2017-01-10 10:35:45 更新

概要

12月30日夜の堅洲島鎮守府。

下田鎮守府の提督と瑞穂とともに、下田鎮守府の大量の書類を精査して、ある艦娘の深海化疑惑が持ち上がる。

そして、その場合を考慮して特務第七の川内を交えた打ち合わせを行い、全体の収拾のつけようが見え始める。

しかし、深海化している可能性の有る艦娘が複数いることが判明し、全容の把握は難しいまま、状況を進めていく事になる。


その頃、早池峰泊地の浜風は、独自に組み立てた作戦に従い、行動を開始していた。

大淀と呑んでいた藤瀬研究員は、呑み潰れた大淀から、聞き覚えのない提督の名前を聞き、不安にとらわれる。


そして、堅洲島では磯波が、ある不安から、眠れない夜を過ごしていた。



前書き

お待たせいたしました。

ここまで高密度なスケジュールだった理由が、次回予告で判明します。

また、浜風もそうですが、今後出てくる前回の大規模侵攻の生き残り組は、みんな妙にバラバラな任地に飛ばされています。その部分も気にかけつつ読んでいただけると、少し楽しいかもしれません。

そして、今回触れていますが、磯波、望月の捨て艦事件の話は、まだ終わってはいません。

今回まででやっと、初期の伏線は出せましたので、次回から、海域奪還&謎解き&未来の仲間たちそれぞれの活躍と、異動・着任というペースになって行けそうです(長いですねー・・・!)。




[第三十六話 深海の疑惑 ]




―12月30日、ニーイチマルマル(21時)過ぎ、堅洲島鎮守府、大浴場。


―提督と叢雲は水着着用で温泉に入り、打ち合わせをしていた。


提督「なぁ叢雲、もしかして、艦娘の提督をしていると、傷の治りが早くなったりするのか?」


叢雲「そんな話は聞いた事がないわね。なに?傷の治りが早くなっているの?」


提督「ああ。正確に言えば、心身両面の調子がいいようなんだ。と言うより、良すぎる気がする。まあ、理屈は分かる気がするんだが、それにしてもかなり・・・ってところかな」


叢雲「良い事でも疑問を持つあたり、ほんと、アンタらしいわね」


提督「その時悪い事が、長い眼では良い事になり、その時良い事が、長い眼では悪い事になる・・・そんな事もあるからさ」


叢雲「なるほどね。少し、調べておくわ。・・・ん?じゃあ、左腕の怪我、もうだいぶ良いの?」


提督「おかげで、いつの間にか、痛みが抜けてしまったよ」


叢雲「もともと、その怪我自体、早く治っている気がするけれどね」


提督「今の医療技術は大したもんだよな。あの時は、もう片腕になるのを覚悟していたから、左腕をライフルか何かに変えようかと思っていたくらいだが」


叢雲「あったわね、そんな漫画。義手取って撃つんでしょ?」


提督「おー、分かってるね!」


叢雲「冗談はともかく、治ったなら何よりよ」


提督「まあそうなんだがな・・・」


―しかし、ほとんど皮一枚でぶら下がり、ズタズタになった腕が、ここまで早く、綺麗に治るものだろうか?横須賀の国防先進医療病院では、確かに最新の治療だとは言っていたが。


叢雲「・・・怪我の件は、あまり考えるのはやめなさいよ?陸奥さん、すごく責任を感じているんだから」


提督「そうだな。うん、わかってる」



-一時間後、執務室。


―提督は下田鎮守府の金山刀提督と瑞穂、叢雲、磯波、というメンバーで、特防で出力してもらった大量の資料の精査結果をまとめていた。


金山刀提督「改めて見てもずいぶん多いな、この資料」


提督「多すぎるんだが、問題はこちらなんだ。下田鎮守府の憲兵、ずいぶんマメな仕事をするんだな」


―下田鎮守府の憲兵の報告書は執拗なほどに多く、提督が相当な問題人物だと伝わってくるような内容だった。


金山刀提督「ん?そりゃ何のこったい?あの爺さん、別に何の仕事もしちゃいねぇぞ?」


提督「爺さんだって?ずいぶん几帳面な字を書く年寄りだな。これだが」バサッ


磯波「なんだか、まるで女の子の字みたいですね。可愛いというか・・・」


―提督は大きな封筒に大量にまとめられた、憲兵からの報告書を箱から出し、執務机の上に置いた。その内容の多くは、憲兵の視点から見た、艦娘の、提督からのセクハラを訴えるものだった。


金山刀提督「どれどれ・・・いや、こいつはおかしいぞ?こんな報告書、見た事もねぇし、あの爺さんの字はこんな女みてえな字じゃねえ。本当にうちの鎮守府からの報告書なのか?・・・なんだと?おれのハンコが押してあるじゃねーか!」


提督「その、憲兵から直接上層部に上がる報告書の内容については?特定の・・・胸の大きい艦娘へのセクハラが随分と報告されているようだが・・・」


瑞穂「・・・篤治郎さん、本当に大きな胸が好きなんですね」ジトッ


金山刀提督「いや、ま、まあな・・・すまねぇ」


叢雲「・・・・・」


金山刀提督「なんだこりゃ?・・・いや、誓って言うが、おれは酔った時に摩耶の胸を触ってグーで殴られたのが一度きりと、普段から正直に巨乳好きを公言しているだけで、こんなに触ったりとかしてねぇぞ?なんだこの報告書の数は!」


瑞穂「えっ?どういう事ですか?」


叢雲「これ、アンタの言ってた・・・」


提督「・・・金山刀さん、その憲兵の報告書の女みたいな字って、誰か同じような字を書く人に、心当たりは?」


金山刀提督「・・・すまねえ、ちょっと他の資料も貸してもらっていいかい?」


提督「もちろん、構わないが・・・」


―金山刀提督は、他の書類、特に秘書艦の日誌や報告書を引っ張り出し、憲兵の報告書と照らし合わせ始めた。幾つかの書類と照らし合わせ、次第にその表情が険しくなっていく。


瑞穂「篤治郎さん?顔色が・・・」


金山刀提督「・・・ああ、すまねぇ、特務第二十一号の提督と、みんな、ちょっとこれを見比べてみてくんねぇか?」バサッ


叢雲「・・・えっ?これ、どういう事?」


磯波「これ・・・同じ字です!たぶん」


提督「・・・まずいな、これは」


―憲兵の報告書の筆跡は、下田鎮守府の秘書艦を務めていた、二人の艦娘の文字とよく似ていた。それは、愛宕と、高雄のものだった。


瑞穂「篤治郎さん、この二人から特に恨みを買うような事は?」


金山刀提督「いや、申し訳ねぇが、全然心当たりはねぇ。秘書艦をやってもらってるくらいだしな。二人とも、真面目で親切だ。なのに何であいつら、何でこんな事を・・・?」ワナワナ


提督「金山刀さん、落ち着いてくれ。おそらくこれは、恨みを買っているとかそんなんじゃない。一つ、質問良いかな?」


金山刀提督「・・・あ、ああ。すまねぇ、ちょっと気が動転しちまってるが、大丈夫だ。んで、質問ってのは?」


提督「この二人か、またはそれ以外でも、一定時間行方不明になった艦娘はいるかい?」


金山刀提督「・・・どういう事だ!?なんであんたがそれを?その件はうちの鎮守府のD事案扱いだぞ?」


瑞穂「轟沈はともかく、行方不明なんて、そんなケースは・・・あっ!もしかして、私と同じように?」


金山刀提督「今年の春の大規模作戦の時だ。愛宕と高雄は、連合艦隊のそれぞれ旗艦として出撃したが、途中で深海側の奇襲に遭い、大破した蒼龍をかばいつつ、殿を務めてほかの仲間を撤退させたんだ。あの時は、おれもみんなも、三人の轟沈・ロストを覚悟していたんだ」


叢雲「えっ?じゃあ、もしかして蒼龍さんも?」


金山刀提督「いや、わからねえが、三日後だ、三日たってから、三人で帰ってきたんだ。愛宕と、高雄はボロボロだったが意識があり、蒼龍は気を失っていた。その間に、何があったんだ?蒼龍も深海化しているのか?だとしたらあいつら・・・」


提督「実は、君の所の二航戦たちからは連絡が来ている。今のところは大丈夫のようだ」


金山刀提督「なんだって!?マジでか?何でそんな事に?」


―提督は下田鎮守府から送られた暗号化ロールペーパーを取り出して見せた。


金山刀提督「なんてこった。あいつら、おれがこんなになってもきっちり任務を続けていたんだな・・・くっそ、何とかしてやりてぇが・・・」


提督「困ったな。愛宕と高雄の二人はおそらく、何らかの理由で深海化しているが、蒼龍がわからない。普通に考えれば、蒼龍も深海化していると考えるべきだが、それを裏付けるものが一つもない。対応を誤れないな・・・」


磯波「提督、愛宕さんと高雄さん、戦って沈めるしかないんですか?」


提督「少し前はそうだったが、今は会話してみる余地はあるだろうな。可能性の低い賭けになるが」


金山刀提督「おれが・・・おれがあんな作戦に参加したばかりに・・・」


提督「いや、これはそういう話じゃない。君は普通に提督としての采配を振るっていただけだ。しかし、大事な事も見えてきたぞ。情報の漏えいは、特定の誰かからばかりとは限らない。一定時間行方不明になった艦娘は全て精査する必要が出てきたって事だ」


叢雲「そんな・・・こういう話は、しばしば聞く話よ?沈んだと思ったら、少し後にボロボロで帰ってきたって。そういう子がみんな深海化している可能性があるってこと?」


提督「どういう理屈でそうなっているかは不明だが、現状、そうなるな。だから、きめ細かく情報が洩れているのに、その尻尾がろくにつかめなかったんだろう」


瑞穂「現に、私自身そうでしたから・・・」


金山刀提督「・・・なんてこった。そりゃあ勝てるわけねぇよ。大変な事だぜ、これは」


提督「ふーむ・・・磯波、特務第七の川内を呼んできてくれ」


磯波「かしこまりました!」


―しばらくして、特務第七の川内が執務室に来た。が、明らかに緊張している。


特務第七の川内「こんばんは、提督さん・・・」


提督「あ、何か物騒な話をするとか、そういうんじゃないんだ。差し支えのない範囲で、色々教えて欲しい。まだ形は整っていないが、全てを丸く収める為に大切な布石なんだ」


特務第七の川内「えっ?そうなの?」


提督「もしかすると、君にも協力してもらうかもしれない。・・・なるべく、そのような状況の発生は避けたいが。・・・ちなみに、こちらが下田鎮守府の提督、金山刀さん。で、こちらが、君のターゲットだった、特別防諜対策室の瑞穂さん。あとは、うちの初期秘書艦の叢雲と、護衛秘書艦の磯波だ」


叢雲「ここは楽しめているかしら?演習場での話は聞いているわ。よろしくお願いするわね」


磯波「よろしくお願いします。昨夜は私も、途中まではある場所に詰めていました。あの、戦う事にならなくて、こうしてお話できて、本当に良かったです」


下田鎮守府の提督「よろしく。おれは下田鎮守府の提督、金山刀(かなだ)だ。今は逃亡中って事になっちまってるけど、おれの事も瑞穂も、狩らねぇでくれよ?」ニヤリ


瑞穂「こんにちは。特務第七の川内さん。あなたは任務をこなそうとしただけ。そして、その状況は終わりました。だから私も、あなたに特に悪い感情を持つ、という事はありません。よろしくお願いいたしますね」ニコッ


特務第七の川内「えーと、ごめんなさい。何がどうなってこうなっているのか、全然良く分からないんだけど」


―提督は状況を説明した。


特務第七の川内「・・・なるほどね。うーん、下田鎮守府の件は提督の話しか上がってきていないから、艦娘の深海化の件は完全に新しい情報だよ」


提督「君んとこの、暗殺対象のリストアップは、どういう基準なんだ?」


特務第七の川内「大規模侵攻の生き残り組だよ。大規模侵攻で、ロスト・・・つまり、誰もその動きを確認していなかった時間が一定以上ある子はみんな観察対象で、観察の結果、深海化が認められるとわかったら、実証。実証で深海化したら排除。流れ自体はとてもシンプルなの」


提督「実証と排除はわかるが、観察ってのは?」


特務第七の川内「うちには深海棲艦がいるから、その子に対象の動画を見せるの。ほぼ八割以上判別可能よ」


提督「深海棲艦だと!?」


瑞穂「判別に深海棲艦を運用しているという噂は本当だったんですね」


下田鎮守府の提督「は?そんな事ができるのか?あいつら、人型をしているのもいるが、話が出来たり、運用なんてできるのかよ?」


特務第七の川内「詳しくは分からないけれど、偶然が重なったみたい。うちの深海棲艦、アメリアちゃんは、なんでも『深海の中枢』からの通信を受け取る能力が戦闘で破壊されたうえに、昔どこかで聞いた歌や音楽にずっと憧れていたと言っていたから。実際、任務の時間以外は音楽漬けな子なの。ピアノとか弾くし」


提督「なるほど、心の飢えに音楽が合致したのか・・・ふむ。あり得なくはないな。文化の力は大きいものだから」


叢雲「そうなの?アンタには理解出来る事なのね?」


提督「ああ、おそらく深海側にはほとんど文化なんてない筈だからな。餓えた心に対する文化の影響は馬鹿にならんよ。そうか、良い子っぽいな」


特務第七の川内「・・・うちのボスと同じような事を言うんだね、提督さん。アメリアちゃんは音楽が何より好きだから、うちの提督とも特に関係はしていないの。そういう物ではなく、とにかく音楽が好きみたいで」


瑞穂「文化の力、ですか。考えさせられますね」


特務第七の川内「でね、その子の話だと、艦娘が動くと、何ていうか、光の航跡みたいなのが見えるんだって。あとは目を見てもわかるって言っていたかな。とにかく、深海の子から見ると艦娘は光を放っていて、深海化すると、それが消えるって事みたいなの」


提督「なるほどな。やはりそうか。ケッコンの見せかけの強さの件とも合致する」


特務第七の川内「え?それはどういう話?」


提督「高練度で高い輝度を持つ艦娘は、深海側からは認識しやすく目立つ存在になるはずだが、ケッコンでその光を少し相殺し、認識しづらくしているから、少しだけ強くなったように感じられるが、そう強くなっているわけではない、という事さ」


叢雲「なるほどね・・・」


下田鎮守府の提督「そうすると、これは結局、どうしたらいいんだ?」


提督「とりあえず現状、丸く収める為の舞台と役者はそろったと言えるな。不確定要素はあっても、それはこの筋書きに影響しないところまできた。金山刀さんと、瑞穂さん、特務第七の川内ちゃんは、おそらく実績や手柄と相殺で日常に戻れるだろうよ。しかし、下田鎮守府の誰か一人くらいは深海化している可能性を考えていたが、事態がそれより深刻で、不確定なのはネックだな。誰も沈まずに収めたいが・・・」


叢雲「どの部分が一番難しいと考えているの?」


提督「まず、愛宕と高雄の深海化を止める手立てがない。金山刀さんの言葉なら届くかもしれないが、ほぼ間違いなく、戦闘状況になるだろう。あとは流れで打つ手が見つかるかどうかだ。同じく、蒼龍が深海化していなければ良いが、深海化しているとしたら、二航戦たちとの対話時に状況が発生する可能性があるってことだ。こちらも、同じく、流れ次第で打つ手が見つかれば、って事になる」


下田鎮守府の提督「瑞穂みたいには、いかねぇよなぁ・・・」


提督「理屈がわからない以上、昨夜のことは奇跡的な事だととらえるほかないな。そして、奇跡はそう何度も起きないさ。最善を尽くすしかない」


特務第七の川内「今までも色んな状況は発生したけれど、深海化しなかったケースなんて無かったよ。瑞穂さんの件は正直、理解不可能なんだよね。だから、気の毒だけれど下田鎮守府の子たちは、おそらく何人か沈むことになると思う」


磯波「一体、どんな仕組みで深海化しちゃうんでしょうか?それがわかれば、何か対策も打てるのに・・・」


叢雲「そうね。本当に歯がゆい部分だわ」


提督「ギリギリまでは考えるさ。組みあがった状況は、それ自体が思わぬ展開を生む力にもなりうる。昨夜の件もそうだった。だから、まだ希望は捨てない。人間の作戦に付き合って、命を危険にさらして、深海化したから排除では、あまりにもな・・・」


特務第七の川内「でもっ!だからって危険は・・・」


提督「それもわかってる。矛盾に向き合うのが人間の宿命だとおれは思うんだ。だから君もこの件ではとても重要だ。その時が来たら、役割に専念してくれたらいい。協力、頼めるかな?」


特務第七の川内「ただ命令すればいいのに、ほんと変な提督さん。本当にヤバい時は、慣れてる私が戦うべきだもん。任せて!」


提督「ありがとう。これで君も、何も問題なく日常に帰してやれるはずなんだ。最悪の場合は、よろしく頼む。偶然とはいえ、都合のいい話ととらえられるかもしれないが・・・」スッ


―提督は特務第七の川内に頭を下げた。


特務第七の川内「あっ!そういう事をしないで、提督さん。私、もう色々理解したから。感謝しているくらいだよ?だから大丈夫。任せといて!」


叢雲(どういう意味なの?今の、なぜ頭を下げる必要が?)


―叢雲はこの、提督と特務第七の川内のやり取りがいま一つ意味が分からなかったが・・・。


磯波(もしかして、提督、私たちに仲間を攻撃させたくないんですね・・・)


―磯波は、その意味するところが分かった。


―その後、一月五日の伊豆大島沖合での会合と、その後に向けた打ち合わせを行い、各自の役割を確認すると、下田鎮守府の提督と瑞穂は部屋に戻って行った。しかし、特務第七の川内は執務室に残っている。


提督「ん?特務第七の川内ちゃん、何か話したい事がある感じかな?」


特務第七の川内「うん。と言っても、私が知りたかったことは今の打ち合わせでほぼなくなった感じ。ちゃんと、私の仕事や手柄も考えて、穏便に帰そうとしてくれるとか、びっくりだけどね」


提督「あ、その件なんだけどさ、今回、何で無理にここに侵入したんだ?熟練者のするミスじゃない気がする。何かプライベートな事情で、気の急いてしまうような事でもあったのかね?・・・言いたくなかったら、構わないが」


特務第七の川内「あっ、えーと・・・やっぱり提督さんにはバレちゃうかぁ~。正直に言うとね、最近頭角を現してきた子がいて、負けたくなくて、手柄を焦っちゃったんだよねぇ。ここの詳細も知りたかったしね。矯正施設の時雨とか、榛名さんも、うちに引っ張りたかったけど、取られちゃったし」


提督「あ、そうだったのか。それは悪い事をしたのかもしれないな。ただ、勝手な感想だが、時雨はともかく、榛名は君らの所には・・・」


特務第七の川内「うん、あまり向いてないと思う。だからいいんだけどね」


提督「実は、叢雲とも話していたんだが、今回の君らしくない失敗は、何か女の子っぽい事情かなと思ったんだけど、やっぱりそうだったって事か」


叢雲「あら、やっぱりそうだったのね?」


特務第七の川内「てへっ、恥ずかしながら当たりだねー。提督さんだと見抜いちゃうよねー」


提督「とはいえ、結果的には、うちは君がいてだいぶ助かっているし、助かることになる。対外的には、遊びに来たって形にしてもかまわんよ」


特務第七の川内「そんな・・・提督さん、何だか艦娘に対して、すごく優しいよね」


提督「優しいというか、君ら艦娘は信用できても、人間はほぼ信用できないのさ。例外的に、おれの事を一方的に親友呼ばわりしてくるいい奴が一人いるくらいで、おれは誰も信じることが出来ない。けど、君らは信用できるし、君らと関わっていると、不思議と、おれの心の状態も良くなるからさ」


特務第七の川内「そうなんだ・・・心の状態?」


磯波「提督は、重度の戦闘ストレス障害の認定をお持ちなんです。全然、そうは見えないんですけれどね」


―ここで川内は、特務第七のいつものやり取りを思い出した。


特務第七の川内「あの、提督さん、『対象D』って言葉を・・・うっ!」ゾアッ


―急に、執務室の空気が凍り付いた。


叢雲(えっ?なに?この感じ)


磯波(苦しい・・・なに?この感じ)


―提督は静かな笑顔だが、左手が引っ掛けたワイシャツの内側、おそらくホルスターに伸びている。


特務第七の川内(いつの間に?)


提督「・・・あ、いかん、つい昔を思い出した。懐かしい名前だ」スッ


特務第七の川内(なんて気配なの、この人。凍え死にそうな殺気だった・・・)


―提督の手が、懐からコーヒーカップに移った。再び、空気が緩む。


提督「懐かしい呼び名だ。・・・そいつは、おれが味方からの暗殺対象だった頃のターゲットコードだよ」


叢雲・磯波「!!」


特務第七の川内「ごめんなさい。じゃあ、提督さん、あなたが『対象D』なのね?うちのボスが、絶対に戦うなって・・・」


提督「その名を知っていて、生き残り、おれと絶対に戦うなって言う男なら、一人だけ心当たりがある。国防自衛隊、日本外人部隊所属、選抜偵察部隊の首席だった男。鷹島玲司だな。君のボスは鷹島か。懐かしい名前だな・・・」


特務第七の川内「わぁ、ボスの下の名前、玲司って言うんだ・・・。うん、うちの提督は鷹島っていう名前だよ」


提督「そうなると、色々納得だな。確かに君は、あいつの趣味を形にしたような女の子だしな」


特務第七の川内「えっ?そうなの?」


提督「ああ。細かくは言わないがな。だから、一番最初にケッコンしたのも君じゃないか?」


特務第七の川内「そういえば、私だね・・・」


提督「老婆心にはなるが、多分君は結構愛されているはずだぞ?だから、今後は功を焦った先走りは絶対にしないでくれ。つまらない事で命を落としかねん。仕方なかった事とはいえ、あいつには幸せに長生きして欲しいもんだと思っているんだ」


磯波「その人と提督、何かあったんですか?」


特務第七の川内「うちのボスが兵士だった頃、任務でこちらの提督さんを暗殺しようとして、二度返り討ちをくらって死にかけた。そうでしょ?」


提督「まぁ、そういう事だな。隙だらけに見えたのかもしれんが、おれが一番『入ってる』時に狙うんだもんなぁ、あいつも。こっちは戦いが終わるまで、あいつを撃ったって気づかなかったよ。しかし、元気にやっているようで何よりだ。みんな命令に従っただけなんだし、あいつくらいは元気に生きていって欲しかったからな」


叢雲(じゃあ、他にアンタを暗殺しようとした人は、みんな死んだって事なのね・・・)


磯波「あの、提督はなぜ、暗殺対象だったんですか?」


提督「それが今でもわからないし、おれが人間不信になっている理由の一つだよ。全く心当たりがない。確かに、敵は倒しまくったんだがな」


特務第七の川内「うちのボスも言ってた。ウソの命令違反で暗殺対象になっていたって」


提督「ま、上層部の誰かにとって、都合が悪かったんだろ。おれは何でも疑ってかかり、先回りするからな。知らない間に、誰かの出来レースをぶち壊してしまったのかもしれん」


叢雲「出来レース?」


提督「負けるべく、失敗すべく組まれた作戦とかさ。実際、おかしい作戦はいくつもあったしな」


叢雲「そうなのね・・・」


提督「逆に、今のここでの扱いは、あの頃とは真逆な気がする。誰かに見守られているような、そんな気がする。気のせいかもしれないがな。廃人に等しいおれを見つけて提督にするって事は、そういう事なのかな?なんて、たまに考えたりするのさ」


磯波「提督の事を知っている人、なぜかすごく多いですもんね」


提督「妙に多すぎる気はするがな」


特務第七の川内「びっくりだなぁ、うちのボスと知り合いだったなんて。うちのボス、艦娘でも敵わないから、絶対に戦うなって言ってたよ?まさか本当の『対象D』さんと会えるなんて!」


提督「そりゃちょっとオーバーだぞ?なんなら、サインでもしようか?ふっ」


叢雲「榛名さんとの戦いを見ちゃうと、確かに勝てる気がしないわ。隙だらけでどっか緩い空気を持っていると思ったら、全然違っていたものね」


磯波「陸奥さんが、提督の事を獰猛な人って言っていたの、ずっと違和感があったんですけれど、そんな事なかったですね」


特務第七の川内「そのせいでか、ここのみんな、すごく強くなりそう。ちょっと怖い気がするくらいよ」


提督「艦娘は提督の影響を受けるって噂か。無くはないだろうが、そこまで差が出るだろうかね?」


特務第七の川内「まあそこはさー、楽しみにしていたらいいけど、今日だってここの川内に一度、演習で大破食らったからね。あちこちの鎮守府を見てきた私からすると、噂ではなく本当だと思うよ」


提督「そうか。少しでも皆が強くなる要因があるなら、悪くないな」


特務第七の川内「ところで提督さん、知っていたら教えて欲しいんだけど、深海化した子を元に戻す方法ってある?」


提督「あるんだろうが、それはおそらく核心に迫らないとダメだろうな。という事は、それ以前の方法・・・撃沈して再構成する、に賭けるしかないだろうよ。相手が姫や鬼クラスだと、撃破後に高確率で艦娘が現れる。もしも知り合いなら、撃破時に呼びかけ続ければ、あるいは・・・ってところだろうな」


特務第七の川内「やっぱり、それしかないよね?そっか・・・」


提督「誰か、深海化したのかい?」


特務第七の川内「うん、私の妹がね、二人とも、海で消息を絶ってるんだよね。そのしばらく後に、二人とよく似た深海棲艦が、以前私がいた鎮守府の艦隊にしつこく襲い掛かってきたの。でも、私は認めたくなくて、怖くて、海に出る事をやめていたのよ。向き合えなかったの」


叢雲「そうだったのね・・・」


磯波「そんな事が、あったんですか・・・」


提督「なるほどな。・・・うちはまだ、二つ名も主任務も決まっていないが、どう運用していくかは大体決めてある。時が来たら、協力できることもあるだろうよ。鷹島が提督をやってるなら、まず間違いなく顔を合わせたり、手を組むことにもなるだろうしな。ただ、あいつがおれを必要以上に避けていたらダメだが」


特務第七の川内「うーん、どうだろ?うちのボスの考えは分からないけれど、海での作戦はなるべく避けるのがうちの方針みたいだから、時が来たら相談に乗ってもらうかも」


提督「構わんよ。まずは下田鎮守府の件を終わらせて、君を日常に戻してからになるが、うちは局地戦で深海の有力な戦力を削っていく方針だから、きっとその時は来るさ」


特務第七の川内「ありがと、提督さん。なんだかやっと決心がつきそう。・・・じゃあ、私も部屋に戻りますね」


提督「ああ。何もひどい事にならないのは分かってもらえたと思う。ゆっくり過ごしてくれ。今日はありがとう」


特務第七の川内「こちらこそ。では、失礼します」ザッ


―特務第七の川内は、立ち上がって敬礼をすると、執務室を出ていった。


叢雲「・・・優しいわね。と言うより、あの子の仕事もあったわけね?今日一日の休息の成果ってところかしら?」


提督「おそらくこうだろう、という流れを、自分なりに整えようとしてみただけだよ。しかし、なかなか悪くない流れだ。あとは、誰も沈めず、深海化させずに収めたいんだがな」


叢雲「あの子に頭を下げたのはなぜ?うちは立場的に、そこまでしなくてもいいはずなのに」


提督「いや、うちの子たちの代わりに、あの子が手を汚してくれるって事なんだ。仲間同士の戦闘は、高練度でないと艦娘の心に悪影響が出やすい。だからさ」


叢雲「あっ!そういう事なのね。そうか、私たちの代わりに、艦娘同士の戦闘をあの子がする・・・だからあなたは頭を下げたのね」


提督「あの子がいなかったら、うちでは下田鎮守府の件はいま一つ対応できないところだったよ。演習の延長みたいな感覚とはいかないからな。深海化した艦娘を轟沈させるってのは、凄惨過ぎる体験になりかねんしさ」


叢雲「本当に、艦娘に対して優しいのね。聞いた事があるでしょうけれど、内偵で潜入した艦娘の正体がバレたりすると、どうせ轟沈や解体させるからと、ひどい事をするような提督も少なくないらしいのに。あなただって、心は病んでいても健康な男の人なんだし」


提督「あー、おれはそういうの嫌いなんだ。最も燃えるエロはなぁ、深い信頼の果てにしかないと考える方なんでね」


叢雲「ふーん?男の人の欲求なんて、そんなに制御の利くものかしらね?」


提督「あぁ、じゃあ、どうしても抑えが効かなくなりそうな時は、初期秘書艦に土下座でもして何とかするさ」


叢雲「えっ?・・・なっ!・・・何て事を言うのよっ!」


提督「あまり深く突っ込むからだぞー?」


叢雲「・・・なーんて、アンタはいつも冷静よね。さっき、昔のコードネームが出て、アンタが殺気を放った時、むしろ人間らしくてちょっと安心したくらいよ」


提督「うわ、適応されててつまらんな」


叢雲「これだけ色々あると、さすがに慣れるわ。ねぇ?磯波」


磯波「・・・」ボー


叢雲「・・・磯波、聞いてる?」


磯波「・・・あっ、はい!叢雲さんほどではないですけれど、あまり、びっくりしなくなりますよね」


叢雲「珍しいわね、あなたが考え事なんて」


磯波「あっ、いえ、すいません・・・」


提督「・・・ま、今日ももう遅いし、そろそろ終わりにしようか」


叢雲「ふふ、昨日あれだけ様々な事があったのに、今日も普通に執務が終わるわね。一応、休暇中の対応にはなるけれど」


提督「あ!しまった、一つ忘れていた!」


叢雲「えっ?」


提督「いかんな。今日の朝には告知すべきだったのに。叢雲、地域特務案件イ壱号の告知頼む」


叢雲「あっ・・・忘れていたわね」


―叢雲は慌てて館内放送を始めた。


叢雲(館内放送)「堅洲島鎮守府の全艦娘に連絡。まず、夜分にごめんなさい。執務室及び提督からの告知があります。新年の未明より開始される、地域特務案件イ壱号について、ただいまより掲示板にて告知いたします。地域特務案件は、この堅洲島鎮守府でのみ発生する案件であり、地域住民の要望に応える形の任務となります。任務の内容、任務遂行場所については掲示板に貼りだされる告知によく目を通して下さい。本任務は自由参加ですが、参加者には提督からの功績点が付与されます。また、扶桑型戦艦、山城さんのみ、強制参加となっております。希望者は早めに秘書艦および提督に立候補してください。以上!」プツッ


磯波「提督、初耳なんですが、これはどういう・・・」


提督「ほら、内容はこれさ。これを貼りだして来てくれないかな?」パサッ


―提督が磯波に渡した告知書には、このように記載されていた。


―地域特務案件イ壱号


―堅洲島潮音寺、31日23時より除夜の鐘の補佐(甘酒の配布、誘導など)、五名。


―堅洲島大伽羅(だいから)神社、1月1日午前零時より、巫女の増員として交代制12名(うち、扶桑型戦艦二番艦、山城は確定)


―堅洲島昆嶽(こんだけ)神社、1月1日午前零時より、巫女の増員として交代制10人。


―堅洲島稲荷神社、1月1日午前9時より、巫女の増員として交代制4人。


―なお、立候補して参加した艦娘には功績点2、指名参加は功績点1とする。


磯波「あっ!除夜の鐘のお手伝いと、初詣の巫女さんのお仕事ですか!」


提督「そういう事!で、山城は強制参加」


―ダダダダダダッ・・・バーン!


山城「私が強制参加って、どんな任務ですかぁー!?あ、これちょっと借りるわね」バッ


磯波「あっ、山城さん、それは!」


提督「はえーよ!早すぎだろ!今放送したばかりだぞ?」


―しかし、山城は既に磯波の持つ告知書を勝手に取って見ていた。その肩が震えている。


提督「だから、早いって!」


山城「・・・提督、これはどういう事ですか?」


提督「山城が巫女をやる。これは命令。辞退は許さない。・・・以上!」


山城「そんな!横暴よ・・・横暴だわ!こんなの!」


提督「少し巫女の恰好でもして、他人からの見られように関する認識を改めるんだな。ついでに、大好きな不幸の蓄積も・・・ぐげふ!」ドスッ


山城「それについては皆にあまり言わないでと言いましたよねぇ?(小声)」


提督「みぞおちに肘食らわしやがったな、この・・・(小声)」チョン


山城「ひゃあっ!セクハラだわ!いきなりわき腹を突っつくなんて!」


提督「けっ、敏感なふりしてんじゃねーぞ、この酔っ払い暴力女!」


山城「ふん!私は騙されないわ!あなたは危険な男よ。昨日はっきりとわかったわ。姉さまにすすめたロングセーター、あの、姉さまの気品とエロティシズムを最大火力にしてしまう服装をあっさり薦められるあなたは、正体はとんでもないモンスターよ。きっといつか、私も姉さまも、・・・いいえ、ここの艦娘はみんな、あなたにむさぼりつくされてしまうわ!」


磯波「むさぼ・・・ええっ?」


叢雲「あら、既に酔っているの?(楽しそうねぇ)」


提督「とかなんとか言いながら、ロングセーターにタイトスカートかぁ。似合ってるじゃないか。・・・山城、今日は既に出来上がってるな?」


叢雲「扶桑さんとお酒の時間だったのかしら?」


山城「山城、酔ってなど居ません!(キリッ!)・・・ふへへ」ニヘラッ


提督「どこがだ!やっぱりな。まあ休暇だし、別に構わんよ。・・・で、任務の件は」


山城「受けるに決まっています!」キリッ!


提督「受けるんかい!いや、いいけどさ」


―コンコン


叢雲「どうぞ」


―ガチャッ


扶桑「失礼いたします。あの、山城がここに・・・まあ!山城、また提督に迷惑をかけて!」


提督「おっ!扶桑、いいね!普段の艤装服もいいが、やっぱりそういう服も似合うなぁ」シミジミ


扶桑「あっ!」サッ


―扶桑は執務室のドアに隠れて、顔だけ出した。


扶桑「提督、その、すごく恥ずかしいのですが、変ではないでしょうか?」


叢雲(変どころか・・・)


磯波(すごく素敵だと思うんですけれど・・・)


―扶桑は山城よりも長い白のロングセーターだった。魅力的を通り越して、蠱惑的と言ってもいい雰囲気だ。


提督「いやぁ、良く似合うなぁ。とてもいいと思うが」ニコニコ


扶桑「そ、そうですか?」オズオズ


磯波「すごく素敵だと思います!」


叢雲「大人の魅力、全開って感じだわ」


山城「ほら、姉さま、絶対似合っているって言ったじゃないですかー、もう!」


扶桑「そうですか?いけるかしら?」


提督「相当いけてるぞ?」


扶桑「・・・良かった」ニコッ


山城「それで、慌ててどうしたの?姉さま」


扶桑「あなたがいきなり執務室に走っていったから、追いかけてきたんじゃないの!」


山城「あっ、そうでした。姉さま、山城は巫女、やります。姉さまもいかがですか?」


扶桑「えっ?巫女?山城、何を言っているの?」


磯波「先ほど放送した任務、実はこういう内容なんです」パサッ


扶桑「あら!山城が出るなんて、珍しいわね・・・それなら、私も出るわ。満潮や時雨を誘ってみますね」


提督「ほう、助かるね。よろしく頼むよ」


扶桑「では、こちらで参加希望者をまとめたら、またご連絡いたしますね。あ、提督、執務が終わったら、お酒、ご一緒にどうですか?間宮さんのお店で、香取さんも提督と呑みたがっていましたよ?」


提督「香取先生、演習のオペが大変だったみたいだもんな。わかった。後で向かうと言っててくれ」



―ニーサンマルマル(23時)頃、早池峰泊地事務所。


―一人焼肉その他、十分な食事を楽しんだ浜風は、泊地事務所の軽ワゴンを近くの山中に隠し、ギリーシートで偽装すると、事務所の電源を全て落とし、泊地事務所への入り口の看板も、『冬期休暇につき無人。問い合わせは以下の複数の連絡先へ』というものに差し替えた。


浜風(さあ、始めますか!)


―浜風自身も冬期東北デジタル迷彩の防寒戦闘服に着替え、愛用のライフル、豊和М1500を装備すると、最初の目的地に向かって移動を始めた。今回、実は早池峰泊地は、対外的には完全休暇の届け出を出しており、浜風の滞在は主任以外知らない。それは、浜風の提案だ。


浜風(ゲート1及びゲート2と、ネストのカメラの反応を確認しつつ、ダストポイント1、2、3を巡回警備。違反車両のナンバーの撮影を行う。目的はスローターの確認!野生動物との遭遇時は、シカの場合はこれを仕留めます)


―浜風は自分で作成した作戦指示書の内容を頭の中で繰り返した。ゲート1は国道106号線から、泊地事務所に入る林道の入り口。ネストは泊地事務所の事。ゲート2はもう一本の林道の入り口で、三か所の産業廃棄物の大規模な不法投棄現場、ダストポイントに繋がっている。そしてスローターとは、泊地の監視状況を漏らしていると思われる何者かの事だ。


浜風(今まで、不法投棄の現場を抑えた実績は一度もありませんが、今夜からは違います。さて、どうなりますか・・・)


―浜風はこの休暇中の捜査の為に作っておいた隠し道の移動を始めた。


―以前は、この泊地の監視区域に不法投棄など無かった。しかし、現在の主任がこの泊地に飛ばされてきてからは、定期的に不法投棄が発生している。主任は何も心当たりがないと言っているが、浜風は何となく、亡くなった主任の父親が、二期前の知事だったことと関係があるような気がしていた。


浜風(せっかく、配属されてお世話になったのです。何か明確な実績なり、恩返しをしないと、安心して死地に戻れませんからね・・・)


―大規模侵攻で沢山の仲間の轟沈を見つつ、自分も大破しながらも生き延びた浜風は、再び海に帰った自分が、ずっと生き延びられるとは考えていない。しかし少なくとも、沈められた仲間の数だけは、深海側を沈めないと気が済まない。その為には、陸に何の気がかりも残しておきたくは無かった。



―同じ頃、横須賀、大淀の私室。藤瀬研究員と大淀は、日頃のうっぷんや何かを流し込むように痛飲していたため、既に二人とも相当酔っていた。


藤瀬研究員「・・・ねぇ大淀、あなたのケッコンしていた提督って、どんな人なのよ~?」


大淀「またその話ですかぁ?だから、何もないんですって」


藤瀬研究員「そうじゃなくて、どこの鎮守府のなんて提督かもわからないし、どんな人かも謎のままじゃない?」


大淀「言いたくないです。今だって、時々叫びたくなるし、すごく気になっている事だってあるんですから。でもですよ?どうせ私、特務第二十一号にいずれ着任することになっていますし、何か本音を言ったって、仕方ないじゃないですか」グスッ


藤瀬研究員「えー、何をそんな心にため込んでるわけ?」


大淀「ああもう、独り言を言いたい、叫びたーい!」


藤瀬研究員「言えばいいじゃん、叫べばいいじゃん!無礼講だよ?」


大淀「大規模侵攻が全部悪いんです!それに、どことは言いませんが、上も無能です。挙句、私をほったらかしで堅洲島に放り込むとか!あんなに色々期待しときながら、うまくいかなくなったらこれですか!」


藤瀬研究員「あはは、大淀が本音をぶっちゃけてる~!」


大淀「・・・でも、一番悪いのは提督です。私とだけ、何も無くて、でもケッコンして、私だけ置いていって・・・ううっ・・・」グスッ


藤瀬研究員「ま、まあさ大淀、ちょっと呑み過ぎたみたいだし、一休みしようか。それに、堅洲島の提督さん、人間不信だけど艦娘には優しいし、いいじゃん」


―しかし、大淀はそれには答えず、チューハイの入ったコップを持ったまま、炬燵に突っ伏してしまった。


大淀「だーれも、なーんにも知らないんです。無かったことにされてしまっているんです。どうせもう全部、手遅れなんです・・・。あの人が居ない時点で・・・。」


藤瀬研究員「えっなに?それは何の話?」


大淀「あの人が深海なら・・・私・・・も・・・」


―何か危険な話に触れている、と藤瀬研究員は気づいた。あれほどの酔いが一気に引いていく。


藤瀬研究員「大淀、呑み過ぎだよ?悪酔いしすぎ。支離滅裂だよ?」


大淀「てい・・・とく・・・会いたい・・・です。・・・一条御門・・・さん・・・」スゥ


藤瀬研究員(えっ?今なんて?誰?一条御門?)


―なんとなくだが、これ以上大淀に声を掛けるのは危険な気がした。大淀はもう、そのまま深い眠りに落ちている。


藤瀬研究員(私の記憶が正しければ、そんな名前の提督はいないわ。・・・大淀、あなたはどこから来たの?)


―自分の所属している組織と、身近な大淀さえ、正体の分からない暗黒の一部のような・・・そんな不気味な不安が、藤瀬研究員の心に沸き上がってきていた。



―深夜、堅洲島鎮守府。望月と磯波の私室。


磯波(眠れないなぁ・・・)モゾッ


―磯波は、夕方の執務室での話以降、ある不安が胸の中で膨らみ、寝付けないでいた。目を閉じても、何度寝返りを打っても、眠れない。


磯波(まだ皆さん、間宮さんのお店か執務室にいるでしょうか?)


―その不安について、いっそ提督に相談すれば、楽になるかもしれない。しかし、怖くていま一つ踏ん切りがつかなかった。


―フゥ


―磯波はため息をついた。


望月「いそっちー、眠れないんだね?あたしもだよ」


磯波「あっ、望月ちゃん?ごめんなさい。起こしちゃった?」


望月「んーん、あたしも眠れなくってさー。実はずっと起きてた」


磯波「えっ?どうして?」


望月「たぶん、いそっちとおんなじ事でだと思うよー?」


磯波「同じ・・・事?」


望月「・・・自分が深海化してるかも?って。違う?」


磯波「うそっ!?なんでそんな事を?望月ちゃん」


望月「やっぱりかぁ。いそっちも記憶のない時間があったでしょ?捨て艦されて、大破した後に」


磯波「・・・うん。望月ちゃんも気づいてた感じ?」


望月「あの時さぁ、うちらが大破したの、間違いなく夜戦だったよね?でも・・・」


磯波「気付いたら、次の日の夕方近くだったんですよね。ボロボロで海の上で」


望月「ダメージで気を失っていただけならいいけど、すごく怖いよね」


磯波「うん。今日、それを思い出してて、仕事に身が入らなかった時間があって・・・」


望月「いそっちー、司令官に聞いてみたらどうかな?そういうリスクがあるのは知ってると思うし、それでも異動にしてくれたから、何か知っているのかもだよー?」


磯波「そう、ですね・・・うん!ちょっと行ってきます!」スッ


―磯波はさっさと艤装服に着替えると、いそいそと部屋を出て行った。おそらく今夜も提督は、まだ起きているはずだからだ。




第三十六話、艦



次回予告。


提督の所に向かった磯波は、同じく提督に話のあった榛名と出会う。


そして、12月31日早朝、年末年始休暇に見せかけて、完全に秘匿されていた大規模反撃・偵察作戦『常号作戦』が緊急発令される。


戸惑いつつも作戦を理解し、出撃を開始する各鎮守府。予想外の動きに、深海側も対応が追い付かない。


堅洲島では、穏やかな大晦日を迎えつつも、強行偵察艦隊が結成され、極秘裏に小笠原諸島の偵察が開始される。



次回、『発令!常号作戦』乞う、ご期待!


天龍『一味違う俺様の活躍、見ててくれよな!』


後書き

冬イベントがアナウンスされましたが、資源がカツカツです。

橘花はすごくいいですが、瑞鶴と翔鶴だけ強くなりすぎる気もしますねー。

個人的には、基地航空隊に秋水を実装してくれないかなと思っています。

秋水と言えば、秩父で秋水の練習用グライダー、秋草の写真を見てきました。


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1: SS好きの名無しさん 2017-01-11 17:58:47 ID: nbLGJaBo

更新、待ってました(`・ω・´)ゞ


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