2017-03-02 03:27:47 更新

概要

引き続き、年越しを迎える堅洲島鎮守府。

倒れた川内を運ぶ提督と、陸奥と川内の話。

提督の自室での、ある艦娘とのギリギリなトラブル。

扶桑姉さまのこだわったにしんそばを楽しんでいるさなか、新年と共に大量の書類と発令がなされる。

大浴場では空母勢と妙高型が大いに盛り上がっていた。

同じ頃、波崎鎮守府の鹿島は、意外な人物から戦い方を教わることになる。

巫女の仕事で神社に来ていた山城たちは、妙な既視感のある巫女と出会うが・・・。

発令された、次回の大規模侵攻阻止作戦『回天』と、『遠江』と名付けられた最後の戦艦。

扶桑と提督のやりとり。

そして、特務第十九号の少年提督の謎の苦悩。


前書き

いよいよ堅洲島鎮守府が始動し始めます。・・・が、相変わらず緩いままです。

扶桑姉さまのこだわりが発揮されたおそばが出ます。ぜひ食べてみたいですね。

小悪魔かわいい荒潮も、そろそろメインで出てきます。彼女もこの話では特に重要な艦娘の一人ですので、楽しみつつ見ていただければと思います。

大規模侵攻阻止作戦と、戦艦に、それぞれ名前が付きます。

また、新たな特務鎮守府の状況が出てきますが、少年提督の握られている弱みとはなんでしょうか?

磯風、親潮も出てきます。この親潮は、前回特務第七のメンバーが話していた子ですね。

※3月2日、扶桑と提督のやり取りで説明不足な部分を修正しました。


[第四十二話 バカばっかりの年越し・後編 ]




―12月31日、ニイマルサンマル(20時30分)過ぎ。天龍、龍田の部屋。


天龍「いやー、盛り上がったけど、まさか無許可とは思わなかったよなぁ!楽しかったけどよ!」


龍田「無許可ってわかった時の足柄さんの顔、凄くびっくりしてたわね。扶桑さんたちは落ち着いていたけれど」


天龍「提督さ、結構深刻そうな顔をしてたけど、扶桑さんたち、やっぱりすっげえ怒られたりすんのかな?」


龍田「うーん、あれはそういう深刻じゃないと思うわね。扶桑さんと陸奥さんが始めたっぽいから、あまり心配は無いと思うわぁ。うちの提督さんも大変ね。うふふ」


天龍「んー?よくわかんねぇが、大丈夫ってこったな?・・・ん?」


―天龍はここで、龍田の肩に乗っているハンカチに気付いた。


龍田「どうしたの~?」


天龍「いや、肩に男物のハンカチが乗ってるぜ?それが『ハンカチ乗せゲーム』ってやつか?」


龍田「えっ!?うそっ?・・・あら、一本目を取られちゃったわね、いつの間に?」


天龍「それ、どんなルールなんだよ?」


龍田「もう言ってもいいかな。・・・簡単よ?気づかせずに私の頭や肩にハンカチを乗せたら一本。胸の上に乗せたら二本。こっちも提督の頭や肩にハンカチを乗せたら一本で、十本勝負ね。前回は三本勝負でストレート負けしちゃったわ」


天龍「マジかよ!龍田にストレート勝ち?って、いつの間にそんな事するくらい親しくなってたんだよ!」


龍田「ノリがいいのよ、提督は。ついでに、と~っても強いから楽しいわ。天龍ちゃんも艤装に格闘兵装があるんだから、鍛えてもらっといたほうが、いつか絶対活躍できると思うわよ~?」


天龍「そうだな、悪くねぇな、そういうのもよ!」


―天龍も龍田も、その兵装の為に重要な戦力として、予想外に活躍することになるのだが、まだ想像だにしていない。



―三十分ほど後。鎮守府の全てのスピーカーの電源が入った。


那珂(館内放送)『どーもこばんは!那珂ちゃんでーす!いきなりの放送、びっくりしましたかー?本当は午前零時から堅洲島放送局をスタートする予定だったんだけどー、大晦日なので前倒しでスタートしてます。まず、皆さんこんばんは!えーと、まずは提督からの挨拶と、執務室からのお知らせがありまーす!』


提督(館内放送)『どうもこんばんは!提督です。全員、大晦日は楽しく過ごせてるかな?アイドルを目指す那珂ちゃんの練度上げと、この鎮守府の隔絶っぷり等を考慮して、新年より放送局、始めます。で、これは前倒しオープンな。色々と企画は考えているので、楽しんでくれ』


叢雲(館内放送)『と言うわけで、まずは執務室よりのお知らせよ。みんなの協力で応募が殺到した、地域特務の巫女のお手伝いと除夜の鐘スタッフ、今夜のメンバーはマルマルサンマルまでにエントランス前に必ず集合してね。堅洲島役所の自動マイクロバスに乗って各所に分かれるから、遅れないように!』


那珂(館内放送)『はいはーい!というわけで、那珂ちゃん、今日から堅洲島放送局のメインパーソナリティを務めるのでよろしくー!ちなみに、曲のリクエストや問い合わせも大歓迎だよー!内線で2411押してねー!』



―放送室


―コンコン、カチャッ


提督「ん?」


―放送室のドアが少しだけ開くと、神通が顔を出し、身振り手振りで提督を呼んでいる。


―提督は静かに放送室を出た。神通と、特務第七の川内がいる。二人とも、心配そうな表情をしていた。


提督「どうした?」


神通「それが、姉さんがどこにもいないんです。提督は何か、ご存じないですか?」


特務第七の川内「私の部屋を出たら、今夜に備えて寝るって言ってたんだけど、部屋に戻ってないって・・・。少し、熱っぽく見えたけど、別に咳とかはしてなかったし、どうしたのかなぁ?」


提督「朝も全然寝てないみたいだったしな。どっかで寝ちゃってるんじゃないか?手分けして探そう!・・・あ、申し訳ないが、特務第七の川内ちゃんは本館からは出ない範囲で探してみてくれ」


―こうして、提督と神通、特務第七の川内の他に、卯月たちも川内探しに加わったが、なかなか見つからない。もともとはリゾートホテルだったため、メンテナンスされた空室が多いし、メイン棟のほかに三つも建物があるため、そう簡単には全体を把握できないのだ。


―十数分後。


提督「ダメだな、見つからない」


神通「あまり体調は良く無さそうでしたから、具合が悪いんじゃないかと心配になってきます・・・」


卯月「こっちもダメだっぴょん」


弥生「いないです・・・」


特務第七の川内「おっかしーなー。いないよ。どっか近くで寝ちゃってんのかな?」


提督「もう一度探そう。見落としがあるかもしれないし。卯月たちは温かい服装で、外も一応見てやってくれないか?」


卯月「わかったぴょん!」


―提督は特務第七の川内の部屋から、川内の私室までの経路を辿ることにした。眠くて熱っぽい川内なら、どこに立ち寄るだろうか?


提督(この辺りは、一度神通が辿ってはいるが・・・)


―提督はエレベーターで第一展望室に向かった。第一展望室と第二展望室は、最上階から階段で上がる形になっている。第二は提督のほぼプライベートな空間となっており、第一は解放されている。


提督(さてと・・・)


―提督は第一展望室の照明を点けて、階段を静かに上りつつ、耳を澄ました。


―・・・スゥ・・・スゥ・・・


―ごく微かな寝息が聞こえる。


提督「川内、いるのか?どこだ?・・・あっ!・・・まったく、こんなところで寝てたら、風邪を・・・んっ!?」


―川内は床に横になっており、提督の呼びかけにも全く反応しない。服は汗で濡れており、こうしている今も、額から流れた汗が床に新しい染みを作っている。


―スッ


―川内の額に触れると、かなりの高熱だった。


提督「あっつ!何だこりゃ?まずいな・・・くっそ!ごめんよ川内、変なとこに触れちまったら、後で間宮奢るからさ」グイッ・・・ダッ!


―提督は川内の腰を掴むと、持ち上げて肩に担ぎ、走って医務室に向かう事にした。川内を担いだまま、階段を段飛ばしで駆け下り、廊下を走り抜け、エレベーターを待たずに階段を段飛ばしで降りていく。相当な身体能力と体力だが、アフリカで兵士を二人担いで何度も全力疾走したのに比べれば、川内一人は羽根のようなものだ。


川内(・・・ん?・・・え!?・・・提督?)


―川内はとても驚いたが、提督が川内を運ぶものすごい速さと、担ぎ上げられている驚きが強すぎて、声を上げられなかった。


川内(・・・すごく・・・早い!そっか・・・私、倒れたのかな、ごめんなさい・・・)


―川内はそのまま目を閉じていることにした。


―1階、医務室。


提督「むっちゃん、開けてくれ!大晦日だってのに仕事が出ちまったぞ?」


―カラッ


―入渠も終わり、私服に着替えていた陸奥が引戸を開けた。


陸奥「なぁに?どうしたの?・・・えっ?川内じゃない!どうしたの?」


提督「わからん。とにかくひどい熱と汗だ。神通を呼んでくるから、寝かせるなり、着替えるなりしてやってくれ」


陸奥「わかったわ。ここに横たえて。あとは私がやっておくから!」


提督「よろしく頼む。しかし、どういう症状なんだかな?」


陸奥「わからないわ。けれど、心当たりはあるのよ。そんなに心配は要らないかもしれないわ」


―風邪とも違う気がする。そもそも、艦娘は風邪をひいたりするのだろうか?


提督「こりゃ、川内は今夜の任務は無理だな・・・」


―言いながら、提督は医務室を出た。


陸奥「さてと!」


―陸奥はタオルやお湯、解熱剤や氷嚢を用意しようとしていたが、カーテンの奥から川内の声がした。


川内「陸奥さん・・・」


陸奥「あら!目が覚めたの?」シャッ


川内「・・・ごめんなさい。・・・提督に、運んでもらっている時に目が覚めたけど、・・・色々、びっくりしちゃって・・・」


陸奥「そうなのね?具合はどう?」


川内「すごく・・・ぼーっとするし、力が入らないよ・・・」


陸奥「そういう事もあるでしょ。別に作戦ではないのだし、ゆっくり休んだらいいわ。知恵熱みたいなものらしいから、休息すればすぐに良くなるわよ」


川内「さっきね・・・提督、私の事、抱えて走ってくれたの。静かで、すごく早かった。エレベーターも使わなかったのに、ずっと早くて・・・」


陸奥「そういう人よ。いざという時は、本当に頼りになる人なの。あなたとこんな話が出来て、私も嬉しいわ。・・・さあ、あとはゆっくり休みなさい。元気になったら、いろんな話ができると思うわ」


川内「・・・うん。ありがと・・・陸奥さん・・・」スゥ


―川内は再び眠りに落ちた。


陸奥(・・・でも、その頼りになる力の根源は、本当はとても恐ろしい物かもしれないわ。いずれ私には、何もわからなくなってしまうかもしれない。・・・それでも・・・私はきっと・・・)


―陸奥が胸に感じる違和感につく名前は、おそらく無かった。



―執務室ラウンジ。


叢雲「おかえり、どうしたの?そんな汗びっしょりで」


提督「川内を見つけて、担いで全力でダッシュした。大したことは無さそうだけどな。・・・しかし、汗が多い。少し鈍ってしまっているな。・・・えーと、大浴場って今夜は確か、艦娘専用だったよな?」


叢雲「そうね、今夜は露天風呂でお酒を飲みながら年が越せるようにって、艦娘専用にしてくれていたわよね。赤城さんや足柄さんたち、楽しそうにやってるみたいよ」


提督「だよな?じゃあ、ちょっと部屋行ってシャワー浴びて着替えてくる」


叢雲「いってらっしゃい」



―提督の私室。


提督「あれ?」


―提督の私室は、基本的に鍵をかけていない。が、何かいつもと様子が違っている。誰かが上機嫌でバスルームを使っているのだ。


提督(誰だ?)


―バスルームから誰かの鼻歌が聞こえ、シャワーの音が聞こえてきている。提督は立ち去ろうかとも考えたが、ここは自分の部屋だ。鼻歌の主は誰だろうか?


提督(どういう事だ?)


―思い当たることは無いわけではない。大浴場が賑やか過ぎて、一人でシャワーを浴びたい子もいるのだろう。だが、自分の私室のシャワールームを借りるとなると、ある程度親しい誰かの筈だ。提督は鼻歌の主を判別するため、暗い部屋の中を浴室に近づいていった。


―パサッ


提督(ん?女もののハンカチか?)


―ベッドわきを通った時、何か小さな布が落ちた。女もののハンカチのようだ。提督は一瞬、龍田との『ハンカチ乗せゲーム』の事を思い出したが、巧妙に乗せられてしまったのだろうか?


提督(えーと、そもそも誰のハンカ・・・ハンカチじゃないぞ、これっ!)


―提督は、手にしたそれをどうするか、一瞬混乱した。女もののパンツだったのだ。


―その時、鼻歌がやみ、誰かがバスルームから出てきた。


―ガチャッ、カチッ、パッ


―照明が点く。


荒潮「あら、戻っていたのね?ごめんなさい。一言許可をもらいたかったけど、見つからないし、もう時間も無くて・・・。大浴場がいっぱいで、バスルームを借りていたのだけれど・・・。あっ!・・・うふふ、ずいぶん素敵な事するのね。それ、着替え用のパンツなんだけれど」


提督「あー、そうらしい。タイミング最悪だが、誰の鼻歌かを確認しようとしたら、落ちていたなにがしかを拾ったってところだ。とはいえ、絵面的にも最悪だし、申し開きができる状況ではないな・・・」


―タオル一枚を巻いただけで、髪も乾かしていない荒潮は、ほんの一瞬真顔だったが、すぐにいつもの微笑に戻った。


荒潮「うふふ。落っこちそうな場所に置いていたし、勝手にお風呂を借りたのは私だもの。司令官はそれを、分からないで拾ってくれただけよね?」クスッ


提督「そうではあるが、こういう事は男が何を言っても説得力が無いと相場は決まってるからな。好きに解釈して、好きに対応してくれても構わんよ」フゥ


荒潮「説得力ならあるわ。大丈夫よ。うふふ。・・・でも、悪い女の子もいると思うから、今みたいな対応は良くないわねぇ。私みたいな、いい子ばっかりとは限らないのよ?」


提督「そこは心配いらないな。悪い女の子に縁があったり、悪い女の子が好きな男もいるもんでさ」フッ


荒潮「ふぅん・・・じゃあ、どうしよっかなぁ?・・・とりあえず、パンツはもらうわね」クスッ


提督「ん、ああ」


―荒潮は落ち着いた様子で提督に近づくと、提督からパンツを受け取った。


荒潮「・・・じゃあ、一つだけ質問するわ」


提督「・・・」


荒潮「ねえ、司令官は、こうやって、お風呂上がりの女の子に下着を取ってあげた事って、何回くらいあるの?数えきれないくらい?」


―荒潮は楽しくてたまらないといった笑顔で聞いてきた。


提督「ん?えーと・・・何回かは数えようがないから、何人って話なら・・・20人前後ってところか。うん、それくらいだな・・・」


荒潮「ええっ?(レベル高っ!)・・・そう、ありがとう。じゃあ、これで何も無しね。うふふ」


提督「そうなのか?・・・ところで、なぜここに?」


荒潮「私も今夜は神社のお手伝いだから、お風呂に入らなくてはならなかったんだけど、大浴場が宴会場みたいになっちゃってたから、ちょっと入りづらかったのね。陸奥さんに聞いたら、ここを借りたら?って言われて。でも、提督になかなか会えなくて、先に借りることにしたの」


提督「ん?大浴場、どうなってんだ?」


荒潮「ちょっとその・・・男の人には絶対に見せられないくらいの状態になっているわね。戦艦のお姉さまたちが先に入渠してしまって、居ないものだから、そういうのも拍車をかけているのかも。空母の人たちと、妙高型の四人とかが、かなり楽しんでいるみたいね」


提督「・・・ま、大晦日ぐらい構わんだろう。そういうことか。わかった」


荒潮「司令官はどうして?・・・あら?すごく汗をかいてるわね?」


―提督は川内の件を一通り説明した。


荒潮「たいへん!早くシャワーを浴びて着替えないと、風邪をひいてしまうわね。すぐに出るわ」


―荒潮は着替えを持ってバスルームに戻ると、あわただしく支度を始めた。伝わってくる音が、彼女の急ぎっぷりを伝えている。


提督「そんなに急がなくても大丈夫だ。風邪をひけるほど繊細にできちゃいないからな」


荒潮「そーお?」


提督「神社に行くって事は、その前の風呂は禊ってことだからな。落ち着いてするのが作法だよ。慌てて髪を中途半端に乾かすと、そっちが風邪ひくぞ?」


荒潮「ありがと!じゃあ、慌てないわ」


―コンコン、ガチャ


磯波「提督、タオル類をお持ちしま・・えっ」


提督「ありがとう」


磯波「すいません、タオルが足りないかなと思って持ってきたのですが、タイミングが悪かった・・・みたいですね・・・」


提督「いや全然悪くないって!大浴場が宴会場になっているみたいで、お風呂貸してるだけだから」


―ガチャッ


荒潮「そうよ?あれでは全然落ち着いてお風呂に入れないもの」


磯波「そうなんですか?・・・でも、どうして荒潮ちゃん、提督と仲良かったの?」


荒潮「うーん、嫌われてはいないと思うわ。それくらい?・・・うふふ、気になるの?」


磯波「・・・いいえ、ちょっと驚いただけです。そうなんですね」


荒潮(マメねぇ。けど、私的には一番危険な人だわ。隠れスぺが高いのよね、磯波さんて)


磯波「どうかしましたか?」


荒潮「んーん、磯波さんて、細かな気配りがすごいなぁって」


磯波「そんな事ないです。出来ない事ばかりだけど、何とかやってるだけです。・・・やっていけてるかどうかも、あまり自信は無いですけど・・・」


提督「・・・と、謙遜しておられる。いつもしっかり仕事してるんだけどな」


磯波「ちがっ・・・違います。でも、ありがとうございます!・・・では提督、また後程です」ガチャッ、バタン


荒潮「ところで、司令官。陸奥さん大丈夫だったの?すごく苦しそうだったけど」


提督「ん?苦しそう?どういう話だ?」


荒潮「あっ・・・(何かまずい話だったかしら?でも・・・)」


提督「ん?」


―荒潮は医務室での件を話す事にした。


提督「・・・なるほど、わかった。聞かなかったことにしておくよ」


荒潮「ありがとう、司令官。じゃあ、私もそろそろ行くわね!」


―ガチャッ、バタン


提督(むっちゃん・・・下手な嘘は、知らんふりする方も辛いんだぞ?)フゥ


―おそらく扶桑が言っていた「女の秘密」だろう。そうであれば、知らないふりをしている他はない。


提督(長門でもいれば違うのかねぇ?)


―しかし、現在は長門もほとんど残っていないし、見つからない艦娘だ。現状、着任は絶望的と言ってもいい。必要な艦娘を揃えるのだけでも大変な状況だ。


提督(考えても仕方ない、か・・・)


―提督はシャワーを浴びて、さっさと着替えることにした。今日もまだまだ忙しいのだ。



―同じ頃、波崎の町のコンビニ。


―大晦日のせいか、来客も少なく、いつもより退屈な勤務だったが、考えなくてはならない事が多く、鎮守府から離れていたい鹿島にとっては、貴重な時間だった。


鹿島(練習巡洋艦の特性かぁ・・・)


―練習巡洋艦は、テキストやマニュアルの記憶力に優れており、格闘技や運動、戦闘においては、達人の動きをトレースして自分のものにできる。これは、未熟な艦娘たちに様々な技量を教育する艦種ならではの特性だ。


鹿島(という事は、誰かから戦い方を学んだら、最悪の場合でも、提督にいいようにされる事は防げるかもしれないのね・・・)


店員のおばちゃん「鹿島ちゃん、お疲れ様!また元気が出たみたいで良かったよ」


鹿島「心配をおかけしました。もう大丈夫です!色々、頑張らないとだめですから」


店員のおばちゃん「そうなのかもしれないけど、何も大みそかまでねぇ。艦娘さんも大変なんだねぇ」


鹿島「いえ、これも大切な任務ですから。では、後片付けをして、帰投しますね」


店員のおばちゃん「ああ、それじゃあ鹿島ちゃん、帰る時にこれを貼っていってくれないかい?」パサッ


鹿島「子供剣道教室の案内ですか・・・」


―鹿島は渡されたプリント広告をまじまじと見つめた。


店員のおばちゃん「なんだい?剣道とかに興味があるの?」


鹿島「・・・あ、いえ、そういうわけではないんですけれど、強くなりたくて。どこかで何かを学べないかなって」


店員のおばちゃん「それ、剣道とかでもいいの?」


鹿島「はい。何でも大丈夫です。とにかく、強くなりたくて・・・」


―店員のおばちゃんは、鹿島の表情を見て、年配の女性ならではの察知をした。


店員のおばちゃん「鹿島ちゃん、ちょっと待っててね!」スタスタッ


―店の奥から、眠そうなおじいちゃん店長が出てきた。


おじいちゃん店長「なんだイ、鹿島ちゃん、剣とかで強くなりてェのかい?正月で良ければ、稽古つけてやんぞ」


店員のおばちゃん「店長さんはね、鹿島何とか流の師範で、今でもたまに軍属の剣友会とかに呼ばれるくらい凄腕の人なのよ?」


鹿島「えっ?ええっ!?」


おじいちゃん店長「鹿島神道流だイ。心の為かィ?それとも、身を守る必要があってかィ?」


鹿島「どちらもですけれど、身を守る必要の方が大きいです」


おじいちゃん店長「・・・わかった。新年の三日に演武会があっからな。その後の時間なら大丈夫だっぺ。コンビニは出た事にすっから、頑張って覚えろィ」


鹿島「ありがとうございます!必ず行きます!」


―こうして、鹿島は思わぬ人から武術の稽古を受けられることになった。しかし、これが後に、鹿島が多くの艦娘から恐れられるようになる、最初の一歩でもあった。



―再び、堅洲島鎮守府。執務室ラウンジ。


―提督は堅洲島の各所の神社仏閣に艦娘たちを送り届け、申し送りを行い、急ぎ足で帰ってきた。新年になると同時に、おそらく特殊帯通信が入り、堅洲島の司令レベル上昇と、『八百式艦』の管理・指揮権の移譲が通告されるはずだからだ。


扶桑「おかえりなさい、提督。おそばが出来上がっていますよ。食べながら新年を迎えましょうか」ニコッ


―割烹着姿の扶桑が配膳の支度をしていた。


提督「ありがとう。今日の楽しみの一つだな」


扶桑「嬉しい事を、言ってくださるのね」


―扶桑がふんわりとした笑みを浮かべた。


叢雲「おかえりなさい。もうじき年が明けるわね」


提督「そうだな、もうこんな時間か・・・」


―提督は時計を見た。23時40分だ。


提督「そろそろ、『ゆく年くる年』か・・・たまには次回予告とか、次回最終回とか、『おれたちの新年はこれからだ!』みたいなひねりが・・・」


初風「いらないと思うわ。まさかこんな穏やかに大晦日を過ごせるなんて」


―執務室には、提督の他に、扶桑、叢雲、金剛、榛名、初風、漣、如月がいた。他のメンバーは各神社仏閣に出ているのと、空母勢と一部の艦娘たちは大浴場で宴会をしてるためだ。まだまだ艦娘が足りない状態だ。


―それでも、そう悪くない。


扶桑「では、皆さん、粗末ですが年越しのにしん蕎麦をどうぞ。トッピングと言いますか・・・にしんの甘露煮以外の付け合わせもありますから、お好きに頂いてみて下さいね」


一同「いただきます!」


提督「・・・あ、これはうまいな!」


扶桑「おそばの仕上がりは、何度か試してみたのですが、難しいものですね。にしんの甘露煮は、そこそこ美味しくできたつもりなのですが・・・」


叢雲「えっ?扶桑さん、そばを粉から?」


扶桑「鳳翔さんと間宮さんたちとも相談して、石臼を導入してみたの。十割で、粉は挽き分けたのち、少し粗目に仕上げています」


叢雲「そういえば、備品の申請にあったわね!」


提督「今の石臼は意外と安いからな。あー、いいなこの蕎麦の香り。昔、爺さんに蕎麦屋の楽しみ方を教えてもらったっけ。・・・え?挽き分けまでやったのか?自分の好きな配分にたどり着けたかな?」


扶桑「・・・あの、その、勝手にですが、提督が好まれそうな配分を考えてみました。粗目に全粒粉、やや濃いめの色で、田舎そば風に太めにしています」


提督「それ、ほとんど蕎麦職人だぞ?すごいな。・・・うん、おれはこういう蕎麦は好きだよ。ありがとう!」


扶桑「本当ですか?・・・良かった。山城に味見をして貰ったのですが、あの子は何を食べても美味しいと言ってくれるので、嬉しい反面参考にならないので・・・」


一同(なるほど・・・)


漣「おいしい!すごーい!いい香りがしますよ!」


初風「信じられない。蕎麦ってこんなにおいしいの?香りがもう、全然違うわ!」


金剛「マーベラスおいしいデース!(何たる美味しいおそば!こっ、このままではダメネー!私も何か身につけないと!)」


榛名「とても美味しいです!横須賀や横浜の、軍属の方々が行く名店にも引けを取らない味ですね。ニシンの甘露煮も美味しいです。付け合わせを選べるのも素敵ですね。・・・お返しと言っては何ですが、次は榛名も何か作らせていただきます!」


金剛(ほらほら来ましたヨー、榛名の高い女子力が。もう気の抜けない状況になってきたネー)


如月「とても美味しいけど、表現する言葉が足りなくて、美味しいとしか言えないわ。(うう、女子力まで戦艦クラスなのね・・・」


漣「ラギっち、後半部分、それ心の声が外に出てるやつだよ・・・」


扶桑「なんだかとても、気恥ずかしいのですが・・・そうですか、皆さん、お口に合ったのですね」ニコッ


如月「わ、私もしゅ、修行しないと・・・」


漣「今んとこ、ここの駆逐で一番のメシウマはいそっちかなぁ?」


―磯波は料理がもともと上手なうえに、間宮さんたちのサポートをしたりもしているため、腕に磨きがかかっているのだ。


初風「叢雲さんの料理も美味しいわよね?」


叢雲「そりゃあ沢山練習したもの!」


漣「(ピーン!)・・・あれですか?誰かに美味しく食べてもらいたい的な?」ニヤッ


叢雲「(しまった!)・・・そっ、そんなんじゃないわ!たしなみよ、たしなみ!秘書艦が司令官の健康を考えるのは、当たり前の事だわ」


―この後、扶桑のそばがとても美味だったため、全員がしばしの間、食べることに集中し、会話のない時間が訪れた。


提督「・・・ある会社がさ、会議をカニ料理の店とかにしたら、全然会議が進まなくなったって有名な話があるんだが、この蕎麦もそうなるくらい美味しいよな。・・・扶桑、ありがとう」


扶桑「どういたしまして。(・・・良かった)」ホッ


―そして、午前零時。


特殊帯通信機『指定された時刻となりました。特務第二十一号、堅洲島鎮守府及び提督に対し、司令レベル上昇、『戦艦・陸奥』の艤装展開許可、『八百式艦』の指揮権委譲、第五までの艦隊の開放、戦艦用偽装船渠の使用許可、戦艦兵装の閉鎖型ライン解放、次回大規模侵攻阻止作戦『回天』の開始等を通知いたします。建造筒による高レベル特殊帯転送により、各種書類は送信いたします。12時間以内に受け取りを完了してください』


提督「来たか、目白押しだな」


叢雲「始まるわね。『回天』か。まさにそうよね」


金剛「回天・・・」


扶桑「・・・意味深長な作戦名ですね」


提督「なかなかセンスは良いな。ダブルミーニングかねぇ?だが、聞こえようは悪くないな」フッ


―もし、この作戦名がダブルミーニングだとしたら、『回天』の本来の意味、『天下の趨勢を逆転させる』ほかに、『特攻に近い無謀な作戦』という事になる。勝てば前者だが、現状が導き出す結果は後者だろう。


榛名(・・・それでも、微かに楽しそうな気配しか伝わってこない。・・・なんて人なの。私の本来の夢が、叶うかもしれない)


―榛名はかつて自分が持っていて、一度捨てかけた夢を思い出していた。見ようによっては狂気に近いそれが、この提督のもとでなら、何度か実現できる気がする。少なくとも、場は整うようだ。


榛名(もしかしたら私、自分の夢に引きずられていただけなのかもしれない)


―榛名は自分の、ほんの何日か前までの苦悩の日々が、もしかしたら自分の心の深奥の希望のせいなのかもしれない、と思った。


提督「どうした?榛名。驚いた?」


榛名「・・・あっ!いえ、私も楽しみです!」


榛名と金剛と提督以外のメンバー(えっ!?)


榛名「あっ!すいません!今のは失言です!」


提督「・・・いいな」フッ


金剛(やっぱりそう言うわよね、あなたなら)


―金剛は、榛名の心の奥底にある希望を知っている。


初風「負けないと思うわ。ハンドレッドは、勝つ側にしか武器を売らない主義と言っていたから」


漣(私は出来る事をするだけ。きっとそれが一番大事な事だもの)


如月(怖くない・・・怖くないわ!)


―こうして、波乱の2066年の年が明けた。


―同じ頃、執務室の空気に気付かずに、大浴場では空母勢や妙高型が、瑞穂も交えて女だけの裸の宴会を行い、相当に盛り上がっていた。


瑞穂「みっ、皆さん、興味があるのは分かるんですが、そういう話ばかり聞き過ぎではないですか?・・・いくらでも話しますけど・・・うふふ」ヒック


足柄「お酒のつまみとしては最高よ瑞穂さん、さぁさ、もっと呑んで呑んで!」トクトクトク・・・


妙高「まったく、あまり品のないお酒は良くありませんよ?・・・年に一度のこんな時以外は!さっ、瑞穂さんに、加賀さん、赤城さんももっと呑んで!鳳翔さんも!・・・羽黒、脱衣所のお酒の在庫はどう?」グイッ


羽黒「えへへ~まだまだありますよ~?今日のお酒はとっても楽しいですね!」


那智「まったくだ。しかし何だな、ハードボイルドと言うやつか?提督の好きな酒も中々悪くない・・・」グビッ


―那智はお盆を浮かべて、あろうことか日本酒とバーボンをちゃんぽんで呑んでいる。妙高は日本酒を湯呑でグイグイ呑んでおり、羽黒は誰かの酒が少しでも無くなると注いでいるが、そのお返しを毎回キッチリ呑んでいた。


足柄(これ、みんな羽目を外し過ぎなんじゃ?)


―脱衣所にある空き瓶は、日本酒が既に20本を超え、洋酒が10本と言ったところか。


―意外な事に、足柄はペースを考えて呑んでいる。秘書艦になったというのもあるが、この無礼講な宴会の責任者でもあるからだ。


―最初は駆逐艦たちも入浴に来ていたが、堅洲島の神社仏閣の手伝いに出払ってからは、赤城、加賀、妙高型四姉妹、鳳翔、青葉、衣笠、そして特防の瑞穂というメンバーでの飲み会に変わっていた。最初は加古と古鷹もいたが、加古が眠ってしまったために、古鷹が連れていきつつ引き上げたのだ。


―宴会がここまで盛り上がり、荒潮が敬遠した理由は、その話題のほとんどが「夜戦」に関するものだったからだ。


加賀「それで、瑞穂さん、夜戦に関してはどうなのかしら?」キラキラ


瑞穂「皆さんそのお話が好きですねぇ~」


―途中までは皆、誰がどれくらい知識があるか?といった情報交換をしていたが、経験者である瑞穂の加入で、いつの間にか宴会の趣旨は、瑞穂からいかに実戦の話を引き出すか?という方向に変わりつつあった。その為、お酒を勧めては呑み、という流れになってきていた。


―ただ、その酒の量が半端ではない。さらに、つまみや料理は伊良湖が次から次へと運んでくるのだが、次から次へと食べる人が居るため、ほとんどのメンバーは酒ばかりだった。酔いが加速していく。


赤城「加賀さん、間宮さんと伊良湖ちゃんのお料理は最高ですね!提督から無礼講の許可もいただいていますし、今夜はとことん食べ明かしましょうか!」


加賀「赤城さんが楽しそうで何よりだわ(呑み明かしじゃないのね・・・赤城さん、あなたは本当にぶれないわね)」


―瑞穂の話や夜戦の話に興味のなさそうな赤城は、間宮さんの店から運ばれてくる料理について、感想を言いながら次々に食べていく。料理のつまみにお酒といった感じだ。


加賀(それにしても、提督の事やその他、全く気にならないのかしら?)


赤城「・・・加賀さん、大切なのは本質だわ。このお料理と同じ」


加賀「えっ!?何の話を?赤城さん」


赤城「私が、瑞穂さんや妙高型がしているような話に全く興味が無さげなのが気になる、という顔をしていますよ?」


加賀「そんな事・・・そうね、気になるわ」


赤城「せっかく、年越しに加賀さんと呑んでいるのですから、少し本音で話しましょうか」


加賀「本音?」


赤城「ここは普通の鎮守府と違って、全く先が見えませんからね。目の前の食事を美味しくいただく以外に、むやみに関心ごとを増やせない気がするんですよ。もう少し状況が分かってからでないと、考えることが多すぎて落ち着かないわ」


加賀「確かにそうだわ。艦娘も以前のようには着任できなくなっている有様だし、必要な艦娘もまだまだ少ないわね」


赤城「それでも・・・」


加賀「?」


赤城「加賀さんが一緒ですから、あまり心配もいらないんですけれどね」ニコッ


加賀「・・・赤城さん」


赤城「・・・さ、加賀さんも呑んで食べて!折角の提督の心遣いですから」


加賀「・・・そうね(真顔でそんな事を言うなんて・・・あなたって人は)」ニコッ


赤城(何か騒がしいと思っていたら、そんな話題で盛り上がっていたのね。危なかったわ。間宮さんの料理がおいしくて、耳に入ってなかったわね)


―ガラガラッ


伊良湖「次の料理をお持ちしました~」


赤城(夜戦の話なんかでは、お腹を満たせないわ!)


―腹が減っては、戦は出来ない。



―同じ頃、堅洲島大伽羅(だいから)神社、巫女控室。


―大型ストーブが最大火力になっているが、それでも冷え込みを感じる控室には、山城と時雨、満潮と五十鈴がつめていた。


山城「うう、売り言葉に買い言葉だったけど、こんなの、不幸だわ」


時雨「そんな事ないよ山城。とても似合っていると思うよ」


五十鈴「そうね。それに、私はこういうの初めてだから新鮮よ?楽しいわ」


満潮「そうよ、全然悪くないと思うわ。普段の艤装服と、そんなに違わないし」


時雨(それを言ったら元も子もないんじゃないかなぁ?)


―ガラガラッ


―長い黒髪をした巫女が控室に入ってきた。この、堅洲島大伽羅神社の専属の巫女だ。しかし、艦娘たちには何か妙な既視感があった。誰かとよく似た雰囲気だったのだ。


巫女「艦娘さんたち、やっぱり綺麗ですね。提督さんにお願いして良かったです。堅洲島はそう人口が多くない島なのですが、ここはとても人気なので、いつも人手不足だったんですよ。お年寄りの多い島だから、にぎわうのは朝からですが、ぽつぽつ初詣に来る人はいますので、よろしくお願いいたしますね」


山城「わかりました。引き受けた以上、しっかりやらせていただくわ!・・・あの、巫女さん、どこかでお会いしたことが?」


巫女「いえ、初対面だと思いますよ?」


満潮(・・・なんだろ?この巫女さん、どこかで会ったような気がする。気のせいかしら?)


巫女「・・・どうしたの?満潮ちゃん」


満潮「えっ?私の名前、ご存知なんですか?」


巫女「えっ?・・・ええ!もちろんよ。名簿は頂いているもの。特徴のある髪の結び方をしている子って聞いていましたから。じゃあ、皆さん、初詣の方の人数を見ながら、対応お願いしますね」


満潮「そうだったのね?わかりました。よろしくお願いします!」


の巫女「お茶や甘酒は、ストーブで温めたりして、適当に頂いてくださいね?では、私は本殿に行きますので、また」


山城「ありがとうございます。では、様子を見ながら当たらせていただきますね」


―ガラガラッ


満潮(なーんか、変な感じ・・・)


―しかし、満潮は緊張から気付いていなかった。巫女の任務に当たるために、自分がいつもの結び髪をほどいていたことを。



―本殿への渡り廊下。


巫女(私ったらダメね、うっかりしてたわ。危ないところだった・・・)ドキドキ


―巫女は呼吸を整えると、神主の居る本殿へと向かった。



―再び、堅洲島鎮守府。工廠、建造筒前。


提督「なんて数の書類だよ・・・目を通すだけで正月が終わっちまうな」


叢雲「出力がまだ終わらないって、どういう事?」


―執務室で年越ししたメンバーと手分けして、出力された書類を運んでいるのだが、120キロ積みの台車で、既に5往復分の書類を運んでいる。が、特殊帯端末の出力済み・未出力グラフによると、まだ全書類の33パーセントしか出力が終わっていないようだ。全て出力すると、トラック一台分にはなるだろう。


漣「ご主人様、なんでこんなに書類が多いんですか?」


提督「んー、全部必要ってわけではもちろんないが、ここで保管しないとダメな書類が多いのさ。兵器の承認図と仕様書、特殊鋼材のミルシートまである。こういうものが多いんだよ。まあ、全部こっちのサーバに読み込ませればいいんだがな。途中でアナログを挟まないと、通信網は全て深海側に掌握されているから、ダダ漏れになるのさ。だから、特殊帯が必要になって、閉鎖型技術が台頭したってわけだ」


金剛「そうだったのね。だから、飛行機は全部アナログな技術でしか飛ばなくなったし、ほとんど負けていると言われていたんですネー・・・」


―提督は午前零時を過ぎた事で、重要な機密だったが、艦娘には公開して良くなった情報をさりげなく交えて説明している。よくよく考えれば絶望的な状況という事になるが、そのようには伝わらない。


提督「・・・お!何か面白そうな仕様書が出てきたぞ!古鷹が見たら喜びそうなのが!」


如月「それは何?ロボット?戦車?」


提督「なになに・・・新型駆逐機、通称ND。特務第十九号、呉・新型駆逐機実証工廠監修、だそうだ。ほぉ~、そういう特務鎮守府もあるんだな。呉で実験してる新型兵器ってところか。戦艦の防御兵装の候補の一つか・・・」


金剛「一気に忙しくなってきたネー」


提督「そうだな。皆に公開しなきゃならん情報も多いし、現時点でうちに所属している子は、もう異動も不可だ。明日は色々説明しないとダメだな」


―午前零時から、既に忙しい幕開けだ。


提督「みんな、ちょっと引き続き書類の出力を頼めるかな?・・・それと扶桑、戦艦の中枢に挨拶に行くので、一緒に来てくれるかな?それが終わり次第、本日の執務は終わりにする予定なんだ」


扶桑「わかりました。お供いたしますね」


―提督と扶桑は、演習場下部の偽装船渠に向かう事にした。



―特殊演習場下部、ASU-DDB-800(通称『八百式艦』)偽装船渠通路。


―カンカンカン、コッコッコッ


―作業用エレベーターから戦艦に渡る通路の上を、二つの足音が移動していく。


提督「ところでさ、扶桑、実弾演習の話の時のあれ、どういう意味だい?」


扶桑「どういう意味だと思います?」クスッ


―実は、提督が扶桑の眼を見た時、扶桑は愛情をたっぷり込めた眼で見返していた。これは扶桑なりの大人の冗談で、提督はそれに気づいたが、流石にそのまま言葉にはできない。


提督「・・・まったく、からかわんでくれよ?」フッ


扶桑「からかってなど、いませんよ?・・・でも、あの時はありがとうございました」


提督「女の秘密と言われたうえに、ああいう・・・眼で見返されちゃあね」


扶桑「そういうものが伝わる方が提督なのは、私の幸せの一つです。あなたのお陰で、今日、山城の良い笑顔をたくさん見れたわ。金剛に嫌われそうで、ハラハラしたけれど・・・ふふっ、あの子ったら」


提督「そうかい、山城らしいな。・・・榛名はどうだった?」


扶桑「榛名ですか。とても強いですけれど、一番危ない子です。提督なら大丈夫だとは思いますが、手を離さないであげて下さいね」


提督「扶桑もそう思うか・・・やっぱりな」


扶桑「あの子はおそらく、提督と自分との絆と、武運を試すような戦い方をします。沢山の勝利をもたらしてくれるかもしれませんが、登山家のように、死ぬまでそれを続けそうな怖さがありますから・・・」


―扶桑と提督も、金剛とは違った形で、榛名の事が見えている。



―ASU-DDB-800(通称『八百式艦』)、重装甲区画内、『高高次戦略解析室』


提督「こんばんは、姫、遅い時間に女性の部屋に来るのはどうかと思ったが、約束通り来たよ」


姫「お待ちしておりました。扶桑が一緒なのですね」


扶桑「提督、この方は?この場所は?」


―提督と姫は、全てを一通り説明した。


扶桑「・・・そうでしたか、私たちが、最後の鎮守府なのですね」


姫「ところで提督、この時間に来られたという事は・・・」


提督「ああ、この船の名前を考えてきた。『紀伊』や『尾張』から考えて、『遠江(とおとうみ)』はどうだろうか?」


姫「『遠江』・・・旧国名ですが、遠くの海も感じさせる、いい名前ですね。私は気に入りました。・・・戦艦、『遠江』ですね」


扶桑「私も、いい名前だと思います。これが、私たちの船なんですね・・・遠江・・・」


―こうして、ASU-DDB-800、通称『八百式艦』は、この日、戦艦『遠江』と命名された。とうに時代遅れとされたはずの戦艦が、海と空と通信網を奪われた人類の、最後の切り札となったのである。



―同日、マルサンマルマル(午前三時)。呉、特務第十九号 新型駆逐機(ND)実証工廠、執務室。


―カチャッ


親潮「失礼いたします。親潮、近海警備より帰投いたしました(小声)」ソロー


―大晦日のこんな時間でも、執務室の灯りは煌々とついている。沢山の薄型モニターと閉鎖型コンピューターが作動しており、この時間でも温かいほどだ。そして、執務机には、作業着に白衣姿の少年提督が突っ伏して眠っている


親潮(今夜もこんな時間まで・・・。うふふ、司令の寝顔、かわいい・・・。毛布を掛けて差し上げた方がよろしいでしょうか?)


―普段は眼鏡をつけている時田提督は、その眼鏡を外して眠っていた。天才少年とはいえ、まだその寝顔は少年そのものだ。


時田提督「・・・んっ?あっ、ごめん親潮さん、こんな時間まで。近海警備が終わったんだね?お疲れ様」ガバッ


親潮「すいません司令!起こしてしまいましたか?・・・誰も秘書艦の方がいらっしゃらないようですが、何かご用命はありますか?」


時田提督「えっ?じゃあ?」キョロキョロ


―時田提督は注意深く辺りを見回し、何かの気配を探っているようだ。


親潮「どうしました?」


時田提督「親潮さん、申し訳ないけれど、夜食を何か用意してもらえますか?」オソルオソル


親潮「お夜食ですね?かしこまりました。すぐにご用意を「何をしている?」」


―静かに咎めるような声だった。


時田提督「あっ!」


親潮「磯風・・・さん」


磯風「司令、夜食なら私が用意しよう。水臭いにも程があるな。・・・まあ、こんな事もあろうかと、既に用意していたのだが。栄養のバランスを考えて、握り飯にお新香、卵焼きと、イワシの丸干しを焼いたものだ」スッ


親潮(これが、食べ物なの?)


―皿の上に乗っていたのは、炭化したコメの塊、発酵し過ぎたぬかみその塊と、黄色い、名状し難いもの、炭のような何かが乗っていた。


時田提督「うっ・・・あ、ありがとう」


親潮「磯風さん、これは料理とは呼べませ「いいんだ」」


時田提督「親潮さん、ごめん、もう大丈夫。退室して大丈夫だよ。ありがとう」ニコッ


―時田提督は笑いかけたが、その眼はとにかく退室して欲しいという悲痛な訴えに満ちていた。


親潮「わかり・・・ました。親潮、報告終わりましたので、失礼いたします(どういう事なの?あんなものを食べたら・・・)」ガチャッ


磯風「そういう事だ。君は有能だが、出過ぎた真似はしないでいただきたいものだな。・・・さあ司令、召し上がってくれ」


時田「うん、大事な仕事が途中だったから、ゆっくり食べながらいただくよ。ありがとう。君も、もう休んで大丈夫だ」


磯風「いや、まだここに居よう。秘書艦が先に寝ては話にならぬ。司令が私の夜食を食べるところも見たいしな」


時田提督「そう・・・(神様・・・)」モグシャッ


―炭化したコメの塊を口に含むと、炭の味と歯ごたえが伝わってきた。


時田提督(うう・・・。まともな何かを食べたい)


―少年提督の心と食生活は、三食ほか全て磯風の手料理のせいで、すでに崩壊していた。ここ十日ほどは、執務もろくに進んでいない。


磯風「どうしたのだ?早く食べたらいい。美味しいか?ふふ」


―磯風は天使のように優しい微笑みを見せている。提督が自分の料理を食べていることが、心底嬉しいのだ。


時田提督「う・・・うん(でも、僕はこの子に逆らうことが出来ない・・・決定的な弱みを・・・握られている!)」


―ばれたら全ての艦娘の信頼を失いかねない秘密を、磯風は握っている。だから絶対に逆らえない。しかし・・・。


時田提督(誰か・・・助けて・・・)


―人を本当に苦しめるのは、いつだって食べ物の悩みなのだ。




第四十二話、艦



次回予告


戦艦遠江を出た提督と扶桑は、他愛ない会話をしつつ戻るが、宴会で酔い過ぎた艦娘たちと出くわし、面白いトラブルが発生する。


真面目に巫女をしつつ、電の悩みについて話す、第六駆逐隊。


堅洲島各所の神社仏閣で艦娘の取材に出た青葉と衣笠は、ある巫女に何かを感じる。


一方その頃、解散が決定した利島鎮守府では、艦娘たちが最後の大晦日を厳かに過ごしていた。行方不明のままの磯風の身を案じて、捜索に出たがる浦風と、それを止める古参の艦娘たちの対立。


そして、千葉県銚子市のある病院では、一人の男が息を吹き返していた。


次回、『2066年、元旦』乞う、ご期待


親潮『司令、面白いSSの時間です!』




後書き

初めての甲種勲章をゲットしましたが、いやーきつかった。

事実上最終日のような今日は、極限まで掘りをしようか考えているところです。


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