「地図に無い島」の鎮守府 第四十四話 武人、磯風
およそ一か月ほど前の「捨て艦事件」の真相と、磯風の活躍、利島鎮守府の提督の更迭時の話。
そして、捜索に向かう堅洲島の艦娘たちと、叢雲の意外な過去の断片。
特務第十九号の話題と、そこの提督の食生活の問題。
そして、親潮の抱える何か。
磯波、望月、そして磯風に何が起きたのか、その真相が判明する回です。
零姫の言動もキャラも、全くつかめない感じですね。
ただ、どうやら何か理想的な未来を引き寄せたいらしい彼女は、意味深な事を言い、意味深な未来を見ているようです。
零姫が見ている三人の未来は重要な意味をはらんでいます。
今回、青ヶ島の「鬼鹿島」の話と言葉が少し出てきます。しかし、青ヶ島にいたはずの金剛は、彼女の話には一言も触れていませんし、提督が行った時もいませんでした。いずれ、その理由が判明してくると思います。
この部分は、波崎の鹿島の話がもう少し進むと判明してきます。
また、剣の達人らしい春風が出てきますが、この物語では、剣は大切なテーマを浮かび上がらせる要素の一つです。いずれ少しずつ、その形が浮かび上がってくるかと思います。
[第四十四話 武人、磯風 ]
―現在から一か月と少し前。2065年11月後半夕方。利島鎮守府
―遠征から戻った浦風は、一緒の部屋に磯風がいない事に気付き、鎮守府中を探し回っていた。
浦風(どこじゃ?どこにおるん?)
―執務室に行けばわかるかもしれないが、それは最悪の場合を想定しなくてはならず、それを認めたくない浦風は、普段なら磯風が立ち入りそうにもない場所まで探し回っていた。
浦風(まさか・・・!)
―嫌な予感が募っていく。
―玄関に差し掛かった時だった。
??「誰かを探していらっしゃるのですか?」
浦風「ん?あんたは誰じゃ?神風型はうちにはおらんし、今は滅多に着任できない艦娘じゃろ?」
―玄関で出会った艦娘は、ブーツに和洋折衷姿で、和傘を持っているが、髪がロングだ。春風のようにも見えるが・・・。
浦風「春風・・・とは髪型がちがうようじゃし、わからんなぁ?」
春風「春風です。髪型を変えていますけれど。やっぱり、縦ロールをなくしてロングにすると、春風だとなかなか分かってもらえませんね」クスッ
浦風「うちとは対照的じゃなあ。でも、ここの艦娘におったかいの?」
春風「上層部から参りました。浦風様、お手数をおかけいたしますが、司令官様のお部屋に案内してくださいますか?」
浦風「んー・・・まあええよ。後で行くかも・・・知れんかったしなぁ」
―気は進まなかったが、放置するのも気が引ける。浦風は快諾することにした。
春風「ところで、浦風様は磯風様をお探しではありませんか?」
浦風「ほうじゃよ。なぜわかるん?」
春風「これから、その事でこちらの司令官様に説明を求めたく、こちらに参じた次第です」
浦風「何か知っとんの?・・・ほら、あそこが執務室じゃ」
春風「浦風様、一緒についてきてください」
浦風「何でじゃ?うち、あまり提督には会いたくないんよ・・・」
春風「磯風様の行方を、こちらの司令官様がご存知だとしてもですか?」
浦風「何じゃって!?まさか・・・嘘じゃろ?・・・捨てられたん?」
春風「・・・確かめましょう?」
―コンコン・・・ガチャ
―春風はノックはしたが、許可を得ずに開けた。
―執務机には元軍属の、目つきの鋭い、やや疲労の陰のある提督がおり、両隣には秘書艦の羽黒と大淀が控えている。
利島鎮守府の提督「浦風と・・・誰だ?いきなり何用か?」
春風「失礼いたします。利島鎮守府の司令官様でいらっしゃいますか?私は、総司令部別科『眠り花』に所属いたします、神風型駆逐艦二番艦、春風でございます。ご用件について、私から説明をして差し上げるべきでしょうか?」
―なぜかこの時、春風は言いながら、つかつかと執務机に歩み寄っていく。浦風はその意味が分からなかった。
利島鎮守府の提督「・・・説明は不要だ。もはやこれまでなどと、させるものかよ!」バッ
春風「!」
浦風「何をするんじゃ!?」
―提督はここで、机から60式提督用拳銃を素早く抜いた。が・・・。
―カシッ・・・ピタッ
利島鎮守府の提督「く!・・・、聞きしに勝るか・・・」
―浦風が見たのは、傘から抜かれたらしい直刀が、提督の首筋に当てられている姿だった。
浦風(見えんかった!何じゃ?今のは?)
春風「・・・司令官様、ご公務に携わる方が公務を妨害するなど、有ってはならない事と存じます。公務執行の妨害を加味させていただきますので、ご了承下さいますよう。・・・それで、本日の私の来訪理由でございますが、現時刻を持って司令官様の任は解かれ、更迭とさせていただきます。その理由に関しましては、司令官様ご自身の胸の内に、思い当たることが多分にあるかと存じますが、よろしいでしょうか?」ニコッ
―ゴトッ
―このタイミングで、利島鎮守府の提督の手から、半分に切られた拳銃がごとりと落ち、提督は深いため息とともに席に着いた。
浦風(斬っとったんか!・・・え?更迭って言ったん?今)
利島鎮守府の提督「・・・是非も無い。潮時か」
春風「そのようでございます。願わくば、眠る花を愛で、渡り鳥の羽を休められる司令官様が居ればと存じますが、なかなかそこまでの修羅を歩める方はおらず、このようになるのが悲しいばかりです」
利島鎮守府の提督「私ももうごめん被る。どれほど経歴が穢れようと、もうどうでも良かったのだ。このような欺瞞と緊張に満ちた日々から去れると思うと、実に清々しい気分なのが正直なところだ」
浦風(何の話をしとるんじゃ?)
春風「左様でございますか・・・!」
―ヒュ・・ピュン・・・パチッ・・ザアッ
利島鎮守府の提督「なあっ!」
―利島鎮守府の提督の士官服は、一瞬でバラバラに切り裂かれ、パンツ一つの姿になった。
春風「経歴がどれほど穢れようとかまわない剛毅な御方には、剛毅な出で立ちが似合うと存じ上げます。お気に召しましたでしょうか?」ニコッ
利島鎮守府の提督「貴様!」ギリリ
浦風(くっ!なんて間抜けな姿なんじゃ!しっかし、えらく強い春風さんじゃな・・・)
―スッ
―春風は提督の首筋に当てていた直刀の切っ先を、提督の右目の前に持っていく。浦風が見ても分かるほど、提督は緊張し、おそらく額には冷や汗だろう、大粒の汗が浮かび始めていた。
利島鎮守府の提督「くっ!何を・・・!」
春風「司令官様、あまり清々しい事を仰らない様に、気を付けて下さいませ。この春風、まだまだ剣の道半ばで未熟ですから、心を乱せば手元が狂うかもしれません・・・」ニコッ
大淀(怖すぎて動けない・・・)
羽黒(怖い・・・)
―ガチャッ
子日「失礼するねー!」
利島鎮守府の提督「・・・子日か。入室していいとは言っておらんぞ?」
―一か月ほど前に異動してきた、練度の高い子日だ。
子日「ううん、ねえ提督、今日は何の日?」
利島鎮守府の提督「入室の許可はしていないと言ったぞ?」
子日「今日はね、提督が捕まる日だよー!」キャルーン!
利島鎮守府の提督「何だと!?」
子日「総司令部所属、高練度予備役・内偵任務隊『渡り鳥』所属、子日だよっ!」ニコニコ
利島鎮守府の提督「『渡り鳥』かっ・・・くそっ・・・」ガクッ
浦風(渡り鳥に眠り花とはこの事じゃったんか!内偵がもう、入っとったんじゃな・・・)
子日「浦風さん、間に合わなくてごめんね・・・!」
―子日は唐突に浦風に謝った。
浦風「えっ・・・」ハッ
―浦風は大切な事を思い出した。
浦風「提督さん、磯風をどこにやったんじゃ?」
利島鎮守府の提督「・・・任務で海域に出ている。潜水艦や、低練度の駆逐艦と一緒にな」
浦風「・・・どこの海域じゃ?」
利島鎮守府の提督「正面海域から、緩衝海域を突破、敵性海域の哨戒・強行偵察を行い、しかる後に北方海域外縁部に資源回収に向かうルートだ」
浦風「・・・きさん、捨て艦しよったんじゃな!」ギギギ
子日「もう提督じゃないから、殴っても大丈夫だよー?」
―春風はここで刀を収めた。浦風は準艤装にして執務机を蹴り飛ばすと、艤装解除して提督をぶん殴った。
春風(この方、持っていますね!)
子日(強くなる子だねー・・・!)
―着任している状態で提督に逆らえるのは、強い自我を持っている証左になる。
浦風「おどりゃクソ提督が!」ドゴッ
利島鎮守府の提督「ぐぶあっ!」ダガン!
―両脇の羽黒と大淀は、春風から笑顔と共にかけられる強い殺気で動けない。
春風「一撃以上は目をつぶれません。そこまででお願いいたします。浦風様」
子日「もうじき武憲も来るからねっ」キャルーン!
春風「捨て艦扱いされた方々に関しましては、詳細が分かり次第、最近設立いたしました、突出部の鎮守府に捜索を依頼してみます。今はお仲間のご武運を信じて下さいませ」
浦風「お願いじゃ!磯風、無事でおって、無茶せんで・・・」
―しかし、浦風は覚悟はしていた。磯風が最近、自費で呉に発注していた艤装刀が、部屋に見当たらなかったのだ。とても大事にしていた刀を持って行ったのは、それを使うほどの局面を想定しているからだろう。
―同時刻頃、太平洋、緩衝海域付近、敵性海域外縁部。
磯風「まったく、心躍る戦場とはこの事だな!」
―磯風は、首のない戦艦タ級の屍が海に沈んでいくのを見届けると、艤装刀を鞘に戻した。
―戦艦タ級を旗艦とする深海側の強硬偵察艦隊と遭遇した、利島鎮守府の捨て艦編成艦隊は、かろうじて磯風の勝利で終わった。しかし、若葉は初撃で轟沈、望月は大破。磯波は、ほぼ轟沈、そして伊19、伊401は、少し前に戦線から離脱していた。そういう命令だったのだ。
―既に磯風の艤装は大破状態で、砲も魚雷も使い物にならないうえに、電探もダメになっている。しかし、身体には傷を負っていないため、まだまだ気力は高い。しかし・・・。
磯風「望月、大丈夫ではなさそうだが、大丈夫か?」
望月「あの・・・すっごい重いんだけど。・・・マジ沈みそう。沈む・・・」ブクブク
―少し離れた海面では、望月が顔だけ出して浮かんでいた。
磯風「すまない、すぐに助ける!」
―磯風は望月に近寄ると、望月を引っ張り上げ、その腰に結んである鎖を引っ張った。
磯風「くっ!重いな・・・」
―錨の鎖に巻かれた磯波が浮かび上がってきた。戦艦の砲撃で右の肩の部分を、魚雷で両足の膝から下を失っており、既に意識は無い。轟沈していたと言っていい。
磯風「さすがにこれは、司令に怒りがこみ上げてくるな。無事に帰ったら、告発の上で殴らせてもらう事にしよう。よっと・・・」
望月「マジそうしようよ・・・なんなの?うちの鎮守府。白露型と六駆ばかりに目をかけててさ。キモくない?もう居たくないよ・・・こんな事してさぁ・・・。磯波だって普通にいい子だったのにさぁ・・・うっ・・・ぐすっ」
磯風「もう涙も貴重な水分だ。とっておけ。・・・二度ほど、簡単にだが料理を教えてもらってな。浦風に呆れられる私の調理に、根気よく付き合ってくれたんだ。もし、助からなかったとしても、海に沈めて見捨てるような事はできないんだ」
―磯風は磯波を肩に担いだが、一気に腰まで沈んでしまった。
磯風「くっ、重いな。せめて艤装を解除してくれればいいんだが・・・」
望月「そうだったんだ?・・・あれだよ?辛くなったら、あたしのことはほっといてていいからね?沈んで深海棲艦になったら、あの司令官だけは許さないからさ」
磯風「・・・そういう気の持ち方をするな。沈んでしまう。もう緩衝海域だし、大丈夫だ。私が守ってあげる」
望月「でも、もう、砲も魚雷もないよ?」
磯風「大丈夫だ。まだここに、武の本質の一振りがあるからな」チャッ
望月「まさか本当にタ級の首をすっ飛ばすとは思わなかったよ。変わった子だと思ってたけど、強かったんだね。ごめん」
磯風「変わっているようでなくては駄目だ。他人より抜きんでなくてはならないのに、人と同じ方が良いとは、おかしな話だろう?」
望月「・・・なんか、色々ちゃんと考えてんだね」
磯風「艦娘の中には、人間の達人から剣を学んで、すさまじい使い手になったものが何名かいる。私も剣は好きだ。いずれ同列になり、いつか抜きん出たいと考えているんだよ」
望月(こういう話が好きな子だったんだねぇ・・・)
―望月は全身の痛みで気が遠くなりそうだったが、磯風との話が面白くなり、痛みが紛れていた。
望月「うーん、あたしは海に出て帰って来るだけで手いっぱいだから、剣なんてとてもって感じだけど、強い子ってどんな子がいんの?」
磯風「そうだな・・・。まず、沈んでしまったが、青ヶ島の『鬼神』金剛と、その金剛といつもぶつかっていた、『鬼鹿島』こと、青ヶ島の鹿島だろう?今の金剛もとても強いらしいが。それから、大湊の『化身』香取、対馬の『雷刃』木曾、大洗の『天龍田』天龍と龍田、横須賀第二の『開耶姫』榛名、総司令部付きの『殿上剣』春風、佐世保の『剣豪』武蔵、ふふ。これはそのままだな・・・ん、ずいぶんいるな。思い出しきれないぞ。ああ、武装憲兵隊の伊勢と日向も有名だな。それと、舞鶴の『雨情剣』村雨もいたな。他にも結構いるのだぞ?」
望月「言われてみると、ちょくちょく名前を聞く人ばかりだね。・・・あれ?何で鹿島とか香取が居るの?」
磯風「練習巡洋艦を正しく運用している鎮守府の鹿島や香取は、例外なく強いそうだ。達人の武技をすぐに覚えてしまう特性のせいらしい。青ヶ島の『鬼鹿島』などは、金剛型三姉妹の闇討ちを返り討ちにして、『鬼鹿島』と呼ばれるようになったそうだ」
望月「ひええ・・・。あれ?でも、うちにも香取さんと鹿島さん居るよね?」
磯風「悲しいが、司令が有能ではない、という事さ」
望月「うわぁ、納得だよ・・・」
磯風「さてと、心が折れないように、色々な話をしながら帰ろうか」
―しかし、どちらに帰るべきか、電探が壊れていて、帰るべき方向が正確にはわからない。輝き始めた星を見て、本土の方に進むしかない。
―数時間後、深夜。緩衝海域内のどこか。
―次第に疲れが出てきて、口数も減っていた。
磯風「望月、大丈夫か?」
望月「大丈夫・・・だよ・・・。磯風は?」
磯風「大丈夫だ。艤装以外はやられていないからな・・・」
望月「そっか。・・・こんな事・・・言いたくないけど、もう磯波は・・・」
磯風「すまない。言わないでくれ・・・」
望月「ごめん」
―望月は浮いているが、磯波を背負っている磯風は、腰のあたりまで沈み込んでいる。二人とも、ゆっくりしか進めない。
―磯波は既に、風にさらされて、海の水より冷たくなっており、磯波の傷口から流れる、うっすらと血色がかった透明な液体が、磯風の艤装服をしっとりと濡らしていた。
―だが、沈まずに死した艦娘は霧散して消滅するとされており、身体が残っている限り、魂はとどまっていると言われている。磯風はそこに賭けていた。
磯風「今夜は空が良く澄んでいて、満月か。悪くない夜なのだがな」
望月「磯波、魂はまだとどまってるって事なのかな?でも・・・」
磯風「告発して、異動すればいいんだ」
―それはとても難しい事だ。
望月「そうだね・・・」
―何か話題を変えよう、と望月は思った。
望月「あのさ、夕方に話していた剣の話なんだけど、人間や提督で有名な人はいるの?」
磯風「『天下三剣』と呼ばれる三人の熟練者が有名だな。みんな年配だし、一人はお隠れになられたそうだが。しかし、実際は現役世代に熟練者があと二人いて、『天下五剣』なのだそうだ。ただし、その名前が表に出ることは無いらしい。国の機密とやらで」
望月「なかなか面白いねぇ~。・・・あれ?気のせいかな?何か聞こえない?」
磯風「ん?何か聞こえるか?」
―ここで二人は、何らかの異常に気付いた。耳を澄ましても何も聞こえないが、『何かが聞こえる気がする』のだ。
―海の波は静かで、うねる鏡のようだ。月は満月で中天に輝いており、風は無い。良い夜だが・・・。
望月「何だろ?なんだっけ?最近はやっている唄みたいなのが、遠くから聞こえたような気がしたんだけど・・・」
磯風「ソーラ・ノーイの『雨』だな。確かに聞こえた気がしたな・・・」
望月「そうそう!たぶんそれ!」
磯風「そんなはずは・・・」
―二人の記憶は、ここで途切れた。
―しばらく後。
磯風「・・・ん?何だ?私は?・・・!望月、磯波?」
―すぐ斜め後ろに、望月が立っていたが、虚ろな目で下を見て、反応しない。肩に担いでいたはずの磯波もいない。
磯風「なんだ?おい!どうしたんだ?しっかりしろ!」
―月の傾きから考えて、あれから一時間程度経っているようだ。
―ゾク
磯風「なんだっ?」バッ
―強大な力を感じて、磯風はその方向を見た。
磯風(何だ?あれは・・・)
―それは、灰色の光に包まれた空間だった。三体の巨人のような三連装砲型の生体艤装が両手を掲げており、そこにひときわ強い灰色の光が集まっている。その中に、何も身に着けていない磯波が横たえられていた。そして、その磯波に手をかざす、深海の姫のような、大人の女性の後姿が立っている。
磯風「何者だ!何をしている!その子を放すんだ!」
―深海の姫はゆっくり振り向くと、燃えるようなオレンジ色の眼をしており、やれやれと言った雰囲気と、わずかな驚きが感じられた。
深海の姫「ホウ、意志ガ強イナ・・・。心配ハイラナイ。仲間ヲ助ケテヤッテイルノダ。モウ、処置モ終ワルトコロダガナ」
磯風「処置だと?さては深海化させるつもりか?おのれ!」
深海の姫「オノレ!ト、叫ンダトコロデ、ドウスルツモリダ?」
―砲は無く、魚雷も無い。そして相手はおそらく深海の姫で、強力な生体艤装を三体も従えている。
磯風「まだ、一振りの武の本質がここにあるぞ?舐めるな!」スラッ
―磯風は刀を抜いた。
―ゴルルル、グフッグフッ、グガガ
―磯風の闘争心に呼応したのか、生体艤装たちはうなり声を上げ始める。
深海の姫「マッタク、子兎ガ・・・。少シ遊ブカ」
磯風「馬鹿にするな!」
―しかし、磯風は分かっていた。勝つ方法は無い。何とか隙を作って、磯波を引きはがし・・・そこまでだろう。だが、逃げるわけにはいかない。
―頭上の月はとても美しかった。
磯風(やれるところまでしかできないが、許してくれ、磯波)
深海の姫「ホウ、イイナ・・・。子ウサギハ訂正シヨウ・・・。デハ・・・」ヴン
―深海の姫が磯波に手を向けると、磯波の艤装服が復活した。いつの間にか、ひどかった怪我が消えており、呼吸で微かに胸が上下しているのが見えた。
磯風「何だ?何をしている」
深海の姫「・・・良シ、コレデイイダロウ。ガイア、マッシュ、オルテガ、お前たちはひとまず休むがいい。私は少し遊ぶ」
生体艤装たち「ギイィッ!」
―姫の口調は急に流ちょうになり、屈強な三体の生体艤装は炎のような霞に包まれて消え、磯波は淡い灰色の光が消えるとともに、そっと海に横たわった。沈む様子はない。
深海の姫「・・・深海化させたわけではない。復旧したのだ。ただし、ささやかな代価は私も得たい。それだけのことだ。この艦娘の心の中に眠る、清楚でひたむきな夢と、少しみだらな夢がともに叶う事を、私も陰ながらに応援したい気持ちだよ。ふふふ」
磯風「何を言っているのか、まったくわからないな。艤装を消してどうするつもりだ?」
深海の姫「・・・こうするのさ」ボウッ・・・ジャギィン!
―深海の姫が右手を横にかざすと、その延長上に燃える大剣が現れた。
磯風「くっ、このような強大な姫が深海側には居るのか・・・っ!・・・だが、当たらなければどうという事は無い!見せてもらおうか!深海の姫の剣技とやらを!」ヂャキッ!
深海の姫「私は厳密には深海の姫ではないがな。私の仮の名前は零姫。よく覚えておけ、陽炎型十二番艦、磯風。今夜の事をお前たちは全て忘れるだろうが、魂に刻み、いつか思い出すがいい」
磯風「零姫か、覚えたぞ!」
―戦いが始まり、無言の時が訪れた。零姫の眼からは侮るような光が消え、大剣の炎が眩しいくらいに赤熱し始めている。
―彼我の武器の差と、間合いの差は大きく、当たれば一撃で容易く両断されてしまうはずだ。神速で懐に入らなくてはならない。自分の技量が足りるかは微妙だ。走馬灯のように、この戦いに使える記憶を、磯風の本能が探し始める。
―青ヶ島の鬼鹿島『刃の厚さは薄紙一枚よりさらに薄く、それが生死を分けます。心技体、これが全て相手に劣る場合は、言霊を用い、薄紙一枚でも己を高め、思念より速い一撃を放つのです。これを神速といいます』
―磯風は一瞬、空を見た。月が美しい、穏やかな夜だ。
磯風(悪くない。行くか・・・)
―静かに納刀する。
磯風「・・・花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ・・・」ボソッ・・・フッ
零姫(笑った?)
―ザッ・・・ビュゥ!
零姫(速い!)
―磯風は膝を曲げながら倒れ込み、矢のように突進した。限界まで下げた姿勢で、零姫の大剣の下をくぐり、髪がわずかに焦げる。最後の深い踏み込みとともに、柄の先を半掴みにした居合をしかけ、それは零姫の首を半分ほど斬るかと思われた。
零姫(しまった!これほどとは!くっ!)
―零姫は後方に倒れ込みつつ、大剣の熱を下げ、ブレーキをかけた。が、以前タンカーの中で激しい戦いを経験した教訓が、大剣を二回転させることを学ばせていた。それが、大剣の減速の邪魔になった。
零姫「くっ!」
―メキッ
磯風「ぐっあっっ!」
―磯風の剣は零姫の首筋に横一文字の傷をつけ、熱の下がった大剣は、磯風の左腕を折りつつ、わき腹に食い込んだ。そこで剣が止まる。
磯風「うっ・・・ごほっ!甘く・・・無かったな・・・すまない・・・」グラッ、バシャッ
―磯風は、倒れても剣を放さない。
零姫「・・・ごめん、やり過ぎちゃった。でもありがとう。とても楽しかったわ」モヤッ
―零姫の口調は砕けたものに変わり、肌は普通の肌色に、髪は黒く、目は赤紫色に変わった。大剣はすでに消えている。
零姫「この海域で、これだけ月が大きければ、見つからないわね。・・・さてと、治してあげる。今夜の事は表面的には全て忘れるでしょうが、いつかまた、遊びましょ?」
―零姫はしゃがむと、磯風の頭と、怪我をした箇所に手を当て、灰色の光で処置を始めた。
零姫「痛いかもしれないけれど、この剣の傷跡だけは、誰かに入渠させてもらうまで、残しておくわ。私の武器と戦ったことを忘れないように。でないと困るのよ。これも小さな、大切なトリガー。・・・優しさと誠実さが、取り返しのつかない罠の最大の引き金になっている可能性がある今、このようなところから調整していかなくては」
―零姫は言いながら、認識を変えて磯風を見た。
―零姫には、どこかの港で、ある男の頭を抱きしめて泣いている磯風が見えた。近くの船には沢山の傷だらけの艦娘たちがおり、ほとんどの艦娘が身を乗り出し、驚いてこの景色を見ている。
零姫「ああ、あの場に『彼女』が居ない未来だわ。もう、これに賭けるしかないのね・・・」
―零姫は続いて、近くに倒れている磯波を見た。
零姫(あっ!今夜の事が影響しているのね。この子、嵐の夜に・・・。こんな事、今まで無かったはずだわ・・・)
―零姫はふと、近くで眠っている望月を見た。
零姫(では、この子は・・・・・・なんて事!)
―秋から冬は炬燵でみかん。春は布団でゴロゴロし、夏はエアコンと扇風機に当たりながらアイスを食べる・・・延々、そのような未来しか見えない。
零姫(この子、すごいわ。激しい運命の渦中にいるはずなのに、いつも同じペース。人間でいう所の大人物と呼ばれる存在かしら?)
―零姫もまた、一般社会の経験が少し足りなかった。
―現在、2066年一月一日、ヒトゴーマルマル(15時)頃、堅洲島南東150キロの緩衝海域。
―叢雲、利根、筑摩、陽炎、不知火、黒潮の六人が、磯風の捜索に来ていた。
叢雲「・・・うん、大体この辺りね。・・・ほら、ゴミがやたら多いでしょ?少しだけこの辺りの漂流物が集積してしまう海域なのよ」
黒潮「延々と広がるゴミの海域とはなぁ。珍しいものが見れた気持やな」
陽炎「・・・で、捜索対象はなに?」
叢雲「確率は低いけれど、あなたの妹よ。利島鎮守府所属で、以前、磯波たちと共に捨てられた、磯風ね」
陽炎「何ですって!捨てられたってどういう?」
利根「いわゆる「捨て艦」じゃな?ひどい事をする」
不知火「でも、一か月以上前の話ですよね?」
陽炎「・・・探すわ。大破状態で補給が切れて停止状態かもしれないけれど、沈んでないなら必ずいるはずよ。私にはわかる。あの子はそういう子よ」
黒潮「・・・そうやね」
不知火「・・・探しましょうか」
利根「陽炎もいいところがあるのう。・・・筑摩、あれをやるから肩を貸して欲しいのじゃ」
筑摩「わかりました、姉さん!」
―利根は叢雲に手伝ってもらい、筑摩の肩の上に乗った。目を閉じて、手のひらを四方に向ける。
筑摩「どうですか?姉さん」
利根「んー、何も無いというわけでは無さそうじゃな・・・何かはあるが、弱いのう。そもそも、大破で補給が切れて、停止状態になった艦娘はどうなるんじゃ?」
叢雲「しれ・・・提督の話だと、活動停止状態では硬直してしまうらしいわ。補給や入渠をすれば復旧するけれど、その前に魂が離れてしまったら、霧散してしまうって」
利根「なるほどのう。強い意志を持っておれば、今もこの近くを漂っている可能性がある、というわけじゃな?もし、そんな骨のある奴なら、捨て艦などする鎮守府は捨てて、うちに来ればいいのじゃ。のう、筑摩よ!」
筑摩「そうですね。・・・姉さん、向こうだと思うのですが、どうですか?」
利根「うーん、吾輩も向こうのような気がするのう・・・」
叢雲「陽炎ー!、向こうみたいよ?」
利根「まあ待て、あてもなく探しても消耗するだけじゃ。所々であたりを取りつつ、場所をしぼっていくのが一番じゃぞ?」
筑摩「ところで、叢雲さん、提督もそうですが、探し物だと私たちを呼んでくださるの、とても嬉しいですよ?今年もよろしくお願いしますね!」
叢雲「でも、ごめんなさいね、元旦なのに・・・」
利根「元旦にこんなところを漂っている方が気の毒じゃ。仲間になるんじゃろうしな。早く見つけてやらねばな!」
―こうして、利根、筑摩の独特な捜索で海域をしぼり続け、約一時間が経過した。
利根「うん、この大きなゴミの塊のどこかじゃな・・・」
―目の前には、直径で3キロほどの、広いゴミの海が広がっている。
陽炎「あれ・・違うかな?ほらあそこ、人が立っているみたいに見えない?」
―既に日は落ちかけていたが、陽炎の指さす場所には、確かに立っている人のように見える何かがある。
筑摩「方向も合っていますよ」
叢雲「怪我とかに気を付けて、単横陣に展開して捜索しつつ、あれに近づいていきましょう?」
黒潮「ほな、行こか!」
―気持ちは急くが、立っているとは限らない。倒れて漂っている可能性もあるのだ。全員、慎重に進んでいく。そして・・・。
陽炎「当たり、よね・・・こんな姿になって・・・」
利根「大破して補給が完全に切れると、こうなるんじゃな・・・」
―目を閉じた磯風が、立ったまま漂っていた。まるで、プラスチックか金属のような質感のまま、硬直し、風雨にさらされている。髪や艤装服もまるで一体化したようになっており、精巧な作り物のようにも見えた。
不知火「この子、刀を握ったままですね・・・」
黒潮「ひどい怪我やけど、なんか妙やない?こういう傷、何で負ったんかな?」
叢雲「まずもって補給!それと、ダメージコントロールよ!今すぐ助けてあげる。あと、艤装は解除!」
―叢雲は磯風の艤装を解除し、準艤装にすると、艤装接続部に提督のノートタブレットを接続した。利島鎮守府の提督との着任関係を解除して、フリーにする。次に、ダメージコントロールと補給を行う。
陽炎「戻って来なさい!迎えに来たわよ!」グスッ
―磯風の髪と、艤装服が、風にゆらいだ。
磯風「ん・・・うう・・・」ガクッ
筑摩「あぶないところだったわ」ガシッ
―筑摩はくずおれかけた磯風を支え、落ちかけた剣を持つ。
利根「よし!吾輩と筑摩で交代で背負っていくのじゃ!この期に及んで剣を放さなかったとは、見上げたものじゃ。うちの提督に良く合う根性の持ち主じゃな!」
黒潮「こんな子を捨てようとするなんて、許せんなぁ・・・」ギリリ
不知火「何の落ち度もないのに、ここまで闘争心の強い子を捨てるとか、噂以上に腐った鎮守府が多いのですね・・・」
叢雲「しれ・・・提督ね、最初の頃、他の鎮守府の提督や候補生と、良く揉めてたのよ。あの頃はすごい変人にしか見えなかったけど、今は士官服を着ないのも何もかも、納得できてしまうのよね」
陽炎「・・・帰りましょ。早くお風呂やご飯や、あったかいベッドを用意してやりたいわ」
叢雲「そうね・・・(でもこれ、どういう事なの?)」
―報告書の間違いとして処理するしかなさそうだが、何かおかしなことが起きている可能性は残り続ける事となった。
―帰投中。
―利根、筑摩を先頭にして、叢雲と陽炎たちは後方に下がっている。
陽炎「・・・ねぇ叢雲」
叢雲「なに?」
陽炎「少し話したいから、離れ気味でもいい?」
叢雲「・・・いいわ」
―二人は最後尾で少し距離を取った。
陽炎「あなたって、初期秘書艦よね?司令ってどんな人?」
叢雲「陽炎はどんな人だと思ってるの?」
陽炎「とても強くて、戦艦のお姉さま方に好かれている・・・とか?」
叢雲「駆逐艦の子にも好かれているわよ?」
陽炎「やな事思い出した!七駆が妙に司令と親しいのよね」
叢雲「知ってるわよ?曙にこてんぱんにされたのよね?」
陽炎「うっ!泣きたくなるからそれ、言わないで・・・」
叢雲「陽炎はどうしたいのよ?秘書艦をやりたいの?それとも、妹を誰か秘書艦にしたいわけ?その部分がわからないのよね」
―叢雲は巧妙に、陽炎の質問をうやむやにしている。
陽炎「うまく言えないんだけど、もっと目立ちたいし、役に立ちたいのよね、最大勢力の陽炎型が、こんなもんじゃ無いはずなのよ」
叢雲「なら、自分から秘書艦に立候補するなり、誰か出したらいいじゃない。仕事の量が半端じゃないわよ?今日だって、明け方に少し寝て、それから出てきたんだから」
陽炎「うーん・・・」
叢雲「よく分からなくて、気になるなら、もっと色々話してみなさいよ。遠目だととっつきにくそうで、だらっとしているけれど、話してみると、とても楽しい人よ?」
陽炎「楽しいんだ?なんか意外・・・」
叢雲「そういうのがそのまま、あなたと曙の差の気がするわ。曙や漣は、なんだかんだですごく提督に話しかけるから。あの二人、とても楽しく話してるわよ?」
陽炎「そういえば、気になってたんだけど・・・」
叢雲「なに?」
陽炎「その髪の飾り紐と鈴、司令からじゃない?何だか趣味がいいもん」
叢雲「そっ!・・・そうよ・・・」カァ
陽炎「へぇ~、そういう事もする人なのね?」
叢雲「いい意味で、よく分からない人なのよ。でも、漣みたいに気を使いながらもグイグイ行く子は、やっぱりかわいいみたいね」
陽炎「ねえ、初風が言っていたけど、なんで戦艦のお姉さま方に人気なの?実際、凄く強い金剛さんや、榛名さんを連れて来ちゃったりしてるでしょ?陸奥さんと一緒に寝てたりするみたいだし」
叢雲「一緒に寝る部分はね、金剛さんに対しては気遣いもあるでしょうけれど、そうするとよく眠れるからと言っているわ。普通なら冗談にしか聞こえないでしょうけれど、私は最初の頃を知っているから、嘘じゃないのは分かるのよ」
陽炎「そうなの?どんな?」
叢雲「本当の意味では、眠ってなんかいなかったわ。電気を消して、目を閉じて、身体を休めているだけ。何か音がすれば、すぐに武器を抜いて起きる・・・そんな感じだったのよ。誰にも気なんて許していなかったのね」
陽炎「そこまで?でも今はそこまでじゃないわよね?」
叢雲「私も悪かったんだけど、ある時、急用で部屋に入ったら、反射的な攻撃を受けて、大怪我してしまって・・・。それから色々あって、落ち着いたのよ。扶桑さんが居てくれた事も大きいかな」
陽炎「そんな事が?」
叢雲「・・・本当は、提督なんてやりたくなかったはずなのよ。誰の事も信用しなくていいし、何もしなくていい人なのよ。でも、今こうして、とても難しい立場で提督をしているでしょ?」
陽炎「ちょっと待って、意味が全然分からないわ」
叢雲「わからなくていいけど、とにかくそういう事なの。・・・しかもとても強いし。要は、凄く男らしい部分があるんだと思うわ。そういうのが、戦艦のお姉さま方を惹きつけているように、私には見えているのよ」
陽炎「考えがついていかないってば・・・。何があったの?最初の頃」
叢雲「・・・私ね、運営からの初期秘書艦ではないの。総司令部が派遣した初期秘書艦だし、艦娘矯正施設からよ」
陽炎「えっ?それって・・・」
叢雲「・・・以前の司令官と親しかったとか、そんな事はないわ。着任期間も短かったし。今の司令官も知っている事よ。・・・ああ、なんかダメね。普段話さないから、私のところで止まっている色々な事を、・・・余計な事を、つい話してしまうわ。とにかく、もっと話してみたらいいわ。扶桑さんが以前言っていたけれど、色々な子が話しかけた方が良いみたいだから」
陽炎「・・・わかったわ。ありがとう」
叢雲「じゃあ、陣形を戻すわ」ザアッ
―陽炎から見た叢雲の後姿は、いつもの気丈な叢雲とは、どこか違って見えた。しかし、どこが違うのかはわからなかった。
―時間は少し戻り、ヒトマルマルマル(午前10時)頃、堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。
古鷹「提督提督!何ですか?見せたいものって?」
提督「ふっ・・・これを見てみ!」サッ・・・パラッ
―提督は『新型駆逐機』関連の書類と図面を古鷹に渡した。古鷹はパラパラとめくっていたが、途中から驚いたような顔をして見入り始めた。
古鷹「なっ・・・何ですか?このロマンの塊は?少しだけ可変するみたいじゃないですか!?ふああ、かっこいい!四脚機構にホイールとキャタとか、分かってるなって感じですね!・・・あっ、ガトリング砲やミサイルポッドとか選択可能なんですか?・・・ああ、このむせるようなデザイン、たまりませんね!」
提督「むせるだろ?しかも水に浮くんだぜ?そんなごつい見た眼なのに、駆動部分はスマートな内部骨格構造で、外部装甲は全部浮力稼ぎに用いられているんだ。戦術対空レーザーや、76㎜速射砲なんかも積めるんだぜ。50式重MAT四連装ランチャーもいけるぞ?」
古鷹「こんなのに乗って、ポストアポカリプスな世界とか旅しながら、ならず者のロボットとかと戦うとか考えちゃいますね」
提督「あー、燃えるね。武装と重量のバランス考えたり、賞金稼いで装備を更新したりとか・・・」
古鷹「燃えますね!ラストのまずい時に、眠っていた機能が目覚める的な・・・」
提督「てーれーれーれー、れれれれれーれー(ユニコーンのテーマ)・・・みたいな?」
初風「うーん、全然わからないんだけど、好きな人にはたまらない何かがあるのね?」
古鷹「わからないんですか?」
提督「わからないのか?」
初風「ハモらないで」
提督「でだ、古鷹、この新型駆逐機なんだが、ある兵器のオプション候補でさ、こいつの開発を担当している、呉の特務第十九号に見学に行きたいと思うんだが・・・」ニヤリ
古鷹「行きます行きます!絶対に行きたいです!」
提督「呉にはおれも野暮用があるし、決まりだな。じゃあ、古鷹も見学のメンバーに入れとくよ」
古鷹「やったぁ!ありがとうございます!」
初風(うーん、わからないわ・・・)
―初風には、提督と古鷹の盛り上がりが今一つ理解できなかった。
―同じ頃、呉、特務第十九号、新型駆逐機実証工廠、近くの海浜公園。
―時田提督は、ベンチに座ってぼんやりと海を眺めていた。
―近くの茂みから、誰かが声を掛けてきた。
??「提督提督、今は磯風ちゃん、いないから大丈夫ですよ?さっき近海警備に出ましたから、帰投はヒトゴーマルマル(15時)過ぎの予定です(小声)」
時田提督「青葉さん?(小声)」
青葉「そうです、青葉です。隣に座っても大丈夫ですか?お弁当をお持ちしましたよー?」
時田提督「本当に!?ありがとう!いただくよ」パァッ
―時田提督の顔に、少年らしい明るさが戻った。
青葉「やっぱり、朝ごはんもまだだったんですね?お昼ごはん、青葉が作りますけど、何がいいですか?」
―しかし、少年提督はそれに答えずに、一心不乱に泣きながら弁当を食べていた。
時田提督「うっ・・本当に、本当に美味しいよ!・・・もう、まともなものを何も食べられないで、このまま死んでいくのかなって・・・グスッ」ポタポタ
青葉「えええ!?そっ、そんなになるくらい、まともなものを食べていないんですか?親潮ちゃんから聞いて、お弁当は用意しましたけど、もしかしてずっと磯風ちゃんの料理・・・のようなものしか、食べていなかったりですか?」
時田提督「もうっ・・・もう十日くらい、まともなものを食べていないよ・・・」
青葉「でも、どうして断らないんです?前はこんな事無かったですよね?」
時田提督「それは・・・」
青葉「もう、ほっとけないので突っ込んで聞きますけど、もしかして、青葉があげた内緒の写真が原因だったりします?」
時田提督「えっ!!・・・いや・・・そんな事は無いよ!絶対に無いから!」
青葉「・・・そうですか?(絶対にあれだー!!)」
―一か月ほど前、青葉は時田提督に特務第十九号の艦娘たちのきわどい写真をプレゼントしていた。ほとんど盗撮レベルのものだが、ある人の助言によれば、それで多忙な提督の元気が出るだろう、との事だった。確かに何日かは元気だったが、ある時、急に磯風が提督の食事を全て仕切りだし、それに誰も逆らえない状況になってから、今に至る。
青葉「あの、じゃあ質問を変えますけれど、磯風ちゃんに何か弱みを握られたりしています?」
時田提督「そっ、そんな事あるわけないよ!絶対に無いから!」ビクビク
青葉「そうですか・・・(わかりやすいなぁ・・・。何だか、私たちだと対応の難しい事なのかも・・・)」
―提督とは言え、まだ少年なのだから、無理もないだろう。青葉は何となく勘が働いていた。
青葉「とにかく、このお弁当くらいでは足りないでしょうし、しばらくしたらお昼ですから、青葉、何か作りますね。何がいいですか?」
時田提督「普通に食べられるなら、何でも大丈夫だよ・・・普通に食べられるなら・・・ううっ」グスッ
青葉(かなり参ってますね。なんとかしないと、まずいなぁ・・・)
―しかし、どうにも何かデリケートな部分のある事のような気がして、青葉は困惑していた。おそらくこれは、思春期的な何かもある気がする。
―約一時間後、特務第十九号鎮守府、厨房。
親潮「青葉さん、どうでしたか?出過ぎた真似ではないかと、気になっていたのですが・・・」
青葉「そんなことないよー、ナイスアシストだと思います。提督、お弁当を食べて泣いていましたよ?」
親潮「やっぱり、司令が好まれて磯風さんのお料理を採用されている、というわけではないのですね?私はもうじき異動になるかもしれませんが、ここで穏やかな時間を過ごさせていただきましたから、司令の食生活はとても気になります」
青葉「磯風ちゃんのはねー、食生活というか、バイオハザードと言った方が近いと思います。練習してくれればいいんですが・・・。とにかく、提督に何か美味しいものを作ってあげないと、可哀想です」
親潮「栄養のバランスと、司令の年齢で好きそうなものを考慮して、品数を多めにお出しすることにしましょうか」
―二人は相談して、青葉がハンバーグ入りのミックスグリルと野菜サラダを、親潮はポテトサラダと味噌汁に、押し麦入りの白米を炊くことになった。
―ヒトフタマルマル(正午)過ぎ、執務室。
親潮「司令、青葉さんと一緒に作った昼食をお持ちしました。どうぞ、召し上がってください」
時田提督「うわぁ、とてもおいしそうだね!ありがとう!いただきます!」ニコニコ
―時田提督は、ここしばらく見られなかった笑顔を見せた。
青葉・親潮(良かった・・・)
時田提督「うん、ハンバーグも、どっちのサラダも味噌汁も、ご飯まで、とにかくすごく美味しいよ!泣きそうだよ!」グスッ
青葉(何だろ?お弁当も料理も、こんなに喜ばれると、凄く嬉しい気持ちになっちゃうな・・・)
―こうして、時田提督は久しぶりにまともな食事にありついて、心と胃の平穏を取り戻した。しかし、この食事があとで大きな修羅場を呼ぶのだった。
青葉「親潮ちゃん、ありがとう」
親潮「いえ、ここでの時間はとても心休まるものです。司令にも、皆さんにも良くして頂いていますし、この程度の事でお礼を言われると、とても恐縮です」
青葉「・・・やっぱり、遠い海に戦いに出ちゃうの?そんな鎮守府は、今はもうほとんど無いし、良かったらずっとここにいてね?」
親潮「・・・お気持ちはとても嬉しいです。では、失礼いたしますね」ニコッ
―親潮は自室に戻った。
―ノートパソコンを立ち上げると、今日も情報収集をする。しかし、もうめぼしい情報が無いのは分かり切っていた。せいぜい『謎の鎮守府X』というサイトを眺めるくらいだが、どこまで事実かはわからない。ここ一年、親潮はそれなりの名の通った鎮守府を幾つか見てきたが、信頼に値するところも、望むような攻撃型の鎮守府も、もう無かった。
―この、特務第十九号に来たのも、ある鎮守府で悪質なセクハラを受けかけたところを、特務第七の内偵の子が助けてくれたからだ。それで、名の通った鎮守府が一つ、ダメになり、親潮はずいぶん逆恨みを買ってしまった。
親潮(疲れたなぁ・・・)ボフッ
―ベッドに座り、そのまま横になる。抱えている機密と、仲間との約束が、時々とても辛くなる。約束さえ果たしたら、解体されたい気分だった。こんな時、親潮は、自分の理想の司令を想像して気を紛らわす。
親潮(私の司令はどこですか?早く司令に会いたいです・・・)
―窓の向こうの晴れた冬空に手を伸ばしていたが、そのうち、眠りに落ちてしまった。
―同じ頃、堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。
―呼び出しを受けた電が、応接でお茶を飲みながら、提督が来るのを待っていた。
第四十四話、艦
次回予告
提督から電に告げられた嬉しい提案と、それに対する電の反応。
島の人々からありがたがられて困惑する山城の、素直じゃない八つ当たり。
眠りに落ちた特務第十九号の親潮は、過去の夢と悪夢にうなされる。
次回、『そんなつもりじゃない』乞う、ご期待!
磯風『引き続き、この磯風の活躍を見るのだな!』
親潮『いえ、次回は私のお話です。磯風さん』
磯風『くっ!』
3月12日追記
そういえば、まさかのしまむらコラボが来ましたね。
最初の艦娘を加賀さんにして、その少し後の劇場版の加賀さんの伏線を見て、ちょっと、おやっ?と思ったのですが、「流石にこれは無いだろう」と思って波崎の鹿島の服を「しまむら」で買うシーンを入れたら、まさかのしまむらコラボだったんですよね。
一応、この長い話では、自動車メーカーやアウトドアのメーカーと関わったり、さびれた海水浴場を復活させる話も出てくる予定なのですが、今後も何か面白い偶然は無いかなと、ちょっと期待感があったりしています。
ちなみに、もうじき、間宮さんと山城の絡む「かき氷」の話が出てきます。で、作中で初夏には某かき氷の聖地(自分としては秩父です)に行く話も出てくるのですが、昨年の水着モードの時の山城が持っていた氷小豆を、秩父のお店で出すのなら、きっと自分は足しげく通ってしまうと思います。
何しろ、「かき氷」に対するイメージがものすごく変わってしまうような体験をしましたから。
ちなみに、このSSは「食べ物の話」も隠れたテーマになっており、ほとんどの話で必ず多少は食べ物・飲み物に触れているのはこの為なのです。
このSSへのコメント