2016-07-27 02:32:21 更新

概要


前大会
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451576137/

本大会
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1464611575/


※注意事項
・一部に過激な暴力表現、グロテスクな描写を含みます。予めご了承ください。
・特定のキャラクター、及び国家、人種、格闘技を貶める意図がないことをご理解ください。
・あなたの嫁が顔面を割ったり割られたり、あるいはもっと酷いことになる恐れがあります。ご注意ください。
・一部に著しいキャラクター崩壊が見受けられます。ご容赦ください。


※階級について
艦種を実際の格闘技における重量階級に当てはめており、この作品内では艦種ではなく階級と呼称させていただきます。

戦艦級=ヘビー級

正規空母級=ライトヘビー級

重巡級=ミドル級

軽巡級、軽空母級=ウェルター級

駆逐艦級=ライト級


前書き

UKF無差別級トーナメント特別ルール一覧

・今大会は階級制限のない無差別級とする。階級差によるハンデ等は存在しない。
・今大会のルールは限りなく実戦に近く、公正な試合作りを目指すために設けられる。
・ファイトマネーは1試合につき賞金1000万円の勝者総取りとする。
・試合場は一辺が8m、高さ2mの金網で覆われた8角形のリングで行われる。
・試合後に選手は会場に仮設されたドックに入渠し、完全に回復した後に次の試合に臨むものとする。
・五体を使った攻撃をすべて認める。頭突き、噛み付き、引っかき、指関節等も認められる。
・体のどの部位に対しても攻撃することができる。指、眼球、下腹部、後頭部、腎臓などへの攻撃も全て認める。
・相手の衣服を掴む行為、衣服を用いた投げや締め技を認める。
・相手の頭髪を掴む行為は反則とする。
・頭髪を用いる絞め技等は反則とする。
・自分から衣服を脱いだり破く行為は認められない。不可抗力で衣服が脱げたり破れた場合は、そのまま続行する。
・相手を辱める目的で衣服を脱がす、破く行為は即座に失格とする。
・相手に唾を吐きかける、罵倒を浴びせる等、相手を侮辱する行為は認められない。
・武器の使用は一切認められない。脱げたり破れた衣服等を手に持って利用する行為も認められない。
・試合は素手によって行われる。グローブの着用は認められない。
・選手の流血、骨折などが起こっても、選手に続行の意思が認められる場合はレフェリーストップは行われない。
・関節、締め技が完全に極まり、反撃が不可能だと判断される場合、レフェリーは試合を終了させる権限を持つ。
・レフェリーを意図的に攻撃する行為は即座に失格となる。
・試合時間は無制限とし、決着となるまで続行する。判定、ドローは原則としてないものとする。
・両選手が同時にKOした場合、回復後に再試合を行うものとする。
・意図的に試合を膠着させるような行為は認められない。
・試合が長時間膠着し、両者に交戦の意志がないと判断された場合、両者失格とする。
・ギブアップの際は、相手選手だけでなくレフェリーにもそれと分かるようアピールしなければならない。
・レフェリーストップが掛かってから相手を攻撃することは認められない。
・レフェリーストップが掛からない限り、たとえギブアップを受けても攻撃を中止する義務は発生しない。
・試合場の金網を掴む行為は認められるが、金網に登る行為は認められない。
・金網を登って場外へ出た場合、即座に失格となる。
・毒物、および何らかの薬物の使用は如何なる場合においても認められない。
・上記の規定に基づいた反則が試合中に認められた場合、あるいは何らかの不正行為が見受けられた場合、レフェリーは選手に対し警告を行う。
・警告を受けた選手は1回に付き100万円の罰金、3回目で失格となる。
・罰金は勝敗の結果に関わらず支払わなくてはならない。3回の警告により失格となった場合も、300万円の罰金が課せられる。

・選手の服装は以下の服装規定に従うものとする。
①履物を禁止とし、選手はすべて裸足で試合を行う。
②明らかに武器として使用できそうな装飾品等は着用を認められない。
③投げ技の際に掴める襟がない服を着用している場合、運営の用意する袖なしの道着を上から着用しなければならない。
④袖のある服の着用は認められない。
⑤バンデージの装着は認められる。




明石「さあ始まりました! これより第3回UKF無差別級グランプリ、2回戦を開催いたします!」


明石「実況はお馴染みの明石、解説兼審査員長には香取さんでお送りします! この度は大会運営委員長がアレなせいでお待たせすることになり、申し訳ありませんでした!」


香取「香取です。大会運営委員長には今後、何らかのペナルティを与えるつもりです。遅刻1回につき指1本とか」


明石「本日の日程はA、Bブロック2回戦の計4試合、加えてエキシビションマッチ2戦目の合計5試合を執り行います!」


明石「それでは早速試合に移ります! Aブロック第1試合! 赤コーナーより選手入場! 優勝への期待が掛かる、彼女の登場です!」






試合前インタビュー:扶桑


―――扶桑選手は以前、赤城選手に勝利されています。今回も勝てる自信はおありでしょうか。


扶桑「……正直に言って、前回の対戦は運が良かったんだと思っています。苦し紛れに出したパンチがたまたま入った、という印象です」


扶桑「地力では明らかに押されていましたし、時間制限のあるルールなら、間違いなく私の判定負けでした。赤城さんが強いことに疑いはありません」


扶桑「今回も苦しい戦いになると思います。それでも……私が勝ちます。自信だってあります。それだけのことはしてきました」


―――対策などは考えられてきていますか?


扶桑「考えはしたんですけど、無駄だという結論になってしまいました。赤城さんは全く欠点のないストライカーですから」


扶桑「多少の小細工を弄する余地はあるかもしれませんが、結局、赤城さんに勝つために必要なのは真っ当な強さだと思うんです」


扶桑「以前の私にはそれが足りていませんでした。でも、今は違います。今の私なら、赤城さんに通用します」


扶桑「対策はありません。真っ向から勝負します。赤城さんに勝つには、それが一番いい方法だと思いますから」


―――赤城選手は以前の敗北により、扶桑選手のことを憎んでいるという話を聞いています。何かコメントはありますか?


扶桑「……赤城さんがそういう人なのは知っていました。穏やかなふりをしていますけど、その内側にどす黒く燃える炎があるのを感じます」


扶桑「でも、ファイターってそうあるべきなのかもしれませんね。最強は自分だと信じて疑わず、己を負かした相手には絶対に復讐する」


扶桑「そういう貪欲さは、間違いなく私より赤城さんのほうが上なんでしょう。だからといって、それで勝負が決まるわけではないと思います」


扶桑「私だって、誰にも負けたくありません。この気持ちだけなら、赤城さんにだって負けていないはずですから」





扶桑:入場テーマ「Chthonic/Broken Jade」


https://www.youtube.com/watch?v=heF_NPJbv8Y





明石「1回戦では柔道家、大和選手に逆転勝利! 永遠に沈まぬ奇跡の戦艦が、悲願の優勝へ向けて更なる進撃を仕掛ける!」


明石「空手、柔道に加えてボクシングの技術を会得し、グランプリ制覇の準備は万全! どんな相手であろうと、この手に勝利を掴み取る!」


明石「奇跡とは、己の力で起こすものなのだ! ”不沈艦” 扶桑ォォォ!」


香取「さて、長門さんの出場辞退によって、扶桑さんは優勝への期待が最も高くなった選手の1人でしょう。何としても負けられないわね」


明石「大和選手に勝ったこともあり、期待度は増すばかりといったところですね。本人もそういうプレッシャーを感じているのではないでしょうか」


香取「どうかしら。あまり感じてないと思うわよ。だって、扶桑さんは最初から優勝だけを目標にしているんだから」


香取「どの選手にも言えることだけど、長門さんのいないこの状況でも、結局やることは変わりないわ。目の前の相手にただ勝ち続けるだけ」


香取「扶桑さんは誰よりもそのことを理解しているはずでしょう。精神的な乱れが起こるなんてことはないと断言できるんじゃないかしら」


明石「そうですね。注目すべき点として、まだ扶桑選手は新しく会得したボクシング技術を全て見せてはいない、という点でしょうか」


香取「そうね。大和さんとは正面対決というより、試合展開をコントロールしての奇襲で終わらせたから、基本技術はあまり見れなかったわね」


香取「最後のパンチのラッシュは見事なものだったけど、扶桑さんはまだ武蔵さんから伝授された技術、フットワークや打撃を攻防を見せていない」


香取「底上げされた基本技術がどこまで上達しているか、それがここからの試合を扶桑さんが勝ち抜くための重要なポイントになるんじゃないかしら」


明石「なるほど。例えばボクシングの……? えーっと、ちょっと待って下さい。えっ? 赤城選手がもう入場してくる?」


明石「いや、ちょっと早いですよ。もう少し扶桑選手の話を……はあ? 止められないってどういうことですか?」


香取「どうしたのよ、何かあったの?」


明石「えっと……なんか、もう赤城選手が入場してくるみたいです。スタッフにも止められないそうで」


香取「そういうのって、スタッフが呼び込んでから入場してくるものじゃないの?」


明石「どうも赤城選手が勝手に……えっ、もうコールするんですか? あーはいはい、わかりました!」


明石「ちょっと早いですが、青コーナーより選手入場! 立ち技王者が過去の因縁を晴らしにやってきます!」








試合前インタビュー:赤城


―――赤城選手は第1回UKF無差別級グランプリにおいて、扶桑選手との試合で敗退されています。リベンジへの意気込みをお聞かせください。


赤城「確かに敗北はしました。でも、あんなのはただのラッキーです。扶桑さんに珍しく幸運が舞い降りたというだけですよ」


赤城「奇跡は2度も続けて起こりはしません。もうラッキーパンチを当てられるようなことは決してないでしょう」


赤城「実力なら私のほうが全てにおいて上です。ようやくこのときが来ました。ずっとあの女を殺したいと思っていたんです」


赤城「私の栄華への道を阻んだ罪は死よりも重い。そのことを知らしめる機会を待ち望んでいた。ようやくだ、遂に復讐のときが来たのだ!」


(インタビュー用のマイクが握り潰される音)


―――あの、マイクが……


赤城「この赤城の戦績に泥を塗り付けた不届き者どもが! しかし、私は負けてなどいない! 貴様らが勝てたのは、幸運に恵まれたからだ!」


赤城「扶桑には偶然のカウンターで、武蔵には不意討ちのタックルで破れた! 真っ向から戦えば、錆び付いた戦艦風情に私が負けるはずはない!」


赤城「最強はこの赤城だ! 異を唱えるウジ虫どもは、片端から蹴り殺してくれる! まずは扶桑、貴様からだ!」


赤城「劣等なるクズ鉄製の浮舟ごときが、奇跡の戦艦などと持て囃されおって! それも今日で終わりだ、貴様の惨たらしい敗北と死で終わる!」


赤城「出し惜しみはせんぞ! 禁じ手の殺し技、全てを使って貴様を殺す! 頭を蹴り砕き、顔を踏み潰してくれるわ!」


赤城「ここより先は地獄の門! 門番はこの赤城、待ち受けるのは屍山血河! 己が血の作り出す緋色の水底に沈んでいくがいい!」


赤城「我が地獄は貴様を喜んで受け入れるぞ、扶桑! 灼熱の血の海に溺れ、悶え苦しみながら死ね! 貴様の死で、我が復讐は成る!」


赤城「苦しみと死の果てに、己が罪の重さを思い知れ! 真の王者たるこの私に土を付けた、その業の深さを! 私への不敬は万死に値するのだ!」


赤城「さあ、道を開けろ! 一刻も早くあの女を殺せと全身が疼いている! 邪魔をするなら、貴様らから先に縊り殺してやろうか!」





赤城:入場テーマ「Setherial/Hell Eternal」


https://www.youtube.com/watch?v=2cU-6l3GJWQ




明石「第1回UKF無差別級グランプリ! 圧倒的優位に試合を進めるも、扶桑選手のカウンターにより逆転KO負け! 3回戦敗退となりました!」


明石「そして続く第2回無差別級グランプリ! ボクサーである武蔵選手に不意討ちのタックルを喰らい、終始一方的な展開! 結果は2回戦敗退!」


明石「武蔵、そして扶桑! 片時も忘れたことのないこの屈辱を、晴らすときがやってきた! 血に飢えた復讐鬼が今、リングに上がります!」


明石「今宵の暴君はいつにも増して荒れ狂っている! ”緋色の暴君” 赤城ィィィ!」


香取「……なんて顔してるの。笑顔かって言われれば笑顔だけど、まるで噛み付く寸前の猛獣みたいな表情をしてるわ」


明石「放送席まで伝わってくるほどの殺気ですね……赤城選手が試合前にここまで本性を露わにするのは初めてではないでしょうか」


香取「以前から、赤城さんが自分に最初の黒星を付けた扶桑さんを憎んでいることは噂されていたわ。まさか、これほどとは思わなかったけど」


香取「普段の赤城さんは冷静な振る舞いに務め、その内にある凶悪な本性が垣間見えるのは試合のときだけだったわ」


香取「それなのに、今日はそれを隠そうともしていない。というより、隠し切れないというべきなのかしら」


明石「自分でも抑えられないほどに、扶桑選手に対する憎しみが強い……ということでしょうか」


香取「でしょうね。しかも、扶桑さんのバックには、赤城さんに2度目の敗北を与えたもう1人のファイター、武蔵さんがいるわ」


香取「2人分の憎悪を抱えて、内なる怪物がとうとう顔を出したって感じね。赤城さんは、その全ての憎しみを扶桑さんにぶつける気よ」


明石「赤城選手と言えば情け容赦のない試合運びで知られていますが……その戦いぶりが更に激しくなりそうですね」


香取「考えるだけでゾッとするわね。一体、何をしてくるのか……おまけに、赤城さんにはまだ出し切っていない技があるわ」


明石「那珂ちゃんとの試合で一瞬だけ見せた、古式ムエタイの技のことでしょうか」


香取「そうよ。ムエタイが競技化される前の、戦場や決闘で使われることを前提にした徒手格闘術。近代ムエタイ以上に危険な技を有しているわ」


香取「古流武術において、ここまで打撃のみに特化したものは中国拳法の流派にすらないでしょう。しかも、目的は相手を殺すことよ」


香取「戦場格闘技である古式ムエタイは、複数の敵を相手にすることも想定している。だから、1人の敵を倒すのに時間は掛けない」


香取「狙うのは肘、膝による一撃必殺。特に危険なのは肘打ちだと言われているわ。肘を急所のこめかみに受ければ、そのまま死ぬこともあるそうよ」


香取「更に、相手の膝を土台に飛び上がってから繰り出される空中技も危険ね。膝蹴りか、肘の打ち下ろしか、どちらにしろ受ければ致命傷ね」


香取「赤城さんはそういったムエタイの殺人技全てを使って扶桑さんを倒しに行くでしょう。ありったけの憎悪と殺意を込めてね」


香取「そんなものを受け止めてた上で、扶桑さんは勝たなくてはならない。今日の赤城さんは、今までで最強の赤城さんなんじゃないかしら」


明石「試合展開としては、やはり赤城選手は立ち技での攻防を狙ってきますよね」


香取「まずはそれを狙うでしょうね。冷静に行くなら、最初は様子見に打ち合って扶桑さんの打撃のレベルを図り、本気で攻めるのはそれからよね」


香取「だけど、今日の赤城さんを見てると、そういう普通の戦術は取らなさそう。いきなり決めに行くかもしれないわ」


明石「確かに冷静な感じは欠片もありませんね。早く相手を殺したくて堪らない、といった雰囲気です」


香取「こういう相手とは誰も戦いたくないでしょうね。何をしてくるのかわからない、一番怖いタイプのファイターだわ」


香取「ただでさえ赤城さんは攻略の難しいストライカーよ。組み付けば密着状態からの打撃があり、タックルへの鋭い反応速度も持っている」


香取「仮にテイクダウンを取れたとしても、ブラジリアン柔術の技がある。ストライカー特有の弱点は一切持っていないわ」


香取「結局、赤城さんを倒すには正攻法で打ち破るか、那珂ちゃんがやったような意表を突く奇襲を成功させるしかないでしょう」


明石「扶桑選手はどちらの手段を選ぶと思われますか?」


香取「どうかしらね……扶桑さんのことだから、大和さんを倒したような作戦を色々考えてきているとは思うわ」


香取「だけど、今日の赤城さんは今までと違う。あんな野獣のように闘志を剥き出しにしている相手に、おそらく心理戦のような小細工は通用しない」


香取「赤城さんは怒りのボルテージが上がるほど、試合運びが冷酷になる傾向があるわ。激情で動きに隙が生じるようなこともないと思うの」


香取「となると、取れる手段は正攻法のみ。迂闊な奇襲は墓穴を掘る恐れがある。扶桑さんは最も過酷で、真っ当な手段を取るしかないわ」


明石「つまるところ……完全な実力勝負になるというわけですね」


香取「おそらくはね。以前の対戦だって、扶桑さんはあらゆる手段を赤城さんに潰されて、終盤はほとんど手詰まりの状況だったわ」


香取「200発に及ぶ打撃を耐え抜いてカウンターを当てたのは凄いけど、展開としては終始圧倒されていた。赤城さんはそれほどの相手なのよ」


香取「あの時点での地力は赤城さんのほうが格上だったわ。お互いに成長を遂げた今、どちらが優っているかはやってみないとわからないわね」


香取「確実に断言できるのは……死闘になる、というだけだわ」


明石「……ありがとうございます。さて、両選手がリングインしました。赤城選手が放つあまりの威圧感に、レフェリーすら萎縮している様子です!」


明石「対峙する扶桑選手も、やや張り詰めた表情をしております! ここまで凶暴性をむき出しにされ、流石に気圧されてしまっているのか!」


香取「赤城さんがこんなに露骨な態度で試合に臨むのは、扶桑さんも想定外、いえ想定以上のことでしょう。まずい出だしになるかも……」


明石「飢えた猛獣のような表情のまま、赤城選手がゆっくりコーナーに戻ります! 視線は扶桑選手から切らないままです!」


明石「扶桑選手もやや遅れてコーナーに戻る! セコンドの武蔵選手が何か叫んでいます、『落ち着いて行け』とアドバイスしているようです!」


明石「試合開始前から、早くも扶桑選手が相手に飲まれ気味です! 扶桑選手は冷静さを保てるのか、赤城選手は何を仕掛けてくるのか!」


明石「果たしてこの勝負、どのような結末を迎えるのでしょうか!? ゴングが鳴りました! 試合開始……同時に赤城選手が走ったぁぁぁ!」


明石「瞬く間に距離が狭まる! 扶桑選手、遅れてコーナーを飛び出し構えを取る! 上段を警戒した空手寄りの……胴タックル!?」


香取「これは……かつての武蔵さんへの意趣返し!?」


明石「なんと、赤城選手が胴タックルを仕掛けました! 扶桑選手、打撃を警戒し過ぎてしまった! 一気にバランスを崩されます!」


明石「赤城選手、朽木倒しの要領であっさりとテイクダウンを取った! 即座にパスガードに掛かる! ま、マウントポジションです!」


明石「まだ試合開始から10秒も経っていない! 劇的な速度で早くも試合の趨勢を握りました、赤城選手! 扶桑選手が追い込まれている!」


明石「いや、扶桑選手もすぐさま反撃の体勢を整えます! 素早く相手を抱き込んで密着させました! まずはパウンドを封じ込みます!」


明石「そのまま横に引き剥がそうとしていますが、赤城選手はブラジリアン柔術の有段者! 巧みにマウントを維持し、全く離れません!」


明石「ここで赤城選手、肘打ちを繰り出した! 首を狙っています! この密着状態では威力は減衰する反面、防ぐことも出来ない!」


明石「赤城選手は冷静だ! はち切れんばかりの殺意を制御し、着実な試合運びで扶桑選手にダメージを蓄積させてします! 扶桑選手危うし!」


香取「まずい展開ね。赤城さんは打撃勝負に拘るんじゃないかと思ってたけど、そんなことはどうでもいいみたい」


香取「赤城さんは最善、最良の手段で勝ちを狙っているわ。やはり激情による隙はない、どうにか扶桑さんはこの状況を抜け出さないと……!」


明石「赤城選手、更に肘で頭部を狙います! カットして出血させることが目的か! 密着状態のまま、地道にダメージを与えようとしています!」


明石「これ以上肘をもらい続けるわけにはいかない! 扶桑選手が密着状態を解きます! それだけではない、赤城選手の両襟を掴んだ!」


明石「そして襟を力の限り交差させた! 十字絞めです! 襟で頸動脈を極める絞め技だ! マウントを取られたまま、赤城選手を仕留めに掛かる!」


明石「攻撃に集中し過ぎたか、赤城選手は対応が遅れました! 絞めは完全に入っている! しかし、両腕はフリーです! 反撃は可能!」


明石「赤城選手の反撃より先に、扶桑選手、落とせるか!? 赤城選手はどのように……肩を掴んだ!? これは、パウンドでも絞め技でもない!」


明石「膝が振り上がったぁぁぁ! マウント状態からの膝の振り落とし! 狙いは急所の下腹部! この一撃は危険だぁぁぁ!」


明石「落とした! 地響きのような衝撃がマットを揺るがせます! 間一髪、扶桑選手は身を躱しました! 同時にマウントポジションからも脱出!」


明石「一度距離を取ろうとする扶桑選手に、赤城が追いすがる! 重心が低い! 足を狙ったタックルだ! なおも赤城、グラウンドを狙う!」


明石「扶桑選手は足を引いてタックルを切っ……は、ハイキック炸裂ぅぅぅ!? あの体勢から!? 右のゼロ距離ハイキック繰り出されました!」


明石「タックルをフェイントに使い、ほぼ垂直に振り上がる脅威のハイキック! 扶桑選手の側頭部にヒット! 大きく体勢が崩れます!」


香取「上手い! 1つ1つが必殺、しかも次の動きにまで繋げている。完璧な戦いぶりだわ。今の、ガードを下げてたら終わってたわよ」


明石「おっと、扶桑選手ダウンしない! どうやら左のガードを上げたままにしておいたようです! ハイキックのクリーンヒットは回避!」


明石「しかしガード越しでも体勢を崩すほどの、恐るべき蹴りの威力! 赤城選手、今度はレバーブローを狙った! これは肘でブロックされる!」


明石「体勢を立て直すため、扶桑選手は一時退却! 今度は赤城選手も深追いはしません、こちらも構えを取り直します!」


明石「赤城選手がガードを上げた! アップライト気味のムエタイの構えです! 同じように扶桑選手も頭部のガードを固めます!」


明石「共にフットワークを使いながら距離を詰める! 今まで見られなかった扶桑選手のフットワークです! これは打撃戦になるか!」


香取「扶桑さんは気持ちの面でも持ち直せたようね。ここからの攻勢が肝心よ。うまく距離を計りながら打ち合う必要があるわ」


香取「中距離では有利かもしれないけど、蹴りと首相撲からの打撃は赤城さんに一日の長がある。フットワークをどれだけ使えるかが勝負の分け目ね」


明石「まもなく接敵します! 先手を取ったのは赤城選手! いきなり右のハイキックだ! 扶桑選手、これをダッキングで回避!」


明石「そのままアッパーカットで反撃に移る! スウェーで躱された! 同時に赤城選手、下段への前蹴り! つま先が膝に入りました!」


明石「扶桑選手、下がらずに左フック! これもスウェーバックで回避、更に下段前蹴り! またも膝に蹴りが当たります!」


明石「足へのダメージはさほどではないようですが、前蹴りによって扶桑選手、踏み込みが止められてしまっています! 距離を詰められない!」


明石「距離が開くやいなや、再び赤城選手のハイキック! いや、軌道が変わった! ミドルキックだ! 蹴りが頭部ではなく中段を狙う!」


明石「辛うじてブロックが間に合いました! 蹴りの間合いを潰そうと扶桑選手、前進! しかしその足を下段前蹴りが止める!」


明石「巧みに距離を維持し、パンチを打たせません! やはり立ち技の攻防は赤城選手が一枚上手か! 扶桑選手、中距離に入れない!」


香取「さすがに打撃戦をやり慣れてるわね。浅い前蹴りでフットワークを潰して、自分の得意な間合いを完璧に保ってるわ」


香取「何より恐ろしいのは、あの殺意に満ち満ちたコンディションでこんな地道な戦い方をやってのける精神性ね。扶桑さんもかなりやりにくそうよ」


明石「ここで扶桑選手、ローキックを放ちました! 赤城選手は脛受け! 堅牢な脛にブロックされ、下段蹴りは通りません!」


明石「フットワークで回り込もうとしますが、赤城選手も俊敏さでは負けていない! しっかりと正面に扶桑選手を捉え、照準を外しません!」


明石「今度は赤城選手がローキック! 扶桑選手も脛受けで対抗しますが、威力が段違いだ! 脛ごと叩き折ろうとするかのような強烈な蹴り!」


明石「もう1発ロー、いやミドルキック! 肘で受け止めました! 赤城選手の蹴り技が冴え渡る! 立ち技絶対王者の名は伊達ではない!」


明石「その獰猛なオーラとは裏腹に、着実な戦法で試合の主導権を握っています、赤城選手! 扶桑選手はどう反撃するのか!」


香取「上、中、下段に蹴りを打ち分けてきたわね。あれをやられるとかなり厄介よ。どこをガードすべきなのか、見分けが付きにくくなるのよ」


香取「下段、中段の蹴りに目が慣れた頃合いにハイキックを打たれると、驚くほどあっさり蹴りをもらうことが多いわ。それを狙われてるわね」


香取「逆にハイキックを警戒し過ぎれば、下段、中段にクリーンヒットが入る。赤城さんの蹴りはどこに当たっても効く。まずい展開だわ」


明石「再びローキック! 足を浮かせて受けたのに、体勢が崩れた! 脛受けが通用しません! 恐ろしい蹴りの威力です!」


明石「まともに太腿へ入れば、一撃で機動力を奪われ兼ねない! 追撃を避けて扶桑選手が後退! 赤城選手は前進します!」


明石「更にローキック! 今度は左で太腿を狙いました! 浅めの蹴りですが、命中! 徐々に足へのダメージが浮き彫りになりつつあります!」


明石「この状況を覆す術はあるのか、扶桑選手! またもや赤城選手はローキッ……違う、足が振り上がった! ここで右のハイキックだぁぁぁ!」


明石「いや! 扶桑選手は読んでいた! 蹴りと同時に突進! ハイキックの懐に入り込みました! キックの間合いを潰した!」


明石「蹴り足を抱え込みました! 扶桑選手、ハイキックの攻略に成功! 赤城選手が片足立ちを強いられます! 大きなチャンスを手にしました!」


香取「そろそろ下段に目が慣れたから、ハイキックを打ってくるとヤマを張っていたのね。いえ、最初からハイキック封じを狙っていたんだわ」


香取「右脚を抱え込めばキックはおろか、立つことで精一杯よ。後は押し込むだけでテイクダウンが取れるはず……ちょっと、嘘でしょう!?」


明石「扶桑選手、そのまま一気に押し込んだ! テイクダウンを……取れない!? 赤城選手、片足のままスタンド状態を維持しています!」


明石「前に押されても、横へ引っ張られても、巧みにバランスを維持している! あんな不安定な状態で、まるで倒れる気配がありません!」


明石「逆に右脚を抱え込こんだ、扶桑選手のほうが攻めあぐねている!? この状態では打撃が使えず、倒せないならやれることがない!」


香取「いえ、あるわ。押し込んで倒せなくても、関節技なら……!」


明石「赤城選手は構えを解いていません! まさか、この体勢からでも打撃を使うことができるのか! あっ、抱えられた足を押し込んだ!」


明石「同時に片足の赤城が踏み込む! 右ストレート!? あんな体勢から、あれほど鋭いパンチを! 扶桑選手の頬を掠めていきました!」


明石「片足を取らせたまま、仕留めようというのか! かといって扶桑選手も足を放すわけには……あっと、今度は扶桑選手、足を後ろに引いた!」


明石「そして跳びついた! 関節技です! 跳び膝十字固めだぁぁぁ! 極まれば勝負は決まっ……飛び蹴り!?」


香取「あんな体勢から!? どんな体のバネしてるのよ!」


明石「赤城選手が軸足で跳んだ! 同時に扶桑選手のあごへ飛び蹴りが炸裂ぅぅぅ! 膝十字が解けます! 関節技は不発!」


明石「両者、リングに倒れ込む! 先に起きたのはダメージのない赤城選手! 扶桑選手も遅れて起きますが、もう遅い! 一息で組み付かれた!」


明石「扶桑選手が最も避け、赤城選手が最も望んだ展開がやって来ました! ムエタイの真骨頂、首相撲! ここからの打撃は、赤城の領域です!」


明石「まずは赤城、頭を押し下げようとしています! しかし、それだけは避けねばならない! 扶桑選手、抵抗しつつレバーブローを放った!」


明石「命中しましたが、密着状態では威力がない! 逆に赤城選手の打撃は、この状態でこそ真の脅威を発揮するのです!」


明石「わずかに下がった頭部に、肘の打ち下ろしが入ったぁぁぁ! これは痛烈だ! 一撃で裂傷が入った! みるみる出血が始まります!」


明石「もう肘を打たすわけにはいかない扶桑選手、腕で頭部を守った! そこへすかさず膝蹴りぃぃぃ! 戦慄の膝があごを打ち抜きました!」


明石「浮き上がった頭を、赤城選手が無理やり押し下げる! これが意味するのは、処刑人が咎人の首をギロチンに固定したのと同じ!」


明石「始まったぁぁぁ! 膝蹴りの連打です! 顔面、ボディ! 顔面、顔面、ボディ! 戦慄の膝蹴りが容赦なく扶桑選手を襲う!」


明石「扶桑選手が両手でガードを試みますが、全ては防ぎ切れない! 首を制されたこの状態では、距離を取ることも叶わない!」


明石「ボディ、顔面、顔面、顔面! 血がマットに飛び散りました! 全ての対戦者を血の海に沈めてきた、この戦い方こそ緋色の暴君!」


明石「この状態に持ち込まれ、自力で生還できた者は1人もいない! 扶桑選手は、その初の生還者になるしか勝機がありません!」


香取「……ダメージを受けて過ぎてるわ。たとえ抜け出しても、まともに動ける余力が残っているかどうか……」


明石「更に顔面! ここで扶桑選手、顔を砕きにきた膝を捉えた! 再び片足の捕獲に成功しますが、これだけでは赤城は止まらない!」


明石「片足でバランスを取りながら、肘の振り下ろしです! また頭頂部に入った! 膝を抱えているため、ガードができない!」


明石「完全なジリ貧に陥りました、扶桑選手! まさか、ここで終わってしまうのか! 不沈艦がとうとう沈み……ええっ、何それ!?」


香取「も……持ち上げた!?」


明石「あ、赤城選手の膝を抱え、宙に持ち上げました! 扶桑選手にはこれほどの膂力があったのか! 地に足が着いていなければ、肘も打てない!」


明石「そのまま、スープレックスで投げ落としたぁぁぁ! 不自然な体勢で無理に投げられ、赤城選手が受け身に失敗! 完全に頭から落ちた!」


明石「首にも大きな負荷が掛かったはずです! このダメージはかなり深刻な……えっ、起きた!? 一瞬で跳ね起きました!」


香取「ダメージが、全くない!?」


明石「ダメージを受けている様子がありません! 頭からは多少の流血があるものの、呼吸も立ち姿も全く揺らぎがない!」


明石「起死回生の投げにより首相撲から生還した扶桑選手ですが、こちらは大きなダメージを負っています! 顔は血にまみれ、呼吸は荒い!」


明石「武蔵選手を思わせる膂力は凄まじいものでしたが、あの投げで体力を消費してしまったか! スタミナは残りわずかに見えます!」


明石「対する赤城選手は余力十分、目に殺意がみなぎっています! どうやら、怒りと憎しみでダメージを感じていない模様!」


明石「しかも、赤城選手が取っている構えは、従来のムエタイのものではありません! ステップを止め、中段に拳を構えた!」


明石「先の試合で那珂ちゃんにトドメを刺した、古式ムエタイの構え! 戦場格闘技としての殺し技で扶桑選手を仕留めるつもりです!」


明石「扶桑選手はこれを打ち破らなければならない! 扶桑選手に構えの変更はありません! 頭部をガードで固め、フットワークを始めます!」


明石「まだ戦う力は残っている! この勝負はどちらかが身も心もへし折れるまで、終わることはないのです!」


明石「扶桑選手が一歩踏み出す! 同時に赤城選手も動く! 赤城のほうが速い! 一息で蹴りの間合いに入った! まずは中段前蹴りを放つ!」


明石「これを扶桑選手、パリィで捌く! が、ただの前蹴りではない! 赤城選手が跳んだ! 二段前蹴りです! 二発目の蹴りが水月にヒット!」


明石「わずかに扶桑選手がよろめく! その隙を見逃さず、赤城が至近距離へ間合いを詰める! 肘の射程距離です! 迷わず肘打ちを放った!」


明石「側頭部狙いの一撃は、左腕でブロック! しかし瞬時に赤城が身を翻す! バックエルボーです! 顔面、いや軌道が変わった!」


明石「肘が脇腹に突き刺さった! これは相当に効いている! 扶桑選手が体勢を崩す! 更に追撃が……いや、赤城選手もよろめいた!?」


明石「ふらつくように赤城選手が後退! その額には脂汗が吹き出ています! 腰の右側あたりを手で庇っていますが、これは!?」


香取「今のは相討ちだったみたいね。扶桑さんはバックエルボーを受ける寸前に、キドニーブローを放っていたのよ。ボクシングでの反則技ね」


香取「いわゆる腎臓打ち。骨格で守られていない内蔵の1つ、腎臓を狙って打つ。腎臓は背中側にあるから、普通は打てないんだけど」


香取「赤城さんは不用意に背中を向けてしまったわね。ボクシングにはこういう裏技があることくらい、警戒しておかなくちゃ」


明石「共にボディへ強烈な打撃を受け、すぐには攻撃に移れない! ですが決して倒れてはいない! まだどちらも戦意高揚!」


明石「ほぼ同時に両者が立ち直ります! 赤城選手はやはり古式ムエタイの構え! 扶桑選手はフットワークでそれに対抗します!」


明石「赤城選手が先に動いた! 蹴りは打たない! 一気に至近距離まで迫るつもりです! 扶桑選手はサイドに回り込む!」


明石「しかし、即座に赤城選手も追う! 扶桑選手の放った左フックをくぐり抜け、懐に入った! そして膝蹴りぃぃぃ、カウンター!?」


香取「うっわ……」


明石「ず、頭突きです! 扶桑選手、懐に潜り込んできた赤城選手目掛けて、頭突きを敢行! 赤城選手、顔面へもろに食らった!」


明石「先の首相撲での攻防とは逆に、扶桑選手のほうが赤城の頭を掴む! そしてもう1発頭突きぃぃぃ! 赤城選手の顔から血が迸る!」


明石「扶桑選手が手を放した! もちろん、終わらせたわけではない! ショートアッパーが入ったぁぁぁ! 続いて、ダメ押しの右フック!」


明石「これも顔面に入りました! 赤城選手が崩れ落ち……いや、反撃! こちらも右フックを繰り出した! しかし、スウェーで空振り!」


明石「即座に扶桑選手が右ストレートを放った! これも直撃ぃ! 中距離戦では扶桑選手が上なのか! パンチで赤城を圧倒しています!」


明石「それでも赤城選手は下がらない! 鬼のような形相で再び拳を突き出した! それよりも先に扶桑選手の左ジャブが顔面を捉える!」


明石「そのまま乱打戦にもつれ込みました! 両選手の拳が交錯する! もうガードする暇すら惜しい! 矢継ぎ早にパンチが繰り出されます!」


明石「赤城の左フックが命中! 扶桑選手のレバーブローも入った! 一進一退の打撃戦です! 扶桑選手、打ち続けることで蹴りを出させない!」


明石「どちらも止まりません! 顔面とボディに無数の拳が入っている! ですが……徐々に、徐々に赤城選手が押されている!」


明石「スピード、技術、パワー、全てにおいてほんのわずかに扶桑選手が上回っている! 赤城選手が手数で押し込まれていきます!」


明石「扶桑選手のパンチが入る度に、赤城選手が後退していく! 押されている! 立ち技王者と呼ばれた赤城選手が打撃で圧倒されている!」


明石「とうとうコーナーまで押し込まれてしまった! 扶桑選手が休まずラッシュを打ち続ける! 赤城選手の反撃が徐々に減っていきます!」


明石「ここで左フックがあごへクリーンヒットォォォ! 赤城選手が前のめりに崩れる! そしてトドメのアッパーカットォォォ!」


明石「これも入ったぁぁぁ! 浮き上がった頭目掛けて! 渾身の右ストレートが放たれる! これは……躱された!?」


香取「まだ意識があるの!?」


明石「ダッキングで躱されました! まだ赤城選手は死んでいない! 一気に体を浮き上がらせ、跳んだ! フェンスを利用して跳び上がりました!」


明石「フェンスを掴んでの跳躍! そこから、肘を振り下ろしたぁぁぁ! 狙うは頭頂部! これが決まれば一発逆転だぁぁぁ!」


明石「ご……轟音が鳴り響きました! マットを揺るがすような衝撃です! ゴングが鳴りました! 試合終了です!」


明石「勝ったのは、扶桑選手! 最後の肘の振り下ろしを、見事な背負い投げに繋げました! 頭から落とされ、今度こそ赤城選手は失神!」


明石「未だかつてない凶暴さで襲い掛かる赤城選手の猛攻を受けながら、その殺意を真正面から打ち砕きました! 扶桑選手、文句なしの勝利!」


明石「もうラッキーパンチなどとは言わせない! 正真正銘、扶桑選手の勝利です! 立ち技王者赤城、ここに敗れ去りました!」


香取「……強いわね。赤城さんを真っ向から倒し切るなんて。いえ、強くなったというべきかしら」


香取「赤城さんの得意技は蹴りや肘だけど、パンチだって並のプロボクサーじゃ太刀打ちできないレベルなのよ。それを正面から打ち負かすなんてね」


明石「扶桑選手はパンチだけでなく、総合力もかなり上がっていますね。武蔵選手並みの膂力さえ見せていましたし」


香取「そうね。元から扶桑さんはパワーも上のほうだったけど、基礎体力まで底上げされてるみたい。これはいよいよ隙がないわね」


香取「今の扶桑さんなら、十分に優勝を狙えるわ。次の試合にも期待させてもらいたいわね」


明石「そうですね! どうか皆様、激戦を繰り広げた両選手に、今一度大きな拍手をお願いします!」




試合後インタビュー:扶桑


―――勝因は何だったと思われますか?


扶桑「勝因、ですか? そういうのは恥ずかしいので、あまり言いたくないんですけど……私のほうが強かったからだと思います」


扶桑「赤城さんは強いです。特に、今日の赤城さんは凄かった。以前の私では絶対に勝ち目がなかったんじゃないでしょうか」


扶桑「それでも、勝ちました。あのときの赤城さんは私の遥か上の実力者でしたけど、ようやく追いつけたみたいです」


扶桑「簡単にはいきませんでしたけどね。危ない場面は何度もありました。ちょっとでも油断してたら、負けていたのは私だったでしょう」


扶桑「でも、油断さえしなければ、もう赤城さんには負けません。今日の試合で自信を付けさせてもらいました。赤城さんには感謝しています」


―――赤城選手から再戦の申し込みがあれば、受けますか?


扶桑「……喜んで、とはいきませんね。戦って勝てるとしても、赤城さんは凄く怖い方です。できることなら、もう戦いたくありません」


扶桑「そうは言っても、きっと赤城さんは再戦を申し込んでくるでしょうね……あの人は執念深いし、恨みは永遠に忘れないタイプですから」


扶桑「もし、そのときが来れば……勝負を受けます。そして私が勝ちます。もう、私は誰にも負けません」




試合後インタビュー:赤城


赤城「ははっ……はははははははっ! くくくっ……がぁあああっ! なぜだ! なぜ、なぜこの私が負けた!? あんな錆びだらけの戦艦如きに!」


赤城「全力を尽くした! 殺すつもりで戦った! 古式の技も使った! なのに、なぜ! おのれ……おのれぇええええ!」


赤城「またしても私の道を阻むのか、扶桑! 殺してやる……いつの日か、必ず殺してやるぞ、扶桑! 武蔵も同じ地獄に送ってやる!」


赤城「これで勝ったと思うなよ! 最強はこの私だ! いずれ貴様が私の前にひれ伏す日が来る! その時が来るのは決して遠くはないぞ!」


赤城「その日まで、せいぜい束の間の栄光を味わうがいい! たとえこの身が滅びても、必ず復讐を果たしてみせるからな!」


(取材陣の逃亡により、インタビュー中止)









明石「初戦から激闘となりました! やはりこの2回戦、揃っているのはどれも超級のファイターばかりです!」


明石「続くAブロック第2試合は、超級どころか怪物同士の潰し合い! まずは赤コーナーより選手入場! 深海棲艦の女王、再度出陣です!」




試合前インタビュー:戦艦棲姫


―――グラーフ・ツェッペリン選手の試合を見られて、どのような感想をお持ちですか?


戦艦棲姫「アレハ本当ニ艦娘ナノカ? 私ガ知ッテイル奴ラトハ随分ト様子ガ違ウ。カト言ッテ、深海棲艦ニモアンナ奴ハイナイ」


戦艦棲姫「出会ッタコトノナイタイプノ相手ダ。今マデノ経験ハ捨テテ挑ム必要ガアリソウネ」


戦艦棲姫「戦ウノガ楽シミデ仕方ガナイ。ナゼナラ、アイツヲドウヤッテ倒セバイイノカ、全クワカラナイカラヨ」


―――勝てる自信はありますか?


戦艦棲姫「サア? 今ワカッテイルコトハ、アイツハ並大抵ノコトデハ壊レナイッテコトクライカシラ」


戦艦棲姫「ツマリ、壊シ甲斐ガアルッテコトネ。簡単ニ壊レナイ玩具ハ貴重ヨ。私ガ本気ヲ出シタラ、ホトンドノ相手ハスグ死ンデシマウカラ」


戦艦棲姫「アイツニハ最初カラ本気デ仕掛ケヨウ。ドウヤッタラ壊レルカ、色々ト試シテミヨウ。期待外レニナラナイトイイケド」


戦艦棲姫「デキルコトナラ、ナルベク試合ヲ長引カセタイ。アイツニ使ッテミタイ技ガタクサンアルノヨ」




戦艦棲姫:入場テーマ「魔法少女まどか☆マギカ/Surgam identidem」


https://www.youtube.com/watch?v=wStS5Anvwjo





明石「鉄底海峡より来たりし怪物! その技、その身体能力、全てが我々の常識外! デスマッチの女王の名は伊達ではない!」


明石「関節技は通用しない! 使いこなせる技は無限! そして、容赦なく殺しに掛かる! その強さ、文句なしの怪物級!」


明石「最強の深海棲艦、UKFのリングで再び猛威を振るう! ”黒鉄の踊り子”戦艦棲姫ィィィ!」


香取「来たわね。彼女の情報が新しく入ってきたけど、驚いたわ。私の予想は見事に外れていたというわけね」


明石「香取さんの見立てでは、戦艦棲姫は柔術系を含む2つ以上の格闘技をやりこんでいるはずとのことでしたが……その実、全くの未経験者でした」


明石「戦艦棲姫は格闘技を学んだ経験はおろか、技を練習したこともありません。ただ、見たことのある技をトレースしているだけだそうです」


香取「……信じられないわ。技とは、1つ1つに長い時間を掛けて鍛錬し、組手に取り入れながら練習しないと身に付かないはずなのよ」


香取「なのに、あいつは見ただけの技をそのまま本番で使いこなせるっていうの? 吹雪さんあたりが聞いたら、発狂しかねないわね」


明石「嘘を言っている様子はなかったそうです。むしろ、技を練習していること自体に驚いている様子だったと……」


香取「……神様が気まぐれに生み出した化け物ってやつかしら。大和さんも人が悪いわね。こんな情報まで秘密にしていたなんて」


明石「それが、大和選手も知らなかったらしいんです。試合後インタビューの発言を聞いて、ずいぶん驚かれたそうです」


香取「そうなの……そういえば、大和さんはどうやってあんな化け物を倒したの?」


明石「最初は蹴りをかい潜って巴投げを掛け、寝技に持ち込んだそうです。ですが、あまりに寝技の対応が上手く、仕留め切れませんでした」


明石「ただ、投げ技はやたらとあっさり決まるので、何度か叩き付けてから体力を削り、それから襟絞めで落とした、とのことです」


香取「なるほどね……ん? 大和さんはトドメを刺したわけじゃないの? 戦艦棲姫は大和さんに殺されたって言ってた気がするけど」


明石「ああ、それはデスマッチの風習によるものみたいです。敗北者は周りの観客によって、アイアンボトムサウンドに投げ込まれるんだとか」


香取「へえ、そう……何にしても、これで戦艦棲姫には弱点があることがわかったわね」


明石「それって、投げ技に弱いってことですか? そういえばローマ戦でも、一本背負いですんなり投げられてましたね」


香取「それだけじゃないわ。戦艦棲姫は見たことのある技や攻防をトレースできる。反面、知らない技は使うことができないのよ」


香取「技を体系立てて学んだわけじゃないから、高度な技を使えても、初歩的な技を知らなかったりするの。彼女の技術は虫食い状態なの」


香取「文字通りの『穴』ね。大和さんと戦ったなら、いくつかの柔道技を使うこともできるでしょう。だけど、それらの返し技を彼女は知らない」


香取「なぜなら見たことがないから。投げ技を掛けられるとき、相手の足に自分の足を絡ませれば投げを防げるなんて基礎さえ知らないんだわ」


香取「それらの穴を慎重に探り、一気に付け込むことができれば、戦艦棲姫の攻略は難しくないわ。やり方さえ間違えなければね」


明石「なるほど。底なしに見えた戦艦棲姫にも弱点があると……まあ、今日の対戦相手には関係がなさそうですけどね」


香取「……まあ、そうよね。弱点がどうこうの次元じゃないわよね」


明石「あはは……さて、それでは青コーナーより選手入場! こいつも負けず劣らず、破格の怪物だ!」




試合前インタビュー:グラーフ・ツェッペリン


―――戦艦棲姫をどう見ますか?


グラーフ「私は対深海棲艦との戦闘用に製造されている。奴らを皆殺しにするために私は生まれた。培った戦闘技術もそのためのものだ」


グラーフ「これはナチス・ドイツにとっても良い実地試験になる。徒手格闘においても深海棲艦を倒すことができれば、研究の正しさが証明される」


グラーフ「標的である戦艦棲姫は私の予想の範疇を超えていない。相手はたかが海の害虫。敗北することなど有り得ない」


グラーフ「今日の戦闘は殺害を目的に行う。問題はないだろう、奴らは生きていても邪魔なだけの存在なのだから」


―――戦艦棲姫も殺しを前提にした戦い方を得意としていますが、恐怖はありますか?


グラーフ「質問の意味がわからない。恐怖とは抱くものではなく、抱かせるものだ。私の中に恐怖という感情はプログラムされていない」


グラーフ「殺されることが怖いかという質問であるなら、否と答える。私が死ねば、その戦闘データはナチス・ドイツ研究機関に持ち帰られる」


グラーフ「そのデータを元に更なる次世代機が生み出され、その艦娘が戦艦棲姫を倒すだろう。不要となった私は廃棄される。それだけのことだ」


グラーフ「たとえ廃棄されようとも、わずかでも総統閣下のお役に立つことができたのなら本望。私の全てはそのためだけにある」


グラーフ「今日の勝利も、総統閣下へと捧げられる。私はまだ死ぬには早い。戦闘データがもっと必要だ。戦艦棲姫にはその糧となってもらおう」




グラーフ・ツェッペリン:入場テーマ「DEAD SILENCE/OFFICIAL THEME SONG」


https://www.youtube.com/watch?v=UI2WuKFX7u0




明石「軽巡級王者、大淀が為す術もなく敗北! その強さ、その力、まさに桁違い! ドイツはまたしても我々に怪物を送りつけてきたのです!」


明石「あらゆる刺激に反応を見せず、黙々と戦闘を行う様は、まさしく戦闘マシーン! 果たして、こいつに人の心はあるのか!」


明石「冷徹なるドイツ製戦闘マシーン、真の実力は明らかなるか! ”キリング・ドール”グラーフ・ツェッペリィィィン!」


香取「ジャーマンモンスターのお出ましね。今のところ、羽黒さんを除いて最も底知れない選手がこのグラーフさんだわ」


明石「大淀戦でも、技らしい技はほとんど見せませんでしたね。ただただ桁外れの身体能力で圧倒していたとしか……」


香取「それと、精神性のなさね。全ての行動に感情がまるで伴わず、なおかつ痛みに一切の反応を見せなかったわ」


香取「ビスマルクさんは脳内麻薬で痛みを快感に変えていたみたいだけど、グラーフさんは本当に何も感じていないようにしか見えなかったわ」


明石「試合後インタビューでは、『痛覚を遮断した』という信じられない発言をしていましたね。本当でしょうか?」


香取「嘘を付くタイプには見えないし、本当なんでしょう。どうやらナチス・ドイツは、艦娘の脳みそを弄る研究を行なっているみたいね」


香取「それを踏まえると、あの化け物地味た身体能力にもある程度の予想が着くわ。たぶんだけど、グラーフさんには『リミッター』がないのよ」


明石「……リミッターってなんですか?」


香取「人体は本来の持つ3割程度しか平常時に力を発揮できない、って理論は聞いたことがあるでしょう? その制限を掛けてるのがリミッターよ」


香取「人体を保護するための安全装置みたいなものね。過剰な運動による骨格や筋肉への負担を抑えるために、脳は人体が全力を出すのを許さない」


香取「例外はいわゆる、『火事場の馬鹿力』くらい。危機的状況が迫ると、脳内麻薬によってリミッターが緩み、人体は爆発的な力を発揮するわ」


香取「この脳内麻薬くらいは大小なりとも、多くの選手が無意識に使っている。グラーフさんはおそらく、このリミッター自体がないのよ」


香取「脳内麻薬の分泌に頼ることなく、グラーフさんは肉体の持つ運動性能を限界まで引き出すことができる。痛覚遮断はそのためにあるんだわ」


香取「リミッターの外れた100%の力で相手を殴れば、反動で自分の肉体さえも傷付ける。そのダメージを痛覚遮断で消しているのよ」


香取「普通の選手が使える身体能力を3割とすると、グラーフさんはその3倍の運動性能を発揮する。しかも、痛みや疲れさえ感じない」


香取「戦闘マシーンというのは比喩ではなさそうね。苦痛を感じず、破格の身体能力で無感情に相手を殲滅する。まさしく機械だわ」


明石「そんな化け物級の能力を持っているのに、軍隊格闘術のテクニックまで持っている……と考えるべきでしょうか」


香取「大淀戦では見せなかったけど、持っていると見たほうがいいでしょうね。おそらくは、ビスマルクさんと同等の格闘術を」


香取「そうなってくると、もう倒す方法が思い浮かばないわ。パワー、スピードが桁違いで、技術面でも付け入る隙がないなんてね」


香取「精神面では更に隙がないとなると、いよいよお手上げよ。純粋に能力で上回るか、とんでもない奇策を試みるくらいしか勝機がないわ」


明石「となると、戦艦棲姫はどう戦うでしょうか? まあ、その……どっちが勝っても怪物が残るだけって感じですけど」


香取「まったくだわ。どっちもまともじゃないんだから、勝負もまともなものにはならないでしょう。今から始まるのは、怪物同士の喰い合いよ」


香取「互いに削り合って、どっちがより化け物なのか決めるだけ。戦艦棲姫とグラーフ・ツェッペリン、どちらが残っても待ってるのは悪夢だわ」


香取「できることなら、試合の中で実力の底を晒してほしいものね。そこで攻略法を見つけられなければ、この試合の勝者に優勝を持っていかれるわ」


明石「……ありがとうございます。さて、怪物2名がリングイン! 薄笑いを浮かべる戦艦棲姫を、能面のような表情でグラーフが見ている!」


明石「どちらも底知れない破格の怪物! 勝つのは深海棲艦の女王、戦艦棲姫か! それともドイツ科学の結晶、グラーフ・ツェッペリンか!」


明石「どっちが勝ってもUKFに未来はない! 今、ゴングが鳴ってしまった! 試合開始です! 両者、ゆっくりとリング中央へ!」


明石「戦艦棲姫は例の如く、両手をだらりと下げてその場でステップを踏んでいます! 対するグラーフ選手、静かにガードを上げて待ち構える!」


明石「最初に攻めるのは、やはり戦艦棲姫! いきなり後ろ回し蹴りを繰り出した! いや、これは蹴り技ではない! 軸足も跳ね上がった!?」


香取「またプロレス技!?」


明石「両足で首を挟み込んだ!? これはヘッドシザーズ・ホイップだぁぁぁ! 首を捻ねられ、グラーフ選手がリングに引きずり倒される!」


明石「戦艦棲姫、即座に寝技へ移行! 両足で首を挟んだまま、腕を取って背面から絞めた! 上三角絞めが決まったぁぁぁ!」


明石「プロレス技から柔道技への鮮やかな連携! これが素人だと言うから驚きです! 演舞の如く綺麗に決まりました! 完全に頸動脈へ入った!」


明石「仰向けに倒されている以上、この体勢からの反撃は通常の前三角絞めより遥かに困難! これは、早くも決着が……た、立った!?」


香取「こ……ここまでの膂力を……!」


明石「グラーフ選手が立ちました! 上三角絞めを極められたまま、戦艦棲姫を背負いながら立ち上がった! 足腰の強さが尋常ではない!」


明石「しかも、取られた腕を前に振って事も無げに拘束をぶち切った! 技もクソもありません! 上三角絞めが腕力だけで外されました!」


明石「だが、戦艦棲姫はこの程度では諦めない! 首を挟んだ足を解かず、そのまま足による裸絞めに移行! 更に強烈に首を絞め付けます!」


明石「柔道では死の恐れがあることから、禁止技とされる足の裸絞め! これならグラーフを落とし切れるか! グラーフ選手、動きを見せない!」


明石「絞め付けを緩めたいのか、首に巻き付く足に手を掛けています! その程度で絞めが解けることは……うげえっ!?」


香取「嘘でしょ……!」


明石「あ、足首を握り潰した! グラーフはただ単に足首を思いっきり握っただけです! 握力までが桁外れなのか!?」


明石「しかも、潰した足をまだ放していない! 戦艦棲姫が脱出を試みますが、そんなことは許さない! な、投げたぁぁぁ!」


明石「足を掴んで、片手でぶん回されました! 戦艦棲姫が布切れの如く振り回され、そして宙を舞った! 勢い良くフェンスに激突!」


明石「もう力が強いとかそういう次元ではない! 完全に別物だ! グラーフの身体能力は、我々の水準とは全くの別物です!」


明石「いわば、人と同じ体重の昆虫のようなもの! 体の作り自体がまるで違うとしか思えない! もう、この力には手が付けられない!」


明石「戦艦棲姫も既に瀕死……いや、立った!? 笑っています! 片足を完全に潰されたというのに、まだ笑う余裕が残っているのか!」


明石「片足立ちで飛び跳ねながら、リング中央へ進んでいく! 戦艦棲姫は戦う気です! あの力を見せつけられながら、まだ勝つ気だ!」


香取「アドレナリン放出で痛みを消してる……でも、長くは持たない。戦艦棲姫がダメージをごまかせるのは一時的なものよ」


香取「対するグラーフさんは死なない限り全力を発揮できる。まだ勝機があるっていうの……?」


明石「まもなく接触! グラーフは静かにガードを上げます! こいつに油断という概念は存在しない! 相手が手負いでも容赦はしません!」


明石「仮に、敵の片足が完全骨折していようともです! 片足立ちの戦艦棲姫が近付く! 打った! グラーフの右ストレート!」


明石「目にも留まらぬハンドスピード! ですが……弾いた!? 戦艦棲姫が打撃を捌きました! 拳の軌道を逸らされ、空振り!」


明石「更にグラーフ、ワンツーのコンビネーションパンチ! これも捌かれた! あの動きは……中国拳法のトラッピング!?」


香取「まさか、隼鷹さんの試合を見て覚えたの!? もしくは、既に持っていたか……!」


明石「そうでした、戦艦棲姫もまた底なしの怪物! ここにきて巧みな防御術を披露しています! 片足立ちでグラーフの打撃を捌いている!」


明石「しかし、この状態で防げるのはパンチだけのはず! グラーフも当然その考えに至った! 残る片足を狙い、すかさずローキックを放った!」


明石「か、空振り! というか、先に戦艦棲姫の掌底がグラーフの顔面に決まった! 上体を押される形で、蹴りが潰されました!」


明石「戦艦棲姫にはこの武器もあった! それは長い手足! リーチにおいてはグラーフより拳2つ分は長い! 自身の有利を上手く使っています!」


明石「カウンターで掌底をもらい、ややよろめいたグラーフですが、すぐに持ち直しました! やはり大したダメージはない!」


明石「戦艦棲姫も片足のため、追撃には移れませんでした! ここからどう攻める、戦艦棲姫! どう仕留める、グラーフ・ツェッペリン!」


香取「グラーフさんが圧倒的有利な状況に変わりはない。でも、戦艦棲姫はまるで動じてない……この状況を楽しんでいるんだわ」


明石「ここでグラーフ・ツェッペリンに動きがあります! ステップを踏み始めました! 大淀選手を追い込んだ、あの高速フットワークだ!」


明石「パワー型から一転、攻撃方法をスピード型に切り替えるつもりです! あの連撃を繰り出されれば、戦艦棲姫に防ぐ術はない!」


明石「来た! グラーフのラッシュが始まった! 左ジャブ! 右フック! サイドキックにアッパーカット! 超高速ラッシュが繰り出される!」


明石「一発でももらえば戦艦棲姫は終わる! しかも片足では一発も避けきれるはずはない……のに、避けてる!? 戦艦棲姫が打撃を避けている!」


香取「な、何なのあの動き!?」


明石「これはなんだ!? 迫り来る打撃の嵐を、戦艦棲姫が全て避けている! 片足のまま! その動き、華麗どころかとんでもなく不気味です!」


明石「例えるなら、超高速で全方位に揺れる細長いコマ! 回転し、手足で打撃を捌き、捌き切れない打撃を上体がグラグラと揺らして躱している!」


明石「どっちが化け物地味ているか、甲乙付け難い光景です! 戦艦棲姫は関節の可動域が異常に広い! まさか、背骨までこんなに動くとは!」


明石「グラーフは息も付かずにラッシュを続ける! 戦艦棲姫はラッシュの合間を不自然極まりない動きで掻い潜る! まるで死のダンスです!」


明石「あっ……!? わ、笑い声が聞こえてきました! 笑っているのは他でもない、戦艦棲姫! 狂ったような哄笑を上げています!」


明石「死のダンスを踊りながら、一体何がそんなにおかしい!? 死が全身を掠めていく、そのスリルが楽しくてしょうがないとでも言うのか!」


明石「だが、このダンスの終わりが近いのは明白です! 即ち、ダメージが大きく不自然な回避を強いられる戦艦棲姫が力尽きる、そのとき!」


明石「終わりの時が来た! ハイキックが戦艦棲姫の首に入ったぁぁぁ! これは、曲がったのではない! 明らかに首の骨が折れた!」


明石「壊れた人形のように頭をぐらつかせながら、戦艦棲姫がその場に崩れる! デスマッチの女王、ここに陥ら……えっ?」


香取「……ちょっと、どういう体の構造してるのよ」


明石「なっ……! た、立った!? 戦艦棲姫が立ち上がりました! 首はあらぬ方向にねじ曲がり、頸骨が折れているのは間違いありません!」


明石「もう戦艦棲姫は息絶えているはず! なのになぜ……く、首を嵌めこんだ!? 首の脱臼って、嵌め込んで済むものでしたっけ!?」


香取「そんなわけがない。普通は即死、運良く助かっても、一生車椅子生活を余儀なくされるような損傷があるはずよ。なのに……!」


明石「こ、こいつも体の作り自体がぶっ壊れている! しかも、まだ笑っている! ここまでやられて、更に戦い続ける気か!」


明石「今現在、グラーフ・ツェッペリンは全くの無傷! あれだけ動きながら呼吸さえ乱れていない! 同じ怪物でも、戦力の格が違う!」


明石「それでも戦艦棲姫は挑む気だ! 戦いの終わりはどちらかの死のみ! ならば、まだ終わってはいない! 戦艦棲姫がドイツの怪物に挑む!」


明石「戦艦棲姫が構えた! 今までとは違う、左の手の甲を相手に向けて構えました! これは……詠春拳!?」


香取「ジークンドーの下敷きになった中国拳法……! 技術で活路を見出そうと言うの? グラーフさんに小手先の技なんて……」


明石「グラーフ・ツェッペリンも再び戦闘体勢を取ります! 一撃で決める! 拳を固めて、戦艦棲姫へと接近する!」


明石「グラーフの左ジャブ、これはフェイント! 本命はローキック! 残る片足を狙った! が……戦艦棲姫の突きが先にヒットォォォ!」


明石「グラーフが吹っ飛んだ!? ダウンは免れましたが、顔面へまともに入りました! 今のは……まさか!」


香取「嘘でしょう……発勁!?」


明石「中国拳法の真髄、勁力を使った打撃です! まさか戦艦棲姫がここまで中国拳法を扱えるとは! しかも、片足立ちでこれほどの威力を!」


明石「片足でなければ、どれほどの威力があったことでしょう! その技量、まさしく底なし! まだ勝負の結果はわからない!」


明石「グラーフが再度歩み寄る! 詠春拳の構えで待ち受ける、戦艦棲姫に恐れはない! この腕のリーチ差があれば、先に打撃を当てられる!」


明石「先にグラーフが打ち込んだ! いきなり右ストレート! 戦艦棲姫のトラッピングが軌道を逸らす! そのまま、カウンターの突きィィィ!」


明石「またしても顔面直撃! し、しかし……グラーフ・ツェッペリンが微動だにしない! これはまさか……自ら受けに行った!?」


明石「戦艦棲姫の拳が砕かれました! 手の甲から骨が突き出している! グラーフ、己の顔面を叩き付けて拳を砕きました!」


明石「どうする戦艦棲姫! なっ……棒立ち!? 骨の突き出た手の甲を、戦艦棲姫、呆けたようにじっと見つめている!」


香取「アドレナリン放出が止まったんだわ! 同時に集中力も切れた……まずい!」


明石「ああっ! み、ミドルキック炸裂ゥゥゥ! 棒立ちの戦艦棲姫を、グラーフの右脚が薙ぎ払ったぁ! 戦艦棲姫が紙切れのように吹っ飛ぶ!」


明石「戦艦棲姫、まだ意識がある! が……立てない! 痛みが戻ってきてしまったのか! 更にあの強烈な蹴り! おそらく脊椎に損傷が入った!」


明石「マットに手を着く戦艦棲姫の前に、グラーフ・ツェッペリンが立った! な……何をする気だ! 相手は既に戦闘不能だ!」


明石「ふ、踏み付けたぁぁぁ! 頭を完全に踏み砕いた! 血と共に、透明な脳漿がこぼれ落ちる! 戦艦棲姫、完全に絶命!」


明石「ここでゴングが鳴った! 試合終了です! グラーフ・ツェッペリン、無情にも戦艦棲姫を絶命KO! 恐ろしい戦いを見せられました!」


明石「戦艦棲姫を相手にしても、ろくに技を見せませんでした! 身体能力によるゴリ押し! ただそれだけで、あの怪物に勝ってしまった!」


明石「一体、誰がこの怪物を止められる!? 長門選手はもういない! 我々には、こいつを倒す方法がまったく思い付かない!」


香取「これほどまで……! 甘かったわ。こいつの身体能力は、通常の3倍なんてものじゃない。少なく見積もって、5倍近い身体能力を持っている」


香取「脳だけじゃなく、体にも改造が施されているのかも……じゃなきゃ、あんな凄まじい運動性能は発揮できないはず」


香取「その気になれば、熊だって素手で打ち殺せそうよ。まずいわ、このままじゃ本当に優勝を持っていかれる……!」


明石「次の対戦相手は……扶桑選手ということになりますよね。扶桑選手なら、あるいは……」


香取「……可能性は低いと言わざるを得ないわ。仮に長門さんが相手をするとしても、勝ち目は薄い。それほどにグラーフさんは強すぎる」


香取「力が強い、スピードが速いってだけで、こんなにも脅威だなんてね。扶桑さんには、対戦までに何としても作戦を練っておいてほしいわ」


香取「正面からは絶対に勝てない。今までの試合から穴を見つけて、それを突くしか方法がない……穴があれば、なんだけど」


明石「なんか……まずいことになってきましたね。今度、UKFにナチス・ドイツは出禁にしましょう……」



試合後インタビュー:グラーフ・ツェッペリン


―――戦ってみて、戦艦棲姫はどうでしたか?


グラーフ「予想を下回る戦闘能力だった。最強の深海棲艦があの程度か。これなら、我がドイツ帝国の制海権拡大はさほど困難なことではないな」


グラーフ「戦闘データも大した収穫はない。実りの少ない戦闘だった。深海棲艦に我々の強さを見せつけられたことだけは成果と呼ぶべきか」


―――未だにグラーフ選手は格闘技術らしいものを見せていませんが、それはまだ隠している段階だからでしょうか。


グラーフ「戦闘の過程を見れば明らかだ。使う必要がない。腕を振るえば殺せる相手を、わざわざ術を使って仕留める理由はない」


グラーフ「技術を使うべき相手との戦闘になれば、迷いなく格闘術を使う。だが、このグランプリでその機会はなさそうだ」


―――グラーフ選手は試合中に凄まじい身体能力を発揮していますが、差し障りのない程度で構いませんので、その秘訣を教えていただけませんか。


グラーフ「秘訣などない。私はあのレベルの動きができるよう製造され、継戦能力を伸ばせるよう訓練を受けた。そして、総統閣下より洗礼を受けた」


グラーフ「総統閣下の神通力を授かったことにより、私の体には底知れない力が宿った。私はそれを使って閣下の敵を打ち倒す。それだけだ」


グラーフ「貴様らが弱いのは、総統閣下のご威光の下にないからだ。私のような力が欲しければ、ドイツへ亡命するがいい」


グラーフ「閣下は日本人を名誉アーリア人と認めてくださる。閣下の洗礼を受ければ、私のように強くなれるだろう」





試合後インタビュー:戦艦棲姫


戦艦棲姫「……? ナンダ、私ヲ修理シタノ? ソノママ海ニ投ゲ捨テレバヨカッタノニ、艦娘トハオ優シイモノダ」


―――グラーフ・ツェッペリンと戦ってみて、何を感じましたか?


戦艦棲姫「モシ、大和ト戦エバ少ナク見積モッテ10回ニ数回ハ勝テルダロウ。ダガ、グラーフ・ツェッペリンニハ勝テナイ」


戦艦棲姫「ダカラ楽シク戦エタ。愉快ナモノダナ、自ラ死ニ身ヲ投ジルトイウモノハ。久シブリニ、本気デ戦エタ」


戦艦棲姫「限界マデ燃エ尽キルコトガデキタ。トドメモシッカリ刺シテクレタシ、満足ダ。面白イ戦イダッタ」


―――リベンジの意志はありますか?


戦艦棲姫「スグニデモ戦イタイワ。ダケド、勝テナイカラヤメテオク。アイツハタブン、誰ニモ勝テナイワ」


戦艦棲姫「ソロソロ私ハ深海棲艦ノ領域ニ帰ル。アイツヲ倒ス方法デモ考エテオコウ。思イ付イタラ、マタココヘ来ル」


戦艦棲姫「アア、言イ忘レテタ……修理シテクレテ、アリガトウ。コノ借リハイズレ、必ズ返ス」






明石「とんでもない試合となってしまいましたが……気を取り直して、続いてBブロック2回戦、第1試合を行います!」


明石「こちらも注目の一戦です! まずは赤コーナーより選手入場! 今こそ、空手の真の強さを見せつけるときだ!」




試合前インタビュー:榛名


―――空手と中国拳法はどちらが優れていると思いますか?


榛名「正直に答えるなら、わかりません。空手のほうが優れているから勝てると自惚れるつもりはありませんので」


榛名「技の多彩さという点なら、中国拳法に軍配が上がるでしょう。実戦における合理性においても、あるいは空手に勝っているかもしれません」


榛名「ですが、勘違いしてもらっては困ります。空手とは楽をして勝つ武術ではなく、己に困難を課して強くなるための武術なのです」


榛名「あえて非合理に身を置き、五体を武器化する。長い時間を掛けて技を研磨することでのみ、空手は真の力を発揮できます」


榛名「理合を重んじる中国拳法と比べて、その点なら空手が勝る。技術としてではなく、結局は使い手の練度が勝敗の優劣を分けるのです」


―――隼鷹選手をどう見ますか?


榛名「優れた使い手であるのは疑いようもありません。あれほど高度な技を使いこなし、なおかつまだ手の内の全てを明かしてはいないのですから」


榛名「隼鷹さんは中国拳法の深淵、その一端を手にしている。私にとっても脅威であることは間違いないかと思います」



―――勝てる自信はありますか?


榛名「私は空手だけを信仰してここまで来ました。ここで中国拳法に敗北するなら、私の歩んだ道は何の意味もなかったことになるでしょう」


榛名「自信という生易しい言葉は口にしたくありません。必ず勝ちます。どんなことがあっても、敗北は決して許されないのです」




榛名:入場テーマ「GuiltyGearX/Holy Orders (Be Just or Be Dead)」


https://www.youtube.com/watch?v=FUn8sSi6d0c





明石「打撃最強候補筆頭! 全ての一撃を必殺とし、全身を凶器と化す! 究極の実戦空手の体現者がここに存在する!」


明石「不死身のK-1王者、翔鶴選手に初のダウンKOを与えたその打撃は底が知れない! 今一度、空手の真の恐ろしさを知らしめてやろう!」


明石「この拳に全てを賭ける! ”殺人聖女”榛名ァァァ!」


香取「さあ、面白いことになりそうね。空手VS中国拳法よ。ちょっとした因縁の対決、ってことになるのかしら」


明石「一応、空手の発祥も元々は中国拳法にたどり着くとのことですよね」


香取「発祥はそうらしいわね。空手の源流である首里手、泊手、那覇手のうち、特に那覇手は中国拳法の一流派である白鶴拳から生まれたとされるわ」


香取「でも、空手としての形を成してからは、全く独自の発展を遂げているわ。既に中国拳法とは全くの別物と言ってもいいでしょう」


香取「更に言えば、中国拳法が伝統的に受け継がれているのに対し、空手は今もなお競技化や他流派との交流によって進化し続けているわ」


香取「どちらが優れていると言う気はないけれど、より近代的なのは空手、ということになるんじゃないかしら」


明石「他流派との交流というと、主にボクシングやムエタイということになってきますかね」


香取「そうね。どちらも立ち技格闘技において最強の名を奪い合う流派。空手はそれらに対抗するため、技をパクったのよ」


香取「ボクシングからはフットワークを、ムエタイからは蹴りを吸収した。勝つために敵の技術を使うのは戦争では当たり前のことよね」


香取「他国で生まれたものを取り入れて独自に発展させるのは、日本のお家芸。空手はパクった技術を完全に技の体系へと取り込んだわ」


香取「特にフットワークは榛名さんも得意とする技術。中国拳法を相手にするなら、かなり心強い武器になるんじゃないかしら」


香取「後は貫手ね。人体を真正面から貫く技は、一朝一夕じゃ身に付かない。榛名さんは想像を絶する苦難を経て、あの貫手を身に付けたんでしょう」


香取「いくら中国拳法が技で優れるといっても、究極まで研ぎ澄まされたあの一撃に対抗する術はないはず。榛名さんが技で劣ることはないわ」


香取「仮に寝技に持ち込まれても、あの指を体のどこかに突き立てれば脱出できるでしょう。榛名さんの空手に隙はどこにもないわよ」


明石「ありがとうございます。では、青コーナーより選手入場! 予想外の強さを見せつけたダークホースが再度登場します!」




試合前インタビュー:隼鷹


―――今日もお酒は飲まれていないんですか。


隼鷹「しつこくない? だから、試合前は飲まないって! しかも今日の相手って超化け物じゃん! あんなのと戦う前に酒なんて飲めないよ!」


隼鷹「あーやだやだ。勝ったらお金くれるって言われたから来たのに、強い奴ばっかりじゃん。もうちょっと楽させてくんないかね」


―――榛名選手をどのように感じておられますか?


隼鷹「強いよ。めっちゃ強い。ファイトマネーの額があとちょっとでも安かったら、絶対に戦いたくない相手だね」


隼鷹「あれって実現不可能って言われてた空手の完成形じゃない? そんなやつとはできることなら一生やり合いたくなかったよ」


隼鷹「あたしは楽に勝てるに越したことはないと思ってるからね。あーあ、スポーツ空手家だったら楽勝だったのになー」


―――勝てる自信はありますか?


隼鷹「あるに決まってるじゃん。なかったらさっさと棄権して帰ってるよ。負けるために戦うほど、あたしは酔狂じゃないんでね」


隼鷹「あたしはまだ太極拳の全てを見せたつもりはない。ちょっと早いけど、この試合では全てを見せる必要がありそうだ」


隼鷹「簡単にはいかないだろうね。それでも勝つよ。勝利の祝杯があたしを待ってるんでね、酒のためならあたしは何でもするよ」


―――空手と中国拳法はどちらが優れていると思いますか?


隼鷹「中国拳法でしょ。空手は遅れてる。こっちがだいぶ前からライフル使ってるのに、向こうは未だに火縄銃で戦争してるようなもんさ」


隼鷹「空手は実戦において非効率だ。だからって必ずしも弱いってわけじゃないけどね。勝つのは、あたしが強すぎるからさ」




隼鷹:入場テーマ「布袋寅泰/BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」


https://www.youtube.com/watch?v=VogWfA4zesA




明石「その流儀、酔拳にあらず! 中国拳法の一流派、その名は太極拳! 本物の中国拳法家が表舞台に姿を現しました!」


明石「脅威的な強さで1回戦を圧勝! それでもなお、真の実力は明らかになっていない! 中国拳法とは、一体どれほどのものなのか!」


明石「秘術の深淵を今、垣間見る! ”酔雷の華拳”隼鷹ォォォ!」


香取「ダークホースの登場ね。まさか、隼鷹さんがあそこまで強いとは思ってもみなかったわ」


明石「1回線は技を出し切らずに圧勝ですからね。発勁の打撃も1回しか使っていませんでした」


香取「そうね。主に使っていたのは足技と関節技、中国拳法で言うところの擒拿術ね。明らかに技を隠しつつ戦っていたわ」


香取「戦艦級のトップファイターを相手にそれだけの余裕があるということは、イコール彼女の実力と自信がどれだけ高いかを表しているわ」


明石「榛名選手に対しても、技を隠して戦うと思われますか?」


香取「さすがにそれは無理なはずよ。榛名さんは戦艦級の中でも頂点を争う一角。特に打撃に関しては絶対的な強さを誇っているわ」


香取「あのレベルの選手を相手に技を出し惜しみするほど、隼鷹さんも自惚れてはいないでしょう。この試合では本気を見せるんじゃないかしら」


明石「となると……発勁も存分に使うということですね」


香取「おそらくわね。といっても、発勁はどんな状況からでも自在に繰り出せるほど、便利な代物じゃないわ」


香取「発勁は構えと姿勢を完璧に取り、大地を踏みしめてながら放つ必要がある。重要なのは力の伝達をいかに効率よく行えるか、ということよ」


香取「発勁とは全身の力を一点に集中させて放つ技術。十分な支えがないと、力が分散してうまく拳に伝えることができないの」


香取「拳の攻防の最中に、そこまで十分な構えを取るのは難しいわ。榛名さんが絶え間なく攻め続ければ、発勁を封じることができるかもしれない」


明石「分は榛名選手のほうにあると考えられますか?」


香取「さあ……どうかしら。階級としての耐久力を考えれば、榛名さんは一撃で隼鷹さんを倒すことが可能でしょう」


香取「それでも、どちらに分があるかはわからないわ。隼鷹さんが実力の底を見せてない以上、うかつな判断はできない」


香取「気になるのは、隼鷹さんの発言ね。『空手は中国拳法に劣っている』。考えなしの失言ではなく、何かしらの根拠を伴った言葉に聞こえたわ」


明石「その根拠とは何なのでしょうか。発勁がないこと、関節技がないことなど、思い付くことはいくつかありますが……」


香取「……空手と中国拳法の打撃を比較した場合、最大の違いは『エンジンの数』だと言われているわ」


香取「空手には4つのエンジンがある。それは即ち、両腕と両足。もちろん腰を入れて打つのは共通してるけど、拳打と蹴りでは力の発生箇所が違う」


香取「対して、中国拳法には1つしかエンジンがないわ。勁力と呼ばれる、背骨の筋肉。全ての打撃はこの一点から力を放出しているの」


香取「厳密に言うなら、隼鷹さんは打撃全般において発勁を使っているわ。構えが完全でないから100%の威力ではないというだけでね」


香取「中国拳法が筋力をあまり重要としないのはこの違いよ。腕の力を鍛えるより、力の伝達能力を磨いたほうが効率がいいという考えでしょう」


香取「効率性という点では、空手は中国拳法に一歩譲るかもしれない。でも、榛名さんの空手にはもう1つのエンジンがあるわ」


明石「指……貫手ですね」


香取「ええ。人体で最も繊細な指の力を、岩をも砕くまでに研ぎ澄ました貫手の威力。その必殺性は、完全な発勁に勝るとも劣らないはずよ」


香取「もしも隼鷹さんの言っているのが、打撃の優劣に関することなら、的外れと言わざるをえないわ。だけど、そうじゃなかったら……」


明石「隼鷹選手にはもっと、別の武器があるということでしょうか」


香取「かもしれないわ。Bブロックの第1試合で、隼鷹さんは既に貫手を自分の目で見ているはず。その脅威を軽視しているとは思えない」


香取「どちらにしろ、隼鷹さんが実力の底を見せてない以上、予想はできないわね。何をしてくるかは、そのときにならないとわからないわ」


香取「この試合で、中国拳法の真髄の一端が垣間見えるはず。それは空手にも言えることだけどね」


明石「……ありがとうございます。さあ、両選手リングイン! 空手家と中国拳法家が同じリングに相対しております!」


明石「榛名選手の圧力を一身に受けながら、余裕の表情を崩さない隼鷹選手! これは虚勢か、それとも自信の表れか!」


明石「視線を切らないまま、両者コーナーへ! この勝負が終わったとき、東洋最強の格闘技は何か、その答えの一端が明らかになる!」


明石「空手と中国拳法、勝つのはどっちだ! ゴングが鳴りました、試合開始です! 両者、颯爽とコーナーから飛び出していく!」


明石「榛名選手は天地上下の構えを取った! 対する隼鷹選手も左を上段、右を中段に置いた太極拳の構え! どちらも、様子見をする気はない!」


明石「まずは榛名選手! 踏み込んで前蹴り! 捌かれた! 受け流すと同時に隼鷹選手の後ろ回し蹴り! これもブロックされました!」


明石「体勢を戻すやいなや、再び榛名選手が蹴りを放つ! 中段回し蹴りです! 隼鷹選手、バックステップ! みぞおちを掠めていきました!」


明石「蹴り合いが続きます! 榛名選手、蹴り足を入れ替えての三日月蹴り! これは交差させた両腕により止められました!」


明石「今度は隼鷹選手が蹴る! ローキック、続けて跳び後ろ回し蹴り! 上下を打ち分けた二段蹴りですが、空振りに終わりました!」


明石「蹴りの勝負は互角! 互いに間合いと初動を見切り、クリーンヒットを許しません! やはり、共に打撃は最高レベル!」


香取「どっちも拳の射程に入れないわね。踏み込もうとすると相手が蹴ってくるから、接近し切れないんだわ」


香取「出だしの攻防は完全に拮抗してる。下手に攻めれば一撃で持っていかれるのはどちらも同じよ。さて、均衡を破るのはどっちかしら……」


明石「互いに蹴りの間合いを維持しつつ戦っております! 隼鷹選手、足の甲を狙った踏み蹴り! 足を引かれて躱されました!」


明石「足を引くと同時に、榛名選手の上段前蹴り! ウェービングで躱されます! お互いになかなか隙を見せない!」


明石「続けて榛名選手の上段回し蹴り、いや踵落とし! 大技を繰り出しました! しかし、これもバックステップにより空振りです!」


明石「わずかに榛名選手へ隙が生じたように見えましたが、隼鷹選手は攻め込みません! 未だ発勁は姿を表さず!」


香取「今の踵落としはフェイントに近いわね。わざと隙を作って相手を誘ったみたい。隼鷹さんは引っかからなかったけれど」


明石「どちらも受け手には回らないものの、膠着に近い状態です! このまま蹴り合いを続けても、永遠に勝負が着きそうにない!」


明石「そのことを悟ったように、榛名選手が天地上下の構えを解きます! 拳を固め、上段のガードを固めました!」


明石「あっ、その場でステップを踏み始めました! 出ました、近代空手のフットワーク! 巧みな足捌きで間合いを読ませない戦法です!」


明石「中国拳法広しと言えど、このような近代格闘術はどの流派にも聞いたことはない! これなら中国拳法のディフェンスも打ち破り……?」


香取「……笑ってる?」


明石「な、なんだ? 隼鷹選手が一層余裕の笑みを浮かべました! これを待っていたとでも言わんばかりの表情です!」


明石「フットワークはボクシングの浸透により、近代で広まった技術です。中国拳法にその対応策は考案されていないはず!」


明石「なのに、この余裕は何だ!? ブラフか、それとも本当にこれを待ち構えていたのか! 少なくとも、この攻防で均衡が崩れる!」


明石「榛名選手、構わず打って出る! 左右に上体を振りながらの順突き! これはトラッピングで捌かれた!」


明石「当たりはしませんでしたが、あまり余裕のない回避に見えました! この戦法なら、打ち続ければいずれ一撃が入るはず!」


明石「サイドに回ろうとする隼鷹選手を、榛名選手がフットワークで先回りする! 右の鉤突き! 続けて左の順突きです!」


明石「最後の順突きはこめかみを掠めました! 完全に避け切れていないのは明らか! やはり、先ほどの笑みは隼鷹選手のブラフなのか!」


明石「隼鷹選手、後退! それより早く榛名選手が間合いを詰め……あっ!? 榛名選手がバランスを崩した! ローキックを当てられました!」


明石「先の蹴り合いに見せたものよりは浅く、そのぶん鋭い隼鷹選手のローキック! あっさりと榛名選手の足を払い打ちました!」


明石「足の止まった榛名選手目掛けて、追撃のハイキック! どうにかガードが間に合いました! 後退して体勢を立て直しています!」


明石「隼鷹選手は深追いしない! 再びフットワークを始めた榛名選手を待ち構えています! 足へのダメージはさほどではない様子です!」


明石「しかし、解せません! あれだけ蹴り合いは互角だったにも関わらず、榛名選手があっさりとローキックをもらってしまうとは!」


明石「蹴りのスピードだけが原因ではないように思えます! 隼鷹選手が何かを仕掛けた! しかし、こちらからではその正体が掴めない!」


香取「これは、もしかして……!」


明石「再度、榛名選手が攻め込みます! 順突き、これはフェイント! お返しとばかりに下段回し蹴り! これは脛受けで流される!」


明石「やはり隼鷹選手は後退します! それを追う榛名選手! サイドに回り込みながらの鉤突……あっ!? 先に打たれた!」


香取「やっぱり。フットワークは通用しないんだわ!」


明石「リードジャブが入りました! カウンターというより、打撃を打撃で潰すような手打ち! ダメージは大きくありません!」


明石「しかし、これもあっさりと当てられました! 打撃において榛名選手は最強クラス! いくら速い手打ちとはいえ、簡単にもらうわけがない!」


明石「体勢を崩すほどではなかったので、榛名選手はそのまま攻勢を続行! 右の正拳……またローキックが入った! 再び足が止まる!」


明石「追撃を避け、今度は榛名選手が大きく後退! これは何だ!? フットワークを使い始めた瞬間、逆に隼鷹選手の打撃が当たり始めた!」


明石「回転速度を上げているのは確かですが、反応できないほどではないはず! なぜ、榛名選手がこうも簡単に打撃をもらうのか!」


香取「……空手が中国拳法に遅れてる、その発言の意味が今、わかったわ。隼鷹さんに言わせれば、空手は使えない技術を取り入れてしまったのよ」


明石「フットワークが使えない? まさか、近代格闘術の粋であるフットワークが、そんな……!」


香取「古流柔術においても、フットワークは独自に考案されて、一時期には研究されていたの。でも、すぐに奥義書からは消え去ったわ」


香取「古流にとって、フットワークは使えない駄作と呼ばれたのよ。原因は、リズムを維持して飛び跳ね続けるという動き自体にある」


香取「考えてみれば、その欠点は一目瞭然よ。リズムを維持するということは、自ら相手に呼吸のタイミングを教えてあげるようなものなのよ」


香取「仮に変則的なリズムに切り替えたとしても、動き続けることにも欠点があるわ。動くということは、自ら重心を崩さないといけないのよ」


香取「重心が崩れるわずかな瞬間、確実に隙が生じる。呼吸と重心のブレ、そのタイミングを狙って隼鷹さんは打ち込んでいるの」


香取「間合いを悟らせないことにかけてはフットワークは優れた技術。だけど、相手の呼吸を見切れるような相手には通用しない」


香取「隼鷹さんはそのレベルの使い手よ。近代空手のフットワークは通じないどころか悪手。全ての打撃に後の先を取られかねないわ」


明石「なるほど、フットワークで均衡を破る作戦は失敗! 近代空手の技術は、中国拳法の前には通用しないのです!」


明石「榛名選手の負ったダメージは決して大きくありません、しかし精神的な痛手はどうか! 心理面では、圧倒的に隼鷹選手の優勢です!」


明石「頼みのフットワークが敗れ、榛名選手はここからどう攻める! それとも、隼鷹選手のほうから仕掛けてくるか!」


明石「先に前へ踏み出したのは、隼鷹選手! 相手が動揺している内に畳み掛けようという魂胆か! すり足で間合いを詰めていきます!」


明石「榛名選手も素早く立ち直って構えた! 天地上下の構えではなく、上段の構え! もうフットワークは使っていません!」


明石「フットワークを捨て、真正面から打撃戦を挑む構えです! 隼鷹選手はそれに応えるか否か! 今、蹴りの間合いを踏み越えた!」


明石「榛名選手が先手を取った! 鎖骨狙いの手刀! パリィで逸らされます! 反撃に隼鷹選手の裏拳が顔面を叩く!」


明石「そのまま裏拳に使った右腕が軌道を変え、肘打ち! これも脇に入った! 致命傷ではないが、効いている!」


明石「榛名選手も肘打ちで対抗! 側頭部を狙うも躱された! 後を追うように喉を狙った腕刀! ダッキングで回避される!」


明石「同時にボディへ崩拳突き! 発勁ではないようですが……おっと、ここで榛名選手が大きく後退! 崩拳を打たれた箇所を手で庇っています!」


明石「表情には隠し切れない苦悶が露わになっている! しかも、傷を押さえる手の隙間から流血!? そんな馬鹿な、崩拳で出血するはずがない!」


明石「仮に今のが発勁の打撃なら、内臓へ響くようなダメージのはずです! しかし、負わされたのは出血を伴う外傷! これは一体!?」


香取「今のは崩拳突きじゃなかったのよ。あの傷を見る限り……貫手を使われたと見るべきでしょうね」


明石「貫手? 確かに隼鷹選手は打ち込む寸前は手を開いていましたが、インパクトの際は拳を握っていましたよ?」


香取「中国拳法にはそういう貫手が存在するのよ。鍛えていない指で、簡単に相手の皮膚を貫ける貫手がね」


香取「打ち方は正拳突きとほぼ同じ。開手で相手に打ち込み、初めに触れる四指をクッションにしながら、親指を捻じ込むようにして突き刺すの」


香取「スピードとタイミングが十分なら、最低限の指の力で皮膚に穴を開けられる。榛名さんはまんまとやられたわね」


香取「空手が遅れてると言っていた理由は、これもあるのかしら。貫手をやるのに指を鍛え込む必要なんてない、ってことね」


明石「榛名選手、不覚にも大きなダメージを負ってしまいました! 出血量は多くありませんが、未だ血が止まらない!」


明石「血が止まらないということは、時間経過ごとに体力が失われることを意味します! 長期戦に持ち込まれれば敗北は必定!」


明石「依然として隼鷹選手リードの状況に揺るぎなし! 否が応でも、榛名選手は短期決戦を挑むしかなくなりました!」


明石「休んでいてもダメージは回復しない! 息吹で無理やり呼吸を整え、榛名選手が構えます! これもまた、今までと違う構えです!」


明石「スタンスを広く取り、右拳を大きく後ろに引いた! 正拳突きの一撃に賭けるつもりです! もはや、勝つにはこれしかない!」


明石「リスクを承知で、死路に活路を見出す! 隼鷹選手は応じるか! どうやら応じるようです! 自ら前へ進み出ていく!」


香取「隼鷹さんには願ってもない展開でしょうね。彼女はずっと、榛名さんからカウンターを取るタイミングを測っていたんだから」


香取「来るのが右正拳突きであることは間違いない。何が来るのかわかっていれば、確実にカウンターを取る自信があるはずよ」


香取「ただし、その正拳突きがどれほどの速度と威力を持つのか測り間違えば……敗北するのは隼鷹さんになるでしょうね」


明石「いつの間にか、隼鷹選手の顔から余裕が消えています! 目を見開いた極限の集中を思わせる表情! とうとう隼鷹選手が本気になった!」


明石「もしカウンターを取るとしたら、その技は完全なる発勁! そんなものを貰えば、榛名選手といえど一撃でやられかねません!」


明石「しかし、それは隼鷹選手も同じこと! 次の一撃で勝敗が決まる! 勝つのは右の正拳突きか、それともカウンターの発勁か!」


明石「間もなく射程に入る! 動いた! 渾身の右正拳突き! このハンドスピードは躱せな……流された!?」


香取「纏絲勁!? 捻るようにして敵の力を受け流す防御の勁力、ここまでの技術を……!」


明石「空振りで榛名選手の体勢が崩れた! 隼鷹選手は崩れていない! き、決まったぁぁぁ! 全力の発勁による崩拳突き!」


明石「胴を貫通したかと見紛う凄まじい一撃がみぞおちに入った! これは、内臓どころか背骨まで達している! 榛名選手がよろめいた!」


明石「ふらつきながら後ろに1歩下がり、大量の喀血! 胃が破れてしまったのか! このダメージは尋常ではない! まさしく致命傷!」


明石「しかし、まだ倒れてはいない! 隼鷹選手、ダメ押しとばかりにハイキィィィッ、あっ! ぎゃ、逆にぶん殴られたぁぁぁ!?」


香取「嘘でしょ、動けるの!?」


明石「ひ、左正拳追い突きぃぃぃ! 最後の死力を振り絞るかのような渾身の一撃! 隼鷹選手の心臓目掛けて突き刺さったぁぁぁ!」


明石「隼鷹選手、カウンター気味にもらってしまった! 大きく後方に吹っ飛び、ダウン! しかし、榛名選手も力尽きるかのように膝を着いた!」


明石「共に立ち上がれない! 隼鷹選手は意識こそありますが、おそらく胸骨を砕かれた! 榛名選手も内蔵をやられている!」


明石「これは、ダブルKOの様相を呈してしまうのか! 隼鷹選手が立ち上がろうとしていますが、ダメージが大き過ぎる! どうしても立てない!」


明石「榛名選手に至っては、意識があるかさえ定かではありません! その場に膝を着いたままピクリとも……いや、動いた! 意識はある!」


明石「た、立ちます! ふらつきながらも立とうとしている! 息吹で呼吸を整える余力さえ残っていない体を、精神力だけで動かしています!」


明石「……立った! 限界を超えるダメージを受け、もう一歩も動くことができないのは明らかですが、確かに立っています!」


明石「後を追うように隼鷹選手が立とうとします! が、立てない! 体に力が入らないのか、手足は震えるばかりで一向に立ち上がれません!」


明石「ここでゴングが鳴りました! 試合終了! 隼鷹選手を戦闘不能とみなし、レフェリーストップです! ここに勝敗が決定しました!」


明石「勝ったのは空手家、榛名選手! 技術においては圧倒されるも、最後の最後で勝負を丸ごとひっくり返しました!」


明石「太極拳士、隼鷹選手は卓越した技量を見せつけるも、榛名選手の底力の前に惜しくも敗北を喫しました! やはり榛名選手、恐るべし!」


香取「紙一重の勝負だったわね。隼鷹さんがもう一息早くトドメを刺しに掛かっていれば、勝敗は逆だったでしょう」


香取「たぶん、発勁は全力を叩き込むだけに、放ってすぐには次の動きに移れないんじゃないかしら。わずかだけど、その一瞬が命運を分けたわね」


香取「まあ、何より凄いのは完全な発勁の拳を受けながら反撃し、その上で立ち上がれる榛名さんのほうなんだけど」


明石「あの一撃、拳がみぞおちへ完全に埋まるほど深く入ってましたよね。普通なら死んでてもおかしくないような気がするんですが……」


香取「翔鶴さんが桁外れだから影に隠れがちだけど、実は榛名さんも相当に打たれ強いのよね。元々はフルコン空手の出身なんだし」


香取「物理的な耐久力に加え、あの精神力。普通なら絶対に立ち上がれない一撃でも、心が折れていなければ立ち上がれるのよ」


香取「技量に勝る隼鷹さんを凌駕したのは、空手で練り上げた心身の底力ね。そういえば、中国拳法は精神鍛錬はおろそかにしがちだったかしら」


香取「これで榛名さんは優勝に大きく一歩近付いたわ。あれで倒れないなら、もう並大抵の攻撃では絶対に倒れないわよ」


明石「なるほど、空手VS中国拳法は、精神力の差で空手に軍配が上がりました! 中国拳法の神技も、榛名選手の心を折ることだけはできなかった!」


明石「深遠なる中国拳法の奥義を見せつけた隼鷹選手と、空手の強さを体現してみせた榛名選手! 両選手に今一度拍手をお願いします!」




試合後インタビュー:榛名


―――勝利した感想をお聞かせください。


榛名「……私は勝ったんですか。いえ、試合を決めたときの記憶がほとんどないので。どうやら無意識で戦っていたようです」


榛名「覚えているのは、地獄のような苦しみと、それを跳ね除けて拳を突き出したことだけです。それ以外は、何も」


榛名「ふふっ、まるで翔鶴さんですね。彼女の愚直さが私にも伝染ってしまったんでしょうか……私もまだまだ未熟なものです」


―――戦ってみて、隼鷹選手をどう感じましたか?


榛名「私と彼女の在り方が相容れることは永遠にないでしょう。私は空手に全てを捧げ、彼女は中国拳法を己のために利用しているに過ぎない」


榛名「それでも、強いことだけは認めざるを得ません。技においては敗北したに等しいでしょう。小技では全て上を行かれたように思います」


榛名「私の気迫を一身に浴びても、その心に何のゆらぎもない。そして底知れない技の数々。もう一度戦って、必ず勝てるとはとても言えません」


榛名「今日は私が勝ったようですが、本当にわずかな差でした。自身の未熟さを思い知らされます。結局、勝因は力押しなのですから」


榛名「いずれ再戦したいものです。次は、全てにおいて隼鷹さんを上回ってみせる。もちろん、空手家としてです」


榛名「技で負けたとしても、空手への信頼を捨てるつもりはありません。全ては私の未熟さが招いた結果。空手は決して劣ってなどいません」


榛名「今はそうでなくても、いずれ空手は中国拳法を超える。私はそのために戦います。ここまで私を育ててくれたのは、空手ですから」




試合後インタビュー:隼鷹


―――今の心境をお聞かせください。


隼鷹「負けたんだから、良くはないね。あーあ、勝てなかったか。背骨ごと持っていくつもりで打ち込んだのに、なんで動けたんだろ」


隼鷹「あれを受けて動かれちゃ、あたしは負けを認めるしかないね。あの一撃はあたしの拳法の集大成みたいなもんだし」


隼鷹「他の技で勝っていようと、結局勝負ってのは結果が全てだ。あいつの勝ちだよ、今日のところはね」


―――この後、お酒のほうはどうされますか?


隼鷹「飲まない。負けた後はしばらく禁酒するって決めてるんだ。どうせ敗北後の酒なんて、飲んでも大して旨くないし」


隼鷹「仕方がないから、隘路から修行のやり直しでもするかな。次はもっと素早く、確実な一撃を打てるようにしとかないと」


隼鷹「榛名ちゃんに言っておいてよ。またやろうって。次は、あたしが勝つ。そのときは殺しちゃうと思うけど、恨まないでくれよ?」




明石「空手VS中国拳法の一戦が終わり、次が2回戦最終試合! とうとうこの対戦のときがやってきてしまいました!」


明石「まずは赤コーナーより選手入場! 怪物退治への期待を一身に背負い、駆逐艦級王者がリングへと上がります!」




試合前インタビュー:吹雪


―――2回戦の相手が長門選手ではなくビスマルク選手になったことに対して、幸不幸、どちらだと感じますか?


吹雪「どっちかって言われれば、幸運です。楽に勝ち進めるわけですし、優勝すれば長門さんと戦わせてくれるんでしょ? なら文句はないですよ」


吹雪「まっ、今となっては長門さんを倒す意味なんてあるのかって感じですけどね。所詮は自信がなくて勝ち逃げした臆病者でしょ?」


吹雪「あんな雌ゴリラが王者であり続けたこと自体が奇跡みたいなものだったんですよ。まあ近いうちに、私がトドメを刺してあげます」


―――ビスマルク選手に対して、恐怖心はありますか?


吹雪「怖いっていうか気持ち悪いですね、あんなビョーキ持ちと戦うなんて。あいつは閉鎖病棟にでもブチ込んでおくのがお似合いです」


吹雪「結局あいつの個性なんて、頭がおかしいってことだけですから。たぶん、私が戦ってきた中で一番弱い相手になると思いますよ」


吹雪「なんだったら、私のほうがあいつを食べてやりましょうか。人喰い鬼が食われるなんて、なかなかの見ものでしょ?」


吹雪「あーでも、さすがにヤだな……あいつの肉ってまずそうですし、食べたら私まで病気になりそう。性病とか持ってそうですよね、あいつ」


―――勝てる自信はあるということですか?


吹雪「当たり前でしょ? 楽勝です。いやー2戦続けて雑魚と戦わせてもらえるなんて、なんか事実上のシード権をもらったみたいで申し訳ないです」


吹雪「鬼退治、なんていうのも馬鹿らしいですね。病院から頭のおかしい患者が逃げたので、看護師の代わりに私が連れ戻してあげるって感じです」


吹雪「噛みつかれるのは嫌なんで、歯とか骨とか出来るだけ折っておきますね。いいでしょ? あいつ、そういうプレイが好きな変態みたいですし」





吹雪:入場テーマ「聖剣伝説Legend of Mana/The Darkness Nova」


https://www.youtube.com/watch?v=Elu5LoFiiXE




明石「最強に挑戦する最軽量級! 古流柔術家、古鷹選手を下した駆逐艦級王者の前に、過去最悪の怪物が立ちはだかります!」


明石「それでもビッグマウスは止まらない! 有言実行とは彼女のためにある言葉! 宣言通り、鬼退治を完遂することはできるのか!」


明石「鬼だろうと怪物だろうと、余裕綽々倒してのける! ”氷の万華鏡”吹雪ィィィ!」


香取「さて……吹雪さんにとって最大の受難の時ね。今日の敵は正攻法のテクニックが通用する相手じゃないわよ」


明石「下馬評としては2:8で吹雪選手の敗北を予想する評価が多いそうですね。さすがの吹雪選手でも、ビスマルク選手は無理だと……」


香取「普通に考えれば、ね。ビスマルクさんは単に凶暴なだけじゃない。高い身体能力と格闘術、冷静な判断力さえ持ち合わせているわ」


香取「それでも、吹雪さんに勝機がないわけじゃないわ。彼女はビスマルクさんと相対するための、最低条件は満たしているもの」


香取「その条件とは、恐怖に飲まれないということ。精神的な強さにおいて、吹雪さんは全選手の中でも三本の指に入るはず」


香取「呆れられるほどの大言壮語を吐いて自分を追い込み、プレッシャーを力に変えて勝利をもぎ取る。尋常な精神力でないとできることじゃないわ」


香取「負けるくらいなら死を選ぶ。それ程の覚悟があるのはトップファイターにもそうは多くない。吹雪さんが試合で心を折ることは有り得ない」


香取「いつだって吹雪さんは、プライドのために命を賭けて戦っている。ビスマルクさんが相手でも、そのことに変わりはないと思うわよ」


明石「確かに、精神的な強さというものはビスマルク選手と戦うための必須能力ですね。ですが、それだけでは……」


香取「もちろん、それだけではビスマルクさんという破格の怪物には勝てない。純粋な強さも間違いなく求められるでしょう」


香取「吹雪さんは全てにおいて駆逐艦としては高水準だけど、優れた才覚があるわけじゃないわ。むしろ、才能という点では凡庸だと言っていい」


香取「夕立さんのような一撃必殺もなく、島風さんのようにずば抜けたスピードもない。不知火さんのように発勁を使いこなすこともできない」


香取「あるのは全方位に対応できるテクニックと、本能を利用した反射神経、後は膨大な練習量による思考の瞬発力くらいかしら」


香取「階級差を踏まえれば、ビスマルクさんと戦うには心許ないのは間違いないわね。勝算は確かに薄い。薄いけど、ゼロではないわ」


香取「引っ掻きと噛み付きくらいしかできない女子供が、成人男性を圧倒することだってある。心を折らないことは、戦いの場では最も重要なこと」


香取「吹雪さんは喉笛を食い千切られようとも、髪の毛一本になるまでビスマルクさんに立ち向かうわ。諦めるという選択肢は最初から捨てている」


香取「ならば勝算はゼロじゃない。結果が勝つか負けるかの2つしかないなら、この勝負は五分、ということになるんじゃないかしら」


明石「……少なくとも、ビスマルク選手の喉元に迫る力は持っている、ということですね」


香取「それに関して言えば、間違いなく。今の吹雪さんの目付きを見ればわかるわ、負けることなんて微塵も考えてない」


香取「下馬評がどうであろうと、結果は終わってみないとわからないものよ。これが賭け事なら、私は大穴狙いで吹雪さんに賭けるわね」


明石「なるほど……ありがとうございます。それでは、青コーナーより選手入場! とうとうあの怪物がUKFに帰ってきます!」




試合前インタビュー:ビスマルク


(ドイツ語による会話を日本語に翻訳したものになります)


―――おはようございます。ご気分はどうですか?


ビスマルク「Guten Morgen! 気分は良いけど、お腹が空いちゃったわ! 朝ごはんはどこかしら? あっ、もしかしてあなたが朝ごはん?」


―――違います。今からビスマルク選手には試合をしていただくことになります。準備のほうは大丈夫ですか?


ビスマルク「そうなの? 別に良いわよ! 試合ってことは、誰かを食べてもいいってことでしょ? すぐに始めましょう!」


ビスマルク「思い出したわ、私は長門さんにやられちゃったのよね? ああっ、悔しい! まだ長門さんを一口も食べてなかったのに!」


ビスマルク「あっ、もしかして、試合の相手って長門さん? だったら嬉しいわ! あのとき食べ損ねたぶん、たくさん食べたいの!」


ビスマルク「もし食べさせてくれないなら、今度はちゃんと私を殺してほしいわね! じっくりと痛めつけてから、嬲り殺しにされたいわ!」


―――今日の相手は長門選手ではなく、こちらの吹雪選手です。彼女を含めて3回勝ち進めば、長門選手ともう一度戦う権利を得られます。


ビスマルク「わあ、美味しそう! ちっちゃいから食べるところは少ないけど、そのぶん、とっても濃厚な味がすると思わない?」


ビスマルク「何より、この子可愛いわね! 腕を食い千切ったらどんな風に泣くのかしら! 早く試したくてワクワクしてきたわ!」


ビスマルク「ああっでも、この子に嬲り殺してもらうってのも捨てがたいわね! あの指が私の目に突っ込まれたら、すごく気持ちよさそう!」


ビスマルク「どっちにすれば迷っちゃうわ。長門さんを食べられなくなるとしても、こんな可愛い子に殺してもらえる機会なんて滅多にないし……」


ビスマルク「とりあえず、この子を食べてから考えるわね! 一口くらいなら死なないでしょ? まずは味見をしてみるわ!」


ビスマルク「美味しかったら、そのまま全部食べちゃう! そうでもなかったら、私は痛めつけられながら殺されるわ! それが良さそうね!」


ビスマルク「考えてたらお腹が空いてきちゃった! さあ、早く吹雪さんのところに行きましょう! きっと美味しそうな匂いがするに違いないわ!」


(通訳は精神病院から退院した伊8さんに協力していただきました)




ビスマルク:入場テーマ「SAW/Hello Zepp」


https://www.youtube.com/watch?v=vhSHXGM7kgE




明石「UKF最凶の艦娘は誰か!? その問を投げかければ、誰もが同じ名前を口にするでしょう! それ程までに、彼女が残した爪痕は大きい!」


明石「噛み付きを超えた捕食攻撃! 目に指を突っ込まれても揺るがぬ微笑! あらゆる狂気を満載した、最凶のジャマンファイターが戻ってくる!」


明石「とうとう怪物が長き眠りより目を覚ます! ”ベルリンの人喰い鬼” ビスマルクゥゥゥ!」


香取「出てきたわね。管理ができないから試合直前まで入渠してたはずなのに、ずいぶんと目覚めが良さそうじゃない」


明石「前大会の長門戦で大破させられてから、ずっと放置していましたからね……寝起きで不機嫌なら、それはそれで問題ですけど」


香取「ビスマルクさんは、今日の対戦相手について何も知らされずにリングへ上がることになったみたいね。それってフェアじゃなくないかしら?」


明石「フェアではないですけど……運営側としては、早めに敗退してほしいというのが本音なので」


香取「……まあ、そうでしょうね。私もできることなら、ビスマルクさんには勝ち上がってほしくないわ」


香取「彼女が勝利を重ねるということは、同じ数だけ惨劇が起こるということだもの。運営がビスマルクさんに不利な状況を作るのも無理ないわ」


香取「だけど、そう簡単に負けてくれるほど、ビスマルクさんは甘くない。彼女が単なる狂った艦娘じゃないのは周知の事実でしょう」


明石「ビスマルク選手を低く評価しているのは、対抗意識があるらしいグラーフ選手と、ビックマウスを欠かさない吹雪選手だけですからね」


明石「他の選手、特に戦ったことのある選手は皆、口を揃えて言います。『ビスマルク選手は強い』と……」


香取「例外は、長門さんくらいかしらね。序盤の奇襲が上手く行っていなければ、あそこまで一方的な試合展開にはならなかったでしょうけど」


香取「ビスマルクさんは本物よ。軍隊格闘術のテクニックに、身体能力と戦術性を併せ持った、弱点のない戦艦級屈指の実力者なのは間違いないわ」


香取「何よりも恐ろしいのが、『何をしてくるかわからない』ということ。行動を読めないって要素は、戦う上で最大の脅威になり得るわ」


香取「彼女に一切の常識は通用しない。ビスマルクさんにとって対戦相手とは捕食対象。『人喰い鬼』という通り名は彼女の本質そのものを表してる」


香取「ファイターの強さを測る一般的な尺度にビスマルクさんを当て嵌めようとすれば、必ず見誤るわ。相手は本当の怪物なのだから」


明石「吹雪選手の扱うクラヴ・マガも軍隊格闘術の一種ですが……ビスマルク選手に通用するでしょうか?」


香取「通用しなくはないはずよ。でも、まともなテクニックが通用するのはある程度のところまでじゃないかしら」


香取「いくらクラヴ・マガの汎用性が優れていても、怪物と戦うことは想定してないわ。噛み付きには対処できても、捕食してくる相手は想定外よ」


香取「吹雪さんはテクニックを最大限に発揮した上で、更にテクニック以上のものでビスマルクさんを超える必要があるわ。でなければ、勝てない」


香取「身体能力では遥かに劣っているし、駆逐艦級としてのスピードも、ビスマルクさんを掻き回せるほどじゃない。総力では完全に不利だわ」


香取「口では楽勝だなんて言ってたけど、裏では対ビスマルク用の作戦を入念に練ってきているはず。吹雪さんの勝機は、それ次第ね」


明石「試合展開として、何か予想できるものはありますか?」


香取「……ないわ。ビスマルクさんが何をしてくるかわからないし、それに吹雪さんがどう対応するかも、予測が付かないから」


香取「少なくとも言えるのは……血を見ずには終わらない、ということでしょうね」


明石「……わかりました、ありがとうございます。さて、両選手がリングインしました! 両者、まったく対照的な表情を浮かべております!」


明石「闘志を漲らせた吹雪選手に対し、ビスマルク選手は相変わらずの微笑! その笑顔に不穏なものは全く感じられません!」


明石「しかし、我々は知っている! その微笑の裏には、底知れぬ狂気が秘められていると! 吹雪選手はその狂気に対抗できるのか!」


明石「今再び、地獄の門が開かれる! ゴングが鳴りました、試合開始です!」




※注意事項

・一部に過激な暴力表現、グロテスクな描写を含みます。予めご了承ください。

・特定のキャラクター、及び国家、人種、格闘技を貶める意図がないことをご理解ください。

・あなたの嫁が顔面を割ったり割られたり、あるいはもっと酷いことになる恐れがあります。ご注意ください。

・一部に著しいキャラクター崩壊が見受けられます。ご容赦ください。





明石「両選手、速くも遅くもないペースでリング中央に歩み寄ります! ビスマルク選手はオーソドックススタイルの構えを取っています!」


明石「吹雪選手は開手を顔前に備えたクラヴ・マガの構え! 真っ直ぐに間合いを詰めていきます! フットワークを使う様子はありません!」


香取「フットワークを使わない? 駆逐艦級としての唯一の強みを捨てて、正面からビスマルクさんに当たる気かしら。いくら何でも無謀じゃ……」


明石「ガードを上げたまま、散歩のような足取りでビスマルクが近付く! 吹雪選手は足を止めて迎撃体勢に入りました!」


明石「スピード以外で、ビスマルクにどう立ち向かうのか! ビスマルクが先手を取った! いきなり右ストレート! 速い!」


明石「吹雪選手、これを手首によるパリィで受け流した! 続く左ジャブも同じパリィで軌道を逸します! 同時にサイドステップで側面へ回る!」


明石「当然ビスマルクは追撃! 左のミドルキック! クロスした両腕で受けて威力を殺しました! 戦艦級の蹴りを受け止め、微動だにせず!」


明石「蹴り足を素早く引き、続いてビスマルクは右のローキック! これは膝蹴りで迎撃! 身長差を逆手に取り、蹴りを蹴りで止めました!」


明石「逆にローキックの足へダメージが入ったか! しかし、ビスマルクがダメージの蓄積が望めないことは過去の対戦から明らかです!」


明石「どうやら吹雪選手、まずは防御に徹するようです! 狙いはスタミナ切れか、あるいは別の意図があるのか!」


香取「スタミナ切れは狙っていないでしょうね。ビスマルクさんは脳内麻薬の異常分泌により、疲労や痛みを感じないのよ」


香取「そんな相手にスタミナ切れを狙えば、受け側が持たないわ。別の何かを狙っていると見るのが正解でしょう」


香取「だとしたら、何を狙っているのか……打たせて打撃の呼吸を読んでから、攻勢に移るつもりかしら」


明石「ビスマルク選手は更に打撃を使って攻め立てます! 左右のフック! ショートアッパーからのリバーブロー! プロボクサー並の連撃です!」


明石「しかし、吹雪選手に掠りもしない! 全ての打撃が円を描くような両手のパリィによって逸らされ、空振りに終わっています!」


明石「パンチがダメなら、蹴りはどうか! ビスマルクのミドルサイドキック! これもパリィで逸らされてしまった!」


明石「右のハイキック! ダッキングで回避! 左のローキック! 軸足を回転させて受け流した! 驚嘆すべきディフェンステクニックです!」


明石「ビスマルクは打撃寄りのファイターですが、その打撃が尽く受け流される! これこそがクラヴ・マガの実戦防御術ないのか!」


香取「360°ディフェンス、と呼ばれるものね。クラヴ・マガの最も基礎となり、同時に最も汎用性の高い防御術よ」


香取「空手の廻し受けの影響を受けているんでしょう。円の軌道を描く動きで打撃を逸す。ついでに相手のバランスを崩せれば理想形よ」


香取「でも、ビスマルクさんはバランス感覚も良いみたいね。空振りでも体勢が崩れないし、腕の引きも速いから反撃に移れないわ」


香取「というより、吹雪さんに反撃する意志がまだないみたいね。珍しい戦い方だわ、やっぱり何かを狙ってる……」


明石「更にジャブ、ストレート、フックと打撃を放ちますが、やはり通らない! 吹雪選手の柔軟かつ鉄壁のディフェンスを突破できません!」


明石「とうとうビスマルク選手が攻撃を止めました! 打ち疲れたというより、打撃に飽きたといった様子です。ビスマルク、やや距離を取る!」


明石「吹雪選手は追いません! 同じ構えを取ったまま、その場で待ち構えています! 来るなら来い、というような気迫を感じさせます!」


明石「さあ、ビスマルクはどう出る! ガードを下げました! 構えを変えるようです! 重心が低く……これは!?」


香取「……キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・スタイル! レスリングの構えだわ。体格差を利用する作戦に変えてきた……!」


明石「考えてみれば、至極当然の選択です! 打撃が通らないなら、タックルで組み付く! 組み付けば、パワーで劣る吹雪選手は絶対的に不利!」


明石「飛び掛かろうとする猛獣のように腰を落とし、両腕は吹雪選手を逃すまいと大きく広げられている! これを回避するのは困難を極めます!」


香取「これが吹雪さんの狙い? 打撃主体のビスマルクさんをタックルに誘う……私には、更に不利な状況に自らを追い込んだとしか思えない」


香取「でも、これが吹雪さんの痩せ我慢でない限り、この先に何かを仕掛けているはず。それが成功すれば……!」


明石「ジリジリとビスマルクがタックルの射程へ距離を狭めていきます! 吹雪選手は動かない! 構えを取ったまま不動の体勢です!」


明石「組み付かれれば圧倒的不利な状況に追い込まれます! テイクダウンを取られれば輪をかけて最悪! 今、ビスマルクが射程距離に入ります!」


明石「タックルに行ったぁぁぁ! 速い! しかも体勢が低い! 吹雪選手、タックルを切れるか! これは……タックルが決まったぁぁぁ!」


明石「吹雪選手、タックルを切れない! テイクダウン、そのままマウントポジション! 最悪の展開です! ここから待ち受けるのは惨劇……!?」


香取「これは……相討ち!?」


明石「なっ……び、ビスマルクの両目が潰れています! まさか、これが吹雪選手の狙いか! タックルのカウンターとして目突きを放っていた!」


明石「目潰しは成功! しかし……代償があまりにも大き過ぎる! 目突きに使ったと思しき2本の指が、あらぬ方向に折れ曲がっています!」


香取「……ビスマルクさんは、あえて目突きを受けたのね。目を潰されると同時に、眼窩に指を引っ掛けて、テコの原理でへし折ったんだわ」


香取「痛みへの反応が狂ってるビスマルクさんならではの指関節攻撃ね。相変わらず、狂ってる……!」


明石「利き手の人差し指、中指は骨折! しかも状態はマウントポジションを取られ……!? わ、笑っている! ビスマルクが笑っています!」


明石「両目の視力を奪われながら、声高々に笑っています! 目を潰してくれてありがとうとでも言うように、嬉しそうな高笑いを上げている!」


明石「血涙を流しながら哄笑を上げる、これが人喰い鬼ビスマルク! 視力は奪ったものの、状況は吹雪選手の圧倒的不利となってしまいました!」


明石「マウントポジションなら、目が見えなくても相手の動きが掴める! ビスマルクの鉄槌が振り下ろされたぁぁぁ! 吹雪選手、辛うじて回避!」


明石「一撃入れば致命傷! ビスマルクはなりふり構わず拳を落としていく! 防戦一方の吹雪選手! どうにか拳を捌いて回避し続けています!」


明石「攻撃は当たっていないものの、マウントを返せない! 当然です、相手は四階級上の戦艦級! そんな相手を腰から振り落とす術はない!」


明石「ビスマルクは休みなく連打を放ちます! ボディへの打撃を交えた絶え間ないパウンド! 吹雪選手はギリギリで全ての拳を防御している!」


明石「しかし、その防御もどこまで保つ! 相手は疲れ知らずにパウンドを放ち続けている! 100発中1発当たれば吹雪選手は終わってします!」


香取「スタンドに戻れば、逆に視力のないビスマルクさんが圧倒的不利になるわ。どうにかして立てないと……!」


明石「満面の笑みでラッシュを続けるビスマルク! そのパウンドは見えているかの如く正確です! 右フックが吹雪選手の脇腹に入ったぁぁぁ!」


明石「とうとう当たってしまった! 戦艦級の打撃が、駆逐艦級の吹雪選手にクリーンヒット! 吹雪選手、堪らず悶絶の表情を浮かべている!」


明石「続いて顔面へも鉄槌炸裂ぅぅぅ! 鼻骨が折られたか! 吹雪選手、絶体絶命! 重大なダメージを負ってしまいました!」


明石「更にトドメのパウンド……違う! 顔を寄せてきた! た、食べる気だ! 捕食攻撃が始まってしまったぁぁぁ!」


明石「顔面を狙っている! 吹雪選手、堪らず顔を腕で覆う! 躊躇なく噛み付いたぁぁぁ! 右腕です! 右の前腕を食い千切ろうとしている!」


香取「まずい、完全にビスマルクさんのペースだわ。このままじゃ……? 吹雪さんが、うめき声ひとつ上げてない……!」


明石「ビスマルクは骨ごと噛み砕く気だ! その上、腕一本で満足するビスマルクではない! 次はどこを噛み付かれるかわからない!」


明石「何としても腕を外さなければ! ここで吹雪選手が反撃! 左の掌底による横打ちです! ですが、この程度では……あれ?」


香取「まさか……噛み付かれることを狙っていたの!?」


明石「び……ビスマルクが腕を離した!? 噛み付きが緩んだのでしょうか! しかし、あの程度でビスマルクが捕らえた獲物を逃がすはずがない!」


明石「もう1発、吹雪選手の左フック! な、なんだ!? ビスマルクが口を開きっぱなしだ! あっさりとあごに当たってしまった!」


明石「マウントを取られた状態での、しかも最軽量級のパンチの威力などたかが知れている! しかし、開きっぱなしのあごに当たれば話は別!」


明石「ビスマルクが大きくぐらついている! 即座に吹雪選手が襟を片手で取って引き倒す! 吹雪選手、マウントから脱出成功!」


明石「そのまま追撃に行こうとしますが、素早くビスマルクが立ち上がった! 大きく距離を取っています! まるで避難するかのように!」


明石「口は相変わらず呆けたように空いたままです! これは……まさか、あごが外されている!?」


香取「なるほどね……吹雪さんはビスマルクさんを倒すために、そこまでの覚悟を決めていたんだわ。腕を食いちぎられる覚悟をね」


香取「ビスマルクさんの戦い方は、ファイターというより獣に近い。相手に十分なダメージを与え、動けなくなれば即座に食いついてくる」


香取「吹雪さんはその瞬間に賭けていたんだわ。ビスマルクさんの咬合力でも、腕を丸ごと噛み付かせれば、一瞬では食い千切られないはず」


香取「だから吹雪さんはあえて噛み付かせ、掌底で下顎骨をずらしてあごを外した。口を開けた状態で打たれると、あごって簡単に外れるのよ」


香取「外れたのは片側の関節だけでも、もう口は閉じられないわ。歯を食いしばらないと人並み以下の力しかでないのは誰もが知るところよね」


香取「噛み付きは封じられた。視力も全くない。ここからは、完全に吹雪さん有利の展開になるわ」


明石「フェンスに背中が当たるまでビスマルクは後退! あごに手を掛けています! 自力であごを嵌めようとしているようです!」


明石「しかし、そんな暇は与えない! 吹雪選手、全速力で突進! ビスマルクは見えていない! 跳び前蹴りが決まったぁぁぁ!」


明石「外れたあごに命中です! これは、もう片側の関節も外れてしまったのではないでしょうか! あごを嵌めるのが更に困難になりました!」


明石「ビスマルク、反撃の左フック! しかし見当違いの方向です! その場所に吹雪選手はいない! 既にサイドへ回り込んでいる!」


明石「今度は跳び後ろ回し蹴りだぁぁぁ! 今のビスマルクは真っ暗闇の中! またもやあごにクリーンヒットしました!」


明石「この一撃はあごの骨自体を砕いたのではないでしょうか! 追撃に吹雪選手のハイキック! ビスマルク、転がるようにして回避した!」


明石「そのまま反対方向のフェンス際まで逃げる! またあごに手を掛けています! やはりもうあごは嵌まら……ぎゃあああああっ!?」


香取「なっ、なな……何してるの!? 」


明石「ひっ、ひぃいい! イカれてる! わかってはいましたが、想像以上にイカれてる! ビスマルクはあごを嵌めようとしていたのではない!」


明石「自ら……自ら下顎をもぎ取りました! 夥しい血がマットに流れ落ちる! むき出しになった舌がだらりと垂れ下がっています!」


明石「ぶらさがるだけのあごが邪魔だったとでも言うのか! まったく理解を超えた行動です! 何考えてるんだ! 頭おかしいのか!」


明石「もぎ取った自分の下顎を、ゴミのように投げ捨てた! 今やビスマルクの姿は完全なる異形! 人の形すら捨てた、まさしくモンスターです!」


香取「頭がおかしいのは間違いないわ……嵌まらないあごが弱点になるのは理解できる、でも、それを引きちぎろうだなんで誰も思わない」


香取「しかも、あんな暴挙に及べば、出血で自滅するのよ。いくらビスマルクさんでも失血死は免れ……あはは、嘘よね?」


明石「はっ……はあ!? ち、血が止まった! あれほどの出血がピタリと止まった! 止血を施した様子はありません!」


明石「ていうか、あの箇所の出血を止めるには、脳へ繋がる頸動脈を止めるくらいしかない! これはどんな魔法だ!?」


香取「そうか、脳内麻薬の異常分泌……! 脳内麻薬の一種、アドレナリンには血管収縮による止血効果がある。ここまで作用が早いなんて……!」


明石「出血量はコップ2杯程度で済んでしまいました! ビスマルクの体力を考えれば、スタミナを削るにはいささか心許ない量です!」


明石「しかし下顎を失うという致命傷を負っているのは確か! さすがにこのダメージは……なんだ? ビスマルクが奇声を上げている!?」


明石「ま、まさか……笑っているのか!? 下顎を失って発声能力が損なわれた今、その笑い声は、さながら地獄に棲む魔獣の雄叫びです!」


明石「これほどのものか、ビスマルク! こいつの狂気は常に我々の想像を超えている! あの吹雪選手も、驚愕で動けずにいます!」


香取「化け物……! 吹雪さんが飲まれかかっているわ。有利な状況なのは変わりないはずなのに、吹雪さんの勝機が見えない……!」


明石「び、ビスマルクが動き出します! 血涙を流し、下顎のない口から舌を垂れたその姿、紛れもなく怪物です!」


明石「しかしガードを上げているということは、まだ戦えるということ! 明らかに動揺している吹雪選手、立ち向かえるか!?」


明石「……吹雪選手が構えました! 右腕は噛み付きによって死に腕と化し、全身に冷や汗を掻きながら、それでも闘争心を奮い起こしました!」


明石「そうです、怪物なのは分かり切っていたこと! それが想像を超えていようと、倒さなくては先に進めない! 立ち向かわなくては勝てない!」


明石「吹雪選手のほうから間合いを詰めた! 今度はフットワークを使っています! 盲目の不利を突き、サイドから攻める気です!」


明石「しかし、先に仕掛けたのはビスマルク! 右のミドルキックです! 動きが全く落ちていない! しかし、やはり狙いは定まらない!」


明石「難なく回り込んで回避! 膝裏にサイドキックを入れました! ビスマルクが体勢を崩す! 側頭部に肘打ちが入ったぁぁぁ!」


明石「だが、効いていない!? 即座に立て直し、ビスマルクのバックブロー! これも当たらない! 失明させたのが功を奏しています!」


明石「吹雪選手が追撃を掛ける! 顔面へ膝蹴り……ブロックされた!? 手のひらで止められました! ビスマルクが正面に吹雪選手を捉えた!」


明石「咄嗟に吹雪選手、後退! 視力を奪ったとはいえ、捕まえられては元も子もない! 一旦距離を開けてビスマルクの様子を伺います!」


明石「どうやら聴覚で吹雪選手の位置を探っているようです! 2つの眼窩が吹雪選手を捉えて離さない! まるで見えているかのようです!」


香取「視力を失って動けなくなるのは、恐怖心によるものよ。暗闇を恐れるのは、人として拭い去れない本能だから」


香取「だけど、相手は怪物。暗闇への恐怖心なんてこれっぽっちもないみたい。冷静に、吹雪さんの出す音を聞き分けてる……!」


明石「有利とは言え、吹雪選手は慎重に攻めなくてはなりません! 掴まれてしまえば、ここまでの全ての布石が台無しになってしまう!」


明石「今度はフットワークではなく、忍び足で足音を立てずビスマルクへ近付こうとしています! しかし、あの眼窩は吹雪選手を向いたまま!」


明石「呼吸音で吹雪選手を認識しているのか!? 確かに、吹雪選手も少なからずダメージを負い、かなり呼吸は乱れています!」


明石「呼吸を乱す主な原因は、骨まで達しているであろう右腕の噛み傷! この痛みは消しようもなく、どうしても呼吸は大きくなってしまう!」


明石「それでも、近付かなくては仕留められない! 吹雪選手、出来る限り呼吸と足音を抑えながらビスマルクに接近していきます!」


香取「ビスマルクさんは死んでいてもおかしくない傷なのに、吹雪さんより元気そうに見えるわ。どこまでも常識を超えた相手ね」


明石「異形となったビスマルクが、吹雪選手を待ち受けている! 構えはガードを上げた……いや、再び構えを変えます!」


明石「タックルのときより、更に重心が低い! いや、とうとう手をマットに付いてしまった! ほとんど四つん這いになっています!」


明石「これは……この構えは、まさに獣! 獲物を狙う肉食獣を模したような、クラウチングスタートに近い構えです!」


明石「吹雪選手が近付き次第、飛び掛かってやろうという体勢! まさか、下顎を失いながら、まだ吹雪選手を食べることを諦めていないのか!?」


香取「……理にかなっているわ。目が見えなければ、照準はどうしても大雑把にならざるを得ない。それを踏まえた攻撃手段を見つけたみたいね」


香取「何がどうなろうとも、とにかく捕まえる。吹雪さんは一瞬の判断ミスで敗北しかねないわ。今こそ、冷静さを保たないと……!」


明石「ビスマルクの構えを見て、吹雪選手が一度接近を止めました! しかし、再度足を踏み出す! 恐怖に囚われては勝てるものも勝てない!」


明石「間もなく互いの射程に入ります! ビスマルクの眼窩は吹雪選手へ向けられたまま! それを承知の上で、吹雪選手も接近する!」


明石「動いた! ビスマルクが飛び掛かった! まさしく猛獣のごとく、全身をバネにして跳躍した! 速い! 致命傷を負っている動きじゃない!」


明石「しかし吹雪選手も反応している! 垂直に飛んでタックルを回避! 同時に頭頂部を踏み抜いたぁぁぁ! これは効いているはず!」


明石「ビスマルクが頭からマットに叩き付けられる! 皮膚が剥き出しのあごを打ち付けた! もう1発踏み付けぇぇぇ! マットに再び血が滲む!」


明石「あっ!? ビスマルクが身を翻した! き、効いてないのか! 吹雪選手の足首を掴んだ! ば、馬鹿な! まだこんなに動けるのか!」


香取「考えられない、脳へダメージが届いてないの!?」


明石「ひ、捻ったぁぁぁ! 足首をへし折りました! 噛み合わせがないのに、これほどの腕力が残っているのか! 吹雪選手が利き足をやられた!」


明石「残った足で顔を蹴りつけ、どうにか右脚を引き抜きました! しかし、完全に折れている! 右腕に続き、右脚まで機能停止!」


明石「吹雪選手、苦悶と驚愕を露わにしながらマットへ倒れ込みます! 這うようにしてビスマルクから距離を取ろうとしている!」


香取「……まずいわ。ダメージ以前に、精神力が限界に近い!」


明石「衣擦れの音を聴きつけたのか、再びビスマルクが吹雪選手へ向き直る! 暗い眼窩が手負いの吹雪選手を覗いています!」


明石「そして歩き出した! 四足獣の如く、四つん這いでにじり寄っていきます! また、さっきの攻撃を仕掛けるつもりだ!」


明石「吹雪選手の動きが鈍い! 距離を取ることが出来ません! ビスマルクがみるみる接近してくる! 来た! 飛び掛かったぁぁぁ!」


明石「間一髪、転がって回避しました! ビスマルクの攻撃は不発! しかし、すぐさま吹雪選手のほうを向き直った!」


明石「ビスマルクが音で相手の位置を感知することに慣れ始めているように見えます! 機動力を失った吹雪選手、逃げ場がない!」


明石「完全に獣と化してしまったかのように、またビスマルクが四本足で近付いてくる! 真っ直ぐ吹雪選手を目指しています!」


明石「どうする、吹雪選手! これで終わりなのか……あっ! 立ちました! 吹雪選手、片足ではありますが、自力で立ち上がった!」


明石「迎え撃つ覚悟を固めたようです! 表情に闘志が戻っている! しかし、どのような手段で……ん? 左手に何か持っている?」


香取「あ、あれって……ビスマルクさんが引きちぎった、下顎!?」


明石「なっ……何を考えているんだ、吹雪選手! それをビスマルクに叩き付けるつもりか!? もう、奴はすぐそこまで迫っている!」


明石「間もなく射程距離に……捨てた!? 吹雪選手、持っていた下顎を傍らに投げ捨てた! これは……あっ、ビスマルクが!?」


香取「そうか、落下音を囮に!」


明石「ビスマルクが飛ぶ掛かる! しかし、狙いが違う! 落ちた下顎のほうに反応してしまった! 吹雪選手が照準から外れた!」


明石「脇を通り抜けるビスマルクに、横から吹雪選手が覆いかぶさる! バックチョークが入ったぁぁぁ! 左腕で頸動脈を絞め上げた!」


明石「死に腕だった右腕も、無理やり動かして裏から首を抑えつけている! 完全に極まった! これは、絶対に抜け出せない!」


明石「バックチョークに抜け技は存在しない! これで勝負は……うっ! ま、また! ビスマルクが……笑っている!」


明石「気道と頸動脈を絞められながら、潰れたカエルのような奇声を上げている! 笑っているのです! この状況さえビスマルクは楽しんでいる!」


明石「た、立ち上がった! 首に吹雪選手を巻きつけたまま! どこにそんな力が残されているのか! やはりこの怪物、底が知れない!」


明石「それでも、吹雪選手は放すわけにはいかない! これを放せばもはや勝機はない! ここで決める! このままビスマルクを落とさなければ!」


明石「ビスマルクが前のめりになった! 吹雪選手の重みに耐え兼ねたわけではない! まさか……い、勢い良く仰け反ったぁぁぁ!」


明石「変形のスープレックスです! 膂力で背中から吹雪選手をマットに打ち付けた! やはり、こいつは死ぬまで動き続けるのか!」


明石「吹雪選手はモロに衝撃を受けてしまいました! だが、頭から落ちることだけは避けた模様! まだ、吹雪選手はチョークを解いていない!」


明石「背中から倒れ込み、さすがのビスマルクも立ち上がれない! で、ですが……笑っている! あの表情、笑っていることだけは確かです!」


明石「また、あの奇声が鳴り響く! 耳を覆いたくなるような、おぞましい奇声を上げている! こいつは、まだ生きている!」


香取「だけど……ようやく終わるわ」


明石「あっ……声が徐々に、徐々にですが小さくなっていきます! 奇声が息絶え絶えの呼吸音へと変わっていく! そして、それさえ小さくなる!」


明石「そして……今、完全に息が途絶えた! 落ちている! ビスマルクが落ちている! 失神です! あの怪物、ビスマルクがもう動かない!」


明石「試合終了! 駆逐艦級王者がやってくれました! 吹雪選手は、とうとう鬼退治をやってのけたのです!」


明石「地獄のような死闘を繰り広げ、恐怖に飲まれかけた場面さえあったものの、最後には勝利を掴み取りました!」


明石「歓迎すべき番狂わせが起こりました! 狂気の怪物、ビスマルクここに堕つ! 勝ったのは吹雪選手、吹雪選手です!」


香取「ああ……冷や冷やさせられっぱなしだったわ。想像以上の怪物だったビスマルクさんを相手に、よく勝てたわね、吹雪さん」


明石「勝因は何だったと思いますか? やはり、最後まで戦い抜くことができた精神力、ということになるのでしょうか」


香取「正確に言えば、勇気ね。吹雪さんは途中で恐怖に負けそうになっていた。無理ないわ、相手は本当に怪物だったんだもの」


香取「真の勇者とは恐れを知らない者ではなく、恐怖に打ち勝つ強さを持つ者である。これって、誰の言葉だったかしら」


香取「吹雪さんは恐怖に飲まれそうになりながら、恐怖に打ち勝った。それは初めから恐怖を感じないことより遥かに凄いことだと思うわ」


香取「ビスマルクさんに勝てたのはテクニックや戦略ではなく、覚悟と勇気。その2つが彼女の底なしの狂気を凌駕したんじゃないかしら」


香取「過去最大の壁を乗り越えて、吹雪さんはもう1段階先へ進めたんじゃないかしら。この次の試合が今から楽しみだわ」


明石「はい、まさしく勇者と呼ぶに相応しいファイトでした! この世のものとは思えない大怪物、ビスマルクを相手に文句なしのKO勝利!」


明石「怪物退治を成し遂げた駆逐艦級王者、吹雪選手に今一度拍手をお願いします! いやー勝てて良かった!」




試合後インタビュー:吹雪


―――かなりの死闘になりましたが、試合を終えた感想はいかがですか?


吹雪「いやー楽勝でした! チョロかったですねーあいつ! ホントにもう、楽過ぎて途中であくびが出そうになっちゃいました!」


吹雪「間違いなく、私にとって過去最弱の相手でしたね! あー余裕だった! あんなの100万回やっても全部勝てますよ!」


吹雪「あいつと比べたら、走り回るしか能がない島風や、バカのひとつ覚えみたいに同じ技を繰り返す夕立のほうがよっぽどやり甲斐がありますね」


吹雪「ま、結局はただのビョーキ持ちだったってことで。人喰い鬼だろうとも、私の敵じゃないってことですよ」


―――試合展開としては、作戦通りに進んだのでしょうか。


吹雪「はい、全て当初の計画通りに。お腹を空かせてるのが可哀想だったので、腕を食わせてやるのも予定の内でした」


吹雪「構いませんよ、腕の1本や2本。まあ、やっぱ気色悪かったんで食べさせるのはやめましたけど。あーなんか噛まれた右腕がまだ臭い気がする」


吹雪「ああ、あごを自分でちぎったのは想定外だったかな。あれは本当に気持ち悪くて吐きそうになりましたよ」


―――途中で恐怖に飲まれかかっているような場面がありましたが、あのときはどういう心境でしたか?


吹雪「はあ? あれはですね、ただドン引きしただけです。イカれてるのは知ってましたけど、あそこまで脳みそがとろけてるとは思いませんでした」


吹雪「気色悪かったんで、近寄るのが嫌になった場面はあったかもしれないですね。嫌でしょ、触れたらこっちまで病気が移りそうで」


吹雪「だから恐怖なんて感じてません。ええ、これっぽっちも。2度言わせないでください。次に聞いたらぶっ飛ばしますよ」


吹雪「私は最強ですから。あんなやつに遅れを取ってる暇はありません。誰が相手でも、私は絶対に負けませんから」





試合後インタビュー:ビスマルク


―――なぜ試合中に自ら下顎を引きちぎったんですか?


ビスマルク「なぜって、邪魔だったからよ? 吹雪ちゃんを食べたいから、できれば嵌め直したかったけど、どうしても無理そうだったの」


ビスマルク「あごって外れるとあんなに邪魔なのね……あっ、しまった! 自分でやらずに、吹雪ちゃんにもぎ取ってもらえば良かったのに!」


ビスマルク「ああっ、試合中に思い付けば良かったわ! そしたら、もっと気持ち良くなれてたのになあ」


―――吹雪選手はどうでしたか?


ビスマルク「ほとんど食べられなくてとても残念だわ。血はすっごく美味しかったから、お肉はそれ以上に美味しかったんだろうなあ……」


ビスマルク「でも、楽しかったわ! それにとっても、とっても気持ちよかった! 今までで一番気持ちよかったかもしれないわ!」


ビスマルク「あんなに痛めつけられたのは初めてよ! ああっ、失神なんてもったいなことしちゃったなあ」


ビスマルク「できれば、もっともっと私を傷付けて欲しかったわ! トドメは首を捻り切って殺されるのが理想だったわね!」


ビスマルク「ねえ、あの子まだ近くにいる? もう1回やらせてよ! 私、入渠で元気になったからすぐにでも戦えるわ!」


ビスマルク「結局一口も食べられなかったから、お腹ぺこぺこ! 次はちゃんと食べたいなあ! 最後には殺してほしいんだけど!」


―――今日は無理です。次の試合がしばらく先に確定しているので、それまでどうかお待ち下さい。


ビスマルク「やだ! お腹空いた! ねえねえ、それじゃあ吹雪ちゃんじゃなくてもいいから、誰か食べさせてよ!」


ビスマルク「できるだけ可愛い子がいいなあ。よく見ると、あなたってすっごく可愛らしい顔してるわね!」


ビスマルク「あっ、思い出した! 前に仲良くしてくれた伊8ちゃんよね? 久しぶり! 元気にしてた?」


ビスマルク「また一緒に遊びましょうよ! ほら、早く! 爪の剥ぎっこなんてどう? とっても楽しいわよ!」


ビスマルク「……そんなに嫌ならいいわ。ごめんなさい、もう我慢できないの。ねえ、あなたの内臓ってどんな……」


(取材陣の用意した神経ガスによりビスマルク選手が昏倒したため、インタビュー中止)







明石「さあ、ビスマルク戦後の恒例となりました! 放送コードに引っ掛かっての生放送中断による雑談コーナーです!」


香取「やっぱり中断されたのね。下顎をもぎ取ったあたりからかしら?」


明石「ずばりそうです。あれはもう、完全にアウトでした。スプラッター映画でもあそこまではなかなかやりませんよ」


香取「それはそうよね……ところで、今回はなぜビスマルクさんを入渠させたの? 昏睡状態で放置しておけば、今後の管理が楽なのに」


明石「理由は2つですね。下顎がないので試合後インタビューができないこと、伊8さんが入渠させてあげるよう懇願したことです」


香取「……伊8さんって、ビスマルクさんに虐められて精神病院に入院してたんじゃなかったかしら」


明石「なんていうか、その……退院後もちょっとおかしくなっちゃったみたいで。ビスマルク選手に悪い意味で抵抗がなくなってるんですよね」


香取「そう……この話は闇が深そうだからやめましょうか」


明石「そうしましょう。ところで、羽黒選手がドリームマッチで出場することは聞かれましたか?」


香取「ええ。と言っても、出場すること以外はほとんど知らないけど。どう説き伏せたんでしょうね、運営は」


明石「その件に関してちょっと気になることがあるんですよね。私、次に羽黒選手の相手をするのは鳳翔選手しかいないと思ってました」


明石「なのに、相手は鳳翔選手じゃないって話なんですよ。これってどう思います? 長門選手で無理なら、もう鳳翔選手しかいないはずじゃ?」


香取「その問には簡単に答えられるわ。確かに、長門さん以上の選手と言えば、鳳翔さんくらいしか考えられないのは間違いない」


香取「だけど、あの2人が戦うことは絶対に有り得ないのよ。鳳翔さんと羽黒さんは、在り方が似ているからこそ永遠に相容れないの」


明石「在り方が似ているから、ですか? 共に達人級の腕前ではありますが……」


香取「まず鳳翔さんはね、確実に勝てる相手としか戦わない。徒手格闘という制限付きだと、榛名さんまでがギリギリのラインなんだと思うわ」


香取「それ以上の相手と戦うなら、鳳翔さんは必ず武器の使用許可を求めてくるわ。それが通らないなら、彼女がリングに上がることは絶対にない」


香取「次に羽黒さんだけど、こっちは戦うこと自体が嫌なのよ。妙高さんが強く言い付けない限り、自分からは決してリングに上がろうとしないわ」


香取「加えて、相手が武器持ちの鳳翔さんだとすれば、妙高さんに言われても断固拒否するでしょう。最悪、試合開始と同時に降参しかねない」


香取「そもそも、武器の持ち込みを許可したとしても、長門さんを圧倒するような相手と鳳翔さんが戦おうとする可能性は極めて低いわ」


香取「ざっくり言えば、お互いがお互いと戦いたくない。よって試合は成り立たない。どちらに打診しても絶対に断られるでしょうね」


明石「ああ、そういうことで……それじゃあ、誰が羽黒選手と戦うんですか? もう勝てそうな選手なんていませんよ」


香取「さあ……? 既に対戦カードは決まってるそうだけど、まだこちらには知らされてないわ」


香取「グランプリが終わったら早めに発表するらしいから、それまで待つしかないんじゃないかしら」


明石「そうですね。あ、ビスマルク選手もやっぱりドリームマッチに出場するみたいですよ」


香取「ええ、聞いてるわ。その試合日まで、運営はビスマルクさんを管理しなくちゃいけないのよね。それは大丈夫なの?」


明石「大丈夫です。伊8さんが世話係を自ら引き受けてくれましたので」


香取「……大丈夫なの? ビスマルクさんじゃなく、伊8さんのほうが」


明石「大丈夫ですよ、きっと……この話、もうやめません?」


香取「……ええ、そうしましょう。あまり深く触れるべきじゃない気がするわ」






青葉「はーい、放送再開しますよー。5,4,3………」


明石「はい、お待たせいたしました! いつものことですが、吹雪VSビスマルク戦はグロい内容になったので地上波ではカットとなっています!」


明石「詳細はネット配信の映像でご確認ください! これにて2回戦は全て終了! 残るはエキシビションマッチ2戦目となります!」


明石「リクエスト投票の結果、こちらの2名が選出されました! まずは赤コーナーより選手入場! 不死身のK-1王者、再登場です!」




試合前インタビュー:翔鶴


―――往年のUKFファンの間で語られている、「妙高最強説」はどのようにお考えですか?


翔鶴「試合の映像は見たことがあります。確かに、そういう説が出てきても不思議ではありません。あまりにも圧倒的な実力でした」


翔鶴「戦う前にこんなことを言っちゃいけないんでしょうけど、勝つ方法が全くわからないほどです。技量では天と地ほどの差があるみたいですし」


―――勝つ自信がないということですか?


翔鶴「はい。でも、いつものことですから。自分がどこまで行けるのか、力の限り試すだけです。私が強いなら、妙高さんにもきっと勝つでしょう」


翔鶴「妙高さんのほうが強くても、簡単に負ける気はありません。食い下がれるだけ食い下がれば、案外それで勝てるかもしれませんし」


―――翔鶴選手は組み技、寝技が弱点だという評価を受けられていますが、ご自身ではどのように思われますか?


翔鶴「事実です。投げ技は少しできるんですけど、組み技や寝技はほぼ使えません。ディフェンスとエスケープが私としては精一杯です」


翔鶴「打撃技と組み技は系統が全く違いますから、なかなか身に付かないんです。練習はしたんですけど……やっぱり私は才能がないみたいですね」


翔鶴「組み技系ファイターの方が相手の場合は、とにかく倒されないようにするしかありません。私の武器は打撃と打たれ強さだけですから」


―――本日の対戦相手、妙高選手は組み技寄りのファイターです。対策はされてきていますか?


翔鶴「関節技から抜ける練習はしてきましたけど、十分ではありません。急に試合が決まったので、準備期間もあまり取れませんでしたし……」


翔鶴「不安は残りますが、情けない試合はしたくないですね。私があっさり負ければ、私と戦って勝ち進んだ榛名さんの名前にも傷が付きますから」


翔鶴「勝てるかどうかはわかりませんけど、私も一応、K-1王者ですから。K-1ファイターとして恥ずかしくない戦いをするつもりです」




翔鶴:入場テーマ「Norther/Death Unlimited」


https://www.youtube.com/watch?v=EUUo9crSdf8




明石「榛名戦では生涯初の打撃によるKO負け! しかし、負けてもなお立ち続けるその凄まじい執念に、我々は改めて戦慄せざるを得ませんでした!」


明石「不死身の看板に偽りなし! 骨が折れても心は折れない! 艦娘一と言われる脅威の打たれ強さは、常に私たちの想像を凌駕する!」


明石「今一度、不死身のK-1王者がUKFのリングに立つ! ”ウォーキング・デッド”翔鶴ゥゥゥ!」


香取「今日の翔鶴さんは……普通ね。何てことない様子で歩いてるわ。榛名戦で色々と悩みは晴れたんでしょうけど、今はどういう心境なのかしら」


明石「妙高選手が怖くないんですかね……妹の羽黒選手が真性の化け物だった上に、一部では真の艦娘最強と囁かれている妙高選手ですよ」


香取「翔鶴さんはその辺の感覚がちょっとおかしいのよね。肝が座っているというか、麻痺してるというか……どんな相手にも恐怖を全く見せない」


香取「隠しているのでも、恐怖を闘争心に変えているでもなく、何も感じてないようにさえ見えるわ。そんなはずは決してないのだけれど」


香取「ファンからはこの対戦で翔鶴さんが壊されるんじゃないかって凄く心配されてるのに、それも全然気にしてないみたいね」


明石「薄々気付いてたんですけど、翔鶴選手ってどこかズレてますよね。怖い意味で天然っていうか……」


香取「そうね、ちょっと変な子よね。自分に振りかかる痛みや恐怖に無頓着すぎて、破滅願望でもあるんじゃないかって勘ぐっちゃうくらいよ」


香取「天然、と言えばそうなのかも。彼女は普通のファイターとは価値観が違うんじゃないかしら。勝ち負けや名誉に拘っているようには見えないわ」


香取「徹底的に身を削って、自分がどれほどの者なのか……翔鶴さんは戦いの中で、常にそれだけを計っているように思えるのよ」


香取「膨大な鍛錬も勝つためではなく、戦い抜くことを目的にしてるんじゃないかしら。組み技、寝技に弱いのはその方向性のせいなのかも」


明石「ファイターというより、求道者みたいなものですか……確かにそういう目的だと、決まってしまえば勝負が終わる組み技とは相性が悪いですね」


香取「ええ。翔鶴さんの流儀であるラウェイはシュートボクシングをより過激にしたようなものだから、スタンドでの関節技や投げ技はあるわ」


香取「だけど、テイクダウンを取られた後の戦い方は存在しない。しかも翔鶴さんの打撃以外の技は首投げくらいしかないわ」


香取「打、極、投全てに優れる妙高さんを相手には分が悪いと言わざるを得ないでしょう。階級差の有利もないに等しいと見ていいわ」


香取「翔鶴さんは関節技、絞め技へ最大限の警戒を払いつつ、間合いを取って打撃戦に引き込むしか勝つ手段がない」


香取「そして妙高さんは、そういう相手を翻弄することを得意とする。翔鶴さんにはかなり厳しい戦いになることは間違いないわ」


香取「それでも……翔鶴さんならあるいは、という気持ちがあるのよね。願望かもしれないけど、彼女なら簡単に負けるようなことはないと思う」


香取「試合経験を重ねて、組み技への対処も少しずつ上達しているはずよ。翔鶴さんならきっと何かしてくれる……そんな気がするわ」


明石「ありがとうございます。それでは、青コーナーより選手入場! 死神を育て上げた、かつての重巡級絶対王者が姿を現します!」




試合前インタビュー:妙高


―――1回戦における羽黒選手の戦いぶりや行動に関して、どのようなコメントをお持ちでしょうか。


妙高「あの子は天才です。戦いの場に出せば羽黒は絶対に負けませんので、試合の内容はおおむね私の意図した通りになりました」


妙高「ただ、あの幕切れはいただけませんわね。私としては、一打だけで終わらせず、連携技に繋げて確実に仕留めるよう教えたつもりなのですけど」


妙高「きっと訓練の過程で同輩の血を見過ぎたのが原因ですわね。あの子には特別厳しい教育を施しましたのに、裏目に出てしまいましたわ」


妙高「教育方針を変えましょう。これからは精神面に重きを置き、実戦の場で迷わず相手を殺せるよう一から教え直しますわ」


―――妙高選手がもし羽黒選手と戦うことになれば、勝てますか?


妙高「勝てます。羽黒の技量は既に私を凌駕してはいますけれども、あの子は私に指一本触れることはできないでしょう」


妙高「私たちは姉妹である以前に師弟関係。師は弟子を強くする義務を持ちますが、その果てに弟子と戦って負けるようなことがあってはなりません」


妙高「それを防ぐために、あの子には私への恐怖を潜在意識にまで刷り込んでありますの。羽黒は私の言うことなら何でも聞きますわ」


妙高「例えば、私があの場で殺せと言いつけていれば、羽黒は長門さんを殺していたでしょう。あの子はとても素直で良い子ですから」


―――本日は引退宣言をされてから久方ぶりの復帰戦ですが、意気込みをお聞かせください。


妙高「私としては気が進みませんわね。既に妙高型姉妹は、この世界において十分な勇名を響かせることができたと考えていますから」


妙高「戦いはあくまで手段であり、それ自体が目的になってはいけません。私にとって、強さとは名声と地位を得るツールなんですの」


妙高「私はその役目を終え、後は足柄と羽黒に任せるつもりでした。ですけれど、羽黒があんな形で退場してしまいましたからね」


妙高「羽黒は戦いを嫌っていますが、あれほどの才能は捨て置けません。あの子には妙高型姉妹の名声のためにまだまだ戦ってもらいましょう」


妙高「今日の私は、羽黒が整うまでの場繋ぎです。最速最短で相手を仕留める、妙高の実戦格闘術を改めてお目にかけましょう」




妙高:入場テーマ「死亡遊戯/メインテーマ」


https://www.youtube.com/watch?v=paPFl5WMZqs




明石「今まで艦娘最強と呼ばれたファイターは3人存在する! 1人は初代戦艦級王者、日向! もう1人は言わずと知れた絶対王者、長門!」


明石「そして、最後の1人がここに存在する! 重巡級にて圧倒的な強さで勝利の山を築き上げ、無敗のまま引退した伝説のファイターが!」


明石「彼女は後継者である死神、羽黒をグランプリに送り込み、長門選手に事実上の敗北を与えた! ならば、本人の実力は如何なるものなのか!」


明石「伝説の真相が今日、明らかになる! ”静かなる帝王”妙高ォォォ!」


香取「とうとう黒幕が出てきたわね。彼女の育てた羽黒さんには随分とグランプリをかき回されてしまったわ」


香取「選手の実力が指導者の優秀さによって比例するのは間違いない事実。羽黒さんの才能が逸脱したものだとしても、妙高さんも相当な使い手よ」


明石「妙高選手は18戦無敗の戦績ですからね。無差別級試合を経験しないまま引退したことを考慮に入れても、強いことに疑いようはありません」


香取「そうね。しかも、彼女が引退したのは無差別級の試合から逃げたんじゃないわ。戦う相手がいなくなってしまったのよ」


香取「妙高さんが活躍していたのは無差別級グランプリが開かれるよりも前。あのときの彼女はあまりにも強すぎたわ」


香取「他の重巡級選手とはレベルが違った。18戦の中で、妙高さんに触れることはおろか、10秒以上保った選手すら片手で数られる程だったわ」


香取「結果、重巡級は妙高さんの独壇場になり、試合が組めないから引退するしかなくなった。彼女は重巡級を丸ごとを制圧してしまったのよ」


香取「それからしばらく、重巡級は低迷期だったわね。足柄さんや愛宕さんといった有力選手が成長して復興するまで、ずいぶん時間が掛かったわ」


明石「今の軽巡級も大淀選手によって有力選手を軒並み潰されてしまっていますが、それよりも当時の重巡級は酷かったですよね」


香取「そりゃあもう。妙高さんにはライバルすらいなかったんだから。対戦相手のほとんどはトラウマを抱えて引退してしまったわ」


香取「妙高さんが抜けた直後の重巡級は空っぽの状態よ。今の重巡級にベテランと言える選手がほぼいないのがその傷跡を物語っているわ」


明石「妙高選手はインドネシア周辺に伝わる古流武術、シラットの使い手ですよね。羽黒選手のジークンドーとは流儀が違うようですが」


香取「ジークンドーは創始にあたってシラットの影響を受けているわ。きっと妙高さんはシラットを学ぶ過程で、ジークンドーも習得したんでしょう」


香取「シラットは実戦で使えるようになるまでに熟練を要するから、弟子には習得しやすいジークンドーのほうを教えたんじゃないかしら」


明石「なるほど。確かに足柄選手のファイトスタイルは妙高選手の影響が若干見受けられましたが、羽黒選手は全く逆の戦い方ですよね」


香取「確かにね。羽黒さんは一撃入れた後のトドメを決して刺そうとしなかったけど、妙高さんは確実にトドメを刺す」


香取「妙高さんは全ての試合で対戦相手を殺しているわ。ギブアップも失神も許さず、息の根を止める。まさに戦場格闘技って感じね」


香取「シラットは世界中の伝統武術の中でも、極めて実戦色が強い武術の1つよ。日本の古流柔術に似てるけど、在り方はまったくの逆」


香取「急所に当身を入れて崩し、投げてから関節を極めて動けなくした上で、確実にトドメを入れる。明らかに殺傷を目的にした武術なのよ」


香取「シラットには空手の正拳突きや、柔道の背負い投げのような、独立した技がない。全ての攻撃は連携技を構成する一要素でしかないの」


香取「打撃は投げへ繋げるため、投げは関節技へ繋げるため、関節技は最後の一撃に繋げるため。この流れるような連携技こそがシラット最大の脅威」


香取「無数に分かれた枝葉も全ては大樹の幹へと繋がるように、シラットも膨大な技と同じ数だけ連携技への入り口があるわ」


香取「一度崩されたら最後、高速のコンビネーションを叩き込まれ、最後は絞め技か、踏み蹴りで終わる。それが妙高さんのシラットよ」


明石「妙高選手は打撃のスピードも驚異的ですからね。それだけでも厄介なのに、打撃技は入り口に過ぎないというわけですか」


香取「そういうことね。羽黒さんはいわば、入り口から先に誰も通さない戦い方。妙高さんにそんな優しさは一欠片もないわ」


香取「羽黒さんが死神なら、妙高さんは死をも司る冥王、とでも言うべきかしら。入り口に立った者全てを冥府に引き込む殺人武術家よ」


明石「対戦相手は全て絶命で終わっている……ということですが、翔鶴選手は不死身の通り名で知られていますよね」


香取「まあ……ね。でも、通り名はいつだって大げさなものよ。鉄人と呼ばれるファイターだって、鈍器で殴られて平気なわけじゃないわ」


香取「翔鶴さんは並の選手なら絶対に倒れるダメージを受けても、平然と戦い続けられる打たれ強さを持っている。不死身と形容するしかないほどに」


香取「それでも、気道や頸動脈を絞められたり、頭を踏み砕かれれば平気なわけがない。翔鶴さんだって、そこまでやられれば立ち上がれないわ」


香取「妙高さんは『倒す』ための戦いではなく、『殺す』ための戦いを得意とする。たぶん、翔鶴さんとの相性は最悪でしょう」


香取「しかも翔鶴さんは関節技や寝技への対応があまり得意ではないわ。急所に打撃を入れられて崩されたら、もう抵抗の術はない」


香取「翔鶴さんは1度たりとも強い打撃を受けることは許されないわ。そうするためには、相手に攻める隙を与えないほどに攻め立てるしかない」


香取「ただし、妙高さんはカウンターによる打撃も得意としている……厳しい戦いね。技量だけなら、一瞬で勝負が終わってもおかしくないわ」


明石「……それでも、翔鶴選手なら」


香取「ええ。翔鶴選手なら、何かしてくれるんじゃないか……そう思わせてくれる潜在性を彼女は持っているわ」


香取「せめて、瞬殺されることだけは避けてほしいけど、妙高さんは榛名さんのように、打撃に付き合ってくれるような相手じゃないのよね」


香取「翔鶴さんがどれだけ自分のペースに引き込めるか、勝負はそれに掛かっているわ。あとは……妙高さんの出方次第だわ」


明石「……ありがとうございます。さて、両選手がリングインしました! どちらの選手も非常に落ち着いた表情です!」


明石「しかし、発する雰囲気は対照的です! 平常と変わりない翔鶴選手に対し、妙高選手は冷血な処刑人の如き不穏さを漂わせています!」


明石「不死身と言われるK-1王者と、絶命勝利を重ねてきた重巡級の帝王! 果たして、リング上で生き残るのはどちらの王なのか!」


明石「両者がコーナーに戻ります! 試合開始のゴングが鳴った! 死闘の幕が上がりました! まず出て行くのはやはり翔鶴選手!」


明石「いつも通り、ライトアップ気味の打撃主体の構えです! 相手が妙高選手であろうと、翔鶴選手は自分のファイトスタイルを崩しません!」


明石「対峙する妙高選手は重心を低めに置き、左半身を開いたシラットの構え! 拳を固める翔鶴選手に対し、開手にて迎え撃つ体勢です!」


明石「どちらもフットワークは使わない選手同士です! 待ち構える妙高選手目掛けて、翔鶴選手が迷わず間合いを詰める!」


香取「いくら何でも愚直過ぎない? 様子見くらいしたほうがいいんじゃ……」


明石「まもなく接触! 先手を取ったのはやはり翔鶴選手! まずは左ジャブから……弾かれた!? パリィと同時に喉への手刀です!」


明石「カウンター気味に入った! しかし妙高は一撃では終わらせない! 立て続けにボディへ肘! 更に足払いで崩して脇固めだぁぁぁ!」


明石「妙高選手は躊躇なく折っ……と、抜けた! 翔鶴選手、間一髪で脇固めからエスケープ! どうにか腕を引き抜きました!」


香取「危なかったわね。今のが決まったらもう逆転は有り得なかったわよ。妙高さんは折った上でトドメを刺してくるんだから」


明石「死の連携技から辛うじて脱出に成功! 翔鶴選手が一旦距離を取ります! 喉を打たれた以上、かなりのダメージがあるはずです!」


明石「表情に苦しげな様子はありませんが……ここで妙高選手が仕掛けた! 回復の隙を与えないつもりです! 踏み込みが速い!」


明石「喉へ手刀、いやフェイント! 目打ちです! ってこれもフェイント!? 本命は下腹部への膝蹴り! これは入ったぁぁぁ!」


明石「崩れたところに側頭部へ肘! 腕の逆関節を取り、背面へ逆手投げェェェ! 頭を抑えた! 後頭部を叩き付ける気です!」


明石「もろに激突ゥゥゥ! マットが衝撃で揺れる! そしてトドメの面踏み蹴りが入っ……躱した!? 翔鶴選手、まだ意識があります!」


明石「下から強引に妙高選手を蹴りつけた! やむを得ず妙高選手が離れます! 素早く翔鶴選手、立ち上がった! ダメージの色はありません!」


明石「いや、少しふらついている!? やはり頭は打ち付けているようです! 意識が判然としない! それを妙高選手は見逃さない!」


明石「三度、妙高選手が仕掛ける! 顔面へ順突き、これはフェイント! ボディへアッパーを打ちました! 翔鶴選手はその程度では揺るがない!」


明石「翔鶴選手、下がらずに肘打ちで反撃! しかし読まれていた! 躱し様に目打ち! 浅く叩かれただけですが、一時的に視界を奪われる!」


明石「再び逆手投げだぁぁぁ! 翔鶴選手が再び投げ……られない!? どうやら逆関節の極めが甘かったようです! 身を捻ってエスケープ!」


明石「今度は下がらず、妙高選手へ組み付きに行った! 急所への素早い打撃を避けるつもりか! 首相撲を仕掛けています!」


香取「……翔鶴さんがここまで妙高さんの必殺連携技から抜け続けるなんて。現役を退いた期間が長かったから、妙高さんの腕が落ちたの?」


香取「いえ、そんなはずはない。技のキレは全盛期からまるで落ちてない。なのに不可避の連携を受けて、翔鶴さんは動けている。これは……なぜ?」


明石「翔鶴選手、首相撲からの打撃で決める気です! まずは肘! これは打撃が形になる前に掌底で止められました!」


明石「続けて膝蹴り! 同じ膝蹴りで軌道を逸らされました! 妙高選手、組み合ってからの打撃にも巧みに対処しています!」


明石「今度は妙高選手が反撃します! こめかみへ肘打ち! やはり翔鶴選手は前に出て受ける! しかも、そのまま頭突きを敢行だぁぁぁ!」


明石「あっ!? 頭突きが止まりました! 防がれたわけではないようですが……こっ、これは!? 耳です! 妙高選手に耳を掴まれてしまった!」


香取「なんで首相撲に付き合っているのかと思ったら、これを狙っていたのね。さすが、戦場格闘技の達人だけあるわ。本当に容赦ないわね」


明石「掴まれたのは右耳です! 横に引っ張ることで頭突きの勢いを殺したのでしょう! そして、妙高選手はそれだけでは終わらせない!」


明石「仕掛けるのは、耳を利用した大外刈り! 耳を引っ張ると同時に、足を払ったぁぁぁ……あっ? えーっと、あれ?」


香取「……そういうことだったのね。私は勘違いしてたんだわ」


明石「なっ……投げたぁぁ! 投げたのは妙高選手ではなく、翔鶴選手! 耳が引っ張られていることさえ意に介さず、一息に首投げを決めました!」


明石「耳は千切れかけてしまいましたが、それでも体勢を崩さず投げた! 空恐ろしいほどの痛みへの体勢です! 妙高選手、テイクダウン!」


明石「即座に翔鶴選手がマウントポジションを取った! もちろん、やることは殴る、殴る! 妙高選手が防戦一方です!」


明石「驚きの展開です! 敗戦濃厚とされていた翔鶴選手が、妙高選手を圧倒している! 数々の必殺の連携技をくぐり抜けての上です!」


明石「やはり不死身の翔鶴選手に、死を与える技は通用しないというのか! 妙高選手、試合経験初の打撃を存分に浴びております!」


香取「こういう展開になったのは、彼我の実力以上に相性ね。私はとんだ思い違いをしていたわ」


明石「相性……と言いますと、試合前に香取さんは、翔鶴選手にとって妙高選手は相性最悪と言われていましたね」


香取「ええ、それが私の勘違い。本当は逆だったわ。妙高さんにとって、翔鶴さんこそが相性最悪の相手なのよ」


香取「妙高さんのファイトスタイルは難解に見えてごく単純。打撃で崩して投げ、関節技で動きを封じてから仕留める、という連携技で勝負を決める」


香取「この『崩す』という点が重要なのよ。妙高さんは投げ技もできるけど、大和さんみたいに投げの動作自体が崩しになっているわけじゃないの」


香取「妙高さんは急所に打撃を入れて、相手を崩さないと投げられない。普通の相手なら、それで構わない。だけど、翔鶴さんは普通の相手じゃない」


香取「翔鶴さんは急所を外して自ら打撃を受ける、という受け方を本能にまで刷り込んであるわ。しかも、痛み自体への耐性も抜群に高いのよ」


明石「……つまり、翔鶴選手は打撃では崩せない。崩せないと次の技に繋げられない、となると……」


香取「そう、妙高さんの連携技そのものが通用しないの。崩し切れないから投げても受け身を取られるし、関節技も極め切れない」


香取「なぜなら連携技の入り口の時点で攻撃が失敗に終わっているから。翔鶴さんは、打撃でKOされたことが1度もないのよ」


香取「急所への打撃が入らない、妙高さんにとって最悪の相手ね。この勝負、完全に翔鶴さんに分があるわ」


明石「な、なるほど……あっ、ここで妙高選手がマウントポジションから抜け出しに掛かります! パンチが打たれるのに合わせて腰を跳ね上げた!」


明石「同時に翔鶴選手の腕を取って引き倒す! 脱出成功です! そのまま腕ひしぎを狙いますが、強引に外されてしまいます!」


明石「共に立ち上がった! スタンドからの再開ですが、妙高選手のダメージが大き過ぎる! かなり顔面にパンチをもらってしまいました!」


明石「無傷での勝利を築いてきた重巡級絶対王者が、こんなところで自らの天敵に出くわすとは! 対する翔鶴選手、目に見えるダメージは皆無!」


明石「勝負の趨勢は一気に翔鶴選手へと傾いております! 妙高選手の息が荒い! 構えを維持するのが精一杯に見えます!」


香取「今までほとんどダメージを受けたことがなかったから、打たれ慣れてないんでしょうね。打たれ慣れてる翔鶴さんとは大違いよ」


香取「本当なら最初の連携技で殺せていたはずなのに、って考えているんじゃないかしら。残念、翔鶴さんは本当に不死身なのかも」


明石「さあ、翔鶴選手が平然と間合いを詰める! 妙高選手、それを嫌がるようにやや後退! しかし翔鶴選手は止まってくれません!」


香取「ここから妙高さんはどう戦うかしら。打撃を捨てて組み技勝負に出るのも手だけど、首相撲からの打撃は避けられないと思うわよ」


香取「かと言って、打撃戦で翔鶴さんに打ち勝つのはほぼ不可能。相手は榛名さんや赤城さんさえ恐れさせたK-1王者なんだから」


明石「もはや妙高選手、打つ手はないのか! 翔鶴選手との距離が狭まる! 先に仕掛けるのは……妙高選手! 順突きを放ちました!」


明石「顔面に当たりましたが、翔鶴選手にはハエが止まったようなもの! 続けて妙高選手の右フック! これも避けずに……えっ、ガード!?」


香取「ガードした!? 翔鶴さんが、なんで!?」


明石「しょ、翔鶴選手が右フックを腕でガードしました! 初めての光景です、翔鶴選手が打撃を受けずに防いだ! これは何の意味が!?」


明石「妙高選手が逃げるように飛び退きます! 翔鶴選手は追いません! ガードを上げたまま、その場に棒立ちで……あっ、流血!?」


香取「これは……反則だわ!」


明石「ご……ゴングです! 試合終了のゴングが鳴りました! レフェリーストップによる試合終了です! 判定は、翔鶴選手の勝利!」


明石「妙高選手による武器の使用が確認されました! 右フックをガードした翔鶴選手の腕を、湾曲したナイフのような刃物が貫いています!」


明石「あれはシラットの護身用ナイフ『カランビット』! どこに隠し持っていたのか、妙高選手は打撃に見せかけて武器攻撃を仕掛けたのです!」


明石「これは重大な反則行為です! 審議をするまでもなく、妙高選手は反則負け! 翔鶴選手の勝利となります!」


明石「しかし、羽黒選手に続いて、またしても妙高型姉妹がやってくれました! まさか、こんな形で試合を終わらせてしまうとは!」


明石「かつての重巡級王者が、追い詰められた挙句に武器使用による反則負け! 観客席からも未だかつてないブーイングが飛び交っています!」


香取「なるほど……これが妙高さんの本質というわけね。武術家としては鳳翔さんに近い、けれど一層ダーティな価値観ね」


明石「それってつまり……まともにやって負けるくらいなら、反則負けで勝負の結果を有耶無耶にしてしまおう、というわけですか?」


香取「全くもってその通りだと思うわ。補足して言うこともないくらい。妙高さんにとって、これが名誉を守るための手段だったんでしょう」


香取「勝てると思っている相手でも、念の為に武器を仕込んでおく。そしていざとなったら迷いなく使用する。なんて実戦向きな思考なのかしら」


明石「……香取さん、もしかして今、キレてます?」


香取「キレてないわよ。ただね、試合前の選手の身体チェックは私の管轄だから、こういう形で試合が終わると私の責任問題になるのよね」


香取「具体的な責任の取り方としては、主に減給ね。川内さんに続き、妙高さんまでこんな真似を使ってくるなんて、私もナメられたものだわ」


香取「身体チェックの項目をまた見直さなくちゃ。予算でX線検査機と金属探知機を買って、更に罰則の強化と妖精さんスタッフの再教育を……」


明石「ああ、そうですか……ん? 翔鶴選手が何だか不思議そうな顔をしていますね。勝った実感がないんでしょうか」


香取「でしょうね。何が起こったのか、まだ理解できてないんじゃ……腕、痛くないのかしら。ナイフが刺さったままよ」


明石「うわぁ、前腕をザックリ貫通してるじゃないですか。よくあんなのを刺されて叫び声ひとつ上げませんでしたね、翔鶴選手」


香取「ホントよね。痛みから逃げようとするのは生物としての本能のはずだけど、翔鶴さんは練習の積み重ねでそれを完全に殺しているわ」


香取「刃が骨に達しても表情1つ変えない。刺されて反撃しなかったのは、それより早く妙高さんが離れてしまったからってだけでしょう」


香取「ナイフの痛みでビクともしないような相手を想定している戦場格闘技は存在しない。妙高さんは相手が悪かったわね」


明石「でも、こういう幕切れになると、とうとう妙高選手の真の実力はお目に掛かれなかったということになってしまいますね」


香取「それが妙高さんの狙いなんでしょう。試合結果はともかく、勝負としての結果を有耶無耶にして、実力の底を決して明かさない」


香取「そうすれば、後は熱心なファンが語り継いでくれるわ。批判も噴出するでしょうけど、真実は永遠に明らかにはならないわ」


香取「はっきり言って、本当に汚いやり方よ。でも、妙高さんに言わせれば、これが現代に生きる武術家の処世術ってことになるのかしら」


香取「まあ、これで翔鶴さんの評価も上がるでしょうし……終わってしまったものはどうしようもないわね」


明石「そうですね。すっきりしない結末ではありますが……いずれ、妙高選手にはもう一度リングに上っていただきたいものです」








試合後インタビュー:翔鶴


―――試合結果には満足されていますか?


翔鶴「あまり……勝ったという実感はないですね。もちろん、負けたとも思っていませんけど、消化不良な気持ちではあります」


翔鶴「武器に対応する格闘術は全然練習してなかったので、ナイフを取り出されたときは内心、動揺しました。それでも体は勝手に動いたんですけど」


翔鶴「そういう練習もこれからはしておくべきなんでしょうか。また試合中に武器を使われたら、防ぎ切れないと思いますし……」


―――武器を使われた時点で相手の反則負けですから、その必要はないと思いますよ。


翔鶴「ああ、そっか。すみません、私は頭もあまり良くないもので……たまに試合のルールのこともよくわからなくなるんです」


翔鶴「親しい人からは、試合で頭を打ち過ぎてるってよく言われます。でも、仕方ないですよね。そういう戦い方しかできませんから」


―――妙高選手はどのように感じましたか?


翔鶴「今まで戦ってきた方たちとは少し違いますね。対峙したときに、『あ、この人は私を殺そうとしてる』ってはっきりとわかりました」


翔鶴「でも、今更ですよね。毎回私は命を賭けて試合に臨んでいますから、殺されるくらいのことはどうってことありません」


翔鶴「戦い方は少し厄介でしたけど、頑張れば何とかなりました。痛いのにも慣れてますし、組み技を練習した成果も出せました」


翔鶴「ただ、終わり方は変な感じになってしまったので……できればちゃんと決着を付けたかったです。それだけが心残りですね」


翔鶴「妹さんの羽黒さんとも、いつか対戦してみたいです。あの打撃を受けて私が立ち上がれるのか、試してみたいですから」



試合後インタビュー:妙高


―――反則負けのペナルティとして罰金300万円が課せられますが、不服はありますか?


妙高「いいえ。すぐにお支払いします。敗北の可能性を払拭できた代償と考えれば、それくらい安いものです」


妙高「翔鶴さんは私と相性が悪すぎました。あれほど本能を潰した格闘家は他にいないでしょう。あのまま戦い続けるのは危険と判断しました」


妙高「保険としてカランビットを隠し持っておいて正解でしたわね。これで妙高型姉妹の名誉を守ることができました」


―――どちらかと言えば汚名ではないのでしょうか?


妙高「勘違いなさらないでいただきたいですね。武術家にとって、試合の勝ち負けは重要ではありません。勝負に負けないことが最も重要なのです」


妙高「全てが許される実戦なら、翔鶴さんは私に殺されているでしょう。実戦でわざわざ素手で戦うような真似など、私はしませんので」


妙高「私はただ、リング上の試合で実戦を演じてみせただけのこと。本当なら、すぐに腕から刃を抜いて喉を掻き切るつもりでしたけれど」


妙高「骨に刃が引っ掛かって抜けなかったんですの。直後にゴングが鳴ってしまいましたので、2本目を取り出すことにはなりませんでしたわ」


妙高「ほら、2本目はこちらに。ここのレフェリーは身体チェックが甘いですわね。私、重巡級の試合に出ていたときも毎回隠し持っていましたわ」


妙高「そろそろ私を非難したいマスコミが押し寄せる頃合いですわね。帰らせていただきます。もちろん、護衛を付けてくださいますわよね?」







明石「皆様、お疲れ様でした! これにて本日の試合日程は終了となります!」


明石「激闘に次ぐ激闘を制し、16名から勝ち抜けたのはたったの4名! 3回戦の内容はこちらとなります!」




Aブロック決勝戦


戦艦級 ”不沈艦” 扶桑 VS 正規空母級 ”キリング・ドール” グラーフ・ツェッペリン


Bブロック決勝戦


戦艦級 ”殺人聖女” 榛名 VS 駆逐艦級 ”氷の万華鏡” 吹雪


エキシビションマッチ最終戦


軽空母級 ”羅刹” 鳳翔 VS 軽巡級 ”疾風神雷” 川内


(特別ルールによるスペシャルマッチ)





明石「いやあ、最強候補が出揃ったという感じですね。まさか、駆逐艦級の吹雪選手がここまで残るとは」


香取「本当よね。階級の不利なんて言い訳に過ぎない、彼女がそう言えば、誰もが黙るしかないほどの実績を既に上げているわ」


明石「対するは榛名選手ですか。こちらも凄まじい戦いになりそうですが……問題はAブロックの決勝戦ですね」


香取「……ええ。扶桑さんには何としてもグラーフ・ツェッペリンを止めてほしいわ。ただ、勝算は今のところ、絶望的ね」


香取「今すぐにでも、適当な理由を付けてグラーフさんをドイツに送り返したいくらいよ。でも、ここまで来るとそうはいかないわ」


香取「扶桑さんを信じましょう。なんていったって、彼女は奇跡の戦艦。いつだって不可能を可能にしてきたんだから」


明石「そうですね……ところで、エキシビションマッチの特別ルールってなんですか?」


香取「ああ。それはまだ調整中だから、試合前に運営から発表があるわよ。それを確認して」


明石「あの……なんでいきなり不機嫌になるんです?」


香取「ルールを見ればわかるわよ。ホント、審査委員長って損な役回りよね。もっと給料を上げてほしいわ」


明石「なぜ急に愚痴りだしたのかはわかりませんが……それでは本日はこれでお別れとなります!」


明石「次回放送日は現在調整中です! いつになるかは大会運営委員長の調子次第です!」


香取「最近、調子の善し悪しが更に顕著になってきたけど、どうかしたの?」


明石「大したことではないです。海外輸入した薬と、医者から処方された薬との飲み合わせが悪かったと最近気付いたので、もう大丈夫です」


香取「あっそう。じゃ、次こそ遅れのないようにね」


明石「そうですね。それでは、次回放送日までしばらくお待ち下さい! さようなら!」


香取「さようなら。なるべく早めにお会いできるといいわね」



―――扶桑は史上最強の怪物、グラーフ・ツェッペリンを打倒することはできるのか。最強の駆逐艦級、吹雪は空手家榛名と渡り合うことはできるのか。


―――次回放送日、現在調整中。



後書き

今後の参考にさせていただくため、よかったらアンケートへのご協力をお願いします。

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1: SS好きの名無しさん 2016-07-30 23:04:20 ID: TnNrpkTW

やっぱり主人公はブッキーなんだなぁ

2: SS好きの名無しさん 2016-08-02 18:47:45 ID: Gc-k1E2e

空手の拳突き、グローブ無しのキックのストレートの質の違いすらわからず書かれているのが残念。格闘技のことを何も知らないのだなという印象。とにかく勉強不足で読むに値しない。

3: SS好きの名無しさん 2016-08-02 20:08:49 ID: pJj1sCKH

>>2

「空手の拳突き、グローブ無しのキックのストレートの質の違い」

日本語がメチャクチャで何言ってるのかわからない。やり直せ。

4: SS好きの名無しさん 2016-08-02 23:28:03 ID: kjblSb20

>>3
空手の正拳突きは壊す
キックボクシングのストレートを素手で打つ場合は斬る
これでわかりますかね?
キックボクサーのベタ足パンチは力が入らないから、斬るくらいしかできない。
ボクサーからキックに転向する人が勝てなくなる理由がこれ。
キックボクサーが倒すパンチを打とうとすると、慣れてないから大抵は拳に怪我をする。

5: SS好きの名無しさん 2016-08-03 00:36:08 ID: CVNSoTd2

>>4
浅い上に的はずれな知識で乾いた笑いが出た。何でキックボクシングの話してるの?

6: SS好きの名無しさん 2016-08-03 06:04:22 ID: FuJKvIUH

>>5
これは失礼。K-1と書かれてたので、キックと思い込んでました。
的はずれかどうかは、実際経験してみればいいと思います。
経験が有り、それで的はずれというなら、そういうトレーニングだったということでしょう。

7: SS好きの名無しさん 2016-08-03 10:01:28 ID: TGGk9XdP

創作なんて作り手の経験や知識でしか生まれないんだから、ここに創作されていることが作者の全てってことでしょ。読むに値しないなら黙ってればいいと思うけど>>3や>>5が作者なら料簡が狭いとは思うし、違うならいちいち突っ掛ってコメ欄荒さないで欲しい。

8: SS好きの名無しさん 2016-08-03 10:03:20 ID: TGGk9XdP

創作なんて作り手の経験や知識でしか生まれないんだから、ここに創作されていることが作者の全てってことでしょ。読むに値しないなら黙ってればいいと思うけど>>3や>>5が作者なら料簡が狭いとは思うし、違うならいちいち突っ掛ってコメ欄荒さないで欲しい。

9: SS好きの名無しさん 2016-08-03 18:49:03 ID: CVNSoTd2

>>6
経験とか言い出すこと自体が的外れなの。そんなに現実との齟齬が気になるなら専門書だけ読んで口出しするな。

10: SS好きの名無しさん 2016-08-04 00:35:07 ID: mq_kx5g0

>>9
やめさせたいのか煽りたいのかわかんねぇな、オイ。

11: フィッシュ藤原 2016-08-04 06:40:43 ID: HI-f-v8G

すげーコメント来てる嬉しーと思ってきたら荒れてるだけだった……

荒れてる論点がよくわからなくなっていますが、とりあえず作者は人を本気で殴って自分の拳を痛めたことはあります。キックボクシングの経験はありませんが、ジークンドーは少しやっていました。

格闘モノの創作にはそれぞれ、作者の知識や経験、及び世界観に準ずるリアリティのレベルが設定されています。現実を10とするなら、私の主観で喧嘩稼業が8、グラップラー刃牙が7、エアマスターは5くらいでしょう。シグルイは9くらいかな。
このSSはケンガンアシュラと同じくらいの6程度のリアリティレベルでやっています。完全なリアルは無理ですし、たぶん面白くもありません。毎試合で選手が拳を痛めるシーンがあればリアルかもしれませんが、面白くはないでしょう。マニアの方には物足りないでしょうが、これくらいのリアリティが一番多くの方に楽しんでもらえると思い、多くの部分は敢えてやっています。
自信を持って言えるのは、私は格闘技を愛しているということです。そのためにこのSSを書き始めました。勉強不足の至らない点は多いかと思いますが、どうかご理解ください。

12: フィッシュ藤原 2016-08-04 06:41:46 ID: HI-f-v8G

ということで、>>2以降のコメントは明日あたりに削除させていただきます。ご了承ください。

13: SS好きの名無しさん 2016-08-04 11:28:36 ID: -YLcMv8-

>>9は半年ROMってきた方がいいと思うよ。
一番荒してるのは余計なことを言って対立構造を生み出した貴方だ。

14: フィッシュ藤原 2016-08-04 17:40:21 ID: HI-f-v8G

あっコメント削除機能とか付いてないんだ。じゃあ、もうこのままでいいか。

15: SS好きの名無しさん 2016-08-05 23:42:57 ID: CosGI7il

>>現実を10とするなら、私の主観で喧嘩稼業が8、グラップラー刃牙が7、エアマスターは5くらいでしょう。
これに妙に納得しつつこの中でエアマスターが一番好きな自分は楽しく読ませてもらってます


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