「地図に無い島」の鎮守府 第三十九話 忘れられし者
パルミラ環礁でいつもよりまともな食事を摂れた熊野たちは、泊地の探索を行う。そこで見た物とは?
元・空母棲姫、特務第七のアメリアは、総司令部の水上機発着所で川内の痕跡を見つけるが、同時に、おかしなものを見る。
年越しそばを作る扶桑姉さまと、夕立の着任。
そして、提督は曙を伴い、特殊演習場の深部に入っていくのだが・・・。
作中でたまに出ていた、「よほど高練度でないと、艦娘が人間の遺体を見ると良くない」という設定ですが、今回、実際にどうなるか?といったシーンがあります。
今回のパルミラ環礁での曙と、白骨化した提督のエピソードは、後、別の話として書ければなと思っています。
水上機発着所で空母棲姫のアメリアが見たものは、一体なんでしょうか?
また、ここでやっと演習場の深部にいた「姫」が登場します。
艦娘についての、熊野と朝雲の会話は今後もしばしば語られていきます。
[第三十九話 忘れられし者]
―12月31日、マルハチマルマル(午前8時)ごろ。パルミラ環礁、熊野たちの野営地。
熊野「ふぅ、焼き魚にシャコガイとヤシの実が増えただけでも、何だかずいぶん豪華な食事になった気がしますわね」
秋津洲「シャコガイ、おいしいかも!」
熊野「本当は、貝柱にライムの汁をかけて食べるのが一番おいしいそうですわ」
秋津洲「わあ、それは美味しそう!これ、シーフードカレーに入れても美味しいかも!」
朝雲「カレーかぁ、レトルトでもいいから、無事に旅を終えて、お腹いっぱい食べたいな」
熊野「食べるのもいいけれど、料理もしてみたいですわね」
―熊野たちは、サンゴ礁で捕まえた魚と、叩き落としたヤシの実、シャコガイの貝柱で、どうにか朝食を摂っていた。
朝雲「熊野さん、ここ、小さな泊地があったんでしょ?」
熊野「そうらしいですわ。観測や緊急の補給が主な任務だったみたいですけれど、大規模侵攻で音信不通になった拠点の一つみたいですわね」
秋津洲「何か使えるものがあるといいかも。あと、熊野さんは少しここで練度を上げた方がいいんじゃないかな!秋津洲の戦闘航海術は、ちょっとすごいよ?」
朝雲「えっ?あれ、本当にあるの?うちには秋津洲さん、いなかったからなぁ」
秋津洲「みんな最初はそう言うんだけど、うちの川内ちゃんは取り入れてすごく強くなってたよ?必殺技とか編み出していたしね」
朝雲「必殺技?なにそれ、かっこいいわね!」ワクワク
熊野「必殺技だなんて、そんな、ふふ・・・(かっこいいですわ!)」
―熊野は冷静なふりをした。
―秋津洲は食べながら、海上移動時の波の立て方で速度を錯覚させる方法、錨の予想外の使い方、移動時になるべく浅瀬や暗礁を利用する方法などを話した。ほとんど経験のない熊野はもちろん、ある程度の実戦経験がある朝雲にも参考になるものが多かった。
―一休み後。
熊野「それでは、海岸沿いを歩いて役に立ちそうなものを探しつつ、泊地の構造物を探しましょうか」
秋津洲「というか、あれじゃないかな?」
―改めて遠くまで見回すと、彼方の海岸線の終わりに、桟橋のようなものが見えている。それは熱帯の密林から伸び、砂浜を経由して、サンゴ礁まで伸びていた。
朝雲「・・・あ、そうかもしれないわね」
熊野「えっ?出撃船渠が見当たらないですわよ?」
朝雲「高練度になると、艤装展開が自分でできるようになるから、そういった艦娘しか出撃しないなら、あれで十分よ。こんな最前線の泊地なら、そういう子たちでないと務まらなかったと思うし」
秋津洲「うん、きっとそうかも。行ってみましょう?」
―密林から伸びる桟橋は、サンゴ礁に打ち込まれたステンレスの杭と、木製のデッキの組み合わせでできていた。まだそれほど、傷んではいない。
熊野「うん、これっぽいですわね」
秋津洲「なら、この反対側の林の中に、色々施設があるかも!」
―桟橋の反対側の密林に入ると、荒れてはいるが、十分な広さに切り開かれた道があり、薄暗い林の中を進んでいく。しばらく進むと、複数のコテージの建つ広場があり、その奥に、コンクリートと木造のやや大きな建物があったが、近づくにつれて、木造部分が激しく損傷していることに気付いた。
朝雲「今夜から、少し寝る場所も快適になりそうね!でも、あの泊地事務所らしい建物・・・」
秋津洲「ものすごく破壊されてるように見えるかも」
熊野「行ってみましょう?敵性反応は無いみたいですし」
―コンクリート造の部分は武器、弾薬や重要な物資・危険物の貯蔵庫で、外からは入れない構造のようだった。破壊されつくした感のある正面入り口の横には『パルミラ環礁観測・泊地事務所』という看板が、半ば砂に埋もれて落ちている。
熊野「廊下の突き当たり、攻撃されたのか、突き抜けてしまっていますわね」
―撃ち抜かれた壁の向こうに密林と、さらにその向こうに少しだけ日の光が差し込んでいる。開けた場所があるようだ。
朝雲「ここは、会議室や応接だったみたいね。コテージと合わせても、そんなにたくさんの艦娘がいたわけではないみたい」
―玄関を入ってすぐ左手の部屋は、そのような用途らしい。右手の部屋は頑丈なコンクリート製で、鉄扉に錠が掛けられており、中は荒らされていないようだ。
熊野「これ、保管庫は荒らされてませんわ!何か有用な物が見つかるかもしれませんわね」
秋津洲「奥の二つの部屋が、多分右側が執務室かも!反対側はここの提督さんの私室かな?鍵が見つかるといいんだけど」
―右側の部屋は応接室と同じようなドアだが、左側の部屋は立派な両開きのドアで、一枚が脱落している。そして、壁が壊れているのか、日の光がゆらいでいた。
朝雲「行ってみましょう?」タッ
―朝雲は待ちきれなさそうに先に進んだ。
―誰も、その可能性を考えていなかった。島にたどり着いて、泊地があり、鍵がかかったままの保管庫がある。それで一杯で、誰もその可能性を考えていなかった。
朝雲「あ!・・・あ・・・ああ!」ヘナヘナ
―破壊されてぶら下がっているドアをくぐろうとした朝雲は、何かに釘付けになってへたり込んだ。
熊野「どうしましたの!?」
秋津洲「大丈夫!?」
―二人は慌てて駆け寄る。
朝雲「あ、あれ・・・あれあれ!」ガタガタ
―激しく震える指で、目を逸らしながら、朝雲は執務室だったらしい部屋の奥を指さした。
秋津洲「な、何?・・・ああっ!」ワナワナ
熊野「これ・・・!」
―部屋は、やはり執務室だった。執務机と、背後の壁に掛けられた海域図。そして、士官服を着た白骨死体が、立派だったはずの椅子に、だらり、と、もたれかかっていた。
朝雲「提督さんが死んでる・・・っ!」
秋津洲「なんてことなの・・・」
―朝雲はかなりのショックを受けて震えており、秋津洲も顔色が悪い。しかし、一番練度が低い筈の熊野は、まだ着任もしていないせいか、どこか現実感がないような、妙な冷静さがあった。
熊野「ごきげんよう、提督さん。驚かせてしまったらごめんなさい。私たち、命からがら、ここまで漂流してきましたの。少しだけ、物資を分けていただきたいと思いますわ」ニコッ
―熊野は丁寧にお辞儀をした。
朝雲「・・・熊野さん?・・・大丈夫なの?」
秋津洲「熊野さん、心は大丈夫?」
熊野「なぜかしら?着任していないから?・・・でも、そんなにびっくりしたら、きっと提督さん、悲しむと思いますわ。ずっと一人だったはずですもの」
―熊野の雰囲気が良かったのか、朝雲と秋津洲も部屋に入ってきた。
朝雲「・・・そうだね、ごめんなさい、提督さん」
秋津洲「お邪魔してますね」
―心なしか、部屋の中を通る風に温かみが感じられるような気がした。
熊野「でも、ここで何があったのかしら?」
―三人は執務室だった部屋をあちこち見回した。まず、ドアが壊され、白骨化した提督の背後の左右の壁が破壊しつくされ、外と出入りができるくらいになっている。
朝雲「おかしな壊れ方ね。ドアから攻撃するにしたって、どうして執務机やその後ろの壁は無傷なの?」
秋津洲「まるでこの辺に壁でもあったみたいな・・・あれっ?」
熊野「何ですの?それは」
―秋津洲は何かに気付いてしゃがみ、床に落ちていたものを手に取った。
朝雲「・・・あ、それ、見覚えがあるわ。・・・あっ!そんな、まさかそんな・・・」ガタッ
―朝雲はドアと穴の開いた壁、落ちていたものを見比べていたが、膝をついて、大粒の涙を流し始めた。
秋津洲・熊野「どうしたの!?」
朝雲「ううっ・・・これっ、ミヤコワスレの花と鈴の髪飾りよ。駆逐艦、曙の髪飾りよ。・・・見て、ドアと、この場所と、提督さんの背後の壁の大穴の位置関係を」グスッグスッ
秋津洲「・・・あっ、まさかこれ・・・っ!」
―どれほど激しい砲撃だったことだろう。
熊野「提督さんを、激しい砲撃からかばい続けて、亡くなったんですのね・・・」
―熊野は提督の机に近づいた。砂埃で汚れた執務机の上に、キャップが外れたままの万年筆と、防水紙のノートがある。最期のページがないかとめくると、枠を無視して書かれたそのページはすぐに見つかった。
―『すまない。しかし、誇りを保ったまま死んで行ける。ありがとう、最愛の』
―走り書きはそこで途切れていた。大切な人の死を、まだ認めたくなかったのかもしれない。
朝雲「こんなになるまでかばい続けるなんて、きっととても、提督さんの事が大事だったんだね・・・。待ってて、いつかきっと、この仇は討つからっ!」グスッ
秋津洲「提督さん、最期は自分で自分の命を絶ったのね」
―少し離れた場所に、まだ新しい拳銃が落ちていた。
熊野「これは?」
―スタビライザーの正面にT字のスリットが刻まれている自動拳銃だ。
秋津洲「60(ロクマル)式提督用拳銃よ。アドミラル・ガンとも呼ばれているわね。これ、少しだけど艦娘や深海棲艦にもダメージを与えられる高価な銃なの。提督さんの識別記号も刻んであるはずだし、借りていった方がいいかも」
熊野「そうなんですのね」
朝雲「あ、私も見た事ある。・・・気がするわ」
―朝雲はこの拳銃をどこで見たのか思い出そうとしたのだが、もしかすると何かの映画に出てきたものと勘違いしたかもしれないと思い、黙った。
秋津洲「ちょっと見てみるかも。貸してみて・・・」カチリ、カシャッ、ガシャッ、カキン
熊野「どうですの?」
秋津洲「うん、大丈夫。使えるかも!」
熊野「かも?」
秋津洲「あっ、ごめん、使えるわ」
朝雲「あとは、保管庫の鍵と、提督さん専用のケースがあればいいのかな」
秋津洲「あれは提督さんしか扱えないから、保管庫の鍵だけでいいんじゃないかな」
熊野「提督さん専用のケース?カードのケースの事かしら?」
朝雲「そそ。提督は必ず、艦娘の情報や装備の情報が暗号化されたカードを持っているじゃない。そして、それを厳重に管理しているの。ただ、装備品以外のカードは提督さん以外は扱えないらしいんだけどね、ダメージコントロールとかのカードは有った方が良いでしょ?」
秋津洲「あっ、そうかも!使っちゃったもんね・・・」
熊野「探してみましょうか」
―机の各引き出しを探り、拳銃の予備弾と、鍵を破壊されたケース、幾つかの鍵が出てきた。
熊野「提督さん、お借りしますわね」
秋津洲「鍵は合わせてみるわ」
熊野「これ、ケースは破壊されてますわね。でも、結構な数のカードが残っているわ。ノートタブレットで読み込んでみますわね」
―秋津洲は貯蔵庫の鍵の当りを探し、熊野は朝雲とともに、残されていたカードの読み取りを始める。そして数分後。
秋津洲「鍵、あったかも!」
熊野「こちらは、もう少しかかりますわ。今のところ、ほとんど、今必要ではない装備品のカードばかりですわね・・・」
―すぐそばに提督の白骨死体がそのままだが、いつの間にか誰も、それに対して恐怖や恐慌を感じることは無くなっていた。
朝雲(それにしても、どういう仕組みなのかしら?提督にはカードの形で装備や艦娘が管理できる、ということ?これは記号化みたいなものなの?)
―タブレットを操作していた熊野は、朝雲の表情に気付いた。
熊野「不思議ですわよね?私も色々調べてみたんですの。普段なら提督しか読めない書類も、このタブレットだと読めるのですけれど、難しい表現が多くて、まだ理解できないですわ。ただ、艦娘の艤装や、普段の姿との違いは、『認識』の問題らしいですわね」
朝雲「認識?どういうことなの?」
熊野「うーん、その部分を説明している文書はとても難しいのですけれど、簡単に説明している初歩的なテキストもありましたわ。それによると、人間が見ているこの世界は、5~30パーセントの世界でしかないらしくて、艦娘の艤装は残りの世界に本体が存在しているらしいんですの。ダークマターや、ダークエネルギーはご存知かしら?」
朝雲「あっ、知ってるわ。確か、人間は宇宙の30パーセント程度しか認識できていなくて、残りの70パーセントは未知で、知覚できていないかもしれないって。その、見えない70パーセントの部分の何かを、ダークマターとか、ダークエネルギーとかひとまとめにしているのよね。要は、分からないもの全部こう呼んどけ、みたいなものよね?」
熊野「朝雲さん、インテリゲンチャですわね!私たち艦娘の存在の一部は、その、人には認識できない世界にまたがっているらしいのですわ。だから、艦艇でもあり、女の子でもある、という事が可能らしいんですの。で、それを自然に受け入れられる感覚を持つ人が、提督になれるらしいですわ」
朝雲「へぇ~!すごい!なんだかすごくしっくりくるわね!」
熊野「で、ここからが本題なのですけれど、艦娘をわかりやすく認識し、管理するために、人間の知覚だけで状態を全て把握できる媒体が必要らしくて、それがこのカードらしいんですのよ。やっと意味が分かりかけて来ましたわ」
朝雲「なるほどね!そっかぁ!何だかすごく賢くなれた気分よ。・・・あれ?でも、どうやってそんな事を可能にしているのかしら?」
熊野「わたくしも、今はそういう部分について調べていますのよ。特殊帯が絡んでいるらしいのですけれど、資料が見当たらないのですわ。・・・あっ、どうやら使えるカードが何枚か、あるらしくてよ!」
朝雲「あっ、貴重な装備のカードも全部残っているわね!・・・すごい!補強増設やダメージコントロールがあるわ!」
秋津洲「こっちも少しだけ、高速修復材や資源、食料があったわ!」
―思わぬ収穫だった。熊野たちは長い旅の準備を整えるべく、探索を続けることにした。
―12月31日、マルハチマルマル(午前八時)過ぎ、横須賀総司令部、水上機発着所。表向き、事務方の部署は全て休暇扱いで人が極端に少ないせいもあり、アメリアが『深海棲艦の視界』を使って行った川内の『航跡』の捜索はそう難しくは無かった。しかし・・・。
アメリア「ナンダ?コレ・・・?」
―アメリアは困惑していた。川内の航跡は特防の非常階段から、この水上機発着所に来て、そこで途切れていた。途切れているのはいい。おそらく、水上機でどこかに渡っただけの事だからだ。ただ、アメリアにはおかしなものが見えていた。
アメリア(オカシイナ。私ノ深海能力ガ劣化シテキテイル?・・・イヤ、ソレハナイナ)
―川内の光の航跡が消えた場所には、複数の艦娘たちの航跡とともに、複数の妙な航跡が残っていた。まず、自分と同じ深海棲艦のような、影のような航跡を伴った、光の航跡。ただしそれは、自分たちの物よりやや薄いようだ。これは、深海化している艦娘の物だと理解できる。
アメリア(シカシ、コレハナンダ?)
―艦娘の物にしては強い光の航跡に、濁りのない深い闇のような影が伴っている。それが二つ。さらに、練度がそう高くないであろう艦娘の光の航跡に、ほとんど見えないような灰色の小さな光の線が伴われていた。今まで、このようなものを見た事は無い。ただ、灰色の見えないような光だけは、過去にどこかで見たような気もする。
アメリア(ソレニ、随分強イ艦娘モ何人カイルヨウダナ・・・)
―眩しい光の航跡も三人分ほど確認できる。
―ここでアメリアは、最近の特務第七での話題と、川内の言動を思い出していた。このような艦娘たちと関われるのは、自分たちと同じ、特務鎮守府の提督だけだろう。であれば、それはおそらく・・・。
アメリア(フム・・・勝手ニ特務第二十一号ニ渡ッタカモシレナイナ)
―アメリアは周囲を見回した。大晦日だというのに、水上機の整備工場はシャッターが開いており、若い整備員が工場の隅でストーブにあたっている。もしかしたら、何か情報を得られるかもしれない。
アメリア(ヨシ!)
―整備工場につかつかと入ると、自販機で御汁粉と、『ミスターペッパー』を二本ずつ買った。
アメリア「整備員サン、オツカレサマダナ!フフ、好ミガ別レルカモシレナイガ、ノンデクレ」コトッ、ゴトッ
若い整備員「えっ?あっ!すいません!でも、いただけないですよ」
―整備員はとても驚いた。見た事のない艦娘だったからだ。
若い整備員(海外艦という艦娘かな?綺麗な人だなぁ。確か、この前の艦娘さんは川内さんていったっけかな)
アメリア「フフ、気ニスルナ。特務第二十一号ニイコウトシタラ、遅レテシマッテナ。モウ、次ノ便ハ未定ノハズダカラ、コレハ待チボウケダナ。全ク、川内ニ先ヲ越サレタゾ。私ガココニ来タコトハ、内緒デ頼ム。マア、口止メ料ダナ」
―こんな時に断るのも失礼かな?と整備員は思った。
若い整備員「何だかすいません。寒いので、御汁粉は助かります。ありがとうございます。・・・そうですね、特務第二十一号の水上機は、次回は確か五日以降まで発着未定ですよ。お気の毒ですね」
アメリア「アア、ヤッパリソウカ。怒ラレテシマウガ、フフ、仕方ナイナ。アリガトウ」
若い整備員「いえいえ、お気の毒に。良いお年をお過ごしください(綺麗な艦娘さんだなぁ、アルビノなのかな?)」
―整備員は、まさかそれが自分たちの敵だったなどと思いもしていない。
―アメリアは整備員に手を振りつつ、その場を立ち去った。もしかするとボスは、この特務第二十一号に渡ると言い出すかもしれない。しかし、深海棲艦であるアメリアであっても得体の知れない何かを感じる。下手に渡るのは危険な気がしていた。
アメリア(川内ノヤツ、無事ダトイイガナ・・・)
―アメリアは任務用スマホを起動すると、自分たちのボスに連絡することにした。ずっと待っていたのか、ほとんど呼び出し音が鳴らずに出る。
鷹島提督(通話)「アメリアか!どうだ?川内の行方はわかったか?」
アメリア(通話)「オソラク、特務第二十一号ニ渡ッテイルゾ?水上機発着所デ、川内ノ足ガ途切レテイル」
鷹島提督(通話)「何だって!?まずいぞ。あそこは情報レベルも司令レベルもうちより高い筈だ。勝手に侵入して捕まったら・・・くそっ!」ダンッ
―鷹島提督は執務机を思わず叩いた。しかし、すぐそばのソファに寝転がっている夕立は、その様子に関心なさげに漫画を読んでいる。
アメリア(通話)「ボス、ソレトナ、コノ特務第二十一号ハ何カマズイゾ」
鷹島提督(通話)「まずい?」
アメリア(通話)「トテモ強イ艦娘ガ三人ト、深海化シタ艦娘ガ一人ト、タイプハ違ウガ、ヨクワカラナイノガ三人イル。コノウチ二人ハ、戦ッタラマズイ」
鷹島提督(通話)「どういう事なんだ?それはみんな艦娘なのか?」
アメリア(通話)「ワカラナイ。ダカラ、ヤリ合ウヨウナ事ハシナイホウガイイ」
鷹島提督(通話)「わかった。川内も何でそんな無茶を・・・っ!」
アメリア(通話)「サァナ?トリアエズ、コンナトコロダナ。ホテルニ戻ルゾ?」
鷹島提督(通話)「そうしてくれ。後はこちらで考える。連絡するまで、自由行動でいい」
アメリア(通話)「フフッ、諒解シタゾ」ピッ
―神戸港、大型クルーズ船『いかるがⅡ』上級客室フロア内、特務第七の秘匿司令室。
鷹島提督「厄介な事になったな・・・」
―上層部は休暇とやらで連絡がつかない。大規模作戦が発令した事は知っているが、特務第七はこの作戦に参加していなかった。そもそも、上層部を通すにしても、その理由がない。特務第二十一号へのアクセスのルートは無いし、アクセス権も無い。司令部で偶然出くわせば別かもしれないが、まずそんな事に期待はできない。
鷹島提督(どうすればいい?どうすれば・・・)
夕立「・・・川内さん、どっか行っちゃったの?」
鷹島提督「アメリアの話だと、特務第二十一号に勝手に渡ったらしい」
夕立「最近、なんか焦ってたもんね。焦らなくても提督はどうせ、川内さんが一番かわいいのに」
鷹島提督「夕立、お前まだ・・・!」
夕立「あのねーボスー、一生懸命私たちに対応してくれるのは嬉しいけど、なんか時々、詰めが甘くて不安になっちゃう。川内さんもきっとそう。大事に思ってくれているのは分かってるっぽい。だけど、時々すごく不安になるの。そこは分かって欲しいっぽい。私も言いすぎたのは悪かったけど、とても楽しみにしていたから・・・」
鷹島提督「ごめん」
夕立「・・・もう一回、ちゃんとどこかに連れて行って。それで全部チャラにするっぽい」
鷹島提督「そうだな。ごめん。そうさせてもらう。オレも悪かった」
夕立「もう大丈夫。楽しみにしているっぽい」ニコッ
―自分でも、それは分かっている。提督という仕事は、先が見えなくて不安ばかりが増えていく。しかし、それは理由にならない。みんなこんなに、いい子なのだから。
夕立「川内さん、無事だと良いね。捕まったり、ひどい事になってないと良いけど」
鷹島提督「この後、一度全員を集めて対策を考える。川内の無事を祈るが、とにかく方々当たってみる。それにしても・・・」
夕立「ぽい?」
鷹島提督「以前聞いた話では、特務鎮守府は二十号までと聞いたはずなんだがなぁ。しかし、いつの間に、どんな思想で二十一号を設立させたんだろうな?そもそだぞ、艦娘と高い親和性を持つ人材が、もういないと聞いたはずなんだぜ?」
―特務鎮守府の中には、この特務第七のように、艦隊で作戦に当たらず、別の特殊な任務や目的を持つ所が他にも複数ある。提督が艦娘と高い親和性を持ち、かつ、通常の任務にあたる鎮守府は、人材の問題で、そう多くない。
夕立「そういえば、特務第十九号に一時異動していった親潮さん、元気かなぁ?いい子だけど、色々大変だったっぽい」
鷹島提督「もうすぐあの子も任期明けか。希望しているような鎮守府があればいいんだがな、腰抜け提督ばかりだしな」
―かと言って、自分が艦隊を率いて艦娘たちを任務に出すのは嫌だ。轟沈の危険にさらしたくなかったのだ。
夕立「志摩鎮守府とかはどう?ビッグセブンでも最強でしょ?」
鷹島提督「ああ、月形んとこか。あそこは強いけどダメだな。あいつは頭が固いし、今以上は強くならないんだわ。そもそも親潮も既にいるしな」
夕立「なんか手厳しいっぽい!え?あそこの提督とボス、面識あるの?」
鷹島提督「あるよ。あいつはおれをあまり知らないだろうが、おれはあいつをよく知ってる。今の評価が高すぎる。あいつはそんな大した奴じゃねぇ」
夕立「昔、なんかあったっぽい?」
鷹島提督「ちょっとな。あいつは知らんだろうが」
―そこに、龍田が帰ってきた。
龍田「ただいま~ボス。何だか色々大変そうね。ぽいちゃんとは仲直りしたのかしら~?」
夕立「もう仲直りしてあげたっぽい。おかえりなさい、龍田さん」
鷹島提督「だそうです」
龍田「あら~、良かったわね。ところで、武装憲兵隊が少し変な動きをしているわよ?」
鷹島提督「武憲が!?どんな動きを?」
龍田「千葉県の総合病院とやたらコンタクトを取っているわね。詳しくは秋雲に聞いて」
―そこに、秋雲も帰ってきた。
秋雲「あー、ただいまボスぅ。協力者によると、銚子あたりの病院に、誰か重症な入院患者がいて、その患者を中心として、何か大きな摘発の準備をしているみたいだよ」
鷹島提督「大きな摘発?まさか波崎鎮守府か?・・・いや、それはないな。あそこは色々まずいしな。設立以降ずっとくすぶってる武憲が手を出せる相手じゃねぇ。しかし、報告ありがとう。引き続き各情報の拾い出しと、特務第二十一号について調査を頼む」
艦娘たち「諒解いたしました!」
―堅洲島鎮守府、現時刻、12月31日、ヒトロクマルマル(16時)過ぎ。厨房。
山城「あっ!姉さま、ここにいらしたんですね!」
―山城はいつもと違う服装で鎮守府内を歩くのが、いつの間にか気に入ってしまい、特に理由はなくとも鎮守府内を散歩していたのだが、部屋に扶桑がいなかったため、探していたのだ。
扶桑「どうしたの?山城。あなた、今日はよく出歩いているわね。服が気に入ったの?良く似合っているものね、うふふ」
―そんな扶桑は割烹着に着替えて何かを調理している。本当は扶桑の言うとおり、服が気に入っているのだが、なぜかそれを素直に認めたくない気がした。
山城「あ、いえ・・・そういうわけではないのですけれど、大晦日ですし、何となくです。姉さまは何を?」
扶桑「年越しそばの下ごしらえをしているのよ」
―鋭い山城は、それがおそらくにしんそばで、しかも何人かぶんの下ごしらえだと気づいた。
山城「姉さま、にしんそばですか?」
扶桑「そうよ。あなたと私、満潮と、時雨、秘書艦のみんなと、それと・・・その、提督の分も作ろうかと悩んでいるの・・・」カアッ
山城(姉さま、やっぱりあの男の事が気になっているんですね・・・。でも、姉さまのそんな顔を見たら、山城は邪魔なんてとてもできません!)
―一瞬迷ったが、すぐに決めた。
山城「・・・姉さま、提督に伝えてきますね!」ダッ!
扶桑「えっ?・・・!あっ!山城、そこまでしなくても!山城?・・・行ってしまったわ・・・それなら、みんなで一緒に食べたいわね・・・」
―『甘味・食事処まみや』
特務第七の川内「ねぇ、呼んでくれたのは嬉しいけれど、大丈夫?目の下にひどいクマがあるわ。寝てないんじゃないの?」
川内「だ、大丈夫・・・大丈夫」ゲッソリ
―特製パフェを一緒に頼んで食べていた、特務第七の川内は、堅洲島の川内のひどい目のクマが心配になっていた。話しても、心ここにあらずな感じだ。
球磨「呼んだかクマ?隣いいかクマ?」トスッ
―ちょうど、店に入ってきた球磨が、隣の席についた。
特務第七の川内「あっ、ごめんなさい。球磨さんじゃなくて・・・」
球磨「わかってるクマ。冗談クマ。うちの川内、なんでこんなゾンビみたいになってるクマ?夜戦のしすぎかクマ?」
―夜戦!
川内「ぜっっったいに違うし!夜戦とかそういうんじゃないから!あんなエッチな・・・」ハッ!
球磨「ん?あっ・・・(察しクマ)」
―球磨ちゃんは意外と察するのだ。
特務第七の川内「・・・もしかして、テキスト貰っちゃった感じ?」
川内「・・・・・・・・・うん」コクッ
特務第七の川内「あー・・・それで。納得。私も眠れなくなって、その後に何日か寝込んだっけ」クスッ
川内「・・・そうなの?」
特務第七の川内「なぜか、那珂と神通は先に知ってたんだよね~」
川内「おんなじだよ、それ」クスッ
特務第七の川内「それで、私より先に経験して、先に居なくなって、先に・・・ううん、それはまだわからないな」
―特務第七の川内は、言いかけて少しだけ、暗くなり始めた海に目をそらした。
川内「・・・なんか、私よりずっと大人だね。同じ私なのに」
球磨「二人とも、色々あったみたいだけど、気にすんなクマ。あと、川内も気にしすぎクマ。いつものバカに戻った方が良いクマ。こっから見た感じ、どっちも大して変わんねークマ。ここに一人で来るあたりとか。だから、あまり深く考えない方が良いクマ」
川内「ありがと、球磨ちゃん。分かっているんだけど、心が追い付いていかないんだよねぇ」
特務第七の川内「わかるわかる。すごく懐かしいよ、そういうの。・・・でもさー、ここの提督さん、誰ともそんな事しないって言ってるんだし、考えなくても良くない?」
球磨「何とかの考え、休むに似たりクマ」
川内「ほんとそうなんだけどね」
―しかし、特務第七の川内は、自分の事だけに川内の心のうちをよくわかっていた。フォローしても無駄なのだ。何も頭に入っていない。
特務第七の川内「・・・食べ終わったら、ちょっと散歩しよっか」
―疑問を晴らして心を落ち着けるには、結局のところ、モヤモヤする部分を消してしまうのが一番手っ取り早い筈だ。
―執務室ラウンジ。
夕立「・・・というわけで、夕立、着任してきたっぽーい!みんな、よろしくね!」
叢雲「よろしくね。白露型というと、五月雨と江風と時雨ね。江風は改白露型だったかしら」
提督「なあ、ぽいちゃんは部屋はどうする?この通り部屋は沢山あるから、個室でも構わないが」
夕立「んー、慣れるまでは個室で良いっぽい。ここに好きな時に遊びに来ても大丈夫?」
提督「それは全然かまわんよ。じゃあ、漣、部屋の選別とセッティング頼む。初風は着任書類の暗号化提出を。如月は、姉妹艦に夕立の着任を教えてきてくれ。磯波、新規着任の告知の貼り出しを頼む。それと、五月雨と吹雪を呼び出して、夕立にここの案内をしてやって欲しい。間宮券セットで」
漣「任せて!ほいさっさー!」
初風「わかったわ」
如月「はーい、うふふ。行ってくるわね、司令官」
磯波「かしこまりました!」
提督「さて、曙はこれからちょっと調査に出るからついてきてくれ。叢雲以外の各秘書艦は、現任務が完了次第、本日の執務完了でよろしい。叢雲は後で打ち合わせがあるから、後程声を掛けるよ」
曙「調査?わかったわ」
叢雲「打ち合わせ?いいわ。戻るまでここで何かしているわね」
―半開きの執務室ラウンジドアを、山城が開けて入ってきた。
山城「お疲れ様ね。足柄は?」
提督「近海警備に出ているぞ。ヒトハチマルマルに帰投予定だな」
山城「そうなのね。提督とみんな、今日の夜なんだけど、姉さまがにしんそばを作ってくれているみたいなの。せっかくだから、食べてくれたら嬉しいわ」
提督「なにっ!扶桑姉さまのにしんそばだと!食べないわけにはいかないな。諒解した!楽しみにしていると伝えてくれ」
叢雲「へぇ、楽しみね!とても扶桑さんらしいメニューだわ」
提督「だよなぁ?鰊蕎麦(あえて漢字)なんて、良い選択だ。手間がかかるんだぞ、昔作ってみたんだが」
初風「作ったの?」
提督「一度は食べた方が良い料理の一つだな」
山城「そうなのね?良かった。姉さまも喜ぶわ。伝えてきますね」
―扶桑はきっと喜ぶだろう。提督も好きなメニューのようだ。
山城(嫌ね、私、何だかモヤモヤするわ・・・)
―横須賀から、何か胸の内が落ち着かないが、それがなぜなのか、どんな気持ちなのかがわからない。
―一時間後、特殊訓練施設、戦術状況シミュレータコンソール前。コート姿の提督は、カーディガンとマフラーで防寒対策した曙と一緒に居た。
曙「ねえ、調査ってどういうことなの?」
提督「ちょっと待っててくれ、まず、こいつにデータを打ち込んで、自動解析・仮想走査を行わせておきたいんだ。少し時間がかかるはずだからな。その後で調査に出よう」
―提督は言いながら、過去のある鎮守府の報告書の座標や、艦娘が漂流した場合のデータ等を打ち込んでいく。
提督「こんなもんかな、よし」カチャカチャッ、ターン
機械音声『ただいまより、漂流捜索用シミュレーションを行います。解析・仮想走査完了まで、47分21秒です・・・』
提督「やっぱり長いな。範囲が広いからなぁ、じゃあ行くか。曙、ついてきてくれ」
曙「今のは?」
提督「んー、ちょっと気になる事があってさ、その調査の準備だな。さてと・・・」
―提督は演習場の大型エレベーターに入ると、鍵を使って特殊操作パネルのカバーを開け、停止状態にした。特殊帯リーダーが現れる。
提督「どれどれ・・・」スッ
機械音声『特務第初号鎮守府、堅洲島鎮守府の提督と確認。建屋内セキュリティレベルを上昇。全開口部ロック確認。随伴者は特殊帯リーダーで認証を済ませて下さい』
提督(んっ?今、初号って言わなかったか?)
―特殊訓練施設内のあちこちで、扉が閉まりロックのかかる音が聞こえてくる。
提督「曙、特殊帯認証してくれ」
曙「わかったわ。でも、何が始まるの?」
提督「すぐにわかる。まず、ここに閉じ込められた時のお礼を言わないとな」
曙「お礼?」
―あの時、寒さから眠りについていた曙には、何のことかわからないのだ。
提督「ここに閉じ込められてしまった時、この奥にいる誰かが扉を開けてくれたのさ。直接会えるかは分からないが、現時点でこの奥までは入れるし、宿題も考えなくちゃならないからな」
曙「えっ?そんな事が?この奥に人が?宿題?訳が分からないんだけど!」
提督「だよなぁ?まったく、何が何やら・・・」
機械音声『随伴者の特殊帯認証確認。駆逐艦、曙。秘書艦登録済み。メンタルセキュリティレベル、問題なし』
提督(メンタルセキュリティだと?やはり、特殊帯は記憶や精神状態まで認識しているという噂は本当か・・・)
機械音声『エレベーター、装甲船渠フロアに下降します』ゴゥン
―地下が存在していなかったはずなのに、エレベーターはゆっくりと下降し、すぐに止まった。
機械音声『装甲隔壁第三、第二、第一を解除。エレベータードア、開きます』ガゴゴン、ゴゴン・・・シューン・・・
曙「だ、大丈夫なの?こんなフロアがあって、凄く頑丈な場所じゃない?」
提督「大丈夫の筈だがな、怖いんならくっついてな」
曙「だっ、大丈夫!」
―しかし、曙はさりげなく近くに寄ると、提督のコートの袖をつかんだ。
―エレベーターが開くと、そこは暗黒だった。冷気と、埃と鉄、そして微かに海の匂いがする。
機械音声『情報公開レベル限定の為、照明設備は通電不可となっております。作業用エレベーターとメインタラップのみ、通電いたします』カカカチッ
提督「でかいな!!」
曙「なんて大きい、これっ!船なの?」
提督「ああ。扶桑と夜中に詰め始めていたんだがな、まだ名前のない、未完成の特務護衛戦艦だよ。困ったことに、こいつの姉妹艦が二艘、深海側に鹵獲され、運用されている。今回のロケット発射基地奪還作戦の大敗北は、それら戦艦の運用による、司令船の破壊の可能性が高いそうだ」
曙「そうなのね・・・これ、私たちが使う事に?」
提督「どうも、そのようだぞ。こんな戦艦でないと倒せない何かが、おれ達の敵に存在しているって事だ」
曙「・・・勝てるの?」
提督「おそらくな」
―あまりにあっさりした答えで、曙は絶句した。気負いもなにもなく、当たり前のように提督がそう言ったからだ。
曙(強い人なのね、本当に・・・)
―ぼんやりと浮かび上がったのは、巨大な船の艦尾部分だ。上部は暗くて見えない。舵と六つのスクリューが見えるのみだが、やたら大きい。そして、近くに金網で覆われた大きな作業用エレベーター塔があり、控えめな照明で照らされている。
―キーン
―場所はわからないが、スピーカーに通電する音がした。
謎の声「ようこそ、久しぶりね。提督さんに、曙。あと数時間で、この『ASU-DDB-800』、通称『八百式艦』の情報は全て開示され、あなたに指揮権が移譲されます。が、前倒しでも構わないでしょう。作業用エレベーターから、非常用照明で道案内をします。艦橋下部と核融合炉の間に、重装甲区画があり、中心部に『高高次戦略解析室』という、閉鎖型コンピュータ室に偽装された部屋があります。私はそこにいます。詳しい話はそこでしましょう」
提督「改めて聞くと、不思議な声だな。人の声とは何か違うが、艦娘の声とも違う」
曙「ク・・・提督、い、今の声はなに?」ギュウ、フルフル
―曙はひどく怯えている。いつの間にか、提督の腕をきつく掴んでいた。
提督「わからない。しかし、参謀たちは『要人』だと。しかしな、そもそも、以前の閉じ込められ事件の際にこの声の主が助けてくれたんだぞ?そんなに怖がるなよ」
曙「そ、そうなの?でも、なんだろう?凄く怖い・・・怖いよ・・・」
―この時、提督にはわからなかったが、曙には、何か根源的な恐怖が感じられていた。知るべきではない何かと、この声が密接に関係しているような気がした。
提督「声の主さん、申し訳ない。曙が異常に怖がっているんだが、おれには感じられない何かがあるのかな?」
謎の声「無理もありません。私は、おそらく艦娘を生み出したものの姉妹に当たります。その子が恐れを抱くのも無理はありません。人間で言えば、自分たちの生死を司る存在に会ったようなものです」
曙「えっ?」
提督「艦娘を、生み出したもの?」
謎の声「はい。詳しくは、私の部屋でお話いたしましょう。全てを話せるわけではありませんが・・・」
提督「わかった」
曙「だ、大丈夫なの?」
提督「敵意も殺意も感じられない。大丈夫だ。・・・あまり怖いなら、戻るか?」
曙「ううん、あまり恩人を怖がるのも失礼だし、・・・うん、大丈夫よ。・・・ただ、手は離さないで・・・」
提督「ああ、わかった」
―深海の姫にも簡単には恐怖を抱かない艦娘が怯えるのは、普通ではない。しかし、むしろ、声からは深い悲しみが感じられるような気がしていた。
提督「しかし大きな船だな・・・」
―作業用エレベーターを昇り、タラップを渡ると、艦橋基部の装甲区画に入っていく。艤装も武装も殆んどなく、甲板には闇が広がっているのみだ。提督は曙のペースに合わせて、急がずに進んでいく。
曙「・・・ねえ、怖くないの?(小声)」
提督「あの声か?敵意は無いし、むしろ、哀しそうな気がする」
―艦橋基部の装甲ドアを通り抜けると、艦橋エレベーターに抜け、エレベーターに入ると、『特殊階層停止』と表示された。エレベーターが止まると、ドアとは逆側の壁が角から片開きになり、反対側に誘導される。
提督「なるほど、このような方法を使ってまで・・・」
―正面に、青い照明でぼんやりと浮かび上がるドアがあった。『高高次戦略解析室』と表示されている。
提督「ここか・・・」
―しかし、繋いでいる手から、曙の震えが伝わってきていた。
提督「・・・やっぱ帰ろう。いったん出直すべきだな。曙、無理すんな。戻るぞ」
曙「えっ?だ、大丈夫だから!」
提督「別に急ぎの用事じゃない。女の子をそんな怖がらせてまでやらなきゃならない用事でもない。・・・と言うわけで、恩人、申し訳ない。後程また訪れさせていただきたい」
謎の声「それは構いません。まだ時間は有ります。・・・根源への恐怖は誰しもが抱えているものです。そういう事もあるでしょう。ただ・・・」
提督「ん?」
謎の声「あなたは、自分と繋がりのある艦娘の恐怖や、さまざまな負の感情を取り除き、自らの力に変えることが出来ます。あなたの『属性』の一つですよ、『D』」
提督「・・・その名を出すか。油断ならんな」クルッ、ガッ、シュバッ!
―自分のコードネームを聞いた提督は、一瞬で曙をくるりと回して自分のコートの内側にかばい、いつの間にか銃を抜いていた。
曙「あっ、ちょっ・・・(ええっ!)」
―提督の右腕に抱かれてかばわれた形になった曙は、恐怖とは別の感情が溢れてきて混乱した。
曙(やだな、私、またうわついてる・・・。でも、もう怖くない)
謎の声「ごめんなさい、警戒しないで、D。あなたは私を簡単に殺せるし、放っておいても、今のままでは、私はあと一年程度の命しかないわ。そして、コードネーム以上にあなたは『D』と呼ばれるべき存在なの。・・・その子の恐怖も静まった様だし、話がしたいわ」
提督「スピーカー経由とはいえ、確かに、声には敵意がない。しかし、『反射』が身を守ることがしばしばあるのは理解していただきたい。その上で、失礼は詫びたい」
謎の声「いいえ。こちらも配慮が足らなかったわ。では、こちらへ・・・」ゴゴォン
―見た目よりも相当重い音で、ドアがスライドした。部屋に入ると、広い円形の部屋で、ところどころに透明なパイプが垂直に安置されており、淡い暖かな光を放つ液体と、血のような液体が満ちており、それ以外の壁面は多数のモニターと、おそらくスーパーコンピューターで構成されていた。
提督「ここは?」
曙「あれを見て、提督!」
―部屋の中央に、艦娘の建造キャニスターとよく似た装置があり、一基のキャニスターがあるが、金属製のカバーで覆われている。そして、空気圧の作動音とともに、金属製のカバーがゆっくりと開いた。
―プシュー・・・・ガココン
提督「これは!?」
曙「女の・・・人?艦娘?・・・あ、でも肌の色は深海の奴らみたいな・・・」
―曙は提督のコートから恐る恐る覗きつつ、感想を言った。
―金属製のカバーが外れた透明な建造キャニスターの中には、淡い蒼色に輝く液体の中に、何らかの制服を着た、美しい女性が居た。女性はうっすらと眼を開ける。そして、キャニスターについているスピーカーから、今までとは違う、肉声に似た声が聞こえてきた。
謎の女「ああ、やっと会うことが出来た!初めまして。駆逐艦、曙と、名を消された者、またはD。私もまた、名を消され、忘れられた者です。総司令部や一部の人々は、私を『姫』と呼びます。そして、かつての名前は、『スサヒメ・ラケシス』。型式番号で言うなら、ASH-QC-GP-Type3・・・アーティフィシャル・スーパーヒューマノイド・クアンタム・コンピューター・ガッデス・プロジェクト・タイプ3。要は、神様に近づけて作られた、人間型の量子コンピューターの三号ね。三女と言えばいいのかしら?艦娘も深海棲艦も、もともとは私の二人の姉のうちどちらか、または、両方が、創り出したものよ」
提督「なんだって・・・!?」
曙「私たちを、創り出した・・・!?」
姫「感染しているウイルスのせいで、全てを語ることはできないの。でも、それでも語れることはあるわ。話しましょう。これまでの事と、これからの事を」
―『姫』こと、かつて人に創られた女神の三女は、意図的に消され、忘れ去られた出来事を話し始めた。それは、艦娘と深海棲艦の始まりの話だった。
第三十九話、艦
次回予告
戦艦の中で『姫』が語る、艦娘と深海棲艦の始まりの断片。衝撃的なそれは、どこまでも深い、罪の話だった。
そして明かされる、提督、艦娘、深海棲艦と『属性』の話。
曙は絶句するが、提督の答えに、姫は戦慄し、確信する。
話が終わったころ、陸奥に異常が発生する。
次回『始まりと原罪と』乞う、ご期待。
曙『このSSを読んでる人なんて、本当は私のえっちなシーンが見たいだけなんでしょ?このクソ読者ー!』
提督『やめんか』
作中の60式提督用拳銃、通称「アドミラル・ガン」のT字のスリットと、朝雲が口ごもるシーンがありますが、要はこのネタは映画「リベリオン」の「クラリック・ガン」です。
そう、60式提督用拳銃は、なぜかクラリック・ガンそっくりなのです。で、そんな映画を知っている朝雲は、たぶんガンマニアですね。
このSSへのコメント