「地図に無い島」の鎮守府 第十九話 椿の海
相変わらず忙しい鎮守府。
あり得ないやり方で武器・弾薬が届く。
提督の私室は曙の完璧な掃除でピカピカに。
そして営倉に入る曙。
大規模作戦の失敗に対する具申案を提出する提督、
そして、深夜に訪れる扶桑。
その頃、二航戦を中心としたゲリラ組織は、
大規模作戦の失敗による予想外の障壁に当たっていた。
日常と伏線回です。
見所は曙と提督の営倉でのやり取り、
執務室での提督の過去の断片、
型破りな荷物の届き方と、バールでテンションの上がる足柄さん、
かげぬいと提督のやり取り。
提督に届いている情報と、二航戦側の情報の食い違いが見所です。
[第十九話 椿の海 ]
―12月26日、ヒトゴーマルマル、提督の新しい私室。
曙「どうかしら?一生懸命、心を込めて綺麗にしたわよ」
提督「完璧だな。問題ない。いい仕事をしたな」
曙「じゃあ、あとは支度して営倉に入るわ。この後どうしたらいいの?」
提督「最初は初風に担当してもらう。後程連絡があるだろうから、準備しといてくれ」
曙「わかったわ。提督、本当にごめんね」
提督「もう謝るな。また夜にな」
曙「うん」
―曙は七駆の部屋に帰って行った。提督は執務室ラウンジに移動する。
初風「ただいま。潜水艦をそこそこ狩って来たわ。それと・・・」
提督「いいな、本来の制服。初風らしい」
初風「でしょ?これから先は本来の私の感じで行くわ。よろしくね。それと・・・ハンドレッドから連絡があったわ。初回発注の銃器や弾丸は、全て今日、届くそうなの。明るい時間には届くと言っていたけれど、まだそんな感じではないわね。『楽しみにしておくと良い』なんてメッセージが来ていたけど」
提督「ほう、いいね。じゃあ楽しみにしておくか」
―その時、低空を飛ぶエンジン音が聞こえてきた。
提督「ん?輸送機が飛んでいるな。ここに向かってきていないか?」
初風「ここは国防自衛隊のどんな航路からも外れているんじゃなかったかしら?」
提督「という事は、あれはこの島目的だな。あっ!」
―輸送機は鎮守府前のグラウンドに、木箱を空中投下して飛び去って行った。
提督「すげーな、日本の法律ガン無視だよ・・・。初風、回収に行こうか。誰かほかにも手伝いに来てくれ」
足柄「面白そうだから私も行くわね!」
提督「うん、手伝ってくれ。これは台車必須だな。あと、バールもか」
足柄「ねえ提督、バールで解体するの、私にもさせてもらっていいかしら?一度やってみたかったのよ!」
提督「ん?ああ、構わんよ?(そういうの好きなのか)」
足柄「はぁぁぁ!とうっ!」ギリギリバキィ
提督(手際いいなおい)
―提督と足柄は木枠を外すと、防護材を切り開き、内部の頑丈な木箱を取り出して開けた。弾薬と銃の、発注リストと合わせて検品を行っていく。
初風「うん、ぴったりね。しかし、まさかこんな方法で納品してくるなんて!」
提督「型破りな男だな。まったく」
―今度は、港の水上機発着所に『わだつみ』が帰ってきた。
提督「あ、研究者かな?出迎えに行くか」
―『わだつみ』のハッチが空き、白衣にコートの女性研究者が出てきた。
提督「大淀さんから連絡の有った研究者、または科学者さんかな?よろしく!堅洲島の提督です」
女科学者「あ、あの、あの、大淀から連絡があったと思うんだけど、横須賀総司令部付きの科学者です。い、色々研究したい事や聞き取りしたい事があって来ました。不定期滞在になりますが、よろしくお願いいたします」カチコチ
提督「わかりました。よろしくお願いいたします。部屋の用意はできていますので、足柄に案内を受けて下さい。・・・狼ちゃん、というわけで頼むよ」
足柄「科学者さん、こちらへ。ご案内しますね」
女科学者「あ、ありがとう。(なんだよ大淀のやろー、ここの提督、男の色気といい感じの疲労感の漂ってる大人の男じゃねーか。あいつ私に会わせたくなくて適当な事を言ったなー?・・・でもどうしよ?緊張して全然話せないよ・・・まずは慣れないと無理だな、これ)
―鎮守府内。
女科学者「あの、素敵な鎮守府ですね・・・」
足柄「そうですね。リゾート施設を改装したとかで。温泉もあるし、お料理もおいしいし、住み心地が良くて、素敵なところです」
女科学者「なるほどー、ちょっと楽しみです。(この子、足柄って言ったっけ?美人だなぁ。仕事も出来そうで。こういう女の子たちを束ねるなんて、提督になる人ってやっぱり普通じゃないなぁ。・・・うわっ、凄い美人!)」
扶桑「あら?足柄さん、お客様ですか?・・・初めまして。堅洲島鎮守府、航空戦艦、扶桑です。妹の山城も、どこかでお会いできるかと思います」
女科学者「あっ、あの、凄くきれいな人ですね。私は、横須賀総司令部付きの研究者です。よろしくお願いいたします」
扶桑「あら、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」ニコリ
女科学者(うっそでしょー?声まで素敵。こんな儚げな雰囲気なのにとても強いとか、反則だわ。いいなぁ、私がむしろ男に生まれたいよ)
足柄「執務室に寄っていきますね。お部屋の広さ等、希望はありますか?」
女科学者「いえ、シングルルームで全然問題ないです」
―執務室に着いた。
足柄「叢雲さん、漣さん、お客様が何日か滞在するんだけど、適当なシングルルームって、どこがいいと思うかしら?」
漣「無駄にだだっ広いからエレベーターホールの近くが良いんじゃないのかなぁ?」
叢雲「そうね。メインフロアになるべく近い階がいいんじゃないのかしら?」
女科学者「あの、横須賀総司令部から来ました、科学者です。よろしくお願いしますね」
漣「漣だお!よろしくです!」
叢雲「一度会ったことがあるわね。叢雲よ。よろしく」
女科学者(あ、この漣がとても輝度が高いんだ、確か。見た目では何もわからないなぁ。提督さんと仲がいいって事なのかしらね?叢雲は確か初期艦ね。ほんと美少女だわ。でも、髪紐が違う。提督のプレゼントかな?だとしたら趣味の良い人ね)
金剛「oh!お客さんなんて珍しいデスネー!初めまして、金剛デース!」
女科学者「あ、初めまして!横須賀司令部の科学者です。(あ、この子あれだ、青ヶ島から移ってきた子だ。へぇ、この子も凄い美人だなぁ)」
―科学者はこの日、鎮守府の各施設の案内と、艦娘の自己紹介を受けるだけで、一日が終わってしまう事になる。
―夕方、地下出撃船渠通路沿い、一号営倉。
初風「じゃあ、準備は良いわね?処分には納得しているかしら?」
曙「納得しているわ。準備もよし。じっくり反省するわね」
初風「じゃあ、またね」
曙「ごめんね、手を煩わせて」
―初風は立ち去ろうとしたが、足を止めた。
初風「独り言を言うわ。・・・提督にとても親しいのは良い事だけれど、間違って機密に触れたりするのは本当に気を付けて。あなたがそれで解体等になったら、提督はきっとすごく悲しむから。今だって辛そうにしてた。それに、私もね」
曙「わかってるわ。今回は本当に、何も言えないもの」
初風「出てきたら、今度は私が『まみや』で何か奢るわね」
曙「ありがとう」
―同じ頃、提督の新しい私室。
漣「ぼのったら、凄い気合い入れて綺麗にしていきましたね」
提督「そうだな。一生懸命やっていたよ。とはいえ、過ちは過ちだ。変な甘さで見過ごしたら、いつか永遠の別れにもつながりかねない。しかし、みんないい子だな、夕張も青葉も衣笠も、自分たちにも責任があるから、あまり厳しくしないでくれって言ってきた。わかるんだけどさ、海の向こうの惨敗っぷりもあるし、気が抜けんのよ」フゥ
―提督は大きめのソファーに腰を下ろした。
漣「だったら、少し気を抜いてみたらどうですか?ご主人様」
―漣は提督の膝の上に座った。
提督「おいおい、そんなところに座って・・・」
漣「あの金剛さんが膝の上に座っても大丈夫なのに、私なんかでどうこうなるご主人様じゃないでしょ?」ムー
提督「そういう言い方するなよなぁ。でも、嬉しいからな?そういうの」
漣「・・・うん。ご主人様、大規模作戦の事、そんなに大丈夫じゃないでしょ?」
提督「まあ、流石にあの結果にはドン引きだよ。でも、絶望しているとか、そんな事は無い。ひどい言い方だが、呆れている」
漣「ええ~?落ち込んでるとか不安になるとかじゃなくて、そっち?」
提督「正直、最初はちょっと困惑したんだが、戦闘の結果が綺麗すぎる。誰かの仕込みが入っているだろうし、深海側のダメージも相当大きいはずだ。案外、最大の目的はこの戦いの結果をこちらに知らしめることで、相当無理をしていた可能性もあったりな」
漣「ごめんなさい、どういうことなの?」
提督「例えば、奴らはどうしても、ロケット発射台を守って、かつ、時間稼ぎがしたかったとしたら?相当無理してでも今回の戦闘結果を出せば、こちらも慎重にならざるを得ないだろう?あとは、向こうが戦艦を出せば、こちらも出したくなる。戦艦を出させるのが目的とかな。司令部が言ってる『要人』が、向こうにとっても要人ならさ」
漣「じゃあ、ご主人様が元帥だったら、どうするの?」
提督「今すぐに、今回の作戦の倍程度の戦力に、対戦艦の準備をした大兵力で急襲だな。敵の戦艦は艦娘の砲撃でスポッティングし、そこにミサイルで攻撃する。敵は今が一番弛緩している時だろうから」
漣「なるほどー。そう言われるとそんな気もしてきちゃう不思議」
提督「でもね、こちらの体制が整ってない。だから、具申はしてみるがどこまで受け入れられるかはわからないけどな。今夜中に具申案を色々考えて送ってみるよ」
漣「はえ~すっごい。感心しちゃった。ご主人様、なんだか午前中より元気になっていませんか?」
提督「ん、ちょっとな。漣も膝の上に座っているし。で、今後はもう少し元気を貰う事にした」ダキッ
漣「あっ、えっ?ご主人様?」
提督「いやならすぐやめる」
漣「そんなわけ・・・ないじゃないですか・・・(小声)」
提督「ありがとう」
漣「あんまり大事にしなくったって、漣、大丈夫ですからね?」
提督「そうだな」ムニッ
漣「・・・調子に乗ったら、ぶっ飛ばしますよ?・・・ぶっ飛ばさないけど(小声)」
―漣の胸に触れたあたりから、提督は急に眠気を感じ始めた。
提督「なんだ?この眠気は。すまん漣、ちょっと寝る・・・(この眠気、まるで・・・)」スゥ
漣「ええ~?このタイミングで寝ちゃうの?」
―しかし、提督の眠りは既にそこそこ深いようだ。
漣(私も寝よっと・・・)
―漣は膝から降りると、提督の隣に寄り添った。そう疲れているわけではないのに、漣もすぐに眠りに落ちてしまった。
―提督の私室前の廊下。
扶桑「・・・・・」
―扶桑は何度もノックしようと思ったが、躊躇って引き返した。
―ニーマルマルマル、甘味・食事処『まみや』
間宮「どうぞ、提督。伊良湖ちゃんに持って行ってもらいますから、提督は手ぶらで結構ですよ?」
伊良湖「じゃあ、営倉までお供いたしますね!」
提督「ありがとうございます、間宮さん。これは美味しそうだ!」
―伊良子の持っているお盆には、三人前のカツ丼と、お茶が乗っている。
―提督は地下一階から装甲区画に入ると、出撃用エレベーターで地下二階に下りた。『天使の鉄』とも言われる艦娘の艤装と同じ鋼材で覆われた区画は、全て青光りする鋼板で覆われ、火薬めいた微かな芳香が漂っている。
―広い出撃船渠への通路を進むと、縦長の多角形の横道があり、提督はその通路に入った。
伊良湖「わあ、初めて入ります。なんかこう本当に、要塞みたいな感じなんですね!」
提督「たまにしか入らんが、なかなかテンションが上がるんだ。こういう物が好きなんでね」
―通路の奥に、小さな光源があり、それは見張り役の艦娘の小さな机の上に置かれた、デスクライトだとわかった。近づいていくと、眼鏡をかけた磯波が顔を上げる。
提督「磯波、すまないな。食事を持ってきたよ」
磯波「ありがとうございます!あっ!もしかして間宮さんのカツ丼ですか?」
提督「お願いして作ってもらったんだ。面倒な仕事をさせて申し訳ないしさ。・・・ん?今日は海戦史の本を読んでいるのか」
磯波「あ、はい!ここはとても静かなので、本を読むには良かったりします。お昼過ぎに、陽炎さんと不知火さんが部屋まで持ってきてくれたんですよ」
提督「なるほど、本が届いたのか。おれも後で聞いてみよう」
伊良湖「本かぁ、いいなぁ」
提督「陽炎と不知火、または、はっちゃんに話せば、取り寄せてくれるよ?」
伊良湖「わあ!後で聞いてみますね!」
提督「うん。じゃあ伊良湖ちゃん、ここまでで大丈夫。あとで食器は持っていくよ」
伊良湖「わかりました。ではここで、失礼しますね!」
提督「さてと、磯波、ちょっと食事を楽しんでいてくれ。おれも曙と飯にする。聞き取りが必要な時は呼ぶけど、それまでは読書してて構わないからさ」
―ギイッ、バタン、ガチャリ。
―提督は営倉の内鍵をかけると、部屋の隅に体育座りしている曙に声を掛けた。普通の営倉と異なり、机と椅子も置いてある。
提督「自分が指示したこととはいえ、なんか胸が痛むなぁ、こういうの」
曙「冷静に考えたって、私が悪いし理由も変だもの。仕方ないよ。厳しいところなら、解体されたっておかしくなかった」
提督「それがわかっているなら、おれが言う事は何もない。とりあえず、このシチュエーションにぴったりな、カツ丼を持ってきた。腹減ったろ?おれもここで喰う。飯にしよう」
曙「営倉入りしている部下と一緒に食事する上官なんて、聞いたことない」
提督「そうか。ここにいるぞ?・・・ついでに言うとさぁ、本当は罰するのも嫌だし、疑いたくもない」
曙「何を言ってるの?それはダメでしょ?」
提督「規則は大事だからな。でもどうせ、夢の話が事実だろ、あれ。適当な理由で営倉に入ったことにするか、営倉入りはして貰っても、対外的には何もなかったことにするしかないわな」
曙「あんな荒唐無稽な話を信じるわけ?」
提督「夢の内容は詳しく聞くけどな。ちょうど、艦娘と提督のかかわりに詳しい専門家も来ているし」
曙「えっ?ちょっと待って!夢の内容を詳しく話して、それを記録するわけ?」
提督「当り前だろう?それくらいはしないと、話の筋が通らない」
曙「うう・・・もう最悪・・・」
提督「あのなぁ、おれだってこんな事したくないんだよ」
曙「じゃあ、提督にだけ話すっていうのは?」
提督「そんな恥ずかしい内容なのか?ボイレコは一応持ってきたが、磯波に記録を頼もうと思っていたのに。じゃあ、まずその、言いづらい部分をかいつまんで言ってみてくれ。それで判断する」
曙「・・・よ、要するによ、私の夢では、あのスーツケース内に、提督の息抜き用の、色々なものが入っていたわけ」カァッ
提督「要するに、エッチなアダルトディスク系か?」
曙「うん。それをなぜか私が把握していて、他の子にばれないように提督の部屋の掃除をするんだけど、そんなデータの内容を私が把握しているせいで、提督と親密になっちゃうのよ」マッカ
提督「親密ってのは?」
曙「・・・お、押し倒されるの」
提督「は?それで何でそうなる?アダルトなディスクなんて、見つかっちまうこともあるだろう?」
曙「・・・内容が、変わってて。たぶんこの辺が私の夢だからなんだけど、あまり他の子に見られたくない系の内容で、提督もそれを気にしてるから、秘密を共有する、ついでに、それを知っている私ならオーケー、みたいな」
提督「話の辻褄的には合うな。なるほど。よくできている夢だなぁ。ちなみに、その内容が変わってるってのは?」
―ここで曙は、羞恥心の限界を迎えて、真っ赤になってうつむいてしまった。
提督「そ、そんな過激な内容なのか?曙の中のおれって、どれだけド変態なんだよ!」
曙「・・・これ私の夢だから、そうならない。私がド変態ってことになるんでしょ」グスッ
提督「本の導入だってようやく今日だが、いったいどこでそんな知識を?・・・まあいいや、いったん飯にしよう。ちょっと落ち着けって。せっかくの間宮さんのカツ丼だし」
曙(こんな時に食べたって、食べ物の味も・・・おいしい!何これ!)
提督「さすが間宮さんの飯だな。本当の美味い飯は、人の心を変えちゃうからなぁ」
曙「それだけじゃないけどね」
提督「何が?」
曙「なんでもない」
―提督は過去のカツ丼の名店の味と比較しつつ食べたが、およそどこにも負けない美味さだった。おそらく間宮さんも、油の中ではなく、余熱でカツを揚げるという事をよく知っていると思われた。味はやや濃いめで、卵は意図的に寝かせたものを使っているような気がする。タマネギも下処理をしてから・・・
曙「ちょっと、聞いてるの?ぼーっとしちゃって」
提督「ん、ああ悪い。カツ丼が美味過ぎて、どう作ってるのか考えてしまっていた」
曙「だと思った。心の準備が出来そうだから、食べ終わったら話すわね」
―20分後。
提督「磯波、すまん、ちょっとこれ、間宮さんの所に下げてきてくれないか?」
磯波「わかりました。お茶か何か、お持ちしましょうか?」
提督「ありがとう。適当に頼むよ」
磯波「では、行ってきますね!」
―磯波はお盆を持って、通路の向こうに消えていった。
提督「さて、人払いも完了したぞ?今なら大丈夫」
曙「・・・内容はね、特殊訓練施設に閉じ込められた時に、提督が教えてくれたやつ」
提督「え?なんだっけ?」
曙「ひどい!こっちはあれから頭から離れない時があるのに、もう忘れたの?」
提督「えーと、どの話?というかこれ、遠回しにおれのせいって言ってないか?」
曙「そんなつもりで言ったんじゃないわ!」
提督「でもこれ、おれが余計な事を言ったのはきっかけになっちまう流れだろ?・・・で、ハッキリ言ってくれ。どんな事さ?」
曙「・・・に、肉体関係があったかどうかの検査をクリアしようとする時に考えられる行為で、普通の関係は無かった場合の、よくある行為でもないほう」
提督「・・・えーと、つまり?・・・あー、思い出してきた。確かそんな話をしたなぁ」
―曙は黙ってうなずいた。遠回しの会話は続く。
提督「要するに、もしかして、『お尻でするアレ』か?」
曙「・・・うん」
提督「何でそんな事を?」
曙「提督は意外と独占欲が強い部分があって、とても仲よくなった子にはそんな事もしたいって・・・」
提督「あー・・・。で、曙はそれがずっと気になっていたと?」
曙「・・・」コクリ
提督「まず最初に行っておく、おれは別に必ずしも『そう』じゃない。あくまで『そういう時もある』的なニュアンスで言ったんだが。なんかこれ、おれが曙の心を汚しちゃったっぽい流れだな。あの時も気になっていたが」
曙「別に提督は悪くないよ。私も色々聞いちゃったし」
提督「なあ、じゃあ突っ込んで聞くけど、曙って、夢にまで見たって事は、そういう事をおれとしたいのか?」
曙「なっ・・・なんてことを聞くのよもう・・・。そんなの私からは答えられないよ・・・」
提督「・・・話をまとめると、スーツケースを開けると、おれとの関係が深くなることを期待してたから、開けたって事だよな?一歩踏みとどまる事も出来ないくらいに」
曙「うう・・・否定したいけど、否定しようがない・・・。スーツケースは、夕張さんの手際が良すぎたところもあるけれど」
提督「まあ、おれも曙は憎からず思ってるよ。仕事もきっちりやってくれるしな。良くも悪くもわかりやすくて、気楽なんだよ」
曙「ちょっとちょっと!どうしたのクソ提督!そんな事を言う人じゃなかったでしょ?凄くうれ・・・悪い気はしないけど。悪い気はしないけどさ!」
提督「海の向こうの戦いの結果を聞いていたら、こんな事も言いたくなるよ。みんな死んだんだぜ?五つの鎮守府が、艦娘も提督も!一昨日まではこんな風に過ごしていただろうにさ」
曙「そうだったね・・・」
提督「今夜は徹夜で具申書類を作らなきゃならない。敵を引っ掻き回してやる必要があるからな」
曙「そうなんだ。勝てるの?」
提督「わからないが、意外とやれることはある。おそらく、こちらの動揺も向こうの狙いだから、それに乗ってやらないってことだ。最初はさすがに、ちょっとどうかと思ったけどな。色々と一生懸命なみんなや曙を見ていたら、なんだか元気も出てきたよ」
曙「本当にごめんなさい。そんな大事な時に」
提督「いやまあ、本来ならそうなんだろうが、意外と悪くない。状況にのまれなくて助かる部分もあるのさ」
曙「ほんと色々な考え方をするわよね。そういうところは尊敬するわ」
提督「まあ、曙の提督だからな。こんな時でも、見た夢を無邪気に信じて営巣にぶち込まれるって、ある意味大物なのかもな」
曙「うう・・・」
提督「報告書は今夜、適当にまとめておくからいい。話の概要は分かった」
曙「いいの?こんなので?」
提督「そのまま詳細に書くと、おれもそれなりに誤解されるだろう?」
曙「あ、そうだね。・・・ごめんなさい」
提督「なので、対外的には警備任務での大幅な遅刻に対する営倉入り、ということにしておくよ。営倉入りは24時間な」
曙「了解いたしました!」
提督「陽炎たちに頼んどいた本はあるか?」
曙「三冊くらいかな?」
提督「そうか。あとで間違えてこの部屋に、陽炎が本を落とすかもしれないな」
曙「そこまでしなくても・・・」
提督「曙、ありがとうな」
曙「えっ?」
提督「でもおれが曙と一番したい事は、一緒に釣りに行く事だよ」
―ギイッ、バタン、ガチャリ
曙「ありがとうって、何がだろ・・・?」
―ニーイチマルマル、執務室ラウンジ。
陽炎「司令、思ったよりかなり速いペースで本が届いたわよ!朝から振り分けはしていたんだけど、やっと司令の発注分まで追いついたわ!」
提督「あちこち配ってくれているようだが、結局どれくらい届いたんだ?」
不知火「クリスマス当日までに発注した分は、ほぼすべて、といったところですね。段ボールにして9箱です」
提督「多いな!いや、それくらいにはなるか。図書室用の本まではまだ届かないんだろう?」
陽炎「とりあえず、そんなに思い入れのなくなった本とかは図書室に移動してもらう、ということにしてるけど、まだまだねー。みんな、どんな本が読みたいか、そんなにわかっていないんだもの。私もだけどね!」
不知火「ある程度、司令のおすすめを大量に仕入れてもらって、それから各人の要望を聞いたほうが、むしろ早く立ち上がるかな?とも思いますが」
提督「分かった。じゃあちょっと待ってな」
―提督は有名どころの出版社の文庫のシリーズ全てを何種類かと、辞典や百科事典、文学全集や、有名どころの絵本の選び方等をメモにまとめて、陽炎に手渡した。
提督「それ、全部発注してくれ」
陽炎「え?こんなに?いいの?」
提督「おれも本は好きだしね、読めるだけ読むべきさ」
不知火「司令は全然読書しそうに見えませんが、初風の話ですと相当に面白い本を読まれているようですね」
提督「そんなに読書しないように見える?」
不知火「はい。厚い本を持っていると、野営の焚火の焚付け用かな?と思うくらいには」
提督「うわ、地味に酷い返事が来た」
陽炎「ちょっと、ぬい、あなたいつの間に初風と話したの?私はまだ全然話していないんだけど」
提督「あ、そういやあいつも陽炎型だな。陽炎さ、何もお姉さんなんだから気にしないで話しかけたらいいだろうに」
陽炎「そうなんだけど、着任の経緯や立場が色々特別だったから、どうしたものかなぁ、なんて」
提督「そんなの気にするタマだったっけ?」
不知火「司令もそう思いますか。明るくて空気が読めないのが陽炎の良いところなのに、初風には珍しく気を使っているんです。解せませんね」
陽炎「ちょっと!ぬい、それ無神経って言ってない?」
提督「不知火は陽炎と自分がよく似ているって言いたいのさ。決して悪くは言ってない」
不知火「・・・ほう、面白い返しをしますね、司令官。私は挑発されていますか?」ニヤリ
提督「悪いな、表現力が拙くて。どこにもそんな意思はないが、受け取り手によっては挑発に聞こえるのかもな」ニヤリ
不知火「そうでしたか。それは失礼いたしました。ふふふ」
提督「いやいやどういたしまして」ニコリ
陽炎「いつの間にか仲いいわね、司令と不知火ったら。うん、ちょっと私も今度、初風に話しかけてみるわ。陽炎一家の実現のために」
提督「ん?陽炎一家?なんだそれ?」
陽炎「聞き間違えよ司令官」
不知火「司令はお耳が遠いようですね」
提督「ふーん?あ、二人とも、申し訳ないが地下の営倉に、曙が発注していた本を偶然落としたりしないでくれよ?」
陽炎「ベストは尽くしてみるわ。間違えて落とすかもだけれど」
提督「よろしく頼むよ」
不知火「かしこまりました」
―二人は台車に積んだ段ボール箱を押しながら、執務室を出ていった。
提督「さてと、狼ちゃん、叢雲、今日はちょっと仕事が大変だが、よろしく頼むよ?」
足柄「任せといて!」
叢雲「任せなさい!」
―提督はボイスレコーダーのスイッチを入れると、今回の作戦の失敗の後にすべきと思われる作戦と、その根拠について口述し始めた。同時に、叢雲は音声入力ソフトで打ち出されていく文章を細かく訂正していく。
―足柄は作戦具申書やそれに伴う所感等の書類の書式をまとめていく作業だ。
―3時間後。マルマルマルマル。
提督「よし、送信終わりっと。これで、今回の大敗に対しておれがすべきことはクリアしたな。足柄、叢雲、お疲れ様!」
足柄「ふぅ、思ったより早く終わったわね!」
叢雲「訂正しながら読んでたけど、アンタってやっぱり特務鎮守府の提督に選ばれただけはあるわ。総司令部も心強いでしょ、きっと」
提督「どうだかなぁ?ま、やる事はやっとかんと、さ。では、本日の執務はここまで。二人とも、お疲れ様!また明日!」
足利「提督もお疲れ様!」
叢雲「二人とも、お茶でも淹れようかしら?一息ついてもいいんじゃないの?」
提督「それもそうだな、いただくか」
―叢雲の煎れるお茶は美味しい、というのが、鎮守府内での評価だ。叢雲は片付けると、手際よくお茶を煎れ始めた。透明な耐熱ガラスのポットに、綺麗な緑茶が出来ていく。
叢雲「はい、どうぞ」コトッ
提督「ありがとう」
足柄「いただくわね」
叢雲「・・・ねえ、アンタの個人情報って、レベルが5以上って聞いたけど、それは特務鎮守府の提督だから?それとも、戦場にいて功績を挙げたから?・・・あ、無理に答えなくていいわ。これがどういう性質の質問かは、私もよく理解したうえで聞いているから」
足柄「・・・あら、私、ここにいたらまずいような話だったかしら?」
叢雲「いいえ、決して「そんな事は無いから大丈夫だよ」」
叢雲「えっ?」
提督「答えるよ。叢雲にそんな顔されちゃあ、答えないわけにはいかないだろう?無理して答えるような事でもないしさ」
足柄「そうなの?」
提督「特務鎮守府の提督として保護される場合の情報レベルは3から。『海外での戦争地域における、特別な殊勲を受けた人に対する個人情報の保護に関する法律』では、情報レベルは4からだな」
叢雲「じゃあ・・・」
提督「おれは戦場にいたよ。中国、おもに上海に3年、ケニア・ソマリア国境に1年半いた。所属は、日本外人部隊だった」
足柄「上海軍閥事件と、ケニア動乱ね・・・」
叢雲「待って!日本外人部隊って、私だって知っているわ。日本政府が内外の批判をかわす為に、外人部隊を結成して紛争の鎮圧や介入をしていたけれど、実際には要職や指揮系統は国防自衛隊の軍人よね?あなたは、国防自衛隊だったの?」
提督「いや、もともとは上海からの志願兵だった。しかし、同期で生き残った奴はおれしかいない。最初の同期は、半年以内に上海近辺で皆死んでしまったしな」
叢雲「あえて激戦地ばかり選択するから、世界からは畏怖と尊敬で見られたけれど、損耗率も高いからと批判されて、解散してしまったのよね?」
提督「ああ。初期から、解散まで所属して、戦場にいた。ケニア国境の回復の直後に、日本外人部隊は解散になったからな。ごめん、今日はこんなところでいいか?質問の大切なところには自分なりに答えられたかなと思うんだが。昔の事を思い出すと、寝つきが悪くなってしまってさ・・・」
叢雲「あっ、ごめんなさい。大丈夫よ。あまり興味を引く謎が噂で飛び交うのは良くないから、これで話を収められるかなって」
提督「うん、わかっているよ。すまないな。軍属だった部分まではいいが、外人部隊の件は、秘書艦まででとどめておいてくれ。あまり拡散させていい事じゃ無い気がしてさ。かといって、命がけで戦いつつ協力してくれる君らに秘密ばかりというのも気が引けるしね」
足柄「そこまで気を使わなくてもいいのに」
叢雲「ごめんね?」
提督「謝るようなことじゃ無いよ。気が楽になった部分の方が多い。じゃあ、そろそろ休むぞ?おやすみ、二人とも。また明日。ここは適当に納めといてくれ」
―提督は二人に挨拶すると、執務室ラウンジを出ていった。
足柄「叢雲、顔色が悪いわ。理由は大体、見当がつくけれど。私も今、日本外人部隊について調べてみたんだけれど・・・」
叢雲「・・・うん」
―インターネットの辞書には、日本外人部隊について、このように記述されていた。
―『硬直した指揮・連絡系統により、局地戦において、しばしば全滅同然の損害を受けていたことが、最近の調査で分かってきた。結果として今回も、第二次大戦時に指摘された、「指揮系統の人間の質の低さ」を「現場の人間の質の高さ」が補い、志願兵の日本人兵士が国防自衛隊の評価を高めたのは皮肉な事である。このような理由により損耗率は非常に高く、初期の志願兵に生き残りはほぼ居ないとされている。また、重度の戦闘ストレス障害で社会復帰が不可能になったものも多い。これらは上海軍閥事件においては「新匪(ジンピー)」と呼ばれる半軍・半民の暴徒めいた兵士による残酷な拷問や見せしめが、ケニア動乱では地元の狂信的な少数民族「ガニ族」による遺体への損壊・凌辱等が主な原因とされている』
足柄「地獄のような戦場を生き抜いてきた、という事かしら?」
叢雲「わからないわね。任務は色々あるから、激戦地にいたのか、比較的安全なところにいたのか。でも、初期の志願兵で生き残りはほとんどいない、という事は、決して楽な場所ではなかったはずだわ。提督はそこの生き残り、という事みたいだし」
足柄「この話は、しばらく触れるのはよしましょう?あの提督が、「寝つきが悪くなる」なんて言うなんて、よほどの事よ」
叢雲「そうよね。私たちを信頼して、話してくれたのよ。でも、長い目で見たらきっと、悪くない流れだわ」
―足柄と叢雲は、執務室を片付けて解散した。
―その頃、提督の新しい私室。提督は誰かの気配を感じて、いきなり照明は点けずに、常夜灯を点けた。
提督「ん、金剛か・・・」
―ソファに金剛が座り、そのまま寝息を立てている。待ちくたびれてしまったらしい。
提督(こういう事をされると、そりゃあ可愛くもなってくるよなぁ・・・)
提督「金剛、ただいま。遅くなっちまったよ」
金剛「・・・ン、んん~。おかえり提督。お疲れ様ネー・・・ふあ」
提督「なかなか疲れたな。さっさとシャワー浴びて寝るか・・・」
金剛「あ、提督、今日は私じゃないヨー?」
提督「へ?」
金剛「扶桑を探してあげて。さっきまでここにいたんですケド、どっか行っちゃったネー。私は部屋に戻るから、また明日デース!おやすみなさい!」
提督「そうなの?わかった。扶桑が?どうしたんだろう・・・」
金剛「今夜は山城が近海警備でいませんネー。何か話したいんだと思いますヨー?」
―金剛はそう言うと、部屋から出ていった。
提督「さてなぁ・・・」
―コンコン
―控えめなノックで、おおよその見当はついていた。
提督「開いてるよ」
扶桑「扶桑です。提督、遅い時間にご迷惑ですよね?」
提督「夜中に美人が部屋に来て、迷惑な奴はホモくらいじゃないのかな?」
扶桑「まあ!うふふ・・・いつも優しいですね、提督。いやな顔一つせずに」
提督「いや実際、嬉しいけどね。何か出すよ。何がいい?」
扶桑「お気遣いなく、扶桑、お風呂も済ましてきましたし、遅い時間ですので、本当に大丈夫です」
提督「え?お風呂?・・・そうだな、こんな時間だものな」
扶桑「あっ!あの、決して他意があってそんな事を言ったわけではありません。はい、遅い時間ですから」アワテギミ
提督「うん、それはわかってるよ。とはいえ、何も出さないのも礼儀を欠くし、夜は喉が渇く。お茶でも煎れさせてもらうよ」
扶桑「ありがとうございます。あの、こちらに座ってもよろしいですか?先ほどまでは金剛と、勝手にここに座ってはいたのですが」
提督「ん、そんな固くならないで、好きに過ごしちゃっててくれ。ここも半分オープンルームで考えているしな」
―提督は玄米茶を煎れると、テーブルに置き、扶桑と向かい合うように座った。
扶桑「遅くまでお疲れ様でした、提督。今回大敗した大規模作戦の、その後の戦術の具申案を詰められていたそうで」
提督「専門家では無いからわからんけど、やれる事をやっただけだよ。どこまで有効かはわからないけどな。とりあえず終わったよ。ふぅ・・・」
扶桑「あ、玄米茶ですね?夜が遅いから、カフェインの無いものにしてくださったんですね。ありがとうございます」
提督「いや、おれも執務室出る時にお茶を飲んできたし、コーヒーには遅い。紅茶は金剛と飲むし、となると玄米茶かなって。ところで、扶桑は何か話したい事があったのかな?金剛がそんな事を言っていたけれど」
扶桑「それが・・・わからないんです」
提督「え?」
扶桑「山城に何か気づかいしてくださった件や、大規模作戦の結果の件、そして、昼間の写真の事・・・なんだか、そういう事があってから、提督と何かお話ししたほうが良いように感じられて仕方がないのですが、うまくまとめられなくて、結局言葉にできません。これでは、ただ近くにいたいだけ、みたいにも見えますね・・・。私、あまり自分の考えを形にして、言葉にするのは得意ではなくて。いつも山城に気を使わせてしまうんです」
提督「そうか。でも、普段は言動や指示がとても的確だから、ちょっと意外だったな」
扶桑「自分の気持ちが絡むと、表に出していいものではないように感じてしまって、急にうまく形にできなくなるんです。自分が何か言うのはおこがましいような気がしてしまって」
提督「・・・おれも実はそうだけどな。本心を言うのは意外と難しいもんだよ。でもほら、以前の誘惑テストの時、すごくこう、抗しがたい感じだったから、自分を出すのがそこまで苦手だとは思わなかったよ」
―扶桑はうつむき加減に言った。
扶桑「あれは、その、役割に徹した感じです。あんな感じで自分の本心を伝えられたら、きっと素敵でしょうけれど、実際にはとてもあんな感じにはできなかったりします。あれは、憧れを形にしてみた、と言ったらいいでしょうか」
提督「そうだったのか。あれは今でもドキドキするよ」
扶桑「提督がいつもそう言ってくださるのが、私はとても嬉しいですよ」
提督「あれでドキドキしない方がおかしいさ。さて・・・」
―少しの間、不思議な沈黙が流れた。
扶桑「提督、私、今夜はここで過ごしても良いでしょうか?」
提督「え?ええ?それは、変ない言い方だけど、普通に過ごすって意味だよね?・・・いや、おれは何を言っているんだ?うん、それは全然かまわないけれど。ベッドも二つあるし、好きに使ってくれて構わないよ」
扶桑「はい。ただここにいさせていただければいいのですが、ありがとうございます。後はお気遣いなく、お過ごしくださいね。お疲れでしょうから、休んでしまってください」
提督「それなら、とりあえず、ちょっとシャワー浴びてくる。扶桑も気楽に過ごしてて」
扶桑「ありがとうございます」
―バスルーム。
提督(扶桑、どうしたんだろう?何が話したかったのか、いまいちわからないが・・・)シャワー
―提督は服を着替えて、部屋に戻った。扶桑は本棚の本を眺めている。
提督「あまり眠くない感じかな?そこの本、何冊かは初風が借りていってるんだよ」
扶桑「色々な本を読まれるんですね。叢雲から、提督は民俗学や神話にも詳しいと聞きましたよ?」
―ここで提督は、うってつけの話を思い出した。
提督「そういえばさ、扶桑は自分の名前の由来は知っているかな?」
扶桑「はい。中国の書物『山海経』にある、東方の国にあるとされる巨木の事ですよね?その木が生えていたから、日本を扶桑国とした、と」
提督「さすがだな。おれはさ、その「扶桑」の木、椿だったんじゃないかと思っているんだ。椿の大木ね」
扶桑「え?面白そうなお話ですね?どういう事なんですか?」
提督「日本の神話に、魔王の棲む巨大な椿の木の話が出てくるんだよ。ある時、その大木は神様に抜かれて、魔王ごと海に投げ捨てられるわけだが、椿の大木が生えていた場所は、湖になったのさ」
扶桑「そんなお話、初めて聞きました!」
提督「その湖は『椿の海』と呼ばれていて、江戸時代に干拓されるまでは千葉県に実在していたんだ。今は田んぼが広がっているだけみたいだけどな。おれはその椿の巨木をさして、扶桑、と言っていたんじゃないかな?なんて、考えたことがある」
扶桑「面白いお話ですね。もしかしたら本当に、『扶桑』は、椿の大木だったのかもしれませんね。跡地が実在していたなんて・・・!」
提督「面白いと思ってもらえたなら良かった。実際、跡地はかなり広い。あれだけの面積を埋める太さの巨木なら、確かに言い伝えとして残るのも頷ける。まあ、古代には何かがあったんだろうな」
―扶桑は興味深そうに微笑んでいたが、ここで少しだけ、伏し目がちになった。
扶桑「提督は本当にいろいろな事を知っているし、気遣いも上手な方です。・・・でも、私はとても心配です。今日の写真の事もありますが・・・」
提督「えっ?ちょっと待って、何か良くない話だった?」
扶桑「ごめんなさい、そうではありません。・・・提督の本当の心は、誰も手の届かない、深くて寂しいところに沈んでいたりはしませんか?これだけ艦娘が居ても、あなたは本当はたった一人でいるのではありませんか?誰にも本心を伝えることは無く、相手の事だけ気遣って・・・」
提督「いや、提督って仕事がそういうものだからね。でも、そんな悪くないし、心配もいらないよ」
扶桑「それは、全て仕事と割り切っているから、でしょうか?でも、提督、頑張って言いますけれど、だったら一人の時のあなたは、なぜあんなに寂し気な雰囲気が漂っているんでしょうか?」
提督「えっ?それは、どんな時に?」
扶桑「提督が夜中や昼間に、一人で海辺を散歩していたり、執務室や展望室で、灯りもつけずにお茶やお酒を飲んでいる時に、です」
提督「・・・あれっ?見られてたの?」
扶桑「すいません。覗き見していたわけではなくて、誰もいない時にお邪魔にならないように話しかけようとして、いつも機会を掴めない感じです・・・」
提督「参ったな、そういうところを見られていたのか。何気に、青葉以上な気がするんだけど」
扶桑「そうですね。でも、提督も本当に誰の気配もないところで自分の時間を作っているのには驚きました。眠っている時間や、私室さえほぼ解放しているから、そんな場所や時間も必要なのはわかるんですが」
提督「うーん、そんなに寂しそうに見えていたのかねぇ?でも、ああいう時間って考え事をしているんだけどな。今のおれは、特に何か寂しさを感じている、ということも無いんだよ。そりゃあ、昔は色々、そんな時期もあったけどさ。きっとその名残なんだろうよ」
扶桑「それならいいのですが・・・」
提督「でもそうやって、気にかけてくれるのは嬉しいよ。今後、おれがそうやって一人でいたら、気にせずに話しかけてくれたら、もっと嬉しい」
扶桑「・・・わかりました。遅くなってしまいましたし、今夜は扶桑、ここで失礼いたしますね。おやすみなさい、提督」
提督「ん、おやすみ!」
―部屋を出た扶桑の足音が、遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。扶桑の残り香が少しだけ漂っている。
提督(参ったね・・・。寂しそう、か・・・。艦娘は基本、とても優しいって事なんだろうなぁ)
―少し後。扶桑姉妹の部屋。
扶桑(帰ってきてしまったわ。私、どうして肝心な事はうまく話せないのかしら・・・)フゥ
―同じ頃、太平洋上、廃棄された泊地跡のある無人島。特殊帯通信に割り込んでいた鳥海が、ヘッドセットを置いた。
鳥海「・・・やっぱりそう。今回の大規模作戦も、信じられないほど大敗してます」
摩耶「そりゃそうだろ、裏切り者がいるんだから。うちの提督をセクハラ野郎扱いして更迭したり、仲間がたくさん死んだ恨みは必ず返してやるぜ!」
飛龍「提督の足取りはつかめないの?」
鳥海「まだです。司令部側が身柄を隠しているのか、提督が自分で身を隠しているのかはわからないのですが」
龍驤「うーん、今のままだとヤバないかなぁ?特務鎮守府の提督はみんな艦娘の話をよく聞いてくれる傾向が強いって言うし、どっか話はできんかなぁ?」
摩耶「でもあれだろ鳥海、その特務鎮守府のどこかに、あたしらの撃滅か編入がもう命令されちまったんだろ?」
鳥海「そうみたいです。活動していることは気づかれていましたが、ついに命令が下ったようです」
飛龍「ここが見つかるのも時間の問題かもしれないわね」
長月「示し合わせているとはいえ、表向きは資源を強奪したことになっているしな」
夕立「でも、今回の大敗が良いように作用することはちょっと期待できるっぽい。みんな死にたくないっぽい」
鳥海「そうですね」
蒼龍「飛龍~、私は心配だよ。みんな、ひどい事されたりしないよね?戦うのはいいんだけど、このままじゃ先が見えないし」
摩耶「たしかにこのままじゃ、まずいんだよなぁ・・・クソっ!」
―摩耶の視線の先には、提督が最後に発令した作戦指示書があった。通常のものと異なり、提督の許可印の他に、血判が押してある。『指令系統に敵勢力を利する存在が感じられるため、実証的な諜報活動を行う一連の作戦指示書』とあった。
鳥海「今のところ、提督の読み通りに全て推移していってます。あとは、私たちを撃滅する・しようとする、提督を更迭した命令系統の出所を調べればよいわけですが・・・」
飛龍「協力を要請するはずだった、特務第三鎮守府が壊滅してしまったのは予想外でしたね・・・」
―全員、黙り込んでしまった。最悪の場合、問答無用で撃滅される可能性が高くなっているのだ。
摩耶「本物の作戦指示書はあるんだ。悩んでも仕方ねぇ。自分を信じて進むしかねぇだろ」
―しかし、不安はぬぐえなかった。裏切り者の権力は、提督に言いがかりをつけて更迭し、もしかしたら行方不明にできるレベルのものなのだ。
飛龍(不安そうな顔をしないで、蒼龍。最悪の場合でも、あなただけは守って見せるから・・・)
第十九話 艦
次回予告。
提督の私室に漂う扶桑の残り香と、扶桑の様子で、
なぜか提督につっかかる山城。
ボロボロの遠征艦隊と遭遇する熊野。
女科学者は陸奥にひっそりと聞き取り調査を行い、
艦娘の成り立ちについての仮説を披露する。
二航戦を中心としたゲリラ組織は、ある鎮守府の艦娘たちと合流するが・・・。
同じころ、太平洋上、深海勢力の要塞では、特務第三鎮守府の提督が、
浜風の再生を受けていた。
作中の『椿の海』は実在しています。
本当に『扶桑』の由来だったりしたら、ロマンがありますね。
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