「地図に無い島」の鎮守府 第五十六話 メビウスの輪
引き続き、訓練の顛末と、練武会、そして赤城のいつもと違う態度について。
そして、約束通り利島鎮守府に向かう、堅洲島のメンバーたち。しかしそこには、提督との対決をやや強引に実現しようとする総司令部の鹿島、通称『鬼鹿島』も待ち構えていた。
対決する提督と鹿島。そして明らかになる、鹿島の師の引退の真相と、笑いをこらえきれない艦娘たち。
そして、鬼鹿島の軍紀違反を看過していた春風は、この状況を利用し、提督に自分と鹿島の異動を持ちかけるのだった。
『鬼鹿島』さんの手錠術と、どこで覚えたのかわからない必殺技が出てきます。曙が突っ込んでいますが、食らった霧島さんは無事では済まなかったようです。
以前の話で出てきた『着任不良』について、春風が語ります。彼女もこれに苦しんでいたようですが、今までの話だと、他にもこれに苦しんでいる艦娘が出てきていましたね。
果たして、利島の子たち以外に、春風と鹿島はどうなっていくのでしょう?もう一人の鹿島の話も進んでいますし、気になりますね。
第五十六話 メビウスの輪
―2066年1月5日、ヒトヒトマルマル(午前11時)過ぎ。堅洲島鎮守府、執務室。
山城「高速修復、ありがとうございました。私の失態だから、貴重なものを使わなくても良かったのに、ごめんなさい」
提督「コースのリサーチはこちらの責任だからさ。予想外だった、では済まないさ。しかし・・・」
山城「あれ、聞き間違いではないわよね?」
提督「ああ。学校といい、あの縦坑といい、何かあるな」
榛名「提督、その探索なのですが、榛名が横須賀からの引っ越しを終えるまで、待っていただけませんか?」
提督「手練れは多い方が良い、という事かな?」
榛名「はい。それに、もしもですよ?万が一ですが、本当に幽霊だったとしたら、榛名が以前上層部から賜った名刀、『死返開耶姫(まかるがえしさくやひめ)』があった方が良いような気がします。あの刀は、深海棲艦や、得体の知れない悪いものに効果があると言われていますから。もともと、提督にお預かりしてもらうつもりでしたし」
叢雲(幽霊を斬っちゃうって事かしら?)
提督「なるほど・・・それは心強いかもしれないな。って、なぜおれに預けると?」
榛名「はい。榛名にはあの刀を持つ資格がないような気がしていましたから・・・」
提督「それは、態度や姿勢的な?そういえば、初めて会った時は・・・」
榛名「すいません、言わないで下さい・・・」カアァ
金剛「申し訳ありませんが、帰っていただけますカ?(榛名の声マネ)」ボソッ
榛名「あっ!お姉さま、からかわないでください!もう・・・反省していますから・・・」ウツムキ
提督「なるほど。少し考えておこう」
榛名「はい!お願いいたします」
提督「・・・考えた。榛名が持ってていいぞ?」
榛名「ええっ!?早すぎませんか?」パチクリ
金剛「私も、榛名が持ってていいと思うヨー?」
榛名「えっ?お姉さまもですか?」キョトン
提督「な?金剛もそう思うだろ?だからいいんだ。その名と刀に恥じない生き方、今の榛名なら、きっとできるさ。それに、神話の『開耶姫(さくやひめ)』は美しいが短命だ。『死返(まかるがえし)』の名を冠する刀は、いい呪詛返しになる。死亡フラグが立ちづらくなって良いと思うからな。持っていてくれ」
榛名「はい!榛名、名に恥じない働きをしてみせますね!」
提督「さて・・・良い話がまとまったところで、訓練のひどい脱落者についてだが・・・」
吹雪「・・・」ビクッ!
―執務室の空気が少し変わった。
提督「ビリから二番目の吹雪さん、最下位からボトム5位の名前と状況を教えてくれないかな?」
吹雪「えーっと・・・はははい!最下位というか脱落、初雪ちゃん。グラウンドの外でアウト。以降は携帯ゲーム機で遊んでます。ボトム二位、私です。須佐山の登山道入り口で吐いちゃいました。三位、サミちゃん。なぜかゲートまで行って戻ってきて、それから登ったんですよね。で、四位、加古さん。登山道途中で爆睡ですが、口に水を含んだままです。五位、妙高さん。登山道で本気の足柄さんに吹っ飛ばされて足をくじきました・・・」
五月雨「すいません、やっちゃいました!」
提督「妙高さんは気の毒だが、あとのメンバーは初雪は絶対に本気出してないし、加古は能力が高いはずだし、サミちゃんはドジが無かったらそう悪くないタイムだ。という事は・・・」ジロッ
吹雪「ひいっ!」
提督「あの大浴場での活躍の片鱗も無く、ちょっと問題があるんじゃないかなぁ?吹雪ぃ」
吹雪「あはは・・・そそそうですよね・・・。あんなにきつい思いをしたのは初めてです」ドキドキ
提督「では・・・」カタッ
―提督は何か表の挟んであるバインダーを持ち、吹雪のほうに歩み寄った。
吹雪(怒られますよね・・・?)
提督「全員の本気のデータを取りたいので、吹雪が取りまとめて近日中に再度データを取ってくれ。初雪は・・・そうだな、10位以内のタイムや、非常に速いタイムを出したら、自由時間や休暇の融通を利かせると言ってみてくれ。それと・・・」
吹雪(うう・・・)
―ポン
吹雪「えっ?」
―提督は吹雪の頭に手を置いた。
提督「爆発的な運動に身体が慣れていないようだ。また、みんな想像を超えてタイムが良い。・・・というわけで吹雪、同じ要領で、ゆっくりでいいから鼻呼吸のみで歩いて降りる、を何度か繰り返してから再挑戦するといい。きっと、思っていたよりできるはずだ」ニコッ
吹雪「はい!司令官、やってみます!(思ったより優しい・・・)」
赤城「提督、いささか優しすぎるきらいがあるように感じられますが・・・」
吹雪「赤城さん・・・」
提督「まあな。しかし、できる者ばかりの組織もまた、危ういもんだ。こんな感じで良いと思う」
赤城「!」ハッ
―赤城が、皆も分かるくらい息をのんだ。
提督「ん?赤城、どうした?」
赤城「いえ、提督は、この鎮守府の特務『回天』を十分に理解されていると思います。そのような組織はすべからく精鋭で固めたがるものですし、多くの場合はそうあるべきとされるでしょうが、提督はやや違うお考えなのでしょうか?」
加賀「赤城さん?」
提督「ああ、それをやったらたぶん勝てないぜ?」
赤城「なぜそう思います?」
提督「赤城の言うそれは『道理』だ。しかし、人がその限界に挑まされる局面は、大抵それが通じず、『個』それぞれの戦いの結果の集大成となる。それは、『道理』から外れた『理外の理』だ。噂の通りに、深海側にかつての有力な提督たちが居るのだとしたら、今の彼らはかつての戦いの後、この『理外の理』に打ちひしがれ、自らそうなろうとしているようにも感じられる。有能で挫折を知らない者が良く陥る陥穽(かんせい)だ。だから、多くの歴史家や軍略家は言うんじゃないかな。『真の名将とは、大敗北を経た者のみである』と。その部分に、こちらの勝ち目があるんだよ」
漣(珍しい!ご主人様が真面目に話してる・・・)
赤城「・・・提督は、ご自身がその大敗北を経て、名将の才覚がおありだと自認されているという事でしょうか?」
加賀「赤城さん!そういう言い方は・・・」
提督「いや、不遜な物言いと受け取られかねなかったな。そうだな、おれは戦いに負けた事は一度もないのに、勝ったと思えた事も一度もない。だから、よくわかる気がする。そして、それが例えば勘違いであっても、少なくとも自分に依って立ち、判断し、戦い続ける上で、それしか参考にできない、という意味さ」
加賀(とても謙虚な言い方をするのね・・・)
赤城「嫌な言い方になりましたね、すいません。それはどういう意味ですか?」
提督「戦いに幾度となく勝って、生き残っても、それはおれにとっては敗北に等しいものでしかなかったという事さ。・・・ここに例えるなら、深海を殲滅しても、ここにいる誰かが命を落としていたら、もうそこにおれの勝利は無い、という事だ。たとえ世界は救われても、おれの心は救われないんだよ」
赤城「私たちがとても大事、という事でしょうか?」
―次第に、執務室は静かな緊張感に満ち始め、提督と赤城の声だけが良く響いていた。
提督「大事?いや、ここにいて、戦う理由だな。大事という表現は、適切ではない。正しい部分も多いが」
―ガタッ
―雰囲気を打ち消すように、叢雲が立ち上がった。
叢雲「赤城さんらしくないわね。何を聞きたいの?」
加賀「そうね、いつもの赤城さんではないわ。何か気になる事が?」
赤城「あっ!いえ、そうですね、出過ぎた事を言ったかもしれません・・・」
提督「いや、こういう話は嫌いじゃないな。自分の心の中を少し整理できる気もする。またの機会でも、呑みながらでも、歓迎するよ。大事なことだ。誰だって自分の上官の考えは知りたいだろうしな」
赤城「ありがとうございます!是非とも!・・・では、ちょっと柄にもなく突っ込み過ぎたので、いつものようにたくさん食べてくる事に致します」ニコッ
扶桑(・・・何かしら?赤城、いつもと違うわ)
―扶桑には、赤城から何か寂しげな雰囲気が感じられた。
加賀(珍しいわ。あなたらしくないわね、気になるのは分かりますが・・・)
―加賀は黙って赤城の後に続く。その背中は、いつもよりどこか寂し気な気がした。
赤城(誰がどこまで考えてあの人を提督にしたの?先ほどの話は、実際に今の深海を論破していたわ・・・。私にはそう思える。あの人が最初の提督だったら、今とは違う未来になっていた気がして仕方ないわ。でも・・・)
加賀「どうしたの?赤城さん」
赤城「加賀さん、お腹がすきましたね。午後の為にもしっかり食べておきましょうか!」ニコッ
加賀「えっ?・・・もちろんよ!」ニコッ
赤城「それにしても、あれが提督の本音の言葉でしょうか?だとしたら相当、色々と考えている方なのね」
加賀「あまり本心を出さない方のようですから、赤城さんの気持ちも分かります。でも、あまりあのような突っ込み方は・・・」
赤城「ですよね、ごめんなさい。つい楽しくなってしまって」
加賀「少し心配しました。でも、とても謙虚な返し方をしていましたね、提督は」
赤城「そうですね・・・」
―しかし、それが提督の本心かといえば、赤城にも確証は持てない。
赤城(加賀さんは気づいていない。あの人は私が驚くような答えを返しただけで、本心かどうかはまた別のような気がするわ。まだあんな人がいたのね。確かに異質だわ・・・。かつての提督たちとは、確かに何かが違う・・・)
―心がとても読みづらい気がするのだ。が、意図的にそうしている雰囲気は感じられない。そして、挑発的な言動をしても、答えは謙虚で、心の乱れを感じない。まるで・・・。
赤城(死者と話しているような気がしたわ・・・)
―戦闘ストレス障害のせいだろうか?しかし、赤城はひとまず、この事について考えるのをやめた。人間について考えると、頭が痛くなるのだ。
―同日ヒトサンマルマル(13時)過ぎ、堅洲島鎮守府、道場。
提督「では全員、竹刀を構え、敵との対峙を真剣に想定して、自分なりに構えてみて欲しい。総員、構え!」
―シュバッ!
提督(ほお、やはり違うものだな!)
―心得の有る者、ない者、それぞれが自分なりに竹刀を構えた。ほぼ全員、筋が良いが・・・。
提督(あれっ?)
―意外だが、陸奥はあまり刀は得意ではないようだ。
提督「むっちゃん、刀はあまりピンと来ないかな?」
陸奥「そうねぇ、あまりピンと来ないわねぇ」
提督「次っ、総員、武器無し、格闘戦の構えで!」
―シュバッ!
提督「おおー、むっちゃん強そうだな!」
陸奥「ふふ、殴り合いの方が向いているみたいね」
提督「おっ、球磨ちゃんはレスリングっぽいな!」
球磨「くどいのは嫌クマ。獲物無しが一番いいクマ~」
提督「なるほど、ストロングスタイルとか、ありだな」
球磨「ふっふっふ~、球磨ちゃんのタックルはすごく早いクマ!」
―確かにそうかもしれない。立ち姿が安定している。
提督「よし、次、各自、ライフルまたは拳銃を選び、構えっ!」
―これもまた、ほとんどの艦娘の筋が良い。流石に射撃は切っても切り離せないからだろう。
提督「次、ナイフ!」
―練習用のラバーナイフを艦娘たちが構える。
提督「陽炎、両手にナイフなのに、何だか場馴れした雰囲気が出ているな」
陽炎「そうね。持つのは初めてだけど、悪くないわ。普段から装備しようかな?」
提督「良いかもしれないな。あとは・・・んっ?」
―同じく、両手持ちが様になっている艦娘がいる。荒潮だ。
提督「いい感じだな」
荒潮「うふふ。そうね、悪くないわ。でも何かひねりが欲しいのよねぇ。司令官、時間のある時で構わないから、相談に乗ってくれたら嬉しいわ」
提督「ひねり?」
荒潮「うん。あからさまにナイフや銃ってわからない感じの何かがいいなあって」
提督「おれの、ノコギリ刃付きの銃みたいな?」
荒潮「それもいいけど、もっともっと控えめで、凶悪な感じ、と言ったらいいかしら?」
提督「なるほど、考えておこう」
―確かに、そういう武器の使い手もいた方がいい。
―提督は艦娘たちの構えから、それぞれの武器の適性をランク付けして記入していった。後に、このシートをもとに艦娘たちの使用武器の目安や、地上戦での訓練の割り振りが決められていく予定だ。
提督「さてと、あとは・・・まだ少し時間があるな。希望があれば、軽く手合わせでもしようか?」
木曾「提督、手合わせを是非頼む。改二を見越して、片手で剣を持ってみたいんだ」
提督「いいだろう。では・・・!」
―提督と木曾は、それぞれ片手に竹刀を持って対峙した。
提督(うん。静かで獰猛、隙も無い。いい感じだな)
木曾(話には聞いていたが、参るな。どう打ち込んでいいのか、全く見えてこないぞ・・・)
―木曾には、提督がまるで彫像のように感じられた。
木曾(『木鶏(もっけい)』の境地とはこの事か。大した男だな・・・)
―木曾は深く息をし、構えを解いた。
提督「どうした?」
木曾「修練の必要性を痛感したよ。ありがとうな、提督」
赤城「あのう、それなら次は私でお願いしてもいいですか?」
提督「ああ、構わないよ」
赤城「打ち合いは無しの、対峙のみで。私は弓を持ちます。提督も手加減無しの気配でお願いいたしますね」ニコッ
提督「わかった」
―ザッ
―ピシッ!
―道場の空気が張り詰め、艦娘たちは身じろぎもしなくなった。
赤城(見せていただきましょう。提督の力を・・・)
―赤城は、自分の中の全ての戦いの記憶を思い出し、そのすべてに打ち勝ってきた記憶と心をまとった。
提督(強いな・・・むっ?)
赤城「・・・」スッ
―とても静かな、微笑みとも寂しさともつかない表情。そして、隙が無い。
金剛(エッ?)
榛名(赤城さん・・・あなたがなぜこんなに・・・?)
磯風(なんだっ?強いな・・・!)
提督(隙が無い・・・久しぶりだな、打ち込みを考えるなんて。だがなぜこんなに強い?なら・・・)スッ
―提督はさらに一段深い状態に自分を移した。
赤城(ああ、やはりわかりますか。それにしても、恐ろしい方。艦娘である私さえ、静かに殺せそうなこの殺気・・・うっ?)
―提督から、殺気が消えた。そして、何か異なるものが赤城の心をざわつかせる。
金剛(提督の気配が・・・)
榛名(・・・消えた?)
―しかし、赤城だけは、それの意味するところが分かった。
赤城(違う!これは・・・艦娘にはわからない、『死の気配』だわ!こんな濃厚な死の匂いを感じさせる人は、深海側にもいない。この人は、今までどんな戦いを・・・?くっ・・・!)
―赤城は艤装を展開して、ありったけの攻撃を提督に叩き込みたい衝動にかられた。
赤城(だめ・・・抑えて!敵ではないのよ、この人は。殺されるわけではないのに、なんという・・・!)
―自分のわずかな動きが、衝動的に自分か提督の攻撃を誘発し、それが死につながるような、危うい揺さぶりが心を支配し始めていた。
―スッ
提督「一航戦か・・・大したものだな」ニコッ
―提督は構えをほどいた。
赤城「・・・あっ!いいえ。ありがとうございます。本気でお相手していただいて。この赤城、感服いたしました!」
加賀(赤城さん、あなたの練度、本当に低いの?)
―加賀が感じたとおり、赤城はこれで、自分の技量と経験が相当なものである事を提督に見破られたと気付いた。
赤城(気配に呑まれて、やってしまったわ。提督はきっと見破ってしまったわよね・・・)
―赤城にもまた、大きな秘密があった。
赤城(・・・どうしましょう?)
―提督の対応によっては、決死の覚悟をしなくてはならないが・・・。赤城には提督の考えは読めなかった。
提督「公称練度って本当にいい加減というか、ご都合主義というか・・・。赤城、おおかたこの島で死んで来いくらいの事を言われたのかもしれないが、提督としては君でとても嬉しい。よろしく頼む。なんであれ、とても高い技量の君を歓迎するよ。もう少し食事面の待遇を良くしたいと思う」ペコッ
赤城「えっ!?・・・あっ!いいえそんな!(そう来るのですか!?疑わずに?)」
―提督は赤城の実力を知りつつ、提督なりに何かを察し、気遣ってくれたのだ。その秘密の内容は気にせずに、だ。
赤城(あれほどの気配を持ちつつ、鋭いのに、この鷹揚な対応・・・確かにこの方は、かつての提督たちとはあらゆる面で異質だわ)
―『この島で死んで来い』くらいの事を、赤城は実際に言われてここに来ている。そこまで読んでおきながら、この提督は、赤城が何を抱えていても、あまり気にしていないようだ。
赤城(そういえば、この方も、総司令部の被害者みたいなものですものね・・・)
叢雲(・・・赤城さんも、もしかして私と同じ?)
扶桑(・・・・・・何かあるのね)
漣(危険な艦娘?まさかね・・・)
―この日の赤城の不可解な言動は、何人かの艦娘の心に小さな波を立てた。
―同日ヒトゴーマルマル(15時)過ぎ、利島鎮守府。
―利島鎮守府から特務第二十一号、堅洲島鎮守府に異動希望の艦娘たちは、水上機発着所に集まっており、周囲の空を見回していた。
三日月「あっ!あれ、違いますか?」
春風「いえ・・・あれは総司令部の水上機のようです。なぜこのタイミングで?誰が?」
―総司令部の水上機の一つ、『千鳥』が着水してきた。
―バタン・・・カッ
鬼鹿島「総司令部及び、青ヶ島鎮守府兼帯教導艦、鹿島、異動練度確認立ち合いの為に参じました」
春風「鹿島さん!?どうしてここに?」
鬼鹿島「春風さん、任務お疲れさま。表向きの理由と、本当の理由、どちらを話せばいいですか?」ニコッ
春風「あっ!(察し)・・・いえ、別に、大丈夫です(これは面倒な事になりますね・・・でも)」
―春風はこの時、鹿島の考えを読み、そこに自分の考えを上手に乗せられないかと考え始めていた。
涼風「おっ!今度こそそうじゃないの?大型水上機がこっちに向かって来てるよー!」
―ゴオォォォォ・・・・ザザーッ
浦風「ああ、それっぽいなぁ。特務用の大型水上機じゃね。重武装で、長大な航続距離と、鎮守府の機能が少しだけあるんじゃよね、確か」
春風「浦風様、よくご存じですね。中でお茶を楽しめるくらい静かなのも特徴なのですよ?」
鬼鹿島「いよいよ来ましたね!」
―・・・・ギイッ・・・バタンッ
―大型水上機『わだつみ』のハッチが開くと、まず、メイド服を着た漣が飛び出してきた。
漣「へえ~!意外と近いんですね!」
利島の艦娘たち(ええっ!?なぜメイド服?)
―続いて、やっぱりメイド服の曙が出てきた。
曙「そういう、距離を特定できるような言葉は厳禁って言われてたでしょ?」
利島の艦娘たち(この子もメイド服!?)
漣「あー、これは、やってしまいましたなぁ」テヘッ
浦風「えーと、これはどういう事なんじゃ?」パチクリ
春風「可愛らしいですけれど・・・およそ厳格という感じでは、ございませんね・・・」
磯風「利島か・・・ずいぶん久しぶりな気がするな。しかしなぜだ?以前より空が広く感じるぞ」ザッ
―ソードハーネスで左肩から左わき腹沿いに刀を吊るした磯風だった。
浦風「磯風!!あんた、本当に生きていたんね!!」ダッ
磯風「浦風!!待っていてくれたのか!ああ、この通り元気だぞ?」ニヤッ
―浦風は磯風に飛びついた。
浦風「ほんにあんたって子は!死ぬとは思ってなかったけど、なんも言わずに飛び出していって!うち、すごく心配したんじゃからね!!本当に、本当に無事で・・・」グスッ
―浦風は笑いつつも、磯風の頬を両手で『むにゅっ』と押しつつ、微妙に力を加えていた。
磯風「ははは。すまなかったな・・・痛いぞ。すまんって、浦風!」
浦風「しかも、助けられてからも大暴れしたんじゃろ?うちも一緒にがんばるけぇ、ちゃんと恩は返さないとダメじゃよ?」
磯風「もちろんそのつもりだ!任せておけ!」ドヤァ
金剛「うちのテートクはそんな細かな事は言わないのデース!浦風ですね?よろしくデース!」
浦風「うわ!金剛姉さんじゃ!青ヶ島にいた金剛姉さんじゃろ?艦隊で一緒になったらよろしくじゃ!うち、今度は絶対に守るけぇね!」
金剛「・・・ありがとう。あなたも沈んじゃダメよ?よろしくね!」ニコッ
―浦風の真面目な宣言に対して、金剛は普通の口調で真面目に返した。
浦風「わぁ!金剛姉さん、何だか大人っぽいんじゃね。うち、やる気が出てきたわぁ!」
鬼鹿島「・・・お久しぶりですね、金剛さん。お元気なようで何よりです」
金剛「久しぶりね。・・・まぁ、仕方がないこととはいえ、あそこでは邪魔者でしたからネー」クスッ
―金剛の眼は、あまり笑っていなかった。
鬼鹿島「そんな事・・・(あれっ?何だか凄みと余裕が以前とは違いますね)」
榛名「あら?鹿島さん、どうしてここに?」
鬼鹿島「あっ!榛名さん。本当に異動してしまったんですね?一体、どんな弱みを握られてしまったんですか?」
榛名「えっ?弱み?何のことですか?」
鬼鹿島「金剛さんも、心の隙を突かれたのかもしれませんが、今のご時世に、世渡りだけはずいぶんと上手な提督さんも居たものですね」
榛名「ああ、鹿島さんは勘違いをしています。私の提督の事を言っているとしたら、間違っているうえに失礼です。訂正してください。榛名は全力を尽くしたのに、演習ではお姉さまに、立ち合いでは提督に、大きく水をあけられてしまったのです」
足柄「信じがたいのも無理はないけれど、思い込みが強いのはどうかしら?戦場では思い込みは危険だと思うわよ?」ニコッ
―今度は足柄が出てきた。
鬼鹿島「まさか、本当に?」
磯風「司令の技前の事を言っているなら、全て事実だと思うぞ。うっすらとした記憶だが、私の剣も止められてしまったからな」
陽炎「本当よ?準艤装の磯風と力比べをしていたものね。よっと!」スタッ
浦風「ああっ!陽炎姉さんがおるー!」
陽炎「浦風、あなたがここの子たちの異動を取り仕切ってくれていたのよね?あなたが居ると知って、司令が連れてきてくれたのよ」
浦風「ほうなんじゃね?嬉しぃなぁ!」
提督「うん?何だか面白そうな話になっているな・・・あっ!君はもしかして、練習巡洋艦・鹿島かな?それと、浦風が君か!髪型が金剛と似ているんだな。和装の君は・・・」
春風「春風と申します。あなたが司令官様ですね?」
提督「あれ?士官服を着ていないのに、ばれてしまったか」
春風「わかりますよ?とてもお強そうなのに優し気な方なのですね」ニコッ
漣(わかるのね・・・)
―人は皆、提督を恐れるが、艦娘たちはなぜかそうならない。
鬼鹿島「あなたが特務第二十一号の提督さんですか?」
提督「ああ、そうだな。仕事と立場は提督のそれだと言える。ところで君は、異動の立ち合いかな?任務お疲れ様。噂を聞いていたので、少し会ってみたいと思っていたよ」ニコッ
鬼鹿島「私にですか?奇遇ですね。私もお会いしたいと思っていました」ニコッ
曙「えっ?」
提督「ほう、それはなぜ?」
鬼鹿島「あなたが師を引退に追い込んだ方だと思えるからです。そして、私はあなたの実力を確かめずにはいられません!恐るべき噂ばかり流れていて、総司令部の艦娘たちは混乱気味です。果たして本当にそれだけの力があるか、見極めさせていただきたいのです!」
―鹿島のただならぬ雰囲気に、息をのむ者もいたが、提督はあっさりと答えを返した。
提督「ああ、構わんよ?そういう事もあるだろうさ」
鬼鹿島「・・・気に入りませんね。その余裕と、士官服を着ずに威圧的なその出で立ち。・・・まるで自分だけが、常在戦場気取りですか」クスッ
曙「ちょっと!黙って聞いていたら失礼じゃないの?うちの提督の都合も何も知らないくせに!」
榛名「鹿島さん、提督のご都合を何も知らずに言い過ぎです。私にさえ勝てなかったあなたがどうにかできる方ではありませんよ?」
提督「言い方はともかく、要するに実力を見たいと言ってくれているんだ。みんなそんなに気にしなくてもいいって。もともと、ここにいる利島の子たちは、うちの任務をわかっているのに異動して来てくれる熱い子たちだからな。司令官の実力くらい見せておくべきだろうよ」
鬼鹿島「・・・ご理解いただけてありがとうございます。(この余裕、まさか、本当に強いの?)」
―こうして、堅洲島のメンバーと利島鎮守府の異動組は挨拶もそこそこに、武道館に移動し、提督と鬼鹿島の対峙を見ることになった。
―利島鎮守府、武道館。
提督「何だか最近本当に多いな、こういうの」フゥ
榛名・磯風「・・・」
―提督はいつものタクティカルコートに、一応持ってきていた装備品入りのトランクを開け、様々なものを身に着けていた。
鬼鹿島「私は常態のまま、準艤装や艤装状態への切り替えが自在に可能です。従って、銃弾はまず効きません。なので、実弾をそのまま撃たれても大丈夫ですよ?」
提督「ダメだな。こっちの精神がやられる。可愛い子に実弾当てられるようになったら人として終わっちまう。演習用のプラスチック弾にさせてもらうよ」
鬼鹿島「そうですか・・・(今、可愛い子って言いましたか?この方は、私が可愛いと見えるくらいには提督の適性があるようですね・・・)」
―鹿島は次第に、自分が大きな間違いを犯している可能性がよぎり始めていた。同時に、師、山本鉄水を引退に追い込んだのは、やはりこの男しかいない、という確信も強まっていた。
提督「・・・ところで、君の師といえば鉄水の爺さんだと思うが、爺さんを隠遁生活に追い込んだのはおれではないぞ?間接的には、おれに理由があると言えるのかもしれないが・・・」
鬼鹿島「ほらやっぱり!間接的だなんて言い逃れを!」
提督「・・・何だか頭が固いなぁ。鹿島というと、もっと柔軟で可愛いってイメージだったんだが、まあ、個性は尊重されるべきかな」
金剛「提督、その子は恋に破れてから、頭がちょっと固くなってしまったのデース!私は異動しましたから幸せいっぱいですが、その子は微妙な感じになってしまいましたからネー!」ニヤッ
提督「青ヶ島の提督は金剛一筋だものなぁ。そうか・・・気持ちはわかるが、ちょっとな」
鬼鹿島「ちょっ!金剛さん?怒りますよ!?」
金剛「私はあなたに感謝しているわ。以前は本当に嫌な女だったけど、あなたのお陰で、今の日々があるのだとも言えるから」ニコッ
提督(へぇ、金剛も意外と言う時は言うんだな)
提督「青ヶ島の提督も、こんな子がいるならケッコンしてやれば良かっただろうに」
鬼鹿島「・・・よ、余計なお世話です!提督は・・・金剛寺さんは、初代の金剛さん一筋ですから、そんな横入りなんて・・・」
提督「んっ?そう言えば知らなかったが、青ヶ島の提督は金剛寺って名前だったのか?」
金剛「あれっ?知らなかったんですか?」
提督「自分が名乗らないもんだから、聞くのを失念していたな・・・。それにしても、金剛が大好きな金剛寺さんとは。名は体を表すって感じだな」
金剛(名乗る名乗らない以前に、提督にはほとんど私のこと以外は興味が無かったんじゃないですか?)
―金剛は何となくそう感じた。提督は人当たりが良いが、人間にはどこか興味なさげな所がある。
鬼鹿島「そんな枝葉の話はどうでもいいです!調子が狂いますから、さっさと始めますよ?」
提督「君はうちの金剛の、出会った頃と少しだけ似ているな。金剛は閉塞感に絶望していたが、君は閉塞感にいら立っている。・・・風穴を開ける意味でも、立ち合いは賛成だな」
鬼鹿島「そうですか・・・始めますよ!」ダッ
―鹿島は突進技で横平突きを放った。矢のような突進だったが・・・。
―スパーン・・・カラカラッ
―鹿島の木刀が転がる。
鬼鹿島「えっ?」
春風(巻き技を片手で?)
榛名「片手巻き技ですか!」
―榛名は両手を合わせるようなしぐさで感心している。
―鹿島の木刀は立ったままの提督に巻き技で手から弾き飛ばされてしまっていた。
提督「太刀筋が綺麗すぎて、研究しつくされているんだよ。心の鍛錬にはいいが、相手を倒すには堅過ぎる剣だな。手首の硬軟の切り替えが丸わかりなんだよ」
鬼鹿島「これは・・・!驚きました。あえて一太刀で彼我の実力差がわかるような技を使いましたね?どういう事なのですか?」
―鹿島の眼から、見下したような雰囲気が消えていた。
提督「山本鉄水の『活人剣』の理念は、剣の技の完成を通して心を磨き、人を活かしていく事を最大の目的としている。だから重要なのは型の完成度になるんだが、それらは全て完成し過ぎているがゆえに返し技も研究しつくされている。戦場には向かない、綺麗な剣って事だ」
鬼鹿島「わかってはいましたが、こんなにも差のつくものなんですか?」
提督「つくよ。もし君と戦場で会っていたら、おれは君の補給が切れるまで返し技を出し続け、常態になったらとどめを刺す・・・そんな感じだったろうな。実際には、可愛いからひどい事はしないが」
漣「可愛いと、むしろ違った事をしたくなる的な?」ニヤニヤ
提督「こら!・・・まったく」
鬼鹿島「最後の一文は余計ですっ!でも・・・」
―もし本当にこの提督と戦場で出会っていたら、実際にそうなっただろう。
鬼鹿島(私を殺せる人・・・)ゾク
―悪寒とも、あるいは快感ともつかない、妙な震えが走った。
鬼鹿島「信じがたい事ですが、本当に力をお持ちなのですね。先ほどの非礼はお詫びいたします。・・・が、確信いたしました。やはりあなたが、山本様を隠遁に追い込んだのですね!」
―鹿島は木刀を勇ましく構え直した。
曙「それも違うって言ってたのに、強情な人ねぇ・・・」フゥ
提督「まあいいか。全力で構わない。好きなように戦ってみてくれ」
鬼鹿島「もとより、そのつもりです!」ビュッ・・・ザアッ
―鹿島はまず、片手で何かを頭上に素早く投げ上げるような姿勢を取り、次に居合のような動きで何かを投げ、そこから剣技で突っ込んできた。先ほどまでとは異なり、闘志と鋭さに満ちた動きだ。
提督(ほう!・・・んっ?)
―ガチッ・・・ガガチッ
提督「やるねぇ、捕縛術・・・いや、手錠術か!」
―頭上の鉄骨を経由して、折れるように長い鎖の手錠が振れ落ちてくる。さらに、投げられた手錠は提督の両手首に見事にはまり、間の鎖に、天井を経由した手錠がはまった。練習巡洋艦の能力を使った、高精度の攻撃だ。
鬼鹿島「このまま宙づりにして差し上げます!」スタッ・・・グイィーッ!
提督「うおっとぉ!大したもんだな!これは予想外だぞ!」
―ギリギリギリリーッ
―鹿島の準艤装の力で、提督は長い鎖の手錠で空中に引っ張り上げられた。
鬼鹿島「これで、あなたの身柄は私の手の中です。降参されますか?されなければ痛い目を見ることになりますが・・・」ニヤッ
提督「痛い目って言うのは、具体的には?」プラーン
鬼鹿島「・・・以前、青ヶ島鎮守府で、比叡さんたちに闇討ちを受けた事があります。その時に、一番狂暴だった霧島さんには、少し動けなくなってもらうほかありませんでした。この鹿島、剣技と手錠術のほかに、体術も得意としていますから」ギリギリ・・・
―鹿島は言いながら、提督をより高く吊り上げた。
金剛「まさか、『地獄の断頭台』を仕掛ける気ですか?」
曙(何でそんなどっかの悪魔将軍みたいな技を使うの?)
鬼鹿島「降参しないなら、くらいなさい!地獄の断頭台!」ズダッ
―鹿島は提督に向かって跳躍したが・・・。
提督「なるほどな、こんなところか。・・・ふんっ!」グググッ・・・ジャッ
―ガギリリ・・・ブチッ・・・ストッ
提督「残念だが、こういう局面は対応済みだ!」
鹿島「そんな!銃に着いたノコギリ刃で・・・特殊鋼ですか!」
提督「珪化チタニウム複合ダイヤモンドブレードだ。何だって切るさ!」
―提督は腕力に物を言わせて懸垂し、銃を取り出すとそのノコギリ刃で手錠の鎖を引き切ってしまった。
鹿島「くっ!それならっ!」シャシャシャッ
提督「なんのっ!」パパパンッ!
―カンカンカシッ・・・カラカラッ
―新たに投げつけた手錠は、全て銃弾で弾かれてしまった。
鬼鹿島「投げた手錠を銃弾ではたき落としますか!」
提督「投げようとしてるグレネードをこうして撃って、相手の腕を吹っ飛ばすくらいしないと生き残れないからな」
鬼鹿島「驚きました。本当に強いのですね!」
春風(さっきから、全く人の話を聞いておられませんね・・・)フゥ
金剛「ヘーイ鹿島、そろそろやめないと怒りますヨー?提督は十分に相手をしてくれたと思いますが、違いますかー?」
鬼鹿島「そうですね。おっしゃる通りです。私では・・・勝てません・・・。山本様が隠遁に移られたのも納得です・・・」
―鹿島と提督は、それぞれ構えを解いた。
提督「いや、だから、山本の爺さんが隠遁生活に入ったのは、おれのせいじゃないっての。『言葉で敗れて引退した』という噂は一部正しいが、すべて真実ではないんだよな」
鬼鹿島「どういう事なのですか?」
提督「山本の爺さんの後継者と言ってもいいくらい、君の剣は爺さんの理念を体現している。だから、爺さんの名言も全て知っているだろう?特に、『活人剣・無刀』の理念なんかは?」
鬼鹿島「はい。『わが剣は天地と一つ。故に極めれば剣は必要なし』が無刀の理念ですよね?」
提督「ああ。しかし、おれと伊藤の爺さん、それから高山無学の三人は、『理念は立派だけど、やっぱり剣は必要だろ?』ってスタンスで話をしていたわけさ」
榛名(無かったら敵を斬れませんしね・・・)
春風(ごもっとも・・・)
鬼鹿島「えっ?提督さんは『三剣』の方々と親交がおありなのですか?」
提督「ん?ああ、まあ、そこは深く突っ込まないでくれ。戦時情報法に引っかかる部分だからさ・・・」
鬼鹿島「わかりました(まさか、この方は・・・)」
提督「まあとにかく、食事もおろそかに剣についての様々な意見交換をしつつ、そんな話をする機会があって、その日はだいぶ遅くなってしまった。地方都市だったから、飯を食う場所もあまりないところで、おれ達は牛丼屋しか見つけられなかったんだよ」
鬼鹿島「・・・」
提督「で、牛丼屋に入って遅い晩飯にしようと思ったら、ホームレスみたいに汚いおっさんが、店員と何か揉めていた。聞けば、食券を買ったのに失くしてしまったから、牛丼を補てんしろ、との事だった。おそらくそれは空腹の苦し紛れの嘘だったんだろうが、気分良く飯にしたかったおれたちは、そのおっさんの分も食券を買ってやることにした」
漣(なんかすごく面白そうな話の予感・・・!)
提督「でだ、おっさんはおれたちにものすごく感謝して、牛丼をかっ込んでいたんだが、食い終わってから身の上話が始まった。どうやらそこそこの会社の社長だったらしいが、ある時から業績が傾き、必死の努力もむなしく、会社も、人間関係も、家族も、仕事への情熱も失ってしまったのだという。人生の全てを仕事に賭けてきたのに、こんなざまだと。で、それからは仕事に身命を掛けることが出来なくなったと。・・・ここまでは、まあ、たまにある身の上話だよな?」
鬼鹿島「・・・そうですね」
提督「だが、話し終わったおっさんの最後の言葉が良くなかったんだ。おっさんはこう言った。『人生をかけるべき仕事が見つからない。小さな仕事ばかりで。それならいっそ無職の方がいい。・・・わが職は天地と一つ。故に、極めれば職も必要ないのです・・・無職(キリッ!)』・・・とな」フゥ
春風「くっ・・・!」
金剛「ふふっ!」
―この時、鹿島以外の艦娘たちは笑いを堪えるのに必死だった。榛名などは無言で下を向いていたが、肩が震えている。
提督「あの時の山本の爺さんの微妙な顔は、おれは一生忘れられない。それと、伊藤の爺さんと高山無学は、後でこう言っていた。『生涯で最も忍耐を必要とした、恐るべき時間だった』と。それからだよ。山本の爺さんが考え込み、隠遁しがちになったのは」
鬼鹿島「そんな・・・事が・・・」
提督「間接的に、と言ったのは、この日の話が戦場で人を斬る事と、その中で生まれてくる新しい技についてのものでもあったから、なんだがな。それらと相まって、色々考えるところがあるんだろうと思うよ。三剣の中では一番真面目な人だしな。山本の爺さんは」
鬼鹿島「・・・すいません。よくわかりました。手間とお金をかけ、立ち合いをさせていただいた意味は有りました。そうだったんですね」
提督「普通の人なら、気にしなきゃいい、と考える局面でも、何か思うところがあって答えを見つけようとする。・・・山本の爺さんのそんなところが好きだし、爺さんの無刀取りや兜割りには、おれもずいぶん助けられた。爺さんは良い弟子を持ったと思うよ?おれも楽しかったしさ」ニコッ
鬼鹿島「・・・ありがとうございます」
―しかし、鹿島の中では別の問題が沸き上がり始めていた。個人的に特務の提督の事を調べ上げ、適当な理由で特務の異動に立ち会い、さらにケンカを吹っ掛けたともとられない動きをしてしまっている。提督は鷹揚で気にしていないようだが、厄介な部署の艦娘がいる。
春風「・・・さて、鹿島さん、この件は特防の別科としてはおとがめなしで看過する、というわけにはまいりませんが、いかなる考えをお持ちですか?深くは聞きませんが、このタイミングでここに来て、特務の司令官様と立ち会える事の意味、私は見当がついております」
鬼鹿島「それは・・・」
春風「それと、特務の司令官様。鹿島さんがしたことは、身柄を拘束して、必要であれば解体等を申し付けられるレベルの問題行動ですが、いかがお考えですか?お望みであれば、艦娘用の手錠に繋ぎ、連れて帰られてお好きにされても文句の言えない状況ではありますが」
提督「そこまで問題行動かね?」
春風「はい。特務案件『秋葉原』とかかわりのある方法で、不正に情報を入手していますから」
鬼鹿島「知っていたのね!?なぜ知っているの?」
春風「特殊なノートタブレットを作成しているのは『秋葉原』ですが、紐づけされた特殊帯コードを偽装して流しているのは特防ですから。興味深い情報が集まってきているところです。全員を摘発するわけではありませんが、あなたは摘発の対象にできます」
鬼鹿島「そんな・・・!」
提督「ほう、特防も仕事をしていたんだな。で、春風、君は何か考えがあってこの話をしているな?その考えを聞かせて欲しい」
―提督の技量を知らなければ、鹿島の暴走を初期で止めていたはずだ。そうしないでここまで待ったのには、何か理由がある、と提督は見ている。
春風「はい。鹿島さんを兼帯でも結構ですので、そちらの鎮守府に所属した状態にしてほしい事と、私を異動させていただければと思いまして。それで全て丸く収める所存です」
鬼鹿島「春風さん、何でそんな事を?最初からそのつもりで?」
春風「特防の任務は私にはいま一つ合いません。来る日も来る日も、陸(おか)の上で、戦局を左右しない程度の司令官様たちの些細な罪を調べるのは、もううんざりです。私は戦いたいですし、自分の『殿上剣』もお座敷剣法過ぎて好きになれませんでした。戦いと、新たな剣の道、脆弱では無い司令官様、そして、姉を海に戻せる可能性・・・それらすべてが、司令官様のもとでなら叶うと思えたのです」
鬼鹿島「山本様から授かった『殿上剣』を、そんな風に考えていたんですか!」
春風「私の名に良く合う、優雅で美しい貴人の剣ですが、深海に太刀打ちできなければ何の意味もありません。それに、鹿島さんは頭が堅過ぎです。提督の影響かもしれませんが、他人の話に耳を貸さず、剣も己のやり方に固執し過ぎです。こちらの司令官様が鷹揚でなかったり、敵だったら、今頃どうなっていたか・・・」
鬼鹿島「それは・・・」
―ぐうの音も出ない。
春風「こちらの司令官様の任務は、次回の大規模侵攻を跳ね返す事です。私はそのような場で自分を磨き、戦い、生き残りたいのです」
提督「なるほど。・・・鬼鹿島ちゃんをダシに使ったのは、その為か。しかしそんな事をしても、おれが悪感情を持たない程度には合理的、または、艦娘が必要と考えていると思ったわけか。結果的には鹿島ちゃんのプラスにもなる、と。・・・悪くないな」
春風「ついでに、特防とのパイプも手に入ります。大林室長とはまた異なる視点と立場での情報をお届けできるかと」ニコニコ
漣(うわ、この子凄いやり手だわ。それだけ退屈していたのね)
金剛「ンー、私は反対デース。一つは、私はその鹿島さんは好きになれない事と、春風の考えが今ひとつわからないからデース。いざという時に逃げ出す考えならともかく、うちの任務は普通に絶望的に聞こえているはずデース。・・・なぜそこまでする必要があると?」ギラッ
―金剛の最後の言葉は警戒心と威圧に満ちていた。
春風「金剛さんの懸念はごもっともです。が・・・金剛さんは負けると思っていますか?」
金剛「うっ・・・それは、思っていないわ」
春風「私も同じ考えなのです。そして、その場にいたいのです。艦娘として、最大の困難に打ち勝つ場に居られることが、どれほど価値があるか、皆さんご存知かと。そして、私の言動に不審なものを感じられたら、いつ背後から撃ち抜いていただいても構いません」ニコッ
鬼鹿島「春風さん・・・違うでしょ?あなたは着任不良に苦しんでいた。今もそれは変わっていない。違うかしら?」
春風「そうですね。こちらの司令官様でもダメだったら、私もまた、欠陥艦娘という事になるのでしょうね・・・」
提督「着任不良?初めて聞く言葉だが・・・」
榛名「・・・榛名もそうではないかと言われていました。高練度の艦娘にたまに起きることで、艦娘としては欠陥とされる障害です」
春風「榛名さん、今は着任不良を感じますか?」
榛名「いえ。今は全く感じませんよ?でも、榛名の場合は別の理由がありそうで、当てはまるかと言えば微妙です」
春風「そうなんですね?私の事もそうですが、着任不良について、少しお話いたしましょうか」
―春風は総司令部が見て見ぬふりをしている『着任不良』について、最近分かってきた仮説を話し始めた。それは意外な事に、提督にも関わりのありそうな内容だった。
第五十六話、艦
次回予告
『着任不良』について話す春風と、提督にも関わりのありそうな、驚きの仮説。
そして、紆余曲折を経て新たな仲間が増えるが、堅洲島のメンバーは鎮守府に取って返し、忙しくも伊豆大島沖の海域に向かう為の作戦を立て始める。
しかしその頃、横須賀総司令部では、遂に内部の敵が動き出し始めていた。
次回『涙と雨・前編』乞う、ご期待!
鬼鹿島『はぁ。いつまでも鬼呼ばわり。もっと強い方も現れましたし、もう少し可愛く生きたいですね・・・』
金剛『必殺技が地獄の断頭台の時点で、何を言っても無駄よ?(真顔)』
鬼鹿島『片言無しで真面目に責めるのやめてください!』
春風『お二人とも、仲良しですね』ウフフ
鬼鹿島・金剛『どこが!?』
今回の赤城さんの隙の無い立ち姿ですが、たまに話題になる、円盤Vol.6の不思議な雰囲気の赤城さんだと思っていただければと思います。
という事は、堅洲島の赤城さんは・・・。
このSSへのコメント