「地図に無い島」の鎮守府 第五十五話 武蔵の決意
引き続き、深海側の要塞で苦悩する武蔵が出した答えと、それに沿う清霜。しかし追手がかかり、武蔵の圧倒的な力が発揮される。
早池峰泊地の浜風は、主任の奥さんの特製サンドイッチを味わっていたが、そこに嫌味な県議会議員・中村が現れる。彼は何かを画策しているようだが、全体を把握しているわけではなく、災いの予感がする。
そして、浜風の宿敵『髑髏と化した人魚』のエンブレムを持つ、深海の提督と艦隊の話。
深夜、小笠原の動きがみられなくなった時点で、足柄たちは提督と打ち合わせを行い、一時帰投して訓練に参加することにした。
そして、提督独自のきついトレーニングが開始されるのだが、高い身体能力を発揮する艦娘たち。そして、不幸にも昔の縦坑に落下する山城だが、そこは何か異様な雰囲気が漂っているのだった。
だいぶ更新が遅くなってしまいました。
仕事が増えてしまい、週一で海に出ている毎日です。
堅洲島の謎と、提督の独自の訓練が出ますが、実はこの訓練、歴史的に有名な訓練です。ものすごいスタミナが身に着くのですが、きつさも凄い訓練です。しかし、鍛えられた大の男でも脱落するのに、次々とゴールするのは流石艦娘と言ったところですね。
そして、提督が少しだけ赤城の余裕に疑問を感じます。
また、浜風の話は、最近改二が実装された、ピンクの髪のあの子や、僕っ子な防空駆逐艦の加入に絡んできます。
第五十五話 武蔵の決意
―2066年1月4日、午後。太平洋上、深海の要塞『E.O.B』(旧『フォールタワー』)、居住区画用エレベーター内。
―地下で、真相を知った武蔵の心は混乱と怒りに満ちていた。
武蔵(本当は、心のどこかで、私はこれを知っていた。私も加賀と何が違う?・・・だが皆、怒りと絶望に満ちていた。すべて無視しなければ、やっていられなかったのだ・・・)
―かつて、最後の戦いを共に戦い抜いた艦娘たちは、恐ろしい光と炎に焼かれ、身体には消えない毒が食い込んだ。そののち『最初の艦娘』と呼ばれる存在に変質した者たちは、放射能の影響さえ断ち切ることが出来るようになった。
武蔵(しかし、厳密には艦娘とは異なる存在になるそれを、受け入れられない者も多かったのだ。だがだからと言って!覚悟した者は、覚悟しない者を必ずしも軽んじていいわけではあるまい?)
―一部の主要な艦娘たちを除いて、判断に迷い、艦娘のままでいた者たちもいた。彼女たちは修復を延々と繰り返すことで、次第に正常な身体に戻る・・・はずだった。
武蔵(それはあくまでも、通常の海域の話だった・・・。深海の影響が強すぎるここでは、肉体の修復は遅々として進まず、むしろ悪い方に変質していった)
―肉体と心が、じわじわと深海のそれに変質していくが、心がそれを受け入れてはいないため、全てが不全になっていく症状が出ていた。そして、おそらく決意のない者から脱落していった。初期は多くの場合、それは眠り続ける、という症状だった。
武蔵(迷いつつも意志の強い者は、心より肉体が蝕まれていったという事か・・・)
―決意しなかった艦娘たちは、何を悩んでいたのか?何が決意できなかったのか?
武蔵(覚悟はしたが、私はそれが正しい選択だとは思っていない。清霜の選択もまた、正しいのだ)
―覚悟という名の逃げではないのか?
―武蔵は長い間くすぶっていた葛藤に、遂に答えが出た気がした。
武蔵(今の私たちには死さえない。ならば、清霜の選択した道の先を見てみたい)
―少なくとも清霜は、誰よりも長く、艦娘のままの自分でいようとしてきた。
武蔵(行くぞ!)
―武蔵は自分の部屋にたどり着くと、およそ必要だと思えるものを、大きめの防水リュックに次から次へと放り込み、次に療養区画に向かった。
―療養区画
重巡棲姫「ナニヲスル?カッテニハイルナ!」
武蔵「最初の艦娘である私は、ここでは何をしようと自由だという不文律がある。その原則に従わせてもらおう!どけ!」グイッ
重巡棲姫「クッ!カッテナコトヲ!」
武蔵「勝手ではない。権利だ!・・・清霜、・・・清霜!」
―武蔵は重巡棲姫の制止を押し切って清霜の病室に入った。巻き直したばかりの包帯が痛々しい。
清霜「あっ!武蔵さん!どうしてここに?」
武蔵「清霜、しばらくここを出て、南の泊地で療養しよう。ここの環境は艦娘にはあまり良くはない。・・・むしろかなり悪い。どこか艦娘に良い環境に移れば、きっと良くなるはずだ。幸い、太平洋には幾つかの捨てられた泊地がある。しばらくそんなところでのんびりするべきだ!」
―清霜の眼が丸くなり、次にとても嬉しそうな、本来の子供っぽい喜びに満ちた表廟になった。
武蔵(ああ、ずいぶん久しぶりだったな、清霜のこんな表情・・・。私よ、おのれの不明を恥じろ!)
清霜「ほんとうに?武蔵さん」パアァ
武蔵「ああ!ずっとこんなところにいたのでは、治るものも治らないからな。荷物をまとめてくれ。早い方が良いから、すぐに出るぞ!」ニコッ
清霜「うん。荷物はここにしかないから、すぐに出られるよ?」
武蔵「そうなのか?自室はそのままだろう?」
清霜「うん。でも、ここにあるもの全部で済むくらいに、片付けちゃっていたんだよね・・・」
武蔵「そうか・・・・・・行くぞ!」
―既に身辺整理をしていた・・・死期を悟っていたのだろうか。
清霜「武蔵さん、でも、そんな事できるの?していいの?」
武蔵「私たち、『零化』した艦娘は、何をしようが自由な存在という約束だ。おとがめはないさ」
清霜「でも、そんなに大丈夫な事じゃないんでしょ?それに・・・えーと・・・」
武蔵「どうしたんだ?」
清霜「・・・もうすぐ死んじゃうかもしれないから、やっぱり迷惑はかけられ「馬鹿を言うな!」」
武蔵「そんな事は無い。きっと良くなる!清霜の症状を良くするための事なんだ。何もおかしなことは無い!・・・持っていくものを言ってくれ」
―武蔵は清霜の不安を消すようにそう言うと、ベッドわきの引き出しを開けた。
―ヒラッ
武蔵「うん?」
清霜「あっ!」
武蔵「この写真は!・・・まだ、持っていたのか・・・」
清霜「・・・うん」
武蔵「今思えば、この頃は全てが良かったな・・・」
―それは、最後の戦いの前の夏の日、『最初の鎮守府』の提督と艦娘たちが全て揃っている、南太平洋の泊地での写真だった。砂浜で、水着姿の艦娘も多く、全員が凛々しくも笑顔だった。
清霜「行くなら、この辺がいいな・・・」
武蔵「そうだな・・・何年振りか・・・」
―清霜も武蔵も、心の底にある思いは同じようだった。武蔵は清霜を肩車すると、深海の要塞、『E.O.B』を後にする。
―『E.O.B』、高次戦略解析室。
深海参謀「加賀よ、良いのか?こんな事をして。不文律はわかるが、我らが盟主の許可は必要だったのではないか?」
加賀「問題ないわ。どうせ、あの子は長くもたないはず。すぐに帰ってくることになるわ。深淵から帰って来るあの人の負担を増やすに値しない些事よ」
深海参謀「だが、武蔵も清霜も迷い続けている。私はそこが気になるがな」
加賀「なら、撃滅すればいい事よ。所詮、あてになるかどうかわからない二人だわ」
深海参謀「ほう、つまりそういう事か」
加賀「あとは私の知った事ではないわ。どうなろうとも」
深海参謀「・・・赤城のようにか」
加賀「・・・そうね」シャラッ
―加賀は相槌を打ちつつ、立ち去った。その胸元には、電探をあしらったペンダントが光っていた。
深海参謀(・・・いずれにせよ、迷いのあるものはいずれ全て淘汰されるのだ。障害になりかねぬものは排除しておくべきだが、様子を見ておくか)
深海参謀「スウラに出撃を命じろ!それと・・・ザギが騒いだら、勝手にさせてやるがいい」ニヤリ
―深海参謀は秘書艦の戦艦棲姫に、深海親衛機動遊撃艦隊の出撃を命じた。空母主体の高速連合艦隊で、海域の障害を速やかに撃滅させる任務の精鋭艦隊だった。
―何をするのも自由という事は、安全が保障されない事も意味していた。
―要塞周辺海域。
武蔵「清霜、寒くないか?」
清霜「うん・・・大丈夫だけど、なんだろう?何だか寒さが気持ちいいの。ぼうっとしないの」
武蔵「もう何年もあんな所に居たんだ。息も詰まるというものだよな」
―武蔵は必要と思われる様々なものをかなり大きなリュックに詰めて背負っており、その上に清霜が肩車をしていた。
武蔵「今日は、海の色が赤くないのだな。黒い程度で止まっている」
―現在、太平洋での大規模作戦の迎撃のために、要塞の親衛艦隊はほぼ出払っていた。そのせいだろうか?いつもは血のように赤かった海が、その手前の変色、夜のような青黒さにとどまっている。
清霜「武蔵さん、気のせいかもしれないけれど、何だか要塞の中に居るより身体が楽な気がするの」
武蔵「これはあてずっぽうだが、艦娘にとって良い環境の場所に行けば、良くなるかもしれないと思ったんだ」
清霜「そうなのね?武蔵さん、とても嬉しいけど、こんな事をして大丈夫なの?」
武蔵「大丈夫さ。もうずっと、私だってまともに提督と話していない。会ったり、話せているのは加賀くらいのものだろう。色々変わってしまったし、なぜだろうな?これからもっと悪くなっていく気がする。だから私は、後悔しない選択をしたかったんだ」
清霜「みんな、いなくなったり、艦娘ではないものに変わってしまったり、したもんね・・・。私はね、死ぬにしても艦娘のままで死にたいって思っていたの。とても悲しい事は沢山あったけど、だからってこのままだと、もっと悲しい事になる気がして、怖かったの」
武蔵「そうだな・・・むっ!?」
清霜「どうしたの?・・・あっ!」
―二人はほぼ同時に、強力な深海の艦隊の接近に気付いた。が、旗艦の空母棲姫が武蔵にD波通信を送ってきた。
武蔵「この感じ・・・スウラだな・・・」
清霜「スウラさん?戦う事になるの?」
―要塞の親衛艦隊の一つ、親衛機動遊撃艦隊の旗艦は、スウラという個体名を持つ空母棲姫が旗艦だった。彼女はわずかに艦娘だった頃の記憶があるらしく、それを決して語りはしないが、仲間の命に対しての執着が強いという特徴があった。
武蔵「戦いたくはないな。彼女は多くの深海棲艦が持つ、混沌とした情念と奔放さを持たない。話してみよう」
―武蔵は回線を開いた。
空母棲姫・スウラ「武蔵、デキルナラモドレ!オマエタチハ仲間ダ。戦イタクハナイ。・・・ダガ、参謀ハタタカエトノ事ダ。ドウスル?」
武蔵「私も戦う気はないぞ?しかし、命令を無視すればお前に迷惑がかかるな。深海棲艦が命令に反する苦痛は理解しているつもりだ」
空母棲姫・スウラ「ナラ、全力デ逃ゲロ。オイツイタラ撃ツ・・・ムッ!?」
武蔵「どうした?」
空母棲姫・スウラ「マズイゾ?『ザギ』ノ艦隊マデデテキタ!」
武蔵「何だと!?参謀は私をどうする気なのだ?」
清霜「どうしたの?武蔵さん」
武蔵「ザギの艦隊が出てきたらしい」
―戦艦レ級、個体名『ザギ』は、おそらく深海で一番危険な個体だ。艦娘をいたぶって沈める事を生きがいにしており、最初の艦娘たちともよく衝突している。快く思っていないのだ。だが、その性格の偏りがひどく、しばしば命令も無視するため、深海の最強の八人の姫たち、『八部衆』からは除外されていた。
清霜「・・・勝手に出てきたんじゃないのかな?武蔵さんに張り合っていたでしょ?目の敵みたいに」
武蔵「厄介この上ないが・・・いい機会だな」ボソッ
清霜「えっ?」
―再び通信が入る。
空母棲姫・スウラ「勝手ニデテキタ可能性ガ高イ。ナラ、ヤツノ実力ガワタシヨリ上デアルコトヲカンガミ、ワタシハ見届ケヨウ」
武蔵「すまないな」
空母棲姫・スウラ「・・・フタリトモ、シヌナヨ?ナカマガシズムノハイヤダ」
武蔵「わかった」
清霜「武蔵さん、どうするの?」
武蔵「危機に見えて、これはチャンスかもしれない。だから迎え撃つ。ただし、ギリギリまで防御するがな。反逆する意思はないのだから。・・・清霜、少しだけ我慢してくれ」
清霜「私、ザギさんは嫌い。わかった!離れないようにするね!」
―要塞の方角から、やや斜めにずれるようにスウラたちの艦隊が近づいてきた。そのさらに後方に、どす黒いもやの塊のようなものが高速で移動してくる。沢山の艦娘を沈めてきたザギの艦隊だった。
―ゲギャギャギャギャ・・・イィィィィ・・・・オッオッ・・・
―叫びとも、笑いともつかない騒音が、どんどん近づいてくる。
戦艦レ級・ザギ「ヨウ武蔵、ツメタイナァ。シズンデイケヨ!ギャッギャッギャッ」ヌウッ
―武蔵は要塞の塔を向いている。空母棲姫・スウラは斜め右手に艦隊を停止させ、正面にはどす黒い大きなもやの塊が近づいてきていたが、その中から戦艦レ級・ザギの人間に近い部分だけが姿を現した。
武蔵「ザギ、久しぶりだな。用は何だ?」
清霜「・・・」ギユッ
戦艦レ級・ザギ「ンー、オマエラヲ沈メル用ガアッテサ」ニヤァ
武蔵「冗談が上手くなったな。スウラの手を煩わせる事なく、お前が直接私を沈めに来たという事か?」
戦艦レ級・ザギ「冗談ジャアナイゼェ?フザケテルトコロスゾ?」
―ザギの左目から漏れる金色の炎が勢いを増し、その瞳は爬虫類のようになった。
武蔵「仲間で殺し合う理由など無いはずだがな。お前はいささか自由だが・・・私は仲間のつもりでいるが」
清霜「・・・武蔵さん!(小声)」
武蔵「わかっているぞ(小声)」
戦艦レ級・ザギ「ダガ少ナクトモ、ソノ小娘ハナカマジャネェナァ・・・シネヨ!」オオォォォォ・・・ブーン・・・
―黒いもやの中から、多数の艦載機が姿を現した。
空母棲姫・スウラ「ザギ、ヤリスギダ!オマエハ武蔵ノ力ヲ舐メスギテイル!ダカラオマエハ八部衆ニナレナ「ウルセェンダヨ!!」」
戦艦レ級・ザギ「オマエモシズメンゾ?アア?」
―雲霞の如く艦載機群が舞い上がり、一斉に武蔵と清霜に向かって編隊飛行を始めた。艦爆の多い編成だが、おそらくこれは様子見で、二次攻撃以降に雷撃する構えのようだ。
武蔵「清霜、あいつは私も気に入らない。少し暴れてもいいか?」
清霜「えっ?うんうん!思いっきりやっちゃって、武蔵さん!」キラキラ
武蔵「わかった!(思ったより元気だな?)」
―武蔵は腕時計を見るような姿勢に左腕を構えると、ライトフロー端末と呼ばれる疑似立体端末が浮かび上がった。すぐさま自分の装備を最適化させる。その間に、武蔵と清霜の周囲を、数十機の艦爆がドーム状に取り囲んだ。
戦艦レ級・ザギ「ゲッゲッゲ、イノチゴイスンナラ今ダゼ?」
武蔵「さぁな?模擬戦がわりだ。遠慮なくこい!」
戦艦レ級・ザギ「フッザッケンナヨ!!全機カカレ!・・・トビチッテシズンジマイナァ!」
―ゴオォォォ・・・ダダダッ・・・バンッ・・・バウッ・・・・
―武蔵は全武装を対空砲に切り替え、攻撃動作に入りかける艦載機から順に撃ち落としていく。
清霜「すごいすごい!艦載機が全然攻撃できないよ!」
戦艦レ級・ザギ「ヘーエ、ヤルジャンヨ!・・・二次、三次コウゲキカイシ!」
清霜「武蔵さん!雷撃機もいる!すごい数だよ!」
武蔵「悪くない選択だな。一気に私を沈めるつもりか。本気で行こう!」
―BGM~SRW α3: Overwhelming Power (Extended)~
武蔵「武装変更!全武装スロット及び、補強増設を三連装機銃・集中配備フル改修に変更!併せて、全力で突撃する!」ザアッ!・・・ゴオォォォ
戦艦レ級・ザギ「ナンデツッコンデキヤガル?カンサイキノ巣ダゾ?」
空母棲姫・スウラ「アレハ!マサカ?」
武蔵「見ていろ、清霜!」
清霜「うん!」
―武蔵は艦載機の密度が最も濃くなる地点まで全力で突っ込むと、拳を握った両腕を交差させるような姿勢を取った。ハリネズミのような対空砲が全天に砲口を向ける。
武蔵「くらえ!全方位対空射撃!」ダダダダダダダ!!
清霜「いっちゃえー!!」
―ゴオッ・・・バババババンッ!!
―武蔵と清霜を中心として、艦載機が連鎖的に撃ち落とされ、爆発するさまが巨大な火球のようになり、破片が海に降り注いだ。
空母棲姫・スウラ「ナントォー!?」
武蔵「まだだ!このまま畳みかける!・・・武装変更、51㎝連装砲フル改修を第一から第三スロットに、一式徹甲弾フル改修を第四スロットに変更。・・・見るがいい!私の力を!」ガコココンッ
清霜「51㎝連装砲を忘れるなんて!」
戦艦レ級・ザギ「オイマテ、ウッソダロオマエェ!」
武蔵「撃てぇー!!」ドドドドウッ・・・・ゴアッ!
戦艦レ級・ザギ「チックショオオオォォォォ!!」ドンドンドンッ、ゴウッ!
―斉射した砲弾のうち、三発が命中し、ザギの右肩、左腰、右足の付け根を吹き飛ばし、さらにザギ本人もぶっ飛ばされて姿が見えなくなった。黒いもやは晴れて、率いてきた空母と軽空母たちの姿が現れたが、艦載機を全滅させられたため、棒立ちの状態だ。
空母棲姫・スウラ「ナントイウ・・・力カ。ダガ、モウジュウブンダナ。行クガイイ。フタリトモ、武運ヲイノル。マタアエルトイイナ」フッ
―あり得ない事だが、一瞬笑顔のような表情を見せて、スウラはそう言った。
武蔵「面倒をかけるな。だが、恩に着る。ひとまずさらばだ。沈むなよ?」
清霜「スウラさん、沈まないでね?私も何とか生きてみせるつもりだから。きっとだよ!」
―こうして、武蔵と清霜は深海側の要塞から姿を消した。本来なら、清霜の命はそう持たなかったかもしれないが、太平洋は現在、深海の影響力が薄い状態になっており、それが予期せぬ未来の呼び水となるのだった。
―同日、早池峰泊地事務所。
―ガチャッ、ギイッ・・・
主任「あけましておめでとう、浜風君。今年もよろしく!・・・これ、リクエストだった妻のサンドイッチ・・・ん?これは!やっぱり『当り』だったのかい!?」
浜風「・・・ん?あ!司令・・・ではありませんね、主任!あけましておめでとうございます!当りでもありますが、大きなネタ過ぎて、扱いに困っているところです。周囲をよく確認しつつ、打ち合わせをしたいと思いますが、まず、これらを・・・」スッ
―浜風は特に重要と思われる写真を何枚か主任に渡した。滅多に深刻な顔をしない主任の顔が、険しいものに変わる。
主任「これ・・・大変なことだ!このタイミングでこんな事が起きているという事は、やはり身内の中に・・・」
浜風「身内の中どころか、誰も信用できないレベルです。対応を誤れば、我々が消されかねません。こんな事が起きているなんて、絶対に見過ごせませんが、巨大な力も働いているのは事実です。私たちはとても難しい案件に触れてしまいましたね・・・」
―浜風と主任は、泊地を完全に空けたように見せかけて、不法投棄業者のデータを得ようとしていたが、彼らを出し抜いて調査した結果分かった事は、自分たちの上に情報を流している裏切り者が居る事、不法投棄を行いつつ、同時に鎮守府の資材等をおそらく上海軍閥に横流ししている鎮守府が存在している事だった。とても、一筋縄ではいかない案件だ。告発先を間違えれば、自分たちが消されかねない。
主任「かと言って、何もしないままだと・・・」
浜風「ここは閉鎖になる上に、主任はクビ!でしたもんね・・・んっ!相変わらず主任の奥様のサンドイッチは素晴らしい味ですね!」モグモグ
主任「ああ、妻も喜ぶよ。君の為に腕によりをかけてくれたそうだ。そのバスケット中のサンドイッチは、全部浜風君のものだよ」
浜風「なんと!こんなにですか?・・・わかりました!いただきます!ついでに、せっかく美味しいものを頂いたわけですから、何か知恵を絞ってみますね!・・・閃きました!」
主任「早すぎだよ!・・・最初から考えがあっての事かな?」
浜風「そうですね。決心というか、覚悟というか、そういう部分で、心の中でケリがついた感じです」
主任「それはどういう?」
浜風「はい。以前から考えてはいたのですが、特務に異動しようかと考えています。特務鎮守府は通常の鎮守府とは指揮系統から全く異なりますが、既存鎮守府の再編と共に設立されていますから、今回の件は相談できるかと思うのです。中でも、特に困難な任務に当たる特務に異動を願い出てみれば、間違いはないかと思います」
主任「・・・その代価はなんだい?」
浜風「・・・鋭いですね。嘘か真か、次回の大規模侵攻を阻止する任務の特務に異動しようと考えていますから「絶対にダメだ!」」
主任「絶対にダメだ!そんな事。前回の大規模侵攻で、沢山の艦娘が命を落としたと言うじゃないか。ダメだ、命を粗末にしては!」
浜風「・・・驚きました。そんな風に声を荒げるなんて。でも主任、私は沈みませんよ?仲間の仇を討ちたいのです。だから、ここでの任務も苦痛ではありませんでした。私にとってはチャンスなのです」
主任「チャンス?」
浜風「あの夜、柱島第四鎮守府に所属していた私は、ほぼすべての艦娘たちと共に、連絡の取れなくなった小笠原泊地に向かったのです。そして・・・それはもう・・・ひどい事になりました。絶望につぐ絶望です。命からがら本土にたどり着いた私は、しばらく自分自身さえ信用できませんでした。・・・でも、長い時間が流れて、思う事があります」
主任「・・・」
浜風「私の仲間たちをあざけるようにいたぶり殺し、勇敢だった提督の心をズタズタにして死に追いやった、深海の提督と、その艦隊だけは、なんとしてでも沈めないと気が済まないのです。『髑髏と化した人魚』のエンブレムを身に着けたあの連中だけは!」ギリリ
主任「・・・深海の、提督だって?敵に提督がいるなんて初耳だよ!まさか浜風君、君がこんなところに飛ばされたのは、その情報を持つからじゃあ?」
浜風「だと思います。かつての私の提督は、深海の提督を知っていましたから」
主任「なんて事だ!・・・しかし、そうか、それで特務に・・・うーん」
―主任は難しい顔をしてパソコンを開いたが、特に何をするわけでもなく、深く考え込んでしまった。
浜風「どうしましたか?」
主任「しばらく一緒に仕事をしてて、君がそんな過去を持っていたことに気付けない自分がどうなのかと思ってね。僕は様々な事に無関心に過ぎるんじゃないかなと」
浜風「いえ、人はみんなそんなものだと思います。普通だと、思いますよ?」
主任「いや、僕が無関心なんだ、きっと。父に言われていた。無関心は罪だと。浜風君、僕は君のように戦ってきた事なんて一度もない。君の判断を優先するとしたら、僕はどうしたら」
―ビーッ
―事務所に至る道に誰が来たことを意味するブザーが鳴った。窓の外を見ると、黒塗りの高級車が狭い坂を上がってくる。
浜風「うるさい人が来ましたね・・・」
主任「中村議員か、来るとは思ったけど・・・」
―カチャッ、キイッ
―まもなくドアが開くと、気弱そうな秘書を連れた、恰幅のいいスーツの男がずかずかと入ってきた。この地域の県議会議員、中村だ。
中村議員「仕事始めご苦労さん、二人とも。呑気に年末年始休暇を過ごして、業者に出し抜かれたりしていないだろうね?次にそんな事があったら、君とここは・・・」
主任「わかっております。おそらく大丈夫だとは思いますが、これから調査に入りますので」
中村議員「ま、正月だからさすがにそんな事は無いと思うがね。結果が出たらなるべく早くに教えてくれたまえ。住民の不安を鎮めなくてはならないからな・・・」ニヤリ
主任「おっしゃる通りです」
浜風「恐らく何も無いと思いますよ。ご心配なく」
中村議員「ほほう、そうかね。これは期待が持てるな。では失礼するよ」
―議員は事務所を一通り眺めつつそう言うと、さっさと立ち去った。
気弱そうな秘書「これは労いの品です。やや高級なお茶との事です。お疲れ様です」ストッ
―秘書は金と銀の茶筒が入った、高級茶葉セットを置いていった。
主任「相変わらず、嫌な感じだ」
浜風「ですね。まあ折角ですからいただきましょうか。美味しいお茶は好きですから」
―近くの林道。
気弱そうな秘書「・・・仕掛けてきました。ドアポストの内側ですから、まず気付かれないでしょう」
中村議員「ふっふ。よくやった。これでどう転んでも奴は終わりだな。父の時代からの無念をやっと雪(そそ)げるぞ!うわあーっはっはっは!!」
―中村議員は、本宮ひろ志の漫画の悪役さながらの豪快な笑い声をあげた。しかし、予想外に深刻な問題が発生している事を把握していない部分で、想定外の災いが迫りつつあったが、そこまでは想像だにしていなかった。
―1月5日未明、小笠原近海、司令船『にしのじま』艦橋。堅洲島の執務室と特殊帯通信を開き、提督と足柄たちが打ち合わせをしていた。
足柄「こんな時間まで、ごめんなさいね提督。奴らちっとも出てこなくなったし、増援も来ないしで、亀でもいじめてるような気分よ。ちょっとつまらないわね」
提督「ふむ。やはり完全に予想外な上に、奴らの戦力はだいぶ削られていたか。・・・悪くない経過だが、父島と母島の連携の無さが気になるな。重要度なり、仕切ってる者の権限なりが、大きく差が開いているうえに、おそらくうまく行ってないと見るべきかな」
足柄「何かスムーズさに欠ける気はするわね。戦ってみると、圧倒的な戦力ではない今は、何だか敵の顔が見えるようよ。でも、どうすればいいかしら?」
提督「そうだな・・・足柄は、堅洲島に戻って練武会に参加したり、地獄の訓練をするのと、そっちで戦うのでは、どちらがいい?」
足柄「え?そうねえ・・・」
―足柄は腕を組み、人差し指を顎のところに当てて、束の間考えた。
足柄「いったん戻るのがいいんじゃないかしら?攻撃の面では、奴らが落ち着いたころにまた急襲すればいいし、提督の訓練は面白そうだもの。それに・・・」
イク「艦載機が沢山必要なのねー!あと、装備と!」
加賀「私か赤城さんがいれば、開発はスムーズなはずだわ」
足柄「新しい仲間の装備も必要だものね!」
提督「決まりだな!総員、一旦帰投せよ!」
足柄「諒解いたしました!」カッ
―こうして、小笠原に急襲した足柄たちは、あわただしく帰投することになった。と言っても、司令船が自動航行で戻るため、特に煩わしい事は無い。
―同じ頃、深海父島泊地、執務室。
港湾棲姫・ハナ「提督、ヤツラノ反応ガ無クナリソウダゾ?」
深海父島提督「何だと?なぜ?奴ら気まぐれでここを叩きに来たのか?」
―現在、深海側が太平洋の制海権を握り、圧倒的に有利だったはずだ。予想外の大規模作戦の影響で侵攻を許してしまったが、その千載一遇のチャンスをみすみす逃す意味が分からない。撤退する価値のある何かを得たとは考えづらかった。
深海父島提督「いつも心配症と馬鹿にされるからな。そうか。こういう事もあるだろう」
―この提督の慎重さを、深海の総司令部も、母島の提督も、やや小心ととらえる向きがあり、それが気に入らなかった父島の提督は、今回はあえて気にしない方策を取る事にした。
深海父島提督「どのみち、我々の勝ちは既に揺るがぬのだからな」パサッ
―父島の提督は、先程深海の総司令部から送られてきた資料を机の上に置いた。『バニッシュプラン』と印字されたその作戦資料には、副題で『艦娘側の提督の大多数を無力化せしめる作戦』と注釈されていた。
港湾棲姫・ハナ「ダガ、提督ガ小心者トオモワレルノハナットクガイカナイ。提督ハ慎重ダ。ワタシハヨクワカッテイルゾ?」
深海父島提督「お前がそのような事を言うなんて、珍しいな」
港湾棲姫・ハナ「ナニカガオカシイ気ガシテ、シンパイナノダ」
深海父島提督「気にしなくていい。お前まで、おれの小心が移ったと言われたら悪い」
港湾棲姫・ハナ「ソウダロウカ?」
―港湾棲姫・ハナには、何か胸騒ぎがしていたが、根拠は何もない。
深海父島提督「・・・本当はな、不安で仕方がないのだ。何か今までと違う気がするんだ。以前は、我々への対応で奴らは手いっぱいの筈だったのに、今は何というか、・・・何者かが、劣勢にもかかわらず、我々をよく見ているような、そんな嫌な感じがするのだ」
港湾棲姫・ハナ「ワカルゾ。ダガ、オソラクダイジョウブダ。ココハワタシガ死守セヨト命ジラレテイルカラナ。フフフ」
―確かにそうだ。既にだいぶ戦艦の少ない艦娘側には、港湾棲姫を討ち破れる艦隊を編成できる鎮守府はそう多くない。不安は杞憂に過ぎないはずだった。
―翌日、2066年1月5日、マルキューマルマル(午前9時)、堅洲島鎮守府、正面グラウンド。
―戦闘服でフル装備の提督の前に、堅洲島鎮守府の全ての艦娘が準備体操を終えて整列していた。全員、この日の為に支給された、野戦用ブーツに迷彩服の上下、という姿だ。さらに、手伝いで瑞穂と金山刀提督、見学で特務第七の川内も参加していた。
提督「おはよう。定時の一糸乱れぬ整列、見事だな。それと、秘書艦及び小笠原出撃組は、激務の中、ご苦労。本日はかねての通知通り、第一回目の『練武会』及び、基礎訓練を行う。練武会においては、それぞれの使用希望武器の選別や適性の判別、及び各種武器の基本理念の習得を行い、基礎訓練では、艦娘の最大の弱点の克服及び、メンタルと戦闘持続力の底上げを高いレベルで可能にする、シンプルな訓練を取り入れる。なお、これも適正判別を兼ねているので、本気でやるように」
艦娘たち「諒解いたしました!」
提督「では、概要を説明する。まず、これから500mlの水の入ったペットボトルを配布する」
―艦娘たちにペットボトルが配られ、全員に行き渡った。
提督「全員に行き渡ったな?やる事は非常にシンプルだ。目的地は、ここから2.5キロ先の須佐山の頂上だ。ペットボトルの水を口に含み、決して吐き出すこと、飲むことも無く、鼻呼吸のみで全力疾走する事。全力だぞ?・・・そして、水を吐くなど、力尽きたら瑞穂さんの集計を終えるまでその場で待機し、集計後は目的地まで自分のペースで向かう事。以上だ!では開始!」ダッ!
―言うが早いか、提督はペットボトルの水を口に含み、あっという間に艦娘たちの前から姿を消した。
足柄「はっや!負けてられないわね!」グイッ、ダッ!
榛名「とても面白そうです!榛名も負けません!」
磯風「ほう!悪くないぞ!」ダッ
―艦娘たちも次々に後に続いた。しかし、これは想像以上にきついと、艦娘たちはすぐに気付いた。鎮守府のグラウンドを出て最初の上り坂で、既にかなり苦しい。
―数分後、須佐山頂上。
提督「ふうっ・・・まあ・・・何とかまだ、衰えちゃ・・・いないな・・・」フーッ、フーッ・・・
―提督はなるべく深呼吸しようとしたが、どうしても肩で息をする感じになってしまう。そして、汗が滝のように流れてくる。少し鈍っているのだ。
長良「はあっ・・・提督、これ・・・すごいです・・・ね・・・」フゥ
提督「うおっ!早いな!」
長良「毎日走ってる私でもこれだから、みんなもっときついはずです。でもこれ、効果的かも!何より楽しいです!」
提督「このトレーニングを楽しいと言っちゃうとか、大したもんだな!」
―なだらかな須佐山の登山道を見下ろすと、結構な数の艦娘があとに続いていた。
雪風「あっ!二位でしたか!しれぇ、これ、きついけど意味が分かります!呼吸が乱れなくなりますね!」
提督「おー!雪風はよくわかってるねー!」
那珂「あっ!残念!でも何とか三位以内はキープしたもんね!」
提督「あれっ?那珂ちゃん体力あるな!」
那珂「アイドルは歌いながら踊るんだよ?これくらいはできないとね!」キャハッ!
川内「くっ!那珂に負けるなんて!はあっ・・・はあっ・・・きっつー!」
夕立「ああもうっ!駆逐で二位とか残念っぽい!次は負けないっぽーい!」
提督「ぽいちゃんも早いな。うーむ・・・」
―提督は以前、国防自衛隊、陸防部の特別演習の講師として、この訓練を導入したことがあったが、屈強の男達でもこうはいかなかった。艦娘の身体能力は、人間のそれを遥かに超えている部分があると言えるだろう。
古鷹「提督、この特訓、きついですねぇ!ふぅー、深呼吸しないと・・・」
提督「おっ!重巡一位は古鷹かー!」
足柄「はあっ・・・提督、これ、きっついわね・・・くっ!」
―古鷹に続いて、ポニーテールにした足柄が登ってきた。
提督「いや、重巡で二位だ。大したもんだな!」
磯風「まさか夕立に・・・はあっ・・・負けるとはな!」
―磯風は刀を持ったまま走ってきたようだ。これは結構なハンデになるが、その後すぐに綾波が到着した。
綾波「ふわぁ、みんな早いですねぇ・・・ふぅっ・・・何位でしょうか?」
提督「全体では9位、駆逐では4位だな。こっそり鍛えているのかねぇ?」
綾波「それほどでも、無いんですけどね」ニコッ
神通「くっ・・・げほっ!こんなに遅れてしまうなんて・・・っ!」
提督「神通10位だな。おそらくこれは、身体が堅いんだ。身体能力は姉妹と変わらないはずだからな。余計な力を抜いた方が良いかもしれない」
神通「はい。ありがとうございます!ふうっ・・・」
榛名「くっ、負けません!」
金剛「Noネー!ここは譲れ・・・」
加賀「ここは譲れないわ!」ザッ
―ほとんど同着だった榛名と金剛を、加賀が直前で追い越した。そして、その後に赤城が走ってくる。
赤城「皆さん早いですね!もっと朝ご飯をしっかり食べてくれば良かったわ」
提督「カツ丼を朝から三杯も大盛りで食べるのは、しっかりとは言わないのか?」
金剛「加賀さんに負けるとは油断したデース!次は負けませんヨー?」
榛名「加賀さん、やっぱり流石ですね。こんなに早く走れる空母はそういませんよ?」
加賀「どうってこと・・・ないわ・・・ふぅ・・・。良い訓練ね。戦闘時でも呼吸が乱れなくなる為のものね?」
―しかし、抑えているだけで肩で激しい息をしているのがわかる。
提督「その通り!・・・ん?」
―この時、提督は妙な事に気付いた。赤城だけ、呼吸が全く乱れていないように見える。そんな赤城と目が合ったが・・・。
赤城「ふぅ・・・本当にこの訓練、きついですね・・・はぁ・・・」
―肩で息をしているが、どこか不自然に感じられた。
提督「赤城、もしかして余力を残していたかな?」
加賀「えっ?」
赤城「いえ、そんな事ありませんよ?一航戦として、やせ我慢を通しているだけです」ニコッ
提督「ふむ、そういうものかな?大したものだな」
赤城「恐縮です。誇りは大事ですからね」
提督(だが、その眼はずいぶん涼しいようだな・・・)
―人知れず様々な訓練をしている艦娘は多い。赤城もその一人かもしれないと提督は思った。
霞「くっ・・・口だけじゃないのね・・・はあっ・・・はあっ・・・認めてあげるわ!」
提督「おー、霞こそ!頑張り屋だな!鍛えに鍛えた陸防部の連中でも、なかなか大変な訓練なんだぞ?やるじゃないか」
霞「ふん!こんなのが私の本調子だと思わない事ね。次は私が1位になるわ!」
―そして、艦娘たちが次から次へと須佐山の頂上にゴールした。
時雨「提督、君の訓練、悪くないね」
提督「何だ?時雨も様子見か?呼吸が荒くないが・・・」
時雨「違うんだ。山城が見当たらなくて、集中できなかったんだよ。やっぱりゴールしてないよね?登山道あたりまでは見えていたのに」
扶桑「あら?あの子どこに行ったのかしら?」
五十鈴「どれどれ?・・・うーん、見当たらないわね・・・。」
―見晴らしのいい山頂から、鎮守府まではほぼ一望できる。が、どこにも山城の姿が無い。
響「司令官、山城さんなら、私たちの少し先を走っていたと思うんだ。だいぶ息が上がっていたから、途中の古い道に間違えて入っていったかもしれないよ?」
提督「何だって?・・・よし、全員、山城を探しつつ鎮守府に戻ろう。呼吸が整い次第、行動開始してくれ!」
―数分前。
山城(くっ、この訓練、本当にきついわ・・・)
―意外と軽快に走る扶桑の背中を、山城は必死に追い続けていた。
山城(ああ、姉さま、束ねた髪が揺れるのも素敵です!)
―しかし、扶桑と山城の間はどんどん差が開いていきつつあった。山城は必死に走っていたが、一瞬視界が暗くなるような感覚とともに、足を滑らせてしまった。
山城(しまった!きゃあっ!)
―ザアッ・・・ドサッ
―急な斜面を滑り落ちたが、下方に足場のように古いコンクリートの露出している面が見え、山城は水を飲み込むと、ケガしないように準艤装状態にした。その判断は正しかったが、少しだけ不幸だった。
―ボコッ・・・ガラガラガラッ・・・
山城「えっ!?うそっ?」
―古いコンクリートは準艤装の山城の重さと衝撃に耐えられず、底が抜けてしまい、山城は呑み込まれるように落下した。中は古い縦坑のようになっており、積み重なったがれきの上に落下する。
―ドサッ!グキッ!
山城「うっ!足が!こんなに深い穴があったなんて・・・!ああ、地面があんな遠くに!」
―人間なら、まず大怪我では済まない落下距離だった。
山城「誰か!姉さま!提督!誰かいませんかぁー!」
―声はだいぶ反響しているが、おそらく穴の傍に居ないと聞こえないだろう。
山城「不幸だわ、こんなの・・・。待つしかなさそうね」フゥ
―20分ほど後。
響「確か、この辺までは山城さんを見ていたんだよ」
提督「つづら折りの登山道だが、道を外れると結構急だな・・・んっ?」
扶桑「これ、あの子が足を滑らせたあとじゃないかしら?」
雪風「しれぇ、あそこに穴が開いてます!」
―提督は斜面を慎重に降りた。
提督「何だこりゃ?ずいぶん古い縦坑だが・・・。おーい!山城ー!いるなら返事をしてくれー!」
―ココヨー・・・オチテシマッタワー
―真っ暗な縦坑の底から、山城の声が反響して聞こえてくる。
提督「良かった!怪我はないかー?」
―アシヲオカシクシタワー・・・アルケナイノー
提督「なんてこった。わかった!これから助けるから、落ち着いて待っていてくれ!」
―ゴメンナサーイ!フコウダワー
提督「さてと・・・バリちゃん、サポート頼む。単管パイプでやぐらを組み、ワイヤーと滑車で下におり、山城を助けよう。部材は豊富に入ってきているものな」
夕張「ええ。沢山ありますよ!」
提督「良し、では、臨時で山城のサルベージを行う。各自、これから割り当てる役割をこなしてくれ。一時間以内に完了する!」
―縦坑底部。提督の指示は、山城側には良く聞こえていた。
山城「相変わらず冷静ね。はぁ、私、何をしているのかしら・・・ん?」
―ヒュオッ・・・
―がれきの積み重なった斜面に山城は腰かけていたが、足元の壁際から冷たい風が吹き出てくるのを感じた。
山城「風?何かしら?」ガラカラッ
―準艤装にした手で、風の吹き出てきたあたりを掘ると、どうも埋もれた横穴があるらしい。そして、その横穴の奥は、微かに光が入っているようだ。
山城「どこかに通じているという事?」ガラガラッ、ガラガラッ
―抜け道があるかもしれない、と考えた山城は、がれきを掘り始めた。しかし・・・。
―カラッ・・・ガラガラガラッ・・・ズザーッ
山城「しまった!崩れて・・・!」ドサッ
―足元のがれきが崩れ始め、山城は暗い横穴に滑り落ちた。
―ザアァ・・・ザザァ・・・
山城「うっ、いたたた・・・本当にもう、なんて不幸なのかしら・・・。ここは?」
―海の音が聞こえる。冷たく滑らかな暗い通路のはるか遠くに、光の漏れる裂け目があった。位置的には、堅洲島の断崖のあたりだろうか?断崖を横断する隠し通路があったという事だろう。
―オォォォォ・・・・
山城(何かしら?嫌な気配を感じるわ・・・)
―気のせいかもしれないが、深海と戦っている時の気配を感じる。暗いところに落ちて、不安になっているからかもしれないが、何か不穏なものを感じるのだ。
山城(やっぱりこの島、学校の事といい、何かあるんだわ。提督の判断を仰いで、これ以上は動かない方が良さそうね・・・)
―30分ほど後。
提督「じゃあみんな、よろしく頼む!」
金剛「提督の命綱は預かるヨー!任せて!」
扶桑「お手数おかけします。決して離しませんから、お気をつけて」
―提督は山城が落ちた穴の上に単管パイプで三脚を組むと、滑車をぶら下げ、ワイヤーを通し、それを扶桑と金剛に掴んでもらうと、ハーネスを身に着けて自分に結び、少しずつおろしてもらった。
―スルスルスル・・・
提督「何だろうな?隠された軍事施設の縦坑だろうか?ずいぶん深いな・・・」
―以前は地上に何らかの構造物があり、縦坑内部にもタラップがあった様だが、それはずいぶん昔に切り落とされてしまったらしい。
―ザッ
提督「24m・・・約八階建てのビルと同じか。山城でなかったら死んでいたな。んっ?」
―何か、嫌な気配がする。
提督「山城、迎えに来たぞ?どこだー?」
山城「あっ、ここよ!ごめんなさい、縦穴の底から、さらに横穴に落ちてしまったの・・・」
提督「ああ、そこか。これを掴んでくれ」ポイッ
―提督はわずかに見える横穴にロープを投げ入れると、山城が掴んだのを確認し、山城を引っ張り上げた。
提督「無事で何よりだ。心配したぞ?」
山城「ごめんなさい。心配と迷惑をかけたわね・・・」
提督「いや、ケガをさせてしまったな。すまない。まさかこんな事になるとは」
山城「提督は何も悪くないわ。それより、ここ、何か変なのよ」
提督「気のせいじゃないな。嫌な気配がする。さっさと上がろう」
―うまく言えないが、嫌な気配が強くなっている気がした。
提督「ところで山城、地上まではおれにくっついててもらうぞ?ベルトで結ぶから、しっかり掴まっていていてくれ」
山城「ええっ!?・・・どさくさにまぎれて、変な所を触らないでくださいね?」
提督「触らんよ!ちょっと密着するだけだが、暴れたり、殴ったりしないでくれよ?」
山城「そんな事、しません!ああ・・・本当に不幸だわ!」
提督「悪かったな!まあちょっとの時間だから辛抱してくれ」
―二人がそんなやり取りをしていた時だった。
??「ネェ・・・テイトクデショ?・・・ダシテ・・・ココカラ・・・・」オオォォォォォ
提督「何だっ!?」ジャキッ
山城「深海棲艦?」ザッ
―何かが二人の傍にいて、声を掛けてきた。提督は銃を抜いて周囲を照らしたが、しかし、何も見えない。
提督「おかしい。今確かに・・・」
山城「私も聞いたわ。何なの?何か変よ?あっ!ちょっと!」
―提督は山城を引き寄せてベルトで二人を繋ぐと、トランシーバーで地上に連絡した。
提督「金剛、急いで上げてくれ!何かおかしいんだ」
金剛「任せるネー!」
提督「山城、急いで出るぞ。しっかり掴まってろ!」
山城「・・・わかりました」ギュッ
提督(あれっ?)
―意外なことに、山城は提督の首に手を回し、しっかりつかんだ。提督は左手の銃を下方に向け、右手で山城を掴むと、金剛に合図を送った。ワイヤーが引っ張られ、ぐんぐん引き上げられていく。すぐに明るい地上に出た。提督と山城が地上に出るとすぐに、穴の上に足場板が渡され、落下しないように塞がれた。
提督(やはり、この島は何か重大な秘密が隠されているな・・・)
―提督の勘では、多くの者たちが何かを収拾のつかない状態にしてしまい、自分はそれを片付ける役割なのだろうという漠然としたものだったが、ここに来てそれがさらに強まった感じだった。
提督(まだ何も見えてこない。先が思いやられるな・・・)フゥ
―ともあれ、まずは練武会と、山城の怪我の回復だな、と提督は思っていた。
第五十五話 艦
次回予告
『練武会』にて、さらに明らかになる、艦娘たちの突出した戦闘・運動センスと、やはり際立つ、赤城の達人感。
そして、利島鎮守府に向かう提督と主な艦娘たちだが、浦風と磯風の感動の再会も束の間、『鬼鹿島』が提督に決闘を申し込む。
そして夜、伊豆大島沖合の合流地点に向かう提督たちだったが・・・。
次回『メビウスの輪』、乞う、ご期待!
山城『ああもう、落っこちるわ、足をくじくわ、提督と密着するわで不幸だわ』
提督『はいはい、悪かったな!それならもっと触っときゃよかったよ』
山城『なっ!?何てことを言うの?この・・・』
曙『クソ提督ー!!』
山城『ええっ?』
提督『こら・・・』
続き待ってました!この訓練、ボトム5も誰だったか気になります。おそらく最下位は鎮守府のグラウンド出る前に転びそうな五月雨ちゃんと予想(o^^o)
1さん、コメントありがとうございます!
ボトム5の顛末は次回で語られますが、五月雨ちゃんも入っています。ただ、五月雨ちゃん、とても前向きなドジっ子なので・・・。
あとは、引きこもりがちのあの子の良くない頭脳プレイとか、狼さんに巻き添えを食らった長女さんとか、途中で寝ちゃったあの子とか、落ちこぼれのあの子が出てきます。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。