2018-06-27 03:30:17 更新

概要

鎮守府裏サイトは、どうやら責任と連絡が曖昧だったらしい。

青葉の様子に困惑しつつも、責任と任務を明確にする。

おなじ頃、対深海横須賀総司令部では、酔いつぶれた大淀の漏らした提督の名前を、研究員が密かに調べていた。

一人寂しく晩酌しつつ、過去の事を思い出していた大淀に、彼女しか知らない通知が入る。

それは研究員の動きと、大淀が何らかの協定を結んでいる謎の組織だった。

何か危険な綱渡りをしているらしい大淀の立場と、その複雑な胸の内が語られる。


大雪の堅洲島では、陽炎と曙が激しい演習をしていた。

提督との関係について盛り上がる陽炎たちと曙、吹雪。しかしそこに敷波が通りかかる。

自分は浮ついた話やスポットが当たることなど無い、と思っていた敷波だったが・・・。


堅洲島の執務室では波崎鎮守府の案件を予定より前倒しする必要が出てき始めていた。

任務の重要なカギとなる潮の練度を確認し、驚く提督と秘書艦たち。

そして呼び出されて、まさかの任務内容に驚愕する敷波。

特務案件『波崎』が動き出そうとしていた。



前書き

6月19日、一度目の更新。
6月25日、最終更新です。

6月26日、『ハンドガン・テイクダウン』についての説明を追加しました。

青葉の考えはよくわかりませんねぇ。とりあえず、堅洲島の青葉は自分が写真撮影されるのはすごく苦手で、スカートも苦手なようです。

漣の本音は十分に出ている気がするのですが、叢雲は漣の何かを知っているらしいですね。

そして、横須賀。大淀が漏らした一条御門という名前について調べる研究員ですが、その過程で最初期の元帥の名前が出てきます。干城(たてき)という名前は現在はあまりなじみがありませんが、明治から昭和初期までは、軍人や武士の家系ではしばしば見られた古風な名前です。

その意味は「城を護る者」であり、歴史上は西南戦争で熊本城を死守した谷干城(たに たてき)が有名です(名は体を表すこともあるんですねぇ)。

さてこの人物、登場するとしたら誰でしょうか?

一方で、謎に包まれていた大淀の真の姿と、関わる謎の組織が現れます。

『ゲーム』『公平・中立』『牧場』など、意味深な単語が並びます。

まだ全容の見えないこの話、果たして『真の敵』は何者なのでしょうか?


そして、堅洲島です。陽炎と曙の演習、陽炎型たちのからみ、敷波の驚き、潮ちゃんの意外な強さなど、なかなか面白い話が続きます。

さて、波崎の鹿島と極悪な提督はどうなっていくのでしょうか?


第七十六話 触れ得ざる者




―2066年1月8日、フタサンマルマル(23時)頃、堅洲島鎮守府、執務室。


提督「・・・で、結局どちらがこのサイトを作る上で、許可の可否について考えなかったんだ?」


漣「えーと、確か青葉さんが、ご主人様に何かの折に伝えておくので大丈夫だと」


青葉「いや、漣ちゃんが何かの折に伝えておくって言ってませんでしたっけ?」


叢雲「さっきもそういう話になったわよ?要するに、肝心な部分は二人とも確認しないでここまでのものを公開しちゃったって事でいいかしら?」


漣「えー・・・それはちょっと納得いかないです。サイト造るって言い始めたのは青葉さんですぞ?」


青葉「あっ!サイトあったらおもしろくないですか?と言って積極的に作ったのは漣ちゃんじゃないですかぁ!青葉それはちゃんと覚えてますよー?」


提督「らちが明かんな・・・。仕方ない。連帯責任で何か罰則を科すか」


青葉「罰則?・・・提督、もしかして報道に圧力をかける気ですか?青葉、絶対に屈しませんよ?」キリッ!


提督「いやそういう話じゃないだろ?そもそも報道と言うよりはパパラッチに近くないか?」


青葉「え~・・・現場の情報を伝える崇高なお仕事とパパラッチは違いますよー?」フゥ


漣「はぁ。罰則かぁ。なんだかんだ言って、こんな感じで夜の秘書艦にされちゃうんですね。・・・さよなら無垢だった私」フゥ


提督「いまさらそんな事せんわ!そんな事したかったらちゃんと言うよ!・・・まいったな全然話が通じないぞ」フゥ


叢雲「ま、冗談はともかく、この出来事に本当に罰則を科すなら、警告程度の罰則で良いとは思うのよ。漣には一定期間『司令官には本音で話す』というのと、青葉さんには・・・本当か嘘かはわからないけど、写真のモデルとか、一週間はスカート着用を義務付けるとかで良いらしいの」ニヤッ


提督「いやそれのどこが罰則になるんだ?」


―しかし・・・。


漣「あっ!叢雲ちゃん・・・叢雲様!それはマジでやめてくださいしんでしまいます!」


青葉「ガサから聞いたんですね?さすが叢雲ちゃん、何て恐ろしい事を・・・っ!」ガタガタ


提督「何がどう作用してこんな効果的なのか全く分からないが、有効だというのは確信したぞ・・・」


青葉「あ・・・青葉をモデルに写真撮るだけではなく、スカート履かせるんですか?この青葉に?叢雲ちゃんは提督をとんでもない変態さんにする気なんですかぁ?」ジワッ


提督「・・・・・・」


叢雲「ごめん私ももうわけがわからないわ」


初風「提督、それなら浜風の件、二人に担当してもらったらどうかしら?青葉さんなら適任じゃないかと思うのだけれど」


提督「いい考えだ。そろそろこの件が面倒になってきたところだよ。ではまず、裏サイトは一通り監修したが、これは許可する。但し、フェイクも巧妙に混ぜてくれ。こちらも幾つか案があるので、今後は執務室案件とする。それから、殊勲でもあるが異動希望者が出た事は好ましい。これは二人に対応してもらおう。早池峰泊地の浜風に接触し、ここの艦娘だと分からぬように『面接』をしてくれ」


青葉「えーと、つまり?」


提督「早池峰泊地に行き、遠方から浜風の様子をチェック。可か、不可か、こちらに報告する事。可の場合は次のフェイズを連絡する。漣はそのサポートを」


青葉「・・・そ、その場合は、撮影もスカートの件も?」


提督「無しだ」


漣「・・・ほ、本音で話す件は?」


提督「無いぞ。しかし何を本音で話すんだ?現在は十分に本音な気がするが・・・」


漣「ど、どうなんでしょうねぇ?」


叢雲「・・・」フッ


青葉「いやったぁ!わかりました!青葉きっちりばれずにどんな子か調べてきますね!」


漣「という事は、夜の秘書艦任務と、この任務と言う事ですね?罰則は罰則ですから、きっちり務めるしかありませんなぁ!」


提督「いや、前者は無いが・・・」


漣「もう真面目ですかぁ?分かってますよー!具体的にはどんなサポートを?」


提督「青葉の任務に必要なものとメンバーを整え、宿泊施設等のサポートだな」


漣「諒解いたしましたぁー!」シュバッ!


―こうして、鎮守府裏サイト経由で異動願いのコンタクトを出してきた浜風の件は、青葉が現地に向かう事になった。しかし、罰則から始まったこの人選が、思わぬ成果と陰謀をあぶり出すことになる。



―同じ頃、横須賀。総防省・対深海総司令部・研究フロア。『オモイカネ』直通電算室。


藤瀬研究員(やっぱりそう。大淀が言ってた提督なんてどこにも記録が無い。でも、戦時情報法やその他を考えると、別の名前があったり、歴史のある一族は屋号と姓を使い分けたりするわ。一条御門から導き出されるのは、皇宮の門の守護者。古くを辿ればそれは貴族の姓のはず。最初期の提督の名前とリストだけなら、私の権限でも・・・)ピッピッポッ・・・


端末「入力したデータの照会をいたします。本データには検索監視対象の項目が含まれていますが、検索結果を全て表示するには、特殊帯照合が必要です」


藤瀬研究員(えっ?検索監視対象?まあ、私の情報照会レベルなら・・・)スッ


端末「特殊帯照合完了いたしました。この検索及び検索結果は法的根拠を持って記録されています」


―ポーン


藤瀬研究員(この中で出自がそれらしい名字は・・・あっ!)


―横須賀鎮守府・初代提督、藤原武尊(ふじわら たける)


藤瀬研究員(ああ、日本武尊(ヤマトタケル)と同じ字に、藤原姓。藤原一門はもともとは皇居の護り手。この人が怪しいわね。あとは・・・)


―海防部横須賀対深海・初代元帥、善見城干城(ぜんけんじょう たてき)


藤瀬研究員(初代元帥の名前なんて、初めて知ったわ。善見城・・・帝釈天の居城の名前ね。密教系のお寺の家系の出身かしら?)


―ここで研究員は、ある事実に気付いた。


藤瀬研究員(・・・えっ?もしこの藤原さんが一条御門さんなら、それはおかしいわ。大淀が最初の大淀という事になってしまう)


―しかし・・・。


藤瀬研究員(そういえば、私は大淀の過去なんて何一つ知らない。あの子も話した事なんて無い。でもそれじゃあ・・・いえ、そんなバカなことが・・・)


―よく考えれば、大淀の過去の事を自分は何一つ知らない。自分が研究員としてここに来た時には、既に大淀は着任していた。総司令部筆頭秘書艦、という肩書きと、過去にどこかの提督とプラトニックなケッコン関係を持っていたことがある、それくらいしか知らない。


藤瀬研究員(全てが不可解だわ。迂闊に聞いてはいけない事のような気がする。この戦い、見たままと真相は何か違うのかもしれない・・・)


―何となくだが、何かの勘がこの件を大淀に聞くなと警鐘を鳴らしている気がした。


藤瀬研究員(この戦いでいつもささやかれるのは、重大な情報の漏えい・・・)


―もしも、大淀が味方では無かったら?


藤瀬研究員(だめ!そんな子じゃないはずよ)


―全てが恐ろしいほどに説明できてしまうと気付いた。しかし、それは有ってはならないし、有ってほしくなかった。


藤瀬研究員(研究だけではなく、もっと調べないとダメ。きっと私の思い過ごしよ・・・)


―胸にわく嫌な気持ちは、きっとこの後色々と調べれば消えるはずだ。消えて欲しい。研究員は友人である大淀への疑念を消す意味でも、この件を入念に、そして慎重に調べ直すことにした。



―同じ頃、官舎の大淀の私室。


大淀(ふぅ・・・今日も疲れたなぁ。んーっ・・・)ノビー


―カジュアルなパンツにセーターという部屋着姿の大淀は、今夜もまた炬燵で缶のチューハイを呑みつつぼんやりしていた。毎日うんざりするほど忙しい上に、特務鎮守府の書類の数々は通常のそれより面倒で、特務第二十一号が活発に動き始めてからはその繁忙さが加速していた。


大淀(あの榛名さんがあんなに素直な感じになるなんて。特務第二十一号の提督さん、適性が本当に高いんですね。その後の特務と異動の話も。でも、誰ともケッコンも関係も持たないって・・・)


―コトッ


―大淀は伸びをしながら炬燵に突っ伏した。一人で呑む時はいつもいじる指輪を、今夜もまたケースから取り出す。所々に傷や焼け焦げのあるそれをもてあそんでいると、次第に視界がぼやけてきた。


大淀(私は確かに、みんなの憧れだったあなたが好きでした。でも、あなたと加賀さんの間には、結局誰も入れませんでしたね、一条御門さん・・・)グスッ


―仲良く話していた二人に、任務その他の報告をする時、二人を包む見えないシャボンの玉を割るような感覚と共に、いつも胸が鈍く痛んだ。その痛みは今でもそのまま残り続けて、こんな夜はずきずきと、じわじわと、痛んだ。そして、ある組織との会話が思い出される。


―??『指輪が外れてしまっただろう?それは彼の死か、または・・・深海化を意味する』


―??『状況は絶望的ではあるが、君がそれでも彼をこちら側に戻したいというなら、いずれ現れる最後の提督のもとに着任したまえ。それが、最初の提督たる彼と最も多くの接点を持ち、万が一でもこちら側に戻す確率を上げる唯一の方法だ』


―??『ただし、最後の提督となる男は大変に勘の鋭い男だ。君が何者かばれたら、処分されるか、またはケッコン状態にされてしまうか、強引な手段の場合は、君に生体情報の伴った特殊帯認証をしてしまうかもしれんな。・・・平たく言えば、手籠めにされるという事だが。くふふ・・・』


大淀(こんな気持ちで、馬鹿みたいにずっと苦しみ続けるなら、あの提督さんに仕えて、忘れさせてもらって・・・それで戦場で死ぬのも悪くないかな・・・)


―大淀は、次回の大規模侵攻を凌げるとは考えていない。前回の大規模侵攻の恐るべき規模をよく理解していたからだ。ただ、自分の中の戦う艦としての心が、自分の女らしい追憶をとても嫌っていた。その部分を忘れるか区切りをつけて、戦いの中で死んでいきたいと考えていた。と同時に・・・。


大淀(どうして最後の戦いの前に、私とケッコンしてくださったんですか?私は確かに、ずっとあなたの事を慕っていました。でも、あなたの一番は加賀さんだったでしょう?指輪が外れても、私には今でも指輪が見える気がする・・・。どうしてなんですか?)


―大淀は、どうして自分がケッコンの対象に選ばれたのか、どうしても知りたかった。そして、それが信じられるものなら・・・。


―ツーツツーツーツー・・・


大淀「えっ?誰かがあの人の情報にアクセスしている!」


―電探に特殊な信号が入ってきた。大淀はすぐに机に向かってパソコンを起動すると、いつもとは違うパスワードを入れた。


―『最初の鎮守府、提督、艦娘に関する情報への正規のアクセス。23時21分、総司令部付き深海研究員、藤瀬真奈によるアクセス』


大淀(なぜ?)


―カタッカタカタカタッ・・・ターン!


―大淀は直ちに、藤瀬研究員の検索履歴を再現させた。『一条御門』という検索履歴がある。


大淀(もしかして、私、寝言か何かで?)


―おぼろげにだが、そんな記憶がある。


大淀(ごめんなさい。あなたを守るためでもあるんです。これは)


―カタカタカタッ・・・ターンッ


―大淀は特殊なリストを呼び出すと、『藤瀬真奈』の『監視状態にする』というチェックボックスをオンにした。


大淀(私が監視している間は、あなたの行動は『彼ら』には見つからない。お願いだから、出過ぎた事はしないで・・・)


―ツーツーツーツー


大淀(!!)


―電探にまた別の感があり、大淀は戦慄した。


大淀(早い!流石に隙が無いわね・・・!)


―カタッ・・・ガチャッバタン!


―大淀は焼けた指輪の入った箱を掴むと、急いで部屋を出た。


―コッコッコッコッ・・・


―官舎の階段を地下一階まで下りる。そこは暗い行き止まりだが・・・。


―スッ・・・ウンッ・・・


―取り出した指輪をはめ、壁に手を当てると、大淀はその向こうに消えた。『壁』と認識されるものの認識を解除し、隠し通路を通る。総司令部方向に傾斜したその通路を歩くと、やがて頑丈な装甲扉が見えた。


??「早いな。入りたまえ」


―ガココン・・・ゴゴゴゴ・・・


―大淀は分厚い装甲扉の中に広がる暗黒の空間に入ると、今度は背後で音もなく扉が閉まり、暗黒の広い空間の中に、幾つかの淡く輝く円柱が幻影のように現れた。水色の液体で満たされたそれは、時折わずかに泡が現れ、立ちのぼる。


水色の円柱A「早いな。良い判断だ」


大淀「大事な友達ですから。監視は私の方で行います。何か問題がありますか?」


水色の円柱B「そんな小さな事など別に問題ではない。逸脱したら処分するし、そうでなければ好きにさせておいて構わない。・・・そうあらんように君が努力するのは当然君の自由だ」


―用件は研究員の件ではない、という事だ。


大淀「・・・ありがとうございます」


水色の円柱C「では、状況の報告を受けようか」


大淀「はい。現状での艦娘側、及び深海側の状況と、私の動きですが・・・」


―大淀は自分の立場で把握している限りの状況を報告した。


水色の円柱D「・・・これは、やはり『ルートX』だな。高密度なタイムスケジュールと艦娘の異動状況は、あの男、『触れ得ざる者』に引き寄せられているのだろう。深海棲艦を見ればわかるとおり、戦う者たる艦娘たちは、より強力な戦闘適正の持ち主に引き寄せられる。それに・・・」


水色の円柱E「『牧場』の艦娘たちも、何人かはアドミラル・ロスを発症しつつも、その闘志が無意識の海のかなたのあの男と結びつき、想定外の戦果を挙げて生存しておる。これは我々が想定していなかったことだ。確率は低い事だが、深海側に全てを決定的に寄せる『牧場』の艦娘たちをあの男が着任させてしまえば、この世界の時間は再び進み続けることになるやもしれん」


水色の円柱F「だがそれは!この世界に不可避の災いが起き始めている事を意味するぞ?既に最初の戦いの終焉時に、『反転』が起きたではないか。あれが偶然や間違いであるべき可能性が、完全に消えてしまう事を意味する!」


水色の円柱G「恐らく既に災いは起きているのだ。現実を見なくてはならん。我々のこの世界が永遠に停滞するか、新たな一歩を踏み出せるのか?我々は人類すべてで審判を受けねばならん」


水色の円柱H「ふふ、全く笑わせる。我々の愚かな失態をそのように壮大な何かに置き換えようとするとは・・・」


水色の円柱G、F「黙れ!」


―しかし、水色の円柱Hは叱責に耳を貸さず、大淀に対して話を続けた。


水色の円柱H「大淀、君は継続して全てが公平・中立の形を保つように動かねばならん。それだけが君のささやかな願いが叶う可能性のある、唯一の道だ」


大淀「はい。心得ております。二度とあのような悲劇は起こしたくありません」


水色の円柱A「では用件を伝えよう。第二参謀室がいささか動き過ぎている。君が把握している彼らの情報のうち、彼らが私腹を肥やそうとしているもの、必要以上に深海に肩入れ過ぎと思われるものの情報を特務第二十一号に流したまえ。これで状況は『中立・公平』となる」


大淀「!!」


水色の円柱B「何を驚いているのかね?」


大淀「すでに私は、双方から裏切り者と見られてもおかしくない状況でした。これでは決定的に・・・」


水色の円柱C「『中立・公平』であるという事は、どちらの陣営からも攻撃される可能性があると同時に、どちらからも庇護される可能性もまたあるという事だ。我々は君の解釈や感情を何ら関知せぬ。与えられた事に余計な解釈は必要ない。君はただそれをこなすのみであるし、それだけが君の希望を・・・」


大淀「申し訳ありません。よく理解しています」


水色の円柱G「本来なら、君ら残された『最初の艦娘』は既に終わった存在。処分しなくてはならないところだが、あえて面倒をかけてこの『ゲーム』に参加させているのだ。与えられた権利の大きさを理解できないようでは困るな」


大淀「すみません。出過ぎた事を申し上げてしまいました。はい。役割に専念いたします」


水色の円柱D「個人的に特務第二十一号に、『中立・公平』を乱さぬ範囲で助力すれば、それなりの庇護も得られよう。君のたった一つの願いを我々は聞き入れ、この態勢が出来上がっている。あとは知恵を絞り、うまくやる事だ。あの研究員の立場も同様にな」


―これは警告だと、大淀はすぐに気付いた。


大淀「っ!!・・・かしこまりました」


水色の円柱たち「では、下がるがよい」


―大淀は一礼すると、円柱は消え、何もない暗黒に戻った。振り返れば通路であり、もう一度振り返るとあの頑丈な装甲扉も消え、ただの行き止まりの壁になっている。


大淀(私にはわかる。きっと私は最後、ひどい死に方をするって・・・でも・・・)


―どうしても確かめずにはいられない事と、取り戻したいものがあった。大淀が胸に秘めている幾つかの思いは、彼女にとって何より大切なものだったが、その行動はどちらの陣営から見ても裏切り者に過ぎないという危険をはらんでいた。



―特務第二十一号・堅洲島鎮守府、特殊演習場。


曙「この前とは違うわね!ううん、だいぶ違う」ドウッドウッ


陽炎「司令が長女好きって言ってたけどね、長女って大変なのよ!強い子ばかり着任して来るから、いつまでも弱いままじゃいられないの!」ヒュヒュンッ・・・シュドドッ


―曙と陽炎は駆逐艦同士の高機動戦闘を繰り広げていた。話しながらも正確な砲撃をしてくる曙の動きを見て、弾道を回避しつつ予測雷撃を放つ。


曙「私、そんな直線的な機動しないわ!」スッ、クルッ・・・ドドウッ


―曙は進行を一旦止め、振り返るようにターンすると再び砲撃してきた。


陽炎「くっ!そういうところが司令の艦娘っぽいのよ!」ヒユンッ・・・ガッ・・・ドドウッ


―曙の二発目の砲が陽炎の艤装をかするが、臆せず撃ち返し、さらに雷撃を放つ。


曙「あっ!やるわね!」シュドドドドウッ


陽炎「なんのっ!」バババババッ


―ガカカンッ・・・ドウッバウッ!


―回避困難と見た曙は一斉雷撃を放つ。陽炎はそれに対して機銃で迎撃しつつ突っ込んだ。双方、再装填時間に肉薄する。通常の鎮守府なら、この時間は仕切り直しだが、堅洲島は違う。格闘戦に移行する事が許されているのだ。


陽炎「はあっ!」


―魚雷の爆炎を超えて、陽炎が突きを放つ。が、曙はその手をいなしてかわした。


―ガシャン


―陽炎の耳に、曙の砲の装填音が聞こえる。


曙「いただきね」スッ


―しかし、陽炎は曙の腕をつかみ返すと、振り向いて砲を撃った。曙もほぼ同時に撃つ。


―ドバウッ、ガカカンッ!


曙「くっ!」


陽炎「ううっ!」


―互いの連装砲が爆発・破損した。


演習場アナウンス「双方の艤装中破。判定は引き分けです。双方の弾薬切れにより、演習を終了いたします」


黒潮「陽炎、やられっぱなしやと思ったけど、ちゃんと強くなってるやないの!」


不知火「魚雷を迎撃して格闘戦を仕掛けるなんて、やりますね!」


陽炎「まだまだよ、こんなもんじゃないから見てなさいよ!」フンスッ


―反対側から、曙も出てきた。


曙「ありがと。思ってたよりずっといい演習が出来たわ。こないだよりずっと強い。分かってはいたけれどね。これで眠れそう」


陽炎「細かくは聞かないけど、役に立ったんなら良かったわ。またいつでも相手になるわよ?」


磯風「一つ聞きたいのだが、姉さんの右手突きを躱したあれは『いなし』だろう?司令に教わったのか?」


曙「えっ?あれはそういう技なの?・・・ま、まあそうね、教えてもらったといえばそうなるわね」


―曙の答えはどこか歯切れが悪い。


磯風「ふむ?よくわからんな。まあ、出どころが司令だというのは当たっていたようだが」


曙(そっか、こういう事だったのね。教えてくれていたんだわ・・・でも)


―まさか、朝の挨拶からしばしば発生する提督との小競り合いで教えてもらったとは言いづらかった。曙が「クソ提督」と挨拶すれば、提督は大抵、どこかを触ってくる。そこからいつも小競り合いになるのが、曙の朝の日常だったからだ。


陽炎(うーん、これはもう少し、曙と司令を見張った方が良さそうね。何かあるんだわ)


―陽炎は、何か秘密の特訓でもしているのではないか?と考えていた。


陽炎(そろそろ司令とお話ししないとだわ。この前のお礼だって、ちゃんと言ってないし・・・)


―深海化しかけた磯風が暴れた時のことだ。


陽炎「ねえ曙、間宮さんとこで何か食べない?奢るから付き合いなさいよ」


曙「この時間なら執務室で良くない?それに、演習に付き合ってくれたお礼はするわ。私が奢るのが筋でしょ?」


陽炎「えっ執務室?」


曙「何か問題でもあった?この時間だし、今日のお菓子とか食べちゃう分にはあまり問題ないはずよ?」


陽炎「いや別にないけど、あっさりしたもんねぇ」


曙「違うわ。みんな構え過ぎよ。クソ提督はセクハラもするし、かなり話しやすいわよ?」


陽炎「えっ!?セクハラされたの?」


曙「あっ・・・!(しまった!)」


磯風「何だと!?」


黒潮「へぇ~、これは詳しく聞かなあかんで」


浦風「曙ちゃん、何か好きなもの奢るから、詳しく聞かせてくれん?」ニコッ


不知火「意外なものですね。駆逐艦には興味が無いと思っていましたが。曙さんがセクハラを受けているという事は、同じくらい貧相・・・失礼、もとい控えめな陽炎も十分に司令のセクハラの対象に・・・うぐぅ」ムニッ


陽炎「し・つ・れ・い・ねっ!!ぬいも私と変わりないでしょ?」


―陽炎は不知火の頬を両手でむにゅっと押した。


曙「ちょっと待って!落ち着いてってば!私がクソ提督呼ばわりするから、それに釣り合うようにそういう事をしてるだけよ。スキンシップよきっと!」


陽炎「ごめんちょっと本音言うけど、司令に可愛がられてるようにしか見えないんだけど」


曙「ええ~?」


吹雪「曙ちゃん、こっちにいたんですか?司令官が探してましたよ?」


―そこに、吹雪がやってきた。


曙「あっ、ねえ吹雪、私別にそんなク・・・提督に可愛がられてるなんて事無いよね?」


―それまでごく普通の表情だった吹雪が、珍しくジト目になった。


吹雪「えっ?自覚無いんですか?すごく司令に可愛がられてるじゃないですか」


曙「えっ!?ちょっと待ってそんな事無いでしょ?」


吹雪「漣ちゃんと曙ちゃん、大体ちょっとズルいんですよ!あと大井さんも。メイド服とか着ちゃったら、司令官だって絶対に色んなお世話(意味深)をしてほしくなるに決まってるじゃないですかぁ!もともと可愛い上にキャラ立ってて、しかもメイド服とかって、ぶっちゃけ狙いすぎなんですよぅ!」グスッ


曙「ちょっ、ちょっとちょっとぉ!!」


陽炎「あーでも、ちょっと吹雪の気持ちもわかるわ。少し前までは七駆に目が掛けられすぎな気がしてたもん。でもね、司令の立場からしたら、やっぱりあなたたちは可愛いはずよ?はたで見てて一生懸命じゃない?それはそれで努力の結果よね。・・・で、吹雪はちょっと努力が足りないわ」


黒潮「うっわぁ容赦ないわー・・・」


吹雪「はうっ!・・・で、でも私、地味だから・・・吹雪型だし・・・」


不知火「吹雪型で秘書艦と言えば、磯波さんが何でもきっちりこなしてますもんね」


吹雪「あっ!」


浦風「ああ、わかるわ。あの子感じええし料理上手やし、よく気が付くんよ。利島では捨てられたけど、こっちの提督さんはちゃんと秘書艦にしてるから、見る目あるなぁと思ったんじゃ」


磯風「護衛秘書艦で、司令の部屋への通路の警備を任されているあたり、確かに司令の信頼は厚いのだろうな」


―吹雪の立場が無くなりつつある展開だったが、みんなそれに気づかずに話が続いていく。


曙(うっわぁ~・・・)


吹雪「・・・・・・」フルフル


陽炎「あれ?吹雪どうしたの?」


吹雪「・・・どうせ・・・どうせ私なんて落ちこぼれですよ!きっと司令官だってお情けで秘書艦にしてくれたに・・・ううっ!」ダッ


―吹雪は走って出て行ってしまった。


黒潮「しもうた。言い過ぎや・・・」


陽炎「でも事実ばかりだし・・・」


曙「追いかけながら執務室戻るわ。あなたたちも来て。執務が終わったらお茶でもしましょ?吹雪も混ぜて、ね」


―曙はそう言うと、吹雪を追いつつ演習場を出た。



―鎮守府のグラウンド。


―曙が演習場を出ると、広いグラウンドの真ん中、真っ白に雪の降り続ける薄明かりの中、吹雪が立ち尽くしていた。吹雪は何かを叫んでいるようだ。


吹雪「必ず、必ず一番の秘書艦になって見せるんだから!司令官の一番のお気に入りになって、きっと!負けないんだからー!」


曙(ええ~?立ち直り早すぎない?)


吹雪「あれっ?曙ちゃん、もしかして見てました?」


曙「ま、まあね。・・・立ち直るの早くない?」


吹雪「ちょっと精神的に来たけど、こんなきれいな雪の夜に落ち込んでるより、元気を出した方が良いかなって」ニコッ


曙「へぇ~。やっぱり初期秘書艦にされてるだけあって、違うもんね。そういう前向きさがあるのね・・・」


―曙は感心した。吹雪の笑顔に屈託は無い。これもまた、戦いには大切な資質なのかもしれない。


吹雪「でも、曙ちゃんと漣ちゃんがすごく可愛がられてるというゆるぎない現状は何とかしたいです!」


曙「うーん・・・そうかなぁ?磯っちとか叢雲ちゃんのほうがク・・・提督と信頼関係が強い気がするけど」


吹雪「それ!叢雲ちゃんは初期秘書艦だからいいんですけど、磯波ちゃんがとっても重要な位置にいるのが分からないんですよ!確かに真面目で何でも一生懸命やるし、思いやりにもあふれているけど、何かきっかけはあったんじゃないかなって」


曙「そんな事考えた事も無かったんだけど・・・。捨て艦されてここに来たし、もっちーは秘書艦って感じじゃないから、重用してあげてるってだけじゃないかなぁ?いそっちもそれにちゃんと答えてるだけで」


吹雪「甘いです!それは間宮羊羹みたいに甘いですよ曙ちゃん!」


曙「え?何が?(間宮羊羹て・・・)」


吹雪「磯波ちゃんの司令官を見る眼が時々とても熱っぽいし、何だか磯波ちゃん、色っぽくなってる気がするんです。もともと、吹雪型の中ではスタイルいい方だし、髪落とすと美人さんだし」


曙「全然知らなかった・・・」


―しかし、よくよく考えてみると、吹雪の言うとおりだと思った。駆逐艦の秘書の中では、磯波が一番落ち着いている。初期秘書艦である叢雲は提督の相棒のような空気感があるが、磯波はまた違う。双方向の信頼が成り立っているような気がする。


吹雪「まさかとは思うけど、司令官とこっそりいい仲になっちゃってるんじゃ?って・・・」


曙「ええ?さすがにそれは無いでしょ。無いはずよ」


吹雪「無いとは思うんだけど、磯波ちゃん、フォローとかも完璧だし、すごくいい子だから、司令官からしたら絶対有能だし、可愛いんじゃないかなって・・・」


曙「そうなのね・・・でも、考えすぎだと思うの。そんな事よりもっとこう、努力したほうがいいんじゃないかなって」


吹雪「ぐっ!わ、わかってますよう!でも、怪しいって言ったら曙ちゃんも怪しいですよね?ツンツンしてる割りにぜーったい司令官に可愛がられてるもん!!」


曙「ああもう!こっちに飛び火させないで努力すればいいでしょ!」


―そこに、敷波が通りかかった。おそらく会話は聞こえていたと思うが、まったく気にしてないようだ。


敷波「演習場、空いてる?」


曙「空いてるし、陽炎型の子たち・・・磯風もいるから、演習相手には困らないと思うわ」


敷波「そっ、ありがと。じゃあね」


―何となく、この話題を続けるのが良くないような気がした吹雪と曙は、執務室に戻ることにした。


―一方の敷波。


敷波(ふん、そういう話題で盛り上がってて楽しそうだけど、きっと私なんて忘れられているのよ。存在感無いし、戦績も目立たないから、仕方ないけれどさぁ・・・)


―敷波は、派手な話題の多いこの鎮守府でも、特に何か浮ついた期待感を持つわけでもなく、黙々と日々のスケジュールをこなしていた。重要な任務を持つ鎮守府にいて、足を引っ張らないように練度を上げる。それこそが何より大切なことで、それ以外は特に何も意識していない。むしろ・・・。


敷波(吹雪はほんと前向きよね。こんなにかわいい子や綺麗な人、強い子ばかりで、あたしなんて・・・)


―何か期待感を持つだけ、自分が苦しい思いをするだけだ、と考えていた。しかし、そんな敷波に驚愕の任務が下されることになるとは、まだ誰も知らない。



―しばし後、フタサンマルマル(23時)過ぎ、堅洲島鎮守府、執務室。


―提督は特殊回線で武装憲兵隊と通話をしていた。


提督(通話)「なるほど・・・下種は下種なりに勘が鋭いようだな。わかった。こちらの仕上がりを確認し、予定を前倒しする事にしよう。明日には総司令部経由で釘をさしておく。頭のほうはいつでも抑えられる。あとは近々、顔合わせをしよう。うむ」プツッ


叢雲「波崎の件かしら?」


提督「ああ。ゲスなりに勘が鋭いか、または父親経由で情報を入手しているんだろう。近々提督を辞し、鎮守府を返還する予兆が出始めているとの事だ。最近の内偵の多さに気付いているんだろう」


足柄「それで、前倒しで特務案件を進める必要があるというのは?」


提督「ああ、おそらく立場的に自由の効くうちに、最後の欲求の解消をして、証拠を隠滅しようとするはずだ。つまり、予定より早く、波崎の鹿島に危険が迫りつつある、という事さ」


足柄「なるほどー・・・って、私女だからイマイチわからないのよね。提督はそういう気持ち、わかるの?」


―足柄は単純に興味があって質問したが、執務室の艦娘たちはみんな聞き耳を立てた。


提督「そりぁな、おれも一応男だ。そういう気持ちは理解出来るさ。今は色々あって心がポンコツだから穏やかなもんだが、戦場にいた頃は、血と硝煙と殺戮の狂熱は、やっぱり人肌でないと鎮まらなかった。工作員の女も何人かいたが、そんな理由もあり、大事にしていた。・・・死なせてしまった事もあったけどな・・・」


艦娘たち「!!」


叢雲「・・・仕方ないわよ。工作員ってそういうものよ」


足柄「ああ、何となくわかるわ。提督って、どこか女の子に甘そうなところがあるわよね。でも、それは彼女たちが自分で選んだ道だもの。仕方ないわ」


提督「まあな・・・。初風、香取先生と潮を呼んでくれ。特別教練の進捗を確認したい。それと漣、敷波を呼んでほしい。おそらく特務に協力してもらう形になる」


漣「えっ?この件で敷波ねぇを?」


提督「ああ、こういう事だ」バサッ


―提督は、『傷病退役提督リスト』のあるページを開いたまま、漣に見せた。


―『松田提督、2064年9月、大規模侵攻による負傷により退役。左腕肩部以下欠損、左足大腿部より欠損、右目失明。傷病、退役恩給等全て固辞。特例により代替案として介助役に志願した敷波をケッコン及び特別退役措置とする』


漣「・・・あのー、漣を伴って引退した提督はいないんですか?」


提督「残念ながらいないんだよなぁ。漣を初期秘書艦や筆頭秘書艦にしている提督は、みんな現役だったり、引退してもわりかし活発に活動している人しかいないようだ。この提督は一人で引退しようとしたが、この子がどうしてもと付き添いを願い出たんだそうだ」


漣「でも、この松田提督という人がこの特務とどう関係があるんです?」


提督「対深海は、引退後の提督の生活が困難にならないように、傷病退役提督の再就職をあっせんしている。つまり、おれがこの松田提督に成り代わり、敷波と共に波崎に入り込むのさ」


足柄「えっ!何それ面白そう!ねえ提督、つまりそれは提督のパートナー役をやりつつ相手の懐に潜り込むって事でしょ?足柄を伴って引退した提督はいないの?」ワクワク


提督「いるにはいるが、やっぱりみんな活発に活動してる。ひっそりと、恩給や手当まで固辞して暮らしているのは、この松田提督しかいないんだよ。何か考えがあってそうしているんだろうが、強い意志を感じるな」


足柄「残念ねぇ。面白そうなのに。今度こういう任務があったら、必ず私を組み込んでね?憧れるじゃない、美貌の女スパイとか!」


妙高「足柄、自分で美貌とか言ってしまうのはどうなの?提督、この子は有能ですけれど、割とすぐに手が出ちゃうから潜入任務はあまり向いていませんからね?」ニコッ


足柄「えー・・・」


提督「ははは、どうだろうな?色々な任務があるから、そんな機会は必ずまたあるさ」


―数分後。


―ガチャッ・・・バタン


香取「提督、お呼びですか?」


潮「潮、参りました」ペコリ


提督「ああ、お疲れ様。特務案件『波崎』だが、前倒しで開始する事になりそうだ。最も重要な潮の練度の確認をしたいのだが」


香取「あっ、そういう事ですね?もうすっかり仕上がっています。もともと戦闘適正は高い子ですし、この任務に燃えていますからね。もう誰も、潮さんに手出しなんてできませんよ」ニコニコ


提督「こんな短期間に?」


香取「はい。早速試してみてはどうですか?」


提督「そうだな。ここでいいか」


初風「そういう事なら、格闘訓練の経験がある私が相手をするのが良さそうね」スッ・・ゴソゴソ


―2人と共に戻って来た初風が、執務室のロッカーからゴム製のナイフや訓練用のピストルを取り出した。


潮「あっ、では僭越ですけど、訓練の成果をお見せしますね」オズオズ


提督「・・・・・・ふむ」


―潮は以前と同じような立ち振る舞いだが、提督の眼には肩のあたりの線がしっかりしたように見えていた。態度と裏腹に、強くなっているのだ。


初風「では、3パターンくらいでいいかしら?潮さんは無手でいいって事よね?」


香取「はい。潮さん、いつも通りで良いのよ。しっかりね。あと初風さん、反撃に注意して。結構きつめの組み立てにしているから」


提督「すまんな初風。では開始。状況は全て初風に任せる」


―初風と潮は執務室ラウンジの真ん中で対峙した。


初風「では、手始めに・・・」バッ!


―初風はわざとタイミング早めに、潮の胸倉か右肩を掴もうとした。


―シュガッ・・・ギリギリ


初風「うっ!」


提督「ストップ!そこまで!」


潮「はい!」パッ


―潮は初風の右手首を内側から掴み、柔術の要領で締め上げた。提督の声ですぐに離す。


叢雲「へえぇ!」


初風「いたた・・・反射でそれができるなんて、大したものね。びっくり!」スッ!


足柄「あっ!」


―初風は言いながら、不意打ちに近く、ゴム製のナイフを抜いて切りつけようとした。


―ガンッ・・・クルッダーン!


―潮は無言でその手を蹴り上げ、初風の右手が跳ね上げられる。その右手を掴んで身をひるがえすと、一本背負いで初風を床に倒してしまった。


初風「え、ええっ?ちゃんと加減して倒してくれたのね!」


提督「これは・・・!」


電「潮さん、すごくかっこいいのです!」


初風「参ったわ。私が習ったのより一手から二手早いルーティン。香取先生にこれを教えたのは提督ね?」


提督「まあそうだが、艦娘というのは面白いものだな。こんな風に技を色々と吸収していくのか!」


初風「でもこれでは私、少しやられ過ぎね・・・!」バッ!


潮「!」


―シュカシッ!


初風「えっ!?」


―ボトッ


―初風は訓練用の拳銃を抜いたが、潮はそのわきを通り過ぎるような動きを一瞬見せ、そして動きを止めた。初風の拳銃はスライドが無くなっており、銃身が絨毯の上に落ちた。


潮「こ、こんな感じで、よろしいでしょうか?」


―潮の手には、初風の拳銃のスライド部分が握られている。


提督「ハンドガン・テイクダウンまで覚えたのか!」


―ハンドガン・テイクダウン。拳銃に対して無手で対峙し、相手からダウンを奪う技術の事だ。潮のそれはスライド式のオートマチックピストルを瞬時に分解する最も高度なもので、提督はそれを香取に教えていた。これができるという事は、それ以下の全ての技術を習得している証拠になる。つまり、近距離では潮には拳銃が無力になったという事だ。


香取「それだけではありませんよ?艤装の力を最小限に使って、縛られたり手錠をかけられても、すぐにそこから脱せるようになっています。例えば誰かが潮さんを後ろ手に縛ってベッドに放り投げても、単装砲と二つの弾薬庫を滅茶苦茶にされて脱出されるくらいには」


提督「はは、どことは言わんがヒュンとなるな」


漣「潮さんめっちゃくそ強くなってるじゃないですかやだ~!」


提督「いくら任務のためとはいえ、自分とこの艦娘が汚い野郎に指一本でも触れられるのは嫌だからな。ふむ、これはいい」


―提督の何気ない言葉だったが、艦娘たちには重要な意味を持って聞こえていた。


叢雲(あら・・・口を滑らせているわ)


妙高(そんな事を考えるのね。意外です)


初風(へえぇ・・・)


提督「それで、心の方はどうだろう?この任務に臨めるかな?」


潮「はい。大丈夫です!ただ、着任とかはどうするんでしょうか?命令に逆らえなくなったりとかは・・・」


提督「ああ、異動や着任は偽装するので、おれとの着任関係は切れないよ。奴の命令は君に対して何の強制力も持たない。芝居だけはうまくやって欲しいけれどな」


潮「良かったぁ・・・」ホッ


提督「あと、香取先生もこの任務で潜入してもらうぞ?」


香取「えっ?私もですか?」パチクリ


提督「ああ。世間は狭いものでさ。波崎の鹿島はコンビニで働かされているんだが、そこのコンビニの経営者は、過去に面識があるし、個人的な人脈もある。香取先生は雰囲気や見た目を変えて・・・そうだな、ハーフか外国人という設定で、その店に店員として入り、波崎の鹿島をこっそり支えてやって欲しいんだ。情報も収集できるしな」


香取「これは面白くなってきましたね。私も参加できるんですね?しかし提督、どのような人脈なのですか?」


提督「ああ、剣の道での知己だよ。今後、何度か顔を出さねばならなくなるかもしれないがな」


―ガチャッ・・・バタン


敷波「来たけど・・・」


提督「こんな時間まで演習お疲れ。かけてくつろぎつつ聞いてくれ。いきなりで悪いが、内偵・潜入特務の手伝いをしてほしい。本来なら、もう少し準備が必要だったのだが、そうも言っていられなくなった。簡単に言うと、おれと君とでこの二人に成り代わって、調理師とその補佐という形で波崎鎮守府に入り込む。任務概要はこれだ」パサッ


敷波「ごめんなさい。頭が追い付かないから、じっくり読みながら質問しても大丈夫ですか?」


提督「ああ、もちろん。もうじき日付も変わるし、好きなものでもつまみながら確認してくれ。飲み物は・・・」


漣「敷波ねぇはお茶がいいかと思うんですぞ」


敷波「あ、うん。お茶で」


山城「じゃあ、私が煎れてあげるわ」


敷波「えっ?山城さんがお茶を?」


山城「そうだけど、別にお茶程度で不幸にはならないわよ?いやなら別の誰かに」


敷波「あっ!そういう意味じゃないです。なんか悪いなって・・・」


山城「今の私は秘書艦。そしてあなたは任務で呼ばれたの。そういう気遣いは必要ないわ」


敷波「山城さんのお茶は美味しいって聞いたことがあるから、嬉しいです」


山城「そう?こんな夜は乾燥しているから、好きなだけおかわりすればいいわ」ニヤ・・・


叢雲(嬉しいのね・・・)


―しかし、実は敷波はパニック寸前だった。執務室に呼ばれたことも無ければ、重要な任務が割り当てられたこともない。とにかく落ち着いて資料に目を通さないと!と集中しようとしたが・・・。


敷波「・・・あの、司令官、これってもしかして、し、司令官と・・・その・・・ケッコンしたふりして潜入するって事?」


提督「ああ、そうだぞ。波崎には官舎が無いから、適当な物件を借り上げてそこから通う形にはなるかな。何とか数日でケリをつけたいところさ」


敷波「えっ?じゃ、じゃあ司令官と一緒に寝泊まりする感じ?」


提督「申し訳ないが、そうなるな。奴はどうやらろくでなしどもを手なずけて色々やってるから、その尻尾も掴んでしまいたいのさ」


敷波「そっ・・・!」ボッ!


―敷波は耳まで真っ赤になった。


漣(あらら~、これは処理能力の限界を超えてますな・・・)


提督「あれ?ちょっと待ってくれ、あくまでフリだぞ?」


敷波「わ、わかってるけどこんないきなり・・・」カアッ


磯波「敷波ちゃん、ここは特務だから、だれがどんな重要な役割を果たすかわからないところです。・・・提督、今日は一旦気持ちを落ち着けてもらった方が良いような気がします」


提督「そうだなぁ。一応、分からないことだらけだろうから何でも聞いてほしいが」


敷波「じゃ・・・じゃあ、この松田提督って、どうして傷病退役なのに色んな手当を固辞してるの?それに、敷波だけはついていってるけど・・・


提督「そこはおれもわからんのよ。ただ、この任務の前に顔合わせはするから、その時に何かわかるかもしれんな。料理の腕もいいみたいだから、敷波と共にやって行けば、何とか暮らせるだろうが、恩給や手当を固辞しているあたり、何か強い意志と理由があるのだろうよ」


敷波「経歴は、立派な人だね・・・」


提督「そうだな。ほぼ壊滅的な打撃を受けた、大湊第四の提督だ。責任を感じているのかもしれないな・・・」


―松田提督と大湊第四の記録を呼んでいるうちに、すぐに冷静になれた。大規模侵攻時にギリギリまで食い下がって、そして壊滅的な打撃を受け、解散した経緯は、すさまじく、そして哀しいものだったからだ。


提督「あくまで個人的な話だが、本人たちの承諾のあるなしに関わらず協力してもらい、勝手にこちらから報酬や恩給を流すことにしようと考えてる。そのまま埋もれ、報われないのは理不尽なほど、立派な提督だ。おそらくそういう人物だからこそ、敷波もついていったのだろう」


敷波「そうだね。うん、そうしてあげて。あたしも協力するからさ。やるよ、この任務!」


提督「ありがとう、よろしく頼む!」


―こうして、予定より早く、貴重な練習巡洋艦「鹿島」の救済・異動と、波崎鎮守府の摘発を行う、特務案件『波崎』が動き出すこととなった。




第七十六話、艦



次回予告



ガスの止まった古い公団住宅でささやかに過ごす、引退した提督と敷波。


そこに、対深海からの連絡が入る。


大雪が晴れ、快晴となった堅洲島では、遅れていた特務が慌ただしく動き始めようとしていた。


青葉たちは東北に向かい、横須賀では榛名の異動と引っ越しを進めようとしていた。


しかし、榛名に思わぬ災いが降りかかる。



次回、『快晴、のち災い』乞う、ご期待!



敷波『なんだよー、なんでいきなりあたしにスポットがあたんのさー・・・』


漣『そりゃあ最後の鎮守府ですもん、色々あるに決まってるんですぞ!スポットの当たらない子なんていないんですぞ!』


綾波『実力は私と変わりないんですから、頑張ってくださいね?』ニコニコ


敷波『変わんないって言われても・・・』


朧『敷波ねぇなら大丈夫でしょ。きっと大丈夫!』


潮『ほ、本当はそういう任務の方が良かったです・・・』


綾波・敷波・曙・漣・朧『えっ!?』


潮『えっ?』



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1: SS好きの名無しさん 2018-06-19 23:10:29 ID: TAf85COc

うぽつです
新しい話が早くも見られて嬉しい限りです。

青葉のパパラッチ活動はうちの鎮守府でも色々と問題になってます
週一の青葉新聞が張り出された日には、ターゲットにされた艦娘達が血眼になって青葉を探し回っている姿を目にします
もっとも、当の青葉は私がほとぼりが冷めるまで匿ってるんですけどねw

藤瀬研究員は知りすぎて命を狙われそうですね

食糧奪還作戦はなんとかカタパルトを確保出来ましたが、福江ちゃんにはとうとう、出会えず終いでした(´;ω;`)

2: ㈱提督製造所 2018-06-21 00:36:59 ID: mSxqT3tP

1話から読み返してみて気付いた。
この世界、まだ1ヶ月も経ってねえ!
一日の密度が高過ぎる‼

てな訳で。忘れられた艦娘達と共に、皆もたまには特務第19号の提督を思い出して上げよう(読み返す迄俺も忘れてたのは墓まで持って行かなければならない秘密)

3: 凰呀 2018-06-25 16:11:52 ID: 1B-34BXj

最新話、いっきに読みました。しかし、青葉にスカートとは盲点でした。親潮ガーターベルトの画像以来の衝撃でした!


次のお話も楽しみにしています!

4: SS好きの名無しさん 2018-06-25 16:27:58 ID: -u1mro4c

更新ありがたやありがたや

日本の艦娘達は日本刀を使っている娘が多い様ですが、海外の艦娘達も剣とか使ってたりするんでしょうか?

潮みたいに普段はおっとりしてる娘が実はめっちゃ強いです!みたいなのってかなりグッときますね!
山風も着任したら、めちゃ強くなるんでしょうね!
今から楽しみですなぁ

提督とコンビニの店長さんは知り合いなのか!
どういう会話をするかが楽しみだ

この提督だから、いつかは敷波の絡む話が来ると思ってましたがこう来ましたか!

出来れば今回出てきた“ハンドガン・テイクダウン”の様な専門用語(?)みたいなのは、簡単な解説みたいなのを入れてもらえると、さらに深く理解出来て楽しめるかもです

5: 堅洲 2018-07-18 23:51:45 ID: blZw9XqO

1さん、コメントありがとうございます!

堅洲島の青葉ちゃんは怪しい機材を調達して来たり色々やってくれます。
でも、作中で何度もスポットが当たる艦娘の一人でもあるので、次第に色々な面が見えてくるかもしれません。

研究員さんはなぜ研究員をしているのか?とともに、いずれスポットの当たる回も来るかと思います。しかし、提督はこの研究員さんが探している人物の名を知っているので・・・。

食材イベは何とか全て終わらせました。
でも下手な大規模イベよりダメージが大きかった気がします。ぐぬぬ・・・

6: 堅洲 2018-07-18 23:55:54 ID: blZw9XqO

㈱提督製造所さん、コメントありがとうございます。

この、最初の高密度な時間って、『艦これをプレイし始めた時の怒涛の新規着任』を少し表現しているものでもあります。

もう少しすると時間の進みが穏やかになって来ます。

そうそう、親潮ちゃんの居る特務第十九号、もうじきストーリーラインに乗り始めます。

実は結構重要なんですよ、特務第十九号って。

いつも読んでくださって、ありがとうございます。

7: 堅洲 2018-07-19 00:01:44 ID: xY_vVDl3

凰呀 さん、コメントありがとうございます。

時々、艦娘の服装に関して天才的な組み合わせを考える方がいますよね。

ちなみに、まだ表に出ていない設定なのですが、『堅洲島の青葉は下着が可愛い』というのがあります。

いずれそんな話が出る事もあるかと思いますので、お楽しみに!

8: 堅洲 2018-07-19 00:07:51 ID: xY_vVDl3

4さん、コメントありがとうございます。

いずれ作中で語られますが、この話の世界観では、絶滅した西洋の剣技も『西洋剣技復興研究』という活動で復活しており、海外の艦娘や、深海の一部の提督も(!)西洋の剣や武器、それらを使用する技を使ったりもします。

この物語では、某紳士の国の空母さんがかなりの使い手なのですが、空母としては微妙という絶妙な立ち位置になる予定です。

また、山風は強さとはまた違った感覚を持っており・・・ごほごほ。

敷波ちゃんにスポットが当たり始めたと同時に、鹿島のコンビニの店長さんと提督の話も出てきます。

もしかして鹿島って提督の妹弟子にあたったり?果たしてどうなるか?

また、コメントのお陰で本文中に説明をつけ足せました。ありがとうございます。


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