「地図に無い島」の鎮守府 第五十四話 異なる未来の予感・後編
引き続き、一月四日の様々な動きについて。
鷹島提督は川内の無事と、特務第二十一号鎮守府についての驚くべき男の話を聞く。
執務室を訪れた江風とともに、小学校の探索を再び始めるが、何者かが手を加えているらしいことに気付く。
五月雨の秘書艦就任と、赤城の分析、そして吹雪のドヤ顔。
雪風の独自の訓練と、どこか落ち着いた陽炎。
大量の武器から、提督の特務を感じ取る夕張。
そして、ある場所の武蔵と清霜。
よく読むと、参謀が再び元帥になっていますが、川内の無事を鷹島提督に伝えています。何か苦労して得た情報のようですが、どうやって得たのでしょうか?
廃校の探索再び、です。しかし、次第に怪しくなってきましたね。
今回の話では、赤城さんが久しぶりに登場します。高い分析能力を発揮しますが、それ以外にも細かな点で色々と・・・。
雪風の独自の訓練ですが、今後もしばしば出てきます。陽炎型は仲良く訓練をしているのですが、その時間とはまた別に、雪風は独自の視点で強くなろうとしているようです。
夕張と提督のやり取りで、提督自身にも特務が割り当てられていることが判明します。
作中で夕張と提督が話している鋼材は全て実在しており、それぞれ筆者一押しの鋼材です(蛇足)。
また、初風が指摘している『人食い牙』ですが、アフリカにおいて、『フンガ・ムンガ』や『マンベレ』と呼ばれているものです。提督はこれを再設計して使用する考えのようです。
今回初めて、敵側の武蔵と清霜、加賀さんが出てきますが、果たしてこれからどうなるのでしょうか?
作中の話をそのまま解釈すると、この加賀さんは最初の艦娘の可能性もありますね。
清霜と武蔵はどうなるのでしょうか?
第五十四話 異なる未来の予感・後編
―2066年1月4日、ヒトマルマルマル(午前十時)過ぎ、大型フェリー『いかるがⅡ』神戸~横浜間航路、上級客室フロア、特務第七鎮守府、秘匿司令室。
青葉「提督、特務第二十一号に関する問い合わせのお返事がきましたよ・・・」
鷹島提督「おう、青葉サンキュ!って、どうしたんだその表情?」
―青葉はいつもより神妙な表情をしている。
青葉「参謀・・・いえ、元帥から直接の連絡です。特殊帯通信で話してみて下さい」
鷹島提督「直接?ああ、参謀は元帥に返り咲いたんだったな。しかしなんでだよ?」カチッ
―鷹島提督は執務机のスイッチを押した。天井から大型のパネルモニターが下がり、高レベル秘匿通信の回線が開く。
元帥(元参謀)「あけましておめでとう、鷹島君。早速だが、良い知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたいかね?」
鷹島提督「・・・良い知らせからで」
元帥(元参謀)「わかった。では、良い知らせから。君の大切な川内だが、無事だ。別ルートでは大破や行方不明、轟沈などという情報が出回っているが、実際のところは無傷で楽しく過ごしているとの事だ。これは、特務第二十一号の特殊ルートからの情報だ。彼女の無事の確認に、少し骨が折れたがね」
鷹島提督「申し訳ない。で、悪い知らせは?」
元帥(元参謀)「まず、悪いニュースが二つある、というのが悪い知らせだ」ニヤッ
鷹島提督「なるほど・・・(相変わらず、食えねぇおっさんだな。海防部の連中とは何か合わねぇ・・・)」
元帥(元参謀)「手短に伝えよう。特務第二十一号は既に、この横須賀総司令部よりも司令レベルが高く、川内の身柄に関しては、我々ができる事は既に何もない。よって、君は先ほどの情報を得た事を秘匿しつつ、何とかして特務第二十一号とコンタクトを取り、その上で川内の身柄について打診する必要があるわけだ。彼女が規律を無視した行動を取ったと把握した上で、だがね・・・」
鷹島提督「要するに、総司令部はこの件では一切動けないって事かい」
元帥(元参謀)「理解が早くて助かる」
鷹島提督「仕方ねぇか。では、もう一つの悪いニュースは?」
元帥(元参謀)「特務第二十一号の提督は、おそらく君ら陸防部がひた隠しにしようとする男、『D』だ」
―川内の件でも落ち着いていた鷹島提督の顔色が変わった。
鷹島提督「・・・なんだと!・・・いや、あいつは重度の戦闘ストレス障害を発症したと・・・まさか、寛解したのか?いや、それにしても、なぜあいつを?深海はそんなにヤバい奴らなのか?あんたら海防部は、手段を選ばな過ぎだ!あいつがどんな奴かわかっているのか?」
元帥(元参謀)「陸防部の失敗の二の舞にはならんよ。彼の判断は独自性が高く、それでいて愚直なまでに合理的で、目的の達成のために最適化した行動を取る。・・・が、感情的な人間や、欲を優先する人間が周囲に多ければ多いほど、彼の邪魔になる。故に、彼の周囲には人間は一人も置かない。憲兵さえもな。艦娘と彼は相性が非常に良いと我々は判断したのだよ」
鷹島提督「確かに悪い判断じゃねぇ。じゃあ、聞き方を変えるが、あいつの一番の能力は人狩りだろう?深海側に人間がいるって事か?」
元帥(元参謀)「もはや君も、引き返せないところまで来ていると私は判断する。だから伝えておこう。現在の深海側には、かつて海で消息を絶った有能な提督たちがほとんどついていると想定しておきたまえ」
鷹島提督「なん・・・だと・・・!なぜ、そんな事に?奴らは属性保持者もいるだろう?何があったんだ?」
元帥(元参謀)「わからないのだ。ただ、敵意は複数存在しているようだ。この問題に対し、政府の閉鎖型コンピューター『オモイカネ』は、彼が適任だと指名して来たのだよ。彼が何者かを知るのには、ずいぶん骨が折れたが」
鷹島提督「奴に敵や企みを暴かせ、全て撃滅させるって事か。イマイチ正体が見えねぇ深海には有効だろうが・・・」
元帥(元参謀)「君ら陸防部は、なぜ彼をそこまで恐れるのかね?以前から腑に落ちなかったが」
鷹島提督「あいつのヤバさと恐ろしさは、言葉にできるもんじゃねぇよ。ただ、あえて言うなら強い奴ほどわかる類の怖さだな。それに、あいつが死ぬと噂の出た夜は必ず・・・いや、バカバカしいな」
―鷹島提督は目を逸らし、自嘲気味に笑った。
元帥(元参謀)「深海に対して有効なら、それでよい。艦娘に対しての扱いも、非常に良いしな」
鷹島提督「そうだろうぜ。女子供には優しい奴だった。川内の事も、おそらく大丈夫だろうしな。深海もやり過ぎたな。あいつを引っ張り出されることになるなんて」
元帥(元参謀)「・・・だと良いのだがな」
鷹島提督「ん?」
元帥(元参謀)「いや。ところで、君は川内の行方までは知っていても、無事は知らないという立場を貫いてくれたまえ」
鷹島提督「もちろんだ。どんな手を使ったかは知らないが、司令レベルが上の部署の情報を引っ張ってくるヤバさくらい知ってるさ。・・・情報と引き換えに、これ以上任務も増やされたくないしな」
元帥(元参謀)「理解が早くて助かる。では・・・」プツッ
鷹島提督「ふぅ・・・青葉ぁ~!夕立ぃ~!」
―ガチャッ
青葉「はいはいっと。ぎゅっとしてあげれば良いですか?」
夕立「ぽーい!膝に座ればいいっぽい?」
鷹島提督「頼む。・・・川内は大丈夫だが、おれがやべぇ。あとお前ら、上海は好きか?」
青葉「えっ?」
夕立「ぽい?」
―ガチャッ、バターン
龍田「ちょっと、これどういう事かしら~?総司令部から届いたんだけど・・・」
―龍田が持って来た二冊の分厚い機密書類の一冊は、『極秘・世界各地の深海教団に関する報告書』と記載されており、もう一冊は『上海軍閥と深海教団の関連性について』というものだった。
鷹島提督「どうしたもこうしたも、そのまんまだよ。最近、太平洋沿岸ではヤバい事が起きているらしいんだ。それを利用したのか、新興宗教の活動が活発化しているが、実は全て同じ、『深海教団』と呼ばれるよくわからない奴らの窓口だ。この本丸を調べてぶっ潰せとさ」
―鷹島提督は、困難な幾つかの任務と引き換えに、川内の情報を総司令部から引き出していた。
―堅洲島鎮守府、鎮守府前グラウンド。
―ブーン・・・ドサッ
漣「ふおお!本当に飛行機で落っことしていくんですね!」
提督「今日はバール担当の足柄が居ないから、うちらでバラすか」
荒潮「あっ、司令官、私にもバール貸して~!」
―年明けすぐに、武器商人ハンドレッドから次の便が届いた。
曙「・・・うん、検品問題なしね。この、軍用の測距儀やストップウォッチは誰のなの?」
提督「おお、やっと来たか!雪風のだよ」
―しばらくして、執務室ラウンジ。
雪風「しれぇ、ご用は何でしょうか?」
提督「はいこれ、ご注文の品が届いたんだ。防水の軍用小型測距儀、ストップウオッチなどの機能が付いた腕時計、あとは防水筆記用具だな」
―すべて、最新式の高耐久品だ。現行の世界の特殊部隊に支給されているものと同じ仕様で、性能は折り紙付きの一品ばかりだった。
雪風「あっ!しれぇ、ありがとうございます!雪風、さっそく訓練に行きますね!」ダッ、ガチャッ、バターン!
提督「よほど待ちきれなかったと見えるな!」
―雪風は両手にそれらをいっぱいに抱えると、挨拶もそこそこに飛び出していった。
―入れ替わるように、五月雨が来る。
五月雨「失礼します。提督、五月雨に御用ですか?」
提督「うむ。当ててみてくれ!」
五月雨「えーと、何か新しい艦隊の編成ですか?または、小笠原方面への増援でしょうか?」
提督「戦意高くて結構だが、ちょっと違うな。秘書艦への任命と、調べ物をお願いしたいんだ。ちなみに、秘書艦としての任務のメインは、司令船の状態を常に把握している事、だな現在は扶桑と赤城が提督代理を務め、足柄が秘書艦だが、足柄が暴れまわっているから、サポートをしてやって欲しい」
五月雨「ありがとうございます!私、頑張っちゃいますからね!あと、調べ物とは何でしょうか?」
提督「漣ー、案件『霧の夜』の概要を説明して、調べ物をサポートしてやってくれ」
漣「ほいさっさー!サミちゃん、よろしくナリー!一緒に頑張るんですぞ!」
叢雲「これで、初期秘書艦が全員そろったわね!」
電「あっ、そうなのですね!」
―ガチャッ、バタン
吹雪「司令官、夕張さんがあとで工廠に顔を出して欲しいって言ってましたよ?あれっ!サミーも秘書艦になったの?おめでとう五月雨ちゃん!」
提督「これで、総司令部が推奨する初期秘書艦が全員そろった感じだなって話をしていたのさ」
吹雪「全員・・・ですか、司令官、さてはニワカですね?」キラーン、ドヤァ
提督「へ?ニワカ?いやいや、これで全員だろう?」
吹雪「あー、やっぱりニワカですねー」ドヤァ
提督「ニワカで悪かったな。しかし、どういう意味なんだ?」
漣「へ?これで全員じゃないんですか?」
吹雪「司令官がぜんっぜん秘書艦にしてくれないので、ここ一か月ずいぶん秘書艦について勉強していたんですよ。そしたらなんと!最初期の鎮守府の初期秘書艦には、大井さんもいたんです!だから、大井さんまで秘書艦にしてこそ、初期秘書艦デッキ完成ですね!」
電「そうなんですか?うちは大井さん、まだいないのです。(デッキって何のことなのです?)」
五月雨「へぇー!吹雪ちゃん、物知りですね!」
提督「大井かぁ。北上もそうだが、うちは木曾に頑張ってもらうしかなさそうだな。雷巡も今はなぜか貴重な艦種だからなぁ」
吹雪「小笠原の攻略とかで仲間にできたらいいんですけどね」
提督「そうだなぁ。よし、吹雪を重雷装駆逐艦に改造してもらおう。今探している明石なら、それくらいできそうだ」ニヤッ
吹雪「ええっ!?島風ちゃんみたいな格好にされちゃうって事ですか?ふ、服装だけで勘弁してください・・・」
提督「ニワカだからさー、色々試さないとわからんのよ」
吹雪「すいませんでしたぁ!」
―ある時期から、大井も北上もなかなか着任できない艦娘になっていた。
―昼過ぎの堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。
江風「提督ー、いるかい?」
提督「おお、珍しいな。もうじき小笠原で暴れてきてもらうから、演習と休息は十分にな」
江風「そうなのかい?んー、じゃあ顔出すことも無かったかな?暇だから何かないかと思ってさ。忘れられてンのかと思ったけど、そんな事無いならいっかー」
提督「ああ、ちょうどいいや。調査の手伝いでもやってもらうか」
江風「何だよ、面白そうな話もちゃんとあるンじゃん!いいぜぇ、行くよ!」
―30分後、旧堅洲島小学校。
―今回の調査のメンバーは、提督と初風、陽炎、不知火、黒潮、そして江風だった。
江風「なんだよここ、この島にしてはえらく不気味な雰囲気だな・・・」
初風「青葉さんに撮影頼まれちゃったのよね・・・仕方がないわね」
陽炎「しっ司令、前回のメンバーからは聞いていたけど、本当にすっごい不気味ね、ここ・・・」
黒潮「なあ司令はん、前回色々調査したんやろ?今日は何をするんや?」
提督「ああ、宿直室の床を起こして、死体が無いか調べてみる」シレッ
提督以外の全員「ええ~!!」
不知火「死体・・・ですか?」
提督「ああ。だが、第三者が来ても面倒だし、もし本当に死体が埋まっているとしたら、この島のタブーに触れるらしいからな。見張りは必要さ」
江風「いやいやいや、簡単に言ってるけどさ、そんな畑で芋掘るみたいなノリで・・・」
提督「でだ、艦娘は死体は見ない方が良いそうだから、周りを固めていてくれればいいぞ」
陽炎「タブー?」
提督「ああ。だが、それを除いてもおかしなこともある。この学校だけ、この島の一点の黒点のように、雰囲気がおかしい。たかだか一人の死者で、ここまでになるかという点も気になる」
不知火「話が見え難いですね」
提督「調べた結果、この小学校は、この堅洲島で一番の金持ち、住吉家の当主が太平洋戦争後まもなくに私財で再建したものだ。が、過去にこの小学校に赴任してきた若い女教師が一人、行方不明になっている。犯人としてささやかれていたのは、住吉家の素行の悪い長男で、この学校の用務員だった男だ。つまり・・・」
陽炎「その人の死体が学校のどこか・・・恐らく宿直室の床下に埋められているかも・・・って目星を立てたわけね?」
提督「ああ。だが、それだけじゃない。不自然な事実がもう一つある。この小学校は、廃校になるまで幽霊の噂なんて無かったらしいんだ」
江風「そりゃ何か変だね。人が居なくなってから幽霊の話が出るなんて。まるで、人が近づかないようにしているような・・・」
提督「それだよ。何か不自然な点がないか、よく探してみる必要がある」
初風「なるほどね・・・」
提督「江風は宿直室の入り口と昇降口を見張って、陽炎たちは校門を見張りつつ、分担して学校の周囲にある施設を調べてみてくれ。初風は適当に撮影してて構わんよ」
艦娘たち「諒解!」
―それぞれが分担して位置に着いた。周囲の探索は陽炎と不知火になったようだ。
提督「さてと・・・」ガシャッ・・・スッ・・・カリカリ・・・
―提督は不気味な雰囲気の宿直室に入り、片膝をつくと、カッターを取り出して、床板の釘穴にたまったワックスと埃を削り始めた。おそらく昔の釘のはずで、出来れば破損を最小限に床板を起こしたかった。
提督「んっ?どういう事だ?」
―しかし、古い床板の釘穴を綺麗にすると、そう古くない+のビス頭が出てきた。
江風「提督、なんかあったのかい?つうかさ、ここ本当にやばいね。人の気配はするし、足音や窓を開け閉めする音が聞こえたり、なンなんだよ」
提督「江風、ちょっと変なんで、隣の教室の釘穴を何か所か掃除して見てくれるか?」ポイッ
―提督は千枚通しを江風に渡した。
江風「いいぜ。何か所くらい?」
提督「ばらけて十か所くらいかな。釘かビスか、教えてくれ」
江風「ビス?普通はこンだけ古いと釘だろー?」
提督「この部屋、ビス使ってある。わざわざ釘穴に偽装してな」
江風「なんだって?よし、ちょっと待っててくれよー!」
―30分後。
―提督は宿直室の床の釘穴を削って掃除し、江風は廊下や両隣の教室の釘穴を掃除したが、宿直室の床だけビスが使用されていた。これは、そう遠くない以前に誰かがこの部屋の床を起こし、復旧したことを意味している。わざわざ、開かずの間だった部屋をだ。
江風「うーん、やっぱりちょっと変って事か。それにさ提督、ここのおかしな気配って、本当に全部心霊現象ってやつなのかねー?」
提督「うん?」
江風「この部屋の周りは確かに変な雰囲気だけどさー、なんか、うまく言えないンだけど、昔の音とか雰囲気が再現されてるような、そんな気がすンだよね」
提督「なぜそう思った?」
江風「気のせいじゃないと思うンだけどさ、規則性があるンだよ。いいかい?たぶんこの後、どこかで窓の開く音がするはずなンだ」
―カラカラッ
提督「おっ?」
江風「なら次は、向こうの階段を歩く音が聞こえるぜ?」
―ギイッ・・・ギイッ
江風「ンで、上の階を走る音だ」
―タタタタッ
提督「良く気付いたな!」
江風「作業に集中してたからじゃん?あれ?繰り返してンな?ってふと思ったんだよ」
提督「短い時間で過去のいつかの音が繰り返されている感じか。霊現象だけとは言い切れなくなってきたな・・・」
江風「だろー?なんか変だよな。・・・この後はどうすンのさ?」
提督「宿直室の床を起こしたいが、インパクトドライバーは倉庫だからな。陽炎たちと合流したら、今日はそれで終わりでいいだろうよ。考えなくてはならない事も増えたしな。次回、準備して床を起こそう」
江風「なあ提督、本当に死体が出てくる可能性、少し減ったって考えてるだろ?」
提督「そうだな。なぜそう思う?」
江風「勘だよ。そんな気がするンだ」ニコッ
陽炎「司令、いるー?」オソルオソル
提督「いるぞ。今日は床を起こせないから、入っても大丈夫だ。どうした?」
陽炎「そうなのね?この学校の周りだけど、廃校になった後に少しずつ手が加えられているっぽいのよ。あと、ちょっと見て欲しい場所が幾つかあるわね」
―陽炎たちが指摘した場所は三つだ。まず、学校の正門横に、伐採された木や草の山があるが、その下に少しだけコンクリートの新しい構造物が露出している場所。次に、かつて機械室か、燃料の保管庫だったらしい倉庫は、厳重に鍵が掛けられているが、中から制御盤の作動音がかすかに聞こえてくること。そして、校舎裏の崖下には丸太が大量に積まれているが、隠されているように、防空壕か何かの鉄扉がわずかに見えるのだ。
提督「ああ、これはいよいよ怪しいな。国がここに金をかけて、何かをしているって事だ」
不知火「司令、気付かれましたか?機械室だか倉庫だかわかりませんが、電源を引いている場所が見当たらないのです。地中隠蔽配線をしているらしくて、道路に舗装を切り開いて補修した後もあります」
提督「迂闊に手を出さない方が良いな。堅洲島への予算の動きと、過去の工事の発注状況を調べてから当たろう。何かある」
初風「じゃあ、今日はここまでね?」
―全員、職員用昇降口から出て、道具と人員を確認し、鍵を閉めると、鎮守府に帰ることにした。が、その時。
―バンッ!
提督「何だ?」
江風「おい、提督、あれあれ!」
提督「うおっ!」
初風「・・・」ガシャッ
―初風は驚いてカメラを落としてしまった。
―宿直室の窓に、白い女が張り付き、恨みと懇願の混じったような、何とも言えない眼でこちらを見ている。
謎の声「ダシテ・・・ココカラ・・・」フッ
―そして、白い女はかき消すように消えた。
陽炎「しっ、司令、今の見た?」
不知火「・・・」ガタガタ
黒潮「ほっ・・・ほんまもんの幽霊やぁぁぁ!」
提督「この島自体も、思っている以上に何かあるな・・・」
―謎は深まるばかりだった。だが、その謎をおろそかにすれば、必ず何かに裏をかかれる。それを避けるのが提督の仕事でもあった。
―同じ頃、特殊帯通信室。
―五月雨と、司令船「にしのじま」で提督の代理を務めている赤城が、雑談交じりに状況の確認をしていた。モニターパネルに映る司令船の様子は、かなり落ち着いているようだ。
赤城「五月雨ちゃん、秘書艦着任おめでとう。これからよろしく頼むわね。こちらは次の出撃まで少し時間があるので、落ち着いた感じよ。足柄だけは強行偵察でこの辺をぐるぐる回っているけれどね」
五月雨「そうなんですね。海域で停泊して、明日また出撃、と。お疲れ様です!」
赤城「ありがとう。あら?そのファイル、調べ物かしら?」
五月雨「はい!都市伝説『霧の夜事件』に関して、関連組織の人員の動き等に変わった部分がないか、抽出する任務です!」
赤城「『霧の夜事件』!それなら、2063年、今から三年前の初夏頃のデータを調べたらいいわ。不定期に行われた大規模作戦『深二号作戦』の祝勝会が終わった後に、大きな組織の改編が幾つかあったのよ」
五月雨「あっ、メモしてもいいですか?」
赤城「構わないけれど、手すきというか・・・頭が退屈な感じなの。資料を分けてくれたら、要点をまとめて送り返すわ。どうかしら?」
五月雨「えっ?いいんですか?でも、出撃中の赤城さんにそんな事・・・」
赤城「大丈夫よ。頭がちょっと退屈なの。人助けだと思ってくれたら嬉しいわ」ニコッ
五月雨「わかりました。送りますね!」
―五月雨は関連資料を特殊帯リーダーに読ませて、『にしのじま』に転送した。
―そして数分後。
赤城「できたわ。大体こんなものだと思うわね」
五月雨「えっ?もうできたんですか!?早い!」
赤城「ありがとう。良い頭の運動になったわ。これで、加賀さんとの三時の軽食もより楽しめそうです。転送しておくわね」
五月雨「すごいですね!三日くらいかかると思ったのに!やっぱり一航戦はすごいんですね!」
赤城「いえ、こういうのが得意なのが正規空母の特徴です。みんな忙しいみたいですから、データ抽出系のお仕事があったら、また声をかけて下さいね」ニコッ
五月雨「はい!ありがとうございます!」
―司令船『にしのじま』軽食ラウンジ。
赤城(『開耶姫』榛名を引き入れて、もう『霧の夜事件』の調査ですか。静かで鋭く、素早いですね・・・でも・・・)フゥ
―赤城はため息を漏らすと、砂糖たっぷりのカフェラテを飲みつつ、遠く小笠原と、おそらくマリアナの方角に視線を移した。
赤城「・・・・・・加賀さん・・・」シャラッ
―赤城の胸元から、電探型のペンダントがこぼれた。
加賀「あら、赤城さん、こちらで一息入れていたのね。呼びましたか?」
赤城「あっ!・・・ええ!一緒に一息つきませんか?」
加賀「いいですね。私も同じもので」
赤城「伊良湖ちゃん、カフェラテ追加でお願いします!」
伊良湖「はい、喜んでー!」
―司令船の出撃で、今回は鎮守府に間宮が残り、『にしのじま』には伊良湖が乗船していた。
加賀「赤城さん、あなたはたまに物憂げな表情をしているわね。そんな時、何を考えているのかしら?今もそうだったわ」
赤城「えっ?そうでしたか?そうね・・・優秀な提督は、加賀さんと仲良くなる方が多いと、過去のデータにあるのですが、うちの提督は空母勢にはあまり興味がなさそうです。それがなぜなのかと考えていたんですよ」クスッ
加賀「何を言っているの?そんな事・・・赤城さん、もしかして少し私をからかっていませんか?うちの提督は親し気ですが、そう本心を表に出す方ではないように見えます。ただ、重責をものともしないあの空気は大したものだと思いますが」
赤城「そうですね。人の本心なんて、誰にもわからないものです。どんなに親しくても・・・」
加賀「珍しいわね、赤城さんがそんな事を言うなんて・・・」
―それから二人は沈黙し、明日からの戦いの事などを考えつつ、ぼんやりと海原を眺めていた。ただ、この時のやり取りを、加賀はずっと後になって思い出すことになる。
―再び、堅洲島鎮守府、小学校からの下り坂。
―ドウッ・・・ドウッ・・・
―鎮守府正面の海から砲撃音が聞こえ、目を向けると誰かが訓練をしているようだ。
陽炎「ねえ司令、あそこで訓練してるの、雪風?」
提督「・・・そうみたいだな。あれは何をしているんだ?」
―雪風は岸壁を背にして砲撃をし、海面に着弾すると、着色弾で色のついた着弾地点に行き、そこから岸壁を向いては、また戻って撃つ、という動作を繰り返していた。
陽炎「どういう意味の訓練かしら?」
提督「・・・あれは、目標も何もない状態で、着弾距離を身体で覚えようとしているんじゃないか?」
黒潮「まっさかぁ~」
不知火「雪風なら、わかりませんよ?本当にそうかもしれません」
―一同がしばらく見ていると、次に雪風は、海原の上に立ち、緊急回避からの砲撃や雷撃をこまめに繰り返した。ただ、その間隔に規則性があるようだ。
提督「・・・ちょっと見てくる」
陽炎「あっ、わたしも行くわ!」
―提督は港に下りると、鎮守府用の小さなボートに乗った。船外機のついた方は給油していなかったため、オールで手漕ぎだ。
黒潮「あー、二人乗りかぁ。しゃあない。陽炎が代表で提督とボートに乗ればええんちゃう?」
提督「なぜ艦娘を乗せてボートを漕がにゃならんのだ・・・海の上を移動できるだろう?」
陽炎「いいじゃない。私と二人じゃ不服なの?」トンッ
―言うが早いか、陽炎は提督に続いてボートに乗った。
提督「へいへい。まあ、いい運動だな」ギイッ・・・ギイッ・・・
―提督と陽炎のボートに、雪風はすぐに気付いた。
雪風「あっ!しれぇ、陽炎姉さん、見に来てくれたんですか?」
提督「秘密の特訓てところか。標的や距離標もいずれ届くが、あった方が良いかね?」
雪風「はい!あと、敵のデータが欲しいです!」
提督「敵のデータ?主にどんなものをだ?」
雪風「雪風もそうですが、主砲を撃つと、次の主砲を撃つまでの時間がどうしてもあります!敵のそういう、砲や魚雷の発射間隔が知りたいです!」
提督「なるほど・・・わかった!なるべく早めに、判明しているデータをまとめて渡そう」
陽炎「そんなものを、どうするの?」
提督「んっ?」
雪風「えっ?」
雪風・提督「わからないんですか?」「わからないのか?」
提督「常にそれを把握してて、相手にペースを渡さないって事だろう」
雪風「そうです!体で覚えて、絶対大丈夫な時間を作ります!」
陽炎「え?二人ともそんな事を考えてたの?」
―それは、確実な回避と確実な攻撃の、だいぶ上の話だ。相手の発射間隔を把握して戦いを組み立てるなど、普通は考えない。敵は一体ではないのだから。
陽炎(そっか、歴戦の司令に、天才の雪風・・・やっぱり分かり合えるのね。私は・・・基本を大事に、地道に行こうかな)
―最近の騒動で角が取れた陽炎は、自分のペースを大事に、まず基本を誰よりもしっかり習得しようと考えていた。結果としてそれが、妹たちの大きな支えになって行くのだった。
―ヒトヨンマルマル(14時)過ぎ、堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。
―ガチャッ、バタン
五月雨「提督、赤城さんに手伝ってもらって、調査の要点がほぼまとまりました!・・・あれ?何をしているんですか?わぁ!武器がいっぱい!」
―図書ラウンジで赤城のまとめた要点を精査していた五月雨が、その作業を終えて執務室に来たのだが、提督は執務机の背後の壁に赤のビロードの下地の大きな額縁を固定する作業をしており、執務机とその前の床、応接のテーブルには、大量の刃物や銃火器が並べられていた。
提督「おおすまんサミちゃん、仕事が早いな!今ちょっと取り込み中だから、カウンターんとこにでも座って休んでてくれ」
曙「ちょっとクソ提督!ちゃんと押さえてなさいよ、漣、とっととビス打っちゃって!」
漣「ちょっと待って、身長が足りないんですぞ」プルプル
―提督と曙が大きな額縁を支えており、漣が脚立に乗って額縁を固定しようとしていたが、身長がイマイチ足りないようだ。
五月雨「あっ!私なら届きます!すぐに手伝いますね!」ダッ
提督「おうサンキュ!」
漣(あれ?なんか危険な予感・・・)
―五月雨は提督と執務机の間を通り、漣と交代しようとしていたが・・・。
―コロッ・・・ツルッ・・・ステーン!ガッシャア!
五月雨「えっ?きゃあっ!」
―床に置いてあったドライバーに気付かずに踏んで、派手に転びかけ、勢いで漣の乗った脚立を蹴った形になってしまった。
漣「うわわわわっと!」グラグラ
提督「おおっ?危ない!」パッダッ!
曙「あっ!ちょっと何で手を放すのよクソ提督!・・・ひゃああ!」ヨロッ・・・バダン
提督「おわっ!ちょっ・・・!」ズデッ
―漣を受け止めようとした提督の上に、さらに五月雨が転び、曙と額縁も落ちてきた。
電「はわわわ!大変なのです!司令官さんも皆さんも大丈夫ですか?」
叢雲「ああもう、何をしてるのよ・・・ふふ、滅茶苦茶じゃない!」
提督「いってて・・・みんな、ケガはないか?・・・というか、早くどいてくれ。女の子の下敷きのままじゃあ、しまらなさすぎだ」
五月雨「ああっ!すいません!」
漣「あっ、ご主人様を枕に討ち死にするところだったかも。てへっ、ごめんなさい」
曙「・・・で、どうしてクソ提督の左手があたしの胸を鷲掴みにしているわけ?」
提督「うわっ!すまん。でも鷲掴みって表現は適切じゃあ・・・」パッ
曙「何か言ったかしら?」
提督「いや何も。ただ、やっぱりもう少し食った方が・・・」
―ドスッ
提督「おうふ!・・・お前ねぇ、無防備に寝てる相手のわき腹にボディブローかますってどうなのよ」
曙「ふん!だったらどこかに連れて行ったらいいじゃない!」
漣「おっ、これはデートのお誘いですかな?」
提督「ああ、確かにそうだな。じゃあそのうちな。・・・ところで、そろそろみんなどいてくれ、重いっての!」
―数分後
―五月雨のお陰で絶妙な位置に額縁を固定できた提督は、専用のピンを留めながら、次々と武器を飾り始めた。
提督「いやー、いいねぇ、これぞ男のロマンだよな!」
―提督は手の埃を払うしぐさをしながら、赤いビロードの額縁に飾られた、沢山の武器を眺めてそう言った。
漣(なんだろ?ご主人様、口調もだけどずいぶん強そうな感じに変わって行ってる。素が出てきているのね)
―額縁には、ライフルから拳銃、斧やナイフ、短刀など、様々な武器が飾られている。それを眺める提督の傍に、初風が寄ってきた。
初風「・・・ねえ、ここに飾られている武器って、もしかしてみんな使ったことがあるの?(小声)」
提督「・・・あるよ。今後また必要かもしれないので、取り寄せたってのもあるな」
初風「じゃあもしかして、今回の荷物にあった、『人食い牙』も?」
提督「あれの名前を知っていたのか。・・・そうだよ」
初風「そうなの?わかったわ。でも、飾らないの?」
漣「ん?」
提督「再設計するから、あれはサンプルなのさ。それに、まだちょっと禍々しいしな・・・」
初風「そうなのね。あ、誤解しないでね?ここに来る前に、ハンドレッドとその部下の傭兵さんから、予備知識を少し聞いていたのよ」
提督「なるほど。・・・じゃあ、すごく怖い人を想像したんじゃないか?」ニヤッ
初風「そうね。でも、全然そうじゃなかった。・・・敵にとっては今の提督のほうが、よほど怖いかもしれないけれど」
―ごく短い間に様々な人間を見てきた初風には、表に何の気配も出さない提督の雰囲気が、とても奇異な、しかし好感の持てるものに感じられていた。
―しばらく後、工廠、第三開発室。
夕張「あ、提督、すいませんね!」
提督「いや、こちらこそ。色々頼んですまないな。次第に増えてしまうが」
夕張「いえ!任せて下さいよ!ところで、メールでもらった幾つかの図面についてですが、色々教えてもらってもいいですか?」
―提督はこの時点で、数点の武器や品物の制作と加工を夕張に依頼していた。
夕張「まず、この水平二連のショットガンですが、ソードオフして、シェルホルダーとピカティニーレールを取り付け、でいいですね?」
提督「うん。シェルホルダーは4~6の収まりの良い範囲で頼む」
夕張「かしこまりました。あと、カヌーと、このリヤカー一体型のかまどの材料はいつ入ります?」
提督「明日の昼前には、無人輸送船が着くらしい。荷下ろしの人員はシフトと出撃リストに該当しない子を選んで声を掛けて構わないよ」
夕張「わかりました。あと、この8ゲージのショットガンを分解して組み立てる武器ですが、アームガードの隠し武器ということですよね?」
提督「そうそう。フックショットとショットガンを組み込むって事だな。だからこのアームガードは、ハーネスであちこちと繋がるわけさ」
夕張「なるほどー!それと、この『人食い牙』という武器ですが、全体にある微かなひねりの指示はどういう意味なんですか?」
提督「ああ、それはブーメランみたいに戻って来るって事なんだ。ネイティブなモデルは参考に今日届いたのを見てくれたらいい。鋼材は、1055炭素鋼とCTS-BD1とCTS-XHPの1×2メートル圧延板が、1㎜から12㎜まで、0.5㎜刻みで各三枚ずつ入荷する。ブラックコーティングも頼むよ」
夕張「うわ、提督、鋼材に詳しいですね!」
提督「いや、ポールんとこでずいぶんナイフをデザインしていたからさ。ポールの会社の『サムライ・サバイバル』シリーズの刃物は、ほとんどおれのデザインなんだよ。ここも、艤装に関係ない工作機械が随分入ってるだろう?そういう刃物や銃器を十分に加工する為なんだ」
―ここで夕張は、その意味するところに気付いた。普通、提督はそこまで武装など必要としない。
夕張「提督、もしかして、提督自身にも何か特務が・・・」
提督「バリちゃん、そいつはしばらく気づかなかったふりしててくれないか?いずれ皆にばれる時が来るだろうしさ」ニコッ
夕張「やっぱり、そうなんですね?わかりました。でも、少しだけ教えてください。武器を作る立場ですから、ターゲットを頭に入れておきたいんです。深海に与する人間、なんですか?」
提督「そうだが、そう単純じゃない。肉体を機械や深海化で変質させた異能者たちと交戦する可能性が高いらしい。まだ誰もそんな奴らとは遭遇していないが、だいぶ前から高確率で予測されている事だ」
夕張「異能者?まさか・・・深海側の提督ですか?」
提督「どうにもそうらしいぜ?わかっちゃいたんだ。確かにおれは、深海に対する独自のアプローチはある。が、それ以上に腕前を必要とされたのが真相だろうなと。ほら、艦娘は提督になれる人間には攻撃できないだろう?だから誰かが出るしかないんだよ。これらの武器は、その時の為の準備だな」
夕張「そんな特務・・・大丈夫なんですか?」
提督「どうだろうな?だが、おれ以上の適任が居ないのは理解している。だから納得はしているよ」
夕張「そう・・・なんですか。わかりました。皆に知れ渡るまで、とぼけています。あと、細心の注意で作りますから、提督もご武運を」
提督「ああ、武運だけは売るくらいあるから、心配いらないさ」ニヤッ
―この時から、夕張の仕事はより丁寧に、精度の高いものになって行った。そんな夕張の作る装備が、提督や仲間の数々の危機を救っていく事になる。
―同日午後、ある療養施設。
―美しい環境音楽が流れる通路を、神妙な面持ちで武蔵が歩いていた。窓のないこのフロアでは、窓の代わりに様々な美しい景色が定期的に切り替わるパネルが貼られており、今は南国の砂浜のそれになっている。
―シューン
―『レストルーム』と表示のある、広い部屋の大きな自動ドアが開くと、パネル際の席に座った少女が顔を上げ、遠目でもわかるほどの笑顔になった。少女は手を振っている。
清霜「武蔵さん、こっちこっち!今日も来てくれたのね!」ニコニコ
武蔵「ああ。約束だし、心配だからな」ニコッ
清霜「ホットケーキと、ココアでいい?」
武蔵「ああ、構わんぞ。それにしても、ここもずいぶん寂しくなってしまったな・・・」
―かつては沢山の艦娘がここで休息していた。しかし今はもう、清霜と武蔵だけだ。最後に秋雲が居なくなってから、もうずいぶん経つ。
清霜「武蔵さん、もうじき私も、みんなみたいに、ずっと眠って目覚めなくなるのかな?」
武蔵「どうだろうな?私はそうは思わない。清霜だけはこうして面会も出来てるじゃないか」
ロボット「ご注文の品をお持ちしました」シューン・・・コトッ
―白い滑らかなデザインのロボットが、二人用のココアとホットケーキを持ってきて、テーブルに置く。
清霜「そうだと良いんだけど・・・」
武蔵「清霜、よく食べて、よく眠るんだ。大丈夫だ!きっと良くなるさ」ニコッ
清霜「・・・うん、そうだね!食べるよ」
―気を取り直したのか、清霜はホットケーキを食べ始めた。
清霜「なんかね、ここで武蔵さんと食べるものは、何でもとても美味しいの!病院の食事はどれもとっても美味しくなくて、ほとんど食べられないの」
武蔵「ふっ、そうなのか?なら、もっと来るようにしようか。どうせ私は、出撃など無いしな」
清霜「ほんとう?わあ!嬉しいな!」
―しかし、清霜との面会可能時間は少しずつ短くなっていた。
武蔵「ん?清霜、その左手はどうしたんだ?」
清霜「あっ!昨日、勢いよくドアに挟んでしまって」サッ
―清霜の左手は包帯でぐるぐる巻きになっており、少しだけ血がにじんでいた。
武蔵「そうか、ひどい怪我だな。気を付けてくれよ?」
清霜「うん、すぐに治るから大丈夫!」
―清霜は右手だけでホーットケーキやココアを飲み食いしていたが、その動作はとてもぎこちなかった。片手では無理もないのだろう。
清霜(どうしよう?もう右手もうまく動かないよ・・・くっ・・・)
―清霜は努めて笑顔で武蔵と話そうとしたが、その話題は昔の話ばかりだった。新しい話題はもうずっと、無かったのだ。
武蔵「清霜、無理しなくていい。何だか辛そうだ。大丈夫、明日も午前中には来るさ」
清霜「うん、ごめんなさい、武蔵さん。明日も必ず来てね?」
武蔵「気にするな。お大事にな。必ず来るよ」ニコッ
―清霜は病室に引き上げ、この日の清霜と武蔵の面会時間も短めに終わった。
―少し後、清霜の病室。
―クルクルッ・・・パサッ・・・
清霜「うっ!そんな・・・!」
―清霜の左手は、中ほどから黒く変色しており、感覚のなくなった指の、爪と皮膚の間から、じわじわと血が出ていた。
清霜(大丈夫、きっと良くなるはずだから・・・大丈夫!)グッ
―ポトッ
清霜「うっ!」
―清霜が指を握り締めようとした時、何の痛みもないまま、黒い小指が床に落ちた。ナースコールを押し、壁にずるずると背を預けて座り込んだ。
清霜(怖いよ。本当にみんな眠ったの?こんなふうにして・・・死んでいったんじゃないの?怖いよ・・・武蔵さん・・・)
―清霜は気が遠くなった。
―同じ頃、レストルーム。
―バタバタバタ・・・
武蔵(うん?)
―清霜の事が気になり、まだレストルームにいた武蔵は、ヒューマノイド形態で白衣を着た重巡棲姫が二人走っていくのを見た。
武蔵(まさか、清霜に何かあったのか?)ダッ!
―走ってその後を追うと、二人の重巡棲姫はやはり清霜の病室に入っていった。
白衣の重巡棲姫「ダメダ!カッテニハイルナ!」
武蔵「何を言う!清霜は家族みたいなものだ。どけ!」グイッ
白衣の重巡棲姫「アッ!ナニヲスル!」
武蔵「な・・・!・・・んだ?これは!」
清霜「あっ、武蔵・・・さん、ごめんね、こんなところを見せて・・・」
武蔵「清霜、手を見せてみろ」グイッ
清霜「あっ!武蔵さん、大丈夫、大丈夫・・・だから!」
武蔵「(・・・馬鹿な、これはまさか!)・・・これが・・・これが大丈夫なものか!なぜ黙っていたんだ!重巡棲姫、治療をしっかり頼むぞ?」
白衣の重巡棲姫「ン?・・・マカセテオケ!」
武蔵「清霜、もっとちゃんと食べて寝るんだ。きっと良くなるから大丈夫だ!病院食がダメなら、明日私が食事に付き合おう」
清霜「えっ!?・・・うん、ありがとう、武蔵さん」
武蔵「邪魔をしてしまったな。失礼する。・・・清霜、また明日な!」
清霜(武蔵さん・・・?)
―武蔵は思ったよりあっさりと病室を出て立ち去った。付き合いの長い清霜だけは、そこに何かの違和感を持つ。
―近くの通路。
武蔵(あれは・・・肉体の深海化の拒否反応だ。まさか・・・まさか・・・!)
―武蔵は清霜に起きていることを瞬時に理解した。だから、病室も立ち入り禁止で、面会時間も限られていたのだ。しかし、あそこで激高していたら、全てが台無しになる。握りしめた拳に、血が滲み始めていた。
武蔵(信じたくはない。・・・が、これはもう、裏付けを取らないと、清霜を守れない・・・。間に合ってくれ。そして冷静でいてくれ、私の心よ!)
―武蔵は確信と共にこみあげてくる、激しい怒りと戦いながら、塔の深部へと向かった。約30分ほどかけて、深部の特殊な区画にたどり着く。そこはもう深海の底のように暗い。
―『艦娘保管室』と赤いランプで照らされた部屋に入ると、壁際に沢山の金属製の筒が並んでいた。
武蔵(そう、みんなここで眠り続けているはずだが・・・)
―特殊なガラスの筒の外側は、鋼鉄製のカバーで覆われているが、そのカバーを外せば中は見えるはずだった。しかし、よく見るとカバーは溶接で接着され、開けられなくなっている。
武蔵(馬鹿な!これでは・・・やはりそうなのか?・・・ならば!)
―グッ・・・メキメキメキ・・・ガコン
―準艤装の力を使って、力ずくで金属製のカバーを外した。
武蔵「馬鹿な!」
―ガラスの筒の中は空で、溶液だけが満たされている。武蔵は他の筒も同じく、力づくで開けたが、全て空だった。
武蔵(これも・・・これも!・・・みんな、どこへ行ったのだ?・・・うん?)
―武蔵はここで、カバーが溶接されてない筒を見つけた。
―ガココン
武蔵「うっ!」
―歴戦の武蔵でさえ、こみあげてくる物を止めることが出来なかった。それは、かつて秋雲だった艦娘が、黒く変色し、右半身は駆逐イ級のように黒く膨らんで変形した、おぞましい姿だった。
―コン
―秋雲だったものは、ヒトデのように変形した、黒い左手を筒に当て、絶望に沈んだ左眼が、武蔵の動きを追っていた。
武蔵「秋雲、生きているのか!?」
―秋雲だったものは、ゆっくりと話すように口を開けて、何かを伝えようとしていた。歪んで繋がった駆逐イ級の口も、同じ動きをする。
―コ・ロ・シ・テ
―そう言っていた。
武蔵「そうか・・・そういう事なのだな。全てを理解した。理解したぞ・・・」ゴッ・・・ジャギン・・・ドウッ!
―武蔵は一瞬だけ艤装展開し、居合のような速さで深海化した秋雲を撃ち抜いた。
??「そう・・・出来損ないを片付けたのね」
武蔵(いつの間に?!)クルッ
―背後から静かな声がし、振り向くと、艤装服に黒い薄手のマントを羽織った加賀が立っていた。
加賀「どうしたの?そんなに驚いた顔をして。私は何もとがめないわ。最初の艦娘は自由な存在。そうでしょう?」
武蔵「この事を、提督も把握しているのか?仲間に・・・こんな事を!」
加賀「忙しい方だから、こんな事まで把握しているかは分からないわ。今も、まだ『深淵』から帰ってこないままよ。・・・それと、語弊があるわ。その子は仲間ではないわ」
武蔵「何だと?」
加賀「あなたや私が、こうして最初の艦娘と呼ばれる存在になったのに、この子たちは悩みを抱えたままだった。あれだけの事があったのに、仲間や提督の為の最良の選択ができず、悩み続けた結果、そうなった。そんなもののどこが仲間かしら?」
武蔵「なぜそんな事を言う!・・・ともに戦ってきたのは事実だろう!?」
加賀「違うわ。ともに戦ってきた『だけ』よ。・・・それより、こんなおしゃべりをしている暇はないのではないかしら?あなたのお気に入りの子が思わしくないから、ここへ来たんでしょう?」
武蔵(そうだ。このままでは清霜が・・・!)
加賀「どうせ、あの子はもう持たない。あなたの悩みなら、さっさと白黒着いた方がいいわ。綺麗な海の上で死なせてあげる事ね」
武蔵「邪魔しないという事か?」
加賀「最初の艦娘は自由な存在よ。さっきも言ったわ」
武蔵「だが気は抜かない。赤城のように殺されたくはないからな!」
加賀「なら、私以外の指揮系統が動く前に、さっさと逃げる事ね。あなたを沈めることなど、造作もないわ」
武蔵「くっ!」ダッ
―武蔵と清霜の、決死の逃避行が始まる!
第五十四話、艦
次回予告
深海の要塞から脱出する、武蔵と清霜。加賀と衝突するが、追っ手を差し向ける深海参謀。そして、防御に徹していた武蔵だが、瀕死の清霜との話である決意をする。
早池峰泊地の浜風は、数々の証拠写真から、恐ろしい陰謀をかぎつけるが、大きすぎるそれの扱いに苦慮していた。
小笠原の海域では、防御を固めて反応が悪くなり、父島と母島の連携不足が見え始める。
堅洲島鎮守府では、提督のシンプルな地獄の特訓が始まるが、山城が予想外のトラブルに見舞われてしまう。
そして、得体の知れない何かの気配が現れるのだが・・・。
次回、『武蔵の決意』乞う、ご期待!
清霜『やったぁ!武蔵さんは本当に強いんだから!』
武蔵『・・・清霜、なんか元気じゃないか?』
清霜『あっ、そんな事ないよ!死にそうだよ?』
武蔵『・・・・・・』
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