「地図に無い島」の鎮守府 第七十一話 闇は、うごめく
戦い終わって、一息入れている時に、若葉が阿武隈について語り始める。
そして、『艦娘矯正施設』の大和と志摩鎮守府、提督の過去の女性の話と、関係。
霧島を仲間に加えるが、謎の樒(しきみ)の木の枝と、思い当たることのあるらしい春風。
横須賀の街を監視する空母棲姫・アメリアの独り言と、
さらに、そんな横須賀の街に何かを感じ、静かに街を眺める矯正施設の大和と、酒匂。
そして、横須賀に向かう空母内での、サラトガと技術士官の話。
堅洲島に着いた大井がメイド服を着る事になる経緯と、眠れない提督の為の叢雲の気遣い。
そして、吹雪と磯波の話。
特務第七からの連絡を受けた、特務第十九号の親潮は、自信を失っているために深い悩みの中に居た。
追い詰められる榛名のマネージャーは状況をでっちあげて時間を稼ぐが、何者かの監視には気づいておらず・・・。
そして深海側では『バニッシュプラン』の概要が語られ始めていた。
2月3日、一回目の更新。2月10日、二回目の更新。2月13日、最終更新です。
阿武隈、大和、そして提督の過去の女性の話が出てきたりします。
だいぶ賑やかな感じになってきましたね。
さらに、特務第七の空母棲姫アメリアちゃんのコーヒータイムと独り言、
そしてついに、大和と酒匂が登場します。酒匂は大和を監視しているようにも見えますね。
また、横須賀に向かう、聞いた事のある名前の空母内では、サラトガが登場します。
技術士官とは何やら意味深な会話をしていますね。
大井がメイド服を着るようになります。いやぁ、いいですねぇ大井っちのメイド服なんて。
一方、親潮ちゃんはかなり自信を喪失しています。無理も無いんですが、早く笑顔になって欲しいですね。
秋雲のせいで、さりげなくすごい恰好をしています。親潮のガーターベルト姿を見たい人は、渋で「ガーターベルト 親潮」で検索すると、きっと幸せになれるでしょう。
元ネタもそれです。
さて、一方で深海側の提督たちが久しぶりに姿を現しました。ビジュアルが明確になると同時に、何やらドミナントに聞きなれないものや、固有名詞も出てきましたね。
艦娘側よりも情報が豊富のようですが、果たして?
第七十一話 闇は、うごめく
―2066年1月8日、マルヒトマルマル(午前一時)頃。横浜観光大桟橋、大型フェリー『いかるがⅡ』、特務第七鎮守府、ラウンジ。
―家具その他の片付けも終わり、堅洲島提督と艦娘、そして志摩鎮守府の艦娘たちは、特務第七の艦娘たちが用意したお茶やコーヒーで一息入れていた。
提督「ふっ、まさか鷹島が提督をしていて、その艦娘たちからコーヒーをいただくとはな。・・・人生はわからないものだ。青葉さん、美味しいコーヒーをありがとう」
青葉(第七)「青葉、でいいですよ。すごく怖い人かと思っていたら、思ったより優しそうなんですね。ボスがいつもコードネームを出して『絶対に戦うな』って言っていたんですよー?」ニコッ
提督「そうかい?思ったより優しそう、か・・・。艦娘たちだけだな、そんな事を言ってくれるのは」ニヤッ
―特務第七の艦娘たちは、鷹島提督から聞いていた『D』本人を、やや興味深げに見ていた。堅洲島の艦娘たちが提督に親しげなために、恐れはないようだ。
鷹島提督「ところで、あんたの部下で裏切った奴らのうち、木田が生き延びていたんだが、提督になって、その後たぶん死んだぜ?確か、パルミラ環礁の泊地だ」
提督「そうか。・・・忘れたよ」
鷹島提督「そうだな。その方がいい。一応、な」
叢雲「昔の部下が提督になったの?それで死んだ?」
鷹島提督「ああ。大規模侵攻の最初にな。おたくの提督の部下だったが、ある時裏切って「鷹島・・・」」
―提督は遮るように言った。
鷹島提督「悪い・・・察してくれ」
叢雲「わかったわ」
提督「過ぎた事で、死者の話だ」
―提督は静かにコーヒーを飲んでいたが、あまり触れたくない話題なのは伝わってきた。
叢雲(かつての部下にまで、命を狙われたのね)
―叢雲は少しだけ、心臓の鼓動が早くなっていた。今夜は、金剛と榛名はおそらく霧島と一緒だ。誰かが提督の傍にいた方がいい。そして、確認しなくてはならない事もあった。
若葉(志摩)「あのう、少し話をしてもいいだろうか?」
叢雲「えっ?」
提督「志摩鎮守府の、えーと君は・・・」
若葉(志摩)「若葉だ。条件付きで志摩鎮守府に身を置いている」
提督「君が若葉か。よろしく!」
若葉(志摩)「よろしく。今日一日の顛末を見て、感心している。大規模侵攻の頃に、十分に強くなったあなたの鎮守府があったらと思うと、残念でならない。その上で、聞いてほしい話があるんだ」
提督「なんだろうか?」
若葉(志摩)「私が世話になっている志摩鎮守府には「若葉!」」
木曾(志摩)「提督が居ないのにその話をするな!」
若葉(志摩)「知った事か!私にはこの事を話す権利がある。今日のこのバカげた任務だって、ちゃんと義理を果たしたぞ?こんなバカげた話をだ!阿武隈さんが目覚めないなら、もう志摩には用は無い!義理も果たしているつもりだ!」
木曾(志摩)「何だと!」
―木曾は若葉につかみかかろうとしたが、それをいち早く球磨が止めた。
球磨(志摩)「落ち着けクマ。提督の考えは聞かなくちゃならないけど、若葉の立場では言ってる事は何もおかしくないクマ」
武蔵(志摩)「厳密に言えば、我々は若葉を失望させているし、今回の件では迷惑もかけているからな。しかし若葉、いっそこの際だ、提督と大井が戻ってきたら、ちゃんと話してみてはどうだ?それが筋と言う物だろう?」
若葉(志摩)「・・・わかった」
木曾(志摩)「ちっ・・・。俺は認めないぞ!うちは最強なんだ!」
鷹島提督「志摩に阿武隈だと?阿武隈はもう居ない艦娘じゃなかったのか?うちにも情報がないぜ?」
若葉(志摩)「D事案なんだ。私と阿武隈さんは表向き、大規模侵攻で死んだことになっているから。最後の阿武隈さんって事になるのかな」
鷹島提督「いやちょっと待てよ。最後の阿武隈だと?大規模侵攻の時に南西諸島で深海とこちら側の戦力比が大きく変わった、『特異戦果』という機密があるが・・・」
若葉(志摩)「これ以上は話せないんだ。すまない」
鷹島提督「・・・ああ、聞かなかったことにしとくぜ」
叢雲「最後って言った?最後ねぇ・・・」
吹雪「どうかしたの?叢雲ちゃん」
叢雲「最後という言葉に縁があるなぁ、と、ちょっと思っただけよ」
―叢雲は提督と会う前に言われた言葉を思い出していた。
??『君の行く鎮守府は最後の鎮守府であり、その提督は最後の提督かもしれない。ただし、彼が提督という立場を受け入れ、鎮守府として稼働し始めたら、の話だが』
―しばらくして、ラウンジに月形提督と大井が戻ってきた。
月形提督「総員、待たせたな。大井の入渠も終わった。鷹島提督よ、施設を貸していただいて感謝する」
大井「ありがとう。どこかに異動する前に怪我が消えて助かるわ」
鷹島提督「どういたしまして。じゃあ、ここいらで今夜はお開きかね。月形提督、おれたちの出す書類は特務第二十一号から見本が届くそうだ。それに則って口裏合わせすれば大丈夫って事らしいぜ?・・・それと、若葉ちゃんが何か言いたい事があるとさ」
月形提督「若葉が?・・・ああ、当ててやろう。阿武隈の事だろう?」
若葉(志摩)「・・・」コクリ
―若葉は無言で頷いた。
月形提督「特務第二十一号の提督、近日中にうちの鎮守府に来てくれないか?大井の荷物もこっそり渡したいし、試さなくてはならない事がある。我が鎮守府には、前回の大規模侵攻時に深海の姫クラスをひと月の間に30体以上葬った阿武隈が眠り続けている。彼女はおそらく、自ら心を閉ざして眠り続けており、強力な提督なら目覚めさせられるのではないか?との仮説があるのだ。私は目覚めさせられなかったが、もしかしたら・・・という話だ。場合によっては若葉ともども異動を検討しよう」
若葉(志摩)「えっ?なぜ?今までは駄目だと・・・」
月形提督「時が来た。それだけだ」
提督「30体以上だって?」
鹿島(教導)「呉第四鎮守府の阿武隈さんですね。鎮守府も阿武隈さんも、この件までは無名でした。大規模侵攻時に異様な強さを発揮し出し、唯一「深海側の艦娘」との交戦記録があると言われています」
鷹島提督「なんだそりゃ?初耳だぜ?・・・待て、深海側の艦娘と言ったか?どういう事だ?」
赤城「・・・・・・!」
鹿島(教導)「主席教導艦だけは知っています。総司令部との打ち合わせで、未知の深海棲艦との戦いを想定する必要がありましたから。表に出ていない戦績を少しは知っているのです。この特異戦果には艦娘に関する重大な機密が絡んでいるため、表に出せない話とされているのです。今の私は、特務第二十一号の艦娘であり、司令レベルの関係でこの話が出来ている、という事になります。但し、ここではこれ以上の説明はできません」
―司令レベルの関係もあるが、鹿島は明確に、自分が総司令部より堅洲島寄りだと考えて発言している。
提督「鹿島ちゃん、ちょっと気になったんだが、他にもこのような強い艦娘の話はあるのかい?」
鹿島(教導)「いえ。私が知る限り、これだけです。表に出ない強い艦娘と言うと、あとは『艦娘矯正施設』の大和さんくらいでしょうし」
月形提督「そんな所だろうな。あの大和は論外だが」
鷹島提督「はっはっは、噂に聞いたぜ?スカウトに行ってこっぴどくやられたんだよな?」
武蔵(志摩)「申し訳ないが、その話はしないでもらいたいものだな」
月形提督「あの大和は強いが、話にならんよ。性格に難があり過ぎる」
提督「うん?その話は初耳だぞ?年末に矯正施設に行ったが、大和など居なかったが・・・」
叢雲「そうね。私もごく短い期間いたけど、大和さんの話なんて聞いた事も無いわよ?」
鹿島(教導)「私は数回見かけた事があります。矯正施設を守備しているとされていますが、その実、総司令部関連施設と横須賀の街全体を護っています。何かが起きれば一瞬で現れるとされていますね」
―提督には、鹿島の言い方が気になった。
提督「見かけた、というのは?」
鹿島(教導)「大和さんは普段、何らかの仕事をしていて、その仕事と合わせてランダムに各施設を巡回警備しているらしいのです。ただ、移動方法が変わっていて、艤装の力で街の建物の上を跳び回っているのです。この為、私も一瞬しか見た事がありませんが、力強く美しい姿でした。えーと、確かあの移動方法は・・・」
堅洲島の艦娘たち(あれ?それって・・・)
足柄「パルクールの事かしら?」
鹿島(教導)「はい!それです。よくご存じで!」
足柄「私たち、昼間それを提督に教わって、東京のビルの上を移動したのよ?とても楽しかったわ!」
鹿島(教導)「ええっ?流石ですね!」
提督「・・・大和はそれを誰から教わったんだろうな?」
―提督には、考えたくない心当たりがあった。そんな提督の表情を見て、鷹島提督がにやりと笑った。
鷹島提督「そうだなぁ、確か昔、あんたに色々教わってアホみたいに強くなった女がいたよなぁ。今は戦時情報法で名を変えているが、あだ名は変わらない。『スカリートラッシュ』は生きているぜ?」ニヤッ
提督「うっ!ごほっごほっ!・・・何だと?そういう事か!」
―珍しく、提督がむせた。
金剛「スカリートラッシュ?トラツグミの事ですネー。小鳥がどうかしたんですか?」
月形提督「ああ、もう私は何の話か分かったぞ?ふふふ、あなたもこういう話題だと、むせたりするのだな。うちもたまに強化訓練等でお世話になっている。なるほど、噂は本当だったのだな」
榛名「スカリートラッシュなら、聞いた事があります。西日本の艦娘に地上での戦い方を教えている、陸防部のとても強い鬼教官がいると。でも、まだ若くて奇麗な女性だとか」
鷹島提督「その鬼教官の本名は『つぐみ』。んでもって虎みたいに強いからトラツグミというあだ名がついて、それを英語でコードネームにしたのがスカリートラッシュ。工作員で、君らの提督の昔の女の一人だよ」
叢雲と赤城以外の堅洲島の艦娘たち「えっ?ええ~~!!!」
提督「疑惑は晴れているから、一言謝らないとダメだな・・・そうだったのか」
―艦娘たちは非常に驚いていたが、提督は淡々としていた。
鷹島提督「本人はもう全て知っているよ。謝りたいのは向こうだろうぜ」
叢雲「みんなも驚き過ぎよ。そんな事もあるでしょう?」
吹雪「叢雲ちゃんは知っていたの?」
叢雲「事前にね、予備知識みたいなものは少しだけ。でも、それだけよ」
赤城(ああ、工作員と教官をしている方がいると。もう一人は確か、余命いくばくもないとか聞きましたが・・・)
提督「こほん、話しを戻すが、矯正施設の大和は何が論外だと?」
武蔵(志摩)「・・・何というか、反論の余地がないほど叩きのめされたこちらとしては、非常に言いづらいが・・・」
月形提督「完璧かつ、美しい。その武技は完成され、立ち振る舞いは雅やかでさえある。・・・が、まさかあれほど見下した言動をされるとは思わなかった。とにかく、あの大和は駄目だ!」
提督「だが、そちらには武蔵もいる。そう遅れを取るはずが無いだろう?」
武蔵(志摩)「・・・だからこの話はしたくなかったんだ。あれは戦いでさえなかった」
月形提督「ああいかん、またやり場のない怒りが込み上げてきたぞ・・・っ!」
球磨(志摩)「胸糞悪いクマ・・・」
木曾(志摩)「また眠れなくなりそうだぜ」
鷹島提督「おいおい、そんなにかい?」
提督「大井、君は知っているか?」
大井「もう呼び捨てで結構よ?あなたの所有物なのだから。・・・私はその時は別の任務で、その大和さんとは戦っていないけれど、どんな戦いだったか要領を得ないのよね」
提督「所有物って言い方はあまり好きじゃないな。・・・要するにみんなどのように戦い、敗れたと?」
武蔵(志摩)「戦いが始まったと思ったら、轟音と共に大破して、目の前に水面が近づいてきて、後は真っ暗だ。入渠施設で目が覚めてな。大和の艤装さえ見えなかった」
球磨(志摩)「おんなじクマ・・・」
木曾(志摩)「そういう事だ・・・くそっ!」
月形提督「私も何が起きたのかわからなかった。大和はこう言った『およそ近い将来命を落とすような艦娘を並べ立てて、何がしたかったのですか?戦場は畑ではありません。案山子(かかし)を率いているような提督にも興味はありません』と。あの高慢な鼻っ柱を必ずへし折ってやりたい!」
鷹島提督「案山子とは、これまた言うねぇ・・・!」
提督「ほう、悪くないな」
叢雲「アンタも大概ねぇ。まあでも、その大和さん、縁があるとしたらうちかもしれないわね」
鹿島(教導)「あの大和さんもまた、総司令部の機密です。ずいぶん昔に、どこかの提督に大きな艤装をからかわれてから、砲撃時にしか艤装を出さない早撃ちの名手になり、今は大和さんの艤装を見た者はいないとされています」
提督「・・・それはとても大事な情報だな。そういう事か」
大井「そんな話はどうでもいいわ。積もる話がしたいなら、提督たちだけで会えばいい事よ。よい子はもう寝る時間だけど、ここは悪い子ばかりみたいね?」ムスッ
提督「ああ、そうだったな。良い子がおねむの時間だそうだ。これは明日は半休だな。とりあえず連絡先を交換して、もう解散しよう」
大井「そう。よく寝ないと命を落としやすくなるわ。感心しないわね」
―大井の言っていることは正しい。戦場では寝不足ほど危険なものはない。逆に、よく眠っていると、戦場では弾丸の飛んでくる方向もわかるようになる。
鷹島提督「そうだな。確かにそうだ」
―提督たちはそれぞれ連絡方法を決め、連絡先を交換すると、以降は素早く撤収した。堅洲島の提督と艦娘たちは、『わだつみ』を自動航行で呼び寄せており、乗り込むと一旦横須賀総司令部に向かった。
―横須賀総司令部、水上機発着所。
霧島「お待ちしていました!皆さん何か任務を終えられた後ですか?」
金剛・榛名「霧島!」
霧島「皆さん、お初にお目にかかる方がほとんどですね?前元帥の元帥秘書艦室付き筆頭秘書艦だった霧島です」
大井「うそ?元帥執務室の霧島さん・・・!」
霧島「えっ!?あなたはし「しーっ!」」
―提督は『静かに』というジェスチャーをした。
提督「詳しい話はあとで。とりあえず島に帰ろう。積もる話は全てその後で!」
霧島「あっ、諒解いたしました!」ビシッ
―こうして、霧島を加えて再び水上機に乗ろうとした時だった。
―バサッ
叢雲「ん?木の枝?何かしら?」
―水上機のハッチの上から、常緑の木の枝が落ちてきた。
榛名「あっ、これは樒(しきみ)の枝ですね。実は猛毒です。戦没した方の式典などで供えたりしますが、なぜこんなところに?」
―水上機のどこかに落ちてきたものだろうか?
提督「切り口は奇麗だが・・・まあ、こんな事もあるだろう。・・・今のところはな」
叢雲「樒ね。どこかで聞いた事があるような。何だったかしら?」
―叢雲は以前に、樒にまつわるなにがしかの噂話を聞いたような気がしていた。しかし、思い出せない。
春風(樒?・・・あの子たちなの?)
―春風は動揺を表に出さぬように、周囲の気配を探った。しかし、何も感じられない。
―『わだつみ』は霧島を乗せると、堅洲島にむけて飛び立った。
―近くの山の中。
伊400「どうですか?見つからずに置いてきましたが」
―伊400こと、しおんの服は濡れていた。
村雨「樒の枝に気付いたみたい。今回は接点が持てるみたいね。・・・それにしても、横浜で何をしていたんでしょうか?あの大井さんと霧島さん、異動なのかしら?」
瑞穂「わかりませんが、強力な艦娘がすごいペースで集まっているはずですから、その可能性はありますね。・・・思ったよりも遅くなってしまいましたが、そろそろ帰投しましょうか。ジャマーが切れてしまったら、何が起きるかわかりません。ここは横須賀ですから・・・」
―昼間、秋葉原で堅洲島の艦娘たちを見張っていた村雨と瑞穂の他に、伊400の姿もあった。彼女たちは速やかに撤収すると、古い自動運転型のコンテナ車に乗り、どこへともなく姿を消した。
―同じ頃、横須賀の街のビジネスホテル。
空母棲姫アメリア「・・・変ダナ、騒ガシイ夜ダ」ズズッ
―砂糖がたっぷり入ったコーヒーを飲みながら、アメリアはひとりごちた。そのアメリアの脳裏には、夜の横須賀の様々な場所の映像がマルチタスク展開されている。深海の艦載機を改良した偵察用ドローンで、あちこちを見張っていたためだ。
空母棲姫アメリア「フゥ。果タシテ本当ニ、『ソレ』ハ起キルノカナ?フフフ・・・」
―深海棲艦たちには、予知能力、と言う程ではないが、共通したビジョンのようなものがあり、それが自分たちの精神の大きな支柱だった。ただ、それがどんなものか、明確なイメージはない。そして、それは移り変わる。アメリアの心の中のそれは、自分たちや艦娘たちを巻き込んだ大騒動が近々起きる、程度のものだった。
空母棲姫アメリア「ダガイズレニセヨ、音楽ニ勝テルモノハナイナ・・・」
―かつて、アメリアは戦場のどこかで、とても美しい笛の音を聴いた。物悲しくも温かく美しいそれは、アメリアに自我を取り戻させ、その後紆余曲折あって今に至る。
空母棲姫アメリア「サテ・・・ト・・・」
―アメリアは再び、意識を艦載機に戻した。
―さらに同時刻、艦娘矯正施設、屋上。
―デニムのパンツに、ある運送会社のグリーンのジャンパーを着た大和が、塔屋の屋上に立っている。
大和「・・・・・・」
―大和は静まり返った矯正施設の屋上から、山影を通して見えている横須賀の街に目を凝らしていた。
大和(悪くない夜気なのに、どうもおかしい。騒がしい気がするし、何か戦いの気配がしていた気がする・・・)
―スタッ
酒匂「大和さん、こんな時間に来られるなんて、珍しいですね。何かありましたか?(小声)」
―普段は大和の代わりに矯正施設を監視している酒匂が、大和の気配に気づいて屋上に来た。
大和「任務お疲れ様です。酒匂さん、最近どうも・・・騒がしい気配を感じます。何かご存じありませんか?」
―ギクッ!
酒匂「・・・い、いえ、特に何もないです」アセアセ
―酒匂は、大和への連絡係と矯正施設の護衛が任務だったが、もう一つ密命があった。大和に外部の情報を一切伝えない事だった。その理由は主に、現在の大和の性格と立ち位置による。
大和「・・・そうですか。心中お察しします。まあ、何があったところで、全ては燃え尽きてしまっています。かわいそうな艦娘たちが仕えるべき真の提督は既におらず、いずれ深海に全てが蹂躙され、染め抜かれてしまうだけでしょう。あとはその日、せめて艦娘の矜持を失わぬように、命が尽きるまで深海どもを斬り、撃つのみです。・・・気を使わせてごめんなさい。では」シュバッ
―大和は酒匂の密命を知っている。困惑している酒匂の空気を読んだが、どうせもう全ては手遅れだった。今更何かに期待して、何になろう?
酒匂「ごめんなさい、大和さん・・・。でも、その時はきっと、酒匂もご一緒しますから・・・」ペコリ
―酒匂は、大和の消えた方角に頭を下げた。
酒匂(噂でもちきりの提督さんとその艦娘でも、大和さんの心を開くのは難しい気がするなぁ・・・)フゥ
―酒匂は小さなため息をついた。大和は多くの理不尽にさらされていたが、それらを全て飲み込み、黙って任務に当たり、今もひたすらに自分を磨き続けている。その姿勢は心から尊敬に値していたが、一方で心をほぼ閉ざしており、それが辛いのだった。救われて欲しい、と酒匂は思っていた。
―一方の大和。
大和「酒匂さんのあの様子、何か起きているんですね・・・いえ、期待しては駄目よ!今までも、何も・・・何も!」ギリッ
―もう何度、変化に期待したかわからない。しかし、期待した数だけ、失望は積み重なっていった。
―『艦娘として、最もみじめなのは仕えるべき提督が居ない事。そして、最も哀しい事は、そのまま轟沈する事』
大和(でも私は、おそらくそのような結末を迎えるでしょう)
―大和は全てを覚悟して、なお己の戦いの腕を磨き続け、横須賀の街を静かに守っていた。
―同じ頃、太平洋側迂回航路上、アメリカ合衆国空母『ドナルド・J・トランプ』、フリートガール専用区画『ガールズルーム』内ラウンジ。
技術士官「まだ眠れないのですか?サラ」
サラトガ「ミス・メイ、そうね、何だか胸騒ぎがします。・・・いいえ、ずっとこの胸騒ぎは続いているのですけれど」
メイ技術士官「危機が迫っているとの事でしたものね」
サラトガ「ええ。小さいけれど、大事なものと、たぶんとても大きな危機が。そう遠くない将来には」
―アメリカの艦娘、サラトガ。彼女は前回の大規模侵攻時のハワイ攻防戦で最後の一体が轟沈しかけ、意識凍結処理を行われてしばらく眠りについていた。本来ならそのまま失われる運命にあったが、そこに、日本側ととはやや異なる技術で特別な処理を行い、その後しばらくして目覚めて戻ってきたのだ。
メイ技術士官「・・・また、エラーメモリーのノートでも取りましょうか?」
サラトガ「ううん、これ以上新しいものはないの。でも、何だかアフリカの夢ばかり見るわ。日本に近づくにつれてよ?」
メイ技術士官「アフリカの?ああ、人間だったほうのあなたの記憶かしら?国連軍の一員だった頃の・・・」
サラトガ「そうね、きっとそう。でも不思議なものね。融合処置の前は、フリートガール『サラトガ』の記憶と、私の記憶がぶつかり合って、何かフェイタルなエラーが出るかもと思ったのに、意外と全然そんな事は無くて、全て一つの記憶のようにまとまっているのよ」
メイ技術士官「フリートガールの時間の概念は、我々人間とは少し異なると言いますからね。意識の時間軸が競合しないのかもしれません」
サラトガ「何か難しい話なのね。でも今は理解できる。この世は不思議で満ち溢れているもの。だって、ラストアドミラルはあの人なんでしょう?」
メイ技術士官「・・・日本側は明言は避けていますが、非公式なコメントではそのようですね」
サラトガ「それも理解できるわ。アフリカにいた頃、何度か会ったけど、あの人はまるで、お爺さまの言っていた「サラ」」
メイ技術士官「私はクリスチャンですから、あなたのお爺さまのお話はあまり好きではありません・・・」
サラトガ「そうだったわね。これから起きる事もしばらくは私が一人で納得すればいい事だわ・・・そうね」
―メイ技術士官の咎めるような言葉で、サラトガの話は終わった。ラウンジの小さな窓の向こうには、暗い海原が広がっており、時々波頭の白い部分がぼんやりと見えている。かつてはアメリカ側の艦娘たちで賑わっていたはずの広いラウンジに、今はサラトガただ一人だった。
メイ技術士官「ハワイ、取り戻せると良いですね・・・」
―サラトガの雰囲気に気付いたのか、メイ技術士官はそんな事を言ったが、それに対してサラトガは返事を返さなかった。ハワイは既に一年半、音信不通だったからだ。アイオワはそう簡単に敗れるようなフリートガールではないし、ハワイ要塞も堅牢だが、下手な希望は持たない方が良い、と思っていた。
サラトガ「・・・今夜は冷えるわね」
―バーボンを呑んで、アフリカの事を思い出していた。それは、サラトガと融合した人間部分の人生の中で、最も熱く、心躍る期間だったからだ。
サラトガ「・・・また熱くなることを望むわ」
メイ技術士官「・・・そうね、早く暖かくなると良いわね」
―二人の言葉と気持ちは、似たような事を言っていてもどこかズレていた。
―マルサンマルマル(午前三時)過ぎ、堅洲島鎮守府。
大井「驚いたわ。地図に無い島もそうだし、こんな鎮守府があったなんて!」
―発着所に下りた大井は驚きの眼で周囲を見回していた。もともとはリゾートホテルだったため、しゃれた大きなビルであるメイン棟と、その付近にも別棟が建ち、幾つかの建物は背後の崖を利用してやや複雑な配置になっている。そして、真夜中だというのにどこか明るい雰囲気がし、活気が感じられた。
霧島「ああ、覇気があっていいですね!久しぶりです。こんな雰囲気!」
―鎮守府のエントランスから、何人かの艦娘たちが出迎えに出てきた。
漣「おかえりなさい!ご主人様とみんな。なんかもうすっごいペースで仲間が増えてて嬉しいですぞっと!」
曙「ちょっと!えっ?今度は本当に霧島さんと大井さん?何で?」
陸奥「どうなってるの?ちょっとペースが速すぎない?まるであなたに引き寄せられているみたいね・・・」
霞「ふぅん、やるじゃない。一応、間宮さんたちと夜食を用意したのよ。こんな時間だし、何かお腹に入れて、落ち着いてから休んだ方が良いわ」
荒潮「うふふ、にぎやかになってとても嬉しいわぁ」
―発着所でそのようなやり取りをしている間に、メイン棟の部屋の電気が幾つか点灯した。賑やかさに気付いて目を覚ました艦娘たちだろう。
提督「長い一日だったな。しかし、全てを良い結果で納めることが出来た。総員、ラウンジで夜食等を摂ったのち、今日は速やかに解散。明日は、現時点で任務に加わって居た者、新規加入したものはヒトサンマルマル(13時)まで休暇とする!」
―こうして、速やかに夜食を済ませると、全員それぞれの部屋に解散した。今夜は金剛と榛名は霧島と一緒だ。提督は自室に戻ってシャワーを浴び、着替えてソファに腰かけると、テーブルに拳銃を置いて目を閉じた。
―コンコン
提督「・・・どうぞ?」
―ガチャッ・・・パタン
叢雲「こ、こんばんは・・・」
―パジャマにナイトキャップ姿、そして枕を持った叢雲だった。
提督「どうしたんだ?夜の闇が怖い、と言うわけでもないだろうに」
叢雲「少しだけ、話もあるけれど・・・ダメよ、もうそんな眠り方をしては。あんたの傍で寝るから、せめてベッドでちゃんと寝なさいよ!」
―提督はとても驚いた顔をした。
叢雲「なに?その不思議そうな顔は」
提督「・・・叢雲ってさ、あいつらの説明だと性格がきつくて扱いが難しいとか聞いていたのに、基本めちゃくちゃ優し」
叢雲「だああぁぁ!あーっあーっ!聞こえないっての黙りなさいよ!優しくなんかないから!」
―叢雲は提督の言葉を打ち消すように大声を上げ、手をぶんぶん降った。顔も耳も真っ赤だ。
叢雲「アンタはすごく頑張っているわ。なのにちゃんと眠れないって何の罰ゲームなの?って話よ。恩も借りもある私が何とかするのは当然の事だわ!・・・ほっ、他に添い寝希望の子がいるなら、別に私じゃなくてその子にしなさいよ!」
提督「へいへい。この後冷えるみたいだから、ちょっと侘しかったところだよ。じゃあよろしく頼む。初期秘書艦どの」ニコッ
―提督は黙って立ち上がると、コートを脱いで就寝用の普段着姿になり、ベッドに横になってしまった。
叢雲「じゃあ、失礼するわね・・・」ドキドキドキ
―ファサ
―叢雲は静かに提督の枕の横に自分の枕を置くと、何枚かの毛布をめくってベッドに入り、自分の右腕が少しだけ提督の左腕に触れるような位置で横になった。
提督「ああ、なんだろうな・・・またすごい眠気が・・・」
叢雲「それなら良かったわ。おやすみなさい。一応、警備を見直してあるから、誰も簡単にこの部屋には来れないし、そもそも私たちは銃弾も効かないわ。心配しないでゆっくり休んで」ニコッ
―しかし、叢雲の言葉に、もう提督は答えず、静かで深い寝息が聞こえ始めていた。熟練の兵士は、眠りに落ちるのも早いものだ。寝られる時に眠る必要があるためだ。
叢雲(そうよね。疲れているに決まっているわ。おやすみなさい・・・)
―提督の部屋に至る廊下。
吹雪(むっ、叢雲ちゃんがパジャマで司令官の部屋に・・・っ!)
??「ふーぶーきーちゃん!(小声)」
吹雪「ひゃあっ!」ビクッ
磯波「簡単に背後を取られては駄目ですよ?どうしたんですか?」ニコニコ
吹雪「磯波ちゃん!・・・あ、あの、今叢雲ちゃんが・・・」
磯波「知ってますよ。今夜は金剛さんたちは霧島さんと呑んでいたりするから、提督が眠れるように、という配慮だと思います」
吹雪「どういう事なの?」
磯波「金剛さんや叢雲ちゃんは知っているけれど、提督は普段、服を着たまま椅子やソファに座って浅い眠りについているの。何度も命を狙われたかららしいんだけど、私たちが傍にいると、少し安心して眠れるみたいなの」
吹雪「えっ、じゃあ本当に司令官と金剛さんて、一緒に眠っているだけなの?今の叢雲ちゃんも?」
磯波「・・・吹雪ちゃん、もしかして少し前に配られた、大規模侵攻と当時の艦娘、提督に関する疑惑のレポート、読んでないんですか?」
吹雪「あっ!・・・よ、読んだけど・・・」
―しかし、吹雪の声は明らかに動揺していた。
磯波「・・・秘書艦だと、ノートタブレットの配布済み書類アーカイブで読めると思います。提督は私たちを深海化させないために、疑惑が晴れるまではケッコンも関係を持つこともしない考えですよ?」
吹雪「えっ!」
磯波「・・・やっぱり見てない」
吹雪「あっ!えーと・・・その、ごめんなさい!」
磯波「ずっと見ていたけど、吹雪ちゃんってこっそり提督の事が大好きですよね?どういう部分が好きなの?」ニコッ
吹雪「えっ!?すすす、好きとかそう言うんじゃなくて、憧れと言うか、尊敬と言うか・・・。私、扶桑さんや赤城さんみたいになりたいけれど、あんな二人が尊敬して好意を持っている司令官って、すごい人なんだなあって・・・」
磯波「えっ?扶桑さんはそうだと思っていたけれど、赤城さんも?・・・あっ、でもそうかもしれない。吹雪ちゃん、意外とよく見ているんですね!」
吹雪「(しまったあぁぁぁ!)え、えーと、そうかなぁ?」アセアセ
―そこに、長良が来た。
長良「磯波ちゃん、警備お疲れさま。もうじき交代で良かったかな?」
磯波「ありがとうございます。では、そろそろ引き上げますね。吹雪ちゃん、行こう?私たちもしっかり休まないと!」
吹雪「・・・うん」
―吹雪と磯波は自分たちの部屋に戻った。
―同じ頃、大井の新しい部屋。
漣「まだ殺風景だけど、一応お茶とかコーヒーとかは一式用意したのと、花とかも飾ってあります。あとは何か不足したら、夜中は執務室に連絡して下さいねー。当直が誰かいますから。夜食は間宮さんのお店が閉まったら、これも執務室で。お酒もおんなじです」
曙「シーツや毛布などのリネン関係は、各階のリネン室にあるので、足りなかったらそこから。タオル関係もおんなじ。各部屋に小さなユニットバスがあるけれど、大浴場がお勧めです。・・・今はちょっと、壊れているけど。あと、札が掛けてあって、艦娘と提督の入浴はブッキングしないようになってます。タオルですっかり体を隠しているなら、入っても良い事になっているけれど・・・」
―メイド服姿の漣と曙が、大井に部屋その他の説明をしていた。
大井「・・・ありがとう。・・・ところで突っ込んでいいか迷っていたんだけど、もう仲間だし突っ込むわね。何でメイド服なの?」
漣「おおっ、やっと大井さんが突っ込んでくれましたぞ!」
大井「いや突っ込みたくもなるでしょ。艦娘に色々な格好をさせる提督は多いみたいだけど、ここの提督はあまりそんな事をしなさそうだわ。なのにあなたたちの恰好はそんなだから、気になるわよね」
漣「ご主人様がぜんっぜん笑わなかった頃、頑張ってこの格好でお仕事をしていたら、ご主人様が笑ったの。だからかな」
曙「で、七駆は巻き添えでみんなこんな感じよ。いい迷惑だわ。クソ提督を喜ばすために艦娘をしているわけじゃないんだけどね」
大井「ふーん・・・。でも、あなたあの提督の事、大好きでしょ?」
曙「えええっ!?なっ・・・何でそうなるにょ?」
―曙は動揺して、噛んだ。
大井「やっぱりね。言葉に全然嫌悪感が無いし、楽しそうだもの。ふーん、厄介な艦娘がこうなるくらいには、良い対応をしているのね」
曙「えぇ・・・(厄介な艦娘て・・・)」
漣「・・・・www」プークスクスクス!
曙「草はやすなあぁぁぁ!!」
大井「図星みたいね。でもそれは理解できるわ」
漣(えっ?)
大井「詳細はいずれ説明されるだろうけれど、捨てようとした命をあなたたちの提督に拾われちゃったらしいわ。よろしく。・・・それと、私もその服を着たいのだけれど、どこのサイトで買ったか教えてくれるかしら?お勧めがあったら、それを買うし」
漣「ええっ?」
曙(珍しい!漣が驚いてるわ!)
―曙は大井の言っていることに頭が追い付いていなかった。漣が驚く姿はそれだけ珍しいのだ。その少し後に、大井の言ったことに気付いた。
曙「えっ?何で大井さんがこんな格好を!?」
大井「そ・・・その方が良いと思ったからよ。引っ込みがつかなくなりそうだし・・・」ボソッ
漣・曙(何の話だろう?)
―大井は少しだけきまり悪そうにしていた。漣と曙は、大井が横浜で何を言ったかをまだ知らない。
―コンコン
漣「えっ?」
大井「どうぞ」
―ガチャッ
球磨「よう、こっちの球磨ねーちゃんだクマ!」
木曾「よろしく。姉さん。武名は轟いているよ」
多摩「よろしくだニャ。疲れているなら、うちらみんなで歓迎するから、明日改めて挨拶に来るニャ」
大井「えっ!?・・・ありがとう。気持ちはとてもありがいたけれど、志摩では・・・特に私は、なるべく疲れを残さない習慣にしていたわ。今日もこの後、なるべく早く眠るつもりよ。だから、明日改めて私からも挨拶させてもらうわ」ニコッ
球磨「わかったクマ。よし、みんな引き上げるクマ~」
―ガチャッ・・・ゾロゾロ・・・バタン
漣「球磨さん無駄がないなぁ。じゃあ、私たちもそろそろお暇しよっかなと。こんなところで大丈夫ですー?」
大井「ありがとう。大丈夫よ。・・・あなたたちもそうだけど、ここは意外と温かいのね」ボソッ
曙「えっ?」
―曙と漣には、大井の言葉の最後の方は聞き取れなかった。
漣「・・・大井さん、ご主人様に言っておきますけれど、良かったら秘書艦やって下さいよ。大井さんも秘書艦でないと全員そろわないとか言ってる子がいるので、びっくりさせてやりましょー?」
大井「・・・考えておくわ」
漣・曙「おやすみなさい」
―ガチャッ・・・バタン・・・
―カチッ・・・ドサッ
大井「ふう・・・」ゴロ
―大井は照明を消した部屋のベッドに横になり、転がって天井を見た。どこか遠くから、微かに艦娘たちの笑い声が聞こえてくる気がする。こんな時間でも呑んでいる者がいるのだ。もしかしたら金剛型かもしれない。
大井(緩やかな空気のくせに、ヤバい艦娘ばかり。まるであの提督と同じだわ。本物の強者の余裕がある。第二の人生を生きるなら、そう悪くないわ。私の真の敵は・・・北上さんを深海化させたのは、・・・深海でしょ?そうよね?)
―頭打ちになっていた自分の強さの上限が解放された気がしていた。
大井(いいわ。もっともっと強くなって、深海の奴らをぶっ殺しまくって見せる!)
―大井は闇の中に伸ばして開いた手を、きつく握った。それは、何か大切なものを、次は離さない、という決意のようにも見えた。
―同時刻、横須賀総司令部、芸能部宿舎
―榛名のマネージャーのスマホには、着信とメッセージその他、ありとあらゆる連絡手段の通知が限界まで通知されていたが、その更新は午前一時くらいで止まった。
榛名のマネージャー(見ても仕方のない物は全て消して・・・と)スッ・・・ポチポチポチ
―罵声や怒声に脅しのオンパレードの筈だが、そのほとんどを確認する事なく、消し、メッセージを送り返しておいた。
―『通信規制が起きているようですが、私もここを出ると次にいつ入れるかわからないのでここにいます。ご心配なく。近海で色々起きているようでしたが、榛名の件に関しては、三日以内に協力を仰ぐことになるでしょう。落ち着いていきましょう』
―ガシャッ
―メッセージを送り終えると、スマホをゴミ箱に放り投げた。
榛名のマネージャー「くそっ!どうなっているんだ!このままでは破滅だ!」
―真っ暗な部屋で、榛名のマネージャーは頭を抱えていた。
榛名のマネージャー(悪いのは全部榛名だ!艦娘だ!おれじゃない!・・・くそっ!)
―榛名に言う事を聞かせる方法は知っている。あとは榛名さえ来ればどうとでもなるのだ。榛名さえ来れば・・・。
―苦悩するマネージャーの部屋の窓の外には、深海の艦載機そっくりなドローンが静かに浮かんでいたが、マネージャーはそれに気づかなかった。
―同じ頃、呉、特務第十九号鎮守府。厨房。
親潮「よし、と!こんな感じなら、司令も喜ばれると思います」
磯風「そうか?すまないな。行ってくる」テレッ
―以前、青葉と揉めてから、磯風は少しだけ態度を変え、料理を試行錯誤するようになった。青葉や親潮には及ばないものの、ちゃんと味見をして、食べられる料理になってきている。
親潮「さてと、では私はそろそろ休みますね・・・」
―親潮は自分の部屋に戻った。眠りたいより、気になる事があったのだ。
―ポーン
―親潮のスマホの画面には、大量のメッセージの着信を意味するバッジが表示されていた。特務第七号の秋雲や青葉からのもので、特務第二十一号の提督に関する情報だと思われた。
親潮「えーと・・・ええっ?そんな事が・・・?」
―順を追って起きた事を読んでいくと、親潮が知っているどんな提督も及ばない資質が感じ取れる。強力な艦娘たちを率い、運営を退け、緻密な作戦と対応の組み立てで志摩の大井を仲間に加えていく。そんな提督が、親潮の今いる時間に存在していることが、信じがたいと同時にとても嬉しかった。
親潮(まだ、こんな方が残っていたんですね・・・)
―かつて参謀が言っていた、特務鎮守府の再編。そして、鷹島提督が言っていた、『D』の着任。それは本当に起きたのだ。
―しかし、懸念していた問題もある。親潮は眠気と、メッセージがもたらした熱を冷ますようにシャワーを浴びた。髪を乾かし、秋雲から譲られた下着を身に着ける。しゃれた黒の下着と、黒のガーターベルトだった。
―秋雲『親潮ちゃんいいねぇ、すっごいセクシーだよ!もうそれなら落ちない提督はいないね!』
親潮(秋雲さんはああ言ってくれましたが、とてもそうは思えません・・・)
―わずかな冬の月明かりの中、黒い髪と白い肌に、その下着の組み合わせはとてもよく似合っていたが、自分を否定するような出来事の続いた親潮には、特務第二十一号の提督の周りにいるという艦娘たちと自分を比べて、ため息しか出ないのだった。
親潮(もう、ショートランド泊地の話はそう出せない。これが最後のチャンス。なのに・・・なのに・・・)グスッ
―懸念した通り、強力な提督の周りには、強く美しい、魅力的な艦娘ばかりだ。きっと今も、戦いを終えた特務第二十一号の提督は、お気に入りの艦娘と、疲れを癒すように熱い時間を過ごしているのだろうと思われた。
親潮(やっぱり、『開耶姫』榛名さんあたりでしょうか?それとも金剛さんとか?いえ、総司令部の鹿島さんでしょうか?)
―総司令部の鹿島や、『開耶姫』榛名などは、多くの提督にとっても憧れの艦娘だった。ただ、その強さと性格のきつさから、近づこうとする提督はほとんどいなかった。なのに、特務第二十一号の提督は、その二人を既に着任させているようだ。
親潮(ああ・・・こんな貧相な身体では、身体だけでさえ勝負にならない・・・)ハァ
―大規模作戦の後などに、過度のプレッシャーから艦娘と濃密な時間を過ごす提督を、親潮はたくさん見てきた。そして、自分はいつも除外されていた。
親潮(忠誠と奮闘と言っても、駆逐艦なんて溢れていますし、そもそも当たり前の事です)
―ショートランドの仲間たちを救ってほしい、というリスクの大きすぎる話を出すには、差し出せるものがほぼ何もないな、と思っていた。
―同じ頃、マリアナ海溝付近、深海側の要塞。大会議室。通称『深海の円卓』
―巨大な鉄の円卓に、黒い禍々しいデザインの椅子が十と幾つか並び、ほぼ全てに深海側の名のある提督が座っていた。
深海元帥「卿(けい)らに集まってもらったのはほかでもない。約一か月後、『バニッシュプラン』を決行する運びとなった件についてだ」
深海西方提督「聞かせてもらおうか。・・・だが、我らが盟主はまだ『深淵』なのか?随分と今回は長いようだが」チラ
―長い前髪に、燃えるような赤い眼が特徴的な深海西方提督は、自分たちの主が座る空席に目をやりつつ、聞いた。
深海武人提督「ドミナントの探求がそんなに大事なのか?何度も説明を受けたが、いまいちピンと来ない。俺もそれだと聞いているが、なに、そんなものは関係ないがな」
―筋骨隆々に、傷だらけの顔、束ねた髪、そして身に着けた三本の刀。剣豪を思わせるこの男は、深海最強の武人だった。
深海元帥「我らが姫の言う『ルート』を、ほぼ我々は通過している。しかしながら、全てを覆しかねぬ二つないし三つのドミナントはこちら側には無い。『フール』『リベリオン』そして・・・」
深海武人提督「・・・『ブラックブレイヴ』だな。かつて『ソードマスター』リチャード・ハイアラキがその存在を予見していたものだ。存在を無かったことにされたドミナントだ」
深海参謀「卿がそれを言うとは、なかなか知的ではないか。武人にしておくにはもったいないな。ふふふ・・・」
深海武人提督「茶化すな。ジジイたちとの関係で、奴と少しだけ交流があっただけだ。だが、あんなものは存在するはずがない。杞憂に過ぎん」
深海参謀「まあそうよな。そもそも、剣を手にする限り死なぬ卿一人でも、何ら問題が無いのだが」
深海元帥「概要を説明しよう。艦娘側の小賢しい作戦、『常号作戦』と言ったか?あれには適当な新造深海棲艦を多くあたらせて、主力は退き、あえて大勝させてやることにしたのだ」
深海武人提督「ほう、俺に退けってか。ぶった斬られる覚悟があるか、納得させられるだけの面白い話なんだろうな?」ギラ・・・
深海西方提督「・・・ほう」
深海元帥「我々の戦力を図る目的であろうこの作戦に、我々はあえて敗れ、『深海、力なし』の印象を与える。与えつつ、地上の味方達の手引きで、横須賀にて派手な祝勝会を開かせる。その時に、集まった提督どもを根絶やしにし、榛名を回収する!提督の居ない艦娘どもなど、後はどうとでもなろうものよ」
深海武人提督「納得した。だが、そのゴミ片付けには加わらん。わが剣で斬るにふさわしい強者は既にいないからな。作戦には納得したぞ?後はメールで良いな?」
―武人提督は立ち上がると、部屋を出て行ってしまった。
??「「では、その掃除には我々が同行いたしましょう」」
―円卓の一か所に、二つの椅子が並び、そっくりな二人の提督が同時に声を上げた。双子の提督だ。
深海参謀「ふむ、卿らも中々の使い手。元帥をお守りし、残りカスの提督どもの片付けには十分であろう」
深海双子提督「「有難き幸せ!」」
―『バニッシュプラン』の恐ろしい内容が明らかになり、それは静かに実行され始めていた。
第七十一話、艦
次回予告
ショートランドの忘れられた艦娘たちの日常と、熊野の旅の話。
そして、ナンマドール遺跡の焼けた護衛艦に隠れ住む艦娘たちの話。
堅洲島では、わずかの間に増えた艦娘たちの着任式が行われ、またもや如月が書類を取り落とすのだった。
次回、『忘れられた艦娘たち』乞う、ご期待!
浦風『あれっ?磯風、そんな恰好でどこに行くんじゃ?山登りとも畑仕事ともつかない格好じゃねぇ』
磯風『ああ、これか。何でも『カカオ』という木からチョコレートを作るらしくてな。素材からこだわるべきだと私は思うのだ』
浦風『ちょっと待って何言ってるかわからんよ!』
磯風『ふっ、だろうな。つまり、素材からチョコレートをだな・・・』
浜風『ありませんよ?あれは日本には生えません』
磯風『バカな!みんなどうやってチョコレートを作っているのだ?』
続き、ありがとうございます(^^)
最新話キタ――(゚∀゚)――!!
うぽつ!!!
大和スゲー!!
強者揃いの志摩鎮守府の艦娘を瞬殺とは・・・
さしずめ、ガンマンならぬガンガールやなぁ
清霜と脱走した武蔵とどっちが強いんやろうなぁ
技の大和、力の武蔵って感じでええなぁ
二人が演習しているのを想像するだけでワクワクが止まらんぜ!
アメリカ海軍の大型艦艇には歴代大統領の名前を冠したものが多くありますが、トランプの名前を冠した空母は今後、果たして造られるのか⁉
気になるところですね!
トランプの艦内にある艦娘専用区画がガールズルームとはなかなかパンチが利いた皮肉ですねww
先日、ヤマト運輸の制服を着ている大和のイラストを見ましたが、やはりこのコラボは一回は想像しますよねw
この大和に真の意味で対抗できるのは、あの武蔵しかいないような気がする!
やっぱり駆逐艦(親潮)は最高だぜ(錯乱)!!
後書きの磯風が造った(敢えて「製造」という意味のこの字を使うw)チョコレートを食べて死んだら、一番間抜けなエラーメモリーになりそうだ・・・ww
・・・まあ、本編の提督なら何とか回避するんだろうけどwww
1さん、コメントありがとうございます。
現在、艦これの大規模イベントに、私自身の大規模イベントが重なってしまい、ちょっと多忙を極めてしまっています。
次回の話、もう少しで更新できると思います。
鶴姉妹が出てきますのでお楽しみに!
2さん、コメントありがとうございます。
艦これの大規模イベントに、引っ越しが重なってしまい大変バタバタしています。
うごご・・・。でも、最新話もう少しでアップできそうです。
もうちょっとだけお待ちくださいね。
3さん、コメントありがとうございます!
この大和はとても強いですが、同時にとても苦労人で複雑な立場にいます。
この為、とても難しいふるまいをするため、そのままではとても仲間に出来そうにないほどです。
が、それでこそ面白くなるというものです。
彼女の話も動き出しますし、当然武蔵とのからみや因縁も出てきます。
乞う、ご期待!
4さん、コメントありがとうございます!
おおっ、皮肉というかジョークというか、その辺りに気付いてもらえて嬉しいです。
ちなみに作中ではいずれ、この空母の名前の大統領の先代の大統領名を冠した空母も出てきます。
大和さんは運送の仕事もやってますし、楽器の練習もしていますし、あるボランティアもしていたりします。
いい子なんですが・・・それはなかなか伝わりません。
そしていずれ、妹とはぶつかり合う運命にあると思います。
5さん、コメントありがとうございます。
この作中の親潮は、真面目でよく考える分、一般社会の経験値はやや低いため、時に真面目さゆえにとんでもない失敗をしたりします。
しかも、自分に女の子としての魅力がほとんどないと思ってしまっています。
そんな子が真面目さゆえに突き抜けてしまった時の爆発力はすごいものがあるので、ゆくゆくお楽しみにしていてくださいませ!
㈱提督製造所さん、いつもコメントありがとうございます。
作中、着任してから地味に出番やセリフの多い磯風ですが、近々料理でもバレンタインでもきっちりやらかしてくれます。
また、強さは不明だけどみんなが一目置いてるあの艦娘をマジ切れさせてしまいます。
基本的に、総司令部から着任してきた子はみんな訳ありなので、包丁VS刀みたいな戦いが起きるかもしれません。
提督は磯風の料理をなんだかんだ食べるのですが・・・いずれ作中にて。