2016-12-23 20:53:11 更新

概要

引き続き、12月30日の午後。釣りを楽しんでいる提督をよそに、堅洲島鎮守府では二人の川内が自由に動き始めていた。

一方、太平洋をさまよう熊野と朝雲は、パルミラ環礁に到達する。
そこで、新たな出会いがあるのだが・・・。

その頃、東北地方のある「名ばかり泊地」では、浜風が年末年始の業務に一人で当たる準備をしていた。

瑞穂と、下田鎮守府の提督のサポートをしていた陸奥は、お礼替りに瑞穂から、ある不気味な情報を得る。


前書き

久しぶりに熊野の旅が進展します。まだパルミラ環礁付近なので、先は長そうです。

夜戦大好きな川内が二人になると、もう開けても暮れても夜戦の勢いです。
付き合う香取先生は大変ですね。

前回書き込みをした浜風でしょうか?東北地方の名ばかり泊地に着任している浜風の話が、いよいよスタートします。
彼女の「真面目なのにどこか面白い」魅力がじわじわ出てきますので、今後の話を楽しんでください。

そして、このSSの根幹のひとつ、「一条御門」の名前が出てきます。堅洲島の充実や、提督の軍属間での知名度の妙な都合よさ・・・その理由でもあります。果たして、何が起きているのでしょうか?


[第三十四話 川内、ふたり ]





―12月30日、ヒトゴーマルマル(15時)過ぎ、堅洲島鎮守府。


川内「さてと、まずはご飯かな?それともお風呂?」


特務第七の川内「うーん、お腹も空いてるけど、女の子としてはお風呂かなぁ?」


川内「まあ、そうだね、じゃあお風呂行こう!」



―大浴場


特務第七の川内「うわ・・・すご・・・!ねぇ、何なの?ここの鎮守府って」チャポッ


川内「むやみに立派でしょ?日本政府は幾つか、一般人が渡航できない島や、地図にも載せない島を管理していると言われているけれど、この堅洲島もそうみたい。政府のお偉いさん達のリゾート地だったんだって。まあ、提督が言っていたけれど、次の大規模侵攻を抑える為の最前線の要塞だよね」ザブッ


特務第七の川内「あの話、本当だったんだね。ここの子たちはどう考えているの?」


川内「どうって?」


特務第七の川内「前回の大規模侵攻で、太平洋の遠隔地の、沢山の鎮守府や泊地が壊滅したわけじゃない?轟沈の危険とか・・・」


―デリケートな質問かな?とは思ったが、聞かずにはいられなかった。


川内「ああ、それね、あまり心配してないんだよねー。提督は引き出しも豊富だし、絶対何か考える人だから。今だって、鎮守府や泊地は沢山あるのに、いつの間にか、うちに最強の金剛型が二人もいるでしょ?この短い期間にさー」


特務第七の川内「確かに、そうだね。どこか緩い雰囲気の人だけど、実はすごく考えているとか?」


川内「なんか安心感というか、そういうのがあるんだよね。妙に強いみたいだし」


―そして、その二人を用いることなく、その遥か手前で自分は捕まってしまった。敵としては、深入りするのが無駄だと思わせる何かを、一度感じている。おそらく、そう思わせる事まで織り込み済みだったのかもしれない。


特務第七の川内「提督にも、本当に色々な人がいるよね。私は、今のボスが二人目の提督になるんだけどさ・・・」


川内「へぇ、どんな人?」


特務第七の川内「ここの提督さんとは違った形で、私たちにはとても優しいかな。でも、私たちとしては、心が苦しくなるような事も多いの。ある意味平等だから仕方ないのかもしれないし、私たちの要望に応え続けた結果なのかもしれないけれどね・・・」


川内「ふぅん?色々あるんだね。何だか難しそう」


―そうだ、色々と難しくなってしまった。提督の姿勢もあるが、自分たちもそうしてしまった部分もあったのかもしれない。ここの提督は、決定的な関係にならなくても、十分に良い関係を築けているように見える。


特務第七の川内「よく考えたら、私もあなたの所の提督のペースに乗せられちゃってるよね。こうしてのんびり温泉に入ってるとか」


川内「そういう提督なんだよ。ひどい事なんてしない人だから、とりあえず、今はゆっくり過ごせって事だと思うよ?約束や指示を守っている限りね。あと、聞きづらいだろうから答えておくけれど、あなたのターゲットだった瑞穂さん、下田鎮守府の提督さんとゆっくり過ごしてるよ。二人とも、決死の覚悟だったみたいだし」


特務第七の川内「昨夜、何があったの?」


川内「二人は提督を頼りに、この島に来たんだけど、それに対して提督は、五分の時間を与えるから、どちらか一人だけ生き残らせる事を約束しようって。それで銃を構えたの」


特務第七の川内「そんな事があったの!?」


川内「二人して、それぞれ自分が死ぬって言い合っていたけれど、結局、下田鎮守府の提督が、自分の命を投げ出すから、全部自分の責任にして、瑞穂さんは何とかして生かしてくれって話になってね」


特務第七の川内「それでも、深海化しなかったの?」


川内「しなかったよ。ひたすら泣いてただけ。で、五分が過ぎて、提督は空に向けて一発撃つと、二人を助けるって言ったのよ」


特務第七の川内「なんてこと・・・。でも、それじゃあ・・・」


―やはり自分は、奪わなくていい命を奪ってきてしまったのかもしれない。


川内「あのねー、今までの任務は任務で、やり遂げてきたんだから良かったんじゃないの?その辺重く考えるのはやめようよ?昨夜の事だって、たぶん奇跡的な事だったんだと私は思うよ?戦ってるんだから、色んな理由で、誰かは死ぬんだよ!自分と、大切な誰かを守れたら、きっとそれで上出来なんだってば」


特務第七の川内「そんな楽に考えていいとは、私は思えないわ」


川内「逆だねー。生きてたら、もっとずっと辛い事だってあるだろうし、逃げられない悩みや後悔だって、きっと沢山出てくるもん。軽くしてしまえることは軽くしないと、つまんないとこで足を取られちゃうよ?」


―それもそうだ。感傷に過ぎれば命とりだ。以前はそう考えていたはず。


特務第七の川内「何だか私さー、意外とぶれっぶれな所があって、自分にびっくりしてるよ」


川内「そういう時期もあるよ。しょうがないって。あまり悩みが抜けなかったら、提督と話してみたらいいよ」


特務第七の川内「ここの提督さんって、どういう人なの?良く分からないんだけど」


川内「そのまま。良く分からない人だよ。ただ、戦艦のお姉さま方に人気だから、書記艦や戦艦のお姉さま方に聞いてみた方が良いかもだね。直接話してもいいだろうけれど」


特務第七の川内「なるほどー、戦艦勢に人気のタイプなんだね。ぱっと見そんな感じじゃなさそうにも見えるんだけど」


川内「それ、どういう話?」


特務第七の川内「ああ、血液型占いみたいに、特定の艦種から人気の出る提督の傾向みたいなのがあるのよ」


川内「へえ?どんな?」


―根拠はないが、特定の艦娘から人気の出やすい提督の傾向というのはある。血液型の話のように、信じる人、信じない人がいるが、艦娘や提督の間では、そこそこ支持を集めている説だ。


特務第七の川内「えーとね・・・」


―駆逐艦から人気の出やすい提督は、ごく一般的で親しみやすい提督。


―軽巡から人気の出やすい提督は、こだわりとフットワークの軽さを併せ持つ。


―重巡から人気の出やすい提督は、オールラウンダーで能力が高い。


―空母から人気の出やすい提督は、知性派で視野が広い。


―戦艦から人気の出やすい提督は、戦闘能力が高く、男性的な理性が強い。


―と、大まかに分類されている。


川内「なるほどね、ちょっと納得しちゃうなぁ。適当っぽいけど、当てはまってるかも。どっちみち、今日からオフなんだし、みんなに色々聞いてみるのもありなんじゃないかな」


―特務第七の川内には、ここの提督がなぜ、自分をある程度丁寧に扱うかがわからなかった。極端な話、轟沈や解体、それ以前にさんざんひどい事をされても文句は言えないが、そのような扱いではなさそうだ。


川内「さ、次はご飯でも食べにいこっか!」ザバッ


―二人の川内は、次は食事に向かう事にした。



―同じ頃、南棟9階の、瑞穂と下田鎮守府の提督の部屋。


瑞穂「陸奥さん、何から何まですいません。こんないい部屋で、1フロアに私たちだけとか」


陸奥「提督は、あなたたちの事だけではなく、色々配慮してこの場所にしているみたいですよ。昨夜も、夜戦の誤射防止用の医療品を、後で届けなくては、なんて言っていたくらいですから」


瑞穂「・・・あっ、確かにその、色々考えて下さっているんですね。様々な年齢の子たちもいますし、ここの提督さんはケッコンには慎重な方でしたしね」カアァ


陸奥「そんなところね」


下田鎮守府の提督「本当にありがてぇ。しかし、いいのかい?ここの提督や鎮守府に、色々迷惑を掛けちまうんじゃないかと。いや、今だってすげぇ迷惑をかけているのは分かっちゃいるんだが・・・」


陸奥「いずれきっと、様々な打ち合わせは有るでしょうけれど、おそらく提督の中では、何をどうするか、ほとんど考えてはあると思うわ。今日だって、丸一日オフにすると言って釣りに出てしまっているし」


瑞穂「昨日の今日で、釣りですか!聡い方だとは思いましたけれど、驚きですね」


下田鎮守府の提督「はは、参ったな。大した男だぜ!」


―どこか不安そうだった瑞穂と、下田鎮守府の提督から、不安の影がほとんど消えてしまった。


陸奥(まさか、ここまで考えて、今日を突然オフにしたの?そんなに心配するなって事なのね?)


―実際に提督がそこまで考えていたかと言えば、それは微妙だ。しかし、誰にも予想外のタイミングでの休息は、そのまま文字通り予想外の、しかも、良い結果をもたらすこともある。


陸奥(ほんと、良く分からない人ね・・・)


―今でさえ、陸奥にも良く分からない部分がある。


瑞穂「あの、陸奥さん、良かったら、後で色々伺ってもいいですか?」


陸奥「色々?ええ。私にわかる事、答えられることなら、別に構わないわ。基本、今日はオフだし、あなたたちの事は任されてもいるから」


下田鎮守府の提督「おれは一応提督だし、ここの提督以外の唯一の男になっちまうから、なるべく人目に触れないようにするぜ。あまり自由に動いたら、それだけでも迷惑が掛かっちまう」


陸奥「そうね。その気遣いは助かるわ。うちの提督は、分かっていてもいちいち言いたくないと思うから」


―陸奥は一通り、二人の部屋や生活について、必要なものの説明や準備を確認したのち、後で瑞穂と会う約束をし、部屋を出た。


陸奥(霞たなびく、綺麗な冬空ね・・・)


―ある時から、陸奥に見えている空は、押しつぶされたような灰色に変わっていた。しかし、それが少しずつ、以前の見え方に戻ってきている。今日などはとても空がきれいに見えた。


陸奥(心の元気を取り戻しつつあるのね・・・)


―買ってもらった服を着て、砂浜に出てみるのもいいかもしれない。



―太平洋上、パルミラ環礁付近。


脱出ポッド音声「D波極小の為、情報の更新をいたします。南東30海里にパルミラ環礁。旧、泊地の所在地です。適性反応は50海里以内、反応なし。上陸・補給を推奨いたします」


―熊野は見張りをしていた朝雲に声を掛けた。


熊野「朝雲さん、もうじき陸地がありそうですわ!向かうべきかしら?あなたの考えを聞かせて欲しいのですけれど」


朝雲「えっ?陸地があるの?」


熊野「南東30海里だそうよ。しかし、D波というのかしら?敵性反応は50海里までは反応が無いらしいの!以前は泊地だったそうだから、何か補給できるかもしれないわ」


朝雲「大規模侵攻で失われた泊地という事ね。深海側も放置しているという事は、あまり重要度は高くない場所という事かしら?」


熊野「妙に深海勢力との遭遇率が低いのは気になるところですわ。いえ、私たちとしては、運のいい事なんですけれど・・・」


朝雲「とりあえず、行ってみましょうよ!」


熊野「では、そう致しますね!」


―熊野と朝雲は、久しぶりの陸地に、心が沸き立つようだった。



―同じ頃、パルミラ環礁、クーパー島、パルミラ北岸。


―大破状態の秋津洲が、二式大艇ちゃんのとなりに座り込んでいた。


秋津洲「はぁ・・・やっと陸地に着いたけど、誰もいないし、もう、動けないかも・・・」


―秋津洲には、数日前に何が起きたのか、いまだに理解できないでいた。ただ、おそらく仲間も提督も、無事でないか、最悪は全滅しているのは間違いない気がする。全てが恐ろしくて、必死に離脱した。そうしているうちに、一人ずつ、仲間が消えていき、皆いなくなってからもうずいぶん経つ。


秋津洲「うっ・・・ゴメンね大艇ちゃん、ちょっと寝るかも。・・・でも、目が覚めないかもしれないから、何かあったら逃げてね・・・」フラッ、ドサッ


大艇ちゃん「・・・」


―秋津洲は、大艇ちゃんをすぐに飛び立てるが、しかし目立ちづらい大岩の陰に置き、自分は砂浜から少しだけ陸地に上がると、ヤシの木陰の目立たない場所を見つけ、崩れるように深い眠りに落ちてしまった。


―それから、しばし後。


大艇ちゃん「・・・!」ブルルルル・・・ブーン


―何かを感知した大艇ちゃんは、北西の海に向かって飛び立っていった。



―再び、熊野と朝雲の漂流海域。


熊野「何かしら?電探に感があるわ・・・。でも、良く分からない。航空機にしては大きいし、遅い気もするけれど・・・」


朝雲「敵性のものではなさそう?」


熊野「そんな感じではないですわね。何かしら?私に経験があれば、分かったかもしれないのに・・・」


朝雲「うーん、艦娘ではないの?」


熊野「大きさは駆逐艦よりだいぶ小さいくらいですが、ちょっと早いのよね。こちらに向かってきているような・・・」


朝雲「こちらへ?」


―二人は警戒しつつも、しばらく目を凝らしながら進んだ。もう、遠くにパルミラ環礁と思われる島が見え始めている。そして、熊野の電探の感ははっきりしたものに変わっていた。


朝雲「あ、もう私にもわかる!・・・これ、二式大艇じゃないかな?」


熊野「二式大艇?」


朝雲「秋津洲っていう、特殊な艦娘だけが運用できる飛行艇なのよ。索敵能力が高い機体だから、私たちに気付いたんじゃないかしら?もしそうなら、あの島には少なくとも秋津洲がいる、という事になるわね」


熊野「奪還作戦からの生き残り組かしら?」


朝雲「さあ?太平洋の泊地には、実はまだたくさんの艦娘たちが、大規模侵攻の後も取り残されている、という噂もあるし、そこまではわからないけれど・・・」


熊野「そうなんですの?」


朝雲「あくまでも噂だけれど、信憑性は高いと思うわ。全てが陥落するとは考えづらいもの」


熊野「それなら、私の鈴谷は、泊地にいるのかしら?それとも、内地にいるのかしら?」


―生き延びて、いつか、鈴谷に会いたい。鈴谷も自分と同じように、苦境の中に居なければいいな、と熊野は思った。


朝雲「あっ!熊野さん、あれ見て!やっぱり二式大艇よ!」


熊野「あれが、二式大艇ですの?可愛らしい飛行機ですのね。ふふ」


―二式大艇は、熊野と朝雲の頭上を旋回すると、前方に着水し、再び離水して、また輪を描いたのち、島の方に飛び去って行った。


熊野「こちらへ来い、と言っているように見えましたわね・・・」


朝雲「普段の艦娘なら、この距離くらい自分で簡単に来れるわ。なのに大艇だけが飛んできたという事は・・・もしかしたら、ひどい怪我をしているのかも!」


熊野「急ぎましょう!罠の可能性は無さそうなのですし」


―脱出ポッドや燃料消費の関係はあるものの、それでも二人は、出来る限り急いでパルミラ環礁へと向かった。



―堅洲島鎮守府、『甘味・食事処まみや』


間宮「いらっしゃいませ!あら、珍しいお客様ね!」


伊良湖「あっ、とても強い川内さんですよね?提督から聞いてます。お食事や甘味を楽しんでいってくださいね!」


川内「定時じゃないからここで食べたらいいよ。間宮さん、海藻サラダの和風胡麻ドレッシングと、しょうが多めのイワシつみれ汁、十六穀米と、あとはサンガ焼き、大きめでお願いしまーす!」


特務第七の川内「えーと・・・」


川内「提督が、何でも好きなものを食わせてやれって言っていたから、遠慮しないでね?」


特務第七の川内「あ、えーと、じゃあ私も同じので!」


川内「そうそう!ついでに食べ終わったら、甘味も頼んだらいいよ」


特務第七の川内「なんか至れり尽くせりね。どうなってんだろ?」


川内「うーん、もしかして、だけどさ、最近何か辛かったり、悩んでたりした?」


特務第七の川内「うん・・・まあ、ちょっとね。今私がここにいるのも、正式な命令じゃなく、勝手な先走りだもの。先走って、失敗しちゃった」


川内「ああ、それかな。きっとその部分とか見抜かれてるんだと思うよ。うちの鎮守府でなかったら、ひどい事になるんだろうし」


特務第七の川内「そうだね・・・」


川内「あっ、ごめんね。とりあえず、気を取り直して食べようか!」


特務第七の川内「・・・ねぇ、私、どうしたらいいのかな?」


川内「それを考える為の、この時間だと思うよー?考えるにしたって、お腹が減ってたらダメでしょ?せっかく間宮さんのお店なんだから、まずはご飯とか甘味を楽しもうよ!」


特務第七の川内「・・・そうだね、ありがとう!」


川内「そんでさー、食べ終わってゆっくりしたら、演習場で夜戦でもやろうよ!しばらく海で戦ってないんでしょ?」


特務第七の川内「いいの?ありがとう!」


間宮・伊良湖「・・・」ニコニコ


―この後、特務第七の川内は、噂の給糧艦の力を思い知る。


―40分後。


特務第七の川内「うわー、なんかもう・・・ふああ!」


川内「あっ、なんか、ちょっと元気出た感じ?」


特務第七の川内「料理もそうだけど、なんていうか、昔も少しだけ食べた事はあるけど、こんなにおいしかったっけ?すっごい美味しいんだけど!」キラキラ


川内「多少の悩みは吹っ飛んじゃうよねぇ~!」キラキラ


特務第七の川内「余計な質問かもだけど、特務鎮守府だからって必ず間宮さんたちが居るわけじゃないよね?何か功績をあげたの?」


川内「勢力圏内の航路のタンカーが深海に襲われかけて、それを護衛したから、みたいよ?」


特務第七の川内「なるほどね!」


川内「さ、じゃあ、落ち着いたら演習場で暴れまくろうか!」ガタッ


特務第七の川内「いいよー!手加減しないからね!」


―二人の川内は『甘味・食事処まみや』を出ると、特殊演習場に向かった。


伊良湖「間宮さん、他の鎮守府の川内さん、表情が明るくなってましたね!」


間宮「そうね。このまま元気になって、良い方向に進めばいいけれど。身内で争っている余裕なんて、私たちにはない筈だものね」


伊良湖「あの川内さん、どうなるんでしょうか?」


間宮「ひどい事にはならないと思うわ。美味しいものを食べていいという事は、生きるべきって事だから。提督はきっと、何か考えているのよ」


―それにしても、と間宮は思った。何日か前に漣に渡した、提督用のお好みのメニューのリクエストが、なぜか戻ってきていない。


間宮(全部、定番や日替わり、週替わりのメニューでいいという事なのかしら?)


―あるいは、秘書艦の用意する食事を大切にするという考えもあるのかもしれない。しかし、出来れば提督の好みのメニューを、腕によりをかけて提供したい気持ちが強い。


間宮(もう少し待って、聞いてみましょうかしらね)



―特殊演習場。


特務第七の川内「うわ、すっご!こんなのがあるの?」


川内「任務のない時は、私なんかはここに入り浸ってるよ。好きなだけ夜戦ができるからね」


特務第七の川内「新しい鎮守府のわりに、妙にみんな練度が高そうなのは、これのお陰だったのね。あとは提督が強いんだろうけど」


川内「ん?どういうこと?」


特務第七の川内「理屈は分からないけれど、艦娘は提督の影響を受けるから、強い提督の艦娘は強くなりやすいし、弱い提督の艦娘は強くなるのに時間がかかるというわね」


川内「へぇ~、おもしろいね!じゃあ、私たち、相当強くなれるってこと?」


特務第七の川内「たぶんね。侵入した側としては、ここはちょっとシャレにならない気がするわ。古鷹さんとか、まだそんなに練度が高くないはずなのに、勝てる気がしなかったもの」


川内「なるほどねぇ。よし、じゃあ早速戦ってみよー!」


―今日のこの時間の特殊演習場は、香取が管理しているようだ。メインコンソールに向かっていた香取は、二人に気付いた。


香取「あら!面白い組み合わせね!ちょうど空きができたところだけれど、さっそくやってみる?」


川内「香取せんせー、適当な条件で、何度か夜戦の設定をお願いします!」


香取「わかったわ。じゃあ二人とも、準備して演習開始して」


―二人の川内は、それぞれ仮想訓練艤装を身に着けると、演習場に入った。


音声アナウンス「ただいまより、仮想演習を開始いたします。基本設定、夜戦。その他条件は任意設定、演習参加艦へのアナウンスはありません」


―ヴンッ・・・パアッ・・・


川内「ほー、香取先生、趣味がいいねぇー!」


―わずかにうねりのある、やや風のある夜の海だ。空を見上げると、どうやら月齢は満月に近いようだが、分厚い雲がそれを覆い隠し、たまに雲間がぼんやりと明るくなる。上空の風速が早い設定らしく、川内にとっての右から左に、雲が流れていく。


川内「設定だけでもテンション上がっちゃうなあ、こんなの!」


―まだ夜偵を持たない川内は、向かって左方向に、第四戦速で前進を始めた。


特務第七の川内「絶好の夜戦ステージね。いいなぁ、また海に出たくなっちゃうよ、こんなの・・・」ブーン


―特務第七の川内は、空を見上げ、呟きながら夜偵を放った。


特務第七の川内(ああ、偶然なんだろうけど、演習の仮想空間の夜空まで、考えろって言っているみたい・・・)


―過去のたくさんの夜戦が思い出された。力尽きて沈むなら、こんな夜がいい、と、何度覚悟して戦い、生きて帰ってきただろう?沈みはしなかったが、今の自分はなぜ、こんなにがんじがらめで辛くなってしまったんだろう?


特務第七の川内「いつの間にか、全然夜戦と縁のない毎日になっちゃってたなぁ・・・。ん!思いっきり、やるかぁ!」


―せっかく久しぶりの夜戦だ。そして、相手は自分でもある。特務第七の川内は、好きなだけ夜戦を楽しむことにした。



―同じ頃、岩手県、北上山地。早池峰泊地。


―国道106号線からだいぶ奥まった山の中腹に、頑丈なコンクリート造の建物がひっそりと、二棟建っている。このうち、窓のない『保管庫』というプレートの貼られた建物から、公務員然とした男が出てくると、すぐ隣の『北上山地広域監視・保全センター・早池峰泊地事務所』と表札のかけられた建物に入り、防寒着と帽子を脱ぐと、パソコンに向かっていた艦娘に声を掛けた。


頭髪の薄い眼鏡の中年男性「・・・よし、これで食料や備蓄品、連絡体制も問題なし。あとは、何か質問はあるかね?浜風君」


浜風「問題ありません、司令。あとは司令を町にお届けするくらいですね?」


頭髪の薄い眼鏡の中年男性「いや浜風君、いつも言ってるが、僕は司令じゃなくて主任だからね?」


浜風「申し訳ありません。よく理解はしているのですが、私なりに、この呼び方でないと、やる気が出ないのです。まあ、この呼び方をしたからと言って、そこまでやる気が出るわけでもないのですが」


主任「意味ないじゃないか!まあいいけどねえ。じゃあ、申し訳ないが町まで送ってもらえないだろうか?」


浜風「かしこまりました!」


―浜風は古い軽のワンボックスの運転席に座り、暖機を始めた。後部座席に、主任が幾つかの荷物を積む。年末年始休暇で自宅に帰るためだ。特に里帰りの必要がない浜風は、年末年始も変わりなく、ここで任務にあたることになっている。


―監視・保全センターは、いわゆる『名ばかり泊地』問題でやり玉に挙げられている組織の一つだ。少子高齢化で自治体が消滅した地域の自然環境の保護や、遭難・災害の防止、不法投棄の監視などを行っている。大切な仕事だが、きわめて不便な地域である事も多いため、志願者が少なく、仕方なく泊地扱いとして、高練度の艦娘に任務に当たってもらっている、という状態だ。


主任「準備完了だよ。じゃあ、申し訳ないけど、よろしくお願いします」


浜風「では、出発いたします!」


―落ち葉だらけの林道を、軽ワゴンがゆっくりと進み始める。


主任「浜風君、もうじき任期明けだろう?異動願い、ちゃんと受理されると良いね」


浜風「ここでの任務も悪くありませんが、やはり私は、海に出るべきかと思っています。また、大規模侵攻が起きるという噂もありますし、前回生き残った私としては、仲間の仇を討ちたい気持ちも強いですから」


主任「浜風君は勇ましいな。僕なんて、何をやってもいまいちだよ。車の運転さえ、免許は有っても今一つで、君に運転してもらっている状態だ」


浜風「私が異動した後も、おそらく艦娘が着任するとは思うのですが、ここは食生活が不便過ぎて主任の体調が心配ですね。既に頭髪にかなりの影響が・・・」


主任「いや、これはもともとだからね?」


浜風「これは失礼いたしました。とにかく、ここの食生活は、艦娘である私でも厳しいのですから、主任の健康が心配ですね」


―艦娘の着任している『名ばかり泊地』の食事は、震災備蓄品の期限切れが近いものが大半だ。表向き、艦娘は贅沢を言わず、食費もかからない、という体裁の為だ。そして、艦娘にだけ質の低い食事を提供しているわけではない、という理由で、人間である主任の食事も、ほとんど変わりない。


主任「まあ仕方ないよ。そこまで含めて仕事だと割り切るほかないからね。ただ、せっかくジビエが手に入っても、米や野菜を自前で用意しないと全然楽しめないのはねぇ・・・」


浜風「全くです。色々工夫はしたのですが、ごくたまにしか、満足のいく食事ができませんね」


―ガスは引いておらず、出力の低い電気コンロしかないため、高い火力が必要なら薪を燃やして調理しなくてはならないが、火を起こすのには許可が必要な地域なのだ。


主任「僕はいつになったらここから異動ができるんだか・・・」


浜風「そうですね。しかし、ここ一年一緒に任務に当たらせていただきましたが、司令、いや、主任の仕事はとても丁寧で漏れがない印象です。きっと評価されますよ」


主任「ありがとう。しかし、いろいろ事情もあるものでね・・・」


―主任は、もしかすると一生、自分が閑職のままかもしれないという思いがあった。今、この泊地に飛ばされている理由にも、見当がついている。その微妙な空気を読んでか、浜風が話を続けた。


浜風「いずれにせよ、やっと訪れた休暇です。奥様と娘さんと、ゆっくり過ごされたら良いですよ。・・・仕方ないこととはいえ、最近どうしても、主任の視線が胸に来ていましたからね」


主任「あっ、すまない。どうしても目がいってしまう。こんな僕でも男だから、それについては申し訳ない」


浜風「いえ・・・。そうやって正直におっしゃられるのが、主任の良いところですよ。そのように言われたら、視線くらいはこの浜風、良く理解しています。・・・と、言わざるを得ません。少し前までは、武憲(武装憲兵隊)に告発しようかと少しだけ思っていましたが」


主任「すいませんでした!」


浜風「いえ、半分、冗談ですから大丈夫です」


主任「そうなの?(半分?)」


―その後、浜風は主任を盛岡の駅前に送り届けると、帰り足で銀行に寄り、ほとんど使う事のない給料を三十万ほど引き落とした。


浜風(さあ、年末年始はジャンクな食生活と、豊かな食生活を混在させますよ!)


―浜風はこの日までに用意していた綿密な買い物リストを取り出すと、道路が凍結する前までに事務所に帰れるように、予定を組み立て始めた。



―堅洲島鎮守府、特殊演習場。レストルーム。


―特務第七の川内と、堅洲島の川内は、二十回を超える演習を終え、一息入れていた。


川内「うわーもう、ぜんっぜん勝てない。同じ自分とは思えないほどの強さ!まあ、私ももっともっと強くなれるって事なんだろうけど」


特務第七の川内「そうでもないよ?短い間にすごく強くなって行ってるし。とても楽しめてるけどね」


川内「そうなの?ならいいけど、実力が違いすぎてびっくりだよ」


特務第七の川内「基本的な事はもうほぼ同じくらいできるわけだから、あとは改二になることと、実戦経験で行けると思うけどなぁ」


川内「すごいよ、こんなに二択攻撃や三択攻撃をスピーディにしかけられたら、大抵の深海棲艦では勝てないよね」


特務第七の川内「・・・大抵の深海棲艦ならね」


―特務第七の川内の声と表情に、少しだけ陰りが出た。


川内「どうしたの?」


特務第七の川内「・・・ううん。何だか、私、自分のすべき事がはっきりしてきたかもしれない」


川内「そうなの?それは、良い事?」


特務第七の川内「良い事というか、私が向き合って、確かめなくちゃならない事なの」


川内「今までは、向き合えなかった事?」


特務第七の川内「・・・うん、とても怖い事だから」


川内「そっか。聞かないけれど、私は応援するよ。あなたが抱えている悩みは、私だっていつ抱えるかわからないもんね」


特務第七の川内「ありがとう。今夜一晩考えをまとめたら、ここの提督さんと話してみるよ」


川内「うちの提督なら、きっと力になってくれるよ!・・・よし、じゃあまた夜戦演習しようよ!」


特務第七の川内「望むところよ!」


―二人の様子を、コントロールルームの香取が見ていた。


香取(そうよね。救助活動でさえ、人の死体を目にするから、という理由で、高練度の艦娘でなければできない任務なのに。深海化したとはいえ、暗殺なんて任務は、私たち艦娘には合わないはずなのよ)


―それにしても、と香取は思う。


香取(あと何回、夜戦演習するのかしら・・・)



―再び、パルミラ環礁、パルミラ北岸。


―熊野と朝雲は上陸し、脱出ポッドを陸に上げると、周辺を探索することにした。敵の気配は全くないが、生き物の気配自体がない。だが、それ以上に、久しぶりの陸地が、熊野にとっては初めての陸地が、もたらす安心感がすごかった。


朝雲「熊野さん、どうしたの?立ち止まって」


熊野「陸地って、なんだかとても安心しますのね。良く考えたら、私、陸に上がるのはこれが初めてなんですのよ」


朝雲「あっ!そうなるんだ。そうだね。初めての陸地ってそんな感じなの?」


熊野「ええ。とっても!何だか心が躍るわ。沈まないですしね。ふふ」


朝雲「そうだね。沈まないもんね」クスッ


―二人はそんな話をしつつ、日のだいぶ傾いて来た砂浜付近の探索を始めた。二式大艇は、おそらく岸辺に停まっていてるはずだ。


朝雲「あっ!熊野さん、あそこ!」


―岩場から、近くの茂みに向かって、足跡が続いている。艦娘の艤装の足跡だ。そして、大艇のエンジン音も聞こえる。


熊野「行ってみましょう!」


―近寄ると、まず岩場の陰にはエンジンがかかったままの二式大艇ちゃんがいた。嬉しそうな顔・・・をしているようにも見える。翼の一部をパタパタと動かしているのも、そういう意味に見えた。


熊野「大丈夫!私たちは敵ではありませんわ。あなたの主はどこかしら?怪我をしているなら、手当てをしないと」


―二人は足跡の向かった茂みに入る。


朝雲「あっ!熊野さん、こっちこっち!秋津洲さんだよ!」


熊野「大変!ひどい怪我をしているわ!」


―朝雲の方に行くと、ヤシの木にもたれかかった艦娘が、おそらくほとんど気を失ったように、深い寝息を立てている。怪我は、上半身の右側と、右腕に集中し、ところどころ火傷を伴っていた。他にも、あちこちに大小たくさんの怪我をしている。


熊野「秋津洲さん、秋津洲さん!熊野です!大丈夫ですか?目を空けられますか?」


秋津洲「・・・」


朝雲「大破だし、補給も切れてるね・・・」


熊野「応急修理システムがあと二枚あるわ。使いましょう!」


―熊野は提督用のノートタブレットで秋津洲を認証し、応急修理システムを使用した。秋津洲は淡い光に包まれ、ひどい怪我もだいぶ範囲や箇所が減っていく。


秋津洲「ん・・・んん・・・」


熊野「心も相当疲れているはずよ。このまま寝かせておきましょう。ポッドをもう少し丘に上げて、私たちは探索と、野営の準備をしましょうか」


朝雲「良かった。でも、あと一枚しかないのね?」


熊野「ええ。急を要するから使いましたが、出来ればここでもう少しだけ、何か有用な物が見つけられればいいのだけれど・・・」


朝雲「なら、小さな火を起こしてから、探索しましょうか」


―二人は秋津洲の眠る茂みの中央に石や流木を集めてくると、焚火の準備をし、発火材を使用して火をおこして、探索を開始することにした。既に日はだいぶ傾いているため、そう遅くまでは探索できそうにない。まずは使えそうな漂流物を集めるのが良いかもしれない。


熊野「何かお湯の沸かせるような入れ物や、薪、あとは水を入れておける物もあった方が良いわね」


朝雲「漂流物は多いようだから、何か使えるものが見つかると良いのだけれど」


熊野「照明器具の電力は貴重だから、陸の方は明日探索しましょうか」


朝雲「そうね。その方が良いと思うわ」


―二人は日が落ちるまで有用な物や薪を探すと、焚火の場所まで戻った。


朝雲「秋津洲さん、目が覚めないね・・・」


熊野「無理もありませんわ。ダメージコントロールを使ったとはいえ、あの戦地からここまで、大破・無補給でたどり着いたのですもの。明日の朝くらいまでは、目覚めないかもしれませんわ」


―大きめの空き缶に穴をあけ、針金を通したものをぶら下げて、お湯を作る。同じように、小さめの空き缶の縁をサバイバルツールで滑らかに加工して、針金で取っ手を作ると、簡易的なマグカップにした。


朝雲「熊野さん、器用なのね!」


熊野「そんなことありませんわ。でも、こういうもので白湯を飲むだけでも、少しは気分も変わってくるものでしょう?」


朝雲「そうだね。なんか落ち着くもん」


―手製の空き缶マグカップは、もう一つ作ってある。しかし、秋津洲の眠りはまだ深いようだ。よほど疲れていたのだろう。


熊野「何か、温かい物でもかけて差し上げたいところですが、何もないですものね」


朝雲「準艤装みたいだから、寒さは大丈夫じゃないかなぁ?」


熊野「風邪とか、ひかなければいいのですけれど・・・」


―温かい地域だが、それでも夜は多少、気温が下がる。ただそれでも、風がしのげる立ち木や茂みの存在は、とてもありがたかった。昼も夜も、遮るもののない海の上を移動し続けることは、なかなかに過酷なのだ。


朝雲「何だか眠いわ・・・」


熊野「そうね、私も。焚火はしばらく消えませんし、交代でゆっくり眠りましょうか。おやすみなさい、朝雲さん」


朝雲「ありがとう。少し、眠るわね・・・」


―朝雲は木に寄りかかったまま、すぐに寝息を立て始めた。熊野は流木の薪を少し足すと、炎を見ながらぼんやりと過ごすことにした。


―なぜか、生を受けて、なぜか、脱出できて、なぜか、仲間と知り合った。そして今、二人目の仲間と共に陸地で野営している。


熊野「思っていたより、希望があるのかもしれないですわ・・・」


―運命というものは、本当に存在するのかもしれない。



―堅洲島鎮守府、第一展望室。


―だいぶ日の傾いた海を見ながら、私服の陸奥と、艤装服の瑞穂がお茶をしていた。


瑞穂「本当に、ここはお茶やお水まで美味しいんですね」


陸奥「提督のこだわりよ。近くの山の湧き水を使用しているのよ」


瑞穂「ここの提督さんが大規模侵攻の時に居たら、もう少し流れも変わっていたのかしら・・・」


―瑞穂は、水平線の彼方を眺めていた。


陸奥「その頃は、うちの提督は療養中だったみたいよ。重度の戦闘ストレス障害の認定を受けているから」


瑞穂「えっ?とてもそのような方には見えませんでした。そうだったのですね・・・。症状が寛解されて、提督に任命されたのですか?」


陸奥「そうみたいね。提督の話だと、私たちに関わっていると症状がとても軽くなるらしいわ。どこまで本気でそう言っているのかは、あの人の事だから、分からないけれどね。・・・ところで瑞穂さん、聞きたい事って?」


瑞穂「陸奥さん、こちらの提督さんの個人情報は、全て高レベルで保護されていると思いますが、名前をご存知ですか?」


陸奥「いいえ。知らないわ?その話題にも触れたことがないくらいよ」


瑞穂「そうですか。とても失礼な質問になりますが、陸奥さんは提督の事を、どう思っていますか?」


陸奥「えっ?その質問も、あなたの質問に関わる、大切な事になるの?」


瑞穂「はい。おそらくは。きっと、陸奥さん以外にも、こちらの提督さんを慕っている艦娘は多いと思いますが、陸奥さんと提督さんのような関りがあるわけではないですし、そう多くの人と話せる内容の話でもないですから」


―とても答えづらい質問だな、と陸奥は思った。しかし、シンプルに答えるしかない。


陸奥「一言で言えば、大好きって事になるんでしょうね。でもそれは、信頼や理解に近いものよ。恋愛だとか、そういった方向ではないの。色々あったからなのか、そういう落ち着いた感じよね」


瑞穂「良かった。なぜかあなただけ、妙にこちらの提督さんと同じような雰囲気を感じましたから。立ち位置も、以前の太東鎮守府での噂も、色々考えて、この話は陸奥さんが一番かなと思ったんです」


陸奥(同じような雰囲気!・・・もう、そこまで・・・)


瑞穂「・・・どうしました?」


陸奥「・・・いえ、何でもないわ」


瑞穂「そうですか。・・・陸奥さん、こちらの提督さんの名前、ご存知ですか?」


陸奥「いいえ。知らないわ。そもそも情報レベルが高い機密の筈だし。どれほど親しくなっても、そのような事を漏らす人ではないもの」


瑞穂「そうですよね。あの、大切な話なのでよく聞いて、そして忘れて下さいね。私のできる、最大限の恩返しですから」


陸奥「わかったわ」


瑞穂「もしも、ここの提督さんの名字が、一条御門(いちじょうみかど)さんなら、何も問題はありません。しかし、もしも違っていたなら、誰にも、時には異動してきた艦娘にさえ、気を許さないでください。大きな陰謀が動いている可能性があります」


陸奥「気を許すな、とはどういう意味で?」


瑞穂「最悪の場合、暗殺される可能性があります」


陸奥「!・・・なぜ?」


瑞穂「その「なぜ」を調べるのが、本来の特防の目的の一つなのです。元帥よりも上、おそらく新旧どちらか、又は両方の『運営』が、何かをしています。しかし、全容が全くつかめないのです」


陸奥「どういうことなの?」


瑞穂「この、堅洲島の異様なまでに充実した施設や環境に、違和感を覚えた事はありませんか?」


―言われてみれば、と陸奥は思った。


瑞穂「また、こちらの提督さんが、軍属の間で妙に有名で、好意的な、高い知名度を持つと思ったことはありませんか?」


陸奥「あっ、それは、提督が良くため息交じりに言っていたわね。あなたたちもうちの提督を知っていたし・・・!そういえば、なぜ太東鎮守府の件があんなに噂になっているの?」


瑞穂「ああ、思い当たっているんですね?」


―当たり前のようで、良く考えたら妙な事実かもしれない。堅洲島は予め施設が充実しすぎており、提督は知名度が高すぎるのだ。特別法で名前さえも保護されているのにもかかわらず、だ。何より、なぜ、太東鎮守府の件がここまで広範囲に噂になっているのだろう?


陸奥「全て繋がっている事なの?だとしたらその意味は?」


瑞穂「わかりません。まだわからないのです。・・・が、幾つか判明していることもあります。本来、この堅洲島鎮守府は、特務第初号鎮守府になる予定だったようです。そして、その提督は一条御門さんという方になる予定のようでした。しかし、なぜかその方の情報は、どこにも見当たらないのです。そして、この方はアフリカで相当な功績を挙げた方だとされています」


陸奥「うちの提督の過去とも噛み合うわね。というより、うちの提督の事ではなくて?」


瑞穂「なので、名前を確認できればと思ったのです。本人なら問題ありませんが、もし違っていたなら、何者かが、こちらの提督さんの過去の功績を、その一条御門さんのものに置き換えようとした意思を感じるのです」


陸奥「なぜそんな事を?」


瑞穂「そこがわからないのです。この、一条御門という人が誰で、何者なのかも。アフリカにいた事のある、特防の大林室長も、この件では困惑していました。こちらの提督さんが、一条御門さんでないと辻褄が追わないような、そんな話に、アフリカや中国戦線でのことが書き換えられているのです。しかし、室長の話では、こちらの提督さんは、確かそんな名前ではなかったはず、との事です」


陸奥「不気味な話ね。いずれにせよ、気を付けるしかないわね」


瑞穂「ええ。こちらの提督さんは、とても鋭い方なので、あまり不安は感じられないのですが、ここまでしていただいた以上、不確定でも有益そうな事は話しておくべきかと思ったのです」


陸奥「ありがとう。私なりに気を配ってみるわ。ところで、私も瑞穂さんに教えてもらいたい事があるの。知っていたらでいいんだけれど・・・」


瑞穂「はい。答えられるような事なら。なんでしょうか?」


―陸奥は、ずっと胸に秘めていた秘密にかかわる情報について、瑞穂に質問することにした。




第三十四話、艦



次回予告


陸奥が瑞穂に投げかけた質問の答え。その可能性で、苦悩を深める陸奥。


十分に釣りを楽しんだ提督だが、休暇であれば、それは普段できない話の時間であるという事。当然、提督がすんなり休めるはずもなく・・・。


演習場では、いつまでも終わらない、二人の川内の夜戦演習で、香取先生が音を上げかけていた。


泊地に戻った浜風は、一人の時間を楽しみつつも、主任が閑職から抜けられない理由について、自分なりの対策を練り始めていた。


パルミラ環礁の熊野たちは、深夜に目覚めた秋津洲と情報を交換するのだが・・・。


そして、大淀と藤瀬研究員は、年末に二人で飲み明かすことになる。


次回、『休みの方が忙しい』乞う、ご期待!


熊野『あまり面白くないSSは嫌よ?』




後書き

年末進行に時間を取られて、なかなか更新できずにすいません。

このペースだと、当初の想定よりずっと話数が増えそうですね。


このSSへの評価

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2019-08-21 00:09:55

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このSSへのコメント

4件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2016-12-24 01:02:44 ID: 01yYUnYu

まだ年が明けないだと・・!
続き楽しみにしてます!

2: SS好きの名無しさん 2016-12-24 01:15:51 ID: 4am7S_6d

どうかこの秋津州ちゃんを助けてあげてください!

そしてここの提督なら大丈夫なんだろうけど、ミズホさんの死亡フラグが高まりすぎて怖い……
かなり先になりそうな浜風対決も期待してます!

3: 堅洲 2016-12-26 20:55:42 ID: kxYhPY5c

コメントありがとうございます!

年が明けるまでには、まだまだ色々あるのです。

七駆から二人も秘書艦が出ていることを気に入らないあの子とか、むっちゃんが抱えている何かとか、提督が山城にほのめかした任務とか、特務第七の川内が海に出なくなった理由とか、榛名と時雨の件とか、瑞穂と下田鎮守府の提督の件とか・・・。

全てが年内ではないのですが、しばらく高密度で進んでいくのです。

4: 堅洲 2016-12-26 21:07:09 ID: kxYhPY5c

コメントありがとうございます!

この秋津洲ちゃんは、伊達にここまで生き残ってはいないので、きっと熊野や、ひいては堅洲島の大きな戦力になると良いな、と思います。
面白くて強い彼女、早く目覚めると良いですね。

瑞穂さんの高まる死亡フラグ、きっと普通の艦娘たちなら、
とても不安になるところですが、陸奥だけは全く不安を感じず、別の事を考えています。
これは別に、頭がいっぱいだからではなく、何か確信があるからなのですが・・・。楽しみにしていたください。

やっと浜風が出てきました。今後、彼女の冒険が語られていきます。そして、浜風と言えばあの姫です。

好対照になって行く二人は、きっといつかぶつかる運命にあると思いますので、楽しみにしていてくださいね。


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1: SS好きの名無しさん 2016-12-24 01:03:09 ID: 01yYUnYu

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