「地図に無い島」の鎮守府 第七十八話 快晴、のち災い・中編
横須賀、先進医療病院地下の極秘装甲保存室で、叢雲と提督、大鯨の会話が続いていく。
少しだけ出てくる、叢雲と提督の過去。
同じ頃、堅洲島に残った陸奥は、自分の中に流れてくる『歓喜』の感情を冷やすべく、冷たい水で顔を洗っていた。陸奥だけが知っている何かと、提督の謎について。
再び横須賀では、叢雲と提督の踏み込んだやり取りに少しだけ理解が深まる。
そして、引っ越しを終えて呼び出された榛名は、刀の破壊と引き換えに『艦娘制限薬』を打たれて無力化され、ハイエースに拉致されてしまうが・・・。
9月29日、一度目の更新。
11月7日、最終更新です。
先進医療病院の地下で、提督と叢雲の過去や、提督の謎、第二参謀室長の不可解な記録等の話が展開していきます。
この話の通りだと、どうやら提督は叢雲の裸を見ているような・・・?
一方の堅洲島では、むっちゃんの不可解な心の描写が出てきます。時々彼女には意味深なシーンがありますが、何があったのでしょうかね?
そして再び総司令部では、榛名のマネージャーにより、榛名がハイエースされてしまいます。
果たしてどうなってしまうのか?
第七十八話 快晴、のち災い・中編
―2066年1月9日、ヒトサンマルマル(13時)過ぎ。横須賀先進医療病院、地下装甲保存室。
提督「当初の艦娘と深海の戦いは、ある意味人の心の葛藤にも似ていた気がする」
叢雲「えっ?」
提督「あくまでおれの想像に過ぎんがね、人の心の葛藤・・・矛盾に対してどのような答えを出していくのか?それの、可視化された戦いのようにも見えていた」
―この人は時々、とても難しい事を言う、と叢雲は思っていた。提督は叢雲を見ているが、その眼は自分を透過して、はるか遠くを見ているような気がする時がある。
叢雲「ごめん、分かりやすく教えてもらう事はできる?」
大鯨「・・・私も、もう少し聞きたいです」
―提督は二人を見て、それから少しだけ考えた。
提督「そうだな、叢雲、おれのもとで秘書艦として働くことになってすぐの夜の事を覚えているか?」
叢雲「秘書艦になってすぐ?・・・あっ!・・・あの・・・夜の事?」ボッ
大鯨「?」
―叢雲は耳まで真っ赤になってしまった。
提督「茶化すつもりは何もない。ただ、例えとしては分かりやすい局面かなと思ってさ。あんな時、普通は人の心は葛藤し、心の中で闘争する事になるだろう。欲望と誇りのせめぎ合いだ」
叢雲「ま、まあそうよね。アンタがどうだったかはまた別の話だと思うけれど」
大鯨「・・・あの、すいません何の話ですか?」
提督「総司令部の上層は叢雲の命を人質にすることでおれを提督にしようと考えたわけだが、同時に、叢雲に様々な無茶を命じていたんだ。かつてのおれの任務から、おれをサイコパス扱いして、高速修復材があるのだから好きなだけ切り刻まれろと命令していたり・・・」
叢雲「積極的に寝室に行き、どんな行為でも望まれれば受け入れろ、と命令されていたのよ」
大鯨「ああ・・・やっぱりそうだったんですね?提督さん、本当は私たち、戦力であると同時に、人質なのでしょう?」
叢雲「えっ!?」
提督「・・・なぜそう思う?」
―提督は慎重に対応したが、完全には驚きを隠せない様子だった。
叢雲(隙があるわ。信用しているのか、わざとそう見せているのか・・・)
大鯨「あとでお話します。すいません話の腰を折ってしまって。続けてもらえますか?」
叢雲「・・・まあ、実際はうちの司令官の心はとても疲れていたし、疲れていなくても、そんな事をする人じゃなかったの。でも、普通の男の人なら、ああいう時は葛藤する、と言いたかったんでしょ?で、艦娘と深海の戦いは、まるでそのようなものだと言いたいわけね?」
提督「そういう事だな」
大鯨「提督さんのその理解の仕方は、おそらく正しいです。本来の深海は、もしかすると艦娘の一部なのかもしれませんから」
提督「ん?それはどういう意味だ?一部?鏡像のような物ではなく一部だと?」
大鯨「私も、確信をもってすべて語れるわけではないのです。でも、自分の『本体』と触れた時に確かに感じました。まるで、制御できる自分の心の一部を、あえて切り離して自由にさせているような・・・」
提督「・・・なるほど」
―提督は何かを考えるように腕を組んだ。
提督「つまり、深海棲艦も本来は艦娘の一部であり、艦娘側の深海棲艦の制御の仕方・・・何らかの考えで自由にさせられている可能性がある、という事か。対等ではなく、許容して葛藤させている?意味が分からんな・・・いや・・・」
―提督の眼に、微かに鋭い光が現れたのを、叢雲は見逃さなかった。
叢雲「何か気付いたの?」
提督「艦娘は何か、自分たちではどうにもならない問題か、致命的と言っていいストレスを抱えている可能性があるのか?」
大鯨「・・・私が感じたのは、限りなく諦めに近い希望でした。提督さんの言っている事、何となくわかります。きっとそんな感じです」
提督「なるほど・・・だから他者が、いわば提督が必要だという可能性が出てきたな。そうすると確かに、今の深海がしている事は・・・」
大鯨「はい。おそらく艦娘の意図するところから離れつつあります」
提督「人間の業のなせることだな。全く・・・」フゥ
―しかし、叢雲はこの話の流れの中で、別の事が気になった。
―致命的なストレスを抱えているから、欲望の方面に自分を解放してもやむなし、という理解の仕方。それは提督がそのような気持ちだから理解できるという事ではないのか?だとしたら・・・。
叢雲「ねぇ、もしかしてあんた、あの時、私が思っている以上に色々な事を考えていたの?」
提督「むしろ何も考えないと思うか?あの状況で」ニヤッ
叢雲「あっ、そうだったのね?茶化したりは・・・」
提督「してないさ」
叢雲「・・・そ、そう」カアッ
―叢雲は再び顔を赤らめた。思っていたより提督には「葛藤」があったという事らしい。
大鯨「えーと・・・もしかして、叢雲ちゃんは提督さんに裸で迫るくらいの事をさせられたんですか?」
叢雲「まあ・・・そういう事よ・・・」
大鯨「でも、何もなかったんですね?」
叢雲「そうね。私も驚いたわ。でもあれからよ、私が司令官の事を冷静に見られるようになったのは」
提督「そうか?あの時の怯えたような、諦めたような叢雲の表情は、おそらく一生忘れられないだろうと思っていたんだがな。それなら良かった」ニコッ
叢雲「ああもう!」
―苦しみと混乱の中で必死だった日々は、今はそう悪くない思い出になりつつある。
大鯨「提督さん、それは深海化の危険を考えて、という事ですよね?」
提督「それもあるが、それ以前にあんな表情の叢雲に何かできるほど、おれは無神経じゃない。あまり心が疲れると、他人の痛みにも敏感になる、それだけだよ。痛みや苦しみや苦悩は、誰のものであれうんざりだ・・・」
大鯨「そうなんですね?」ニコッ
提督「だがもちろん、だからと言って葛藤が零というわけではないけどな。そういう事さ」
―提督は恐ろしい姿の深海生命体の収納されたカプセルを見つつ、そんな事を言った。
叢雲「でも、あんたの場合は気配りでそんな事を言ってる場合もあるから、話半分に聞いておくわ」ニコッ
提督「まあ、解釈は自由だよ」
―いつの間にか叢雲も、提督より半歩ほど下がった位置で普通に深海生命体のカプセルを見ている。
大鯨(ああ、気付いてないんですね。・・・普通は、こんな簡単にこういうものに適応できません。でも気付かずに自然にそうなってしまっている。まるで人間みたいに。私の『原器』が言っていたのは、おそらくこの提督さんで間違いないですね・・・)
提督「ん?何か言いたい事が?」
大鯨「いえ。提督さん、人間の深海化のサンプルの閲覧はこんなところで良いですか?一応、ここはこれでも低レベルの施設なのです」
提督「これ以上の、これ以外の施設もあると?」
大鯨「はい。あと三つ。『艦娘矯正施設』の地下に眠る、広大な『地下特別獄舎・深海棲艦解体・実験棟』と、『特務初号幽閉獄舎』、そして『運営』の管理する『閉鎖格納庫』・・・通称『シャッタード・ハンガー』です。これはオフレコで渡される情報だという点に留意してください」
提督「待ってくれ、『特務初号幽閉獄舎』だと?」
大鯨「はい。でも、矯正施設の地下以外は、流石に所在地まではわかりません」
提督「うちの鎮守府が存在している島には、どうもその特務初号の痕跡が散見されている」
大鯨「あっ!そうなんですね?所在は確認されましたか?」
提督「いや、まだだが、心当たりがないわけではない」
叢雲「学校とか、山城さんが落ちた穴ね?」
提督「そうだな。怪しすぎる」
大鯨「・・・そこにはおそらく、何体かの危険な深海棲艦や、深卒艦娘、そして、佐世保の榛名さんが幽閉されているはずです」
提督「しんそつ艦娘?何だそれは?大学でも卒業したのか?まさかな」フッ
叢雲「そんなわけないでしょう?」
大鯨「強力な深海の姫を撃破して現れた艦娘です。何も私たちと違いは無いはずなのですが、深海棲艦だった頃の恐れにより、着任ではなく幽閉されているのです」
叢雲「えっ?それは勝手な話じゃない?うちの鎮守府だって、深海棲艦から反転した子、いるわよ?」
提督「増員組はほとんどそうだよなぁ?・・・しかし、頭では分かっていても心がそれを受け付けない場合はある、か。それにしても、初期の就活に失敗してしまうと色々と不利になる点は、そのまま新卒の・・・」
叢雲「やめなさいよ」
提督「ふむ」
大鯨「そういう事です。大切な仲間や秘書艦を沈めて失わせた深海棲艦を討ち破って、そこから仲間が現れたとしても、何の感情も無く受け入れるのは、時にはとても難しい事だと思いますから」
叢雲「同じ艦娘の二人目を受け入れるのだって難しい事はあるんだもの。無理も無いわね」
―叢雲は提督が連れてきた金剛の事を思い出していた。そして、ある事に気付いた。
叢雲「待って、それはうちの鎮守府では喉から手が出るほど欲しい、貴重な艦娘がいる可能性が高いんじゃないの?」
大鯨「そうですね、その可能性はあります」
提督「悪くないな。そろそろ探索と調査の頃合いか」
大鯨「それと・・・提督さん、一つだけ教えてください。どうして提督さんの攻撃はこれほど深海化生物に通ったのですか?戦車砲弾でさえろくにダメージが通らない深海化生物に、提督さんの攻撃だけは極めて有効でした。高い提督適性をお持ちの方でも、このようにはなりません」
叢雲「えっ?」
提督「言っている意味が分からないが・・・」
大鯨「先ほどの青山先生からのデータの中に、『ゼロ号』の能力評価試験のものがあります。戦車砲弾も、比較的適性の高い提督さんたちの銃撃や斬撃でも、有効なダメージを確認できませんでした。艦娘の攻撃と、提督さんの攻撃だけが、『ゼロ号』の体組織に極めて有効なダメージを与えられたのです」
叢雲「何ですって!?」
―叢雲は提督のほうを見たが、提督は怪訝そうな顔をしていた。
提督「いや、心当たりはないぞ?ましておれなど、艦娘とはかけ離れた側の存在だろうし」
大鯨「それは、『ゼロ号』の体組織の損傷状態にも現れています。艦娘の攻撃によるダメージは、その後わずかに再生しようとした痕跡が見られますが、提督さんのは・・・」
叢雲「ちょっと待って、見てみるわ。これかしら?・・・あら?」スッスッ・・・スッ
―叢雲はパネルの資料画像をスライドした。
提督「ん?これはどういうことだ?」
―提督が『ゼロ号』につけた傷は、本来の損傷よりもわずかに範囲が広がって見えた。銃撃も斬撃も、その傷口が少しだけ蒸発したように無くなっている。艦娘の与えた損傷は再生しようとして本来のものより小さくなり、提督のものは広がっているように見えた。
大鯨「心当たりはありませんか?」
提督「いや、まったく」
叢雲「どういう事なの?」
大鯨「解析班にもわからなかったようです。提督さんに何かそういう適性があったのだとしか」
提督「わからない事ばかり増えていくな・・・心当たりねぇ・・・ん!?」ハッ!
叢雲「何か思い出したの?」
提督「そういえば、確か最初は妙にダメージが通らなかった。しかし、こいつに左肩を噛まれた後だ。こいつの動きが一瞬止まり、それからおれの攻撃が妙に通るようになった。最初はタイヤでも斬ってるようだったが、途中から肉の手ごたえに変わった気がする。銃弾も通るようになったな」
叢雲「噛まれたの!?」
提督「何とか両目潰した後だ。どうもイルカや蝙蝠みたいに別の知覚力があるようでな、こちらの隙を突かれた。・・・あれ?あの時肩を噛み砕かれた気もしたが・・・いや、よくわからんな?」
叢雲「両目って・・・」チラ・・・
―少し離れたキャニスター内に安置されている『ゼロ号』は、確かにその両目がえぐられ、恐ろし気なくぼみになっていた。
大鯨「・・・」ゴク・・・
―一方で大鯨は、提督と叢雲に気取られないようにしていたが、静かに高揚を感じていた。この提督のもとでなら、かつての仲間たちを沈めた深海に、その行いの代価を払わせられる。今は虚ろな影のように静かな提督には、この底知れない戦闘能力が秘められているのだ。そしてもう一つ。
大鯨(青山提督には陸奥さんがいましたが、『原器』の言う事が本当なら、きっとこの人は『誰も選ばない』人のはず。心からお仕えしますね。どれほど恐ろしい戦いを経ても、提督さんが眠れるように。それが『原器』との約束でしたし・・・)ニコ
―見ようによっては古巣から一人で出されたようにも見える大鯨だったが、幾つかの確信が心をとても落ち着いた状態にしていた。
提督「熱くなりすぎたせいかな、どうも思い出せない」
―提督は戦いの詳細を思い出そうとしたが、それは夢のようにおぼろげだった。本気で戦うといつも記憶がぼんやりとする。
大鯨「提督さんの攻撃は深海に通る。・・・今はそれだけでいいんじゃないでしょうか?それだけでも、艦娘の立場としては武運に恵まれているように思えますから」ニコニコ
提督「すまないな」
大鯨「いいえ~」ニコ
叢雲(何だか妙に親し気ねぇ)
―大鯨は叢雲の視線に気づいた。
大鯨「叢雲ちゃんの邪魔はしないから大丈夫ですよ~?・・・それに、私の勝手な推測ですけど、もしも提督さんが誰か艦娘と関係を持つとしたら、なんであれ叢雲ちゃんが一番最初になる気がします。違いますかぁ?」ニコニコ
叢雲「えっちょっ・・・えっ!?」アセアセ
―これは、叢雲がたまに提督の性格を推し量ってする想像の一つと見事に合致し、叢雲は焦った。
大鯨「うふふ、どうですかぁ?提督さん♡」
提督「大鯨ちゃんはおれの性格をよく観察している気がする、と言っておくよ」フッ
―決して理解とは言わないらしい。
叢雲「あっ、あんたまで何言ってるのよ!」
大鯨「ね?たぶん、叢雲ちゃんが提督さんを嫌わない限り、きっとそれはいつか起きる確定路線ですね♡」ニコニコ
叢雲「・・・でっ、でも実際、この際だから言っておくけれど、へ・・・変な気は使わないでほしいわね」
提督「分かってるよ。こういう事は難しいものだ。なんであれ、な」
大鯨(わあ、何だかいいですね!でも、今のままではきっといつか、提督さんはとても苦しくなりますね・・・)
―大鯨は、堅洲島に憲兵がおらず、それどころか他の鎮守府に行われるような、定期的な風紀調査さえ一切なされない理由も知っている。
提督「大体こんなところか。大鯨ちゃん、ここの管理もやはり政府系かね?」
大鯨「はい。ここも先進医療病院も、大元は第二参謀室系から資金が出ています。ただ、最近は傷病提督の団体が基金を設立してここの政治的な部分に第一参謀室、つまり、今の元帥が所属されていた純粋な海防部の干渉を強めていますから、そのおかげで私も提督さんもここに入れる、という事になりますね」ニコ
提督「実際のところ、第二参謀室はなぜ深海に寄っているのだろうな?」
大鯨「それについてはこれからお話します。ついてきてください」
―コツコツコツ・・・
―ふんわりした雰囲気のわりに、提督には微かに武の気配の感じられる足音と共に、大鯨はフロアの隅のがらんとした区画に進んでいく。
提督「ここは?」
―およそ60センチ角で格子状に溝の入った金属の壁が続いている。
大鯨「特殊帯と空間ハンガー技術を使用した機密カルテの保管場所です。提督さん、壁の適当な場所に手を触れて、私の言う識別番号を念じて下さい。CPDS-ST-U8-20640128-5455664」
提督「諒解した・・・」
―ヴンッ・・・ガーッ
叢雲「えっ?壁から書類棚が?」
―壁から出てきた書類ケースには、緑色に点滅する一冊のカルテが浮いていた。
大鯨「カルテの隅に特殊帯コードがあります。それを読み取って、棚を速やかに戻してください」
―カルテの端の特殊帯コードを読み込ませた。
提督「見ても?」
大鯨「構いません」
提督「・・・ん?・・・ほう、これは興味深い」ニヤ・・・
―『神尾雄二・・・神尾第二参謀室長、2064年1月、合併肺繊維症による肺不全により、余命宣告さる。終末医療体制を整え、自宅療養に切り替える。2064年9月、病状の回復により復命。以降通院履歴は無し』
―提督は神尾第二参謀室長のカルテに目を通していった。
提督「この状態からの回復は世界的に見ても希少らしいな」
大鯨「はい。幾つかの臓器は臓器プリンター技術や再生医療で何とかなりますが、肺はまだそんな技術はありません。まして、肺不全はほぼ死の一歩手前です。その状態から復帰して元気に任務をこなすというのは・・・」
提督「ありえんよな」
叢雲「元帥の言っていた件ね?つまり、もしかしたら深海の技術で肺を何とかした可能性があると?」
大鯨「古田元帥はそのように疑念を持たれているとの事です」
提督「洗ってみる価値は大いにあるな。ただの政治的な争いなら、関りはごめん被るが、これはそうではなさそうだ。・・・ところでこのカルテのCPDSはそのままの意味かな?」
―CPDS・・・軍属と政府関係者しか使わない言葉で、『深海と接触した人々』である「People in contact with the deep sea」のアナグラム(字列変換)されたコードだ。
大鯨「はい。確か、提督さんも・・・」
提督「ああ。交戦記録があるよ。神尾参謀室長はどのような?」
大鯨「病を押して指揮を執り、大規模侵攻時に戦闘中行方不明になり、そこから帰還しています。その後『深海に兵力無し』の意見書を出し、第二参謀室長に返り咲いたのです」
叢雲「そんな人が上層部に!?」
提督「何らかの取引をしたか。・・・しかし、おそらく深海とはそれ以前から関りがあったと見るべきだな」
大鯨「はい。1月に終末医療に切り替えて、行方不明になったのは8月ですから、何らかの確信があって前線に出たのでしょうし、出られるだけの状態には自分を維持できていたと考えるべきですよね」
提督「つまり、政府かどこか、海防部より上層には、深海とパイプがあると考えるべきか」
大鯨「そうなりますね」
叢雲「なんてことなの・・・」
―叢雲は絶句した。大規模侵攻だけでも無理に近いのに、身内の敵も強大な可能性が出てきたのだ。思わず提督を見る。
叢雲(えっ?)
―しかし、提督は薄笑いを浮かべていた。
叢雲(どうして?)
提督「なかなかどうして、おれの抜擢はよく考えられた方法だったみたいだな」
大鯨「青山て・・・先生は仰ってました。『裏切り者を探すのが得意な方』と」
提督「そう得意な訳ではない。許せないだけだよ。なぜかな?裏切る奴には独特の『匂い』があるんだ。裏付けを取るだけさ」
叢雲(あなたが一番わからないわ。恐怖は無いの?どうして嬉しそうなの?)
―叢雲は少しだけ、提督について妙な想像をした。たくさんの二つ名を持ち、提督を知る人々は様々な事を言う。そのどれもがその人なりに正確で、そして一面に過ぎなかった。それらを全て集めても、この不敵で虚ろな司令官の本当の姿を全く浮かび上がらせていないような気がしたのだ。
―『艦娘として忠誠を尽くすのは良いわ。ある程度の好意を持つのもいいでしょう。でも、誰も実態を知らないこの男を知ろうとすれば、おそらくあなたは死ぬ事になる。だから程々にする事ね』
―自分と提督を引き合わせた、いけ好かない女のエージェントが言っていたことだ。
―叢雲『死ぬ?なぜ?』
―『さあ?わからないわ。そうしようとした者たちは死んだ。それだけよ。理由は無く、結果があるだけ』
大鯨「どうしました?叢雲ちゃん?」
叢雲「あっ、ううん、何でもないわ」
提督「・・・おれに何か聞きたい事が?」
叢雲「えっ!?何でよ?」
提督「・・・そんな気がしただけだよ」
叢雲(なんて勘をしているのかしら?)ドキドキ
―叢雲は忘れている。提督になれる人間は認識の幅が常人より広いという事を。以前の提督はほぼ常人に近い程度の適性だったため、叢雲にはそれが分からないのだ。
提督「おおよそ、こんなところかね?」
大鯨「はい。私自身のかつての鎮守府で何が起きたかは、提督さんの鎮守府に戻ったらお話させていただきますね」
提督「諒解した」
―提督たちは先進医療病院を出ることにした。
―スタスタスタ・・・クルッ
提督「・・・」ニヤ・・・
―大鯨と叢雲の後ろを歩いていた提督は、エレベーターに向かう前に静かに振り向き、おそらくまだ活動を停止していないはずの深海生命体の保存筒を見やり、静かに笑った。しかし、大鯨も叢雲も、それには気付いていなかった。
―同じ頃、芸能部の榛名の部屋。
金剛「ふー、こんなもんですかネー?」パシパシッ
霧島「いい運動になりました。あっさり終わりましたね。何だかワクワクしますよね、帰ってからの配置とか」
榛名「お姉さま、霧島、ありがとうございます!榛名は移動の手続きが残っているので、提督が戻られるころまでには終わると思うのですが、総司令部の喫茶室かどこかで時間を潰していていただけますか?」
金剛「そうネー。こんな堂々と総司令部に来れるのも嬉しいですしネー!」
霧島「私はここをよく知っていますから、金剛お姉さまにあちこち案内できますよ?」
金剛「それは嬉しいデース!テートクはまだ任務で時間が分からないですし、良いかもですネー!」
霧島「では、決まりですね!榛名、そんな感じでいいかしら?」
榛名「はい。それではよろしくお願いいたします。行って来ますね」
―榛名は何の不安も顔に出さないように、その場を立ち去った。
―同じ頃、堅洲島鎮守府、医務室。
陸奥「う・・・くっ・・・!」ジヤァァァァ・・・・キュッ・・・カタッ
―陸奥は何かを冷やすように、冷たい水で顔を洗い、洗面の鏡に映った自分の瞳の奥を覗き込んでいた。濡れたままの右手は、熱い何かを抑えるように胸に当てられている。
陸奥「ああ・・・また『歓喜』だわ。あなたは何を見て、何を考えているの・・・?」
―陸奥は思わずつぶやいた。今、鎮守府からはほとんどの艦娘が出払っており、人の気配は希薄だった。
陸奥(あなたの心を色々と理解する事になる・・・いいえ、共有する事になるという説明だったわ。だから、あなたの事が手に取るようにわかると思ってた。でも違った。あなたの心はおそらく、誰にも届かないところに沈めてあるのね・・・!)
―目の奥を覗き込んでも、何も見えない。自分ではないもう一つの心を感じようとしても、そこにあるのは静かな闇だけだ。ただ、時々雨が降っていたり、今のように灼熱の歓喜が押し寄せてくることがある。
―陸奥は知っている。提督は、艦娘に対して特に理性を働かせているわけではない事に。そして、現在の状況を決して嫌ってはおらず、何かを期待している。しかし、それが何かが分からないのだ。
陸奥(信じがたい事だけれど、自分の心を完全に制御しきっているという事かしら?だとしたら、そんなあなたが感じている抑えがたい『歓喜』は、いったい何を期待しての物なの?)
―陸奥は窓の外の眩しい冬晴れを眺めた。以前なら、こんな快晴はそれだけで心が晴れやかになったものだが、今は違う。どこか眩しすぎて落ち着かず、日が落ちてからの静かな暗闇の方が落ち着くのだ。だがそれは、例えば深海の闇ともまた違う。
陸奥(そう。あなたの闇に比べると、深海の闇は色々とうるさくて濁っているわね。そんな気がするのよ。そして、昼間は今の私には眩しすぎるの・・・)フゥ
―様々な情念の熱を帯びた、濁った闇。陸奥にとっての深海とはそういうものだった。一方の提督から感じられる闇は、静かで透き通った、しかし見渡せない闇だ。陸奥はそれを、どこかで感じた事があった。
陸奥(あの人たちの話では、もうじき大変な騒動が起きるはず。あなたが死にかけた事さえ、彼らは想定してこの状態にしたわ。でも、あなたならきっといつか全てに気付いて、何とかできるはず。そうよね?こんなの・・・フェアじゃないもの)
―かつて、陸奥が良かれと思ってしたことは、もしかしたら全ての状況をコントロールしているかもしれない者たちの想定していた仕掛けだった。自分はそれに乗ってしまった。乗らざるを得なかった。
陸奥(できればもう少しだけ、あなたの心が分かれば良かったのに・・・)
―夕方の近づいた堅洲島の空を見て、陸奥は様々な事を考えていた。だがそんな胸の内を、誰も知らなかった。
―ヒトゴーサンマル、総司令部4階、『特務鎮守府高レベル休息室、予備室』
―総司令部の4階の一部は、特務鎮守府の提督が使用できる宿泊・簡易執務室になっている。簡単な引っ越しと異動の準備をする大鯨と別れた提督は、叢雲と共に休息していた。榛名の正式な異動完了の報告が、まだなされていなかったためだ。
提督「ふー・・・異動はとても嬉しいが、しかしまあ、惨憺たる状態だな。・・・楽しいとも言えるが」
―部屋はベッドと簡易的な応接セットがある。提督はベッドに腰掛け、特殊帯シールドされた窓から、日の傾いた海を眺めていた。室内からは普通に窓だが、外部からは壁にしか見えない、そういう仕様だ。
叢雲「楽しいですって?・・・まあ、そう言ってくれるのは気が楽になるけれど」
―電気ポットで湯を沸かし、何か飲み物を淹れようとしていた叢雲は、振り向きながらそう言った。
提督「ああ、だからさ、もうこれはおれの個人的な趣味というか選択した生き方の問題だから、気が楽になるならないじゃなく、一片たりとも気にすんなっての!せっかくの叢雲のお茶の味が落ちてしまう」
叢雲「でも・・・」
―責任感の強い叢雲には、自分が提督を巻き込んだ、という気持ちを消すのは容易ではなかった。何より、この提督は自分の都合に巻き込まれた形になっているはずなのに、自分に対してはほぼ何も求めない。叢雲にはそれが理解できなかった。
提督「逆に言えば、どうすれば納得するんだか?いいか叢雲、男がこうだと選んだ道に、迷いなんて無いもんだ」
叢雲「でも、代価をなんにも・・・。私だけ受け取って、アンタは何にも受け取ってないでしょ?」
提督「は?いや面白そうじゃないかね?こういう展開」
―しかし、叢雲はいつものようには流せなかった。
叢雲「本心で話して欲しいのよ。それが本当に、本心なの?」
提督「本心だよ。・・・あーのクッソ女、もう少し殴っとけば良かったかな?人の事をサイコだの拷問狂だの、とんでもない女好きだのと色々言いやがって・・・」
叢雲「・・・」
提督「確かにな、断片を切り取ればすべて真実だ。しかし、それらの評価は何ら全体を掴んではいない。凄惨に殺さねば敵は増長する。身内の裏切り者に何かを吐かせるのに痛みは必要だった。戦闘で心がただれて乾いている時に、次から次へと都合よい女を投入してくる上層部も悪い。以前も全て説明したが、何が足りないんだよ?」
叢雲「だって・・・」
提督「あいつらのおれへの評価は、兵士を人殺し呼ばわりするくらいバカバカしいものだ」
叢雲「・・・はっきり言うわ。何だか勝手に状況を報酬だって言ってるけど、この件での全ての報酬は私でしょ?」
提督「そうだよ?受け取ったじゃないか。だからこうしてお茶を淹れてくれてるのだろ?」
叢雲「そうじゃなくて、何にもしないし、そもそも私で良かったわけ?」
提督「叢雲になった経緯は聞いたろ?いいに決まってんだろうが」
叢雲「うーん・・・」
―釈然としない叢雲に、提督がしびれを切らしたのか、自分から語り始めた。
提督「・・・まず、エロいことは当面無理だ。深海化の危険が増すかもしれないし、立場や報酬だからって事でどうこうしたくないし、そもそもトラウマがある。ここまでは分かるな?」
叢雲「うん」
提督「次に、おれは確かに尋問もプロだが、関係ない誰かを痛めつける趣味は無い。添い寝だったり、水着で風呂に入ってくれたり、色々気遣ってくれるので最大限恩恵を受けているつもりなんだがな」
叢雲「うーん・・・」
―叢雲は釈然としなかった。ずっと釈然としていない。提督の中には、わりとひどい扱いを艦娘にしても、艦娘の方がそれを喜んでいる関係などもあった。自分のイメージが独り歩きしていたにせよ、これくらいで『報酬』と呼べるようなものだろうか?
提督「・・・もう少し踏み込んで話した方がいいのか?」
叢雲「あっ!ごめんなさい、それはしなくていいわ。そういう事なのね?」
―何かまた、心の安定を欠くような事と結びついた理由がある、という事だろう。
提督「そういう事だ。いつか話すよ。とにかく納得しているのは理解してくれ」
叢雲「そうね、ごめんなさい。納得・・・するわ」
提督「ふむ。というわけで、そのお茶を飲んだら、榛名の報告が来るまでひと眠りしたいんだが」
叢雲「わかったわ。飲み終えたら、隣に座るわね」ニコッ
―叢雲が全てを理解するのは、ずっとずっと後のことになる。
―夕方、横須賀対深海、工事中の顕彰館の屋上。
―規定により15時で作業員が引き上げたため、工事現場には誰も居なくなっていた。
榛名のマネージャー「・・・来たか」
榛名「中村さん、どういう事なんですか?なぜこんな事を?」
榛名のマネージャー「理由なんかどうでもいいんだ。単刀直入に言う。この通り、頭を下げる。最後の仕事だと思って、イメージビデオに出てくれぇ・・・っ!」ズザッ
―榛名のマネージャーは苔の生えた防水材の床に土下座し、額をこすりつけた。
榛名「・・・無理です。それに、刀を返してください!ここまでするより、どうしてもというのなら、少なくとも提督や総司令部をちゃんと通してください。ただ・・・イメージビデオは、そんなに大丈夫ではないのですが」
榛名のマネージャー「・・・ここまでお願いしても?」
榛名「ダメなものはダメです」
榛名のマネージャー「そうか。・・・そうか!」ズザッ
―榛名のマネージャーだった男は、ゆっくりと立ち上がった。
榛名「刀を返してください。今ならこの事は不問にしますから」
榛名のマネージャー「それなら・・・」ダッ!
―榛名のマネージャーは、ブルーシートで覆いが掛けられた資材の傍に行き、コードのついている何かを拾い上げると、ブルーシートを勢いよくめくった。
―バサッ!
榛名「あっ!」
―積み重ねられた、ふた山のレンガに、橋をかけるように「死返開耶姫」が置かれており、鎖で何重にも固定されている。そのギリギリ上には、クレーンで吊るされた鋼材が配置されていた。刀に対する裁断機のような配置だ。
榛名「何という事を!それは恩賜の神刀ですよ?」
榛名のマネージャー「そんなの知ってるよ。じゃあこれは何だと思う?」スッ
榛名「それは!・・・刀を折る気ですか!?」
―榛名のマネージャーが手にしていたのは、有線式のクレーンのリモコンだった。
榛名のマネージャー「知ってるんだよ。素行が悪くてもこの刀だけは大事にしていたのをなぁ!おれもとても大事なものがかかっているんだ!これはフェアな取引だ。そうだろう?」
榛名「・・・何をさせる気なんですか?」
榛名のマネージャー「察しが良くて助かるよ。簡単に言えばAVだな。お前が気位が高くて途中からろくに仕事をしなくなったから、あちこち義理を欠いてこちらは大損なんだ。どうせおかしな水に浸かれば治る身体なんだろ?素直に来てくれれば夜遅くなく帰してやれるんだ。刀も返す。だから「ふざけないでください!」」
榛名「今の榛名は、以前までの不明の時を生きていた榛名ではありません!やっと、反省と研鑽の日々に入れたのです。この心身も私の物ではありません。提督の物です。このような取引に応じられませんし、榛名の一存では決められません。そもそも、そんな汚らわしい事っ!」
榛名のマネージャー「交渉が決裂することくらい知っているんだ!じゃあせめて刀は折ってやる!散々振り回されたからなぁ!」グッ
榛名「だめっ!」ダッ!
―榛名は矢のように飛び出し、マネージャーのリモコンを奪おうとした。
榛名のマネージャー(今だ!)
―榛名のマネージャーは、右の袖に忍ばせていた小型の注射器を、左手に持っていたリモコンに一瞬で手が届きかけていた榛名に向かって振り下ろした。
―チクッ
―ドシャッ!
―榛名は糸の切れた人形のようになり、リモコンを掴むことは出来ず、そのまま転んで、屋上の立ち上がりの壁に派手にぶつかった。
榛名「う・・・あ・・・何を・・・!・・・か、からだ・・・が・・・」グググ・・・
―声も、かすれたような声を絞り出すのがやっとだ。
榛名のマネージャー「ふぅ、本当に効くんだな。肝を冷やしたよ。これは『艦娘制限薬』と言ってな、お前ら艦娘の動きを止めて、生身の動けない女にする特別な薬だよ。なんだっけ?ゲームの改造コードみたいなもんで、一瞬で効くとかなんとか。まさかここまで効果が出るとはな!」ニヤッ
榛名「ひきょう・・・もの・・・!」
榛名のマネージャー「口の利き方に気を付けろ!」ドガッ
榛名「あうっ!」
―榛名のマネージャーは榛名の腹を蹴った。
榛名のマネージャー「顔は勘弁してやる。この後は『女優』の仕事が待ってるしなぁ。口のきき方に気を付けろよ?この薬の効果は12時間だ。態度が悪かったら、出演作品が増えたり、やった事ないプレイが増えるんだからなぁ」ニタァ
榛名「けが・・・・らわしい・・・」ギロッ
榛名のマネージャー「いくらでもそんな目をしてろよ。その方がいい作品になる。お前の相手をするのは多少提督の適性のあるやさぐれものだ。あのヤバそうな提督じゃなくて残念だったな!」
榛名「くっ・・・身体・・・が・・・!」
―榛名のマネージャーはスマホを取り出すと、何者かに通話を始めた。
榛名のマネージャー「ああもしもし?・・・ええ。捕獲成功してうまく行きましたんで。手筈通りお願いします。ここまでで取引は成立ですね?ええ」ピッ
榛名「な・・・にを?」
榛名のマネージャー「これからお前は、撮影施設のある場所に運び出されて、そこで最後の女優業をするんだ。心配しなくても、明日の朝早くには帰してやるよ」ニヤッ
榛名「く!こ・・・んな・・・!」
―体のどこにも力が入らず、あらん限りの力で声を上げようとしても、絞りだしたかすれ声がやっとだ。
―ガココン・・・ガラガラ・・・
―作業用エレベーターが到着し、ガラの悪そうな、ニッカポッカを着た職人風の男たちが、布張りのコンテナを持って現れた。
榛名のマネージャー「荷物はここですよ。よろしく頼みます」
職人風の男A「本当に確保したんだな。待ってろ、こっちからも連絡する。おい、『荷物』をこれに入れたらすぐに積め。とっとと出るぞ」スッ・・・トゥルル・・・
―おそらくこの搬出を仕切っていると思しき男は、どこかに連絡を取りつつ、もう一人の職人風の男に指示をした。
職人風の男B「へっへへ、若い女に触るなんて久しぶりだな。人形にしたってずいぶんきれいな人形じゃねえか」ニヤニヤ
榛名「くっ・・・!」
―榛名は抵抗しようとしたが、そもそも全く力が入らない。
職人風の男A「・・・確認は取った。良かったなマネージャーさん、ケジメ取られずに済んでな。榛名が確保できなかったら、拉致られてたのはあんただったんだぜ?」ニヤッ
榛名のマネージャー「は、はは。恐縮ですね。でも、遅れましたが何とかこの通り。あとは私も先方のところまで同行して、それで終わりですね」
職人風の男A「そういうこったな。人形みたいなものとはいえ、こんな上玉だし、誰もが知ってる榛名だ。あんたの借金がチャラになってもおつりがくるだろうさ。ボスも喜ぶだろうぜ。・・・おい、さっさとしろ!」
職人風の男B「へっへっへ、そういうこった。悪いな姉ちゃん」ススッ
榛名「くっ・・・!」
―グイッ・・・ドサッ
―職人風の男Bは、榛名の艦娘用士官服のベルトのあたりに手を突っ込むと、あっさりと持ち上げて榛名をコンテナ内に座らせた。
榛名(ああ・・・本当に動けない!こんな・・・!提督!金剛お姉さま・・・っ!)
―榛名はこんなに非力な自分も初めてなら、これほど心細い思いをしたことは無かった。コンテナの布で視界が遮られたまま、ガラガラとコンテナが動き始めた。
職人風の男A「この刀のほうはどうする?」スラッ
―男は興味深げに『死返開耶姫』を抜いた。夕日に清冽な光を跳ね返している。
榛名のマネージャー「置いておくしかないし、放っておけばいい。そもそもそれは返してやる約束だ」
職人風の男A「わかった。・・・うん?何だ?鞘にうまく戻らんぞ?」グイッ・・・グイッ
榛名のマネージャー「ならそのまま置いておけばいい。とにかくここを出なくては!」
職人風の男A「高級すぎる刀はよくわからんな」ゴトッ
―神刀『死返開耶姫』は、刀身が半分ほど鞘から出た状態で、積み重ねたレンガの上に放置された。
榛名(くっ、刀まで、私のせいでっ!)
―このままでは夜露が刀にダメージを与えるかもしれない。榛名は、今までの自分の態度の悪さが、提督に増上慢を正された程度では済まなかったのだろうと考え、心から反省していた。
榛名(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!だから、何とかせめて刀だけは!私の身体がどうなっても・・・!)
―そう祈りかけて、榛名は少し前に提督と話した夜の事がふと思い出され、刀の事が脳裏から押し流されてしまった。
榛名(ああ・・・私は・・・!)
―榛名は自分の心に気付いて驚いた。
榛名(もし、誰かに汚されてしまったら、もう提督のもとに帰れない・・・)
―ふと、そんな考えが全てを押しつぶしてしまった。全てを失う。榛名の心を不安が押しつぶそうとした。・・・が、急に、提督のどこか不敵で静かな笑みが思い出された。それが、不安に押しつぶされそうだった榛名を妙に落ち着かせ始めた。
榛名(ううん、しっかりしなくてはだめ。今の私は、あの提督の『榛名』。こんなつまらない形で何か起きるような、きっとそんな所にいない。抗える限り抗って、待ちましょう。ごめんね、『死返開耶姫』必ず取りに戻るから!)
―榛名を入れたコンテナは、作業用エレベーターを降り始めた。
―同じ頃、総司令部一階の喫茶室。
霧島「お姉さま、榛名、ちょっと遅すぎますねぇ。手続き完了時刻を過ぎ始めている気がするんですけど・・・」
金剛「ンー・・・電話はどうデース?」
霧島「呼び出しにはなるんですが、出ません」
金剛「・・・ちょっと待ってネ?」スタッ・・・コツコツコツ・・・
―金剛は席を立って窓際に行くと、一瞬だけ艤装の力で電波を飛ばした。
金剛「アレ?何か変よ?」
霧島「えっ?」
金剛「榛名の気配が全然拾えない。感が全くない。霧島もやってみて?」
霧島「えっ?そんなはずは・・・あれっ?」
―艦娘は電探で艦娘の気配を感じることができる。それは完全に消すこともできるが、作戦時や何か特別な司令下でもない限りは、微弱にでも感知できることが義務付けられていた。
霧島「司令の指示ということは、無いですよね?」
金剛「あり得ないわ。そんなタイミングは無いし、私たちが困惑するような指示を出す人ではないもの。何かあったのよ。急いで叢雲に連絡して!」
霧島「お姉さまは?」
金剛「榛名を探しマース!」ダッ!
―金剛は素早く会計を済ますと、跳躍して一瞬で総司令部の屋上から、さらにその上の塔屋に跳んだ。ここからならほぼ全てを見渡せるはずだ。
金剛「ンー?」
―よく見ると、米軍基地の方に最新鋭空母『ドナルド・J・トランプ』が停泊している。大変な迂回航路を旅してきたはずだ。が、今はそれどころではない。
金剛(榛名、何が起きたの?)グッ・・・ダンッ!
―金剛は建物にダメージを与えない限界の力加減で、空高く跳躍した。榛名の姿や、何か違和感はないかと探す。
―キラッ。
金剛「えっ?」
―工事中の顕彰館の屋上で、何かが光った気がした。その鋭い光は、刀の跳ね返す光に似ていた気がする。
―スタンッ・・・ダンッ!
―着地して、もう一度飛び上がる。
―キラッ
金剛「あれは!・・・間違いない!」
―艦娘の深視力を使うと、榛名の刀『死返開耶姫』が、不自然な形で置かれているように見えた。金剛は屋上伝いに顕彰館に向かう事にし、同時に霧島に通信を飛ばした。
―総司令部4階、休息室。
―ピルルルル
叢雲「んっ?えっ!」
―秘書艦用スマホに着信したのは緊急回線だった。
提督「何だ?」
霧島(通話)「緊急回線で失礼します。あの、榛名に何か指示を出していたりは?」
叢雲(通話)「してないわ。異動手続き待ちよ」
霧島(通話)「あの・・・あっ!お姉さまから通信が!榛名に何かあったみたいです。刀が顕彰館の屋上に不自然に置いたままに!」
叢雲(通話)「何ですって!?」
―提督は漏れ聞こえる通話から、すぐに自分のスマホを取り出し、総司令部の大淀に連絡を取った。
総司令部の大淀(通話)「はい。どうしましたか?」
提督(通話)「司令レベル権限により、総司令部のゲートを直ちに封鎖してもらいたい。榛名に何かあった模様!」
総司令部の大淀(通話)「えっ!何かありましたか?」
―提督は長年の勘で、どのあたりにこの問題の核心がありそうかを推測した。
提督(通話)「規定時間外に構内にいる工事関係者の車両と業者の車両を全て臨検する。また、榛名のマネージャーは疑わしいため、身柄を拘束させてもらう!それから、監視カメラ映像をこちらに共有で!」
総司令部の大淀(通話)「かっ、かしこまりました!ただちに!」
―すぐに総司令部に警報が鳴り、ゲートは封鎖の準備に入った。
―一方、榛名を拉致した職人風の男たちとマネージャーの乗る、黒塗りのハイエース内。
―ウゥーーーー!
榛名のマネージャー「まずいぞ!警報が!」
職人風の男A「何か言ってるぞ、待て、静かにしろ!」
総司令部の放送「こちら対深海横須賀総司令部。構内において特殊な状況が発生したため、警備レベルを引き上げ、ゲートの封鎖準備に入ります。規定時間外に構内にいる業者の車両は全て臨検対象となるため、臨検完了までその場で待機し、エンジンを入れる事の無いようにお願いいたします。繰り返す・・・」
榛名のマネージャー「そんな、ここまで来たのに!」
コンテナの中の榛名(ああ、みんな流石です。もう異常に気づいてくれたんですね!)
職人風の男A「仕方ねぇ、プランBで行くか・・・」ガチャッ・・・バタン
―職人風の男Aは、ハイエースから赤いガソリンの携行缶を引っ張り出すと、ゴミ置き場と自分たちの車にガソリンをぶちまけ始めた。
榛名のマネージャー「何だ?何を!?」
職人風の男A「こうするんだよ!」カチッ・・・ボッ
―ガソリンの撒かれたゴミ置き場は一瞬で激しい炎が上がり、黄色じみた有害そうな黒煙を上げ始めた。
職人風の男A「さて行くか。ゲートは突破する」
―キュルルル・・・ブロロロロ・・・・ガンッ!
―職人風の男Aは、エンジンをかけると切り返してバックし、ゴミ置き場に後部から突っ込んだ。たちまち、ガソリンに引火し、ハイエースに火が燃え移る。
榛名のマネージャー「なんだ?何でこんな事を?車が!」
職人風の男A「落ち着け!このハイエースはただのハイエースじゃねぇ。トヨダ自動車が紛争地域にこっそり売りまくってた、テクニカル(武装戦闘車両)改造を見越したハイエース・・・アーマード・ハイエースだ。走ってるうちに火は消えるし、腰抜け警備員どもじゃあこいつは止められねぇよ」ニヤッ
榛名のマネージャー「こ、この後どうする気だ?」
職人風の男A「脱出したら横浜までぶっ飛ばす。途中で黒塗りの高級車と合流したら、榛名とあんたを引き渡し、おれとこいつは捕まるって寸法さ。それがおれたちの借金が消える契約でな」
職人風の男B「へっへ、そういうこった。シャバよりム所のほうがおれは良いんでねぇ」ニヤァ
榛名のマネージャー「そ、そうか・・・」
職人風の男A「行くぜ!仕事の時間だ!」グイッ!
―榛名を乗せ、炎に包まれた黒塗りのハイエースは、勢いよく顕彰館の仮囲いから飛び出した。
―同じ頃、横須賀米軍基地、空母『ドナルド・J・トランプ』艦娘専用区画、『ガールズルーム』内。
メイ技術士官「サラ、あなたの予見していた事件が始まったようですよ。一つ目の事件が」
―メイ技術士官は、真剣にパソコンの画面を見ていたサラトガに声をかけた。サラトガの見ているパソコンには、幾つかに分割された、横須賀総司令部の監視カメラの共有映像が流れている。
サラトガ「『プレゼントボックス』は所定の場所に?」
メイ技術士官「ええ。配置済みよ」
サラトガ「では、ちょっと挨拶に行ってくるわね」ニコッ
―サラトガはゆっくりと席を立った。しかし、これが想像以上にたくさんの糸を手繰り寄せる事件になるとは、予見していたサラトガも気づいていなかった。
第七十八話、艦
次回予告
ゲートを突破しようとする、榛名を拉致した一行のハイエースと、それを止めようとする提督と金剛。しかしハイエースは横須賀の街に出てしまう。処分覚悟で艤装の力を使い、全力で追う金剛だったが・・・。
同じ頃、騒がしい気配を感知した矯正施設の大和は、酒匂の制止も聞かずに様子を見に出る。その大和の動きを察知した古田元帥は、秘匿されていた『地上で唯一大和を止められる艦娘』を呼ぶ。しかし、その艦娘の要求は脱力の内容で、大淀を困惑させるのだった。
次回『快晴、のち災い・後編』乞う、ご期待!
阿賀野『んふふ~♡次はどのお店に食べに行こうかなぁ~♡』ニコニコ
子日『今日は金曜日、カレーの日だよっ!』
阿賀野『あっ、いいかも!今日は天龍カレーにしようかなって』
子日『ええ~!?おひとりさまじゃなくて『おふとりさま』になっちゃうよ?』
阿賀野『これは戦いに勝つ為なのー!たくさん食べておくと、補給が切れても少しだけ艤装の力が使えるんだから!』
子日『えぇ・・・』
※天龍カレーは横須賀海軍カレー本舗さんの竜田揚げのついたカレーです。
イベント皆さんどうだったでしょうか?今回はE5第二ゲージまで甲でしたが、もうモチベーションが保てず丙に落としてクリアしてしまい、掘りを楽しんでおります。
イベントは楽しいのですがどうも億劫になってしまいますねぇ。
11月7日、前回の更新からずいぶん間が開いてしまいました。天気が良い限りは外でクタクタになるまで古ガラスや化石や貝殻を追い求める日々だったのですが、好天が続き過ぎてこちらの諸々が遅れてしまいました。
お待たせしてごめんなさい。
今回の横須賀編もついに面白い部分に入りましたので、次回更新はもっと早くするようにします。
皆さんいつもありがとうです。
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更新ありがとうございますm(_ _)m
続きが気になりますねぇ~
まぁぁぁぁぁっって!ましたァ!
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コメント欄に変なの湧いてる
朝鮮・中国は死ぬほど嫌いだが、こういうのはそういうサイトでやってくんねぇかな
せっかくのおもろいSSを読んだ後の余韻が台無し
おぉ!
荒らしコメントが消えてるw
うぷ主さんが消したのかな?
だとしたら4番目のコメントも1と5の荒らしコメント書いた奴と同じですのでよろしくお願いします
更新お疲れ様です。
荒らしに負けず頑張って下さい(^^)
榛名のマネージャーも次の話で消えたな・・・
カレーと言えば比叡ww
まだ比叡は提督の下に着任してないから大じょ・・・
ああ・・・いや、いたな。
恐怖のIH(Isokaze&Hiei)クッキングの片割れ、磯風さんがwww
良いところで切りますねぇw
提督が笑うのは更なる戦いに対する喜びなんでしょうか
強者が強者と相対した時に笑みを浮かべるという描写が色々な作品で見受けられますが、提督その類かな?
死返開耶姫ってもしかしなくても妖刀?
そんな気がして仕方がない
古ガラスってもしかして砂浜とかでたまに見かける割れたガラス瓶の破片が長い時間かけて海で研磨されて擦れた綺麗な宝石みたいなのですか?
岸波?ゴトランド?
知らない子ですね(´;ω;`)
イベント中って毎回、ミスって誰かが沈む夢を見て汗だくで目が覚めるんですよねぇ(;'∀')
マネージャーは死んだな
次回、「マネージャー死す」。デュエルスタンバイ!
2さん、コメントありがとうございます!
本日最新話更新しましたので、ぜひ読んでやってくださいませ。
今回の事件は、提督たちが思っている以上に影響が大きいですからね。
コメントいただくとほんと励みになります。
みがめにさまはんさみかたき さん、コメントありがとうございます。
お待たせしましたぁぁぁぁ!!
めっちゃ励みになります!!
皆さんのコメントってほんと大きなモチベになってるんですよ。
6さん、コメントありがとうございます。
そうですねぇ、主張は分かりますが、あまり趣味の世界に政治を絡めちゃいけませんやね。とてもつまらなくなってしまいます。
で、さりげなく「せっかくのおもしろいSS」と書かれていると、嬉しくて悶えてしまいます。
ありがとうございます!
7さん、コメントありがとうございます。
荒らしかどうかは分からない部分もあるのですが、趣味に政治の話題が深く入るのは無粋かなぁと思っていたら、運営さんが新機能を付けてくれた感じです。
何かリアクションとって下さるのは嬉しい事ではあるんですけれどね。
8さん、コメントありがとうございます!
今回、七十九話を更新できました!
いつも読んでくださってありがとうございます。
皆さんのコメントがほんと大きなモチベになっていて、楽しく書けています。
㈱提督製造所さん、コメントありがとうございます!
ですねぇ。次でマネージャーも消える・・・のかな?
お陰様で最新話更新しました。
このお話でも比叡さんはどぎつい色のカレーを作っていますが、萩ちゃんが傍にいるのでわりと美味しくて健康に良いものが出来上がっています。
しかし、そうです!磯風さんと合流してからはぶれ始めますし、磯風も色々やらかしてくれます。
間宮さんをマジ切れさせるなんて事は、きっと磯風にしかできないと思うんですよ。
本編でいずれ語られる話をお楽しみに!
10さん、コメントありがとうございます。
提督のこういう笑いは、周りの人は10さんのように受け止めるけど、実際には違う感じなのです。いずれ深海と対峙した時にその考えの一部が出るかもしれません。
また、強者を求めて笑うタイプはむしろ深海側にそういう人がいます。
榛名の『死返開耶姫』など、この作品にはいくつか艦娘の持つ刀が出てきますが、榛名のこの刀には重大な秘密が隠されています。はたしてどんな刀なのか?
自分の集めている古ガラスは「ボトルディギング」という趣味で集めるもので、昔のゴミ捨て場を見つけて発掘したりするのです。非常に綺麗な、貴重な完品をわりと集めています。画像検索すると癒されるかもですよ。
いつも読んでくださって、ありがとうございます!