「地図に無い島」の鎮守府 第三十八話 気まぐれな姫
12月31日、深海側の要塞から。
艦娘側の大規模な作戦の動きに気付いた深海側は、対策を立てるべく動き始めるが、たまたま戻ってきていた「中枢戦姫・零姫」が大暴れを始める。
そして、同じ頃の堅洲島鎮守府では、川内が悶絶していた。
この物語の重要な登場人物の一人、「中枢戦姫・零姫」が登場します。
深海元帥は彼女について色々と疑念を持っているようです。そして、彼女の身に着けているものを注意深く拾ってみると・・・。
提督らしい人物の過去の戦闘描写が出ますが、厳密には元帥の記憶と明記されていない部分もポイントです。
また、提督が戦闘ストレス障害だと思い、認定されている症状は、もしも深海側が言っているのが提督の事だとしたら、何か食い違っていますね。
また、以前からちらほら出てる「属性」というものが、深海側では重要な意味を持つようです。元帥より上の立場の何者かもいるようですね。
作中で、過去の提督らしい狂猛な人物が呼んでいる刀の名前「八分目人切・七百七十卒塔婆」ですが、これは「はちぶんめひときり・ななひゃくななじゅうそとうば」と読みます。意味はいずれ作中で語られると思いますが、「卒塔婆」は死者の供養塔です。これが七百七十で、涙声で八百になると言っているという事は・・・。
[第三十八話 気まぐれな姫]
―12月31日、マルナナマルマル(午前七時)、マリアナ付近、深海側の要塞『黒き憤怒の楽園(エデン・オブ・ブラックレイジス)』。フレーム管理室。
深海学者提督「むう、これは・・・!おい、参謀室につなげ!」
戦艦タ級「ハッ!」
―モニターが点き、深海参謀が映った。
深海参謀「どうした?」
深海学者提督「それが、艦娘どものフレームに大規模な動きがみられます。タイミング的には考えづらいのですが、大規模作戦が発令されたかと」
深海参謀「馬鹿な!昨夜までの深海化艦娘の思考サルベージには、大規模作戦など一つも浮かび上がっていなかったが。・・・直ちに思考サルベージを開始しろ!」
深海学者提督「諒解いたしました!・・・思考サルベージ開始!分野は任務だ!」
戦艦タ級「ハッ!」パチッパチッカチッ
―円筒形のフレーム管理室の中央に、深海化している艦娘たちの思考しているものが、言語化され、可視化され、泡のように浮かんでは消えていく。その中で、幾つかの単語が消えずに残り続けていた。『緊急発令』『常号作戦』『出撃』『ロケット発射基地』『E.O.B海域』等だ。
深海学者提督「いかん!この期に及んで大規模作戦だと?ここと『ダイナソア』に侵攻する気か!おのれ!」
深海参謀「我々の残存戦力を見越したかのようなこの攻撃、気に入らんな。ここはあえて二方面に精強な艦隊を送り、なけなしの反攻も無駄だと思い知らせるべきであろう。深海武人提督と、深海西方提督に出撃を命じるか。八部衆は・・・出すまでもあるまい」
―しかし、その時だった。
―ガゴゴゴ・・・ゴガガァッ!
―大音響とともに、要塞が振動した。
深海参謀「なんだ!この音と振動は?」
―ここで、参謀室の別のモニターが点き、戦艦棲姫が映し出された。
戦艦棲姫「参謀、B-666装甲区画デ零姫ガ暴レテイルヨウダ」
深海参謀「零姫だと?バカな!なぜこのタイミングでここにいる?戻ってきていたのか?」
―深海学者提督もモニターに映った。
深海学者提督「参謀、今の振動と音ですが、まさか・・・」
深海参謀「そのまさかだ。中枢戦姫が、零姫がいつの間にか戻ってきている!自動隔壁が作動したようだが、気に入らないのだろう」
深海学者提督「くっ、直して強化したばかりの隔壁の強度でも測るつもりか!元帥執務室に・・・」
―そこで、モニターがもう一つ点いた。赤い士官服にマントの男が映る。
深海元帥「何の騒ぎだ?よもや零姫ではあるまいな?」
深海参謀「それが、零姫です。いかがなさいますか?」
深海元帥「いつもの戯れであろう。好きにやらせておけばよい。下手に関わるには危険すぎる。・・・われらが盟主は今日も変わりはないのか?」
深海参謀「諒解いたしました。我らが盟主は、依然『深淵』に没入したままかと」
深海元帥「・・・長いな。今回の作戦、まるで我々の仕組みを考慮しているようで気に入らぬ。前回の深淵よりもたらされた情報では、このような反攻は無かったはずだ。悪あがきの偶然か、それとも・・・。いずれにせよ、警戒を怠るな」
深海参謀「恐らく悪あがきでしょうな。陸の奴らは『属性』の力を軽んじ、否定しております。それが現在の状況を作り出したにもかかわらず、自分の真の姿を知ることを恐れる者ばかり。それ故に、提督の数が遥かに少ない我々に蹂躙され続けたこの現状でも、目を覚まさぬ愚か者どもです」
深海元帥「確かにな。だが、奴らも多少は学び、特務鎮守府なるものを設立した。・・・今のところ、結果は惨憺たるものではあったがな。正解に至る道筋は知っていたという事だ。故に、侮ってはならぬ」
深海学者提督「しかしながら元帥、結局のところ、陸の連中はわれらの盟主の属性を否定し、隠匿いたしました。それが、我々に決定的な勝利を与えるにも関わらずにです」
深海元帥「確かにそうではある。が、まだ経過に過ぎぬ。警戒を怠るな。我ら盟主に唯一仇なす『属性』も残っておる事だしな」
深海参謀「あの『属性』は眉唾物ですが、な。陸の老人たちは名前だけであの『属性』を恐れ、その持ち主の脳に手を加え、廃人同様にしたはずです。その時点で、あの『属性』など、存在しなかったも同然ですからな」
深海元帥「確かにな・・・」
―元帥は返事を返すと、左唇の端から耳にかけて走る古い傷を掻いた。考え事がある時の元帥の癖なのを、参謀も学者提督も知っている。
深海参謀・学者提督「元帥、何か心配事でも?」
深海元帥「何でもない。少し、ある記憶を思い出しただけだ。不快な記憶をな」
―誰かの記憶、ある夜の密林。
??「銃弾が、剣が、おれの心臓や脳に当たると思うな!そしてここで死ね!」
兵士たち「あそこだ、撃て、撃てぇー!」バババババッ
兵士「・・・標的、沈黙したようです!」
大佐「やっとか、良し、総員点呼!」
??「無駄だと言っている!」パパパパパンッ
―小銃を撃ち込んだ場所よりかなり近くで唐突に声と銃声がし、銃声の数だけ、兵士が撃ち抜かれて死んでいく。
兵士「奴の『無拍子』だ、これが・・・っ!」
兵士「違う、『無式』ではないか?」
兵士「ウソだ・・・40人以上の特務小隊を相手に・・・」ドサッ
―ボシュッ・・・バンッ・・・ギャアアア
兵士たち「グレネードランチャー!」
―近くでグレネードが炸裂し、居合わせた兵士が何人か倒れた。
大佐「おい、奴はまだ生きているぞ、貴様も、貴様もだ、撃て!撃たんか!」
―しかし、大佐が声をかけた両隣の兵士はどさりと倒れた。頸椎部分が切断されている。
大佐「く、畜生!」
兵士「まずいぞ、奴のサイレントキリングだ。おれ達みんな殺される!ぐぶ!」バシュウ
―耐えきれずに叫んだ兵士の頭は、スラグ弾でスイカのように飛び散った。
??「『八分目人切・七百七十卒塔婆』よ、こいつらの血と魂を食らい尽くせ!」
―どことも知れぬ近くの闇から、あの男が自分の刀に語り掛ける低い声が聞こえてきた。狂猛なあの男の病的な逸話の一つだった。
兵士「・・・おしまいだ!逃げろ・・・逃げろおぉぉ!・・・うぎゃあぁぁ!」ビシュッ!ドサッ!
―激しい憎悪のみなぎる言葉と裏腹に、気配はどこにもない。そして、兵士が一人、また一人と殺されていく。
大佐「金子、奴はおれが標的だ。おれを狙ってくるところを返り討ちにしろ!」
―大佐は近くにいた自分の用心棒役の兵士に声を掛けたが、その大柄な体が膝から崩れ落ちて倒れた。横を向いた顔が削がれており、気道らしい穴から血泡がごぼごぼと噴き出している。
大佐「くっ!おのれ・・・」
―気が付けば、既に動く兵士はほとんどおらず、最後の一人が、アサルトライフルごと、逆袈裟に斬られて倒れるところだった。しかし、斬った者の姿は見えない。
―上海の鬼兵、そして、いついかなる戦場でも『最後に立っている男(ラスト・スタンディングマン)』と呼ばれた男。その男が、強烈な敵意と復讐心で自分に向かってきている。
大佐「くそっ!」
―ダンッ!
―大佐は大木の陰に身を隠そうとしたが、顔に激しい衝撃を受けて動けなくなった。ナイフが口から左の頬を貫通し、木に縫われてしまった。何本かの歯が飛ぶ。
大佐「は、はがわわ!」
??「大人しくしていろ。抵抗すれば殺す。何か喋れば殺す。どのみち殺す。ただ動くな!呼吸だけだ」
―大佐の喉もとに黒い刀の切っ先が当てられた。
??「これで、八百卒塔婆になってしまうか・・・」
―狂気じみた男の、かすかな涙声だった。そして、熱帯の密林に、真夜中の豪雨が涙のように降り注ぎ始めた。
―誰かの記憶はそこで途切れた。
深海元帥(あの狂猛な男が脳の一部に手を加えられて廃人とはな・・・。確かに、途中までは奴の『属性』を信じかけた。奴が暗殺対象になるのも、さもありなん。だが、所詮はそこまでの属性ではなかったという事か・・・)
―ゴゴゴォン・・・ビリビリビリ
―要塞に激しい音と振動が響いた。
深海元帥「零姫め、戯れが過ぎるな。・・・改良型戦艦棲姫六体を投入し、沈黙させろ」
深海参謀「六体ですと!?それはあまりに・・・撃滅するお考えで?」
深海元帥「考えが変わった。もともと、あの姫は得体が知れぬ。厳密には深海棲艦でさえないのやもしれぬ。盟主を含めた、我々の誰も着任させることが出来ておらん。不確定要素は排除すべきではないか?」
深海参謀「いや、我々の盟主になら、時が来れば着任させられるはずですが・・・」
深海元帥「なら、たとえ改良型戦艦棲姫六体でも、問題なかろう?そういう運命であればな」
―元帥は参謀の言葉を逆手に取った。
深海学者提督「お言葉ですが、元帥、零姫は中枢の能力を持っております。改良型戦艦棲姫でも、逆に支配される可能性が高いかと」
深海元帥「なれば、なおさらだ。我々でさえ、あの姫の姿は遠目にしか確認できておらぬ。能力の確認の意味でも、ぶつけてみるがよい。状況は悪くないというのに、確実ではないものが多すぎる上、今回の作戦だ。どうも気に入らぬ」
―中枢戦姫・零姫の姿は、近くでは誰も見た事がない。要塞のデータベースに残るわずかなデータでその能力と姿が推し量れる程度だ。監視用のモニター等を設置しても、干渉能力で全て無効化されてしまう。いつ、要塞にいて、いつ、外出しているのかさえ分からない。警備を厳重にしても、深海棲艦を支配し、『無かった事』にしてしまう。しかし、二度ほど要塞を出て行く姿が目撃されている。生体艤装も何も持たない姿で、白い肌と白く長い髪をしているのだけは確認できていた。
深海元帥(われらの『神』は、なぜあのような強力な姫を創り、ここに置いたのか?)
―これから、その手掛かりくらいは得られるだろう。あるいは撃滅でもよかった。たった一つの不確定要素がどれほど危険な結果を招くことがあるか、元帥は多数の過去の沢山の経験からよく知っていたのだ。
―深海要塞『黒き憤怒の楽園』B-666装甲区画、中枢戦姫・零姫のエリアの隔壁。
―象牙のような肌に、灰白色の髪の中枢戦姫・零姫は、黒のビキニ状の下着とも、水着ともつかないわずかな布を着て、お気に入りのアンティークな椅子に座り、自分がボロボロにした装甲隔壁を満足げに眺めていた。その瞳は深海棲艦のような赤黒や紺ではなく、明るく濃いオレンジ色で、鬼火のように燃えている。時折、膝を組み替えるが、右足にのみ、阿賀野型のような黒のストッキングを穿き、左の太腿には大和のような弾丸ベルトが巻かれ、黒い特殊弾が光っていた。そして、腰のベルトには小さなシースに収められた金属片が光っている。
零姫「ふふふ、ヒシャゲル?ヘシャゲル?モウ、ボロボロだな!」
―2メートル近い厚さの装甲隔壁が、鉛筆を刺しまくった粘土のように穴だらけになり、ところどころバターのように溶断されていた。現在のところ、これ以上の装甲隔壁を作る技術は深海側にもない。事実上、零姫を閉じ込めることが不可能だと確定した瞬間でもあった。
―零姫は立ち上がると、どこかから手に入れてきたドーナツと、コーヒーを淹れて、簡単な朝食を食べ始めた。
―ニャア!
―猫のような黒い深海妖精が、零姫の肩に乗って鳴いた。
零姫「・・・ソウ、少し遊ぶのもイイナ」
自動音声『装甲エレベーター、区画B-666に到達』
―ドドドッ・・ゴガガガガッ!
―すぐさま、零姫が破壊した装甲隔壁に、戦艦棲姫たちの砲撃が乱れ飛んできたが、破孔から火花が飛び散り、派手な音はするものの、零姫の部屋までは届かない。
零姫「フム・・・」パチン
―零姫がけだるげに指を鳴らすと、戦艦棲姫たちの砲撃がやんでしまった。干渉能力で人形同然になってしまったのだ。
零姫「まだこの程度カ・・・」
―この程度の練度では、戦ってみたところで結果は知れている。
零姫「ツマラナイ。戻るがいい」
―戦艦棲姫たちは人形のように無気力に回れ右をすると、零姫の姿も見ないまま、装甲エレベーターで戻って行った。
零姫「フゥ、あの時のような楽しい戦いは、なかなか無いナ・・・」
―零姫には、忘れられない戦いがあった。出来ればまた、その相手と戦いたい。色々と準備はしてきた。いずれまた、戦えるだろうが、その日が待ち遠しくてたまらなかった。
零姫(フフ、コガレル・・・焦がれる・・・)
―今はその相手を観察するだけでいい。
―深海元帥の執務室では、エレベータールームのモニター越しにこの事の顛末を見届けていた。
深海学者提督「・・・戦艦棲姫たちは、そのまま戻されたようですな」
深海元帥「ますます気に入らぬな。この程度は敵にもならぬてか」
深海参謀「盟主の目覚めの際に、また零姫がここにいればよいのだが・・・」
―しかし、気がかりな事もある。これほど強大な姫にもかかわらず、要塞を出た後の足取りがいつも全くつかめないのだ。要塞のD波走査装置を使えば、駆逐艦クラスの深海棲艦でさえ、太平洋上のどこにいるかわかるというのに、だ。
深海学者提督(恐らく強力なジャミング能力があるのだろうが・・・)
深海参謀「無気力化された戦艦棲姫はどうなさいます?おそらくまた、不定期に通常の状態に戻るとは思いますが・・・」
深海元帥「放っておくしかあるまい。反攻作戦に対応する手駒は少し減るが、不足は無いであろう。戦力が不足気味なら、両方の海域の中間に位置する小笠原の戦力を使えばよい」
深海参謀「諒解いたしました」
―しかし、深海学者提督、参謀も、元帥も、この時から、わずかに心の中に懸念が生まれ始めていた。何かがこれまでとは変わっていくような、そんな予感を感じ始めていたのである。
―時間は少し戻り、早池峰泊地の山中、マルフタマルマル(午前二時)過ぎ。
浜風(思惑が当たるとは思っていましたが、当たりすぎてドン引きですね・・・証拠の山です)
―浜風は泊地の事務所に誰もいない事を確認しに来た、ガラの悪い連中と、産業廃棄物を山積みにした20台以上の大型トラック、何らかの物資を積んだ数台の幌付きトラックが、なぜか閉鎖されている道路のゲートを開けて、もっとも奥まった産業廃棄物の不法投棄現場、ダストポイント3に入ってきたのを確認していた。全ての車両のナンバーや人物の写真は撮れたが、今までとは違う物資のトラックについては、出来れば会話を盗聴して確認したかった。
浜風(上々ですが、あの物資、何かとても重要な気がします。ここまで来てそれを調べないのは、画竜点睛に欠けますね)
―浜風は切り開かれた窪地を、ならず者たちの死角になるように移動しつつ、シートのかぶせられた段ボールの山の陰に向かって降りていった。
浜風(段ボール自体はホームセンターの物のようですね。中は・・・)サシュッ
―ナイフで段ボール箱の封を開いた。
浜風(これは!・・・なぜ、こんなものを?)
―段ボール箱の中には、さらにビニール袋で包まれた、ボーキサイトと鋼材、各種弾薬と燃料がぎっしりと詰められていた。
浜風(では、こちらの大きめの箱はもしや・・・)
―浜風が隠れられるほどの大きさの箱を開けると、高速修復材の缶が四つ、詰められていた。そのような段ボール箱も山積みにされている。
浜風(まさかどこかの鎮守府の資材の横流しに遭遇するとは・・・それなら!)ゴソゴソ
―浜風は段ボールの中の高速修復材を抜き取り、近くのゴミの山の中に隠すと、段ボールをかぶって移動した。何人かのならず者と、スーツの男が何やら話している。それを近くで録音するためだ。
浜風(こちら浜風、と言いたいところですが、残念ながら一人の任務です。・・・これは、中国語、でしょうか?)
―たどたどしい中国語と、流ちょうな中国語で、何らかの交渉が行われているようだ。その向こうでは、大型トラックが次から次へと産業廃棄物を投棄していく。浜風は小型の指向性マイクを使い、会話を録音し始めた。
―現時刻、12月31日マルナナマルマル(午前七時)、堅洲島鎮守府、執務室前。
卯月「司令かぁーん、今日もお顔がとっても素敵ぃー!」
提督「おっ、そうかな?」キメガオキリッ!
卯月「なぁーんて、うっそぴょおん!!あははは!」
提督「ふっ!おはよう、うーちゃん、弥生」
卯月「おはよう司令官!でもちょっとかっこいいっぴょん」
提督「そりゃ、ありがとう。二人とも執務室でお茶でもしていきなよ」
卯月「わーいだぴょん!」
弥生「おはよう、です・・・」ニコッ
―いつもの挨拶を交わしている提督と卯月、弥生のそばに、ほとんど寝ていないような顔をした川内が通りがかった。
提督「おはよう、川内」
川内「あっ・・・おはよ、提督。私ちょっと寝るね・・・」ヌボー
提督「ん?おお、別に構わんが・・・夜戦の練習でもしてたか?」
―ギクゥ!
川内「なっ、ななななにを言ってるの?夜戦の練習なんて、するわけないし!」
提督「えっ?」
卯月「珍しいっぴょん。ノイタミナでも見てたぴょん?」
弥生「昨日だと、『猫を吊るす少女』の第三話・・・だね」
卯月「盛り上がってきたんだよねぇ~」
提督「ほう、何だかそのアニメも気にはなるが、どうしたんだ、川内?あんなに夜戦が好きなはずなのに」
川内「べ、別に夜戦とか好きじゃないし!なんてこと言うの!・・・あっ、夜戦は好きだけど、あっ!そっちじゃなくて・・・ああっ、もう!・・・提督、ごめん!」ダッ!
提督「あっ、おい!」
―川内は顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
提督「なんなんだ?あいつらしくない」
弥生「なんか・・・あったのかな?」
卯月「昨日たくさん夜戦の演習やったから、ちょっと飽きたぴょん?」
提督「まあ、そんな日もあるんだろうさ」
―川内型の部屋。
―ガチャッ、バタン、ダダッ、ボフン
―川内は走ってきてベッドに飛び込み、枕に顔をうずめた。
川内(陸奥さんの言う事、聞いとけばよかった!どうしよう、提督とまともに話せなくなっちゃったよー!さっきのあれ、絶対変だし失礼だよね?)
―川内は顔を上げると、枕の下から『より良い関係の為に』と書いてある、夜戦に関するテキストをそっと引き出した。
川内(ああああ!もう!)サッ
―そしてそれを、チラ見して枕の下に戻す。
川内(ほんと、陸奥さんの言う事、聞いとけばよかったー!)バタバタ
―川内は昨夜から、一睡もしていない。医務室からもらって来た、夜戦に関するテキストに目を通そうとしたら、内容に目が釘付けになり、忘れて寝ようとしても気になって読み返して、さらに眠れなくなる・・・を繰り返して朝になってしまった。
川内(これ、体力の限界にならないと眠れないやつだよ!)
―普段なら、だったら演習場で疲れるまで夜戦をすればいい筈だが、夜戦という言葉で浮かぶのは、テキストにあった幾つかの挿絵だ。医療用のテキストで、特に脚色も何もない挿絵だが、そのぶん、かえって生々しくて衝撃的でもある。
川内(私、勝手に寝ちゃうわけにもいかないんだよね・・・)
―特務第七の川内のサポートをすることになっているため、ほったらかしにはできない。だが・・・。
川内(あの子、同じ私なのに、既にあんなことを一通り経験しているって事なんだよね?ふ、普通の顔でいられる自信が全然ないよ・・・)
―川内の眠れない日々が始まる。
―マルキューマルマル(午前九時)、執務室。
叢雲「ねぇ、何だか巫女さんやお寺のお手伝い、思った以上に人気なんだけど、どういうこと?」
提督「いや、わからんが、皆妙にやる気だな。良い事だが」
叢雲「良いけど、ほぼみんなが参加希望だから、定員より溢れているわ」
提督「じゃあ、初の地域特務だし、希望者は全員参加できるようにして、シフトを振り分けてやってくれないか?」
叢雲「わかったわ。それが一番よね」
提督「あれー、こいつはおかしいな。一人だけ、地域特務に参加しない子がいるように見えるが・・・」
―提督は、既に誰かをいじる気満々の口調だ。
曙(気づかれた!)ギクゥ
提督「なぜ参加しないのかね?曙さん。・・・まさか、誰かに巫女姿を見せたくないとか、そのような幼稚な理由ではないだろうね?」
―曙は提督に巫女姿を見せるのが恥ずかしい、という理由で、今回の任務に参加せずに済まそうとしていた。その情報は、漣から提督にダダ漏れだったのだが。
曙(漣、あんたね?)
漣「ご主人様、あと、今日の建造なんですがね・・・」スッ
―漣は曙の視線に気づくと、自然な形でその視線を逸らした。
曙(漣このやろー・・・)
提督「そうか、いや、もちろん個人の自由だ。自由という事はその人の姿勢が出るという事だがな。任務に対しての曙の姿勢が、良く出ていると・・・」
曙「出るわよ!出ればいいんでしょ?クソ提督!漣に聞いたんでしょうけれど、そんなに巫女姿が見たいんだったら、金剛さんとか、山城さんとかが既に・・・あっ!既に巫女みたいなものね?」
提督「その通り。なので今回、横須賀では普通の服を支給した。昨夜の扶桑や山城は良かったぞー!ロングセーターが似合うなんてもんじゃない。でだ、それとは逆に、普段着ないような巫女服を皆が着たら、それはそれはカワイイと思うのだよ!」
叢雲(あら、こんな事を言うなんて、珍しいわね。いつもより明るいわ)
曙「くっ、何て不純な動機なの!」
提督「いやまあ、あくまで副次的な物なんだがな。曙は色々な服を着るんだから、巫女服も着とけ。もったいない」
―しかし、曙は自分以外にもこのような任務に参加し無さそうな駆逐艦を二人、思い出していた。
曙「えーと、霞と、満潮は?」
叢雲「霞は足柄さんたちと一緒に巫女やるわね。満潮は扶桑さんたちと一緒よ」
曙「くっ、分が悪い!」
漣「だから言ったでしょー?七駆みんなで参加しようって。ボーロも潮も残念そうにしてたんだよ?」
提督「浮かれるところは浮かれとけ。そういうのも大事なもんだ」
曙「わかったわ」
―30分ほど後、工廠。
夕張「へぇー、これが以前、提督が設計したカヌーですか!本格的ですね」
提督「プロトタイプからの改良三案目だ。こうしないと、こいつで商売したいと言っていた友達に迷惑がかかるからな。じっくり作ってみるさ」
夕張「私もお手伝いしますね。というか、むしろガンガン作りたい感じですが!」
提督「春までには完成させて、浮かべてのんびり遊びたいもんだな」
夕張「いいですねぇ~!途中で明石さんが来たら、もっと素早くできるんですけれどね」
提督「そうだなぁ。北方まで行かなくても、うまくいけば特務で仲間にできるかもしれないがな」
夕張「えっ?明石さんのからむ特務もあるんですか?」
提督「なかなか厄介な案件で、どうするかはまだ決めてないけれどな。とても有能な明石が、秋葉原あたりに潜伏しているんだそうだ。報告書を見た個人的な感想では、解体された方が良いような子にも思えるが、自分の眼で見て確かめない事にはな」
夕張「ええっ?提督がそこまで言うなんて、何をやらかしたんですか?」
提督「特殊帯資材転送などを違法に操作したり、艦娘の精神状態を変える薬品を作成・使用したり、提督を思いのまま動かそうとしたり、高効率の改修を可能にしたり、と、どうやら『運営』にまで目をつけられているらしい。この子だけは異動ではなく確保が目的になっているしな」
夕張「マッドサイエンティストみたいな明石さんですね。行方をくらませている直接の理由は何なんですか?」
提督「考えづらい事だが、特殊帯通信にハッキングをかけて、機密書類を色々とダウンロードしたらしい」
夕張「うわぁ、それは狙われますよね。理論上は出来ないことの筈なのに、相当危ない橋を渡りましたねー」
―これは、通常は不可能な事とされている。特殊帯は個人を完全に識別しているとされているため、アクセス権を持った人物のクローンと、記憶情報を併せ持たないと無理というレベルの難易度だ。何か想像もつかない手法を使ったとしか思えない。
提督「それもそうだが、うちに特務として降りてきたという事は、うちがその機密に接触する可能性もあるわけでな。なのに特務任命されている。これもわからんよ。漏らしていい情報って事なのか?と言う話になる」
夕張「それは変ですね・・・」
提督「ま、他はあちこちゴチャゴチャしているようだが、うちはうちのペースでゆったり楽しむさ。戦いなんてそんなもんよ。どうせ、誰も冷静じゃないんだ」
夕張「あれ?提督、何だかちょっと元気になりました?」
提督「言われてみれば、そうかな?ふむ・・・」
夕張「良い事だと思いますよー?」
提督「そうなんだろうがな」
夕張「あれ?あまり嬉しくない感じですか?」
提督「いや、重度の戦闘ストレス障害が、そう簡単に寛解するものかと思ってさ」
夕張「あー、きっと私たちの影響ですよ。そう考えておけばいいんです」ニコッ
提督「そうだな、そう考えておくか」
―確かに、心当たりはある。東大東島の扶桑と山城に、艦娘に初めて会った時だ。あの時から何かが決定的に変わってきている気がする。
夕張「提督、じゃあもしかして、今日以降大量にここに入って来る一般資材って、これの材料も含んでいたりします?」
提督「含んでいるし、他にもいろいろ作ろうかと思ってさ。先は長いから、楽しくやりたくてな」
夕張「いいですねぇ、一緒に作れる感じですか?」
提督「もちろんだ!」
―さらに三十分後、第二展望室。
―提督はノートタブレットを開き、何らかの図面を作成していた。
―ポーン
―秘書艦たちと提督の使用している、鎮守府内SNSにメッセージが入る。
漣(SNS)「ご主人様、もしかしてどっかに一人でいますー?」
提督(SNS)「こっそり第二展望室にいるぞ」
漣(SNS)「お茶の時間だし、こっそりお邪魔してもいいですか?」
提督(SNS)「構わんよー」
―カラッ
漣「お邪魔しまっす!」
提督「はやっ!近くにいたのか!」
漣「そうですねー。どこにも居ませんでしたからねー」カチャッ、トスッ
―漣は二人用のお茶セットをテーブルの上に置くと、提督の隣に無造作に座った。
漣「なんですかこれ?銃の図面?ご主人様、製図もするんでしたっけ?」
提督「そんなところかな。さっき、バリちゃんとこにカヌーの図面を持って行ったところさ。で、この件を思い出したから、適当にいじっていたところだな」
漣「ふーん・・・」
提督「あれ?テンション低いな」
漣「そうですね。漣はご主人様に聞きたい事があります!」
提督「何を?」
漣「ご主人様、この前、漣のおっぱいというかちっぱい、思いっきり触ったじゃないですか?ああいうの、嬉しいんですか?」
提督「なっ、うっ!」ゲホゲホッ
―提督は、むせた。
提督「いきなり何を言うのかと思ったら」
漣「昨日の夜、いそっちとか榛名さんとか金剛さんが、ご主人様の部屋に行ってましたよね?あと、なぜか近くに時雨ちゃんも。私、そのメンバー全員に胸部装甲で負けまくりなんですが、ご主人様って冗談でぼのと、真面目には私にしか触ってませんよね?どういう気持ちなのかなぁ?って、ちょっと思うんですよね」ジィー
提督「一つ一つ確認しようか。まず、昨夜の来室者情報は青葉からかな?」
漣「そうですね」
提督「ふむ。後で青葉たちとは話す用事があるから良いとして、漣の知りたい事は何でも話すぞ?」
漣「何でも、ですか?」キュピーン!
提督「ん?ああ(なんか急に元気になったな?)」
漣「じゃあまず、昨夜のみんなはなぜご主人様の部屋に行ったんですか?」
提督「ああ、それはな・・・」
―提督は昨夜のやり取りを一通り説明した。
漣「・・・なるほどー、みんな色々あるんですねぇ。じゃあ次の質問です!ご主人様、金剛さんのおっぱい、もう触りました?」
提督「いや、触ってないぞ」
漣「いつごろ触ります?」
提督「いつ頃って!いや、そんな感じじゃないから、いつ頃ってのも無いな。そんな事したら添い寝って感じじゃなくなるしな」
漣「えー・・・。じゃあ榛名さんは?」
提督「男が苦手みたいだし、全くそんな事は考えてないぞ?来たばかりだしな」
漣「ご主人様って、もしかしてロリコン?」
提督「なぜそうなる!?」
漣「だって、金剛さんも榛名さんも、凄くスタイル良いし、いい匂いがするし、美人ですよね?・・・で、こう言っちゃなんですけど、ふたりとも、ご主人様だから異動できたところがあるわけで、色々と仲良くなりやすいじゃないですかー?実際、金剛さんとはとても仲良いですよね?なのに、進展しないと?」
提督「それはさ、進展すると危険だって説明したろう?」
漣「でも、おっぱいくらい触らないんですか?私だったら触りたいですよ?」
提督「・・・わかった。二人にそう伝えとく」
漣「あっ、ごめんなさい、今の無しで!でもなんか、もったいないというか、よくわからないなぁ」
提督「食べても良いかもしれないが、食べたらまずい事になるかもしれないプリンが、ドアの向こう側にあるのと、目の前にあるのの違いみたいなもんかな」
漣「なるほどー?うーん・・・じゃあ次の質問!噂通り、やっぱり、ご主人様って大きなおっぱいは好きじゃ無かったりします?」
提督「・・・突っ込むなぁ、この話はデリケートだぞ?」
漣「もちろん、誰にも言いませんよ?」ニコニコ
提督「以前言った事と合わせて、察してくれとしか言いようがないな」
漣「はーい!じゃあ好きに解釈しますね!で、一番肝心な質問しまーす。漣のちっぱいなんか触って、嬉しいですか?」
提督「嬉しいぞ?」
漣「えっ?何でですか?即答なの?」
提督「胸がデカかったら、今ほど漣の事を可愛いとは思ってないな、たぶん。なんだかんだ頭の良いところと胸の控えめさが、おれの中ではマッチしてて可愛い。んで、それを触った時の反応がまた、なかなか女の子らしくていい」
漣「ちょっ、ちょっとちょっとご主人様!今思いっきり色んな事を言いませんでしたか?というか、なんか元気じゃないですか?こっちが照れるんですけど!」カアッ
提督「夕張にも言われたな、なんか元気だって」
漣「なんというか、いつもより男の子っぽい気がしますよ?」
提督「男の子に何を言ってるんだ」フッ
漣「なんだろ?なんか・・・あっ、目がなんか明るいかも!」
提督「そうか?自分ではわからないが・・・」
―しかし、確かに妙に調子がいい。
漣「へぇ~、何だか本当に元気になって行ってるんですね。ご主人様ってリップサービスが多いのかな?って思える時があるから、実際にこういう事が確認できると嬉しいな。てへへ」
提督「あっ、なんか疑われてたか?嘘つくのって疲れるからな、そういうのは好きじゃないんだよ。まあ、実は奥ゆかしい漣の聞きたい事は分かってきたけどな」ニヤッ
漣「うっ・・・何を聞きたいと思ってます?」ドキッ
提督「さあ、なんだろな?」
漣「ううっ、ズルいなぁ、もうっ」
提督「漣だから触ってるし、漣だからここに呼んでる。こんなところかな」
―第二展望室は、提督がカギを管理している。私室を解放している提督にとって、ここは厳密には唯一のプライベートな空間という事になる。
漣「はいはい、完璧な答えですよ、ご主人様。色々考えちゃいますからねー。あんな綺麗な人ばかり来ちゃうと」
提督「そんな事ないんだがな。おれはおれのままだし、漣は漣のまま。多分これはずっと変わらないさ」
漣「あーあー、そういう事をさらっと言えちゃうんだもんなぁ、うちのご主人様は。・・・くっついてもいいですか?ちょっとここは寒いですから」
提督「どうぞ」
―選択する未来によっては、数百年後もこのような関係が続いていることを、この時の二人はまだ知らない。
―近くの廊下の物陰。
青葉「うーん、なんだかんだで提督と漣ちゃんも仲良しですねぇ」
衣笠「ねぇ青葉、後で提督に呼ばれるっぽくない?」
青葉「そういえば、そんな事を言ってましたねぇ。ちょっと怒られるのか、任務なのか・・・。それよりもガサ、さっき聞いたと思うんだけど、改二になったらビッグテールはやめて、こう、綺麗路線とかセクシー路線にしてみたら?漣ちゃんと被った状態で胸部装甲が大きいと、たぶん実験がしづらいと思うのね」
衣笠「実験てなに!?まあいいけど、そうだね。すでに提督には、漣ちゃんのお姉さんて言われているし、ちょっと工夫しないとね」
―これが、衣笠の髪型が変わるきっかけだった。
―30分ほど後。再び、執務室。
初風「あ、提督、休憩は終わったのね?さっき、陸奥さんと神通さんが探していたわよ?用事はそれぞれ別件みたいだけれど。それと・・・陸奥さんに会ったら、服装が違っているのを見落とさないでね?(こっちには気づいてくれるかしら?)」
―初風は今日の執務での服装を黒のスーツに変えていた。陽炎と黒潮には「あまり違いが判らない」と言われていたのだが。
提督「ん?おお。わかった。差し支えなければそれぞれ執務室に呼んでくれ。・・・ん?初風、その服・・・」
初風「何かしら?(来た!)」
提督「陽炎型のスーツっぽい艤装服のほうか?型録で見た事があるな。なかなか良いね。まさに黒スーツ。・・・いや、これは艤装服じゃないな!」
初風「当り!艤装服じゃなくてこれは私服よ。お望みの黒のスーツ。艤装服とちょっと似てるけど、艤装服はこんなに温かくはないわね。提督の趣味に合わせるのもどうかと思ったけれど、着心地が悪くないし、いいわ。でも、変な気は起こさないでね」
提督「うーん、いいねぇ、有能で綺麗な秘書艦!って感じだな。眺める方が好きなんで心配はいらんよ。変な気なんてもったいないぜ。良く似合っているな。綺麗でよろしい」ニコニコ
初風「そ、そう・・・良かったわ」カアァ
―思っていたよりストレートに褒められたせいか、初風は頬を染めて顔を伏せてしまった。
曙(あれ?これ、このままだと、優しくて手を出さない方が、厄介な結果になって行くんじゃないのかしら?みんなに好かれていっちゃうわよ?みんなに希望が残り続けるんだし)
提督「ん?どうした、曙」
曙「なっ、何でもないわ!」
黒潮「提督とみんな、おるー?差し入れやでー」
提督「おお、こりゃ珍しい。何かあったかな?おっ、タコヤキか!」
黒潮「そうや。本場明石のタコやから、うまいでー。作るのにちょっと時間がかかってしまったけどなぁ」テヘッ
叢雲「美味しそうね!でも、珍しいわね。何かあったの?」
黒潮「うん、昨日な、曙ちゃんに陽炎がつっかかったやろ?ちょっと気になったんや。陽炎はあれで、口下手なところがあるからなぁ。堪忍してや」
曙「そんなの気にしてないわ。良い演習だったと思っているし。でも、ありがと、気を使わなくていいのに」
黒潮「つっかかっといて演習で負けて、誰も謝っとらんやろ?後で陽炎も何か言いに来ると思うけどな、まだ冷静でないんや。陽炎型が無神経だと思われたらかなわんしなぁ」クスッ
提督「あー、それでか」
叢雲「何が?」
提督「ちょっと陽炎の様子が変だったのさ」
曙「ねぇ黒潮さん、それなら一つ聞きたいんだけど、陽炎は自分が秘書艦になりたいの?それとも、陽炎型からもっと秘書艦を出したいの?」
黒潮「うーん、それなんやけどな、話していると本人もどうしたいのかはっきりしとらんわ。昨日も考え無しに勝負になったやろ?色々考える、ええきっかけになったんとちゃう?」
提督「初風だって陽炎型だろうに。それに、陽炎たちは司書の仕事もあるんだがなぁ」
黒潮「みんな気になっとんよ。自分とこの提督が結構やる人やと気づいたからやなー」
提督「やる気が出てるのは良い事だけれどな。秘書艦やりたいなら、言ってくれればいいのに。んっ・・・タコヤキうまっ!」ムグムグ
叢雲「ん!美味しいわね、これ」
黒潮「口に合ったみたいやなぁ。良かったわ」ニコニコ
初風「おいしい・・・。提督、そういえば、陽炎から拳銃の申請はあった?まだよね?」
提督「まだだな、来てないぞ?」
初風「陽炎姉さんの仕事だと思うから、余計な事は言わないでおくわ。しょうがないわね」
提督「生まれつき、元気で明るい者の余裕みたいなもんだな。本気になったら強いタイプだよ、陽炎は。道筋は間違ってないから、ちょっとだけサポートしてやればいい」
曙(あ、わかる。今は勝てるけど、いずれは分からなくなってきそう。あの子はまだ真面目にやってないだけよ)
黒潮「お、司令はん、うちらの姉の事わかっとるんやな。ほな、よろしゅうな、曙ちゃん、堪忍やで」ニコッ
曙「大丈夫よ。いくらでも相手になるって言っておいて。私も強くなれるしね」
―黒潮は挨拶すると、執務室を立ち去った。入れ替わりで神通と陸奥が、別の仕事を終えた漣と磯波、山城が来た。
提督「何やら賑やかだな。大晦日らしくて実にいい。・・・で、むっちゃん、非常に良く似合っているぞ」
陸奥「そ、そうかしら?こういうのもいいものね。相手が自分をどう見ているか、こんな形で伝わるのも悪くないわね。ちょっと恥ずかしいけれど」カアァ
―陸奥は黒の膝上のタイトスカートに黒のワイシャツ、その上に白のセーターを着て、その上に白衣を引っ掛けている。しかし、黒のコートも買ってあるため、外出にも困ることはない。
初風「陸奥さん、提督が選んだ服なの?白衣にも合わせられる組み合わせね」
陸奥「大人のお姉さんって感じね。でも、ちょっと威圧的にも、柔らかくもできる組み合わせだわ。これが私のイメージなのね!」
山城(あんな短い時間でこういう服を簡単に選べるなんて、やっぱりこの男は色々慣れているわね・・・)
―そんな事を考えている山城は、今日も提督の意見を参考にしたロングセーターと長めのタイトスカートの組み合わせだ。
神通「あの、提督、川内姉さんの様子がちょっと変なのですが、何かご存知ないですか?」
提督「いや、それはおれも少し変だなと思っていたところだが・・・」
陸奥「ああ、私がここに来たのはその件よ。あの子、『夜戦に関するテキスト』を貰っていったけど、大丈夫じゃなかったみたいね、やっぱり。結構止めたんだけれど・・・」
―ガタタッ!
叢雲・初風・曙・漣・磯波(えっ?なぜ川内さんがそれを?)
山城(なぜ川内がそれを?)
―何人かの艦娘が不自然な動きをした。
神通「えっ!何かこそこそ見ていると思ったら、そうですか。それなら色々納得です。せっかく、無用な衝撃を受けないようにしようと誤魔化していたのに、自分からそこまでしてしまったんですね」
提督「『夜戦に関するテキスト』?・・・あ!『保健指導特二号テキスト』の事か?しまった!うちでは特に何の規定も定めてなかった。考えてなかったぞ」
陸奥「私もちょっと迷ったけれど、渡してしまったわ。熱意に押された感じね。でもあれは、誰かとどうこう、というのではなく、自分だけが知らない事が我慢ならなかったみたいね」
神通「私も那珂も知らないふりをしましたが、姉さん、勘が良いですからね」
提督「いや、こないだの夜のアレだろ?知らないふりになっていなかったと思うが・・・」
漣(ですよねー・・・)
神通「えっ!そうですか?どうしましょう・・・」
山城「放っておくしかないわよ。いつかは知る事だし、自分なりに消化するでしょう?」
陸奥「そうね、こればかりは。私も色々聞かれたけれど・・・」
神通「すいません陸奥さん。でも、謎は解けて良かったです」
提督(というかこの反応、なんでみんな知ってるんだ?)
―これは、ほとんどは秋雲のせいなのだが、提督がそれに気づくのはもう少し先だ。
―午後、ヒトゴーマルマル(15時過ぎ)、工廠。
提督「さてと、今年最後の建造の結果はどうかな?・・・っと」
―提督は何人かの艦娘とともに、一つだけ稼働させた建造キャニスターの様子を見に来た。予想よりも艦娘たちの着任が早いため、既に建造を行う必要はあまりなくなっていたが、それでもまだ建造で着任できるはずの艦娘もいる。
自動音声『建造、完了いたしました。キャニスターロック、解除』
―プシュー、ガコン
夕立「こんにちは!白露型駆逐艦、夕立よ!よろしくね。・・・わあ、凄く強い提督さんっぽい!」
―夕立は建造筒から飛び出すと、言いながら提督の手を取った。
提督「ん?おお、君が夕立か!こちらこそよろしく。活躍に期待しているが、張り切りすぎて沈まないようにな!」
神通(あ、この子、わかるんですね。さすがは武勲艦ですね)
夕立「任せといて!夕立、頑張ってすごく強くなるっぽい!」
―この時はまだ、この夕立が、のちに様々な技量をスポンジのように吸収して強くなり、海でも陸でも数々の武勲を立てるとは、誰も、当の本人さえも思っていなかった。
第三十八話、艦
次回予告。
パルミラ環礁の熊野たちは、泊地と島の探索を開始する。
提督用の特製の年越しそばを作る扶桑姉さまと、色々と突っ込んだ話をする二人の川内。
一方、ある想定から戦術用気象データを取り寄せることにした提督は、その作業の傍ら、特殊演習場の深部を調べることにする。
そこで、以前話した『声』と再会するのだが・・・。
次回『忘れられし者』乞う、ご期待。
夕立『さあ、楽しいSS読みましょ!』
更新が遅れる予定でしたが、肉離れを起してしまい、何もできなくなったので、ひたすら机に向かっておりました。
このSSではなかなか大切な位置の荒潮ちゃんが改二になっていい感じになったので、とても嬉しいですね。
あとは、機雷が実装されれば何も言う事は無いのですが。
続き楽しみにしてます。
コメントありがとうございます!
日常のシーンも多い、長いSSですが、ゆっくりお付き合いください。