「地図に無い島」の鎮守府 第七十四話 雪の一日・後編
引き続き1月8日の雪の日、堅洲島鎮守府で気を失った提督の見た、かつての師と、謎の陸奥の声。
そして、口調のわりに優しい曙とのギリギリなかかわり。
雪合戦を楽しむ朝潮と山雲だが、そんな朝潮と、見守る八重ばあさんには、転機が訪れていた。
その頃、舞鶴第二では比叡と霧島が、くたびれた提督の為に特別なカレーを作っていたのだが、全く受け入れられずに異動させられてしまう。
北の果て、特務第九号では、盲目の提督と『天下三剣』の一人、伊藤刃心が、特務第二十一号の提督らしい人物について意見を交換し合う。それは希望ではなく、むしろ恐ろしい何かを起こしてしまうというのだが・・・。
同じく柱島では、二人目のポーラに異動の辞令が下されていた。
再び堅洲島では、提督と接点の有った曙と磯波の会話、荒潮とのかかわり、漣との合流と、曙の心が落ち着かない。そして・・・。
深夜、北方絶対防衛線鎮守府では、深海側の謎のむせび泣きと砲撃音に総員起されていた。
5月8日、一回目の更新です。
5月11日、二回目、最終更新です。
※やや性的な描写があります。
提督は夢を経由して死者の世界にいるようですが、そこでは意味深な再会と出会いがあります。
陸奥とそっくりな声の主は、果たして誰なのでしょうか?
そして、またもや曙とのギリギリな関係。なぜか曙とは妙に接触するし、提督には曙がいい子にしか見えていません。これには明確な理由があるのですが、真相がわかるのはだいぶ後になってからです。
朝潮の話が動き出し始めていますが、どうやら比叡や萩風と関わることになりそうです。八重おばあさんの任務が朝潮の任務と実は真逆のものだと判明しますね。
天下三剣の伊藤刃心は、どうやら提督の事を知っているようで、舞台に出すのは危険だと言っています。以前からささやかれる提督の危険とは何なのでしょうか?
そしてついに、ポーラが登場します。
果たしてどこに異動するのでしょうか?
その後、少しだけラブコメ・・・というには駆け引きの多い、荒潮と漣、提督、磯波、曙とのやりとり。果たしてどうなっていくんでしょうね?
同日の夜中、神通に起こされた特務第九の志良堂提督は、恒例となりつつある、深海の謎の挙動について、以前の提督の名前が出てきます。
この提督の名前はコラボなのです。
第七十四話 雪の一日・後編
―2066年1月8日、ヒトキューマルマル(19時過ぎ)、堅洲島鎮守府、第一展望室。
―意識を失った提督の夢。
??「・・・よ、・・・若い狩人よ・・・」
提督「・・・ん、ここ・・・は・・・!」
―提督は色のない夜のサバンナに立っていた。近くの木立の傍に、見覚えのある立ち姿をみとめる。黒光りする肌に、白い短髪の巻き毛、素朴なシャツ姿に、古いライフル銃とマチェーテ、そして「人食い牙」を幾つか身に着けた、懐かしい老ハンターの姿だった。
提督「老ンジャムジ!?なぜあんたが?」
―老ンジャムジは孫に会った老人のような、優しい笑みを浮かべた。
老ンジャムジ「久しぶりだな。昔、共にあの邪悪な獣を追った時に話したことがあるな。夢の世界は死者の世界や、その他多くの世界と繋がっていると。ここもそうだ」ニコッ
提督「おれは何度か、夢で死者と話したことがある。そうか、また何か起きるのか」
老ンジャムジ「そういう事だ。若い狩人よ。あの獣を作り出した連中は、あの獣の力を自分たちの身体にも用い、やがてお前の前に立ちはだかるだろう。お前の技量で届かぬ違和感を感じたら、それを疑え。そうすれば狩れる」
提督「・・・わかった。おれの腕で届かない敵は、何か仕掛けがあると言いたいんだな?」
―知らなければ命を落とすような何かがあると言う事だ。それをわざわざ教えに来てくれたらしい。
老ンジャムジ「お前は本当に審判者かもしれない。だがそうとも言い切れない。・・・そして、身寄りのなかった私の最後の弟子でもあった。だから忠告に来た。・・・それと、私の事での復讐はいらない。我々は大地から生まれた生き物の命を奪い、生きて、いつかは自分が命を奪われ、大地に帰る。それだけだ。だから復讐は要らない。お前もそう言っていたろう?」
提督「・・・わかっているよ。でも、自分でも理解できない怒りが溶岩みたいに渦巻いててさ。・・・そうだな、あんたを理由にはしない。ありがとう。安らかに眠っていてくれ」
老ンジャムジ「死者には全てが見える。若い狩人よ、こちらも騒がしいぞ。嵐が起きるのだ」
―場面は唐突に暗転した。
提督「ああ・・・ここは・・・」
―暗黒の大地に立ち、所々に血とも溶岩ともつかない赤い光が見える。顔を上げると、生暖かい雨が降っているようだが、もしかするとそれは血の雨かもしれなかった。
―得体の知れない声が聞こえてくる。
??「斬って・・・撃って・・・殺し尽くして・・・お前はどこへ行くというのだ?」
??「邪悪なる者よ、怒りを糧とし、その穢れと血の臭いと殺戮を好み、高い知性で全てを狡猾に覆い隠そうとしてまで、お前は人を殺したいのか?」
??「知っているぞ?本当はお前は、部下であるあの娘たちも汚し尽くしたいはずだ。欲を違うものに置き換えてそのままにしようとするなど、気まぐれで小賢しい事を・・・」ククク・・・
提督「黙れ!!敗れた死者どもが!何ならここでも殺してやろうか?」ギラッ
??「あらあら、お怒りね。・・・でもその必要は無いわ・・・」
・・・ギュッ
―聞き覚えのある声とともに、背後からしたその声の主は、提督の背中に密着し、柔らかな腕が首や胸元に絡んだ。敵意は感じられない。
提督「むっちゃん?・・・いや・・・誰だ?」
陸奥そっくりな声「うふふ、誰かしらね?」
―耳元でささやく声は、陸奥そっくりだった。
陸奥そっくりな声「後ろは見ないでね?まだお化粧できる状態ではないの。やっとここまでと言った感じかしら?」
提督「ああ、背中の感触もむっちゃんそっくりだが・・・無粋な事はしたくない。見ないよ」
陸奥そっくりな声「そうよね。あなたはそういう人。相変わらずいい男で安心したわ」
―提督の激しい怒りはどこかに消えてしまった。まるで、陸奥に似た何者かに怒りを吸い取られているような、不思議な感覚だった。
提督「・・・変だな?怒りが消えていく」
陸奥そっくりな声「落ち着いた?あなたの激しい怒りや憎しみ、部下であるあの子たちの心の穢れは、全て私の大切な力の源よ。・・・でも、一番のごちそうはあなたの負の感情ね。アフリカでは何度もイかされちゃったわ♡」
提督「アフリカ?いや、おれは君を知らないが・・・」
陸奥そっくりな声「あらあら冷たいわね。海に投げ捨てられても必死に戻って来たし、あなたと沢山の夜を共に過ごしたのに。・・・あら?あの子が来たわ。まあいいわ、またね!私の提督」クスッ
提督「海に投げ捨てられ?アフリカ?待ってくれ!・・・まさか君は!いや、しかしそんな事が・・・」
―ウフフ・・・
―提督に抱き着いていた何者かは、微かな笑い声と共に消えてしまった。
提督(あの子が来たと言っていたな・・・あの子?)
―提督はここで、自分が誰かに呼ばれているような気がした。夢の世界は途切れた。
―現実の世界、第一展望室。
??「・・・督・・・クソ提督!眼を開けて!大丈夫なの?」
提督「・・・ん・・・うん?」ボヤー
―自分の眼を心配そうにのぞき込む、紫色の瞳。着物姿の曙だ。
提督「おれは・・・何を・・・?・・・寒い・・・!」
―部屋は十分に暖かかったが、提督は何かひどく寒く思えた。まるで、雪原に裸で出されたような寂しい寒さだった。そして、目の前の曙は、人の姿をした温もりそのもののように、とても暖かそうに見えた。
曙「えっ?ちょっと大丈夫なの?寒いの?・・・ここは冷えてないみたいだけど?」キョロキョロ
―曙は開いている窓や隙間風の出どころを探すように周囲を見回したが、そんなものは無かった。
提督「曙、何というか、ちょっとすまん!」
曙「えっ?」
―グイッ・・・ギュッ!
―提督は曙を引っ張って抱きしめた。
曙「あっ!ちょっとクソ提督!いきなり何を!・・・ちょっと、離しなさいってば!・・・あれ?」ハッ!
―曙は提督の身体が妙に冷えているように感じられることに気付いた。
曙「冷えてる・・・本当に寒いのね?」
提督「はは・・・すまん、何だかとても暖かそうに見えた。これは提督失格だな・・・」フッ
―提督は自嘲気味に笑った。
―しかし、意外なことに、曙は抵抗しようとも、離れようともしなかった。提督に身を任せた感じだ。
提督(あれ?何でだ?)
曙「・・・そっ、それなら、少しこうしてたらいいよ。・・・戦闘ストレス障害の発作が出たんでしょう?苦しそうだったし、何だかとても身体が冷たいよ?」
提督「意外だな。・・・でも正直、とてもありがたい。なぜだろうな。こうなるのも、曙が優しいのも」
曙「・・・さっき、大井さんが着任する時の話を聞いたの。執務室で。・・・本当は・・・その、色々した方が・・・気が楽になるんでしょ?だからこれくらいは・・・別に・・・///」カアァ・・・
―曙の身体は暖かいを通り越して熱くなりそうな感じだった。
提督「・・・すまない。なぜだろうな、楽にしてくれる気がしてしまった」
曙「・・・い、いいのよ」
―提督には、曙がとりわけ優しい子だとよくわかる気がしていた。今もそうだ。そんな自分に提督はしばしば困惑していた。
提督(変だな。今もそうだが、落ち着く。艦娘は不思議だな・・・)
―提督は次第に、冷えていた心が温まるのを感じ、全身に血が通い始めたような、凍てついた心のかじかみが取れていくような気がしていた。そして、そのまましばしの時間が流れた。
―しかし、一方の曙は・・・。
曙(ど、どうしよう?よく考えたら私、この服装だしパンツ履いてないわ・・・!)
―着物の曙は提督の片足の上にまたがった姿勢になっている。そして提督に密着していたが、大事な部分がほぼじかに提督の腿に触れていることに気付き、次第に気が気ではなくなってきていた。
曙(視線を下に移されたら・・・!それに、な・・・何だか・・・熱くなってきたような・・・)
―なぜか、胸のあたりが熱くなってきた。最初はじんわりとした感覚が、今はとろとろとした小さな火のようなっている。このままだと、何かまずい気がしていた。心か体のどこかの芯に、何か火がともりそうな気がする。
曙(何か・・・変。クソ提督に触れられているのが・・・気持ちいい気がする・・・)
―この状態が嫌ではない、むしろ終わらないでほしいと思い始めている自分に、曙は驚いていた。
曙(やだ・・・私、何か悪い事を考えてる気がする。クソ提督は本当に辛そうだったのに・・・)
―しかし、少しずつ強くなっていく鼓動はごまかしようがなかった。それが、提督には別の形で伝わっていた。
提督「・・・ああ、すまない。怖がらせてしまっているようだな。もう大丈夫だ。ありがとう」スッ・・・スタッ
―提督は曙をそっと離すと、立ち上がった。
曙「あっ・・・そんな事・・・・・・ないから」ボソッ
提督「んっ?」
―曙の最後の言葉は、ほとんど聞き取れないような小声だった。
曙「何でもない。大丈夫だったら、もう行くね。本当はここ、入っちゃいけないの知ってるし・・・っ!」
―曙はここで、提督の左の腿に小さな染みが出来ていることに気付き、若干のパニック状態になりかけていた。
提督「いや、緊急時だった。来てくれなかったら、しばらく気を失ったまま、長い悪夢をさまよっていたと思う。助かったよ。とても暖かかった。でもこれは・・・セクハラだな。憲兵はいなくても、何か自分に懲罰を課さねばならないな」フッ
曙「えっ!?・・・どっ、同意の上よ!緊急時だし、気にしないで!じゃあまたねクソ提督!」ダッ!
提督「あっ、おい!」
曙「あとで何か奢ってくれたら、それでいいからっ!」
―廊下の向こうから、遠ざかりつつそんな声が聞こえた。
提督「どうしたんだ?あいつ・・・」
―提督は、自分が思っている以上に曙に好意を持たれていることに気付いていない。そして、曙自身も自分の気持ちに気付いていない。しかし、そんな関係が長く提督の心を支える大きな力の一つになっていくのだった。
―展望室階の一つ下の階のトイレ。
曙(やだ・・・私、あんな辛そうなクソ提督相手に、変な事を考えて・・・)
―ジヤァァァ・・・・バシャッ
―頭を冷やすように、冷たい水で顔を洗う。
曙(しっかりしなさいよ!私、駆逐艦としても強い方じゃないわ。何もかも中途半端なのよ!かわいい子や綺麗な人、強い人、いい子だって沢山いるのよ!嫌われてないからって、調子に乗っちゃ絶対に駄目!)
―この後はそんなに執務も忙しくない。大規模な演習には参加したが、何だかとても戦いたい気分だ。
曙「よし!もっと演習しよう!頑張る!それと・・・」
曙(あの染み、クソ提督に気付かれませんように!)
―これが後に、『もっとも模範的な曙』と呼ばれるようになる、『堅洲島の曙』の始まりだった。
―時間は少し戻り、同日昼間、和歌山県白浜町の古民家。
山雲「負けないわよ~?・・・そこっ!」ヒュヒュンッ
―山雲は時間差で二つの雪玉を投げた。
朝潮「おっと!こっちも・・・っ!」サッサッ
山雲「それもフェイントなのよね~!」ボッ
朝潮「くっ、ならこれで!」ヒュン
―バシッ
―朝潮は持っていた雪玉で山雲の本命の雪玉を撃墜した。
朝潮「対空防御成功です!惜しかったですね!」ドヤッ
山雲「どうかしら~?」ニコニコ
―ポシャッ
朝潮「えっ!?」
―ドヤ顔をしていた朝潮の頭に、雪玉が落ちてきた。
山雲「さっきのもフェイントよ~?鋭くないからめ手にはちょっと弱いわね~」ニコニコ
朝潮「くっ!しまった・・・今のが実戦なら、やられていた・・・っ!」
山雲「朝潮姉はほんと真面目ね~」ニコニコ
朝霜「この朝潮、いつだって真面目です!遊びこそ本気でやらなくては意味がありません。・・・負けてしまったのは悔しいですけど、見事です!」
―大雪すぎて任務も何もできない状況だったため、高所にある対深海観測所から、山雲と熟練見張り員が下りてきていた。とはいえ、ここでもやれることが無かったため、雪かきの完了後は二人で雪合戦を楽しんでいたのだ。ただしそれは、ほとんど訓練のようなものだった。
―古民家。朝潮たちの潜伏先。
八重おばあさん「あんたまで下りてくるなんて、珍しいじゃあないか。何かあったのかね?」カチャッ、カタッ
―囲炉裏の薬缶からお湯を注ぎ、お茶を淹れつつ、向かい側に座る男に声をかけた。男は目つきが悪いと言っても良いほどに鋭いまなざしで、右足と右腕はそれぞれ義足、義手だった。南紀州対深海観測所の熟練見張り員、森田という男だ。この男は総司令部の連絡員や工作員も兼ねている。
熟練見張員・森田「連絡事項ですよ。対深海総司令部からの」
八重おばあさん「悪い知らせじゃないだろうね?」
熟練見張員・森田「ほとんどは良い知らせです。まず、前回の大規模侵攻で降格されていた古田参謀が、元帥に戻られました。併せて、『最後の提督』が見つかったようです。あなたたちが関わっている、この案件も、その提督の着任している特務鎮守府に特務案件として流れた模様です」
八重おばあさん「ああ、そいつは良い知らせだね。その提督は、うちの朝潮を着任させられるくらいの適性は持っているのかい?」
熟練見張員・森田「年末に、青ヶ島の金剛と、持て余していた『開耶姫』榛名を着任させたようです。榛名は手も足も出なかったとか。他にも不確定ですが強力な艦娘がいるようです。昨年の夏に、建造で陸奥を着任させたとも。陸奥はしばらく着任できなかった艦娘ですからね」
八重おばあさん「あの榛名をかい!しかも、建造で陸奥だって?うちの妹なら何か知ってるかもしれんね。あとで聞いてみようか」
熟練見張員・森田「特務第八の副村提督ですね?きっと知っていると思いますよ。年末の榛名の件で、競い合った形になったそうですから」
八重おばあさん「ほう、そいつは僥倖だねぇ」
―会話がいったん途切れた。外から、山雲と朝潮のはしゃぎ気味な声が聞こえてくる。
八重おばあさん「あの子は実力もあるし、とてもいい子だが、生半可な提督ではかえって心を病んでしまう。あの子を娘のように可愛がり、ここまで育てた提督が逃げ出して行方をくらませたようにね」
熟練見張員・森田「ご存知だったんですか・・・」
八重おばあさん「あたしゃこの歳まで工作員だよ?それくらい、訳ないさ」フッ
熟練見張員・森田「接触は?」
八重おばあさん「してないよ。報告書と、提督日誌で何があったのかわかった。あの提督は・・・柱島第五の近藤提督は、有能だけど少し優しすぎたし、あの子が死んだ娘に少しだけ似ていたのも良くなかった。あれでは心を病んでも仕方ないさね」
熟練見張員・森田「賢明な判断だと思います。優しくて有能な提督ほど、心を病みますからね。そこから先には何もない・・・」
八重おばあさん「大事なのはむしろ、今度の提督だ。分かりやすい話はあるかい?」
熟練見張員・森田「簡潔に言うと、アフリカ帰りで、戦時情報法第二十六の二の該当者です。大変な戦績をお持ちで、存在自体が機密です。・・・同時に、昨年夏には、ある鎮守府での不祥事に巻き込まれ、重篤な怪我をしつつも陸奥を守ったようです」
八重おばあさん「ほう、いい感じに矛盾しているじゃあないか。残酷さと優しさを併せ持つには、矛盾を使いこなす強い心が必要だ。見込みはありそうだね」ニコッ
熟練見張員・森田「最後の提督に、なかなかにふさわしい方のようです」
八重おばあさん「あの子をだまして海に出させない任務も、もうじき終わりのようだね。異動が無事にできたら、ちゃんと謝って引退したいもんだよ」
熟練見張員・森田「・・・ただ、ここから先は悪い知らせです。内部の敵が動き出し始めました。不自然な異動申請の打診が出始めています。異動先はほとんどは南紀州鎮守府ですよ」
八重おばあさん「なんだって!?くっ、間に合っておくれよ。もし動きを見たら、あの子はきっと・・・」
熟練見張員・森田「ええ。前提督との約束を第一にして、ろくに補給のない、古い装備のまま、海に出ようとするでしょう。それだけは阻止しなくてはなりません」
八重おばあさん「なんてこったい・・・あと少しだってのに」
―八重おばあさんの本当の任務は、『朝潮を危険な海に出さないで、適性のある提督が現れるまで失わせない事』だった。南紀州の監視は表向きの任務に過ぎない。しかし、朝潮の前提督の遺命『南紀州を監視し、内通の裏付けを取る事』は朝潮の中で最も重要な任務だった。タイミングの悪い事に、その任務に動きが出始めようとしていた。
―同じ頃、舞鶴第二鎮守府、厨房。
―折しも大雪で何もできないため、エプロン姿の比叡と萩風が厨房でカレーを作っていた。
比叡「よし・・・と!萩ちゃん、味を見てもらえますか?」
―厨房には美味しそうなカレーの匂いが漂っていたが、寸胴鍋の中で煮え、比叡がおたまですくったカレーは、黒に近い紫色をしていた。ぱっと見、とても美味しそうには見えなかったが、萩風は躊躇しない。
萩風「はい、味見させていただきますね!」
―カチャッ、ペロッ
萩風「・・・うん!とても美味しいです。野菜の味が隠れている、ちゃんと濃厚なカレーです。これならきっと司令も喜んでくださるはずです。色は・・・仕方ないですね。眼にいい野菜が沢山入っていますし」
―舞鶴第二の司令は、ここしばらく不機嫌で不健康な様子だった。特に、書類その他に忙殺され、いつも目の疲れをつぶやいていた。
比叡「今度こそ、食べてくれるといいんだけど・・・」
萩風「大丈夫だと思います。こんなにおいしい、気持ちのこもっているカレーなんですから・・・」
―数分のち、舞鶴第二鎮守府、執務室。
比叡「提督、少し遅いですが昼食をお持ちしました。体にいいカレーです。眼にもいいんですよ?」ドキドキ
―執務机に足を載せて、海図を広げている提督の姿だった。聞こえているはずだが、返事も反応もない。
萩風「司令、比叡さんのカレーですけれど・・・」
―ガサッ
舞鶴第二の提督「いらねえから下げとけ」
比叡「えっ?味見もしてくれないんですか?」
萩風「一生懸命作ったんですよ?」
―ガサッ・・・バンッ
―舞鶴第二の提督は、読んでいた海図を乱暴にたたみ、執務机に叩きつけた。長めの髪に、無精ひげのまばらな、少し体形の崩れた格闘家のような男だ。
舞鶴第二の提督「いらねえっつってんだろ?日本語もわからねぇのか?」
比叡「提督が眼が疲れていると言っていたから、眼にいいカレーを作ったんです。見た目はちょっとアレですけれど・・・美味しくできたんです!」
萩風「とても健康にいいカレーですよ?美味しいですし」
舞鶴第二の提督「はぁ~。そうかい。じゃあ・・・」ガタッ
―ガサッ・・・ベシャッ・・・ギュッ・・・ストン
―舞鶴第二の提督は、近くにあったコンビニ袋を引っ張ると、比叡のカレーを中にぶちまけ、慣れた手つきで袋の口を縛ると、ごみ箱に捨ててしまった。
比叡「そんな・・・!」ヘタッ
萩風「・・・ひどい」
―比叡はショックのあまり床にへたりこみ、萩風は絶句してしまった。
舞鶴第二の提督「ごちそうさま。美味しかったぜ。とっとと皿を下げて退室してくれ。じゃあな」ガサッ
―提督は再び海図を広げた。悪びれた様子も全くない。
比叡「そんな・・・一生懸命作ったのに・・・捨てるなんて・・・そんなぁ・・・ううっ!」グスッ
―比叡はさめざめと泣き始めた。しばらく、提督との関係はうまくいってなかったが、何をしても悪くなるばかりで、ついに心が折れてしまった。しかし、萩風が猛然と怒り始めた。
萩風「司令!いくら何でも今のはあんまりです!食べ物を粗末にして、比叡さんの気持ちを踏みにじって!見た目は・・・あんな感じでも、本当においしいし、体にいいカレーだったんですよ?比叡さんに謝ってください!あと、不摂生はやめて下さい!大和さんが失われたのは分かりますが・・・」
舞鶴第二の提督「うるせぇんだよ!!!」
萩風「っ!」
―大和の事に言い及んだ時に、提督はものすごい剣幕で怒鳴り、萩風は気押された。
舞鶴第二の提督「いいか、まず俺は健康でいたいとも、長生きしたいとも思ってねえ。そんな考え方が女々しくて不健康でストレスなんだよ!あとなぁ比叡、お前は俺に愛されようとしてんのかもしれねぇが、悪いが俺にその気はねぇんだわ。金剛がいた頃、お前って金剛一筋だったじゃねぇか。金剛も霧島も榛名も居なくなって、唯一の戦艦になってからおれの事を気遣うとか、舐めてんのか?おれは昔から大和一筋だった。尻軽のお前と一緒にすんな!去年なんて、新参の小さい予備泊地の扶桑と山城に敗れやがってよ。戦艦なら料理や愛じゃなくて戦績で自分を示せや」
比叡「・・・申し訳ありません。・・・そう・・・ですよね・・・」
萩風「そんな・・・!」
舞鶴第二の提督「あと萩風さあ、お前みたいに健康に関して意識高い奴って、何で上から目線なの?そうやって長生きだの健康だの煽った結果、ジジババばかりの国になって税金爆あがりじゃねーか。健康で長生きな奴はな、最後は年取ってみんなに迷惑をかけるだけなんだよ。男なんてな、勃つモンが勃たなくなって働けなくなったら、とっとと死ぬのが世の為人の為なんだぜ。俺は好きなもん食ってとっとと死ぬつもりだ。余計な事すんな!お前は見た目も美人だけど、俺には何の意味もねえってこった」
萩風「何の・・・意味もない・・・そこまでおっしゃるんですね・・・」
舞鶴第二の提督「どっちかってーとストレスだな。ジャンクなものや不健康なものを味わうのも人間の喜びなんだよ。お前、そういうの理解できないんだろ?」
萩風「ストレスですか・・・。いいえ、理解できます。でも、今の司令は不健康すぎる気がして・・・」
舞鶴第二の提督「もう不健康でいいんだわ。責任は果たすが、提督はやめらんねぇ。身体を壊すしかない。大和もいなくなった俺の提督業に、何の意味があるんだって話だよ。・・・でだ、そんなお前らに朗報だ。戦意の高いビッグ・セブンがお呼びなんでな、二人とも南紀州に異動だ。頑張れよ。分かったらとっとと退室して、辞令見て異動しろ。執務室には二度と来なくていいわ。じゃあな」
萩風「えっ!?・・・待ってください!南紀州に異動ですか?なぜ?納得できません!」
舞鶴第二の提督「納得できない相手に無理やりカレー食わそうとした奴が言えるセリフじゃねぇだろ。良かったな、互いにもう二度と会わなくて済むぜ。Win-Winてやつだな」
萩風「そんな!こんな事って!・・・こんな事が」
比叡「・・・わかりました。提督、お役に立てずにすみませんでした。お元気で。・・・行きましょう、萩ちゃん」
萩風「比叡さん・・・そんな・・・」
―提督は既に海図を再び広げ、二人がいないかのような空気を出していた。
萩風「司令、最後に一つだけ教えてください。異動していったみんなは、南紀州に異動だったんですか?嵐もですか?」
舞鶴第二の提督「さあな?第二参謀室からの異動協力願いに答えていただけだから、今回みたいに異動先がはっきりしてんのは珍しいな。嵐の奴は総司令部だ。正義感の強いあいつにここは合わなかったんだろ。俺も合わなかったしな」
萩風「そうですか・・・わかりました。・・・司令、お元気で」
―ガチャッ・・・バタン
―寂しげなドアの音とともに、比叡と萩風は執務室を出た。一週間以内に異動しなくてはならない。時間はそう多くなかった。
舞鶴第二の提督(行ったか・・・)
―ガチャッ
―舞鶴第二の提督は執務室をロックすると、特殊回線で何者かに連絡を取った。
舞鶴第二の提督(通話)「これでノルマは果たしたぞ。本当に、大和を返してくれるんだろうな?」
??(通話)「ああ。近日中に大和をそちらに異動させよう。サルベージは順調だ。朗報を待つがいい」
―舞鶴第二の提督は、何者かと取引をしていた。一定数の艦娘を異動させたら、轟沈した大和を再生させて戻すと相手は言う。その取引のノルマがついに今日、達成された。
―比叡と萩風の受難が始まる。
―同日、ヒトキューマルマル(19時過ぎ)、北海道、根室。特務第九鎮守府、執務室。
特務第九の神通「提督、演習全て完了です。伊藤副提督もお戻りになられました」
―長髪で眼を閉じた、細面の提督が顔を上げた。その眼は閉じたままだが、優し気な笑みを浮かべている。隣には秘書艦の雷がいて、書類を読み上げていたが、それを中断した。特務第九号鎮守府、北方絶対防衛線の提督、志良堂提督だった。
―ガチャッ、バタン
伊藤刃心「志良堂、すまぬが我を通させてもらった。せめてお主の眼の代わりに艦娘たちを監督したと言う事で、罰は無しにしてくれんかの?」
志良堂提督「私は何も見ておりません。神通があなたの健康を気遣っているだけです。熱めの温泉も用意してありますし、体を温めてご自愛くだされば、私はそれで良いかと」
特務第九の神通「提督!伊藤様は大切な御身体です。もう少しご自分を大切にしてくださらないと・・・」
伊藤刃心「おおう、怖いのう。年寄りの心には堪えるわい。さっさと温泉でも頂くとするかのう」ニコッ
特務第九の神通「もうっ!提督も伊藤様も!これでは私がうるさいみたいではないですか!」
志良堂提督「うるさいとは思っていませんよ。あなたが少し優しいだけです。神通、気遣いも心配ももっともですが、分かっていても進まねばならない時もあります。そこは少し汲んでやってください。伊藤様がいる事で、私も、あなたたちを失う恐怖がだいぶ和らいでいるのです」ニコッ
特務第九の神通「提督・・・」
伊藤刃心「ところで志良堂よ、ワシに何か用があったのではないのかの?」
志良堂提督「そうでした。こちらをご覧ください。年末から現在まで、彗星のごとく現れた鎮守府と提督が、理解しがたい動きをしているのです。雷さん、副提督にまとめた書類を」
特務第九の雷「はーい。これよ、伊藤のおじいちゃん」パサッ
伊藤刃心「なんじゃと?どれどれ・・・」
―ペラッ・・・ペラッ・・・
―伊藤刃心の表情は、驚きから、次第に深刻な怒りめいたものに変わっていった。執務室の空気が張り詰めていく。
志良堂提督「どう思われます?お孫さんを殺せる方ではないですか?」
伊藤刃心「信じがたいが・・・状況はありうる。我が孫を殺せるやもしれぬ技量を持つものは、我ら天下三剣と、一条御門の当主、そして、かつての駐日アメリカ大使だった『ソードマスター』リチャード・ハイアラキじゃ。・・・しかし、もう一人おる。『天下』ではなく『天位』を持つ壮絶なる使い手がのう。・・・じゃが、あ奴は危険な力を持つゆえ、決して表裏共に舞台に出してはならぬ決まりだったはずじゃ。それを破るくらい追い詰められておる状況なのは分かるが、しかし・・・」
志良堂提督「実在しない提督を演出している可能性もあるとは思うのですが・・・」
伊藤刃心「そうであってほしいものじゃ。決して悪い男ではないが、あ奴の持つ力には答えを出してはならぬ決まりなのじゃ。ゆえに、その存在も活躍も厳重に消されておる」
志良堂提督「その方の何が問題なのか、今ひとつわからないのですが・・・」
伊藤刃心「ワシにもわからぬよ。推測に過ぎぬ故。しかしな・・・『屠龍の技』という言葉を知っとるかの?」
志良堂提督「知っています。龍を殺せるほどの技ですが、龍がいないために無駄になる技の事ですよね?」
伊藤刃心「うむ。しかし、その技を持つものが居るがゆえに、龍が現れる、という運命もあるやもしれぬ。あ奴の高すぎる技量が生きる敵が現れることなど、有ってはならぬことじゃ。例えるならそういう事じゃよ」
志良堂提督「なるほど・・・」
伊藤刃心「戦況はあまりに悪すぎる。禁を破り、あの男を提督にしようと考える者が現れてもおかしくはない」
志良堂提督「それは、例えば深海に我々が敗れるよりも危険な事なのですか?」
伊藤刃心「・・・もしかしたらな。例えば深海を破ったとして、その後の提督と艦娘はどうなる?邪魔だとして排除しようとすれば、次はあの男が敵に回ろう。しかし、それはおそらく深海より厄介じゃ。あれは戦神(いくさがみ)のような男じゃからの。そして本心は誰も知らぬゆえ」
志良堂提督「私にはちょっと、想像がつきづらい事です」
伊藤刃心「お主は盲いているがゆえに感覚が鋭い。もし出会う事があれば、すぐに理解できるであろうよ」
志良堂提督「そうなのですね?一度、会ってみたい気もするのですが。もし提督でなかったら、何をしている方なのですか?」
伊藤刃心「あれは隠者の義理の孫ゆえ、同じような生き方をしようとするはずじゃ。海辺の寒村にでもひっそりと隠れ住み、朽ち果てようとするはずじゃ」
特務第九の神通「何というか、捉えどころのない方なのですね。提督になったら、艦娘たちは強くなりますか?」
伊藤刃心「恐らく相当、強くなるじゃろう」
志良堂提督「何となくですが、その方が提督として着任している気がします。そういう世界の流れの中に、私たちはいるような気がします。あくまで勘ですが。もう少し裏付けを取ってみますよ」
伊藤刃心「うむ・・・」
―そして全員、しばし沈黙した。激しい吹雪の音だけが、窓の外から伝わってきていた。
―同じ頃、柱島第一鎮守府、執務室。
柱島第一の提督「・・・というわけでだ、すまない。君は二人目のポーラだが、今回の任務でぜひ異動をしてくれとの事だ」
ポーラ「うぇひひひ、ぜーんぜん構いませんよぉ?もともとぉ~ここには私がもう一人いるしぃ~、置いてもらって、呑ませてもらってるだけでもありがたいのに、断る理由なんかありませんってばぁ~」ヒック
柱島第一の提督「まあ確かに、君は水戦も運用可能な特殊な重巡だから、必要とされるのは理解できるが、練度問わずというのがびっくりでね。私からは手向けとして酒代を振り込ませてもらうし、移動先ではポーラは君一人だという。きっと大事にしてもらえるはずだ。すまないが、向こうでも楽しくやって行ける事を願うよ」
ポーラ「一人だけだったらぁ~、そりゃあポーラも少しは気にしますけどぉ、二人目だし移動先には私が居ないのなら、きっと役に立てまーす。行ってきますね。今までありがとうございましたぁ~!」ペコリ
―ガチャッ・・・バタン
柱島第一の提督「何だかすまんな。でも、ここでは君は二人目だから、まだ君が一人も居ない鎮守府に行った方が君も幸せになれるはずだ」
―この柱島第一鎮守府では、ポーラが二人いた。一人はかなり練度を上げて前線に出ていたが、もう一人はほとんど酒を呑み続けるだけの日々だった。そのポーラに、上層部から異動任務の打診があったのだ。しかも、破格の資源量と引き換えにだ。断る理由は無かった。
―ポーラの私室。
ポーラ「ふぅ、長かったですねぇ。本当においしいお酒は、それなりの戦いとかがないとダメです。出来れば勝利があれば最高です。ここでそれは無理でしたからねぇ~。異動先が楽しいところだと良いんですけれど、私が自分だけなら、既にここよりいいですもんねぇ。えへへ・・・」
―前向きなポーラは、異動で環境が変わるのが嬉しかった。その異動先がとんでもないところなのだが、彼女はまだ知らなかった。
―ニーマルマルマル(20時)過ぎ、堅洲島鎮守府、執務室。
―一部の秘書艦は演習の為に入渠、さらに交代で食事その他に出ていたため、この時間は曙と磯波しかいなかった。
磯波「曙ちゃん、さっき、第一展望室に行ってからずいぶん長かったけど、何かありましたか?あそこは提督の許可が無いと、立ち入り禁止だし・・・」
―書類を片付けつつも、磯波が話しかけてきた。
―ギクッ!
―曙は動揺した。磯波は護衛秘書艦でもある。提督の動きを一番把握しているのだ。もしかしたら、さっきの事も知っているのかもしれなかった。
曙(そ、そうよね。クソ提督の事、磯波ちゃんは大事に考えてるもんね・・・)チラッ
―執務室ラウンジの扉は締まっている。
曙「・・・そのっ、嘘つきたくないから言うね。ク・・・提督は、戦闘ストレス障害の発作で気を失ってて、緊急対応で入室したの。呼びかけて・・・そっ・・・それで・・・」カアッ
磯波「・・・密着するような事があったんですね?」ニコッ
曙「えっ!?なっ・・・!」
―驚いている曙に、磯波はそっと近づいてきて耳打ちした。
磯波「提督の匂いがするから、勘の良い人にはばれちゃうかも。聞かれない限りは、そんなに広める事でもないと思うので・・・(小声)」
曙「あっ!ありがとう(小声)」
磯波「提督は、医務室に行かなくても大丈夫そうになったんですか?」
曙「うん。大丈夫みたいで・・・」
磯波「大井さんが言っていた通り、『ぬくもり』がとても大事なんですね、やっぱり」
曙「そうみたい。ク・・・提督、とても身体が冷たい感じがしたもの」
磯波「私も様子を見に行けばよかったなぁ、なんて。でもそれ以上に、曙ちゃんがそのまま話してくれたのが嬉しいです。利島ではみんなギスギスしてたから」ニコッ
―磯波の笑顔には屈託がなかった。この堅洲島鎮守府基準で考えると、ずいぶんひどい鎮守府も多いとは聞いていたが、磯波の悟ったような対応を見ていると、それが良く分かる気がした。
曙「なんか・・・」
磯波「どうしました?」
曙「なんか悪い気がする、私・・・」
磯波「そんな事、考える必要ないと思いますよ?悪い事でも何でもないし、私たちはいつ沈むかわからないんですよ?例えばもし、曙ちゃんのさっきの状況でも、我慢して提督に触れないでいて、この後深海棲艦が急に大規模侵攻をしてきたら?」
曙「あっ・・・!」
磯波「私だったら、きっと後悔して、沈んで、深海棲艦になっちゃうかも」クスッ
曙「そっか・・・そうだね。次があるなんて考え方は、浮かれちゃってるんだ・・・。その時その時を大事にしないとって事ね」
磯波「それに、昔の提督さんたちはともかく、今の提督さんは適性の低い人がほとんどと言われていて、ここみたいな任務は誰も受けないと思うし、受けてもきっと、私たちの提督みたいに冷静に構えていることは無いと思うの。私たちの心の安定も、提督の心の安定があってのことだから、それは大事にしないと」
曙「そうだよね。うん。そうだったわ」
―ついつい忘れてしまうが、ここはいつ全滅してもおかしくない鎮守府なのだ。
曙「ねぇ、磯波ちゃんは、やっぱり提督の事、気になるの?みんなそうかもしれないけれど・・・」
―ここで初めて、話しながらも動いていた磯波の手が止まった。
磯波「あっ、私ですか?・・・聞かない方が良いと思いますよ?」ニコッ
曙「えっ?」
磯波「それより、もうそろそろ誰か戻ってくると思いますよ?」
曙「あっ!そうだった。行ってくるね!」
―ダッ・・・ガチャッ・・・バタン
―曙は慌てて自室に戻っていった。
磯波(・・・いいなぁ)フゥ
―勘の鋭い磯波は、提督が自分を少しだけ気遣ってくれていると感じていた。以前の提督の指示で捨てられ、沈みかけていたからだろう。ある程度の距離を保ってくれているように感じられていた。提督を苦手と思っているかもしれない、という配慮だろう。
磯波(でも、提督、私には気を使わないでほしいんです。むしろ・・・)カァッ・・・
―磯波は一人で頬を赤らめると、思い出したように書類の整理を続けた。
―曙は自室に戻る前に、提督の様子を見ておこうと考え、提督の自室経由で戻ることにしていた。
漣「おいっすう!食堂の今夜の日替わりは『タマネギたっぷり生姜焼き定食』だし、間宮さんのお店は『ミートボールたっぷりパスタ』だったんですぞ!どっちもぼのも好きなメニューだよっと!」
曙「あっ!そうなのね?」アセアセ
漣「んん?なんか慌ててない?」
曙「あっ、さっきクソ提督がちょっと調子崩したから・・・かな?様子を見てから部屋に戻ろうかなって・・・」
漣「あー、なんかやばげな資料を見るみたいなこと言ってたけど、それのせいかな?」
曙「もしかしたらそうかも。もう大丈夫だけど」
漣「じゃあ私も一緒に行く!心配だもの」
―語尾が真面目な時の漣の考えを変えたり断るのは、まず無理だった。
曙「そ、そうね(やっちゃった・・・!)」
―よりによって勘の鋭い、自分をよくわかっている漣と一緒になってしまった。
曙(自分から言うのもどうかと思うし、かと言って隠し事するのは嫌だし、うう・・・)
漣(・・・あ、これなんか隠してる時のぼのだわ。なんだろ?)
―二人はエレベータールームに差し掛かった。
荒潮「あらあら、見つかっちゃったわ」ペロッ
―入浴セットを持った荒潮が、少しだけばつが悪そうに舌を出した。
漣「あっ!もしかして、ご主人様のお風呂をまた借りようとしてた?山城さんに怒られますぞ~?」ニヤッ
荒潮「満潮ねぇは山城さんたちと一緒だし、霞ちゃんは足柄さんたちと一緒で、演習の話で盛り上がってるわ。そういう空気を邪魔したくなかったのよねぇ~。かと言って構ってもらうのもあれだし。うちの鎮守府、何気に朝潮型って三人しかいないのよ?だから私には提督しかいないの。うふふ。かわいそうでしょ?」
漣「ねえぼの?」
―漣は曙に話を振った。いつもならそこそこ強い口調で曙がたしなめるはずだが・・・。
曙「そうなのね?・・・まあ、何か問題が起きるはずないし、私たちもいるから、聞いてみればいいんじゃないの?自己責任の範囲で」
漣「あれれ~?」
荒潮「あら意外な答え。怒られると思ったのに。実は結構気を使っちゃう私の事を理解してくれてるみたいで嬉しいわ。うふふふ」
―しかし、荒潮もまた、曙に少し違和感を持った。
荒潮(変ねぇ。提督が好きな曙さんが、何だか少ししおらしい気がするわ。でも、機嫌が悪いわけでも、落ち込んでいるわけでもなさそう。何かいつもと違うわね・・・まさか・・・!ちょっと試してみようかしら)
漣(・・・何か変だなぁ?)
―ツカツカ・・・ギュウ
曙「えっ!ちょっ、なに?」
―荒潮はいきなり曙の腕に抱き着いた。
荒潮「うふふ、曙さんて、時々お姉さんみたいに寛容よね。そういうところ、好きよ?」ニコッ
曙「そ、そう!?ありがと!(わー!このタイミングでくっつかないでぇ!)」
―フワッ・・・スン
―かいだ事のある匂いに、荒潮は驚いた。
荒潮(えっ?・・・これ、提督の部屋の・・・ううん、提督の匂いだわ!)
―荒潮が好きな匂いだから、すぐにわかった。わずかな、何か男性的な香水と、日なたと、かすかに野生を感じさせるような匂い・・・。
荒潮(どういう事かしら?どう対応すべき?)チラッ
―漣は気づいていないようだ。そして、曙の眼にはわずかな罪悪感と狼狽ぶりがうかがえる。しかし、それは深いものではない気がする。
荒潮(ハプニング系ってとこかしら?指摘しない方が面白そうね・・・)
荒潮「さっ、目的地も一緒みたいだし、提督の顔を見に行きましょうか」
曙(うう・・・変なこと考えた罰が当たったんだわ・・・)
―曙が罪悪感を持つ必要など、本来はどこにもなかった。しかし、なんだかんだで純粋な曙は、少しだけよこしまな感情を持った自分が悪いと感じていた。
―提督の私室。
提督「おう。珍しい組み合わせだな!・・・荒潮はもしかして、シャワールーム借りに来た?」
荒潮「あら~。平然と受け入れられちゃってるわ。もう少しリアクションが欲しかったのに」
提督「いや~、それはどうだろうな?ドキドキするってのも変だし、普通なら断るところだし、こんなところかと思ったんだがな」
荒潮「まあそれもそうねぇ。うふふ」
漣「ぼのから聞いたけど、大丈夫?ご主人様」
提督「ああ、心配して来てくれたのか。曙が介抱してくれて落ち着いたよ。閲覧注意な書類だったからな。検死報告書を含んだ、さ」
―ピーン!
漣「あーわかった!ぼの、さてはご主人様にくっついたなー?」
曙「うぐぐ・・・ごめん」
提督「いや、おれが目の前の曙を引っ張ったんだ。寒さに溺れるところだった。・・・というわけで、自分に何か罰を課さねばならないってとこさ」
曙「罰だなんて、そんな厳格に?」
漣「ご主人様は言い出したら聞かないからなぁ・・・」
荒潮「ねぇねぇ漣さん、『鎮守府風紀規定』に基づけば、『風紀の乱れ』を確認した、当事者以外の最初の二人の立ち合い者が不問って事にすれば、それは不問よ?というわけで、私は不問に一票ね。うふふ」
漣「おうグッタイデアですな!漣も不問に一票ですぞ。はいこれで罰則消えましたー!」
曙「ええー!?」
提督「何で息ぴったりなんだ二人とも!」
漣「そりゃあ、この後取引するに決まってるじゃないですかぁ。『僕はこの子に逆らう事が出来ない』ってやつですヨ、ご主人様ぁ~」パチッ
―漣は可愛くウインクしたが、その口調はどこかズルそうだった。
荒潮「あら~、漣先輩、気が合うわね。同じ考えよ~?うふふふふ・・・」
曙「ああもう・・・ごめんなさい・・・」
提督「はは・・・悪い事はしちゃいかんな・・・」
―こうして提督は、漣と荒潮に何らかの取引をする権利を持たれてしまった。
―同日深夜、北海道、根室。特務第九鎮守府、提督の私室。
特務第九の神通「提督、起きて下さい!またあれが聞こえます!」
―ガバッ!
志良堂提督「魔女たちですか!わかりました。すぐに行きます!」
―数分後、海を見下ろす高台。
―アアアアアァァァァァァアアアアアア・・・・・・オオオオオオォォォォォォォ・・・・・・ハァァァァァァ・・・・
―ドウッ・・・ドドドウッ・・・・ゴアアァァッ
―吹雪の音に交じって、何かむせび泣くような、歌とも叫びともつかない声と、激しい砲撃の音が聞こえる。
伊藤刃心「またか。我々が実弾で演習すると必ずこれが起きる。どういう事なのじゃ?しかし、決して攻撃はしてこぬ・・・奴らは屈強なはずじゃが・・・」
志良堂提督「・・・ああ、また悲しみを感じます。誰かを失った悲しみ。やはり、かつての北方を担当していた提督の噂は・・・」
―北方絶対防衛線。北海道、根室にもとからあった鎮守府だったが、かつての提督には色々な噂があり、また北方海域の深海棲艦も、他の深海棲艦とはその動きが異なっていた。大規模侵攻でも北方の深海棲艦は沈黙していたのである。そして・・・。
特務第九の神通「深海棲艦と個人的に同盟を組んだと噂されていた、和平論を唱えていた提督ですね?」
志良堂提督「初期の有能な提督たちの一人、九十九提督ですね。北方の深海棲艦たちと親交さえあったという噂の・・・」
―ウウウゥゥゥゥゥ・・・・・アアアアアァァァァァアアアア・・・・
―ドゴゴゴゴウッ
―むせび泣くような悲しい声と、規則的ともとれる砲撃音はその後もしばらく続いていた。北方海域は、他の深海の海域とは、少しだけその様相が異なっていた。
第七十四話、艦
次回予告。
大規模な演習を終えてゆったりしている夜の堅洲島をよそに、他の鎮守府では異動や事務処理が繁忙を極めていた。
南紀州に異動する事になった、あちこちの艦娘たちと、謎の鎮守府に異動する事になった艦娘たち。
そして、吹雪の中、南紀州~読島間の航路を守る海防艦たち。
鎮守府の裏サイトについてと、浜風の異動願い。
深雪の必殺技と、藤瀬研究員の再訪について。
そして、南紀州鎮守府の様相が明らかになる。
次回、『夜が怖い』乞う、ご期待!
荒潮『うふふふふ、さてと。どんな取引を持ち掛けようかしらぁ?もう少し大人だったら、金剛さんと添い寝役を変わってもらうのだけれど・・・』
提督『一応、艦娘は年齢が適用されない決まりだが・・・』
荒潮『えっ!ちょっと待って!それはハードルが高すぎると思うの!』
漣『ご主人様ー、というわけで今夜は漣がお添い寝役をしますねっと!ぐっすり眠ってくださいね!』
荒潮『えぇ・・・そんなあっさり?』
曙『うぐぐ・・・そんなあっさりと!』
山城『でも金剛さん以外は、大人の姿をした艦娘は基本ダメなのよねぇ。さあ、これはどういう意味なのかしら?』ニヤリ
大井『へぇ・・・なるほどね・・・』ニヤッ
提督『おい、山城そこ突っ込むなよな!大井も!』
引っ越しも、ゴールデンウィークもほぼ終わり、やっと環境が落ち着いてきました。時間もかなり作れそうです。
うぽつです!
新しい話が(゚∀゚)キタコレ!!
まだ始まったばかりだけど今月最大の喜び!!w
俺にとってこの作品は上等な料理と変わりなく、新しい話がアップされるたびにゆっくり吟味しようと思って、もついつい次から次へと読んでしまい、気付けば読み終わっている。
堪え性の無い自分が情けない
だからこそ次の話が上がるまでに何度も繰り返して読んでしまうw
次はポーラが出てくるのか!
やったね!呑兵衛の皆!酒呑み仲間が増えよ!
うぽつです
楽しみに待ってました
北の深海棲艦と言えば北方棲姫でしょうか?
レップウオイテケ!!
これはほっぽちゃんが出てくるフラグかな?
そして今回の春イベでも持っているものをむしり取られるほっぽちゃんであった・・・
これは食糧庫から奪われたと見せ掛け、ほっぽちゃんが奪われて泣く姿を見たいという一部の提督の巧妙な偽装工作である可能性が微レ存?
北方棲姫「モウクルナッッ!!!」
1さん、いつもありがとうございます。
今月中にもう一余までアップしたいのですが、うーむ。いや、頑張ります!
2さん、コメントありがとうございます!
上等な料理!・・・何と有難いお言葉でしょう。作者冥利に尽きます。
大きな伏線もありますが、小ネタや地味な伏線もあったりするので、じっくりお楽しみくださいませ。
ザラ姉さまの前にポーラが来ちゃうので、鎮守府はそれはもう大変なことになります。
しかし、ポーラのお陰で良い効果もあったりしますので、お楽しみに!
3さん、コメントありがとうございます!
どうにかこうにか、次の話も更新始めました。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
4さん、コメントありがとうございます。
どうも北方海域は深海と完全に連動しているわけではなさそうです。
そして、北方と言えばやっぱりそこの深海棲艦はほっぽちゃんですよね。
行方が分からなくなった提督の噂やら、北方もなかなか複雑な話が絡んでいきますので、お楽しみに!
5さん、コメントありがとうございます。
この話では、どうしてほっぽちゃんが菱餅やら何やらを持っているか、この話なりにまとめます。
なので、ほっぽちゃんの要求もちょっと複雑化していたりします。
シデンカイニ オイテケ
とか言ったりもしそうです。
6さん、コメントありがとうございます。
北方海域には色々と事情が絡んでいるので、なかなか奥深い話になると思います。
ちなみに、志良堂提督が「魔女たち」と言っているので、一人ではなさそうですね。