2016-12-05 19:28:41 更新

概要

古鷹に身柄を拘束された、特務第七の川内は、綿密な迎撃と対話の準備を見つつ、提督と話すことになる。

知らなかった事を知り、何も考えられなくなった川内に、提督は考える時間と、ある程度自由な立場を与える。

同じころ、特防室長からの緊急連絡で、提督は川内と特務第七が、何者かから相当な恨みを買っているらしいことを感じ取る。

そして登場する、『最強の鎮守府』の一角、志摩鎮守府とその女傑提督。

志摩鎮守府の提督や艦娘たち、特に大井は、9か月前に暗殺された北上の仇を討つために、
特務第七と川内の行方の調査を、特防室長に依頼していたのだった。

密度の濃い12月29日を終えた提督は、瑞穂と下田鎮守府の提督に気を聞かせて、あるものを取りに深夜の医務室を訪れる。
そこで起きる、陸奥とのやりとり。

金剛の私室では、榛名が誰にも打ち明けなかった秘密を、金剛に聞いてもらっていた。


前書き

かなり以前に名前の出ていた、七つの強大な鎮守府、通称『ビッグ・セブン』のほぼ最強格の鎮守府がやっと登場します。

しかし、どうやらここの女傑提督、堅洲島の提督とは何か因縁がありそうですね。

特務第七の川内は、提督との関係において制約のある、堅洲島の艦娘たちとは好対照の、とても大切な登場人物の一人です。

群像劇であるこの物語では、主人公の一人と言っても良い人物なので、今後を見守ってやっていただければと思います。

提督と陸奥のやりとり、そして、帰ってきた盗撮・盗聴に長けたあの艦娘のあたりは、シリアスになってきた本編のちょっとした笑いです。


[第三十一話 アットホームな鎮守府です ]




―12月30日、マルニーマルマル(午前二時)、堅洲島鎮守府、南棟三階廊下。


特務第七の川内「・・・あはは、これは無理だったね。途中で準艤装も切れるし、遅かれ早かれ、捕まってたんだね」


古鷹「戦えばどこまでも状況は悪くなり、お話ししようとすればいつでもそれができる・・・そういう場を組み立ててあるそうです。ちなみに、窓から逃げても、一階と二階にも、何人か艦娘が待機しています」


―特務第七の川内は、古鷹に左肩と右手の小指を掴まれたまま、廊下を進んでいた。ドアを通り過ぎるたびに、艦娘が姿を現し、背後からついてくる。龍田、天龍、江風、那智、妙高・・・。全てに勝つのは無理だろうし、準艤装も途中で使えなくなるだろう。綿密に場を組み立ててあったようだ。


特務第七の川内「死ぬ前に聞いておきたいんだけど、ここの提督ってどんな人?だれかとケッコンしていたりするの?」


古鷹「死ぬことになんか絶対、ならないから大丈夫ですよ。提督は、優しくて、物知りで、とっても強い方です。陸奥さんを守るために、別の鎮守府の提督さんを半殺しにするような人ですから。・・・あと、私たちを深海化させちゃう可能性があるからって、誰ともケッコンしていません」


特務第七の川内「あっ、噂で聞いたことがある。あれ、本当だったんだ!そっか、あの提督がここの・・・。えっ?ちょっと待って、深海化?」


古鷹「最近、実証されたらしいんですが、ケッコンしたり、男の人と女の人が、すごく仲良くなってから、するような・・・事をしちゃったりすると、私たちは深海化の因子を宿してしまうとかで、提督は誰ともそんな関係にはなっていません・・・」


―古鷹が顔を真っ赤にしているのが、雰囲気からも伝わってくる。


特務第七の川内「えっ・・・それじゃあ・・・私・・・」


古鷹「着きました。あの、灯りのこぼれている部屋が執務室です。私たちはここで待機していますから、お話してみて下さい。あ、戦ってもいいですけれど、お勧めはしないです」


―長い廊下の向こうに、開かれたドアがあり、そこから光がこぼれていた。古鷹が拘束を解いたので、川内は一人で歩き、執務室に入っていく。


特務第七の川内(もう、なるようになれ、よ。堂々と最期を迎えてやるわ!・・・でも、深海化の因子って、どういうこと?)


特務第七の川内「失礼します。特務第七鎮守府、清掃・討伐(スイープ&スレイヤー)部隊、通常『SS』所属の川内です。潜入・暗殺任務に失敗しましたが、対話希望との事で、こちらに参りました。丁寧な扱い、感謝いたします!」


―執務室は見た事がないほど広く、バーのラウンジのようになっていた。中央の応接セットには如月と磯波がおり、向かい合うように、黒いタクティカルコートの男がいる。そして、その後ろには、戦艦扶桑、山城、金剛と、川内も良く知る、横須賀鎮守府・第二部の榛名がいた。


榛名「ああ、やっぱりあなただったのね、川内」


特務第七の川内「榛名さん、また会ったわね。聞いたわよ。三本勝負、ストレート負けしたって本当?」


榛名「もう、噂になっているんですね。そうです。完全に『手合い違い』で、勝負にもなっていませんでした。だから私は、こちらの提督のもとに異動させていただき、自分を一から鍛え直すつもりです」


特務第七の川内「そっか、王子様に会えたんだね・・・」


―ここで、黒いタクティカルコートの男が、川内に挨拶した。


提督「こんばんは、お初にお目にかかる。おれはここの・・・特務第二十一号、堅洲島鎮守府の提督だよ。名前は戦時情報法第26の2により名乗れないが、そこは勘弁していただきたい。特務第七の川内ちゃん。ちょっと痛い目に遭ったかもしれないが、もともと君は刺客だ。多少のリスクは納得してもらえると思う。大切な約束と、意義があり、特防の瑞穂さんは、深海化程度の理由で死なせるわけにはいかなくなったんだ。納得して、手を引いてもらいたい」


―ゾク・・・


―川内の背筋に、悪寒とも、好感ともつかない、妙な震えが走った。優し気な声で、夜の闇を思わせる何かを感じる。そして、全く強そうに見えないが、かと言って弱そうにも見えない。


特務第七の川内(なんだろう?この人の雰囲気・・・)


―この直前まで、川内は敗れて異動した榛名をどこかで見下し気味だったが、今はなぜか、少し羨ましく感じる。


特務第七の川内「・・・納得して、手を引くも何も、もう私は失敗して、負けちゃっているもの。それに、正直なところ、ここに渡ってきたのは私の独断だから、うちの提督やみんなに迷惑をかけるわけにはいかないわ。・・・提督さん、解体でも、非武装出撃で轟沈でも、あなたの好きなようにして構わないから、出来ればボスや、特務第七のみんなに迷惑の掛からない方法で私を『処分』してくれないかなぁ・・・勝手な話だけれど」


―この時、執務室ラウンジに、川内、神通、那珂が静かに入ってきた。


提督「君はケッコンしているだろう?解体も轟沈もあり得ないな。それに、なんであれ、君の上司とは話すことになる。そこは譲れません(加賀の口調)」


山城(こんな時でも笑いをねじ込むのね)


特務第七の川内「そう・・・ですよね。あの、刺客である私の事を、どのように処分しても構わないはずですが、話をしたいというのは、何をですか?」


提督「うん。ここに君が渡ってきた事、施設に損害を与えた事は全て不問にしてもいい。明日、何かの用事にかこつけて、横須賀にこっそり帰すことも、何の危害も加えないことも約束できる。ただ、特防の瑞穂さんは今後一切暗殺対象から外して欲しいし、知らない間に深海化している子を排除するのは、もうやめさせてくれないか?」


特務第七の川内「それを聞き入れなかったら、どうなりますか?」


提督「君の提督に言う事を聞かせる。聞けないなら、消えてもらう。そして、君の提督にこのような指示を出している指揮系統を吐き出させる。君らのしていることは、この件に関しては、証拠の隠滅であって、敵の排除ではない側面が強い。ただの利敵行為だ」


特務第七の川内「聞きずてならないわね」ギリッ


提督「君らの立場では、そうだろうな。だが、横須賀の司令部や特防でさえ把握していない、密かに深海化している子たちを闇に葬れば、こちらはいつまでも深海側の事を詳しく知れない。君らの部署がしているのは、そういう事だよ。・・・そもそも、深海化する子を排除しなくてはならないなら、君も排除対象だ」


特務第七の川内「さっき、古鷹さんも言っていたけれど、それ、どういうことなの?」


提督「簡単な事さ。分かりやすく言えば、人は内面に『光と闇』を持つ。そして艦娘は『光』で、深海は『闇』。それぞれ純粋な存在だ。・・・が、人間に深く関われば、人間の闇を理解し、宿し、深海化する因子を宿してしまう。ケッコンしたり、『夜戦』すれば、そうなってしまうのさ」


特務第七の川内「嘘よ!そんなの嘘!じゃあ、あなたはこんなに沢山の、魅力的な艦娘が深く信頼していても、誰にも手を出していないし、ケッコンもしないの?」


提督「しないさ。大切だもの。・・・あ、でも、だからって拒絶もしてないんだぞ?一応健康な男のつもりだから、葛藤だって無いわけじゃない。しかし、後悔する生き方はしたくないのさ」


特務第七の川内「・・・あなたの言っていることに、根拠はあるの?」


提督「横須賀総司令部には、艦娘の状態を把握できる、特殊な装置がある。それで可視化されているから、自分のを見てみたらいい」


特務第七の川内「そんな・・・じゃあ、私・・・嘘よ!そんな・・・そんな・・・事っ!」


―川内の脳裏に、ここ一年の間、『処分』してきた、深海化した艦娘たちの最期がいくつも蘇ってきた。泣きながら命乞いする者、おとなしく死を受け入れる者、絶叫する者、反撃に転じようとする者、仲間との別れを嘆く者、自分の深海化を認めない者・・・。時に、川内自身が心に深くダメージを負い、しばらく吐き気が止まらないほどの最期を迎えた艦娘もいた。なのに、厳密には、自分も彼女たちと変わらなかったというのか?なら、自分のしてきた事は?


川内「・・・ねえ提督、夜戦なんて私、沢山やってるけど、さっき、夜戦したら深海化するって意味の事を言ってなかった?私の聞き間違い?ねえ神通」キョトン


如月以外の艦娘たち「!」


神通「ね、姉さん、今は大事な話をしていますから、それについては、後で秋雲さんに聞くとか、医務室で申請できるテキストを読んでみて下さい。わ、私は詳しく知りませんから・・・」カァッ


川内「医務室?秋雲?どうしたの?神通。・・・じゃあ」


―川内は那珂ちゃんに同じことを聞こうとしたが・・・。


那珂ちゃん「ごめんね、那珂ちゃんアイドルだから、そういうのぜんっぜんわからないの!」


川内「えー、何この空気ー」ムスッ


磯波(・・・那珂さん絶対、知ってますね)


特務第七の川内(ああ、ここの川内、練度はそこそこなのに、まだ『夜戦』のもう一つの意味も知らないんだ・・・)


―普通なら、笑い話になるようなやり取りだったし、実際に、この鎮守府ではそうなり、何日かしたらかつての自分と同じように、『夜戦』という言葉を、ここの川内もあまり言えなくなるのだろう。でも、特務第七の川内にとっては、戻れない過去を感じさせるやり取りだった。


榛名「・・・あの、榛名も良く分からないです(小声)」


金剛「・・・ウソは良くないデース(小声)」


榛名「・・・ごめんなさい(小声)」


如月「ねぇ司令官、私もそう聞こえたけれど、どういうことなの?」


提督「夜の戦いにはリスクが大きいって事さ」


如月「ふーん・・・?」


―提督は、特務第七の川内の手が、小刻みに震えているのに気付いた。


提督「・・・ところで、特務第七の川内、食事は摂れているのかな?」


特務第七の川内(私、知らないとはいえ、なんて・・・事を・・・)


提督「特務第七の川内ってば!」


特務第七の川内「あっ、なんでしょうか?」


提督「飯は食ったのかいって聞いてるんだよ。まだなら出すがね。・・・磯波、全員の配置を解除、希望者には軽食の支給をしてくれ」


磯波「はい、諒解いたしました!」タッ


特務第七の川内「食事の事はいいです。それより、私の事、ここで解体・・・いえ、非武装出撃で轟沈させていただけませんか?」


提督「それはダメだな」


特務第七の川内「何で?私、侵入者で、暗殺者だよ?」


提督「少し前まではな。しかし、今は違う。話をしている以上、そうではない。だが、頭が回らなくなる状況だというのは理解できる。それに、君はケッコンしている。君を失った提督も悲しむだろうし「悲しまない!」」


特務第七の川内「悲しまないよ。うちのボスは全員とケッコンして、そういう関係を結ぶ人だし、今だって別のお気に入りの子と、関西で温泉に泊まってるわ!任務に失敗した私なんて、もういらない子なんだよ!私を通して交渉だって、絶対無理だから!だからっ・・・だから私なんて、知らないとはいえ仲間をたくさん殺した私なんて・・・もう・・・」ボロボロ


提督「わかった。なら、身柄はこちらで預かろう。それともう一つ、たぶん、君のターゲットだった瑞穂さんは、もう、そう簡単には深海化しない。従って、ターゲットでさえなくなっている」


特務第七の川内「どういうこと?」


提督「正確には、横須賀総司令部の機械で精査する必要はあるが、おそらく深海化を抑え込み、艦娘側に大きく変化したんだ。今日、ほぼ奇跡的にそういう事が起きた。君ならわかるだろうが、深海化した艦娘は、命や、命と同じように大切なものを奪おうとすれば、必ず反転したはず。しかし、彼女はそうはならなかった。だからおそらくもう、ターゲットですらないのさ」


扶桑(ああ、提督はその為にあの時間を・・・!)


特務第七の川内「・・・そうなんだ。もう驚かないよ。驚く気力もない。そもそも、失敗しちゃったし。自分のしていることが信じられなくなったから、もう終わりでいいよ・・・もう何も信じられない。信じたくない・・・」


提督「自分のこれまでから、逃げ出す気か。別にそれも構わない、時にはそれもいいだろう。だが、そういう手助けをする気はないぞ?艦娘は自分で死ねないのは、君も知っているだろうが」


―ここで、各所に配置についていた艦娘たちが、ぞろぞろと執務室ラウンジに戻ってきた。


天龍「あーあ、古鷹さんに美味しいところを持ってかれちまったなぁ。戦いたかったのによ!」


龍田「あらー天龍ちゃん、そんな天龍ちゃんが返り討ちされて、泣きそうなところを助けたかったのに、残念だわぁ」


足柄「ああーもう!せっかくバールで戦ってみたかったのに!何だか満たされないわね!」


木曾「ふっ、どうやら階下組はハズレかな」


五十鈴「折角待ち構えていたのに、つまらないわねぇ」


叢雲「はぁ、久しぶりの白兵戦だったのに、消化不良だわ」


那智「私の『銃の型』を見せられなくて、実に残念だよ。今夜は呑むしかあるまいな」


球磨「ちぇー、球磨ちゃんとこも階下だから、待ちぼうけくったクマ。お腹減ったクマー!」


多摩「多摩もニャ。眠い・・・」


衣笠「私の所もハズレ。ベランダ、寒かったです」


青葉「香取先生が最高だったんですよ?凄くいい動画が撮れましたから、あとで鎮守府の裏サイトにアップしますね!」


提督「ん?ちょっと待て、初耳だぞ、ここの裏サイトとか」


青葉「あっ!提督、いらしたんですか?」


提督「いらしたも何も、お客さんも一緒だよ」


香取「特務第七の川内さん、怪我しなかった?おばさんなんて言うから、ちょっと本気出しちゃったわ。ごめんなさいね」


特務第七の川内「いえ・・・大丈夫です」


提督「おばさんはちょっとひどいな。カトリーヌ先生は眼鏡取ると可愛いんだぞ」


香取「あっ!提督、その呼び方と眼鏡の件はお酒の席だけにしてください!」


山城(いつの間に?)


提督「そうだった、申し訳ない。しかしお疲れ様だね、香取教官」


香取「いえいえ、なかなか戦えて、楽しかったですよ。私も結構やれるみたいですね。もう少し優しくして差し上げたかったのですが・・・」


青葉(優しく?青葉はそうは見えなかったけどなぁ~)


―特務第七の川内の眼には、陰のある提督と、艦娘たちの才能の光が、好対照で互いを高めているように見えていた。みんな、もっとずっと強くなっていくのがわかる。


特務第七の川内「提督さん、私はどうしたらいいの?」


提督「そうだった。すまない。・・・まだ暗殺する気はある?もう、暗殺ではなくただの危害行為にしかならないが」


特務第七の川内「そんな気はないし、しません」


提督「では、どうしたい?」


特務第七の川内「指示に従います。そして、できれば考える時間をください。営倉か、あれば監獄で構いませんので」


提督「わかった。では、一つ確認しておく。君の、特務第七の司令レベルはいくつだい?」


特務第七の川内「特務第七、清掃討伐部は、6です。他の鎮守府より高めですね」


提督「そうか。良かった。うちは現在7、年明けに8になるそうだ。では、部屋を一つ、割り当てる。見張りはつけるが、基本的に、メイン棟内の移動は自由。執務室へは秘書艦に許可を得て入る事。また、水上機は年末年始は飛ばさない。従って、君は年明けまではここで過ごすことになる。いいね?」


特務第七の川内「諒解いたしました。あの、なぜ最初から司令レベルを言わなかったんですか?それで私を従わせることが出来る決まりですよね?」


提督「話がしたい、と言ったろ?」


特務第七の川内「あっ、はい。なぜなの?」


提督「話さなければ、何もわからないままだ。この後君は苦しむだろうが、まだそれは取り返しがつく。しかし、そうでなかったら、君はいつか、自分の積み重ねた間違いの重さに押しつぶされるだろう。艦娘の場合、それで深海化することもあるんだからさ」


特務第七の川内「なんで、そこまでするの?」


提督「おれにとって、自分の所属であろうがあるまいが、君ら艦娘が傷つくのは避けたい事だからだよ」


特務第七の川内「・・・命令には、従います。しばらく、1人で考えさせてください」


提督「好きなだけ、考えたらいい。・・・如月、南棟410号室をメイキング中の曙と漣に、彼女の部屋と食事の件を。それから、吹雪たちに彼女の部屋の見張りの指示を出してくれ。シフトは打ち合わせ通りで」


如月「諒解しました、司令官!」


提督「川内、姉妹で彼女を南棟、410号室へ。だが、その前に工廠に寄り、武装解除。及び、通信機器と武器は一時的に没収。夕張には状況を説明済みだ」


川内「任せて!行ってくるね!・・・じゃあ行こうよ、特務第七の私!」


―なんて無邪気で、キラキラしているんだろう、と、特務第七の川内は思った。同じ、自分。それが、どうしてこんなに違いが出てしまったのか?


提督「何も終わりではない。未来は続いていく。良く考える事だ」


―背中に提督の言葉を受けながら、特務第七の川内は、堅洲島の自分とその姉妹に伴われて、執務室を後にした。



―10分ほど後。執務室隣、宿直室。


提督「さて、お二人さん、脅威は片付いたよ。306号室は修理が必要になったので、これから別の部屋を用意するから、あとはそちらでのんびり過ごして欲しい。だいぶ遅くなってしまったのは申し訳ないが、これで気楽に過ごせると思いますよ」


下田鎮守府の提督「すまねぇ、しかし、見事なもんだなぁ。采配から、段取りから、とても同じ提督とは思えねぇよ。まあ、もう首になっちまうだろうがな」


提督「いや、そうとも限らないが、とりあえずよかった」ニコッ


下田鎮守府の提督(優しい笑顔だし、艦娘にもかなり慕われている。だが何でこんなに怖えんだ・・・?)


瑞穂「提督さん、本当に、何から何までありがとうございます!」


提督「いや、今日起きた事のお陰で、あなた方は身を隠す必要がなくなるかもしれない。明日以降、じっくり全てを組み立て直してみますが、とりあえず、ゆっくり休んでください」


―この後、提督は艦娘たちの任務終了を指示し、瑞穂と下田鎮守府の提督の部屋は、他に誰も使用していない、9階の一室と決まった。メイキングにそう時間のかかる状態ではなかったため、瑞穂と下田鎮守府の提督は礼を言いつつ、移動していく。


―瑞穂たちと入れ替わりで、加古、古鷹、弥生、卯月が入ってきた。


古鷹「提督、話し合い、ついたみたいですね!悲しい事にならなくて、良かったです!」


提督「いや、良くやってくれた。『穴所術(けっしょじゅつ)』をそこまで使えるようになるとは、流石だよ」


古鷹「いえ、提督の教え方がわかりやすかったからです!」


加古「んー、何あれ、やっぱ提督が教えたのー?」


提督「本来は、あれはツボの刺激の一種で、いつも眠そうな誰かさんの疲れを取ってあげたいから、という事で教えた技術の、護身術への転用なんだよ。だけど、ちゃんと決まると痛いのなんのって!」


加古「あっ!最近やたらと古鷹のマッサージが気持ちいいのって、そういう事だったの?古鷹ありがとー!あたしもやってあげるからさぁ、教えてね」


古鷹「うん!じゃあ提督、私たちもそろそろ休みますね!お疲れ様でした!」


提督「ああ、おやすみ!」


卯月「提督ぅ~、これ回収したっぴょん、すごい眠いっぴょん」ゴトッ


―卯月はフック付きのワイヤーと巻き取り機のセット、フックショットをテーブルに置いた。


弥生「あとは、不審物は、・・・無かったです」


提督「ああ、二人ともこんな時間までお疲れ様!明日、間宮券を二枚ずつ支給するので、昼過ぎにでもまた来てくれ。フックショットはこちらで管理するよ。ありがとう!」


卯月「ふぁ~い、司令官もおやすみだっぴょん」


弥生「司令官・・・おやすみなさい」ニコッ


―今度は入れ替わりで、霞と荒潮が来た。それぞれの大きめのお盆に、沢山の戦闘糧食(おにぎり)と、味噌汁椀が並んでいる。


霞「夜食よ、食べなさいよ。まだ仕事が終わらないなら、食べないともたないでしょ?」


提督「ん?おお、ありがとう。こんな時間まで、起きていてくれてたのか」


霞「当たり前でしょ?通常と違う状況が発生している時に、任務ではないからってのうのうと寝ているほど、たるんでいないわ!」


荒潮「お疲れさまー、お味噌汁も持ってきたわ。やっと今日、あ、日付はとっくに変わってるわね。司令官の顔が見れて嬉しいわぁ」ニコニコ


提督「はは、こんな時間でも元気だな。まったく、長い一日だが、みんなよくやってくれたよ。みんなも、折角だからちょっと食べてから寝たらどうだ?まあ、こんな時間だし、女性に食事を勧める時間じゃないのかもしれないが」


扶桑「いえ、いただきます。提督のお仕事はまだ終わらないのだと思いますし」


山城「私は、いただいたら時雨の様子を見てくるわ。眠れているとは思うんですけれど・・・」


金剛「いただきマース!ハングリーではバトルは無理ネー!」


榛名「あっ、榛名もいただきます」


提督「榛名はまだお客さんだし、食べたらもう休んで構わないよ?」


榛名「いえ、そういうわけにはまいりませんし、横須賀から渡ってきて今まで、貴重なものばかり見させていただいてます。全て終わるまで、休みたくありません」


提督「そうかい?明日は非番だ。好きにしてくれて構わんよ」


―榛名にとっては、自分を負かした提督の、提督としての仕事ぶりや、その鎮守府、そこに所属している子たち、そして、イレギュラーに発生した二件の状況も、その対応も、すべてが新鮮だった。心の中の様々なわだかまりが、一つ一つ、消えていく可能性を示されているような気がしていた。


榛名(とても、眠れそうにありません。深海化した子や、暗殺任務の子にも、あのような対応をする方だったなんて・・・)


―提督は霞をいじり、霞が怒っているが、それを荒潮がなだめている。扶桑は楽しそうにしているし、山城はあまり卑屈さや暗さがない。


―プニッ


榛名「あっ、お姉さま?」


―金剛が榛名の頬をつついて笑っている。


金剛「榛名、名残惜しいでしょうけれど、今日はもう休むネー。私と一緒の部屋でいいですか?聞きたい事も色々あるでしょうから、今日はそれに答えマース」


榛名「はい。お願いします。金剛お姉さま」


―少し、空気が緩みかけた時だった。


機械音声『特殊帯通信により、緊急秘匿通信が入りました』


提督「なんだ?こんな時間に」ガタッ


―暗号化されたロールペーパーを出力する。


―コチラ トクボウシツチョウ オオバヤシ シキュウレンラクサレタシ トクムダイナナ ノ センダイ ソチラニシンニュウ オヨビ ジョウキョウハッセイノ カノウセイ タカシ


―以下に特防室長の携帯電話の番号が続いている。


扶桑「どうしました?提督」


提督「特防室長からだ。川内の侵入の可能性あり、と。連絡してみる。一応解決済みではあるが、少し状況を確認・制御したい」


―提督は私室にいったん戻ると、鍵を閉めて特防室長に電話した。待っていたのか、すぐに出る。


特防室長・大林「あ、すいません提督、こんな時間に。実は、そちらにお世話になっている瑞穂君をターゲットとして、特務第七が勝手な判断で独自に動いており、排除目的で川内がそちらに侵入した可能性が高いのです。特防としては、非常にデリケートな案件になりそうな上、大変ご面倒をお掛けするのではないかと・・・」


―ここで、提督は特防室長の言いたい事がわかった。まず、特防のメンツも大事だし、かと言って深海化が表に出るのもまずいだろう。特務第七にお株を奪われるのも都合が悪いという事だ。そして、休暇前でもある。提督は急いで考えをまとめた。


提督「大林さん、こんな時間に貴重なご連絡、ありがとうございます。大林さんの立場に沿って、優先度の高い順にお話ししますと、まず、状況は既に発生いたしました。しかし、結論から言いますと、瑞穂さんは排除の必要がない状態であると判明いたしました。その上で、瑞穂さんの安全は、現在確保しております。休暇を気がね無くお楽しみいただける状態になりました」


特防室長・大林「あっ、これは見事な手腕ですな!ありがとうございます。瑞穂君も元気なんですね?特防としてもお礼を言わせていただきたいところです。そうですか、奴らの勘違いでしたか。・・・ところで、特務第七の川内は確保されたのでしょうか?すでに『処分』してあるなら仕方ありませんが・・・」


―ここで、特防室長の声が、防諜機関の長らしい、それまでの温かさの一切ないものに変わった。


提督(なんだ?特防のメンツや瑞穂さんの件より、川内の件がウェイトが大きい。どういう事だ?)


―提督は一瞬考えを巡らせ、保険を掛けておくことにした。


提督「当鎮守府の何人かの艦娘と戦闘状況発生の上、大破・補給切れの状態で逃走しており、現在捜索中です。未確認ですが、高所からの転落情報もありますので、轟沈か、抵抗不可能な状態での確保は容易いでしょう」


特防室長・大林「なるほど、往生際の悪い事ですな。提督、もしも轟沈の確認や、確保されたら、すぐにご連絡ください。特務第七の、特に、川内は、少々やり過ぎたのですよ」


提督「諒解いたしました。おそらく轟沈の可能性が高い見通しですが、早めにわかっていれば、もう少し手加減させたのですが・・・」


特防室長・大林「いえ、仕方がありません。こちらで早めにご連絡できず、迷惑をお掛けしたのに、そこまではとても。簡単に死んでほしくないだけですが、こればかりは仕方がありませんので。それでは提督、色々とお手数をおかけしましたが、これは特防の大きな借りとさせていただきます。そういう事であれば、報告は休み明けでも構いませんので、良い年末年始をお過ごしください。夜分に失礼いたしました。まったく、泥縄で申し訳ない・・・」


提督「いえ、全てタイミングの問題ですから。こんな時間でもご連絡をいただけて、ありがたいですよ」プツッ


―正直なところ、川内の件に関する『保険』が有効だったかはわからない。


提督(思っている以上に、特務第七か、川内、又はその両方が、誰かから相当に恨まれている、という事か・・・)


―実際、もし自分が、例えば陸奥をそのようにされたら、相手が艦娘でも、綺麗ごとは言ってられないかもしれない。いや、必ず撃滅するだろう。


―同じ頃、東名阪道路、桑名付近。特防室長・大林は、志摩鎮守府に向かっていた。公用の自動運転車の中で、引き続き電話を掛ける。


特防室長・大林「あ、もしもし、こんな時間にすいません。今、そちらに向かっていますが、ターゲットの足取りが掴めました。おそらく、特務第二十一号鎮守府近辺に大破状態でいるか、確保されているかと思います」


??「そうか、わかった。我が鎮守府は不夜城の如し。幸い、私ももうじき司令船が鎮守府に接岸するところだ。今夜は運がいい」


―電話の向こうの声は、凛々しい女の声だった。


特防室長・大林「なるほど、確かに運のよい夜かもしれませんね。特務第七を潰せる道筋が立つと同時に、特務第二十一号の鎮守府の提督はね、月形さん、あなたの想い人ですよ、たぶん」


??「なんだって?・・・いや、ぬか喜びはしたくない。今はどちらまで来ているのかな?」


特防室長・大林「桑名を過ぎましたから、あと一時間半程度でしょうか?」


??「わかった。では、何か美味しい物でも用意して待つことにしよう。私はこれから、帰投任務がある。大井のアレも始まるだろうから、面倒を見てやりたいのだ」


特防室長・大林「ああ・・・お気の毒です、本当に」


??「なに、もうじき血であがなってもらうさ。今夜がもっと良い夜になることを願うよ。では、またのちほど」



―志摩鎮守府、司令船接岸所、司令船『あづま』執務室。


―チン


―提督は洒落たアンティークな電話の受話器を置き、立ち上がった。白い士官服に、流れるような黒い長髪。そして、仕込み杖。偉丈夫と言ってもいい身長だが、立派な体つきの女性だった。顔だちも美しいが、左の額から目を経由して、顎まで、焼き切れた傷跡があり、左目は白く失明している。首筋にも爆弾の破片で負った古傷が見えていた。


―志摩鎮守府。大規模侵攻を跳ね返した、『ビッグ・セブン』と呼ばれる七つの鎮守府の中でも、最強を争うとされる鎮守府。その提督はアフリカ帰りの女傑だった。


武蔵「提督よ、良い知らせのようだな」


志摩鎮守府の提督「わかるか?武蔵。帰還の夜はいつも、もっと奴らを沈められなかったかと寝つきが悪くなるが、今夜はいつもとは違うかもしれんな。北上の仇が見つかったぞ」


木曾「ほう、特務第七の川内か。道理で今夜は剣が騒ぐわけだ。奴の血を吸いたがっていたか」


―ピー


―時計のアラームが鳴る。


志摩鎮守府の提督「いかん、大井の入居が終わる時間だ。またアレをしているんだろう。ちょっと行ってくる」


―志摩鎮守府の女提督は、士官服用のコートを引っ掛けると、タラップから港に下りた。


志摩鎮守府の艦娘たち「おかえりなさい、第一艦隊、第二艦隊、提督!」


―タラップから鎮守府まで、任務外のすべての艦娘が列をなし、敬礼している。


志摩鎮守府の提督「規律に乱れ無し。悪くないな」ザッ


―志摩鎮守府・入渠施設前、廊下。深刻な表情をした五十鈴が提督を待っていた。


志摩鎮守府の提督「五十鈴、大井はまたアレか?間に合わなかったか!」


五十鈴「ええ。またよ・・・」


―ガラッ


志摩鎮守府の提督「大井!」


―洗面室の鏡の前で、入渠を終えた大井が、カミソリで首に切り傷をつけ終え、縫合糸で縫っているところだった。洗面ボウルのあたりは、大井の血で濡れている。


大井「提督、止めても無駄よ?わかっているでしょう。こうしないと眠れないのよ!」


志摩鎮守府の提督「誰が止めるものか!私がそうしたいくらいだ!」ツカツカ、ギュゥッ


―志摩鎮守府の提督は、大井を抱きしめた。真新しい士官服が血で汚れるが、そんな事は気にしない。


大井「えっ?提督・・・」


志摩鎮守府の提督「辛い思いをさせて済まなかったな。喜べ、我々の北上を葬った川内の足取りが掴めた。特務第七ともども、その傷と痛みと共に踏みつぶしてやれるぞ!」


五十鈴「見つかったのね?決行はいつ?」


志摩鎮守府の提督「特防が今、こちらに向かっている。年明けには状況を開始できるやもしれん」


―ガシャン!


―剃刀を握ったまま、大井は脱衣所の鏡を叩き割った。


大井「そう、やっとね。長い九か月だった。深海の姫なんかいくら沈めても眠れないわ。笑って死んでいこうとした北上さんにあいつがしたことを、やっと何倍にもして返してやれるのね!あはは!」


―最強の鎮守府の敵は、深海ではなく、仲間を殺した特務第七と、そこに所属する川内になっていた。九か月前の北上の死から、この鎮守府もまた、何かが狂い始めていた。



―再び、堅洲島鎮守府。マルニーヨンマル(午前2時40分)過ぎ。


―ほぼ、今日すべき全てを終えた提督は、艦娘たちが立ち去った後、執務室の照明を落として医務室に向かった。


―コンコン、ガラッ


陸奥「なぁに?夜這い?ふぁ・・・もう寝るところだったわ」


提督「こんな時間にゴメン。いや、ちょっと配給品を貰う必要があってさ。というかむっちゃん、おれだと分かってるとすっごい無防備だよね?今もマニアが喜びそうな恰好してるしさ」


―眠そうな陸奥は、下着にピンクの白衣だが、ボタンは所々しか留めていない。


陸奥「どうせ、なーんにもしないじゃない。あと、サービスよ、サービス・・・少しは目の保養になったらいいんだけど。ところで、配給品って、何か怪我でもしたの?取ってあげるわ」


提督「眼福だよ。あっ、すまん、女の子に取ってと頼めるタイプのものではなくてだね、夜戦で使う、誤射防止用のゴム製品で・・・。場所を言ってくれたら、持っていくからさ」


陸奥「えっ?・・・ええっ?」


―眠そうだった陸奥が、一気に目覚めたような顔になった。


陸奥「・・・本当に?」


提督「いや、どうしようかと思ったんだが、やっぱり気配りは大事かなと思ったしさ」


―陸奥はくるりと戸棚のほうを向き、何かを探し始めた。


陸奥「・・・そうよね。別に気にしなくていいわ。私の仕事だから」


―医務室に、急に悲痛な空気が漂い始めた。


提督(あれ?何この空気?むっちゃんがすっごい哀しそうにしてる気が・・・)


陸奥「あれ?おかしいわね。確かこの辺に・・・」グスッ


提督(あれー?)


陸奥「・・・ねぇ、一つだけ教えて。やっぱり金剛なの?それとも、まさか榛名?私は、扶桑ならいいかと思っていたんだけど、それとも、他の誰か?・・・ごめんね、無粋な質問で。やっぱりそうなるわよね。良い事の筈なのに・・・」グスッ


提督(あっ!)


―探し物をしているはずの、陸奥の手が止まり、明らかに肩が震えている。


提督「あの・・・」


陸奥「ちょっと待ってて、確か、この辺に・・・」ガタタッ


―棚の中の薬の小箱が崩れた。何も探せてはいない。


提督「・・・あの、陸奥さん?大変申し上げにくいのですが、何か、勘違いされていると思いますが・・・言いづらいんだけど、それ、おれが使うんじゃないんだが。そもそも、そんな事をしないと普段から明言しているわけで・・・」


―なぜか敬語になる提督。


陸奥「えっ?」


提督「えっ?」


―振り向いた陸奥は、提督が見たことも無いほどにびっくりした表情をし、次に真っ赤になった。


陸奥「あっ!・・・ああ、そうよね!えーと、あの二人の為にってことでしょ。薬品が目に沁みちゃって。私、ちょっと寝ぼけていたわね!」


―ここで提督は、よせばいいのにさらに余計な事を聞いた。


提督「もしかして、ゴム使えば深海化の因子を宿さない的な?確かに、その辺はボーダーラインがよくわから「ちょっとやめて!」」


陸奥「お願い、これっぽっちもそこまで考えてないから、この話はやめて!本当に私の勘違いだから。最近、あなたが金剛と仲がいいから、つい・・・あっ」カアッ


―もうめちゃくちゃだ。


提督「・・・あーあ、時間的に遅くなりすぎて、小さな気遣い、大きなお世話になりそうだから、そいつは昼間の適当な時間に持っていく事にしよう。さーて、部屋戻って風呂浴びて寝るか。あー、今夜は金剛が居ないなぁ、一人寝は寂しいなぁ。寂しくて死んじまうかも。うん、きっと死ぬね!」


陸奥「ふぅん・・・それで?」


提督「たまには一緒に来ないか?」


陸奥「ふーん、私は金剛の代わり?」クスッ


提督「あっ、言うねぇ。なんかもう、良くも悪くもグダグダになっちゃったよな。まさか、色んな女の子と添い寝するような未来が待ってるなんて、思ってなかったからな」


陸奥「ちょっと寂しかったんだけどなあ、なんてね。誰も選ばないって事は、ある一定のラインまでは、誰でも平等にしなくちゃならないって事だものね。そうなると、今現在は添い寝がそのラインになるわけで・・・あらあら、大変ねぇ」フフッ


提督「というか、ごちゃごちゃ言いたくない。おれはむっちゃん好きだよ?出撃できないのは気の毒だが、沈む心配がないのは、ホッとしている。いつもここにいてくれるしな」


陸奥「あっ、ちょっと待って、今の不意打ち結構きたわ!」


提督「じゃ、追い打ち。おれはむっちゃん好きよ?色んな意味でな」


陸奥「もう!むっちゃんて呼ばないでって言ってるのに!」


提督「そういや、なんで?」


陸奥「それは内緒よ。でも、私もあなたの事は、ふふ、大好きよ」


提督「あ、今の来た!今の直球は来たって!こんな時間に投げちゃダメだ」


陸奥「じゃあ、投げキッス!」チュッ


提督「・・・こんな場所に投げキッスなんて、積極的だなぁ!」


陸奥「ちょっと、変なところになんか投げてないわよ?」


提督「あれー?ほっぺのつもりで言ってるんだけどなぁ?」


陸奥「もうっ、そういう話の振り方、好きよねぇ。どうしようかなぁ?・・・提督、あなたって、『そういう空気』にならないように茶化すじゃない?さっきもそうだけど」


提督「んー・・・(良く見てんなぁ)」


陸奥「茶化さないで女の子を添い寝に誘うとしたら、どんな風に言うのか見てみたいわね」


提督「・・・一人じゃ眠れないから、来てくれ、陸奥」


陸奥「・・・うん」


―医務室外近くの、少し離れた空室のドア内側。小型の指向性集音マイクを持った青葉と、衣笠、漣、曙、そして吹雪がこの会話を盗み聞きしていた。


青葉「いやぁ、さすが大人ですねぇ、提督と陸奥さん。しかも・・・」


漣「すっごい仲良しですよね」


曙「すごく仲いいけど、なんだろ?陸奥さん、なんか気を使ってない?」


漣「ちょっとそういう気はするよね。なんだろ?ご主人様が大怪我したから、かな?」


吹雪「青葉さん、こういうの、すごく楽しいですね!」


青葉「でしょー?」


衣笠「ええ・・・?(吹雪ちゃんを変な方向に引っ張ってしまう気がする・・・)」


青葉「ガサー?しばらく遠征に出てた私の、燃え上がる取材欲を甘く見てもらっては困りますねぇ。まして、年末年始休暇ですよ?新しい子も来ているんですよ?青葉、寝なくってもいいですね。提督の居るところ、特ダネありです。提督が起きている限り、青葉も起きています!それが取材です!」


衣笠「ええー・・・。ねえ漣ちゃん、金剛さん、提督と最近ずっと一緒だけど、何もないわけでしょ?」


漣「うん、間違いなく何もないですよ」


衣笠「・・・あり得なくない?あんな綺麗で献身的な人が一緒なのに」


漣「普通はあり得ないはずだけど、なんかご主人様、我慢だけじゃなく、そういう事はしたく無さそうな気がするんですよね」


曙「あっ、わかるそれ。触る以上の事は、何だか、したく無さそう・・・」


吹雪「えっ?曙ちゃん、司令官に触られたことがあるんですか?」


曙「あっ・・・」


漣「うちの鎮守府で一番ご主人様に触られているのが、戦艦のお姉さま方の誰でもなく、この女狐なんですぜ?へっへっへ、たまんねぇ尻だなぁ、胸はともかく」サワッ


曙「ちょっ、ちょっと漣!そんな事言わないで!・・・どこでそういうの覚えてくるのよ!あと、胸はともかくは余計!お尻さわんなー!」


吹雪「そうなんだ・・・」


青葉(おやぁ?面白そうな予感を感じますね)


衣笠(青葉の言うとおり、良く分からないところがあるなぁ、うちの提督は)



―再び、医務室。


提督「これで、今夜も何とか眠れそうだな。じゃあ、行くか」


陸奥「金剛や漣が言っていたけれど、私たちに触れていると、すぐに眠りに落ちちゃうのは本当なのね?」


提督「理屈がわからないんだけど、そうだな。何かするどころじゃなく、眠くなる。そして、よく眠れる。いつもの、半分起きているような眠りではなく、な」


陸奥「えっ?普段はそんな眠りだったの?そうなのね。そろそろ行きましょうか」


提督「あ、使わない紙を一枚くれるかな?あと、何でもいいから、ペンを」


―提督は陸奥から紙とペンを受け取ると、何かをサラサラと書き、紙飛行機を折った。


陸奥「何をしているの?」


提督「いや、何でもない。行こうか」


―提督と陸奥は、医務室を出ると、7階の提督に部屋に向かい、廊下の曲がり角を消えていった。


青葉「ふぅ、今回は気づかれませんでしたね」


―コンッ


―隠れていた部屋のドアに、何かが当たる音がした。


漣「あれ?紙飛行機・・・まさか」


―漣が紙飛行機を開くと、提督の字でこう書いてあった。


―『青葉と、衣笠と漣と、あと誰かな?バレてるぞ』


漣「うあ・・・」


青葉・曙・吹雪・衣笠「・・・」



―同じころ、金剛の部屋。


―4つ並んでいるベッドの一つに金剛は座り、榛名を抱きしめていた。1か所だけカーテンの閉められていない窓から、灯りのついていない部屋に、星明りがわずかに差し込んでいる。

榛名の肩は、まだ震えていた。


金剛「そうだったのね、榛名。あなたもずっと、辛かったんですね。全てわかったわ」


榛名「こんな私は、本当はどこの鎮守府にも行くべきではないと思っていました。でも、お姉さまの話だと、ここの鎮守府と提督なら、私が居ても良さそうな気がします」


金剛「良さそうどころか、ぴったりです。姉としては、あなたにとって一番理想的な環境だから、とても良かったと思います。・・・榛名、あなたの心の傷も、きっとうちの提督なら、癒してくれます。ただ、一人の女としては、傷の治ったあなたは強敵になるから、複雑かな。でも、私はずっと、どちらの自分の気持ちも素直に本音で話したいわ」


―金剛から、いつもの片言が消えている。


―榛名にとって、目の前の金剛は最初の姉とは違う。なのに、長い時間を経て、その時間分の経験を積んだ姉が戻ってきたような、そんな不思議な気持ちだった。誰にも話せなかった事を、全て話すことが出来、それで心がだいぶ軽くなった。自分がどれほど強くなり、どんなに経験を積んでも、姉が姉でいてくれるという、安心を感じていた。


榛名「今夜、提督と話してみますね」


金剛「それがいいよ。昼間言ってた、裸に剥いてなんとかっていう、ああいう方向で言ったらいいネー」


榛名「ええっ!そうでしょうか?」


金剛「うん、その方が結局は安心できる結果になると思うワー」


榛名「わっ、わかりました・・・」



―南棟410号室、特務第七の川内の部屋。


―川内は、照明もつけず、カーテンも引かず、ベッドの上に体育座りしたまま、壁に背を預けていた。閉鎖型人工知能搭載のオイルヒーターのお陰で、薄着でも十分に温かい。


特務第七の川内(なんて綺麗な星空・・・)


―川内は、心のどこかで自分が生き急いでいたのを気付いていた。だから、誰かと話すのは嫌だった。話せば、疾走を止められ、何かを見て、考えなくてはならなくなる。しかし、今夜、その時が来てしまった。


特務第七の川内(私、何がしたかったんだろう?)


―星の海の中を、もう何度も流れ星が落ちていった。




第三十一話 艦



次回予告



様々なものを見て眠れない時雨に、意味深な言葉を掛ける山城。


すぐに眠りに落ちる提督に、謎の謝罪の言葉をかける陸奥。


志摩鎮守府では、特務第七と川内の追跡の為に、女傑な提督と特防の室長が、綿密な計画を立て始めていた。


そして、ゆっくり始まる初の年末年始休暇の朝、まだ眠っている提督たちをよそに、深雪と綾波は、必殺技の練習を始める。


起きた提督は、前日の予定を全てブン投げて、釣りに出ることにするが・・・。


その頃、波崎鎮守府の鹿島は、海外旅行に出た提督の隙をつき、独自に調査を始めようとしていた。



次回『働かない覚悟を持て!・前編』乞う、ご期待!


川内『そんな事より、SS読もうよ!』



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このSSへのコメント

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1: SS好きの名無しさん 2016-12-02 01:45:41 ID: UWeWGGXZ

漂流ポッドといい廃校といいどこもかしこも気になる要素が多すぎてもう最高

2: 堅洲 2016-12-02 21:23:05 ID: 2moT9kE_

コメントありがとうございます!

廃校の件は色々な話に繋がっています。控えめで、サツマイモが好きなあの子とか・・・。

くまのんと朝雲の旅ですが、単純に堅洲島にたどり着くような話では当然なかったりします。
史実と同じか、もっと出会いと別れと再会の多い旅になるのです。


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1: SS好きの名無しさん 2016-12-02 00:12:00 ID: pVnTasN_

更新早くてうれしいな

2: SS好きの名無しさん 2016-12-02 22:29:36 ID: yGPYct4W

最高

3: SS好きの名無しさん 2016-12-04 21:57:11 ID: r5SjhfO7

最高です(´・ω・`)


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