負を挑んでいましたね」


香取「ええ。本当は序盤の作戦で決めるつもりだったんでしょうけど、失敗したからハイリスクなほうの作戦に移行したんでしょう」


香取「打撃が有効な場面でも打撃を使わず、飽くまで組み技で挑む。当然、大和さんも柔道の技で応えるわよね」


香取「その柔道技に対して、扶桑さんは打撃を使わずに体捌きで対処し、柔道技で反撃する。まるで柔道の試合みたいにね」


香取「誰だって、自分の特技を披露するのは気分がいいものよ。扶桑さんに柔道技を挑まれ続けた結果、大和さんは無意識に、勝負を取り違えたの」


香取「何でもありの勝負であることを忘れ、大好きな柔道で勝負してしまったのよ。きっと、だんだん気持ちよくなっちゃたんでしょうね」


明石「き、気持よく、ですか。確かに投げ技を使うときは、ちょっと楽しそうに見えましたが……」


香取「もちろん楽しかったでしょう。元々柔道は楽しいスポーツ、創始者の嘉納治五郎が武道を大衆に親しんでもらうために作られたものよ」


香取「おまけに扶桑さんがいい感じに抵抗するから、より楽しかったんじゃないかしら。ほら、ゲームってちょうどいい難易度が一番面白いでしょ?」


明石「……あの攻防の全ては、扶桑選手の演出ということですか?」


香取「まあ、そう呼んでもいいんじゃないかしら。ダメージ覚悟の、限界まで身を削った演出よ」


香取「そうして大和さんに打撃の警戒心がなくなった頃合いを見計らって、怒涛の打撃ラッシュを仕掛けたの。最後の力を振り絞ってね」


香取「然るべきタイミングで体力が残っているかは賭けだったんでしょうけど……本当に、毎回危なっかしい試合をするわよね、扶桑さんは」


明石「全部作戦通りだったというわけですか……大和選手に限って、そういう隙を突かれるような負け方はないという予想でしたが」


香取「本来なら有り得ない負け方ね。だけど、扶桑さんの身を削った演出で、消したはずの慢心にまた火が付いちゃったじゃないかしら」


香取「試合にはできる限り楽をして、なおかつ鮮やかに、余裕綽々と勝ってみせたい。ファイターの本音を言えば、みんなそういうものなのよ」


香取「精神的に達観した大和さんにも、そういう気持ちの火種は残っていた。扶桑さんは試合を通して、こっそりその火種に燃料を注いだの」


香取「つまるところ、この作戦は技量で遥か上を行き、精神的にも互角以上の大和さんを、精神面で下のステージに落としてしまうというものよ」


香取「大和さんは修行がまだ足りなかった……というのはさすがに酷ね。扶桑さんの戦略が優れていた、と見るべきかしら」


香取「最後の打撃も、ボクシングの練習成果が見て取れたわ。扶桑さんは優勝へ向けて、大きな1歩を踏み出したわね」


明石「なるほど。組み技最強の大和選手も、扶桑選手の巧みな試合運びの前に惜しくも陥落! またしても初戦敗退となってしまいました!」


明石「ですが、素晴らしい試合でした! 扶桑選手もさすがの底力! 皆様、もう一度、両選手を称える拍手をお願い致します!」




試合後インタビュー:扶桑


―――内容としては、当初の作戦通りに進行したのでしょうか?


扶桑「いえ、そこまで簡単には行きませんでした。いくつかプランは合ったんですけど、大和さんが強くて、ほとんど上手くいきませんでした」


扶桑「あの作戦は成功するかどうかもわからない、最終手段だったんです。正直言って、ギリギリの勝利だったと思います」


扶桑「まさか、あそこまで通用しないなんて……実力では私より完全に上の方なのは間違いありません。本当に強かったです」


―――勝因は何だったかと思いますか?


扶桑「……大和さんって、心から柔道を愛してる方だと思うんです。この試合で、私はその愛に付け込むような戦い方をしました」


扶桑「勝因は、大和さんが柔道を愛していたことなんじゃないでしょうか。もしくは、それを逆手に取る私の性格の悪さ加減かもしれませんね」


扶桑「大和さんの柔道への気持ちを否定するつもりはありません。むしろ、尊敬します。私は柔道を技術としてしか学んでいませんから」


扶桑「なぜ柔道が『術』ではなく『道』と書くのか、何となくわかった気がします。彼女はまさに柔道という『道』を歩んでいるんです」


扶桑「その道を信じてきたからこそ、あそこまで強くなれたんじゃないでしょうか。私もあんな風に強くなりたいです」


扶桑「でも、今回は私が勝ちましたから……この試合では私のほうが強かった、ってことにしておいてください」


―――最後にボクシングの技術を少しだけ見せられましたが、やはり武蔵さんから学ばれたんですか?


扶桑「秘密です。ごめんなさい、出来る限り自分の実力は隠しておきたいので……」


扶桑「ただ、試合が進めばお見せする機会が必ずあると思います。そのときを待っていてください。その試合でも、私は勝ちます」





試合後インタビュー:大和


大和「ああああっ、恥ずかしい! 大口を叩いておいて、あんな情けない負け方……やられました、穴があったら入りたいです!」


大和「まさか、私が調子に乗せられるなんて……ああああっ、今思い出しても恥ずかしいです! 公の場で恥を掻かされました!」


大和「扶桑さんのこと、一生恨みます! と、撮らないでください! 私を見ないで! ああっ、山があったら籠りたいです!」


(大和選手の取材拒否につき、インタビュー中止)





明石「第1試合から激戦となりましたが、今日の対戦カードはまだ3つも残している! まだまだグランプリは始まったばかりです!」


明石「残る3試合、そのどれもが、先の試合に匹敵する激戦を予感させるものばかり! これより第2試合を開始致します!」


明石「まずは赤コーナーより選手入場! 勝利に飢えた立ち技王者が再びリングに上がります!」





試合前インタビュー:赤城


―――無差別級グランプリには3度目の参戦となりますが、意気込みをお聞かせください。


赤城「いい加減優勝させてもらえないかな、なんて思っています。正直、これ以上他人に優勝を掠め取られるのはうんざりですから」


赤城「しかも、それが2回とも長門さんだなんてね。もう彼女は王座の栄光を十二分に楽しんだはずです。そろそろ、席を譲っていただきたいですね」


赤城「もちろん、私にですよ。優勝は他の誰にも渡しません。誰が相手だろうと、全力で勝たせていただきます」


―――初戦の相手はアイドルプロレスラーの那珂ちゃんですが、彼女について何かコメントはありますか?


赤城「八百長問題についてはあまりコメントしたくありません。本当にUKFでそういうことが行われていたのなら、大変ショックです」


赤城「UKFはどこよりも混じりっけのない真っ向勝負ができる場として気に入っていましたから。決して許されるものではないでしょう」


赤城「強いて那珂ちゃんにコメントするなら、これからは真っ当なファイトをしてほしい、ということですね……これからがあれば、の話ですけど」


―――対戦相手としては、どのように見ていますか?


赤城「戦うには気が引ける相手です。この試合で私が勝てば、那珂ちゃんはファイターとしても、アイドルとしても終わってしまうでしょう」


赤城「その幕引きを担う役を任されるのは辛いですね。アイドルとしての那珂ちゃんは、私も好きでしたから」


赤城「でも、勝負は勝負です。躊躇も手加減もありません。1人のファイターとして、真っ向から打ち破らせていただきます」





赤城:入場テーマ「Dark Funeral/King Antichrist」


https://www.youtube.com/watch?v=i_DrP5zlFPQ





明石「優勝候補に数えられながらも、過去2回の無差別級グランプリではいずれも途中敗退! 耐え難きこの屈辱! 敗北は一航戦には似合わない!」


明石「やるべきことは1つ! 優勝への道に立ち塞がる者は、全て打ち砕く! 立ち技格闘界の頂点を取ったこの打撃、受けてみるがいい!」


明石「今宵もリングが緋色に染まる! ”緋色の暴君” 赤城ィィィ!」


香取「やっぱり入場時だけは笑顔ね。本当に裏表の激しい選手よねえ」


明石「今大会の赤城選手の意気込みは尋常じゃないそうで。昨日もスパーリング仲間を全員大破させるまで、決して練習を終えなかったそうです」


香取「私も聞いてるわ。何でも、タイに出稽古へ行ったときは、断食修行までやっていたそうよ」


明石「……はあ? はっはっは、あの赤城選手が断食なんて、そんなの有り得るわけないじゃないですか」


香取「それが、実際にやったそうよ。詳しい修行の内容は秘密らしいけど、断食を含めたとてつもなく過酷なメニューだったらしいの」


香取「元々ものすごく強い赤城さんが、それほどの修行を経てどんな成長を遂げたのか……非常に気になるところね」


明石「そこまでしてでも優勝したいということですね、赤城選手は……今のところ、普段と変わりない様子ではありますが」


香取「あの人はギリギリまで本性を隠すタイプだから。前大会だって、ブラジリアン柔術の技を隠していたでしょう」


明石「そうでしたね。もしかしたら、今回も何か秘策を隠し持っている、ということは有り得るんでしょうか」


香取「あるでしょうね。赤城さんにとって、前回見せた柔術は万が一テイクダウンを取られたときの保険であり、不意を突く切り札でもあったはず」


香取「それが既に露呈してしまっている今、何かしらの用意をしていてもおかしくないわね」


香取「まあ、そういうものがなくても赤城さんは強いんだけど。ストライカーとして最も完成されたファイトスタイルの持ち主ですから」


香取「蹴りと拳、両方の技術に秀で、組み合えばムエタイの真髄である首相撲からの肘打ち、膝蹴り、そしてゼロ距離からのハイキックが待っている」


香取「間合い取りとタックルへの反応も絶妙だから、テイクダウンを取るのもほぼ不可能。初戦で戦いたくない選手の1人ね」


香取「立ち技を武器としながら、テイクダウンが弱点にならない最高のストライカーである赤城さん。さて、彼女はどう戦う気なのかしら……」


明石「ありがとうございます。それでは、青コーナーより選手入場! 汚名返上と名誉挽回を掛け、アイドルプロレスラーがリングに上がります!」




試合前インタビュー:那珂ちゃん


―――現在、八百長問題を始めとして様々なスキャンダルを報じられていますが、ファンの方に向けて何か一言ありますか?


那珂「えっと……那珂ちゃんファンのみんな、裏切るようなことをして本当にごめんなさい! 那珂ちゃん、どうしても人気が欲しかったんです!」


那珂「これからの那珂ちゃんは、絶対に悪いことはしません! だから……どうか那珂ちゃんの嫌いにならないでください!」


那珂「それでも那珂ちゃんが嫌いって方は……もし、私が優勝したら、好きになってください! 那珂ちゃん、必ず優勝しますから!」


―――今回の対戦相手はUKF屈指の強豪、赤城選手です。何か対策はありますか?


那珂「……あります。きっと、皆さんはこう思っているはずです。那珂ちゃんはどう足掻いても赤城さんには勝てないって」


那珂「確かにそうかもしれません。それでも、那珂ちゃんは勝つしかないんです。もう、那珂ちゃんには後がありませんから……」


那珂「赤城さんを倒せば、優勝に1歩近づけます。だから、全てを賭けて戦います。そして、那珂ちゃんは必ず赤城さんを倒します」


那珂「負けることは考えてません。もしも負けたら終わりですから……準備はしてきました。那珂ちゃんの全部を投げ打ってでも、勝ちます」




那珂:入場テーマ


「那珂ちゃん/恋の2-4-11」


https://www.youtube.com/watch?v=WSK0YPi6SJs




明石「昨今に次々と発覚した八百長問題! UKFの信用を揺るがし、なおかつ彼女自身の名声も地に落ちました!」


明石「今まで演じてきた名勝負は全て偽りだったのか! 真実は、この戦いによって明らかになる! プロレスラーは本当に強いのか否か!」


明石「アイドルプロレスラー、立ち技王者に真剣勝負を挑む! ”堕天のローレライ” 那珂ちゃぁぁぁん!」


香取「最近、色々なスキャンダルでマスコミを賑わせてる那珂ちゃんね。中でも八百長問題はUKFにも衝撃的だったわ」


明石「発端は翔鶴選手がK-1王者になったときのインタビューでしたね。『今まで不当な試合もさせられてきた』という発言が追求されて……」


香取「きっと口止めされてたんでしょうけど、K-1王者になれたのが嬉しくてポロっと漏らしたんでしょうね。そのまま那珂ちゃんの八百長発覚よ」


明石「以前に行われた那珂VS翔鶴のスペシャルマッチで那珂ちゃんが勝利したのはとても話題になったんですが……あれはシナリオだったんですね」


香取「翔鶴さんは当時、強豪相手に敗戦が続いていて、資金難に陥っていたらしいわ。そこに目を付けられたんでしょうね」


香取「その件が話題になってからは芋づる式よ。大淀さんまで八百長を持ちかけられたことを暴露して、他の芸能活動にも不正があったとか」


明石「事務所の力を使って、競争相手のアイドルやプロレスラーのスキャンダルを雑誌にリークしたんでしたっけ?」


香取「そうそう。人気取りのためなら手段を選ばない、那珂ちゃんの本性がどんどん露わになっちゃったわけ」


香取「下積み時代にすごく苦労した子だから、今の地位を失いたくなくて必死だったのは理解できるけど、さすがにやりすぎよね」


明石「私もファンだったんですけど、ここまで黒いイメージが付くとちょっと……」


香取「アイドル業はもちろん、プロレスラーとしても致命的ね。もうベビーフェイス役は任せられないし、ヒールって感じでもないもの」


香取「ここまで来たら、もうやれることは1つ。本物のトップファイター、赤城さんを真っ向から打ち負かして実力を示すしかないわ」


明石「……香取さんから見て、勝算はありそうですか?」


香取「表面的な部分を見れば、絶望的ね。那珂ちゃんはまだ、赤城さんに勝てるレベルには達していないんじゃないかしら」


香取「確かに那珂ちゃんは、八百長なしのファイトで大物に勝ったこともあるけど、逆に格下とも取れる平凡なファイターに敗北したこともあるわ」


香取「原因はそのトリッキーなファイトスタイルね。大技狙いの奇襲戦法で、成功すれば大勝利だけど、ミスったらあっさりやられちゃうのよ」


明石「今までの那珂ちゃんは勝つことより、面白い試合をすることを心掛けていましたからね。人気があるときはそれでも良かったんですが……」


香取「今回はそうはいかないわね。この試合は那珂ちゃんにとって最後のチャンス。負ければどこの団体も使ってくれなくなるわ」


香取「グランプリの出場者に選ばれたこと自体、今の状況じゃありえないことだもの。大きな声じゃ言えないけど、かなり私財を投げ打ったみたいね」


明石「そういえば、運営内での出場者選考の際に不自然な資金の流れがあったらしいです」


香取「関係者に対する賄賂でしょうね。この大会で活躍できれば人気回復の機会を得られるから、是が非でも出場枠が欲しかったんでしょう」


香取「だけど、裏工作が通用するのはそこまで。赤城さんがブックを飲むわけはないから、この試合は本当の実力で勝つしかないわ」


明石「那珂ちゃんのファイトスタイルはルチャ・リブレ、いわゆるメキシコプロレスの技をメインとしていますが、赤城選手に通用するでしょうか?」


香取「一般的なプロレスと同じく、ルチャ・リブレにも見せかけだけの技があるのは確かね。だけど、決して格闘技として劣るわけじゃないわ」


香取「ゲリラ軍を指揮した某革命家は、ゲリラ戦士に教える格闘術の基礎をメキシコのルチャドールから学んだそうよ。実戦性は既に証明されてるわ」


香取「実際に那珂ちゃんは、ルチャ・リブレ独特の空中殺法で格上の相手を倒してる。彼女は決して運や工作だけで勝ってきたファイターじゃない」


香取「だけど、赤城さん相手に那珂ちゃんの戦法は辛いわね。あのレベルの選手に、下手な奇襲を仕掛けても返り討ちにされるだけだから」


香取「ダンス経験を生かした蹴り技も、リーチと威力の面で劣る。あとはテイクダウンを取って関節技に持ち込むくらいしか手がないけど……」


明石「赤城選手は20戦に及ぶ総合の試合を経験していますが、テイクダウンを許したのは前大会の武蔵戦における1度切りですね」


香取「ええ。でも、あれは怪力とテクニックを併せ持つ武蔵さんが、半ば不意を突く形でようやく取れたテイクダウンよ」


香取「テクニックは上回るかもしれないけど、パワーでは遥かに劣り、タックルも警戒されてる。不意を突ける可能性はないわ」


香取「仮にグラウンドへ持ち込めたとしても、赤城さんには柔術のテクニックもある。付け入る隙なんてどこにもありはしないのよ」


明石「勝率としては、限りなくゼロに近いと?」


香取「そう言わざるを得ないわ。だけど那珂ちゃんは、1パーセントもない勝機に全てを賭けるしかないでしょう」


香取「今日は今までとは違った那珂ちゃんを見られるんじゃないかしら。盛り上げるためでなく、勝ちに徹する試合をする那珂ちゃんの姿を」


香取「それが果たして赤城さんに届くかどうか……せめてあっけない形で終わりにはなってほしくないわね」


明石「……ありがとうございます。両選手、リングインしました! 未だ微笑みを浮かべる赤城選手に対し、那珂ちゃん、笑みを消した覚悟の表情!」


明石「会場のブーイングにも、わずかに集ったファンクラブの声援にも応える気配はありません! その内心にはどのような葛藤があるのでしょう!」


明石「さあ、ルール確認を終えて両者……あっ、赤城選手が握手を求めました! これに対し那珂ちゃん、凍てついた表情のまま応える!」


明石「リング中央にて、UKFでは珍しい握手の光景です! 本来なら拍手を送るべき光景ですが……私にはなぜか、不気味にしか見えません!」


明石「会場にも動揺に近いざわめきが広がっております! 笑顔の赤城選手、無表情の那珂ちゃん、交わされる握手! この試合、何かが起こる!」


香取「……? 変ね、照明のせいかしら……」


明石「握手も終わり、両者がコーナーに戻ります! 一体この試合、どうなってしまうのか……香取さん、独り言はやめてくれませんか?」


香取「え? あ、ああ、ごめんなさい。ちょっと気になったものだから。たぶん、見間違いだと思うし……」


明石「しっかりしてくださいよ……さあ! 勝ち進むのはどちらか! 勝利に飢えた無慈悲な暴君、赤城か! 崖っぷちアイドル、那珂ちゃんか!」


明石「試合が終わるとき、立っているのはどっちだ! ゴングが鳴った、試合開始です!」


明石「同時に飛び出していく両選手! 赤城選手はいつも通り、ライトアップ気味のムエタイの構えで臨みます!」


明石「対する那珂ちゃん、左腕で側頭部をブロックし、右拳をまっすぐ突き出して対峙します! この構えにはどのような意図があるのでしょうか!」


香取「あの右拳は距離を取るためのものね。拳の攻防に付き合いたくないんでしょう。左のガードは当然、右のハイキック対策よね」


明石「なるほど、那珂ちゃんはディフェンス主体で攻めるようで……いや、那珂ちゃんが先に仕掛ける! 右のローキックだ!」


明石「赤城選手、脛を上げてこれを受ける! 那珂ちゃん、続けざまに左のロー! これも脛でガードされます!」


明石「まさか那珂ちゃん、赤城選手に蹴り合いを挑もうというのか! いや、それ以上は攻めません! 那珂ちゃん、バックステップで距離を取る!」


明石「後退する那珂ちゃんに、赤城選手も深追いはしません! だが徐々に、プレッシャーを掛けるようにゆっくりと前進していきます!」


香取「あのローキックは良い選択ではなかったわね。那珂ちゃんは今ので、逆にダメージを負ったんじゃないかしら」


明石「それは、やはり赤城選手の脛受けが原因でしょうか?」


香取「そうね。空手やムエタイの熟練者は部位鍛錬を経て手足を武器化する。ムエタイは特に脛を徹底的に鍛え込むわ」


香取「ビンや石を脛にこすり付けて神経を潰し、石灰化させてしまうの。そんな脛にローキックを当てるのは、石柱に蹴りを入れるのと同じよ」


香取「足を痛めてフットワークを失えば、捕まえられて終わる。那珂ちゃんはこれ以上蹴りを打つわけにはいかないわね」


明石「どうやら初手の攻めを誤ってしまった那珂ちゃん! そのミスに付け入ろうとするでもなく、赤城選手はマイペースに間合いを詰めていく!」


明石「ここで赤城が蹴りを放った! 強烈なローキック! 那珂ちゃん、足を浮かせて受けるも、太腿にヒット! 弾けるような音が響きます!」


明石「ローキックとはこう打つのだと言わんばかりの、倍返しの一撃! 続けてミドルキック! 那珂ちゃん、大きく後方へと飛び退いた!」


明石「回避はしたものの、もう後退するスペースがない! フェンス際に追い詰められました! ここぞとばかりに赤城が前進する!」


明石「那珂ちゃんはどうする! あっ、背中を向けた! フェンスに足を掛けました! フェンスを足場に、空中殺法が繰り出される!」


香取「さすがに安直じゃないかしら? タイミングを読まれるわよ」


明石「出るか、ローリングソバッ……いや、出さない! フェイントです! 赤城選手、空中技を警戒して距離を取ってしまった!」


明石「その隙に那珂ちゃんはサイドに回る! フェンス際のピンチをどうにか切り抜けました!」


香取「赤城さんも慎重ね。焦って攻める必要がないから、隙を見せるまでじっくり料理するつもりなんでしょう」


明石「フットワークを踏みつつ、那珂ちゃんはリング中央に! 赤城選手は急がず、出方を伺うように前へ出ていきます!」


明石「そのプレッシャーに押されてか、那珂ちゃんもじわじわと後退! もう自分から仕掛ける気配はありません! 赤城の攻勢を待っているのか!」


明石「ここで赤城、再びローキック! 両足ごと刈り取るような猛烈な蹴りを、那珂ちゃんは大きくバックステップで躱します!」


明石「またもや後方へのスペースが無くなりました! 赤城選手、仕掛けるか!? いや、那珂ちゃんが先に動く! 勢い良くフェンスを蹴った!」


明石「出ました、三角跳びだぁぁ! 得意の空中殺法発動! 三角跳びからのローリングソバッ……いや、出さない! 回り込んだだけです!」


明石「那珂ちゃん、跳躍力を生かしてまたもピンチを脱出! 赤城の魔の手からは未だ逃れていますが、なかなか攻めることができません!」


香取「攻められる技がないんでしょうね。パンチは圧倒的に赤城さんが上だし、蹴りも実質封じられてる。タックルや空中戦も警戒されて通らないし」


香取「となると逃げ回って赤城さんのミスを待つ、という戦法しかないけど、その前に激しく動き回ってる那珂ちゃんのスタミナが底を尽きそうね」


明石「赤城選手もそれを読んでいる気配がありますね。ゆっくりと動いて手数を打たず、那珂ちゃんの動きを観察しているように見えます」


香取「赤城さんは一撃入れればいいだけだもの。那珂ちゃんは打たれ強いタイプのプロレスラーじゃないし、ミス待ちは赤城さんも同じなのかも」


香取「それか、もし那珂ちゃんに別の作戦があるのなら……何かしらね。とにかくこの場をやり過ごそうとしてるとはわかるけど」


明石「再びリング中央で構えた那珂ちゃん! 赤城選手は焦らない! ペースを乱さず冷静に那珂ちゃんへ近付いていく!」


明石「那珂ちゃんはサイドに回りつつ、とにかく距離を取る! もう蹴りの間合いへも入りません! まったく攻める気配がない!」


明石「そろそろ業を煮やし始めたか、赤城選手が大きく踏み込んだ! しかし那珂ちゃん、それ以上に大きく退避! とにかく逃げ回ります!」


香取「このままだと泥仕合になるわね。膠着状態だし、ぼちぼちレフェリーが警告を出すんじゃないかしら」


明石「逃げる那珂ちゃん! 追う赤城選手! とうとう那珂ちゃんは逃げに徹し始めました! やはり面白い試合をする気は全くないようです!」


明石「しかし、このままでは盛り上がる以前に試合にならない! 踏み込む赤城! あからさまに逃げる那珂ちゃん! 決して間合いに入りません!」


明石「完全なる泥仕合の様相を呈してきました! 那珂ちゃんは消極的として警告を出されてもおかしくない状況ですが、中断の合図はありません!」


香取「おかしいわね。なるべく試合を中断しない方針かしら……」


明石「こうなってくると、赤城選手から攻めるしかない! 表情にもやや苛立ちが見受けられます! 攻めるか、それともまだ様子を見るか!」


明石「赤城、前進! 赤城選手は攻めを選択しました! バックステップを繰り返す那珂ちゃん目掛けて、立ち技王者が一気に詰め寄る!」


明石「大きく踏み込んで前蹴り! 那珂ちゃん、辛うじてブロック! 続けてサイドキック! これもブロックしますが、バランスを崩した!」


明石「那珂ちゃんの足が止まります! これを見逃す赤城ではない! パンチの射程へ入った! 右のフックで仕留めに掛か……おっと!?」


香取「えっ、スリップ!?」


明石「赤城選手、スリップダウン! 汗のせいでしょうか、フックの勢いで横に足を滑らせました! 拳は空振りし、片手をマットに着く!」


明石「予想外のアンラッキーが降りかかりました、赤城選手! 今度は逆に、那珂ちゃんがその隙を突く! 一気に赤城へ飛び掛かった!」


明石「サッカーボールキィィィック! 赤城選手、片手でブロックするも更にバランスを崩した! 立ち上がることができません!」


明石「降って湧いたこのチャンス、逃すわけにはいかない! 那珂ちゃんがサイドポジションを取った! 赤城選手、まさかのテイクダウンです!」


香取「まさしくアンラッキーね。赤城さんのスリップダウンなんて、K-1時代にさえ1度もなかったのに……」


明石「まずは那珂ちゃん、アームロックを狙う! しかし、そう簡単に極めさせはしない! 赤城選手、身を捻って脱出を試みる!」


明石「那珂ちゃんもここは逃したくない! 起き上がりかけた赤城に上から覆い被さる! よ、四点ポジションに持ち込みました!」


明石「赤城選手、屈辱の四つん這い状態! 上から那珂ちゃんに抑え込まれ、立ち上がれない! 完全に那珂ちゃんが主導権を握ったぁぁぁ!」


香取「対応が早い……まさか、たった1つのアクシデントに付け込んで、赤城さんをここまで追い込むなんて……!」


明石「さあ、この体勢になったからには、那珂ちゃんがやることは1つ! 頭部へ膝、膝、膝ァ! 赤城選手の十八番を奪う膝蹴りの連打です!」


明石「赤城選手は片手で何とかガードをしていますが、あの体勢ではどこから膝が来るか目視できない! また頭部に膝がクリーンヒットォォォ!」


明石「まさかの展開に、会場からも大きな歓声が沸き起こっています! 膝蹴りが再度繰り出される! 赤城選手、頭部から出血です!」


香取「あの状態からの膝は相当効くわよ。もしかしたら、本当にここで決まるんじゃ……」


明石「更に膝、膝! あっ、赤城選手が両手で膝を捉えました! これは放したくない! 放せばまた膝が……ダメです、あっさり外れた!」


明石「またしても膝蹴りの応酬! もう一度赤城選手が膝の捕獲を試みます! また捉えた! しかし、即座に引き抜かれます!」


香取「……やけに簡単に放すわね。意識が飛びかけているのかしら」


明石「今度は赤城選手、強引に四点ポジションから抜け出しに掛かる! もう膝蹴りをガードすらしない! 膂力で立ち上がろうとしています!」


明石「那珂ちゃんは膝を打ち続けて阻止しようとしますが、パワー差を覆せない! 赤城選手、辛うじて四点ポジションから脱出しました!」


明石「頭部から血を滴らせながらも、赤城選手はまだ健在! 肩で息をしながらも、首相撲を那珂ちゃんに仕掛けます! 今度は赤城の番か!?」


明石「いや、抜けた! 那珂ちゃん、下からスルリと赤城の首相撲から脱出! 抱き込みが甘かったのか、赤城選手、反撃のチャンスを逃します!」


香取「何、今の? ダメージがあるとはいえ、赤城さんがあんな簡単に脱出を許すわけが……」


明石「両者、再びスタンド状態で対峙! しかし、赤城選手のダメージは深刻です! 那珂ちゃん、大健闘! 試合を有利に進めています!」


明石「幸運でチャンスに恵まれたとはいえ……おや? 赤城選手が奇妙な動きを取っています! その場から大きく後退しました!」


明石「何でしょう、両手を道着で拭っています! あっ、レフェリーに何か叫んでいます! これは一体?」


香取「……何かおかしい。赤城さんはなんて言ってるか聞こえる?」


明石「えーっと……どうやら、『試合を止めろ』と主張しているようです! 赤城選手、異例のタイム申請! ど、どういうことだ!?」


香取「様子が変だわ。一度試合を止めて、チェックすべきよ」


明石「赤城選手は何らかのトラブルを訴えているようです! レフェリーはどう判断を……あっ、那珂ちゃんが仕掛けた!」


香取「ちょっ、ちょっと!」


明石「勢いを付けてのローリングソバット! 赤城選手、不意を突かれてしまった! ボディに直撃! これは効いているぞ!」


明石「しかし、このタイミングでの攻撃は少々卑劣です! 赤城選手も怒っている! タイム主張をやめ、一転攻勢に出る!」


明石「左右のフックを繰り出した! 那珂ちゃん、ダッキングとバックステップで回避! 拳の間合いは危険だ!」


明石「後退する那珂ちゃんに、追撃のハイキック! 腕で防ぐも、ガードごと吹き飛ばすような一撃! 那珂ちゃんが大きく体勢を崩す!」


明石「更に赤城が踏み込んで右ストレー……またスリップ!? 赤城選手、またしても足を滑らせて転倒しました!」


香取「これ、おかしいわ! 赤城さんが転ぶなんて偶然、2度も続けて起こるはずがない!」


明石「赤城選手、またレフェリーに向けて叫んでいます! タイム要求でしょうか、しかしレフェリーは反応しない! 那珂ちゃんは追撃を掛ける!」


明石「立ち上がりかける赤城に、那珂ちゃんのストンピングキック! 顔面を狙った! 赤城選手、ガードするも体勢を崩す!」


明石「一瞬の隙を突いて、那珂ちゃんがパスガードを試みる! せ、成功! 赤城選手から、まさかのマウントポジションを奪いました!」


香取「もしもし、鹿島さん? なんで試合を止めないのよ! 明らかに様子が……いいからゴングを鳴らしなさい!」


明石「え、えーっと! 那珂ちゃんは上からパウンドを繰り出しています! 赤城選手、防戦一方! まだ何か主張しているようです!」


明石「あっ、ここでゴング、ゴングです! 試合終了ではなく中断のゴング! レフェリーの指示ではなく、鹿島副審査員長の独断です!」


明石「試合は一時中断となりました! 赤城選手、苛立たしげに那珂ちゃんを押しのけて立ち上がります! 感情を露わにした怒りの表情です!」


明石「対する那珂ちゃんは悪びれる様子もなく、実に平然としています! 一体、両者の間に何が起こっているのか!」


香取「……那珂ちゃんが何かしたわね。鹿島がリングに上ってボディチェックをするみたい……ちょっと、あの妖精さん何してるの?」


明石「鹿島さんがリングに上がるのを止めようとしてるみたいです。これって……」


香取「なるほど……那珂ちゃん、そこまで手を回してたのね」


明石「えー、リング内外で騒然とした雰囲気になっていますが、鹿島副審査員長の手により、那珂ちゃんのボディチェックが行われます!」


明石「那珂ちゃんは抵抗なくチェックに応じているようです。レフェリー役を始めとした妖精さんたちは邪魔しようとしているように見えますが……」


香取「妖精さんたちを予め買収しておいたんでしょう。もしくは、自分のファンで固めたかのどちらかね」


香取「試合が膠着してるのに警告を出さなかったり、赤城さんの主張を無視したからおかしいと思ったのよ。妖精さんは全員那珂ちゃんの味方なのね」


明石「まさかこんな……那珂ちゃんは買収工作までして、試合に勝とうと?」


香取「みたいね。普通なら、このグランプリにおいてレフェリーを務める妖精さんの買収はあまり意味が無い。判定もないわけだし」


香取「でも、何かしらの不正をするための下準備としてなら話は別よ。運営はそこまで考えが及ばず、こういう事態はノーマークだったでしょうね」


香取「そろそろボディチェックも終わるみたい。那珂ちゃんは何を仕込んでいたのかしら。大体の予想は付くけど……」


明石「そのようで……ん? どうしたんでしょう、鹿島さんが赤城選手の元へ何かを伝えに行きました!」


明石「話し合いをしているようですが……どうやらそれも終わったようです。鹿島副審査員長より、通信が入ります!」


鹿島『もしもし、放送席? あの、鹿島だけど……』


香取「鹿島さん、結果は? 那珂ちゃんのボディチェックで何か見つけたでしょう」


鹿島『見つけたっていうか……腕と足、それに道着がヌルヌルに滑るわ。たぶん、粉末ローションをすり込んでたんだと思う』


明石「ふ、粉末ローション?」


香取「ああ……そのせいだったのね。入場のとき、手足の色が顔よりも色白に見えたから変だとは思ったのよ」


香取「粉末ローションを腕と足、それに道着に塗ったくっておけば、試合中の汗で溶け出して全身つるつるに滑るようになるわね」


香取「そうすれば、手足や道着を掴まれても簡単に抜けられるわ。赤城さんが膝を取ったときや、首相撲もそれで逃げられてしまったのね」


香取「赤城さんが2度も試合中にスリップダウンしたのは、滴り落ちたローションのせいかしら?」


鹿島『そう。リングにところどころ滑る箇所があるわ。なんで那珂ちゃんは滑らなかったかというと、足の裏に滑り止めのロジンを塗ってたせいよ』


香取「なるほどね……で、副審査員長としての判断は?」


鹿島『それなんだけど……ルールブックにそんな反則行為は明記されてない、って那珂ちゃんは主張してるの。どう思う?』


香取「……そういえば、ないわね。こちらの落ち度だわ」


鹿島『レフェリーの妖精さんたちも、満場一致でこれは反則にならないって言ってるのよ。だから、ペナルティが出せる空気じゃないわ』


明石「ルール以前に、そういうのって試合前のボディチェックでわかるんじゃないんですか?」


香取「チェックをしたのは妖精さんたちよ。那珂ちゃん側についているんだから、異常があっても何食わぬ顔で通したんでしょう」


明石「あ、そっか……」


鹿島『で、妥協案としては……那珂ちゃんの体を拭いて、道着を着替えさせて、リングの清掃をした上で試合再開したら良いと思うけど、どう?』


香取「赤城さん次第ね。それで納得するかしら?」


鹿島『さっき聞いてきたわ。その条件の上で、こちらの止血もさせてくれるならいいって』


香取「そう……那珂ちゃんもその条件を飲んだ上で、試合再開に応じているのね?」


鹿島『う、うん。そうだけど……』


香取「再開するに当たって、レフェリーの妖精さんは交代できないかしら? 那珂ちゃんの息が掛かってなさそうな子に」


鹿島「今日お願いしてる妖精さんは全員ここにいるから……無理だわ。那珂ちゃん側の妖精さんしかいないみたい」


香取「じゃあ、そのままで行くしかないわね。すぐ再開できるよう、急いで準備して。妖精さんが何か仕掛けないか、入念に見張っておくのよ」


鹿島『気をつけるわ。じゃあ、準備を始めます。切るわね』


香取「ええ、よろしく……そういうことだから、明石さん。みんなにお知らせして」


明石「あっ、はい! えーただいま、那珂ちゃんのボディチェックが行われたところ、体や道着から粉末ローションの付着が確認されました!」


明石「赤城選手のスリップや、那珂ちゃんが捕獲から簡単に抜けられたのはこれが原因と思われます!」


明石「しかし、これを反則とするか否かはルールブックに明確には記載されていません! よって、那珂ちゃんへのペナルティは無しとします!」


明石「試合再開は那珂ちゃんの道着交換及び体のふき取り、リング清掃、赤城選手の止血をしてからスタンド状態で再開します!」


明石「準備に少々時間がかかりますので、申し訳ありませんが、しばらくお待ち下さい!」


香取「ふう……これで一段落ね」


明石「いやあ、色々驚かされました……でも、ここからの那珂ちゃんは真っ当な勝負に臨むしかなくなりましたね」


香取「なに言ってるのよ。まだ何か仕掛けてくるに決まってるじゃない」


明石「えっ? それは何を根拠に……」


香取「もし、粉末ローションを塗り込むのが対赤城戦に用意した那珂ちゃん唯一の秘策なら、あの条件をあっさり飲むなんて不自然だわ」


香取「周りのレフェリーは全て自分側の妖精さんで固めてあるわけだし、状態を維持したままの試合続行を主張してもおかしくないはずよ」


明石「いやでも、そんな主張はさすがに通らないでしょう。審査委員長の香取さんが出て行って一喝すれば、妖精さんもおとなしくなるでしょうし」


香取「どうかしら? あの妖精さんたちが買収じゃなく、那珂ちゃんファンクラブの親衛隊だったら、私にだって抵抗するわよ」


香取「赤城さんを挑発して乗せるって手も有効ね。結論を言うと、那珂ちゃんはあのとき、そのまま試合続行できる可能性は何割かはあったの」


香取「その可能性をあっさり捨てて、半ば振り出しの状況からの再戦に応じたということは……この先にも、那珂ちゃんは仕掛けを残している」


明石「……香取さん。それをわかっていて試合続行にOKを出したんですか?」


香取「そうね。審査委員長としては失格かもしれないけど、那珂ちゃんの気持ちには汲むべきものがあると思ったもの」


香取「もしかしたら、組み合わせ抽選で赤城さんと当たったとき、那珂ちゃんの命運は既に尽きていたのかもしれないわ」


香取「まともに戦って赤城さんに勝ち目はない。全身全霊、死力を尽くして戦っても勝率はごくごく僅か。鮮烈な勝利を手に入れるのはまず不可能」


香取「だから那珂ちゃんは、全てを捨てる決意をしたんでしょう。負けて何もかも終わるなら、どんなに手を汚してでも赤城さんに勝つと」


香取「称賛も拍手も求めず、汚れきった勝利を手に入れる。負けた後のことなんて考えない。那珂ちゃんはそれだけの覚悟で試合に臨んだのよ」


明石「……そんな勝ち方をしても、那珂ちゃんに再起の道があるとは思えません」


香取「負ければもっとないわよ。赤城さんに負ければ、那珂ちゃんは所詮、卑劣で嘘つきな凡百のファイターというだけで終わる」


香取「でも、誰もが強者と認める赤城さんに勝ったとなれば、形はどうあれ話題になるわ。彼女を擁護して、使いたがる団体も出てくる」


香取「彼女には色んな団体にコネがあるから、不正があったことはうやむやにして、赤城さんに勝ったことだけを宣伝すれば復帰も夢じゃない」


香取「でも、それには勝つのが絶対条件。勝利のために、那珂ちゃんは最も確実で過酷な道を選んだ。その気持ちは汲んであげてもいいでしょう」


明石「そうかもしれませんが……赤城選手はどう思っているんでしょう?」


香取「赤城さんはそんなに複雑なことは考えてないわ。試合再開を受けたのは、この場で受けた屈辱をすぐに晴らしたいからよ」


香取「対戦相手に掛ける慈悲なんてない。赤城さんはそういう人だし。でも、那珂ちゃんがまた何か仕掛けてくる可能性は考えているかもね」


明石「……那珂ちゃんがここから仕掛ける策とは、何だと思いますか?」


香取「わからないわ。本当は試合中断前に赤城さんをKOすることが理想だったと思うから、この先の仕掛けは最後の保険なんじゃないかしら」


香取「あるいは、その策が不発に終わる可能性もあるわよ。赤城さんはそれをさせないように、今までとは作戦を変えるでしょうから」


香取「おそらくは、速攻。那珂ちゃんが何かをする前に叩きのめす。格闘技術で上回る赤城さんなら、そう簡単なことじゃない」


香取「頭部のダメージはかなり大きいけど、これだけ間を置けば多少は回復しているでしょう。変わっていないのは、那珂ちゃんに対する怒りだけよ」


明石「赤城選手を怒らせるなんて、那珂ちゃんもとんでもない度胸ですね。命が惜しくないんでしょうか……」


香取「本当に惜しくなかったりしてね。自分の命とアイドル生命、2つを天秤に掛けて、傾いたのはアイドル生命のほうなのかも」


香取「それじゃ、何が起きるか見てみましょう。準備が整ったみたいね」


明石「……皆様、大変お待たせしました! 再開の準備が終了したようです!」


明石「那珂ちゃんは道着を新しいものに着替え、手足には何も付着しておりません! 鹿島副審査員長によりチェック済みです!」


明石「赤城選手の止血も完了し、試合はほぼ振り出し! ともにスタンド状態からの再開です!」


明石「不気味なのは赤城選手のあの表情! もう怒りさえ通り越し、殺意を抱いているのではないかという、異様に冷静な佇まいです!」


明石「那珂ちゃんも至って落ち着いている! 赤城戦への用意を奪われ、ここから勝機はあるのか!それとも、赤城の魔の手に掛かってしまうのか!」


明石「それでは試合再開! ゴングが鳴り響き……あっ、一気に赤城選手が仕掛けた! 那珂ちゃんへ向けてまっすぐ走り出しました!」


明石「那珂ちゃん、逃げようとはしない! ガードを固めて待ち構える! 来たぁぁ! 赤城、渾身の飛び膝蹴りィィィ!」


明石「ガードを吹き飛ばして那珂ちゃんの顔面へヒット! そのまま組み付いた! 今度こそ、赤城選手が那珂ちゃんを捉えました!」


香取「やはり速攻を仕掛けてきたわね。この展開は那珂ちゃんの想定通り? それとも……」


明石「組み合いになった以上、ここは暴君の処刑場! 頭を押し下げた! 赤城がラッシュの準備を整えてしまいました!」


明石「始まったぁぁぁ! 那珂ちゃんの顔面に膝、膝! さっきの借りを何倍にも返してやろうという、膝蹴りの応酬! 那珂ちゃん、絶体絶命!」


明石「この膝蹴り地獄から生還したファイターは今まで皆無! 膝蹴りが顔面、ボディへ立て続けにヒット! 那珂ちゃん、為す術なし!」


明石「また膝……あっ、那珂ちゃんが膝を抱えた! これが千載一遇の好機となるか!? いや、赤城の対応のほうが早い!」


明石「膝を抱えたままの那珂ちゃんを抑え込み、膝を付かせました! こっ、これは膝蹴り以上にまずい! 肘打ちには絶好のポジションです!」


明石「躊躇なく振り下ろしたぁぁぁ! 脳天をかち割らんばかりの肘の打ち落とし! 必殺の一撃が那珂ちゃんの頭頂部に入ったぁぁぁ!」


明石「このダメージは致命的だ! しかし、那珂ちゃんは必死に耐えている! もう2度とこの膝を放すものかと、決して離れようとしません!」


香取「足を取ってのテイクダウンを狙っているのかしら。那珂ちゃんのパワーじゃ、赤城さんにそれは無理なのに、なぜあそこまで……」


明石「顔と頭に無数の裂傷を負い、もう那珂ちゃんの耐久力は限界です! 再び肘が落とされた! 那珂ちゃん、遂に終わってしまうのか!」


明石「肘打ちを防ごうともせず、那珂ちゃんは更に膝を抱き込みます! これから何をしようと……あっ、引っ掻き!? 引っ掻いています!」


明石「もはや万策尽きたのか、痛みだけでダメージにはならない引っ掻き攻撃です! これが那珂ちゃんにとっての、最後の足掻きなのか!?」


香取「……違う、引っ掻き方がおかしいわ! 縦じゃなく、爪を横に滑らせるように引っ掻いてる!」


明石「あっ、赤城選手が肘打ちをやめました! 掌底で那珂ちゃんを突き飛ばし、まるで避難するかのように距離を取って……なっ!?」


香取「出血!? 尋常な量じゃないわよ!」


明石「赤城選手、内腿から大量の流血です! ただの出血ではない、まるで水道管に穴を開けたような勢いで血が噴き出ている! これは一体!」


香取「……これが那珂ちゃんの切り札だったんだわ。あのときの引っ掻きで、太腿の大腿動脈に傷を入れたのよ」


明石「で、でも引っ掻きでは動脈まで達するような傷をつけることは……」


香取「あのとき、那珂ちゃんは横滑りに引っ掻いていた。おそらく、爪の尖端を刃物のように鋭く研いでおいたのよ」


香取「これもルール上反則とは明記されてないわ。ダメージ覚悟で膝蹴りを受け、足にしがみつき、太腿の動脈を掻き切る。これがきっと最後の策」


香取「試合が中断されることも、その後に赤城さんが速攻を掛けてくることも読んでいたんだわ。那珂ちゃんは賭けに勝った……!」


明石「まさか、緋色の暴君が自らの血だまりを作ってしまうとは! この出血量では、行動不能まで幾ばくかもありません!」


香取「大腿動脈は失血死に至ることもある血管よ。そこを切られたなら、赤城さんが行動できるのはせいぜい後、1分……!」


明石「赤城選手は何としてもこの時間内に決めるしかない! 止血する時間も惜しい! 赤城、那珂ちゃん目掛けて走る!」


明石「しかし、那珂ちゃんはここに来てまたも逃げの一手! それもそのはず、もう那珂ちゃんは時間を稼ぐだけで勝利が決まるのです!」


明石「那珂ちゃんの顔には、先ほどの膝蹴りによるアザが生々しく残っています! あれほど膝と肘を食らい、限界が近いのは那珂ちゃんも同じ!」


明石「それでも、血に塗れて倒れそうな体を奮い立たせ、全力で逃げる、逃げる! 那珂ちゃん、勝利へ向けて全力で逃走を図ります!」


香取「レフェリーが据え置きな以上、警告も出されない。あとは逃げ回ってさえいれば那珂ちゃんは勝てそうね」


香取「でも……ここで簡単に諦める赤城さんではないはずよ」


明石「赤城選手、リング上に血を撒き散らしながら那珂ちゃんを追い詰める! 動脈を切られているとは思えない動きのキレです!」


明石「この動きが維持できるまでがタイムリミット! ここで那珂ちゃんをコーナーに追い詰め……これはっ、三角跳びぃぃぃ!?」


明石「出ました、逃げの三角跳びです! 己の技術と身体能力、全てを逃げることに使っています! 最後のスタミナを燃やし尽くす気だ!」


明石「それでも赤城選手は追うしかない! またフェンス際に……フェンス上を走った!? 那珂ちゃん、横向きにフェンスを疾走!」


明石「限界間近と思われた那珂ちゃん、驚異的な底力と運動神経でまたも窮地を脱出! 何が何でも逃げ切るつもりです!」


明石「那珂ちゃんとかなり距離を開けてしまった赤城選手、とうとう足が止まりました! 顔に血の気がない、もはや限界か!?」


香取「……違う。顔つきがまだ死んでないわ」


明石「あっ、何だ!? ここに来て、赤城選手が構えを変えました! 重心が低い! ガードを下ろし、両の拳を中段に構えています!」


明石「出血も意に介さず、その構えの先に那珂ちゃんを捉えている! ここから何をする気だ、赤城選手!」


香取「あの構え……まさか、古式ムエタイ!?」


明石「じわじわと距離を寄せている! 那珂ちゃんはフェンス際です! またさっきの三次元的な逃げ技で……いや、赤城のほうが早い!」


明石「一呼吸で間合いを詰めた! 那珂ちゃん危うし! ガードを固めて耐え……な、何だぁぁぁ! こ、これは見たこのない膝蹴りです!」


明石「一気に間合いを詰め、足を那珂ちゃんの膝に掛けた! その膝を土台に跳び上がり、頭を抱えての飛び膝蹴りぃぃぃ! これは痛烈だぁぁぁ!」


香取「……そうだったわ。赤城さんにも、隠し持った何かがあるはずよね」


明石「ここまで追い込んだにも関わらず、一撃で那珂ちゃんが……いや、落ちてない!? ま、まだ那珂ちゃんが動いている!」


明石「手で膝を辛うじてブロックしていた! しかも、蹴りに来た膝を抱え込むこの体勢は……プロレス技が使える!」


明石「自分から後ろへ倒れ込み、相手の頭をマットに打ち付ける! 必殺、那珂ちゃんバスターぁぁぁ! きっ、決まったァァァ!」


明石「す……凄まじい轟音が響きました! リングが割れたかのような……うわっ、血だまりです! おびただしい血が広がっています!」


明石「これはどっちの血だ!? 赤城選手か、それとも!? 両者とも倒れていて、勝敗がここからでは確認……あっ」


香取「……まさか、ここまでやるなんてね」


明石「あっ……あああっ……ご、ゴングが鳴りました! し……試合終了、終了です! か、勝ったのは……赤城選手! 赤城選手です!」


明石「投げが決まる寸前、赤城選手は投げられる勢いを利用して……那珂ちゃんの顔面に膝を落としました! 膝の打ち下ろしです!」


明石「マットと膝のサンドイッチにされ、既に限界が近かった那珂ちゃんが耐えられるはずもありません! 那珂ちゃん、完全に失神!」


明石「全身全霊を尽くしてここまで戦い抜くも、那珂ちゃん1歩及ばず! 最後に立っていたのはやはり、赤城選手です!」


明石「レフェリーを買収し、体と道着に粉末ローションを仕込み、最後には研いだ爪による引っ掻きでの動脈切断! その戦い、卑劣の極みです!」


明石「だがしかし、那珂ちゃんは全身全霊で勝ちに徹して戦いました! もう全て失っていい、その覚悟で那珂ちゃんは戦ったのです!」


明石「会場の皆さん、那珂ちゃんのファンになってほしいとは言いません、ただ、その心意気だけは称賛に値するはずです!」


明石「そして、那珂ちゃんの秘策を受け切りながら、それでも崩せなかった立ち技王者、赤城選手! 文句無しに強い!」


香取「小細工では赤城さんは崩せない、ということね。やはり彼女は最高のストライカーだわ」


香取「那珂ちゃんは不正工作を尽くした上での敗北……という最悪な負け方だけど、よく頑張ったわ。どうか、次があることを祈っているわね」


明石「波乱だらけの試合となってしまいましたが、どちらも死力を尽くした戦いとなりました! どうか、両選手を称える拍手をお願いします!」







試合後インタビュー:赤城


―――試合内容に不服はありますか?


赤城「あるにはありますが……今はない、と言っておきましょう。負けていれば文句のひとつも言ったでしょうが、今回は勝ちましたし」


赤城「こういう手段で勝ちに来られるとは思ってなかったので、戸惑ってしまいました。ですが、今はあまり気にしていません」


赤城「那珂ちゃんがこの赤城を倒そうとするなら、考えてみると当然の用意です。準備の周到さは、それだけ私を脅威と感じてくれていたのでしょう」


赤城「数々の不正は、むしろ私への尊敬と受け取らせていただきます。なかなか面白い戦いでした」


―――那珂ちゃんの実力をどのように評価しますか?


赤城「はっきりと断言しますが、那珂ちゃんは強いです。この私をあそこまで追い込んだ選手は、那珂ちゃんを入れてそうはいませんから」


赤城「初戦で使う予定のなかった技を使わされるはめにもなりましたしね。まさか、こんなところで古式の構えを見られることになるとは」


赤城「まあ、あの技は冥土の土産だと思っていただきたいですね。今後の那珂ちゃんの活躍をお祈りしています」







試合後インタビュー:那珂ちゃん


―――初戦敗退となりましたが、今のお気持ちをお聞かせください。


那珂「……勝てませんでした。だけど……不思議と悪い気分じゃないんです」


那珂「生まれて初めて、本当の全力で戦いました。なりふり構わない工作も、ルールを逆手に取った戦術も、全部勝つためです」


那珂「那珂ちゃんはこんなに勝ちたかったのは初めてです。後先も考えずに、勝ちに徹して……それでも負けました。赤城さんは強いですね」


那珂「これで、明日からの身の振り方を色々考えなくちゃならなくなりましたけど……いいんです。やるだけやって、すっきりしましたから」





明石「第2試合目は波乱の連続となりました! やはり第3回無差別級グランプリ、一筋縄ではいかない選手ばかりが集っています!」


明石「次なる第3試合も波乱の予兆を感じます! 対戦者はどちらも初参戦の海外艦、その上、片方は我々の敵国からの襲来です!」


明石「それでは第3試合に移ります! まずは赤コーナーより選手入場! イタリアより、最強を名乗る闘神がやってきた!」





試合前インタビュー:ローマ


―――日本は初めてとのことですが、異国の地で戦う緊張や不安などは感じておられるのでしょうか。


ローマ「Grazie。お気遣いに感謝します。しかし、そういったマイナス要素は一切感じていません」


ローマ「日本の方は同盟国ということもあり、とても親切に接してくださっています。これなら万全の態勢で試合に臨めそうです」


―――前大会では出場を見送られたとのことですが、今大会の出場を決意された理由をお聞かせください。


ローマ「他選手の試合を含め、長門さんの映像を全て拝見しました。彼女はとてつもなく強い。あのときの私では決して勝てなかったでしょう」


ローマ「元々私は総合格闘術だったのですが、長門さんには通用しないと感じました。ですから、戦い方を一から見直す必要に迫られたんです」


ローマ「過去のUKF無差別級グランプリに出た選手と技を解析し、古流の戦闘術と組み合わせる形で技を組み立てました」


ローマ「身に付けるには過酷な鍛錬が必要でしたが、思い描いていたシステムは完成しました。今の私なら、長門さんに勝てます」


―――初戦の相手となる戦艦棲姫ですが、何か思うことはありますか?


ローマ「抽選でなければ、初戦の相手は長門さんをお願いするつもりでしたから、そういう点では残念です」


ローマ「ですが、相手が未知数の深海棲艦だとしても、恐れはしません。対長門に組み立てられた私のシステムは、どんな相手にも通用します」


ローマ「戦艦棲姫にはその実験台になっていただきます。彼女なら、手加減はしなくてもいいでしょうし」




ローマ:入場テーマ「ブレイブリーデフォルト/地平を食らう蛇」


https://www.youtube.com/watch?v=XxGFVxqILN0&index=1&list=PLitCfufmsWBL3FKlTig8U9EAHlGs8x02W




明石「ローマ帝国とは!? かつて都市国家時代の欧州に存在し、圧倒的な文化と軍事力を誇った、世界最強の帝国である!」


明石「戦乱と没落により滅んだその帝国の名残を残すのは、今や一都市の名前のみなのか! 否! ここに存在する!」


明石「最強国家の名を背負い、UKFにてイタリアの強さを証明して見せよう! ”闘神”ローマァァァ!」


香取「まずは1人目の海外艦選手ね。あの3人の中では一番まともそうな方だわ。だから強くなさそう、ってわけじゃないけど」


明石「ローマ選手はイタリア軍部から送り出される形での出場ですが、軍部の方も『ローマなら優勝できる』と自信満々だそうです」


香取「それだけ自信があるのは、対長門さんを想定して組み上げたという彼女の戦闘システムにあるんでしょうね」


明石「公表では『剣闘術』となっていましたが、これはどういう意味なんでしょう?」


香取「名前だけから察すれば、おそらくは古代ローマのコロシアムで戦った剣闘士たちの技術、ということになるのかしら」


香取「まさか剣と盾を持ってきているわけはないから、日本武術でいう甲冑組討ちみたいなものなんじゃない?」


明石「甲冑組討ちですか……急所に当身を入れ、投げて組み伏せてから仕留めるという一連の動きは、確かに総合格闘に通じるものがありますね」


香取「そうなんだけど、まんま剣闘士の技術を使うわけじゃないんでしょう。そもそも剣闘士の技術の大半は武器術のはずよ」


香取「彼女はUKFグランプリの映像を全て見て、それを参考にしたと言っていたから、実際にはほぼ独自の格闘術を作ってきたんじゃないかしら」


明石「私もそうは思うんですが、ローマ選手は少し妙な言い方をしてるんですよね。これは流儀ではなく、『システム』だと」


香取「システムね……総合格闘技にも、そういう言い方をされたものが存在するわ」


香取「それはUKF初期の日向さんの戦術ね。胴タックルでテイクダウンを取ってからマウントポジションに持ち込み、パウンドを浴びせる」


香取「相手が嫌がってマウントから脱出しようとし、背を向けたところにバックチョーク。これで日向さんは20連勝し、戦艦級王者になっているわ」


香取「今は解析されて通用しなくなっているけど、その完成された勝利への流れは確かに『システム』と呼ぶべきものよ」


香取「ローマさんが言っているシステムが同じものを意味するとは限らないけど……なかなか興味深い技の組み立てをしてきたみたいね」


香取「どんな戦い方なのか楽しみだわ。もしかしたら、少々相手が悪いかもしれないけどね」


明石「ありがとうございます。それでは、青コーナーより選手入場! 深海棲艦の女王が今、UKFに登場します!」




試合前インタビュー:戦艦棲姫


―――今回はなぜUKFに参加されたのでしょうか。


戦艦棲姫「私ノ目的ハ大和ヲ殺スコトヨ。以前、私ヲ殺シテクレタオ返シニネ」


戦艦棲姫「ソノタメニ、セッカク海ノ底カラ這イ戻ッテキタトイウノニ、マサカ1回線デアイツガ落チルトハ思ワナカッタワ」


戦艦棲姫「仕方ガナイカラ予定ヲ変エマショウ。扶桑ト長門。大和ヲ倒シタコノ2人ヲ殺シテ、ソノ後ニ試合外デ大和ヲ殺ス」


戦艦棲姫「優勝ナドニ興味ハナイ。ソンナモノハ私ニトッテ通過点ニ過ギナイノ。大和ヘノ復讐コソ、私ニハ最モ大切ナノヨ」


―――UKFのルールに関しては把握されていますか?


戦艦棲姫「ルールニハ目ヲ通シタガ、馴染ミガナイワネ。ナゼ髪ヲ掴ム行為ヲ禁止ニシテルノ? 髪ノ毛デ絞メ殺スヤリ方ガ私ハ好キナノニ」


戦艦棲姫「柔ラカイマットモ、金網ニ囲マレタ空間モ好ミジャナイワ。殺シ合イハモット自由ニヤルノガ楽シイノヨ」


戦艦棲姫「マア、イイワ。ココハアナタ達ノ流儀ニ従ッテアゲル。別ニ殺シチャイケナイ、ッテワケデモナインデショウ?」


戦艦棲姫「慣レナイ環境ダケド、早メニ適応デキルヨウニスルワ。艦娘ヲ素手デ殺セル良イ機会ダ、大事ニサセテモラウワヨ」


―――対戦相手のローマ選手のことはどう見ていますか?


戦艦棲姫「ドウセ戦ウナラUKFノ強者ガ良カッタ。新参ノ海外艦トヤラサレルノハ少々興ザメネ」


戦艦棲姫「初戦デ人気ノアル艦娘ヲ血祭リニ上ゲテヤリタカッタノニ……デモ、イイワ。誰ガ相手ダッテ殺セバイイダケダカラ」


戦艦棲姫「ココヘ戦イニキタトイウコトハ、ソレナリノ覚悟ト実力ハアルンデショウ? セイゼイ私ヲ退屈サセナイコトネ」


戦艦棲姫「モシ退屈ナ相手ダッタラ……ソノトキハ、悶エ苦シム死ニ様デ楽シマセテモラウワヨ」




戦艦棲姫:入場テーマ「魔法少女まどか☆マギカ/Surgam identidem」


https://www.youtube.com/watch?v=wStS5Anvwjo




明石「ついに我々の宿敵がUKFのリングへ上がります! 鉄底海峡から来たりし深海棲艦の女王、艦娘最強の舞台に降臨!」


明石「格闘技など知ったことではない! 私が見せるのはルール無用の殺人技法! 敗北と死が直結する、闘争の本質を思い知れ!」


明石「貴様もアイアンボトムサウンドに沈むがいい! ”黒鉄の踊り子”戦艦棲姫ィィィ!」


香取「まったく、深海棲艦をリングに上げるなんて。UKFの運営は一体何を考えているのかしら」


明石「スポンサーの大本営からは物凄い文句を言われてますけど、話題にはなったのでプラマイゼロだとのことです」


香取「ああ、そう……しかし、敵地の真っ只中とも言える舞台に単身で乗り込むなんて、相当肝が座ってるわね」


明石「担当スタッフも驚いているそうです。粗暴な感じも、気負った感じもまるでなく、実に落ち着いた王者の風格を放っているそうで」


香取「さすが、大和さん以前のデスマッチ王者だけはあるわね。深海棲艦の中では最強なんでしょ?」


明石「はい。大和さん以外には誰にも負けたことがなく、本当に200戦無敗だったらしいです」


香取「交流なんてあるわけないから、深海棲艦のデスマッチに関する情報はこっちには全然伝わってないんだけど、大和さんなら知ってるわよね」


香取「大和さんは戦艦棲姫のファイトスタイルについて、何か話をしてくれたかしら?」


明石「聞きには言ったんですけど、『フェアじゃないから』と言うことで詳しくは教えてくれませんでした」


明石「大和さんが話してくれたのは、『足技に注意』ということと、『倒すのにかなり手こずった』という2つの情報だけです」


香取「……足技ね。確かに、あの長い手足は警戒に値すべきだわ。同じ戦艦級の中でも、リーチの長さはトップクラスでしょう」


香取「ストリートファイトの熟練者だから、素手の打撃にも慣れっこでしょうし、ストライカー能力はかなり高いんじゃないかしら」


明石「大和さんが手こずったというくらいですから、格闘技経験がないとはいえ、油断できる相手ではありませんね」


香取「……その大和さんが手こずった、ってところがどうも納得いかないわ」


明石「えっ? それはその……普通に強いって意味じゃないんですか?」


香取「そりゃあ強いでしょうよ。深海棲艦のデスマッチがどれくらいのレベルかは知らないけど、生半可な実力じゃ200戦無敗の戦績は築けないわ」


香取「だけど、いくら実力が高くても相性というものがあるわ。戦艦棲姫は霧島さんと同じ、喧嘩殺法のはずでしょ?」


明石「あ、はい。流儀はフリーファイトとなっていますし、本人も格闘技経験はないと明言しています。その情報は確かかと……」


香取「そんな人が大和さんを苦戦させるはずはないわ。大和さんは柔道家、組み技系では最強クラスの格闘家よ」


香取「場慣れした喧嘩屋が、路上でボクサーや空手家を叩きのめすのは確かに有り得る。でも、組み技系の格闘家相手だとそうはいかない」


香取「本能的に動けばある程度まではどうにかなる打撃系とくらべて、投げ技、組み技は抜け方を知っていないと逃げられない技が多数存在するわ」


香取「ましてや実戦経験豊富な大和さんに技を掛けられて、乱取りの練習さえしたことない喧嘩屋が抵抗できるはずがないのよ」


明石「霧島さんあたりは確かにそうですね。寝技や関節技を掛けられれば、噛み付くか殴る以上のことはできないようでしたし」


香取「実戦だけで強くなった喧嘩屋はそれが限界なのよ。組み技の攻防は知識と練習量でしか培えない、一種の学問みたいなものだから」


香取「格闘技経験なくして、組み技という知恵の輪は決して解けないはず。それなのに、戦艦棲姫が大和さんを苦戦させたということは……」


明石「……戦艦棲姫は格闘技を知っている、ってことでしょうか?」


香取「そこまで断言はできないけど……普通の喧嘩屋じゃないとは思うわ。戦艦棲姫は、何らかの形で組み技への対処ができるはず」


香取「もしかしたら、格闘技経験がないって発言も油断を誘うための嘘なのかも。騙し合いは実戦の基本だものね」


明石「なるほど……では、ローマ選手と戦艦棲姫の戦い、どのような展開を予想されますか?」


香取「正直なところ、予想できることはほとんどないわ。どちらもファイトスタイルがまったくの未知数だもの」


香取「初戦から海外艦同士が潰し合うことになるなんてね。なんで大会運営委員長はこの組み合わせを通したのかしら」


明石「なんでも、この対戦カードが抽選されたとき、まだ『絶対にやっちゃいけない組み合わせ』を引く可能性が残っていたからだそうですが……」


香取「ふうん……何にしても、異質な戦いになるのは何となく感じるわ。片方の相手は深海棲艦だものね」


香取「元デスマッチ王者の戦艦棲姫なら、当たり前のように急所を狙ってくるでしょう。ローマさんも、そのことは当然想定しているわよね」


香取「長門さんに勝てると言い切り、『闘神』を名乗る自信に実力が伴っているのかどうか、見せていただきましょう。相手に不足はないはずよ」


明石「ありがとうございます。さて、両選手がリングインしました! 初参戦の海外艦同士が睨み合っております!」


明石「薄笑いを浮かべて相手を見下す戦艦棲姫、その視線を傲然と受け止めるローマ選手! 激戦を予感させる空気が漂っております!」


明石「殺し合いを知り尽くす魔人を前に、イタリアの闘神はどのように戦うのか! 今、ゴングが鳴ろうとしています!」


明石「試合開始! 共にマイペースな速度でリング中央に出ていきますが……これは、互いに対象的な構えを取っています!」


明石「ローマ選手は左半身を開き、スタンスを広めに取った安定感のある構え! 左腕を盾のように前へ出し、右拳を大きく振りかぶっています!」


明石「いかにも、この右拳で殴りつけてやろうという立ち姿です! おそらく、我々が初めて目にする構えではないでしょうか!」


香取「確かに見たことない構えね。あの右手は何のつもりかしら? あのまま打ってもテレフォンパンチになって躱されるわよ」


明石「対する戦艦棲姫ですが、これを構えと呼んでいいのでしょうか! ほぼ棒立ちのまま両手をだらりと下げ、その場でステップを踏んでいます!」


明石「ノーガード戦法というより、ただその場で飛び跳ねているだけにも見えます! これはすなわち、喧嘩に構えなど不要ということなのか!」


明石「異質な構え同士が対峙します! その構えの真意を探り合うかのように、どちらも仕掛けない! お互いを冷静に観察しています!」


香取「どっちも出方を伺わざるを得ないわね。見たことのない構えに向かっていくのは無謀でしかないでしょうし」


明石「ローマ選手は足に根が生えたように微動だにせず、戦艦棲姫は直立姿勢のままステップを踏み続ける! 睨み合いが続いています!」


明石「先に拮抗を破るのはどちらか! ここで戦艦棲姫がやや前に出……いきなりドロップキィィィック! ぷ、プロレス技ぁ!?」


香取「あの間合いから!?」


明石「戦艦棲姫、初手から大技を繰り出したぁ! 全体重を乗せた両足が叩き付けられる! これをローマ、左腕1本でブロック!」


明石「完全に受け止めました! そして……戦艦棲姫、華麗に着地!? これは、驚嘆すべきバランス感覚です!」


香取「凄いわね。ドロップキックは成否に関わらず、放った後はグラウンドに倒れ込むものよ。それを着地なんて……運動能力がずば抜けてるわ」


明石「プロレスラーの度肝を抜くような凄まじい蹴りでした! それを腕1本で受け止めたローマも恐るべし! やはりこの2人、強い!」


明石「共に構えをニュートラルに戻します! 戦艦棲姫が再びステップを踏み……いや、蹴った! 回し蹴りです!」


明石「ボディを狙った左のミドルキック! これもローマ選手、左手で止めた! ムエタイを思わせる鋭い蹴りでしたが、ブロックには成功です!」


明石「しかし、続けて戦艦棲姫が蹴りを放つ! 右のハイキックだ! これも左腕でガード! 間髪入れずに後ろ回し蹴りぃ!?」


明石「更にローキック、ミドル、あごへの蹴り上げ! まるでテコンドー選手のように継ぎ目なく蹴りを放つ戦艦棲姫! 凄まじい身のこなしです!」


明石「だが、ローマ選手はその全てを左腕のみで防ぎ切っている! 鉄壁の如きガードの厚さです! その左、まさに剣闘士の大盾!」


明石「戦艦棲姫もそのディフェンス力の前に、一旦攻勢をやめて間合いを置きます! しかし呼吸は乱れず、薄笑いも消えていません!」


明石「攻撃を誘っているようにも見えますが、ローマ選手は動かない! 右拳の照準を戦艦棲姫に合わせたまま、左腕をガードに置くのみです!」


香取「普通、強い蹴りは利き足でしか打てないものだけど、戦艦棲姫は両足で打てるみたいね。天才的な運動センスだわ」


明石「どうでしょうか、この攻防。戦艦棲姫が攻めはしていますが、蹴りはことごとく防がれています。互角と思われますか?」


香取「ローマさんのほうが不利かもしれないわ。蹴りを防いだといっても、全部左腕1本で受けてるのよ。あの腕、もう感覚がないんじゃない?」


香取「戦艦棲姫の蹴りは素人仕込みとは思えないほど強力に見えるわ。このまま左だけで受け続けると、死に腕になって防御が崩れるかもしれない」


明石「防御もそうですが、ローマ選手はあの右拳を一向に打ちませんね。カウンターを狙っているんでしょうか?」


香取「単に間合いの問題じゃないかしら。戦艦棲姫が蹴りしか打たない上にリーチが長いから、拳の射程に入れないのよ」


香取「戦艦棲姫もそれをわかって蹴りしか打たないのかも。ローマさん、早くも考えが見透かされてるわよ」


明石「確かに……このままでは、ローマ選手は『システム』を披露する前に、左腕を消耗して構えを崩されかねません!」


明石「しかしローマは動かない! その様子を戦艦棲姫は薄笑いを浮かべて観察しています! ここから何を仕掛けてくるのか!」


明石「再び戦艦棲姫がステップと共に間合いを詰める! 左のハイキッ……いや、何だあの脚の持ち上がり!? 上空から蹴りを振り下ろした!」


明石「ぶ、ブラジリアンキック! 高度な蹴り技を繰り出して来ました! せり上がった脚がガードをかいくぐり、ローマの首の付け根にヒット!」


明石「驚くべき股関節の柔軟性です! それでもなお、ローマは動かない! わずかに姿勢が揺らいだ様子はありましたが、構えは崩れていません!」


明石「まだローマ選手は攻めないのか! 対する戦艦棲姫は次の攻撃に移る! 今度は何だ? 体を左方向に捻りました!」


明石「捻りを加えてまたブラジリアンキッ……空振り!? 違う、回転力を殺さずそのまま下段後ろ回し蹴り! かかとで膝を狙いました!」


明石「これも命中! フェイントを入れた重い蹴りが膝に入りました! 相変わらず動かないローマですが、さすがに効いたのではないでしょうか!」


香取「恐ろしく器用なやつね。ここまで多彩な蹴りを打てるなんて、テコンドー選手でもこうはいかないわよ」


明石「更に戦艦棲姫は蹴りを放つ! 左の後ろ回し蹴り! これはローマ、がっちりと側頭部をガード……いや、すり抜けた!?」


明石「蹴りが途中で変化しました! 膝を曲げ、足裏を叩き付けるような掛け蹴り! 後頭部に当たった! この一撃はまずい!」


明石「わずかにローマ選手がよろめく! 好機とばかりに戦艦棲姫がトドメの蹴り! 顔面狙いの前蹴りが……ローマが動いた!?」


香取「カウンター!?」


明石「せ、正拳逆突きぃぃぃ! 凄まじい突きが決まりました! 前蹴りを左手で捌いてからの正確無比なカウンター! 戦艦棲姫の顔面に命中!」


明石「コンクリートの壁をも貫きそうな、強烈な一撃です! 全てはこれを決めるために耐えてきた! 今、その一撃が入りました!」


明石「この威力は耐えようがない! 戦艦棲姫、ダウン! ダウンです! すかさずローマがパスガードに向かう! ま、マウントポジション!」


明石「戦艦棲姫のダメージは深刻だ! 逆突きをまともに受け、顔面がへこんで……そこに鉄槌振り下ろしぃぃぃ! キツいダメ押しが入ったぁ!」


明石「ローマ選手、トドメを刺しに掛かった! パウンドのラッシュ、ラッシュ、ラッシュ! 戦艦棲姫、辛うじてガードを上げて防御に徹する!」


明石「しかし、明らかに意識が朦朧としている! パンチをガードし切れない! 攻勢は一転、ローマ選手が完全に主導権を握りました!」


香取「……『システム』ね。参考にしたファイトスタイルは、カウンター特化の武蔵さんと島風さん、一撃必殺の夕立さんってところかしら」


香取「まさに長門さんを倒すためだけの技の組み立てだわ。彼女、このシステムだけで全試合を勝ち抜くつもりよ」


明石「今のが『システム』ですか? 確かにカウンターを当ててマウントを取る動きは非常にスムーズでしたが……」


香取「ローマさんは元々総合格闘術だったそうじゃない? 彼女は長門さんを勝つために、新しい技を覚えるんじゃなく、むしろ技を捨てたのよ」


香取「何でもできる長門さんに、多彩な攻撃は通用しない。なら、可能性があるのは一点特化。ごく一部の技を研ぎ澄まし、その一撃で鉄壁を穿つ」


香取「あれはそのための戦法よ。左腕は防御に徹し、攻撃に耐えて右の正拳突きをカウンターで入れる。磨きに磨いた正拳突きをね」


香取「カウンターでそんなものをもらえば、確実にダウンが取れる。それからマウントに移行して仕留める。彼女はこの流れだけを鍛錬したの」


香取「極めてシンプルな技の組み立ては、確かに流儀というよりは『システム』。盾で受けて剣を突き刺す、まさに剣闘術の戦い方ね」


明石「なるほど。ということは、マウントを取ったこの状態は、ローマ選手にとって最終段階! ここで確実に試合を終わらせる気だ!」


明石「最初の正拳突き、そしてパウンドのラッシュにより、戦艦棲姫はKO寸前! 数え切れないほどのパンチを顔面にもらっています!」


明石「鼻骨は折れ、流血とアザで表情すら窺い知れない! それでもローマは容赦しない! ここでアームロックを仕掛けたぁ!」


香取「マウントを取ってから、確実に仕留める技術もばっちりね。身体能力は凄かったけど、喧嘩屋さんはここで終わりかしら」


明石「右腕の逆関節を取り、捻じ曲げる! き、極まったァァァ! 肘があらぬ方向へと曲がりました! もう右腕は使い物に……?」


香取「え……?」


明石「な……何だ!? アームロックは間違いなく極まっています! 肘は関節の可動域を超えて曲がっている! なのに……手応えがない!?」


明石「いくら腕を捻っても、折れる気配がない! ローマ選手の表情にも戸惑いが浮かびます! これは一体!?」


香取「関節技が……通用しない!?」


明石「あっ!? ろ、ローマ選手の首に脚が絡み付きました! あれほどの打撃を食らって、まだ意識があるのか、戦艦棲姫!」


明石「しかも、異常な脚の上がり方です! マウントを取られた状態から、両足でローマの首をクラッチ! そのまま背後に引き倒している!」


明石「同時に頸動脈も絞めている!? 二匹の蛇のような脚が今、ローマを引きずり倒したぁ! 戦艦棲姫がマウントから抜け出します!」


明石「こ、こいつ……!? 笑っています! 鼻を潰され、血みどろになりながらも、その表情は薄笑いのままだ!」


香取「……アドレナリンを操作してるわ。殺し合いへの高揚感でダメージを消してる……!」


明石「マウントから逃げられたローマですが、まだ立たせはしない! 首に絡みつく脚を引き剥がし、足関節を狙う! 足首固めが入った!」


明石「一息に捻じ曲げたぁぁぁ! 戦艦棲姫、自慢の脚を骨折……してない!? 薄笑いが消えていません!」


明石「極められていない脚でローマを蹴り飛ばし、関節技から易々と脱出! お、折れてません! あれだけ拗じられたのに!?」


香取「わかったわ。こいつ、関節の可動域が異常に広いのよ。熟練のヨガ僧かそれ以上の、超人的な柔軟性を持っているの」


香取「普通、あれだけ拗じられれば靭帯断裂か、脱臼骨折のどちらかを起こすはずよ。鍛えて手に入るものじゃない、天性の才能……!」


明石「まさに魔人と言うべき身体能力! 関節技がここまで効かないとは! ローマがグラウンドで仕留め切れない!」


明石「関節技から抜け、戦艦棲姫が立ち上がり……!? 違う、脚を絡めた! まさか、グラウンド勝負を挑む気か!?」


明石「あ、足4の字固めぇぇぇ!? またしてもプロレス技、しかも関節技です! 喧嘩屋、戦艦棲姫が寝技を繰り出しました!」


香取「馬鹿な、実戦で掛けられるような技じゃないはずよ!?」


明石「蛇のような両脚が絡みつき、ローマの膝が悲鳴を上げる! まさか、デスマッチの王者が足関節を使えるとは!」


明石「あっと、ローマ選手、戦艦棲姫を蹴りつけた! どうにか4の字固めから脱出しました! グラウンドを捨て、再びスタンドに戻ります!」


明石「どうやら戦艦棲姫に寝技は危険と判断したようです! もう一度、打撃戦からのカウンターで仕留める作戦か、ローマ選手!」


明石「スタンドに戻ったローマを見て、戦艦棲姫も立ち上が……らない!? ガードポジションのまま、ローマの懐に滑り込んだ!」


明石「また脚を絡めてきました! これは、足搦み!? 膝裏を折りたたまれるようにして、ローマがあっけなくグラウンドに引きずり込まれた!」


香取「デラヒーバ・ガード!? ブラジリアン柔術の技じゃない! こいつ、やっぱり格闘技を知ってる。それも相当なレベルで……!」


明石「予想外です、喧嘩屋であるはずの戦艦棲姫が柔術を使いこなしている! 格闘技経験なしというのは偽りだったのか!」


明石「ともかく、ローマ選手はこの絡みつく両脚から逃れなくてはなりません! 脚をかき分け、グラウンドからの脱出を図る!」


明石「し、しかし……戦艦棲姫の体捌きが思いのほか上手い! こいつ、グラウンドのポジション取りまで出来るのか!」


香取「大和さんが手こずるわけだわ。関節技が効かない上に、寝技も黒帯級の腕前じゃない……!」


明石「とうとう戦艦棲姫がトップポジションを取った! ローマ選手、辛うじてハーフガードを維持! ここから片足を抜かれるのはまずい!」


明石「戦艦棲姫の最大の武器、脚を自由にすれば何をされるかわからない! どうにかディフェンスを……戦艦棲姫が襟を取った!?」


香取「つ、突込絞め!?」


明石「道着を使った絞め技です! 忘れていました、戦艦棲姫は脚だけでなく腕のリーチもある! ハーフガードからでも絞め技が可能なのです!」


明石「初めて戦艦棲姫が腕を武器として使う! ローマ選手、防戦一方! グラウンドで圧倒的劣勢に立たされています!」


明石「し、しかもここで戦艦棲姫が脚を抜いた! マウントポジションを取られました! ローマ選手にとって最悪の展開です!」


香取「いえ、これはローマさんから仕向けたことみたい」


明石「おっと!? ローマ選手、戦艦棲姫の腕を取って体を捻った! 腰を浮かせて亀の体勢に移行! マウントから一時脱出!」


明石「どうやら、グラウンドから逃れるため、わざとマウントを取らせたようです! まだローマ選手に逆転のチャンスは残されています!」


香取「……戦艦棲姫の技量が読めない。あれだけクラウンドの攻防ができるのに、マウントポジションの維持は全然できないみたいだわ」


明石「ローマ選手が立ち上がった! 背中には戦艦棲姫がしがみついたまま! まだ袖を締めあげて頸動脈に圧力をかけ続けています!」


明石「これを振りほどけるか! ローマがより深く腕を抱き寄せた! 体を沈み込ませる! い、一本背負いぃぃぃ! 一息に投げ落としたぁ!」


明石「起死回生の投げ技で戦艦棲姫をマットに叩き付けました! まだ終わっていない! イタリアの闘神はここからだ!」


明石「戦艦棲姫は受け身を取ったようですが、それよりローマのパスガードのほうが速い! 間髪入れずマウントポジションを取り返しました!」


香取「スタンドからマウントを取る能力はローマさんのほうが上ね。ここで戦艦棲姫を仕留め切らないと、厄介なことになるわよ」


明石「再び手にしたマウントポジション、ローマの選択する攻撃手段はやはりパウンド! 関節技が効かないなら、殴り倒すのみ!」


明石「上から殴る、殴る、殴る! 顔面へ容赦ない鉄槌打ちの雨あられ! 一発一発の打撃が重い! マットへ血しぶきが飛び散っています!」


明石「ただでさえ潰れかけていた顔を更に潰され、戦艦棲姫も限界は近いはず! どうするデスマッチ王者! これで終わりか!?」


明石「いや、やはり終わってはいない! 再度脚が持ち上がる! ローマの背後から2本の脚が襲い掛かります! しかし、今度は読んでいる!」


明石「素早く腕で防御を……いや、狙いが違う! 襟です! 足指が道着の襟を掴み、しかも締め上げた!? 頸動脈を極められている!」


香取「あんな体勢から、足の指を使った送り襟絞め!? こんな技見たことない……ていうか、普通できるわけない!」


明石「まさに化け物じみた絞め技です! 不意を突かれたローマ選手、堪らず立ち上がって振りほどいた! 同時に戦艦棲姫も立ち上がる!」


明石「スタンドからの再勝負となってしまいました! 無傷のローマ選手に対し、明らかに手負いの戦艦棲姫ですが……薄笑いが消えていない!」


明石「血をボタボタと滴らせながら、楽しそうに笑っています! 再びステップを踏み始める、その動きにダメージは感じられません!」


明石「敗北が死に直結するというなら、死なない限り立ち上がるとでも言うのか! やはりこいつも、常識が通用しない怪物です!」


明石「ローマ選手の剣闘術は、このような化け物を想定して組み立てられてはいない! 打撃も、関節技も、寝技さえこいつには通らない!」


明石「もはやローマ選手に残された武器は1つ、正拳逆突き! この一撃を当てるしか、戦艦棲姫を沈める方法はない!」


香取「アドレナリン放出で誤魔化してるとはいえ、戦艦棲姫のダメージは深刻よ。今度大きな一発が入れば、流石に耐え切れないはず」


香取「でも、ローマさんがカウンター狙いなのを戦艦棲姫は知っている。簡単には当てられないわよ」


明石「ローマ選手は再び動かなくなりました! 左腕を防御に構え、右拳を振りかぶったまま戦艦棲姫から視線を切らない!」


明石「また蹴ってこいと誘っています! 誘いに乗るか、戦艦棲姫! 間合いを詰めていく! やはり攻めるのは戦艦棲姫です!」


明石「脚のリーチを生かした前蹴り! ローマが捌いた! 早くもカウンターの右……二段蹴りぃぃぃ!? ローマ、逆にカウンターをもらった!」


香取「二段重ねの飛び前蹴り!? どれだけ蹴りのレパートリーがあるのよ!」


明石「あごにつま先蹴りが入ってしまいました! ローマ選手、ダウン! 今度は戦艦棲姫がマウント……違う、踏み付けにいった!」


香取「ま、まずい!」


明石「躊躇なく踏み抜いたぁぁぁ! 魔の脚がローマの顔面を押し潰しました! 続けて踏み付け、踏み付け、踏み付けぇぇぇ!」


明石「ご、ゴングが鳴りました、試合終了! それでも戦艦棲姫が追撃をやめない! レフェリーに強引に制止され、ようやく攻撃を中断しました!」


明石「劇的な幕切れとなってしまいました! スタンド、グラウンド共に凄まじい攻防になりましたが……勝負を制したのは、戦艦棲姫!」


明石「恐るべき格闘技巧を見せつけながら、最後は喧嘩屋らしく踏み付けで終わらせました! 勝ったのは戦艦棲姫、戦艦棲姫です!」


明石「対長門に組み立てられた剣闘術も、深海棲艦の女王には通用せず! ローマ選手、無念! ローマ選手はここで敗退となります!」


明石「逆に戦艦棲姫は1回戦突破! UKFは深海棲艦の初戦勝ち抜きを許してしまいました! この怪物を倒せる者は現れるのでしょうか!」


香取「想像以上……というより、思ってたのと全く別の強さを持つファイターみたいね、戦艦棲姫は。まさか技巧に長けてるなんて思いもしなかった」


香取「ローマさんは相手が悪かったとしか言いようがないわ。あんな規格外を想定した技の組み立てもしていなかったでしょうしね」


香取「対長門戦法はシンプルで汎用が効く反面、トリッキーな相手には向いてないのかも。まだ改良の余地があるのかもしれないわ」


明石「戦艦棲姫の格闘技経験がないという発言は嘘だったんでしょうか? 蹴り技から寝技まで、かなり高度な技術を使いこなしていましたが……」


香取「嘘と見て間違いないわね。私が見る限り、打撃系と柔術系、2つ以上の格闘術を相当深くやり込んでるわ」


香取「経歴まで偽って勝ちに来るなんて……さすが実戦慣れしてるじゃない。性格のほうもかなりしたたかみたいね」


香取「戦艦棲姫は優勝候補の実力を持っていると見ていいでしょう。まだ見せてない技もありそうだし、警戒する必要があるわ」


明石「まさしくダークホースですね。運営側の本音を言えば、話題作りのためだけに呼んだ節があるので、あまり勝ち抜かれると困るのですが……」


香取「簡単には倒せないわよ。戦艦棲姫に喧嘩屋特有の弱点はない。打撃も寝技もできて、関節技が効かない特異性まで持ち合わせてる」


香取「最悪、決勝まで勝ち進まれる可能性もあるわ……どうにか他の選手に頑張ってほしいわね」


明石「そうですね。とんでもないやつでした……」





試合後インタビュー:戦艦棲姫


―――初戦突破の感想をお聞かせください。


戦艦棲姫「ナカナカ楽シメタ。初戦カラ歯応エノアル艦娘ヲ殺セテ満足ヨ。戦イ方モ面白イヤツダッタ」


戦艦棲姫「ココニハ見タコトノナイ戦イ方ヲスル相手ガ大勢イルミタイネ。次ノ対戦モ今カラ楽シミダ」


―――ブラジリアンキックや送り襟絞めなど、高度な技を使われていましたが、ああいった技はどこで学ばれたんですか?


戦艦棲姫「ブラジリアン……? ナンダソレハ。アア、技ノ名前? ソウイウ呼ビ名ナノネ、知ラナカッタ」


戦艦棲姫「アレハ、デスマッチデ見タコトノアル技ヲ真似タダケダ。襟ヲ掴ンデ絞メ殺ス技ハ、大和ガ私ニトドメヲ刺シタ技ダカラヨク覚エテルワ」


戦艦棲姫「蹴リモ以前ニ戦ッタ、空手家ヤ中国拳法家ガ使ッテイタモノヲ真似シテイル。蹴リ技ハ好キダ、使ッテイテ楽シイカラ」


戦艦棲姫「手技ハ好キジャナイカラ使ワナイ。指ガ痛クナルノガ嫌ダ」


―――どれくらい練習したんですか?


戦艦棲姫「練習? 技ナンテ、一度見レバ普通覚エルデショウ。踊リノ稽古ジャナインダカラ、イチイチ練習ナンテスル必要ガナイ」


戦艦棲姫「……ナンダ、ソノ顔ハ。違ウノカ? 私ハ技ヲ練習シタコトナンテナイガ……普通ハスルモノナノカ?」


戦艦棲姫「ソウナノカ……実ニ不器用ダナ、艦娘トイウモノハ」





試合後インタビュー:ローマ


―――敗因は何だったと思われますか?


ローマ「何から考えていいのか……まず、あんなファイターが存在すること自体、まったくの想定外でした」


ローマ「関節技が効かず、四方八方どこからでも脚が飛んでくる……彼女には専用の対策を講じるしか、勝算が思い浮かびません」


ローマ「長門さんを想定したシステムなら、全ての相手に通用すると思い込んでいました。自分の考えが甘かったことを恥じます」


―――初戦敗退となってしまいましたが、今の心境をお聞かせください。


ローマ「……こんなことになるなんて、思ってもみなかったわ。本国の方たちに、必ず優勝するって約束してきたのに……」


ローマ「しかも、深海棲艦を相手に負けるなんて……悔しいです。こんなことじゃイタリアに帰れない……」


ローマ「できることなら、もう一度チャンスが欲しいです。でも、負けたら終わりなんですよね……」


ローマ「……敗北を認めます。だけど、2度と負けません。次こそは、必ず……!」






明石「海外艦同士がぶつかり合った第3試合、勝者は深海棲艦となってしまいました! 続々と怪物級の強者が勝ち上がっていきます!」


明石「本日最後の対戦となりました! こちらにも海外艦が登場! ナチス・ドイツからの刺客を、軽巡級王者は迎え討つことはできるのか!」


明石「それでは第4試合、開幕! 赤コーナーより選手入場! 軽巡級王者にして、艦娘一の頭脳派ファイターです!」







試合前インタビュー:大淀


―――組み合わせ抽選において、大淀選手は一番の外れクジを引いたという下馬評ですが、ご自身はどう捉えられていますか?


大淀「否定はしません。確かに私にとって、初戦で海外艦に当たるというのは好ましくないケースです」


大淀「ですが、別に最悪というわけではありませんよ。なぜなら、こういったケースも予め想定していましたから」


大淀「序盤で手の内を晒さざるを得ないという不利益は発生しますが、勝算は十二分にあります。心配してくださらなくて結構です」


―――グラーフ・ツェッペリン選手にデータ戦術は通用しないかと思いますが、どのように戦いますか?


大淀「グラーフさんにデータが通じないというのは皆さんの思い込みです。どんな訓練や改造を受けていようと、ベースは私達と同じ艦娘ですから」


大淀「関節があり、急所があり、神経が通っている。本物のサイボーグではない以上、型にはめることは可能です」


大淀「それに、彼女はビスマルクさんと同じ研究機関の出身らしいじゃないですか。それだけの情報があれば、データとしては充分です」


大淀「既にビスマルクさんについては解析が終了しています。ベルリンの人喰い鬼は、今の私にとっては少々変わり種のファイターに過ぎません」


大淀「足りない部分は戦いながら埋めていけばいいでしょう。彼女には今日付けでドイツへの帰国便に乗っていただきます」


―――人気がないことでお悩みの大淀選手ですが、グラーフ選手に勝利すれば、人気が出るとお考えですか?


大淀「いいえ? 以前からそうですが、私は人気取りのために戦ったことは一度もありません」


大淀「私は那珂ちゃんのような人気があってこそのファイターではなく、純正の格闘家。格闘家とは勝つことが全てです」


大淀「面白い試合作りなんて考えたこともありませんし、負けたのに評価されるなんてことも望んでいません。負けるのはただただ恥だと思ってます」


大淀「今日も勝ちに来ました。もし名勝負をお望みなら、期待には応えられそうにありません。私がただ勝つだけですから」




大淀:入場テーマ「Silent Hill/Opening theme」


https://www.youtube.com/watch?v=w2cK8mOG4Q8




明石「兵は詭道なり! ならばリング上での騙し合いに最も長けた者こそ最強のファイター! 即ちそれは、軽巡級王者のことを指し示す!」


明石「裏をかき、型にはめ、罠に誘い込む! リベンジの意志さえ挫く、冷酷非道な処刑ファイトを目に焼き付けろ!」


明石「勝利への方程式が解き明かされる! ”インテリジェンス・マーダー” 大淀ォォォ!」


香取「前回は解説だった大淀さんね。解説役を務められるだけあって、彼女はあらゆる格闘技に精通しているわ」


明石「元々は少林寺拳法を学んでいたそうですが、既に流派からは離れているそうですね」


香取「ええ。実戦性に疑問を感じたらしくて、それからは世界中のあらゆる格闘術を学び、技を取捨選択して独自のファイトスタイルを築いているわ」


香取「ベースになってるは少林寺拳法とジークンドーだけど、基本的には何でもやれるわね。どちらかと言えば打撃が主体かしら」


香取「大淀さんのハンドスピードはUKF選手でもトップクラス。威力はないけど、突きの速度と正確さはかなりの脅威になると思うわ」


明石「大淀選手の得意技と言えば、やはりフィンガージャブになるでしょうか」


香取「そうね。本来、目突きは実戦で使うと驚くほど成功しないものよ。的が小さい上に、人には顔への攻撃を防ごうとする本能が備わっているから」


香取「逆に言えば、目突きを打たれると相手は反応せざるを得ない。大淀さんはそれを利用して、フェイントとしての目突きを多用するわ」


香取「大淀さんの目突きはとにかくしつこいのよ。目の前で何度も何度も猫騙しをされるようなものね。やられる側は堪ったものじゃないわ」


香取「で、相手がフェイントに慣れる頃合いになると、本当に突いてくる。そうやって大淀さんは、何度も正面からの目突きを成功させてきたわ」


香取「総括すると、大淀さんのファイトスタイルはとにかく性格が悪いのよね。心理戦を仕掛けて、嫌らしいところを突いてくる戦術よ」


明石「大淀選手と対戦したファイターは、口を揃えて『二度と戦いたくない』とコメントしていますよね」


香取「だって、大淀さんって本当に相手に何もさせないんだもの。大淀さんは対戦者の流儀から人格まで、全てのデータを解析して試合に臨むから」


香取「彼女が読むのは次の一手だけじゃなく、相手の『やりたいこと』と『して欲しくないこと』。相手の行動を戦略的視点から潰してしまうのよ」


香取「打撃を望まれれば組み付き、組み技を望まれれば離れる。常に相手の嫌うことを選択して、徹底的に噛み合わせず立ち回る」


香取「結果、相手は何もできなくなる。そうやって主導権を握ってしまえば、後はパターンにハメて潰すだけね」


明石「テレビゲームで例えるなら、ハメ技ばかり使ってくるタイプのファイターですか。そりゃあ嫌われるわけです」


香取「そうね。そんな戦い方だから、今まで大淀さんはほぼ全ての試合を無傷で勝っている。これほど完封勝ちの多い選手は極稀よ」


香取「ただ、彼女には欠点が2つあるわ。1つは試合を盛り上げようとする気持ちが全くないということ」


香取「まあ、これはまさしく欠点であって、弱点にはならないんだけど。勝ちに徹した戦い方だから、面白みにはどうしても欠けるのよ」


香取「もう1つは、相性の悪い相手には勝率が薄いことね。何を考えているかわからないようなタイプのファイターは大の苦手みたい」


香取「具体的には鳳翔さんや、長門さんね。実際、第1回目のグランプリで、大淀さんは何もできないまま長門さんに敗北しているわ」


香取「でもね、逆に言えば、大淀さんは長門さん以外にはリング上で負けたことはない。それはそのまま、彼女の実力を表しているんじゃないかしら」


明石「下馬評において、大淀選手がこの試合を勝ち抜く確率は絶望的と言われていますが、香取さんとしてはどう思っていますか?」


香取「勝率が低いのは間違いないけど、そう捨てたものでもないと思うわ。彼女は言ってたもの、『ビスマルクさんの解析は済んでいる』って」


香取「ビスマルクさんのデータはこの試合で大いに役立つはず。何より、大淀さんがリングに上がること自体、彼女なりの勝算があるということよ」


香取「大淀さんは戦いにおいて完全な合理主義者。プライドも周囲の評判も二の次だから、負けると思ったら試合をするまでもなく棄権するはず」


香取「優勝するための準備はしっかり整えていることでしょう。それはどの選手にとっても、決して油断できるものではないと思うわよ」


明石「ありがとうございます。さて、それでは青コーナーより選手入場! 恐怖のナチス・ドイツ新造艦がとうとう姿を現します!」




試合前インタビュー:グラーフ・ツェッペリン


―――ビスマルク選手の後継機と伺っておりますが、ご自身はビスマルク選手についてどう思っていらっしゃいますか?


グラーフ「あの出来損ないと私を一緒にされては困る。私はナチス・ドイツより生まれた最高傑作、ビスマルクはただの欠陥品だ」


グラーフ「後継機であり最新である私は、全ての性能においてビスマルクを凌駕する。アレと戦えば、間違いなく私が勝つだろう」


グラーフ「何よりアレは理性と品性に欠ける、ドイツの面汚し。厳格な訓練と教育を受けた私とは全くものが違う、ということを理解して頂きたい」


―――ビスマルク選手は噛み付き攻撃を得意としていましたが、そういったことはされないということでしょうか。


グラーフ「質問の意味がわからない。私が噛み付く、噛み付かないからといって、それがどうしたというのだ」


グラーフ「噛み付きは軍隊格闘術において平凡な技の1つに過ぎない。必要があれば私も噛み付くが、必要がなければ使うことはない」


グラーフ「欠陥品であるビスマルクのように、相手を捕食するような真似はしない。そんな行為は戦闘において全く無駄でしかないからだ」


グラーフ「UKFのルールには目を通した。噛み付きが反則でないなら、それを使う場面もあるだろう。私は戦闘において、最適な行動を選択するだけだ」


―――優勝に向けた意気込みをお聞かせください。


グラーフ「私は総統閣下直々に、UKFにて優勝してくるよう指令を賜った。ならば、全力でその任務を果たすまでだ」


グラーフ「意気込みなどはない。任務の障害になるものは全て排除し、下された命を遂行する。私にあるのはそれだけだ」




グラーフ・ツェッペリン:入場テーマ「DEAD SILENCE/OFFICIAL THEME SONG」


https://www.youtube.com/watch?v=UI2WuKFX7u0




明石「ナチス・ドイツより、新たなる怪物が日本上陸! その鉄面皮の裏側には、いかなる本性が秘められているのでしょう!」


明石「彼女は言い切った、あのベルリンの人喰い鬼より自分は強いと! UKFのリングで、再び惨劇が繰り広げられてしまうのか!」


明石「戦闘マシーンの歯車が今、音を立てて動き出す! ”キリング・ドール”グラーフ・ツェッペリィィィン!」


香取「さて……出てきたわね。今大会で最も警戒すべき選手のひとりと言ってもいいでしょう」


明石「ナチス・ドイツからの選手は前例が前例ですからね。どうしても不気味に感じてしまいます」


香取「接触したスタッフによれば、実に礼儀正しくて生真面目な方だそうね。感情を全く表に出さないのが少し気になったらしいけど」


明石「確かに、全くの無表情ですね。あの人、笑ったり泣いたりすることがあるんでしょうか……」


香取「終始微笑みを絶やさなかったビスマルクさんとは対照的ね。どっちにしろ、不気味なことに変わりはないけれど」


明石「ドイツ側から寄せられた情報によると、彼女はビスマルク選手の実験データを元に開発された、ナチス・ドイツ研究機関所有の艦娘だそうです」


明石「両者の大きく異なる点は、ビスマルク選手が以前は普通の鎮守府に配属されていたのに対し、グラーフ選手は元から研究機関の出自らしいです」


香取「……ビスマルクさんが後天的に何かを付与されたとするなら、グラーフさんは先天的に何かを持っている、ということかしら」


明石「さあ、そこまでは……他にわかっているのは、扱う格闘術はフェアバーン・システムを基礎とした軍隊格闘術ということぐらいです」


香取「軍隊格闘術ね……一般的に勘違いされやすいんだけど、軍隊格闘は技術として特別優れている、というわけじゃないの」


香取「元々、軍隊格闘術は新兵の早期育成を目的としたもの。技の組み立てはごくシンプルで、効果的かつ習得しやすいものに限られているわ」


香取「いわば、初心者用のスターターパックみたいなものね。短期間で白兵戦を学ぶにはこれ以上ないほど実用的だけど、格闘技としては底が浅いの」


香取「ハイキックみたいに高度な蹴り技はないし、組み技、投げ技もバリエーションはない。軍隊格闘術は対格闘家用には組み立てられていないわ」


香取「付け入る隙があるとすればそこだけど……あまり当てにはできなさそうね。ナチス・ドイツがまともな選手を送ってくるはずがないもの」


明石「……やっぱり、何かしらの特異性は持っているでしょうね」


香取「ええ。ビスマルクさんがそうだったように、脳内麻薬の異常分泌なんかは標準装備されているんじゃないかしら」


香取「ダメージや疲労を蓄積させるような戦術は使えない。急所に当てても怯まず向かってくると考えたほうがいいでしょう」


香取「後は……格闘技術と身体能力がどの程度かによるわね。大淀さんはデータを集めながら戦わざるを得ないんじゃないかしら」


明石「となると……大淀選手は泥仕合に持ち込むということですね」


香取「おそらくは。大淀さんは未知数の相手へ積極的に攻め込むことはまずしない。適当にフェイントを放って逃げ回るでしょう」


香取「判定ありのルールなら、そのまま判定勝ち狙いの展開に持っていくこともあるけど、今回はそうはいかないわ。KOしないと勝利は得られない」


香取「泥仕合の果てにどういう作戦を選択するかは、大淀さん次第ね。そもそも泥仕合に持ち込めるかどうか、って心配もあるけれど」


明石「……以前の龍田選手みたいな憂き目に合ったりしないでしょうか、大淀さん……」


香取「……大丈夫よ。大淀さんは負けない戦いに徹するから、そこまで酷いことにはならないはずよ」


香取「かといって勝てるとも限らないけれど……少なくとも、グラーフ・ツェッペリンの底を晒すくらいのことはしてくれると思うわ」


明石「……ありがとうございます。さあ、両選手がリングに入りました! 共に無表情で向き合うその様は、さながら殺人マシーン同士の対決!」


明石「どちらの視線も同じことを物語っているようです! 恐怖も慢心もなく、ただ合理的に、的確に相手を破壊してやると!」


明石「勝つのは殺人コンピューター大淀か、それとも戦闘マシーン、グラーフ・ツェッペリンか! 共にどう戦うのか、全く予想が付きません!」


明石「注目度の高いこの試合、どのような結末を迎えるのでしょうか! ゴングが鳴りました、試合開始です!」


明石「両者、ゆっくりとコーナーから出ていきます! グラーフ選手はオーソドックスなファイティングポーズで歩みを進めていく!」


明石「拳を固めたグラーフ選手に対し、大淀選手は開手にて臨みます! ヒットマンスタイル寄りの構えを取り、軽快なステップを踏んでいる!」


香取「やっぱり、まずはフットワーク主体で攻めるみたいね。スピードはおそらく大淀さんが上でしょうから」


明石「徐々に間合いが狭まっていきます! まずは大淀選手が仕掛けた! 左のフィンガージャブ! 続けて右のストレー……とぉっ!?」


香取「なっ!?」


明石「こ、股間蹴り上げぇぇぇ!? 大淀選手、いきなり急所技を繰り出した! ワンツーをフェイントに、股下へ痛烈な蹴りをお見舞いだぁぁ!」


明石「グラーフ選手の体が前へ傾く! 大淀、頭を掴んだ! ひ、膝蹴り炸裂ゥゥゥ! 顔面へ膝がクリーンヒットォォォ!」


明石「まだコンビネーションが終わらない! 延髄へ肘の打ち下ろしぃぃぃ! これも決まったぁ! グラーフ選手の意識がわずかに途切れる!」


明石「その隙を大淀は見逃さない! 首を極めに掛かった! ふ、フロントチョークが入ったぁぁぁ! グラーフ選手、完全に極められました!」


明石「しかも両足を胴に巻きつけた! グラウンドに引き倒し、もはやグラーフ選手は身動きひとつ取れません! 完璧に捕獲完了!」


明石「予想外の展開です! 大淀選手、まさかの速攻! 試合開始十数秒で、早くも終わらせに掛かっている!」


香取「なるほど……そういう作戦なの。相手が未知数なら、何かする前に終わらせてしまえばいいということね」


香取「顔面へのフェイントから股間蹴り上げ。屈曲反射を狙った膝蹴りと、その反動を利用する延髄への肘打ち。最後は絞め技で終わらせる」


香取「長門さんがビスマルクさんを倒した技を発展させたコンビネーションね。ダメージで倒れない相手でも、これなら仕留め切れる」


香取「試合を盛り上げることなんて本当に考えていないのね、大淀さんは。このまま勝負を決める気だわ」


明石「完全にフロントチョークは入っています! これなら落ちるまで後わずか! しかし、ここからでも腕へ噛み付くことが……」


香取「噛み付くことはできないわ。だってあれ、フロントチョークじゃないもの」


明石「えっ? でも、明らかにあの体勢は……」


香取「最初に掛けたのは確かにフロントチョークだったわ。だけど、今は違う。大淀さんは胴に両足を掛けたとき、技を変化させたの」


香取「よく見て。胸で頭を押し下げて、てこの原理で首に圧力を掛けてる。大淀さんは頸動脈を絞めつつ、首の骨を折ろうとしてるのよ」


明石「あっ……確かに、首が可動域限界まで押し下げられています! これではどうやっても噛み付きにはいけません!」


明石「唯一自由に動く腕は、チョークを緩めようとする動きで精一杯です! もはやグラーフ選手、絶体絶命! 反撃のしようがありません!」


香取「やってくれるわね、大淀さん。注目選手のグラーフさんを、何もさせないまま落とすなんて……えっ?」


明石「さあ、ここから……あれ? えっと……な、何が起こった!? 技が外されている! グラーフ選手がフロントチョークから抜けました!」


明石「どうやってチョークを解いた!? た、体勢は単なるガードポジションに変わりました! グラーフ選手にダメージの色はありません!」


香取「そんな馬鹿な……! 今、フロントチョークを普通に引き剥がしたわ。技も何もない、ただの腕力だけで……!」


明石「やはりこの選手、尋常じゃない! 思わぬ計算違いに、大淀選手もさすがに動揺……してない!? 即座に技を切り替えた!」


明石「う、腕ひしぎ三角固めぇぇぇ! まさか、この状況さえ計算の内なのか!? 瞬時に関節技に持って行きました!」


香取「大淀さん、ここまで想定していたの!?」


明石「大淀の膂力がグラーフ選手の右腕1本に襲い掛かる! いくらパワー差があろうと、これを力で返せる可能性は皆無!」


明石「殺人コンピューター、大淀に躊躇はない! 迷わずグラーフ選手の右腕を折……り……?」


香取「……は?」


明石「た……立った!? グラーフ選手が立ち上がりました! 右腕に絡みつく大淀選手などいないかのように、平然と立っている!」


明石「しかも、腕がまったく折れない! 大淀選手は全力で右腕を捻じ曲げようとしているはずですが、ビクともしていません!」


明石「も、持ち上げた! グラーフ選手、まったくの無表情で右腕を高々と上げました! 大淀選手を腕1本で持ち上げています!」


明石「ふ、振り下ろしたぁ! なんだこの馬鹿力は! 間一髪、大淀選手は脱出! 叩き付けからは無傷で生還しました!」


明石「しかし、腕を折ることは失敗! あれだけ必殺技を重ね掛けされながら、グラーフ・ツェッペリンもまた無傷! やはりこの選手、怪物です!」


香取「……豪腕を誇る武蔵さんだって、ここまでの芸当はできないはず。この人、身体能力が異常過ぎる……!」


明石「スタンドからの再開となってしまいました! ともにノーダメージではありますが、状況は手の内を晒してしまった大淀選手が不利か!」


明石「始まりと同じく、グラーフ選手は顔面のガードを固める! 大淀選手は開手のヒットマンスタイルにて挑みます!」


明石「初手の必勝策を潰され、振り出しに戻ってしまったこの勝負! ここから、互いにどう攻めていくのか!」


香取「もうさっきのコンビネーションは使えない。大淀さん、ここからの作戦はあるの?」


明石「グラーフ選手が1歩踏み出す! それより先に大淀が動いた! フィンガージャブによるフェイント! そしてローキック!」


明石「即座に離れます! 再び目突きのフェイント! ローキック! 大淀選手、ヒット・アンド・アウェイに戦法を切り替えました!」


香取「順当に長期戦へ引き込むつもりね。末端から徐々に切り崩していく気だわ。でも、グラーフさん相手じゃ……」


明石「またフィンガージャブのフェイント! キックは打たない! 大淀選手、フェイントで相手の反応を伺っているようです!」


明石「こちらから見る限り、グラーフ選手はフェイントにまったく反応していません! 動きを読んでいるのか、それとも大淀の術中にハマったか!」


明石「大淀、再び目突き! そして股間蹴り上げぇぇぇ! 今度はグラーフ選手、腕で完璧にブロックしました! さすがに読まれていた!」


明石「しかしグラーフ選手、反撃する気配がまるでありません! 能面のような無表情で、ただ大淀選手の攻撃を受けるばかりです!」


明石「これは大淀選手の動きについていけないのか、それとも別の意図があるのか! 考えがまったく読めません!」


香取「まさに大淀さんが天敵とするタイプね。何を考えているのか全然わからないわ」


香取「フェイントにも反応しないし、かと言って棒立ちに構えてるわけでもない。これじゃ大淀さんは攻めようがないわね」


明石「目立った動きを見せないグラーフ選手に対し、大淀選手も攻めあぐねています! しかし、その表情にまだ焦りは見られません!」


明石「今度はいきなりローキックにいった! 内膝にヒットするも、グラーフ選手微動だにせず! 効いている様子はありません!」


明石「続けてワンツーのダブル! フェイントです! グラーフ選手反応せず! 人形のように立ち尽くしています!」


明石「再びフィンガージャ……おおっと!? グラーフ選手が動いた! ひ、肘打ちです! 目突きに来た左手そのものを狙いました!」


明石「大淀選手、紙一重で手を引きました! これは危なかった! 危うく拳を粉砕されるところでした! グラーフ選手、恐るべし!」


香取「今のは……レベルの高い攻防ね。大淀さんのジャブは、見てから反応できるほど甘い速度じゃない。初動を読まれてたんだわ」


香取「そして、カウンターを回避した大淀さんも、ジャブに狙いを定められていることを読んでいた。どちらも動きを読み合っているわね」


明石「どうして大淀選手はカウンターを読むことができたんでしょう? ここからだと、グラーフ選手が急激に反応したように見えましたが……」


香取「大淀さんは瞬発的な洞察力に優れているのよ。相手の全体を見つつ、細かいところまで観察する目付けは達人並と言ってもいいでしょう」


香取「わずかな瞳の動きや、重心の移動、筋肉の収縮、呼吸。それらを総合的に見て相手の心理を読み、次の動きを予測しているの」


香取「その読みこそが大淀さんに残った唯一の武器ね。ここから先、一手読み違えれば大淀さんはパワー差にねじ伏せられて終わるでしょう」


香取「一挙一動、全てが綱渡りになるわよ。あの能面みたいな表情から、考えを読めなければ勝ち目はない……!」


明石「なるほど……ここに来て、両者とも動きがなくなりました! 大淀選手まで攻めるの止め、どちらもまったく手を出そうとしません!」


明石「微動だにしないグラーフ選手はもちろん、大淀選手もその場でステップを踏むばかり……いや、グラーフ選手が踏み込んだ!」


明石「それとほぼ同時に大淀選手、後退! 最低限の動きで射程から逃れました! グラーフ選手も追撃はしません!」


明石「続いて、今度は大淀選手が半歩間合いに踏み込む! フェイントですが、グラーフ選手は反応しない! やはり読んでいるのか!」


明石「どちらも手を出しません! まるでお互いが理解しているようです、先に手を出したほうが負けると!」


明石「後の先を狙い合い、完全に膠着しています! 共に動けない! レフェリーさえ警告を忘れ、固唾を呑んで攻防を見守っています!」


明石「先に手を出すのはどちらか!? おっと……ここでグラーフ選手に変化があります! フットワークを踏み始めました!」


明石「自重を感じさせない、軽量級ボクサーのように軽快なテンポです! これは、自分から攻めていこうというのか!」


香取「大淀さんにとってはありがたい選択ね。打撃戦は大淀さんの土俵よ。スピードなら彼女のほうが上だと思うし」


明石「大淀選手は静かに観察しつつ、相手が攻めてくるのを待っています! 均衡が破られ、更に熾烈な戦いが始まる予感がします!」


明石「グラーフ選手がわずかに間合いを詰める! 大淀選手は下がらない! まるで打ってこいと誘っているようです!」


明石「両選手の間合いが触れ合います! 打撃戦が始まろうとしている! その攻防を制するのはどちら……はあっ!?」


香取「は、速い!?」


明石「グラーフ選手が攻撃を開始! 速い、速過ぎます! 何だこの動きは! 超高速のコンビネーションを立て続けに放っています!」


明石「ワンツーからのミドルキック! 左のロー! ショートアッパー、右フック、バックスピンキック! 大淀選手が回避するので精一杯だ!」


明石「打撃の回転速度があまりに凄まじい! スピードで大淀選手を圧倒しています! これではカウンターが取れない!」


香取「何なのこの人! あれだけパワーがあって、スピードまで持っているって言うの!?」


明石「打撃がまったく途切れません! 息つく暇もないラッシュを放ちながら、グラーフ選手に疲労の色は一向に見えてこない!」


明石「むしろ回避し続けている大淀選手の呼吸が乱れてきた! どういうスタミナだ!? ケタ違いの身体能力です!」


明石「疲れ始めた大淀選手に対し、グラーフ選手はまるでスピードが落ちない! これでは一撃を食らうのも時間の問題だ!」


明石「ここで大淀選手がクリンチを試みる! 打撃の嵐をかいくぐり、密着に成功! 一時ラッシュから難を逃れます!」


香取「ダメよ! パワー差がある相手に組み合っちゃ……!」


明石「あっ、グラーフ選手が捕獲に掛かった! 大淀選手、腕ごと抱きしめられるように捕まえられました! この状態はまずい!」


明石「大淀選手は押しのけて逃れようとしますが、パワー差があり過ぎる! グラーフ選手の腕の中でもがいて……えっ、掌底!?」


香取「まさか、これも計算の内!?」


明石「大淀選手、あごを狙った掌底の突き挙げ! しかし密着した距離では威力が……違う、掌底じゃない! 虎爪による目潰しだ!」


明石「グラーフ選手の顔面に指を突き立てた! は、入ったぁぁぁ! 両目に指を入れました! グラーフ選手、完全失明!」


明石「これだけで大淀は終わらせない! 眼窩に指を引っ掛けました! そのまま引き倒したぁぁぁ……あ?」


香取「嘘でしょ……」


明石「び……ビクともしない! 目に指を入れられているのに、まったく反応がありません! うめき声ひとつ、表情ひとつ変えない!」


明石「こいつ、ビスマルク以上に痛覚がない!? 目潰しもお構いなしに、グラーフ・ツェッペリンが大淀選手を更に抱き寄せた!」


明石「か、抱え上げている! ベアハッグです! 腕力だけで胴体を締め上げている! 大淀選手、身動きが取れない!」


明石「骨の軋む音が聞こえてくるようです! とてつもない怪力だ! まさかグラーフ選手、このまま大淀選手を押し潰すつもりか!?」


明石「何とか大淀選手、右腕だけは抜きました! しかし胴体はどう足掻いても抜けられそうにない! 大淀選手、絶体絶命!」


明石「あっ、大淀選手がグラーフの耳を掴んだ! ひ、引きちぎりました! しかしグラーフ選手、ピクリとも動かない!」


香取「おかしい、生体反射すら起こってないわ。最初の股間蹴りは効いていたのに、なんで!?」


明石「お、大淀選手の口から血泡が漏れ始めました! もう限界が近い! の、残された手はあるのか!」


明石「まだ、まだ大淀選手は生きている! ちぎった耳の穴を狙っている! ゆ、指を突っ込んだぁぁぁ!」


明石「中指を根本まで突き入れました! これなら三半規管に直接ダメージが入る! 効かないはずがない……のに、なんで効いてないの!?」


香取「ど、どういうことよ……!」


明石「あっ、ああ……今、グラーフ・ツェッペリンが腕の拘束を解きました! ようやく、大淀選手が解放されます!」


明石「しかし……ピクリとも動きません! 糸の切れた操り人形のように、力なくリングへ倒れ込みました! 完全に意識がありません!」


明石「……試合終了! 勝ったのはグラーフ・ツェッペリン! 技術と頭脳に長けた大淀選手に対し、ひたすら身体能力のみで勝利を収めました!」


明石「今なら納得できます、こいつはビスマルクより更に危険だ! 軽巡級王者、大淀選手を以ってしても、まるで底が見えません!」


明石「大淀選手、無念! グラーフ・ツェッペリン、恐るべし! UKFは想像以上の怪物を迎え討たなくてはならなくなりました!」


香取「……ビスマルクさんの後継機って聞いてたけど、私にはまるで別物に見えるわ。あの身体能力は尋常じゃない」


明石「脳内麻薬の異常分泌……とは異なるものだと思いますか?」


香取「違うと思うわ……仮に同じだとしても、ビスマルクさんは痛みというトリガーを必要としていた。彼女はそれを必要としていない」


香取「本当に私達と同じ艦娘なんでしょうね? 途中からは生物としての反射すら見せなかったし、血が通っているのかどうかさえ怪しいわ」


香取「ナチス・ドイツはとんでもない怪物を送りつけてくれたわね。一体、どうやったらこいつを倒せるっていうのよ……」


明石「……とうとうグラーフ選手は、試合開始から終了まで、一切表情を変えませんでしたね」


香取「私も気になっていたわ。彼女、感情自体がないんじゃないかしら……勝利した今だって、何の感慨も浮かんでないように見えるわ」


香取「大淀さんが破れた今、私にグラーフさんの攻略法はまったく見えないわね……勝てるとしたら、長門さんくらいのものでしょう」


明石「ええ……まったく、だからナチと関わるのは嫌なんですよ……」





試合後インタビュー:グラーフ・ツェッペリン


―――初戦突破を果たしたことに関して、今はどのような心境でしょうか。


グラーフ「質問の意味がわからない。私は勝利するために戦い、そして勝っただけだ。特別なことは何もない」


グラーフ「その上、私の目的は優勝であり、初戦を抜けることではない。たかが一勝を上げただけで、なぜ感慨を抱く必要があるのだ」


―――大淀選手のことはどのように感じられましたか。


グラーフ「厄介な敵ではあった。これほど早期に手の内を晒すつもりはなかったが、ある程度はやむを得ないと判断せざるを得なかった」


グラーフ「痛覚を切っておかなければ、更なる苦戦もあり得ただろう。どちらにしろ、敗北の可能性はなかった」


―――今、痛覚を切ったと言われましたか?


グラーフ「そうだが。私は瞬時に痛覚を遮断できるよう訓練を受けている。それを行えば、爪を剥がされようと何も感じない」


グラーフ「痛覚は戦闘において、必要な場合と必要ない場合がある。先の戦闘は不必要と判断し、痛覚を切り戦った。それがどうしたというのだ」


―――ならば、日常においては人並みに痛かったり苦しかったりすることはあるということでしょうか。


グラーフ「質問の意味がわからない。触覚神経があるのだから、痛みを感じるのは当然だ。だが、苦しいとはなんだ?」


グラーフ「窒息や酸欠のことを指しているのか? そんなものを日常で経験することなどないだろう。痛みと苦しみを同列にするのは不可解だ」


グラーフ「それ以前に、私に日常という概念は存在しない。私はナチス・ドイツの戦闘兵器。常に戦闘へ備え、有事となれば命を惜しまず戦う」


グラーフ「私の生存活動はナチス・ドイツの敵を排斥し、総統閣下に栄光をもたらすためにある。他の一切は、些末事に過ぎないのだ」





試合後インタビュー:大淀


―――グラーフ・ツェッペリン選手をどのように感じましたか?


大淀「いやあ、ね……負けは負けですから、言い訳するつもりではないんですけど……思ってたのと全然違いました」


大淀「あんなのだって知ってたら、端から棄権してましたよ。あれなら、ビスマルクさんのほうがよっぽど可愛げがあります」


―――危険度はビスマルク選手より上、ということでしょうか。


大淀「さあ、どっちが強いかはわかりません。ただ、私との相性が最悪っていうだけでして」


大淀「ずっと彼女を観察して、考えを読み取ろうとしていました。結局最後まで読むことはできなかったんですが、今なら理由がわかります」


大淀「彼女、何も考えていないんです。したいことも、して欲しくないこともない。彼女の中には何もないんですよ」


大淀「刷り込まれた戦闘プログラム通りに状況を判断し、最適な攻防技術を駆使しているだけで、そこに感情や意志はどこにも見当たらないんです」


大淀「昆虫か、ロボットと戦っている気分でした。ていうか、本物のサイボーグじゃないですよね? それくらい無機質なファイターです」


大淀「あれは私には無理です。読むべき感情がないんですから……結局、私が引いたのは本当に外れクジだったというわけですね」


大淀「ファイトマネーをあてにして、後払いでマンションを購入したのに……ああ、明日からどうやって生活しよう……」






明石「戦慄の第4試合となりましたが……皆様、お疲れ様でした! これにてAブロック1回戦は全て終了となります!」


明石「次回放送はBブロック1回戦となりますが……同時に、エキシビジョンマッチ、第1戦目を同時開催します!」


明石「お待たせいたしました! エキシビジョンマッチ出場候補者は、こちらの7名の選手です!」






駆逐艦級 ”鋼鉄の魔女” 夕立


戦績:34戦30勝4敗


流儀:八極拳


駆逐艦級四天王の一角。最軽量級でありながら、戦艦級をも凌ぐUKF最強の一撃を放つことで恐れられる究極の八極拳士。

その一撃必殺技である「鉄靠背肘撃」はまさに八極拳の理想を体現したものであり、ガードした腕ごと肋骨をへし折る驚異的な威力を誇る。

勝利試合の大半をこの一撃で決めており、20秒以内のKO率は9割を超える。この技を耐え切ったのはUKF一の打たれ強さを誇る翔鶴のみ。

駆逐艦級王者の吹雪とはライバルにして犬猿の仲。駆逐艦級王者決定戦では決勝で相対し、死闘の末に敗北。長きに渡る因縁は一応の決着を見た。

しかし、本人は既にリベンジの意志を固めており、その一撃を更に磨いているという。




駆逐艦級 ”神速の花嫁” 島風


戦績:33戦24勝9敗


流儀:スプリンター


駆逐艦級四天王の一角。またの名を戦艦キラー。通常の選手と異なり、階級差があればあるほど勝率が上がる特殊なファイトスタイルを持つ。

格闘技術はテコンドーの蹴り技と数種の絞め技しか持っていないが、恐るべきは艦娘一のスピードを生かした驚異的な回避能力。

瞬時に相手の初動を見切って攻撃をくぐり抜け、正確かつ反撃不能なカウンターで相手を切り崩し、隙を見い出せばすかさず急所に蹴りを叩き込む。

そのスピード特化の戦術で数多くの重量級ファイターに勝利を収めており、無差別級では屈指の実力者である。

反面、スピードを生かし切れない同階級では未だ苦戦気味であり、駆逐艦級王者決定戦では吹雪にあっさり敗北。今日も猛特訓に取り組んでいる。




軽巡級 ”疾風神雷” 川内


戦績:3戦0勝3敗


流儀:忍術


失伝したはずの風魔忍術の正統伝承者を自称するエセ忍者。胡散臭い経歴だが体術の完成度は本物で、忍者の名に相応しい多彩な技を使いこなす。

恐れ知らずな性格から、今や誰も戦いたがらない大淀、龍田との対戦が組める貴重な軽巡級選手。同時に、最悪の問題児でもある。

その所以は試合の度に必ず隠し武器を持ち込もうとすること。3戦中2戦は試合前の身体検査、1戦は試合中の武器使用により失格負けとなっている。

本来なら出場停止処分ものだが、有力選手を大淀、龍田に軒並み潰されてしまった軽巡級の状況を鑑み、どうにか処分を免れている。

本人は軽巡級の新王者になると自信満々だが、頭はあまり良くないようで、今日もどうやって隠し武器を仕込むかの研究に勤しんでいる。




軽空母級 ”羅刹” 鳳翔


戦績:1戦1勝0敗


流儀:介者剣術


天正真伝香取神道流の免許皆伝、及び「一の太刀」の継承者。本物の実戦において並ぶ者はいないとされる達人。

武道家として最も高い次元に到達していており、その在り方は「菩薩のように慈悲深く、流水の如く澄み渡り、悪鬼よりも残忍」。

彼女の勇名を聞きつけた道場破りたちはその本性の一端を垣間見るとされ、同時にそれを見た者は全て、表舞台から姿を消している。

リングでは人前で使えない技もあることから戦い方を大きく制限されるが、そのハンデを背負ってもなお、トップファイター級の実力を持つ。

今回は恵まれない子どもたちへの義援金を集めるためにエキシビジョンへ参加を希望している。




重巡級 ”静かなる帝王” 妙高


戦績:18戦18勝0敗


流儀:シラット


かつての重巡級絶対王者。同階級の強豪選手たちを一切寄せ付けず勝利を積み上げ、無敗のまま引退した伝説的な武術家。

その技に打、極、投の区別はなく、全てが一連の動き。流れるような連携技により、数多くの選手が為す術もなく敗北を喫している。

無差別級の試合を経ずして引退したため、「勝ち逃げした」という批判も多いが、現在でも「妙高最強説」は往年のUKFファンで根強く語られている。

現在は指導者の立場に回っており、足柄や羽黒など若手選手の育成に当たっている。その指導は軍隊経験者が自殺を考えるほどに過酷を極めるという。

本人はエキシビジョンマッチの参加には不本意だが、羽黒を出場させるために、運営の条件を飲む形で候補者に名を連ねている。




戦艦級 ”ベルリンの人喰い鬼” ビスマルク


戦績:3戦2勝1敗


流儀:軍隊格闘術


UKF史上最凶最悪と呼ばれる元ドイツ軍所属のジャーマンファイター。優れた身体能力と格闘技術に加え、制御不能の凶暴性を持つ正真正銘の怪物。

その正体はナチス・ドイツの研究機関が所有する実験体であり、人格を変えるほどの特殊訓練、及び脳への直接的な改造を施されている。

敵性存在へ抱く強烈な食欲と性欲。痛みに対する脳内麻薬の異常分泌。悶絶するような苦痛に快感を覚えるという、様々な異常性を併せ持つ。

ときに敵味方の区別すら無くす凶暴性から、ドイツ軍は彼女を失敗作として所有権を放棄。半ば押し付けられる形でUKF所有選手となっている。

元々はキール鎮守府に配備されていた普通の艦娘だったが、軍部により強制的に研究所へ接収され、訓練と改造により正気を失ったと思われる。




戦艦級 ”破壊王” 武蔵


戦績:14戦12勝2敗


流儀:ボクシング


第2回UKF無差別級グランプリ準優勝。艦娘一の怪力と卓越したテクニックを併せ持ち、現時点で最も長門に近いと言われる最強クラスの実力者。

元々は豪腕頼みのボクサースタイルだったが、第1回UKF無差別級GPにて扶桑相手にまさかの初戦敗退。それを期にファイトスタイルを一新する。

膨大な鍛錬を経て獲得したヒットマンスタイルは打撃戦にて絶対的な制圧力を誇り、タックルやグラウンド戦にも対応可能。加えて豪腕も健在である。

弱点もなく、手の付けようのない強者ではあるが、現在は事実上の引退。扶桑のセコンドに回り、彼女を優勝させるために全力を注いでいる。

当然ながら選手としての闘志と実力は健在。扶桑への激励としてエキシビジョンマッチへの出場を望んでいる。







明石「さて、そうそうたる顔ぶれとなっていますが……香取さん、実力としてはどうランク付けされますか?」


香取「当然、一番強いのは武蔵さんでしょうね。次いでビスマルクさん、鳳翔さん、妙高さんあたりが並ぶのかしら」


香取「それはそうとして……とうとう運営はビスマルクさんの封印を解くのね」


明石「ええ。もしビスマルク選手を出場させるなら、確実に倒せる選手としか対戦させたくない、とのことです。復活後の世話にすごく困るので」


香取「相手が誰であれ、確実に倒せる保証なんてないのに……でも、結局リクエストに応じた対戦カードになるんでしょう?」


明石「そうなります。リクエストの多い選手を選抜し、対戦カード自体は大会運営委員長が独断で決定します」


明石「出来る限りリクエスト数が同じくらいの選手同士が対戦できるよう心がけるそうなので、その点は任せて大丈夫だそうです」


香取「ふうん。リクエスト方法については?」


明石「放送終了後にアンケートフォームのURLを掲載するので、そちらに投票していただく形になります」


明石「票数が偏るのか、拮抗するのか、今はまったく予想がつきませんが……香取さん、おすすめの選手なんかはいます?」


香取「逆におすすめしたくない選手はいるわ。なんで川内さんを候補者に入れてるの? あの子、最悪の問題児よ」


明石「もう1人くらい軽巡級選手を出したいという運営の意向で……実力は十分とのことですが」


香取「私は嫌よ。あの子、何が何でも試合に隠し武器を持ち込もうとするのよ。ボディチェックする身にもなってほしいわ。責任者は私なんだから」


香取「最近はどんどん仕込みも巧妙になってきて、もう試合前に全裸にするしか、確実にチェックする方法がないのよ」


香取「それでもあの子は隠し武器を仕込もうとするでしょうね。最悪、前後の穴のチェックまでするはめに……」


明石「わかりました、香取さん。もうわかりましたから、それ以上言わないでください」


香取「ああ、はいはい。とにかく、川内さんは勘弁してください。審査員長からのお願いです」


明石「あのーおすすめの選手をお聞きしたんですけど……」


香取「あ、そうだったわね。まあ……個人的には妙高さんが気になるけど、みんなおすすめよ。好きな選手を選んだらいいわ」


香取「審査員長の私が贔屓するのもなんだし。あと、1回戦敗退選手も候補者なんでしょう?」


明石「はい、その通りです。本日の試合で敗退した、大和選手、那珂選手、ローマ選手、大淀選手もリクエスト可能な候補者になります!」


明石「これは飽くまで救済措置ですので、通常の候補者か敗退選手かということは気にせず、好きな選手をお選びください!」


明石「特定の対戦カードが観たい、というご要望にも、できるかぎりお応えします! ご自由にリクエストしてください!」


明石「それでは、本日の日程はこれにて終了となります! 皆様、ご視聴ありがとうございました!」


香取「次回、Bブロック1回戦もよろしくお願いします。こちらもAブロックに負けないくらいの激戦区よ」


明石「放送予定日時は追ってお知らせします! それでは、またお会いしましょう!」





エキシビジョンマッチのリクエスト投票、及びアンケートにご協力をお願いします。


https://docs.google.com/forms/d/1aLpgPRvAPo-YNWPHWWD9HtkCcvJ5Zm3MzZA5y5aua_s/viewform


後書き


―――音に聞こえた強者と、知られざる超人がひしめくBブロック。最強を謳う8名の内、4名が消える。

―――そして、UKFは再び怪物をリングに迎える。Bブロック1回戦、放送予定日、現在調整中。


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1件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2016-06-13 20:43:33 ID: _SPhrVmW

前作も読ませて頂きましたが、今回も面白そうです。続きを楽しみにしています


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