2017-02-26 17:19:29 更新

概要

陸奥の心を静める為に、堅洲島の沖で扶桑と陸奥が実弾演習を始める。
加わる金剛と、山城、榛名、そして足柄の戦隊。

同じ頃、演習場の深部で提督と曙は、少しだけ心を通わせる。

そして、無許可の実弾演習を知り、後始末が始まるのだが・・・。

その後、保険を兼ねて利島鎮守府の磯風の捜索について、叢雲と提督は打ち合わせを行う。

一方、大人の夜戦について特務第七の川内から、余すところなく聞いた川内は、高熱に気付かずに、人気のないところで倒れてしまうのだった。


前書き

扶桑、山城と陸奥、金剛の戦いが熱いです。

特に、扶桑単独の時と、山城が一緒の時の戦い方は全く異なっており、金剛が初見殺しを食らってしまいます。

堅洲島のツン勢は、なぜかあまりツンツンしませんが、実はこれも分かりづらい伏線でした。この為、ここの曙は可愛さが増してしまっています。

磯波の件は、もしかして料理が苦手で有名なあの子の着任フラグでしょうか?

そして、川内。早く見つからないと、病気が重くなりそうで心配ですね。


[第四十一話 バカばっかりの年越し・前編 ]




―12月31日、ヒトハチサンマル(18時30分)過ぎ。地下出撃船渠。


陸奥「扶桑、あの・・・」


扶桑「・・・何も言わなくていいわ。本当は・・・私たちは時々、こうしてやり合うべきよ。違うかしら?」クスッ


―タラップを降りていく扶桑の背中にかけた声は、振り向かないまま返事が返ってくる。


陸奥(扶桑、今のあなたは本当に笑っているの?)


―簡単に、なんて深い言葉を返して来るのだろう?と陸奥は思った。どのようにでも意味が取れて、それは全て正しい。返すこちらが読まれるような、短くて優しく聞こえる言葉。


陸奥(そう、だから私はあなたが好きで、そして好きになり切れないのよ。あの人と同じ。どこか遠くを見て話されている、あの感じが似ていて・・・。本来なら、あなたが一番あの人と分かり合えそうだから)


―カンカンカン・・・


―エレベーターホールの方から、走る音が聞こえてきた。


山城「扶桑姉さま、陸奥、どうしたんですか!?」


扶桑「ああ、山城、少し探したのよ?面倒をかけてしまうけれど、厨房のおそばの下ごしらえ、ラップだけ、かけておいてくれないかしら?」


山城「もちろんそれはすぐにやりますが、いえ、どうしたんですか?」


扶桑「・・・何でもないわ。たまには陸奥と本気でやり合いたい、それだけよ。あなたも気が向いたら、金剛や榛名に声を掛けて加わってもいいわ」


山城「わっ、わかりました!」ダッ


―山城は何も聞かずに走り去った。


陸奥「え?金剛や榛名?・・・扶桑?」


扶桑「さあ、行くわ!」


―扶桑は陸奥の質問には答えず、艤装展開プレートに乗った。水色の光に包まれていく。


扶桑「特務第二十一号、堅洲島鎮守府、第一艦隊『主力航戦打撃艦隊』旗艦、扶桑、出撃いたします!」


―そう、戦艦に言葉は不要。


―陸奥も艤装展開プレートに乗った。


陸奥「戦艦陸奥、出撃!」


―出撃船渠の多層装甲シャッターが順次開いていき、戦艦用の艤装展開カタパルトが浮上する。微かに光る水を蹴立てて、扶桑と陸奥は夕闇の堅洲島の海に飛び出した。


陸奥(ああ、それでも空は灰色。世界は色を失っているわ・・・。そして、それを焦がすような心の炎が・・・熱すぎるのよ!)


―扶桑と話すわずかな間、心が落ち着き始めているのかと思ったが、そんな事は無かった。夜の空は本来なら、青かったのだろう。


扶桑「標的岩礁を過ぎたら、そこからは撃ち合いの始まり。互いに、そこからは敵。好きにやりましょう?弩級戦艦どうし、簡単には沈まないわ!」


陸奥「ええ!」


―陸奥と扶桑は全速でV字に分かれていき、堅洲島の沖合にぽつりと存在する標的岩礁を過ぎるころには、既に相当の距離が開いていた。


陸奥(海の上、久しぶりね・・・。扶桑は?)


―ドウッ・・・カッ


―扶桑の位置を確かめようとした時、砲撃音に続いて、陸奥の頭上に照明弾が輝いた。


陸奥「しまっ!」


―陸奥は驚きの声を噛み潰すように、全速で左三十度に変針して回避しつつ、砲撃音の方を見た。既に、扶桑の居ると思しきあたりで、半砲門以上の閃光が瞬いている。


―既に捉えられている!


陸奥「まずい!」


―陸奥は全力で進み続けようとしたが、心の中の異なる勘が、違う方向を向けと言っている気がした。強い警告を感じ、陸奥は右に二十度変針する。


―ドンザザザザッ!


―果たして、本来なら陸奥が進んでいたはずの場所に、扶桑のほとんどの砲弾が着弾する。


陸奥(今の、あの人の・・・!)


―遠目に見ていた扶桑も驚いた。


扶桑(あそこから回避?なぜあそこで変針する判断が?)


―変針して全速力で索敵と着弾を回避する途中で、さらに違う方向への変針。速度も乗り切らないうちにする理由は、着弾箇所を察知したこと以外考え難い。が、陸奥はそこまで経験を積んでいないはずだ。明らかにぎこちない。


扶桑(おかしい。・・・いいえ、偶然も一度くらいはあるわ)


―戦場で疑問に囚われたら、死が近づくだけだ。


扶桑(なら、思いきり撃ち合いましょう!)ザアッ


―扶桑は全速力で陸奥に近づいていく。一方の陸奥は、次の行動を決めかねつつも、装填は終えていたところだった。しかし、迷いのない扶桑の行動のほうが早い。


扶桑(・・・捉えたわ。偶然は二度続かないものよ。・・・主砲、35.6糎連装砲、二基四門、一斉射!)ドドドゴオォォォ!


―しかし、ここで陸奥はまた、無意識に緊急回避を行った。扶桑から見れば、流れるようにほぼすべての砲弾が、陸奥に吸い込まれるように命中するはずだった。


―ドドドッ・・・ザーン!


陸奥「くうっ、また、身体が勝手に・・・っ!」ドドドドッ!ゴウッ


―強力な危機感が無意識に身体を動かし、命中を回避している。そして、陸奥自身の判断より一瞬早く、陸奥の身体は全砲門を同一の方向に向けて斉射した。


―扶桑の視点からは、自分の砲弾の着弾した水柱ギリギリから、陸奥の一斉射の閃光が見えた。本能がざわつくが、扶桑は眼だけを保護するように手をかざすと、特に回避せずに前進し続け、全弾の装填を急いだ。堂々たる姿だった。


―ピュビュン・・・ガンッ・・・!


―演習とわかっていても慣れない、戦艦の主砲弾が空気を切り裂いて通り過ぎてゆく音がし、一発が扶桑の艤装をかすった。扶桑はゆっくりと手をおろす。


扶桑「・・・く!あれを躱して撃ち返し・・・偶然ではないのね。・・・ううん、私も、あなたも、あの人の艦娘だものね!」ボウッ


―扶桑の瞳の深紅が、熱を帯びてきた。本当は、昂りたくはない。が、今日は撃ち合える。悪くない。


陸奥(ああ、扶桑、私の斉射で身じろぎもしないで・・・。そうね、国号を背負った弩級戦艦だものね、あなたは美しいわ・・・)


―陸奥は既に覚悟していた。自分は全砲門をこれから装填だが、扶桑は先に全弾の装填を終えるだろう。落ち着いて、全ての砲弾を自分に叩きこむはずだ。ボロボロになるが、あの気持ちの高ぶりは収まるだろう。


陸奥(その瞬間まで、全力で!私は沈めないのだから!)


―陸奥は装填を続けつつ、扶桑に向かって全力で進む事にした。


扶桑(・・・胸騒ぎがするわ。勝負は間違いなくつくはずなのに・・・)


―次第に速度を増し始め、冷たいはずの風を頬に感じる。妖精たちの装填作業の完了を確認すると、扶桑は立ち向かってくる陸奥に照準を合わせた。


扶桑「全砲門、一斉射!撃てっ!」ドゴオォォォ!


―しかし、その一瞬前に、陸奥は妙なものを見た。扶桑の砲塔から、自分に伸びる八条の線。それは、色を失った世界の中で、その線だけが色鮮やかに見える、不思議なものだった。陸奥はわずかに姿勢を変え、残された時間の中、この線が最も少ない場所に身体を躱そうとする。


―ゴッ・・・ガガガ・・・ザザザーン!


―全身の骨がバラバラになるような、恐ろしい衝撃が襲ってきた。左側の艤装と、艤装服がはじけ飛ぶ。


陸奥「くっ!・・・ぐっあっ!」


扶桑(あれで中破どまり?今、着弾箇所を減らしたような・・・?)


陸奥(くっ、なに、今の?でも、まだ中破でとどまったわ・・・やられっぱなしは嫌よ!)ギリッ


―陸奥は歯を食いしばると、動く砲塔を全て扶桑に向ける。が、扶桑は今度も回避行動を取らない。殴り合いに近い距離の為、全てを躱すのが難しい今、ギリギリまで陸奥の砲撃を読み、ダメージを抑えるに違いない。それだけの装甲もあるのだ。そして、その姿が美しい。


陸奥(ほんと、長門と同じく堂々としているけれど、それ以上に、あなたには華があるわ。・・・でもっ!)


―感心している場合ではない。


陸奥「くっ・・・可動全砲門、扶桑に集中・・・一斉射、はじめっ!」ドッ・・ゴゴウッ!


扶桑「!」


―扶桑は陸奥の射線を読み、最小限の回避行動を取る。ほとんど優雅と言ってもいい動きだが、全てを躱せるわけではなかった。


―ガッ、ガンッ!


―小破のダメージが累積する。


陸奥(わかってはいたけれど、・・・強い!)


扶桑「さあ、ここからは撃ち合い、殴り合いよ。気が済んだら言って!」


―そこから先は、激しい撃ち合いだった。互いに横に移動しながら、装填が終わり次第撃つ。斉射もあれば、バラバラに撃つ場合もある。扶桑は陸奥の砲撃を経験で躱し、陸奥は先ほどから働いている、妙な感覚で先読みして躱し、時にダメージを軽減した。・・・が、互いに、次第に削られていく。


陸奥(思ってはいたわ。でも、ここまでやるなんて!扶桑型を重用している鎮守府がそう多くない今となっては、うちの扶桑はかなり強い扶桑のはずだわ!)


扶桑(・・・おかしい。陸奥の練度と結果が噛み合っていないわ。撃ち合うのは容易なのに、全然決定打を与えられない。どういう事なの?まるで・・・!)ハッ


―扶桑は言いかけて、何かに思い当たった。普段の自分なら、陸奥の実弾演習など、受けたろうか?


扶桑(そういえば、陸奥の事で荒潮が来る少し前から、妙に気分が高揚していたわ・・・)


―そして、陸奥もおそらくそうだが、それは制御できないほどのもののようだった。


扶桑(それなら・・・)


―扶桑は陸奥との撃ち合いの中、少しずつ発射数を減らして、装填済みの主砲を増やしていた。


陸奥(何か仕掛けてくる気かしら?静かな戦い方に変わってきているわ・・・)


―対する陸奥は、主砲弾の装填が息切れ気味だった。


扶桑「・・・ねえ陸奥」フゥ


陸奥「・・・何かしら?」


扶桑「・・・あなた、提督と何かあったわね?」


陸奥「!!・・・なっ!」


扶桑「・・・主砲、四基八門、一斉射!」ドドドドゴゴオォォ!!


―ガガガッ、ゴンッ!


陸奥「しまっ・・!ああっ!」


―陸奥の右舷艤装に砲撃が集中し、陸奥は衝撃に引っ張られるように吹き飛ばされた。何とか体勢を立て直し、海面を掴むように手を立てるが、長い航跡を残すのみで、当然引っかからない。衝撃が収まったころには、陸奥の艤装はほとんど原型を無くしていた。


陸奥「うっ・・・いったぁ・・・、なかなか酷くていいわね、扶桑」


―服はボロボロで、微速でしか進めない。扶桑が近づいてくる。


扶桑「身体には当たらないようにしたわ。それでも、痛いでしょうけれど。・・・あれくらい集中を乱されると、流石にあの、妙な回避能力は働かないのね」


―扶桑は静かに腕を組むと、少しだけ空を眺めて、それから陸奥の眼を見た。話せ、という事だろう。


陸奥「・・・色々と、あなたには敵わないわね」フゥ


扶桑「・・・で、今のは何かしら?あなたの練度や動きに不釣り合いな、不自然なほどの危機回避能力が上乗せされているわ。・・・私にはわかるわ。何か、普通では無いわね。こうして戦う事になった理由といい」


―扶桑の声には、優しさと心配があり、それ以外の感情は感じられなかった。一番気になる事があるはずなのに、少なくとも、陸奥にはそれが感じ取れなかった。


扶桑「・・・黙っていたい事なら、黙っていても構わないわ。私も聞かないから。ただ、提督にどう接していいかわからなくなるのは、避けたい事だわ」


―扶桑は、陸奥と提督が特別な関係なら、と言っているのだ。


陸奥「ごめんなさい!そういう心配は要らないのよ。この事は提督も知らないし、私が一人でどうにかすべき事で・・・。仕方がなかったの。ほかに方法が無かったのよ・・・」


扶桑「・・・どういう事なの?」


陸奥「あの時・・・」


―しかし、陸奥が話を始めようとした時、山城が金剛を伴って出撃してきた。


山城「姉さまー!折角ですからみんなでやり合いましょう!たとえ演習でも、この山城、姉さまを一人で戦わせるわけにはまいりません!」


金剛「ヘーイ!こんな楽しそうな事を二人じめはズルいデース!」


陸奥「残念だけど、私はもうボロボロよ。完璧にやられちゃったわ・・・」


金剛「じゃあ、陸奥の仇を討ちマース!扶桑も中破手前で残弾の都合もあるし、二対一でどうですかー?」


扶桑「あら、そういうの好きよ?」フッ


山城「・・・ふーん」ニヤリ


陸奥「・・・扶桑、とりあえず、私は引き上げるわ。ありがとう」


扶桑「気持ちは落ち着いたかしら?」


陸奥「ええ。少し、夜風に当たりながら帰投するわ。・・・それと、金剛、扶桑と山城が一緒だと、本当に厄介だから、気を付けて。特に初見なら、あなたでも危険だと思うわ」


金剛「本当に?すごく楽しみネー!」


―陸奥の心をどこかに持っていきかけていた、あれほど激しかった灼熱の歓喜が、全身の痛みと、解放した闘争本能のせいか、今は感じられない。良い感じでクールダウンできたのかもしれない。陸奥はゆっくりと、遠回り気味に船渠に帰投する事にした。



―同じ頃、特殊演習施設内偽装大型ドック内、通称『八百式艦』前部甲板付近。


―懐中電灯の明かりを頼りに、一番砲塔と二番砲塔が収まるはずの大穴の間に来た提督は、どっかと腰を下ろした。微細な埃も管理されているこの空間では、いきなり腰を下ろしても汚れるような事は無い。


曙「どうしたの?」トスッ


―曙も隣に座る。


提督「ん、ちょっと考えを整理しようかと思ってな。いずれ、この艦で戦いに出る事にもなるんだろうしさ」


曙「その割には、不安は無さそうなのね」


提督「不安なんて、無駄だからな。どうしてもやらなくちゃならない事があるなら、あとはそれをどう楽しむか考えた方がいい。難しい事だけれどな」


曙「楽しそうね。こっちは最悪の気分だけど」


提督「・・・くっ!」プルプル


―黙っていた提督は、笑いをこらえきれなくなった。


曙「あっ!笑ったわね!」


提督「いや、あの流れは面白すぎだろ。こういうの、よく漫画なんかであるよな。人工知能が失言する系の。しかし、その内容がまさかのアブノーマ「言わなくていいからそこっ!」」


曙「ほんっと最悪、このクソ提督!もともとはあんたが余計な知識を吹き込むからそんな事になるのよ!それに、聞き逃さなかったけれど、私がクソ提督にうまく突っかかれないのも、提督の属性とかいうもののせいらしいじゃない?色々ズルい!もうっ!」プンプン


提督「そこは引っかかってたな。例えばさ、満潮も霞も曙も、他では少し、扱いの難しい子と言われているんだが、うちでは全然そんな事なくてさ。みんないい子ばかりで。嬉しい半面、ちょっと物足りないかな」


曙「(今、いい子って言った?)・・・それはあまり関係ないと思うけど。ふーん?物足りないんだ?じゃあ私くらいはそのままでいいわね」ドヤァ


提督「そうだな、その方がいい。とても楽しい」


曙「楽しいって・・・もうっ!ほんと調子狂うわ!あっ、じゃあ、最近知ったんだけど、漣の胸、触ったでしょ?」


提督「おっ、どこ情報だい?確かに触ったぞ。とても癒されたなぁ」


曙「うっわぁ~!堂々としすぎ!信じられない!藤瀬さんの聞き取り調査の時に教えてもらったんだけどね」


提督「いや、言えないような触り方をする方がおかしいわけでさ。・・・あの学者先生、楽しんでんなぁ」


曙「くっ、それもそうね(変なところで正論を)。・・・漣の事、可愛がってるよね?」


提督「そうだな。あいつも可愛いからな。色々気を使ったり、考える子なのは、曙たちが一番知ってるだろう?」


曙「そういう所に気付くのは感心するわ。ん?あいつも?「も」って・・・」


提督「誰かだけ目を掛ける過ぎるような事もしたくないしさ。今も目の前にかわいいのがいるし」


曙「!・・・ほんっと」


提督「ん?」


曙「良くないよ、そういうの。みんな誤解するわ!」


提督「それは本当に誤解なのかねぇ?」フッ


曙「くっ!このクソ提督!」


―この提督は本当に減らず口ばかりだ、と曙は思う。心の中に、突っかかりたい思いが渦巻いていたはずなのに、あしらわれているうちに突っかかる気が無くなってしまう。そんなのは卑怯だ。そして困ったことに、いつも楽しくなってしまう。


曙「・・・でもさ」


提督「ん?」


曙「本当は、すごく大変な戦いになるって事でしょ?」


提督「何もしなければな。だから、大変な戦いにしないって事が大事になって来るのさ。でも、そんなに心配いらんよ」


―カチッ


―曙は、なぜか懐中電灯を消した。


提督「ん?」


曙「・・・あまり、無理しちゃだめだよ?・・・じゃあ、先に行くね」


提督「・・・うん、ありがとう」


―そして、曙の足音が少し遠ざかったあたりで、懐中電灯が点き、遠ざかっていく曙の背中が見えた。


提督「曙」


曙「・・・なに?」


提督「・・・いなくなるなよ?」


曙「・・・うん」クルッ・・・タタタ


―しかし、ここで急に曙は踵を返して、走ってきた。


曙「寒いし、忙しいわけじゃないから、まだここにいる!」トスッ


―曙は提督の胡坐に座った。曙の髪の香りがする。


提督「あれっ?」


曙「て、提督の属性だかのせいだから!私の気持ちじゃないし。寒いし、こんな暗いところを一人で帰るのもバカバカしいし・・・。全部属性のせいよ!」


提督「そうだな。全部属性のせいだ」


―天井は特殊演習場の底になるはずだが、高すぎて何だか星が見えるような気さえしてくる。


曙「・・・あの時と、写真の事、本当にごめんなさい」


提督「もう大丈夫だよ。どっちも、おれも悪かったし」


曙「そうだね。営倉に入れられちゃったけど」クスッ


提督「あっ!」


曙「冗談よ。ちょっと気にしてくれてんのね」


提督「いい気はしないからなぁ」


曙「属性とかのせいで・・・」


提督「ん?」


曙「謝りたい事とか、聞きたい事が増えてきてる気がする。属性とかのせいで!」


提督「そうか。おれはいつでも答えるぞ?答えられない事以外はな」シレッ


曙「調子がいいんだから。そんなに何でも答えられる気でいるの?」


提督「答えられないこと以外はって言ったからな?」


曙「あっ!ほんと、油断も隙も無いわね!」


提督「さっき謝ってくれたけど、何を聞きたいんだ?答えるって。ここには誰も・・・いないみたいだしな」コホン


―フィ・・・


―スピーカーの電源が切れる音がした。


提督(姫もこういう話題は好きとみえるな・・・やれやれ)


曙「クソ提督ってさ、ずっと一人で生きていく感じ?」


提督「いきなり重めなの来た!」


曙「あっ!違うわ!そんな重い意味で聞いているんじゃないわよこのクソ提督!」


提督「まあ、戦いが全て終わったら、妻と娘の所に帰るつもりだけれどな」


曙「・・・は?・・・え?ええええっ!?」


提督「・・・いや冗談だぞ?くっくっく。おれは独身だよ。結婚なんて・・・もう考えないだろうよ」


―ズキ・・・


―曙は、何か提督の心に刺さっているものと、その痛みを感じた気がした。


曙「ま、まったく!つまんないウソついて!」


提督「・・・本当はさ、日本に帰ってきてから、海辺の町でゆっくり朽ち果てていくつもりだったのさ。しかし、裁判員を断ったら提督にされて、しかもかなり働けという。それだけなら困ったもんだが、可愛くて頼りになる子が沢山いる以上、みっともない真似は出来んよな。・・・今はそんなところだよ」


曙「・・・もしもよ?もしも、いつか、全部終わっても、一人で生きていくつもりなの?・・・あれ?裁判員の話って、あれは冗談じゃなかったの?」


提督「おそらく、もう、そうはならないだろうよ。それに、人は一人ではやっぱり生きられないからな・・・。冗談ではないんだぜ?あいつらの仕込みのせいだが、形の上ではそういう経過で提督になってしまってるのさ」


曙「考えが変わり始めているって事?・・・冗談じゃなかったんだ。あいつら?」


提督「そうだな。流れを見て、変えていく。でなければ勝てないし、勝った後の方が難しいかもしれないしな。・・・ああ。いずれ、提督になった経緯については話すよ。そんな形だったから、叢雲にはずいぶん苦労をかけたのさ」


曙「・・・そうだったのね?ほんと、色々あるのね」


提督「全くだな。しかし、振り返れば全部楽しかったと、そう言えるようにやっていきたいと思ってるのさ」


―暗闇だし、背後だからわからないが、おそらく提督は空を見ながら言っているのだろうと、曙は思った。以前の閉じ込められ事件の際とは違い、今日は鼓動が早くならない。


曙「そうやって真面目な事言われると、ちょっと混乱する。クソ提督っぽくなくて」


提督「そうか?じゃあ・・・」サワッ


―提督の右手が、曙の胸のあたりに触れた。


曙「!!・・・っの、クッソ提督!」


―提督は鳩尾あたりに肘が打ち込まれることを想定していたが、それは来なかった。


提督「・・・あれ?」


曙「ここで攻撃すると話が止まるからね。ふふん。あ、でもそれ以上触ったらぶっ飛ばすからね?・・・その代わり、真面目な質問に笑わないで答えて」


提督「参ったな。わかった。答えるよ」


曙「漣はともかくよ?私の胸なんか触って嬉しいもんなの?・・・その、ほとんど無いっていうか・・・」カァッ


提督「ああ、それ、漣にも同じことを聞かれたな。世の中の巨乳信仰にも困ったもんだ。結論から言うと、凄く嬉しいもんなんだよ。大きさは関係ない。その子の『女の部分』に触れるって事だからな」


曙「よ、よくわからないんだけど、嬉しいって事ね?・・・くっ、ふふ、そんな真面目に返しちゃって、変なところが真面目だよね。あはは!そっか、嬉しいもんなのね?」


提督「笑われたか。でもな、デカけりゃ良いみたいな風潮は、おれはどうかと思ってるのさ。木を見て森を見ず、胸を見て女の子を見ず、みたいな」


曙「こだわりはわかったから!くふふ、お腹痛い!なに格言みたいな言い方してるの?ほんとにもう。・・・くっ・・・」プルプル


提督「でも、曙はもう少し食べた方が良いな。胸が、とかじゃないぞ?全体的にな」


曙「やだ。お尻が大きくなりそうで嫌だもん」


提督「今だって小さい部類だと思うけどな」


曙「そうかなぁ?」


提督「そうだよ。あと、形が良いな。・・・ま、何か旨いものを食う時は呼ぶよ」


曙「頭数が足らなかったら行くわ。・・・あっ、さりげなくセクハラ混ざたわね!」


提督「バレたか」


―普段、他の艦娘の眼があるところではほとんど提督と話さない曙の、普段と違う姿だった。


―『高高次戦略解析室』内の姫は、流れてくる二人の会話と、『認識』を変えることによって、全ての障害物を透過して見える、曙と提督、そしてほかの艦娘たちの心のエネルギーの流れを注意深く眺めていた。


姫(呆れるほどに落ち着いているだけでなく、闘争心を燃やしているうえに、艦娘と楽しくお話ですか・・・・。まるであの方みたいね)


―ピー


機械音声『メモリーにウイルス起因の不整合エラー発見。関連記憶の整理・削除を行います』


姫「あの方?私、誰を思い出そうとしていたの?」


機械音声『ウイルスコード関連記憶の完全削除完了』


姫「・・・あっ、私、今何を?ウイルスのせいね?急がないと・・・」


―姫が感染させられたウイルスコードは、姫自身が把握しているよりも被害の大きいものだったが、姫自身はそうは思っていない。それが、このウイルスコードの厄介な点だった。



―再び、堅洲島沖合、標的岩礁付近。


金剛「くっ・・・完全に私の慢心ネ・・・。ここまでやるなんて思ってなかったヨ」ボロボロ


―言いながら、金剛は衝撃で切れた唇の血をぬぐった。血と言っても、その色はかなり薄い。艤装状態の為だ。


―現在、扶桑は小破のまま。山城も小破で、金剛は大破一歩手前の中破状態だった。


山城「うふふ、金剛、戦場にいきなり出なくて良かったわね?私たちが深海だったら、あなたはもうじき轟沈よ?」


扶桑「・・・・・」


金剛「・・・反論できないネ。陸奥が気をつけろとは言っていたけれど、ここまで徹底した戦い方を通すなんて、やっぱりあの提督の艦娘ネー・・・」


山城「そんなに褒めなくてもいいのよ?」


金剛「半分皮肉デース!ほんっとうに性格の悪い戦い方をするのね。一歩間違えたら嫌いになりそうよ!」ニヤッ


山城「私にそれは、誉め言葉よ」ニコッ


―山城は、普段はなかなか見せないような、素敵と言っていいほどの笑みを浮かべた。


金剛(あんな性悪な戦い方に徹して、よくもまあそんな良い笑顔ができるわ。でも、それは私に無いあなたの魅力ね・・・)


扶桑「・・・山城、気を付けて、口調が変わったわ(小声)」ボソッ


山城「ええ、わかってます。そろそろ危険ですね(小声)」


金剛「さーて・・・どうやって勝ちましょうかネー!」パキポキ


―いつものように気持ちの切り替えで指を鳴らしたが、戦い方と勝ち方のイメージがわかない。堅洲島の扶桑と山城は、二人一緒だと本当に厄介な戦い方をする。自分の正統派な戦い方では相性が悪すぎる。


―提督『適当ってのは大事だぜ?』


金剛(見つけてみましょうか、『適当』を)


―再び、金剛は扶桑、山城に対して最適な砲撃の位置を取ろうとする。が、彼我の位置を確認したい時、標的を定めたい時、射撃したい時、戦艦同士ならわかる、一番嫌なタイミングで、山城がちょこちょこと主砲や副砲を当ててきて、まともに戦いをさせない。


―ガンッ


―金剛の艤装に山城の15.5糎三連装副砲の砲弾が当たった。これは、照準に捉えられていることも意味している。ここで回避しようとすると、回避方向の四択~二択のどちらかに扶桑と山城が砲撃してきて、二択を潰され、高確率で命中する。


金剛(だからと言って直進しても当てられる・・・)


―既にそれで何度か、命中を食らっている。


金剛(扶桑と山城は見ずに、確率の半端な方向へ変針。併せて、二人に適当にばらけた砲撃を行って・・・)


―ドドドンッ


―誘いとも本気ともつかない弾数を撃ち返す。が、この瞬間も、全弾を装填した扶桑が最適なタイミングを見計らっているはずだ。


金剛(さすがに、戦艦二人と一人では無理だったかな・・・)


―ガンッ


―お返しのようにまた、15.5糎砲弾が艤装に当たる。


金剛(また!もう、尊敬できるくらい徹底しているわね!)


―艦娘によっては、この山城の性悪な戦い方に対して、演習が終わった後に食って掛かるかもしれない。しかし、それは間違いだと金剛は思っている。わざわざ実弾を使う演習で、相手がどう思うかなど考えず、手の内を出して全力でぶつけてくる扶桑と山城は、とても正しい。実力も、仲間としても、自分の事を認めているからできる事だ。


陸奥(なるほどね・・・)


―標的岩礁に寄りかかって戦いを見ていた陸奥は、扶桑の言葉の意味が分かった。


陸奥(そうね、何か秘密がありそうな私に、後から来た金剛たち。一度やり合っておいた方が、互いに楽だわ。今夜はお酒が美味しそうね。・・・いったた)


―陸奥がそんな事を思っていた矢先に、榛名が出撃船渠から飛び出してきた。


榛名「金剛お姉さま、勝手に助太刀いたします!今のままでは勝てません!こちらも呼吸を合わせて、駆け引きに読み勝ちましょう!」


金剛「榛名!・・・そうね、そうするわ」



―近くの海域。


―近海警備を終えて帰投中の足柄、羽黒、天龍、龍田、霞、満潮の六人は、堅洲島沖合の砲撃音と閃光に気付いた。


霞「足柄、あれは何?」


足柄「んー、どれどれ・・・あっ!扶桑さんたちが実弾演習やってるわ!」


龍田「あら~、珍しいわね。女の戦いかしら?」


天龍「ん?女の戦いってどういうこった?」


龍田「うふふ、天龍ちゃんにはちょっと早かったかしらね~」


天龍「何だよ全然意味が分かんねぇよ。でもさ、楽しそうだなおい!」


足柄「陸奥さんと金剛さんがダメージ大きいわね。丁度、金剛型の二人と扶桑型の二人がやり合っているところだわ!さあみんな、二手に分かれて模擬戦よ!最大戦速!」ザアッ


羽黒「あっ、待って、足柄姉さん!」ザアッ


天龍「そうこなくっちゃな!」ザアッ


龍田「いいわぁ、天龍ちゃんと年の瀬に戦えるなんて!」ザアッ


霞「ちょっ、ちょっと足柄!羽黒さんまで・・・。あっ、天龍さん、龍田さんも・・・」


―霞は、残っていた満潮と目が合ったが・・・。


満潮「扶桑さんと山城さんの援護に回ろっと。次は悲しいの嫌だから・・・」スウッ


霞「ああっ、もうっ!バカばっかり!何でそうなるのよ!待ちなさいよ!待ってってば、足柄ー!」


―結局、霞も加わる事になった。


―こうして、堅洲島沖の戦艦同士の実弾演習は、足柄の遠征艦隊の加入で規模の大きなものになってしまった。



―執務室ラウンジ。


―タタタッ、ガチャッバターン!


睦月「たっ、大変かもしれないよ!」


吹雪「むっ、叢雲秘書艦!司令官、実弾演習の許可とか出してます?」


―慌てて執務室に入ってきた睦月と吹雪に対して、執務机に向かい、残務を片付けていた叢雲は、眼鏡をつけた顔を上げた。


吹雪「あれっ?叢雲ちゃん、あなた眼鏡なんて・・・」


睦月「あれっ?」


叢雲「あっ!」サッ、コホン


―叢雲は眼鏡をさっと外すと、小さな咳払いをした。


叢雲「えーと、どうしたのかしら?」ドキドキ


吹雪「あっ、そうそう!戦艦のお姉さまたちと足柄さんたちが、沖で実弾演習してるんですけど、参加しようかと思ったらどこにも告知が無くて・・・」


睦月「もしかして、司令官の許可がないままかな、なんて思ったの」


叢雲「実弾?はぁ?・・・なんですって!提督は今、曙とどこか施設の探索に行ってるわよ?」


―ガチャッ、バタン


曙「探索任務完了、ただいま帰投しました」


提督「ただいま。おう、吹雪と睦月、お茶でも飲んでいったら・・・ん?何かあったか?」



―一時間後、執務室ラウンジ。


―戦艦勢をはじめとして、無許可の実弾演習に加わった艦娘たちが、全員執務室ラウンジに呼ばれ、執務机の前に整列していた。足柄たち遠征組は事情を知らなかったため、即入渠が許されたが、陸奥、扶桑、山城、金剛、榛名の五名は、艤装は解除しても破損した艤装服はそのまま、肉体に戻った身体にも怪我がそのまま反映していたが、一人として苦痛の声を上げず、直立不動の姿勢でいた。


提督「まず、足柄たちはもう引き上げて良い。事情を知らなかっただけだし、遠征の帰りにそのまま実弾演習に加わる士気も、高く評価できる。よって不問とする。但し、状況確認と指揮・命令の確認は怠らないように」


足柄「はっ!申し訳ございません。身の引き締まる思いです。以降十分に留意いたします。近海警備戦隊、回れ右!退室!」


足柄・羽黒・龍田・天龍・霞・満潮「失礼いたしました!」クルッ、ザッ、バタン


―執務室には、戦艦たちと提督、そして叢雲と磯波がいた。


提督「さてと・・・。事情を聞かせてもらおうか。本当の事情・・・または、おれが本当の事情と思えるような話をだ。正直なところ、とても心が痛む。辛いのはこちらもだと理解して欲しい」


扶桑(!・・・鋭い方ね)


陸奥(!何か気付いているの?)


―扶桑と陸奥は動揺を表に出さないようにした。


提督「・・・が、その前に・・・叢雲と磯波、まず全員に毛布かタオルかけて!こんなの眼の毒だから!」クルッ


叢雲「そうね。わかったわ」


磯波「すぐに持ってきます!」


―言うと、提督は戦艦勢に背を向けた。叢雲と磯波は隣の宿直室に用意してあった毛布を持ってくると、戦艦勢に手渡す。


金剛「くっ!(ずるい、こんな時に笑わせようとするなんて)」


―金剛は、提督の出しているおかしな雰囲気を感じ取って榛名を見たが・・・。


榛名(中破や大破をまじまじと見ようとする方が多かったのに・・・毛布もあったかい)


―榛名は既に、熱っぽい視線を提督の後姿に向けている。


金剛(ちょっ、惚れっぽくないですか?いくらなんでも・・・いや、良い提督に会えなかったのは分かるんですが)


山城(女の裸なんて見慣れているでしょうに、まったく・・・。姉さまに配慮している点は良いと思うけれど)


―扶桑の事が心配な山城には、提督が次に何を言うかが問題だった。


磯波「提督、毛布、皆さんに行き渡りました。こちらを見ても大丈夫ですよ」


提督「ありがとう。やれやれ、童貞には目の毒だぜ」


叢雲「くうっ!」プルプル


磯波「・・・」クスッ


山城「くっ・・・ふふ。そんなわけないでしょう?」


金剛「もうっ!こんな時に笑わせようとするの良くないデース!」


榛名「提督、それは流石に冗談ですよね?凄く怒られると思ったのに、そうやって笑わせるなんて」


―扶桑と陸奥は、神妙な表情のままだ。


―しかし、ここで提督の雰囲気が少し変わった。


提督「意味もなく笑わせているわけではないぞ?・・・さて、きっかけを知っているのは扶桑とむっちゃんか。何があった?」


叢雲・磯波(なるほど・・・)


山城・金剛・榛名「えっ?」


陸奥(しまった!)


扶桑(怖い方ね・・・)クスッ


提督「・・・正直なところ、おれが心配しているのは、君らの関係に起因するものか、そうでないのか?・・・要は、ぎくしゃくしてたりでこうなっていたら嫌だなって事さ。そうでなければあまり問題ないが、かと言ってそういう原因に心当たりも無くてさ」


扶桑(そして、とても優しい方)


陸奥(どうしよう、ここまで言われたら・・・)


―陸奥が覚悟を決めようとした時、扶桑が話し始めた。


扶桑「・・・提督、申し訳ございません。そのような問題では無いわ。けれど、女の秘密ではあるの。ついでに、一度互いにやり合ってみた方が、より楽しく呑めるような気がしたのもあるわね。提督が心配しているような事を、そうなる前に自分たちで解消した形よ。あとは・・・妙に戦意が高まったのもあるけれど」


山城(姉さま・・・)


―提督は扶桑の眼を見た。が、すぐにその眼を全員に移した。


提督「女の秘密と言われちゃあな・・・わかった。今回だけは特例として実弾演習でクリアしておく。ちょっと資源が痛いが、それだけの価値はあったと思っておくよ。ただし、次からは看過できない。そこは忘れないように。・・・じゃあ、全員高速修復して大晦日を楽しんでくれ。解散!」


提督「あ、扶桑」


扶桑「・・・なんでしょうか?」


提督「にしんそば、楽しみにしているよ。それと、・・・すまないな」


扶桑「!・・・ありがとうございます。また後程。・・・あとは、おっしゃっている意味が分からないわ」ニコリ


提督「おれもわからんよ。ふふ」


―こうして、扶桑の機転で、戦艦勢たちの実弾演習は、承諾済みという形で落ち着いた。今後これが慣例になり、高練度の仲間が打ち解けていく良いきっかけになって行くのだが、それはもう少し先の話だ。



―数分後、執務室。


叢雲「で、打ち合わせと言うのは?」


提督「これなんだけどな」パサッ


―叢雲は伊達眼鏡をつけると、提督の渡した報告書をじっくり読んだ。


叢雲「・・・どういう事なの?記載ミスって事?」


―磯波が所属していた利島鎮守府の、捨て艦事件の事後報告書だ。


提督「わからない。磯波と望月の気を失っていた時間がやや長い気がするのと、轟沈、大破のメンバーやタイミングが噛み合っていない。ただ、二人とも深海化の因子はゼロだ」


叢雲「報告書の信頼度は?それと、参加した潜水艦たちは?」


提督「困ったことに、元軍属の提督で、記載のミス率は低い人物だし、潜水艦たちは大破放置の責任でしばらく北方遠征専門の資源鎮守府で懲罰任務だとさ。かわいそうに」


叢雲「あまり気にしなくても、と言いたいけれど、何か引っかかるわけね?」


提督「ああ、それでさ、こんなものを出力した。大破したはずの磯風の予想漂着海域さ。もし予想図の通りなら、安全圏内だから、大破意識不明で漂っている可能性がある。それに、年明けには利島鎮守府も再編だそうで、誰か異動希望者がいないか申請をしてみようかなと」


叢雲「・・・そう遠くない海域ね。時間を決めて捜索して、何もなければあとは気にしないとか、そんな感じにしたいの?」


提督「そんなところだな。見つかれば謎は増えるが、戦力は増強されるしな」


叢雲「まあ、遠くないし、捜索は有りだと思うわ。実際、見つからなくてもすっきりはするでしょ?」


提督「そういう事さ。モヤモヤするよな、こういうの」


叢雲「大丈夫よ?」


提督「ん?」


叢雲「アンタの事だから、磯波たちに何かあるんじゃないかって、気にかかるんでしょ?」


提督「叢雲はお見通しだよな。そうだよ」


叢雲「大丈夫よ。あんないい子なんだから。メンバーは私なりに考えて提案するわ。任せてもらってもいい?」


提督「構わんよ。よろしく頼む」


叢雲「任せといて!」



―同じ頃、特務第七の川内の部屋。


特務第七の川内「だ、大丈夫?(うーん、これ、失敗したかなぁ・・・)」


川内「ダ、ダイジョウブ、大丈夫だから。なんか、世界が広くなり過ぎて・・・」


―特務第七の川内は、散歩をしながら、『大人の夜戦』に関する川内からの様々な質問に答えていた。しかし、次第に内容は過激なものになり、散歩しながらでは無理が出てきたために、特務第七の川内に割り当てられている部屋で続きを話す事になった。そして、それから長い時間が経っていた。


特務第七の川内「なんかさ、熱っぽそうな顔に見えるんだよね。本当に大丈夫?」


川内「ここ、あったかいからだよ。全然大丈夫だってば、こんな事くらいで・・・」


特務第七の川内「ならいいけど・・・」


川内「ねえ、その、色んな形があるのは分かったんだけど、結局それは、どうなの?強くなったり、幸せになったりする?」


特務第七の川内「うーん、最初はいろいろ戸惑ったけど、今の私が何とかやっていけてるのは、やっぱりこういう事があったからかな。例えば、本来なら私たち、いつ死ぬかわからないでしょ?」


川内「・・・そうだね」


特務第七の川内「作戦に出てると、死を意識する事ってあるじゃない?でも、誰かとそういう関係になっていると、生きる力はかなり増す気がするの。一人じゃないって。万が一力尽きても、誰かとそうなれて死んでいくのと、誰ともそうなれなかったのでは、全然違うと思ってるよ。少なくとも、私はね」


川内「私、まだそういう経験も無いからなぁ」


特務第七の川内「でも、ここの鎮守府にいるって事は、あなたは私よりも激戦の中をくぐり続けることになるかもだよ?だから、ちょっと早くても、こんな事を話す機会があったのは良かったんじゃないかな?全然わからないままっていうのも有りだけど、それはちょっとどうかと思うし」


川内「そうだね、そういう考え方もあるね」


-確かにそうだ。色々と刺激が強すぎて落ち着かないが、このような事を全く知らないで死んでいったら、凄く間抜けな気がする。それは、夜戦馬鹿ではなく本当のバカだ。しかも、なぜか神通や那珂は知っていそうだから始末が悪い。


特務第七の川内「・・・とまあ、私が話せるのはこんなところかな。そんな偉そうな話でもないし、単純に気持ちが良い部分も多くて、その為にする時も沢山あるんだけどね」テヘッ


川内「沢山・・・。そ、そうだね。今日はありがとう、色々話してくれて。私、今夜お寺に出たりするから、そろそろ戻るね」ユラッ


特務第七の川内「だ、大丈夫?なんだかふらついてない?」


川内「大丈夫、じゃあ、またね」ガチャッ、バタン


―廊下に出た川内は、部屋に戻って仮眠を取ることにした。神通たちと、除夜の鐘の手伝いに出る予定になっていたからだ。


川内(でも、なんだか熱っぽいな・・・ひんやりした場所がいいな)


―川内は第一展望室を思い出した。もう日は落ちているから、もしかしたら照明も落ちているかもしれない。一休みして、心を冷やすにはちょうど良い場所に思えた。



―第一展望室


―みんな大晦日の準備や何やらで忙しいのか、照明が落ちていて誰もいない。川内は常夜灯を点けると、窓際の席の椅子に座り、目立たない柱型に寄りかかった。


川内(・・・あ、ひんやりしてて気持ちいい・・・)スゥ


―目を閉じると、すぐに眠りに落ちてしまった。しかし、実は展望室も柱型も、とても冷え込んできていた。川内はいつの間にか高熱になっていたが、それに気づいていないだけだった。


川内「・・・う・・・ん・・・」ズルッ、ドサッ・・・


―展望室の隅の、目立たない場所で椅子から崩れ落ちた川内は、薄着のまま、床にじかに寝ている状態になった。冷え切った暗い部屋で、川内の額を伝う汗が何滴か、寄木の床に落ちて吸い込まれた。とても放置できない、危険な状態だった。




第四十一話、艦




次回予告


初詣の手伝いやお寺の手伝いの為に、大忙しになる鎮守府。そのさなか、荒潮から陸奥の件を聞いた提督は、何かを察知する。


そして判明する、川内の行方不明と、見つけた提督と川内のやりとり。


秘書艦たちと提督が、扶桑のにしんそばに舌鼓を打ったあと、新年の訪れとともに、正式に『八百式艦』の情報が公開され、司令レベルの上昇が告知される。


一方その頃、練習巡洋艦の特性を知った、波崎鎮守府の鹿島は、身を守るために武術の達人を探していた。そして、意外な達人が身近に居た事を知る。


同じく、午前三時すぎ、呉の特務第十九号鎮守府では、任期明けを控えた親潮が、執務中に寝てしまった少年提督に挨拶をしに来ていたのだが・・・。



次回、『バカばっかりの年越し・後編』乞う、ご期待。


金剛『Leading SS!!・・・ネー!』


提督『ふむ』


後書き

現在、E3甲のギミックを一つ解除して、ラストダンスで沼っていますが、資源が枯渇してしまい、必死で遠征とオリョールを回しまくっています。

一三ちゃんはまだ来ません。


ところで、MX4D版の劇場版、艦これを見てきたのですが、迫力が段違いで大変に見ごたえがありました。
大和、かっこよすぎませんか?

2月26日追記、イベントE3甲突破しました。

ヒトミちゃんもお迎えできましたし、高波と朝雲もお迎えできました。

朝雲って、思っていたよりずっとかわいいんですね。びっくりです。

あとは、藤波を探すか、照月や酒匂を探すか・・・。

第四十二話は、あと四千文字でアップロードです。


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このSSへのコメント

2件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2017-02-24 09:47:02 ID: KeZUtfsC

さすがです、お姉様。と言いたいのに山城さんの堅実な(姑息な)姿勢に腹筋持っていかれました、ずるいw

2: 堅洲 2017-02-25 01:55:04 ID: lHEDxDhP

コメントありがとうございます!

今回、やっと扶桑姉さまと山城の戦闘を書けました。今回は夜戦でしたが、昼戦だと、これに瑞雲と零観が加わって、もっと嫌な戦い方をしたりもします。

扶桑と山城は堅洲島のレギュラーでもあるので、今後もちょくちょく、真面目なのに笑えてしまうシーンが出てきます。

いつも読んでくださって、ありがとうございます。


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