「地図に無い島」の鎮守府 第六十五話 甘い言葉・中編
舞台は横浜に代わり、特務第七の様子を張り込む志摩鎮守府。
しかし、そこに特務第二十一号の提督と艦娘が現れ、志摩鎮守府の提督と艦娘たちは見つけられると同時に忠告をされる。
一触即発になる大井と榛名だったが、そこに提督が現れ、威嚇する大井。しかし、提督はそれを何事も無かったかのように納めてしまう。
忠告の意味を考え、私的制裁をやめようと判断する志摩鎮守府だったが、大井は解任・解体願を置いて行方をくらましてしまう。
そして再会する、特務第七の鷹島提督と、堅洲島の提督。
川内の引き渡しも無事に終わるが、金剛は違和感からある推測をしていた。
そして舞台はさらに秋葉原、DNN社のビルへ。
落ち着かない明石の様子を指摘する三隈と、その驚愕の告白。
様々な意見交換ののち、イチかバチか三隈を信用することにした明石だった。
そして横須賀の榛名の部屋には、こっそりとその留守中に侵入するものが居た。
お待たせしました。
第六十五話アップです。
明石のパートナーらしいくまりんこが色々と重要な情報を持っています。果たして彼女は信用できるのでしょうか?
また、榛名のマネージャーが慌てて暗躍しています。何やら特殊な薬剤を持っているようですが、果たして?
第六十五話 甘い言葉・中編
―2066年1月7日、ヒトサンマルマル(13時)過ぎ、横浜港大桟橋ふ頭、大型フェリー『いかるがⅡ』停泊所。
―志摩鎮守府の手練れの艦娘と提督たちは、今回の私的制裁作戦に加わる者は全て、黒のパンツスーツで目立たない変装をし、『いかるがⅡ』を見張っていた。
月形提督(志摩)「気になるな。一昨日には到着予定だったというのに、急な航路規制で二日も遅れてくるとは。近海で何かあった様だが、我々に情報が下りてこない。特務が活発に活動していたという事か?」
武蔵(志摩)「いずれにせよ、第七は海に出ない鎮守府だ。我々の任務には関係ないさ。・・・しかし、本当に大丈夫なのか?こんな事をして。確かに我々の鎮守府の功績は群を抜いているが、これは相当に危ない橋だろう?」
月形提督「既に、それ以上に危ない橋の上に我々はいる。決定的なものを上層部に掴まれる前に、我々は何とか自分たちでこの件を収束させなくてはならない」
武蔵「何かあるわけか?」
月形提督「うちの大井と北上の強さと、仲の良さは誰もが知っているな?」
武蔵「・・・まあな」
月形提督「その大井が、北上の深海化を知らなかったと思うか?」
武蔵「・・・やはりそういう事か。知らないわけは無いだろうと思っていた。皆そう考えるだろう」
月形提督「そうだ。そこを上層部に突っ込まれてしまうと・・・後は馬鹿でもわかる流れだ」
武蔵「最低でも、大井を解体にしなければ、鎮守府の体裁は保てないだろうな」
月形提督「そうだ。大井一人に責任を押し付けるような真似はしたくない。それゆえに、これしかなかったのだ」
武蔵「・・・難儀なものだな・・・むっ?若葉からだ。奴はバス発着所の見張りの筈だが・・・」
月形提督「奴らは任務の足がつかないように海上で艦娘を収容していて、陸路は使わないはずだ。出てみろ」
―武蔵はスマホに繋いだイヤホンで応答した。
武蔵(通信)「こちらふ頭近辺ポイントB、武蔵。どうした?」
若葉(通信)「こちらバス発着所、若葉だ。どこの鎮守府かわからない私服の艦娘たちが発着所に集まってきている。・・・あっ、総司令部のハイヤーも三台ロータリーに着いたな。・・・なんだ?あの男は提督なのか?・・・待て、何とか映像を送るぞ。現時点で確認できている艦娘は・・・どういうことだ?川内が二人いるぞ?榛名に、金剛に・・・加賀と、吹雪、如月、足柄、あとは鳥海か。ハイヤーからは叢雲と磯波、初風、陽炎と不知火、黒潮、磯風、浦風だな」
武蔵(通信)「なんだ?どこの鎮守府だ?加賀が居る鎮守府はそう多くないぞ?」
―若葉からの映像が届き、志摩鎮守府の何人かの艦娘と、月形提督は息をのんだ。
月形提督「この人は・・・!そして、この榛名はおそらく、『開耶姫』榛名だ!」
武蔵「何だと?じゃあ、噂の特務第二十一号の艦娘たちか?」
―電探カチューシャをつけていない榛名。そんな榛名は横須賀の『開耶姫』榛名だけだ。そしてその榛名の異動先は特務第二十一号しかない。
月形提督「武蔵、私はこの黒いコートの男を知っている。現在はおそらく特務第二十一号の提督で、かつてアフリカでは特務部隊の隊長などを務めていた。私が探していた人物でもあり、私の命の恩人でもある。かつては英雄だったが、その任務から、現在は汚された英雄と言うのが正しいかもしれないな。だが、なぜこのタイミングでここに?」
―月形提督は努めて冷静に説明していたが、長い付き合いの艦娘たち、とくに武蔵には、その動揺が伝わっていた。
武蔵「何か嫌な予感がするのか?」
月形提督「ああ。お前には隠しても仕方がないな。もし、この人物が我々の企みを見抜いていたら、その時は素直に従い、投降した方が良い。特務第七の提督とのかかわり上、ただの偶然だと思いたいが」
―月形提督は、現在の特務第二十一号の提督と、特務第七の鷹島提督の現在の関係を知らない。伝聞では敵同士になっていてもおかしくないはずで、現状での接点は無いはずだと考えていた。
月形提督(かつて命の取り合いをした者同士だ。現時点では関りは無いはずだ。しかし・・・)
―何か嫌な予感がし始めていた。
―近くのバス発着ロータリー。
提督「ほお、みんないい感じに私服に変わっているな。・・・うん、眼福だ。まあ、みんな元が良いからな」
鳥海(あっ、艦娘の私服を褒めたりもするんですね)
金剛「テートクったらお上手ですネー、コノコノー!」
提督「金剛もさ、街に出てるときは榛名みたいにカチューシャとっても構わんよ?そういう金剛も見てみたいしな」
金剛「デートしてくれるなら、外しますヨー?」ニコニコ
提督「そうなのか?」
金剛「もちろんデース!」ツカツカ・・・ギュッ
―金剛は言いながら提督に抱き着いたが・・・。
金剛「提督、おそらく志摩鎮守府の子たちじゃないかな?『眼』があるよ?」ボソッ
―耳元でそうつぶやいた。
磯風「司令、ネズミが隠れているようだが、どうする?この磯風、隠れるのは不得手だが、隠れている者を探すのは得意だぞ?」
―磯風も気づいたらしい。
提督「そうだな・・・では、隠れている艦娘を見つけたら、「任務御苦労」とでも言ってやればいい」
磯風「ああ、そういう趣向の方が私は好きだな。隠れるのはどうも苦手だ。では司令、ちょっと挨拶して来るよ」
足柄「へぇ~、感心しないわね。最強と呼ばれている鎮守府がコソコソと。こんなんじゃ負けるのも当然よ!じゃあ私も探して挨拶してくるわ」
吹雪「えっ?みんな何の話をしているんですか?」
―志摩鎮守府の艦娘たちに気付いていない吹雪には、これが何の話かわからなかった。
提督「状況が発生しつつあるのさ。とはいえ、すぐには動かんだろうが。吹雪、みんなもそうだが、他の鎮守府の艦娘を見つけたら、「任務お疲れ様」」とでも言って、何か温かい飲み物でも配ってやるといい」
吹雪「わかりました!えーと・・・」キョロキョロ
磯波「吹雪ちゃん、艦娘を探すの、私も手伝うね」
提督「ああ、それがいいな。それが終わったら今度は横須賀チームが私服を買う番だ。さっきまで三越に居たチームは、特務第七の川内ちゃんの引き渡しに付き合ってくれ」
磯風「私は別に、そんなに私服など必要ないのだがな。艤装服の替えの申請くらいで十分なのだが」
―ツカツカ・・・ピッ・・・ガコン
―磯風は言いながら、近くの自販機でホットのココアを買った。
浦風「そんな事言うのはあかんよ?今時、三越で服を買わせてくれる鎮守府や提督さんなんておらんよ?こんな時は言われたとおり、ちゃんと自分に似合う服を買って、提督さんの眼福になるのも艦娘の大事な務めなんじゃ。ほうじゃろ?金剛姉さん」
金剛「まあそうですネー。テートクの仕事は大変デース。目の保養は大事ですヨー」
磯風「ふむ、そういう事であれば」
―だが、実は磯風は、艤装服にソードハーネスや剣吊ベルトを身に着けた自分の姿が一番のお気に入りだった。そんな事を考えながら、集合場所に背を向けた形のベンチに近寄り、知らないふりをして座っていた若葉に声を掛ける。
磯風「任務御苦労。今日は冷えるな」ニコッ・・・スッ
―そして、ホットココアの缶を渡す。
若葉(志摩)「えっ!?あっ、ああ、すまない。いただこうか(気付かれただと?)」
―近くのビルの屋上。
木曾(志摩)「何だ?若葉の奴、飲み物を貰っているぞ。なかなか鋭い艦娘たちだな。・・・こちら木曾、若葉が気付かれて飲み物を貰っているようだ。あれが特務第二十一号か」
―艦娘は艦娘に気付きやすいと言われている。が、志摩鎮守府に所属している若葉は、眠り続ける阿武隈と共に隠密作戦の熟練者でもあった。そう簡単に気付かれるはずが無かったのだ。
木曾(なんだ?視線を感じる。・・・むっ?)ゾクッ
―特務第二十一号の艦娘たちのまとまりから、さらに二人の艦娘が離れていた。うち、一人が自分のほうを見ている。磯波だった。
木曾(まさか・・・!)
―磯波は近くの自販機で何かを買うと、木曾のいる雑居ビルに入ってきた。
木曾(俺も見つかったというのか?)
―ガチャッ・・・キイッ
―屋上の塔屋のドアが開き、磯波と吹雪が入ってきた。
木曾「っ!!」
―木曾は一瞬身構えかけた。しかし、いかなる作戦・訓練申請もしていないため、拒絶する理由が無い。ポケットの中のスマホを動画撮影モードにして、会話だけでも任務中の皆にライブ送信することにした。
磯波「こんにちは。おそらく志摩鎮守府の木曾さん。申請なしでも街中で訓練をするのは、さすが最強と言われる鎮守府ですね。寒い中、お疲れ様です。うちの提督が、挨拶がてら、温かい飲み物をお渡しするように、と。好みがわかりませんでしたから、ブラックと微糖のコーヒー、両方どうぞ」ニコニコ
木曾「あ・・・ああ、独自の監視訓練だったが、気付かれてしまうようではまだまだだな。心遣い有難い。無届なので任務中とは言えないから、いただいてしまおう」カシュッ
―木曾は努めて冷静と親し気を装ったが、心の中は混乱に満ちていた。
木曾(まずい。申請が無い事も、我々の所属もばれている!これは・・・警告か!)
―磯波は『申請なしでも』『提督が』と言っていた。ただの挨拶のようだが、全くそうではない。『提督が全てを把握している』ともとれる。
木曾(だとしたら、特防で何かあったな。あそこからしか漏れないはずだ)
吹雪「あの、志摩鎮守府の木曾さんですよね?大活躍したの聞いてます!みんな強い方ばかりなんですよね?」
木曾「ん?あ、ああ・・・(こっちの吹雪は何もわかっていないような感じだな)」
磯波「では、失礼しますね。お邪魔しました」ペコリ
木曾「・・・ありがとう」
―吹雪と磯波は塔屋のドアから出て行った。二人がビルから出て、仲間の艦娘たちの所に戻ると、木曾は急いで月形提督たちに連絡を取る。
―大桟橋ふ頭。
木曾(通話)「特務第二十一号が接触してきた!どういうわけか、監視は見破られたし、我々の動きに気付いている節があるぞ?」
―水上警察付近の物陰にいた月形提督に木曾が連絡をしてきていたが、その声はただ響いているだけだった。木曾からの通話を受けた時に、月形提督に話しかける者がいたからだ。
榛名「志摩鎮守府の月形提督、ずいぶんお久しぶりです。警護か尾行、監視の私的訓練かもしれませんが、届け出のない作戦行動は程々になさってくださいね」ニコッ
月形提督「異動に失敗して以来だから、約一年ほどか。元気そうだな(背後を取られるとは、相変わらずこの榛名は達人だな。スーツ姿だというのに、見破られ、見つけられたか・・・)」
榛名「はい。やっと縁あって異動が叶いました。不本意な芸能活動からも解放され、あとはひたすら武功を重ねられる日々になりそうです。・・・ところで月形提督、以前私の異動を希望されてくださった縁と、最強の鎮守府を率いる方への畏敬の念から、少し出過ぎた事を言わせていただきます。・・・私的な制裁はおやめください。いいえ、制裁の名を借りた隠滅でしょうか?静かに身を退かれることを・・・っ!」グルッ・・・パシッ!
―榛名は背後に殺気を感じて振り向くと、顔めがけた正拳突きを手のひらで受け止めた。敵意に燃えた大井が榛名を睨みつけている。
月形提督「大井!」
大井(志摩)「綺麗な顔して高飛車だったくせに、強い提督が現れたら、メスの顔を隠していけしゃあしゃあと上品ぶった脅しかしら?前から気に入らなかったのよね。そんなに強いなら「やめろ大井!手を引け」」
月形提督「すまん、大井は君を敵と勘違いしただけだ!手を引け大井!」
大井「・・・ふん!ごめんなさいね、てっきり敵かと思ったのよ。深海の奴らみたいな、軽薄な匂いがしたからね」スッ
榛名「榛名は大丈夫です。私怨に目が曇ったか、『自分の弱さ』を覆い隠そうとしているような艦娘の勘など、その程度のものだと思いますから(私の背後を取るなんて!)」ニコニコ
大井「・・・へぇ、言うじゃない」ギラリ・・・ニヤッ
月形提督「大井!」
―三者の沈黙と緊張が高まりつつあった。
―近くの公園。武蔵の定位置。
鳥海「こんにちは武蔵さん。何度か演習でお会いして以来ですね・・・ああ、私の記憶違いでした。初対面ですね」
武蔵(志摩)「んっ?お前は横須賀から総司令部に・・・いや!そうだ、初対面だったな。さすがは鳥海。私の事を見つけてしまったか」
―鳥海と武蔵のおかしな言い回しは、艦娘同士の間では、かつての所属と、その後の登録抹消を意味している。互いにどこの誰か認識していても、あえてそれを知らないふりで話を始める、という事だ。
鳥海「任務お疲れ様ですが、この辺りで退かれた方が良いかもしれません。それでは・・・」
武蔵「待て!特務第二十一号か?」
鳥海「・・・そうですね」
武蔵「わざわざこんな事を言いに来るという事は、全て把握されているという事か?」
鳥海「わかりませんが、司令官さんはここまでは指示をしていますから、後は自分たちで考えられた方が良いかもしれません。・・・あれっ?あれは司令官さんと足柄さん?」
武蔵「何だと?」
―鳥海の見ている方向は、水上警察の詰所がある場所で、月形提督が張り込んでいる場所でもある。そこに、月形提督と大井と、おそらく特務第二十一号の榛名、さらに、黒いコートの男と足柄が合流しつつあった。
―観光大桟橋ふ頭、水上警察そば。
大井「私は別に、このあと解体になっても構わないわ・・・」スッ
―大井は格闘戦の構えを取った。
榛名「・・・私とやり合うつもりですか?」
―榛名は構えを取らない。が、その姿に隙が無い。
月形提督「大井、やめろ!一旦頭を冷やせ!これでは・・・!」
黒いコートの男「榛名、そろそろ予定時刻だ」ユラッ
榛名「あっ!提督!」
足柄「そうね、そろそろだわ。・・・あら、血の気の多い子がいるわね。ここで戦うつもりかしら?」ギラッ
提督「君は雷巡、大井かな?という事は、そこの麗人は志摩鎮守府の提督か。・・・お初にお目にかかる。おれは特務第二十一号鎮守府の提督だ。戦時情報法第二十六の二により、名前を名乗る事は出来ないが、そこは非礼と思わずに願いたい」
月形提督「うっ・・・!あなたは!」
―間違いない、自分の命の恩人はこの男だ!と、月形提督は確信したが、今何を言うべきか混乱していた。そして、珍しいその混乱ぶりが、大井の怒りに更なる油を注いだ。
大井「なんなの!メスの顔をするなら言う事を聞かないわ!!」
提督「人には様々な顔がある。・・・が、この人が君の提督だという事実は変わっていない。理由などつけずに従うべきだと思うがな」
大井「はぁ?強者気取りで何余裕かましてるの?」
提督「余裕なんてかましてない。今もちびりそうなくらい怖いぜ?」ニヤッ
大井「その・・・余裕ぶったツラをやめろって言ってんのよ!」ビュッ
足柄「あっ!」
月形提督「やめるんだ、大井!」
榛名「提督!」
―ドガァン!!ミシミシミシ
―大井は提督の顔すれすれに艤装の力を乗せたパンチを放ち、水上警察の一階の壁に蜘蛛の巣のようなヒビが入った。何事かと、警察官たちが出てくる。
警察官たち「こっ、これは何事ですか?」
大井「・・・っ!!」
―大井の腕を提督はゆっくりと掴み、元の位置に戻させる。
提督「驚かせてすまない。抜き打ちの攻撃耐性試験ですが、軽巡クラスの攻撃でこれくらいのひびが入るとは、やはりここもカーボンファイバー強化工事と・・・若干のリフォームが必要ですな。外は近年塗り直しているが、中は古いままだ。・・・元技術者上がりの提督としては、見るに堪えませんよ。・・・ああ、私は特務鎮守府の提督です。海岸沿いの施設の戦時強度試験を行っている者ですよ。これを・・・」スッ
―提督は『戦時情報法第二十六の二により保護』と個人情報欄が大きく塗りつぶされた、特務鎮守府提督証を提示した。
警察官たち「ああ、これはこれは・・・。ではここもやっと、改修工事の対象になりますか。確かに外見は新しいですが、中は古いままですからね」
提督「ええ。この件に関しては、対深海の横須賀総司令部、元帥にお問い合わせください。と言っても、特務案件なのですぐに回答はされませんが、ここが工事の対象になるのは間違いありませんよ。とりあえず、思ったより破壊の度合いがひどいので、雨が降る前に補修の手配をしておきます」
警察官たち「ありがとうございます。抜き打ちには驚きますが、戦時ですから仕方がありませんね」
提督「ええ。まったくです。では・・・」ニッコリ
足柄(よくもまあ、こんな嘘をスラスラと・・・ふふ)
大井「・・・してよ」
提督「ん?」
大井「離してよ、腕」
提督「ああ、すまないな」パッ
榛名「提督、大丈夫でしたか!?」
提督「ああ、問題ない。おれを探りたかった、そうだろう?志摩鎮守府の大井」
大井「私が外すことを読んでいたの?殺意は込めたはずよ」
月形提督「何だと?大井!」
提督「壁に殺意を向けたところで、おれに向けなきゃ問題ない。・・・ここの壁も変え時だしな。・・・で、少しは気は済んだか?程々にしておけよ?行くか、足柄、榛名」フッ
足柄「志摩の大井さん、これくらいで頭を冷やしてね?提督は事前の忠告に来たの。それを忘れないで」
榛名「今の、榛名はあまり大丈夫じゃありませんでした。大井さん、次はこんな事しないでくださいね?」ニコッ
大井「くっ・・・!」
―榛名は笑っていたが、次同じことをしたら殺す!くらいの殺気を放ち、さすがの大井も息をのんだ。
月形提督「あっ・・・!」
―月形提督は提督たちに声を掛けようとしたが、提督も榛名も足柄も、さっさと立ち去ってしまった。入れ替わるように、武蔵が走って来る。
武蔵「どうなったんだ?今のは!」
月形提督「大井が少し暴走しかけただけだ。が、場を収められ、忠告だけして去っていった・・・」
大井「何なのよ・・・何なのよあいつ!!」
―大井が拳を撃ち込んだ時、提督は微動もせず、眉一つ動かさなかった。それどころか、優しい眼をしていた。大井の手を掴んだ時も、敵意も怒りも微塵もない、優し気な手つきだった。・・・が、それが大井をイラつかせていた。
大井(私の心を見抜いたような目をして・・・本当に嫌な男!!)
―大井は、ある覚悟を決めていた。あの特務第二十一号の提督は、そんな自分の覚悟を理解しているような気がする。だが、それが大井には許せない。自分の心を知っていいのは、自分と、深海化したのち討伐された北上、そしてたまに月形提督、それだけで良かった。
―バスロータリーへの通路。
足柄「提督、さっきの水上警察の件、それっぽく報告書と申請書を作っておけばいいかしら?」
提督「気が利くな。だが、現時点では志摩鎮守府に絡んだ必要経費の一環として報告書を作成しておくにとどめるのが良いだろう。まだ全体の筋書きには早い気がする」
榛名「ここまで忠告したのに、ですか?そもそも、榛名には提督がここまで忠告した意味が分からない部分があります」
提督「ああ、それはさ、仕掛けがあざとすぎて反感を買いかねないために、善意の忠告を挟んでおくことにしたんだ。・・・が、おそらく状況は動いてしまうだろう。思ったより深刻だ。大井は、あれは死ぬ気だな。解体覚悟で動くつもりだぞ。ああいう眼は戦場でたまに見たからな」
―それだけに、厄介なことになりそうだと提督は考えていた。何も求めていない人間ほど厄介なものは無いのだ。
―ヒトサンサンマル(13時30分)、大桟橋ふ頭、大型フェリー『いかるがⅡ』タラップ前。
―ザッ
―特務第二十一号、堅洲島鎮守府の提督と、一部の艦娘たちは、提督を先頭に、その横に特務第七の川内、そしてその周囲を囲むようにして待機していた。
通行人A「・・・おい、あれ、艦娘と提督ってやつかな?」
通行人B「いいなぁ、美人や可愛い子ばっかりで」
通行人A「でも、今はかなり劣勢で、大変らしいぜ?」
―時折聞こえるそんな会話をよそに、提督は特務第七の鷹島提督に連絡を入れた。
提督(通話)「鷹島、時間だ」
鷹島提督(通話)「確認している。もう出るぜ?」
―カンカンカンカン・・・・。
―白いジャケット姿の男と、夕立、青葉、秋雲、龍田がタラップを降りてきた。
―ザッ
夕立(第七)(ふおお・・・、あの提督さん、すごい強いっぽい!)
青葉(第七)(この人がボスの言う『対象(ターゲット)D』・・・。強い艦娘たちを周りにおいて、振り返りもせずに率いているんですね・・・)
秋雲(第七)(面白そうな鎮守府だなぁ。ネタに困ら無さそう!)
鷹島提督(いつの間にか金剛や榛名、加賀がいるな。鳥海もいる。相変わらず、ちょっと見ないと思ったら重要な位置にいる男だよ・・・しかも・・・)
提督「久しぶりだな。任務は任務、過去は過去、そして大事なのは今だ。おれは何も気にしてはいない。元気に今を楽しんでいるようで何よりだ」ニコッ
鷹島提督「あんたも変わりない様で・・・いや、昔よりさらに強くなった気がするな」
提督「気のせいだ。戦闘ストレス障害その他で、おれはずいぶん弱くなった。彼女たちが居なければ、とても提督などやっていられんよ」
鷹島提督(・・・いや、嘘だな。確実に昔より強くなっている。まあいい、あまり話すと混乱する。最小限にしておくか)
―鷹島提督はこの男が少し苦手だった。今もそうだが、欲しい結果を得るために躊躇なく様々な手を使う。そのやり方のどこかに、誰も何も信用していない雰囲気を感じるのだ。
鷹島提督(しかも、結果的にはそういう判断は全て正しかった。だから得体が知れないんだよなぁ・・・)
―とても難しい事だが、この男に対して疑問を持つことは危険なのだ。それは不信であり、この男は不信感を持ったものに敏感で、決して信用しないのだ。
鷹島提督(だが今回、落ち度はうちにある。従わざるを得ない立場なのは、かえって気が楽だぜ。この男の絵に乗るのが結局は一番だろうしな)
提督「鷹島、わきの下のそれはM1887のカスタムか?」
鷹島提督「ん?ああ、そうだぜ?」
提督「『ハードボーラー』を二丁持ちしていたろう?あれはどうなった?」
―鷹島提督の愛用の拳銃はAMTハードボーラーのロングスライドモデルだったはずだ。
鷹島提督「ああ、所持の許可は得ているがな、60式を持ってる雑魚い提督相手にはオゴり過ぎだろ?だから当面こいつで良いんだ。シェルはあんたがたまにやってたロックソルトだがな」
提督「確かにそうだな」
鷹島提督「あんたこそ、あのヤバい刀と、ノコギリ刃のついた拳銃と刃のついた拳銃のセットとかは?」
提督「刀は一応手放している。『ソウレフト』なら、最近うちの夕張に部品を作ってもらって組み上げたな。ほら・・・」バッ
―提督は右わきのホルスターを見せた。
足柄「んっ?拳銃の話?名前があったの?」
鷹島提督「おお、足柄さんいいねぇ、うちの青葉といい勝負だな。・・・いけね、おたくの提督の拳銃には名前があったんだよ。その左手用のノコギリ刃つきのは『ソウレフト』。ナイフのついた右手用のは『ブレードライト』。撃つは切り刻むわ、ヤバいなんてもんじゃ無かったんだぜ?」
足柄「あら、ありがとう。なるほどね・・・(まだまだ戦い方のバリエーションがあるという事ね)」
榛名「『ノコギリの左』と『刃の右』ですか・・・(榛名が見た提督の戦い方は、まだ一面に過ぎなさそうですね)。・・・んっ?提督の刀ですか?」
提督「型式は忘れたが、呉で特注品として作ってもらった刀・・・いや、刀というよりは純粋な工業製品だな、あれは。心強いが、今は手放して知人に預けているんだ」
榛名「一度、見てみたいです」
提督「機会があれば。ただ、あまりお勧めはしないけどな。あれは君ら艦娘とは相性が良くない気がする(人を斬り過ぎた刀だから、とは言えんな)」
鷹島提督(だろうな。あれはおそらく・・・)
―鷹島提督は、かつて提督が使っていた刀について、思うところがあった。
提督「それより、本題に入るか。特務第七の川内ちゃん、無事に古巣に送り届けたぞ」
川内(第七)「はいはいっと!ただいま!て・・・ボスぅ!」
青葉・夕立・秋雲(あれっ!?)
―特務第七の艦娘たちは、戻ってきた川内に何か違和感があった。が、それが何なのかわからない。肝心の鷹島提督はそんなものを感じていないようだ。
鷹島提督「おかえり、川内。久しぶりに船内の散歩でも楽しんだらいいぜ」
川内(第七)「ありがと!早速そうさせてもらうね!」
―特務第七の川内は、挨拶もそこそこにタラップに登って行った。
川内(堅洲島)「じゃあまたね、特務第七の川内!」
―一方の堅洲島の川内は、タラップを登った川内に手を振っていたが、その視線は鷹島提督に向かっており、鷹島提督も堅洲島の川内を見つめている。そんな鷹島提督に、提督はもう少し近づいて声を掛けた。
提督「さて、では無事に引き渡しは済んだな。正式なやり取りもこれで可能になったし、そちらの川内ちゃんの功績が追加される根拠となる報告書を後に出しておく」
鷹島提督「すまないな、うちのじゃじゃ馬を大事にしてもらって」
提督「なに、構わんさ。・・・ただ、分かってるんだろうな(小声)」ボソッ
鷹島提督「わかってるって、変な事はしねぇよ!(小声)」ボソッ
―金剛は、そんな二人の小声のやり取りと、仲が良いはずの鷹島提督と川内の再会のそっけなさ、そしてこの作戦の名前『チェンジリング』から導き出される、ある確信を抱いていた。
金剛(やーっぱりネー。見事な方法だけど、人を食った方法過ぎて反感を持たれかねないから、志摩鎮守府にワンクッション入れたんですネー)
―こうして、特務第七との接触と、その川内を帰還させた堅洲島のメンバーは、横浜三越での買い物を経たのち、秋葉原に向かう事となった。
―大桟橋ふ頭近くのレンタカー内。
大井「どうやら獲物が帰ってきたみたいね。さっきの特務第二十一号と共同で任務に当たっていたのかしら?」
月形提督「かもしれんな。・・・だが、大井、今回の私的制裁は取りやめだ。我々の動きが察知されているうえに、特防の大林室長は電話に出ない。ただメールで、『今回の件からは手を引け』とだけだ。これ以上は藪蛇になりかねん」
若葉「私はもともと反対だ。鎮守府のリスク回避は分かる。だが、我々の考えが把握されている上に、事前の警告ときた。これ以上はかえって酷い結果が待っている。そうだろう?」
木曾「あそこの提督は決して無能ではない。俺は磯波に見つけられた。磯波ははっきりと、我々の考えを指揮官が把握していると伝えてきた。現時点を落としどころとすべきではないのか?」
大井「はぁ?何が落としどころなわけ?縮みあがったの間違いでしょ?」
木曾「何だと?」
武蔵「・・・大井、自分を許せないのはわかる。だがな、お前だけの鎮守府ではない。北上だけが全てでもない。引き際をわきまえろ」
大井「自分を許せない・・・ですって?・・・どういう意味かしら?」ギリギリ
月形提督「大井、お前は本当に、あれだけ親しかった北上の事を「知らないから自分を許せないのよ!!!」」
大井「これで納得かしら?でも、世間や上層部にはそんなの通らないわよね?だから解体でいいって事よ。・・・で、どうせ解体になるなら、あの川内だけは許さない!!」
月形提督「おいっ!」
―ガラッ・・・ババッ・・・ガンッ・・・
―大井はレンタカーのスライドドアを開けると、飛び出して艤装の力を使い、近くのビルの窓を足掛かりにすさまじい跳躍をして、一瞬で姿を消してしまった。
―ヒラヒラ・・・パサッ
武蔵「これは・・・!」
―後に落ちてきた封筒には、『解任・解体願い』と印字されていた。
月形提督「大井・・・バカ者めが・・・っ!」
―付き合いの長い仲間たちにはわかっていた。おそらく大井は北上の深海化を知っていたはずだ。北上は大井を庇い、それで北上が轟沈・深海化したのまではみんな推測している。その後、おそらく深海化した自分を大井に倒してもらう事を約束したかもしれない。だが、おそらく大井にはそんな事は出来なかった。そして、そんな日々に川内が現れ、北上は討ち取られてしまった。
武蔵「・・・きついな。だが、あいつを止めなくては!」
月形提督「恐らく無理だ。あいつはうちのエース中のエースだ。我々が事を把握していない体でケリをつけに行くだろう。我々に累が及ぶのを防いでけじめをつける気だ」
木曾「だが、二重の意味でこのままにはできないだろう!!」
若葉「仲間を放っておけないと同時に、この状況の放置も好ましくない、な・・・」
月形提督「大井を探すぞ!特務第二十一号の連中が居なくなり次第、捜索を行う!」
―志摩鎮守府の面々は、姿を消した大井を何とかして確保すべく、動き始めた。
―同じ頃、東京・秋葉原。DNN社秋葉原ビル、明石のオフィス。
三隈「明石さん、どうしたんですの?何だかソワソワしていて、落ち着きが無いですわ」
―お茶を持って来たスーツ姿の三隈が、不思議そうに聞いてきた。
明石「えっ?いいえ。特にそんな事は無いけれど・・・」
三隈「・・・今日は、いつもの仕事の三分の一程度しかこなしていないし、窓の外を見る回数はいつもの二倍、スマホを見る回数はいつもの三倍。しかも、そのほとんどはこっそりですわ。これをいつもと変わりないと言うのかしら?」ニッコリ
明石「う・・・え?そ、そうかなぁ?」アセアセ
―艦娘は人間のようには嘘がつけない。明石は特に嘘が下手だ。
三隈「あら、今の明石さんの態度、嘘をついている人のものとよく似ているわ。歯切れの悪い対応に、冷や汗、泳ぐ目。・・・ううん、いいのよ。生きていれば誰だって嘘をつく必要に迫られることはありますもの。ただ・・・」
明石「・・・・・・(勘が鋭いのよねぇ、三隈さんて。どうしよう・・・)」
三隈「これだけ付き合いの長いくまりんこの事を信用してくださらないのは、とても悲しい気持ちね」フゥ
―引退した艦娘を雇用している企業には、政府から助成金が出ている。その多くは大きな企業であり、このDNN社はとりわけ艦娘の雇用が多かった。・・・ただし、表向き、この明石と三隈はこの会社に居ない事になっている。
明石「・・・例えばですよ?あなたは鎮守府生活に嫌気がさして引退したでしょう?ここでの穏やかな毎日が得難いもののはず。でも、私は強制的にここに居させられているから、必ずしもそうではないわけで。・・・その辺の配慮の表れだと思ってもらいたいですね」
―三隈の目が、いつもの読みづらい明るい眼の色から、少しだけ真面目なものに変わった。
三隈「くまりんこ、別に戦うのが嫌ではなかったんですのよ?呉第三はモガミンがずっといませんでしたし、私のお仕事と言えばたまにある三号砲の改修ばかり。何のために生きているか分からなくなったのが原因ですわ。そういう意味では、ここもあそこも大して変わらない、無為の日々ですわねぇ・・・」
―明石には、三隈が何を考えているかがわからない。それだけに、どう答えていいかがわからなかった。
三隈「・・・慎重ですわね。でも、それだけ大事なことだって、逆に答えが推測できてしまいますわ。ここは私がもう少し話さないとダメなところですわね」
明石「えっ?」
三隈「しばらく前に、三基の三号砲のフル改修を完成させましたわね?期日に間に合わせて出荷して」
明石「あったわね」
三隈「どこの鎮守府の装備を調べても、三基の三号砲のフル改修を新規に所持した鎮守府が見当たらないんですのよ?」
明石「えっ!?」
三隈「それだけではありませんわ。明石さんが怒っていた件、『艦娘制限薬』の試作品も、表向きは廃棄途中でロストしたことになっているけれど・・・」
明石「どこかに流れてしまっているわよね、あれ」
三隈「ご存知でしたのね?」
明石「この会社は、何かしているわ。高い技術を必要とする物品に限って、鎮守府側ではない、別なところにそれらが流れて行ってるもの。改修が間に合わない鎮守府側の装備改修だけではなく、複数のどこかとも、艦娘関連の何らかの取引をしている。でも、そんなものを必要とするのは・・・」
三隈「常識的に考えれば『運営』以外は有り得ませんわ。でも、それ以外にもルートがあるようで、私たちは何か悪い事の片棒を担がされている可能性がありますわね」
明石「特防から依頼された、フィッシング調査用のノートタブレット。あれも、依頼された台数を納品したのに、会社がその倍の数を作ってどこかに納品していたものね。・・・話がずれてしまったわ。三隈さんはなぜ、私にその話をしたんですか?」
三隈「どこかに行くなら、三隈もご一緒しますわ!・・・と言いたかったんですわ」ニコニコ
明石「!!」
三隈「ここの監視カメラ、こんな時の為に編集したダミーに切り替えてありますのよ?朝からですけれど」ニコニコ
明石「えっ?私も朝からダミーにしていたのよ?」
三隈「あら、余計な事をしてしまいましたわね。ふふ」
―ここの監視カメラは翌朝には専門の職員が早送りして全てをチェックする。明石はこんな時の為に、そのチェックでも簡単には引っかからないように編集したダミー映像を幾つか作成していた。
明石「・・・でも、私がどこに行くかわからないでしょう?その部分はどうなんですか?」
三隈「明石さんが行くとしたら、どこかとても強くて優秀な・・・私たち側の鎮守府以外は無いはずですわ。違ったかしら?」
明石「艦娘側、という意味ね?」
三隈「んー、ちょっと違うかしら?」
明石「ちょっと違うって?」
三隈「この戦いのおかしな部分に気付いている、という意味ですわ。それに、くまりんこ、強くなるためにずいぶん鍛えたのに、私が当時いた鎮守府の提督は、鈴谷と熊野を重用していましたから・・・不完全燃焼のまま。そろそろ、こんなところでくすぶるのは止めにしたかったところよ?」
明石「ぶっちゃけ、三隈さんて本心が見えづらい人だと思っていたけれど、そんな事を考えていたのね?」
三隈「それだけではありませんわ。昔、欧州まで行って、強力な深海の姫を倒す大規模な作戦があったのをご存知?」
明石「『欧州再打通作戦』か、『第三次欧州打通作戦』かしら?」
三隈「第三次のほうですわ。あの時、鈴谷の回復が間に合わなくて、最終戦に参加したことがあったんですのよ?」
明石「あっ!呉第三鎮守府が武勲を立てていたわね、そういえば!あの戦いに?」
三隈「欠員補充でしたけれどね。・・・あの時、深海の姫が言い残した言葉をご存知かしら?」
明石「・・・待って、聞いた事がある。確か・・・最初の提督と最後の提督についてよね?」
三隈「『全ては揺れる天秤。最後の提督が現れるまで、全ての戦いは茶番に過ぎない。そして最後の提督は・・・』」
明石「『・・・全ての艦娘を揃え、海原を統べる』よね?」
三隈「特務第二十一号は、異様なペースで艦娘が集まってきているわ。きっとあれが・・・」
明石「最後の提督と、その鎮守府と?」
三隈「かもしれないと思っているのですわ。だって今、三隈は私しかいないんですのよ?なのにどこも、私を探そうともしていない。・・・それなら、こちらから道を切り開くまで!ですわ。どうかしら、最初の明石さん」
―ヨロッ・・・フラッ
―明石は三隈の言葉に驚き過ぎて、一瞬足元がふらついた。
明石「な・・・んで・・・?何でそれを?」
三隈「最初の提督・・・藤原武尊(たける)提督のもとに居た、最初の艦娘たち。マリアナ海溝最深部に近い海域で全員消息を絶ったとされているけれど、実は何人かは鎮守府に残っていて、その後消息が分からなくなった。そのうちの一人は、最初の明石と言われるあなたですよね?運営に移籍したのち、ここに移籍してきた・・・」
―三隈の情報は正確だったが、それを知る者はほとんどおらず、知る方法も無いはずだ。
明石「どうして、それを?」
三隈「私が重用されなかった理由の一つ。・・・私は一度轟沈して、深海化したのち、再び沈められて自分を取り戻したのよ。深海化した頃の記憶には、驚くようなものが幾つかあったわ。これはその一つね」
明石「・・・『塔』の記憶は?」
三隈「ありますわ。私、轟沈しきっていない状態で作り変えられてしまいましたから・・・」
明石「なんて事・・・!・・・待って!なら、最初の鎮守府の提督の本当の名前を言えるはずよね?」
三隈「知っていますわ。藤原武尊は仮の名前。本当の名前は一条御門尊臣(たかおみ)でしょう?」
明石「合っているわ。本当なのね・・・」
三隈「ええ。艦娘としての毎日に疑問を感じていたのも、深海棲艦の時の記憶を合わせると、どうも全体の辻褄が合わない部分があるからなの」
明石「辻褄の合わないところ?」
三隈「艦娘の能力も、深海棲艦の能力も互いに大きな制限を課されたうえで、出来レースのような戦いをさせられていませんか?」
明石「・・・私が『運営』を首になった理由は、艦娘の強力な装備を開発したからです。今でも納得していません。異議を唱えたら、問答無用でこちらに異動になりました」
三隈「なぜ解体されなかったのかしら?」
明石「そこは・・・私もずっと引っかかっています。『最初の明石』でもあり、強すぎる一部の装備の開発に関わっていた私は、上層部からしたら邪魔者で、いつ消されてもおかしくないはずなのに」
三隈「やっぱり何かありますわね。・・・いずれにしてもはっきりしているのは、ここにいたままでは何も進展しないという事」
明石「確かにそうだけど・・・」
―だが、こんな都合のいい話があるだろうか?三隈の目に嘘はないようだが、これが工作任務だったら話は別だ。
三隈「まあ、信じろと言うのが無理なくらい、明石さんにとってタイミングの良すぎる話なのは理解していますわ。なので・・・」ツカツカ・・・ゴソゴソッ・・・カタッ
―三隈は自分の机から、提督専用のカードケースを引っ張り出した。明石と三隈は、装備の試験を行うのに都合が良い、という理由と、『提督の居ない艦娘の精神的安定』という理由で、自分で装備の変更が可能な状態になっている。三隈はその、自分用の装備ケースを取り出したという事だ。
三隈「装備無しの状態で、これをあなたに預けますわ。だから明石さんには、もしも、くまりんこが何かの任務を持って騙していたとしても、格闘戦でしか危害を加えられませんわね。逆に、敵対勢力とも準艤装で素手でしか戦えませんけれど」ニコッ
明石「・・・それは三隈さんが持っていて。ここまで話して疑いたくないし、ばれているなら、私が本音で話した時点でとっくに無力化して拘束できたはず。だから私、付き合いが長いあなたを信じるわ」
三隈「私が好きなのは、明石さんのそういう所よ。では、敵からは私がお守りして差し上げますわ。とてもワクワクするわね!」ニコニコ
―三隈は上品な物腰だが、実はとても観察力に優れており、かつ、隙が無い。全てバレていて、敵だったらあきらめなくてはならないが、味方ならこんなに心強い艦娘もいない。明石は腹をくくった。
―同じ頃、横須賀、芸能部の建物。榛名の部屋。
―ガチャッ・・・キイッ・・・ソォー・・・ゴソゴソ
榛名のマネージャー(やっぱり、まだ刀もある。必ず帰ってくるはずだ。何かで遅れているだけだ。そうに決まっている)
―こっそり作っていた合鍵で榛名の部屋に侵入した、榛名のマネージャーは、勝手に荷物を漁り、榛名がもう一度ここに帰って来るのを確認していた。当初の予定では5日には戻るはずだったが、もう二日も遅れている。
―トゥルルル・・・ピッ
榛名のマネージャー「・・・はい」
??(通話)「おい、支払日を二日も過ぎて、何をトロトロやってんだ?今日には例の件は何とかなると考えていていいんだろうなぁ?もう二日も、車も若い奴らも空振りなんだがなぁ」
榛名のマネージャー(通話)「だ、大丈夫です。軍属だから何かあったんでしょうが、間違いなくここに来ます。おそらく今日中には・・・!」
??(通話)「まさかあの榛名の異動が決まるとはな。予想外なのは仕方ねぇが、機会を失うのは困る。段取りはしてあるし、あんたに貸した金の件もある。キッチリ頼むぜ?そうでなけりゃあ・・・ふっふ」プツッ
―電話の相手は言うだけ言って切った。榛名のマネージャーの額に冷や汗が浮く。
榛名のマネージャー(大丈夫、大丈夫だ!必ず今日にはケリがつくはずだ)
―スッ・・・カタッ
―榛名のマネージャーはスーツの内ポケットからのぞく、眼鏡のケースのような小さな容器を一瞥した。
榛名のマネージャー(これを使えば、榛名は艦娘ではなく、身動きの取れない若い女に過ぎなくなるはずだ。榛名さえ戻ってくれば・・・っ!)
―任務に臨んでいる堅洲島のメンバー、特に、榛名の知らないところで、危険なたくらみが動きつつあった。
第六十五話、艦
次回予告
先に秋葉原の見張りに来ていた堅洲島の艦娘たちだったが、不自然な事故が発生して秋葉原に急な交通・移動規制がかかる。
到着した提督は特務鎮守府条項を利用し規制区域に入り、明石との合流を行おうとする。
しかし、その少し前に卯月がデジャヴを見ており、明石はそれが運営のエージェント出現の兆しだと驚きつつ指摘する。
そして、明石たちを妨害しようとする、運営の夕雲型の艦娘と、その艦娘と交戦する天龍、龍田。
堅洲島鎮守府に優勢に見えたその時、艦娘にもダメージを与える拳銃で武装した、運営のエージェントたちが立ちはだかる。一ブロック間で提督と運営のエージェントたちとの激しい銃撃戦が始まるのだが・・・。
次回、『甘い言葉・後編』乞う、ご期待!
三隈「私、三隈と言えばくまりんこ!くまりんこと言えば三号砲ですわ。でも、三号砲の改修でしか三隈を必要としない人は、とても無粋な人たちだと・・・あいたっ!」ドガッ!
霞「ちょっ、ちょっと、足柄!」
足柄「ちょっと何それ、三号砲のフル改修、ファイナル三号砲じゃないの!貸して!ちょっと試し打ちしてもいいかしら?」
三隈「えっ?ええ、構いませんけれど、なかなか強引な方ね」
―ドウッ・・・ドウッ・・・!
足柄「うーん、悪くないけれど、やっぱり私は普段は二号砲で良いわね」
霞「借りといてそれを言うー?」
三隈「二号砲にも色々あって、足柄さんたち妙高型は、二号D型連装砲なんですの。こだわりは生き方よ?大事なものだわ」
足柄「あら、詳しいのね(知らなかったー!)」
今回は珍しい終わり方ですね。
続き待ってます(^^)
あっ、六十五話はまだ続きます。
前回とても間が空いたので、今回は切りの良いところでひとまずアップして、次回更新で執筆完了です。
この後は舞台が秋葉原に移り、明石さんとくまりん・・・げふんげふん。
ちなみに、次回に持ち越すかもしれませんが、登場予定の格闘戦が得意な夕雲型について、鳥海と天龍がこちらにいるのは、その子が登場する伏線だったりします。
夜戦忍者・川内は身代わりの術を使った!
川内は川内と入れ替わった!
たまに読者と作者迄もが混乱する‼
3さん、全くその通りで、書き分けがなかなか大変だったりします。
「どっか間違えてないかな?」といつも気にしていたりします。
ところで、鋭い指摘ですねぇ。堅洲島の提督はなかなかの食わせ者です。
今回の仕込み、果たしてどんな結果を生むのか?
あっ・・・榛名のマネージャーの件すっかり忘れてました(笑)。
艦娘としての能力を封じるとは一体どんなものなのでしょう。
楽しみに待ってます。
5さん、ありがとうございます。
榛名のマネージャーの件は、実は明石の件と少しだけ繋がりがあります。それと、アイドル志望のあの子や、目覚めたらしい海外艦のあの子と、あの提督の所にいる深海棲艦ともつながりがあります。
お楽しみに!