「地図に無い島」の鎮守府 第五十八話 涙と雨・中編
伊豆大島沖合で、下田鎮守府の艦隊と合流する、特務第二十一号鎮守府の艦隊。
しかし、状況は刻々と変化していく。
何かおかしな鳥海と、秘密を抱えているらしい飛龍。
紆余曲折を経て明らかになる、真実の断片と、現れる深海棲姫。
そして、横須賀第一の艦隊が襲い掛かって来るが・・・。
※9月2日、一部修正しました。
※9月8日、磯波と吹雪の入れ違いを修正しました。
下田鎮守府の艦隊の真相が遂に明らかになります。
状況は複雑化しますが、内部の裏切り者らしい艦隊が現れることにより、どうにか提督の筋書きは完成しつつあるようです。
また、特務第七の川内ちゃんがトラウマを克服します。
今回、『艦娘から反転した深海棲艦は手ごわい』という描写が出てきます。
そして、妙に詳しい赤城さんの内面も重要です。
また、提督の適性が非常に高い艦娘の強さも見所です。のち、提督の適性が低い鎮守府の描写も出てきますが、精神が安定しづらく、戦いもろくにこなせなくなる場合があるほどです。
ただ、実は提督は適性が高いだけでなく、あるからくりも存在しているので、いずれ次第にそれが表面化してきます。
第五十八話 涙と雨・中編
―2066年1月5日、ニーイチマルマル(21時)過ぎ。堅洲島~伊豆大島沖合迂回航路、特務司令船『にしのじま』艦橋司令室。
―プシューン
提督「ああ、おかえり。手数をかけてしまったな」
磯波「いえ。特別識別標、配布完了いたしました!」
―この日の任務から、深海以外との交戦・接触可能性がある任務の場合、味方を識別するために、特別製の黒い布でできた物を識別標として身に着ける事になっていた。これは堅洲島のローカルルールでもあり、入れ替わりや誤認を防ぐ意味があった。
磯波「あれ、かっこいいです!私も早く作戦に出て、身につけたいです!」
提督「そうかい?沈まずに強くなっていけば、そう遠くない将来に支給するさ」ニコッ
―光を吸い込むほどに黒く、多機能な、スパイダーカーボン複合繊維の漆黒の布製品だ。リボンやスカーフ、マフラーなど、数種類が存在している。好きなものを選び、目立つ場所に身につけるルールだった。
提督「こんな夜は視認性は良くないんだけどな。しかし、あの布は何度もおれの命を守ったんだ。きっとみんなの命も守るさ」
―そして、三時間が経過した。
―伊豆大島真東沖合100キロ海域、合流地点。マルマルマルマル(午前零時)。
鳳翔「時間です。妙高さん、信号弾お願いします」
妙高「友軍信号、発砲!」ボシュッ・・・ヒュルル・・・カッ!
―妙高は信号銃を抜いて信号弾を撃った。雨のために低い弾道で撃たれたそれは、特務の友軍を意味する青い光を放つ。いつ接敵するかわからないため、艤装の砲では信号弾を撃たないためだ。
―・・・ヒュルル・・・カッ!
赤城「応答あり!目視測距・・・約五キロです」
鳳翔「良かった!ここで手間取ると厄介ですからね。羽黒ちゃん、発光信号お願いします」
羽黒「発光信号開始!」カチッ・・・カチカチカチッ・・・カカチッ・・・カチッ
―羽黒は信号弾の方向に向けて、探照灯で信号を送った。
―やや離れて、下田鎮守府の艦隊側。
飛龍「合流時間より一時間速い。どういう事?」
龍驤「おっ、発光信号や!どれどれ、ウチが読むでぇー!・・・我ら、特務第二十一号、通信により会合に参じた・・・不確定要素多く・・・未知の接敵に警戒し・・・一時間速く合流・・・注意されたし」
鳥海「なるほど、確かにそうですね。慎重だと思います・・・(まずい!まさか本当に来たうえに、話を聞く姿勢で、しかも一時間速く来るなんて!私の計算では、こんな事ありえない!)」
摩耶「へえ、悪くないじゃねぇか!用心深いけど話は聞いてくれるんだな」
―数分後。
鳳翔「こんばんは。下田鎮守府の皆さん」
龍驤「なんや!鳳翔やないの!赤城もおるし。そっか、こっちも空母があと二人おるけど、夜やから合わせてくれたんやな?」
鳳翔「ええ。龍驤、あなたが居る事と、敵意が無い事を示すために、私と赤城さんが編成されています」ニコッ
叢雲「こんばんは、下田鎮守府の皆さん。司令官の代理で来たわ。特務第二十一号鎮守府の首席秘書艦・叢雲よ。提督からの伝言と現状を説明するわ。・・・まず、下田鎮守府の金山刀提督のこの作戦、着眼点はとても正しかったわ。味方の中には一定数、密かに深海化している艦娘と、おそらく指揮系統の深いところにも深海側の意思が入り込んでいる、というのが、うちの鎮守府の提督の見解で、先日、特殊な発令の仕方で始まった大規模作戦では、ほぼその裏付けが取れたところなのよ。本案件は、うちの鎮守府には『造反した艦娘の撃滅または確保』という指示できたけれど、幾つかの特別な情報を得た当鎮守府では、あなたたちを保護し、協力していく考えよ」
長月「そうか!報われるな!」
鳥海(まずい!計算よりかなり鋭い提督みたいですね)
飛龍「・・・」ギュッ
龍驤「ずいぶん鋭い司令官やないの!どんな司令官なん?」
赤城「難しい質問ですね。でもおそらく、とても頼りになる方です」
叢雲(難しい質問?)
蒼龍「そうなんですね?」
叢雲「ただ、良いニュースだけではないわ。あなたたち下田鎮守府の中に、深海側の何者か・・・または工作活動をしている者が紛れ込んでいるらしいのよ」
鳥海「!!」
摩耶「何だって?おい、いい加減な事を言うと承知しねーぞ?」
叢雲「・・・これを見て」ゴソゴソ・・・ピッ
―叢雲はノートタブレットを出すと、下田鎮守府から上がった憲兵の報告書と、その筆跡の拡大図を表示した。
龍驤「ウチにも見してや。どれどれ・・・えっ?何やコレ!」
摩耶「・・・なんだ、これ?あたしはこんなの報告してねーぞ?憲兵のじーさんもこんな字じゃないしよ。この字は愛宕姉か高雄姉・・・いや、なんかこれ鳥海の字じゃねーか?なぁ鳥海」
鳥海「えっ?いえ、たぶんこれは私の字では・・・」
摩耶「いや、お前の字だろー、これ」
鳥海「いえ・・・(まずいですね)」
赤城(これは・・・なるほど、辻褄が合いますね)
摩耶「・・・なあ、特務の叢雲、もっとこういうのあるか?特定の日付のやつを確認したいんだけどよ」
叢雲「ええ。いいわ。ちょっと待ってね・・・」サッサッ・・・
鳥海(まずい!何とかしないと・・・!)
―鳥海の様子に明らかに皆と違う焦りが出始めていた。
龍驤(はっは~ん、やっぱりキミ、なんか絵を描いとったんやな・・・)
鳥海「あの、私にもそれを良く見せてもらえますか?」
叢雲「・・・ええ。いいわよ」スッ
鳥海「ありがとうございます。えーと・・・これは・・・あっ!」ツルッ・・・ボチャン
叢雲「あっ!」
摩耶「あーっ!何やってんだよ鳥海!」
―ノートタブレットが雨の降る海面に落ち、明るい画面が深く沈んでいった。・・・が、途中で止まった。
叢雲「大丈夫よ。脱落防止してあるから」
鳥海「えっ?」
―叢雲は言いながら、少し距離を取ると、落下防止ワイヤーを巻き始めた。暗い海中からノートタブレットの明るい画面が上がってくる。
叢雲「今の、わざとね」
夕立「鳥海さんらしくない落とし方だったっぽい。ねえ、鳥海さん、何で提督さんを悪く言うような報告書を出していたの?提督さんの事が嫌いだったの?」
―夕立のストレートな物言いに、下田鎮守府の艦隊のメンバーの空気が変わった。
龍驤「ここまで一緒だった仲間を疑うような事は言いたくないんやが、君って総司令部からの異動やん?一体何を考えてるん?何か絵を描いてるやろ?」
摩耶「あたしの眼を誤魔化すことはできないぜ?鳥海、何を隠してるんだよ、言えよ!」
飛龍「待って!私から話すから!」
長月「んっ?何で飛龍さんが?」
摩耶「どういう事なんだよ!なんか知ってんのかよ飛龍!」
鳳翔「皆さん落ち着いてください。ここまで一緒に、こんな苦しい任務をこなしてきた仲間でしょう?一人一人、知っていることを話してください。・・・鳥海ちゃん、きっと何か、大事な事情があったんですよね?」
鳥海「ええ。・・・誰にも理解できないような事情がありましたとも!」バッ・・・シュボッ・・・カッ!
鳳翔「えっ?何を?」
―鳥海は信号銃を素早く取り出して撃ち、赤い信号弾が炸裂した。
摩耶「おい!何をするんだ!」
赤城「赤!『敵勢力あり、撃滅せよ』だわ。誰に対して送った信号なの?答えなさい!」
飛龍「えっ?鳥海、どういう事なの?私たちには敵意は無いわ」
龍驤「飛龍、キミも何か知ってる事を話すタイミングやない?」
―今まで一枚岩だったかに見えた下田鎮守府の艦娘たちの間に、一気に疑念が渦巻き始めた。
―会合地点から北に8キロの地点、特務司令船『にしのじま』艦橋司令室。
―提督と一部の秘書艦、戦艦たちは、叢雲が装備したマイクから流れてくる音声を注意深く聞いていた。
提督「秘密はまだあるようだが・・・いずれにせよ状況発生しかけているな。初風、敵勢力を確認次第、足柄に無力化を命じてくれ。霞の艦隊には距離を詰めるようにと。本司令船も微速で前進する」
初風「諒解したわ!」
漣「あれっ?ご主人様、識別信号が流れてきていますよ?これは・・・横須賀第一鎮守府の司令船『むさしの』みたいですヨ?」
榛名「えっ?横須賀第一ですか?なぜこのタイミングでここに?」
―特務の司令船は識別信号をまず出さない。しかし、通常の鎮守府の司令船は、通常海域では電波による識別信号を発信しつつ航行している。
提督「待っていたぞ!やっと動きが出てきたか。そいつは高確率で敵だな。・・・如月、現時点で出撃してくる可能性の高い横須賀鎮守府の艦隊を割り出したい。常号作戦に出ていない艦娘で、練度の高いものをピックアップしてみてくれ」
如月「諒解よ、司令官」
提督「榛名、横須賀第一の・・・小林提督とは、どんな人物かな?」
―提督はノートタブレットの『提督年鑑』を開きつつ、榛名に聞いた。
榛名「優秀でした。でも、榛名には良い提督ではありませんでした。この人のせいで男性が苦手になったようなものだからです。気に入ってくださり、大事にしてくださったのですが、私は駄目でした。それで、横須賀第二に異動し、さらに芸能・広報である第二部に異動したのです・・・」
提督「・・・他にも同じような子はいたかな?」
榛名「トラブルがあって、総司令部付きに異動した子はいました。鳥海です」
提督「なるほど・・・胸が大きめで、清楚な黒髪美人がタイプか・・・」
榛名「あ、はい。そんな感じの事を言っていたことがあります(あれ?これ、榛名もそんな子だと言っていることになりませんか?)」ドキドキ
提督「下田鎮守府の艦隊にいる鳥海が、どうもその鳥海かもしれないぞ?」
榛名「えっ!あの鳥海なんですか?」
提督「恐らくこれは偶然ではないと思うが、どうだろうか?」
榛名「鳥海はとても真面目な子でした。その分、考えすぎる部分があるので、何か不都合な理由を背負ってしまっている可能性は十分に考えられます」
提督「なるほど。しかし、まだいくつか見えてきてほしいところだな・・・。榛名、金剛、場合によっては強行的に臨検を行うかもしれないが、手伝えるかな?」
金剛「エッ?横須賀の司令船を臨検するノー?」
提督「少し強引に、逆さにして全部埃を叩き出すくらいの感覚でやろうかと。そもそもこの状況は、誰の差し金か知らんが、特務案件に何者かが二重発令をしているだろう?これは十分に臨検の対象になるが、それは同時に、おれを亡き者にするくらいのつもりで来ている可能性を考慮していい局面だ。殺す気で来ているであろう相手に斟酌はいらんだろ?」ニヤッ
金剛「なるほどね。悪くないわ。でもどうまとめるつもりなの?おそらく内部の敵よね?」
榛名(あれ?お姉さま、また口調が・・・)
提督「それを見極める為にも、直接乗り込む必要があるんだよ。あとは相手を見極めて考えるさ。・・・よし、さらなる増援艦隊と、臨検に立ち会う者も編成しようか。それと・・・磯波、特務第七の川内ちゃんを呼んできて欲しい。曙、バリちゃんに行って、川内ちゃんの全制限を解除する準備をしてくれ」
磯波「諒解いたしました」
曙「諒解!」
磯波(という事は、誰か深海化しているかもしれないんですね・・・)
―『にしのじま』の艦橋司令室はあわただしくなってきた。
―再び、会合地点。
摩耶「おい!鳥海と飛龍、どういう事なんだよ!」
鳥海「どうしたもこうしたもありません。深海棲艦を匿っているくせに、総司令部を疑うなど、有ってはならない事です。私たちも軍属である以上、提督や鎮守府全体で責任を負わなくてはなりません。私はそれを・・・最小限にとどめたかっただけです!」
龍驤「はぁ?何を言い出すんやキミぃ。どこに深海棲艦がおるんや!」
鳥海「さあ、どこでしょうね?・・・飛龍さんにでも聞いてみたらいいんじゃないですか?」
飛龍「鳥海、なにそれ!話が違うじゃない!」
蒼龍「・・・・・・」
夕立「えっ?なに?何の話なの?」
長月「ちょっと待ってくれ!話が見えないぞ?」
鳳翔「皆さん落ち着いて。鳥海さん、まず、さっきの信号弾は誰に対してのものですか?答えてくれないと、あなたの武装を解除しなくてはなりません。摩耶さんたち、構いませんか?」
摩耶「いや、すまねぇ!これじゃあ、あんたたちに撃滅されたって文句は言えねぇよ。・・・鳥海、いいんだな?答えろよ!」
鳳翔「・・・龍驤、あなたの考えは?聞かせて!」
龍驤「とりあえず、鳥海は身動きとれんようにするべきやと思うで!」
鳳翔「わかりました!・・・状況発生!旗艦指揮権、赤城に委譲!」
鳥海「くっ!大人しくそうなると思わないでください!」バッ
赤城「叢雲ちゃん、下がって!妙高さん、羽黒ちゃん、それと、下田鎮守府の皆さん、鳥海さんを武装解除します!」
妙高「羽黒、頼むわ!」シュバッ・・・ガッ・・・メキキッ
鳥海「くっ!獰猛ね!妙高型!」
妙高「信管は抜いてあるわ。痛いでしょうけれど!」
―妙高はいち早く飛び出すと、鳥海の右腕を掴み、左手で探照灯を握りつぶした。さらに突進の勢いでくるりと回転し、堅洲島の艦隊側に鳥海の背中が向いた形になる。
羽黒「砲撃開始します!ごめんなさい!」
―ドバウッ!ガガガガンッ!
鳥海「あぐっ!くっ!あなたたち、私の計算より遥かに強い!何なの、この迷いのなさは!」
妙高「これで艤装はほぼ使えませんね?よくやったわ羽黒。・・・さあ、本当の事を話してください。これ以上、手荒な事はしたくありません」
摩耶「くっそ!何なんだよ鳥海!」
―しかし、その時だった。
―ドドドウッ!
赤城「砲撃音?みんな、散開して再度陣形を!未知の敵勢力を確認!作戦を第二段階に移行『狼を放て!』」
―これは、赤城なりの素早い判断だった。特務に割り込む味方は信用できない。所属が判明する前に攻撃してしまっても問題が無いのを逆手に取ったのだ。
??「こちら横須賀第一鎮守府。所属不明の艦隊に告ぐ!お前たちが造反している艦隊だとの報告を受け、我々は武装解除のために出撃している。速やかに抵抗をやめ・・・ぐあっ!なんだっ?」
―ドーン!ドガガガガンッ!
―拡声器の声のした方が探照灯で照らされ、さらに照明弾が上がると、既に沢山の魚雷と砲撃が横須賀第一と名乗ったらしき艦隊に集中し始めていた。
赤城(私の指示の一瞬前から攻撃を始めていたわね・・・足柄と霞ちゃんたら・・・)フゥ
―しかし、悪い判断ではない。おそらくこれも織り込み済みで、足柄と霞を旗艦にしたのだろう。霞は足柄の言う事はよく聞くのだ。
鳥海(くっ、何をしているの?特務の子たちに押されるなんて、横須賀第一らしくない!)
―探照灯と照明弾に照らされた横須賀第一鎮守府の艦隊は、伊勢、日向、木曾、名取、不知火、古鷹からなるメンツだった。折しも大規模作戦に主要なメンバーはほぼ出撃しており、これが残された中での最高戦力と言えた。
―特務司令船『にしのじま』艦橋司令室。
扶桑「あら、伊勢と日向が出てきたのね。負けることは無いでしょうけれど、重巡戦隊では少し荷が勝ち過ぎるかもしれないわね。・・・提督、撃滅しても?」
山城「あっ!それなら姉さまについていきます!」
金剛「ヘーイ、私も行きたいデース!」
榛名「榛名も出たいです!もっと標的があればいいのに・・・」
提督「わかった。では、信管を抜いて無力化まで攻撃の許可。さらにその後、司令船『むさしの』が停船命令に従わない場合、砲兵装を質量変換砲撃で破壊し、これも無力化せよ。その後、臨検に移る。この船の兵装も使えるが、あまり使わないほうがいいし、特務を二度と舐められないようにしておく必要があるしな」
扶桑「嬉しいわ。でも、伊勢と日向相手なら、別に信管を抜く必要はないのではないかしら?うふふ・・・」
提督「こらこら!扶桑、それは流石にいかんだろう!」
扶桑「・・・冗談よ?」ニコッ
金剛・榛名・山城(冗談に聞こえない気がする・・・)
提督「本当に冗談だったのかねぇ?・・・んっ!?」
扶桑「どうしたの?」
提督「また動きがあるぞ?」
機械音声「警報!D波検出!敵性反応増大!深海棲艦の反応あり!」
提督「敵性反応を戦略マップに投影!」
―『にしのじま』の戦術AIモニターは、司令船を中心としつつも、現在判明している敵勢力と味方を最適化された縮尺で可視化した。
提督「これは・・・まずい!下田鎮守府の艦隊の中に深海棲艦が居る!扶桑、戦艦勢全員に特務第七の川内ちゃんを組み込んで、これを撃滅してくれ」
―状況は次第に混沌とし始めていた。
―会合地点付近、横須賀第一の艦隊と足柄たちの交戦地点。
木曾「いきなり撃ってくるとはなぁ!特別任務に向かう我々にこんな事をして、ただで済むと思うなよ?」
足柄「あなたたちは知らないのね。横須賀の司令レベルは6でしょう?うちは8よ?総司令部より上なの。あなたたちは、即時無力化をされても文句は言えないわ!・・・まあ、それじゃあつまらないから、少しは頑張りなさいな!」ドドドウッ
―足柄は木曾の軍刀を持って振り上げた手を掴むと、出力に物を言わせて押し切りつつ、ゼロ距離でその艤装に砲撃を続けた。
木曾「くっそ、すまねぇ、だが今だ!日向さん、伊勢さん!」
日向「よくやったぞ木曾!そこまでだ、特務の足柄!」
―しかし、木曾はこの時、足柄の口元が獰猛に笑っていることに気付いた。
木曾「日向さん、何かまずい!」
―シュシュシュ・・・ドーン!
日向「ぐうっ!何だ?潜水艦まで?」
霞「気を付けてね。放たれた狼は足柄だけじゃないわよ?戦艦が潜水艦と夜戦するつもり?死ぬ気でかかって来なさいな。私たちをどうにかしないと、二重発令で司令レベルの低いあなたたちは、かなりの懲罰が下されるわよ?」ドウッ
―ガァン
不知火「くっ!話をしながらこちらに当てるとは!」
伊勢「こんな状況、断じて認められない!撃滅してやる!」ズラッ
―キシュン!・・・バシャン
―伊勢は艤装刀を抜き、足柄に肉薄しようとしたが、その前を何者かが通り過ぎ、手首から先が刀ごと海に落ちてしまった。
伊勢「うそっ!私の手が、刀が!」
―伊勢の手首を落とした何者かは、夜の雨の中、疾風のようにジグザグに機動すると、再びターンしてきた。スカーフを黒に変え、刀を構えた磯風だった。
磯風「ふむ、タ級の首よりは落としやすかったな。私に敵対していて刀を抜くなら、問答無用で他山の石とさせてもらおうか!」
霞「やるじゃない!新入りさん!」
磯風「ありがとう、と言いたいところだが、会合地点が何かおかしいぞ?これは・・・深海?」
霞「えっ?何あれは?」
―磯風の視線の先を見ると、会合地点にいたはずの仲間が薄暗くて見えず、深海特有の冷たくも火傷をするような気配が濃くなりつつあった。
―少し前、会合地点。
鳥海「言ったでしょう?誰が何を言おうが、組織として見れば、下田鎮守府は深海化した艦娘を匿っていた反逆者たちの巣窟なんです。私はそれを報告して、撃滅する手伝いをしただけ。・・・ねえ、飛龍さん」ニヤッ
赤城「飛龍さん、どういう事なの?」
摩耶「どういう事なんだよ、飛龍」
蒼龍「やだ・・・みんな、怖いよ・・・」
飛龍「・・・したのね」ギリッ
鳳翔「えっ?」
飛龍「騙したのね!このまま協力していたら、蒼龍を元に戻せるって言ったじゃない!」ギリッ
龍驤「話が見えへんで?どういうこっちゃ」
赤城「そうなのね?蒼龍さん、あなたは一度沈んでいるのね?」
艦娘たち「ええっ?」バッ
蒼龍「えっ?みんなどうしてそんな目で私を見るの?私、沈んでなんて・・・イナイ・・・イナイノ・・・」オオォォォォ
―蒼龍の眼が、ほの暗い青色の光を放ち、周囲が暗くなった。
赤城(いけない。これは姫クラスの気配だわ!)
蒼龍「ねえ飛龍、ズット一緒だって約束・・・シタヨネ?」
飛龍「あ・・・あ!私、私・・・違うの!蒼龍、あなたはあの時、私を庇って・・・沈んで・・・」
龍驤「なんやて!?」
摩耶「待てよ!いつだ?大規模作戦の時なら、高雄姉と愛宕姉が助けてきたんだろ?違うのか?」
蒼龍「そう・・・シズンデ・・・オイテイカレテ・・・キガツイタラ・・・タスケラレテテ・・・。飛龍ニ・・・マ・・・タ・・・」オオォォォォォオオオオォォォ
―蒼龍の眼は赤く変わり、闇はより深くなり、その姿も輪郭もはっきりしなくなった。
飛龍「蒼龍!蒼龍!あなたは深海なんかじゃない!沈んでいない!元に戻って!蒼龍ぅ!」グスッ
蒼龍「ソウ?・・・ナラ・・・」トプン
―蒼龍だったものは、吸い込まれるように海中に消えた。
赤城(まずい!もう無理だわ!)
―アアァァァァアアアアアァァァァ
―水中に、青黒い稲妻のような光と、血のような色の光、そして、押し殺した叫びのような恐ろしいむせび泣きが聞こえてきた。
―バシャッ、ズアッ!
戦艦棲姫「モウ・・・センカンナラ、シズマナイ。ミンナイッショニシズメバ、サビシクナイ」ゴゴゴ・・・ジヤキン
飛龍「ああ・・・こんな・・・」
―皆が散開する中、飛龍だけは釘付けになったように動けなくなっていた。しかし、戦艦棲姫の伴う生体艤装の三連装砲は、ゆっくりと飛龍に照準を合わせ始めた。
妙高「何をしているの!」
摩耶「しっかりしろって、飛龍!」バッ・・・グイッ
飛龍「ああっ、蒼龍!蒼龍を返して!」
摩耶「しっかりしろよ!もう蒼龍は沈んだんだ!いないんだ!あれは・・・ただの深海棲艦なんだよっ!ちくしょう!」
―それでも動かない飛龍を、摩耶が全力で引っ張り、妙高が背中から押した。
―ドゴゴウッ!ガッ!
―間一髪のところで生体艤装の砲撃を躱したが、妙高の艤装がわずかにかする。
妙高「くっ!」
―パンッ!
飛龍「えっ?」
―鳳翔が、飛龍の横っ面をひっぱたいた。
鳳翔「しっかりしなさい!このままだと、みんな巻き添えで沈んでしまうわ。感傷に浸りたいなら、戦いの後になさい!邪魔です。それとも、蒼龍みたいな子を、あなたみたいな子を、増やすつもりなんですか?」
飛龍「鳳翔さん・・・ううん、ごめんなさい!離脱します!」バッ
赤城「夜戦不能の艦は後退して!叢雲ちゃん、提督に連絡を!」
叢雲「大丈夫。さらに後詰めの艦隊が出てくるみたいよ」
―叢雲の顔に、不安の影は全くなかった。
―横須賀第一との交戦地点。
横須賀の日向「ふっ、さすがに戦艦二艘と重巡一艘では分が悪・・・ぐあっ!」ガガガンッ
那智「距離は取っているが、まだ我々の艦隊の総員を把握しきれていないだろう?甘く見ない方が良いと思うがな」ニヤッ
足柄「ありがとう、那智姉さん、雨でなかったら最高の夜ね!」
―しかし、伊勢と日向相手に立ちまわっていた足柄は、少しずつダメージが蓄積していた。
横須賀の伊勢「威勢は悪くないけれど、時間の問題よ?」
足柄「舐めないで欲しいわね(ちっ、癪ねぇ・・・)」
―ドガガガガガガンッ!
横須賀の伊勢・日向「ぐっ!ああっ!」
足柄「えっ?」
扶桑「ごめんなさいね。信管を抜いた弾を使ってしまわないと、戦艦棲姫と戦えないものだから・・・」ニッコリ
足柄「扶桑さん!」
―その割には妙に正確な射撃が、伊勢と日向をほぼ無力化してしまった。
扶桑「良かった。歴史はともかく、私は溜飲が下がったわ。さあ山城、戦艦らしい戦いを始めるわよ!」
足柄(怖いなぁ、扶桑さんたら・・・)クスッ
横須賀の古鷹「まだです!まだ私が!えっ?うわっ、まぶしっ!」
―カッ!ガガガッ
―横須賀の古鷹の顔に探照灯の光があたり、眩しいそれで目を閉じた一瞬、相当数の20.3㎝砲弾が叩き込まれた。
横須賀の古鷹「くっ、しまった!退避を!」
―シュルシュルシュル・・・ドーン!
―退避運動を行った古鷹の移動先に、さらに先読みであろう雷撃が命中する。
横須賀の古鷹「そんな、これ・・・加古スペシャルですね!」
那智「さすが、やる時はやるものだな!」
加古「へっへーん、あたしはだいぶスロースターターだけど、提督が良い感じにほっぽっといてくれてるからね。呼ばれた時は頑張るんだ!」
横須賀の名取「強い!まだこんなに強い鎮守府があったなんて・・・!」
―この時点で、横須賀第一の艦隊はほぼ無力化されたに等しい。そして、標的は新たに現れた戦艦棲姫になっていた。
―横須賀第一の司令船『むさしの』艦橋司令室。
小林提督(何だ?なんなんだこれは?おれは何を見せられているんだ?)
―練度も実戦経験も明らかにこちらが高いはずなのに、いくら三軍とはいえ、こうも一方的に負けるものだろうか?
大淀「この特務の艦娘たち、戦意がすごく高いですね。命令に従っているというより、戦いを楽しんでいます。提督は相当、適性の高い方でしょう。でも、もうそんな方は確か、居ないはずと・・・」
―大規模作戦における、大型移送船にほとんどの艦娘を送り出してしまっていた今、先程の艦隊を編成するのが手一杯だったし、またそれで十分だと思っていた。
大淀「特務司令船から通信が入ってきました!音声のみです!」
小林提督「・・・つなげ!」
モニター音声「こちら特務鎮守府。横須賀第一鎮守府の司令船『むさしの』と識別、および艦娘の所属も横須賀第一鎮守府のものと識別した。君らは特務鎮守府協定の条項5、16、23項への抵触が認められるほか、通常鎮守府協定にも抵触している部分がある。この為、本鎮守府はこれより『むさしの』への臨検を行う予定である。これ以降、司令船を移動させることは認められず、通信も規制する。従わなかった場合、順次無力化を行う。また、異議は解放後に申し立てる事。尚、当鎮守府の司令レベルは8であることを告知しておく。尚、これ以降の通信は全て特殊帯により記録・転送される事も申し添えておく」
小林提督「何だと!本当に総司令部より上なのか!くそっ!これでは・・・大淀、艦隊を撤収させろ」
大淀「えっ?いいんですか?」
小林提督「これ以上条項に抵触したら、鎮守府が解体されかねん。従うしかない・・・」
大淀「・・・諒解いたしました!」
小林提督(なに、提督を亡き者にしてしまえば同じことだ。むしろ退路は無い。そうしろという事か!あいつらめ、こんな選択でおれの退路を断つ念の入れようか!)
白露「あーあ、うちの鎮守府、解体になっちゃうかもだね」
大淀「えっ?白露ちゃんもそう思います?というか、いつの間に?」
小林提督「おい、滅多な事を言うな!何を勝手に入ってきている!」
白露「どうせ、遅かれ早かれって気がするけどなぁ~。大丈夫なの?提督ぅ」
小林提督「ふん、着任不良気味のお前からしたら、それは望むところだろう?」
白露「ひどいなぁ。それよりも出撃を命じてよ。私一人なら最初から出撃していたことにしてもばれないか、勝手に出撃したことにしてもいいからさぁ」
小林提督「何を考えている?」
白露「このまま横須賀第一の名前が落ちるのはちょっとねぇ~」
大淀(珍しいですね。この子が出撃したがるなんて・・・)
小林提督「何を考えているのか知らんが・・・勝手にしろ!おれは関知せんからな!」
白露「ありがと!行ってくるねー!(どうしても、確かめたい事があるんだよねぇ・・・)」
―こうして、『むさしの』から、ひっそりと白露が出撃した。しかし、白露の目的は戦う事ではなかった。
―再び、会合地点。
特務第七の川内「戦わない人と、動揺している人はどいて!そんな甘い敵じゃないよ!」シュパッ・・・ドウッ
―ドンッ!
戦艦棲姫「フフフ・・・イタクナイワァ・・・モウシズマナイモノ」ニイッ
―川内の砲と魚雷が命中したが、生体艤装の艤装腕がゆっくりと本体を防護し、ほとんどダメージを負わせられなかった。
特務第七の川内「硬い!何でこんなになるまで放っておいたのよ!」
飛龍「・・・ごめんなさい」
扶桑「硬いわね。・・・金剛、榛名、戦艦棲姫との戦闘の経験は?たぶん、あなたたちの方が豊富だと思うけれど」
金剛「私は何度かありマース!」
榛名「榛名も・・・あるはずです!」
扶桑「なら、旗艦を金剛に変更!川内さんは遊撃で隙を突いて!好きに戦った方が良いなら、そのように!サポートが必要なら言ってください。それと、基本、私たちはいつもの戦い方をするけれど、金剛の指示に合わせるわ」
金剛「扶桑のそういう所、好きデース!・・・榛名、私たちは高速で動き回りつつ、あいつを翻弄しマース!山城はいつものように奴に自分の戦い方をさせないで、扶桑は火力担当、川内ちゃんは私たちより速いから、戦艦ではねじ込めない隙に攻撃を!」
特務第七の川内「いいねぇ、さすが二代目金剛さん!テンション上がってきたよー!(いける、私、また夜の海で深海と戦えてる!)」シュバアッ・・・ドンッドンッ!
―川内は最適な距離を取りつつ、戦艦棲姫の本体、特にその顔をめがけて射撃をする。素早い自分に意識を持ってこさせれば、その分戦艦勢が攻撃されづらくなる、という考えだ。
金剛「サーテ、じゃあ殴り合いをしながらもゲットされた私が、それだけの価値がある事を見せましょうかネー!」パキポキ
―金剛は指を鳴らしつつ、戦艦棲姫を挟み撃ちにするように別れたが・・・。
―ドガガガンッ!
戦艦棲姫「ヌウッ!ガアッ!」
榛名「早撃ち!全然わからなかった!」
―移動するという空気しかない状態から、密かに砲塔を動かし、戦艦棲姫を見ずにいきなりの斉射を浴びせた。川内に気を取られていた戦艦棲姫は怒りと共に金剛に向き直ったが、それは榛名に背中を見せた形になる。
金剛「榛名、今ネ!」
榛名「あっ!・・・全砲門、開きます!一斉射開始!」ドドドドウッ!
―ギンッ!ガンッ!ゴンゴンゴンッ!
―生体艤装の背中に全弾が命中したが、独特な音と共にやや削れただけで、大きなダメージとは言い難かった。
生体艤装「グッ?ゴルルルル」クルッ
榛名「硬い!なぜこんなに?」
赤城「ただの戦艦棲姫ではないからです。蒼龍を母体として、何か負の感情のもとになる、大きな力を得ているせいです。多くの場合、それゆえに最初から作られた戦艦棲姫よりも、反転する因子をもって艦娘から変化した深海棲艦は、えてして強力だと言います。くっ!昼なら私も加勢できるのに!」
―戦艦棲姫の本体が榛名側に向き直ると、生体艤装は海面に両手を付き、肩の三連装砲の照準をつけ始めた。
榛名「いけない!次弾装填急いで!」
―ガガガンッ
戦艦棲姫「ウヌッ?」
山城「あーあ、硬いわね。15.5㎝ではどうにもならないでしょうけれど・・・捉えているわ。姉さま!」
扶桑「いい感じだわ!」ニコッ
―ゴウッ!
―山城が言い終えないうちに、扶桑の全砲門が轟音と共に開いた。今回は何発かが戦艦棲姫の本体に命中する。
戦艦棲姫「アアッ!?」
―パキキッ・・・バシャッ
―戦艦棲姫の右目と頬のあたりが割れ、海中に落ち、眼の赤い光と黒いもやが漏れ出す。
扶桑「厚い顔の皮の下は、激しい憎しみと黒い感情、と言ったところかしら?いいわね、そういうの、嫌いではないわ」
金剛「ヘーイ!よそ見はNo!ですヨー!」ゴウッ!
特務第七の川内「うっわぁ、戦艦が沢山いると、さすがにえげつない感じだなぁ。戦艦棲姫でもこの状況を覆すのは難しいかもね」ザアッ
―現在、戦艦棲姫を金剛、榛名、扶桑、山城が取り囲んでおり、さらにその周囲で特務第七の川内が遊撃している形になっている。この後、状況次第で陸奥も出撃してくるのだ。
―横須賀第一と餓狼戦隊の交戦海域。
横須賀第一の伊勢「提督からの厳命よ。総員撤退しろとの事よ」
横須賀第一の木曾「くっ!撤収だと?総員撤収!条項違反で軍法会議の可能性高しとの事だ。撤退だ、くそったれが!・・・認めざるを得んな、お前たちの指揮官は有能らしい」
足柄「何ですって!?楽しかったのに!待ちなさいよ!」
霞「条項に抵触しての撤退だから、ほぼこちらの想定通りみたいよ?やめなさいよ足柄!」
―霞は、横須賀の艦隊を追いかけようとする足柄に追いすがって止めた。
足柄「ちょっと霞、離してってば!まだ決着はついてないじゃない!こら、待ちなさいよ横須賀ぁ!」
霞「やめなさいって言ってるの!司令官に出撃禁止にしてもらうわよ?」
足柄「やめた」ピタッ
霞「はやっ!」
足柄「よく見たらあっちの方が楽しそうなことをやっているわ!餓狼戦隊、陣形を再編成しつつ、目標を深海棲艦に変更!突撃よ!」ザアッ
霞「ああもう!足柄ってば!しょうがないわね。第三艦隊、目標を戦艦棲姫に変更、潜水艦隊は支援雷撃を!私と磯風は支援に移るわ!」
伊19「任せてなのね!」
―足柄と霞は、今度は目標を戦艦棲姫に変えて、陣形を編成し始めた。
―横須賀第一鎮守府司令船『むさしの』後部出撃ハッチ付近。横須賀第一の艦隊は、どうにか司令船にたどり着いたところだった。
日向「くそっ、こっぴどくやられてしまったな。何なのだ?あの特務の艦娘たち。私たちとは何かが違う気がするが」
伊勢「戦いと遊びが混在しているわ。公称練度という目安がおかしくなるくらい、戦いを楽しんでる。相当強くなるわよ。あの子たち」
木曾「認めたくないが、我々の汚れ仕事を見抜いた上に、対策をし、あの艦娘たちの戦いぶり・・・指揮官の有能さが二枚も三枚も上手に見える。最悪の場合・・・」
名取「私たち、鎮守府ごと解体されるかもしれませんね」
不知火「任務に従っているだけ、と言い切れませんからね」
古鷹「悔しい!こんな事になるなんて!」ギリッ
??「大丈夫だよー!きっとそうはならないから!落としどころを見つけてくるね!」
木曾「お前、珍しいな、出撃するなんて」
白露「提督に話してあるけど、内緒で出撃するの。じゃあ行ってくる!」
日向「あっ、おい、あいつらは強いぞ?」
白露「戦うわけではないから大丈夫!」
―白露は言いながら、雨の夜の海に姿を消した。
―会合地点~特務司令船『にしのじま』間の海上。
鳥海「もう、心配しなくても抵抗しませんよ。どうとでもなれです」
妙高「とはいえ、全てを話してもらう必要がありますから、身柄を拘束し、武装解除いたしますね。司令船で提督の指示を仰ぐ必要があります」ジャッ
―鳥海は錨の鎖で後ろ手に縛られていた。妙高が先導し、羽黒が後ろにつく。そして、下田鎮守府の艦娘たちと、赤城たちがその後に続いていた。
飛龍「・・・あの、私の身柄も拘束しないんですか?」
鳳翔「暴れるつもりなら、そうさせてもらうわ。でも、そんな事を考えていないでしょう?」ニコッ
飛龍「・・・はい」クルッ
―飛龍は振り返り、蒼龍だったものが戦艦棲姫になった地点を見た。照明弾や探照灯に照らされ、激しい戦闘の音が続いている。一歩間違えれば、自分たちがあれと戦っていて、おそらく夜なら全員沈められただろう。
飛龍「私、蒼龍が沈んだことを認められなくて、ずっと嘘をついてた・・・許されないよね、こんな事。でも・・・でも・・・認められなかった!何があってもお互いの事を守るって言ったのに、大破した自分に気を取られて、蒼龍が私の身を守ろうとしたことに気付くのが遅れて・・・それでっ・・・!」
赤城「言わなくていいわ。生きるって、後悔を積み重ねていくようなものよ。泣きたければ泣きなさい。もうじき・・・」クルッ
―赤城も戦闘地点に目をやった。
赤城「もうじき、あの戦いにけりが着くと思うわ。訳があって、とどめはうちでは刺さない。別の鎮守府の子が当たるはず。提督に話して、その時に立ち会えるようにしてもらうわ」
飛龍「ありがとう。ごめん・・・なさい」グズッ
―飛龍は努めて冷静に話していたが、止まらない涙でぐしゃぐしゃだった。
五月雨「激しい雨・・・ですね・・・」
―そんな飛龍を気遣ってか、五月雨はあえて空に顔を向け、雨を受ける。
摩耶「そうだな、ちくしょう・・・」
―摩耶も空を見上げていた。逆に龍驤は、無言でバイザーを掴み、うつむく。
羽黒「でも、悪い事ばかりではありません!うちの船に着いたら、一息入れて下さい」
叢雲「そうよ。悪い事ばかりではないわ。びっくりするかもしれないけれど」
―下田鎮守府の艦娘たちは、堅洲島の艦娘たちとともに、一旦司令船で一息つくことになった。起きていることに気を取られて、羽黒と叢雲の言っていることが耳に入っていなかったが、いずれ驚愕の再会がある事を、彼女たちはまだ知らない。
―戦艦棲姫との交戦地点。
金剛「ああっ、モウ!硬いなんてもんじゃないデース!やっと中破くらい?何なのこの硬さは!」
榛名「艦娘から変質した深海棲艦は本当に硬いですね、くっ!」
特務第七の川内「気を付けて!密かに深海化している子って、より強力な深海棲艦を作るためじゃないかって仮説もあるのよ。艦娘が反転した深海棲艦は最初から深海棲艦だった奴よりかなり強いらしいの!」
足柄「どういう事なの?」
特務第七の川内「まず、夜戦でのダメージが通りづらくなるらしいのよ。でも、だったら沈むまで削ればいい事よ、長く夜戦できる、それだけだわ!」
足柄「いい事言うじゃない!その通りよね!」
霞「でも、それだけじゃないわ。本体への攻撃の躱し方が上手な気がする。こちらの攻撃のタイミングを読んでいるみたい」
磯風「厄介この上ないが、武勲は常に厄介と隣り合わせなものだ」ドウッ
―ドバウッ・・・・ギイィィィィ
―いきなり撃った磯風の砲弾は、生体艤装の燃え盛る口の中に命中した。
霞「えっ?当たった!」
磯風「なるほど、霞の言うとおりだな。見た目より、きっと頭がいいか、こちらの攻撃のタイミングを読んでいるのは間違いない様だぞ?」
扶桑「そういうことね・・・」
―そこからは声を掛け合わず、無言でそれぞれが攻撃のタイミングを見て連携した。以前よりも明らかに命中率が上がっている。
扶桑(でも、高い知能のはずなのに、あまりそれを感じさせない。どういう事なの?)
榛名(これ、この前の磯風ちゃんと戦った時みたいな感じですね。戦いに関する事だけは、最優先で最適化される・・・そういう事でしょうか?)
―戦いは佳境に入りつつあった。
―同じ頃、特務司令船『にしのじま』艦橋。
陸奥「もうっ!私の出番がないまま終わっちゃうじゃない!戦いたかったのにぃ」ムスッ
提督「いや、流石に戦艦五人はオーバーキル過ぎるかと思ったんだけどさ、あとは資源の点でもな。予備兵力が予備のままってのは、平和でいいじゃないか」
陸奥「戦艦は敵を撃滅しないと死んじゃうのよ?」パチッ、キラキラッ
―陸奥はウインクしながら、かなり殺伐としたことを言っている。
提督「『女の子は恋しないと死んじゃう』みたいなノリで、そんな事を可愛く言われても・・・」
陸奥「あーあー、いいなぁ。金剛も榛名も、扶桑も山城も、出撃させてもらえて。えーと、堅洲島の戦艦って、確かこの四人よね?他に誰かいたかしら?」チラッチラッ
提督「・・・いやー、すごく強い、長門型二番艦の陸奥さんもいますねぇ」
陸奥「で、その陸奥さんはどうしてここにいるのかしら?」ニコニコ
提督「ああもうわかった!まだ硬いみたいだし、決めてきてくれ。但し、とどめはなるべく特務第七の川内ちゃんで。それから、出撃ゲートで一息入れてもらうつもりだが、下田鎮守府の飛龍ちゃんが最期に立ち会いたいと言うなら、随伴してやってくれ。あと、伊良湖ちゃんとこで飲み物も受け取って行ってくれ」
陸奥「ありがとう!行ってくるわね!」ダッ!
―陸奥は司令室を飛び出していった。
漣「陸奥さんて結構面白いですよね?」
提督「一緒に呑むと楽しいぞ?笑い上戸だしな」
―しかし、実はとても繊細な部分がある。そんな陸奥がしばらく出撃禁止だったのは、本人にはかなり辛かったはずだ。
―『にしのじま』出撃用デッキ開口部。
―下田鎮守府の艦娘たちと、赤城たち会合組が帰投したとほぼ同時に、陸奥と、途中で合流した荒潮が出会った形になった。これから出撃する陸奥の代わりに、荒潮がトレイに飲み物を乗せて運んでいる。
陸奥「こんばんは、下田鎮守府の皆さん。そろそろケリがつくみたいだけど、飛龍さん、私と一緒に最期を見届ける?」
飛龍「・・・ええ。行きます」
荒潮「なら、ココアを飲んで一息入れてから行った方が良いわ。下田鎮守府の皆さんも、お茶とかコーヒーもあるわよ?うふふ」
飛龍「ありがとう、いただきます。陸奥さん、まだ時間はありますか?」
陸奥「大丈夫よ。無力化しても、とどめはあなたがいくまで待つこともできるから」
飛龍「わかりました。これを頂いて、気持ちを整えたら・・・行きます!」
陸奥「わかったわ」
―どうやら自分が戦いに加わるのは難しそうだが、それでもいいか、と陸奥は考えていた。そう思わせるくらい、飛龍の眼は静かで、厳かと言っても良かった。
五月雨「雨、だんだん激しくなってきていますね」
赤城「そうね・・・(嫌な雨。あの時みたいね)」
―かつて、赤城の全てが粉々に踏みにじられた夜も、こんな雨が降っていた。だから夜の雨は苦手だ。しかし、今は何かが違う気がする。雨と闇の彼方に、微かに未来を感じるのだ。
赤城「みんな、しっかり一息を入れて。それと妙高、鳥海は夕張さんに話して、武装解除及び艤装展開禁止状態に。そして提督の指示を仰ぎましょう」
―夜も雨も、そして涙も、まだ収まりそうになかった。
第五十八話、艦
次回予告
戦艦棲姫にとどめを刺し、自分を取り戻す特務第七の川内と、淡い光に別れを告げる飛龍。
しかし同じ頃、遥か彼方の海で飛龍の呼び声を聞いて振り向く、逞しい蒼龍が居た。
そして、鳥海の身柄の拘束と、横須賀第一の司令船への臨検が始まる。
隙を突いて堅洲島の提督を亡き者にしようとする小林提督だったが・・・。
また、下田鎮守府の艦娘たちは、早朝に仲間との再会をする。
次回『涙と雨・後編』乞う、ご期待!
飛龍『蒼龍、蒼龍っ!・・・!』グスッ
バズーカを背負った傷だらけの蒼龍『・・・呼んだ?私を呼んでるのはあなたなの?』ガシャコン
飛龍『どっ、どうしてバズーカなんか背負ってるのおぉ!?』
蒼龍『いやー、夜戦で飛龍が沈んじゃったからね。仲間をサポートするために、携行火器を手放さないの。ショートランドは甘くないのよ。怒りのアイアンボトムサウンドよ!』
飛龍『逞しいのねぇ・・・』
蒼龍『ところで、これはバズーカじゃないわ。バズーカという武器は今は無いの。これはカール・グスタフM3改という無反動砲よ。艦娘でないと扱えないわね』
飛龍『えぇ・・・』
現在、夏イベントE4を甲で突破し、現在はE5を攻略中です。
いやー、資源がまずいですね。
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