トマトが赤くなれば医者が青くなる
真姫ちゃんの思いはきっと、彼女にも届いているはずです。
トマトが赤くなれば医者が青くなる。
イタリアには、こんな言葉があるらしい。
赤く熟したトマトを食べると健康になって病院に通わなくなり、稼ぎが減って医者の顔色が青くなる……なんて、 ずいぶんストレートなことわざね。
健康を願う医者なら青くならずに、むしろ健康なことに喜んで顔を綻ばせるべきだわ……って。
少なくとも、高校一年生の頃の私はそう思ってた。
甘く熟れた真っ赤なトマトが自分のものだと思っていた、青さの真っ只中にいた私は。
――――――――
真姫「……………………」
真姫「……………………」チラッ
真姫「……………………遅い」
真姫「いったいいつまで待たせるのよ……」イライラ
真姫「……………………おそ」
???「まーきーちゃーん!」ピョンッ
真姫「ヴェエェ!?」
凛「エッヘヘ~♪ビックリした?ビックリした?」
真姫「もう!急に飛び付いてくるんじゃないわよバカ凛!!」
凛「いいじゃんいいじゃん♪久しぶりなんだし~♪」スリスリ
真姫「もう!花陽~!」
花陽「遅れてゴメン。凛ちゃん、真姫ちゃんに久しぶりに会えて嬉しいんだよ」
真姫「だからって抱きついてくることないじゃないの。私たちももう大人なんだから」
凛「さっすが、昔から大人ぶってた真姫ちゃんは大人ですなあ~」ニヤニヤ
花陽「り、凛ちゃん……」
真姫「どきなさい花陽。今からそのネコをホルマリン用に解体するわ」
凛「にゃ~♪にっげろ~♪」
真姫「待ちなさい!!」
凛「やーだにゃ~♪」
真姫「止まらないとクロロホルム嗅がせるわよ!」
花陽「二人とも~、早くしないと結婚式に遅れちゃうよぉ~」
――――――――
言われて、私の足が止まった。
そうだ。今日は結婚式。
私が思い続けて、手を伸ばそうとして、熟れすぎて地に落ちてしまった、真っ赤な真っ赤なトマトの結婚式。
――――――――
真姫「まったく……なんで式場に行くだけでこんなに疲れないといけないのよ」
凛「真姫ちゃんが追いかけるから」
真姫「あなたが始めた戦争でしょ!ていうか、なんで徒歩!?タクシー呼べばいいじゃない!」
凛「すーぐそうやって文明の利器に頼ろうとするんだから。すぐそこなんだからタクシーなんて必要ないにゃ」
真姫「五キロは結構な距離でしょ!?ヒールで歩くツラさを理解しなさいよ!」
花陽「二人とも、めっ」
凛「にゃ~」
真姫「なんで私まで……」
花陽「ケンカしちゃダメ。今日はおめでたい日なんだから♪それより真姫ちゃん。真姫ちゃんのそのお洋服ステキだね。どこで買ったの?」
凛「やっぱり、お高いんでしょう?」
真姫「なんで通販みたいに言うのよ。フフン、でもお目が高いわね。これはパリのデザイナーに頼んで作らせたオートクチュールよ」
花陽「ふわぁ……真姫ちゃんスゴい!」
凛「さすがお金持ち!真姫ちゃん成金!ええと……よっ、お金持ち!」
真姫「もっといい褒め方を知らないの!?」
花陽「キレイの中に上品さがあって、でも胸元のリボンが可愛さを忘れてないっていうか」
真姫「……でしょ?」
――――――――
胸元のリボンに触れながらドヤッと笑ってみせた。
本当に笑えていたかはわからないけれど。
無邪気に風にそよぐピンクのリボンが、太陽の光に当てられて、やけに眩しく見えた。
――――――――
絵里「あら、真姫、凛、花陽!」
希「やっほー♪」
花陽「絵里ちゃん!希ちゃん!」
凛「ひっさしぶりにゃ~!」
真姫「本当ね。二人ともしばらくぶり。いつロシアから帰ってきたの?」
絵里「今朝早くよ。正直まだ時差ボケで眠いわ。式の途中で居眠りしたらどうしようかしら」
真姫「いや、ロシアと日本でなんて大した時差も無いわよ」
希「大人になってからも、エリチのポンコツなところは可愛いなぁ」ワシワシ
絵里「ひゃうっ!?の、希ぃ……やめ……」
希「ん~?ここがええのんか~?」ニヤニヤ
花陽「はわぁ……///」
凛「絵里ちゃんの大きいのがあんなにグニャングニャンて……」
真姫「いつまでやってんのよバカ夫婦。ほら、はやく式場に向かいましょ」
――――――――
高校を卒業してすぐ、絵里と希は結婚した。
二人仲睦まじくロシアで暮らしているらしい。
たまに日本に帰ってきては、μ'sのメンバーを集めて延々とノロケるんだから勘弁してほしいわ。
もうお腹いっぱいよ。
プロポーズは絵里からだったらしいけど、本当は希が必死に求婚して、絵里が折れたんじゃないかって思ってる。
だって、その方が面白くて笑えるじゃない?
エリチ大好き!ウチと結婚して!!
えっ?……いや、その……
絶対幸せにするから!!他の子のことなんか見んといて!!
の、希……
好きなんや!かしこいところも、かわいいところも、ポンコツなところも!
ポンコツ!?そんなとこないわよ!!
エリチのぜーんぶ!!ウチにちょうだーい!!
ちょっ……希!?
エリチーーーー!!だぁい好きーーーー!!愛してるーーーー!!!
わかった!わかったから!!声が大きいわよーーーー!!!///
なーんてね。クスクス。
――――――――
希「それにしても、μ'sからまた未婚者が減るとはね~」
絵里「その言い方だと、μ'sは永遠に独身のままみたいじゃない」
希「アイドルはそんな夢を見られてるものやから。ね?花陽ちゃん」
花陽「アハハ……」
真姫「率先して結婚した人が何か言ってるわよ」
凛「二人とも楽しそうだし、凛も結婚したいな~」
花陽「!!」
絵里「あら、μ'sの妹である凛もお年頃ね」チラッ
希「ホンマ、凛ちゃんはどこの誰と結婚するんやろうねえ」チラッ
絵里「凛はプロポーズされたい派?したい派?」
凛「えー?ん~やっぱり、女の子としてはされたいにゃ!」
希「ほうほう。ですって、花陽さん」ニマニマ
絵里「頑張ってください、花陽さん」ニマニマ
花陽「はうぅ…………///」シュウウウ
真姫「なに後輩をからかってるのよ。大人げないわね」
――――――――
先輩後輩禁止やもーん♪、なんておどける希に肩を落として、また歩みを続ける。
式場までの道のりが遠い。
やっぱり、タクシーを呼べばよかった。
ああ、でも呼ばなくてよかった。
結婚を祝うための、心の準備がまだ出来ていないもの。
――――――――
花陽「あ、みんな。あそこにいるの」
希「お!おーい、ことりちゃーん!海未ちゃーん!」
海未「おや」
ことり「みんな~♪」ブンブン
凛「にゃは~♪こっとりちゃーん!」モッギュー
ことり「凛ちゃん久しぶり~♪相変わらずだね~♪」モッギュー
凛「ことりちゃんも相変わらずいい匂い~♪って、あれ?海未ちゃん。私の妻に気安く抱きつかないでください、って言わないの?」
海未「ふぅ……凛、私も大人です。そんなしょうもないことでイチイチ波風など立てはしま――――」
凛「ことりちゃんのおっぱいも柔らかくて気持ちいいにゃあ~♪」ムニムニ
ことり「やぁ~ん♪くすぐったいよぉ~♪」ヤンヤン
海未「残念です。結婚式の後すぐお葬式を開かなくてはいけないとは」
凛「にゃっ!?海未ちゃん顔こわっ!!あ、いつもか」
海未「」ブチッ
凛「にゃっはは~♪」
海未「そこに直りなさい凛!今なら楽に逝かせてあげます!!」
真姫「まーたやってる」
絵里「みんな変わらないわね~。ほらほら、遊んでないで。式が始まっちゃうわよ」パンパン
真姫「……そうね。本当に変わらないわ」ポソリ
――――――――
私の心が変われば、どんなに良かったかしら。
どんなに……楽だったかしら。
――――――――
ことり「わぁ~♪ステキな教会だね~♪」
絵里「大聖堂って言うのかしら。やっぱり洋風も良かったわね。私たちとことりたちのときは、希と海未の希望で和風で慎ましやかに行ったものね」
花陽「みんなの白無垢姿、とってもキレイだったよ♪」
希「ありがとなあ」ナデナデ
絵里「それにしても。さすがあの二人の結婚式ね。知り合い大勢。それにテレビで見たことある人もちらほら」
海未「盛大な挙式ですね。派手好きな二人らしいです。まさか屋外で立食パーティーとは」
凛「あ、あそこ!ウェルカムドリンクだって!凛もらってくる!」
海未「凛、走らない!」
真姫「式場に来てまで騒がしいって、どんだけ落ち着かないのよ」
絵里「仕方ないんじゃない?やっぱりメンバーの結婚は、みんな喜ばしいのよ」
――――――――
……そう、喜ばしい。
嬉しいと感じなきゃいけない。
素直に、素直な心で。
――――――――
凛「にゃ~♪このワインおーいしー♪」
花陽「凛ちゃん飲みすぎだよぉ!」
海未「ことりも飲みますか?」
ことり「うん♪少しだけ♪」
絵里「私はスパークリングをもらうわ。希は?」
希「ウチはノンアルにしとこかな~」
真姫「みんな、幸せそうね」ポソリ
――――――――
手に持ったブラッディマリーに視線を落として、小さく呟いてからグラスに口をつける。
少しだけトマトジュースの濃い、私の好きな味。
――――――――
海未「そろそろ控え室に向かいましょう。式の前に挨拶もしたいですし」
希「そやね。はよ行かんと若干二名ほど酔い潰れてまいそうやし」
凛「にゃっはぁ~……」トローン
絵里「ハラァショ~……」トローン
真姫「飲み放題だからって飲みすぎなのよ」
ことり「絵里ちゃんは一杯でこうなったけど……」アハハ
花陽「ほら、二人ともしっかり」
――――――――
いっそのこと、酔い潰れてた方が足取りも軽かったのかもしれないわね。
花陽と二人で凛を支えながら、あの人のいる控え室に向かう。
――――――――
あんじゅ「あら~」
英玲奈「やあ、μ'sの諸君」
希「こんにちはやね、あんじゅさん、英玲奈さん」
ことり「こんにちは~♪お二人も挨拶に?」
英玲奈「ああ。まあ……二人ではないが……」チラッ
ツバサ「おぉ……おヴぁうぉあぁ……」ドバー
花陽「ツ、ツバサさん……」
ツバサ「ウゥアァァァァァァァァァーーーー!!」ドバー
真姫「号泣してるじゃない……」
あんじゅ「ほら、うちのツバサ……彼女の大ファンだったじゃない?結婚がショックすぎてずっとこんな調子なのよ」
英玲奈「おかげで仕事にも影響が出てな……」
海未「ああ、そういえば。A-RISE活動休止などというニュースが流れましたね。こういうことだったのですか……」
ツバサ「おぅっ……えぐっ……ゥアアアアアアアアーーーー!!」ドバー
凛「ツバサさん泣いてる~♪」ニャハハハ
ことり「確かに……ファンには見せられない姿だね……」
――――――――
羨ましいわ、ツバサさん。
あそこまで感情を顕わに出来れば、いっそ楽だったのに。
――――――――
海未「雪穂、亜里沙」
雪穂「みなさん!」
亜里沙「こんにちは!」
絵里「先に着いてたのね~亜里沙~♪」ベター
亜里沙「うわっ!ちょっと、お姉ちゃん!?」
希「ごめんな亜里沙ちゃん。エリチもう酔ってしもとるんよ」
亜里沙「もう……義姉さんがしっかり見ててくれないと……」
雪穂「まあまあ。絵里さんはちょっとヌケてるくらいが可愛らしいよ。それに比べて……うちは結婚したら少しはシャンとしてくれるのかなあ……」
花陽「大丈夫だよ、雪穂ちゃん」
ことり「そうだね。だらしなかったら、きっとしっかり者のお尻に敷かれちゃうから」クスクス
海未「いえ、案外いつものように振り回されてしまうかもしれませんよ」フフ
雪穂「そうですね。あ、二人ともみなさんのこと、待ってるみたいでしたよ」
亜里沙「それじゃ、また後で」フリフリ
――――――――
待ってる……ね。
そんなに早く幸せな自分たちを見せたいのかしら。
……あの二人が、そんなに荒んでるはずないじゃない。
ああ、まったく自分がいやになる。
――――――――
花陽「控え室、控え室……っと、ここだね」
希「ンッフフ~♪それでは~♪」
絵里「ごたーいめーん♪」
バターン
真姫「………………………」
にこ「騒がしい奴らが来たわね」
真姫「……久しぶりね。にこちゃん」
にこ「ええ。久しぶり」ニコッ
――――――――
髪を下ろしたあなたは、なんて穏やかに笑うのかしら。
相変わらず小さいくせに。
私よりちょっと大人なだけのくせに。
すごく遠くに感じるのは、あなたがもう……他の誰かのものになったからなのよね。
――――――――
真姫「ずいぶんキレイじゃない。にこちゃんのくせに生意気」
にこ「あんたも変わんないわねー。素直にトップアイドルである私のこの可憐な姿を褒め称えなさいよ」
真姫「……おめでとう」プイッ
にこ「ええ。ありがとう」ニコッ
凛「にゃあ~♪にーこちゃんキレーだにゃ~♪」ベッター
にこ「ちょっ!凛!ドレス崩れる!てか酒くさっ!なんでもう出来上がってんのよ!」
絵里「に~こ~♪可愛いわよ~♪」ベッター
にこ「あんたもかい!しっかりしなさいよ絵里!も~!」
――――――――
にこちゃんの顔は綻んでいた。
みんなが来てくれたという今に、心が浮き足立っているのがよくわかる。
わかるのよ。
ずっと見てきたんだから。
ずっと思い続けてきたんだから。
――――――――
海未「ところで、一人ですか?」キョロキョロ
にこ「ん?ああ、あいつなら……」
バタバタバタバタ
にこ「ほら」
穂乃果「たっだいま~!にこちゃん、お待たせ~!ジュースもらってきたよー!」
にこ「ありがと」
穂乃果「おお!みんな!いらっしゃい!本日は来てくれてありがとー!!」
ことり「穂乃果ちゃん……」
海未「……ドレス姿で走るんじゃありません。せっかくキレイに着飾ったのでしょう。もっと淑やかにしなさい」ハァ
穂乃果「えっへへ……ごめんごめん。愛しのマイハニーがのど渇いたって言うから~」
にこ「どぅあれがハニーよ!こっぱずかしいからやめなさいよそれ!」
穂乃果「じゃあ、ベイビー?」
にこ「張り倒すわよ!」
穂乃果「やだ~にこちゃんDVだ~♪」
希「どうやら、一番変わらないのは穂乃果ちゃんみたいやね♪」
花陽「にこちゃんもまんざらじゃなさそうなのが可愛い♪」
凛「にゃ~♪かよちんも可愛いよぉ~♪つかまえちゃーう♪」ガバッ
花陽「ピャア!?りりりり、凛ちゃん!?///」カァァァァ
ことり「ことりももう一度結婚式したくなっちゃうな~♪」ポー
海未「何度でもしてあげますが、私以外とは赦しませんよ」ムッ
ことり「わかってるよハニー」クスクス
海未「なっ!///だ、誰がハニーですか!///ことりの方が……ハ、ハニ……///」テレテレ
希「ウチもハニーて呼んであげよっか」ニヤニヤ
絵里「え~、希の方がハニーって呼ばれたいんでしょ~。ねー、ハニー♪」ベター
希「酔ったエリチは甘いなあ……///」テレッ
真姫「あなたたち全員揃って甘いわよ」カミノケクルクル
――――――――
胸焼けしてしまいそうなくらいね。
口の中で角砂糖を転がしてるみたい。
なんとなく居心地の悪さを覚えて、ちょっとお手洗いに行ってくると言って控え室を出た。
どこに行くあてもないのに。
――――――――
真姫「……ふぅ」
???「まーきちゃん」
真姫「……穂乃果」
穂乃果「どうしたの?こんなとこで」
真姫「そっちこそどうしたのよ。新婦があまりやたらとうろつくものじゃないわよ」
穂乃果「んー、真姫ちゃんの様子がおかしかったからついてきた」
真姫「……妙に鋭いところも変わってないわね」
――――――――
いつも呆けてるくせに、たまに核心をついてくる。
人の心に土足に踏み込んでくる図々しさが、不思議と不快に思わなくて。
だからきっと、あの人も穂乃果に惹かれたんだとよくわかる。
――――――――
真姫「別になんでもないわよ。ちょっと酔っただけ」
穂乃果「そっか」ストン
真姫「なんで隣座るのよ」
穂乃果「ダメ?」
真姫「別に」
穂乃果「うん」
真姫「……………………」
穂乃果「……………………」
――――――――
なんで無言なのよ。
気まずいったらないわ。
そんな風に思ってなにか会話を切り出そうとしたら、穂乃果の方が先に口を開いた。
――――――――
穂乃果「真姫ちゃん」
真姫「?」
穂乃果「本当によかったの?」
真姫「……なにがよ」
穂乃果「にこちゃんのこと」
真姫「はあ?なんで?」
――――――――
今のは我ながら平常を装えたと思う。
いつも通り、少しだけぶっきらぼうに返せたはず。
だけど穂乃果はそれを見透かしたように続ける。
――――――――
穂乃果「真姫ちゃんも好きだったんでしょ?にこちゃんのこと」
真姫「……なんで私が、にこちゃんを好きになるのよ。ていうか、式の前になんて話してるのよ穂乃果」
穂乃果「今だから話しておきたかったんだ」
真姫「意味わかんない」カミノケクルクル
――――――――
ううん。
よくわかる。
――――――――
穂乃果「私は、真姫ちゃんがにこちゃんのことを好きって知ってながら、にこちゃんに告白したから。玉砕覚悟ではあったんだけどね」アハハ...
真姫「で、私がにこちゃんを盗られて恨んでるって?呆れたわね。見当外れもいいとこだわ」
穂乃果「真姫ちゃんがにこちゃんのことを見てたのも知ってるし、二人でデュエット曲を歌ったときすごく楽しそうにしてたのも知ってるよ」
真姫「やめてよ。そんなんじゃないんだから」
穂乃果「ねえ、真姫ちゃーーーー」
真姫「仮に私がにこちゃんのことを好きだとして、そうなら穂乃果はどうするのよ」
――――――――
……好きだとして……か。
好きだったとして、って……言うつもりだったのに。
――――――――
真姫「結婚を辞めてにこちゃんと別れるの?なんで?って泣きそうな顔で聞くにこちゃんには、真姫ちゃんがにこちゃんを好きだから、とでも言うのかしら。とんだお笑い草ね。この先十年は笑えるわね」
穂乃果「……もしも。もしも、真姫ちゃんがにこちゃんのことを好きでも穂乃果は別れない。ずっとにこちゃんのことを大切にするよ」
真姫「そうしなさい。そうするべきよ。好きでもなんでもない人に惚れられたとして、それは必ずしも嬉しいこととは限らないんだから」
穂乃果「……にこちゃんもきっと、真姫ちゃんのこと」
真姫「ダメよ。言っちゃダメ。……その先は、聞きたくない」
――――――――
絶対に言っちゃいけない言葉。
絶対に聞いちゃいけない言葉。
心を惑わす悪魔の呪文を口にしかけて、ゴメン、と穂乃果は顔を背けた。
式の前の花嫁がなに暗い顔してんのよ、って私は穂乃果の頬を指でつっ突いた。
――――――――
真姫「穂乃果は、にこちゃんのどこに惚れたの?」
穂乃果「うぇっ!?なに急に!」
真姫「いいじゃない。教えなさいよ」
穂乃果「うぅ……///小さくて可愛いし、そのくせしっかりしててお姉さんぽいし、料理も美味しいし面倒見もよくて、飽きさせないくらい話題も豊富だし……」ウンヌンカンヌン
真姫「話だけ聞くと完璧じゃない。実物はあんなマスコットなのに」
穂乃果「そこも魅力だよ」
――――――――
そうね、と言いかけて口を閉ざした。
言われなくても知ってるわよ。
自分で言ったじゃない。
ずっと見てたって。
――――――――
真姫「そろそろ式が始まる時間ね」
穂乃果「うん。……真姫ちゃん。これで最後にするよ。本当に後悔は無い?」
真姫「くどい」
穂乃果「にこちゃんに、ちゃんと伝えなくてもいいの?」
真姫「しつこ……………………ねえ、穂乃果。トマトの一番美味しい食べ方って、なんだと思う?」
穂乃果「え?なに?急に……それは、やっぱり生で食べるのが一番美味しいんじゃない?」
真姫「そうね。私はトマトが好き。真っ赤に実ったトマトは生で食べるのが美味しいのよ。私はね……トマトが好き。トマトが好きで、大切にしすぎて、収穫せずに熟れて地に落としてしまったのよ」
穂乃果「真姫ちゃん……」
真姫「私はトマトが好き。小さくても、太陽の光を浴びて真っ赤に実ったトマトを見るのが好き。収穫するのも、食べるのも、私じゃなくていいの。私よりトマトが好きな人がいれば、それでいいのよ。そんな人がいてくれるなら、私は幸せ」
――――――――
だから……
あなたたちにも幸せになってほしい。
私は一人でいい。
私くらいになると引く手あまたでしょうし。
この先何不自由なく生きていける。
たった一度の生涯を満足に謳歌出来る。
穂乃果を見て思いが固まった。
うん、やっぱりあの人の隣は私じゃない。
トマトが好きな私より、トマトを美味しく食べられるなら。
それがきっと何よりの正解だと思う。
なんてお祝いしようかずっと考えてた。
おめでとう?
ううん、幸せになってね。
うん。
これが一番しっくりくるわ。
伝えよう。
ちゃんと。
――――――――
真姫「ほら、そろそろ式が始まっちゃうわよ。にこちゃんを待たせていいの?」
穂乃果「そうだね。それじゃ、またあとで!」タタタ
―――――――
幸せになってね。
―――――――
真姫「……穂乃果!」
穂乃果「!!」クルッ
真姫「……幸せにしないと許さないから!」
穂乃果「うんっ!!!」タッタッタッ
――――――――
あれ……
アハハ……間違えちゃったわ。
いいわよね、このくらい。
最後の最後の苦し紛れだもの。
神さまも赦してくれるわよね。
――――――――
ゆったりとしたピアノ伴奏のSnow halationに乗せて二人は入場してきた。
バージンロードを一歩一歩進んでいく。
爛漫に笑ってみんなに手を振る穂乃果に、海未が小さく、そういうことをしない!って怒気を放って睨み付けるけど、本人には届いていないみたい。
隣でにこちゃんも呆れ顔。
でも、そんな穂乃果にはにかんだように微笑んでいた。
私の隣で花陽が目をキラキラさせて感嘆の息を吐いて、さらにその横で凛は二人と花陽を交互にチラチラ視線を行き来させてる。
絵里は親族かっていうくらい涙腺を崩壊させてるし、そんな絵里に希も若干引いてる。
まあ、一番の友人と一番の恩人との結婚式だものね。
希が絵里に寄り添い、そっと絵里の手を握った。
海未も怒っていたのもつかの間、その目にとめどない涙を浮かばせ頬を伝わせた。
海未の肩をそっと抱くことりも、同じように泣いている。
幼なじみとして心から祝福してるんでしょうね……
私も雰囲気に飲まれて泣いてしまいそう。
今ならなんだって理由をつけてごまかせるかしら。
そんなことをしたら怒られちゃいそうね。
ズルイ ズルイ ズルイことはしちゃダメなのよ
こらこらっ
って。
あ、涙が引っ込んじゃった。
――――――――
神父を務める理事長には誰もなんの疑問も抱いていないのかしら。
抱いていないのよね。
滞りなく式が進んでいるもの。
静まり返った空間に木霊する誓いの言葉を紡いで、二人はお互いの指に指輪を嵌めた。
そして……唇を重ね合わせた。
――――――――
みんなから祝福のライスシャワーをあびてる姿を見て、花陽はさっきとは別の意味合いで目をキラキラさせている。
言っておくけどライスシャワーは生米に限った話よ?
日の光の下、二人は太陽よりも眩しく笑っていた。
みんなを見て。
お互いを見て。
誰に言われたわけでもなく、また唇を合わせた。
どこかからツバサさんの嗚咽混じりの悲鳴が聞こえたけれど、あの人も大概ね。
腕組みしながら二人を見ていたら、ふと、にこちゃんと目が合った。
にこちゃんはニヤリと悪戯な笑顔を私に向けて、その手に持ったブーケをパスするように宙に放った。
緩く放物線を描いて私のところに飛んでくる、九本の異なる花の小さなブーケ。
結婚なんて考えてないけど……まあ……もらっておいてあげるわ。
両手でしっかりとブーケを受け止めた私は、小さく笑ってそれを掲げた。
真っ赤に熟れたトマトが自分のものだと思っていた青い私。
トマトを盗られて青ざめた私。
どっちもまぎれもない本当の私。
この先きっと忘れない、甘く苦い青春。
失恋も案外悪くないわ。
あなたの幸せそうな笑顔が見られたんだから。
――――――――
真姫「ありがとう、にこちゃん」
ポロッ
真姫「大好きだった」
感動的でした。でも、とても切なくなりました。表現が完璧で情景が繊細に脳内に現れてきます。できれば別のやつで、にこまきのハッピーエンド書いてください。このままだと切なくてほんとに辛いです。
これはやばい。神作。