「地図に無い島」の鎮守府 第六十二話 慰労休暇・前編
提督と特務第七の川内の演習で明らかになる、艦娘と人間の戦い方の違いと、提督の実力の片鱗。
解説する鹿島と香取。
特務第七の川内はいつも鷹島提督から聞かされていた、『対象・D』の一端に触れ、圧倒的な実力の差から、多くを学ぶ。
演習を見ていた艦娘たちのうち、赤城はゆるぎない提督の技量を確認し、能力は確信しつつも思い出されることがあり、これまでの経緯を思い出す。
そこに訪れる扶桑の、意外な告白。
営倉にいる鳥海と、磯波の会話。
提督はその後、夕張から、小笠原の軽空母たちに極秘裏に運搬する艦載機の運搬について、再組立て可能な分解にはどうしても工作艦・明石の腕が必要だと聞かされる。
その手掛かりは鹿島のノートタブレットから得られそうだと判明するが・・・。
特務第七の川内と、提督の演習が第一の見所です。・・・が、その実力は圧倒的な差がついており、川内は最初、距離800で敗れてしまいます。
この日は一時間ほど演習しますが、鷹島提督の言う、『提督のヤバさ』の詳細までは到達しません。おそらく今後何度か繰り返される演習で学べるかと思います。
一方で、既に提督との立ち合いで、艦娘にはわからないとされる、殺気ではない『死の気配』を提督から感じ取った赤城の背景が語られていきます。
やっぱり、赤城は相当に訳ありな過去を持っているようですが、そんな赤城の回想時にふと現れた扶桑は、『艦娘・深海白書』という総司令部発行の書類から、とても重要なデータの話をするとともに、自分と叢雲しか知らなかった提督の立場と、過去に起きた事、そして本心かはいまいちわかりづらい、自分の心情を話します。
殆んど自分の考えを出さないはずの扶桑が、赤城には珍しく様々な話をします。その意図するところはわからないものの、赤城の心には何か影響があったようですが、果たして?
そして、意外な場所で二人の話を聞いてしまった吹雪の悩み。
また、営倉にて、鳥海と磯波がやり取りをします。磯波は地味に大切な立ち位置に置かれていますね。
そして、工作艦・明石の必要性が決定的なものになります。これからどうなるのか?
第六十二話 慰労休暇・前編
―2066年一月六日、ヒトロクマルマル(16時)過ぎ。堅洲島鎮守府、特殊演習場。
香取「インカムは提督と・・・特務第七の鷹島提督と同時に通話可能な状態になっています。設定は、『アラル海・船の墓場』となります。艦娘であるあなたは海上にいる設定になりますが、提督は砂漠にいる設定となります」
特務第七の川内「えーと、それって私からは海の上に見えるけど、こちらの提督さんは砂漠に見えるところで戦うって事かな?」
香取「そうなりますね。互いの戦闘スタイルを最適化しつつ、齟齬が無く戦えるようにするための措置です」
特務第七の川内「へーえ、面白いね!そんな事も出来るんだ!」
―その一方で提督は、個人用のノートタブレットを演習施設のサーバに接続して、幾つかの武器の登録を行っていた。艦娘の装備はすべて登録されているが、その他の一般的な武器に関しては全て入力しなくてはならないためだ。
提督「・・・よし、こんなところか。初めに聞いておきたいが、特務の川内ちゃん、どれくらいの強さと戦いたいんだ?」
特務第七の川内「どれくらいの強さって・・・本気で相手して欲しいけど・・・?まさか提督さん、いくら何でも最初から手加減って失礼じゃない?」
提督「本気・・・ね。分かったそうする。ところで、戦場には礼も失礼も無い。忘れがちな事だが、忘れてはいけないぞ?」
特務第七の川内「えっ?・・・うん。まあそうだと思うけど・・・」
提督「釈然としないかね?」
特務第七の川内「ごめんなさい。だって、正直提督さんがそこまで強いかわからないのに、言ってる事はすごく強い人っぽいから・・・」
―提督の言っていることが、先ほどから特務第七の川内の心を少しだけイラつかせていた。決して弱くはないはずの自分に、そこまで水をあけた発言ができるものだろうか?と。
提督「言いたい事はわかる。が、既に勉強は始まっている。・・・例えば鷹島も、初対面の時は強く見えなかったはずだ」
特務第七の川内「あ!そう言えばそうだったかも!」
提督「老子の言葉にあるんだがな、『真に賢い者は愚かに見え、真に弁のたつ者は口下手に見え』という言葉がある。同じように、真に強い者はそう強くは見えないものだ。強いと見られれば戦いがより困難になるからな。そして、そういう人間を最初から見分けられるだけの経験を積むことが大事だ」
鬼鹿島「大賢は愚なるが如し、大弁(だいべん)は訥(とつ)なるが如し、ですね?山本様から学んだことがあります。達人程無駄がそがれ、一般の人々にはその真の姿がわかりづらくなるという・・・」
提督「おっ!さすが!おれも山本の爺さんからだよ。老子や荘子はいいよな」
鬼鹿島「はい!私も好きです」ニコッ
特務第七の川内「・・・そうなったら、深海棲艦との戦いはどうなるの?」
提督「姫クラスの死角ばかりに肉薄して、常に最適な攻撃ができるようになるのさ。奴らの注意を引かないからな」
特務第七の川内「うーん・・・」
提督「まあ、体得するのが一番だ。始めようか」
―特務第七の川内と提督は、それぞれの演習ゲートに入っていった。
青葉「えーと、鎮守府の一般放送回線への接続も終わりです。オッケーですよ。香取せんせー!」
香取「では、演習開始します!この演習は鎮守府内の各所に同時配信されます。設定は『アラル海、船の墓場。初秋の夜間、月照無し、ランダム微風』の設定です!」
―演習場内。
特務第七の川内「演習始まるけど、ボス、聞こえてるー?」
鷹島提督(通話)「聞こえてるぜ。始まるならもうしゃべらないし、集中しろ。聞きたい事があったら言え。・・・それとな、魚雷は多分アウトだから使うなよ?位置を読まれる。探りも出来れば入れるな。探照灯と照明弾もヤバいからな?中破や小破と引き換えにダメージ与えようとするのも良くないぞ?」
特務第七の川内「ちょっと待って!どう戦えって言うのよ!」
鷹島提督(通話)「それこそ経験を頼れ!できる限り演習の相手をしてもらえ。・・・すぐに負けても腐らずに、何か掴むまで続けるんだ。いいな?」
特務第七の川内「なんだかしゃらくさいなぁ。まずは自分のやり方で行くよ!」
鷹島提督(通話)「・・・その方が良いな。すぐにわかるだろうぜ」
演習場アナウンス『特殊演習、開始します』ヴーン・・・パパッ
―ザアッ!
―川内は満天の星空の下、穏やかな水面に立っていた。遠くに陸地らしい影と、不揃いな大きな塊が転がっている。おそらく廃船だろうか?
特務第七の川内(何だろう?悪くない夜なのに、物寂しいこの感じは・・・)
―一方の提督は、数艘の大きな廃船を背後に、満天の星空の下、微風の砂漠に立っていた。その右手には、かつて愛用していたライフルが。左手には、いつものノコギリ刃のついた大型拳銃が握られていた。
―その二人の背後からの様子は縦に二分割され、堅洲島鎮守府の食堂などのモニターと、特務第七の鷹島提督のノートタブレットに映し出されている。
―大型フェリー『いかるがⅡ』内、特務第七鎮守府・秘匿司令室。
特務第七の青葉「あ、始まりますね。隣に座ってましょうか?」
特務第七の夕立「夕立は膝の上に座るね!提督、大丈夫?」
鷹島提督「ああ、悪いな。あいつの後姿なんて、何とも言えない気分になるぜ。懐かしさと、心苦しさと、死の恐怖とな・・・」
―ノートタブレットを見つめる鷹島提督の額には、既に冷や汗が浮かび始めていた。
―堅洲島鎮守府、甘味・食事処『まみや』
飛龍「・・・というわけで、今のままでは私は絶対にダメだと思うんです!きーいーてーまーすー?赤城せんぱーい!」ダンッ
―しかし、赤城は飛龍の言う事に気付いていなかった。四川麻婆豆腐をすくったレンゲが止まっている。
飛龍「えっ?」
加賀「赤城さん?・・・あっ!」
―飛龍と加賀は、赤城の視線の先を追った。壁にかけられたモニターには、提督と川内の後姿が映っている。
赤城「飛龍さん、ごめんなさい。少しだけこの演習の様子を見たいわ」
―赤城の表情と雰囲気は、戦場に居る時そのものだった。
―再び、演習場。
―サクッ・・・サクッ・・・
―提督は無造作に、だが静かに歩き始めた。ライフルを一旦背中に下げなおし、拳銃をおさめ、目を凝らしつつ、手のひらをゆっくりと闇の水平線になぞる。そしてそれは、正面やや右手で止まった。
提督(熱いな・・・戦意溢れるが、これだけ静かだと、戦意さえも邪魔になるものだ・・・)
―前方、やや右手の砂漠の闇の向こうに、気配を感じる。川内はそちらから来ているのだろう。
―スッ・・・カコン・・・ジャキッ!
―提督はライフル下部のグレネードランチャーに、ベルトリグから取り出したレイセオン社製の小型ミサイル『pike』をセットした。この弾頭はパラシュート付きの照明弾だ。
―ガシャッ・・・スッ・・・ガシャコン!
―ライフルから弾倉を外すと、懐から別の弾倉を取り出し、セットし直す。曳光弾の多い夜戦仕様の弾倉に変えたのだ。
―特務第七の司令室。
鷹島提督「ああ、これは川内の奴、もう見つかったな。夕立、青葉、よく見とけよ。距離が800に入ったあたりで、川内は奴に撃ち抜かれるぜ?」
特務第七の夕立「えっ?提督さんが準備しているのって、やっぱりそういう事なの?もう空気が変わっているもんね。川内さんは・・・気付いていないっぽい」
青葉「こんな早くにですか・・・」
―演習画面には提督と川内の距離も表示されており、それは現在1102mだ。川内の移動に伴い、その距離はどんどん小さくなっていく。
―演習場、川内側。
鷹島提督(通話)「川内、返事せずに聞け。もう奴に見つかっているぞ。距離800くらいで撃ち抜かれるから気をつけろ!(小声)」
―コクリ
―川内は無言で頷いた。が、心の中は疑問だらけになっていた。
特務第七の川内(どういう事?なぜもう見つかっているの?距離800で撃ち抜かれる?なぜ?・・・ううん、考えても仕方のない事よ!)
―川内は高機動戦闘をする考えで、より速度を上げた。多少の被弾は覚悟の上だ。その距離はさらに縮まっていく。
―1050、1000、950、900、850・・・。
鷹島提督(あと820か・・・)
―その時だった。
―カッ!
―照明弾が川内を浮かび上がらせた。それはやや後方の頭上で、川内の位置を最適に浮かび上がらせる位置だった。
特務第七の川内「まさか本当にっ!?」
―ピュンピュン・・ピュピュン・・・バババンッ!
特務第七の川内「嘘でしょう・・・っ?」
演習場アナウンス『川内、胸部に命中弾三発。大破判定です。演習を終了します』
―川内の右側に青い曳光弾が二発。一発目は遠く、二発目は至近。続いて、左側に二発だが、それはもう体一つ二つの距離だった。そして、右腹からみぞおち、左胸にかけて三発の命中弾を浴びた。川内は驚いて膝をつく。
特務第七の川内「これが・・・『D』・・・。これが、ボスを二度も返り討ちにした人・・・。ボスはこんな人と戦って、帰ってきたのね・・・」
―川内の目の前には、静かな闇が広がっているだけだ。不気味なほどに何の気配も感じられない。
―大林室長『鷹島さんもとても強いけど、彼の強さは何というか、別次元だよ』
―川内は特防の大林室長の言葉を思い出していた。別次元。そう別次元だ。
川内(これが実戦なら、私、何も気づかないうちに胸を撃ち抜かれて・・・沈んで・・・)ゾク・・・
―闇の彼方の海を見つめながら、何が起きたかもわからないままに沈んでいく。・・・何と恐ろしく、寂しい結末だろう。感じた事のない恐怖が沸き上がってきた。
―同じ頃、間宮の店と、特務第七の司令室、堅洲島の執務室と、演習場のレストルームは、全て静まり返っていた。ほぼ全員が絶句していた。
香取「これは・・・どういう事なの?」
鬼鹿島「・・・この、距離800というのは、確か現行の7.62㎜曳光弾の最大射程です。提督さんは何らかの方法で川内さんの気配を読み、曳光弾の最大射程あたりでその姿を浮かび上がらせ、位置を確認しつつ、流し打ちで川内さんを撃ち抜いたのだと思います」
香取「じゃあ、曳光弾の有効射程が長かったとしたら?」
鬼鹿島「あの、レイセオン社製の40㎜規格のミサイル『pike』は、有効射程2100mです。提督さんは今回、スコープを使わない流し打ちで曳光弾を使っていますが、スコープ使用ならおそらくミサイルの照明弾の照らす範囲までは狙えるでしょうし、曳光弾の有効射程が長ければ、それだけ射程も伸びるでしょう」
香取「これでは誰も近づけないわね。ところで、提督のあのライフルは?」
鬼鹿島「あれはおそらく、国防自衛隊・陸防部の特殊部隊で使用されている、ライセンス生産のM14-EBR(エンハンスド・バトルライフル)の特別仕様、M14-GPEBR(ジェネラルパーパス・エンハンスド・バトルライフル)の下部にグレネードランチャーを取り付けたものですね。部品の調整で、スナイパーライフル、アサルトライフル、軽機関銃と用途を変えられる優れたライフルです。こちらの提督さんらしい選択ですね」
―ジェネラルパーパス・エンハンスド・バトルライフル・・・これを日本語に訳すと、『汎用強化バトルライフル』という意味になる。
香取「銃器には詳しい人だけれど、ライフルはどうもこれが本命みたいね。まるで体の一部のように使いこなしているもの。鹿島さん、色々と説明役、ありがとうね」ニコッ
―鹿島はいつの間にか演習の解説役になっていた。
鬼鹿島「いえ。それにしても、曳光弾であたりを取って800で命中させる腕の持ち主となると、本当にごくわずかでしょうね。銃も剣も達人ですか・・・なんという・・・!」
―二人とも、それ以上言葉が出てこなかった。
―演習場内、川内側。
鷹島提督(通話)「・・・表に出ていない戦績のひとつだが、あいつはケニア動乱の際には、ダダーブに攻め寄せる『自由イスラム・アフリカ解放戦線』のソマリアからの進出を、ダガハレの野戦陣地で三日間足止めしたんだ。これで、国連軍が巻き返しを図れた。すごかったぜ?地平線の向こうに戦闘車両が現れれば、すぐに強化対物ライフルで撃ち抜いて破壊するし、敵の兵士は500より手前には近づけなかった。あいつは脳をなるべく休ませるために交互に片眼をつぶり、頭や目に水をぶっかけながら、不眠不休、ひどい時はクソも小便もそのまま垂れ流しで、仲間がセットした銃火器での精密射撃を続けたんだ。銃身冷やす奴らが先にへばるくらいだった」
特務第七の川内「・・・ねえボス」
鷹島提督(通話)「うん?どうした?ショック受けたか?」
特務第七の川内「それもあるけど、ボスも提督さんも、すごい戦場で戦ってきたんだね。ボスも凄いよ。こんな人と戦って生き延びてきたなんて」
鷹島提督(通話)「そうだぜ?少しは驚いたか?」ドヤッ
特務第七の川内「何だか、私ってまだまだ強くなれるんだなぁ。小破や中破前提での戦いは見直さないとダメだね。あと、私の心ってうるさいのかもしれない。すごく静かだもん、こっちの提督さん。もっと静かな心の方が、夜戦は楽しいのかもしれないね。それこそ夜みたいに」
鷹島提督(通話)「やっぱりお前はいい子だな。今の戦いでそれに気づいたのか。おれ達人間は、わずかな怪我がもとで死ぬからな。小破や中破なんかない。怪我は死の引き金だ。それに、ワンショット・ワンキルが大前提だ。相手に自分の姿や位置を悟らせず、そもそも戦わせない。あいつの戦い方はその理想形だろうよ。スコープを使わないあたり、まだ手加減していたと思うべきさ」
特務第七の川内「でもさーボス、どの部分が『ヤバい』の?いつもそう聞かされてきたけど、すごく強いのは分かるんだけど、いまいちそれがわからないかな」
鷹島提督(通話)「まだわからないかもな。でも、あいつはお前の位置が分かっていたろう?その延長上に、あいつのヤバさはある。熟練者が本気で戦うほど、容易くあいつに敗れてしまうんだ。あいつは相手の気配を読み、自分の気配を操作できる。この怖さは、対峙した熟練者にしかわからねーよ。・・・そして、それの意味するところもな」
―鷹島提督は何か意味ありげな言い方をした。
特務第七の川内「え?・・・そっか、私はそこまで到達していないんだね?」
鷹島提督(通話)「そういう事だ。頑張れよ?」
特務第七の川内「堅洲島の提督さん、ごめんなさい、何度か相手してもらってもいい?」
提督「もとよりそのつもりだ。一時間程度はこれに時間を割く予定だから、存分にやるといい」
特務第七の川内「ありがとう!」
―再び、演習が開始された。
―甘味・食事処『まみや』
加賀「・・・さん、赤城さん!」
赤城「あっ!ごめんなさい加賀さん、つい演習に見入ってしまって」
飛龍「昨夜も凄かったけど、強いのね、ここの提督さん。酔いがちょっと醒めちゃった」
加賀「提督がどれほど強かったとしても、肝心の私たちが低練度では話にならないわ。まだまだ鍛えなくてはならない、そんな気になりますね。赤城さん」
赤城「そうね。私たちもまだまだ鍛えなくてはならないわ。・・・少しだけ、酔い覚ましに風に当たって来ますね。加賀さん、少しの間、よろしくお願いします」ガタッ
加賀「赤城さん?・・・ええ、わかったわ」
―赤城は少しだけ考えたい事があり、夜風に当たることにした。
―地下出撃船渠付近、営倉。
磯波「一時間程度で演習は終わると思います。メニューはこちらなので、希望される軽食と夕食、夜食や甘味は、こちらに札を出しておいてくださいね」
鳥海「あの、演習がモニターで見られるのも有難いんですが、まさか間宮さんの料理や甘味がいただけるなんて、ちょっとビックリです。私、解体になるかと思っていましたから」
磯波「提督はそんな事しません。だって、やむを得ない経緯みたいですし」
鳥海「それはそうですが、ひどい扱いの上で解体になってもおかしくないわけで・・・」
磯波「よそはよそ、ここはここです。提督はそんな人じゃないですよ?」
―磯波はやや強い口調で否定した。
鳥海「あっ、ごめんなさい・・・」
磯波「・・・私も、元々は利島鎮守府所属で捨てられて、ここに来ました。望月ちゃんと、磯風ちゃんもです。提督だけが私たちを見つけてくれたんです」
鳥海「あなたは利島の!?・・・確か、提督さんが更迭されたんですよね?そうだったんですか・・・」
磯波「はい。鳥海さんの気持ちもわかります。でも、提督の事を推測で悪く言われるのは、あまりいい気分はしないです」
鳥海「・・・良い提督さんですか?」
磯波「ここの主任務はとても重いですけれど、それでも他に行くのなんて考えられません。今は、めぐり合わせに感謝しているくらいです」ニコッ
鳥海「そうなんですね。私はきっと、もう行くところはありません。ただ、迷いなくこちらで働けるか、あるいは解体してもらうか、悩んでいるところです」
磯波「何を悩んでいるんですか?」
鳥海「司令部側とはいえ、工作員だったのは事実ですから」
磯波「提督は何か言っていましたか?」
鳥海「気にしないで異動したらいい、と」
磯波「だったら、気にしなくていいと思います。あまり色々と疑っていると疲れてしまいますよ?」ニコッ
鳥海「えっ?」
磯波「では、失礼しますね」
―磯波はそう言うと立ち去った。
鳥海(そうなのね。あの子はきっと、艦娘を見分ける役割もあるんだわ。私が疑い過ぎなのは分かっているんです。自分が疑わしい仕事をしていたから・・・)
―しかし、磯波の言うとおり、もうそういうものから自分を解放してもいいのかもしれないと、鳥海は思った。全てをゼロから始められるのは、決して悪い環境ではない。
―約一時間後。
特務第七の川内「ありがとう、提督さん。もうびっくりするくらい勝てないのね、私」
提督「そうでもない。距離400まで近づけるようになったろう?名のある兵士を除いて、そこまで近づけたのは君くらいのものだよ。何か得られるものはあったかい?」
特務第七の川内「うーん、あり過ぎて頭が混乱している感じ。でも、思っていたよりもっとずっと、自分って強くなれるんだなって」
提督「そういう事だよ。まだまだ強くなれる。まして鷹島の艦娘なんだから、なおさらな」
特務第七の川内「ねぇ、うちのボスと提督さんが戦ったら、どうなるの?」
提督「あいつと?そうだな・・・今なら、互いに距離を詰めて、至近距離での撃ち合いになるだろうよ。熾烈な戦いになるはずだ。模擬戦ならそこまでだし、実戦なら、こちらはさっさと銃と刀を使うだろうな。鷹島は銃での近接戦闘は、おそらく最高クラスの達人だから」
特務第七の川内「そうなのね?どうやって距離を詰めてくるの?」
提督「あいつなら、散歩のように何も考えずに歩きつつ、銃弾か何かをぶん投げて気配を作り出し、おれの注意を逸らして近づいてくるはずだ。おれを殺せる距離を掴むまで、殺気を出さずに、な」
特務第七の川内「なるほどー・・・やっぱり私だと丸わかり?」
提督「そうだな、まだ残念ながらそんな感じだな」
特務第七の川内「どうやったらそれを会得できるの?」
提督「いくつか方法はある。戦いを戦いと思わない事・・・例えば、狩りに徹する。または、原っぱで立っていてトンボが止まるくらい、気配を消す修練をする、とかな。だから艦娘がこれを習得したら、仲間が姫と戦っている時に、常に死角から有効な攻撃ばかり当てられるようになるって事さ」
特務第七の川内「それはすごく有利だよね。そっかぁ、まだまだ奥深いんだなぁ、戦いって」
提督「命のやり取りだからな。奥深くもなるさ」
―この日の演習はやがて、最強の川内の一人を生み出すきっかけとなって行く。だが、まだ誰もそれを知るすべはない。
―少し前、堅洲島鎮守府、第二展望室。
赤城(未来は闇の中ですね・・・)フゥ
―既に薄暗くなった海原を眺めつつ、赤城はため息をついた。様々な言葉が思い出される。
―赤城の回想、ある執務室。
―??『現在、強力な属性も、達人たる提督も全て我々の側にある。・・・さらに、深海の力と、女神の力もな!彼らは我々を殲滅できなかった。復讐と共に代価を支払わせ、世界に真の秩序と法をもたらすべきだ』
―赤城(それがあなたの、みんなの、選択した未来なんですか?救おうとしていたはずの世界を変えてしまうと?)
―赤城にはそれが、誇りさえ失った者の、復讐の正当化にしか聞こえなかった。
―赤城の回想、夕方の、ある海域にて。
―??『残念だわ。・・・赤城さん、あなたと私の考えがここまで違っていたなんて。・・・いいえ、強くなり過ぎたあなたには、きっと私の気持ちなんて、わからない・・・でしょうね・・・』グスッ
―赤城『強いだなんて、加賀さん、誇りより愛を選んだあなたを、私が理解できないだけよ?そして私は、あなたたちに敗れてもう虫の息。とどめを刺して、あなたたちの目的に進むべきだわ。私にはもう、あなたたちが・・・わからない。戦いすぎたのかもしれませんね・・・』ニコッ
―加賀『あなたは強くなり過ぎた。まるで・・・機械みたいよ』ギリギリギリッ・・・・
―涙目の加賀が、弓を強く引き絞った。
―赤城『みんな、変わってしまった。みんなを変えた何者かが、私は憎い。加賀さん、今からでも、以前のようにはなれないんですか?戦って、食べて、笑って・・・』ポロッ・・・ポチャッ
―血の混じった涙が、赤城の頬を伝って、赤い海に落ちた。
―加賀『もうしゃべらないで!・・・辛くなるから。さようなら、赤城さん』ビシュッ!
―そして、赤城の意識は轟音と共に暗転した。
―赤城の回想、暗黒の部屋。
―赤城は全てが遮断され、多重隔壁で防護された暗黒の部屋の中に、全裸で立っていた。
―赤城『たとえこのように全裸にされても、敵として拷問や、この後辱めを受けて汚されるのだとしても、私は彼らを殲滅できるなら、あなた方に感謝こそすれ、憎みも背きもしないでしょう』
―??『そのような展開ではない。皆、君が恐ろしいのだ。君との会談はこのような形でしか実現できず、暗室化は君の裸体を見ないための措置だ。我々まで、君や、君の提督となる男の復讐の対象にされては本末転倒だからな』
―赤城『仰っている意味が分かりません。あなたたちが水増しした、提督とは名ばかりの一般人に、私を着任させるおつもりですか?』
―??『全ての適性・属性保持者が深海側にいるわけではない。まだ詳細の判明していない、しかし確認はされている属性の保持者が居て、彼はもうじき提督になる。その提督のもとに着任し、次回の大規模侵攻を凌ぎ、彼らを滅ぼしたまえ』
―赤城『その提督にはどのような実績が?弱ければ、いつ『不慮の死』を遂げるかわかりませんよ?』フッ
―??『・・・その提督が、君ら深海がアフリカに投入した、『試験体AMA-L-000号』を、滅多切りにして削り殺した男だとしてもか?』
―赤城『『ゼロ号』を?あれを、削り殺した!?初耳です。深海化に肉体が耐えられずにロストしたのでは?』
―??『君らの側ではそうなのだろうな。それは我々のリークした偽情報だ。その男も大怪我をしたが、『試験体AMA-L-000号』は原型をとどめぬほどに切り刻まれ、めった刺しにされていたのだ』
―赤城『嘘です。あり得ない!あれは、深海側の提督でも殺せないほどの強さに設定されていました。そもそも、ダメージを与えることが出来ないのに、どうやって削り殺せると?』
―??『深海をもって深海を制した。それだけの事だ。君と同じく、そちらからあぶれた者の力を使ってな』
―赤城『深海を以て深海を?・・・まさか!まさか陸奥さんを?』
―??『『最初の陸奥』を我々が撃滅し、利用したと考えているなら、君は情報戦に負けている。詳細は後で開示するが・・・そう、話がずれたが、陸奥の力を利用した形にはなっているだろうな』
―赤城『という事は、陸奥さんはやはり、榛名や一条御門さんたちに・・・』
―??『戦艦・陸奥としての姿を現すことは、もう二度とあるまい』
―赤城『何という事・・・。そして私は、最前線に立つ提督に仕え、深海を撃滅するチャンスを与えられるという事ですね?』
―??『その通り。君も、その男も、強すぎて危険な存在だ。いずれは狡兎死して走狗煮らる・・・すなわち、邪魔となり、恐れられるかもしれぬ存在だが、深海は今や手が付けられぬ。君とその男は、次回の大規模侵攻を防ぎ、深海を滅ぼすにうってつけなのだ』
―赤城『なるほど、あなた方にとっては邪魔者同士を戦わせるのが最も良い判断であると?』
―??『最悪の場合は、深海と盟を結ばねばならぬ。既にそれに近い状態にまで敗れている。・・・が、それは我々の望むところではない』
―赤城『そこで私と、その、気の毒な強い方を利用すると?』
―??『そうだ。そして、それが敵わねば・・・死ぬがよい!』
―赤城『望む・・・ところです。その方がお仕えするに足る方であれば、私はこの血の一滴、髪一筋になっても、深海を滅ぼす戦いをやめないでしょう。では、私が解体も辱めも受けなかったのは、その方がいたから?』
―??『そういう事になる。辱めに関しては、リミッターのない君に手出しできるものなど居ないせいもあるがな。誰もそんな事は考えぬだろう』
―赤城『その方を私が気に入らず、『不慮の事故』が起きる可能性や、私がその方を篭絡する可能性がある事も承知の上ですか?』
―??『君が篭絡などという言葉を使うとはな。・・・我々を甘く見ない方が良い。その男は君を殺せるし、誘惑など通じぬのだ。むしろ、篭絡されるのは君かもしれぬぞ?ククク・・・』
―赤城『私が・・・篭絡される?』
―??『かつて複数の組織が、この男を制御するために、優れた女性の工作員を差し向けた。が、最後には皆、時には命がけで、この男の味方をしてしまった。上層組織の情報をおそらく全てこの男に漏らしてな』
―赤城『・・・天性の女たらし、とでも言ったところですか?』
―??『いや、親し気なようでいて、おそらく無関心なのだ。人は・・・特に女性は、有能な者の無関心には耐えられないようにできているらしい。当の本人には自覚がないのがさらにたちが悪くてな』
―赤城『変わった方ですね。誰もいない世界にでも生きているような』
―??『良い表現だ!そうなのかもしれぬ』
―赤城『工作員の方々は、どうなったのですか?』
―??『ほぼ全員、死んだ。生き残っている二人のうち、一人は触れ得ざるものとして我々の側に身を置き、陸防部の指導教官と工作員をしている。もう一人は余命いくばくもないため、引退している』
―赤城『そうですか。まあ、私にはあまり関係の無い事です』
―??『それで加賀に敗れたのに、かね?』
―赤城『嫌な言い方をしますね。そんなものが必要だとでも?』ギリッ
―??『この話が君を苛つかせるのだとしたら、君はもう少し自分の心に向き合う必要があるな。ククク・・・』
―赤城『ご忠告、痛み入ります』
―??『少しだけ、元帥レベルでの情報の提供を促される場合があるが、それには提督に不義理にならない範囲で答えてくれたまえ。いつかは必ず君の正体が判明するが、その時に解体されない範囲でな』
―赤城『復讐の機会を与えて下さっている以上、是非もありません』
―それからほどなくして、赤城には自分の提督となる男の資料が大量に渡され、ある日、告知と共にこの島に転送された。
―再び、現在の第二展望室。
??「こんなところに一人で、あなたらしくないわ」
赤城「扶桑さん?」
扶桑「最近、考え事をしている時が多いわね。色々あるのは、わかるのよ」
赤城「わかる?・・・何がですか?」
扶桑「何かがあり、何かが起きているのが、よ。それ以上はわからないわ。例えば・・・執務室にある、『艦娘・深海白書』を読んだことはあるかしら?」
赤城「いいえ。何が記載されているのですか?」
扶桑「赤城型一番艦・赤城、二番艦・加賀はここ数年、建造も邂逅も無し。戦艦・陸奥は三年ほど建造・邂逅実績は無し。私は・・・扶桑型戦艦一番艦・扶桑、二番艦・山城は、一年半、建造・邂逅事例無し。金剛型高速戦艦三番艦・榛名も、五年ほど建造も邂逅も無しだわ。二十以上の鎮守府が再編され、ほぼ毎日建造や作戦が行われているにもかかわらずに、ね」
赤城「・・・!!そんな、資料が・・・」
扶桑「なのに、ここには私を含めて、着任困難なはずの艦娘がほぼ揃っているわ。私と山城と陸奥は建造だったけれど、あなたはどこかから来たのね、きっと。そして何かを抱えている。違うかしら?」
赤城「・・・違わないわ。辛かったら、話せと?」
扶桑「いいえ。ただ・・・提督は信用できるわ。それだけよ」
赤城「わざわざそれを言いに?」
扶桑「一番大事なことではないかしら?」
赤城「私の抱えているらしい『何か』まで、提督が対応してくださると?」
扶桑「・・・提督がどうしてここにいるか、あなたの頭脳なら容易にたどり着けると思うわ。信じがたい結果になるでしょうけれど。それを知ればきっと、あなたは悩まなくてもよくなるはずよ?・・・むしろ、あまりに簡単すぎて信じられないかもしれないわね。私が言いたいのは、それだけよ?」ニコッ
赤城「提督は親し気ですが、私たちにも、誰にでも、本心では無関心なのではありませんか?」
扶桑「それは、正しい様で少し違うわ。無関心にならなければ、あの人はきっと、自分の心を護れなかったのよ。人とのかかわりが結果として提督をとても傷つける事にしかならなかったから、そうせざるを得なかった・・・」
赤城「なぜ、そんな事を確信をもって言えるんですか?皆が感じているように、扶桑さんが提督と特に親しいから、ですか?」
扶桑「特に親しいわけではないの。少しだけ・・・本当に少しだけ、分かり合えたからよ。提督がまだ、私たちに気を許さず、苦悶に満ちた眠りについていた頃、急用で起こしに来た叢雲を反射的に切りつけて、叢雲が大怪我をしたの。もちろん、すぐに入渠したし、大事に至らなかったわ。叢雲も、いきなり起こしに行くのは駄目だというのを忘れていたの。だから、自分が悪いし、大丈夫だと何度も言っていたわ」
赤城「そんな事が?」
扶桑「その日の真夜中、提督は嵐の夜なのに海に飛び込んで、泣いて、叫んでいたわ。だから私も飛び込んで、首元を深く切って見せたの。この程度の怪我では死なないからって。私たちは・・・私も叢雲も兵器だから、こんなの平気よ!ってね」ニコ・・・
赤城(ええと・・・扶桑さんなりの洒落なのかしら?)
扶桑「その後、私は提督と一緒に過ごして、眠ってしまった提督の手をずっと握っていたわ。それだけよ」
赤城「提督はその時、なんと?」
扶桑「君らは兵器でも、おれは平気じゃない!と言っていたわ。・・・さっきもそうだけれど、兵器と平気をかけていますからね?この場合はどちらかしら?・・・どちらもね、きっと」クスッ
赤城「・・・・・・」
―扶桑は時々、真面目なのかとぼけているのかわからない時がある。そういう部分は、何とも読みづらく、赤城は少し苦手に感じていた。・・・同時に、無関心な人間が、嫌々つかされた提督という立場で、傷つけてしまった艦娘の為にそこまで感情を顕わにするだろうか?とも考えていた。
―『提督と艦娘は合わせ鏡のように互いに影響し合う』
赤城(そういえば私も、鷹揚な提督に悪い感情や警戒心はほぼないわ・・・)
―着任する前は警戒と不信に満ちていたのに、いつの間にかそんな感情は消えている。今は束の間の日常を楽しめてさえいる。未知の提督からのひどい扱いや辱めも覚悟していたし、それでも再び深海と戦えるならやむなし、と考えてさえいた。が・・・。
赤城(そんな事は無く、仕えるに足る方だと思えます。私たちへの対応も、これ以上を期待するのは難しいくらいだわ。・・・・!まさか!)
―赤城には閃くものがあった。
赤城「もしかして提督は、よほど理不尽でない限り、決して提督を裏切る事のない私たち艦娘を、人間よりも信用しているのですか?」
―赤城の言葉に、扶桑はにっこりと笑った。
扶桑「おそらくそうよ。それに、提督は本来、こんな立場に着く理由なんて無かったの。着任しないと叢雲が解体されるから、提督を続けることにして・・・そのうち漣や私たちが加わって行って、今はこの状態ね。提督を辞めても私たちは解体され、続けても勝たなければ失われ・・・」
赤城「えっ!?では、もしかして私たちは、提督にとって・・・」
扶桑「理解できたのね?・・・そう、戦力であり人質なのよ。鎮守府を強くしようとすればするほど増える、人質ね。だから金剛が一緒に寝ていても、誰がそばにいても、そういう事にはならないの。総司令部の人質でもある私たちにそんな事をするのは、たとえ私たちがそういう事を望んでいたとしても、提督の中では筋違いになってしまうから」
赤城「ああ、色々とわかってきました。理解できました。でも、そんな・・・!総司令部はなんという事を・・・っ!」ギリッ
扶桑「叢雲が言う、『総司令部がこの人の弱みに付け込んだ』というのは、そういう意味なのよ」
―かつて国の為に戦ったであろう英雄を、このようなやり方で使おうとする姿勢は、おそらく提督の人間不信を決定的なものにしたはずだ。そしてそれは、同じ立場でもある艦娘たちへの信頼と、思いやりに繋がっているはずだ。
扶桑「私が提督と仲が良さそうに見えるとしたら、そんな提督の事を理解しているからそう見えるだけなのよ。私と叢雲はこの事を知っているから、提督にとっても話しやすい、という事ね」
赤城「そうだったんですね。よくわかりました。だから提督は、『勝つより、生き延びることが大事』と。正直なところ、綺麗ごとを言う、と思っていましたが、たとえ深海を殲滅したとしても、誰かがその戦いで失われれば、提督にとっては、総司令部と自分との関係で失われた犠牲者という事になるのですね。負わなくていい呵責が増えていくと」
扶桑「本当はとても優しい方なのよ。あの戦いの技量も本来は大切な人々を護るためのものだったはずだわ。なのに、こんな事になって・・・」
赤城「誇りの根幹をなす、上層部や守るべき仲間に裏切られ、おまけに、愛を交わした女性はほとんど失われ、ですか・・・」
扶桑「何か知っていたの?」
赤城「異動前に、詳細な資料を閲覧できましたから。個人的な付き合いのあった女性は早逝し、途中から近づいて来た女性は、見目麗しく有能とはいえ、元々は工作員。そして、ほとんど生き残っていない・・・」
扶桑「ああ・・・やはり。私たちへのささやかな信頼以外は、恐らく何も信じてはいないわ。提督にとっての敵も、おそらく深海で止まってはいないもの。『深海も、全ての敵も倒さねば、いずれにせよ真の勝利にはならない』と言っていたから」
赤城「まさか・・・いずれは総司令部や、その上層をも倒すつもりでしょうか?」
扶桑「さあ?一艦娘である私には、判断の範疇を超える事だわ。敵対しない事を望むばかりよ」シレッ
―扶桑はしれっとそんな事を言ったが、その笑顔はとても楽しげだった。
赤城(ああ、その場合でも、どこまでもついていく考えね。上層部も言っていたわ。狡兎死して良狗煮らる・・・なら、飼い主を全て倒せば、狗(犬)は狗でなくなり、真の自由が訪れる。そして、それしかないと考えているのね・・・!だから提督はむやみに敵を倒さず、味方を作っているんだわ!)
―そしてそれは、かつて深海を倒す事のみを考えていた最初期の提督たちとは全く異なる考えだと気付いた。戦いが終わってしまえば、提督との個人的な信頼だけで戦う、強大な力を持つ艦娘たちは、いずれ邪魔にされるはずだ。そして実際、恐らくそういう理由で現状の混沌とした状況へと至っている。当初の提督たちはそこまで想定していなかったためだ。
赤城「扶桑さん、私、見てみたいわ。提督が考えている未来を。敵もきっと深海で終わりではないわね?」
扶桑「残念ながら、そうでしょうね。平和になれば、提督も私たちも、姫も大戦艦も、邪魔になるはずだもの。かと言って、戦いが終わってくれないと・・・うふふ」
―扶桑は意味ありげに笑った。
赤城「提督と、深い関係になれない、ですか?」
扶桑「何というか・・・私たちが傍にいるのに、提督は一人のまま。それを変えなくてはならないと思うのよ。提督の考え方が変わらない限り、戦いが終わらないと無理そうだもの」
赤城「優しいんですね、扶桑さんは」
扶桑「うふふ・・・違うわ。あなたも空母とはいえ、もともとは戦艦だったからわかるはず。たくさんの夜を超えてきた提督の戦いの匂いが。今は巧妙に隠していても、最初の頃は時折感じたあの匂い、きっと身近な女性だけは味わえたはず。私の希望はそれよ?」
―扶桑の赤い眼に、一瞬だけ戦艦らしい獰猛な光が見えた気がした。普段と全く違う雰囲気に、赤城は驚く。
赤城「・・・私はそんな風に提督を見た事は無かったわ。誰も信用していなかったから・・・。でも扶桑さん、普段のあなたはそんな事を微塵も感じさせないし、言ったりもしないはず。なぜ私に?」
扶桑「さあ、なぜかしら?今日のこの話は、山城にも話していない事よ。あなたと、私だけの話。・・・では、失礼するわね」
―扶桑はそう言うと、さっさと立ち去ってしまった。
赤城(扶桑さん、あなたはなぜ私に、そんな話をしたの・・・?)
―??『赤城は誰かと恋に落ちることなど無いだろうな。自分で完結している、そんな空気を感じる』
―赤城『戦いと、その勝利による誇り、そして合間にいただく美味しいものがあれば、私は十分です』
―加賀『強すぎて、まるで、機械みたいよ。あなたには私の心なんて、わからないわ・・・』
赤城(何かしら、心がざわつく。私、苛立っているの?)
―やがて、赤城は思ったよりも話し込んでしまったことに気付き、『まみや』に戻ることにした。
―誰も居なくなった第二展望室。
―用具入れの扉が静かに開いた。
―カチャッ・・・ソロ~・・・
吹雪(すっ・・・すごい話を聞いちゃった・・・!)
―吹雪にとっては、生々しくも衝撃的な話だった。おそらく正規空母で一番強い赤城と、最古参の戦艦である扶桑の、司令官をめぐる話。特に、扶桑の女を感じさせる言葉に、吹雪はくらくらした。
吹雪(はぁ、私はどうしたらいいんだろう?落ちこぼれだし、憧れの赤城さんと扶桑さんがあんな風に話す司令官に、どう接したらいいかなんて、わかりっこないよ・・・)
―吹雪は、戦艦なら扶桑に、空母なら赤城に、憧れと尊敬を抱いていた。最も実戦経験が豊富で、事実上のエースでもあり、美しく、いつも落ち着いている扶桑と、やはり美しく、正規空母でありながら夜間でさえ指揮を任される赤城。そんな二人のようになりたいと吹雪は思っている。
吹雪(はぁ・・・先は長いなぁ。取り付く島もないよ・・・)フゥ
―吹雪はため息をついた。同時に、今見聞きしたことは絶対に心の内に秘めておこうと思った。
―ヒトハチマルマル(18時)過ぎ。堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。
提督「これは壁にぶち当たったな・・・」
夕張「ですよね?申し訳ありませんが、私の技術では艦載機を復元可能な状態に解体するのはちょっと無理なんですよ」
提督「いや、バリちゃんはよくやってくれてるって。工作艦・明石が居ない状態でも何とかなっていたのは、バリちゃんのお陰だからな」
夕張「明石さんももうずっと、邂逅事例が無い艦娘ですもんね・・・困ったなぁ。向島要塞の空母を助けるには、艦載機の潜水艦輸送が必須なのに・・・」
伊19「うーん、流石にばらさないと運ぶのは無理なのね。昔はイヨとヒトミっていう子たちが、光作戦で彩雲を運搬したらしいけど、やっぱり明石の腕は必要不可欠なの!」
初春「のう、今はもう明石も伊13も伊14もおらんのかえ?」
―ソファでお茶を楽しんでいた初春も話に加わる。
提督「白書によると、明石はしばらく見つかってない。伊13、14は資源調達鎮守府に少し在籍している程度で、やはり新規着任は無いなぁ。何か理由があるんだろうが、見当もつかないぞ」
夕張「提督、でも確か、特務案件に明石さんがらみのがありましたよね?」
提督「あるんだが、実際の所、どこにいるのかがわからんのよ。秋葉原がアクセスポイントではあるようだが・・・」
春風「特務案件『秋葉原』でしたら、鬼鹿島さんがそこのノートタブレットを所有しています。そこから何かわからないでしょうか?」
鬼鹿島「高レベルの特殊帯アクセス権があれば可能かもしれませんが、政府の高度情報機関の解析システムでもない限り、難しい気がします」
提督「いや、それならあてがあるぞ?なるほど、やってみよう。鹿島ちゃん、そのノートタブレットを貸してもらってもいいかな?プライベートな自撮りとかが入っているとまずいが・・・」
鬼鹿島「そっ!そんなものは入っていないから大丈夫です!どうぞ・・・」ゴソゴソ・・・スッ
提督「そうかい?ありがとう。明日には返却するよ。今夜中に解析にかけてみる。女の子のこういう物を借りるのは何だか気が引けるが、僥倖でもある。何かお礼をするよ」
鬼鹿島「お気遣いなく。勝手な立ち合いの件を不問にしていただきましたし、ここの雰囲気は好きです。この時間だけでも十分なほどです。それと・・・私も明日、昼過ぎまでには一度総司令部に戻りますので、それまでに返していただければ、大丈夫です」
―こうして、小笠原侵攻作戦の明石不在による行き詰まりは、意外なことに鬼鹿島のノートタブレットから手がかりが得られるめどが立った。明日はまた、総司令部に行かなくてはならない。が、慰労休暇中にけりがつくべきことは、まだまだ残っていた。
第六十二話 艦
次回予告
大浴場で打ち解ける、白露と陽炎たち。
提督の私室の掃除で、机の上の封筒に気付き、少し悩む曙。
戦艦・遠江で姫と話し、ノートタブレットの解析を頼む提督だが、特殊帯のせいで鹿島のもう一つのノートタブレットにまで繋がってしまい、鹿島の記憶と苦悩が可視化される。
苛つきの正体に思い当たる赤城は、扶桑や金剛と飲み直すことにするが、意外な金剛の本音が語られる。
摩耶と意気投合した瑞穂は、摩耶が金山刀提督に気持ちを伝える場を整える。
執務室に来た飛龍は提督に色々と質問をし、先の事を考え始める。
特務第七の川内と、堅洲島の川内は、明日の別れの前に食事を共にするのだが・・・。
そして営倉では、鳥海が覚悟を決めていた。
次回、『慰労休暇・後編』乞う、ご期待!
鬼鹿島『あっちのノートタブレットは問題ありません。私の日記や、水着や可愛い服の自撮りはこっちのノートタブレットに全て入っていますから』
姫『特殊帯の性質を理解したほうがいいわ。あれは高レベル量子通信だから、バックグラウンド常時共有がいつも成り立っているの。つまり・・・』
提督『・・・鹿島ちゃんてば、こんな水着に、こんなロリロリの服が趣味だったのか。えーと・・・これは詩かな?『真夏の日差しの下、素敵な高気圧。でも、私が望んでいるのは、台風のような提督さん。どこかに居ないかなぁ・・・』』
鬼鹿島『ああっ!それは私の鍵付きインスタのページです!何で覗くんですか!』
提督『覗いてないぞ?どうやら特殊帯の仕様らしい。おかしいと思ったんだ。こんなデータが入ってるノータブ貸してくれるとか』
鬼鹿島『ううっ、休暇で行って来たプライベートリゾートでの写真なのに!見られちゃうなんて・・・』グスッ
姫『・・・という事になるのよ』
作中で提督がグレネードランチャーに装備している40㎜ランチャーミサイル『pike』ですが、これはレイセオン社が最近発表した実在の武器です。
また、提督が装備しているM14-EBRは実在しています。かっこいいです。
で、ここからが架空ですが、M14-GPEBRは実在していません。作中では、M14-EBRにFN MAGみたいな拡張性を持ったバトルライフルとして扱われています。
提督はこれに、銃剣とグレネードランチャーをつけて使用していたようです。
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