「地図に無い島」の鎮守府 第七十五話 夜が怖い
ゆったりした大雪の夜の堅洲島では、曙が陽炎に演習を申し込もうとしていた。
ところ変わって幌延第三鎮守府では、大規模侵攻のショックで戦闘も会話もできなくなった山風に、異動の辞令が下っていた。
一見、良い鎮守府のようだが・・・。
同じ頃、舞鶴第二では、涙を流しつつも黙々と異動の準備をする比叡と、異を唱える萩風。
しかし、その二人の前に秘書艦でもある、『雨情剣』村雨が痛烈な言葉を浴びせる。納得のいかない萩風と、たしなめて呑み込もうとする比叡。
部屋を立ち去る萩風は、広くなり、どこか怖く懐かしい舞鶴第二の夜の気配を恐ろしいと感じていた。
そんな萩風の気配に耳を澄ます比叡は、舞鶴第二の諸々の秘密を知っていた。
そんな夜、大雪の三重県伊勢市のある施設では、堅洲島の提督と旧縁のあるらしい、女性の鬼教官が、秘書艦の高雄と愛宕とともに、意味深な話をしつつ、酒の時間の約束をしていた。
おなじ頃、第二参謀室側では、特務第二十一号に異動させる特殊な狭霧を凍結解除していた。戸惑う狭霧に、参謀室長は衝撃的な特務を言い渡す。
一方、南紀州のある航路では、荒天にも関わらず警備任務に出されていた海防艦たちがいた。
任務に疑問を持ちつつも、帰投すると思わぬ待遇に感激する択捉。
しかし、松輪はそんな南紀州の気配に恐怖と違和感を感じていた。
親切そうな南紀州の提督と秘書艦たちは、どうも深海の気配がするようで・・・。
穏やかな堅洲島では、元帥に呼び出された提督が鎮守府裏サイトの存在と、浜風の異動希望を聞く。
サイトを作った艦娘の事で頭を抱える提督。
一方、大食堂では深雪が相変わらず『深雪スペシャル』について思案を巡らせていた。
※性的な描写があります。
5月24日、一度目の更新です。
6月1日、二度目の更新です。
6月4日、最終更新です。
真面目な曙は陽炎を探して演習を申し込みます。堅洲島鎮守府での陽炎型のたまり場は図書ラウンジのようで、陽炎型の掛け合いが見られます。
場所は変わって幌延ですが、ある鎮守府のたった一人の生き残りである山風の話です。大規模侵攻のショックで会話も演習もできなくなってしまっているのですが、そんな山風に異動の辞令が下ります。
加賀さんをはじめ、一見良い鎮守府のようですが・・・?
ところ変わって舞鶴第二。比叡と萩風の所に、以前ちらりと名前の出た、剣の達人である艦娘の一人、『雨情剣』村雨が現れ、痛烈な対応をします。
納得のいかない萩風ですが、次第に物寂しく、恐ろしくなっていく舞鶴第二の夜の雰囲気に、異動をしてもいいか、という気持ちもあるようです。
しかし、一方の比叡は色々と知っているようです。
ところ変わり、西日本の艦娘の強化訓練を行うある施設では、『スカリートラッシュ(トラツグミ)』というコードネームを持つ女性の鬼教官が、高雄と愛宕と意味深な会話をしています。
以前の話によると、この女性は堅洲島の提督の「昔の女」のようですが・・・。
ところは変わり、謎の施設内。何か普通では無い狭霧が、異動と共に変わった任務を申し付けられてしまいます。
困惑する狭霧ちゃんはどうするのか?
そして、海防艦四人と共に、南紀州鎮守府の詳細が分かって来ます。
既にまずい事になっていそうですが、果たしてどうなるのでしょうか?
また、元帥から鎮守府の裏サイトについて知らされて提督が頭を抱えます。浜風の異動に繋がるのは良いのですが、漣と青葉はただでは済まない気がしますね。
そして、意外とシャイな深雪が割と真面目に必殺技について思案を巡らせています。
開眼するのでしょうかね?
第七十五話 夜が怖い
―2066年1月8日、ニーイチマルマル(21時)過ぎ、堅洲島鎮守府、図書ラウンジ。
曙「あっ、いたいた!・・・ねえ、ちょっといいかしら?」
陽炎「あら?秘書艦様が何か用かしら?」ニヤッ
―堅洲島鎮守府の司書的な任務を持つ陽炎型たちは、自由時間は図書ラウンジにいることが多い。
曙「ちょっと引っかかる言い方ね。・・・まあいいけど、演習・・・付き合ってくれない?」
陽炎「えっ!?んー・・・まあ、いいけど、ずいぶん戦意が高いわね。ま、あの司令の傍にいればそうなるのも分かる気はするけど」
黒潮「へぇ~、曙ちゃんやっぱり変わって来るもんやな。陽炎探して演習とか!」
不知火「しかし、前回姉さんはかなり小物っぽい負け方をしましたから、演習の相手としてはいささか「うっさいわね!!」」
陽炎「こないだよりは戦えるわ!!」
磯風「あれほど大規模な演習をしたのに、流石秘書艦殿は違うな。この磯風も、必要なら相手をしよう」ニコッ
浦風「真面目じゃねぇ。普通の砲雷撃戦なら、うちもそこそこも手練れじゃよ?提督さんと仲良くなるには、秘書艦さんたちとも仲いい方が絶対にええじゃろ。というわけで、うちも協力するけどな」ニコッ
―浦風は考えていることをそのまま口に出しているが、屈託がない。
曙「嬉しいけど、あなたたちだと私よりかなり強いからなぁ」
磯風「手合い違い(意:実力に大きな差があること)の演習も他山の石になるものさ」フッ
黒潮「うちの一番艦なんか、手合い違いばっかりやらかしてるけどな」ニコッ
陽炎「・・・・・・」
曙「ありがとう。けど、もう少し私が実力をつけたらお願いするわ」
磯風「ふむ。叶う事なら、司令と戦ってみたいものだな」
陽炎「は?そんな事を考えていたの?」
不知火「でも、戦ったではないですか?」
黒潮「そうやで?あれはかなりやばかったんよ?」
磯風「準艤装の私の刀を止めたという話だろう?その時の記憶が無いのが残念でならない。おそらく司令は、私の斬撃の姿勢が出来上がる前に刀を止めたはずなのだ。そこが知りたくてな」
浦風「うーん、イマイチわからんけど、それで何がわかるんじゃ?」
磯風「司令と私の剣の腕の開きがわかるのだ。相当な使い手なのはわかるが、その度合いがさらに詳しく分かるというわけでな。この磯風を屈服させられる腕と確定すれば・・・」
浦風「あっ!もう言わんでええよ?大体何を考えてるかわかったわ」
磯風「な、何だと・・・ッ!?」カアッ
陽炎「何で赤面してるわけ?」
磯風「浦風、余計なことは言わないでくれよ?・・・ちょっと用事を思い出した。失礼する!」ダッ!
―磯風は明らかに下手な芝居をしつつ、図書ラウンジを出て行ってしまった。
黒潮「どういうこっちゃ?」
浦風「磯風の願望の話じゃ。いずれどうせばれるから、今は聞かなかったことにしといて」
曙「そんな事より演習よ!」
陽炎「ああ、そうだったわね」
―こうして、曙と陽炎はさらに演習をすることとなった。
―同じ頃、北海道、幌延第三鎮守府。
幌延第三の提督「ああ、すまないな」
幌延第三の時雨「いいけど、本当に大丈夫なの?」
幌延第三の提督「危惧していたことが現実になってしまったが、ここよりは状況が良いとの事だ。艦娘たちのSNSで話題になっている鎮守府、どうもあそこが異動先らしい」
幌延第三の時雨「『開耶姫』榛名さんを異動させたっていう、噂の鎮守府かい?それなら、ここにいるよりはいい・・・のかな?」
―時雨は自分にすがって震えている山風を見た。
山風「・・・・・・」フルフル
―山風は涙目で提督と時雨を交互に見ている。その眼には怯えしかなかった。
幌延第三の時雨「山風、提督の話をよく聞いて」
山風「・・・・・・」コクリ
幌延第三の提督「こんな時間にすまないね。山風、総司令部第二参謀室から、君に異動の辞令が下った。異動先は総司令部を経由して、特務のどこか・・・まあ、言ってしまえばどうも最近話題の最後の特務鎮守府らしい」
山風「!!」
幌延第三の提督「驚くのも無理はない。大規模侵攻でショックを受けて、戦闘はおろか演習もできなくなり、言葉も失った君に異動の辞令が下るなんて。しかし、提督の適性が高い人物なら、君の心の不安を取り除いてくれるかもしれないのだ。これはおそらくそういう措置ではないかと思う。ここまでは分かるかな?」
山風「・・・」コクリ
幌延第三の提督「でだ、今日から一週間以内に、総司令部経由で異動を完了して欲しい。こちらからは、付き添いで加賀さんをつけるつもりだ」
山風「・・・・・・!」ペコリ
―山風は『すべて理解した』とでも言うように、深々とお辞儀した。この鎮守府では、怯えきって言葉を失っている山風を、加賀がまめに面倒を見ていたのだ。
幌延第三の提督「そろそろ来る頃だと思うが・・・」
―ガチャッ、キイッ
幌延第三の加賀「待たせたわね」ヨロッ
幌延第三の鳳翔「危ないわ」サッ
―浴衣姿の加賀が入ってきたが、その歩調は力が無く、よろめいた。慌てて付き添いの鳳翔が支える。
幌延第三の提督「すまないな」
幌延第三の加賀「いいのよ。一人で送り出すのはかわいそうだわ。もう戦えなくなった私にできる事は、そんな事くらいだもの」
幌延第三の提督「そんな言い方をするな。きっと回復するさ」
幌延第三の加賀「そうね・・・」
―前回の大規模侵攻では、原理は不明だが、回復不能に近いダメージを負った艦娘も少なくなかった。この幌延の加賀もそうだった。
幌延第三の加賀「こんな子を異動させて戦わせるなんて、総司令部も酷な事をするわね」
幌延第三の提督「失った言葉を取り戻させ、情報を入手したいのかもしれんが、これではな・・・」
山風「・・・」フルフル
―山風は、もともとは幌延第三の艦娘ではない。大規模侵攻時の増援で壊滅した、幌延第二鎮守府の艦娘だった。歴戦の幌延第一に次ぐ戦力と練度を誇る鎮守府だったが、戦意の高さがあだになった。太平洋での防衛戦において戦線を深くし過ぎ、突出部となってしまったため、山風以外は提督も艦娘も全滅・消息不明となったのだ。
幌延第三の提督「重ねて聞くが、本当に大丈夫かね?山風」
山風「・・・」コクリ・・・スッ
―山風は、ポケットから単語カードのような紙の束を出した。それは単純な会話を可能にする紙の束だった。『大丈夫』『了解しました』『ありがとうございました』と、めくった。
幌延第三の提督「・・・そうか。君が演習も難しい事など、紹介状は詳細に記載しておくよ。もし、噂通りとても適性が高い提督で、心の状態が回復したら、何か有用な情報等あったら、ぜひ協力してやってほしい。それでは・・・幸運を祈る!」シュバッ!
―幌延第三の提督は言い終えると山風に敬礼をした。
山風「・・・!」スッ
―山風も、無言で敬礼を返す。
幌延第三の加賀「では明日、準備ができ次第、鳳翔さんとともに、私がこの子を横須賀まで連れていくわ」
幌延第三の提督「すまんな。・・・では、総員下がってよい。本日の執務もこれにて終了とする」
艦娘たち「諒解いたしました!」
―ゾロゾロ・・・ガチャッ・・・バタン
―秘書艦である時雨を残して、山風、加賀、鳳翔が退室していった。足跡は遠ざかり、もともと活気の低い幌延第三鎮守府は、すぐにしんと静まり返っていった。
―ツカツカ・・・カチャッ
幌延第三の提督「ふーっ、しかし、あの子を異動とは、上層部は何を考えているのか?何か情報は持っているかもしれないが、とても戦力としては期待などできないぞ?」ドサッ
―幌延第三の提督は、執務室のドアに鍵をかけると、士官服の第一ボタンを外しつつ、椅子にどっかりと座って伸びをした。
幌延第三の時雨「・・・・・・そうだね」
幌延第三の提督「それに、加賀も心配だ。あの子を保護する事でもっていた気力が、失われやしないかと」
幌延第三の時雨「加賀さん、山風の事をとても気にかけてくれていたから。でもそれは、自分自身を支えるために大事だった部分はあるよね」
幌延第三の提督「そういう事だな。次はたぶん、もっと多くの提督と艦娘が死んで、結局は負けるだろう。何かないとやってられないよ。きっと私も、・・・お前も、最期は海の底なんだろうな」フゥ
―スッ・・・サワッ
幌延第三の時雨「んっ!」
―幌延第三の提督は、言いながら時雨のわき腹に指を這わせた。
幌延第三の提督「しかし、わからんものだ。駄目だと思ったお前が戻ってこれて、手前の戦線にいた加賀が戦えなくなるほどのダメージが残るとは。深海も、戦いも、本当によくわからないな」
幌延第三の時雨「君が僕を選んでくれたからだよ。だから必死に戻って来たさ。・・・きっと僕たちは負ける。でも、逃げ出さない君は立派だよ。だから最期の時も、僕も一緒にいるね」ニコッ・・・ギシッ
―時雨は振り返り、微笑むと、提督の両足の上にまたがり、提督に身を預けるように座った。
幌延第三の提督「すまないな。お前がいるお陰で、何とか逃げ出さないで済んでいるよ。・・・しかし、最近どうも変なんだ。いくら眠っても疲れが抜けないのに、お前とこうしていると・・・」ギュッ
―時雨は提督に強めに抱きしめられた。下腹部に、次第に高まっていく提督を感じていた。
幌延第三の時雨「言わなくても、わかるよ。そうかなと思って、お風呂は済ませてあるんだ。いつもの姿勢がいい?」ニコッ
幌延第三の提督「ああ、すまないな。今夜も世話になる」
幌延第三の時雨「いいんだ。僕だってまだまだ、満ち足りないもの」スッ・・・ギシッ
―時雨は提督から離れると、執務机に上半身を伏せ、腕を組んで頭を乗せた。
幌延第三の提督「ふ、心が乾いて仕方ない。癒させてもらおうか」
幌延第三の時雨「・・・うん」
―スタッ・・・ファサッ
幌延第三の時雨「・・・!」
―提督が立ち上がり、時雨のスカートをめくった。きっと自分の腰と尻、パンツがまじまじと見られていると思うと、時雨は少しだけ身をよじった。最近は、いつもこんな感じで始まっていた。
幌延第三の提督「・・・絶景だな」
幌延第三の時雨「恥ずかしいよ・・・」オオォォォ
―しかし、恥ずかしそうにする時雨の青い眼に、高まる情念と共に深海の赤い光がわずかに踊るのを、提督も時雨自身も気付いていなかった。
―同じ頃、山風の私室。
山風(怖い・・・怖いよ・・・。ここ、どんどん暗くなっていってる。・・・あの夜みたいに・・・)ギュウ・・・フルフル・・・
―山風は自室のベッドの隅で、加賀に貰った大きなペンギンのようなぬいぐるみをきつく抱きしめ、震えていた。山風には、幌延第三鎮守府の深海の気配が、日に日に強くなっていくように感じられていたのだ。
山風(何か・・・悪い事が起きる気がする。早く・・・逃げないと・・・!)
―総司令部への異動は決して悪いニュースではなかった。ただ、山風にはとても心配なことがあった。
山風(でも、加賀さんを・・・守らないと・・・!)
―戦えないほどのダメージが残っているのに、口もきけず、戦力にもならない自分を気にかけて守り、かわいがってくれた加賀に、何か悪い事が起きるのだけは何としても防ぎたかった。今回の異動も、それができる道に繋がればいいな、と山風は考えていた。
―同じ頃、舞鶴第二鎮守府、比叡の部屋(旧、金剛型の部屋)
―比叡は涙目で黙々と異動の準備のために荷物をまとめていた。その様子を、萩風が黙って見つめている。
萩風「・・・比叡さん、・・・・・・比叡さん!」
比叡「・・・・・・」ガサゴソ
―比叡は聞こえないかのように作業を続けている。大きめのスーツケースに着替えや姉妹たちの写真を詰めていたが、それは形だけでとても整然としているようには見えなかった。
―バンッ
萩風「あっ!」
比叡「うっ!痛っ!」
―乱暴に閉じようとしたスーツケースに、比叡は手をひどく挟んだ。全く冷静でないのは明らかだった。
萩風「比叡さん、一旦落ち着きましょう?」
―ここで初めて、比叡の手が止まったが、音がするほど大粒の涙がぼたぼたとベッドに落ち、シーツにいくつもの染みを作った。
比叡「・・・司令の・・・言う事は、・・・なに一つ間違っていません!確かに司令の言う通りです。金剛お姉さまがいた頃、私は司令の事が好きなお姉さまの邪魔ばかりして、結局私だけ生き残って・・・っ!司令は確かに、ずっと大和さんと仲が良かったですし、信頼し合っていました。私のしている事は司令からしたら不条理です」
萩風「・・・でも、だからと言ってこんな異動はおかしいです。これでは、最近問題になっている着任忌避ではないですか!比叡さんがいなくなったら、ここは・・・舞鶴第二は、もう戦艦が一人もいなくなります。こんな事を許す上層部もですが、こんなの理不尽です!南紀州はとても損耗率の高い鎮守府なんですよ?私たちに死ねって言ってるようなものです!」
―ガチャッ
―ノックも無しに部屋のドアが開いた。
比叡「・・・」
萩風「あなたは!」
村雨「夜にそんな大きな声で騒いでいい類の話かしら?随分忠誠心の低い事ね。そんなだから少しの良いところも見せられずに厄介払いになったんじゃないの?」クスッ
―腰に刀を吊るした村雨。音に聞こえた舞鶴第二の『雨情剣』村雨だった。彼女はここの秘書艦でもあった。
萩風「・・・そんな言い方っ!」ギリッ
比叡「・・・そうですね。でも、お部屋に入る時はノックくらいするものでしょう?」
村雨「異動の辞令は下っているから、もうここの艦娘ではないも同然だし、異動の迅速な完遂を見届けるのも秘書艦の務めよ?既に仲間でもない人たちにそこまで気を使う必要があるのかしら?」ニヤッ
萩風「仲間でなくなったと言っても、かつての戦友です。そんな言い方はどうかと思いますけれど」
村雨「あはは!戦友って言うのは、一緒に戦った人の事を言うのよ?比叡さんはともかく、演習だけで一度も実戦に出なかったあなたが言っていい事かしら?そもそもあなたは「村雨さん!」」
比叡「わかりましたからもう黙ってて。そんなに気になるなら、明日の朝には出ていきますから」ジロッ
―比叡は明らかに村雨を威圧した。さすがの村雨も少しだけ態度を変えた。
村雨「ごめんなさいね。口が滑りかけてしまったわ。明日は大雪。別にそこまで慌てなくても良いと思うの。では、おやすみなさい」ニコッ
―ガチャッ・・・バタン
萩風「今の、村雨さんは私に何か言いかけてませんでしたか?」
比叡「・・・気のせいよ。おおかた、去年の演習で私が予備泊地の扶桑と山城に敗れた事でも言いたかったんでしょう。あの一件はうちの鎮守府の評価をとても下げてしまったから」
萩風「比叡さん・・・」
比叡「心を落ち着けたら、準備をして、なるべく早くにここを出ましょう。ここはすっかり寂しくなったけれど、南紀州は私たちを集めるほどだから、きっと活気に満ちているはずよ。前向きに考えましょう?」
萩風「・・・そうですね」
―言われてみれば、と萩風は思った。かつては昼も夜も無かった。たくさんの艦娘がいた。この時間からは川内がうるさかったものだ。しかし、大雪を差し引いても今のここ、舞鶴第二はしんと静まり返っている。
比叡「ここの一番いい時代は、きっと終わってしまったのよ。金剛お姉さまも、榛名も、霧島も、みんな沈んでしまった。司令はきっと、無理やり身体を壊してでも、提督を辞めるつもりなのよ。早めに私たちの異動先を確保してくれたんだと思う事にするわ」
萩風「でも、わかりません。なぜ、金剛型や大和型を再着任できないのですか?」
比叡「前任者が着任させたからよ。今の司令は舞鶴第二では何代目になるのかしら?四代目くらいのはず。それほど適性は高くない方なの。それでも、大和さんがいたから、あの人は提督を続けられている、といつも言っていたわ。その大和さんも、多くの艦娘も本土防衛線で失われてしまったんだもの。司令が色々と嫌になるのは理解できるんです・・・」
萩風「私が着任する前の話ですね?」
比叡「・・・そうですね」
―大規模侵攻時の本土防衛線のさなかで着任したらしい萩風は、舞鶴第二の悲痛な空気から全てが始まっている。深い悲しみと喪失感は、次第に無気力と怠惰を伴った静寂へと変わっていた。それは、彼女の意識のどこかにある鎮守府や提督の雰囲気とは大きく違っていた。
萩風「私も、自室に戻って異動の準備をします。比叡さん、こんな事になってしまいましたが、今後もよろしくお願いいたします」
比叡「こちらこそです。明日、もしも交通機関に問題が無さそうだったら、南紀州に行きましょう?」
萩風「そうですね。もうここは、私たちの居場所ではないみたいですし」
比叡「・・・そうですね」
―ガチャッ・・・バタン
―萩風は比叡の部屋を出ると、自室に戻ることにした。
萩風(でも、ホッとしている部分もあります。なんだか・・・)
―・・・・オオオォォォォォ・・・・・
萩風(ここは以前と比べて、とても暗くなったような気がします。なんだか、すごく怖い夜のような・・・・・・どこか、懐かしいような、怖いような・・・・・)
―静かで暗い舞鶴第二鎮守府の夜の気配が、しばらく前から何か恐ろしいものが息をひそめているように感じられて仕方なかった。そんな場所から出られるという意味では、異動は少し気楽だと思えた。
―私室の比叡。
―比叡は萩風が出ていったドアを見つめ、その足音が遠ざかるのを耳を澄まして聴いていた。
比叡(ごめんなさい。あなたは何も知らない。どうして司令が大和さんだけに気を許していたか。そして、あなたがなぜ演習にしか出られないかも。あなたと私が異動させられることの意味も。・・・とても嫌な予感がする)
―ガチャッ・・・
―落ち着いて来た比叡は、スーツケースを開けて荷物の整理を始めた。比叡は知っている。この舞鶴第二から異動していった艦娘たちとは、誰一人として連絡が取れていない事を・・・。
―同じ頃。三重県伊勢市。国防自衛隊陸防部、明野駐屯地『艦娘強化教導合宿施設』、シャワールーム。
―シャアアア・・・・キュッ・・・パタパタッ
―シャワールームから出てきた女性は、ウエーブのかかった豊かな亜麻色の髪に、やや豊満の度合いの強い体つきをしていた。胸も尻も豊かだが、太腿や腰回りも豊かだ。歳は三十前後だろうか?
―カラッ
―シャワールームの古いアルミサッシが開き、タオル一枚で二人の艦娘が入ってくる。
高雄「あっ、早いですね、教官」
―教官と呼ばれた女性は、高雄と愛宕の二人の姿を一瞥すると、少しだけ笑みを浮かべて、メタリックな青いケースから医療用シガレットを出し、くわえた。
教官「お疲れ様ね。再教育の必要な艦娘たち、まさかこの大雪でもこんな時間まで絞られると思ってなかったでしょう?」
愛宕「うふふ。みんないい感じにへばっちゃってるけど、いい顔してお風呂に入ってるわ。今夜はきっと、もう寝るだけでしょうね」
教官「明日も大雪だから、マルヨンマルマル(午前四時)から起床の上、この施設の各所の雪かきを指示。役割分担は自分たちで決める事、作業開始までの時間は十分。あとは追って指示すると、そんな流れで行きましょう?」
高雄「諒解いたしました」
教官「あなたたち、この後の予定は?」
高雄「特にありません。この大雪ですから」
愛宕「姉さんに同じよ~。ちょっと退屈よね」
教官「へぇ、それは僥倖ね。バーボンしかないけど、一緒に呑まない?」
高雄「あっ、ぜひご一緒します!」
愛宕「私もご一緒するわ~。でも珍しいわね。何か話したい事でも?」
教官「ん、まあそうね。志摩鎮守府の月形提督から、連絡が入ったのよ。やっぱり生きていたわ、あの人。しかも提督よ」
高雄・愛宕「!!」
―それまでの楽しそうな雰囲気は、一瞬で凍り付いた。この教官が酒を呑む時というのは、とても良い事か、悪い事があった時だ。そして、この女性の言う『あの人』がらみの情報で酒を呑むと言う事は、悪い事しか思い浮かばなかった。
教官「さすが私の愛弟子たち。察しが良いわね。・・・良すぎてお酒が楽しめなくなるかもだけれど」フッ
高雄「・・・死ぬんですか?本当に?」
愛宕「避けられないの?」
教官「確定ではないけれど、そのつもりでいるわ。あの人に許してもらおうとするなら、銃口を突き付けられても謝らなくては駄目なの。・・・いいえ、きっとそれでもダメかもしれない。でもそれをしないと、私は自分を許せないのよ。あの人以上にね」
高雄「私たちの異動で何とかなりませんか?」
愛宕「そうよ!私たち、きっと役に立つはずよ?」
教官「どういうわけか、高雄と愛宕が既にいるみたいなのよ。一番腕の立つあの子は今はうちの所属ではないし、そもそもこれは取引では無くて謝罪なのよ?何かと交換とか、そういう物ではないわ。一番難しいのは、純粋な誠意よ。物やお金では替える事もできない、尊い・・・ね。世に溢れている、薄汚れた『誠意』では、とても収まらない話なの」ニコッ
―高雄と愛宕には、この教官の表情がどうにも不思議だった。全て悟っているようで、決して諦めではない。まるで・・・。
高雄「・・・そういう、『愛』なのですか?もしかして」
愛宕「えっ?」
教官「あら、恥ずかしいわね。そこまでストレートに言われちゃうと。・・・でも正直、分からないのよね。あの人は言っていたの。『人の心には愛がない』って。だとしたらきっと、これはそう見える別の何かよ」ニコッ
高雄「教官・・・」
愛宕「嬉しそうにそんな事を言うのね。あーあ、ちょっと気になるわぁ。あの『スカリートラッシュ』の昔の男だなんて」
教官「うーん、それはどうかしら?私の読みが正しかったら、あなたたちが着任しても、きっとなんだかんだ理由をつけて、決して深い関係にはならないはずよ?」
高雄「えっ?そうなんですか?それはなぜ?」
愛宕「そうよ。私たちが趣味じゃなかったとしても、艦娘には色々な子がいるわ。とても考えづらい事だと思うけれど・・・」
教官「さあねぇ?あなたたちの今後もまだ決まっていないし、答え合わせはしないでおくわ。あの人はとにかく矛盾しているの。そしてその矛盾こそが魅力よ。それを忘れなければ、いつかきっと真実にたどり着けるわね」フフッ
―スカリートラッシュ、と呼ばれた鬼教官は、魅惑的な微笑を浮かべた。豊かな体つきでも、その所作はキレがあり、隙がない。そして、誰もが恐れる『D』との再会が近そうだし、それがそのまま死を意味するかもしれないのに、どこか楽しげでさえあった。
高雄(ふぅ、まだまだこの人には追い付けそうにないわね・・・)
愛宕(すごく興味あるわぁ。どんな人なのかしら?)ワクワク
教官「まあ、死なないとは思うの。主に、あなたたちのお陰でね」ニヤッ
愛宕「ええっ?やっぱり大丈夫と言う事かしら?」
高雄「・・・教官、そうやって色々と謎めいた話をするの、良くないと思いますよ?」ムスッ
教官「種明かしをするとね、昔起きた事の詳細を把握しているらしいし、艦娘たちのお陰で、少し優しくなっているみたいね。聞いた限りでは・・・はっくしゅん!寒いわね」グス
愛宕「風邪をひいちゃうわよ~?色々聞きたいし、私たちもさっさと上がりますから、早いとこ呑みましょう?教官の昔の話をつまみにね」
教官「そうね。たまにはいいわね」
―大雪の夜、堅洲島の提督と旧縁を持つらしい鬼教官は、秘書艦である高雄と愛宕とともに、昔の話を肴に呑むことにしていた。
―おなじ頃、ある機械化施設。
―室内は何かの管制室のようだ。メインの照明は落ちているが、計器と大型パネルの光が十分な明度を与えている。全身をオレンジ色の防護服で包んだオペレーターたちが、手早く様々な計器を操作していた。
オペレーター「こちらシャッタード・ハンガー管制室。これより特殊凍結艦娘の凍結解除及び、通常艦娘としての運用を開始する。対象の管理ナンバーは280-0812、綾波型6番艦、狭霧だ。対象建造筒の識別コードはAACC-Y-N-01。対深海横須賀総司令部、試験用建造筒だ」
オペレーター2「諒解!対象艦娘の潜在D因子検出。レベルマイナス1、レベル1までの到達は三か月程度と思われる・・・良いのですか?この艦娘は・・・」クルッ
―オペレーター2は振り向いて、この指示を出したと思われる防護服姿の人物に確認を取るような視線を向けた。
防護服の男「構わん。これはある種の極秘実験との事だ。問題は無し」
オペレーター2「・・・諒解いたしました。凍結解除シークエンス続行!」
防護服の男「では失礼する」
―カンカンカン・・・プシューン・・・
―防護服の男は何度かゲートをくぐり、そのたびにセキュリティレベルは落ちていった。やがて、一般フロアとの境界、エアロックに到着すると、その防護服を脱ぐ。防護服の男は豊田参謀だった。
豊田参謀「さて・・・」
―豊田参謀は通信室に入り、暗号化通信回線を開いた。
神尾参謀室長(通信画面)「・・・私だ」
豊田参謀「さすが、このような手は貴様には敵わぬな。希望通りそちらに例の艦娘を凍結解除、転送した。異動任務を申し付ければよかろう」ニヤリ
神尾参謀室長(通信画面)「手数をかける。これでいずれにせよ、特務第二十一号も時間の問題となるであろう。では失礼する」
―プツン・・・
豊田参謀「・・・ふ、恐るべき陥穽(かんせい:落とし穴のこと)よ。体調に問題が無ければ、今頃は元帥であったろうに。だがいずれにせよ、これで特務第二十一号も終わるであろう」
―豊田参謀の確信めいた笑みには、邪悪と言ってもいい自信が漂っていた。
―対深海横須賀総司令部、地下試験用建造室。
機械音声「建造が完了しました」
―プシューン・・・ガココン
狭霧「あっ・・・あれっ?ここは?・・・私、確か直撃を受けて・・・あれっ?」オロオロ
神尾参謀室長「落ち着け。君は確か、大湊の狭霧だろう?」
狭霧「あなたは?・・・あっ、はい!大湊第四、第二艦隊第八シフトに所属していました」
神尾参謀室長「まず、落ち着いて聞いてほしいが、君の所属していた大湊第四鎮守府は、大規模侵攻時に壊滅的な損害を出し、既に解散している。わずかに残った艦娘たちは全国に異動済みだし、君もほぼ轟沈同然のダメージを受けていたが、長い時間をかけて再生処置を終え、こうして復元できたという事なのだよ」
狭霧「・・・ああ!・・・わかっては・・・・いました。もうほとんど、味方は残っていませんでしたから。・・・あの、天霧は?天霧は無事なんですか!?あの時はまだ・・・」
―狭霧は思っていたよりも冷静に受け止めていた。おそらく覚悟を決めていたのだろう。
神尾参謀室長「私もそこまで資料に目を通してはいないが、あとで自分で調べることはできる。そして、私も多忙だ。まず、私の話を聞いてほしい」
狭霧「あっ・・・申し訳ありません」
神尾参謀室長「無理もないのはわかるがな。君のこれからの任務について話したいのだが」
狭霧「・・・はい」
神尾参謀室長「君は現在、対深海横須賀総司令部の、第二参謀室付きの状態にある。しかしだ、近日中に全国から集められた何人かの艦娘たちとともに、最精鋭と噂される特務第二十一号鎮守府に異動してもらいたい。そこで任務に励みたまえ」
狭霧「特務・・・第二十一号、鎮守府・・・ですか?」
神尾参謀室長「そうだ。有力な提督は既に失われているが、艦娘たちは精強な者たちが揃いつつあるようだ。そしてもし、そこに有力な提督がいたら、総司令部の為の特務を一つだけこなしてもらいたい」
狭霧「特務ですか?私にもできる類のものでしょうか?」
神尾参謀室長「特務だが、君の所属は特務第二十一号のものとなるため、これはあくまで協力要請という形だ。代表者無いし提督の信頼を損なっては元も子もないからな。・・・しかし、その任務に成功した場合の恩恵は計り知れない。より優れた提督の選出が可能になるかもしれないからだ。その意味の重要性はわかるな?」
狭霧「はい。・・・あの、具体的にはどういった内容になりますか?」
神尾参謀室長「遺伝子及び特殊帯の生体解析が可能となる情報ソースの取得。つまり、血液か・・・責任者が男であれば精液が理想であろうな」ニヤ・・・
狭霧「ええっ!?せっ・・・わかり・・・ました。はい・・・」カアッ
―狭霧は顔を赤らめると、視線をそらしてしまった。
狭霧「あの・・・私はそういった経験は全くないのですが、務まるものでしょうか?」
神尾参謀室長「あくまで理想論の話だ。別に最上の結果を出さなくても良い。良いが、きっかけが多くなるように君には明日以降、ここに集まる異動予定の艦娘たちのまとめ役をしてもらい、その代わりと言っては何だが、秘書艦としての推薦状を付けようと思う。もしも男の提督がいたとすれば、君が献身的に仕えていれば、そのような機会も自然と訪れるであろう」ニヤ・・・
狭霧「・・・・・・はい」
神尾参謀室長(そして美しく悲劇的な破滅もな・・・ふふふ)
―こうして、何か特殊な二重の罠と共に、しばらく眠り続けていた狭霧もまた、特務第二十一号に異動してくる事となった。
―時間は少し戻り、夕方。紀伊半島沖合、南紀州鎮守府~読島間航路
―四人の海防艦が、いつも通りにこの航路を巡回警備していたが、大雪と荒れた波浪でそれどころではなかった。四人はそれぞれ、錨の鎖で互いを連結していた。そうでないととても航行が難しい状態だった。
―ビュオオオオオオオオオォォォ・・・・・
佐渡「ちょっ!さすがにもう無理だろぉ!帰った方がいいんじゃないのかよぉ!」
対馬「うふふ・・・これじゃあ、敵がいなくても遭難のき・け・ん」ニコッ
松輪「え・・・択捉ちゃん、こんな風と波・・・怖いよぅ・・・」グスッ
―三人それぞれの言い分を聞きながらも、択捉は任務用スマホの画面を確認していた。
―ポーン
択捉「あっ!来ました!執務室からです」
―『南紀州総合』とある相手からの通信はごく短いものだった。『帰投せよ』のみである。
択捉「執務室から帰投せよとの通知がきました。皆さん、気を付けて帰りましょう。海はますます荒れるみたいです」
佐渡「えー!こんな吹雪の中を頑張ってんのに、何か一言もねーのかよぅ!」
松輪「・・・・・・」
択捉「・・・『大雪の中、任務御苦労。気を付けて帰投せよ』との事です。ちゃんと労ってくれてますよ」・・・ギュッ
―短い言葉の中にそのような意味があると思わないと、とても辛かった。ビッグ・セブンの一角でもある南紀州鎮守府だったが、海防艦たちへの扱いはそう良いものではなかった。今夜もそうだ。駆逐艦でさえ出撃させられなかったのに、自分たちだけは警備任務に出撃させられている。
択捉(この海域でこんな天候の夜でも警備任務に就かせるのは何のためなんでしょう?危険なだけで、まったく意味が無いはずなのに・・・ううん、こんなこと考えちゃダメです!)ペチッ
―択捉は気合を入れるように頬を叩くと、航路を確認しつつ帰途に就いた。
択捉(ほとんどお会いしたことはありませんが、しっかりした実績のある司令のご判断なのですから)
―南紀州は名のある艦娘が多くない、比較的珍しい部類の鎮守府だった。着任している艦娘の数が非常に多く、その数の力で作戦を遂行しているタイプの鎮守府と言っていい。
佐渡「もうさー、なんか意味あんのかよぅ!こんな任務。ぶっちゃけ敵だってこんな天気じゃここまで侵入すんのなんか無理だって!うわわっとぉ!」
―ゴオッ・・・グウゥゥゥゥゥ・・・ザバアッ・・・
―強風と大きな波が佐渡のバランスを崩しかけた。
択捉「司令のご判断を疑ってはいけません!きっと何か考えがあってのことです。こんな天候でも、私たちなら大丈夫と思って出撃させたのだと思いますから」
松輪「い・・・いいけど、早く帰投しないと、このまま荒れてきたら、遭難しちゃう・・・っ!」グスッ
択捉「鎖で互いの身体を繋いでいますから、風向を間違えなければ大丈夫です。行きましょう?」
対馬「・・・最近ね、『三国志』を読んだの。赤壁の戦いって言う大きな戦いで、船を鎖でつないだ側は・・・」
択捉「私も読みましたけど、何が言いたいんですか?」ジトッ
対馬「どっちにしても、とっても危険ね♡・・・ふふふ」
択捉「そんな冗談が言えるくらいの余裕はあるんですね?正直、頼りにはしていますよ。対馬ちゃんの方が私より練度は高いんですから」
対馬「択捉ちゃんのそういうところが好き♡」
択捉「・・・もう!」
―この四人の中で、最も新しい異動・着任が対馬になる。択捉より実戦経験は豊富で、悪天候での航行にも慣れていた。
対馬(そろそろ状況は動きそうね。でも、当初の作戦の通りだと・・・私だけだったらいいけど・・・)チラッ
択捉「松輪ちゃん、大丈夫だから身を固くしないで。一時間もしないで帰れますから。ね?」ニコッ
松輪「うん・・・ありがとう、択捉ちゃん。が、頑張るから・・・」
佐渡「あーあ、寒いし腹減ったなぁ~」グウ~
対馬(難しくなっちゃったなぁ。危険が多すぎるみたい・・・)
―対馬は他の三人とは異なる何かを胸の内に秘めていたが、択捉でさえもその気配にすら気付いていなかった。
―フタフタマルマル(22時)過ぎ、堅洲島鎮守府、執務室。
―ガチャッ・・・ギイッ
叢雲「お疲れ様ね」
提督「元帥から呼び出し?珍しいな・・・」
―提督は特殊帯通信の特別回線を開いた。提督以外の第三者には認識できない音声と映像が展開する。
元帥(通信)「こんな時間にすまないね。まずは大雪の中の大規模な演習について、流石と言わざるを得んな。全国に鎮守府は数あれど、この天候の中で大規模演習をしたのは二つしかない」
提督「二つ?・・・ほう、それはどこです?」ギラ・・・
―提督の眼に一瞬だが何らかの光が宿った。
元帥(通信)「特務第九号、北方絶対防衛線だ。あそこは副提督として、おそらく君の旧知の天下三剣の一人、伊藤・・・今は何と呼べばいいのかな?」
提督「・・・今は『しのべ』のはずです。『刃の心』すなわち『はしん』や『じんしん』の時代は終わったと言っていましたから」
元帥(通信)「なるほど。伊藤刃心(しのべ)殿が着任しているのだ」
提督「初耳ですが、それなら納得です。あの爺さんはそういう考え方をする。しかし、わずか二か所とは・・・。ところで、ご用件は何でしょうか?」
元帥(通信)「ふむ。君が何らかの考えで艦娘たちに作らせているであろう、鎮守府の裏サイトを見て、異動を希望している艦娘が現れた。経緯と詳細は送るので、問題が無ければ異動させればよい。以降の対応は大淀に一任してあるので、あとは彼女に連絡をしてくれたまえ。浜風および伊藤刃心の情報については、彼女の権限ではアクセスできないため、私から連絡させていただいた。以上だ」
提督「諒解いたしました」
―プツン
提督(異動は良いとして、裏サイトだと?なんだそりゃ?)
―提督は執務机に移動した。
提督「電ちゃん、元帥執務室からの書類が届いていると思うので、ちょっとこれにレベル4の解放条件でダウンロード頼むよ」スッ
電「はいなのです!」
―数分後。提督は電から受け取ったノートタブレット内の情報を見て、頭を抱えていた。
提督「なんだよこれ・・・」
叢雲「どうしたの?」
提督「ちょっとこれ見てくれ・・・」
叢雲「どれどれ・・・えっ?」
―提督と叢雲は、『謎の鎮守府X』という裏サイトを開いた。堅洲島の艦娘なら、一瞬でそれがこの鎮守府を意味すると分かる情報ばかりだった。ただ、機密には触れていないし、荒唐無稽過ぎるので誰も信じないだろうが・・・。
叢雲「よほど勘のいい子なら、信じてアクセスしてくる可能性はあると思うけれど・・・」
提督「それが起きた。歴戦の浜風が異動を希望してきているらしい」
―ガタッ
初風「浜風ですって!?」
―ガタッ!
磯風「浜風だとっ!?」
―お茶と羊羹を楽しんでいた磯風がこちらを向いた。
提督「いやちょっと待て!初風はともかく、なぜ普通にここでくつろいでいる?別に構わんけどさ」
磯風「私か?何もすることが無い時はここに来て、積極的に演習の相手を受け付けているのだ。秘書艦どのへの申請がスムーズなのでな」
提督「なるほど・・・」
初風「陽炎型では一番演習時間が長いのよ。磯風は」
磯風「フッ、まあそういう事だな」ドヤッ
叢雲「それよりもこれ、どうするの?」
提督「漣と青葉呼んで。二人とも勘が良いから、逃げるようなら捕まえてでも」
叢雲「ふふ、わかったわ。・・・あとはね、研究員さんからメールが来てたわ。『私の事忘れてないですか?』って」
提督「榛名の異動もそうだが、タイミングが合わんよな。地味に難しい。天候が回復次第、と連絡しておいてくれ。だがまずは漣と青葉だ」
―漣と青葉、そして浜風はどうなるのか?
―同じ頃、堅洲島鎮守府の大食堂。
深雪「うーん・・・相談するったってイメージができてなきゃ失礼だよなぁ・・・」ポイッ・・・コロコロ
―深雪はノートの上に無造作に鉛筆を放り投げた。ノートには『深雪スペシャル』と無造作に書かれており、様々な状況や攻撃パターンの組み合わせが書かれていた。時に簡単な絵も伴うそれは、既にノートを半分以上使っている。
綾波「はい、お茶です。深雪ちゃん、まだ司令官に相談しないの?」
深雪「うーん、もう少し煮詰めてからのが良いと思うからさぁ。どんな時使うかもイメージできてないから、まだ早いかなって」
綾波「なるほどー・・・。今日の演習でもいい動きしてたから、司令官が何か言葉をかけてくれるようなタイミングでもあればいいんだけどなぁ」
深雪「いやー、そう言ってくれんのは嬉しいけど、なんか異動組も、空母や戦艦のお姉さま方もかなりすごかったから、ちょっと司令に声をかけづらいなって」
―大雪の中の実弾演習はかなり熾烈なものだった。
綾波「でもきっと、そういうチャンスがあると思うの。司令官はまめな人だってみんな言ってるから」ニコッ
深雪「だよな?そうだといいなぁ」
―異動ではない着任組も、戦意が高いため、着実にその練度を上げ始めていた。
―同じ頃。和歌山県串本町紀伊大島、南紀州鎮守府。地下出撃船渠。
択捉(ふう・・・やっと帰って来れた・・・)
佐渡「うあ~もうびしょびしょのクタクタだよ!お風呂入ってなんか食べてとっとと寝てぇなぁ・・・」
対馬「ふふふ、今日も何とか帰って来れた・・・」フゥ
松輪「択捉ちゃん、あれ・・・」
―松輪は択捉に、出撃船渠の上部バルコニーを見るように視線を送った。
択捉「えっ?・・・あっ!」
南紀州の叢雲「任務お疲れさま。旗艦択捉、司令官が呼んでいるから、常態に切り替えたら執務室に来るように、と仰せよ。伝えたわよ?じゃあね」クルッ・・・カンカンカン・・・
択捉「あっ!海防艦、択捉、諒解いたしました!」シュバッ
―択捉の返事を待たずに、秘書艦の叢雲は暗がりへと姿を消したが、択捉はその足音が消えるまで敬礼していた。今まで、司令官から呼び出しがあった事など無い。司令官を近くで見た事も、言葉を交わしたことも無かった。艦娘も多く、とにかく広大な鎮守府だったためだ。
択捉「みんな、もう大丈夫だと思うので、それぞれ先に休んでいてください。私も後で食堂に行きますから。松輪ちゃん、大丈夫?」
松輪「うん、大丈夫だけど、択捉ちゃんは?こんな事、すごく珍しいと思うから・・・」
択捉「何かの連絡だと思います。あまり司令官を待たせては良くないので、行って来ますね!」
―択捉はそう言うと、艤装を下ろし、常態に切り替えて執務室へと向かった。
―南紀州鎮守府、執務室。
択捉「海防艦、択捉、入室いたします」
―立派な扉の奥から、「どうぞ」と聞こえた。秘書艦であり、エースでもある足柄の声だ。
―ガチャッ・・・バタム
―執務室は赤の絨毯と重厚な木製家具で高品位にまとめられた、やや暗めの広い部屋だ。執務机の左右に、叢雲と足柄が控えている。そして、執務机で作業をしていた、屈強そうな坊主頭の男が顔を上げた。見るからに武術の心得があると分かる雰囲気に、意志の強そうな大きな目をしている。南紀州鎮守府の滝川提督だった。
滝川提督「荒天の中の警備任務御苦労。そう緊張せずとも良い。足柄、あれを」
南紀州の足柄「ええ。これを受け取りなさい、提督からよ。日々の精勤に対する評価と思っておきなさい。あとはゆっくり休むのよ?」ツカツカ・・・ソッ
択捉「これは・・・!いいのですか?こんなものをいただいて?」
滝川提督「構わん。用件は以上だ。ゆっくり休みたまえ」ニコッ
―択捉が手渡されたのは、一人当たり三枚、計十二枚の最上級間宮券だった。戦艦でもなかなかもらえないものだ。
択捉「あ・・・ありがとうございます!みんなもきっと喜びます!」
叢雲「良かったわね。用件は以上よ。早く休みなさい」ニコッ
択捉「はい!ありがとうございます!身の引き締まる思いです。では、これで退室いたします。ありがとうございました!」バッ・・・ジワッ
―お辞儀をした択捉だったが、認められていたことが嬉しくて涙が出そうだった。早くみんなにもこれを渡して、伝えたい。そんな気持ちでいっぱいだった。
―ガチャッ・・・バタン・・・タタタッ・・・
―択捉の軽やかな足取りが遠ざかっていく。
南紀州の足柄「ふふふ、何も知らないで可愛い顔で感謝していたわね」
南紀州の叢雲「お優しい事ね。悲惨な最期を迎える子たちだから、最後の情けかしら?」
滝川提督「それもあるが、最後の仕込みでもある。あれらはここの真実を知らんが、対馬はどうも怪しい。肝心な場面で択捉が我々を信頼していれば、全てはそのまま思惑通りに転がりゆく。それだけのことだ」ニヤァ
南紀州の足柄「ふふ、いいわぁ。出来ればあの子たちの最期が見たいものねぇ。あの時の艦娘たちみたいに間抜けと絶望の入り混じった顔で沈んで・・・そして仲間になるんでしょうね」オオォォォォ・・・
南紀州の叢雲「あんな子たちにもきっちり絶望を味わわせるなんて、ほんと外道ね。素敵よ」オオォォォォ・・・・
滝川提督「ふ、もうじき全ては我々の色に染まるのだ。小さな計算違いも排除しなくてはならん。それだけのことだ」オオォォォォォ・・・・
―提督、足柄、叢雲のそれぞれの瞳の奥に、血とも溶岩ともつかない深海の赤色が躍っていた。
―出撃船渠から大食堂への廊下。
松輪(択捉ちゃん、本当に気付かないの?ここ、どんどん暗くなっているの。あの時の怖い夜みたいに・・・)
―オオォォォォォオオオオォォォ・・・・
―松輪はある理由があってここに異動して来ていたが、弱気な松輪の事を、誰も注視していなかった。それが滝川提督たちの判断に狂いを生じさせることになるとは、まだ誰も気づいていなかった。
第七十五話、艦
次回予告
鎮守府裏サイトについてしらばっくれる漣と青葉。
提督はそんな二人に何らかの罰則を下しつつ、サイトについて確認しようと思うのだが・・・。
一条御門提督について調べようとする研究員と、その様子を探る総司令部の大淀。
そして大淀は、自分の把握している現状を、元帥さえ知らない組織に連絡する。
夜の堅洲島では、陽炎と曙が演習を行っていた。
同じく、武装憲兵隊より提督へと連絡が入る。特務案件『波崎』が動き始めようとしていた。
次回、『触れ得ざる者』乞う、ご期待!
山城『姉さま、最近私たちの出番が無くないですか?姉さまなしにして艦これの・・・』
扶桑『いくら何でもメタなのはどうかと思うわ。それに、近々私たち、結構活躍するのよ?』
山城『えっ?そういう戦いがあると言う事ですか?』
扶桑『どうも違うみたいよ?久しぶりにお酒を思いっきり呑めそうなの』ニコニコ
山城『・・・えっ?姉さまが、本気で、お酒を?』パチクリ
扶桑『どうもそうみたいね』
山城『・・・・・・大変だわ』ボソッ
扶桑『うふふ、楽しみね』
山城『これ・・・洒落にならない事になるわ・・・』ガタガタ
うぽつです!
新しい話がキタ――(゚∀゚)――!!
同月に二話も読めるとは・・・なんたる僥倖(幸せ)
私は今、人生の絶頂期にいるのかもしれない
うおぉぉ!
食材奪還の休憩中に覗いたら新しい話が来てたー!
山風・・・守護らねば・・・
提督側に理由があっても舞鶴第二の比叡が不遇で胸の奥がざわざわする・・・
普段元気いっぱいな比叡がシュンとしてたら、なんだかギャップがやばいですね!
ところで比叡が作ったカレーの色はどんな色だったんでしょう?
私の想像では緑野菜を入れ過ぎて緑色かなぁとか思ってみたり!
うちの比叡はなぜか毎回、激辛な味付けにしてくるんですよねぇ・・・辛いの苦手だから甘口が良いって言ってるのに・・・(´;ω;`)
提督の元カノキタ――(゚∀゚)――!!
提督と元カノの間にはただならぬ深い問題がある様子ですね!
再会した時や今後の展開がどうなっていくのかが気になりますねぇ!(青葉)
やっと追いついた…
マジで長いよ(´・ω・`)(全然気にしてないけど)
比叡は最初に出た娘だからどうなるのか楽しみですた
そろそろ鹿島の行方も気になることですなぁ
新しい話がアップされてた\( 'ω')/
今まで水面下で動いていた深海勢が遂に本腰を入れて動き始めたって感じですね!
それにしても、提督の遺伝子情報が要るって・・・クローンでも作るのかね?
それとも提督をピンポイントに追尾して攻撃する兵器とか?
めちゃ気になるなぁ!
ひさしぶりに浜風のことが出てきそうですなぁ
鎮守府裏サイトは提督の許可をとってなかったんかーいw
どんな罰則が下るんでしょうねぇ?
最初から胡散臭かった大淀がさらに怪しくなってきたw
久々に綾波が出てきてる!
綾波は今のところ深雪スペシャル絡みでの出番ですかね?
まあ、それを抜きにしても毎回楽しんで読ませていただいてます!
ついにロケランが動き出しましたね
この物語が始まった、提督着任したての頃が懐かしいなぁ
1さん、コメントありがとうございます!
いえいえ、もっとペース上げたいのですが、なかなか。
ひと月に4話くらい頑張りたいんですけれどね。もう少しかかりそうです。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
罪人さん、コメントありがとうございます。
ショックで口のきけなくなった山風と加賀さんの関係、気になりますねぇ。
比叡はこの時代の戦艦の不遇がよく分かるような目に遭います。しかも話をよく読むと、比叡を演習で破ったのはもしかすると?
ちなみに、今回比叡が作っていたカレーは黒紫色です。が、本当は美味しいですし、身体にも良いものです。
理解して食べてくれる仲間に早く会えると良いのですが・・・。
提督と昔の彼女の間には、やむを得ないギリギリの事情がありました。その凄惨な経緯と結果は、いずれ語られると思います。
ルーミャさん、コメントありがとうございます。
やたら長ーいこの話、読んでもらって感謝です。劇場版で比叡が活躍していましたが、このエピソードでも比叡はとても頑張ります。
しかし、どれほど頑張っても一切信用しない提督たちもいます。
その理由はやがて語られていきますので、お楽しみに。
で、鹿島ちゃんの件はそろそろ動きます。
綾波型の目立たないけど可愛いあの子が大事な役割を果たしたりしますので、お楽しみに!
4さん、コメントありがとうございます。
深海はもう艦娘側に優れた提督がいないと考えて、大攻勢の準備を始めています。しかし・・・といった展開になっていくかと思います。
遺伝子情報は、この時代最高レベルの個人情報です。特殊帯を使いこなすと遺伝子情報から個人情報を逆追いして割りだしたりできるので、戦時情報法を無効化してしまいかねないのです。
ただ、他にも重大な理由は有るので、本編で語られる時を楽しみにしていてください。
で、裏サイトの経緯は最新話で語られていますが、そうですね、大淀さん、そろそろ怪しくなってきましたねぇ。
凰呀さん、コメントありがとうございます。
もう少し先になりますが、綾波ちゃんがしばしば大活躍する話も出てきます。特に、最初は小笠原攻略戦でスポットが当たりますが、真っ暗な迷宮水路内での夜戦の連続になるので、黒豹そのものな綾波ちゃんの活躍を読める日が来ます。綾波ちゃんの最初の覚醒エピソードになる予定ですので、お楽しみに!
6さん、コメントありがとうございます。
確かに懐かしいですねぇ。
この話自体が、「陸奥の件で大怪我してしばらく療養した後」からスタートしてますから、最初期の話は回想にしか出て来ませんが、いずれ語られる日も来るかと思います。
とはいえ話はまだまだ序盤。艦娘はみんな濃いから先は長いですねぇ。