「地図に無い島」の鎮守府 第四十五話 そんなつもりじゃない
秘書艦に任命される電の反応と、山のような書類の話。
言い伝えとマッチしてか、地元の人の受けが大いに良いが、それに困惑する巫女姿の山城。
そして、眠りに落ちた特務第十九号の親潮の回想、鈴谷との関わり。そして受難。
特務第七の鷹島提督と、他のメンバーとの出会い。
※少しですが性的な描写があります。
やっと電ちゃんが秘書艦になりました。
また、山城が色々と困惑しています。堅洲島の扶桑姉さまは、提督と楽しく話せる大人の女性ですし、鎮守府にとっても姉さま的な立ち位置です。が、その部分が山城には複雑なようです。
各地を転々としてきた親潮のこれまでが語られていきます。意外な事に鈴谷と仲が良かったようですが、ショートランド泊地も鈴谷も、今はどうなっているのでしょうか?
参謀と大淀の話、特に参謀が親潮に語る現在の概要はとても重要です。ただ、「灰」というキーワードはどこかで出てきましたね。
また、特務第七の鷹島提督が今回活躍します。佐世保第二の提督とのやり取りは、さすが特務の提督と言ったところです。
作中の太平洋の泊地は、位置関係や距離等把握して書いています。さて、そうなると、現在太平洋を漂流しているあの子たちは、どんなルートを通るのでしょうか?
[第四十五話 そんなつもりじゃない ]
―2066年一月一日、ヒトサンマルマル(13時)過ぎ、堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。
―応接に電と如月、漣がおり、昼食から戻ってくるはずの提督を待っていた。
―ガチャッ
提督「お疲れ様。早いな。眠いだろう?」
電「いえ、大丈夫なのです。司令官、あけましておめでとうなのです!」
提督「あけましておめでとう。今年もよろしく!ところで・・・」
電「はい。呼び出しのご用件は何ですか?」
提督「この執務室の惨状を見てくれ・・・」
電「ものすごい量の書類の山なのです・・・」
―年明けとともに堅洲島鎮守府は、司令レベルの上昇に合わせてその権限が大幅に増し、それに伴って転送されてきた書類は、トラック一台山積みでも追いつかないほどだった。この為、執務室ラウンジが全体的に白っぽく見えるほど、所狭しと書類が重ねられている。
提督「それで、だ、秘書艦を増員しないと、とてもじゃないが追いつかない。再度募集は掛けるが、その前に、手伝ってくれないかなとお願いしようと思ったんだ」
電「・・・え?電を、秘書艦に、ですか?誰かに言われたんですか?」
提督「いや?まったく。ただ、初期秘書艦で君が着任している鎮守府も多い事だし、おそらく適性がある、という事なのだろうから、頼めないかなと」
―提督を見つめる電の眼がまん丸になり、次に少し潤んだ。
提督「・・・あれっ、ごめん嫌だった?」
電「あっ!そんな事無いのです!びっくりしたのと、嬉しいのです!」
提督「おお、それなら良かった!でも、この通り書類は逃げない。十分に休息してから、無理しないでみんなで片付けてくれ。おれもやるけどな」
電「はいなのです!」
提督「最初はさ、書類の量が多くて笑ってて・・・」フッ
如月「そのうち、みんな真顔で無言になっちゃって・・・」ニコッ
漣「一周して笑うしかなくなったの。今ここね」ニヤッ
電「はわわわ・・・。あの、単純な作業の部分は、私たち六駆で手分けしてもいいですか?」
提督「もちろん構わんよ。これらの書類を全部リーダーに読ますだけでも何日かかる事やら・・・」
電「はいなのです!任せて下さいね、司令官!」ニコッ
―こうして、山のような書類に対応するために、電と、そのサポートで六駆も執務室に出入りすることになった。
―時間は少し戻り、マルキューマルマル(午前九時)ごろ。堅洲島大伽羅神社。
参拝客A「うーん、ここも立派に復旧して、しかも艦娘さんたち、みんなきれいじゃなぁ!」
参拝客B「大から様も喜んどるじゃろうなぁ。今の常任の巫女さんもそうじゃが、あんたみたいな黒髪の綺麗な人が巫女をやると、島に良いことがあると言われとるんじゃ」
参拝客C「そうじゃそうじゃ。しかも、島の外から来た人だと一番じゃ言うてな、今年はいい年になるぞい!のう、婆さんや」
参拝客D「懐かしいですねぇ。ここに巫女のアルバイトで来たら、あなたに出会ったんですよねぇ」
山城「は、はぁ・・・それなら良かったです」ニコ・・・
―山城は少しひきつった笑みを浮かべていた。
―山城、時雨、五十鈴、満潮の四人は、もうじき交代の時間だ。が、小さな島なので既に初詣のピークは過ぎているようだ。
五十鈴「何か山城さん、すっごい受けが良くない?来る人来る人、みんな山城さんに話しかけてるんだけど・・・」
時雨「当然だよ。山城は綺麗だからね」ドヤァ
五十鈴「そういう話じゃなくて、何か地域の言い伝えとマッチしているみたいで、凄く受けがいいって話をしているのよ」
満潮「でも、こんなにありがたがられてる山城を見るのは、私、嬉しいな」
山城「私がこんな大事な神社の新年の巫女なんかやってて、良いのかしら・・・不幸だわ・・・」
五十鈴「いいんじゃないの?提督もいいところがあるわね。きっと色々考えて山城さんにしたのね」
山城「だったら姉さまで良かったじゃない。姉さまの方が綺麗だし・・・」
時雨「扶桑は扶桑、山城は山城だよ。提督だって、山城の事を大事にしてるじゃないか。よそから来た僕にはよくわかるよ?」
山城「そんな事、ぜっっっったいにあ・り・ま・せ・ん!!姉さまは提督とどこか妙に通じ合っているっぽい所があるし、着任だって姉さまの方がだいぶ早かったんだから!」
時雨「そ・・・そうかい?(この前と言ってることが違う!みんなの前だからだね?)」
満潮(意地っ張りなんだから・・・)ニコッ
五十鈴(素直じゃないわねぇ・・・)フッ
山城(え?何かしら、この空気。私、みんなに察されてる?・・・不幸だわ)
―この任務は、『山城は不幸が溜まるが、山城が居る事で幸せな気持ちになる人々がいる』という、巧妙に組み立てられた状況だ。この綺麗な完結具合が、心の中まで知られているようで気に入らない。
―山城以外のメンバーは、この任務が山城にとって何となく良い事で、提督が良く考えて用意した任務にしか見えていなかった。実際、そうなのだが、山城はなぜかそう思えない。
山城(私をそんな風に理解していいのは、姉さまだけよ!姉さまだけなんだから!)
―横須賀で提督が扶桑にアドバイスした服を見て以来、山城はなぜか提督に気を許せなくなっていた。感謝の気持ちも、大切にしてくれているという実感もあるのに、なぜか変に素直になれない。そして、その理由がわからなくて、さらにイライラが募っていた。
山城(私、どうしてこんな気持ちになっているのかしら?大切にされているのは分かっているのに・・・変ね・・・嫌な女だわ)
―山城は自分が時雨に話した、提督についての所感を、こんな時だけはきれいさっぱり忘れていた。
―同日午後、呉、特務第十九号鎮守府・新型駆逐機実証工廠、親潮の私室。
―元旦な上、異動を控えていた親潮には、既にほとんど任務は無い。提督の食事を片付けて、部屋に戻っていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
―約二年前、舞鶴第二鎮守府、執務室。
―やや難しい顔をした提督と、その横には秘書艦の大和。そして、向かい合うように親潮が立っている。
親潮「この親潮が異動ですか?」
舞鶴第二の提督「異動と言うか、栄転と言うべきか・・・。ショートランド泊地と、アイアンボトムサウンドの話、噂くらいは聞いているかね?」
親潮「はい、非常に強力な姫が居るとも、打ち破ったとも、時にこちらが負けたとも・・・」
舞鶴第二の提督「・・・ああ、かけてくれたまえ。私もその程度の話しか聞いていなかったんだよ。しかし、今回の話と合わせて、実際の所の概要が分かった」
親潮「失礼いたします」ストッ
舞鶴第二の提督「うむ。今回、この話、特に指名があったわけでも、強制でもない。全国の鎮守府や泊地に、上層部が均一に、一定以上の練度の艦娘の協力を求めているのだ」
親潮「はい。司令はなぜ、このお話を私に?」
舞鶴第二の提督「君は優秀だし、他の艦娘とのしがらみや繋がりもそう無い。・・・いや、砕けた言い方をすると、この異動の条件は『ケッコン無しで最も高練度の艦娘』という事だったんだ。これの意図するところは、説明は無かったし、意味も分からないのだがね。なあ大和」
大和「そうですね。未ケッコンの提督のもとに着任することになる、という意味なのかもしれませんけれど・・・」
―大和の左の薬指には、指輪が光っている。
親潮(ああ、またこれですか・・・)
―これでもう、何度目の異動だろう?仕事は評価されても、いま一つ根無し草のようになっているこの感覚が、まとわりついて離れない。
親潮「・・・理解しました。異動のお話、了承いたします」
―それから三か月後、ソロモン諸島、ショートランド泊地。執務室前広場。
長門「全員、よくここに集ってくれた!今日この場にいる者と戦える事、この長門、深甚に思う。既に聞いているだろうが、アイアンボトムサウンドの『魔物』は、何度倒しても一定期間で復活する。放置すれば、まるで見えざる苗床のように深海の奴らが湧き、これまでも予想外の反撃で壊滅的な被害を受けた事があった。この為、全国よりえりすぐられた私たちが、ここで『魔物』を抑え続け、根絶のための方策を探り続ける事となる。果てしなく、終わりのない戦いかもしれない。だが、必要であればこの世の終わりまで、我々は奴らを叩き続ける!ともがらよ、ともに行こう!果てしない戦いの海へ!」
艦娘たち「おおーっ!!」
??「あーちょっと待って!」
親潮(えっ?)
―手を挙げた艦娘は、緑色の髪をしていた。
長門「鈴谷か、どうした?」
鈴谷「提督は誰なの?何でいないわけ?」
長門「防諜の観点から、提督は姿を見せられない。しかし、我々は昨日の時点で着任しているだろう?本土から見守ってくださっているのだ。ここでの戦局が決定的に優位に立てば、こちらにも来て下さるだろう」
鈴谷「はぁ?どこの誰かくらいは教えてもらえるんでしょ?」
長門「いや、それも防諜の観点から秘匿されて「ふざけないで!」」
鈴谷「鈴谷、お払い箱みたいにここに異動させられたんだよ?提督の顔も分からないまま、戦って死んで行けって事?」
長門「それは・・・」
―ざわ・・・ざわ・・・
―少し前とはうって変わって、艦娘たちの間に不穏な空気が広がりかけた。
親潮「長門秘書艦は司令をご存知なのでしょうから、何も問題はありません。防諜の観点からすれば、これは有意義な対策だと思いますし、そもそも私たちは兵器です。重要な戦地での任務を与えられたことを誇るべきです。たとえ移動がお払い箱めいたものだったとしても、実績で鼻を明かしてやれば良い事です」
鈴谷「あー、そういう優等生みたいなこと言ってるけど、要するにそれ、思考停止じゃん?そうやって戦って、人形みたいに沈んでいきたいわけ?」フッ
親潮「鈴谷さんは沈む前提で話しているんですか?それなら、任務を降りられた方が良いですよ?」ニコッ
鈴谷「ふーん、駆逐のくせに言うじゃーん!鈴谷の力を舐めてるでしょ?」ニヤッ
親潮「演習なら、いつでも受けて立ちます。しかし、今はそんな場ではないと思いますが」
長門「落ち着け。どちらの言う事も一理ある。そして、そういう幅広い視点こそ、真の勝利には不可欠だと考える。鈴谷、説明が足りなくてすまなかったな。私は提督を知っている。だからここにいられるのだ」
鈴谷「言い過ぎたのは鈴谷も謝るけどさ。・・・いいよ。任務はしっかりやるよ」
親潮「出過ぎた事をいたしました」
長門「構わん。互いに背中を預かることもあるんだ。陸では時にぶつかるくらいでも良いだろう?」
―さらに二か月後、アイアンボトムサウンド近郊海域。夕方。
―親潮と鈴谷は主力艦隊との戦闘を終え、辛勝し、殿を務めつつ帰投していた。ボロボロの鈴谷に肩を貸して、ゆっくり航行している。
鈴谷「なんかごめんね、あの時突っかかったのに、あれからずいぶん助けられたね。ちゃんと謝ろうと思ったら、沈まないで済んだよ。てへっ」
親潮「いいんです。本当は私も、あの時腹が立っていたんです。筋の通った理屈に隠して、怒りを誰かにぶつけていたのかもしれません」
鈴谷「へぇーびっくり!鈴谷に合わせてるとかそんなんじゃなく?何で怒ってたの?」
親潮「ここでもう、六回目の異動です。練度が高くても、硬すぎるとかまじめすぎるとかで、司令と一定以上に良い関係にはなれないのか、いつもケッコンや秘書艦から一歩離れた位置にしか置かれません。・・・ただ、いつ沈むかもわからないのに、恋やケッコンにはまり込む艦娘や司令も理解できないので、やっぱり硬いのだろうな、とは思っているのですが・・・」
鈴谷「ほうほう、そんな面白い話をこの鈴谷さんにするんだね!これは聞くしかないっしょ!」キラキラ
親潮「面白い?そうなんですか?(なんかキラキラしてませんか?)」
鈴谷「あれだねー、親潮ちゃん、君の悩みはきっと鈴谷とおんなじ悩みだよ!」
親潮「同じですか?でも、百戦錬磨で、数えきれないほどの司令を落として、そのせいでここに飛ばされたという鈴谷さんが、私と同じ悩みだとは、とても・・・」
鈴谷「・・・はいちょっと待って!そのとんでもないビッチ設定は誰からかなー?」
親潮「はい、北上さんからですが・・・(ビッチってなんでしょうか?)」
鈴谷「あのエース雷巡、また適当な事ばかりみんなに言って!とっちめてやりたいけど強いからなぁ。いやー、道理でみんなからちょっと距離を置かれてる気がしてた意味が分かったよ。・・・あのね、鈴谷はそんなことしてないからね?」
親潮「・・・はぁ。北上さんが言っているほどではない、という事ですね?わかりました」
鈴谷「違うから!鈴谷、ここにいるって事はケッコンしてないって事だし、そもそも誰ともそんな事になってないから!まず、鈴谷が経験豊富っていう前提から離れて、親潮ちゃん!」
親潮「・・・鈴谷さん、いくら硬いといっても、そこまで私をからかってはいけませんよ?」
鈴谷「ええー・・・?・・・そんな・・・そんなに鈴谷って軽く見えんの?・・・ひどいよ・・・」グスッ
親潮「えっ?本当の話なんですか?」
鈴谷「だからさっきからそう言ってるし!まだ処女なのにみんなひどいよ!」
親潮「えっ・・・いつものあの、経験豊富そうな言動は・・・?」
鈴谷「ああもう!そこ突っ込まないで!そういう事だからっ!」
親潮「ふふ・・・だったらあんな言動を取る事ないじゃないですか。そうですか。実際は、私と同じように練度一、ですか」
鈴谷「・・・じゅ、十くらいはあるからね?」
親潮「・・・練度十とは、どれくらいなのですか?」
鈴谷「・・・提督と・・・親しく話すくらい?(小声)」
親潮「・・・それなら私も、練度十くらいはありそうですね・・・」
鈴谷「うう・・・大破しちゃうとダメだなぁ。口が軽くなっちゃうよ」
親潮「私は嬉しいです。あまり、こうして誰かと話す事なんて無かったですから」
鈴谷「こう毎日連戦じゃあねぇ。まあ、姫を倒したから、少しは落ち着くんじゃん?」
親潮「そうですね。・・・ところで、私と鈴谷さんの悩みが同じというのは?」
鈴谷「そうそう、その話をしないとねー!要はさ、理想の提督にまだ出会ってないって事じゃん?」
親潮「理想の司令、ですか・・・」
―そういう視点で考えた事は無かった。
鈴谷「鈴谷もさー、ここに来る前、あちこち渡ってきたんだよね。古参の艦娘とよく揉めちゃってさー。でも、その分色んな提督を見てきたんだけど、なんかしっくりこないんだよね。鈴谷の事を避けるか、すごく軽い女って見るか、そのどっちかでさぁ。ちゃんと見て欲しいって思うんだよね。あと、もう少し上手に構ってほしいというか・・・」
―ここで親潮は、言動がやや軽いのも良くないのでは?と少し思ったが、言うほどでもない気もしていた。実際には、その方が相手の本当の姿が早く分かるような気もしたからだ。
親潮「鈴谷さんは、どんな司令なら良いと思うのですか?」
鈴谷「うーん、鈴谷はねぇ、まず最初に避けないで、怖がらないで、軽く見ないで欲しいかな」
親潮「そうですよね。進展も何もなくなってしまいますしね」
鈴谷「でしょー?その上で、・・・そうだなぁ、大人っぽいところと、子供っぽいところを併せ持っていたり、鈴谷のちょっとした気持ちの変化とかに気付いてくれたら最高かなって」
親潮「なかなか高レベルな要求のような気もしますね。・・・見た目的なものは無いんですか?」
鈴谷「あー、そういうのは無いよ。見た目が良い提督に限って、結構嫌な思いをしたからねー。大事なのは気持ちよ、気持ち!鈴谷の事をちゃんと見て、大切にしてくれたら、それでいいんだもん」
親潮「何だか意外ですね!」
鈴谷「そうかなぁ?・・・で、親潮ちゃんはどうなのよ?」
親潮「私ですか?そうですね、あまり考えた事は無かったのですが・・・」
―ここで親潮は、驚くほどそんな事を考えてこなかった自分に気付いた。
親潮「すいません、全然考えた事もありませんでした!」
鈴谷「ダメじゃん!いーい?愛の反対は無関心なんだよ?無・関・心!大事な事だから二度言ったからね?今までの提督に対しても全然関心が無かったって事なら、そりゃー相手からも関心を持ってもらえるわけないよー!」
親潮「・・・もしかして、今までの事って私にも理由があったのでしょうか?」
鈴谷「なんか、知らない間にフラグ折ってたかもねー」
親潮「難しいものですね」
鈴谷「ま、じっくりでいいんじゃん?」
―この日を境に、任務で一緒になる事の多かった鈴谷と親潮は、良く話すようになっていった。タイプが全く違うのが、良くかみ合っていたのかもしれない。
―そして、約四か月後、八月。大規模侵攻二日目の夜・・・。
―ショートランド泊地、執務室。
長門「親潮、鈴谷、息の合っているお前たち二人にしか頼めない任務がある。受けてくれるか?」
鈴谷「なーに?」
親潮「なんでしょうか?」
長門「現在の状況は把握しているな?・・・昨日夕方より、太平洋の泊地が次々と音信不通になっているし、硫黄島も小笠原も連絡が取れない。それどころか、なぜか本土とも特殊帯通信が不可能な状態だ。幸い、先日もアイアンボトムサウンドの姫を倒して、海域は小康状態だが、状況は確認しなくてはならない。二人の組み合わせが、現状、ここから割ける戦力の限界なのだ。グアム経由で南西諸島から本土に向かい、状況の確認と、通信の復旧、補給の確認をお願いしたいのだが、いけるか?」
鈴谷「冗談でしょ?鈴谷と親潮ちゃんに、死ねって事?」
親潮「長門提督代理、航路の安全は保障されていますか?現状で、とても生還できる任務とは思えませんが」
長門「時間が経てば、そうなるな。・・・いや、言い方が悪かった。経歴の点から、現時点で二人にしか頼めないのだ」ガタッ
―長門は立ち上がると、執務室のドアを開け、外を確認し、次に窓ガラスを、その次に窓の外を見た。
長門「結論から言おうか。今の私は、自分と、君たち二人しか信用できない。我々の着任は、昨日の未明に解除されており、我々はフリーだ。提督が居ない状態にされている。そして、経歴を明確にたどれるのは君ら二人と私だけのようだ。私の記憶が本物ならな・・・」
鈴谷「・・・は?」
親潮「すいません、おっしゃっている意味がわかりませんが・・・」
長門「今、我々以外の全員を非常事態という事で、泊地周囲の警戒に出撃させている。盗聴機材は確認できず、我々以外は全員海の上、という状態で、やっと話せる事なのだ。そして、我々以外のここの艦娘はみんな、古参にもかかわらず、一年以上前の所属が抹消されている」
鈴谷「え?抹消って?」
長門「全員、ここに来る前は総司令部所属とされている。どこの鎮守府や泊地、海域に所属していたか、データが無い。正直、私は恐ろしいよ。分からない事ばかりで。君らだって信用していいかどうか、本当は分からない。ただ、まともな反応を返してくれて、ホッとしているところだ」
親潮「何かの都合でそういう事もあるでしょう。ここまで戦ってきた仲間を、私は疑えません。お言葉ですが、提督代理の言葉とも思えませんが」
長門「全くその通りだ。では、これを聞いてもらおう」
―長門は立ち上がると、緊急秘匿通信の通信記録を再生した。
通信記録『こちら・・・硫黄島第二・・・艦娘たちの反乱が起きた。反乱ではない、深海化だ。何が・・・ゴオォォォォ』
―その後は大きな騒音で聞き取れない。
親潮「深海化と聞こえましたが」
長門「これもある」
通信記録『こちらパルミラ環礁、観測泊地。全域の泊地・鎮守府に連絡。海域の変色を確認。変色は拡大中。駆逐艦たちによる連絡艦隊を編成するも、曙以外帰還せず。曙は大破状態で帰還。条件は不明だが、艦娘が深海化し、攻撃を受けた模様。何かが起きている。まずいぞ』
鈴谷「えっ?私たち、深海化するの?どういう事?」
長門「わからん。わからんが、昨夜から異常事態が起きているようだ。ここも・・・そして私も、仲間たちも、どうなるかわからない。今のところは問題ないようだが・・・」
親潮「・・・行きましょう。悩んでいる時間はありません。それが最良の選択だと思います」
―正直なところ、親潮はもう何も考えたくなかった。死ぬかもしれない事も、深海化の事も。今夜が人生最後の夜かもしれないが、案外こんなものなのかもしれない。任務に集中したほうが楽だった。
鈴谷「えっ?ちょっと!思考停止は良くないって!投げ槍は駄目だよ。・・・長門さん、グアムまでの航路の敵との遭遇率はどんな感じ?」
長門「今から出れば、明日の夜中には着けるだろう。そして、その少し後くらいまでは、敵も到達しない見積もりだ。現時点でこの航路はクリアなはずだが、時間とともに状況は分からなくなる。もちろん、ここにとどまり、事態を共に見つめ続けてもいい」
親潮「長門提督代理はどうなさるおつもりですか?」
長門「ここを任されているし、引き続き守ろうとは思っている。また、全員が戻ったら、過去の経歴について聞き取りを行う予定だ。これにより、何かが決定的に変わってしまう事があるかもしれないが・・・」
鈴谷「だから、うちらに話せるのは今しかないって事かー・・・」
親潮「何となくですが、今、太平洋全域で起きている事と、ここで起きている事には、周到な準備を感じます。長門提督代理の仰る通り、即興で対応しなければ、ここも何らかの思惑通りにされてしまう可能性が高いですね・・・」
長門「それは、私と同じ考えだな。以前から、我々は実はすでに負けている、という、意味不明の噂があったが、こういう事だったのかもしれないな」
鈴谷「鈴谷は行くよ!なんかヤバい気がするから」
親潮「私も行きます。直ちに支度を整えて、出ます!」
長門「すまんな、二人とも。それぞれ、単独の状況が発生したり、予想外の攻撃があったら、こちらを開封してくれ。幸運を祈る。頼んだぞ!」
―二人は長門から小さな防水筒を渡された。
―数時間後、未明。ソロモン諸島~グアム間航路。
鈴谷「いやーな夜だよね。蒸し暑いし暗いし。でも、敵の気配は無いし、今のところは順調かな」
親潮「そうですね。そろそろ、進行方向に航路標識も見えてきてもいい頃です。グアム泊地も何も起きていなければいいのですが・・・」
―微妙な沈黙が流れた。
鈴谷「・・・あのさー親潮ちゃん、鈴谷達って、深海化したりするのかな?」
親潮「しないと思います」キッパリ
鈴谷「え?何で断言?」
親潮「何か条件を満たす必要があると思うのですが、私の中にはそんな記憶も経験も無いですから。何と言うか、そんな、何かに囚われるような気持ちも無いですし。ついでに言うなら、私たちのショートランド泊地も、無事な気がします」
鈴谷「ほうほう、何か考えがあるのかね?」
親潮「少し前に、私と鈴谷さんと、翔鶴さんたちとで、硫黄島まで長距離航海と演習をして、交流したことがあったじゃないですか?」
鈴谷「あったねぇ。あそこの雰囲気は、鈴谷ちょっと苦手だったなぁ」
親潮「私もです。そして、何となくですが、あの独特な弛緩した空気が、悪く作用しているような気がしています」
―硫黄島の第一から第五までの泊地は、全て内地の精鋭の鎮守府が出張していたが、そこの艦娘たちはほとんどが高練度かつケッコン済みで、実際に提督と関係している艦娘ばかりだった。その独特な空気の事を言っている。
鈴谷「鈴谷、ああいうのは憧れないよ。ちょっとセクシーめな服を着た艦娘が、提督とベタベタしてるんだよね」
親潮「ここしばらく快進撃が続いていましたが、太平洋の泊地で、本当に歴戦の戦歴をお持ちなのは、パルミラ環礁の提督さんくらいだと思います。後は皆さん、妙に快進撃が・・・まさか、そこまで仕組まれている、という事は無いですよね?」
鈴谷「そういえば、調子に乗ってる感じの提督は多かったかもだねぇ~。鈴谷みたいな感じで生きてると、そういうの、よくわかるよ」
―親潮には、何かショートランド泊地と、音信不通になった他の泊地に、決定的な違いがあることを感じていたが、それが何なのかがしっくりこない。
―ピー
―親潮の時計のアラームが鳴った。
親潮「そろそろ航路標識が見えるはずですが・・・。フレアを撃ちますね」
―親潮はホルスターから信号銃を抜くと、進行方向に向けて撃った。
―シュボッ・・・カッ
鈴谷「あっ!」
親潮「鈴谷さん、まずいです!」
―半キロほど沖合に航路標識があったが、爆破され、煙が上がっている。
―ドーン!
鈴谷「あうっ!」バシャッ
―鈴谷の足元に水柱が上がり、鈴谷が吹き飛ばされた。
親潮「魚雷?回避行動を!」ジャッ
―親潮は素早く爆雷を指の間で掴み、引き抜いた。
親潮「そこっ!」ポイッ
―チャポン・・・
??「フフフ・・・ハズレ。ハヤメニキタカイガアッタワァ・・・。キテクレタノネェ、エモノタチガァ!」ザバァ
―やや離れた海面が不気味に盛り上がり、クジラのような生体艤装を伴った、白い姫が現れた。
鈴谷「ちくしょう、潜水棲姫か・・・くっ!」グググ・・・ヨロッ
―鈴谷は何とか立ち上がったが、足元がおぼつかないようだ。
鈴谷「このー・・・!」ジャキッ
潜水棲姫「オット・・・モグルワ。フフ・・・ナブリゴロシニシテ・・・」
―ドガァン
潜水棲姫「ギャアアア!イタァイ!ナニスルノヨ!」
親潮「・・・やった!いける!もう一発行きます!」ヒュン
―親潮は大きく振りかぶって、なかなか良いフォームで爆雷を投げつけた。
―バンッ!
潜水棲姫「イタァイ!ユルサナイカラッ!」ゴホゴボ
鈴谷「ナイスアシスト!やるじゃーん!」
親潮「ふふふ、あまり機嫌のよくない時に潜水艦ですか・・・狩ります!」ユラァ
鈴谷(あれ?ちょっと怖い?)
親潮「先ほどあの場所に居ませんでしたから・・・今はここにいて、これを躱そうとし、そこでこれに当たるはずです・・・」ポイッ、ポイッ、ポイッ
―ポチャン・・・ポチャン・・・ポチャン・・・ドンッ!・・・ギャアアアァァァ!
親潮「感ありです。当たりましたね」
鈴谷「えーと、詰め将棋的な何かかな?」
親潮「そんなところです。これをやると爆雷の消費が早いですが、姫相手ですし、そんな事を言ってられませんから!・・・そこっ!」ポイッ
―ドンッ
潜水棲姫「ハヤク・・・キスギタワァ・・・」
―海中から光の柱が昇ったが、すぐにそれは霧散して消えてしまった。
親潮「ああ、姫クラスを倒しても、艦娘が実体化しないで消えましたね。やっぱり、私たちは未着任の状態にされています・・・」
鈴谷「たまには自由な気持ちがしていいかもだよ。それよりもさぁ、早く来たって事を言ってたよね?」
親潮「やっぱり、深海側は何か状況を把握し、制御してこの状況を作り出していますね。・・・急ぎましょう!」
鈴谷「急ぎたいんだけどさ、ごめん、足をちょっとやられちゃって・・・」
―鈴谷の左足の艤装は吹き飛ばされ、右足の艤装もひしゃげてしまっている。
親潮「防水筒を開けましょうか・・・」ギュッ・・・ポンッ
鈴谷「これって・・・」
機密文書『二人に困難な任務を頼んですまない。負傷や伏兵等で任務の達成困難な場合等は、進路を変更し、ポンペイ島へ向かってくれ。古い遺跡のそばに、初期の深海との戦闘で焼けた護衛艦が遺棄されている。ポンペイ島の遺跡、ナンマドールは、なぜか深海棲艦が近寄らないため、護衛艦は秘匿された基地として機能しているのだ。この情報は、信頼のおける艦娘たちしか知らない。武運を祈る。以下に航路図と座標、特殊帯機器の番号を記載する』
―ここからなら、そう時間のかからない場所だ。グアムに向かう残り行程の半分ほどだろうか。
親潮「・・・二手に別れましょう。鈴谷さんはポンペイ島の遺跡へ向かってください」
鈴谷「えっ?マジで言ってるの?」
親潮「それしかないと思います。二人でグアムは難しい状況です。かと言って二人でポンペイ島に行っても・・・」
鈴谷「何にもならないよね・・・そうだね。うん、悩んでる時間は無いし、二手に別れようか・・・」
―最悪の場合は、どちらも孤独に死ぬ選択だった。
親潮「ここから先は一人の航海です。鈴谷さん、ご武運をお祈りします。さよならは言いませんよ?また必ず会いましょう!」ニコッ
鈴谷「大丈夫、親潮ちゃんこそ元気でね。鈴谷はしぶといから沈まないよー!・・・処女のままで沈みたくないし」ボソッ
親潮「まったく・・・なんて事を言うんですか。ふふっ、でも大丈夫そうですね」
鈴谷「あったり前じゃーん!・・・じゃあ、鈴谷行くね」
親潮「はい・・・」
―しかし、少し距離が開いたところで、鈴谷の声が聞こえた。
鈴谷「親潮ちゃん、きっとあたしたち、心の深いところは似てると思うんだ。いつか、良い男な提督のところに着任して、取り合えたら楽しいね!」
親潮「望むところです!そうなったら、負けませんからね!」
―これが、親潮が見た、ショートランドの鈴谷の最後の姿だった。
―それからの日々は混迷をきわめた。グアムにたどり着いたが、既に大混乱で、逃げてきた阿武隈たちと共に南西諸島から本土へ。そして、激しい消耗戦の末、溢れた暗黒の海は静まった。太平洋の泊地は全て、全滅したことにされ、大規模侵攻の夜の詳細から、『艦娘の深海化』の部分は消去され、秘匿されていた大規模戦力の襲撃のみだったことにされた。
―おそらく上層部は真相を知っていたのだろう。泊地から撤退して、大規模侵攻を生き残った艦娘たちは、事情聴取の上、みんな閑職に追いやられ、海から遠ざけられたりした。
―二か月後、横須賀総司令部、聴取室。
親潮「そんな!じゃあ、見殺しにしろという事ですか!?」
総司令部の大淀「いえ、そうは言っておりません。もう本土を守るのが精いっぱいで、現状の戦力バランスでは、最寄りの小笠原の泊地の調査さえ難しい状況です。艦娘も、提督も、我々は失いすぎました」
親潮「では、どうしろとおっしゃるのですか?」
総司令部の大淀「それは、私たちが聞きたいくらいです・・・」
親潮「そんな・・・」
参謀「大淀君、私から話しても?」
大淀「どうぞ」
参謀「まず、我々はすでに負けている。空は失われ、通信網も失われていた。そして、最初期の優れた提督は・・・希少な人材は、すでに失われて久しい。その後、適性をある程度無視してでも提督と鎮守府、艦娘の数をそろえ、何とか太平洋の制海権を握り返したかに見えたが・・・すべては筋書きだったようだ。そして我々はほぼ全てを失った。現在はこの状態にある」
親潮「どういう事なのですか?」
参謀「この問題の答えは、実はすでに君が一部、導き出している。・・・君はとても有能だが、心から仕えたいと思う提督には出会ったことが無い。違うかね?」
親潮「それは・・・もしかして・・・そういう、事なのですか?本来は適性の無い方が提督をしていたと?」
参謀「理解が早くて助かる。提督になれる人間は本来、そう多くは無い。そして、なれる人間の中から、より攻撃型の提督になれる人間はさらに少ないだろう。そういう人材は、もうほとんど失われて久しいのだ。今まで君は、戦艦や空母の艦娘と仲の良い提督をどれくらい見たかね?」
親潮「仲の良い、とは?大和型や金剛型、空母とケッコンされている提督はそこそこおられるようですが・・・」
参謀「かつて私が見た、最も優れた攻撃型の提督は、とても良い男だった。大和や武蔵、金剛型の戦艦たちに剣や武術の稽古をつけ、ともに飲食し、時に一緒に眠りながら、誰ともケッコンせず、それでいて、固い結束が成り立っていた。ほどほどにスキンシップもあったようだしな」
大淀「あの方のそばには、いつも誰かいましたねぇ。加賀さんと最も親密だったようですが」
参謀「君はずいぶん苦労したものな。・・・話を戻そうか。既に全盛期は終わり、我々は戦況としては、燃え尽きた灰の世界を歩いているに等しい。今こうして、ここで話していられるのも、深海側が攻めてこないから、それだけだ」
親潮「そんな・・・。もう、このまま負けていくんですか?」
参謀「このままなら、おそらくは。気をつけたまえ。各泊地は全滅したことになっている。下手に情報を出すことは、我々でさえ禁じられている。守れなかった場合は『プロセス』の対象にさえなりかねん」
親潮「長門さんや鈴谷さん、ショートランドの仲間を見捨てさせたうえに、口止めで脅迫ですか」ギリッ
参謀「方法は三つ。一つは、諦める事。一つは、君の話を聞いてくれる提督を見つける事。そしてもう一つは、・・・待つことだ」
親潮「待つ?何をですか?」
参謀「高い適性の提督の着任をだ。そのために今、特務鎮守府を再編している」
親潮「・・・考えてみます。もう、下がってもよろしいでしょうか?」
参謀「構わん。君の異動先は、希望を常に考慮する。君の活躍に対する、ささやかな評価だと思ってほしい」
親潮「・・・ありがとうございます」
―その後は、異動しては真面目に任務に臨み、異動先の提督となるべく話すようにした。が、太平洋の泊地の話になると、どの提督も親潮をあからさまに避けるようになった。判で押したように、その繰り返しになってしまった。
―大規模侵攻から、既に一年の経過した、ある夜。佐世保第二鎮守府、執務室。
親潮「司令、本当に、私の話を聞いてくださるのですか?」
提督「噂は聞いている。ショートランド泊地に取り残された仲間を救ってほしいという話で、あちこちの提督を困らせているそうだな」フッ
親潮「困らせている?いえ・・・そんなつもりは・・・」
―ガチャリ
―提督は執務室の内鍵をかけた。
親潮「司令、何を?」
提督「・・・この話は機密中の機密だろう?救出に成功したとして、ショートランド泊地に残っている艦娘は、最大限で何名ほどいるのだ?」
親潮「長門さんを筆頭に、四十名ほどです。五航戦の二人や、夕雲型などで構成されていました」
提督「・・・悪くないな。長門は既に長い事、誰も着任できていない。それに、五航戦の翔鶴と瑞鶴か。夕雲型も貴重だ。・・・いいだろう」
親潮「司令、まさか・・・救出の作戦を?」
提督「さすがに、すぐにとは行かないが、おいおいな。・・・で、君はそんな司令に何を返してくれるのかな?」
―何の事を言っているのか、親潮にはわからなかった。
親潮「え?司令、それはどういう意味ですか?」
提督「ふー・・・聞きしに勝るな」スタッ
―提督は席を立つと、カーテンを閉め、灯りを消した。デスクライトの光だけで、執務室は薄暗くなる。そして、やや乱暴に椅子に腰を下ろした。
提督「そういうのはいい。言わなくてはわからんか?・・・脱げ。まず、スカートを下ろせ」
親潮「!・・・それは・・・どういう意味ですか?」
提督「鎮守府の命運を左右するような作戦を視野に運営していく重大な決定に、君は何も差し出さないというのか?」
親潮「いえ、司令は既に阿賀野さんとケッコンされていますよね?それに、こういう・・・男女の関係になるような経過も、話も、関りも、特に私とはなかったと思いますが・・・」
提督「・・・で?この新鋭の佐世保第二を担う私では、不足だという事かな?君の希望を叶えるし、君は私の艦娘だと思うのだが。・・・まあ、気位が高くて従えないというなら、それでいい。更迭になるような告発でも何でも、したまえ。すでに君は一般の鎮守府では噂になっているからな。今までの手は通じんよ」フッ
親潮「・・・そんなつもりじゃ、ありません!」
提督「いいから脱げ!萎えさせるな!・・・仲間を助けたいのだろう?」ダンッ
親潮「わかり・・・ました・・・」スッ・・・パサッ
―スカートが下に落ち、黒い下着があらわになった。
提督「ほう・・・黒か。まあ、お前のような真面目ぶった女なんて、大抵はこんなものだ。そういう気なら、最初からもったいをつけるな。まったく」チッ
親潮「・・・そんな・・・つもりじゃ・・・。・・・司令、これでよろしいですか?」ジワッ
―提督に手を出されかけて、高揚したり喜ぶ艦娘もいる中で、恐怖と不信感しか湧き上がってこない自分に、親潮は愕然としていた。
親潮(私は、この人とそうなりたいと思えない。私は、この人を司令と思えない。なんてこと・・・)
提督「・・・こちらに来て、壁に手を付け。もうそういう遊びは良いからさ」
親潮「無理なお話をしたのはお詫びします。この通りです。いつもの司令に戻ってください!」バッ!
提督「お前、おれの事をからかってんのか?何とかしてやるから、おれの女になれって言ってるんだ!こっちに来て壁に手を付けって言って・・・」
―ダンダンダン!ダンダンダン!
提督「誰だ?何用だ?」
??「すいません、最近着任して来た清掃員ですが、緊急のお知らせがあるんです。とても大きなゴミの片付けに関しまして」
提督「そんなもの、好きにしろ!今取り込み中だ!提督の忙しさが、お前ら一般職にわかるのか?」
??「わかりました。好きにします。・・・あ、ドアから離れてねー」
―ドバキィ、メキッ!
提督「なんだあっ!?」
―執務室のドアに消火用の斧が叩き込まれ、空いた穴から突っ込まれた手が内鍵を開けると、何者かが乱暴にドアを蹴り開けた。
―バーン!
―勢いよく入ってきたのは、消火斧を肩に担ぎ、左手に見た事のない銃を手にした、白いジャケットの優男だった。
男「あぁ、動くな。動いたらお前の単装砲、こいつで蓮コラみたいになるぜ?」チャッ
提督「きっ、貴様、最近派遣されてきた清掃員の・・・!」
―しかし、清掃員らしい男は何も答えず、銃を提督に向けたまま、つかつかと窓に向かって歩き、カーテンをブチブチとむしりとった。
男「親潮ちゃんって言ったっけ?ほらよ、こいつを腰の周りに巻いて、スカート履いちまいな」ポイッ
提督「貴様、上層部の犬か!」カラッ、バッ
―バンッ!ガシャッ
提督「ぐあっ!」
―提督は机から拳銃を取り出したが、その銃は散弾で弾き飛ばされ、提督の右手はボロボロになった。手袋や手首はすぐに血に染まり始めた。
男「犬?てめえはおれが、ゴールデンレトリバーにでも見えてんのか?動くなっつったぜ?ああ、それ以上はマジで動くなよ?こいつのショットシェルの粒が太い血管に入って心臓に行ったら、お前死ぬからな?あー・・・なんだっけ、そうそう、おれは特務第七鎮守府、清掃討伐部隊、提督、鷹島だ。可愛い駆逐艦たちを陰で食い物にしてる提督を掃除しに来たのさ。よろしくな、でかいゴミ」
提督「く・・・特務・・・鎮守府だと、稼働していたのか」
鷹島提督「まーな。提督になるわずかな才能の持ち主をかき集めているんだろうさ。どっちにせよお前は終わりだよ。女とヤッてもいいけどさ、騙したり、解体したり、沈ませたりすんなよ。おれは嫌だぜ?一度でもおっぱい触った女が幸せに生きてってくれないのはよ」
??「親潮ちゃーん、大丈夫だったー?」
親潮「秋雲さん!あなたが助けてくれたんですか?」
秋雲「まー、うちのボスの任務に付き合った感じだねー。無事でよかったよ。・・・あ、ちなみにボスぅ、じゃああたしも幸せにしてくれるって事だよねー?」
鷹島提督「幸せの形は人それぞれって言ってな。って、今は遊んでる場合じゃねえ。武装憲兵隊は?」
秋雲「近所に控えていたけど、もう来るよ」
鷹島提督「良し。任務完了だな」
提督「くそっ・・・ちくしょう!貴様などに遅れを・・・」
鷹島提督「お前それ、アフリカ帰りのおれに言っていいのか?ここで脳漿ぶちまけたかったらそう言えよ。斧でも銃でもいいぜ?」ギラッ
提督「アフリカ帰り・・・くそっ・・・」
―軍属の間での「アフリカ帰り」は、例外なく苛烈な戦場を生き延びた経歴の持ち主の為、畏怖のまなざしで見られていた。
親潮「すいません、私、助けられたんですね・・・あれっ?」ヘニャッ、ストッ
―親潮は腰が抜けて、へたり込んでしまった。
親潮「すいません、今立ちます。・・・あれ?足が・・・うっ・・・くっ、ううっ・・・!」ボロボロ
秋雲「もう大丈夫だよ。怖かったよね・・・」
鷹島提督「秋雲、青葉呼んで。こんな時のケアはあいつが一番だ。腰が抜けちまったんだろ、可哀想に。いつか、腰が抜けるまで可愛がってくれる提督と出会えればいいんだがな」
秋雲「もー!よさげな話が台無しだよ!青葉さん呼んでくるねー!」
鷹島提督「ああゴミ野郎、ちょっと椅子借りるぜ?」ガンッ
提督「ぐあっ!」
―鷹島提督は、椅子に座っていた提督を蹴り飛ばすと、椅子を奪い、親潮のそばに置いて、座った。背もたれに両腕を交差して載せているが、小ぶりのショットガンも斧も、手放していない。
鷹島提督「ここからはちょっと厳しい話をする。もう君は、一般の鎮守府には異動できない。理由はそこの提督が言ってたろ?機密を漏らし過ぎだ。だが、本当の意味で着任できる提督に知り合えていないのは、艦娘には辛い事だし、働きも考慮して、それ以上のおとがめは無し。今後は、特務鎮守府で異動可能になるまで着任しててもらう。・・・との事だ。それからは自分で特務のどっかに異動したらいい」
親潮「しばらく、任務のみに専念できる特務鎮守府が良いです。少し・・・疲れてしまいました」
鷹島提督「わかった。呉に、うってつけの安全な特務がある。そこがいいだろう」
―こうして、親潮は特務第十九号鎮守府に一時的に異動することになった。
第四十五話、艦
次回予告
引き続き、親潮の回想と夢は続く。そして、何やら騒ぎで目が覚めると、それは修羅場の始まりだった。
食事をめぐる磯風、親潮、青葉のやり取りは、親潮に、ずっと付きまとっている悩みを改めて考えさせる。
堅洲島では、任務を終えた山城が、提督と少しだけ話す。そこで出る、山城がいない頃の扶桑の話と、ちょっとだけ素直な山城。
磯風を伴って帰還する、叢雲率いる捜索艦隊と、提督に平謝りしつつも、提督から色々と聞き出そうとする妙高姉さん。
目覚めた川内と、瑞穂の深海化の解除。
次回、『きっとかわいい、女の子だから』乞う、ご期待。
鈴谷『ふふーん、本当は鈴谷は経験豊富なんだからね!』
親潮『そんな事を言っていると、司令に見向きもされなくなるのではないかと・・・』
鈴谷『あっ・・・』
作中で鷹島提督が使用している「見た事のない銃」ですが、M1887をベースにして呉でカスタムして貰ったショットガンです。見た目はM1887のソードオフモデルそのままですが、下部にライフル用のインナーバレルとハード・シェルホルスターが取り付けられており、木製部品部分はカーボンインテグラル、という素材で作られたカスタムモデルです。
また、ハンドガードはカットされており、早撃ちに対応しています。
作中では「散弾が血管に入ると死ぬ」と、佐世保第二の提督を脅していますが、実はこの時使用している散弾は岩塩の細片である「ロックソルト・シェル」ですので、このような事故はまず起きません。
しかし、この散弾、実際に当たると、死にはしませんが岩塩が痛覚神経を刺激し、ショックで呼吸できないほどの激痛を与えます。今回は拳銃がこれをほとんど受けたのでそうはなりませんが、佐世保の提督が戦闘意欲をそがれているのはこの為です。
このSSへのコメント