2019-07-31 17:00:52 更新

概要

夢の結末で黒衣の男と会う榛名。
そして目覚めると、提督の姿は無く、陸奥との話が始まる。

一方提督は、曙と磯波を伴い、深海の巨人と化した男の尋問を行うのだった。

その後、特務案件『波崎』の打ち合わせと、異動してくる艦娘の面接・着任の為に再び総司令部に行く提督たち。

松田提督と会談する提督は、互いに様々な情報を交換する。

そして、ポーラの異動を受け入れたのち、狭霧の異動になるのだが・・・。


前書き

7月8日、一回目の更新。
7月31日、最終更新

だいぶ間が開いてしまいました。ゲーム部分とどう付き合うか色々と悩んでいたのですが、心の整理がやっと着いた感じです。
この話はこの話でちゃんと続けて完結させたいですもんね。
お付き合いいただけたら嬉しいです。


第八十二話 霧の記憶




―2066年1月10日、未明、榛名の夢の世界


―夕日の美しい海岸で、榛名は呆然としていた。膝をついた提督は左肩から右わき腹に見事な袈裟斬りを受け、おびただしく出血していたが、榛名を見上げるその眼は優しく、そして満足げだった。


榛名「本当に・・・本当に・・・・・これで?」サアッ


―これで良かったはずだが、その恐ろしい光景に、榛名の血の気は引き、確信が揺らぎ始めていた。


提督「ああ・・・これでいい。・・・見事な太刀筋だ。・・・こんな美しい・・・太刀筋で、送って・・・もらえるのか・・・ふ・・ごほっ!」


―バチャッ・・・パタパタタッ


―提督は血の塊を吐き出し、ぐらついたが、それでも笑って榛名を見上げようとしていた。榛名は駆け寄って膝をつき、抱きしめるようにその身体を支える。白い着物に提督の血が滲み始めた。


榛名「正しくても、これしか無くても・・・うっ、とても大丈夫だなんて・・・榛名は・・・ううっ!」ポロッ・・・ポタポタッ


―榛名はこの提督に、初めて大丈夫ではないと言った。そして、一度も見せた事のない大粒の涙があふれ、こぼれ、砂にいくつもの染みを作った。


提督「泣くのか・・・戦い・・・は、終わっていない。きっとまた、迎えに」ニコッ


榛名「誰よりも・・・誰よりも強くて・・・厄介な私になって、きっとまた!」


提督「ああ。迎えにいく・・・さ」ガクッ


―提督の命は尽きた。長い長い二人の旅は、これが結末だった。最適の解を出せないまま、星の位置が変わるまで一緒にいた。それは、失敗への後悔と、失われた仲間への懺悔ではなかったか?今、その日々が終わった。


榛名「提督・・・えっ?」


―スウッ


―提督の重みや温もりは幻影のように消え、血の跡も消え、榛名は夕日に染まる砂浜に1人で座っていた。


榛名「何が?えっ?どういう事?」


―榛名は混乱した。束の間、自分の心がふれてしまったのかとさえ考えた。見えなくなっているだけで、提督の屍がそこに変わらず横たわっているはずなのだ、と。


??「慌てなくていい。君の間違ったルートが全て終わり、正しいルートへの鍵がまた一つ解除されただけだ」


榛名「誰っ!?」バッ


―振り向いた榛名の視線の先には、岩場に寄りかかるように立つ、黒衣の男がいた。提督そっくりだが、何かが少しだけ違う。


榛名「あなたは?提督のような、提督でないような。・・・それとも、榛名はとうの昔におかしくなっていたのでしょうか?」


黒衣の男「おかしくなっている者は、自らの異常を認識できないものだ。榛名、長い間お疲れさまだったな。辛い役割だろうに、良く果たした。消えた彼も、良い結末を送ったと思っているよ」


榛名「いえ・・・まず、あなたは何者なんですか?」


黒衣の男「君が送ってやった男の中に眠っていた、君らが待ち望んでいた『提督』の因子さ。君ら艦娘が心より渇望している、君らの主、そして君らを守る者・・・真の敵を倒すのに必要なピース、とでも言えばいいかな?」


榛名「・・・なぜでしょう?笑って立ち上がり、軽蔑と共に斬るべきなのに・・・それくらい荒唐無稽なお話のはずなのに、榛名には、あなたが嘘を言っているように聞こえません。それよりも、何か懐かしいような?」


黒衣の男「それはそうだろうさ」フッ


榛名「その笑み、提督そのものですけれど、提督より陰があるんですね」


黒衣の男「ああ、力に対する代価の関係でな。消えた彼より、はるかに闇を背負って生きていかねばならない宿命のせいさ」


榛名「わかりません」


黒衣の男「それでいい類の話だ。それより話をしよう。君が倒せなかった、君の幻影の話だ。強力なあれを倒さねば、未来は閉ざされたままなのだ」


榛名「あの、もう一人の榛名は倒せませんよ?」


黒衣の男「原生深海棲艦のコアを持つから、だろう?」


榛名「はい。そして、あの生体艤装も。ダキニのコアはもともと・・・」


黒衣の男「『使い』をコアにして反転させるやり口だものな」


榛名「そこまでご存知で、なお倒せると?」


黒衣の男「ああ。だから安心して帰るといい。帰るべきところにな。そして好きなだけ磨き、暴れたらいい。何をしようが迎えに行く」


榛名「強引な方ですね。提督を亡くした艦娘に、もうそんな話をするのですか?」


黒衣の男「おれは死んでないぜ?君も提督を殺してなどいない。送ってやっただけだ。・・・ではまた。再会を楽しみにしているよ」ニコッ


―スウッ・・・サアッ・・・


―黒衣の男は掻き消え、砂を掃くように世界は暗転した。榛名は安らかな闇の中に立っている。


榛名「ここは・・・あっ?」


―遥か彼方の闇の中に、水色の小さな光が見える。榛名はその光に吸い込まれるように近づき、透明なキャニスターの中に眠るもう一人の自分に気付いた。


榛名「これは・・・私?」スッ


―パシッ


―思わず手を伸ばすと、眠っていた榛名は眼を開け、榛名の手を掴んだ。


榛名「あっ!」


水色に光る榛名「ああ、良くここまで練り上げましたね、『私』。あの方が現れたのでしょう?これほどに複雑に拡散した世界を、よくぞここまで!」


―二人の榛名は、同化するように光り、榛名は吸い込まれるように消えた。


水色に光る榛名「ああ、やっと来てくれて、始まるのですね。最後の戦いが・・・。やがて訪れる、近い将来の災いの時に、全てを解放しましょう」ニコ・・・


―水色に光る榛名は、満ち足りたように目を閉じた。



―2066年1月10日、マルキューマルマル(午前九時)過ぎ、堅洲島鎮守府、医務室。


榛名「・・・んっ、朝?あっ?」


―提督は既にいないようだ。


―ジャッ


陸奥「おはよう榛名!提督ならもうここを出たわよ。何だか元気そうだったわ。『榛名はもう大丈夫そうだ』って言っていたわよ」


榛名「あっ、おはようございます、陸奥さん!」


陸奥「何だかとても元気そうね?・・・何かあった?」


榛名「いえ、特に無いです。ただ、提督が少しだけ戦闘ストレス障害の発作を起こされたようですが、もう大丈夫なのですね?」


陸奥「・・・触れてあげたでしょ?」


榛名「あっ・・・はい」


陸奥「でしょうね。いつもより元気そうだもの。いい事だわ」ニコ


―陸奥は屈託なく、それが本当に喜ばしい事だと思っているようだ。しかし、榛名は少しだけわからない。


榛名「あの・・・」


陸奥「なに?」


榛名「扶桑さんや陸奥さん、榛名が提督と親しくなっても、気にされないのですね?」


陸奥「あっ、気にしたほうがいいという事?それとも不自然だった?」


榛名「大抵の鎮守府では、ある程度魅力や力をお持ちの提督は、どうしても取り合いになったり、嫉妬やギスギスした空気が出るものだと思いますから」


陸奥「そんな艦娘は、きっとここにはいられないわ。それに・・・分かるでしょう?自分の心の中の良く無いものが、どこかの闇に吸い込まれていくようなこの感じ」


榛名「あっ!わかります。提督に着任してから、とても強くそんな感じがしていました。もしかして、そのせいなのですか?」


陸奥「ああ、榛名も感じるのね?私ね、ちょっとやらかしたことがあるの」


榛名「やらかした?」


陸奥「着任してすぐの話よ。扶桑と、山城と私と提督と叢雲で、予備泊地にいた頃にずいぶんお酒を飲んだの。その時の話をするわね。・・・私は、提督の事はとても好きなのよ。最初からね。言葉ではうまく言えないけれど、私、心のどこかには自信がない自分がいるのよ。でも、提督はそんな私を無敵の弩級戦艦のような気持ちにさせてくれるの。ただ・・・ふふ、私ね、扶桑と提督ができていると最初は思っていたのよ」


榛名「あの、榛名も少しだけそう感じていました。違うのですか?」


陸奥「何もないみたいよ。でも、当時私はそんな事思ってなかったから、泥酔していた勢いで、素っ裸で提督の仮眠しているベッドにお邪魔したのよね」クスッ


榛名「ええっ!?」


陸奥「本命がいるのなら、それと関係なく仲良くなっちゃうとか、まあ色々よ。でもね、提督はひどくうなされていて、私の酔いが醒めてしまったの」


榛名「戦闘ストレス障害ですね・・・」


陸奥「私ね、甘えたかったんだと思うわ。でも、それじゃダメだって気付いたのよ。苦痛を抱えて提督をしている人も沢山いるわ。次第に自分の事が恥ずかしく感じられたのね。しかも、提督は服を着たまま。警戒を解かない人で、無理に眠るために深酒をしていたのね」


榛名「提督は、以前はあまり眠れなかったと、金剛お姉さまが言っていました」


陸奥「そういう事。だから私も提督がもう少し安らかに眠れたらなあって、いつの間にかそんな事ばかり考えていたわ。迷惑をかけたくないし・・・何より、知らない間に失望されていたら嫌だもの。提督はきっと、何も言わない人よ」


榛名「わかります。提督に知らない間に失望されていたら・・・とても悲しいです」


陸奥「でしょう?それでね、これは推測だけれど、扶桑はたぶん、提督との距離感を良く把握しているんだと思うわ」


榛名「あっ!それは気づかなかったです!」


陸奥「提督はあれで、細かい所によく気が付く人でしょ?たぶん扶桑は、それを見越して、一番良い距離に居ようとしているんだと思うの」


榛名「それはある意味、とっても手ごわいですね・・・」


陸奥「でしょ?でもその一方で、眠る時は金剛を傍に置いている」


榛名「なぜでしょうか?」


陸奥「これは勘だけど・・・そういう「最適解」をぼかしているんじゃないかしら?」


榛名「・・・あの提督なら、そうなのかもしれません。陸奥さん、提督は、私たちをあまり近づけたくはないんでしょうか?そうだとしたら、少し悲しいです」


陸奥「違うわ。きっと何か先を見ているのよ。その場や今だけじゃない、何か先をね」


―陸奥の笑顔は確信に満ちている。それが、榛名の少し悲観的な憶測を消し去ってしまった。


榛名「確かにそうですよね!そんな気持ちに互いになっても、勝てなければ残酷な結末だけですし、深海化の件もありますし」


陸奥「そういう事よ。実際に助けられた私が言うんだから、間違いないわ」


榛名「あっ、そうでしたね!」


―現在は貴重な艦娘だが、それでも代わりはいる。そんな艦娘に命を張る提督は、「愛している」と口で言う提督の中にも、そう多くはない事を、榛名はよく知っていた。



―同じ頃、堅洲島鎮守府、地下営倉。


―深海の醜い巨人と化した男は、地下の営倉に隔離されていた。殺風景な部屋だが空調は良く、清潔なベッドに横たえられ、点滴が打たれてた。


―ガチャ・・・キィッ


―ドアのカギを開ける音がし、あの黒いコートの提督と、銃を持った磯波、秘書艦の腕章をした曙が入ってきた。


提督「容体などは気にしない。口が動くのならできる限り質問に答えてもらうし、答えられないようなら回復を待とう。藤瀬研究員の話では、深海化した提督はこの島にいるのが最上の治療になるらしい。理由については機密との事だが。その点滴は栄養補給用のブドウ糖と、弱めの精神安定剤だ。毒でも、自白剤でもないぞ」ニヤ


巨人だった男「ずいぶん丁寧な対応だな。この通り話せる。何でも聞けばいい」


提督「・・・ふむ、昨日も思ったが、大した落ち着きようだ。軍属かね?」


巨人だった男「軍属か。ふふ・・・どうなのかな?以前は提督だったよ。抹消されているけれどな」


提督「何だと!?」


磯波・曙「ええっ!?」


巨人だった男「もう自分でわかっている。この先に希望などないのはな。しかし許せない事があり、ここまで身を落としても厄介ごとに首を突っ込んでいたんだ。・・・以前は柱島の提督の一人だったよ。大規模侵攻の少し前まで提督をしていたんだが、艦娘が何度も何度も傷つくのに耐えられず、引退を申請していたんだ。・・・しかし、提督というのは、あれはおかしな仕組みだな。なったら最後、必ず一人は艦娘が傍にいることを求められる。普通の生活に戻れなかったんだ」


曙「えっ?」


磯波「聞いたことがあります。提督は一度なったらやめられないって」


巨人だった男「なぜかわかるか?自分の鎮守府の艦娘を全て異動や完全解体処理にしようとしても、最後の一人だけは絶対に解体も異動も不可なんだ。陸にいる限りは不死の存在と言ってもいい。そんなの、知らされていなかったんだ!」


提督「君のその、最後の艦娘は誰で、どうなったんだ?」


巨人だった男「おれの初期艦は五月雨だった。屈託のない良い子だったが、提督をやめたおれの傍にいたのでは、互いに不幸になるだけだと思った。だから総司令部に懇願した。『良い提督の元に何とかして異動させてくれ』とな。そして、一年半前の夏、予備役扱いだった五月雨に出撃命令が下った。異動とセットで出撃だと言う。・・・だが!」


提督「大規模侵攻のタイミングだな」


曙「えっ?」


磯波「・・・」


巨人だった男「ご名答だ。五月雨は帰ってこなかった。あとから分かった事だが、総司令部はそのような艦娘を積極的に最前線に配置していた。時間稼ぎの人柱だな。おれはそんな事、望んじゃいなかったんだ!ただ、普通にどこかで・・・」


提督「見苦しい悔恨はやめろ。どこかでそうなる事を分かっていたはずだ。君はそういう刹那的な男だという気がする。そこそこの能力は有っても、いざとなると自己中心的で踏ん張りの効かないタイプということだ」


曙(えっ?結構きつい事言ってる・・・)


磯波(提督、この事は知っているっぽい・・・)


―最後の艦娘は解体も異動も不可であるという事を、磯波はうわさでは聞いていた。しかし、自分の提督はそれを確実に知っているような気がした。


巨人だった男「申し開きはしない。結局のところホッとしたのも事実だったからな」


曙「あんたねぇ!」


磯波「勝手な人ですね・・・」


提督「曙、怒るな。お前はそうはならんから、そんな話もある、程度で聞いておけ」


巨人だった男「否定はしない。でもな、そう簡単ではなかった。現れるんだ、夜になるたびに、五月雨の気配と、夢が・・・現実が」


提督「どんな?」


巨人だった男「あいつは深海に落ちてなお五月雨のままだった。でも、呼ぶんだ。一言も責めもせず、ただ、提督、と」


提督「・・・己の勉強不足だったな。人間より純粋な存在である彼女たちは、その分、深海の闇に晒されるといわれている。だからこそ我々提督が必要との事だ。彼女たちのように明確に分かれていない存在である人間は、善と悪や光と闇をある程度いなし、時に誤魔化して生きている。それが、艦娘の心の安定には不可欠なのだと。艦娘は精神の錨を我々提督の心に降ろすことで落ち着いていられるのだそうだ」


曙(そういえば、戦艦の姫さんがそんな事を言っていた気がする・・・)


磯波(そうなんですね?私たちの心の錨は、提督の心に・・・)


巨人だった男「自分の過ちも短所も分かっている。しかし、総司令部はその後、おれを引退ではなく不名誉除隊扱いにしたのさ。食うに困るのは簡単だったよ」


提督「それらの扱いは誰が?」


巨人だった男「大規模侵攻後だから、前元帥に見せかけて第二参謀室側の意向だろうよ。同じような提督は何人もいたからな。食い詰めた提督を支援する団体があるが、あれはマッチポンプのようだ」


提督「待て、見えてきたぞ。深海側に人材を供給しているという事か?」


巨人だった男「おそらくはな。おれのように不名誉除隊になった提督には、どっちに就こうがもうどうでもいい話になってくる。生きてさえいければな。実際、支援は手厚い。仕事も断れんし、何より総司令部に一矢報いれるのは大きい」


提督「そこは賛同しかねるが・・・まあ特に何とも思わない。何も考えずに生きている者は往々にしてそのようなものだ。そして逆恨みも多い。理由を履き違えているのだ。有用な情報はそんな所か?」


巨人だった男「我々を支援して、最後にこういう任務に就かせたのは、NPO法人だ。その法人は第二参謀室の高橋とズブズブの関係だ。そして、高橋と言えば上海軍閥の影響を受けずになぜか中国側と取引ができることで有名だ。十分な情報だろう?」


提督「ふむ、悪くないな」


巨人だった男「気をつけろ。奴らの支援を受けて、その後行方知れずになった元提督は多い」


提督「そんな所だろうな。尋問はここまでだ。しかるべき報告書を作ったのち、君は総司令部に引き渡されることになると思う」


巨人だった男「是非も無し」


―こうして、深海側の巨人と化した男の情報収集は終わった。


―地下の廊下。


曙「・・・ねえ、クソ提督、なんかイラついてない?」


提督「イラついてるんじゃないかと相手に聞くときに、普通にクソつけるのはどうなんだ?」


曙「あー、うんそれはまあいいとして、どうなの?」


磯波(すごい!謝ったりしないんだ!)


提督「実際少しイラついてるぜ?昔を思い出して嫌な気持ちになる。・・・あの男はな、そこそこの頭は有るはずなのに、何も考えちゃいないのさ。あんな感じで死ぬ奴は戦場にたくさんいる。あいつは生き残ったろう?あれはな、己の保身第一だから生き延びてこれる。おれが嫌いなタイプのサバイバーさ。たまにいるんだ。そして地味に迷惑をかけつつ生きていくって感じのな」


―磯波はそこに、提督の努力や真剣さを感じた。恵まれた才能や技量など全く意識していないようだ。


磯波「あの、提督はもしもですよ?引退して誰かを連れていくようになったら、とか、考えたりします?」


提督「あーそれな、たまに考えるんだが・・・」


曙・磯波「!」


提督「一人に絞るなんて無理だと思うから、引退とか想像もつかんのよな。案外おれは寂しがり屋なのかもしれん」ニヤ


曙「真面目に聞いて損した!そんなにハーレム状態にしたいの?このクソ提督!」


提督「そこまでは言ってないだろ!曙にちょっかい出して磯波を眺める。そんな選択の余地がなくなるって話をしているんだ」


磯波「ふふ・・・っ!」


曙「いそっち、笑ってないで怒んないとダメだよ!」


磯波「じゃあ提督、一つだけ意地悪な質問をしますね~」


提督「ん?」


磯波「漣ちゃんや曙ちゃんの事は触っても、私の事は眺めるだけなんですか?」ニコニコ


曙「ええっ!?」


―これはかなり踏み込んだ質問だぞ!と曙は思ったが・・・。


提督「そういや、そうだったな・・・」


磯波「えっ?」


―ポン・・・ナデナデ


―提督は磯波の頭に軽く手を載せると、優しくなでた。


提督「いつも精勤ありがとう。有能な磯波さん」


磯波「えっ!?あっ・・・あっ!ありがとうございます!」カアッ


曙(うっわぁ~、なんかいい感じに返されちゃってる、いそっちってば)


―自分たちの未来がどうなるか?も、堅洲島の艦娘たちはあまり気にしていないふしがあった。



同日、ヒトフタサンマル(14時半)過ぎ、横須賀総司令部、ゲート前のハイヤー内


―スーツ姿の松田提督と、敷波は、会談に応じるために、久しぶりの総司令部を来訪していた。


松田提督「総司令部への専用道路・・・久しぶりか・・・」


敷波「そうだね。何だかずいぶん・・・」


松田提督「・・・寂しくなったな。無理もない」


―前日、総司令部のエージェントと会談した松田提督は、話の内容にまだ半信半疑だった。高い提督の適性を持つ人物がまだいた事と、その人物の実績、そして、その人物が自分とコンタクトを取りたいと言ってきている件、全てが信じがたかった。


敷波「あのエージェントのおじさんの話では、相当な提督と鎮守府みたいだけど、総司令部のこの感じだと、信じられないよね・・・」


松田提督「そうだな。だが、我々が損する事は何も・・・いや、無駄に希望を持って落ち込むことは避けたいが・・・むっ?」


敷波「あっ!」


―総司令部のゲート付近の金網はバリケードが張られ、業者が修繕工事を行っている。そして、広い駐車場の一角には、搬入されたばかりのボロボロになったハイエースが置かれ、様々な部署の人間たちが検分していた。


松田提督「昨日夜の報告通りだ。検分しているあいつらは・・・総司令部の解析班に特防、技術部、・・・あの黒服たちは『運営』か?何が起きている?」


敷波「提督、あれ、違うかな?」


松田提督「ん?・・・あれかもしれんな。あれは特務の飛行艇だ」


―敷波の指差す空に、新型の飛行艇が総司令部めがけて飛んできている。小耳に挟んだ噂では、特務は新型飛行艇で移動しているとの事で、あれがそうかもしれなかった。


―30分後、横須賀総司令部、第一会議室。


―モダンで重厚なレンガ仕上げの第一会議室には、対面式にテーブルと椅子が安置されている。松田提督と敷波は、総司令部の係員に案内され、この部屋に入ったところだった。


松田提督「私たちは、こちら側かな?」


係員「いえ、そちら側です」


松田提督「上座側だろう?」


係員「元帥もそのようにおっしゃったそうですが、相手の提督さんが、『我々がものを頼む立場だから』との事で」


敷波「へぇ・・・」


松田提督「軍人らしからぬ柔軟さもある男のようだな」スッ、ガタッ


―松田提督は、これから会う特務の提督に、少し興味が出てきた。


―それから間をおかずに、廊下から比較的大人数の歩いてくる気配が感じられた。


―ガチャ・・・ゾロゾロ


松田提督・敷波「!!」


―最初に入ってきたのは、特務第二十一号の艦娘たちだった。霧島と香取、磯波、敷波、叢雲の五人。そしてその後から、ゆらりと黒いコートの男が入ってくる。


松田提督「く!」


―冬だというのに冷汗がつたう。黒い影のようなその男は、まるでそのまま亡霊のように自分に近づき、心臓を一突きして何事もなく殺してしまいそうな、そんな自然で、しかし絶対的な『死』の気配がした。が、ふと松田提督の脳裏に、あの凄惨な最期の戦いの記憶がよみがえり、それが自分を奮い立たせた。


敷波(堅洲島)(この人が、松田提督・・・)


―失われてしぼんだ、スーツの左腕と、眼帯からはみ出す右目の傷。本来は精悍な雰囲気の人物だと思われたが、心を激しく苛む何かが、この提督に憔悴と影の雰囲気をまとわりつかせている。


敷波(堅洲島)(そして、大湊第四のあたしかぁ・・・)


―松田提督の傍にぴったりと寄り添っている敷波も、隙が無いと同時に、微かな悲壮感が漂っていた。おそらく二人とも地獄を見てきたのだ。


松田提督「・・・あなたが、今回のオファーの?」


―黒いコートの男は、静かな笑みを浮かべた。親し気だが、自分の生殺与奪の権利を握られているような感覚に変わりはない。


提督「まずは提督として、あなたの過去の戦歴に最大の敬意と尊敬を申し上げたい。旧・大湊第四鎮守府司令官、松田祥元提督。そして私は・・・特務第二十一号の提督。士官服を着用していないのは、特別委任であるため、そして名前は、戦時情報法第二十六の二により固く保護されているため、名乗る事は出来ない。非礼はお詫び申し上げるが、なにとぞ事情をご理解いただきたい」


松田提督「今や士官服は、無駄に艦娘を死なせる無能の象徴だ。着ない方が良いくらいだろう」


―松田提督は自嘲気味に笑った。


敷波(大湊第四)「司令官、そんな・・・」


提督「見事な奮戦をしたあなたも士官服を着ていないな、なるほど」


―提督は静かな軽口を返し、ニヤリと笑う。最近のだらしない提督には含まれないと、遠回しに称賛している意味にもなる言い回しだった。


松田提督「いや、まあ・・・(この雰囲気で洒落も返して来る男か。まだこんな男がいたのか・・・)」


―松田提督は少し感心した。エージェントの話が事実なら、目の前のこの男は絶望的な戦況と自分の任務を把握したうえで、こんな軽口を返す余裕があるという事だ。たくさん人を殺せば、人はこのようになるものだろうか?


松田提督「本題に入る前に聞きたい。あなたは自分の任務も戦況も把握しているはずだが、それにもかかわらず委縮した雰囲気はないし、軽口を返す余裕もある。その根拠が何か知りたい」


提督「良い質問だ。疑問に思うのも無理のない一方で、もう少し情報を開示しても良いかと思う。だから説明しよう。私の得意な事は、敵を・・・特に裏切り者を見つけることと、達人を殺すことだ。優れた技量を持つ者ほど、良い獲物となる。なので、この任務は理にかなった人選だと納得している」


松田提督「・・・個人では理解した。では聞くが、もはや大局的な戦闘状況の構築さえ難しいこの現状で、どのようにして強大な深海を打ち破るつもりだ?」


提督「それを活かす。深海も一部の上層部も、おそらく艦娘側の敗北を疑っていないだろう。なので、局地戦でしばらくは奴らの有効な戦力や拠点を攻撃し、次第に深海を漸減させていく考えだよ」


―ここで、松田提督の眼に、一瞬鋭い光が現れた。


松田提督「なるほど。考えは素晴らしいが、そのような事が成し得るかな?いつ大規模侵攻が起きてもおかしくは無いというのに」


―これは自然な疑問で、かつ鋭い質問でもあった。反論の難しい現実を突きつけられたようなもので、堅洲島の艦娘たちにも気になっている事だった。しかし、提督は即答した。


提督「おそらく大規模侵攻はしばらく起きない」


艦娘たち「えっ!!」


松田提督「!なぜだ?なぜそう言い切れる?」


提督「むしろなぜ、前回の大規模侵攻で奴らはケリをつけなかったのか?または、その後から現在までずっと。技術力も高く人員も兵力も艦娘側より遥かに優勢なのに、今この瞬間も攻めてこないのはなぜか?・・・そうできない、そうしたくない何かがあるからではないのか?」


松田提督「ほう、それは何だと思う?」


提督「そこまでは分からない。しかし、現時点で侵攻してこない時点で、何かよほどの理由があると推しはかるべきだろう。執着心が強いはずの深海棲艦がこの戦況を放置してこちらに時間を与えているのは、不自然と言うほかはない。そして、現状は大規模侵攻直後から何も変わってはいない。つまり、現状のままではしばらく一切の変化がない可能性が高い。ロケット発射基地の奪還を行う戦力さえ殲滅させることのできる戦力があるのに、沈黙しているという事だ。この不自然の理由も解明する必要はあるがね」


松田提督「・・・・・・」


―松田提督は片手を握って机の上に置いた。これが、深く考える時の癖であることを、付き合いの長い敷波は知っている。


松田提督「・・・正直なところ、おれは消せない怒りと疑念がある。かつて、大規模侵攻で我々の鎮守府は壮絶な敢闘の上にほぼ全滅に近い被害を受け、事実上の解散となったが、我々の防衛線のそう遠くない後方で、大規模侵攻は終息した。そこで止まるなら、なぜ我々の戦線の前で止まらなかったのかと、運命を呪っているよ。それだけ不可解だったのだ」


提督「やはり不可解かね。ふむ・・・私の妄想だけではなく、やはり違和感が残っているのか」


―ここで、二人の提督はしばし沈黙した。


提督「これについては、より情報や意見を求めさせてもらうかもしれない。では、本題に入らせていただこう。我々はもうすぐ、波崎の鎮守府に潜入して、そこの提督を有責で罷免すると同時に、着任している鹿島を我が鎮守府に着任させたいと考えている。・・・が、波崎の提督は知っての通り、総防省に強力なコネを持つ政治家の息子だ。なので決定的な証拠を集めるのと、鹿島に危害が及ばないように、私自身も潜入しようと考えている。それで」


松田提督「おれと、うちの敷波に成りすます、と?」


提督「そういう事だ」


松田提督「それは別に構わんよ」


提督「協力、感謝する」


松田提督「しかし、具体的に何をすると?む?」


―ガチャッ


―ここで、会議室のドアが開き、総司令部の大淀が出てきた。


大淀「話はついたようですね。機密技術を用いますが、ほぼ完璧ななりすましが可能なのです。この後、技術部でデータを取らせてください。40分程度で終わりますし、何かすることがあるわけでもないですから」


松田提督「諒解した」


提督「では、お手数をかけるがよろしく頼む」


―こうして、波崎鎮守府での案件がまた一つ進んだ。



―20分後。同じく会議室。


―松田提督たちが立ち去った後も、堅洲島の提督と艦娘たちは引き続き会議室にいた。何人かの異動してくる艦娘との面接の為だ。


提督「では、始めようか。磯波」


磯波「一人目の方、どうぞ!」


―ガチャ


提督「本当に海外の子だ!」


ポーラ「どうも~ポーラですぅ!柱島の~えーと、何番目だっけ?そこにはポーラが二人いて、すごく練度の高いポーラとこのポーラとがいました。でも、好きなだけお酒を呑めたのはと~っても感謝しています。何だか大変な任務の鎮守府みたいですがぁ~、お酒があれば基本何とかなるんでやっていきますね~。えへへ~」


―カタッ


―磯波は、ここで提督のボールペンが手から転がったのを見た。無理もないなぁ、と思っていた。


提督「おっと、ああすまない。意地悪な質問になってしまうが、おれも君もそう遠くない将来、全滅してあの世行きの可能性があるぞ?」


ポーラ「そんなのどこだっておんなじですよぅ。それに~、提督さ~ん、あなたが一番そんな風にならないって思ってるように見えま~す。ポーラはこれでも柱島に居たので、た~くさんの提督さんを見てきたから~、強い人はわかるんですよ~」


提督「う~ん、なかなかやるなぁ。どうしてなかなか・・・」


ポーラ「でも~、できればいつでも~楽しいお酒が飲めるような毎日にしたいですね~」


提督「ああ。同感だ!よろしく頼むよ。支度をして、発着所に」


磯波「えーと、では次の方、どうぞ!」


―ガチャッ


―この時、少しだけ緊張が走った。第二参謀室からの直接推薦の艦娘だったためだ。


狭霧「あの・・・綾波型六番艦の狭霧と申します。第二参謀室?からの推薦とかで。分からない事ばかりなのですが、何をすべきかは理解しているつもりです。よろしくお願いいたします」ペコリ


磯波(とてもかわいい人だけど・・・なんだろう?何か・・・?)


提督(何か陰を感じるな・・・?)


狭霧「あの、何か?」


提督「君は第二参謀室からの推薦との事だが、以前の所属を言う事は出来るかね?」


狭霧「はい。以前は大湊第四鎮守府に所属していました。第二艦隊、第八シフトの所属です。大規模侵攻で轟沈したと思ったのですが、大破着底状態だったそうで、運良くサルベージ処理を受けることができたようです」


提督「ん?」


磯波「えっ?」


狭霧「どうかしましたか?」


提督「先ほどまで、大湊第四の松田提督と会談していたところだよ」


狭霧「ええっ!?松田提督が?あの、天霧の事はご存じないでしょうか?天霧の事を!提督や皆は無事なんですか!?教えてください!みんなは!」


―この狭霧の様子は、落ち着いている事の多い艦娘にしては違和感の強いものだった。未着任状態だったから、というには、何か不安を感じさせる取り乱しぶりに見えたのだ。


叢雲「落ち着いて!司令官が説明するわ!」


提督「落ち着け!私が君の提督になる予定だが、そんな取り乱しぶりではこちらも不安になってしまうぞ?」


狭霧「あっ!すいません!天霧や皆の事を思ったら、冷静さを失ってしまいました」


磯波(艦娘がこんなに取り乱すかなぁ?未着任と言っても練度も低くなさそうだし・・・うーん?)


叢雲「松田提督を呼んできた方がいいかしら?」


提督「ああ。そろそろ向こうの作業が終わる頃合いだ。頼む」


叢雲「わかったわ」


―叢雲は素早く会議室を出た。が、出てすぐに松田提督と敷波がこちらに向かっているのを見つけた。


叢雲「松田提督、以前そちらに所属していた狭霧さんをご存知ですか?第二艦隊第八シフト所属との事なんですが」


松田提督「第二艦隊第八シフトだと?なぜそれを?確かに狭霧は着任していたし、その任務も間違いはないが・・・」


叢雲「それが、今、第二参謀室からの異動とかで面接中なのよ。天霧の事やみんなの事で取り乱し気味で」


松田提督「そんなバカな!どういう事だ?」


―失った脚の事を忘れて飛び出しそうになった松田提督を、敷波が慌てて支える。


敷波(大湊第四)「慌てないで、司令官!」ガッ


松田提督「ああ、すまん。しかしだな」


敷波(大湊第四)「とにかく行って見ようよ!」


―意外に早い松田提督と敷波に、叢雲もついていく。


松田提督「失礼する!」


―ガチャッ


狭霧「あっ!」


松田提督・敷波「あっ!」


提督「・・・・・・」


―提督は各自の反応を注意深く見守っていた。


敷波(大湊第四)「何で?どういうことなの?」


松田提督「これは・・・なぜだ?どういう事なんだ?」


狭霧「ご無事だったんですね!松田提督!敷波ちゃん!・・・提督!そんなお姿になって!あの時の怪我ですか?」


松田提督「いや、まあそうだが・・・なぜだ?君は轟沈して、鎮守府の記録からも消えたはずでは?どうやって?偽物か?いや・・・」


提督「何だと?」


狭霧「大破着底だったと言われましたが・・・あの、皆さん?」


―ここで狭霧は、再会を喜ぶというより、ある種の恐怖や疑念が自分に向けられていると気付いた。


狭霧「私は、私です。・・・あの、天霧は無事なんですか?」


敷波(大湊第四)「私たち、大湊第四鎮守府は壊滅的な損害を出して解散になりました。私以外の生き残った艦娘はそれぞれ異動になりましたが、現在の所属先は権限がないため分かりません。天霧さんは無事で、移動しましたよ。当時は大破して大変だったけど」


狭霧「ああ!天霧は無事だったんですね!・・・良かった!本当に良かった!」


松田提督「・・・本当に、あの狭霧なのか?」


―提督から見ても、狭霧の天霧に対する反応は心からの心配で、どこにも嘘が無いように見えた。だがそれだけに、状況の不気味さに拍車がかかる。


松田提督「だが解せない。誰も帰ってこなかったし、実際に着任が切れてロストしていたはずだ。なのにここに居る。あの海域は激戦地で、あとから回収すること自体無理なはずだぞ」


―決定的な告白で、重苦しい沈黙が流れた。この雰囲気に狭霧が気付く。


狭霧「・・・じゃあ、まるで私、一度沈んで戻って来たみたいじゃないですか!再会より、みんなの私を見る眼はまるで・・・まさか私、本当に沈んで・・・じゃあ、まさか・・・!」


―何かを一生懸命思い出そうとしていた狭霧の眼に、一瞬、暗い深海の赤い光がよぎった。けたたましく総司令部の警報が鳴り始める。


警報「緊急警報!緊急警報!総司令部付近に深海棲艦の反応あり!」


狭霧「えっ!深海棲艦の反応?まさか私?違う!私、誰かを傷つけたいなんて思ってない!誰も・・・誰も・・・」オォォォォオオオオォォォォ


松田提督「何という事だ!誰がこんな事を?」


霧島「司令、艤装展開の許可を!これは!」


―会議室も総司令部も、物々しい雰囲気に変わりつつあった。



―一方、第二参謀室。


神尾参謀室長「何だ?おい、この警報はどういうことだ?」


高雄(第二参謀室)「総司令部内で明確なD波が感知されたようです。現在、特定にあたっている模様です」


神尾参謀室長「何だと?(まさかあの狭霧ではあるまいな?)」


―もしもそうなら、面倒な事になりかねない。神尾参謀室長は、この男には珍しい慌ただしさで状況の確認を始めた。



―再び、会議室。


狭霧「教えてください。私は、沈んでしまったんですか?心のどこかで、私・・・」


提督「・・・落ち着け。もしそうだったとして、君は沈んだり、かつての仲間に攻撃されたいか?」


狭霧「いえ・・・でも・・・私は・・・」


提督「しっかりしろ!!」


狭霧「あっ・・・はい!」オォォ・・・・ォォ・・・・ン


松田提督(なんだ?)


霧島(えっ?今、深海の気配が弱まったような?)


提督「とりあえず、今の君は艦娘で、大湊第四に所属していた。それは間違いない事だな?」


狭霧「はい!間違いありません!」


提督「深海化疑惑を向けられて暴走し、訳の分からないまま死にたくは無いよな?」


狭霧「はい!」


提督「では、まず着任してくれ。話はそれからだ」


提督以外の全員「えっ!?」


叢雲「ちょっと、大丈夫なの?」


提督「わからんが、大丈夫な気がする。狭霧、君はどう思う?」


―この時、みな提督が何を考えているのかわからなかった。叢雲も例外ではない。


狭霧「えっ?私ですか?」


提督「そうだ」


狭霧「・・・大丈夫です。着任させてください」


提督「では、ここでとっとと着任してしまおう。これを」スッ


狭霧「はい」ヒタッ


―ピッ


機械音声「綾波型六番艦、駆逐艦、狭霧、特務第二十一号鎮守府に異動、着任しました」


―オォォォォオオオォォォ・・・・・スッ


―この時、狭霧から暗いもやが立ち上り、一部が提督に吸い込まれるように消えた。


狭霧「あれっ?あっ!なんだか心が苦しくないです。・・・ううん、とてもいい気持ちです。提督、よろしくお願いいたします。私、大丈夫みたいです」


松田提督(深海の気配が消えた?・・・不思議な力だ)


霧島(これは・・・!噂に聞いたことがあります。とても高い適性をお持ちの方は、艦娘の深海化さえ防げると。ただ、そのような方は深海棲艦の提督も務められるので、危険でもあると。司令はそんな方なのでしょうか?)


叢雲(そっか、ほっとけなかったのね・・・)


―叢雲は提督が何を考えているかわかった。時々、想像もつかない優しさを見せることがある。それはとても分かりづらいのだが、叢雲にはわかった。提督は、狭霧が混乱したまま深海化して撃滅されるのは忍びない、と判断したのだ。



―一方、元帥執務室。


古田元帥「大淀君、状況はどうかね?」


大淀「出どころは会議室のようです。が、深海化反応は完全に消えてしまいましたね」


古田元帥「ふむ、堅洲島の提督に、狭霧は撃滅されたように見せかけると良かろう、と伝えてくれたまえ。警報は解除。深海化艦娘は撃滅されたことにするのだ」


大淀「諒解いたしました!」


古田元帥「ふむ、彼らの歯車が狂い始めているな・・・」


―元帥は立ち上がり、窓の外を眺めつつつぶやいた。



―第二参謀室。


高雄(第二参謀室)「報告いたします。会議室にて異動手続き待ちの狭霧が深海化し、暴走。直ちに撃滅されたとの事です」


神尾参謀室長「何だと!?なぜ深海化した?深海化を励起するようなものは何もないはずだが?詳細を調べ上げてまとめ、報告せよ」


高雄(第二参謀室)「諒解いたしました!」


―狭霧を深海化させるには、一定の時間を経るか、何か特殊な方法で深海化の因子を活性化させるしかない。人知れず轟沈した艦娘の場合は、自己の存在に疑問を持つことが因子になりやすい。しかし、そのような条件が成り立つとは思えなかった。


神尾参謀室長「なぜだ?何が起きた?」


―神尾参謀室長は、折しもこの日、かつての狭霧の提督とその仲間が総司令部に来た事を把握していなかった。


神尾参謀室長「いずれにせよ、面倒な事になるな。しかし、撃滅されたのは不幸中の幸いと言うべきか・・・あれに気付かれたら言い逃れができん。当初の予定は潰えるが、仕方なし」


―神尾参謀室長は、壁に幾つか並べられた深海魚の水槽を見ながら独りごちた。


―見えないところで、元帥と第二参謀室の駆け引きが起きていた。



―さらに30分ほど後、会議室。


大淀「できました。特殊帯認識瞞着(チート)システムです。見る者の認識に干渉し、提督さんを松田提督に誤認させます」


―提督は大淀から、腕時計型の端末を受け取った。


大淀「このシステムは便利ですが、提督の適性を強く持ち、周囲の現実に及ぼす影響力、ニレイン効果の高い方でないと意味がありません。人を選ぶシステムなのです。特務第二十一号の提督さんは、使用条件を満たしていたのでこの方法が使えます」


提督「どれどれ?」パチッ


松田提督「うわっ!」


敷波(大湊第四)「司令官そっくりじゃん!」


叢雲「何も変わらないわね?」


敷波「変わったように見えないけど・・・」


大淀「あっ、着任している艦娘には変わったように見えませんよ?それ以外の方にはちゃんと、松田提督が二人いるように見えているはずです」


松田提督「何という技術だ。こんな事もできるのか・・・!」


提督「ふむ、本人がここまで驚いているなら問題なさそうだな。叢雲、もう一人の異動予定者はやはり間に合わなさそうかね?」


大淀「あ、先ほど連絡がありましたが、到着は明日の午前になるようです」


提督「ふむ、では引き上げるとするか。松田提督と敷波、協力に感謝する。この件での報酬は総司令部経由で支払わせてもらうので」


松田提督「いやいい。いかなる報酬ももらう資格などない。あるとするなら復讐を遂げてからだ」


―提督の言葉を打ち消すように、松田提督は話を遮った。


提督「・・・なるほど。ではそういう場を整えよう。場を整えるのはあとになるが、先に報酬は払わせてもらう。それでよろしいな?」


松田提督「どういうことだ?おれは事実上引退になったし、色々と辞退したのだぞ?」


提督「当時の第二参謀室側の判断が気に入らなかったからだろう?今回の狭霧も第二参謀室が何か考えていたようだ。私はとりあえず、第二参謀室は味方ではないと思っているのでね」


松田提督「しかし、どうやって?」


提督「どうせもうじき、幾つか鎮守府の提督の椅子が空席になるはずさ。その時に推す」


松田提督「何をするつもりなんだ?」


提督「別に。自分の仕事をするだけだ」


―何か考えがあり、大きく物事が動こうとしている、という事らしい。


松田提督「わかった。本当に上層部が信用できて、かつての我が艦娘たちの仇を取れるなら、是非もない」


提督「諒解した」


―こうして、堅洲島鎮守府はこの日、ポーラと、何か秘密のありそうな狭霧を新たに加え、しばらく放っておかれていた研究員も伴い、堅洲島に帰還した。



―堅洲島鎮守府、水上機発着所。


ポーラ「うわ~リゾートホテルを改装したんですかね~!お酒がとっても美味しそうな鎮守府ですね」


狭霧「ここが、私の新しい鎮守府・・・」


藤瀬研究員「堅洲島もこんなに雪が積もってるなんて、深海側が気象兵器も持っているなんて噂も信じざるを得なくなっちゃうなぁ。それにしても、艦娘の増えるペースが普通じゃないですね」


提督「むしろまだまだ足りないですよ。課題も山積だ」


―エントランスの方から、漣が駆け寄って来る。


漣「お帰りなさーい!ご主人様!狭霧姉を連れてきたんでしょ?・・・あっ!狭霧姉だー!」


狭霧「えっ!」


漣「うわーい!なんだかとっても嬉しいですぞ!」


―しかし、漣は途中で立ち止まった。漣の脳裏に何かが蘇る。


―夢の中の漣「気を付けて、いずれ危険な艦娘が現れるから・・・」


漣「っとっと!」


―漣はおどけたように足を止めた。


漣(何だろう?何かが・・・?)


―漣には、狭霧が何か暗く冷たい影のように感じられた。


狭霧「こんにちは」ニコ・・・


―可憐な笑顔に悪意も何もない。しかし、漣の中の何かが警告を発している気がした。


―チラ


―漣は、磯波と叢雲を見やる。案の定、二人とも何か意味ありげな表情をしていた。


漣(あっ、これは何かあった時の顔ですわ・・・。二人がこんな顔をするという事は、ご主人様が何か判断したのね・・・)


提督「ただいま漣。何か聞きたい事があったら、あとで聞いてくれればいい。とりあえず、新たな仲間の部屋と歓迎の準備を頼むよ」


漣「諒解しましたー!ほいさっさー!(そっか、教えてくれるのね!)」


―漣は屈託なく仕事に戻った。


―しかし、この日の夜は大変な騒ぎになる事を、まだ誰も知らない。



第八十二話 艦



次回予告



鹿島救出計画「波崎」を詰める堅洲島鎮守府と、強い眠気に襲われて、早めに休む狭霧。


しかし、狭霧は夢の中でもう一人の自分と、謎の深海棲艦と出会う。


一方、歓迎会という名目でポーラと呑み始めた戦艦、空母勢だが、ひょんなことから飲み比べになり、深夜の堅洲島は大混乱に陥るのだった。



次回『酒は呑んでも呑まれるな!』乞う、ご期待!




山城『あああ・・・ついに次回は大変なことになってしまうわ!』


扶桑『どうしたの山城?』


山城『あっ、何でもありません。何でもありませんよ?』


金剛『どうしよう、榛名が、榛名があんなことになるなんて!』


加賀『赤城さん、あなたって人は・・・!』


提督『ん?みんなまだ起きていたのか?どうしたんだ?』


提督以外の全員『何でもないです!!』


提督『んー?』


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1: SS好きの名無しさん 2019-07-09 05:00:26 ID: S:OVN7hp

『最後の一人だけは絶対に解体も異動も不可』
ゲームのシステムをこういう形で絡めてくるかぁ
作者さんの作品を拝見する度に良く考えられた設定だなぁと感服するばかりです

2: 堅洲 2019-07-13 11:58:06 ID: S:DdWBZP

1さん、ありがとうございます!

なるべく公式の色々な設定を巧妙に生かしたいなぁと考えているので、それはとても嬉しい感想です。
今後もそんなシーンはしばしば出てくるので、ニヤリとしていただけたら嬉しいです。

3: SS好きの名無しさん 2019-08-01 04:26:49 ID: S:U1ZsHG

やばいよやばいよザルのポーラが着任しちまったよ!
酒呑み艦娘数あれど、ポーラだけは別格だ!
おれの鎮守府みたいに堅洲島中の酒という酒が工業用アルコールも含めて一夜にして呑み尽されされっぞ!!

4: ㈱提督製造所 2019-10-14 19:00:01 ID: S:Az1A-t

「鎮守府にポーラさんが来たのDeath …
あの時はまだ、あんな事になるなんて誰も思わなかったのDeath…」
電の日記にそう書かれちゃう日も遠くないな…www


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