電ですが、鎮守府の空気が最悪なのです7 地獄の鎮守府 中編
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7話中編 http://sstokosokuho.com/ss/read/3219
7話後編 http://sstokosokuho.com/ss/read/3413
今回は繋ぎの回となっています。
翌朝。私はとても心地良い気分で目覚めました。
電「はあ……昨日はとても楽しい1日だったのです」
あれから霞ちゃんを見つけて、一緒にあやとりしたり、本を読んだり、追いかけっこをしたり、本当に幸せな時間を過ごしました。
今日もきっと楽しいことが待っているに違いありません。自室から出て、お仕事へと向かうのです。
電「るんる~ん。えーっと、今日は何をする日でしたっけ?」
確か演習を予定していたような……あれ? なぜでしょう、今日の予定をまったく思い出せません。
まあいいでしょう。きっと今日も普通に演習して出撃です。キス島攻略もまだなので、私にも出番が来るでしょう。
隼鷹「おっ、電ちゃんおっはよー! 今日もいい天気だねえ」
電「隼鷹さん、おはようございます。今朝も元気そうですね」
隼鷹「おうよ! あたしは毎日元気だオロロロロロロロ……」
唐突に隼鷹さんがゲロを吐きました。これが軽空母式の挨拶だとでも言わんばかりです。
電「隼鷹さん!? だ、大丈夫ですか?」
隼鷹「おぇぇ……だ、大丈夫大丈夫。いやあ、昨晩はちょっと飲み過ぎちまったぜ」
電「そういえば、昨日は龍驤さんたちと飲み会されてましたね」
隼鷹「ああ。久しぶりに龍驤の顔を見たら嬉しくなっちゃってさあ」
二日酔いで顔色は悪いですが、隼鷹さんは上機嫌そのものです。
隼鷹さんはいつも明るい人なので、一緒にいると私まで明るい気分になってくるのです。
隼鷹「さーて今日はどこに出撃かな? 早くドックに行こうぜ、電ちゃん!」
電「はいなのです!」
金剛「2人とも……おはようデース」
隼鷹「お、金剛じゃん。おはよーさん」
電「おはようございます、金剛さ……ん……?」
私たちに声を掛けてきたその人は、確かに金剛さんです。しかし、昨日までの金剛さんとはまるで違いました。
2,3日完徹でもしたかのようにやつれた顔。その目に光はなく、決して私たちと視線を合わそうとしません。
いつもの威勢の良さは影も形もなく、全身からは扶桑さん、山城さんが裸足で逃げ出すほどの不幸オーラが立ち上っていました。
隼鷹「どうした? なんか元気ないじゃん」
金剛「……ちょっと昨夜は眠れなかったデース」
隼鷹「ああ、そうか! 霧島が来たんだもんな。姉妹で遅くまでおしゃべりでもしてたのか?」
金剛「はは……そんなところネ」
霧島……? 誰でしたっけ、それ。まったく思い出せません。
隼鷹「ほら、今日も出撃なんだからシャキっとしろよ。さあ行こうぜ」
金剛「わかってるデース……うっ、痛……っ!」
歩き出そうとしたとき、突然金剛さんが地面にへたり込みました。両手で下腹部……いえ、下腹部より少し下を押さえ、表情を歪ませています。
電「ど、どうしたのですか、金剛さん?」
金剛「な、何でもないデース……い、痛た」
隼鷹「何してんだ金剛、アソコなんか抑えて。オ○ニーのし過ぎか?」
金剛「そ……っ! そんなんじゃ、ないデース! ただ、ちょっとお腹が痛くて……」
電「隼鷹さん、オ○ニーってなんですか?」
隼鷹「え? ああ……まあ、大きくなったら自然にわかるよ」
電「そうなのですか?」
よく理解できませんでしたが、金剛さんは立てなくなるほどにお腹が痛いそうです。
金剛さんが抑えているのはお腹より明らかに低い位置に見えますが、きっと気のせいなのです。
電はまだ幼いので、それを知るにはあまりにも早過ぎるような気がします。
金剛「わ、私は大丈夫デースから、2人は先に行くネ。ちょっと休めば動けるようになるデース」
電「本当に大丈夫ですか? どうしても痛いなら、提督さんに行ってお休みを……」
金剛「な、何言ってるデースか! 出撃は必ずするデース! 私は大丈夫ネ!」
必死になって猛アピールする金剛さんに違和感を覚えましたが、その原因までは気付くことができませんでした。
隼鷹「そこまで言うなら、先に行ってるぜ? 無理せずゆっくり来なよ」
金剛「Thank youデース……」
まだ立ち上がれない金剛さんを残して、私たちはドックへと向かいました。
赤城「おはようございます。朝ごはんはまだですか?」
電「おはようございます。朝ごはんなんてありませんよ」
赤城「チッ」
赤城さんは先に着いていたようです。後は扶桑さん、山城さんだけですね。提督さんはお寝坊でしょうか。
背後からコツコツと足音。私はようやく提督さんが来たのだと思い、振り返りました
霧島「おはようございます、電さん。金剛姉さんを見ませんでしたか? 先に出たはずなんですけど」
封印していた記憶がフラッシュバックしました。
鎮守府にやってきた超大型爆弾。ソロモン海の狂犬。知力と暴力を併せ持つインテリヤクザ系美少女。
金剛型4番艦、霧島さん。今日が平和な一日となる希望はこの瞬間、脆くも崩れ去りました。
いえ、最初からそんなものはなかったんですね。
電「……金剛さんなら、さっきお腹が痛いって途中で休んでいたのです」
霧島「あら、そうなんですか? ちょっと調教で使い過ぎましたかね」
電「調教?」
霧島「いえ、なんでもありません。さて、今日はよろしくお願いしますね、電さん」
電「あ、はい」
そう言って霧島さんは知的に微笑みます。違和感のない礼儀正しさです。
例えば、昨日見たヤクザ霧島さんの姿は全部夢だった、という可能性はないでしょうか。
今のところ、それはまだゼロになっていないような気がしました。神様、どうかそういうことにしていただけないでしょうか。
扶桑「あーらあらあら? これはどういうことかしら」
山城「なってません。なってませんわね、お姉さま」
ドックの奥から現れたのは、扶桑さんと山城さんです。何やらいつもと雰囲気が違います。
どちらも怒ったような険しい表情で、その目は霧島さんに向けられています。
霧島「あ、どうもおはようございます。どうしたんですか?」
扶桑「あなた、今が何時だかわかってらっしゃるかしら?」
霧島「はい? 早めに来たつもりなんですけれど」
山城「ハッ! 早めに来た、ですって! 聞きました、お姉さま?」
扶桑「勘違いも甚だしいわね。まさかこんなに遅れてくるなんて、信じられないわ」
霧島「えーっと、ではいつ来ればよかったんでしょう?」
扶桑「いい、あなたは艦隊で一番の新人なのよ? だったら最低でも4時間前に来るのが常識でしょう!」
電「4時間!?」
山城「4時間前に来てドックの掃除、妖精さんへの挨拶、艤装の整備、後から来る先輩のためにお茶を入れておく! 全部常識です!」
霧島「電さん、そうなんですか?」
電「初耳です」
昨日、扶桑さんと山城さんが密談してたのはこれですか。霧島さんに対する新人イビリはどんなものがいいか、計画を立てていたんでしょう。
さすが扶桑さんです。先日の戦いで急上昇した株価を自ら暴落させるなんて。あの眩しいほどの勇姿が嘘のようです。
彼女は上を目指すのではなく、足元が崩れることのみを恐れているのです。その器の小ささに悲しくなってしまいます。
扶桑「ほら、電ちゃん。こっちにいらっしゃい。そんな下っ端に優しくしないほうがいいわ。つけあがってしまうものね」
電「え、あの……」
扶桑さんに手を引かれて霧島さんの元から離され、無理やり扶桑さん陣営側に立たされます。お願いです、私を巻き込まないでください。
霧島「あのー。私はどうすれば……」
山城「さあ霧島さん! まずはこれからやっていただきましょうか!」
山城さんが投げて寄越したものを、霧島さんは反射的にキャッチします。それは汚らしいボロボロの布でした。
扶桑「まずはドックの雑巾掛けからよ! 隅から隅までピカピカにしなさい!」
霧島「えっとですね。ドックの床はコンクリートなので、雑巾よりデッキブラシなんかのほうが効率がいいと思うんですけど」
山城「まあ、聞きましたお姉さま!? あの新人、口答えしましたわ!」
扶桑「新人は黙って掃除を始めていればいいのよ! さあ、早くおし! シミ1つ残してたら許さないわよ!」
霧島「はあ……」
昼ドラの姑のような陰湿さで扶桑さんたちに迫られても、霧島さんは顔色一つ変えません。
かと言って、扶桑さんたちに従って掃除を始める気配もありません。まるで何かを待っているように見えました。
扶桑「何をボサッとしているのかしら? そんな鈍臭さで主力艦隊が務まると思って!?」
霧島「ああ、いえ。雑巾ひとつでドックを清掃するのにどれくらいかかるのか計算して……」
金剛「何やってるネ?」
その言い争いに姿を現したのは、遅れてやってきた金剛さんでした。
憔悴した顔は相変わらずですが、その表情は驚きと恐怖に染まっています。
霧島「あ、ようやく来たんですか。金剛姉さん。ちょっと扶桑さんと山城さんに変なこと押し付けられてて……」
扶桑「金剛さん、あなたは引っ込んでいてくれるかしら? ちょっと霧島さんに、先輩としての指導をしてるだけだから」
山城「ほら霧島さん、いつまでボンヤリしてる気ですか? 提督が来る前に掃除を終わらせないといけないんですよ!」
金剛「や……やめるデース!」
おぼつかない足取りのまま、金剛さんが両者の間に割って入ります。
それは霧島さんをかばっているというより、何かに怯えているように見えるのは気のせいでしょうか。
金剛「No! Noネ扶桑! 霧島をいじめるのはやめるネ!」
扶桑「金剛さんは引っ込んでいていただけるかしら? 私たちは、あなたの代わりに新人のしつけをだけでしてよ?」
山城「まったく、金剛さんに似て物わかりの悪い戦艦ですね!」
金剛「Please! お願いデース! 霧島をいじめないでくだサイ! この通りデース!」
扶桑「……え? あの、ちょっと」
金剛「霧島をいじめるなら、私をいじめるネ! 私、何でもするデース! だから霧島だけは、霧島にだけは手を出さないでほしいネ!」
山城「こ、金剛さん!? あなた、そんなキャラでしたっけ!?」
金剛「私は何をすればいいデスか!? 掃除!? 掃除デスか! 霧島、雑巾を貸すデース!」
霧島「はい、どうぞ」
差し出された雑巾を、金剛さんが素早く受け取ります。今にも雑巾掛けを始めそうな雰囲気です。
金剛「じゃあ、今から私がドックの掃除をするネ! 扶桑、これでいいデースか!?」
扶桑「ちょ、ちょっとやめてよ! なにこれ、打ち合わせと違うじゃない!」
山城「金剛さん、やめてください! もういいですから! もう大丈夫ですから!」
扶桑さん、山城さんは完全に気後れしてしまいました。無理もありません。あんなに必死な金剛さんを目の当りにしたら、面喰うのは当然でしょう。
扶桑型戦艦による新人いびりは、金剛さんの思わぬ行動によって阻止されました。まさか金剛さんがここまで妹思いだったなんて……
霧島「くくく。上出来だ、金剛」
ぞっとするほど悪意を帯びたそのつぶやきを聞いたのは私だけだったでしょう。いつの間にか霧島さんは、私の傍らに立っていました。
はっとして霧島さんを見上げます。眼鏡をずらしたその奥で、爛々と光る狂犬の瞳が私を見つめていました。
ニヤリと笑う霧島さんを目にして、私は察しました。金剛さんは調教されてしまったのだと。
昨日の恐ろしい霧島さんは夢ではありませんでした。金剛さんはこの霧島さんの手によって、忠実な下僕に変えられてしまったのです。
ならば、ここから先はきっと悪いことしか起こりません。霧島さんは、何をするって言ってましたっけ……?
提督「よーし。ハッピーラッキー艦隊、全員揃っているな」
騒ぎがようやく落ち着いた頃、ようやく提督さんがドックにやってきました。
大本営からの突き上げを食らって眠れなかったのでしょう、その顔は今日もやつれ気味です。
扶桑「お、おはようございます提督。今日はどんな予定でしょうか」
提督「ハッピーラッキー艦隊には、まず演習に行ってもらう。今日はラバウルのLV150の艦隊が相手をしてくれるそうだ」
提督「演習後に資源の様子を見つつ、余裕があるならジャム島への試験的な出撃を行う」
山城「新海域の攻略ですね。お姉さま、頑張りましょう!」
提督「ちなみに、ジャム島には潜水艦が出るという情報があるから、本攻略には由良、五十鈴を加えた艦隊によって行う予定だ」
提督「よって戦艦4名のうち、2名を選抜する形になると思うから、そのつもりでいるように」
扶桑「に……2名ですか」
また提督さんが面倒になりそうなことをさらっと言いました。
戦艦のうち2名だけ。普通に考えれば、LVの高い扶桑さんと山城さんが選ばれるのが自然です。
しかし、霧島さんがこの機会をどう見るか。あるいは扶桑さんからエースの座を奪うチャンスと捉えるかもしれません。
そっと横顔を伺いますが、今は知的キャラモードなので、その内面をうかがい知ることはできません。
提督「霧島は今日が初陣だな。活躍に期待してるぞ」
霧島「もちろんです。ところで提督?」
提督「なんだ?」
霧島「ちょっと失礼します」
霧島さんは何気なく提督さんの間近に歩み寄ると、その首元にそっと両手を伸ばしました。
扶桑「なっ!?」
霧島「ネクタイが曲がっていました。鎮守府を預かっていらっしゃる身なんですから、身だしなみもしっかりしていただかないと」
提督「あ、ああ。悪い」
霧島「……ふふ。こうして近くで見ると、提督って意外と背が高いんですね」
提督「そ、そうか? そんなに低く見えてたかな」
霧島「あ、すみません。そんなつもりで言ったんじゃないんです」
提督「いや、いい。別に気にしてないから」
霧島「そうですか。よかった」
霧島さんはにっこりと提督さんに微笑みかけ、そのままあっさりと後ろに下がってしまいました。
霧島「お時間を取らせてすみません。それでは、行ってきます」
提督「あ、ああ。それではハッピーラッキー艦隊、演習を開始せよ」
扶桑「りょ、了解です。皆さん、行きましょう」
扶桑さんが艦隊を率いてドックを後にしようとしています。ですが、その表情には動揺がありありと見て取れます。
扶桑「……霧島さん? あなた、一体何のつもり……」
金剛「さあ扶桑、今日も頑張るデース! 張り切って行くネー!」
扶桑「ちょ、ちょっと、引っ張らないで! 今日のあなたのテンション何なの!?」
ハッピーラッキー艦隊の出撃していく姿を見送りながら、私の頭の中は疑問が渦巻いていました。
何なんでしょう。さっきの霧島さんが行った、何とも言えないアプローチは。
金剛さんが実践していたようなものと比べると、まるでお風呂に入る前に手足からぬるま湯をかけていくような距離の詰め方です。
あれが霧島さんの考えた、提督さん攻略の作戦? 長期的に距離を縮めていくつもりでしょうか。
あの霧島さんがそこまで気の長い人には見えないのですが……
電「それじゃ、今日の私は何をすればいいでしょうか。提督さん」
提督「……」
電「提督さん?」
提督「あ? な、なんだ電。どうした?」
え、何ですかその呆けた顔。まさか、今の霧島さんがクリティカルヒットだったんですか?
あのぬるいアプローチが? あそこから関係を築いていくにはだいぶ時間が掛かりそうに見えたのに、もう霧島さんのことが気になっている?
一体、霧島さんが見出した提督さんの好みって何なんでしょう。
提督「ああ、そうだ。今日は電にも出撃してもらうぞ。そろそろキス島も攻略してほしいからな」
電「あ、はい。出撃はいつになりますか?」
提督「もうメンバーが集まる時間だが……お、来たようだぞ」
霞「おはよう、電。今日はよろしくね」
電「霞ちゃん! 一緒に出撃できて嬉しいで……」
白雪「子日親衛隊! せいれーーつ!!」
私と霞ちゃんとのささやかなひとときは、アカギドーラ教団子日親衛隊長、白雪さんの怒号によってかき消されました。
白雪「それでは点呼を取る! 暁!」
暁「はっ!」
白雪「響!」
響「応!」
白雪「夕立!」
夕立「ぽい!」
白雪「我らは首長不知火様より直々に選別された、誇り高き子日親衛隊である!」
白雪「たとえその身が砕けても深海棲艦を撃滅せよ! 弾が切れても素手で戦え! 拳が砕けたなら噛み付いて奴らの喉笛を食いちぎれ!」
白雪「髪の毛1本になろうとも戦い続けよ! アカギドーラ様の先触れたる電様の導きの元、1匹でも多くの深海棲艦を海に浮かべるのだ!」
電「あの、私は邪神の使い魔みたいな存在という解釈でいいんでしょうか」
白雪「息絶えた深海棲艦の血肉はアカギドーラ様の飢えを満たす贄となる! 贄が増えればそれだけアカギドーラ様の怒りも鎮まるであろう!」
白雪「そうすれば、子日様もお喜びになる! 子日様の笑顔が見たいかー!」
「うおおーーー!!」
白雪「子日様の笑顔が見たいかー!」
「うぉおおおーーー!!」
白雪「うむ! 電様、参りましょう! 深海棲艦どもを血祭りにあげ、アカギドーラ様への捧げ物とするために!」
電「はい。そうですね」
霞「……あんたも大変ね」
出撃するのが急に嫌になってきました。霞ちゃんと2人っきりで出撃させてくれませんか。ダメですか、そうですよね。
提督「うちの駆逐艦はみんな気合いが入っているなあ。よし、キス島攻略は任せたぞ」
提督さんは耳に泥でも詰まっているんでしょうか。気合いが入っているのと、宗教的熱狂の区別すらつかないようです。
きっと現実から目を逸らしているだけでしょう。駆逐艦たちの狂信ぶりはすでに手に負えないところまで来ていますから。
電「それではサンダーボルト艦隊、出撃するのです」
提督「ああ、頼んだぞ」
霧島さんのことも気にかかりますが、こっちはこっちで大変です。
背負いきれないほどの不安を抱えながら、私たちもキス島へと出撃していきました。
ところでサンダーボルト艦隊の艦隊名は私が名づけました。かっこいいでしょう。
電「はあ、今日もダメだったのです……」
ボスマスには辿りつけたのですが、かなり遠回りのルートを選択されてしまったため、消耗しきった状態での戦闘になり、当然敗北しました。
霞「何落ち込んでるのよ。次は絶対行けるから、もっとピリっとしてなさいよ。旗艦らしくね」
電「あ、はい。ありがとうなのです」
こうして出撃帰りに霞ちゃんに励まされていると、ここに来たばかりのとき友達だった、以前の霞ちゃんを思い出します。
あの霞ちゃんのことは一生忘れません。新しく来た霞ちゃんも、こうして友達になってくれました。
私が1人じゃないということがとても嬉しい。そんなことを考えていると、何だか目が潤んできて……
白雪「電様! 今日の戦果はいかがだったでしょうか? なかなかの数の深海棲艦を滅ぼせたと思うのですが!」
電「……そうですね。アカギドーラ様も喜んでくださるでしょう。しばらく災いは起きないと思われます」
白雪「そ……それはまことですか! よかった、子日様に朗報を届けることができそうです!」
電「子日様は最近お疲れのようですから、皆さんそっとしてあげると、彼女も喜ぶかと思います」
白雪「ご助言、感謝いたします! 皆の者、帰ったら子日様を全力で労うのだ!」
「おー!」
たぶん私の言ったことは10%くらいしか伝わっていないです。まあ、違う文化を持つ民族とやりとりすればこうなってしまうのでしょうね。
霞「ねえ。電って本当にアカギドーラの先触れじゃないのよね?」
電「最近はもう、よくわからなくなってきました」
霞「ちょっと、あんたまでやめてよ! 最近のあいつら、他の散らばってた駆逐艦をどんどん加入させて、もう私しか残ってないのよ!?」
霞「あんたまでアカなんちゃら教団に染まったら、私はどうしたらいいのよ!」
電「霞ちゃんも、私以外に友達いないのですか……」
霞「もう友達がどうこうの次元じゃないわ。正気を保つことに精一杯よ!」
無理もないでしょう。この鎮守府には放置されたせいで常軌を逸した行動を取る艦娘で溢れかえっているのですから。
電「私は教団に染まるつもりはないですよ。ただ、上手くやれば教団を操れそうなので……」
霞「操る? あんなカルト教団を操って何するのよ?」
電「……ごめんなさい。それは言えないのです」
まだ始動してはいませんが、その作戦に霞ちゃんを巻き込みたくありません。
できれば霞ちゃんには、少しでも平和に過ごしてほしいと思っています。
霞「言えないってなら別にいいけど……力を貸して欲しいときは、いつでも言いなさいよ?」
電「……ありがとうなのです」
そのときが来てほしくないというのが本音ですが、そうも行かないでしょう。
その時期は、刻一刻と迫っている。そんな予感がしました。
電「ただいま帰投しました……すみません、攻略できなかったのです」
提督「そうか。まあ、仕方がないな」
入渠を終えた私たちに攻略失敗を告げられても、提督さんは大して気にした様子はありませんでした。
私にはそれが意外です。海域攻略が遅れているのだから、もっと落ち込むと思っていたのに。
何だか最近の提督さんにはやる気を感じません。バカの一つ覚えのように建造、開発を繰り返していた時期だって、やる気だけはあったのです。
あまりに攻略が遅延すると、提督さんは責任を取らされて更迭される可能性が出てくるのですが、その現実を認識できているのでしょうか。
提督「じゃあ、もう1回挑戦するか。LVはギリギリ足りてるようだしな」
電「はいなのです」
扶桑「失礼します提督。ハッピーラッキー艦隊、演習より帰投しました」
ちょうど主力艦隊の皆さんも演習から帰ってきました。演習とはいえ、高LV艦隊との戦闘を終えて皆さんお疲れの様子です。
提督「ご苦労。LVもそこそこに上がったようだな。初陣はどうだった、霧島?」
霧島「はい。初めてだったので緊張しましたけど、自分なりにうまくやれたかなって思ってます」
金剛「霧島はすごく頑張ってたネ! 将来性あると思うデース!」
山城「しょ、将来性なら私たちの方が……」
金剛「Oh、山城! さっきの長門型に一撃かましたカットイン射撃すごかったデース! あれどうやったデースか!?」
山城「ちょ、ちょっと金剛さん! 艤装に触らないでください!」
霧島「提督が装備させてくださった、この41cm連装砲、とても扱いやすいです。こんないい装備、私が持っててもいいんですか?」
提督「まあ、本当は扶桑か山城に装備させる予定だったんだが、火力の底上げにと思ってな」
霧島「そうですか……それじゃ、もうお返ししないといけませんね。ちょっと寂しいな……せっかく提督がくれたものなのに」
寂しそうに笑って、霧島さんは愛おしげに砲塔を撫でます。中身が狂犬とは思えない、慎ましげで女性らしい仕草でした。
提督「……いや、予定を変えよう。霧島は頑張ってくれてるようだから、LVが十分上がるまで装備したままでいい」
扶桑「えっ!? あの、て、提督!」
金剛「ほら、扶桑もこっち来るデース! 凡庸な老朽艦の私に、カットイン射撃の仕方を教えるデース!」
扶桑「なっ、放してよ! 今忙しいのよ、ちょっと!」
霧島「……本当に、私が装備してていいんですか? 嬉しいけど、私にはもったいない気がして……」
提督「いいんだよ。そのかわり、しっかり戦果を挙げてくれよな」
霧島「……はい、わかりました。あの……提督」
提督「なんだ?」
霧島さんはそっと提督さんの間近へと歩み寄りました。何か言いたげな表情で、提督さんの顔を見上げています。
無言で見つめ合うこと、ほんの数秒。霧島さんは照れ隠しのようにいたずらっぽく笑って、提督さんから離れました。
霧島「すみません、やっぱりいいです。さ、次の出撃に行きましょう」
提督「どうした、言いたいことがあるなら言ってもいいんだぞ?」
霧島「ううん、大丈夫です。また今度にしましょう」
提督「……そうか」
何ですか、この微妙な空気のやり取り。
霧島さんの狙いがわかりません。なにより、提督さんがまんざらでもない反応をしているのが一番わかりません。
邪魔するべき扶桑さん、山城さんは、不自然にテンションの高い金剛さんともみ合って2人の間に立ち入ることができないでいます。
提督「じゃあ、ハッピーラッキー艦隊は補給を受けたら予定通り、ジャム島への試験的出撃を行う。おい扶桑、聞いてるのか?」
扶桑「金剛さん、やめて! 瑞雲を返して……はいっ!? あ、はい! 次の出撃ですね、聞いてます!」
提督「なら早く行ってくれ。今日は予定が多いから、急がないと日が暮れてしまう」
扶桑「は、はい……すみません」
提督「さあ、電も出発してくれ。メンバーは霞だけ据え置きで、他の4人は別のメンバーに交代させてあるからな」
電「わかりました。それでは行ってきます」
霞「はあ、また出撃ね。今度こそ攻略できるよう、頑張りま……」
文月「おらぁー! キリキリ歩けゴミクズどもぉ! 隊列を乱すんじゃない!」
叢雲「す、すみません!」
朝潮「うう……なんでこんな目に……」
初雪「おうちかえりたい……」
文月「臭い口を開くなウジ虫ども! いいか、掟破りを犯して罪人の身である貴様らに、人権などない!」
文月「子日様からの許しが欲しければ、1人あたり100匹の深海棲艦の首を挙げよ! それまで貴様らはタンカス以下の存在だ!」
文月「万が一、戦場から逃げるような真似をしてみろ。アカギドーラ教団刑務長官である、この文月が貴様らを八つ裂きにしてやる!」
文月「ゴキブリと同等の身分から這い上がりたければ、死に物狂いで戦え! わかったかビチグソども!」
「おお~~……」
電「はい。じゃあ皆さん、出発しましょうね」
文月「かしこまりました、電様! おらぁ恥垢ども、さっさとついて来い!」
霞「まともな駆逐艦って、もういないの?」
電「さあ? もういいじゃないですか、ありもしない希望を求めるようなことは」
提督「いやあ、本当にうちの駆逐艦たちは活気があるなあ。やはり放任主義は教育方針として最高だな」
何か愚にもつかない寝言が聞こえましたが、空耳でしょうか。
ふと、提督さんに向けて12.7cm連装砲を撃ちたい衝動に駆られましたが、どうにか抑えました。
駆逐艦隊による出撃を楽しみにしていた頃もありましたが、今では早く終わらせたくて仕方がありません。
この出撃でキス島攻略を最後にしてしまいたいです。
電「ダメだったのです……」
またボスマスには行けたのですが、立て続けにクリティカルヒットをもらってしまい、戦闘力を失って敗北しました。
今日は疲れました。入渠も終わりましたし、早く帰って寝たいです。アカギドーラ教団の人も、霞ちゃんも、早々に引き揚げていきました。
扶桑「ハッピーラッキー艦隊、帰投しました。申し訳ありません、やはり攻略はできませんでした」
提督「そうか。まあ、仕方がないな」
扶桑さんたちも帰ってきました。やはり無茶な出撃だったのか、隼鷹さん、金剛さん、霧島さんが大破して衣服がボロボロです。
隼鷹「痛たたた、もー提督、あたし軽空母なんだから無茶させないでよ」
提督「ははは、悪い悪い」
談笑しつつも、そのにやけた目線は隼鷹さんの顔ではなくはだけた胸元に行っています。
「これが提督として唯一の楽しみ」と言っていたのは、あながち冗談でもないんでしょう。
霧島「すみませんでした。私、思うような戦果を挙げられなくて……」
申し訳なさそうな表情で、霧島さんが提督さんに歩み寄りました。その上半身はボロ布がぶらさがっているだけのセミヌード状態です。
提督「まあ仕方がない。LVがまだ足りてないんだし、これからに期待するよ」
霧島「ありがとうござ……あっ」
霧島さんはふと何かに気付くと、乳首が奇跡的に隠れているだけの上半身を両腕で抱き、乳房を隠しました。
霧島「ダメです。見たらいけませんよ、提督」
提督「あ、ああ。すまない」
霧島「……えっち」
ツンとした表情の霧島さんが背を向け、提督さんは硬直しました。
今日、初めての直接的な攻撃。提督さんの呆然とした顔を見ればわかります、今のはクリーンヒットでした。
扶桑「……山城。その主砲で私を撃ちなさい」
山城「お、お姉さま!? 何を言っているんですか!」
扶桑「見たでしょう、今のやり取り! あの泥棒猫、明らかに私の提督を奪う気よ!」
扶桑「私も積極的に行かないと足元をすくわれるわ! 今ここで大破姿になって、大人の色気をアピールするのよ!」
山城「お姉さま、落ち着いてください! 金剛さんと発想が同じレベルです!」
扶桑「ならどうすればいいのよ! 提督は意志薄弱で、ネガティブで、神経のチョロいダメ人間なのよ!?」
扶桑「あんな小娘にそそのかされたら、コロっと落ちてしまうわ!」
山城「だからって、ここでわざと大破しても逆効果です! まずは落ち着いてください!」
薄々勘付いていたんですが、扶桑さんってダメ男好きなんですか。幸せになれないタイプの女性ですね。
扶桑「山城、あなたは先に入渠してなさい。私は小破だからいいわ」
山城「いいって、これからどうする気ですか?」
扶桑「最近は提督が忙しそうだから遠慮してたけど、それが裏目に出たわ。私は提督とデートに……」
金剛「扶桑、何やってるネ!? こんなに傷ついて、さっさと修理するネ!」
扶桑「金剛さん!? なんで今日はそんなに絡んでくるのよ! あなた、頭でも打ったの!?」
金剛「提督ー! 扶桑が入渠したくないって駄々こねてるデース!」
提督「ん? 何してんだ扶桑、早く入渠しろよ」
扶桑「は……はい。すみません」
提督さんの淡白な態度に、扶桑さんは気勢を削がれてしまいました。そのまま金剛さんに引きずられて行ってしまいます。
霧島「おい、電」
電「はっ、はい!? 霧島さん!?」
もう入渠したと思っていたのに、いつの間にか霧島さんが傍らに立っていました。
片手で胸を隠しつつ、眼鏡をそっとずらして私を見ています。その目は獲物を狩る鋭い眼光が光り、唇は楽しそうに笑っています。
霧島「提督に私の印象を聞いておけ。夜になったら私の部屋に来い。聞いた内容を伝えろ」
電「は、はい……」
素直にうなづくと、霧島さんも入渠に向かいました。できれば帰って来ないでほしいです。
隼鷹「さーて、あたしも艦載機補充して入渠するかな」
提督「あ、待ってくれ隼鷹。聞きたいことがあるんだが」
隼鷹「ん、なに?」
提督「大破状態で夜戦に突入したとき……あ、電はもう行っていいぞ。今日はもう終わりにするから」
電「そうですか。じゃあ失礼するのです」
やっと今日の仕事から解放されました。あとは寝るだけ……ではないですね。提督さんに、霧島さんの印象を聞かないと。
今は隼鷹さんと話しているので、少し待ちます。昨日私に聞いたことをまた聞いているみたいです。メンバー全員に聞いて回っているのでしょうか。
隼鷹「……それ、ホントの話?」
提督「大本営発刊の本に載ってたから、間違いがあるはずはないんだがな。どう思う?」
隼鷹「……ごめん。あたしにはわからないや」
提督「そうか、すまん。嫌なことを思い出させたな」
隼鷹「いいよ。じゃ……」
話している内容はよく聞こえませんでしたが、立ち去っていく隼鷹さんの表情は、何かを悩んでいるように見えました。
電「何を話していたんですか、提督?」
提督「なんだ、電。行ったんじゃなかったのか」
電「ちょっと聞きたいことがあったので。それで、さっきの話は?」
提督「ああ、電に昨日聞いたことと同じだよ。大したことじゃない」
提督さんの口ぶりは、本当に大したことじゃないように聞こえます。ですが、隼鷹さんの反応はそうではありませんでした。
提督「で、俺に聞きたいことって?」
電「あ、はい。なんだか霧島さんのことを特別気にされてたように見えたので、どう思ってるのかなって気になって……」
提督「ああ、霧島のことか。そうだな……さっき知ったが、隠れ巨乳だな、霧島は。着やせするタイプか」
やっぱり巨乳好きじゃないですか。単に霧島さんの胸が大きかったから気になっているだけでしょうか?
電「霧島さんについてはおっぱいが大きいだけっていう、それだけですか?」
提督「いや、それだけじゃないな。何かこう、惹きつけられるものがあるというか、話すと胸が高鳴るというか、なんというか……」
なに高校生の初恋みたいなことを言っているんでしょう、この人は。
というかこれ、本当に霧島さんのことを異性として気になってるじゃないですか。目も泳いでるし、顔もちょっと赤いし、ほぼ確定です。
電「あの……提督さんは、扶桑さんとケッコンカッコカリの約束をしてますよね?」
提督「……まあ、そうなんだけどな」
曖昧に言葉を濁して、提督さんはバツが悪そうに歩き去っていきました。
扶桑さん。あなたの足元、もう崩れ落ちる寸前です。
足柄「くっ、妙高姉さん! この縄を解いてよ! 妹に対して、こんな扱いあんまりだわ!」
那智「くそっ、私たちを解放しろ! 文句があるならオイルレスリングで勝負しろ!」
妙高「黙りなさい」
夜になるまで自分の部屋で待とうと鎮守府の中に戻ると、聞き覚えのある声がしました。
声のした部屋を覗き込むと、昨日まで野放しにされていた足柄さんと那智さんが妙高さんの前で縛り上げられています。
電「あっ……そいうえば昨日、高雄さんと愛宕さんこと、ほったらかしにしたままだったのです」
暴走した足柄さんたちによって全裸にされた上、亀甲縛りにされて放置された高雄さん、愛宕さん。
今日は逆に、足柄さんと那智さんが縛られています。これはどういう状況なんでしょう。
妙高「あなた方にはほとほと愛想が尽きたわ。姉妹でなければ首を刎ねてやるところです」
足柄「く、首……!?」
妙高「あなたたち、高雄と愛宕をいつからあのままにしていたの?」
足柄「……昨日のお昼前から」
妙高「そう。なら、2人はまる1日以上全裸で縛られたまま放置されていたってことね。通りで干からびかけていたわけだわ」
妙高「それで、その2人にあなたたちはさっき、何をしていたの?」
那智「……醤油をかけてた」
妙高「全くもって意味不明ね。全裸で縛られてる高雄と愛宕に、何を思って醤油をかけたの?」
足柄「その、女体盛りをしようってことになって……でも、魚が釣れなくて……」
那智「もう直接醤油をかければ何とかなると思って、それで高雄と愛宕に醤油を……」
妙高「……この妙高型重巡洋艦の面汚しどもが」
殺気を含んだ声が重圧となって部屋に満ちます。久々に見る妙高さんの本気です。
かつての餓狼艦隊における旗艦は足柄さんでしたが、妙高型で本当に怖い人は妙高さんなのです。
妙高「放置されてストレスが溜まっているのは私にもわかっています。だからこそ、今まであなたたちの奇行を見逃してきました」
妙高「しかし、今日という今日は許しません。隣の部屋で羽黒が2人を介抱していますから、今すぐ土下座して謝ってきなさい」
足柄「ど、土下座!? 嫌よ、絶対に嫌! 足柄の名にかけて、それだけはできないわ!」
那智「私も同じだ! 土下座なんてするくらいなら死んだほうがマシだ!」
妙高「……死んだほうがマシ。その言葉、取り消せないわよ」
那智「な……何をする気だ、妙高!」
妙高「まだ日は沈み始めたばかり……再び日が昇るまでに、あなたたちを改心させてあげましょう」
妙高「教育に最も効果的な要素は何か知っているかしら? それは……恐怖と、苦痛よ」
足柄「まっ……待って妙高姉さん! 嘘でしょ!? ねえ冗談でしょ、ねえ!」
那智「くっ……殺せぇ! いっそ殺せぇ! うぉおおおおーー!!」
なんだ、足柄さんと那智さんが当然の裁きを受けているだけですね。
高雄さんと愛宕さんも助かったみたいですし、あの2人は一晩中拷問されたくらいでどうにかなる人たちではありません。大丈夫でしょう。
ただ、このときから妙な予感はしていました。
今までギリギリの線で保たれていた均衡が崩れるような、鎮守府に危うい気配が満ちている気がします。
駆逐艦たちが集まる区画に近づくにつれ、それは予感ではなく確信になっていきました。
聞こえてくるのは、扉を拳で打ち付ける音と、不知火さんの悲壮な叫び。大勢の駆逐艦たちのざわめきも大気を震わせています。
声の聞こえる方へ行くと、1つの部屋の前に駆逐艦たちが人だかりを作っていました。
不知火「子日様、一体どうなされたのですか! ここをお開けください!」
当然ながら、全員例の教団です。首長の不知火さんが部屋の扉を激しく叩き、ただ事ではない様子です。
不知火「今夜は集会に出ていただく予定ではありませぬか! なぜ閉じこもっておられるのです!」
子日「イヤ、出たくない! もうみんなキライキライ! 私、祭祀とかそんなんじゃないもん!」
不知火「何をおっしゃるのです! 子日様こそ、我々が待ち望んだ選ばれし祭祀のはずです!」
子日「違う! 私、普通の駆逐艦だもん! 集会とか聖別とか、そんな事もうしたくない!」
子日「不知火も、みんなも大キライ! あっちいってよ! 誰にも会いたくない!」
不知火「な、なんということだ……仕方がない。吹雪、斧を持て! この扉ごと破壊してこじ開けるのだ!」
子日「無理やり入ってきたら、舌噛んで死んでやる! 私、本気だから!」
不知火「な、なんということをおっしゃいます! お気を確かに!」
子日「みんなこそ気が変だよ! 私、普通の友達が欲しい!」
子日さん、とうとう限界のようです。今までお疲れ様でした。
私が行って助けることもできそうですが、今は問題をややこしくする可能性があります。やめたほうがいいでしょう。
電「すみません、子日さん。もうしばらく耐えてください」
どうか自決だけはされないよう、よろしくお願いします。
「一体子日様はどうなされたんだ!?」「この世の終わりだー!」「生贄を! 子日様のために生贄を捧げるのだ!」
騒ぐ駆逐艦たちを通り抜けて、自室へと戻りました。
疲れているので仮眠でも取りたいところですが、一度眠ったら起きられそうにないので本でも読みながら待ちます。
クラウゼヴィッツの「戦争論」を読んでいる間も、駆逐艦たちの喧騒は鳴り止みません。
もう、この鎮守府に未来はないのかもしれませんね。
続く
ありがとうございました。
救いはないんですか!?
うーん.....救いをくれぇぇぇ