「地図に無い島」の鎮守府 第十八話 掃除なんてたまにでいいんだよ
年末年始の準備と、波崎鎮守府への内偵任務の準備をする提督。
曙は着物と箒が届くが、妙な夢のお陰で提督の過去に触れ、しかも営倉入りに。
そんな時、『ダイナソア奪還作戦』の壊滅的な失敗の連絡が入る。
そして、ついに判明するASU-DDBの正体。
しかし、あまりに絶望的な報告を受けて、少し困惑する提督。
そんな提督のもとに荒潮が現れ、意外な力を与えてくれる。
その頃、波崎鎮守府では如月が被害を受け、
太平洋上では熊野が長い旅をしていた。
今回の見どころは、冒頭で一線を超えかける?提督と曙、
ASU-DDBと、特殊訓練施設の正体、
何枚かの写真で断片的にわかる、提督の過去。
泣きながら掃除する曙、
波崎提督のクズっぷりと、復讐を考えている如月、
珍しく、深く悩む提督に荒潮が陸奥から聞いて助言するシーン、
でしょうか。
熊野の旅はじわじわと進みます。
[第十八話 掃除なんてたまにでいいんだよ ]
―12月26日、マルゴーマルマル、堅洲島鎮守府。工廠の端末前。初風は酒保機能にアクセスしていた。
初風(やったわ!やっと今日から本来の艤装服ね。ついでに、これも注文して・・・と。ふふ、見てなさいよ!)
―同じ頃。提督の私室?
曙「さあクソ提督、年末だし大掃除するわよ?そこどいて!」
提督「ん?気合入ってんな、着物にたすき掛けかよ!でも今日はほとんどみんな任務中だし、曙はゆっくりしてていいぞ?」
曙「そういうわけにもいかないでしょ?クソ提督だって男だもの。男の息抜きの隠し場所がバレたら辛いかと思って私が来てあげてるんだけど」
提督「・・・そういうとこまで気を使えるって、なんかすごい複雑だなぁ。まあでもここには無「一階の集配所の」」
曙「提督の荷物置き場のグレーのスーツケース内だよね?」
提督「・・・え?」ビクッ
曙「ごめん、掃除するついでに荷物の片付けもしようと思ってたから、どこに何を置くか把握しようと思ったら。・・・あの、本当に偶然だからね?」
提督「・・・内容、把握しちゃった?」
曙「見てないし把握してない、なんて、言えないわ・・・嘘はつきたくないもの」
提督「・・・はは、そっか。ごめんな、驚かせて。いやー、きっついな」
―提督にはいつもの冷静さが無かった。
提督「昔こんな事があった時も、ちょっと死にたくなったっけ」
曙「私、何とも思ってないけど?いつも言ってるでしょ?『クソ提督はもう少しクソ提督になったほうがいい』って。だからむしろ、安心した」
提督「・・・曙、そんな無理して広い心なんて持たなくていいんだぞ?まあ、ああいう趣味もあるしさ」
曙「クソ提督って、本当に独占欲強い部分があって、本当に胸の大きい子は好きじゃないんだね。私は無いも同然だけどさ・・・。閉じ込められた時、本当の事を言ってくれてたんだね」
提督「曙、ツンツンしてるお前がこういう部分ですごく歩み寄ってくれるのは、本当に危険だからやめてくれって」
曙「どうせバレてると思うけど、私って寂しがり屋で性格悪いから・・・」ガチャリ
―曙は提督の私室の内鍵をかけた。
曙「次から次へとクソ提督と仲いい子が増えるのは、耐えられないの。潮までそんな雰囲気になってきたし」
提督「曙?」
曙「だから、クソ提督、私にああいうことをして、不安を消してほしい。深海化はしないように私も頑張るから、でも、どうしても無理だったら、守るか、死なせてくれたらいいから!」グスッ
提督「曙・・・!」
曙「私にこんな事まで言わせて、何もしないくらいなら、もう解体して!」
提督「馬鹿だな・・・」ギュッ!
曙「もっと強くお願い。とても寂しかったから」グスッ
提督「仕方ないな。一緒に生きていくか。もう海には出さないからな」トサッ
―曙はベッドに押し倒された。着物の上から、胸に提督の手がそっと触れる。
曙「んっ・・・!」
提督「悪い子だな、可愛いが」
曙(あ、これ、最後までいっちゃうな・・・ずるいなぁ私・・・)
漣「ぼのったら、いい声で鳴くなぁ・・・エロいったら!」
曙(え?漣?)
―パチッ・・・ガバッ!
曙「あれ?ふあ?」
―目が覚めると、七駆の部屋、自室の自分のベッドの上だった。漣がいたずらっぽい笑みを浮かべていて、その手はパジャマ越しに曙の胸に触れている。
漣「おはようぼのー!いい夢見てたっぽいねー」
曙「・・・えーと?」
―朧は興味深そうに、潮はちょっと顔を赤くして、自分の様子を見ている。
漣「ぼのごめんねー、夢を見ていたみたいで、なかなか起きなかったから、ちょっとおっぱい揉んでみたんだ。でも、なかなかお楽しみだったみたいで。デュフフ」
曙「は・・・はあぁぁぁぁ?」
漣「おっぱい触るとご主人様の事をつぶやくんだもん、びっくりしちゃった」
曙「・・・・・」ボッ
―ガシッ
―曙は無言で漣の腕を掴んだ。
漣「え?何を?曙さん。無言は怖いんですが」
―ギュル、ガシッ!
朧「あ、すごい!腕ひしぎ十字固めに持って行った。キレイに決まったね」
漣「ちょっ、ちょっと待ってギブギブ!」
曙「さーざーなーみー、ちょっとイタズラが過ぎるんじゃないのー?」
漣「でもいい夢見れたでしょー?いででで!」
曙「そんなの頼んでない!腕の一本くらい入渠ですぐでしょ?私の心は治んないけどね」
漣「すいませんしたぁ!曙さん、怒りを鎮めて下され!」
曙「きーこーえーなーいー!」
潮「漣ちゃんも悪いけど、ぼのちゃんもその辺にしてあげて。二人ともいいなぁ。提督と普通に話せるんだもん」
―曙はここで、腕ひしぎ十字固めを解いた。
曙「私の場合は事故があったからだけど、でもそっか、無かったら今でも提督に噛みついていたんだね、きっと」
漣「やっぱりわかんないや。何でご主人様はぼのにだけセクハラするんだろ?ぼのみたいな子が好きなのかなぁ?」
曙「いや気のせいでしょ?あんただって・・・」
漣「本当に触られてないんだってば」
曙「そうなの?だってあんた、すごく落ち込んだ時だって提督と添い寝してたじゃん」
漣「頑張って下着になったけど、優しく抱っこしてくれただけで、なんもないよ」
朧「漣の事が大事なんだと思うけどなぁ」
潮「私もそう思うけど。それに、あまり関係が深くなったら色々危険なんでしょう?提督はそういうところはキッチリしている人だもの」
曙「違うんでしょ。漣の女心の問題よね、きっと」
漣「あーあー、曙さんに女心とまで言われちゃったよ・・・。今日は聞き込み調査しよっと。ご主人様が、誰とどこまで行っているのか、今ならまだわかるはず」
曙「そんなもん、直接聞けばいいのよ。クソ提督はそういうところはしっかりしているはず」
―マルキューマルマル、執務室ラウンジ。
提督「で、わざわざそういう質問を七駆勢ぞろいでしに来た、と。朝から楽しそうだなぁ、君ら。とはいえ、特にこっそり進展している事なんて無いな。みんなが知っていることが全てだぞ。・・・あ、むっちゃんに膝枕してもらったことがあるな」
曙「陸奥さんとクソ提督なら、それくらい特別でも何でもないと思うけど」
提督「そうでもないんだがな・・・(小声)」ボソッ
曙「そうなの?じゃあ何で私の事はよく触るわけ?むしろ私だけセクハラされているみたいだけど」
提督「セクハラとか無しで、どうやってクソ提督と呼ぶんだ?まあ、何も無しでも曙はおれの事をクソ提督と呼ぶんだろうが、呼ばれるに値することをしておくと、色々納得ができるってところかな」
曙「あ・・・そういう事なの?」
提督「・・・と言う理由にしているだけで、まあおれも男だ。触れるのは楽しいよ」
曙「そうなんだ。変なの。私なんかのどこがいいんだか。しょうがないなぁクソ提督は」
―と言いつつも曙は明らかに嬉しそうだ。
提督「おれが勝手に思ってるだけかもしれんが、曙ってそういう事をしても関係や雰囲気が壊れない安心感がある。漣は意外と色々考えたり、無理する子だし、本音をあまり出さないから、迂闊にそんな事は出来ないさ」
漣「うう、やっぱりなぁ。ご主人様にこないだみたいな姿を見せたら、そりゃ心配しますよね」
提督「笑って受け入れているようで、実は死ぬほど悩んでいる、なんてことになったら、もう人の道を踏み外してしまうしな。この件に関してはそんなところだが、納得した?」
朧「じゃあ、潮とかは?」
提督「いやいやいや、触れないって。びっくりしたリアクションを必死に隠しながら、絶対陰で泣いちゃうだろ、この子は。そんな可哀想な事はできないよ」
潮「そんなことありません!」
提督・曙・漣・朧「「「「えっ?」」」」
潮「わ、私は提督の事、そういう悪い人みたいに思っていませんから!」ダッ
―潮は執務室ラウンジから出て行ってしまった。
曙「ちょっとちょっと!潮ー?・・・私、追いかけてくる!」
朧「なんか、潮、よっぽどストレスたまってたね、あれ。あんな子じゃないもん」
漣(そっかぁ・・・潮もそうなのかな・・・)
提督「・・・色々考えさせられるところだな」
―提督の机の上には、波崎鎮守府の提督に関する、新しい報告書が届いていた。定期的に『鹿島』のロストが起きる前は『潮』がロストしており、現在もそれは地味に続いている、という内容だった。
叢雲「相談してみなさいよ、それ。潮が協力してくれた方が、アンタの中でも任務を組み立てやすいんでしょ?」
提督「鋭いな。まあそうなんだが、心配でさ」
朧「潮は本当はとても強い子だから、大丈夫だよ提督」
漣「潮の任務があるの?」
提督「ん、特務の方な。潮が手伝ってくれた方がいいんだが、なるべくそれ無しで行けないか考えようとしていたところだよ。そこそこ危険だからさ」
叢雲「危険でない任務なんかまずないわ。アンタが守ってあげればいいじゃない。心配なんでしょ?潮も、その鎮守府の『鹿島』も」
提督「そうだな。どうせやるなら、成功率の高い手段を取らなくてはならないしな。ん、腹は決まったよ。磯波!」
磯波「はい!」
提督「曙と潮の所に行ってやってくれ。任務があるから、潮を呼んできてほしいんだ」
磯波「かしこまりました!」
提督「それと、狼ちゃん」
足柄「何かしら?」
提督「予定通り、今日明日と、鎮守府の大掃除を行い、29日は予備日とする。艦娘の29日までの任務シフトを確認し、狼ちゃんなりに適性を見ながら清掃箇所の割り振りを頼む」
足柄「わかったわ!任せておいて」
提督「ところで叢雲、私服は持っているかな?」
叢雲「持っていないわよ?」
提督「しょうがない、プレゼントするか。29日に本土に買い出しに行くから、他の秘書艦の予定を確認しておいてくれ。荷物が多いからな。予定としては、朝九時にここを発ち、午後八時には帰って来たい。水上機発着の許可と、荷物移動用の車両のレンタルの手配を本部に頼む」
叢雲「わかったわ(プレゼントって言ったかしら?)」
提督「漣、神通の今日の動きはどうなっている?」
漣「・・・えーと、昼から演習に参加予定で、現在は自由時間ですね」
提督「では神通をここに呼び出してくれ。ついでに、鎮守府内フォルダの『錬武会』というフォルダの書類を、全て二部ずつ出力しといて欲しい」
漣「かしこまりー!」
―30分後、第二展望室。
曙「・・・ここにいたんだ。探したよ?」
磯波「潮ちゃん、泣いてるの?」
潮「私、全然上手に喋れなくて、こんな自分が嫌い。誰も悪くないのに、勝手にイライラして」
曙「はぁ、それ、まんま私じゃん。あのねー潮、よく聞いて。私も漣も、たぶんあんたと変わらないのよ。提督が大人なだけ。上手になんか全然話せてないわ。考えてもみてよ、私、ずっと提督の事をクソ提督って言ってるのに、あんな感じだよ?ありえないって」
磯波(自覚はあるんですね)
―ガラッ!
金剛「ヘーイ、ガールたち、紅茶を持ってきたヨー。曙が良い事を言ってますネー。邪魔だったら紅茶だけ置いていくけど、どうするカナ?」
磯波「あ、いただきます。金剛さんもいて下さるとうれしいです」
曙「ごめんね金剛さん、気を使ってくれて」
潮「・・・わ、私は・・・」
金剛「口に合うかはわからないけど、スイートポテトを作ってもらったネー」
潮「・・・いただきます」
―同じころ、執務室。
神通「提督、これは、私の希望をかなえて下さったんですか?」
提督「それもあるが、もともと組み込もうと思っていたんだ。勝敗を分けるのは、火力に戦術、戦略、兵站・・・と、色々あるが、自分の肉体と魂が基本中の基本だろう?」
神通「おっしゃる通りです」
提督「1月の5日、早朝から、『錬武会』と称して、全艦娘の剣と徒手での『構え』を見て、適性の確認を行う。同時に、新春だから奉納を兼ねて、『型』の修練と、希望があれば試合を行おうと考えているよ。これは、格闘でも、剣でもいい」
神通「場所はどこで行われる予定ですか?」
提督「鎮守府の裏山にある廃校の体育館か、ここのホールのどこかにしようと考えているよ。廃校はまだちょっと清掃や準備が間に合わないから、現実的にはここのホールかな。近々、廃校も様子を見に行かなくてはならないんだ。許可は出ているからね」
神通「ありがとうございます!では、とりあえずホールが良さそうですね。設営は私たち川内型にお任せください」
提督「あ、それならついでに、掛け軸の台紙を用意するので、川内に揮毫をお願いしたい。八幡大菩薩と、香取大神宮、鹿島大神宮のも。要するに、道場に掛ける掛け軸だな」
神通「わかりました。お任せくださいね!」
―神通は嬉しそうに執務室を出ていった。入れ替わりで、潮、曙、磯波が戻ってくる。
潮「提督、すいません。潮、戻りました」
提督「おかえり。悩み過ぎの潮ちゃん」
潮「うう・・・すいません」
提督「悩みが吹き飛ぶような書類を渡そう。これを見てくれ。この任務には、おれが内偵で乗り込む。潮も囮役とサポートをしてくれたら嬉しい」パサッ
―潮はしばらく、任務概要に目を通していた。
提督「・・・どう思う?」
潮「私、忘れていました」
―さっきまでの潮の声ではない、怒りに満ちた声だ。
潮「私たちは、たまたま提督のもとに着任して、たまたま平和な毎日を、何とかして送っているだけ、でしたね。知っていたんです。こんな提督も沢山いるって・・・。磯波ちゃんだって捨てられてここに来たし、金剛さんだって、凄くつらい思いをしてここに来てましたね」
提督「・・・そうだな」
潮「さっきまでの自分が恥ずかしいです。提督、私、提督の内偵にお供します。ご指示をお願いします」
提督「その任務はまだ先、一月半ば以降になる。ただ、少しでも練度を上げといてくれると嬉しい。できれば、護身用に銃の扱いにも慣れてもらいたいが・・・」
潮「できる限り練度は上げますが、銃には詳しくないので、色々教えてもらえれば、大丈夫です」
提督「わかった。こちらで見繕ってみるよ」
潮「では、失礼いたしますね!」
曙「潮、急にりりしくなっちゃって、どうしたの?」
提督「この任務に付き合ってもらう事になった」パサッ
―曙も、波崎鎮守府の任務内容と報告書を読んだ。
曙「うわぁ、これ、本物のクソ提督だ・・・」
提督「なんだ?偽物のクソ提督もいるって事か?」
曙「んー・・・。クソ提督、潮の事、ちゃんと守ってやってよね?」
提督「それはもちろんだ。潮には銃も持たせるしさ。ところで、なんだか着物みたいな艤装服と、箒が届いていたぞ?工廠からアクセスしてみなー?もし、年末の大掃除の装備なら、後でおれの引っ越しの手伝いをしてくれよ」
曙「え?まあいいけど・・・(何これ?夢の再現?えっ?)」
提督「ん?どうした?」
曙「何でもないわ。ちょっと工廠に行ってくるわね」
提督「受け取ったら受領確認を返信しといてくれよー?」
曙「諒解したわ!」
―曙は執務室を出ると、ダッシュで工廠に向かった。
提督「あとは、初風の艤装服だが、早朝に受領済みだな。よっぽどサンタコスを気にしていたんだな。あれはあれで可愛いんだが」
叢雲「早朝から遠征に出ているけど、本来の艤装服に着替えて凄く嬉しそうだったわよ?」
提督「叢雲もたまには違った服装をしてはどうだい?この季節は寒そうな気がするが」
叢雲「ん、気遣いは嬉しいけど、このインナー、とても高性能で寒くないのよ?」
提督「艤装服は高性能だからなぁ。おれも自分用に何かデザインしようかな。あ、いずれにしても、買い出しの際に同行メンバーには私服を支給するから、楽しみにしててくれ」
叢雲「さっき言ってたアレね。でも、もしも予算の範囲内で私服を選べる、みたいな方式だったら、みんな女の子だから時間が足らなくなるんじゃないの?」
提督「あ!女の買い物の怖さを忘れてたな。出発を早くして、時間をちゃんと取るよ」
足柄「提督、大掃除の割り当て表、こんな感じでいいかしら?問題が無かったら、通知してしまうわ」
提督「・・・ん、いいね。あとは手が空いている子はおれの私室の引っ越しを手伝ってくれるようにして貰えれば」
足柄「あら?部屋を変えるのかしら?」
提督「ベッドも部屋も狭いし、本棚が置きたくなってさ」
足柄「わかったわ!」
叢雲「ふふ。アンタの場合、自分の為、ではなさそうね?」
提督「来客が多くて、ちょっと手狭でなぁ」
叢雲「ソファーのある部屋が良いわ。私も遊びに行くから」
提督「わかった、そうしよう」
―その頃、七駆の部屋。
曙「何で私だけ、こんな大掃除に特化した艤装服が届いているの?」
朧「すごくかわいいよ?提督も喜ぶんじゃないかなぁ?」
潮「いいなぁ、ぼのちゃん・・・。でも、私は任務を頑張るから!」
曙「クソ提督と特務なんて、いいきっかけになりそうじゃない。潮はできる子なんだから、大丈夫だよ。私、クソ提督の部屋の掃除に行ってくるね!」
―曙は部屋を出たが、真っ直ぐ提督の私室には向かわず、集配所の荷物置き場に向かった。
曙(まさか本当にグレーのスーツケースなんてあるわけ・・・あった!)
―段ボールの山の奥に隠れるように、そのスーツケースは有った。しかし、鍵がかかっていて、開きそうにない。
曙(流石に勝手に開けるわけにはいかないもんね。ここまでかな)
青葉「おはよう曙さん。何をしているんですかー?」
曙「うわっ!青葉さん?」
衣笠「おはよう、曙ちゃん!」
曙「あっ!これは勝手に開けようとしていたんじゃなくて、私、今日は提督のお部屋の引っ越しを手伝う事になっているんだけど、どうもこの中に必要なものが入っているらしくて。ま、まあ、鍵がかかっているからそのまま持って行こうかな、なんて・・・」アセアセ
青葉(この慌てぶり、何かありますねー。分かりやすいんだもん、曙ちゃんたら)
青葉「ガサー、バリちゃんに声かけて。バリちゃんならすぐ開けられると思うから」
衣笠「そうね、じゃあ行ってくるね!」
曙「あっ、ちょっと!(どうしようどうしようどうしよう!)」
夕張「おはよう曙ちゃん、青葉さん。そこで衣笠さんにばったり会っちゃって。スーツケースのカギくらいだったら、持ち歩いてる道具ですぐに開けられますよー?任せてね!」ゴソゴソ
曙「あの、別にそこまでして開けなくても大丈夫だから!」
―ガチャリ
夕張「ん?もう開けちゃったけど?」
曙「ええー?早いよ!(どうしよう・・・)」
夕張「最近勉強しましたからね!これくらいは鍵のうちに入らないわよー?」
青葉「で、曙ちゃんが探していたものはなーに?」ゴソゴソ
曙「あ!ちょっと、青葉さん?」
―しかし、スーツケースの中に入っていたのは、小さな金庫と分厚い沢山の封筒、そして、古い何冊かのノートだった。
青葉「大事なものって、この手提げ金庫の事ですか?あとは封筒しか・・・あっ!」バササッ
夕張「あ、これって・・・」
衣笠「提督の昔の、写真?」
曙「ええっ?(良かった!夢は外れね・・・)」
青葉「・・・曙ちゃん、これ、もしかして私たち、勝手に開けちゃった感じ?」
―青葉と夕張、衣笠の雰囲気がおかしい事に曙は気づいた。三人は写真を見つめたまま、曙に尋ねた。いつもの青葉の声の感じではなかった。
曙「ごめんなさい。提督に言われてなんていないわ。慌てて、適当な事を言ってしまって。何かまずい写真だったの?」
青葉「まずいも何も、ちょっとこっちに来てみて下さい。私たちも一緒に謝るから」
曙「ええっ?あ、これって・・・!」
―分厚い封筒のほとんどは、提督の昔の写真が入っているようだった。そのうち、一つの封筒から零れ落ちた何枚かの写真は、どれも一度見たら忘れられないようなものだった。
―どこか南の国で、ハンモックに寝ている黒人の兵士が、親し気な笑みを浮かべて、good!のジェスチャーをしている。裏には『カレーを食って上機嫌のスミス。6月21日、ダダーブにて戦死。いつかまた、カレーを作るよ』とメモしてあった。
―密林の前で、眼鏡の兵士と軍用犬が並んでいる写真があった。『ケニア国境にて、ポールとブレイザー。国連軍所属。生き残りは二人だけ。ブレイザーは良い犬だ』
―ジャングルの中の小さな滝と、その周囲に沢山の兵士の死体が転がっていた。『名前のない滝と、名前のあった死体。おれもいつかこうなるんだろう。4月15日』
―飛行機の翼と、小さくなった飛行場の写真があった。『ナイロビからオーストラリアへ。人生がまだ続くらしい。9月4日』
―外国のどこかの家の前、片足が義足になった眼鏡の兵士が私服姿で、隣に母親らしい太った女性と、先ほどの軍用犬とが並んで写っていた。『シドニーにて、ポールの家族。しばらく世話になることになった。義理堅い男だ。9月6日』
―ウルルの前で、眼鏡で義足の男性と、痩せこけて髪と髭がぼうぼう、目の下にどす黒いクマのある日本人が、肩を組んで映っている。『半年ぶりに外に出た。何だろう?世界があたたかい。ポールは奇特な友だ。3月24日』
曙「この凄く疲れた男の人、提督じゃないの?なんだろう?なんか、泣けてくるんだけど・・・」グスッ
青葉「一枚一枚の写真と、裏の短いメモが、何だかすごくずっしり来ますね・・・」
夕張「あ、この写真、もしかして・・・」
―どこか医療施設のベッドで、たくさんの医療器具に繋がれた、やつれた綺麗な女性が、こちらを見てほほ笑んでいた。
青葉「綺麗な人ですね。提督は隅に置けないなぁ。裏側には・・・あっ・・・」
―『京子はまだ生きていた。でも、もうおれの事は覚えていない。彼女の墓を決めなくてはならない』
夕張「そんな・・・」
衣笠「死んじゃうの?提督の彼女さんかな?この人。ちょっと扶桑さんに似てる・・・」
曙「やだ。もう見たくないよ・・・」
―桜の咲く岬を見下ろす、墓地からの写真もあった。『3月28日、永眠。ここは桜も海も綺麗だ。おれの人生も、あとは余生でいい。どこへ行こうか?』
青葉「なんか一気に色々理解出来ちゃった気がします。衝撃が強すぎますけど・・・」
曙「こんなのないよ・・・」グスッ・・・グスッ
衣笠「提督は全然こんな経験のあるそぶりなんて見せないからなぁ・・・」
扶桑「あら?」
山城「あなたたちも提督の私室の引っ越しの手伝いかしら?」
扶桑「そのスーツケース、鍵がかかったまま持ってきてと言われていたものではないかしら?なぜ、鍵が開いているの?」
山城「グレーのスーツケースはこれだけね。鍵が開いていたのかしら?・・・あら?姉さまに似た女性ね。これは病院かしら?・・・えっ?命日が、姉さまの進水日だわ・・・」
青葉・衣笠・夕張・曙「ええっ?」
―そこに、提督もやってきた。
提督「せっかくだから台車使って一気に運ぼうか。何も無理することはない。女の子に重い物を運ばせるのもどうかと思うし・・・ん?スーツケース、開いてたか?いけね!」
―提督は駆け寄ると、散らばっていた写真を急いでまとめ直し、ケースに鍵をかけようとした。しかしそこで、ピッキングの痕跡に気づいた。
提督「ん?夕張がわざわざ開錠したのか?誰にもそんな事を頼んでないが。誰の指示で?」
山城「提督、この二枚の写真もその中のものでは?」
提督「あっ!・・・ありがとう山城。みんな、さっきのと、これらの写真を見たのかな?」
―青葉・衣笠・夕張・曙は無言でうなずいた。
扶桑「私は、少しだけしか」
山城「私は、姉さまに似た女性の写っている写真を二枚見ました」
提督「・・・いたずらが過ぎるな。誰のどういう指示、どういう経過で、このスーツケースの写真が表に出ている?順を追って説明してくれ」
曙「ごめんなさい!私が悪いんです!私が興味本位で適当な事を言ってしまったから!」ドゲザ!
提督「解せないのは、なぜこのスーツケースなんだ?おれはこんなスーツケースがあることも、中身にプライベートな写真や書類が入っていることも、誰にも言ってない。どうしてピンポイントでこれを?」
曙「それは・・・その・・・」モジッ
提督「即答できないのか。扶桑、山城、曙を地下出撃船渠通路の第一営倉へ。詳細は後にそこで調査する。夕張は20時間の鎮守府機械施設の点検・整備任務の上、始末書を提出。青葉と衣笠は潜水艦隊のオリョール海資源回収任務に随伴。おれの部屋の引っ越し作業はいったん中止とする」
夕張「わかりました・・・」
青葉・衣笠「そんな・・・わかりました」
曙「待って!待って!ごめんなさい、言います。だから、青葉さんたちや夕張さんたちに罰を与えないでください!悪いのは全部私です」
提督「聞こうか。特殊訓練施設の件に次いで、二度目だ。おれは二度の偶然は認めないほうだ」
曙「今朝、漣にイタズラされたことがきっかけかはわからないんですけれど、変な夢を見たんです。この服装で提督の部屋を大掃除するんですけど、ここに同じ色のスーツケースがあって、中に提督の、男の人の息抜き系の物が入っているっていう内容で、それがきっかけで、提督と一線を越えちゃう、みたいな夢で・・・(こんな事しゃべるとか、もう死にたい・・・)」
夕張「ええっ?夢がきっかけなの?」
青葉「でもこんな恥ずかしい内容、普通は話せないと思います。お粗末すぎて、適当な言い訳にもならないから、逆に真実っぽい」
提督「夢って・・・山城、漣を呼んできて」
山城「わかりました!」
―すぐに漣がやってきた。
漣「ほいさっさー、って、あれ?なんなんですか?この重苦しい空気は?」
提督「漣、今朝、曙の胸触って、ひと悶着あった?」
漣「ありましたよ?ちっぱいをさわさわしたら、ぼのったら、ご主人様の事をつぶやきだすんだもん・・・」
曙(くっ、もう死にたい!こんなの・・・)
提督「ふむ。事実の部分もあるんだな。しかし、曙が考えているほど、そう簡単じゃない。おれのプライベートなんかどうでもいいが、艦娘に懐疑的な人々は、異常なほど情報が漏えいしている現状を受けて、艦娘と深海棲艦は無意識に情報を共有しているんじゃないか?なんて考え始めているくらいだ。前回も今回も、曙の心情的動機は理解できるが、今回のは罰則無しとはいかんだろうな。一応、公的にはおれの個人情報はレベル5以上の機密扱いだし、そのような情報源を勝手に開けたことは許されないんだよ」
扶桑「夕張さんや青葉さんは、秘書艦としての曙さんの指示を聞いただけ、とも解釈できますが・・・」
提督「そうだな。夕張、今後、開錠作業は必ずおれの許可と確認を得ること。この手順を明確にしていなかったため、今回の件は不問とする。同様に青葉もだ。興味を持って何事を追うのも構わないが、おかしいなと思ったら早期に報告してくれ。衣笠は必ずブレーキ役を務める事。いいね?」
夕張・青葉・衣笠「諒解いたしました!」ホッ
提督「曙は営倉入りの予定で、前後して聞き取り調査を行う。本来なら三日だが、荷物をここに置いていたおれの落ち度もあるから、正式な沙汰は引っ越し作業完了後に出すよ。では各自、作業に戻ってくれ」
曙「ごめんなさい。ありがとう・・・」
―ここで、緊急回線通報が鳴った。
緊急回線通報「こちら総司令部よりの緊急通報です。提督は至急、特殊帯通信室にて司令部と連絡を取ってください」
扶桑「何かしら?」
提督「昨日からの大規模作戦かな?何かあったか?」
―執務室ラウンジ、特殊帯通信室。
大淀(特殊帯通信)「あ、提督、お忙しいところすいません。太平洋上に展開していました、『ダイナソア奪還作戦』の艦隊、全滅の模様です!」
その場にいた全員「!!」
提督(特殊帯通信)「は?全滅の模様ってどういうことですか?五つの特務鎮守府の全艦娘と提督が全員ロストって事ですか?」
大淀(特殊帯通信)「昨日昼過ぎの戦況報告以降、何の報告も無く、特殊帯通信への反応も応答もありません。実は横須賀には、各鎮守府の提督と艦娘の状態を把握できる設備がありますが、ほぼ全員がロスト又は反転と言う結果になっており、事実上、壊滅したものとみなすことが出来ます」
提督(特殊帯通信)「いや話がおかしいでしょう?緒戦は順調だったはず!戦況を報告する暇もなくやられたって事ですか?そんな短時間に?何か手掛かりは?」
大淀(特殊帯通信)「まず、特務第三提督は現時点では存命の模様ですが、所在は不明です。また、特務第二鎮守府の司令船では、唯一搭載されていた、提督用の脱出ポッドが使用されたようです。他に、各司令船の航行ログによりますと、艦橋や入渠施設がほぼ一撃で破壊されるほどの攻撃を受けています」
提督(特殊帯通信)「戦艦クラスの姫の砲弾の、質量変換砲撃ですか?」
大淀(特殊帯通信)「いえ、司令船はよほどでない限り、姫クラスの砲弾の射程外で作戦展開をします。不意打ちを食らったと想定しても、生体艤装の質量変換砲撃では、これほどのダメージを遠距離から与えることはできません。また、ミサイルに関しては司令船は優秀な近接防御兵装を豊富に装備していますから・・・」
提督(特殊帯通信)「まさか今時、戦艦の大口径砲とでも言うんじゃないでしょうね?」
大淀(特殊帯通信)「それが、政府の閉鎖型コンピューター『オモイカネ』は、89パーセント以上の確率で戦艦の大口径砲だと・・・」
提督(特殊帯通信)「そうだったとして、どこからそんなものを持ってくるんです?アメリカの戦艦が強奪されたなんて話は聞かないし、どこにもそんなものは無いでしょう。最近人間が加わったらしい深海勢力が、そんなものを作って運用するとは時間的に考えづらい。戦艦とはいえ、膨大なノウハウが必要なはずだ」
大淀(特殊帯通信)「・・・実は、あてがあるそうです。ちょっと、変わりますね」
参謀(特殊帯通信)「等しぶりだね、提督。青ヶ島の件では実に驚いたよ。任命式以来かな?君とこうして話すのは。私は、対深海勢力特殊作戦総司令部、司令部付き参謀だ。大淀君の話を補足しよう。実は日本政府は、深海勢力の台頭に合わせて、艦娘ではなく、いわば『新世紀の戦艦』とも言うべき大型戦闘艦の開発に着手したことがある。今から十年以上も前の話だ」
提督(特殊帯通信)「初耳ですね。公開されていない情報が多すぎますな」
参謀(特殊帯通信)「話を続けさせてもらうよ。この計画は『ASU-DDB開発計画』と呼ばれた」
提督(特殊帯通信)「ASU-DDB?特務艦・・・護衛・・・戦艦?特務護衛戦艦、と言う意味になりますか?」
参謀(特殊帯通信)「理解が早くて助かる。これらは、帝国海軍からの開発ナンバーを引き継ぎ、二つの設計思想を体現したASU-DDB-798、ASU-DDB-799、そして、採算度外視で、いいとこどり、100年以上様々な試験にも用いれるように設計された、ASU-DDB-800・・・もっともこれは他にも特別な用途のある船だったが、この三艦の建造が始まった」
提督(特殊帯通信)「・・・大規模侵攻で奪われたんですか?」
参謀(特殊帯通信)「察しが良いな。ASU-DDB-798、通称『紀伊』は小笠原鎮守府にて、ASU-DDB-799、通称『尾張』は、硫黄島にて、それぞれロストしている。今回の攻撃には、このどちらか、又は、両方を運用してきた可能性が高い」
提督(特殊帯通信)「で、それらを用いた敵に壊滅的な打撃を与えられてしまった、と。どうやら深海側の方が、こちらよりも時給が高いのかもしれませんな」
参謀(特殊帯通信)「ふふ。この期に及んで、面白い事を言う男だな、君は」
提督(特殊帯通信)「冗談のような戦況には、冗談が良く似合うものです。で、もう一隻はどこで失われたんですか?」
参謀(特殊帯通信)「ASU-DDB-800は、失われてはいない。80パーセントの完成で、ある時点から、要人を守る要塞として静かにドック入りしている。君の堅洲島鎮守府に、むやみに大きい特殊訓練施設があるだろう?あれは偽装ドックを兼ねているのだ」
提督(特殊帯通信)「つまり、あそこにその、戦艦が眠っていると?通称は?」
参謀(特殊帯通信)「通称は無い。以前、君と『曙』が訓練施設内に閉じ込められた時に、話しかけてきた者がいたろう?彼女が要人だ。そして、もうじき君にASU-DDB-800の運用許可が下りる。この戦況を、君の奇想で何とかして逆転してもらいたいのだ」
提督(特殊帯通信)「じゃあ早速ですが、今回の作戦結果は、あまり大っぴらにしない方が良いと思いますよ?おれも田舎に行って芋でも作ろうかと考えそうな気分ですからね」
参謀(特殊帯通信)「ふふ。それもいいな。大丈夫だ。辞めてほしい提督と、本当に信頼できる提督にしか、この作戦結果は公開しないつもりだよ」
提督(特殊帯通信)「諒解いたしました。戦艦の中にいる「要人」というのは?」
参謀(特殊帯通信)「ASU-DDB-800の運用許可が出次第、話してみたまえ。君を提督に抜擢した張本人でもある。運用許可は年明け早々の予定だし、現状、私がまた元帥に返り咲くことになりそうなので、その後だろう。面倒な案件ばかりで申し訳ないが、何卒ご対応願いたい」
提督(特殊帯通信)「・・・諒解いたしました。自分なりに考えてみます。あ、施設内の立ち入りはもう自由ですか?」
参謀(特殊帯通信)「うむ、構わんよ。思考の足しにしてくれたまえ。よろしく頼む」プツッ
―周りを見ると、みんな心配そうにしていた。
提督「とりあえず、みんなして間宮さんとこに行くか。甘いもんを補給して、それからよく考えるよ」
足柄「提督、少し前に『わだつみ』が飛んで行ったわ。誰か来る予定なのかしら?」
提督「そういえば、大淀さんと仲のいい研究員が来るって聞いてたな。自動航行で横須賀に向かったんだろう」
足柄「じゃあ、夕方くらいにはこちらに到着するかもしれないわね」
提督「そうなるな。どんな人なんだか」
―甘味・お食事処『まみや』
提督「みんなとりあえず、好きなものを食べてくれないか?先ほど、総司令部からの連絡で、海の向こうで第一から第五の特務鎮守府が、全ての艦娘と司令船、提督ともども全滅したらしいと連絡があった。まあ、基本的な情報不足という、負けるべくして負けた側面があったのは否めないが、それでも戦友がたくさん殉職したのに違いは無い。冥福を祈りつつ、こちらは次の十手を考えるつもりなので、まずは心に十分に甘い物をしみこませてくれ」
足柄「ねえ提督、なかなか厳しい状況みたいだけど、何か考えはあるの?」
提督「まあ、現時点ではうちは弱小すぎて、練度上げしかできないし、新旧二種類の鎮守府が存在していて、国が再編をこれから行うって状況では、無理な大規模作戦への参加はできないから、そうすぐに危機的な状況にはならない。みんなはひたすら練度を上げてくれれば、現状何もないな。ただ、作戦時はとにかく殲滅を心がけてほしい。そんなところ」
足柄「あら、意外とゆとりがあるのね?」
提督「まだ金剛型だって一人しかいないんだ。基礎を固めなきゃダメな時期だよ。十分な準備をしてから、大暴れしたらいい。・・・漣、曙は?」
漣「片づけをしてるからいいって・・・」
提督「ちょっと見てくるか。間宮さん、お茶と羊羹もらえますか?」
間宮「はい、こちらに!伊良湖ちゃん、提督にお茶と羊羹、出してあげて」
伊良湖「わかりました!提督、こちらです、どうぞ!」スチャッ
提督「ありがとう。・・・じゃあみんなは、適当に休んだら任務に戻ってくれ」カラカラッ
―提督はお茶と羊羹を持って、『まみや』を出ていった。
足柄「すごいわね、五つの鎮守府が全滅と聞いても、あの落ち着きっぷり!」
叢雲「こういう時はほんと、頼りになるのよね。絶対動じないんだもの」
扶桑「そうね・・・・(本当に、そうかしら?)」
山城(姉さま、まさか提督の事を心配しているの?)
漣(んー・・・)
―提督は今までの私室の様子を見て、誰もいない事を確認すると、移動予定の大きな部屋に向かった。曙が無言で、涙を流しながら掃除や片づけをしている。
提督「曙、一息入れなよ。お茶と羊羹持ってきたからさ」
曙「・・・・」テキパキ
提督「曙ってば」
曙「ありがとう。でもいい!そこに置いといて。私、自分がバカみたいで大っ嫌いよ。夢を見たとか、男性の息抜きとか、浮かれ過ぎにもほどがあるわ。早く仕事を片付けて、営倉に入るから、引っ越しと掃除の仕上がりを見て。ダメだったら何度でもやり直すから!」
提督「わかった。終わったら声を掛けてくれ」
曙「本当にごめんなさい。昔の写真とか、色々見ちゃって」
提督「それは別にいいんだ。前回もそうだが、間違えて機密に触れたら、何らかの罰が下されるし、下さざるを得ない。おれはそれが嫌なだけだよ」
曙「うん。わかっていたのに」
提督「まあいいや、今夜は色々聞くことになるだろうし、また後でな」
―提督は自分のお茶だけ持って、展望室に向かった。ちょうどよく、誰もいない。
提督(今日も良く晴れているなぁ)
―この海の向こうで、どれだけの悲しみや絶望、別れがあったのだろうか。
提督(流石にきついな。五つの鎮守府が全滅は無いだろう。誰も死なせたくないのに、こんな立場になっちまって・・・守り切ると言っても、手札が足りなすぎるな、どうしたらいいのか・・・)
―カラッ
荒潮「うふふ、司令官を見つけたわ。陸奥さんの予想、当りね。どこかに一人でいるんじゃないかしら?って」
提督「ん?遠征から帰って来たのかい?」
荒潮「帰ってきたら、海の向こうの作戦の話でもちきりなんだもの。司令官、ちょっと辛いかなぁって。それで、陸奥さんに聞いてみたの。司令官て、辛い時は一人でいるんだって、教えてもらったのよ?うふふ」
提督「参ったねこりゃ、御見通しか」
荒潮「ね、司令官、ちょっと手を出して?補給してあげる」
提督「ん?補給って?」スッ
―荒潮は提督が出した手のひらを両手で包むと、祈るように抱きしめた。
提督「あっ、ちょっと待った!」
荒潮「大丈夫、そういうのじゃないし、そういう人じゃないのも知っているから。・・・まあ、ちょっとそんな感じでもいいけれど。うふふ」
提督「参ったな、まるでむっちゃんみたいだな。ちょっと照れくさいぞ」
荒潮「ねぇ提督、手、あったかいでしょ?辛かったら、みんなからこんな感じで元気を分けてもらったらいいの。私たちには司令官しかいないし、司令官には私たちが居るんだから。ね?」
―冬空を見て、作戦の事を思い、冷えかけていた心が少し暖まった気がする。
提督「ありがとう。そういえば、むっちゃんもそんな事を言っていたな。うん、何だか済まない。君からこんな事を教えてもらうとは」
荒潮「だって勝利の女神だもの。じゃあまたね、司令官。夜中からの任務だったから、とっても眠いの」
提督「わかった。おやすみ。お疲れ様!」
提督(『大切にしているだけではダメ』か・・・。そうだな、おれが折れたら、どうにもならなくなるもんな。いつまでも昔を引きずるのはやめていくか)
―同じ頃、太平洋上、提督用脱出ポッド上。今日は海原は穏やかだったが、絶望的にどこまでも、何もない。
熊野(私の旅、四か月以上かかるかもしれませんわね・・・)
―熊野はノートタブレットやポッド内の備品等を確認しつつ、マニュアルや据え付けのサバイバル読本を、何度も何度も読み返していた。幸い、ポッド内には沢山のサバイバルツールや保存食等もあり、すぐに飢え死にする、という事は無さそうだ。
熊野(敵が戦艦を運用する、と言う事例は、きっと今まで無かったことの筈ですわ。敵側に提督が居る、という事も。だから、あんなにたくさんの味方が沈んでいったのね。必ず、誰かに伝えなくては・・・)
―熊野の中に、提督の記憶も、仲間との思い出も無い。ただ自分の、艦娘としての義務感と、本来だったら仲間だったはずの、沢山の艦娘たちの轟沈が、熊野を駆り立てていた。
―同じ頃、波崎鎮守府。食堂。
波崎提督「みんな、食事をしながら聞いてくれ。現在捜査を依頼しているんだが、クリスマスの夜から行方不明の憲兵さんの、遺書が見つかった。なんだか、戦闘ストレス障害で長い事悩んでいたらしくてな。うちの鎮守府は居心地がいいから、戦争で心が傷ついた人材も憲兵として受け入れているが、こう自殺や行方不明が続くと、ちょっと考え物だなと思うよなぁ。そういうわけだから、みんなで無事なり冥福なり、祈ってやってくれ。以上」
―だが、誰も何かの声を上げたり、反応することは無かった。みんな黙々と食事をして、任務に移っていく。
鹿島(練度155)(妙な雰囲気ね、みんな普段はあんなに親し気なのに)
波崎提督(けっ、辛気臭くて嫌な感じだな。食堂の飯も不味いしよ)
波崎提督「あーあと、如月と鹿島、部屋のグレードが上がるから。駆逐艦は適当に掃除しといてくれな」
睦月「如月ちゃん、着任したばかりなのに部屋を貰えてよかったね。今度の如月ちゃんには、長く元気でいて欲しいなぁ。任務の怪我、早く治るといいね!」
―如月の口元や、頬や腕には、新しいあざがあった。
如月「・・・・」ボー
睦月「如月ちゃん?」
如月「・・・あ、うんそうだね、ありがとう」
波崎提督(へっ・・・おとなしくしてれば怪我もしねぇのに)
―提督は着崩した士官服で執務室に向かったが、そこで鹿島とすれ違った。
鹿島(練度11)「提督さん、おはようございます!」
波崎提督「ああ、今日も外商任務お疲れ。今日から、前の鹿島が使っていた部屋に移ってくれ。今までの部屋では手狭だろうしな」
鹿島(練度11)「ありがとうございます。鹿島、頑張りますね!」
―鹿島は屈託のない笑顔で答えると、波崎提督の一族が経営するコンビニに向かった。
波崎提督(相変わらず鹿島はたまんねーなぁ。あと一か月か、最近は鹿島もなかなか着任しない。大事にしねぇとな。へへへ・・・)
―波崎提督は無意識に舌なめずりをしていた。が、その提督をぼんやり眺める艦娘がいることに、波崎提督は気づいていなかった。
如月(ころしてやる・・・)
第十八話 艦
次回予告
着任して来た女科学者が語る、現時点での艦娘の真実。
営倉に入った曙と、少し考え方を変えた提督の、
昔の写真の整理と、そこに来る扶桑。
そして、武器商人からの最初の荷物が予想外の方法で届く。
大量の本の入荷で喜ぶ、陽炎と不知火。
その頃、ある島では、二航戦を中心としたゲリラ組織が、
新たな計画を立てようとしていた。
ASU-DDBは実際の自衛隊の船種記号です。
特務艦・護衛戦艦、となりますかね。実際に解釈すると。
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