2015-09-26 05:03:17 更新

概要

クズ提督の治める空気の最悪な鎮守府の話の続編です。

1話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2666
2話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2672
3話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2679
4話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2734
5話 http://sstokosokuho.com/ss/read/2808
6話前編 http://sstokosokuho.com/ss/read/2948
6話中編 http://sstokosokuho.com/ss/read/2975
6話後編 http://sstokosokuho.com/ss/read/2977


前書き

ゴーヤが好きな人はご注意ください。


電「わ・・・・・・私は、なんてことを・・・・・・」


工廠にて、私は立ち尽くしてしまいました。取り返しの付かないことをしてしまったのです。


きっかけは提督さんからの指示でした。


提督「まったく建造しないのもあれだから、俺の代わりに建造やっておいてくれないか。潜水艦レシピのやつで」


先日の無礼講のせいで、案の定、鎮守府の資源は丸々消えてなくなりました。


そのために鎮守府は遠征以外の活動停止を余儀なくされ、資源がある程度貯まるまで、出撃、開発、建造も行わない予定でした。


ですが、建造をすることでデイリーの任務報酬を貰えるので、それだけはやっておこうというのです。


私は特に気にすることもなく、それを引き受けました。きっと潜水艦は出ないだろうと思ったのです。


それは当然、提督さんのドロップ運が悪いからです。提督さんにとって、成功率3割は3%に等しいと思います。


私は甚だしい勘違いをしていました。その建造を行うのは運の低い提督ではなく、私なのです。


ゴーヤ「こんにちはー! 伊58です! ゴーヤって呼んでほしいでち!」


電「えっ、え? う、うそ・・・・・・!?」


軍指定の水着に、セーラー服。見まごうことなき、潜水艦の艦娘です。


やって、しまいました。提督さんが喉から手が出るほど欲しがっていた、潜水艦を引き当ててしまいました。


提督さんは喜ぶでしょう。しかし、ダメなのです。潜水艦の子は、この鎮守府に来てはいけないのです。


ゴーヤ「あれ、あなたは秘書艦の人でちか? てーとくはどこでち?」


電「あ、あの・・・・・・提督さんは、ちょっと外してて・・・・・・」


ゴーヤ「なら、さっそく挨拶に行くでち! てーとくのところに案内してほしいでち!」


電「ま、待ってください。ちょっと考えますから・・・・・・」


ゴーヤ「でち?」


どうしたらいいのでしょう。彼女を提督さんのところへ連れて行くことはできません。


それだけは、できないのです。どうにかして、彼女を提督さんの目から隠さなくては・・・・・・


電「・・・・・・ついてきてください、こっちです!」


ゴーヤ「はい、でち!」


私が彼女の手を握って歩き出すと、ゴーヤさんは嬉しそうについてきます。


私達、艦娘の使命は海域の平和を守ることです。


ですが、私は思うのです。目の前の笑顔すら守れずに、平和を守ることなんてできない、と。


だから私は、ゴーヤさんを守ります。足早に工廠を出て、鎮守府内を抜けていきます。


ゴーヤ「ちょ、ちょっと速いでち。ゴーヤ、陸ではあんまり足速くないんでち」


電「ごめんなさい。でも、急いでほしいのです」


ゴーヤ「でち? あ、そういえばまだ、あなたの名前を聞いてないでち」


電「えっと、私は秘書艦をしている、駆逐艦の電です」


ゴーヤ「電でちか! じゃあ、電はゴーヤの最初の友達でちね!」


電「あは・・・・・・そう、ですね」


無邪気な笑顔が心に突き刺さります。この笑顔が消え去るようなことはあってはなりません。


ゴーヤさんを守るために、私は呪われた部屋の前に彼女を連れてきました。


ゴーヤ「なんでちか? ここ・・・・・・大きな扉でち。あっ! 表札に『潜水艦専用』って書いてあるでち!」


電「はい。ここは提督さんが特別に用意した、潜水艦の方の専用部屋なのです」


ゴーヤ「ゴーヤ以外にも潜水艦の子はいるでちか?」


電「いいえ。ゴーヤさんが初めてです」


ゴーヤ「じゃあ、実質1人部屋でちか! 贅沢でちね!」


ゴーヤさんは目をキラキラさせながら、潜水艦専用部屋・・・・・・かつてのNAKA48部屋の扉を見つめています。


元々は倉庫に改修予定だったのですが、今後必要になるときが必ず来ると考えた提督さんにより、多額の予算を消費してこの部屋が作られました。


一体、この部屋は何なんでしょう。那珂ちゃん専用流刑室の次は、こんな・・・・・・呪われているとしか思えません。


ともかく、この部屋を利用してゴーヤさんを守ります。


電「あの・・・・・・実は提督さんは2,3日の間、遠征に出かけているのです」


ゴーヤ「え? てーとく自身が遠征に出かけるでちか?」


電「そういうこともあるのです。ですから、提督さんが帰ってくるまで、この部屋でしばらく生活していてもらえますか?」


ゴーヤ「わかったでち! でも、その前に鎮守府をいろいろ案内してほしいでち!」


電「だ、ダメです! それはできないのです!」


ゴーヤ「どうしてでちか?」


電「えっと・・・・・・この鎮守府、潜水艦にトラウマのある人が多いのです。ですから、なるべく出歩かないようにしてほしいのです」


ゴーヤ「あー、そういうことでちか・・・・・・ならしょうがないでち」


納得してくれて助かりました。そのことは必ずしも嘘ではないですし。


龍田さんなんかが潜水艦を見かけたら、条件反射で攻撃してしまいそうです。


私の目的はゴーヤさんを一時的に隠して、その後に鎮守府の外に逃してあげることです。


この潜水艦専用部屋は、たまに妖精さんが掃除をしにくるだけです。灯台下暗し、ここなら提督さんから隠しておけるはずです。


妖精さんには賄賂にこんぺいとうでもあげておけば口止めできるでしょう。あとは、ゴーヤさんを逃がす計画を考えるだけ・・・・・・


提督「電? なにしてるんだ、そんなところで」


電「あっ・・・・・・」


目を疑いました。普段は執務室からめったに出ない提督さんが、なぜこんなところを歩いているのでしょうか。


提督「手持ちの薬が切らしたから、その部屋にある分を拝借しようと思ったんだが、まさかその隣の子は・・・・・・」


ゴーヤ「あなたがてーとくでちか? なんだ、てーとくいらっしゃるじゃないでちか」


電「あ、はは・・・・・・そうですね。なんででしょうね」


提督「き・・・・・・君、名前は・・・・・・?」


ゴーヤ「はじめまして! 伊58、またの名をゴーヤでち!」


提督「お、おぉおお・・・・・・!」


提督さんは歓喜の嗚咽を漏らすと、私の肩をがしっと掴みました。


提督「引き当てたのか、電! さすが我が鎮守府の秘書艦、持ってるものが違うな!」


電「あ、はい・・・・・・ありがとう、ございます」


ゴーヤさんを守る。そのための計画は、この瞬間、すべて白紙になりました。


提督さんがこれから何をしようとしているのか、私は知っています。知っているのに、もう止める方法がわからないのです。


提督「ようこそゴーヤ! 君は待望の潜水艦だ、我が鎮守府は君を歓迎する!」


ゴーヤ「うれしいでち! ゴーヤ、張り切って戦うでち!」


提督「ありがとう、では君の部屋を紹介しよう!」


そう言って提督さんは、その大きな扉を勢い良く開きました。


扉の向こうは、まさにスイートルームと呼べるような贅沢な部屋でした。


ふかふかのカーペット、綺羅びやかなシャンデリヤ、大きな冷蔵庫、天蓋付きのベッド。浴室、トイレも専用のものが備え付けられています。


まるでお姫様のお部屋です。この部屋が提督さんの狂気じみた計画によって作られたとはとても思えません。


ゴーヤ「わあー! すごいでち、こんなリッチな部屋を使っていいんでちか!」


提督「もちろんだ。本当は共同部屋になる予定だったが、今はゴーヤの1人部屋だぞ」


ゴーヤ「本当でちか! あの王様みたいなベッドで寝ていいんでちか! うれしいでち!」


提督「冷蔵庫にはお菓子とジュースが入っているから、好きに飲み食いしていいぞ。減ったら妖精さんが補充してくれるからな」


ゴーヤ「そこまで待遇がいいんでちか! ゴーヤ、この鎮守府に来て良かったでち!」


提督「任務は大変だろうから、疲れたらそこの戸棚を開けてみるといい。役に立つものが入ってる」


ゴーヤ「役に立つもの、ってなんでちか?」


提督「説明書が付属してるから、読めばわかる。そうだ、薬を取りに来たんだったな」


ゴーヤ「でち?」


提督さんは戸棚の端にある引き出しを開けて、薬を何錠かポケットに入れました。


鎮守府内で艤装の装備が禁止されていることを、これほど悔やんだことはありません。今のうちに、いっそあの戸棚を破壊してしまえたら・・・・・・


提督「さあ、ゴーヤ。早速で悪いんだが、出撃のほうをお願いしたい」


ゴーヤ「待ってたでち! こんなに良くしてもらえるんでち、ゴーヤ頑張るでち!」


提督「ありがとう。さあ、ドックへ行こう。まずは君のために取っておいた装備を取り付けようじゃないか」


ゴーヤ「わかったでち! ところで、出撃する場所はどこでちか?」


その質問に、提督はにっこりと笑って、あの場所の名前を告げました。


提督「オリョールだ」





―――ゴーヤさんが来てから、一ヶ月が過ぎました。


潜水艦専用部屋に向かうよう命じられて、私は再びあの扉の元へ向かっています。自分の足取りがひどく重いです。


扉をノックしました。返事はありません。


電「あの・・・・・・ゴーヤさん、入りますね」


返答がないことはもうわかっています。同じことを何度か繰り返していますから。


そっと扉を開けると、とうとう嗅ぎ慣れてしまった甘酸っぱい匂いが鼻をつきました。


電「うっ・・・・・・」


吸い込んでしまわないよう、厚手のハンカチで口と鼻を覆います。


ゴーヤさんは天蓋付きベッドに横たわっていました。高級クッションを背中に当て、その手には筒状のパイプを握っています。


その周りにはパイプと、ゴーヤさんの唇から漏れる白い煙が薄く立ち込めていました。


ゴーヤ「・・・・・・なんでちか。休憩時間中でち」


電「あの、もう休憩時間を過ぎています。出撃のお時間なのです・・・・・・」


ゴーヤ「・・・・・・そうでちか」


うつろに返事をするゴーヤさんの瞳は、燃え殻のように乾いていて、なんの光も灯っていません。


ゴーヤさんは再びパイプを口元に持って行き、唇に当てて煙をゆっくりと吸い込みます。その瞳が一層どろりと濁りました。


電「あ、あの・・・・・ほどほどにしないと、体に悪いのです」


ゴーヤ「うるさい、ゴーヤに指図するなでち」


電「・・・・・・ごめんなさい」


ゴーヤ「ふん・・・・・・とっくに体なんてボロボロでち」


唇から白煙をくゆらせながら、吐き捨てるようにそう言って、ゴーヤさんはパイプを床に放りました。


パイプの先からは、相変わらず甘酸っぱい匂いの白い煙・・・・・・アヘンの煙が、ゆらゆらと筋を作って立ち上っています。


ゴーヤ「そこをどくでち。ゴーヤは出撃の準備をするでち」


電「あ、はい・・・・・・」


ゴーヤさんがベッドを降ります。床に立つその細い足の、いくつものあかぎれがとても痛々しいのです。


つま先もボロボロで、爪が剥がれている指もあります。


おぼつかない足で歩き出したゴーヤさんのために道を開けると、私の足がくしゃりと何かを踏みました。


それは空になった錠剤のアルミニウムフィルムでした。数十錠分がすでに使い切られています。


よく見ると、床にはそういったものがいくつも落ちています。


錠剤の種類は、向精神薬、抗不安剤、超短期型睡眠薬、鎮痛剤・・・・・・乱用してはいけない薬ばかりです。


妖精さんたちは、最近この部屋をほとんど掃除していません。ゴーヤさんが妖精さんを殴るようになったためです。


ゴーヤさんはそうしたゴミを踏みつけながら、あの戸棚に向かいました。戸棚から取り出したのは、液体の入ったアンプルと注射器です。


そのアンプルのラベルには、こう書かれています。ヒロポン、と。


ゴーヤさんは震える指でアンプルの頭を折り、その中身を注射器に吸わせます。


そのまま慣れた手つきで、なんの躊躇いもなく針を腕に差し込みました。


ゴーヤ「うっ・・・・・・!」


痛みでわずかに震えたゴーヤさんは、その一瞬だけ正気に戻ったかのように、泣きそうな顔で天井を見上げました。


それもほんの一瞬です。すぐに元の乾いた、なんの感情もない瞳に戻って、注射器を床に投げ捨てます。パリンと割れて、液体が床にシミを作りました。


ゴーヤ「はあっ・・・・・・! う、ふぅ・・・・・・!」


薬が効いてきたのか、よろよろとよろめきながら、今度は冷蔵庫に向かいます。


中からコーラの缶を取り出して、そのまま一気に飲み干しました。空になった缶は当たり前のように床に投げ捨てられます。


ゴーヤさんはそのまま、動けなくなったかのように頭を垂れていました。


しばらくして、ゴーヤさんがゆっくりと頭を上げます。乾いた唇が小刻みに震えていますが、ほんの少し楽になったような表情です。


ゴーヤ「・・・・・・気分がよくなってきたでち。それじゃあ、行くでち」


電「はい・・・・・・」


ようやく、私達は潜水艦専用部屋を後にします。この部屋も、以前と比べて見る影もないほど汚れてしまいました。


床には空き缶や錠剤ケースが散乱し、ジュースや薬品のシミも数えきれません。


部屋中にアヘンの甘酸っぱい匂いが染み付いて、布か何かで口元を塞がなければ呼吸すら満足にできないのです。


ゴーヤ「今日の出撃場所はどこでちか? 楽しみで仕方がないでち」


電「あの・・・・・・すみません、今日もオリョールです」


ゴーヤ「あはっ、アハハハハッ! そんな顔するなでち、知ってて聞いてみただけでち!」


ゴーヤ「さ、今日もオリョールで楽しくクルージングでち! アッハハハハハハ!」


突然、別人のようにゴーヤさんは笑い出しました。いつものことです、薬が完全に効いてきたのでしょう。


一ヶ月前、あんなに無邪気だったゴーヤさんとは思えない、気が触れてしまったような高笑いが鎮守府に響きました。


オリョールクルージング。略称オリョクル。その存在を、提督さんはずいぶん前から知っていました。


東部オリョール海域では、出撃して最初の敵さえ突破すれば、一定量の燃料を確実に得ることができます。


その出撃をもっとも低燃費で被弾もしにくい潜水艦に任せれば、燃料の収支がプラスになり、上手く行けば弾薬も稼げます。


潜水艦の方には苦労をかけることになりますが、その苦労は確実に資源運用の助けになるのです。


しかし、このオリョクルは潜水艦の艦娘が3人以上必要で、ゴーヤさん1人では不可能なはずでした。


ゴーヤ「昨日も建造は回したでちか。結果はどうでち」


電「えっと・・・・・・昨日は那加ちゃんが3連続で・・・・・・」


ゴーヤ「ぷっ、アハハハハッ! 那珂ちゃんのハットトリックでちか! 傑作でちね!」


ゴーヤ「それでオリョクル何回分の資源が消えたでちか。さっさと新しい潜水艦の建造を成功させるでち」


電「すみません。本当にすみません・・・・・・」


ゴーヤ「ハッ、謝られたって仕方がないでち。そんなヒマがあるならレシピの再検討でもしてるでち」


電「・・・・・・はい」


潜水艦が着任したら、提督さんはすぐさまオリョクルを実行する計画を立てていました。


しかし、潜水艦はとてもレアリティが高く、1人くらいならまだしも、3人揃えるとなると一体いつになるかわかりません。


そのために提督さんはあの部屋を作りました。単艦オリョクルを実行するために。


提督さんが膨大な資源を溶かして開発に成功した、虎の子の機関装備「強化型艦本式缶」×2。


これを装備すれば回避率が少なからず上昇し、敵の対潜攻撃を避けやすくなります。


提督さんは初日にゴーヤさんをオリョールに出撃させ、その被弾のしにくさと、まだ敵を突破する火力がないことを確認しました。


それから、ゴーヤさんはハッピーラッキー艦隊に一時的に組み込まれ、膨大な量の演習と出撃をこなしてレベルを一気に上げられました。


そうしてゴーヤさんが確実に1隻は敵を沈められるようになったとき、とうとう単艦オリョクルは始まりました。


それはゴーヤさんにとって地獄の始まりを意味します。


出撃、出撃、また出撃。大破しにくいということは、休む暇すら与えられないということです。


寝る暇すら与えられない出撃が続けば、当然疲労度がたまり、神経もすり減っていきます。そのためにあの部屋があります。


わずかな休息時間を出来る限り快適に過ごしてもらう。それでも辛いなら、あの戸棚にある薬を使ってもらう。


あの戸棚の中には、提督さんが大本営から取り寄せた、あらゆる種類の「疲労をなくす薬」が揃っています。


疲労をなくす・・・・・・そんなのは嘘っぱちです。ただ疲労をごまかして、無理やり体を動くようにしているだけです。


大和「あっ。どうもこんにちは、電ちゃん。そちらの方は?」


電「こ、こんにちは大和さん。あの、すみません。急いでいるので・・・・・・」


大和「あら、そうですか」


ご紹介します。大和型1番艦、戦艦の大和さんです。


そうです。とうとう提督さんが、大型艦建造で引き当てました。


最高レベルのレアリティである大和さんを、最低レベルのドロップ運である提督さんが、です。


建造に成功したのは、ごくごく単純な理論です。10回でダメなら100回やればいい、ということです。


燃料と弾薬はゴーヤさんが血反吐を吐きながらオリョールから持ってきます。


ならば遠征艦隊を鋼材とボーキサイトの確保に集中させることで、相当量の資源を確保することができました。


そうして考えるだけでもめまいがする量の資源を消費し、とうとう提督さんは大和の建造を成功させました。


大和さんが消費する資源の量は半端ではないので、ハッピーラッキー艦隊への配属は現状見送られています。


その代わりに決戦用戦艦として運用するために、度重なる演習は行われています。結果、燃料と弾薬がまた減るのです。


電「それじゃ、その、またあとで」


大和「はい。ごきげんよう」


私はゴーヤさんを大和さんに近づけないよう、体を盾にしながら通りすぎようとしました。背後のゴーヤさんから冷たい殺気を感じます。


ゴーヤ「・・・・・・おい」


大和「えっ?」


ゴーヤ「どこへ行くでち。ゴーヤに挨拶もなしでちか」


大和「え、その・・・・・・は、初めまして」


ゴーヤ「お前、ゴーヤを舐めてるんでちか?」


大和「あ、あの。電さん?」


電「ゴーヤさん、ダメです。落ち着いてください。お願いですから・・・・・・」


ゴーヤ「触るなでち!」


ゴーヤさんが私の手を振り払います。言葉の刺々しさとは裏腹に、その力はあまりに弱々しいものでした。


ゴーヤ「お前がここにいるのは誰のおかげか分かっているでちか? ゴーヤのお陰でち!」


ゴーヤ「お前を建造したした資源も、お前が食い散らかした資源も! 全部ゴーヤが集めてきたものでち!」


ゴーヤ「それなのに! ゴーヤを見て何食わぬ顔で立ち去ろうだなんて、ふざけてるでちか!」


ゴーヤ「ゴーヤに感謝するでち! 這いつくばって足でも舐めるでち! お前はそれくらいのことをして当然でち!」


電「ゴーヤさん、もうやめてください・・・・・・! 行きましょう。もう時間ですから・・・・・・」


気炎を上げるその小さな体を抱くと、ゴーヤさんは痛々しいほどの力の無さで私に体を預けました。


そのまま呆然としたままの大和さんを取り残して、ゴーヤさんは私に引きずられるようにしてその場を離れました。


ゴーヤ「・・・・・・あー、今日は薬の効きがおかしいでち。電、部屋からインデラルとゾロフトを持ってくるでち」


電「・・・・・・ダメです。これ以上の薬はもう・・・・・・」


ゴーヤ「ふん、まあいいでち。あー・・・・・・今日も薄汚い海でちね」


鎮守府の外に出て、ゴーヤさんはごみの山でも見るような目で海を眺めました。


ゴーヤ『きれいな海でち・・・・・・それじゃ、行ってくるでち!』


初めての出撃のとき、無邪気に笑っていたゴーヤさんの表情は、もう思い出すことができません。


ゴーヤさんはまるで身を投げるように潜水して、今日も出撃していきました。


何時間か後に帰ってきて、それからすぐにまた出撃、出撃、出撃・・・・・・


遠からず来るゴーヤさんの限界よりも先に、私の限界が来てしまいそうでした。







その日は月のない夜でした。


時刻は午前4時。この時間になると、夜通し遊んでいる放置艦の人たちもさすがに眠り始め、鎮守府からはなんの物音もしなくなります。


私はそっと宿舎から抜け出し、明かりの消えた鎮守府の廊下を歩いていきます。


目はひどく冴えていて、気持ちも落ち着いていました。


潜水艦専用部屋の大きな扉を、ノックせずに静かに開きます。


ゴーヤさんは眠っていました。天蓋付きのベッドで、死んだように身を横たえています。


彼女がオリョールから帰ってきたのはほんの30分前。彼女に許されている睡眠時間はたったの2時間です。


枕元には超短期型の睡眠薬が置かれています。


これでわずかな睡眠を無理やり深いものにすることで、連日の激務をどうにかこなせる程度に疲労を回復させているのです。


電「よいしょ・・・・・・と」


寝息すら立てているのか怪しいほどに熟睡する、ゴーヤさんの小さな体を担ぎ上げます。


私も力のある方ではありませんが、その体はぞっとするくらい軽く、簡単に持ち上げられました。


しばらくは何をしても起きないでしょうが、なるべく慎重にゴーヤさんを背負い、潜水艦専用部屋を出ます。


鎮守府から外に出たあたりで、これが提督さんにバレたらどうなるかな、と少し考えます。


バレた後の計画についてはすでに立ててあります。ですが、それが100%うまく行くとは限りません。


怒られる、どころでは済まないでしょう。営倉入りを命じられるかもしれません。私が解体される可能性だってありえます。


だけど、不思議と気になりませんでした。むしろ清々しい気持ちなくらいです。


ゴーヤ「・・・・・・何してるでちか、電」


電「ゴーヤさん? 起こしてしまいましたか?」


ゴーヤ「最近、薬の効き目が悪いでち・・・・・・」


私に背負われながら、ゴーヤさんが蚊の鳴くような声でそう言います。まだ覚醒しきってはいない様子です。


ゴーヤ「もう、出撃の時間でちか・・・・・・?」


電「いいえ。出撃ではないですよ」


ゴーヤ「じゃあ、なんでゴーヤを運んでいるでちか・・・・・・もう少し寝かせてくだち」


電「ごめんなさい、少しだけ頑張ってください。そしたらもう、出撃しなくても良くなりますから」


ゴーヤ「何を言ってるでちか・・・・・・?」


それには答えず、私はどんどん歩みを進めます。


鎮守府を裏切る行為をしているのに、足取りがとても軽く感じました。


理由はわかっています。私は今、自分で正しいと思っていることを、自分の意志で行っているからです。


ようやく海が見えてきました。月もない夜の海は真っ暗で、水平線の向こうにはどこか遠くの明かりが小さく灯っています。


私は防波堤の先まで歩いて、そこで足を止めました。


電「着きました。ゴーヤさん、降りられますか?」


ゴーヤ「・・・・・・一体何なんでちか」


やはりまだ眠いのでしょう、ゴーヤさんはおぼつかない足取りで地面に立ちます。


ゴーヤ「ここは・・・・・・鎮守府の防波堤でちか?」


電「はい。いいですか、ゴーヤさん。ここから泳いで、ずっと東に向かってください」


ゴーヤ「は・・・・・・?」


電「しばらく泳げば大きな灯台の明かりが見えてくるはずですから、今度はその明かりを目指して泳いでください」


電「その灯台のある場所は、ラバウル基地という別の鎮守府があります。慈愛の女神が治める平和な鎮守府だそうです」


ゴーヤ「そこにゴーヤを行かせて、どうするでちか」


電「ゴーヤさんは貴重な潜水艦ですから、きっとそこでも受け入れられるはずです。だから、ここから逃げてください」


ゴーヤ「・・・・・・逃げる?」


電「はい。後のことは気にしないでください。全部私がなんとかしますから」


ゴーヤ「・・・・・・ああ、そういうことでちか」


ゴーヤさんは立っているのが疲れたのか、海べりへ静かに腰を降ろしました。


傷だらけの足を降ろし、子供みたいにぷらぷらと足を揺らしています。


ゴーヤ「電は・・・・・・なんでこんなことをするでちか」


電「ゴーヤさんを助けたいからです。他の理由は特にありません」


ゴーヤ「このことがバレたら厳罰でちよ。解体されるかもしれないでち」


電「気にしないでください。私がこうするって決めたんですから」


ゴーヤ「・・・・・・そうでちか」


ゴーヤさんは暗い水面をじっと見つめます。そこから動こうとする気配はまったくありません。


電「あの・・・・・・急がないと見つかってしまうかもしれません。早く海に・・・・・・」


ゴーヤ「ゴーヤはどこにも行かないでち」


その言葉に、私は少なからず驚きました。言葉の意味以上に、その響きが明確な決意を感じさせるものだったからです。


電「・・・・・・私のことは心配しないでください。この後のことはちゃんと考えてありますから」


ゴーヤ「電は勘違いをしているでち。オリョクルはゴーヤが望んでやっていることでちよ」


電「は?」


ゴーヤさんの言ったことを頭のなかで反芻して、それでも意味を理解することができませんでした。


単艦オリョクルは資源不足を無理やり解決するために提督さんが計画したものです。


回避を上げる装備も、贅沢な部屋も、疲労をなくす薬物も、アヘンも、ヒロポンも、潜水艦の艦娘を酷使するために用意されました。


なのに、ゴーヤさんがオリョクルを自分の意志で行っている・・・・・・?


電「ゴーヤさん、あなたはまさか・・・・・・!」


ゴーヤ「ハハっ、電が何を考えているかはわかるでち。別にゴーヤは暗示や洗脳にかかってるわけじゃないでち」


電「なら、どうして・・・・・・っ!」


ゴーヤ「回天を知ってるでちか、電」


電「・・・・・・知ってます、けど」


人間魚雷回天。人が中に入って操縦する魚雷。脱出装置はなく、端から生還を期されていない悪名高き特攻兵器です。


ゴーヤ「前世のゴーヤはあれを積んでいたでち。出撃のたびに、何度も、何度も人の乗ったあれを発進させたでち」


ゴーヤ「あれを積まなくていいなら、今の出撃なんて楽なもんでち」


電「それとこれとは関係が・・・・・・!」


ゴーヤ「関係あるでち。電は何のために艦娘として生まれ変わったでちか?」


電「それは、海域の平和を守るためです」


ゴーヤ「ゴーヤも同じでち。あんな戦争が二度と起こらないようにするため、艦娘になったでち」


ゴーヤ「そして、それは罪滅ぼしをするためでもあるんでち」


電「罪って・・・・・・回天のことを言っているんですか?」


ゴーヤ「そうでちよ。あれは本当に最悪な代物でち」


ゴーヤ「乗る前まではみんな笑ってるんでちよ。お国のために役に立てて嬉しいって、笑顔でみんなと話してるんでち」


ゴーヤ「でも、乗った後は・・・・・・聞こえるんでちよ、中から。みんな、みんな中で泣いているんでち」


ゴーヤ「あの中はとても狭くて暗いでち。そんなところに1人っきりで閉じ込められるなんて、きっとたまらなく怖いんでちよ」


ゴーヤ「お母さん、って叫ぶ人もいたでち。出してって泣き叫ぶ人もいたでち。そんな人たちをゴーヤは敵に向けて放ったんでち」


ゴーヤ「あの泣き叫ぶ声が、いつまでも耳にこびりついて・・・・・・ずっと消えないんでちよ」


ゴーヤ「だから今のゴーヤは自分の罪を償っているんでち。逃げるわけにはいかないでちよ」


電「そんな・・・・・・そんなの間違っています! それはゴーヤさんのせいじゃ・・・・・・」


ゴーヤ「間違ってるっていうなら、最初から全部、何もかも間違っていたんでち」


ゴーヤ「ただ、ゴーヤは耳にこびりついた悲鳴を消したいだけでち」


電「でも、ゴーヤさんは悪くないじゃないですか! 悪いのは回天を作り、使うよう命じた人たちのはずです!」


ゴーヤ「そうでちか? 命じた人たちも、戦争に勝つために死に物狂いだっただけかもしれないでち」


ゴーヤ「だいたい誰が悪いなんてものはないんでちよ。ゴーヤはしたいからやっているんでち」


電「でも、提督さんは自分のためにゴーヤさんを利用してるんですよ! ゴーヤさんはそれでいいんですか!?」


ゴーヤ「てーとくが何を考えていようと関係ないでち。だから・・・・・・ゴーヤのことは放っておいてほしいでち」


電「・・・・・・そんなこと、できません。ゴーヤさん、あんなに笑ってたじゃないですか。ここに来たばかりのときは、あんなに・・・・・・」


ゴーヤ「ああ・・・・・・そんなときもあったでちね」


そのとき、ゴーヤさんはこの日初めて、私を見ました。初めて会った時とは似ても似つかない、寂しそうな笑顔でした。


ゴーヤ「あのときはゴーヤも浮かれてたでち。電には勘違いさせて悪かったでちね」


ゴーヤ「まあ、確かに・・・・・・オリョクルは辛いでち。今だって体中痛くて、心と体がバラバラになりそうでちよ」


ゴーヤ「でも。ゴーヤが辛い思いをすれば、それだけあの悲鳴が薄れていく感じがするんでち。だから、今日もオリョクルを続けるでち」


電「そんな・・・・・・そんな、おかしいです。ゴーヤさんは悪くないのに、苦しいばっかりじゃないですか・・・・・・」


ゴーヤ「そうでちね。でも、悪いことばっかりじゃないでち」


電「・・・・・・どうしてですか?」


ゴーヤ「今、電がこうしてゴーヤのことを想ってくれてるのは少し嬉しいでち。ゴーヤはそれで十分でちよ」


そう言って、ゴーヤさんはふらつく足で立ち上がりました。


ゴーヤ「部屋に戻るでち。まだ眠いから、時間まで寝ておきたいでち」


おぼつかない足取りで、ゴーヤさんが防波堤の上を歩き出そうとします。


ほんの2、3歩で、すぐにゴーヤさんは、倒れそうになりました。


電「あっ、あぶないです!」


慌ててその小さな体を支えます。ゴーヤさんは立っているのがやっとのように、私の腕に体重を預けています。


電「もう限界じゃないですか。それでも、まだ続けるっていうんですか・・・・・・?」


ゴーヤ「眠いだけでち。少し休めば多少は元気になるでち。だから・・・・・・」


私の手を振りほどいて、ゴーヤさんはまた歩き出そうとします。この手を離すことだけは、どうしてもできませんでした。


電「・・・・・・わかりました。わかりましたから、せめて・・・・・・お部屋に戻るお手伝いだけは、させてください」


ゴーヤ「・・・・・・悪いでち」


それっきり、ゴーヤさんは話疲れたかのように黙ってしまいました。


私に支えられながら、ゴーヤさんは鎮守府の中へ戻るために歩き出します。


那珂ちゃんや、ほかのダブった艦娘の子たちを解体室に連れて行くときのことを、私は思い出していました。


ゴーヤさんをお部屋へ戻すために歩くのは、それ以上に辛いことでした。


ゴーヤ「・・・・・・大和に謝っておいてほしいでち」


電「え?」


鎮守府内の廊下に差し掛かったあたりで、ゴーヤさんが再び口を開きました。


ゴーヤ「あの子にゴーヤは酷いことを言ったでち。大和は悪くないのに・・・・・・電にも八つ当たりをしてしまったでち」


電「気にしてなんかいませんよ。大和さんも、ゴーヤさんも悪くありません。悪いのは提督さんですから・・・・・・」


ゴーヤ「別に、てーとくが悪いとも思っていないでち」


電「・・・・・・それはなぜですか?」


ゴーヤ「あの男は、ただちっぽけなだけでちよ」


独り事のようにそう零して、あとは話しかけても、もう応えてくれなくなりました。


とうとう潜水艦専用部屋に着いてしまいました。大きな扉を開け、ゴミだらけの床を踏み越え、ベッドにゴーヤさんを横たえます。


電「何か欲しいものはありますか? できれば薬以外の、お水とか・・・・・・」


ゴーヤ「いらないでち」


電「・・・・・・そう、ですか。じゃあ、私はこれで・・・・・・」


ゴーヤ「待って」


立ち去ろうとした私の服の裾を、ゴーヤさんが弱々しくつまみました。そのあかぎれた、細い指で。


ゴーヤ「手を・・・・・・」


電「えっ?」


ゴーヤ「ゴーヤが眠るまで、手を握っていてほしいでち」


電「・・・・・・はい。わかりました」


請われるままに、彼女の冷たい手を両手で包むように握ります。


ゴーヤさんの小さな脈が、手のひら越しに伝わってきます。生きている。その鼓動は、弱々しくもそう叫んでいるみたいでした。


ゴーヤ「ああ・・・・・・電の手は、あたたかいでち」


それっきり、ゴーヤさんは静かに目を閉じて、眠りの中に落ちていきました。


手を離すことはしませんでした。この手を離してしまったら、二度とゴーヤさんが起きないような気がして・・・・・・


夜明けの日がかすかに窓から見え始めても、私はその手を離しませんでした。


来てほしくなんてないのに、朝がやってきます。2時間に設定されていた、部屋のアラームがけたたましく鳴り響きました。


ゴーヤさんを起こしたくなくて、慌てて手を離しアラームを止めに行きます。スイッチを切って振り向くと、もうゴーヤさんは起き上がっていました。


ゴーヤ「・・・・・・それじゃあ、行ってくるでち」


電「・・・・・・ドックまでついていきます」


ゴーヤ「いいでち。これ以上、電に迷惑をかけたくないでち」


電「迷惑だなんて、そんな・・・・・・」


ゴーヤ「いいから、ついてくるな」


あまりにもはっきりとした拒絶に、私はもう何も言えなくなりました。部屋から出ていくゴーヤさんを見送ることしかできません。


ゴーヤ「・・・・・・もうゴーヤは大丈夫でち。まだまだ頑張れるでちよ」


電「・・・・・・もし、辛くなったらいつでも言ってください。絶対に私が助けますから」


ゴーヤ「ありがとうでち。でも、そうはならないでちよ」


電「・・・・・・うっ、うっ・・・・・・えぐ」


もう耐え切れませんでした。ずっと我慢していた涙が、両目から溢れ出します。


自分に何もできないことが、悔しくて、悔しくてたまりません。


ゴーヤ「なんで泣いてるんでちか、電」


電「だって・・・・・・ゴーヤさん、この鎮守府に来れて、嬉しいって言ってくれてたのに・・・・・・」


ゴーヤ「なら、泣くことはないでち。その気持ちは今も変わっていないでちよ」


電「・・・・・・え?」


ゴーヤ「だって、電がゴーヤの友達になってくれたでち」


顔をあげると、そこには・・・・・・あの頃のように無邪気な、ゴーヤさんの笑顔がありました。


ゴーヤ「これからも、電はゴーヤの友達でいてくれるでちか?」


電「はい、はい・・・・・・もちろんです。ゴーヤさんは、何があってもずっと、私の友達です」


ゴーヤ「嬉しいでち! それじゃあ、電。ゴーヤ、出撃するでち」


電「はい・・・・・・お気を付けて。行ってらっしゃいなのです」


ゴーヤ「はい、でち!」


―――それがゴーヤさんとの、最後の会話でした。


ゴーヤさんはその後、いつも通りにオリョールへ出撃して・・・・・・そして、2度と戻ってきませんでした。


単艦出撃で大破した場合、その艦娘は鎮守府の指示を待たず即座に帰投することが義務付けられています。


オリョールにて、ゴーヤさんは敵艦隊に対し戦術的勝利を収めたものの、爆雷を浴びて大破状態になりました。


そういうことは今までに何度もありました。いつもなら急いで帰投し、入渠すればいいことです。潜水艦の修理はすぐに終わりますから。


でも、ゴーヤさんは帰投せず、無断で大破進撃したそうです。


そのことに気付いた提督さんは慌てて帰投命令を発したそうですが、すでに通信は途絶していました。


救助艦隊を結成してのオリョール捜索も行われました。


捜索の結果、海面に浮いていた2つの強化型艦本式缶だけは回収できたそうです。それは、ゴーヤさんの装備していたものでした。


ゴーヤさん自身は、どれだけ偵察機を飛ばしても、電探で海底を探っても、見つかることはありませんでした。


ゴーヤさんを喪失したことにより、鎮守府は資源運用計画を根本的に見直す必要に迫られます。


大和さんの運用計画は立ち消えになり、彼女はしばらくのあいだ放置艦の仲間入りを果たすことになりました。


最近では軽巡、軽空母の人たちの賭博場で遊んでいる彼女の姿をよく見かけます。


建造、開発計画も縮小され、今はデイリー任務をこなすだけに留められています。


ハッピーラッキー艦隊は通常の出撃任務に戻り、あっさりと北方海域のモーレイ海を攻略してしまいました。


もうすぐ、キス島沖攻略が始まります。駆逐艦戦力が整っていない現状では、厳しい戦いが予想されるでしょう。


私はキス島沖攻略用艦隊の旗艦となることがすでに決まっています。


ゴーヤさんの残した強化型艦本式缶は、私が装備することになるでしょう。


提督「電、久しぶりの出撃になる。気合い入れておけよ」


電「・・・・・・はい」


潜水艦専用部屋は掃除だけをして、まだそのまま残っています。


あの戸棚の薬は、最近は提督さんが消費するようになりました。


アヘンやヒロポンには辛うじて手を出していないようですが、向精神薬などは頻繁に使っているみたいです。


大本営から届く書類の中に、提督さんを糾弾する内容のものが増えるようになりました。


原因は作戦進行の遅れ、および消費資源の量と保有する戦力が釣り合っていないことに対するもののようです。


提督さんも追い詰められているのだと思います。単艦オリョクルは、その状況を打破するための苦肉の策だったのでしょう。


ゴーヤさんの言っていた「提督はちっぽけなだけ」という言葉の意味は大体理解できました。


今の私も、提督さんは小さな人だと思っています。


駆逐艦隊を組んで、久しぶりの演習をこなしながら、私はゴーヤさんのことを考えます。


どうして彼女は大破進撃なんてしたのでしょうか。


普通に考えれば、オリョクルを続けることに疲れて、自ら轟沈することを選んだということになります。


だけど、それだけは違うように思えてなりません。


ゴーヤさんが疲労でせいで、正常な判断ができなくなっていたことは間違いないでしょう。


私は思うのです。ただ彼女は、逃げることができなかったのではないかと。


人間魚雷回天は、一度放たれればもう、生還の術はありません。ひたすら操縦桿を繰り、敵に向かって進むしか残された道はないのです。


それを何度も放ってきたゴーヤさんは、自分だけが逃げるということを許せなくなったのではないしょうか。


だから、大破してなお進撃を選んだ。それが生還を度外視した特攻だったとは、私には思えません。


彼女は生きようとしたに決まっています。その身が大破していようとも敵を打ち破り、勝利を収めて帰還するつもりだったはずです。


ゴーヤさんは生きるために最後まで戦った、私はそう信じています。


電「提督さん。ひとつ聞きたいことがあるのです」


提督「なんだ?」


電「提督さんは、何のために戦っているのですか?」


提督「・・・・・・平和のために決まっているだろう、もちろん」


その目がわずかに泳いだことを、私は見逃しませんでした。


いいでしょう。今のところは、その言葉を信じてあげましょう。いつまで信じられるかはわかりませんが。


今は演習をこなし、キス島沖への出撃に備えます。私が旗艦となる以上、絶対に犠牲者は出しません。


ゴーヤさん、どうか待っていてください。この戦いが終わったら、必ずあなたを迎えに行きますから。


だって、ゴーヤさんは私の・・・・・・大切な、友達ですから。






続く


後書き

ありがとうございました。


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1: yamame_2K22 2015-08-11 06:14:32 ID: MwQyIA6n

うちはあんまりオリョクって無いなぁ

建造・開発の御利用は計画的に

2: SS好きの名無しさん 2015-08-13 02:44:48 ID: SbLXkwNc

うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。゚(゚´Д`゚)゚。

3: SS好きの名無しさん 2015-10-04 03:58:39 ID: dxPObBDy

電ちゃんタフだなぁ

4: とある原潜国家 2015-10-05 16:12:10 ID: 35Ua1AD-

まさしく、出口の無い海……


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