「地図に無い島」の鎮守府 第四十九話 ブリザードプリンセス
大浴場で事故的に遭遇した陽炎と提督。しかし、陽炎は提督の話に新鮮な驚きを感じる。
そこに現れる泥酔した吹雪と、陽炎のトラブル。
そして、心の深海化汚染により暴走する磯風の、高練度駆逐艦の高機動戦闘。
それにより、堅洲島鎮守府は大混乱に陥るが・・・。
状況が沈静化したのち、少しだけ語られる、陽炎の心境の変化と、提督の認識に、叢雲が初風に語る、過去の話。
イケメンな陽炎が、よりイケメンに、かつ内面では女の子っぽくなっていく、大きなきっかけになる出来事です。
そして、ブリザード、の名を関するエピソードだけあり、吹雪が謎の活躍と、幸運艦のあの子が、天才の片鱗が見える戦い方をします。
常態と準艤装、艤装を瞬時に切り替えられるようになった練度の駆逐艦の怖さがわかる回で、恐れる人は非常に艦娘を恐れる理由が良く分かるエピソードでもあります。
(と言うか、ここの提督でないと、今回これたぶん死んでますよね)
非公式ではありますが、いずれ作中で語られる、この世界での、高練度駆逐艦のMBT(主力戦車)とのキルレシオは、一般市民の感情を考慮して非常に抑えたデータでも、艦娘1に対して主力戦車3~5程度とされており、その戦闘力の高さがうかがえます。
吹雪のフリーダムさと、雪風の才能の片鱗が見所です。
また、全く語られてこなかった、提督と叢雲の話が少しだけ語られます。
[第四十九話 ブリザードプリンセス ]
―2066年1月2日、マルマルサンマル(零時30分)過ぎ、堅洲島鎮守府、大浴場。
提督「・・・で、最近の陽炎っぽくなさの原因は主に何よ?提督の人生相談コーナー、始まるぜ!」
陽炎「ええ・・・司令って、酒が入っているとはいえ、こんなはっちゃけた人なの?」
提督「戦えば強く、話せば面白い。これ、良い提督の基本だからな?強い女の子をまとめ上げる男が、ただ強いだけの軍人気質で事足りるわけがないだろ?ましてここは、深海をほぼ根絶やしにするための鎮守府だ。天つ才を手のひらで遊ばせるくらいでなくては」
―普段の、陰のある強そうな感じと、話してみるとこれほどに違うとは思わなかった。
陽炎「あ!ちょっと待って!今何か大事な事を言ったでしょ?あまつさい?何のこと?」
提督「ほう、良いところに突っ込むね。・・・天より与えられた才能、天才の事さ。天才には二種類いる。その力に振り回されるものと、それを自分のセンスで遊ぶように使いこなす者と。・・・その後者たれ、と言う意味さ。前者は大抵、晩年は悲惨さ」
陽炎「へえぇ・・・!」
―戦艦や空母、重巡が言っていた。『提督は話が面白い方』と。陽炎は感心した。では、自分が艦娘だと理解した時から心に引っかかっている事には、この司令はどう答えるだろうか?
陽炎「ねえ司令、私たち陽炎型って、最強って言われていたのにほとんど沈んじゃったでしょ?時々、自信を持っていいか、分からなくなるのよね。駆逐艦にも色々な子がいるし、司令の立場ではどう思うの?」
提督「なるほどな。・・・戦いはほぼ必ず、どちらかが負ける。そして、負けた方では、有能で勇敢な者から先に姿を消す。それだけの事だろう。有能で勇敢だったって事だな」
―有能で、勇敢。
陽炎「うっ・・・その即答は何だか心に来るわ。・・・そっか、そうなのね・・・。有能で勇敢・・・そっかぁ」
―何か、心の中の隙間が埋められた気がした。しかし、陽炎はそれを顔に出さず、さらに踏み込んで質問する。それは少し、意地悪な質問のつもりだった。
陽炎「私なんて、艦の写真も殆んどないくらいなのに、そう思っていいものかな?」
―提督は、炭酸水を呑み、何かを思い出すように、少しだけ外の景色を見た。
提督「・・・戦場にいると、どんな無神論者でも神を信じたり、祈りを捧げるようになる。それは出来れば、戦いの神様の方が良いよな?」
陽炎「そうね。気持ちは理解できるわ」
提督「戦国時代に信仰を集めた、そういう神々・・・正確には仏の中に、摩利支天という女性の軍神が居る。それは、ある最強と考えられていたものの神格化だ。・・・さて、それは何だと思う?」ニコッ
陽炎「・・・刀とか」
提督「違うなぁ。武器とかじゃない」
陽炎「じゃあ・・・虎とか動物?」
提督「生き物でもないな」
陽炎「うーん・・・ちょっと想像もつかないわ」
提督「・・・陽炎の神格化されたものだよ。揺らぎ、実体がなく、だから倒せず、最強のものの一つとされていた。写真がほぼないのもまた、らしくてかっこいいじゃないか。その名を持ってるんだぞ?」
陽炎「そうなの!?・・・そういう、答えが返ってくるって、思ってなかったわ」
―陽炎は、何とも言えない衝撃に激しく揺さぶられた。
陽炎(こんなあっさり、中身のある答えを返して来るとか。・・・きっと、こういう部分が戦艦のお姉さま方を惹きつけているんだわ!曙の強さも、努力だけではない気がしたけど、こういう事なのね・・・)
―おかしな話だが、話しているだけで強くなれるような気がしてくる。
―強い艦娘程、強い自我を持っている。榛名や金剛が異動してきたのも、彼女たちが心から拒否していたら無理だ。ちゃんと心を動かして連れてきたのだと、よく理解できた。
提督「少しは合点がいったかい?」
陽炎「少しどころか・・・」
―カラカラッ・・・ターン!
―大浴場の引戸が勢いよく開いた。
吹雪「そこまでです!秘書艦のお風呂営業は吹雪が許さないんだから!司令官!もう私は黙っていませんから!ひっく!」グイッ、ゴクッ
―タオルをきっちり巻いて、バーボンの瓶を片手に持った吹雪だった。しかも、呑みながら話している。すでにその眼は座っていた。
陽炎「お風呂営業?言いがかりよ!・・・じゃあ吹雪、あんたはどうなのよ!なんだかんだでタオル一枚じゃないの!」
吹雪「私はいいんです!司令官のお手伝いで、よこしまな心なんてないんですから!でも陽炎ちゃん!あなたは駄目なんだから!」ビシィ!
陽炎「言いがかりも甚だしいわね!せっかくいい話を聞かせてもらっていたのに」
吹雪「どれだけもっともらしい事を言っても、お風呂場にいて司令官と一緒の時点でアウトです!」
陽炎「司令と話したいとか、秘書艦やりたいなら、はっきりそう言いなさいよ!」
―陽炎は、既に自分の事は過去の事にしていた。
吹雪「なにおう!」
陽炎「何よ!」
提督「何なんだ、この状況・・・」
―夜中に一人で温泉に浸かりつつ、薄い酒と仕事を楽しむ・・・はずが、目の前ではバスタオルを巻いた女の子二人がにらみ合っている。もう男の休息ではない。どうしてこうなるのか?提督は訝しんだ。
陽炎「吹雪型ぁ!」ムカムカ
吹雪「陽炎型ぁ!」ギリリ
―二人は一触即発だった。強い提督の艦娘は、心が強い分、好戦的でもあるのだ。
―近くの非常階段。
―吹雪が走り去ると同時に、勘のいい青葉はレーザー式の振動聴音機を固定し、大浴場の窓枠にピントを合わせていた。音声ははっきり拾えている。
青葉「おお~、これは面白いですね!材質振動補正もばっちりです。なかなか起きない状況ですよー、これー!やっぱり提督は最高ですねぇ!」ニコニコ
黒潮「吹雪ちゃん、突入しよったな!やるやないの!」
不知火「これは面白くなってきましたね!」
衣笠(そういうの、どこから調達してくるの・・・?)
―だが、この状況の面白さは否定できなかった。
―同じ頃、医務室。
磯風(どこなのだ?ここは。医務室のようだが・・・深海にも医務室があるのか?)
―確か、自分は戦艦タ級を沈めて・・・それでどうなった?そこから先がわからない。長い暗闇の中に居て、何か自分の闘志だけを灯に自我を保っていた気がする。そして、目覚めてみれば、未知の力に満ちた闇の深い医務室だった。
磯風(助かったにしては、長い時間が経ちすぎている気がする)
―磯風は常夜灯の中、手を上げ、開いたり閉じたりしてみた。全身に、痛いところもだるさもない。ただ、頭がひどくぼんやりする。そして、何かを倒さなくてはならない、という強い衝動が自分を動かそうとしていた。
磯風(んっ?服は・・・)
―気が付くと自分は下着姿のようだ。そばの脱衣かごに、艤装服と刀が丁寧に置いてある。
磯風(まさか・・・!)
―一瞬磯風は、眠っている間に、自分が何らかの辱めを受けた可能性を考えたが、それは知り様がない。ただ、艤装服も身体も、海から上がりっぱなしではなく、入渠を終えたような清潔な状態だった。
磯風(まず服を着てしまおう・・・)
―磯風は息を殺して艤装服を着始めた。
―カチャッ、コツコツ・・・
磯風(誰か来たか!)
―その足音は人のようだが・・・。磯風は静かにベッドに腰かけ、毛布の中に刀を隠して、いつでも抜刀できるようにした。
??「まだ、目覚めないかしらね?(小声)」
磯風(まずいな・・・重巡以上か・・・!)
―優しげな、大人の女性の声だが、それは相手が駆逐艦や軽巡ではない事も意味していた。磯風には、既に自分が、なぜここまで敵意の塊になっているのか、考える力が失われている。ここが敵の本拠地らしく、すべて倒さなくてはならない、という考えに満ちていた。深海化のメンタル面での、ステージ1期の末期症状のひとつだった。
磯風「・・・目は、覚めたところだ」
??「あら!良かったわ。具合はどう?」ジャッ
磯風「っ!」
―普段着に白衣姿の戦艦・陸奥だが、何か違和感がある。本人の強さと、まとっている雰囲気が食い違っていて、得体の知れない恐ろしさが感じられた。
陸奥「あら?普段着だし、驚いたかしら?私はここの、戦艦・陸奥よ。詳しい事は機密ばかりだから、後で提督から説明があると思うわ。今夜はゆっくり休んで。・・・そうそう、お腹は減っていないかしら?」
―磯風は覚悟を決めた。
磯風「食事だと?・・・深海の、黄泉戸喫(よもつへぐい)のつもりかっ!」シュン
―黄泉戸喫(よもつへぐい)とは、あの世のものを食すことによって、現世に二度と戻れなくなる事を意味する。磯風は決意を固めて一閃を放った。
陸奥「えっ?あぶなっ!」ガギリ!
―陸奥に致命傷を与えるかに見えたそれは、一瞬だけ準艤装になった陸奥の右手に食い込んで阻まれた。
磯風「くっ!やはり戦艦か!だがただでは死なないッ!」ダッ!ガラッバーン!
―磯風は矢のように飛び出していった。
陸奥「いったぁ・・・。あの子、心が深海化しかけているのね。迂闊だったわ!」
―陸奥は右手の怪我を抑えつつ、執務室に走った。血がぼたぼたと落ちるが、それどころではない。
陸奥(また、守られた。私だけだったら、ほとんど死んでいたわ、今の・・・くっ!)
―そう距離がないため、陸奥はすぐに執務室に着いた。磯風はこちらには向かわなかったようだ。
―執務室。
―ガチャッ
陸奥「大変よ!磯風が、たぶん心が深海化汚染されているわ!刀で武装したまま逃走中よ!急いで緊急警報を!」
―執務室にはまだ多くの艦娘がいた。全員、驚いて陸奥を見て、雰囲気が変わる。扶桑がいち早く立ち上がった。
扶桑「怪我をしているわ!天龍、陸奥を護衛しつつ入渠施設に連れて行って。磯波は龍田と一緒に提督の安全を確保!初風は館内放送をしつつ、漣とここを守って!私は・・・状況の解決方法を聞いてくるわ!」
―返事をするとともに、全員が素早く役割についた。扶桑は戦艦「遠江」に向かう。姫なら何か知っているはずだ。
艦内放送(初風)「緊急事態発生!未着任艦、磯風が武装の上で鎮守府内で敵対行動を取っています。各艦、防御及び迎撃、無力化を願います。推定練度は82以上の模様。総員、注意されたし。尚、これは訓練ではない!繰り返す・・・」
―多くの艦娘が、ほぼ一瞬で飛び起きた。
―大浴場。
提督「なんてこった!二人とも、急いで着替えろ!おれも出る!」ザバッ
吹雪「ひゃああああ!」
陽炎「ちょっ、ちょっと司令!」カアッ
提督「タオルは腰に巻いてるだろうが!何をいまさら女の子っぽい反応を!さっさと着替えろっての!どっちか、入り口に鍵をかけてくれ。・・・吹雪、目を隠してるふりして覗くな」
―よく見ると吹雪が両目を隠しているその指は開いており、興味深げな眼が覗いている。タオルを巻いているから、見える事は無いのだが。
吹雪「はい!すぐに!」ダッ!
提督「おれはトイレで着替えるから、二人とも着替えたら声を掛けてくれ!」
―近くの非常階段。
青葉「ああもう!いいところだったのに!一応スクープだから取材しましょうか・・・」ムスッ
黒潮「うわー磯風、なんちゅうところで邪魔すんの!おもんな!」
不知火「これは少し懲らしめる必要がありますね。姉さんの面白・・・もとい、大事な局面を邪魔するとか」
衣笠「・・・うちの鎮守府、ちょっと自由過ぎるんじゃないのかな?」
―しかし、実は衣笠も十分に自由だった。堅洲島の艦娘たちは、自分たちが大規模侵攻を止める役割さえ、あまりなんとも思っていないふしがある。
―メイン棟、非常階段。
―磯風は静かな体重移動で音を出さず、しかし相当な速さで階段を駆け上っていた。屋上のフェンスの扉にたどり着くと、それを開けることはせず、背中をフェンスに当て、ひらりと回転して屋上に入る。そして、周囲を見回した。
磯風(島なのか?だが、利島からあの航路で、島にあり、かつ陸奥が着任している鎮守府など無いはずだ。もはやこれまでか。深海とは、本当に悪夢を見続けるような気持ちだな。司令に捨てられ、こんなみじめな最期とは。・・・だが!)
―深海、殺すべし!
磯風(深海の司令を見つけ、斬る!ダメなら一人でも多く道連れだ!)
―奇襲は早さが大事だ。そして、捨てられた自分に帰るところは無く、遅かれ早かれ死ぬことになる。ネガティブで攻撃的な考え方しかできなくなっている磯風は、内部階段の塔屋の扉を開けると、一気に駆け下りた。
―執務室ラウンジ隣、機器制御室。
初風「艦内に通達!対象、メイン棟階段を高速で駆け下りているわ!総員注意!」
―監視カメラの映像が確認された。
―メイン棟階段、二階ホール付近。
―タタタタッ
―軽快な足音が聞こえてくるが、ここには既に榛名と金剛が待ち構えていた。
磯風(くっ、金剛型に見える二人だと?戦艦棲姫か!)
金剛「観念するネー!刀では戦艦には勝ちようが・・・!」ハッ
―金剛は磯風の眼に、自分の命を既に捨てている凄みを感じた。
榛名「勝手は、榛名が・・・許しません!」
金剛「ダメっ、榛名、この子死兵になってる!」
磯風「この磯風を舐めるな!深海棲艦ども!」タンッ・・・ヴン・・・シュドドッ
金剛「榛名、危ない!」ドンッ
―実戦経験の豊富な金剛は、磯風の眼から普通では無い決意を感じ、榛名を突き飛ばした。
―ドンガンガンガン・・・ゴオォォォォ!
榛名「あっ!・・・お姉さま、足が!・・・許しません!」ギリッ
―榛名を庇った金剛の左足が、膝下からズタズタになってしまった。
金剛「うっ・・・構わないで行って!早く提督を!」
―磯風は準艤装の力を一瞬だけ用いて空中に高く跳躍し、さらに一瞬だけ艤装を展開すると、魚雷を放って榛名と金剛の背後に着地した。そしてそのまま、手すりを乗り越えて、吹き抜けから一階のロビーに着地する。周囲を確認し、今度は一瞬だけ砲を艤装展開すると、中庭に続くロビーの窓を破壊して、中庭に抜けた。
金剛「高練度の駆逐艦があの動きをすると、ほんとヤバいデース!何とかして味方にしないとですネー!」ケホッ
―屋内での対人戦闘なら、軽巡や駆逐艦の軽快さと大火力は非常に厄介だ。しかも刀まで持っていると、通常は手が付けられない。
榛名「提督をお守りしないと!」ダッ
―榛名も磯風と同じルートで、全速力で追いかけ始めた。
―中庭を走っていた磯風は、金剛型の二人が魚雷を瞬時に躱したのに気付いていた。おまけに、ここは普通の鎮守府と違い、まるで宿泊施設のようだ。
磯風(司令を討ち取るのはともかく、浴場なら無防備な艦娘もいるはずだ!)
―磯風の視界に、露天風呂のものらしい、高い竹垣が見えてきていた。
―大浴場、脱衣室。
吹雪「司令官、私も陽炎型も大丈夫です!」ユラッ
陽炎「そこで型とか、嫌な言い方するんじゃないわよ!」
提督「今、爆発音が聞こえたな。二人とも戦えるのか?まだ準艤装も無理だろ?」
吹雪「でも、私たちは何とかなります。最悪首だけになっても・・・」
陽炎「怖い事言わないでよ!司令、この笛って刀とか防げるかしら?かなり頑丈そうだけど」
提督「危ない時は何でも使わなきゃだめだ」
―ドガァン、バリン!
提督「うおっ、こっちか!」
―露天風呂の竹垣と、大浴場の固定窓が破壊され、煙の中から赤く燃える瞳の艦娘が現れた。
磯風「男?貴様が司令か!死ぬが・・・ぐうっ!」
―パンパンッビシッ
―提督の銃弾が磯風の右肩に二発当たり、一瞬磯風がひるんだ。
榛名「提督になんて事をするの!」ゴッ
―磯風に追いついた榛名が煙の中から現れ、準艤装の力で磯風の左肩を掴み、投げ飛ばそうとした。
磯風「させるか!」
―磯風も一瞬で向き直ると、艤装を展開して瞬時に砲と魚雷を撃ち込む。
―ドンッ!ドゴオォォ!
榛名「うっ!くうっ!」
―艤装状態にするが、それでも中破近いダメージだ。
榛名「くっ、もう手加減しません!」ギリッ!
磯風「必要なのは王将だ!」ダッ!
―磯風は提督に一直線に向かってきたが、その殺気が少ないのに提督が気付いた。
提督「陽炎!身を守れ!」
陽炎「えっ?うそっ!」
磯風「気付いたか!だが二人とも死ぬんだ!」ビュッ
吹雪「ダメっ!あぶないです!」
―カッ・・・キイィィィーーーーーン
陽炎「えっ?」
吹雪「あ・・ああっ!」モヤッ
―吹雪の身体が一瞬だが淡い光に包まれた。
榛名「なんて綺麗な音・・・・」
―磯風の刀は、提督の銃弾のせいもあるのだろうが、やや力のない、それでも十分な横なぎで陽炎を襲った。しかし、陽炎がとっさに構えた笛がそれを阻み、その場が眩しくなるような、とても美しい音をたてた。
磯風「うっ・・・頭が・・・くっ、がああ!」ヒュ・・・ビュオッ
提督「っ!」シャッ
―ガキィ
磯風「・・・なんだ?その銃、十手か!」ギリギリ
―磯風は提督を一直線に狙うと見せかけ、手前の陽炎を狙い、その結果生じた隙で提督を討ち取る、という、二段構えの太刀筋を取っていた。しかし、その剣は提督の銃のノコギリ刃部分にあるソードブレイカーにがっちり食い込み、阻まれた。
提督(くっ、通常なら武器を奪えるが・・・)
―ミシリ・・・ギリギリギリ・・・
提督「ぬうぅ!」ギリギリギリ
陽炎「磯風!正気になりなさいよ!何をしているかわかっているの?磯風ぇ!」
磯風「見事だ!だが無駄だ。このまま圧し斬ってやる!準艤装展か」
―ガシャン!
磯風「っぷあ!なんだこれは?酒か!」
―磯風の頭に、吹雪がバーボンの瓶を叩きつけた。
吹雪「・・・その剣、離しなさい」
磯風「何を!」
―ドガンッ!ダンッ!
―吹雪は磯風のわき腹に蹴りを当てた。
磯風「貴様!」
吹雪「私は離せって言いました」
磯風「離すさ。お前から死ね!」ギャリッ・・・ビュッ!
―ガキン!
提督「馬鹿な!」
榛名「えっ?」
磯風「なんだと・・・?」
陽炎「なんなの?これ?」
―磯風は提督から剣を話すと、話を聞くそぶりを見せた一瞬、今度は吹雪の首を狙って一閃したが、いつの間にか出現した吹雪の連装砲が、その斬撃を阻んだ。そして艤装はすぐに消えた。
吹雪「みんな、なーんにも分かってない!司令官も!」ヒュッ・・・ガンッ!
磯風「なあっ!」
―ドガッ・・・ダーンッ!
―吹雪は一瞬で身をひるがえすと、綺麗な後ろ蹴りを磯風のみぞおちに当て、磯風はダルマ落としの木片のようにぶっ飛ばされ、浴場の柱に激突した。激しい衝撃でタイルが飛び散る。それでも、刀は離していない。
磯風「くっ、やるな!しかし、お前くらいは!」ヒュッ!
吹雪「させないって言ってるんですっ!」ヒョイヒョイッダンッ!
―立ち上がり、走ってきた吹雪を横なぎに切ろうとしたが、吹雪は綺麗なバク転をしてその斬撃を躱すと、腰を落としてから矢のように飛び込み、拳打を当てた。
提督(躰道?いや、脚法が見られる。八極拳?・・・いや、そもそもこの子の練度は艤装はおろか準艤装も・・・どうなってる?)
磯風「ぐっ!くそっ!深海は全て殺す!まだだ!まだ終わらんよ!」ヨロッ、ヒュッ
吹雪「させないから!」グッ
―磯風は納刀して居合を放とうとしたが、吹雪の足が柄を抑え、手だけが空を切った。
―ヒュン
榛名「あっ!」
―中庭から何者かが素早く入って来ると、磯風の空振りした右腕に取りつき、腕ひしぎに固めた。
雪風「しれぇ、陽炎さん、みんな大丈夫ですか?・・・磯風さん、抵抗をやめて下さい。ここは深海とかじゃありません!」
提督「うおっ、雪風ありがとう!」
磯風「くっ、この・・・!」グググ
雪風「・・・ダメみたいですね。腕を折りますね」ミシシ・・・
―既に準艤装の雪風は相当に重いはずだが、磯風は踏ん張って耐えていた。空いている左手で、まだ刀を抜こうとしたが、その手を吹雪に蹴り抜かれ、刀は吹雪が外した。
磯風「くっ・・・もはやこれまでか!」
―磯風は力なく膝をついた。
―状況は収まってきたが、磯風の闘志と必死の抵抗が、次第に悲しみを誘い始めてきた。ここまで闘志のある子を、鍛え抜かれた子を、どうしてこんな思いをするような捨て方をしたのか。
陽炎「司令、何とか助けてあげて、お願いよ・・・」
提督「わかっている。何とかしなくては。着任忌避をしたくて捨てたんだろうが、こんないい子、うちなら大事にするのにな・・・」
―そこに、扶桑が駆けつけた。
扶桑「ご無事ですか?提督、着任させればすぐに何とかなるそうです!本人の意思がどうの、という状況ではもう無いわ。それしかなさそうです。これを!」
―扶桑は提督用のノートタブレットを持ってきていた。
提督「わかった。ありがとう、扶桑」
―提督はノートタブレットを持って、磯風に歩み寄った。右腕には雪風が腕ひしぎ十字固めをしたまま、左腕は吹雪が抑えている。提督を見上げるその眼は、まだ激しい闘志に燃えていた。
提督「火急を要するので、意思確認の前に着任してもらう。すまないな」
磯風「くっ・・・殺せ!」
提督「殺したりなどしない。着任してもらい、心の汚染を消すだけだ」
磯風「そうか、最後は心を穢して深海に落とすつもりなのだな。だが覚えておけ、いつか必ず、別の磯風がお前たちを根絶やしにするんだ!くっ!やめろっ!」
雪風「磯風さん、落ち着いてください!」
提督「大丈夫だ。これは悪い夢だ。強引な形になったのは後で謝る。だが、決して沈めさせたりはしない。目覚めたら、楽しい毎日になる事を約束する」
磯風「やめろ・・・やめろおぉぉぉぉ!!」ジワッ
陽炎「くっ・・・!」
―いくら着任と言えど、もう陽炎には、悲痛で見ていられなかった。
―ピッ
機械音声「陽炎型駆逐艦・十二番艦、磯風。公称練度84、利島鎮守府より、特務第二十一号、堅洲島鎮守府への異動・着任を完了しました」
磯風「あっ・・・ああっ!」モヤッ・・・オオォォォォ・・・
―一瞬、磯風から、薄暗いもやのようなものが立ち上り、霧散するように、一部は提督に吸い込まれるように、消えた。
磯風「・・・あ、私は・・・何を・・・したんだ?・・・うっ!げほっ」ドサッ
―磯風は何か黒っぽいものを吐き出したが、それはすぐに消えてしまった。そして、気を失ってしまったが、その表情は穏やかなものに変わっていた。
提督「すぐに再入渠だ!陽炎、雪風、ケガはないか?磯風を頼む。もう大丈夫なはずだ。榛名は・・・あっ!」バッ!
―提督は慌てて榛名から目を逸らした。
榛名「どうしました提督?・・・はい、榛名は大丈夫です!」
提督「いや、入渠してくれ。あと・・・下、腹から下!」
榛名「えっ?・・・きゃあー!」バッ
―磯風の魚雷の爆発で、榛名の腹部から下の艤装服は全て吹っ飛び、ダズル柄のパンツだけになっていた。
榛名「すす、すいませんお見苦しいところを!」カァッ
提督「いや、おれはむしろ眼福だが、見ちゃいかんからさ」
扶桑「タオルを渡すわ。あなたも入渠した方が良いわね」
金剛「つっ、一瞬の間にえらい事になっちゃったネ・・・。提督、大丈夫だった?」
―金剛は足を少し引きずりながら現場に来た。左足のひざ下がズタズタになっている。
提督「おい!金剛もすぐに入渠してくれ!・・・実戦経験が役に立ったよ。あの銃でないと、ちょっとヤバかったな。でも助かったよ」
金剛「高練度の駆逐艦の戦い方は、本当に厄介ですからネー・・・」
榛名「金剛お姉さま、肩を貸します。一緒に行きましょう?」
金剛「センキューね。榛名が居てくれて本当に良かったヨー」
提督「雪風も、ありがとう!しかし、いつの間にあんな技を?」
雪風「図書ラウンジの漫画で覚えました!上手にできていたと思います!しれぇは大丈夫ですか?」
陽炎(漫画って・・・)
提督「漫画って・・・はは、大したもんだな!ああ、ちょっとした余興だと思うさ。おれなんかより、一番可哀想なのはこの子だ。何とかなって本当に良かった。・・・雪風、明日間宮券プレゼントするから、好きなだけ団子を食べてくれ」
雪風「はいっ!雪風、磯風さんを連れて行ったら、お風呂に入り直して、寝ますね。しれぇ、ありがとうございます!お団子、大好きです。とても嬉しいです!」ビシィ、ニコニコ
―雪風は敬礼すると、満面の笑みを浮かべた。
提督「扶桑、警戒は解除。執務室で常態に戻してくれ」
扶桑「諒解いたしました」
―扶桑は執務室に向かった。
陽炎「司令、ほんっとうにありがとう!磯風をこんな風にしたやつ、絶対に許せないわ!」
提督「まあ、高練度の艦娘を捨てるのは重罪だ。ここの修繕費用くらい、払わせたいもんだな。総司令部が面倒を見てくれるはずだが。あとは・・・」
―いつの間にか、吹雪は露天風呂そばのベンチに腰掛け、ぼんやりしている。それはちょうど、提督と陽炎たちに背を向けている姿勢だった。
陽炎「ちょっと吹雪!言いたい事は色々あるけれど、今日はその・・・ありがとう。ごめんね」
吹雪「・・・・・・」
陽炎「ちょっと、何とか言いなさいよ!」
提督「・・・陽炎、吹雪は寝ているようだぞ?」
吹雪「・・・・・・」( ˘ω˘)スヤァ
陽炎「この子のこういう所、すっごい頭に来るんだけど!・・・それに、今日のあれはなに?司令と仲が良かったの?」
提督「いや、ほんの少ししか、言葉を交わしていないが。そもそも吹雪のさっきの戦い方、あれはなんだ?ただの格闘技じゃない。自分で戦い方を掴んでないと無理な動きだ。艤装展開も準艤装もスムーズだったし。何より・・・」
―刀に対して足技を返せるようになるには、相当な経験と格闘センスが無いとダメだ。言ったことに対しての反応は早い子だが、それ以外はごくごく普通の低練度の駆逐艦のはずだ。
陽炎「考えても仕方ないし、何だか考えなくちゃいけない事がすごく増えた気がするわ。司令、近々少し、お話したいわ。今夜はとりあえず、磯風を入居させて休むわね」
提督「ああ、そうだな、わかった。怪我とかはないな?」
陽炎「大丈夫よ。守ってくれたじゃない。・・・ちょっと、陸奥さんの気持ちがわかるなぁ」ボソッ
提督「ん?」
陽炎「なんでもないわ。おやすみ!今日はありがとう、司令。・・・あと、その子は司令が連れて行ってあげたら?」
提督「うーむ・・・」
吹雪「・・・」サッ
―しかし、吹雪は両手をさっと伸ばした。おんぶしろ、という事か?
提督「起きてたんかい!」
陽炎「寝てたはずじゃないの?こんのぉぉ!」
吹雪「ちょっと寝ちゃってました。・・・司令官、私、酔っぱらったのと何か変な感じです。上手く歩けません」ガクガク
―吹雪の両手と両足が震えている。
吹雪「陽炎ちゃんはいつも元気だけど、もっとちゃんと考えないとダメ!大事な事は沢山あるんだから・・・」
陽炎「えっ?何をいきなり。・・・ま、まあ気を付けるわ」キョトン
―何を言っているのかはわからない。しかし、妙な説得力があった。
提督「吹雪、みんなの部屋でいいんだな?助けられたし、送っていくよ。おんぶが良いんだな?いいだろう。大活躍へのささやかなお礼だよ」
吹雪「ありがとうございます、司令官」ニコッ
―提督は吹雪を背負った。普通に軽い女の子だ。・・・ひどく酒臭い事を除けばだが。
提督「うっ、酒くさっ!なんでターキーを呑んでいるんだよ!・・・それにしても、あの強さはなんなんだい?」
吹雪「・・・」( ˘ω˘)スヤァ
―吹雪は再び眠ってしまったようだ。
提督(本当に寝てるのかねぇ?)
―執務室に立ち寄り、事情を話したのち、吹雪型の部屋に向かう。それは三階だったはずだ。エレベーターホールに行き、立っていると、吹雪が身じろぎし、少しだけ起きた気配がした。
吹雪「・・・しれい・・・かん」
提督「・・・ん?」
吹雪「・・・司令官、いつか全部終わっても、今度は・・・いなくならないでくださいね?誰を選んでも、誰も選ばなくても、いいですが・・・いなくなるのだけは駄目なんです・・・いやです・・・」
提督「・・・え?」ゾク
吹雪「・・・ん」( ˘ω˘)スヤァ
提督「あれ?また寝たのか?吹雪・・・おい吹雪ってば!」
吹雪「・・・はい?・・・うっ、司令官、戻しそうです・・・うぷ」
提督「やりたい放題かよ!やめろおぉぉぉ!」
―提督は近くのトイレに猛ダッシュし、どうにか事なきを得た。
―数分後。近くのトイレ。
―ジャアアア・・・・キュッ
吹雪「うーん・・・大丈夫、です」ゲッソリ・・・
―提督は再び吹雪を背負い、部屋に連れて行き、深雪たちに引き渡すと、被害状況の確認に移ることにした。
提督(なぜ・・・おれの考えを?今度はと言ったな・・・それは誤りなのか?いや・・・)
―艦娘にはよくわからないところがある。しかし、大事な忠告として、心にとどめておこうと思った。このような小さな違和感ほど、重大な局面では道しるべになるケースがある事を、提督は経験から知っていた。
―同じ頃、戦艦「遠江」内、『高高次戦略解析室』
―扶桑に起こされた姫は困惑していた。
姫(おかしい。私が眠っているわずかの間に、堅洲島のS波が異常に上昇している。・・・これは一時的な『原器』とのXpフィードバックエラーが起きかねないほどだわ。いったい、何が?)
―姫の眼は認識を変えると、視界のS波とD波を可視化できる。現在、太平洋全域はD波優勢で暗いが、堅洲島はいつもぼんやりと明るい。しかし今は、非現実的なほどに眩しい光に満ちている。
―これは、艦娘に危機が迫り、必要とされたら、『艦娘の原器』に蓄積された経験を一時的に使用可能になるエラーが発生するほどだ。それは練度や時間を超えた、チートに近い状態になる事を意味している。『艦娘の原器』の輝度は絶対的に高いのだが、もしも艦娘の輝度がこれを超えてしまうと、その艦娘の方が一時的に原器と認識されてしまうために起きるエラー・・・いや、厳密には仕様だった。
姫(さすがにそこまでは発生しないわね・・・。ここでそれが起きそうなのは、漣くらいだけど、彼女にはイレギュラーはないもの。問題も起きないわ)
―堅洲島はもともと、理由は不明だがS波の特異点・・・いわば本物のパワースポットのようなものだ。しかし、真相の究明は必要だ。
姫(今の私の力は本当に限定的過ぎて、もどかしい・・・!)
―姫は再び眠りについた。
―堅洲島鎮守府。陽炎たちの部屋。
―磯風を入渠させたのち、雪風と別れた、陽炎、不知火、黒潮の三人は、自分たちの部屋に戻ってきていた。大浴場が破壊されたために、備え付けの浴室でシャワーを浴びた三人は、いつものようにそれぞれの布団に横になっていた。
黒潮「大変やったけど、惜しかったなぁ、せっかく司令はんと風呂で二人っきりになれたのに」
陽炎「もうっ!さっきも言ったけど、あれは私の居眠りのせいよ?そんなつもりじゃないわ!」
不知火「でも、何だかいい顔をしていますよ?収穫はあったのではないですか?」
―陽炎は暗い天井を見て、今日の事を思い出していた。
陽炎「私ね、自分が女の子って事が理解できなかったし、受け入れられなかったのよ」
黒潮「何や初耳やなぁ」
不知火「・・・」
陽炎「任務に集中して、とにかく敵を倒し続けて、やっぱり駆逐艦の中では陽炎型が最強って言える、何かそんなものを証明できればいい気がしていたし、私たちを女とか、女の子・・・要は、ぶっちゃけると恋愛や性の対象に見るような提督とか人間も、理解できないし気持ち悪かったのよ。だって兵器なんだから、当然よね?」
黒潮「おっ、なんやマジ語りやないの!」
不知火(珍しいですね・・・)
陽炎「だから私、曙とかも理解できなかった。司令の事をクソ呼ばわりしているのに、はたから見るとすごく司令に献身的で。何かとても嫌だったのよ。・・・でも、自分より旧型だからってバカにしていたら、鋭くて容赦のない攻撃で、ワンサイドゲームで負けちゃった」
黒潮「あれは正直、うちも驚いたな・・・」
陽炎「納得できないし、情けなくて泣いたわ。絶対に負けるはずがないのに。・・・でもね、今日、司令と話したりして、一気に色々な事が理解出来た気がするのよ」
不知火「何が理解できたんです?」
陽炎「細かく言うと沢山あるんだけど、一言でまとめられるような気がしてきたところ。・・・私、ちょっと了見が狭かったのかもしれないなって」
黒潮「・・・え?陽炎がそんなこと言うとか、どうしたん?」
―黒潮が真顔になった。
不知火「・・・陽炎、入渠か医務室に行きましょう。頭を打っていますね」
黒潮(容赦ないなぁ)
陽炎「そうね。頭を打ったような気分よ。私、何にも分かってなかったんだわ。この前の曙との件だって、すごく大事なものを賭けさせてたのよ。私は見合うものなんて、賭けてなかった。負けて当然よ」
不知火(あ、これは真面目な話ですね・・・)
黒潮「・・・司令はんと、どんな話をしたん?」
陽炎「それがね・・・」
―陽炎は大浴場でのやり取りを話した。陽炎型駆逐艦に関する話は、不知火や黒潮も感心した。
不知火「話の面白い方、とは聞いていましたが・・・」
黒潮「噂以上やなぁ。知識も豊富でないと無理な話やわ」
陽炎「それもだし、磯風が暴れた時、すぐに駆け付けたのって戦艦のお姉さま方だったでしょ?私よりずっと大人で歴戦のお姉さま方から見ても、それだけ大事な人ってわけで、今頃になってそういう事に気付く私は、何だか逆に小娘だったかなぁって」
黒潮「まあ小娘やしなあ」
不知火「小娘ですしね」
陽炎「わかってるわよ!・・・まあとにかくよ。そういう司令の身近で仕事しつつ、自分の考えをしっかり持っているっぽい子たちが、強いのも当然だなって思えたのよ。そういうのスルーして、七駆ばっかりどうのとか言ってる自分も、ネームシップとしてどうなのかなって」
―しかし、気心知れた二人の反応は、陽炎の予想外のものだった。
黒潮「何や結局、司令はんにすごく興味を持ったって事やな。うん、ええんちゃう?」ニコッ
不知火「姉さんは少しイケメンと言うか、男っぽいところがあって心配でしたが、これで少し安心ですよ」ニヤッ
陽炎「・・・は?何なのそれ?」
―妹たちは、陽炎自信よりも姉の事をよく見ていた。陽炎は「そんなんじゃない」と訴えようとしたが、かえって泥沼になりそうなので黙った。
陽炎(でも、それだけではない、何か変な感じ・・・)
―うまく思い出せない夢の記憶と、今までの自分が持っていた司令のイメージ、そして、今日話して分かった事。一致している部分と、水と油のように合わない部分が混在している。まるで、司令が一人ではないような、複数存在しているような・・・。
陽炎(・・・ううん、私の司令は、今の司令よ。夢は夢だわ)
―そして、明日は多分、磯風と話せる。こんなうれしい事は無い。陽炎はゆっくり眼を閉じた。
陽炎「おやすみ!明日、楽しみよね」
不知火「陽炎、明日、司令にお礼を言いに行きましょう?」
黒潮「うちもその方がええと思うんや」
―陽炎たちは眠りについた。
―同じ頃、執務室ラウンジ。
―ガチャッ、バタン
叢雲「おかえりなさい。大変だったわね」
―現在、陸奥、榛名、金剛、磯風が入渠しており、陸奥も負傷していたため、その管理を扶桑が行っていたが、あとは入渠明けを待つだけなので、報告を受けつつ扶桑と提督は執務室に戻ってきた。
提督「新年から美少女に思いっきり斬りかかられるとはな。全く・・・業の深い人生だよ。しかし、準艤装はすごいな。刃のついたブルドーザーを止めてる気分だったよ。僭越ながら、普通の鎮守府なら、今頃解散になっていたろうな」
初風「高練度の艦娘の斬撃を止める提督も大概よ?」
提督「いや、生身の肩に二発当ててたし、艦娘たちの太刀筋には見覚えがある。それでもこれだからな。しかし、良い動きだった。いい子が来てくれたよ」
扶桑「でも提督、夜中だし二度も戦闘したのに、思ったより元気ですね?」
提督「・・・そうなんだよな。何だか調子がいい。困ったもんだ。すぐには眠れないやつだよ、これ」
叢雲「お茶でも煎れるわ。一息ついて落ち着けば、きっと楽になるわよ。まだ興奮が冷めないだけで、疲れているはずだわ」
提督「そうだな、いただくよ」
叢雲「お茶を飲みながら、聞いて。良い知らせがあるわ。利島鎮守府なんだけど、異動の希望者を取り仕切ってくれる子が出たみたい。武装憲兵隊からの連絡よ。オフレコだけど、磯風を捜索することに感じ入って動いてくれている子がいるみたいで」
提督「それは良い知らせだな。という事は姉妹艦かな?」
叢雲「陽炎型、十一番艦の浦風よ。だから、磯風の姉にあたる子ね」
提督「また希少な子だな!いいニュースだ。ありがたい!磯風の発見については?」
叢雲「まだよ。明日連絡しても?」
提督「構わんよ。問題も無くなったし。そうか、取りまとめの完了予定日時と併せて、明日連絡してやって欲しい」
叢雲「きっと、喜ぶわね!」
初風「それにしても、大変ね。深海と戦う前に、艦娘と戦う事が多いなんて。不条理と言うか・・・」
提督「いや、おれの中ではそこそこ条理だな。むしろ、まだまだこんな事がありそうな気さえする」
初風「どういう事?」
提督「人間が艦娘に色々な負担を掛け過ぎだ。ひどすぎる。提督として、艦娘たちを集め、率いて難局に当たる前に、人として艦娘が受けた苦しみを、自分なりにまず受け止めて解消しなくてはならない・・・そんな気さえする」
扶桑「そう思いますか?」
提督「猫に好かれようと思ったら、どんな猫にも優しくしないとダメだし、女の子に好かれようと思ったら、どんな女の子にも優しくするのが基本だ。それと同じって事だよ。自分に来た役割に関しては、なるべく真面目に対応したいね」
扶桑「ふふ・・・艦娘を怖がる方も沢山いるのに、提督には猫や女の子と同じくらいに見えているんですね?」
提督「あっ、そういう意味ではないが・・・まあ似たようなものか。そうだな。初めて叢雲と会った時なんて、こんな女の子に戦わせるとか、何かのドッキリか、おれの頭が残念な事になったかと思ったからな」
叢雲「そんなに時間が経ってないのに、懐かしいわね。私は、髭もぼうぼう、髪ももじゃもじゃのアンタを見て、きっとこれは懲罰なのね?って思ったものよ」
初風「えっ?今とは全然違うのね?」
提督「提督やる気なんて、全くなかったのさ。今だって、書類上はボランティアなんだぜ?二つ目の名前を消した時点で、永久に軍務に携わらなくていい資格を与えられていたからな。協力謝礼金って形で金は振り込まれているけど、軍属じゃないし給料でもないんだ」
初風「何でそんな事に?栄誉勲章保持者という事でしょう?」
叢雲「それは・・・」
提督「やめたら叢雲を取り上げられちゃうから、それなら提督やるって言ったのさ」
叢雲「ちょっと!誤解されるからそういう言い方はしない約束でしょ!」
提督「もういいだろ?大筋じゃあその通りなんだし、おれは納得してここにいるんだし」
初風「どういう事なの?」
叢雲「上層部が私を使って、この人の優しさに付け込んだのよ。はいはい、この話終わりよ。後は私が色々やっておくから、アンタは扶桑さんに送ってもらって、さっさと寝なさいな」
提督「わーかったよ。お陰様で眠くなってきたし、さっさと寝るさ。叢雲と初風も、程々で頼むよ?」
扶桑「お部屋までお送りいたしますね」
提督「大丈夫だよ」
扶桑「では、途中まで同じ方向に散歩する事に致します」ニコ
初風・叢雲「おやすみなさい」
―提督と扶桑は執務室を出て行った。
初風「どういう事なの?聞いてはいけない事?」
叢雲「別に、そのままの事よ。矯正施設から派遣された私は、アイツが提督を続けないなら、解体されるはずだったの。なのにアイツは、あんなに嫌だった仕事の世界にまた戻ってきて、九割がた死ぬような、誰もが逃げ出すはずの立場で提督をしている。・・・それだけの事よ」
初風「え?矯正施設?ええ?」
叢雲「私は、身体は『ヴァージン艦娘』よ。そういうのではないわ。以前着任していた提督が、激務に耐えかねて自殺したのよ。その責任を取っただけ。そして、アイツは馬鹿みたいにお人よしなの。それだけよ。・・・ついでに、今の私は泥酔しているから、この話もどこまで本当か、わからないわ」コトッ
―叢雲はそう言いながら、お茶の入っている湯呑を置いた。
初風「・・・私も泥酔しているから、全て忘れてしまうわ。・・・そっか、生き延びるにしても、みんなと一緒に死ぬにしても、私は良いところに来たのね」
叢雲「死なないわよ、きっと。何となくわかる。こんなやり方をした上層部は、いつかきっとアイツにやり返されるわ。私はその日もとても楽しみよ」ニコッ
―この日を境に、初風と叢雲は仲良くなっていくのだった。
第四十九話、艦
次回予告
目覚めた磯風の謝罪と、磯波、望月との再会、そして事の顛末。磯風の無事を聞いた浦風は喜び、利島鎮守府から堅洲島に異動するメンバーの説得にも張りが出る。
記憶があいまいな吹雪の秘書艦着任と、それに絡む喜劇的状況。
磯風の笛と、吹雪の戦い方に関する謎。
瑞穂が明かす特防独自の作戦と、常号作戦の経過。
その頃、東京湾上空の豪華な水上機の中では、近日中に元帥に復帰するはずの参謀が、アメリカ軍関係者と密会していた。
次回『ルート・X』乞う、ご期待!
雪風『しれぇ、間宮さんのお団子は最高です!とても美味しいです!』
提督『地味にずんだ団子があるのがポイント高いんだよな』
作中で提督が陽炎にしている摩利支天の話は本物です。
陽炎を最強として神格化する、昔の人のセンス、何だかいいですね。
最近更新が早く密度も濃くて嬉しい限りです
名無しである以上意見は控えますがいつも応援しております!
ほぼ全裸の吹雪さんと抱き合う親友の名シーンのオマーj
有能で果敢、この言葉好きだわ
いつも楽しく読んでいます。吹雪さんェ・・・
朝潮は次々回くらいに登場しますか?
1さん、コメントありがとうございます!
意見なども参考になるので、大歓迎です。
このSSでの陽炎は、陽炎型以外の駆逐艦勢とはいつも張り合うスタイルなのですが、ある時吹雪とは、名シーンそのものみたいなエピソードが出てきたりする予定です。
ちなみに、主力オブ主力のあの子だけは、陽炎をしばしば「ぐぬぬ!」とさせます。
2さん、コメントありがとうございます。
そうですよね、史実の奮戦ぶりを見ると、勝った側だったらすごく称賛されていたのが陽炎型かなと思います。
個性的な子が多い分、このSSではみんな活躍しますので、のんびり楽しんでいただければと思います。
3さん、コメントありがとうございます!
堅洲島の吹雪は色々と面白い子ですし、大事な立場でもあります。フリーダムな子なので、笑えるシーンが多いかと思います。
朝潮は、もうすぐクエストライン・・・じゃなかったストーリーラインに乗り始めます。
朝潮の話が終わると、高練度の子が一気に何人か着任してくるような、重要なエピソードの主役なのです。